ゲスト
(ka0000)
【血断】埋まらない距離に架かる虹
マスター:ゆくなが

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/07/29 22:00
- 完成日
- 2019/08/09 10:08
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「久しぶり」
ブレンネ・シュネートライベン(kz0145)は久々にアイドルとして舞台に上がることになった。【血断】作戦の一環として祈りの力をまとめ上げるためである。仕事はやはりワルプルギス錬魔院と共にするが、かつてナサニエル・カロッサ(kz0028)がスピーカーに施したような細工はなしだ。
仕事の前に、ブレンネは数ヶ月ぶりにグリューエリン・ヴァルファー(kz0050)と再会していた。
「久しぶりですね、ブレンネ」
お嬢様然とした挨拶。それがかつてブレンネの精神を逆撫でたのだが、今はそれほどでもない。
「あのさ、」
ブレンネはないことのように言った。
「あたし、あんたが……っていうか、金持ちが嫌いな理由がようやくわかったのよね」
「……」
グリューエリンは表情を変えずに、すっと拳を握って構えた。
「つまり、殴り合いの喧嘩がしたい……ということですか?」
「違うってば! もう殴り合いなんてしないわよ。手を怪我したら、文字も書けないしギターも弾けなくなっちゃうでしょ」
あー、だから。とブレンネは頭をがりがりかいてから続ける。
「あたしは、あんたとか金持ちとか、家や家族があって育った人たちのことが羨ましかったのよ。希望とか夢とか恋愛とか、素直に信じられる人たちが妬ましかったのよ」
ストリートチルドレンとして育ったブレンネには遠い世界の話。アイドルの歌で出てくる善なる光景。それらを信じられないままブレンネは歌っていた。
「恵まれてるから簡単に信じられるんでしょって、思ってた」
「……そうですね。私は多分、希望を疑ったことはありません。恋愛も良いものだと思っています。でも、恵まれているから幸福とは限りませんよ」
「そうね。それはあたしが浅はかだった。あんたにも、辛いことがあったんだろうなって、今なら想像できる」
「同情なんてしなくていいですよ」
「するわけないじゃん。バーカ」
「バカって言う方が、バカなんですよ?」
「じゃ、お互いバカってことね」
天使の羽ばたきのように静かな声で、2人はくすくす笑った。
「グリューエリン、また後でね」
「約束は……できません。死んでしまったら、嘘になってしまう」
「あんたって、本当にバカね。……嘘にしないために、生き残ればいいんでしょ」
「簡単に言いますね」
「難しくしてるのは、どこのどいつよ?」
そんな他愛のない会話も、お互いのプロデューサーが迎えに来たので終わってしまう。
「またね」
と、言って別れた。
●
ブレンネは、帝都の設営されたステージの袖で待機していた。
大きな舞台も、華やかな照明も久しぶりだった。久々に着たアイドル衣装が窮屈だと思った。酒場ではラフな格好の方が似合うから、そうしていた。
時間になったので、ついにブレンネがステージへと歩み出す。
今歌うのは、祈りの力を束ねて邪神に取り込まれた宇宙を一部でも良いから再誕させるため。言い換えれば、今まで敵対していた者たちを助ける行為なのだ。
ブレンネにとって、アイドルとは金銭を得るための仕事であり承認欲求を満たすための役割だった。でも、それを悲しいとは思ったことはない。
今日のライブは今までとは少し違っていた。
観客の顔は、張り詰めている。緊張して怯えている。当たり前だ。今は世界の危機。世界結界が綻びればここだって戦場になる可能性がある。
でも──それでも最前線よりは安全な場所だから、ブレンネはここで歌える。
「あたし、ここで希望と祈りの歌を歌うわ」
ブレンネの声がインカムからスピーカーに届けられて拡散する。
「嘘っていうのは真実を隠すことじゃなくて、時間の経過と共に真実が嘘になることもあるんじゃないかって思うことがあるのよね。もちろん、その逆もあると思う」
「別れてしまった恋人たちにとって、付き合っていた最中に発した『愛してる』は今となっては嘘みたいな言葉だけど、それでもその瞬間においては真実だったはずでしょ」
「だから……ここで、この時祈った気持ちもいつか嘘になるかもしれない」
「この戦いが、人類の勝利で終わったとしても、いつか勝ってしまったことを後悔する時が来るのかもしれない」
「祈ったことを間違いだと思う瞬間があるのかもしれない」
「でもさ。この瞬間が、過去から見れば白々しい夢物語で、未来からすれば真っ赤な嘘だったとしても、それでいいじゃん」
「この瞬間においては真実だった。それの何が悪いの」
「だからこそ、今、ちゃんと証明したい」
「嘘になってしまうからこそ、この瞬間の真実を、この瞬間にちゃんと証明したいの!」
「過去にも未来にも、今の気持ちを人質に取られてたまるものか。遠慮なんかするもんか」
「あたしはそのために、この瞬間を本当のことにするために、アイドルで──歌うから」
(──アイドルを、演じるから)
演じるといった時点で、自己と役割が同一ではないことを無意識の内に認めている。
(グリューエリンなら、こんな言葉を弄さずとも祈りを語れるんだろうな)
(あいつはアイドルを演じるのではなく、アイドルに成れる人だから)
だからこそ、ブレンネはアイドルを演じるために努力を払ってきたのだ。
「だから──、聴いてください。希望と祈りの歌を」
MCの終わりに。最初の一呼吸に。
──ミュージック、カット・イン。
●
ゾンネンシュトラール帝国の帝都、バルトアンデルスの防衛は固められていた。シェオル型歪虚はグラウンド・ゼロに召喚されるようにしてあるが、それを掻い潜る可能性もある。もちろん、グラウンド・ゼロの防衛が破られることだってある。クリムゾンウェストはどこが戦場でもおかしくない状況なのだ。
あなたたちは、その帝都の防衛依頼に当たっていた。城壁の補強などをしつつ、敵の襲来に備えているのだ。
そして、帝国兵の1人が帝都を囲む平原の彼方に、世界結界のほころびを確認した。
空中の亀裂から、世界に黒いインクが染み渡るようにシェオル型歪虚がのっそりと登場する。
シェオルは異様に大きかった。巨人と言ってよい大きさだ。そしてその足元には鎧を纏った象のようなシェオルと、無数の歩兵のシェオルがいた。
戦場は城壁の外の平原だ。特記するほどの高低差もなく障害物もない。天気は薄曇りだが、視界に支障はない。
シェオルの軍勢が、帝都に向かって進軍しはじめる。ただし、その中で巨人のシェオルだけは移動せずにその場に留まっていた。さながら、砲台のように。
あなたたちハンターは巨人のシェオルに警戒しても良いし、進軍してくるシェオルに注力しても良い。
とにかく、シェオルたちは帝都に狙いを定めた以上、彼らが城壁を越える前に殲滅しなければ被害は甚大なのだから。
ハンターたちの背後からは、ライブ会場から漏れ出たブレンネの歌声が薄っすらと聞こえていた。
ブレンネ・シュネートライベン(kz0145)は久々にアイドルとして舞台に上がることになった。【血断】作戦の一環として祈りの力をまとめ上げるためである。仕事はやはりワルプルギス錬魔院と共にするが、かつてナサニエル・カロッサ(kz0028)がスピーカーに施したような細工はなしだ。
仕事の前に、ブレンネは数ヶ月ぶりにグリューエリン・ヴァルファー(kz0050)と再会していた。
「久しぶりですね、ブレンネ」
お嬢様然とした挨拶。それがかつてブレンネの精神を逆撫でたのだが、今はそれほどでもない。
「あのさ、」
ブレンネはないことのように言った。
「あたし、あんたが……っていうか、金持ちが嫌いな理由がようやくわかったのよね」
「……」
グリューエリンは表情を変えずに、すっと拳を握って構えた。
「つまり、殴り合いの喧嘩がしたい……ということですか?」
「違うってば! もう殴り合いなんてしないわよ。手を怪我したら、文字も書けないしギターも弾けなくなっちゃうでしょ」
あー、だから。とブレンネは頭をがりがりかいてから続ける。
「あたしは、あんたとか金持ちとか、家や家族があって育った人たちのことが羨ましかったのよ。希望とか夢とか恋愛とか、素直に信じられる人たちが妬ましかったのよ」
ストリートチルドレンとして育ったブレンネには遠い世界の話。アイドルの歌で出てくる善なる光景。それらを信じられないままブレンネは歌っていた。
「恵まれてるから簡単に信じられるんでしょって、思ってた」
「……そうですね。私は多分、希望を疑ったことはありません。恋愛も良いものだと思っています。でも、恵まれているから幸福とは限りませんよ」
「そうね。それはあたしが浅はかだった。あんたにも、辛いことがあったんだろうなって、今なら想像できる」
「同情なんてしなくていいですよ」
「するわけないじゃん。バーカ」
「バカって言う方が、バカなんですよ?」
「じゃ、お互いバカってことね」
天使の羽ばたきのように静かな声で、2人はくすくす笑った。
「グリューエリン、また後でね」
「約束は……できません。死んでしまったら、嘘になってしまう」
「あんたって、本当にバカね。……嘘にしないために、生き残ればいいんでしょ」
「簡単に言いますね」
「難しくしてるのは、どこのどいつよ?」
そんな他愛のない会話も、お互いのプロデューサーが迎えに来たので終わってしまう。
「またね」
と、言って別れた。
●
ブレンネは、帝都の設営されたステージの袖で待機していた。
大きな舞台も、華やかな照明も久しぶりだった。久々に着たアイドル衣装が窮屈だと思った。酒場ではラフな格好の方が似合うから、そうしていた。
時間になったので、ついにブレンネがステージへと歩み出す。
今歌うのは、祈りの力を束ねて邪神に取り込まれた宇宙を一部でも良いから再誕させるため。言い換えれば、今まで敵対していた者たちを助ける行為なのだ。
ブレンネにとって、アイドルとは金銭を得るための仕事であり承認欲求を満たすための役割だった。でも、それを悲しいとは思ったことはない。
今日のライブは今までとは少し違っていた。
観客の顔は、張り詰めている。緊張して怯えている。当たり前だ。今は世界の危機。世界結界が綻びればここだって戦場になる可能性がある。
でも──それでも最前線よりは安全な場所だから、ブレンネはここで歌える。
「あたし、ここで希望と祈りの歌を歌うわ」
ブレンネの声がインカムからスピーカーに届けられて拡散する。
「嘘っていうのは真実を隠すことじゃなくて、時間の経過と共に真実が嘘になることもあるんじゃないかって思うことがあるのよね。もちろん、その逆もあると思う」
「別れてしまった恋人たちにとって、付き合っていた最中に発した『愛してる』は今となっては嘘みたいな言葉だけど、それでもその瞬間においては真実だったはずでしょ」
「だから……ここで、この時祈った気持ちもいつか嘘になるかもしれない」
「この戦いが、人類の勝利で終わったとしても、いつか勝ってしまったことを後悔する時が来るのかもしれない」
「祈ったことを間違いだと思う瞬間があるのかもしれない」
「でもさ。この瞬間が、過去から見れば白々しい夢物語で、未来からすれば真っ赤な嘘だったとしても、それでいいじゃん」
「この瞬間においては真実だった。それの何が悪いの」
「だからこそ、今、ちゃんと証明したい」
「嘘になってしまうからこそ、この瞬間の真実を、この瞬間にちゃんと証明したいの!」
「過去にも未来にも、今の気持ちを人質に取られてたまるものか。遠慮なんかするもんか」
「あたしはそのために、この瞬間を本当のことにするために、アイドルで──歌うから」
(──アイドルを、演じるから)
演じるといった時点で、自己と役割が同一ではないことを無意識の内に認めている。
(グリューエリンなら、こんな言葉を弄さずとも祈りを語れるんだろうな)
(あいつはアイドルを演じるのではなく、アイドルに成れる人だから)
だからこそ、ブレンネはアイドルを演じるために努力を払ってきたのだ。
「だから──、聴いてください。希望と祈りの歌を」
MCの終わりに。最初の一呼吸に。
──ミュージック、カット・イン。
●
ゾンネンシュトラール帝国の帝都、バルトアンデルスの防衛は固められていた。シェオル型歪虚はグラウンド・ゼロに召喚されるようにしてあるが、それを掻い潜る可能性もある。もちろん、グラウンド・ゼロの防衛が破られることだってある。クリムゾンウェストはどこが戦場でもおかしくない状況なのだ。
あなたたちは、その帝都の防衛依頼に当たっていた。城壁の補強などをしつつ、敵の襲来に備えているのだ。
そして、帝国兵の1人が帝都を囲む平原の彼方に、世界結界のほころびを確認した。
空中の亀裂から、世界に黒いインクが染み渡るようにシェオル型歪虚がのっそりと登場する。
シェオルは異様に大きかった。巨人と言ってよい大きさだ。そしてその足元には鎧を纏った象のようなシェオルと、無数の歩兵のシェオルがいた。
戦場は城壁の外の平原だ。特記するほどの高低差もなく障害物もない。天気は薄曇りだが、視界に支障はない。
シェオルの軍勢が、帝都に向かって進軍しはじめる。ただし、その中で巨人のシェオルだけは移動せずにその場に留まっていた。さながら、砲台のように。
あなたたちハンターは巨人のシェオルに警戒しても良いし、進軍してくるシェオルに注力しても良い。
とにかく、シェオルたちは帝都に狙いを定めた以上、彼らが城壁を越える前に殲滅しなければ被害は甚大なのだから。
ハンターたちの背後からは、ライブ会場から漏れ出たブレンネの歌声が薄っすらと聞こえていた。
リプレイ本文
●戦闘
象に人型のシェオル。それが帝都バルトアンデルスに向けて進軍するシェオル型の外見的特徴だ。
「象に乗って、って……、変わった事してやがるな。まあ俺が珍しいと思うだけで昔の戦争とかだとあったっぽいけど……」
輝羽・零次(ka5974)が黒優に跨って、象シェオルに向かいながら言った。
(そう考えると、象の上に兵士っぽいのも乗ってるし、あいつらが元いた世界では戦争でもやっていたのかもな)
(ってことは、奴ら軍隊か何かだったのか?)
隣をワイバーンのアウローラに跨ったレイア・アローネ(ka4082)が駆けていた。彼女は零次のサポートをするつもりだからだ。
軍隊というには、敵の数は少ない。しかし、武装した象2頭で突進してくる様、その上に杖を持った魔術兵を乗せているのは、敵にも考えのある結果のようにも見える。
「まあでも、奴らが戦う気でいる以上、俺たちはそれを受け止めて阻止するしかないんだよな」
「この距離でも届きはしますけど……」
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)のポロウが装備した幻獣ミサイル「シンティッラ」はすでに敵を射程に捉えていた。
(シンティッラの使用限度は2回。でも、戦闘規模と私の能力では接近しないことには継戦は不可能……)
(でも、まずはあの魔術兵を減らせれば……!)
ポロウが装備したシンティッラが起動し、ミサイルが1本魔術兵を狙って飛んでいく。
「もう一本、撃ち込みますよ」
流星にも似たミサイルが再度空を駆けた。
ほどんどのハンターがユニットを同行させて、高い移動力を獲得していた。その中で、孤立しないように周囲と歩調を合わせている者もあった。
だが、Gacrux(ka2726)は飛翔の翼で早速空へと舞い上がりサイドワインダーを使って、最も巨人へ迅速に接近できるルートを進んでいた。
また、Uisca Amhran(ka0754)はユグディラのトルヴィ・クァス・レスターニャは帝都の城壁に置いてきていた。帝国兵支援させるためだ。Uisca自身はバイクを全速力で駆動させ、まっすぐに巨人の元を目指していた。
象のシェオルは、人型の歩兵のシェオルより先行していたが、彼らとの距離が離れすぎないように、ややスピードを落として進撃していた。
ただ、巨人のシェオルだけは、出現位置から動かずにいた。だらりと垂らした両腕には不気味な静けさがあったが、その8メートルほどある体には不釣り合いな小さな頭が、急に菱形に伸びた。虚のような口を開けたその中には槍にも似た、あるいはリアルブルーのミサイルにも似た黒い弾頭が生成されていた。
「……砲撃か」
グリフォンのグラオーグラマーンに騎乗しているアウレール・V・ブラオラント(ka2531)がすぐさま合点した。
「つまり、あれが帝都に落ちたらやばいってことだ……!」
キヅカ・リク(ka0038)もその脅威を認め、2人は巨人の頭の角度から弾道を予測する。
アウレールはグラオーグラマーンの飛翔の翼で、キヅカはエストレリア・フーガのオールマイティですでに空中にいた。予測された弾道に向かって彼らは進む。
「あれは放置しておけませんね……」
Gacruxも目標の巨人の脅威を判定して進んでいく。空に障害物はない。象も魔術兵も歩兵もすべて地上にいる。だから、巨人に向かうには飛翔するのが最も安全なはずだった。
Gacruxは向かってくる、地上を行くシェオルたちを無視して通り過ぎようとしていた。
ツィスカのポロウが放ったミサイルが着弾して轟音を立てている。だがその中で、象に乗った魔術兵たちの杖がついっと動いた。
「なっ──!?」
そして次の瞬間、魔術兵から、ハンターのファイアーボールにも似た範囲攻撃魔術がGacruxに向かって放たれた。
──完全に油断していた。4つの魔法攻撃にさらされたGacruxのワイバーンが体勢を崩す。
しかし、Gacruxはすぐに、ワイバーンを緩やかな滑空状態に持ち込むことができた。もう一度羽ばたいて、高度を維持すればいい。彼はそう考えていたのだが、次に目の前に見えたのは象の後を追うようにしていた歩兵が頭上に突き出した剣先だった。
回避する余裕もなかった。Gacruxのワイバーンはその剣に片方の翼を斬り裂かれて、地面へと落下する。激突の衝撃で、Gacruxも地面に放り出された。かろうじて受け身は取ったが、全身が痛む。でもそんなことで悠長に寝転がっていられない。
「全く、最高の滑り出しですね……」
Gacruxは歩兵の人型シェオルたちに囲まれていた。
「撃墜、ですか……!?」
バイクを走らせていたUiscaも、上空のGacruxが撃ち落とされたことに驚いた。
さらに、地上で待ち構えていた歩兵の刃に斬られたワイバーンが重傷なのは火を見るより明らかだ。
巨人に視線を送るUisca。あれが脅威なのはわかっている。でも、仲間を放っておくことはできなかった。
それに、歩兵たちもUiscaを巨人の元へは行かせないように占有スクエアを作っている。
(敵の思惑に乗ることになりますが、誰かが傷つくよりずっと良いのです!)
バイクのハンドルを切って、UiscaはGacruxの元へ向かうことにする。歩兵の足元にはワイバーンの血液が滴っていた。
そのGacruxの近くで飛翔していたのは鞍馬 真(ka5819)だった。彼のワイバーン、カートゥルも非常に高い移動力を持っていたからだ。
彼は象のシェオルに主に対応するつもりでいた。しかし、このままGacruxを放っておいては危ないのは確実だ。シェオル型は個体差はあれど、複数人で対応することが推奨されているのだから。
真はすでに魔断で、象シェオルを攻撃できる位置にいる。
(いや──それだけでは、今は足りない!)
真は歩兵もまとめて攻撃するために、なお深く敵へと接近した。
魔術兵がカートゥルを狙って攻撃魔法を放つが、バレルロールで流麗に回避する。高速スピードで繰り出されるローリングにより、真の長い黒髪が風になぶられて舞う。
高い能力を持つとはいえ、死地に平然と飛び込める真の姿は異様かもしれない。
でも、真にとっては自分が傷つくより、誰かが傷つく方が重いのだ。いや、自分のことが軽いのか、空っぽなのか。
「届け──!」
より多くを巻き込むために、真は地面すれすれを飛行しつつ、蒼いオーラの刺突を放った。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)はグリフォンのジュリアと並走していた。目指すのは象のシェオルだ。
2体の象も並走し進軍を止めない。だが、アルトは魔術兵の攻撃には晒されなかった。ジュリアのゲイルランパートの風の結界に守られているからだ。
「帝国に現れたシェオルが、兵士とはなんとも不気味な因果を感じるな」
敵にもそれなりの知性がある。例えば、騎乗動物を操るくらいには。故に、ゲイルランパートの守りは有効だ。
アルトは無傷のまま、象の真横までやってきた。
(──この距離ならいけるな)
象は乗り手の誘導で、側面にいるアルトを方向転換とともに牙で殴り飛ばそうとする。しかし、振り向く動作が完了した時には、そこに彼女の姿はなかった。何かを殴った感触もなかった。
全ては次に、象の姿勢が崩れたことで悟られた。背に乗っていた魔術兵は、もう1体の象へ向かう炎の花弁のマテリアルの残滓を確認していた。
「さて、今までは貴様らの魔術の間合いだったようだが、ここからは私の刃の間合いでもある」
アルトが炎を纏った。焔舞による、武のためのアクションだ。
象は長い牙を振って向かってくるアルトを追い払おうとする。
しかし、アルトは逆に、振られたその牙を足場にして加速を試みる。そして、象の背まで飛び上がり、今度は地面に向かいながら、独楽のように体を回転させて敵を滅多斬りにしてすれ違う。
立体攻撃で狙いを定め、踏鳴で加速、散華そしてアフターバーナー。敵の大きさを利用した連続攻撃である。
「……固いな」
2体の象の腹や側面は花弁にも似た斬撃が刻まれている。だが、武装した象の鎧は堅牢で皮は固い。だから、焦る、という話ではない。ただ、そうなのだな、とアルトは戦場において冷静に分析した。
(足を狙えば動きが鈍るはず。動き回ることがなけれが脅威は下がる)
象たちが、再びアルトの散華によって同時に攻撃されたらまずいと判断したのか、一方の象が距離を取るように進路を変更する。
「ジュリア!」
しかし、アルトの声とともに、急降下してきたジュリアによってそれは妨げられ、象はダウンバーストによって吹き飛ばされる。
「1体ずつ、確実に仕留めよう。頼んだぞ──!」
時音 ざくろ(ka1250)は魔動冒険王『グランソード』に精神を没入させていた。機体を駆る背中に風に乗って届いた歌声を聞いていた。
(歌声が聞こえる……この声はブレンネかな)
(ブレンネも頑張ってるんだ。よし、ざくろも頑張らなくっちゃ!)
ざくろも、先行したハンターがまだ巨人にたどり着けていないことを見ていた。
そして、魔術兵の射程に入ったざくろにも魔法の集中砲火が浴びせられる。
「でも、ここで止まっちゃダメなんだ……!」
「混戦しているようじゃのう。ふむ……これでは十全な威力は期待できんかもしらんが、ミグが調整するしかあるまい」
シェオルとハンターがぶつかっている地点からは後方、つまり城壁に近い位置に、ミグ・ロマイヤー(ka0665)はいた。
「ヤクトバウの改修が間に合ったのが唯一の救いであるな」
彼女がコックピットに収まっているのは、ダインスレイブ、ヤクト・バウ・PC。その砲門が射線の先にいる象の1体へと向けられる。
(まあ、普通なら象使いを倒せば象の脅威度は激減するんじゃがシェオルであることを考えれば両方倒すしかないんじゃろうな)
(どうするべきか……!?)
キヅカは弾頭の弾道上にいた。今ちょうど射出された弾道を機体で受け止めて、パラドックスで攻撃そのものを無効化したところだった。
理解している。地上は混戦の様子だった。特に歩兵と魔術兵の攻撃によって、巨人まで誰もたどり着いていないのだ。
巨人は脅威だ。キヅカは因果操作によってダメージは受けなかったが弾頭の威力は高い。効果範囲もある。これが帝都か城壁に着弾した被害は簡単に想像できた。何より、巨人は次の弾頭の準備に入っている。頭がまた菱形に歪んでいた。
「おい、リク!」
キヅカがアウレールに後ろから声を掛けられた。
「弾頭は私が処理する。お前は足止めを食らっている彼らと共に、巨人の元へ行け」
考えている時間はあまりない。だから、決断せざるを得ない。
「わかった。任せた、アウレール!」
「任されたさ。ちょっとした考えもあるのでね」
エストレリア・フーガは滑るように、歩兵と戦っている味方の元に飛んで行った。
アウレールはその背を見送り、冷徹な計算を開始する。
(弾道、放物線の頂点、速度、そして威力──ほぼわかった)
(問題は、どうやって巻き込むか、だな)
グラオーグラマーンは弾道に合わせてさらに飛んでいく。
象に乗った、手綱を握らない魔術兵は移動を仲間に任せているので敵を攻撃することに集中できる。彼らを越えようとするにはまず、遠距離魔術攻撃と範囲魔法攻撃への対処が必要だった。あるいは、飛翔を可能にしているのなら魔術が届かないような高度を保てば無傷で巨人までたどり着けたかもしれない。
ミグが発射したグランドスラムの弾丸が地上に命中し、爆ぜた炎が1体の象を巻き込んだ。敵味方混戦となっている現在、着弾点をずらして敵のみを巻き込む必要がある。グランドスラムの攻撃対象の回避1/3という効果は敵の生命力を削るのに非常に有効であるが、味方を巻き込めば戦線を壊滅させかねないからだ。
弾頭の処理をアウレールに任せたキヅカが、同じく巨人に向かおうとしているざくろに声を掛けた。
「プライマルシフトで一気に転移させる! いいよね?」
「……わかった! Uiscaたちも一緒に!」
「もちろんそのつもりっ!」
キヅカはざくろをプライマルシフトの効果範囲に取り込んで、1回目の転移を施行した。
急に姿の消えたキヅカとざくろに、魔術兵の杖先が所在なさげに彷徨った。
「星を守る守護者として帝都を守り切ってみせるのです……!」
エステル・ソル(ka3983)の周囲を月が巡りはじめる。満月から新月、時の経過を淡く現しマテリアルが飛躍的に高められる。
エステルはワイバーンのフローに騎乗し飛行していたが、今は魔法スキルを使用する都合上着地していた。
「月を奏でましょう。時の移り変わりを、満ちては欠ける物語を、幾星霜の月の巡りを」
手元に現れた魔法陣が発光し、その中央から槍の如き紫電が撃ち出された。
「貫きなさい、グングニル──!」
射程を増加させた一条の雷の槍が戦場を駆け抜けた。
それは、象と魔術兵の背後にいる歩兵にも届いた。
駆け抜けた紫電に暴風が収束されて、爆発。攻撃を受けたモノたちに行動阻害を付与した。
キヅカとざくろはプライマルシフトでUiscaとGacruxの元に現れた。
Uiscaは【龍魂】白龍纏歌でワイバーンを戦闘不能から回復させていた。その後、歩兵に囲まれて身動きが取れず交戦状態となるのだが、多勢に無勢であり回復に専念していたため攻撃する余裕がなかった。
GacruxもUiscaの回復スキルによって負傷から立ち直っている。しかし、苛烈な殺すための歩兵の攻撃に再びワイバーンに騎乗する暇すら与えられていなかった。
だが、そこにエステルのグングニルが撃ち込まれたことと、キヅカがプライマルシフトでやってきたことで状況は好転しはじめる。
BS行動阻害で歩兵の動きが鈍った。そのタイミングで、キヅカはUisca、ざくろ、Gacruxとそのワイバーンを効果範囲に入れて再度プライマルシフトで転移する。
さっと、光に包まれたような感覚の後、一行は歩兵の間を抜けて、ただ眼前に巨人を捉えるだけになる。
「いろいろあったけど、ここからがざくろたちの戦いなんだよね」
ざくろが呟いた。
「まだ、巨人の弾頭は城壁に命中しても城壁を超えてもいない」
キヅカは明快に現在の状況を告げた。
「僕たちはまだ負けてなんかいないんだ」
「これは戦った方がよさげなの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)はリーリーから飛び降りてウコンバサラを抜き放った。全長200cmの武具がディーナのマテリアルに反応して色彩を帯びる。
また、ディーナはトールハンマーを発動して雷神の力を解放する。立ち向かうのは、今まで囲んでいたハンターを見失った歩兵たちだ。
魔術兵と象に対処するハンターは多かったが、歩兵への対処はほとんどなかった。戦場をこれ以上混沌とさせないためにも、誰かが押しとどめる必要がある。
「ビリビリさせてあげるの!」
振るわれたウコンバサラの棍が、歩兵の盾とぶつかって鈍い音を立てた。
歩兵は盾から伝わった電撃に体を痺れさせる。トールハンマーのBS行動阻害だ。強度は十分だ。
「これなら倒すことはできなくても、邪魔することはできるの!」
「って、あれぇ!?」
星野 ハナ(ka5852)は象まである程度近づいた地点でポロウを飛行状態へと移行させて、魔術兵対策の惑わすホーを発動して、さらに象の後ろへ回り込もうとしたのだが、その惑わすホーの結界は発動した地点から動かない。
このスキルは自分ではなく空間を対象にするので、発動者が移動しても展開された結界そのものは動くことはない。つまり、大きく移動しながら戦うと必然的に結果以外に出ることになってしまう。
「うぅ……、でもぉ、それなら魔術兵をどんどんブッコロすればいいだけですぅ!」
5枚の符を飛ばしてハナは魔術兵を中心に五色光陣符を発動した。
「よーし、それじゃポーちゃん初陣頑張りましょぉ! 歪虚は今日も全ブッコロですぅ」
ルクシュヴァリエに乗り込んだ神城・錬(ka3822)も敵をその射程に捉えた。狙うのは象だ。万象の器で、射程と近接威力を増加させている。
「ようやく切っ先が届くな」
装備した剣に浮かび上がる魔法紋。そして切っ先に凝縮されるマテリアルの刃。
象目掛けて、まずは一閃。そして返す刀でもう一太刀。
だが、それでは終わらない。その踏み込みはあまりに唐突で、或いはあまりに動作の無駄がなかったために象もそしてその操縦者も何が起きたかわからなかった。
気が付いた時には錬の乗るルクシュヴァリエが隣にいた。そして流転の炎に焦がされる。
巨人へ向かうハンターはすでにプライマルシフトで転移している。魔術兵の魔法は象や自分たちを狙うハンターに向けて放たれていた。矢を放つような魔法と、範囲攻撃魔法。最初から距離をとって射撃攻撃をしていた、ミグとコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)以外は十分射程内だ。
「ここまで来る余裕はなさそうだな」
馬上でコーネリアが重機関銃を構える。およそ一般人では扱えないだろう重量の武器を、しかし覚醒者は易々と持ち上げてみせる。
「どこに邪神の眷属が来ようと殲滅する。親玉を刈り取るまでやるべきことは変わらん」
この世界のどこも戦場になる可能性がある。そんなことは理解している。安全な場所などどこにもない。
だからコーネリアは思うのだ。だからこそ徹底的に戦い抜かねばならないのだと。
装填数122発による制圧射撃で動きを封じてやる。圧倒的な弾幕の、銃撃音と地面の破砕音が尾を引くなか、素早くコーネリアは弾丸を再装填し、今度は銃口を上空へと向けた。
「歪虚も考えた行動を取るときもあるのだな」
それは、象への騎乗。そして魔法による集中攻撃のことを指している。
「だが、その負のマテリアル如きで形成された頭で何ができる」
銃爪が引かれ、10発の弾丸が飛び出した。それらは一定の高さまで登った後に爆ぜて大量のマテリアルを撒き散らしながら、稲妻のように象と魔術兵のシェオルに降り注いだ。
「思い知るがいい。貴様らが行くところに必ず私が、そしてハンターが現れるということをな」
高瀬 未悠(ka3199)はペガサスのユノに騎乗し、空を駆けていた。コーネリアのナイトメアサンダーによって付与された行動阻害の隙をついて、象たちと戦うハンターの只中に着陸。さらにユノから飛び降りた。
「ユノは回復と、移動の阻止をお願い!」
すでに未悠は超覚醒を完了している。多くの味方に加護のあるように覇者の剛勇を施す。そして、2体の象の位置を確認する。
2体の距離は離れていた。ジュリアがダウンバーストを使って、なるべく2体間の距離が広がらないようにしていたが、2体の象の距離をジュリアだけで縮めるのは難しく、決して至近距離にはいない。
アルトの散華やミグのグランドスラム、ハナの五色光陣符などの範囲攻撃の特性を考えれば敵を密集させた方が攻撃の効率はいいはずだ。
「やるべきことはひとつね……!」
未悠からファントムハンドの魔法の腕が伸びて象の足に絡みつく。
「私が敵を一箇所に纏めるわ!」
サイズ差によって、ファントムハンドは軋みをあげながらも、象の巨体を手繰り寄せる。
「高瀬、手伝う!」
未悠とは別の象を相手にするのは零次だ。彼はうまく敵の攻撃を誘発し、練気「龍鱗甲」で受け止めて吹き飛ばす算段なのだ。
「そういうわけで、俺は高瀬に協力して象どもを一箇所に纏める!」
味方の位置を確認するために、零次はトランシーバーで通信し、手短に目的を伝えた。
このあたりから、ハンターたちの行動のピースが合致しはじめていく。
アウレールは上空で弾頭を地上へと落とした。守りの構えを発動して、隣接スクエアを通過する弾頭にBS移動不能を付与したからだ。これにより推進力を失った弾頭は真っ逆さま重力に引かれるままに地上に墜落して、爆発した。弾頭は攻撃によっても撃墜可能だろうが、どれだけダメージを与えればいいのかわからない以上、移動不能にして墜落させるのが城壁を守る確実な方法だった。
弾頭が通過する刹那、アウレールは万一即座に爆発した場合に備えて盾を構えていたが、必要はなかった。グラオーグラマーンはホバリングを獲得しているので移動せずとも墜落する心配はない。
そして、アウレールが考えるのは、あの巨人の弾頭を空爆攻撃に利用できないかということだ。
観察したところ、威力は十分な範囲攻撃だ。これが攻撃に転用できれば敵の撃破もだいぶ楽になるだろう。ただ、アレを落とすには味方の位置に気を配らなければならないので地上との連携が必須だということだ。
そのようなことを考えていたアウレールの魔導パイロットインカムにあるハンターの声が届いた。
『そういうわけで、俺は高瀬に協力して象どもを一箇所に纏める!』
地上で戦っている零次のものだった。
(これは──使わない手はないか)
アウレールは零次の声に応答した。
「こちらアウレール。現在上空で弾頭を処理している。そちらで敵を纏めてくれるなら、そこに巨人の弾頭を墜落させようと思うのだが、どうだろうか」
『……なるほど。わかった。どっちにしろやることは同じだろ? 足止めならしておくさ』
「協力感謝する」
通信が終了した。巨人は次の弾頭の生成をはじめている。
アウレールは象どものいる地点の弾道上まで飛翔して移動する。
(空爆……爆弾か。この国もそう変わらないな)
(いつ爆発するか分からない過去が転がる、地雷原みたいな国だ。そこで、謀略と武力で爆弾処理みたいな仕事を続けてきた)
(アイドルだとか英雄だとか、そんなまやかしみたいな光を横目に)
(けれど、そんな夢幻だからこそ皆が追う)
そしてきっと、追い続けられる事自体が幸せなんだと、最近のアウレールは思っていた。
光を見つけられること。そして前へ進めること。光のある方を前だと思えること。
(──追い続けられる世界を守る事が、幸せなんだと思う)
「そういうことなら、守りますよぅ」
象の周りを飛び回りながら戦っていたハナが零次の近くにやってきて惑わすホーを展開した。
「少しはマシになると思いますぅ」
実際、魔術兵の魔法から身を守るためには役に立つスキルだ。ただし、魔法を瓦解させれば1回でスキル効果が切れてしまうので、集中攻撃を防ぐ手立てはない。
「いい加減しつこいですね……!」
ツィスカが魔術兵を狙撃する。[SA]の効果によって一直線上の敵を狙えるので、まとめて攻撃できる。今、ツィスカは魔術をなるべく阻止するように攻撃していた。
(夢物語だろうと、為すべきと思った事を為しえるのは、グリューエリン殿、ブレンネさん、そしてアウレール殿だけではないという事の証明の為)
(彼女たちもお互いの心に決着をつけたというのなら、出来得る事を全うしたのなら、私もそれに応えねば──!)
左右から攻めてくるハンターから逃げようと、1体の象シェオルが前方に端に抜けようとした。
だが、風を切る音とともにジュリアがその進路を塞ぎ爆風の衝撃と斬撃を巻き起こした。
アルトが象の足の間をくぐり抜けながら斬撃を繰り出した。
「そろそろ、立てないだろう」
焔舞の終着点、アフターバーナーの後、試作法術刀「華焔」をさっと振って、刀身を濡らした血液のような負のマテリアルを払う。
アルトの背後で、象の体勢が傾いだ。度重なる斬撃で、前脚に深い裂傷ができていたからだ。魔術兵が何度も象を立ち上がらせようと手綱を動かすが、象はその場から動くことができない。
「あとちょっと……!」
未悠が再びファントムハンドで象を引っ張り2体間の距離を近づける。
「高瀬、次の弾頭くるぞ!」
「わかったわ!」
零次の呼びかけに未悠がそう返事をして、弾頭の効果範囲から遠ざかるようにバク転を交えて後退する。
「零次、 助けてくれてありがとう」
「こういう時は、協力した方がスマートだろ?」
そして、上空からアウレールが移動不能にした弾頭が落ちてきて、象2体とそれらに乗った6体の魔術兵を焼き焦がした。
「ふむ。これはミグにも都合の良い状況のようじゃのう」
ヤクト・バウ・PCのモニターやトランシーバーでミグも状況を把握していた。
アウレール、未悠、彼女の作戦に協力した零次や、その他のハンターの思惑が偶然重なり合い作り出されたこの状況はミグにとっても有利に働いた。
これでグランドスラムの効果範囲に可能な限りの敵を巻き込めるし、弾頭の効果範囲から味方も離れているので、グランドスラムを撃ち込める余裕もあるのだ。
「爆殺してくれるわ」
グランドスラムが不気味な音を引いて、目標に飛んでいく。
ミグのグランドスラムの弾頭は象たちの脇に落ちて、爆炎と衝撃波が彼らの体を焼き焦がした。
「黒優、奴らを逃すな!」
「ユノ、サンクチュアリをお願い!」
黒優とユノがそれぞれ、象たちを逃さないように、同時に自分たちが爆炎の攻撃範囲に入らないように囲い立てる。
1体の象が移動不能を解除して、立ち上がり逃げ出そうとしたのだが、黒優がブロッキングで押さえ込んだ。
もう1体の象はアルトの複数回攻撃や、真の魔断を受けていたために、早々に体を崩壊させて倒れた。
だからだろう、6体の、つまり象に乗っていた全ての魔術兵は象を乗り捨てることにした。
ユノのサンクチュアリに引っかかったモノもいたが、それを強引に突破する。
「兵士は私たちが相手をする! ユノは象たちを動かさないで!」
未悠の声に、ユノが短く嘶いて答えた。
「これは、目標を切り替えた方がよさそうだね」
真の武器にはソウルエッジの輝きが灯っている。
象が身動き取れずミグのグランドスラムと空爆の的になっているのなら、魔術兵そして歩兵の相手をした方がよいだろう。象は近接攻撃手段しか持たず足止めされてしまえば脅威ではない。味方の範囲攻撃に巻き込まれにいく必要もないのだ。
「そろそろ限界なの! 手が空いているなら助けて欲しいのー!」
トールハンマーの効果によってディーナが歩兵と渡り合っていたが、流石に1人では限界だった。
「カートゥル、もう少しだけ飛んでいてくれるかい」
羽搏きでカートゥルはこたえ、より真が攻撃しやすい位置を探して飛び続ける。
(長引くと帝都の人々が異変に気付いて不安になるかもしれない。怖い思いもできるだけさせないようにしたい)
(それに、ライブの最中に爆撃音なんて、無粋だからね)
上空のハンターによって、弾頭は城壁付近では爆発していない。それは幸いであったろう。
さて、その中で巨人へ向かったハンターたちも交戦を開始していた。
Gacruxがソウルエッジを発動し、バーストエンドを巨人に向かって放った。槍から繰り出されたマテリアルの奔流が巨人に激突し、そのマテリアルの流れの中に黒い体を晒している。
「巨人って言っても、グランソードと変わらない。大きいことは有利にはならいよ!」
ざくろはグランソードの斬艦刀を振り下ろし、巨人の体を斬り裂こうとする。しかし、深くは斬り込むことができず、体表面をなぞるように切っ先が擦過し火花をあげた。
「結構硬いかも……!」
振り抜いた刀の流れる先をコントロールしながら、ざくろが呟いた。
「見た所、ほぼ固定砲台のようですからね……。移動するという機能を捨てて、堅牢な装甲を優先しているのかもしれません」
Gacruxは、ワイバーンをサイドワインダーで高速に移動させながら距離を測り、巨人を観察している。
巨人は迫ったハンターには目もくれず、弾頭を生成している。頭部がひし形に歪み広げられた口腔内に、黒い弾頭が出現する。
キヅカは巨人の四肢の長さから推測した、敵の攻撃範囲外にエストレリア・フーガを置いて、6枚の翼を起動した。それぞれが意志を持ったように射出され3枚は巨人の体に、もう3枚は口腔内の弾丸に突き刺さる。
(ブレンネも僕も”成れる”人じゃないんだ)
(演じて、その偶像を背負いながら……それでも。証明したい”今”があるから、戦える)
願いを乗せた流れ星は大気圏で散り散りになって、地上には届かない。流星は隕石にはならない。だから、隕石にも似たあの巨人の弾頭は絶対に撃ち落とす。
(お前の希望と祈り。それは僕が……オレが確かに背負う)
(”矛盾”の守護者として……そしてオレ自身の意思で……!)
狙うのは、弾頭の誘爆だ。アウレールが地上に落として攻撃に転用して見せたように、巨人の口の中で、或いは近くで爆発させることでダメージを与えることができるはずだ。
だが、まだ弾頭は爆発しない。しかし、その考えを持っているものは他にもいた。
「今、このときを生きるために! この瞬間を壊させはしません!」
バイクに跨ったUiscaが地上から巨人の弾頭めがけて【龍獄】黒龍擁く煉獄の檻
を飛ばした。
弾頭を中心に、黒龍の牙や爪が出現し、巨人の頭部を穿って突き刺さった。
「ざくろだって!」
さらに、ざくろがデルタレイの一条を弾頭に着弾させたところでようやくそれは爆発した。その衝撃で巨人の体勢が揺らぐ。
「よし、いい感じだ!」
ざくろは巨人に確実にダメージが入っているのを見て言った。
「未来を人々と一緒に掴む為にも、絶対に止めるんだから!」
「無事……とは言えないが、巨人の元へ辿り着いたか」
と、アウレール。
巨人へ接近した者たちが積極的に弾頭を破壊しているので新しいものは飛んでこない。そして守りの構えの使用回数も多くはない。
「弾頭から都市を守るためには、まずそれを発射させなければいい。では、私も発射台の方を潰しに行くか」
グラオーグラマーンがホバリングからするりと体を滑らせるように飛翔する。アウレールは剣に斬霊剣「剣豪殺し」によるマテリアルの加護を宿らせた。
「いっぱいいるのは好都合なのです!」
エステルは敵集団からやや離れたところで、魔法を使っていた。エステルの背中に虹の翼が現れる。紡がれるのは争いを停止させるための術、白龍の息吹だ。彼女からまっすぐ伸びた白い光線は一直線上の敵の意識を混乱させる。
今や歩兵も魔術兵も入り乱れる戦場だった。1体の魔術兵と1体の歩兵がBS行動混乱を受ける。
無事である、4体の魔術兵がエステルに向かって矢のような魔術を飛ばした。
フローはそれらを避けきれず、負傷する。
「フローさん、なるべく攻撃が当たらないように移動しながら戦いましょう。弾頭の方は大丈夫そうですから、わたくしたちはここで、お仕事をするのです!」
白龍の息吹の射程圏内から外れてしまわないように、敵の周囲を移動しつつ、エステルは支援を続ける。エステルのグングニルは長い射程で、地上から弾頭を狙い撃つ準備をしていたのだが、その必要はなさそうだ。
BS行動混乱を付与された、特に魔術兵は味方を攻撃しないように攻撃を控えていた。つまり、敵の攻撃の手数は減っていく。[SA]の強度増強効果によって、そう簡単には解除できない。
コーネリアは、兵士たちが範囲攻撃を警戒してばらけるように行動していることに舌打ちした。
「余計な頭脳を使っても苦しみが長引くだけだというのに」
その言葉は、決して慈悲深いものではなかった。
「纏めて殺す。それだけだ」
天に向けられた銃口から、懲罰を伴う弾丸が発射された。
コーネリアの弾丸に打ち据えられた、兵士たちの動きが鈍る。封印の力を持つ懲罰の弾丸によって、確実に1回行動が阻害されるからだ。
魔術兵は6体、歩兵は8体。合計14体の敵がまだ1人も脱落していない。そしてコーネリアの言うように範囲攻撃を警戒してばらけるように行動している。
しかし、アルトは高い移動力でバラけた兵士を刃で繋ぎ合わせる。
シェオル型に痛覚があるのなら、受けた傷の痛みでようやくアルトに攻撃されたことを知っただろう。
焔舞と踏鳴、散華とアフターバーナーによる、圧倒的速度と威力の連撃。
その終点において、ようやくアルトの姿が捉えられるようになった歩兵が無粋な剣を突き出した。
振り向きざま、アルトはその剣の下に華焔を滑り入らせて跳ね上げて、胴へ一閃。踏み出した一歩で加速。その後には、兵士が吹き上げる負のマテリアルの華が咲いた。
アルトへ剣を突き出した歩兵は、足がなくなったように前方へ崩れ落ちて異界由来の体を、このクリムゾンウェストで塵に変えたのだった。
「3体か……」
そうアルトが呟いたように、今の攻撃で魔術兵と歩兵が戦闘不能となり消滅した。
「勝手なことはさせないわ。ここは私たちの世界だもの」
未悠がファントムハンドを使って、歩兵を引っ張る。そして、纏まった敵の足元に魔法陣を展開する。レセプションアークの希望的な同時に眼を潰すような光が瞬間的に立ち上った。
追い討ちをかけるように、ツィスカが機導砲で敵を撃ち抜く。
「もはやこうなると殲滅戦ですね。どちらかが……いえ、あなたたちが尽きるまで戦い抜くまでです」
時として、惑わすホーによる魔法への対抗結界を設置し、射撃を織り交ぜながらツィスカは攻撃の手を緩めない。
「事を為せたブレンネさんを労えるのは、生きて事を為してこそなのですから」
「そうなの。生きていないとどうしようもならないの。回復は任せて欲しいの!」
ディーナは再びリーリーに騎乗して、リーリージャンプによる移動力を使い、ハンターたちを癒して回っていた。ファーストエイドによる早期回復と回数豊富な回復魔法は確実にハンターの戦線を支えていた。
「むぅ。魔術兵とか割と役割が被っているのですっごく邪魔ですぅ。さくっとブッコロしたいんですけどぉ、ちょろちょろされると困りますしぃ、やっぱり頑張ってさくっとブッコロですぅ!」
ドローアクションによって早いタイミングでハナは符を補填し、五色光符陣をばんばん発動する。移動しながら戦うと惑わすホーの結界内に止まることはできないが、ハナはポロウをジグザグに移動させることで敵を翻弄していた。
「こんやり灼いちゃいますよぉ!」
輝くハナの攻撃のあとだと、シェオルは一層黒く見える。
「敵に火加減とかできないのでぇ、そのまま炭になってくださいねぇ」
一層黒く見えたのは、やはりハナの符術にとどめを刺されたからで、2体の魔術兵がボロボロと崩れ去っていった。
続いて、甲高い金属音が聞こえたのは、レイアが歩兵の剣を受け止めたからだ。
「今回、やることは決まっているからな……!」
レイアは零次をサポートすることに徹していた。ソウルエッジを施した二刀流で敵を斬り倒す。
その歩兵へ零次は拳を叩き込む。
続く歩兵の攻撃を、零次は金剛不壊で受け止めて溜め込んだエネルギーを攻撃に転化させて、青龍翔咬波を放った。
青龍の飛翔は正面の歩兵の腹に穴を開け、その向こうにいる別の歩兵の盾に激突した。しかし、その勢いで盾が弾かれて体がガラ空きになる。
「──終わりだな」
錬の搭乗するルクシュヴァリエが連撃と流転の炎の連続攻撃で叩き潰した。さらに、光あれで直線上の敵を焼き払う。
「欲張っても仕方ないけど──」
カートゥルはバレルロールで魔法の矢を回避し、ほぼ錐揉みのようなローリングで地面ギリギリまで高度を落とす。
「できるならやった方がいいだろうからね」
背面飛行状態でも、真は敵を見失わない。素早く敵の位置を把握し、カートゥルが回転する勢いの流れに乗るように刺突一閃を突き出した。
カートゥルは真の攻撃が完了したのを彼が跨る背中の僅かな感触から把握し、真の負担にならないような体勢で離脱する。
累積したハンターの攻撃が、ついに歩兵と魔術兵の撃破を可能にしていた。
残っていた象シェオルがミグの砲撃の爆炎の中、最後の力を振り絞るように、ふるふると立ち上がった。黒優とユノを突き飛ばしてハンターたちの戦域に乱入しようとする。
「まだ生きていたのか」
コーネリアが標的を象へ変更する。
「皮が厚かろうが、鎧を着込んでいようが、削り取ればいいだけだ」
発射前の弾丸にマテリアルが込められる。
撃ち出すのはキラースティンガー。回転し、ドリルのように表皮を削る弾丸だ。
轟く銃声とともに、銃口に赤い稲妻が閃く。毒針の弾丸が鎧共々、象の体を抉りながら穴を開けた。その穴から爆ぜるように象の体が消失していく。
コーネリアは淡々と次の標的を狙うだけだった。
Uiscaは歌を口ずさんでいた。帝都でブレンネ・シュネートライベン(kz0145)が歌っている歌だ。
(レンの祈りの歌をここまで届かせるよ)
持ち上げた杖の先、巨人の頭に黒龍の爪と牙が突き刺さり、発射前の弾頭が爆発した。
その爆音の中でも、負けじとUiscaは歌う。戦いで、絶望では、歌はかき消されないと証明するように。
(巨体といえど、所詮は人型。関節部分は脆いはずだ)
Gacruxはワイバーンを低く飛ばし、巨人の背面に回り込む。そして槍の長い射程で、膝裏を薙ぎ払った。
巨人は、もう弾頭が無意味、むしろ自分を傷つけることしかしないことを悟った。だから、だらりと垂らしていた腕を振り上げてグランソードをぶん殴った。
「負けないからっ……!」
ざくろは傾ぐグランソードで踏ん張りながら、敢えて低い体勢から、巨人の振り上げた腕の脇に向かって剣を突き刺した。
そして、薄曇りの空の中、さらに巨人に影が落ちた。
アウレールが巨人へ急降下してくるのだ。そのまま地面にぶつかるのかと言う垂直の角度で。彼は剣を突き、バーストエンドを巨人の頭から浴びせる。
アウレールのマテリアルが巨人に縦一閃に流れたが、体を断ち割るまではいかない。
「頑丈なことだな」
急降下からダウンバーストの衝撃が敵の巨体を揺らした。
Gacruxの攻撃も相まって、巨人はたたらを踏んで姿勢を保とうとする。
「弾頭も、今の攻撃もちゃんと効いているはず……。なら、畳み掛けるっ」
ざくろが、グランソードに、そして振り上げた刀にマテリアルを通す。超重練成によって武器が一瞬巨大化する。
「必殺超重剣……スーパー縦一文字斬り!」
振り下ろされた刃はしかし、胸のあたりで止まってしまった。
巨人がグランソードの腕を叩き壊そうと腕を振ったが、下方からアウレールが飛ばしたバーストエンドがその腕を切断した。
腕は金属と肉が混ざり合うような音を立てて落下し、消滅を開始する。
「もう──お仕舞いにしましょう」
Gacruxの槍が上空から鋭く突き出され、ざくろの斬撃の後を追った。それによって、巨人は今度こそ明確に、右半身と左半身に両断された。
それは断末魔なのか、破壊された肉体が軋んでいるのか、どちらともつかないが地を這うような咆哮にも似た重低音が響き渡る。
そして、ざくろが巨人の胸で止まっていた刃を再度振り下ろす。何の抵抗もなく振り抜かれ、今度こそ巨人を真っ二つにした。
分かたれた巨人は地面にくずおれる前に切断面から塵に還元されていく。
「貴方もかつては自分の世界を救うために戦った人なのでしょうか……?」
Uiscaはバイクを停車させて、巨人から響く低い音を聞いていた。
「……例えそうだとしても、今は私たちが生き残るために容赦しません。いつかあなた達の世界が再誕したら、貴方の世界の話も聞かせてください」
倒れてきた巨人の左目とUiscaの視線が交錯した。
「──……」
その目には、生命を殺せなかった悔恨の色があった。
「巨人の方も終わりましたか」
ツィスカたちも歩兵と魔術兵の掃討を終えていた。彼女は巨人討伐の加勢に行こうとしたのだが、あちらも片付いたようだった。
「大きな怪我をした人もいないようでよかったの」
ディーナの言う通り、超覚醒やマスティマに乗った者以外には重体者はいない。
「お疲れ様なの」
よしよし、とともに戦場を駆け抜けたリーリーの首をディーナは優しく撫でてやった。
「こちらには、砲弾が飛んでは来なかったようなので、まあ上々の成果かのう」
ヤクト・バウ・PCのコックピット、その座席にミグは深く身を沈めていた。
敵は殲滅されて、帝都と城壁に被害はない。
ミグは全面改修を終えた愛機の今日の戦果を反芻するのだった。
●ライブ会場にて
ブレンネはライブステージで数曲歌った後、舞台裏でしばし休憩をしていた。
そこへ、ざくろとGacrux、ツィスカがやって来た。
「城壁の外でもブレンネの声、聞こえてたよ。歌、ざくろに力をくれたよ」
可憐にざくろが微笑んだ。
「ありがと。なんか、戦いがあったんだって?」
「ええ。なんとか終わりましたよ」
と、Gacruxが話を引き継いだ。
「……俺は歌は時代を映すと思いますよ。その時代の人々が何を感じて、何を考えていたか歌を通して知る事もできる。歌も歴史なのかもしれませんね。時代を越えて人が歌に想いを重ねられるなら、本質的には変わらないものも、人にはあるのかもしれませんね……」
「変わらないものね……。Gacruxはあって欲しいと思う?」
「どうでしょう……。しかし、ずっと昔の人の願いを俺たちが理解できたとしたら、それはあるのかも……いや、あるのでしょうね」
「あの……異界だっけ。邪神が食べたとかいう世界。いろんな世界があるみたいじゃん」
「そうですね。いろんな異界があって、様々なイレギュラーがいましたよ」
思い出したことがあったのか、Gacruxの言葉が不意に途切れた。
続いて話しかけたのはツィスカだ。
「お久しぶりですね、ブレンネさん。そして、お疲れ様です」
「久しぶり。ツィスカも来てくれたんだ」
「自分の中で、決着はついたようですね」
「お陰様でね。……なんか、こうしてツィスカとまた喋れる日が来るとは思ってもみなかった」
「金持ちが嫌いだからですか?」
「昔はそう思ってた。でも、本当はそうじゃなかった。ツィスカの言うとおり、あたしは自分とちゃんと決着をつけたんだと思う。ツィスカも戦いお疲れ様」
ツィスカとブレンネはお互いを労うのだった。
そして、彼らに遅れてやって来たのが、守護者の力により重体になったキヅカと未悠だった。
「ブレンネ、歌声で守ってくれてありがとう」
「ううん。あたしにできることをしただけ。守ったのはあんたたちの方だよ」
「そんなことないわ」
柔らかく、未悠が否定した。言葉を覆すというより、より大きなものを示すように。
「気づいてる? 貴女は皆の為に過去も今も未来も背負って歌ってる。その覚悟と優しさが皆を強くしてくれてるのよ」
「そう……? まあ、そういうことなら、そういうことにしておく……」
未悠の優しさとか温かさにブレンネの方が照れてしまい、やや捻くれた返答をしてしまった。
「その……歌、聞いてくれて、こっちこそ、ありがと。……怪我、ちゃんと治してね」
「まだ、やることあるからね」
そう言うのは、キヅカだった。
「ライブ、いい感じじゃん」
「まーね」
実際、ブレンネもアイドルライブの感触がいいことにホッとしていたので、簡素な返事で済ませた。不安だった気持ちは隠した。
「お前の祈りは届いてる。少なくても僕には、ね」
「そっか」
「お前の言う通り、現実は綺麗なんかじゃない。僕だって、守護者の力を使えば自分の血で汚れる。正直身体はボロボロで、薬でどうにか誤魔化してる。けど……」
けど、それでも血と泥に塗れてでも進むことはやめない。
「オレはお前とこの運命の先を見たいと思う。クソッタレな現実を乗り越えた先の明日は……きっと綺麗だって思うから。その祈りは嘘じゃないって証明したいから」
「いい話っぽいけど、あんた、結構と図々しいわね」
ブレンネの語調は決して不機嫌ではない。怒っても、蔑んでもいない。限りなくフラットに言っている。
「あたしの祈りはあたしのもの。誰に背負わせようとは思わない。……まあ、確かに、あんたたちハンターが戦わないと世界は終わるみたいだから、背負わせてるといえば、そうだけど……。でも、それでも、あたしの祈りはあたしのもの。背負うっていうなら、背負えるっていうなら、勝手にしなさい」
突き放しているわけではない。ただ、言葉を飾ることをしなかっただけだ。
「……余計なことだった?」
「まあね。でも、リクを止める権利は、あたしにはないから。あと、あんたはそう簡単に止まる奴でもないと思うし」
「お前、結構好き放題言ってない……?」
ライブスタッフの1人が、ブレンネにそろそろ次の出番の時間だと告げた。
「ごめん。あとちょっとだけなら話聞けるけど」
「……ひとつだけ頼みたい」
やはりキヅカが言った。
「この後、ジュデッカに行く。だから、その間でいい。その祈りを、力を……オレにくれ」
「やだ」
しかし、ブレンネはあっさりキヅカの頼みを突っぱねた。でも、キヅカも話の流れからそれは予想していた。
「あたしはあたしの意思で歌う。それがあんたの力になるっていうのなら、勝手に持っていけばいい。それだけよ」
「じゃ、勝手に持ってく」
「利息はトイチだから。ちゃんと返してね」
「勝手に持ってけって言っておいて、それは図々しくない?」
「くっ、バレたか……。ま、あんたはあんたの戦場へ行けばいい。じゃ、あたしは行くから」
「ん。いってらっしゃい」
ブレンネはスポットライトの下に戻っていった。
それぞれの戦場はまだ続いているのだから。
象に人型のシェオル。それが帝都バルトアンデルスに向けて進軍するシェオル型の外見的特徴だ。
「象に乗って、って……、変わった事してやがるな。まあ俺が珍しいと思うだけで昔の戦争とかだとあったっぽいけど……」
輝羽・零次(ka5974)が黒優に跨って、象シェオルに向かいながら言った。
(そう考えると、象の上に兵士っぽいのも乗ってるし、あいつらが元いた世界では戦争でもやっていたのかもな)
(ってことは、奴ら軍隊か何かだったのか?)
隣をワイバーンのアウローラに跨ったレイア・アローネ(ka4082)が駆けていた。彼女は零次のサポートをするつもりだからだ。
軍隊というには、敵の数は少ない。しかし、武装した象2頭で突進してくる様、その上に杖を持った魔術兵を乗せているのは、敵にも考えのある結果のようにも見える。
「まあでも、奴らが戦う気でいる以上、俺たちはそれを受け止めて阻止するしかないんだよな」
「この距離でも届きはしますけど……」
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)のポロウが装備した幻獣ミサイル「シンティッラ」はすでに敵を射程に捉えていた。
(シンティッラの使用限度は2回。でも、戦闘規模と私の能力では接近しないことには継戦は不可能……)
(でも、まずはあの魔術兵を減らせれば……!)
ポロウが装備したシンティッラが起動し、ミサイルが1本魔術兵を狙って飛んでいく。
「もう一本、撃ち込みますよ」
流星にも似たミサイルが再度空を駆けた。
ほどんどのハンターがユニットを同行させて、高い移動力を獲得していた。その中で、孤立しないように周囲と歩調を合わせている者もあった。
だが、Gacrux(ka2726)は飛翔の翼で早速空へと舞い上がりサイドワインダーを使って、最も巨人へ迅速に接近できるルートを進んでいた。
また、Uisca Amhran(ka0754)はユグディラのトルヴィ・クァス・レスターニャは帝都の城壁に置いてきていた。帝国兵支援させるためだ。Uisca自身はバイクを全速力で駆動させ、まっすぐに巨人の元を目指していた。
象のシェオルは、人型の歩兵のシェオルより先行していたが、彼らとの距離が離れすぎないように、ややスピードを落として進撃していた。
ただ、巨人のシェオルだけは、出現位置から動かずにいた。だらりと垂らした両腕には不気味な静けさがあったが、その8メートルほどある体には不釣り合いな小さな頭が、急に菱形に伸びた。虚のような口を開けたその中には槍にも似た、あるいはリアルブルーのミサイルにも似た黒い弾頭が生成されていた。
「……砲撃か」
グリフォンのグラオーグラマーンに騎乗しているアウレール・V・ブラオラント(ka2531)がすぐさま合点した。
「つまり、あれが帝都に落ちたらやばいってことだ……!」
キヅカ・リク(ka0038)もその脅威を認め、2人は巨人の頭の角度から弾道を予測する。
アウレールはグラオーグラマーンの飛翔の翼で、キヅカはエストレリア・フーガのオールマイティですでに空中にいた。予測された弾道に向かって彼らは進む。
「あれは放置しておけませんね……」
Gacruxも目標の巨人の脅威を判定して進んでいく。空に障害物はない。象も魔術兵も歩兵もすべて地上にいる。だから、巨人に向かうには飛翔するのが最も安全なはずだった。
Gacruxは向かってくる、地上を行くシェオルたちを無視して通り過ぎようとしていた。
ツィスカのポロウが放ったミサイルが着弾して轟音を立てている。だがその中で、象に乗った魔術兵たちの杖がついっと動いた。
「なっ──!?」
そして次の瞬間、魔術兵から、ハンターのファイアーボールにも似た範囲攻撃魔術がGacruxに向かって放たれた。
──完全に油断していた。4つの魔法攻撃にさらされたGacruxのワイバーンが体勢を崩す。
しかし、Gacruxはすぐに、ワイバーンを緩やかな滑空状態に持ち込むことができた。もう一度羽ばたいて、高度を維持すればいい。彼はそう考えていたのだが、次に目の前に見えたのは象の後を追うようにしていた歩兵が頭上に突き出した剣先だった。
回避する余裕もなかった。Gacruxのワイバーンはその剣に片方の翼を斬り裂かれて、地面へと落下する。激突の衝撃で、Gacruxも地面に放り出された。かろうじて受け身は取ったが、全身が痛む。でもそんなことで悠長に寝転がっていられない。
「全く、最高の滑り出しですね……」
Gacruxは歩兵の人型シェオルたちに囲まれていた。
「撃墜、ですか……!?」
バイクを走らせていたUiscaも、上空のGacruxが撃ち落とされたことに驚いた。
さらに、地上で待ち構えていた歩兵の刃に斬られたワイバーンが重傷なのは火を見るより明らかだ。
巨人に視線を送るUisca。あれが脅威なのはわかっている。でも、仲間を放っておくことはできなかった。
それに、歩兵たちもUiscaを巨人の元へは行かせないように占有スクエアを作っている。
(敵の思惑に乗ることになりますが、誰かが傷つくよりずっと良いのです!)
バイクのハンドルを切って、UiscaはGacruxの元へ向かうことにする。歩兵の足元にはワイバーンの血液が滴っていた。
そのGacruxの近くで飛翔していたのは鞍馬 真(ka5819)だった。彼のワイバーン、カートゥルも非常に高い移動力を持っていたからだ。
彼は象のシェオルに主に対応するつもりでいた。しかし、このままGacruxを放っておいては危ないのは確実だ。シェオル型は個体差はあれど、複数人で対応することが推奨されているのだから。
真はすでに魔断で、象シェオルを攻撃できる位置にいる。
(いや──それだけでは、今は足りない!)
真は歩兵もまとめて攻撃するために、なお深く敵へと接近した。
魔術兵がカートゥルを狙って攻撃魔法を放つが、バレルロールで流麗に回避する。高速スピードで繰り出されるローリングにより、真の長い黒髪が風になぶられて舞う。
高い能力を持つとはいえ、死地に平然と飛び込める真の姿は異様かもしれない。
でも、真にとっては自分が傷つくより、誰かが傷つく方が重いのだ。いや、自分のことが軽いのか、空っぽなのか。
「届け──!」
より多くを巻き込むために、真は地面すれすれを飛行しつつ、蒼いオーラの刺突を放った。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)はグリフォンのジュリアと並走していた。目指すのは象のシェオルだ。
2体の象も並走し進軍を止めない。だが、アルトは魔術兵の攻撃には晒されなかった。ジュリアのゲイルランパートの風の結界に守られているからだ。
「帝国に現れたシェオルが、兵士とはなんとも不気味な因果を感じるな」
敵にもそれなりの知性がある。例えば、騎乗動物を操るくらいには。故に、ゲイルランパートの守りは有効だ。
アルトは無傷のまま、象の真横までやってきた。
(──この距離ならいけるな)
象は乗り手の誘導で、側面にいるアルトを方向転換とともに牙で殴り飛ばそうとする。しかし、振り向く動作が完了した時には、そこに彼女の姿はなかった。何かを殴った感触もなかった。
全ては次に、象の姿勢が崩れたことで悟られた。背に乗っていた魔術兵は、もう1体の象へ向かう炎の花弁のマテリアルの残滓を確認していた。
「さて、今までは貴様らの魔術の間合いだったようだが、ここからは私の刃の間合いでもある」
アルトが炎を纏った。焔舞による、武のためのアクションだ。
象は長い牙を振って向かってくるアルトを追い払おうとする。
しかし、アルトは逆に、振られたその牙を足場にして加速を試みる。そして、象の背まで飛び上がり、今度は地面に向かいながら、独楽のように体を回転させて敵を滅多斬りにしてすれ違う。
立体攻撃で狙いを定め、踏鳴で加速、散華そしてアフターバーナー。敵の大きさを利用した連続攻撃である。
「……固いな」
2体の象の腹や側面は花弁にも似た斬撃が刻まれている。だが、武装した象の鎧は堅牢で皮は固い。だから、焦る、という話ではない。ただ、そうなのだな、とアルトは戦場において冷静に分析した。
(足を狙えば動きが鈍るはず。動き回ることがなけれが脅威は下がる)
象たちが、再びアルトの散華によって同時に攻撃されたらまずいと判断したのか、一方の象が距離を取るように進路を変更する。
「ジュリア!」
しかし、アルトの声とともに、急降下してきたジュリアによってそれは妨げられ、象はダウンバーストによって吹き飛ばされる。
「1体ずつ、確実に仕留めよう。頼んだぞ──!」
時音 ざくろ(ka1250)は魔動冒険王『グランソード』に精神を没入させていた。機体を駆る背中に風に乗って届いた歌声を聞いていた。
(歌声が聞こえる……この声はブレンネかな)
(ブレンネも頑張ってるんだ。よし、ざくろも頑張らなくっちゃ!)
ざくろも、先行したハンターがまだ巨人にたどり着けていないことを見ていた。
そして、魔術兵の射程に入ったざくろにも魔法の集中砲火が浴びせられる。
「でも、ここで止まっちゃダメなんだ……!」
「混戦しているようじゃのう。ふむ……これでは十全な威力は期待できんかもしらんが、ミグが調整するしかあるまい」
シェオルとハンターがぶつかっている地点からは後方、つまり城壁に近い位置に、ミグ・ロマイヤー(ka0665)はいた。
「ヤクトバウの改修が間に合ったのが唯一の救いであるな」
彼女がコックピットに収まっているのは、ダインスレイブ、ヤクト・バウ・PC。その砲門が射線の先にいる象の1体へと向けられる。
(まあ、普通なら象使いを倒せば象の脅威度は激減するんじゃがシェオルであることを考えれば両方倒すしかないんじゃろうな)
(どうするべきか……!?)
キヅカは弾頭の弾道上にいた。今ちょうど射出された弾道を機体で受け止めて、パラドックスで攻撃そのものを無効化したところだった。
理解している。地上は混戦の様子だった。特に歩兵と魔術兵の攻撃によって、巨人まで誰もたどり着いていないのだ。
巨人は脅威だ。キヅカは因果操作によってダメージは受けなかったが弾頭の威力は高い。効果範囲もある。これが帝都か城壁に着弾した被害は簡単に想像できた。何より、巨人は次の弾頭の準備に入っている。頭がまた菱形に歪んでいた。
「おい、リク!」
キヅカがアウレールに後ろから声を掛けられた。
「弾頭は私が処理する。お前は足止めを食らっている彼らと共に、巨人の元へ行け」
考えている時間はあまりない。だから、決断せざるを得ない。
「わかった。任せた、アウレール!」
「任されたさ。ちょっとした考えもあるのでね」
エストレリア・フーガは滑るように、歩兵と戦っている味方の元に飛んで行った。
アウレールはその背を見送り、冷徹な計算を開始する。
(弾道、放物線の頂点、速度、そして威力──ほぼわかった)
(問題は、どうやって巻き込むか、だな)
グラオーグラマーンは弾道に合わせてさらに飛んでいく。
象に乗った、手綱を握らない魔術兵は移動を仲間に任せているので敵を攻撃することに集中できる。彼らを越えようとするにはまず、遠距離魔術攻撃と範囲魔法攻撃への対処が必要だった。あるいは、飛翔を可能にしているのなら魔術が届かないような高度を保てば無傷で巨人までたどり着けたかもしれない。
ミグが発射したグランドスラムの弾丸が地上に命中し、爆ぜた炎が1体の象を巻き込んだ。敵味方混戦となっている現在、着弾点をずらして敵のみを巻き込む必要がある。グランドスラムの攻撃対象の回避1/3という効果は敵の生命力を削るのに非常に有効であるが、味方を巻き込めば戦線を壊滅させかねないからだ。
弾頭の処理をアウレールに任せたキヅカが、同じく巨人に向かおうとしているざくろに声を掛けた。
「プライマルシフトで一気に転移させる! いいよね?」
「……わかった! Uiscaたちも一緒に!」
「もちろんそのつもりっ!」
キヅカはざくろをプライマルシフトの効果範囲に取り込んで、1回目の転移を施行した。
急に姿の消えたキヅカとざくろに、魔術兵の杖先が所在なさげに彷徨った。
「星を守る守護者として帝都を守り切ってみせるのです……!」
エステル・ソル(ka3983)の周囲を月が巡りはじめる。満月から新月、時の経過を淡く現しマテリアルが飛躍的に高められる。
エステルはワイバーンのフローに騎乗し飛行していたが、今は魔法スキルを使用する都合上着地していた。
「月を奏でましょう。時の移り変わりを、満ちては欠ける物語を、幾星霜の月の巡りを」
手元に現れた魔法陣が発光し、その中央から槍の如き紫電が撃ち出された。
「貫きなさい、グングニル──!」
射程を増加させた一条の雷の槍が戦場を駆け抜けた。
それは、象と魔術兵の背後にいる歩兵にも届いた。
駆け抜けた紫電に暴風が収束されて、爆発。攻撃を受けたモノたちに行動阻害を付与した。
キヅカとざくろはプライマルシフトでUiscaとGacruxの元に現れた。
Uiscaは【龍魂】白龍纏歌でワイバーンを戦闘不能から回復させていた。その後、歩兵に囲まれて身動きが取れず交戦状態となるのだが、多勢に無勢であり回復に専念していたため攻撃する余裕がなかった。
GacruxもUiscaの回復スキルによって負傷から立ち直っている。しかし、苛烈な殺すための歩兵の攻撃に再びワイバーンに騎乗する暇すら与えられていなかった。
だが、そこにエステルのグングニルが撃ち込まれたことと、キヅカがプライマルシフトでやってきたことで状況は好転しはじめる。
BS行動阻害で歩兵の動きが鈍った。そのタイミングで、キヅカはUisca、ざくろ、Gacruxとそのワイバーンを効果範囲に入れて再度プライマルシフトで転移する。
さっと、光に包まれたような感覚の後、一行は歩兵の間を抜けて、ただ眼前に巨人を捉えるだけになる。
「いろいろあったけど、ここからがざくろたちの戦いなんだよね」
ざくろが呟いた。
「まだ、巨人の弾頭は城壁に命中しても城壁を超えてもいない」
キヅカは明快に現在の状況を告げた。
「僕たちはまだ負けてなんかいないんだ」
「これは戦った方がよさげなの」
ディーナ・フェルミ(ka5843)はリーリーから飛び降りてウコンバサラを抜き放った。全長200cmの武具がディーナのマテリアルに反応して色彩を帯びる。
また、ディーナはトールハンマーを発動して雷神の力を解放する。立ち向かうのは、今まで囲んでいたハンターを見失った歩兵たちだ。
魔術兵と象に対処するハンターは多かったが、歩兵への対処はほとんどなかった。戦場をこれ以上混沌とさせないためにも、誰かが押しとどめる必要がある。
「ビリビリさせてあげるの!」
振るわれたウコンバサラの棍が、歩兵の盾とぶつかって鈍い音を立てた。
歩兵は盾から伝わった電撃に体を痺れさせる。トールハンマーのBS行動阻害だ。強度は十分だ。
「これなら倒すことはできなくても、邪魔することはできるの!」
「って、あれぇ!?」
星野 ハナ(ka5852)は象まである程度近づいた地点でポロウを飛行状態へと移行させて、魔術兵対策の惑わすホーを発動して、さらに象の後ろへ回り込もうとしたのだが、その惑わすホーの結界は発動した地点から動かない。
このスキルは自分ではなく空間を対象にするので、発動者が移動しても展開された結界そのものは動くことはない。つまり、大きく移動しながら戦うと必然的に結果以外に出ることになってしまう。
「うぅ……、でもぉ、それなら魔術兵をどんどんブッコロすればいいだけですぅ!」
5枚の符を飛ばしてハナは魔術兵を中心に五色光陣符を発動した。
「よーし、それじゃポーちゃん初陣頑張りましょぉ! 歪虚は今日も全ブッコロですぅ」
ルクシュヴァリエに乗り込んだ神城・錬(ka3822)も敵をその射程に捉えた。狙うのは象だ。万象の器で、射程と近接威力を増加させている。
「ようやく切っ先が届くな」
装備した剣に浮かび上がる魔法紋。そして切っ先に凝縮されるマテリアルの刃。
象目掛けて、まずは一閃。そして返す刀でもう一太刀。
だが、それでは終わらない。その踏み込みはあまりに唐突で、或いはあまりに動作の無駄がなかったために象もそしてその操縦者も何が起きたかわからなかった。
気が付いた時には錬の乗るルクシュヴァリエが隣にいた。そして流転の炎に焦がされる。
巨人へ向かうハンターはすでにプライマルシフトで転移している。魔術兵の魔法は象や自分たちを狙うハンターに向けて放たれていた。矢を放つような魔法と、範囲攻撃魔法。最初から距離をとって射撃攻撃をしていた、ミグとコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)以外は十分射程内だ。
「ここまで来る余裕はなさそうだな」
馬上でコーネリアが重機関銃を構える。およそ一般人では扱えないだろう重量の武器を、しかし覚醒者は易々と持ち上げてみせる。
「どこに邪神の眷属が来ようと殲滅する。親玉を刈り取るまでやるべきことは変わらん」
この世界のどこも戦場になる可能性がある。そんなことは理解している。安全な場所などどこにもない。
だからコーネリアは思うのだ。だからこそ徹底的に戦い抜かねばならないのだと。
装填数122発による制圧射撃で動きを封じてやる。圧倒的な弾幕の、銃撃音と地面の破砕音が尾を引くなか、素早くコーネリアは弾丸を再装填し、今度は銃口を上空へと向けた。
「歪虚も考えた行動を取るときもあるのだな」
それは、象への騎乗。そして魔法による集中攻撃のことを指している。
「だが、その負のマテリアル如きで形成された頭で何ができる」
銃爪が引かれ、10発の弾丸が飛び出した。それらは一定の高さまで登った後に爆ぜて大量のマテリアルを撒き散らしながら、稲妻のように象と魔術兵のシェオルに降り注いだ。
「思い知るがいい。貴様らが行くところに必ず私が、そしてハンターが現れるということをな」
高瀬 未悠(ka3199)はペガサスのユノに騎乗し、空を駆けていた。コーネリアのナイトメアサンダーによって付与された行動阻害の隙をついて、象たちと戦うハンターの只中に着陸。さらにユノから飛び降りた。
「ユノは回復と、移動の阻止をお願い!」
すでに未悠は超覚醒を完了している。多くの味方に加護のあるように覇者の剛勇を施す。そして、2体の象の位置を確認する。
2体の距離は離れていた。ジュリアがダウンバーストを使って、なるべく2体間の距離が広がらないようにしていたが、2体の象の距離をジュリアだけで縮めるのは難しく、決して至近距離にはいない。
アルトの散華やミグのグランドスラム、ハナの五色光陣符などの範囲攻撃の特性を考えれば敵を密集させた方が攻撃の効率はいいはずだ。
「やるべきことはひとつね……!」
未悠からファントムハンドの魔法の腕が伸びて象の足に絡みつく。
「私が敵を一箇所に纏めるわ!」
サイズ差によって、ファントムハンドは軋みをあげながらも、象の巨体を手繰り寄せる。
「高瀬、手伝う!」
未悠とは別の象を相手にするのは零次だ。彼はうまく敵の攻撃を誘発し、練気「龍鱗甲」で受け止めて吹き飛ばす算段なのだ。
「そういうわけで、俺は高瀬に協力して象どもを一箇所に纏める!」
味方の位置を確認するために、零次はトランシーバーで通信し、手短に目的を伝えた。
このあたりから、ハンターたちの行動のピースが合致しはじめていく。
アウレールは上空で弾頭を地上へと落とした。守りの構えを発動して、隣接スクエアを通過する弾頭にBS移動不能を付与したからだ。これにより推進力を失った弾頭は真っ逆さま重力に引かれるままに地上に墜落して、爆発した。弾頭は攻撃によっても撃墜可能だろうが、どれだけダメージを与えればいいのかわからない以上、移動不能にして墜落させるのが城壁を守る確実な方法だった。
弾頭が通過する刹那、アウレールは万一即座に爆発した場合に備えて盾を構えていたが、必要はなかった。グラオーグラマーンはホバリングを獲得しているので移動せずとも墜落する心配はない。
そして、アウレールが考えるのは、あの巨人の弾頭を空爆攻撃に利用できないかということだ。
観察したところ、威力は十分な範囲攻撃だ。これが攻撃に転用できれば敵の撃破もだいぶ楽になるだろう。ただ、アレを落とすには味方の位置に気を配らなければならないので地上との連携が必須だということだ。
そのようなことを考えていたアウレールの魔導パイロットインカムにあるハンターの声が届いた。
『そういうわけで、俺は高瀬に協力して象どもを一箇所に纏める!』
地上で戦っている零次のものだった。
(これは──使わない手はないか)
アウレールは零次の声に応答した。
「こちらアウレール。現在上空で弾頭を処理している。そちらで敵を纏めてくれるなら、そこに巨人の弾頭を墜落させようと思うのだが、どうだろうか」
『……なるほど。わかった。どっちにしろやることは同じだろ? 足止めならしておくさ』
「協力感謝する」
通信が終了した。巨人は次の弾頭の生成をはじめている。
アウレールは象どものいる地点の弾道上まで飛翔して移動する。
(空爆……爆弾か。この国もそう変わらないな)
(いつ爆発するか分からない過去が転がる、地雷原みたいな国だ。そこで、謀略と武力で爆弾処理みたいな仕事を続けてきた)
(アイドルだとか英雄だとか、そんなまやかしみたいな光を横目に)
(けれど、そんな夢幻だからこそ皆が追う)
そしてきっと、追い続けられる事自体が幸せなんだと、最近のアウレールは思っていた。
光を見つけられること。そして前へ進めること。光のある方を前だと思えること。
(──追い続けられる世界を守る事が、幸せなんだと思う)
「そういうことなら、守りますよぅ」
象の周りを飛び回りながら戦っていたハナが零次の近くにやってきて惑わすホーを展開した。
「少しはマシになると思いますぅ」
実際、魔術兵の魔法から身を守るためには役に立つスキルだ。ただし、魔法を瓦解させれば1回でスキル効果が切れてしまうので、集中攻撃を防ぐ手立てはない。
「いい加減しつこいですね……!」
ツィスカが魔術兵を狙撃する。[SA]の効果によって一直線上の敵を狙えるので、まとめて攻撃できる。今、ツィスカは魔術をなるべく阻止するように攻撃していた。
(夢物語だろうと、為すべきと思った事を為しえるのは、グリューエリン殿、ブレンネさん、そしてアウレール殿だけではないという事の証明の為)
(彼女たちもお互いの心に決着をつけたというのなら、出来得る事を全うしたのなら、私もそれに応えねば──!)
左右から攻めてくるハンターから逃げようと、1体の象シェオルが前方に端に抜けようとした。
だが、風を切る音とともにジュリアがその進路を塞ぎ爆風の衝撃と斬撃を巻き起こした。
アルトが象の足の間をくぐり抜けながら斬撃を繰り出した。
「そろそろ、立てないだろう」
焔舞の終着点、アフターバーナーの後、試作法術刀「華焔」をさっと振って、刀身を濡らした血液のような負のマテリアルを払う。
アルトの背後で、象の体勢が傾いだ。度重なる斬撃で、前脚に深い裂傷ができていたからだ。魔術兵が何度も象を立ち上がらせようと手綱を動かすが、象はその場から動くことができない。
「あとちょっと……!」
未悠が再びファントムハンドで象を引っ張り2体間の距離を近づける。
「高瀬、次の弾頭くるぞ!」
「わかったわ!」
零次の呼びかけに未悠がそう返事をして、弾頭の効果範囲から遠ざかるようにバク転を交えて後退する。
「零次、 助けてくれてありがとう」
「こういう時は、協力した方がスマートだろ?」
そして、上空からアウレールが移動不能にした弾頭が落ちてきて、象2体とそれらに乗った6体の魔術兵を焼き焦がした。
「ふむ。これはミグにも都合の良い状況のようじゃのう」
ヤクト・バウ・PCのモニターやトランシーバーでミグも状況を把握していた。
アウレール、未悠、彼女の作戦に協力した零次や、その他のハンターの思惑が偶然重なり合い作り出されたこの状況はミグにとっても有利に働いた。
これでグランドスラムの効果範囲に可能な限りの敵を巻き込めるし、弾頭の効果範囲から味方も離れているので、グランドスラムを撃ち込める余裕もあるのだ。
「爆殺してくれるわ」
グランドスラムが不気味な音を引いて、目標に飛んでいく。
ミグのグランドスラムの弾頭は象たちの脇に落ちて、爆炎と衝撃波が彼らの体を焼き焦がした。
「黒優、奴らを逃すな!」
「ユノ、サンクチュアリをお願い!」
黒優とユノがそれぞれ、象たちを逃さないように、同時に自分たちが爆炎の攻撃範囲に入らないように囲い立てる。
1体の象が移動不能を解除して、立ち上がり逃げ出そうとしたのだが、黒優がブロッキングで押さえ込んだ。
もう1体の象はアルトの複数回攻撃や、真の魔断を受けていたために、早々に体を崩壊させて倒れた。
だからだろう、6体の、つまり象に乗っていた全ての魔術兵は象を乗り捨てることにした。
ユノのサンクチュアリに引っかかったモノもいたが、それを強引に突破する。
「兵士は私たちが相手をする! ユノは象たちを動かさないで!」
未悠の声に、ユノが短く嘶いて答えた。
「これは、目標を切り替えた方がよさそうだね」
真の武器にはソウルエッジの輝きが灯っている。
象が身動き取れずミグのグランドスラムと空爆の的になっているのなら、魔術兵そして歩兵の相手をした方がよいだろう。象は近接攻撃手段しか持たず足止めされてしまえば脅威ではない。味方の範囲攻撃に巻き込まれにいく必要もないのだ。
「そろそろ限界なの! 手が空いているなら助けて欲しいのー!」
トールハンマーの効果によってディーナが歩兵と渡り合っていたが、流石に1人では限界だった。
「カートゥル、もう少しだけ飛んでいてくれるかい」
羽搏きでカートゥルはこたえ、より真が攻撃しやすい位置を探して飛び続ける。
(長引くと帝都の人々が異変に気付いて不安になるかもしれない。怖い思いもできるだけさせないようにしたい)
(それに、ライブの最中に爆撃音なんて、無粋だからね)
上空のハンターによって、弾頭は城壁付近では爆発していない。それは幸いであったろう。
さて、その中で巨人へ向かったハンターたちも交戦を開始していた。
Gacruxがソウルエッジを発動し、バーストエンドを巨人に向かって放った。槍から繰り出されたマテリアルの奔流が巨人に激突し、そのマテリアルの流れの中に黒い体を晒している。
「巨人って言っても、グランソードと変わらない。大きいことは有利にはならいよ!」
ざくろはグランソードの斬艦刀を振り下ろし、巨人の体を斬り裂こうとする。しかし、深くは斬り込むことができず、体表面をなぞるように切っ先が擦過し火花をあげた。
「結構硬いかも……!」
振り抜いた刀の流れる先をコントロールしながら、ざくろが呟いた。
「見た所、ほぼ固定砲台のようですからね……。移動するという機能を捨てて、堅牢な装甲を優先しているのかもしれません」
Gacruxは、ワイバーンをサイドワインダーで高速に移動させながら距離を測り、巨人を観察している。
巨人は迫ったハンターには目もくれず、弾頭を生成している。頭部がひし形に歪み広げられた口腔内に、黒い弾頭が出現する。
キヅカは巨人の四肢の長さから推測した、敵の攻撃範囲外にエストレリア・フーガを置いて、6枚の翼を起動した。それぞれが意志を持ったように射出され3枚は巨人の体に、もう3枚は口腔内の弾丸に突き刺さる。
(ブレンネも僕も”成れる”人じゃないんだ)
(演じて、その偶像を背負いながら……それでも。証明したい”今”があるから、戦える)
願いを乗せた流れ星は大気圏で散り散りになって、地上には届かない。流星は隕石にはならない。だから、隕石にも似たあの巨人の弾頭は絶対に撃ち落とす。
(お前の希望と祈り。それは僕が……オレが確かに背負う)
(”矛盾”の守護者として……そしてオレ自身の意思で……!)
狙うのは、弾頭の誘爆だ。アウレールが地上に落として攻撃に転用して見せたように、巨人の口の中で、或いは近くで爆発させることでダメージを与えることができるはずだ。
だが、まだ弾頭は爆発しない。しかし、その考えを持っているものは他にもいた。
「今、このときを生きるために! この瞬間を壊させはしません!」
バイクに跨ったUiscaが地上から巨人の弾頭めがけて【龍獄】黒龍擁く煉獄の檻
を飛ばした。
弾頭を中心に、黒龍の牙や爪が出現し、巨人の頭部を穿って突き刺さった。
「ざくろだって!」
さらに、ざくろがデルタレイの一条を弾頭に着弾させたところでようやくそれは爆発した。その衝撃で巨人の体勢が揺らぐ。
「よし、いい感じだ!」
ざくろは巨人に確実にダメージが入っているのを見て言った。
「未来を人々と一緒に掴む為にも、絶対に止めるんだから!」
「無事……とは言えないが、巨人の元へ辿り着いたか」
と、アウレール。
巨人へ接近した者たちが積極的に弾頭を破壊しているので新しいものは飛んでこない。そして守りの構えの使用回数も多くはない。
「弾頭から都市を守るためには、まずそれを発射させなければいい。では、私も発射台の方を潰しに行くか」
グラオーグラマーンがホバリングからするりと体を滑らせるように飛翔する。アウレールは剣に斬霊剣「剣豪殺し」によるマテリアルの加護を宿らせた。
「いっぱいいるのは好都合なのです!」
エステルは敵集団からやや離れたところで、魔法を使っていた。エステルの背中に虹の翼が現れる。紡がれるのは争いを停止させるための術、白龍の息吹だ。彼女からまっすぐ伸びた白い光線は一直線上の敵の意識を混乱させる。
今や歩兵も魔術兵も入り乱れる戦場だった。1体の魔術兵と1体の歩兵がBS行動混乱を受ける。
無事である、4体の魔術兵がエステルに向かって矢のような魔術を飛ばした。
フローはそれらを避けきれず、負傷する。
「フローさん、なるべく攻撃が当たらないように移動しながら戦いましょう。弾頭の方は大丈夫そうですから、わたくしたちはここで、お仕事をするのです!」
白龍の息吹の射程圏内から外れてしまわないように、敵の周囲を移動しつつ、エステルは支援を続ける。エステルのグングニルは長い射程で、地上から弾頭を狙い撃つ準備をしていたのだが、その必要はなさそうだ。
BS行動混乱を付与された、特に魔術兵は味方を攻撃しないように攻撃を控えていた。つまり、敵の攻撃の手数は減っていく。[SA]の強度増強効果によって、そう簡単には解除できない。
コーネリアは、兵士たちが範囲攻撃を警戒してばらけるように行動していることに舌打ちした。
「余計な頭脳を使っても苦しみが長引くだけだというのに」
その言葉は、決して慈悲深いものではなかった。
「纏めて殺す。それだけだ」
天に向けられた銃口から、懲罰を伴う弾丸が発射された。
コーネリアの弾丸に打ち据えられた、兵士たちの動きが鈍る。封印の力を持つ懲罰の弾丸によって、確実に1回行動が阻害されるからだ。
魔術兵は6体、歩兵は8体。合計14体の敵がまだ1人も脱落していない。そしてコーネリアの言うように範囲攻撃を警戒してばらけるように行動している。
しかし、アルトは高い移動力でバラけた兵士を刃で繋ぎ合わせる。
シェオル型に痛覚があるのなら、受けた傷の痛みでようやくアルトに攻撃されたことを知っただろう。
焔舞と踏鳴、散華とアフターバーナーによる、圧倒的速度と威力の連撃。
その終点において、ようやくアルトの姿が捉えられるようになった歩兵が無粋な剣を突き出した。
振り向きざま、アルトはその剣の下に華焔を滑り入らせて跳ね上げて、胴へ一閃。踏み出した一歩で加速。その後には、兵士が吹き上げる負のマテリアルの華が咲いた。
アルトへ剣を突き出した歩兵は、足がなくなったように前方へ崩れ落ちて異界由来の体を、このクリムゾンウェストで塵に変えたのだった。
「3体か……」
そうアルトが呟いたように、今の攻撃で魔術兵と歩兵が戦闘不能となり消滅した。
「勝手なことはさせないわ。ここは私たちの世界だもの」
未悠がファントムハンドを使って、歩兵を引っ張る。そして、纏まった敵の足元に魔法陣を展開する。レセプションアークの希望的な同時に眼を潰すような光が瞬間的に立ち上った。
追い討ちをかけるように、ツィスカが機導砲で敵を撃ち抜く。
「もはやこうなると殲滅戦ですね。どちらかが……いえ、あなたたちが尽きるまで戦い抜くまでです」
時として、惑わすホーによる魔法への対抗結界を設置し、射撃を織り交ぜながらツィスカは攻撃の手を緩めない。
「事を為せたブレンネさんを労えるのは、生きて事を為してこそなのですから」
「そうなの。生きていないとどうしようもならないの。回復は任せて欲しいの!」
ディーナは再びリーリーに騎乗して、リーリージャンプによる移動力を使い、ハンターたちを癒して回っていた。ファーストエイドによる早期回復と回数豊富な回復魔法は確実にハンターの戦線を支えていた。
「むぅ。魔術兵とか割と役割が被っているのですっごく邪魔ですぅ。さくっとブッコロしたいんですけどぉ、ちょろちょろされると困りますしぃ、やっぱり頑張ってさくっとブッコロですぅ!」
ドローアクションによって早いタイミングでハナは符を補填し、五色光符陣をばんばん発動する。移動しながら戦うと惑わすホーの結界内に止まることはできないが、ハナはポロウをジグザグに移動させることで敵を翻弄していた。
「こんやり灼いちゃいますよぉ!」
輝くハナの攻撃のあとだと、シェオルは一層黒く見える。
「敵に火加減とかできないのでぇ、そのまま炭になってくださいねぇ」
一層黒く見えたのは、やはりハナの符術にとどめを刺されたからで、2体の魔術兵がボロボロと崩れ去っていった。
続いて、甲高い金属音が聞こえたのは、レイアが歩兵の剣を受け止めたからだ。
「今回、やることは決まっているからな……!」
レイアは零次をサポートすることに徹していた。ソウルエッジを施した二刀流で敵を斬り倒す。
その歩兵へ零次は拳を叩き込む。
続く歩兵の攻撃を、零次は金剛不壊で受け止めて溜め込んだエネルギーを攻撃に転化させて、青龍翔咬波を放った。
青龍の飛翔は正面の歩兵の腹に穴を開け、その向こうにいる別の歩兵の盾に激突した。しかし、その勢いで盾が弾かれて体がガラ空きになる。
「──終わりだな」
錬の搭乗するルクシュヴァリエが連撃と流転の炎の連続攻撃で叩き潰した。さらに、光あれで直線上の敵を焼き払う。
「欲張っても仕方ないけど──」
カートゥルはバレルロールで魔法の矢を回避し、ほぼ錐揉みのようなローリングで地面ギリギリまで高度を落とす。
「できるならやった方がいいだろうからね」
背面飛行状態でも、真は敵を見失わない。素早く敵の位置を把握し、カートゥルが回転する勢いの流れに乗るように刺突一閃を突き出した。
カートゥルは真の攻撃が完了したのを彼が跨る背中の僅かな感触から把握し、真の負担にならないような体勢で離脱する。
累積したハンターの攻撃が、ついに歩兵と魔術兵の撃破を可能にしていた。
残っていた象シェオルがミグの砲撃の爆炎の中、最後の力を振り絞るように、ふるふると立ち上がった。黒優とユノを突き飛ばしてハンターたちの戦域に乱入しようとする。
「まだ生きていたのか」
コーネリアが標的を象へ変更する。
「皮が厚かろうが、鎧を着込んでいようが、削り取ればいいだけだ」
発射前の弾丸にマテリアルが込められる。
撃ち出すのはキラースティンガー。回転し、ドリルのように表皮を削る弾丸だ。
轟く銃声とともに、銃口に赤い稲妻が閃く。毒針の弾丸が鎧共々、象の体を抉りながら穴を開けた。その穴から爆ぜるように象の体が消失していく。
コーネリアは淡々と次の標的を狙うだけだった。
Uiscaは歌を口ずさんでいた。帝都でブレンネ・シュネートライベン(kz0145)が歌っている歌だ。
(レンの祈りの歌をここまで届かせるよ)
持ち上げた杖の先、巨人の頭に黒龍の爪と牙が突き刺さり、発射前の弾頭が爆発した。
その爆音の中でも、負けじとUiscaは歌う。戦いで、絶望では、歌はかき消されないと証明するように。
(巨体といえど、所詮は人型。関節部分は脆いはずだ)
Gacruxはワイバーンを低く飛ばし、巨人の背面に回り込む。そして槍の長い射程で、膝裏を薙ぎ払った。
巨人は、もう弾頭が無意味、むしろ自分を傷つけることしかしないことを悟った。だから、だらりと垂らしていた腕を振り上げてグランソードをぶん殴った。
「負けないからっ……!」
ざくろは傾ぐグランソードで踏ん張りながら、敢えて低い体勢から、巨人の振り上げた腕の脇に向かって剣を突き刺した。
そして、薄曇りの空の中、さらに巨人に影が落ちた。
アウレールが巨人へ急降下してくるのだ。そのまま地面にぶつかるのかと言う垂直の角度で。彼は剣を突き、バーストエンドを巨人の頭から浴びせる。
アウレールのマテリアルが巨人に縦一閃に流れたが、体を断ち割るまではいかない。
「頑丈なことだな」
急降下からダウンバーストの衝撃が敵の巨体を揺らした。
Gacruxの攻撃も相まって、巨人はたたらを踏んで姿勢を保とうとする。
「弾頭も、今の攻撃もちゃんと効いているはず……。なら、畳み掛けるっ」
ざくろが、グランソードに、そして振り上げた刀にマテリアルを通す。超重練成によって武器が一瞬巨大化する。
「必殺超重剣……スーパー縦一文字斬り!」
振り下ろされた刃はしかし、胸のあたりで止まってしまった。
巨人がグランソードの腕を叩き壊そうと腕を振ったが、下方からアウレールが飛ばしたバーストエンドがその腕を切断した。
腕は金属と肉が混ざり合うような音を立てて落下し、消滅を開始する。
「もう──お仕舞いにしましょう」
Gacruxの槍が上空から鋭く突き出され、ざくろの斬撃の後を追った。それによって、巨人は今度こそ明確に、右半身と左半身に両断された。
それは断末魔なのか、破壊された肉体が軋んでいるのか、どちらともつかないが地を這うような咆哮にも似た重低音が響き渡る。
そして、ざくろが巨人の胸で止まっていた刃を再度振り下ろす。何の抵抗もなく振り抜かれ、今度こそ巨人を真っ二つにした。
分かたれた巨人は地面にくずおれる前に切断面から塵に還元されていく。
「貴方もかつては自分の世界を救うために戦った人なのでしょうか……?」
Uiscaはバイクを停車させて、巨人から響く低い音を聞いていた。
「……例えそうだとしても、今は私たちが生き残るために容赦しません。いつかあなた達の世界が再誕したら、貴方の世界の話も聞かせてください」
倒れてきた巨人の左目とUiscaの視線が交錯した。
「──……」
その目には、生命を殺せなかった悔恨の色があった。
「巨人の方も終わりましたか」
ツィスカたちも歩兵と魔術兵の掃討を終えていた。彼女は巨人討伐の加勢に行こうとしたのだが、あちらも片付いたようだった。
「大きな怪我をした人もいないようでよかったの」
ディーナの言う通り、超覚醒やマスティマに乗った者以外には重体者はいない。
「お疲れ様なの」
よしよし、とともに戦場を駆け抜けたリーリーの首をディーナは優しく撫でてやった。
「こちらには、砲弾が飛んでは来なかったようなので、まあ上々の成果かのう」
ヤクト・バウ・PCのコックピット、その座席にミグは深く身を沈めていた。
敵は殲滅されて、帝都と城壁に被害はない。
ミグは全面改修を終えた愛機の今日の戦果を反芻するのだった。
●ライブ会場にて
ブレンネはライブステージで数曲歌った後、舞台裏でしばし休憩をしていた。
そこへ、ざくろとGacrux、ツィスカがやって来た。
「城壁の外でもブレンネの声、聞こえてたよ。歌、ざくろに力をくれたよ」
可憐にざくろが微笑んだ。
「ありがと。なんか、戦いがあったんだって?」
「ええ。なんとか終わりましたよ」
と、Gacruxが話を引き継いだ。
「……俺は歌は時代を映すと思いますよ。その時代の人々が何を感じて、何を考えていたか歌を通して知る事もできる。歌も歴史なのかもしれませんね。時代を越えて人が歌に想いを重ねられるなら、本質的には変わらないものも、人にはあるのかもしれませんね……」
「変わらないものね……。Gacruxはあって欲しいと思う?」
「どうでしょう……。しかし、ずっと昔の人の願いを俺たちが理解できたとしたら、それはあるのかも……いや、あるのでしょうね」
「あの……異界だっけ。邪神が食べたとかいう世界。いろんな世界があるみたいじゃん」
「そうですね。いろんな異界があって、様々なイレギュラーがいましたよ」
思い出したことがあったのか、Gacruxの言葉が不意に途切れた。
続いて話しかけたのはツィスカだ。
「お久しぶりですね、ブレンネさん。そして、お疲れ様です」
「久しぶり。ツィスカも来てくれたんだ」
「自分の中で、決着はついたようですね」
「お陰様でね。……なんか、こうしてツィスカとまた喋れる日が来るとは思ってもみなかった」
「金持ちが嫌いだからですか?」
「昔はそう思ってた。でも、本当はそうじゃなかった。ツィスカの言うとおり、あたしは自分とちゃんと決着をつけたんだと思う。ツィスカも戦いお疲れ様」
ツィスカとブレンネはお互いを労うのだった。
そして、彼らに遅れてやって来たのが、守護者の力により重体になったキヅカと未悠だった。
「ブレンネ、歌声で守ってくれてありがとう」
「ううん。あたしにできることをしただけ。守ったのはあんたたちの方だよ」
「そんなことないわ」
柔らかく、未悠が否定した。言葉を覆すというより、より大きなものを示すように。
「気づいてる? 貴女は皆の為に過去も今も未来も背負って歌ってる。その覚悟と優しさが皆を強くしてくれてるのよ」
「そう……? まあ、そういうことなら、そういうことにしておく……」
未悠の優しさとか温かさにブレンネの方が照れてしまい、やや捻くれた返答をしてしまった。
「その……歌、聞いてくれて、こっちこそ、ありがと。……怪我、ちゃんと治してね」
「まだ、やることあるからね」
そう言うのは、キヅカだった。
「ライブ、いい感じじゃん」
「まーね」
実際、ブレンネもアイドルライブの感触がいいことにホッとしていたので、簡素な返事で済ませた。不安だった気持ちは隠した。
「お前の祈りは届いてる。少なくても僕には、ね」
「そっか」
「お前の言う通り、現実は綺麗なんかじゃない。僕だって、守護者の力を使えば自分の血で汚れる。正直身体はボロボロで、薬でどうにか誤魔化してる。けど……」
けど、それでも血と泥に塗れてでも進むことはやめない。
「オレはお前とこの運命の先を見たいと思う。クソッタレな現実を乗り越えた先の明日は……きっと綺麗だって思うから。その祈りは嘘じゃないって証明したいから」
「いい話っぽいけど、あんた、結構と図々しいわね」
ブレンネの語調は決して不機嫌ではない。怒っても、蔑んでもいない。限りなくフラットに言っている。
「あたしの祈りはあたしのもの。誰に背負わせようとは思わない。……まあ、確かに、あんたたちハンターが戦わないと世界は終わるみたいだから、背負わせてるといえば、そうだけど……。でも、それでも、あたしの祈りはあたしのもの。背負うっていうなら、背負えるっていうなら、勝手にしなさい」
突き放しているわけではない。ただ、言葉を飾ることをしなかっただけだ。
「……余計なことだった?」
「まあね。でも、リクを止める権利は、あたしにはないから。あと、あんたはそう簡単に止まる奴でもないと思うし」
「お前、結構好き放題言ってない……?」
ライブスタッフの1人が、ブレンネにそろそろ次の出番の時間だと告げた。
「ごめん。あとちょっとだけなら話聞けるけど」
「……ひとつだけ頼みたい」
やはりキヅカが言った。
「この後、ジュデッカに行く。だから、その間でいい。その祈りを、力を……オレにくれ」
「やだ」
しかし、ブレンネはあっさりキヅカの頼みを突っぱねた。でも、キヅカも話の流れからそれは予想していた。
「あたしはあたしの意思で歌う。それがあんたの力になるっていうのなら、勝手に持っていけばいい。それだけよ」
「じゃ、勝手に持ってく」
「利息はトイチだから。ちゃんと返してね」
「勝手に持ってけって言っておいて、それは図々しくない?」
「くっ、バレたか……。ま、あんたはあんたの戦場へ行けばいい。じゃ、あたしは行くから」
「ん。いってらっしゃい」
ブレンネはスポットライトの下に戻っていった。
それぞれの戦場はまだ続いているのだから。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/07/29 21:44:13 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/07/27 23:53:17 |