ゲスト
(ka0000)
【血断】橋の上の冒険者
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~50人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2019/08/01 09:00
- 完成日
- 2019/08/11 22:31
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
空にひび割れから古い狂気が落ちてくる。
落下の衝撃で半数が潰れ。
生き残りの過半が人里に近づく前に傷が広がり力尽きる。
だが比率的は僅かな生き残りでも数千はいる。
1日だけで、その数だ。
「なんてことだ」
領民の最期の1人が死ぬまで折れてはいけない領主が、折れた。
敵は大型狂気(ワァーシン)だ。
通常の個体より小柄で、小型狂気を呼び出す力を持たず、鈍い鉄触手と再チャージに30秒はかかるレーザーしか使えない旧型狂気達だ。
10体程度なら打つ手もある
が、100を超えると遠距離から膨大なレーザーを撃ち込まれて一方的に殺される。
「もう……」
手足に力が入らない。
時間稼ぎか撤退かを命令する必要があるのに、舌がろくに動かず思考の速度も極端に落ちている。
「閣下、聖堂教会の方々がっ」
領主の血色が微かに改善する。
頭が固いわ一部は金に汚いわで文句を言うなら一昼夜でも続けられる相手だが、歪虚相手に絶対に退かないという1点だけは信頼できる。
「待っていました……ぞ?」
領主の頭が理解を拒む。
老人と女しかいない。
ハンターの中に強い老人も女もいるは知っている。
つい最近、41人のハンターで万の狂気を倒したという噂も聞いた。
だが、骨と皮ばかりの老司教と顔色の悪い女司祭だけというのはあまりにも酷いのではないだろうか。
「聖堂戦士団は、どこに?」
「精鋭はハンターズソサエティーへ送り出しました」
残っているのは長期療養が必要な重傷者と新人だけだ。
「は、はは……」
視界が歪む。
僅かに残った矜恃が気絶を許さず、財も何もかも捨て領民共々流民と化すつもりで撤退命令を出そうとした。
「今から足止めしてきます」
女司祭が大真面目に言う。
司教達は遺書を書き終えそれぞれの故郷への配達を頼んでいる。
「少しだけ協力、お願いしますね」
優しい声のはずなのに、酷く禍々しく感じられた。
●呪詛
数百年受け継がれてきた像も、過去の聖人が使っていた武具も、無残に朽ちてただのゴミと化す。
正マテリアルを根こそぎ引きずり出されているにのだ。
光を称える詠唱が、川沿いに刻まれた陣へとマテリアルを誘導。
いずれ何か尊いものに変わったかもしれないマテリアルをただの力として不可逆に消費する。
この日、1地方の文化財が永遠に喪われた。
「起動します」
膨大な正マテリアルが1人の司祭に集中している。
圧倒的な存在感は神々しさを感じさせるほどで、白い肌も緑の瞳も内側から輝いて見える。
しかしその性質は苛烈に過ぎる。
歪虚を許さぬ殺意と敵意が正のマテリアルで以て拡大強化され、膨大な水の流れに霊的な毒を流し込む。
川面の上を浮遊し渡河を試みていた狂気が、右往左往して一部ではレーザー乱射による同士討ちまで始めていた。
後方で領主の兵と領民が歓声をあげた。
若手聖堂戦士団も釣られて騒ぎかけ、その瞬間一瞬耳が麻痺するレベルの怒声を浴びせられた。
「はしゃぐな! この結界は維持を容易にするため1箇所にだけ穴を開けている。死んでも通すな、イコニア君を守れ!!」
司教が先頭にいる。
全身鎧を着る体力のない少年少女達が分厚い盾を両手で構えて壁をつくり、その上から魔導軽トラの車載機銃が顔を出す。
「もう少しで増援のハンターが到着します。死守命令は出ていないんですから、自分自身の体もちゃんと守って下さいね?」
巨大な対歪虚結界を張りながら、司祭が楽しげに微笑み後輩達をリラックスさせる。
だが消耗は激しい。
水の中で溺れる歪虚の近くに、人間に良く似たものが見えたのにそれを脅威と気付けなかった。
微かな風が甘い匂いを運んで来た。
「え」
地平線が45度傾く。
一瞬遅れて壮絶な激痛と頸骨が折れる音が骨を伝わり頭に届く。
「司祭!」
奇襲であった。
闇色の全身鎧が匍匐全身を止め子供達を蹴散らす。
戦闘服姿の戦士が、喉と頸骨を破壊した短剣でイコニアの眼窩から脳を壊そうとする。
屠った歪虚の数で地位を得た司教達は、老いさらばえ疲れ果てた体を巧みに操り重戦士の前に立ち塞がり激戦を演じる。
だが、別の軽装戦士に背後に回り込まれているのにも気付けない。
イコニアが地面に崩れ落ちる。
そして、肺が動かず声が出ない唇が、結界とは別の術を唱え終わった。
光の波動が荒れ狂う。
司教達を仕留めようとした軽装戦士を背中から焼いてその身を構成する負マテリアルを沸騰させる。
「まだ逝くな。順番っ」
癒やしの法術を発動させた司教が頭蓋ごと中身を粉砕される。
倒れ伏したまま、しかし首の角度が正常になった司祭が光の波動を連打する。
1分にも満たない戦いが終わると、4つの司教の残骸と元シェオル型歪虚の負マテリアルが大地にぶちまけられていた。
「おお、あれがハンターか」
「美人さんばかりじゃな」
「儂、楽な戦い大好き」
師が無残に死んでも、数十年来の戦友が足下に転がっていても、彼等が足を止めることはない。
●救援依頼
王国内での防衛戦への参加を依頼する。
増援があるとすれば大作戦成功以後である。
●結界
「結界を張り直します」
河の流れを正の気配が覆う。
陣の上に立つイコニアがふらつき、目と鼻から血が垂れる。
「ヒールは不要です。多分、効きません」
ハンターズソサエティーがスキルとして採用しなかった、無理のある法術を濫用した結果だ。
「結界は6時間はもたせます」
それ以上続けるといつ倒れるか……再起不能以上になるか分からない。
「前の戦いより結界の強度を上げました」
歪虚の移動能力と知性を激減させる結界を、河に沿って数十キロ展開した。
無理がありすぎる。
一呼吸ごとに心身が削られ、何より結界の基点近くが霊的に無防備だ。
目の前の端とその上下には結界がない。しかも歪虚の調子を良くする負の気配まで集まっている。
「私は、結界の維持に、集中します」
忍び寄るシェオルに気付くことも出来ず、ひたすら結界を維持し続けていた。
・シェオル冒険者(通称)
闇色の装備を身につけた、中世風世界出身の戦士に見えるシェオル型歪虚。呼吸不要
最期まで歪虚に抵抗した武装勢力最精鋭のなれの果て
人類に対する憎悪と最盛期の技を兼ね備える
会話能力はないが、人間の説得に応じるふりをして後ろから刺す程度のことは平然と行う
いずれも攻撃手段は1つ
旧型狂気から攻撃はされないが旧型狂気を操る手段を持っていない
・軽戦士
移動力8。戦闘服
短剣を使用。射程1~3スクエア。防御側回避5分の1、受け3分の1扱い
回避は90。抵抗は低い。光学迷彩に近い能力を持ち、隠密能力が高い
・重戦士
移動力3。全身金属鎧
大盾。射程1~2スクエア。180度範囲攻撃
防護がとても高い
・旧型狂気
【血断】古き狂気の来訪を参照してください
落下の衝撃で半数が潰れ。
生き残りの過半が人里に近づく前に傷が広がり力尽きる。
だが比率的は僅かな生き残りでも数千はいる。
1日だけで、その数だ。
「なんてことだ」
領民の最期の1人が死ぬまで折れてはいけない領主が、折れた。
敵は大型狂気(ワァーシン)だ。
通常の個体より小柄で、小型狂気を呼び出す力を持たず、鈍い鉄触手と再チャージに30秒はかかるレーザーしか使えない旧型狂気達だ。
10体程度なら打つ手もある
が、100を超えると遠距離から膨大なレーザーを撃ち込まれて一方的に殺される。
「もう……」
手足に力が入らない。
時間稼ぎか撤退かを命令する必要があるのに、舌がろくに動かず思考の速度も極端に落ちている。
「閣下、聖堂教会の方々がっ」
領主の血色が微かに改善する。
頭が固いわ一部は金に汚いわで文句を言うなら一昼夜でも続けられる相手だが、歪虚相手に絶対に退かないという1点だけは信頼できる。
「待っていました……ぞ?」
領主の頭が理解を拒む。
老人と女しかいない。
ハンターの中に強い老人も女もいるは知っている。
つい最近、41人のハンターで万の狂気を倒したという噂も聞いた。
だが、骨と皮ばかりの老司教と顔色の悪い女司祭だけというのはあまりにも酷いのではないだろうか。
「聖堂戦士団は、どこに?」
「精鋭はハンターズソサエティーへ送り出しました」
残っているのは長期療養が必要な重傷者と新人だけだ。
「は、はは……」
視界が歪む。
僅かに残った矜恃が気絶を許さず、財も何もかも捨て領民共々流民と化すつもりで撤退命令を出そうとした。
「今から足止めしてきます」
女司祭が大真面目に言う。
司教達は遺書を書き終えそれぞれの故郷への配達を頼んでいる。
「少しだけ協力、お願いしますね」
優しい声のはずなのに、酷く禍々しく感じられた。
●呪詛
数百年受け継がれてきた像も、過去の聖人が使っていた武具も、無残に朽ちてただのゴミと化す。
正マテリアルを根こそぎ引きずり出されているにのだ。
光を称える詠唱が、川沿いに刻まれた陣へとマテリアルを誘導。
いずれ何か尊いものに変わったかもしれないマテリアルをただの力として不可逆に消費する。
この日、1地方の文化財が永遠に喪われた。
「起動します」
膨大な正マテリアルが1人の司祭に集中している。
圧倒的な存在感は神々しさを感じさせるほどで、白い肌も緑の瞳も内側から輝いて見える。
しかしその性質は苛烈に過ぎる。
歪虚を許さぬ殺意と敵意が正のマテリアルで以て拡大強化され、膨大な水の流れに霊的な毒を流し込む。
川面の上を浮遊し渡河を試みていた狂気が、右往左往して一部ではレーザー乱射による同士討ちまで始めていた。
後方で領主の兵と領民が歓声をあげた。
若手聖堂戦士団も釣られて騒ぎかけ、その瞬間一瞬耳が麻痺するレベルの怒声を浴びせられた。
「はしゃぐな! この結界は維持を容易にするため1箇所にだけ穴を開けている。死んでも通すな、イコニア君を守れ!!」
司教が先頭にいる。
全身鎧を着る体力のない少年少女達が分厚い盾を両手で構えて壁をつくり、その上から魔導軽トラの車載機銃が顔を出す。
「もう少しで増援のハンターが到着します。死守命令は出ていないんですから、自分自身の体もちゃんと守って下さいね?」
巨大な対歪虚結界を張りながら、司祭が楽しげに微笑み後輩達をリラックスさせる。
だが消耗は激しい。
水の中で溺れる歪虚の近くに、人間に良く似たものが見えたのにそれを脅威と気付けなかった。
微かな風が甘い匂いを運んで来た。
「え」
地平線が45度傾く。
一瞬遅れて壮絶な激痛と頸骨が折れる音が骨を伝わり頭に届く。
「司祭!」
奇襲であった。
闇色の全身鎧が匍匐全身を止め子供達を蹴散らす。
戦闘服姿の戦士が、喉と頸骨を破壊した短剣でイコニアの眼窩から脳を壊そうとする。
屠った歪虚の数で地位を得た司教達は、老いさらばえ疲れ果てた体を巧みに操り重戦士の前に立ち塞がり激戦を演じる。
だが、別の軽装戦士に背後に回り込まれているのにも気付けない。
イコニアが地面に崩れ落ちる。
そして、肺が動かず声が出ない唇が、結界とは別の術を唱え終わった。
光の波動が荒れ狂う。
司教達を仕留めようとした軽装戦士を背中から焼いてその身を構成する負マテリアルを沸騰させる。
「まだ逝くな。順番っ」
癒やしの法術を発動させた司教が頭蓋ごと中身を粉砕される。
倒れ伏したまま、しかし首の角度が正常になった司祭が光の波動を連打する。
1分にも満たない戦いが終わると、4つの司教の残骸と元シェオル型歪虚の負マテリアルが大地にぶちまけられていた。
「おお、あれがハンターか」
「美人さんばかりじゃな」
「儂、楽な戦い大好き」
師が無残に死んでも、数十年来の戦友が足下に転がっていても、彼等が足を止めることはない。
●救援依頼
王国内での防衛戦への参加を依頼する。
増援があるとすれば大作戦成功以後である。
●結界
「結界を張り直します」
河の流れを正の気配が覆う。
陣の上に立つイコニアがふらつき、目と鼻から血が垂れる。
「ヒールは不要です。多分、効きません」
ハンターズソサエティーがスキルとして採用しなかった、無理のある法術を濫用した結果だ。
「結界は6時間はもたせます」
それ以上続けるといつ倒れるか……再起不能以上になるか分からない。
「前の戦いより結界の強度を上げました」
歪虚の移動能力と知性を激減させる結界を、河に沿って数十キロ展開した。
無理がありすぎる。
一呼吸ごとに心身が削られ、何より結界の基点近くが霊的に無防備だ。
目の前の端とその上下には結界がない。しかも歪虚の調子を良くする負の気配まで集まっている。
「私は、結界の維持に、集中します」
忍び寄るシェオルに気付くことも出来ず、ひたすら結界を維持し続けていた。
・シェオル冒険者(通称)
闇色の装備を身につけた、中世風世界出身の戦士に見えるシェオル型歪虚。呼吸不要
最期まで歪虚に抵抗した武装勢力最精鋭のなれの果て
人類に対する憎悪と最盛期の技を兼ね備える
会話能力はないが、人間の説得に応じるふりをして後ろから刺す程度のことは平然と行う
いずれも攻撃手段は1つ
旧型狂気から攻撃はされないが旧型狂気を操る手段を持っていない
・軽戦士
移動力8。戦闘服
短剣を使用。射程1~3スクエア。防御側回避5分の1、受け3分の1扱い
回避は90。抵抗は低い。光学迷彩に近い能力を持ち、隠密能力が高い
・重戦士
移動力3。全身金属鎧
大盾。射程1~2スクエア。180度範囲攻撃
防護がとても高い
・旧型狂気
【血断】古き狂気の来訪を参照してください
リプレイ本文
●4人に1人
鮮血と土が混じって無価値な泥に変わる。
数十年に渡り人々を勇気づけてきた口も、百を超える歪虚を屠ってきた手足も、顧みられることなく地面に転がる。
魔導トラックが急停止する音が響く。
運転席からルカ(ka0962)が顔を出し目を見開く。
司教4人の体が、無残な死というものを五感に突きつけていた。
「まだ生きてるかもなの!」
刻騎ゴーレムから飛び降りる途中で、ディーナ・フェルミ(ka5843)が叱咤するように叫ぶ。
そんな無茶なと思うのは、ルカだけでなくディーナ自身も同じだ。諦めた時点で終わりだから最期まで諦めないだけだ。
顔を見る。
亀裂から脳の零れた跡が見える。
隣を見る。
頭部は無事でも呼吸が完全に止まっている。
「っ」
激しそうになる感情を制御しようとして、微かな声が漏れた。
「そこを押さえてあげてください」
ルカが車から降り、緊張で掠れた声を絞り出す。
実家のスパルタ教育の内容を必死に思い出し、骨と皮ばかりの老人に対して限界まで強めた蘇生措置を施す。
乾いた指先が微かに揺れた。
ルカは全神経を措置に集中しているので気付く余裕も無い。
「リザレクションするの。後3、2、1」
ただでさえ制御の難しい法術を、設備もなく歪虚が迫る戦場で精密に組み上げる。
「0ッ、戻ってくるの!」
全身が物質的にも霊的にも賦活される。
口が限界まで開かれ血が噴き出す。
生気の失せた五体に少しだけ暖かさが戻り、ルカの手の平が心臓の鼓動を捉えた。
「こりゃぁ、綺麗な美人さんばかりじゃのぅ」
脳天から指先まで激痛に襲われているはずなのに、あの世から引き戻された司教は穏やかに微笑んで見せた。
もっともルカは既にその場にはいない。
脳の失われた遺体を通り過ぎ、胴部は残っている老人の元へしゃがみ込み、無言のまま左右に首を振る。
萎えそうに足を動かし最後の1人に向かうと、正マテリアルの消滅を確認したディーナが同じ仕草をしていた。
「ルカさん、ディーナさん、感謝いたします」
聖堂教会の人間の中でただ1人立っている司祭が深々と頭を下げた。
蘇生した司教は後進が無事でほっとしている。
が、優れた聖導士であると同時に年頃の少女である2人には、司祭の顔色が化粧で作られたものであることが分かってしまった。
そして歴戦のハンターとしての直感が、今この司祭に無理をさせなければこの地の住人全員が死ぬという事実を告げている。
それら全てを理解した上で、時音 ざくろ(ka1250)が盛土の上で目を細めている。
10メートル先にには橋がある。
橋は幅10メートル奥行き80メートルの立派なものだが非常に古びていて、橋の先にある市街というには疎らな町並みは過疎寸前だ。
その先にある緑の原は王国らしい肥えた土地だ。リアルブルーの農家なら膨大な収穫を得ることも可能かもしれない。
そしてそこから3km北には、生物とも機械とも判断し辛い巨体が左右にずらりと並んで奥にもみっちり詰まっていた。
装甲の隙間から見える複数の眼球が、濃い負の力を湛え人類の営みを睨み付けていた。
「狂気型の歪虚が3kmと少し先から100単位でいるよ。人型に見えるのが……ええっと」
高位覚醒者であるざくろは、生半可な観測装置より目が良い。
「ゆっくり近づいている。20体くらい、狂気型の歪虚より少し速いくらいのゆっくりだ」
「まずいな」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が顔色を変えた。
「目立つ動きは注意を引きつけるためにするもんだ。奇襲が来るぜ、心当たりは?」
問われた司祭は、傷は治っても鋭い痛みが残る喉を無意識に撫でていた。
「人型、ハンター換算で熟練級、ぎりーすーつ以上の低視認性でした」
「光学迷彩って奴か」
ボルディアが舌打ちする。
ルカとディーナは一瞬目配せをして、協力して司教1人と遺体3体を魔導トラックに乗せそのまま南へ向かう。
「ついて来い」
刻令ゴーレム「Gnome」がうなずき橋を渡るボルディアを追う。
いつの間にか風が途絶え、薄気味の悪い殺気が周囲に満ちている。
「いやがるな」
ゴーレムを先に行かせる。
渡り終えたGnomeは、橋に続く道を潰す形で塹壕堀りを開始する。
最低限形になるまで1分もかからない勢いだ。
「はぁ……終わりが見えねぇってのは精神的にクるなぁ」
数km先の旧型狂気を見据えたままひょいと首を傾ける。
躱さなければ延髄を抉るはずだったナイフが、半透明の盾で防がれ鈍い音を立てた。
予備動作無しで特大斧が翻る。
場所を特定できていても見辛い人型歪虚を上下に両断。
それだけで収まらず攻撃圏内の2体を文字通り押し潰す。
「2匹逃した」
Gnomeが作業を中断し盾を構える。
中堅前衛ハンター程度の技量と高性能装備の力があるのに、ナイフあるいは短剣を回避も防御もできずマニュピレータを傷つけられる。敵の練度は異常に高いだ。
「手間ぁとらせやがる」
ボルディアが負けることは百戦しても1戦もあり得ない。
だが、通常攻撃を10中9まで躱す相手に対しては、長時間の戦闘かスキルを使うかの選択を強いられる。
敵の増援が無限に現れかねないこの状況では悪夢に等しい相手であった。
●前哨戦にして総力戦
旧型狂気は軍ではない。
圧倒的な数と長距離砲戦に向いたFCSにより集団戦闘が出来ているだけだ。
「これはなかなか」
無数の眼球が1機のCAMを睨み付ける。
外見には特に特徴のないR7エクスシアが、視界内だけで1000を超えさらに増えていく旧型狂気を恐れず前に出る。
青黒い瞳が憤怒一色に染まっている。
限界を超えた密度の負マテリアルがレーザーに近い性質を持ち、距離を威力を失わないまま600メートルの距離を瞬く間に通過する。
だが当たらない。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)の機体を正確に狙えたのは1割に満たない。
その1割のうちの9割もハンスの回避行動を読み切れずに無意味に地面を焼き、残る1割、最初のレーザーのうち1パーセント未満もマテリアルカーテンとCAMシールドの二段構えにほとんどの威力を失う。
「手強い」
対邪神戦用に開発された銃を地面に水平に向ける。
回避行動を続けているのに腰から上は安定している。
安定が銃撃に正確さを与え、ハンス機の行く手を遮ろうとした全身鎧の群に次々と着弾する。
弾倉は10射で空になる。
旧型狂気の群は反撃のレーザーを放とうとして、既に射程内にハンス機がいないことに照射したから気付く。
「こちらハンス。第2案を実行します」
「聞いてませんよ!?」
繰り上げでこの地の聖堂教会の代表者になった司祭の声が、途切れ途切れに届いている。
「東隣の領主と聖堂戦士団には話を通しています」
対邪神用装備が禍々しい赤光で以て切っ先を導く。
ほとんど見えていないはずのシェオル型軽戦士を理詰めの思考で推測して蹴り飛ばし、ハンスとR7は旧型狂気との距離を維持したままじりじり東へ移動する。
「ハンター部隊の援護無しなんて、無茶で」
通信状態が酷くなる。
重装甲を断ち割る振動が斬艦刀と腕部を通して操縦席まで届く。
「皆抗っているのですよ」
おそらく聞こえないことを承知の上で静かに呟く。
圧倒的多数相手の戦いは困難だ。
いくつか装甲が破壊されハンス自身も傷を負っている。
「一人で抱え込むのは自己満足です。死なない範囲で協力したい人は多いのですよ。私を含めてね」
ハンスは薄く笑い、隣領で対処できるぎりぎりの量を引き連れ東へ向かう。
「よくやるのぅ」
ハンス周辺を映した小さなウィンドウを見ながら大量の火薬を砲口周辺へ装着。
なんとなくの感覚に従い機体全体を右へ向けると、忍び寄っていたシェオル型軽戦士が装甲にぶつかり真横へ吹き飛ばされ2度も地面でバウンドする。
「着いて来るがいい」
旧型狂気が増えている。
ハンスが引き離した数より多くの増援が新たな一群を作り上げ、その総力を以てヤクト・バウ・PCを攻撃している。
「ミグ達に勝てると思っているならなぁ!」
最初の爆発は旧型狂気ではなくミグ・ロマイヤー(ka0665)の機体の近くだ。
足止めの壁になろうとしたシェオル型重戦士は盾と装甲で耐え抜くが軽戦士はそうはいかない。
運良く遮蔽物の陰に飛び込めた個体を除き武器ごと砕かれ地面に散らばる。
レーザーが届く。
以前戦った個体より僅かではあるが性能向上しているようで、試射無しでも数パーセントの確率で装甲に当ててくる。
「なんという雑な攻撃じゃ」
ヤクト・バウ・PCはびくともしない。
こちらの射程距離まで近づいて正面から殴り合っても勝てるだろう。
「まあ数が多いからの」
地平線近くから前方2kmまで、這うような速度で近づいて来る敵増援が4集団。
その全てを相手にしようとすれば、砲弾と爆薬が尽きる前に急所への命中が複数回発生して擱座しかねない。
「大型のを潰す前に」
人型歪虚には知性がある。
ミグ機と遭遇した際には初めてCAMを見たような反応だったのに、今では弱点を探るように様々な場所を攻撃している。
「こちらを先に潰してやるわ」
完全に制御した爆発で軽戦士も重戦士も薙ぎ払う。
土埃が収まった後再び現れたヤクト・バウ・PCには、傷跡らしい傷跡もついていなかった。
「こちらざくろ!」
地平線ぎりぎりにミグ機の頭が見える場所で、主人公機という言葉が良く似合う刻騎ゴーレムが刃を血振るいしている。
「100メートル圏の歪虚は倒した、次はっ」
「河川に沿って西進してください」
素っ気ない通信が送られてくる。
単機で数kmあるいは十数kmの敵と戦い続けるのは無茶だがやるしかない。
結界の切れ目での戦闘に人数が必要なので、それ以外に向けることの出来る人数が極端に少ないのだ。
「分かった、行くよグランソード!」
機体に棲む中小精霊が奮起する。
白銀の装甲が神々しい光を放ち、頭部センサにざくろの目に似た赤い光が灯る。
「敵の襲撃から町を人々を護りきる冒険だ!」
大重量を支える足が、地面を壊さぬ絶妙に力加減で駆け出す。
センサ担当精霊が頑張って視覚情報を処理して頭がこんがらがり、ざくろに相談してようやく進行方向の状況を把握した。
「これは……」
ミグ機周辺とは別種の地獄が川の中にある。
少なくとも人間並に知性があるはずの人型が、川に注がれた狂気と憎悪に蝕まれ互いに殺し合いあるいは全く見当はずれな方向へひたすら泳ぐ。
北岸に上陸してしまった重戦士が1体、呆然と川面を振って死にかけ歪虚を見つめていた。
「駄目だ、考えるな。町の人達を、子供達を思い出すんだ!」
己と精霊を叱咤する。
グランソードに現れていた動揺が消え、斬艦刀「雲山」の切っ先がぴたりと安定した。
「そこだ!」
南岸に這いだした重戦士の首に刃を振り下ろす。
「急ごう、うん、今っ」
南岸に達した半壊軽戦士を脚で踏みつぶし、川面に向きを変える動作の中で斬艦刀を多重に拡大する。
「横一文字斬りぃ!」
旧式狂気としては最も南に達した歪虚が上下に切り分けられ、内側から崩れながら川の底へ沈んでいった。
「ふはははっ、俺一人に任せるつもりか!?」
橋の北端、ボルディア主従がしっかり作ったはずの塹壕がほとんど消えている。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)が暴れ回って防いではいるがあまり余裕はない。
「すみません、数が」
「黙って体を休ませろ司祭。先程のはただの冗談だ。適材適所というものを見せてやる」
旧型狂気との距離は500メートル強。
レーザーの命中率は、ルベーノの回避抜きで11パーセントという所だ。
「一度に来られては面倒よな」
500メートル先には旧型狂気がずらりと並んで城壁に似た光景に。
100メートル先には、銃という物を理解した全身鎧が盾を並べてゆっくりと接近中だ。
そして、視覚には捉えられないが微かな気配が堀と塹壕を飛び越えた。
「貴様等にはこれをくれてやろう」
ルクシュヴァリエが腰を下げて構えをとる。
淡く光る両の手の平がするすると舞いながら2つの拳に変わる。
「消滅するまで味わっていくがいい!」
大気が揺れ空間が震えた。
拳から放たれた光が着地直後の軽戦士を粉砕して止まらず、走行中の軽戦士数体を巻き込み壊れた手足を宙に舞わせる。
「うまいことやってくれている様だが」
刻騎ゴーレムCrepusculumが特大機関銃を銃座に置く。
Crepusculumは文字通りマリィア・バルデス(ka5848)の手足として動くので、リアルブルーの常識では異様な短時間で設置と調整が完了する。
「歪虚の質も量も事前情報以上だ」
橋と水平に、橋の上1メートルの空間を銃弾でカバーする。
全ての弾にはみっちりとマテリアルを注ぎ込んでいる。
避けるつもりならそこだけは嫌だろう位置で軌道を歪めると、3度のうち1度は何もない場所で火花が散り細身の人型が宙から現れる。光学迷彩が解除されたのだ。
「北部にいたときより動きが良い。注意を」
「原因は分かるがな」
魔導銃で弾幕を張りつつ瀬崎・統夜(ka5046)が吐き捨てるように言う。
負マテリアルがむせ返るほど漂っている。
北では輪郭程度は見えていた軽戦士が、ここでは目を凝らしても異常に気付けないほどだ。
無言で汗を拭っていた司祭が目を逸らす。完全な結界を作れず急所が1箇所出来てしまっていた。
「戦場では援護し合うのが当然だ。気にするな」
彼が使ったのは制圧射撃だ。
状態異常の強度は低く、ハンターとして中堅になる頃にはあまり使用されなくなるスキルでもある。
だが今は効いている。
音と気配を隠して移動中のシェオル型は本来の回避能力を発揮できず、半分は躱せずその半分があらゆる行動を封じられて棒立ちになる。
「後14回か」
統夜は隣のハンターにだけ聞こえる音量で現状を報告する。
敵の数は膨大であり、有効なスキルを大量に用意して来ても十分とはいえなかかった。
前方500メートルで汚い色の閃光が連続する。
橋の左右の川面で水蒸気爆発が発生。
正マテリアルの毒に冒された歪虚が硝子の破砕音に似た悲鳴をあげる。
相変わらず旧型狂気の命中精度は低い。
レーザーの発振頻度も1体が1分につきせいぜい2射。
だが数が多過ぎ当たって欲しくない場所にも当たる。
イコニアを歪虚の視線から隠していた壁が2枚、穴だらけにされ音を立てて崩れ落ちた。
「バリケードはそこから直……」
飛び出したGnomeのーむたんが気付いた違和感が即座にメイム(ka2290)へ伝わる。
「Bind2つに反応っ、左右にいる!」
イコニアの左右それぞれ4メートル先から踏み込みの音が聞こえ。
空気を裂く音を置き去りにしてイコニアへ刃が飛んだ。
「どこにおるのか分からぬのなら」
コンフェッサーがイコニアを跨いで駆け出すと見せて反転。
勢いはそのままで、つまり尻から何かにぶつかる。
鋭すぎて薄い刃では重厚な装甲を貫けず、高度な技を振るった直後の軽戦士本体も超重量の臀部に押し潰された。
カナタ・ハテナ(ka2130)のコンフェッサーは止まらない。
イコニアに向け銃口に似た射出口を向けポポンと射出。
マテリアル製のCAM似バルーンが左右からイコニアを挟んで盾になる。
「むーっ!」
挟まれた本人が騒いでいるが挟んだ価値はあった。
そのままなら細い首を斬り飛ばしていたはずの刃がバルーン破裂で進路を曲げられ無意味に空を切ったのだ。
「少し荒っぽくないですか?」
「イコニアどんほどではないわ。何が辛いことがあったのかの。悩み相談する?」
コンフェッサーの巨体で世話好きおばさんを演じる。
感情豊かな声と緻密な動作が絶妙に笑いを誘う、ここ数年のカナタの修練の結晶だ。
司祭の口元から綺麗な作り笑いが消え、疲労が滲んだ、しかし心からの笑みが浮かぶ。
「ここを乗り切った後でならいくらでも」
「うむっ」
機体を反転させつつ盾を振り下ろし、尻の下から抜け出した歪虚の邪魔をする。
同時にバルーンを2つ追加。結界維持のためその場から下がれないイコニアを援護する。
「盾に隠れろ」
統夜はそれだけ言って全意識を集中。
あり得ない速度と精度で魔導銃を酷使しイコニアの目の前30センチに多数の弾丸を送り込む。
命知らずの司祭が冷や汗を流すほどの近さと頻度の銃撃が、止めを刺そうと近づきすぎたシェオル型の頭部を破壊した。
「イコニアさんポーション飲めそう~?」
メイムが瓶を差し出す。
「もう胃の空き容量がないですよ」
汗は出ているのに口から新たに摂取できる気がしない。
消化吸収する体力も無くなりかけている。
「そう。フルリカバリー効くなら効きそうなんだけどねー」
装備で強化したヒールを使ってみてもほとんど空振りに近い感触だ。
イコニアの体内は、結界のマテリアルと酷使される本人のマテリアルが入り交じりまともな状況ではない。
メイムは無言で高熱量食料「ピッガーズ」3粒取り出し、瓶の蓋を開けたヒーリングポーションを添えて差し出した。
諦めたように肩を落とし、イコニアは3粒を噛み砕いてポーションで胃に流し込む。
「レガシー磨り潰してマテリアル化ってガルドブルムとやってる事同じ♪ 護るけどね」
司祭の足下には貴重だった文化財の残骸が転がりマテリアルの残滓が漂っている。
「生き延びて糾弾されるようなら個人的には大成功ですよ」
やけくそ気味に笑う。
今は人類全体が死ぬか生きるかの非常時だ。
あらゆる手段を使っても、勝ち目があるかどうかも分からなかった。
●結界の限界
川面が激しく揺れる。
正負のマテリアルが蒸気の如く立ち上り、水しぶきの隙間から黒々とした装甲が垣間見えた。
Volcanius七竃が最後の炸裂弾を放つ。
正マテリアルの毒に冒された人型達が、本来の性能を発揮できないまま五体を砕かれ川に飲まれた。
だが全てが消えた訳ではない。
運良く生き残り、さらに運良く南岸に辿り着いた軽戦士が、それまでの混乱が嘘のような素早い動きで遮蔽物の陰に隠れ川から同属を引っ張り上げる。
「七竈、これ以後は通常攻撃に切り替えなさい」
近距離での対部隊攻撃手段であるキャニスター弾はいくつか残っている。
だが大重量装備を軽々扱う重戦士も、高位覚醒者に匹敵する速度の軽戦士も、どちらも接近戦であれば単独でVolcaniusを討ちかねない相手だ。
「初めての、部隊規模での渡河ですか」
軽戦士が光学迷彩を再起動。
体からしたたり落ちる水も十数歩走ればほとんどが飛び散り、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)の優れた視力でも見つけられなくなる。
「歪虚がここまでの損害を許容するとは予想外でした」
同士討ちで倒れた歪虚の数倍を渡河途中で討ち取った。
最初は川の向こうをみっちりと埋めていた歪虚も、残ったのは上陸した百数十のみ。
その百数十だけでも一地方を滅ぼし尽くすのに十分以上の戦力がある。
エラはわざと追いつける速度で後退する。
魔導バイクを巧みに操りながらデルタレイ系の術を駆使して軽戦士隊を削る。
軽戦士はエラを専業術師と勘違いし、無理して速度を高めて斜め左右から襲い……受け用武器で危なげなく防御された。
「これが敵主力であるなら簡単なのですが」
皮肉では無く本音だ。
北岸から数百メートルには歪虚はいないが数km先にはいくつも歪虚集団が見える。
今南岸にいる集団より気合いは入っていないようだが、あれだけ数がいると上陸を許してしまう可能性がある。
若いワイバーンが静かに無く高度を下げる。
飛行能力という極めて目立つ能力を持っているのに、こっそりひっそりという表現が酷く似合う。
「行きますよフローさん」
エステル・ソル(ka3983)が優しく撫でた。
ワイバーンは覚悟を決め、対空能力を持たないシェオル型の攻撃圏に踏み込んだ。
まず反応したのは重戦士だ。
合流と再編途中の同属を守るために盾を連ねてワイバーンの進路を制限する。
次にエラを狙っていた軽戦士達が、エラと比べれば遙かに脆そうなフロー目がけて跳躍。異様な速度と精度で刺突を繰り出した。
「っ」
慣性がエステルを引っ張り回す。
ワイバーンは軽戦士を上回る速度で切っ先をぎりぎりで避けあるいはハンターのそれと比べれば薄い盾で受け流し、主の体を主の望む位置まで連れて行く。
「ここで食い止め見せるのです!」
サークレットの宝玉が蒼い光を放つ。
聖杖がエステルの魔力に耐えきれずにか細い悲鳴をあげる。
「この手に届く全ての護りとなれるように、全力で!」
最早詠唱など不要だ。
危険で不安定な状況でも魔力は暴走するどころか研ぎ澄まされた集中力で完璧な形に整えられ、白龍のドラゴンブレスに酷似した形で実体を与えられる。
「たぁ!」
可愛らしい声と虹色の優しい光とは逆に効果は凶悪だ。
シェオル型軽戦士の唯一の弱点である低抵抗力を完全に貫き、優れた剣技を至近の同族へと振るわせる。
もともと高火力低防御であり一呼吸ごとに半減を繰り返し最後に残ったのは10分の1以下。
その10部の1は盾の列を作る重戦士に襲いかかり、シェオル型全てを呪いの川へと追いやる。
「今なのです!」
エラと七竈が全力で攻めて混乱を拡大させるる。
エステルは大急ぎで魔力を編んで術として完成させ、切ないほど澄み切った蒼を3つ宙へ放つ。
「蒼穹の祈り、光を灯し、天を駆ける」
重なりあう3つの輝きが、密集したシェオル型の群を吹き飛ばした。
「今のは」
地平線の向こうで、多くの男女が戦闘の決着を感じ取る。
覚醒者もいないし戦闘訓練を受けてすらいないが、あれだけ鮮やかに勝負が決まると少しは感じ取れる。
「足を止めるな!」
武装した兵が叱咤する。
疲れ果てた避難民に対する態度は褒められたものではない。
だが、重い武装を装備したまま圧倒的な強さの歪虚を警戒する彼等は最も疲れ果ててる。
「応っ」
逞しい男達が担架の高さを調節する。
負傷者も、老人も、病人も、全員最後まで連れて行く覚悟があった。
「あ」
「来やがった」
「急げ、準備しろっ、早くっ」
特徴的な魔導トラックが西から近づいて来る。
圧倒的な力を感じさせるルクシュヴァリエやCAMとは違い、爽やかで穏やかな色合いの塗装がされた移動式東方茶屋風だ。
ただし動きの切れは異様なほどで、乗り手がただ者ではないのがこの距離からでも分かる。
「お待たせしましたぁ、荷物は手荷物1つまでぇ、老人子供優先で南の安全地帯までぶっ飛ばしますよぅ」
運転席の窓から顔を出したのは妙齢の美女だった。
とても愛想が良く、若い男が多い兵士は嬉嬉として絡んでいきそうなのに直立不動だ。最初に怪我人を運ぶ際に色々あったのだ。
「了解です姐さん!」
「……今何か言いましたぁ?」
笑顔が髪の毛一本分すら崩れないのが、気絶して意識を飛ばしたくなるほど怖かった。
「ちょーっとだけ我慢して下さいねぇ。10分もかからず、甘いお菓子と暖かぁい毛布がある場所に着きますから」
バックミラー越しに母親達に目配せしながら、赤子や子供に優しい声をかける。
町とはいえ僻地に長年住んでいる老人達は覚悟が出来ているらしく、荷台の左右や後ろの端に固まりいざというときは肉壁になる覚悟だ。
荷台を揺らさぬ急加速。
「んー」
この調子でいけば受け入れ作業の短縮と精霊の準備完了前だし可能かと考えたタイミングで、星野 ハナ(ka5852)の五感が微かな違和感に気付く。
「参りますねぇ」
派手な煙がトラックを隠す。
不意打ちの刃は装甲部分を掠めて浅い傷跡だけを残す。
そして、見た目からは想像し辛い速度でシェオル型を置き去りにして安全地帯へ向かった。
「そちらを注意して下さい。北の川での防衛は完全ではありません」
おっとりとした儚げなエルフに言われても説得力を感じない。
だがそれは外から来た聖堂戦士だけで、この地への駐留期間が長い戦士や傭兵は顔を青くしてソナ(ka1352)の警告に従った。
「次はバリケードの補強に取りかかってください。イコニアさんの結界と同じで術者である貴方達に危険があるんです。最低でも4時間は結界時間を安全に確保できるようにならないと貴方達も私達も避難民の皆さんも全滅ですよ」
ソナやディーナがこの土地で何をやったのか疑問に思いながら、穂積 智里(ka6819)は従順に動くようになった男共を指揮して陣地を作る。
出来れば人手や機材を借りたい所だが南隣は南隣で忙しいらしい。
なにしろ数千人を歪虚から守る結界を作ろうとしているのだ。
イコニアによる数時間しか持たない結界とは違い、邪神との戦いが終わるまで何日でも何週間でも継続させる桁外れのものだ。
きっと無茶をしている。
だが無茶をしなければ精霊も人間も何もかも死ぬ。
「ソナさん助かりました」
負傷者の受け渡しを終えたルカが安堵の表情で言う。
ルカが傷病者をトラックで運んできたとき、ソナが来る前は不服従に近いレベルで邪険にされていた。
緊急時だからある程度は仕方が無いのかもしれないが、実際にやられるとかなり心にダメージがある。
「いえ、こちらこそご迷惑を」
南隣の土地に顔が利くソナはトラブル防止や解決のため顔を出さざるを得なくなり、ルカと頭を下げ合う事態になっていた。
「あの」
話題を変えようとしてルカの表情が固まる。
伝える必要があると同時に、深刻かつ繊細な問題であるのでつい内向的な面が表に出てしまった。
「イコニアさんですか」
ソナが気付いてくれた。
お互い聖導士なので情報を伝える手間が少ない。
「キュアが?」
「はい。発動はしたのに効果が……」
覚醒者は頑丈だが限界はある。
持久力に欠けるイコニアが消耗の大きい法術を使い続ければ、心身のダメージは致命的な水準になる。
現時点でも即座に長期療養が必要で、長期の療養を行っても減現状維持にしかならないかもしれない。
「一度、直接話して」
不穏な着信音が響く。
ルカは運転席に、ソナはペガサスの鞍に乗り通信機を手に取り、ハナからシェオル型の侵入の報を聞くことになる。
「私が護衛します」
「ありがとうございます!」
エンジンを全開にするとまさに暴れ馬だ。
戦闘同然に集中しているためルカの手足による操作に遅滞はなく、砂利を敷いている程度の田舎道をトラックの限界近い速度で東へと向かう。
南東方向に違和感が。
魔導エンジンの出力を絞りだし速度を一段階上げるが違和感は消えず殺気が生じる。
「草むら」
通信機から聞こえたソナの声に従いハンドルを切り、戻す。
稲妻じみた速度で飛び出した軽戦士が、切っ先をトラックに届かすこともできずにつんのめった。
ペガサスが吼え光の雨が降る。
威力は決して強くはなく、しかし広範囲で避けづらい攻撃は飛び出した軽戦士だけで無く潜んだ重戦士を傷つけその位置を暴く。
「これが、指揮官でもないのですか」
鞘から剣を抜く。
もとよりマテリアル光で包まれた刃が午前の陽光を強烈に反射、シェオル型の黒い装甲を照らし出す。
ソナは唇をきつく結んだまま神聖剣に力を注ぎ、強大な力を持って地上の敵を焼き払った。
ルカは止まらず道を行く。
黙々と歩く避難民が見えてくる。
誰もが疲れ、そして必死だ。
「大丈夫です」
ルカは顔の筋を意識して動かし表情を作る。
避難民だけでなく護衛達も、ルカと比べればあまりにも弱くルカだけが頼りだ。
ルカが落ち込むだけで恐慌に陥りかねず、頼りになるハンターを演じないだけで足が止まりかねない。
「順番に、連れて行きますからっ」
ハンドルを握り呼びかける彼女は、立派な大人の顔をしていた。
●第一の撤退
負マテリアルで構成されたレーザーは極めて強力だ。
壮絶に強化された装備を使いこなすハンターは別だが、非覚醒者なら武装した軍人でも1射で死ぬ。
もっとも、死にはしても消し飛びはしない。
負マテリアルの影響で僅かに消えはするが、致命傷の原因は発熱による焦げである。
「3番地の消滅を確認しました」
外見上は無改造に近いコンフェッサーが、2本の爪でレーザーを弾いている。
光速には程遠くても音速は超えているのに、全て完全に防御している。
「イコニア様、後5分で6時間が経過します。出来れば決断はお早めに」
徹底して腰が低く、けれど卑屈さの存在しない態度でフィロ(ka6966)がお世話を続けていた。
「少し、待って下さい」
Gnomeがスキルを使わず作った盛り土に背中を預け、イコニアは力を込めてようやく息をする。
「川沿いの状況は分かりますか」
「残念ながら」
なんとなく殺気を感じた気がするので脚を滑らせるように動かしイコニアの真横で停止する。
機体の肩に斜め上から短刀が突き刺さり、続いてぶつかってきた軽戦士が全身を強打し弾き飛ばされる。
フィロはエバーグリーン時代のオートマトン行動基準に従い、誠実かつ有能な従者として仮の主を守っていた。
「それ以上は無理。代わって」
イコニアとは長い付き合いのフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)が単刀直入に要求を突きつける。
「使い潰すなら使える体より使えぬ体の方が良いでしょう」
司祭は静かに目を細め、フィーナの瞳を覗き込む。
息を吐くのも重労働だ。
汗で化粧が流れた顔に苦笑を浮かべ、最早持ち上げることもできない盾を押しフィーナを庇う。
「申し訳ありません」
咳き込み、止まらず、脂汗を流す。
「フィーナさんでも時間がかかります。司教様方がいないので教えることは可能ですが、明日の晩使える様になっても意味がないでしょう」
「そう」
小柄なエルフはわずかに肩を落とし、相棒であるワイバーンを呼んでから川を見る。
レーザーの流れ弾で橋は橋脚しか残っていない。
残弾豊富なマリィア達銃使いの活躍で旧型狂気は近づいて来ないが、銃や魔術の射程害から膨大なレーザーが相変わらず降り注ぐ。
無論、最大の脅威は人型の歪虚だ。
「イコニアさんから離れろ……さもないと……殺す!」
カイン・A・A・マッコール(ka5336)が大重量の鎧で等速で駆け寄り体ごとぶつかる。
構えた斬魔刀の向きはぴくりとも動かず、女性的な形の軽戦士がカインと触れ合う距離で痙攣した。
上空でワイバーンが身をよじる。
レーザーに当たらぬ高度と位置を維持しながら身振りで情報を送っているようにも見えた。
「そこ、あそこには2体」
フィーナが無造作に指差したのは何もない地面だ。
微かに濡れている様にも見えるが、川で大量の歪虚が狂って暴れているので特に変わった要素はない。
だが空から見ると違う。
観察に集中できればはっきりと分かる。
銃弾を躱す際に出来た微かな足跡とシェオル型から落ちた水滴が、はっきりとワイバーンSchwarzeの目に見えている。
「わふーん!」
楽しげに振られる尻尾が幻視できた。
アルマ・A・エインズワース(ka4901)は数十分ぶりに大型機関銃から片手を離し、小さな錬金杖を振るって強力無比の3連撃を解き放つ。
薄い鋼板を貫くのに似た音が響き、遙かな過去に生きた異界の戦士の成れの果てが崩れ落ちた。
「イコニアさん、乗ってくださいです!」
結界発動からぴったり6時間。
「この子なら大丈夫です!」
これ以上は結界の維持にイコニアの命と魂が使われる。
友人であるカインをあらゆる面で応援するアルマは、リーリーの鞍にイコニアを括り付けてでも後送するつもりだった。
「っ」
「イコニア様、敵です」
フィロが冷静にイコニアを庇う。
彼女を狙うのは旧型狂気も同じで、結界維持の要である肉の体を焼き尽くそうと呆れるしかない数のレーザーを集中する。
フィロは絶対に避けようとせず、受ける。
堅牢な造りではあるが性能は常識的な範囲でしかない。
フィロの操縦技術がどれだけ見事でも装甲に傷はつき関節もダメージが蓄積される。
レーザーで焼け焦げた橋の上でカインが分厚い装甲を切り倒す。
転落して重戦士が水面下の軽戦士とぶつかりどちらも歪む。
「街の人を護ってくれて有難う、よく頑張った、後は任せろ」
疲れ果てた呼吸器を酷使し、北の敵勢を睨みながらカインが言う。
「返事は聞かないふん縛ってでも連れて行く、俺は何が何でも貴女と一緒に生きたい。」
負マテリアルレーザーを斬りつけ少しでもイコニアに向かう攻撃を減らしながら、胸を張って堂々と宣言した。
イコニアは、結界の維持に集中している。
「何をぐずぐずしているのです!」
王国出身者とは雰囲気の異なる女性が聖堂教会司祭を叱咤する。
「今にも命を捨てるであろう、深い縁を紡いだ方を一喝したイコニア殿が、命を捨ててでも事を為すとは何事ですか」
冷静なままなまま怒りを露わにするツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)を一瞥して、司祭の瞳に迷いが浮かんだ。
フィロはカインの真横まで機体を前進させた上で上陸する歪虚を防ぎつつじりじり後退する。
カインも連携して行動せざるを得なくなる、縁の下の力持ちなメイドサポートである。
「助けるべき民の中に、自分自身が含まれて居ないなら、こうもなりましょうに!」
自らの安全や栄達のみを考えるならしなくてもよい危険を冒すカインを示し、カインに協力するアルマも示す。
イコニアは疲労ではない理由で俯きかけ、矜恃だけを頼りに無理矢理姿勢を正す。
「少しは気合いが戻ったようですね」
ツィスカは表情を柔らかくして呪文を詠唱。
アンチボディによる結界をイコニアに纏わせ、乗馬の心得のない子供に対する様にリーリーを鞍に寄せる。
ホー! と切羽詰まった声が斜め後ろから届く。
器用に寝転がりレーザーに狙われない様にしたポロウが、フィーナとワイバーンの連携を上回る精度で軽戦士の位置を示す。それはもう全身で。
「わっふー!」
アルマは強いだけでなく強さを振るうタイミングを間違えない。
盾も使えず完全な無防備な司祭を狙う不届き者を、地面ごと消滅させる威力の破壊エネルギーで消滅させる。
それを見ているはずのイコニアは何も反応しないし出来ない。
目は何も映さず、消えかけの意識でようよう結界を維持しているだけだ。
「ったく、命を賭けても盾にすら成れてねぇ」
ぼやきと言うにはあまりに深刻な感情が込もった言葉がカインの口から零れる。
「ここで負けたら、町の子供達は夢見た未来に辿りつけず死んでいく、親はそれを見て涙を流し死んでいく。そんなの認められるわけねえだろうが、だから生き恥晒しながら足掻いてんだよ!」
怒りを力に変えても彼が望む戦果は得られない。
敵の数と力は巨大過ぎる。
「わぅっ、カインさん! それ生き恥って言わないです! 貴方はかっこいいです! きっと、誰より知ってる人がいるです! だから、そんな事言ったらだめですー!」
イコニアの意識が戻ってカインが慌てるならそれでも構わない。
カイン自身は気づけないのかもしれないが、少々の恥を甘受して距離を詰めるのは人間関係の王道の1つだ。
「戦後の未来をも考えておられるのであれば、同志の為にもここで貴女に果てて貰っては困ります」
ツィスカも援護する。
邪神を打倒出来たら出来たで各世界は混乱する。混乱を乗り切るのはいくら人材がいても足りない。
「帝国の方は、簡単に言いますね」
意識が回復する。
「理屈は簡単でしょう。問題は貫く意思と能力があるかどうかです」
結界が歪む。
川面から川底までを覆っていた呪いに濃淡が生まれ、狂わず川を渡るシェオル型が出現する。
ツィスカは会話する間も盾と銃を巧みに扱いシェオル型を寄せ付けず、早く逃げようと靴を突っつくポロウを宥めながら平然としていた。
「降参です。あと、は」
意識が落ちた。
緑の目はうつろに開いたままで、喉からか細い息が不規則に聞こえ。
川を中心に1つの地域に展開していた結界が要を失い瞬く間に崩れて蒸発した。
●一撃
水は毒だ。
北からやって来た大型歪虚が川に触れると、本体下部の触手に少し触れただけで辺り構わず攻撃を始める。
大重量の鉄触手が同属の目を砕き、至近距離であれば命中率9割声のレーザーが後続の歪虚を焼く。
地獄という表現が相応しい状況だった。
同士討ちで数が減った分は北からの増援で埋められ地獄が継続する。
希に混乱したまま川を渡りきるものもいたが、【天蓋花】達遊撃担当のハンターの手でほぼ確実に討たれていた。
それもイコニアが力尽きるまでのこと。
無理に無理に重ねて維持されてきた結界が消え、寸前まで相争っていた巨体が一瞬静止し傷ついた体を南へ向け直す。
だが南進を始めるよりも早く北からの侵入者が川を埋め尽くし、中破以上の旧型狂気を踏みつぶして南岸に到達した。
「貴方達は橋の部隊に合流しなさい。……なんという数」
エステル(ka5826)はVolcanius複数を南に送り出す。
大火力広範囲砲撃が可能な機体であるが、エステルのような圧倒的防御力はないし回避能力も皆無だ。
川全てを覆い尽くす狂気の群と砲火を交わせば1分も持たずに潰される。
「皆さん準備は」
「問題ない」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は生身のまま軽く飛び跳ねる。
超覚醒の効果を抜きにしても速度は凄まじく、エステルが馬に無理を強いてもおそらく追いつけない。
「いつでも行けます」
緊張した様子のイツキ・ウィオラス(ka6512)が槍を構え直し、彼女を乗せたイェジドが目で頷く。
実際に緊張してはいるが体調も装備も万全で、元は由来があっても常識的な性能だった蒼い槍が神器を思わせる気配を放っている。
「終わらない夜と絶望は、ない。それを示すわ」
アリア・セリウス(ka6424)は黒い洪水と激しい攻防を演じている。
スキルを一切使わずイェジドと呼吸を合わせて鉄触手を躱し、至近距離なら当たって当然のはずのレーザーの隙間をすり抜けては一太刀で重装甲の巨体を奥まで切り裂いている。
「始めましょう。切り裂き、踏み込み、引きつける」
魔導剣に光が灯る。
鋭く振り下ろされた刃から光が伸び、3体まとめて両断して消滅させる。
「存分にかき回して見せましょう」
4人と3頭が、3体がいた空間を駆け堤防の上へ登る。
空は青く、川は黒で埋め尽くされ、飛び散った水で湿っているはずの土地は全て旧型狂気で覆われている。
100メートル北でようやく地面が少し見えた。
「囲まれたらなぶり殺しか」
アルトの口元に笑みが浮かび。
「いいだろう。この程度やって見せねばな」
たった一本の騎士剣を手に、常に最前線を走り続けてきた疾影士が古く歪虚に対する反攻を開始した。
触手も、レーザーも、旧型狂気の間に潜むシェオル型ですら紅の風に足に追いつけない。
地盤を砕く触手もアルトにとっては安定した足場に等しく、本体である旧型狂気を切り捨てから次の相手に向かう足場にする。
敵陣を大きく切り裂いても前も左右も敵ばかりだ。
以前のグラウンド・ゼロを思わせる密度と敵とそれ以上の頻度の敵増援がいる。
だからアルトは無理に攻めずに十数メートル下がる。
止まったアルトを左右から討つつもりの軽戦士が、ナイフを打ち付けあって刃を欠けさせる。
念のため退路を断つはずだった重戦士が盾を構えて無防備な背後をアルトに晒す。
「まずは、北です」
軽戦士と比べても小さなエルフがアルトに代わって敵陣の飛び込む。
装甲の温度が分かる距離からのレーザーは酷く躱しにくく、しかし守護者にまで至ったイツキは全て認識した上で相棒に任す。
エイルは刺突槍を盾として扱い最高速を保ったまま僅かな隙間を駆け抜ける。
歪虚はアルトの切り開いた道を埋めたつもりのようだが、エイルとイツキにとっては贅沢に舗装された道が広がっているようなものだ。
「やぁっ!」
星神器ではない。
守護者の技もでない。
イツキという少女が積み重ねた業が、蒼き光となり紅世界を引きずり落とそうとする過去を討つ。
さらに切り開かれた道を4人と3頭が行く。
その眩い輝きに旧型狂気が引きつけられ、【天蓋花】に勝てぬと悟り南に向かおうとしたシェオル型まで巻き込み北へとついて行く。
「進路はどうする」
アルトの移動攻撃が20メートルの安全地帯をつくる。
歪虚がいないのは当然で、その20メートルに巻き込まれた歪虚全てがこの世から放逐され20メートル以上の空間が開いている。
「可能な限りの歪虚を引きつけます。そうしないと、後1時間稼げません」
エステルはよりにもよってこの状況で己のマテリアルを目立たせる。
これまでも1km圏の旧型狂気が引きつけられていたのに、直径が倍に増えて敵の数が4倍に増える。
旧型狂気の群は2つ以上の層を作って【天蓋花】を飲み込もうとしていた。
芸術的な盾使いでレーザーも刃も受け流す。
唯一空間を埋め尽くされるのは怖いが、アルトか確実に空間を切り開いてくれているので今の所問題は無い。
馬の蹄が乾いた地面に触れる。
相変わらず北の地平線から歪虚が現れ続けているが、川周辺ほどの密度ではなくなる。
月を思わせる冴え冴えとした光が人型の歪虚を貫く。
獰猛であると同時に音楽的でもある唸りをあげるイェジドの上で、アリアが微かに頷き東を指し示す。
「救援に向かいましょう。おそらく……」
このままでは、南隣領単独では抑えきれない規模の歪虚が南へ侵入する。
そんな事態の発生を少しでも遅らせ可能なら阻止するため、【天蓋花】は狂気の海を引きつける囮として東へ向かうのだった。
重戦士隊の重量に耐えられず橋脚が崩壊した。
川より北など既に存在せず、南側の建物も辛うじて形が残っているだけだ。
「ハッ、どこの汚染地帯だ」
白銀の騎士として開発された刻騎ゴーレムが荒荒しく超々重斧を振るう。
組み込まれたパーツがマテリアル運用効率を異様な水準まで引き上げ、本体と装備の開発のお題目の通りに人類の剣として機能している。
「そのまま押し上げろ。放置すれば第2の結界を張る前に精霊の元まで突破される」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)もイコニアが去った場所に居残っている。
戦場に持ち込んだVolcaniusは鈍足でも退却可能な場所の防衛にまわし、アウレールは1人で敵の海と斬り合い平然としている。
「無茶を言いやがる」
トリプルJ(ka6653)は楽しげだ。
完全に囲まれたら死ぬのを承知の上で、シェオル型重戦士も旧型狂気も一太刀で切り捨てて橋の残骸を通って北岸に渡る。
「いいぜ付き合ってやる。下がるときの合図は頼むぜ指揮官さんよ!」
操作をしていないのにルクシュヴァリエの出力が上がる。
打倒歪虚に燃える中小精霊が勝手に盛り上がっているらしい。
トリプルJな斜め前方へ歩いて北岸堤防の残骸まで移動。
アウレールを包囲し、ただただ圧倒的な数で押し潰そうとする歪虚群に狙いをつける。
「攻めが温くて楽をさせてもらってるぜ」
外は歪虚汚染が始まっているが機体もトリプルJ本人も影響がない。
傲慢対策の抗呪精神防壁は今でも有効だ。
「そらよッ!」
王国の執念と中小精霊の気合いに、トリプルJの鍛え抜いた攻撃力を重ね合わせる。
カトゥーンに登場しそうな光が溢れて歪虚を捉え、そのまま焼き潰しながらアウレールの至近を通過した。
「眉も動かねぇのかよ色男。次も囮を頼むぜ」
「囮の役程度は果たせているか」
危険度はトリプルJもアウレールと同じだ。
地獄に付き合ってくる男の信用を得られたことに手応えを感じる。
「他の世界まで救ってみせると言いはしたが」
恐れず前に踏み出す。
一太刀で一殺は当たり前。
圧倒的多数の歪虚に正面から向き合い己の命を囮に動きを誘導する。
「殺しに来る連中まで救ってやる義理はないんだ」
刃を後ろに旋回。
慌てて飛び退いた軽戦士多数をトリプルJの広範囲光攻撃が飲み込んだ。
「ハハッ」
「ふん」
巨大な騎士と帝国貴族の連携は完璧ではあるが2人は2人でしかない。
結界消滅と同時に受けた奇襲から徐々に立ち直り、精鋭軍じみた練度を持つシェオル型数十が1機と2人の退路を断つため大きく回り込む。
そこに翼を蛇の精霊が飛び込み蹂躙する。
元は特別強くないはずなのに、紅焔の幻影を纏い恐るべき鋭さの牙で装甲を引き千切り滅びを与えている。
「これでこっちは弾切れか。風月!」
グリフォンが急降下しソフィア =リリィホルム(ka2383)を回収する。
ソフィアは星神器でもある銃を巧みに扱い、2人の男の退路をなんとか確保する。
「足元が覚束無いで邪神をどうこうできるかよ。アウレールさん、それとそこのでっかいの。後5時間以上あるんだからペース配分間違えるんじゃないよ!」
キッチリ片付けてサクっと世界救うのだ。
こんなところで躓く暇など存在しない。
「無茶言ってくれるぜ。……東はこのままでいいのか?」
「南東の備えが薄いか。なら少し粘りたいが」
敵の密度が増す。
前にも左右にも動けぬ旧型狂気が青黒い目を見開きレーザーを全開に。
その支援のもと熟練の戦士らしい走りで重戦士と軽戦士がハンター達に迫る。
「ぎりぎりまで引きつける」
アウレールが初めて構えをとり、ルクシュヴァリエが力をためる。
シェオル型の走りはアウレールから見ても見事であり、しかし生者の足を引っ張る糸しか感じられない。
「もう一度ブチ殺してやるから」
左頬に赤い幾何学模様が浮かび、アウレールのマテリアルの密度が限界を超え蒼炎として顕現する。
「地獄で粘ってる連中見習って出直せ」
声は冷たく魂は熱く、聖祈剣の剣閃がシェオル型の精鋭複数隊を切り裂いた。
「行け」
「応ッ」
膨大なレーザーにによる必然的な被弾を繰り返してもびくともしないルクシュヴァリエが、左を向いて光を放つ。
全力移動で足跡を消せなかった軽戦士達が為す術なく焼かれて再度の死に送り込まれた。
「チッ、右からも来やがったぞ」
西では【天蓋花】が頑張っているが東にハンターはほとんどいない。
土地が広すぎるため仕方ない面もあるが慰めにもならない。
「この後邪神と戦うのにてめぇ等程度に邪魔させるかよ」
ソフィアからマテリアルが噴き上がり風月が一瞬姿勢を崩す。
膨大なマテリアルはソフィアの指示に従い星神器へ雪崩れ込み、大精霊からの力を塗りつぶす勢いでソフィアの力を増幅させる。
「消えろ」
重戦士が構成する3重の盾の壁が、幅6メートルに渡って無音の爆発で消滅した。
「南東へ向かう」
「人使いが荒いな」
魔導ママチャリが壮絶な速度を出して穴が塞がれる前に突破。
装甲が健在なルクシュヴァリエが通り過ぎた直後に穴が塞がる。
トリプルJも懸念していた通りに、戦場南東部は危機的な状況に陥りつつあった。
●守護
マスティマに気付いた瞬間、シェオル型が素晴らしい速度で防御陣形になった。
重戦士が盾で守り軽戦士が必殺技を繰り出す好きを伺う、かつての冒険者達の必勝形だ。
「ここは間に合ったか」
キヅカ・リク(ka0038)が慣れた操作を行う。
エストレリア・フーガの背面にパーツが展開され放熱機構の役割を果たし、ハンターのそれとは性質の異なるマテリアルが機体前面に集束する。
それは星の力だ。
大精霊単体では不可能なほど複雑で実戦的なのはキヅカの影響だ。
次元の異なる存在を目にしてしまったシェオル型が目に見えて動揺して縋る様に盾に隠れる。
「手加減はしない」
戦士に対する敬意も、かつての知性生物に対する配慮もする余裕はない。
光弾状に加工した力を敵の隊列へ撃ち込み破裂させる。
速い。
音速は確実に超え、Volcaniusの炸裂弾よりも広く散らばりこの場のシェオル型全てを傷つける。
特に頑丈な重戦士数体だけが生き残り、装甲の薄い軽戦士は1体も生き残れなかった。
「後は俺に任せて先に行け!」
ルベーノの機体が全力疾走で向かって来る。
酷使で全身が熱を持ち歪んだパーツすらある。
だが機体を知り抜いた者の知識と技術で戦闘力は元のままだ。
格闘武器から衝撃波を放ち、機体を進路妨害用の壁として扱い生き残り重戦士を南へ行かせない。
「任せた」
断腸の思いで後を任せてキヅカが東へ向かう。
ルベーノは不敵に笑い、シェオル型4機と相打ちになった相棒から地面に降りた。
「危地では誰もが同じような言葉を口にするのかもしれんな。ハハッ、お前達の相手は俺だ!」
川の水が装甲に残ったままの軽戦士が北から来る。
ルベーノなら数体相手にしても倒せる相手だが、一般的な兵を百人でかかっても勝てない強敵だ。
「貴様等だけは行かせぬ!」
不敵に笑い、拳だけを武器に襲いかかった。
「最悪だ」
シェオル型の頭上から一方的に銃弾を降らせながらソフィアが舌打ちする。
重戦士なら盾ごと装甲を食い破り1分で2体は倒すことが出来る。
だが軽戦士は非常に身が軽い。
時間をかければ倒せはするが、眼下にいる数体のうち1~2体は南の川を越えかねないほど時間がかかる。
「何体まで耐えられる?」
南で準備を進めているはずの精霊を思い、奥歯を噛みしめ目の前の戦いに集中した。
そんな破綻寸前の戦場に、本体の速度を出して旧型狂気の群れを置き去りにした【天蓋花】が突入する。
「個々で当たる」
「それしかないわね」
アルトのアリアの会話だけで方針が決まった。
個々が一騎当千以上でも敵の数は万を超える。
極めて危険な行動だと4人とも承知の上で、精霊を、ひいては数千の避難民の命を救うため単機で軽戦士を追う。
最も少ない集団でも、8体は越えていた。
「残り少ない光、温存すべきなのだろうけど」
生き残るためにはスキルの温存が重要なのだ。
「とても大きな光を消すわけにも、ね」
南を走っていた軽戦士隊が反転する。
【天蓋花】を追って来たシェオル型と連携してアリアを圧殺するつもりだ。
「ありがとうコーディ。また無理をさせるわ」
返事は気合いの入った咆哮だ。
軽戦士が威圧されて動きが鈍り、ただの的と化した元冒険者を銀剣と銀刀が切り裂き残ったものを見えない斬撃が切り裂く。
「皆、無事で」
この状況ではローテーションしての誘引は不可能だ。
アリアは途中で覚醒状態が途切れることを覚悟の上で、南へ進入する人型を減らすためぎりぎりの努力を継続する。
「囲まれましたか」
ポーションは既に空。
エイルもイツキ自身も複数の傷を負った。
その状況で南北から軽戦士と重戦士に包囲されている。
負マテリアル製の眼球が嘲弄と殺意に染まる。
歪虚の体に染みついた技は一切の隙無しにイツキ達を追いつめ刃と盾の間合いにまで迫る。
「エイル」
イツキが降りた。
白い腕と槍の柄を鮮血が伝い、乾いた土に落ち奇妙な匂いを発生させる。
「いつも通りに」
蒼い光が爆発した。
太陽の強い光よりもなお強く、時間当たりであれば超覚醒を上回る力がイツキの五体に満ち完調に引き戻す。
それだけでは終わらない。
嘲弄ではなく恐怖に駆られたイツキに向か急所を狙う。
喉を裂くはずのナイフも延髄を破壊するはずの細身の刃も薄青い光に阻まれ跳ね返された。
「死に急ぐ、とまでは言いませんが」
イコニア司祭も、南の精霊も、生き急ぐ生き方しかする気はないようだ。
「――けれど、生有るものの在り方でも、あるのでしょう。無茶であろうとも、生きる為に抗っているのだから」
盾の壁。
命を狙う薄い刃の群れ。
それら全てをするりと躱し、1つ紛れていた必殺の刃をマテリアルと拳で受け跳ね返す。
「なればこそ、私も全身全霊を賭して」
倒れた軽戦士にエイルが止めを刺す。
「この悪夢への道筋に、幕を下ろすまでの事」
槍が大気を裂き音を通り越す。
かつてイツキが見た戦乙女の軌跡ではなく、今もイツキが抱く理想の軌跡をなぞり、生前の技を負にしか使えぬ戦士達に引導を渡した。
「跳ぶぞ!」
返事を待たずにキヅカがマテリアルを叩き込む。
マスティマでも困難な機能が守護者であるキヅカの導きで発動、エステルを巻き込んで流れの速い川の中程へ転移した。
「止まりなさい!」
血の臭いが南から漂う。
元王国騎士であり、現農業法人社長であり、エステル達が不在時の精霊お世話係である男が心臓を破壊され末期の息を吐いた。
軽戦士が得意げに胸を張り、突然巻き付いてきた太い腕に拘束される。
「っ」
怒る時間があるなら現状の把握を。
言葉を口に出す余裕があるなら法術の詠唱を。
エクウス種の馬が危険なほど速い川をなんとか渡り終え、エステルにる光の波動が腕の中の歪虚を焼き尽くした。
「意識を強く持って!」
エステルの法術が社長の心臓再生させる。
「は、は、子供の顔を見ずに、死ぬかと」
体格だけならキヅカより立派な男が震えている。
現役を離れて長く体も衰えている。妻子と精霊のために命を張った。だが死を間近に感じて命を惜しんでしまった。もう、戦えない。
「ありがとうございます。後は我々に」
エステルが宥めるが最低限回復するまで時間がかかりそうだ。
「出来る限り食い止める」
大精霊という最上級の神秘に触れたキヅカには分かる。
惑星級の視点から見ると極小の土地が、力を振り絞ってイコニアの法術を真似しようとしている。
大精霊と比べれば無に等しいほど弱い精霊にとってっは一世一代の大事業だ。
「人間に好意的なのは有り難いが」
精霊の動揺を感じる。
この男が死ななくても精霊の直接の知り合いが死ぬだけで結界が起動しないかもしれない。
マスティマは、南の土手を使って高速移動からの長距離射撃を開始した。
軽戦士も重戦士も次々撃破は出来るが全てではなく、遠く北には低速で近づいて来る旧型狂気の姿まで見える。
「ままならないな」
このままでは後30分ももたず限界が来る。
今最も活躍するキヅカが、最も強く滅びの接近を感じていた。
●終わりなき持久戦
町を南北に貫いて橋と比べると、貧相とすらいえる石橋だった。
頑丈さ以外の全てを切り捨てたその橋の上に、北谷王子 朝騎(ka5818)がたった1人で立っている。
「また来たでちゅか」
一度後退していた旧型狂気が600メートルの距離で静止。
じっくり狙いを定めてレーザーを照射するタイミングで姿無き歪虚が橋へと殺到する。
朝騎は無言で符を構え、鋭い気合いの声と共に投げ放つ。
符に描かれた花が雷に変じて光の花弁を広げる。
狭い空間に詰まった軽戦士が根こそぎ焼かれ、しかし範囲外の個体が同属の残骸を押し退け朝騎へ迫る。
構えた刃は小さいが速度も鋭さも最上のハンター前衛に近い。
防御を盾に頼る朝騎にとって、最悪と言って良い相手であった。
だから刃は躱さない。
符を放ったタイミングで三輪魔導オートバイを逆走させ、橋を渡りきった地点で停止させる。
肩透かしを食わされた軽戦士を、憂いを帯びた旋律が出迎える。演奏者は魔導オートバイの籠に入ったまま演奏中のユグディラである。
軽戦士がびくりと体を震わせ怯えたように左右を見る。
朝騎を追い詰める寸前だった個体とは思えぬ動揺ぶりだが、ユグディラの術で攻撃手段を全て封じられればこうなるもの当然だ。
「ここは絶対に通しまちぇん!」
新しい結界の準備には後30分は必要だ。
ここを突破されたら精霊の本拠まで防衛拠点は存在しない。
後ろにいる避難民数千人も学校関係者数百人も確実に死ぬ。
「絶対に……絶対に……護りまちゅ」
橋を通らず渡河した重戦士に真横から雷を浴びせる。
威力は最上級であり当たれば殺せる。
だが術の数よりこの場の歪虚の方が10倍以上多い。
「朝騎……」
抵抗力の高い重戦士隊が朝騎達を半円状に包囲する。
非常に重く分厚い盾が見事な連携で以て朝騎に振るわれ、しかしそれ以上に巧みな防御の技と盾に阻まれる。
「ルルしゃんのいない世界なんて耐えられまちぇん……」
気弱な声とは正反対の、歪虚にとっての死神が橋を守っていた。
砲声が連続し朝騎の背後を絶とうとした重戦士が破壊される。
Volcanius崩天丸の装甲には修理しても消えぬ傷がいくつも刻まれていて、主と共に無数の戦場を生き抜いてきた迫力がある。
だが今の攻撃力は最大値の数分の1だ。
敵があまりに多すぎ炸裂弾はとっくに空だ。
ニャロが気を利かせて治癒の曲による支援をしていなければ、10分前には不可逆に撃破されていただろう。
「間に合ったか」
重装備かつ徒歩で10km全力疾走しても息すら乱さず、鳳城 錬介(ka6053)がシェオル型の集団をすり抜け橋の入り口で反転する。
歪虚を一撃で屠る力があるようには見えず、実際ここまで移動しかしてこなかったが、錬介が盾が構えると戦場の空気が変わった。
「2分以内に通過します。それまで援護を」
数の暴力であるレーザーも、ひたすら頑丈な分厚い盾も、命を奪う刃も錬介も和風重甲冑を貫けない。
軽戦士が戦術を変更し急所狙いに特化する。
崩天丸達Volcaniusが守りを捨てたシェオル型を次々討ち取るが、隙間ともいえぬ隙間から刃が差し込まれ錬介の体から血が噴き出す。
「それで終わりですか」
兜の下で薄く笑い、刃が押し込まれる前に軽戦士を蹴り飛ばして瞬間的にフルリカバリーを発動させる。
錬介の強靱な肉体は後遺症を残さず完全回復。
ガウスジェイルであらゆる攻撃を引きつけ全てを防御する。
「朝騎もあんな顔をしてるでちゅかね」
良く知る顔を見つけてぽつりと零す。
イコニアを背負った宵待 サクラ(ka5561)がイェジドを駆り、悪鬼も逃げ出す形相でシェオル型集団を突破し錬介の横を抜け橋を渡りきった。
「爆破しろ。私達は別の地点から渡河する合流する」
南東からここまで急行してきたアウレールが命令を下す。
聖堂戦士が頑丈なスイッチを押し込み、数秒後基部から崩れて橋が消滅する。
「次の退却が許されるまで5時間以上」
当たり前に爆発を避けた錬介が川に飛び降り渡河途中のシェオル型を食い止める。
守る力を選んだ彼には、歪虚を蹂躙する手段がない。
ゴーレム砲ですらない銃撃が錬介の前の歪虚を削る。
この場のみを切り取るとハンターの圧倒的優勢でもハンターがいない場所の方が圧倒敵に多い。
「なんとか、なるでしょうか」
この程度の弱音で済むのが、錬介達ハンターの凄みである。
●祈り
友の背中で、イコニア・カーナボンが薄らと目を開く。
「どけェ!」
武門に生まれたわけではなく、転移直後は最底辺の暮らしをしていた少女が、ただの薙ぎ払いでシェオル型を蹂躙している。
軽戦士の上半身が地面に落ちるより早く、儀式場を囲む重戦士がイェジドに押し退けられ再度の斬撃がその首を跳ばす。
「イコちゃんが死ぬなら、イコちゃんを殺した奴を殺してすぐ後を追うから。絶対1人にしないよ、イコちゃん」
「熱烈なんですから……」
体温が上がったまま下がらない。
視界は歪んで頭痛が絶えがたいほど酷くなる。
だが法術を扱うだけなら問題ない。体力と気力を体から引きはがす様にして意識を集中状態に持っていく。
「決めたんだね」
サクラがそっと鞍から降りて、おんぶ紐で固定していたイコニアを儀式場の中心に座らせた。
「イコニア!」
これまで無言で背後を守っていたカインが叫ぶ。
惚れた女の酷い顔色ならまだ耐えられる。
だが、あの透き通るような笑みは駄目だ。
犠牲になるのが前提の、聖女などにしておけるものか。
「違うよ」
獰猛な笑みで、心技体揃った剣でシェオル型を切り捨てながら、サクラは奥歯を噛みしめる。
頭をメイスで砕きたくなる頭痛や、手足を切り落としたくなる痛みに耐える覚悟をしただけだ。そんな生き地獄を長期間味わった結果どうなるかなど、誰にも分かりはしない。
イコニアの唇が微かに動く。
もう立ち上がる力も無い。
力ではなく骨の硬さを使い、両手の指を乾いた地面に突き立てる。
積めと指先が潰れ、そこから流れる血で小さな陣を描く。
「イコニアさん、これを」
ソナがしゃがみ込む。
懐から龍鉱石を取り出すと、まるで生きているかのように正のマテリアルが鳴動した。
「ソナさんの助けはいつも的確です。聖堂教会入りして頂けたら本当に助かるんですけど」
口調が幼い。
単身で僻地に出向こうとしてハンターに助けられた頃のような、今より擦れていない頃を思わせる表情だ。
ソナは首を軽く横へ振り、イコニアにホーリーヴェールによる守りを与えてから守備につく。
マテリアルに漬かりすぎた彼女を癒やせるのは長期の療養だけだ。レーザーが一度当たっただけでも、死ぬ。
「どうしてですかね。今になって、聖女様のご遺族のことが理解出来た気がします」
流れる血を通してマテリアルが流れていく。
清らかさとはかけ離れた、毒々しいほどの情念に満ちた黒いマテリアル。
「辛いですよね」
腐った卵の衝撃と臭いを思い出す。
エルフとペガサスが守ってくれているのも、友の背中も何故か遠くに感じる。
「難いですよね」
頬を水滴が伝う。
黒い涙は血の気の無い肌に消えない筋を残して大地に落ちる。
大輪の薔薇が咲くが如き笑みが浮かび、壊れた指先を中心に無数の亀裂が生じた。
「死ね」
呪詛が密度を増す。
「死ね」
祝福のはずの正マテリアルが禍々しい性質を帯びる。
「お前達がいるから」
歪虚を潰す快感も。
エクラに対する信仰も。
全ての建前と装飾を剥ぎ取った後に残るのは積もり積もった殺意と恨みだ。
「お前達歪虚がいるから」
龍鉱石がひび割れる。
イコニアの体と魂にひびが入る。
「みんなみんな苦しむんだ!」
か細い声が地平線の向こうまで届く。
大気と大地の精霊が憎悪にあてられその身を震わせる。
「だから死ね」
運び込まれた墓石が砕ける。
エクラの印も累代伝えられてきた品も力を吸い取られて形を喪う。
「死ね」
術者とそれ以外から吸い上げられたマテリアルが術者が示す向きに進み。
なだれ落ちるように法術陣に沿って広がり続ける。
「死ね」
最期まで気付かず抱えたまま黄泉に向かうはずだった思いを、元聖女候補が高らかに謳う。
ハンターと出会うことが無ければいずれ歪虚に堕ちていた。
だが、友や仕事仲間に接して生き汚くそして人間らしくなった彼女であれば。
「しね」
人間のまま憎悪を振り翳し、正気のまま歪虚に叩き付けることが出来る。
正と負の入り交じったマテリアルがイコニアから溢れた。
人類に対する呪いしか残っていないシェオル型を完全な狂気に陥れ、生命に溢れる川を呪いの固まりに変え大きな歪虚の中まで冒す。
歪虚の増援が川で止まり、ハンターに対する圧力が劇的に下がった。
当初計画から数十分前倒しされた、当初計画以上に凶悪な結界であった。
「糞が。こんなことをさせるために護衛したんじゃねぇよ!」
イコニアを狙う軽戦士を背後から断ち割りカインが吼える。
激情で震える腕を気合いで押さえつけ、物理的には無力な小娘しか無い想い人を守るため重戦士の隊に正面からぶつかり傷つけあう。
「カインさん落ち着くです。まだ中盤、守り切るつもりなら嘆く暇なんてないですよわふーん!」
アルマがテンション高く機関銃をぶっ放す。
結界抜きの攻防でスキルは全て消耗済み。
だが彼ほどの身体能力があればシェオル型に通用する機関銃を使いこなせる。
「分かっている! 分かっているけどよぉ!!」
精霊や避難民を放って逃げるような女ではない。
生き延びるつもりで結界を早期完成させ維持している今は最上に近い展開だ。
「納得出来るか!」
だがそれがなんだというのだ。
守るために剣を振ることしか出来ない自分が腹立たしく、目の前の歪虚をいくら潰しても心は晴れなかった。
●撤退準備
かつてCAMは期待の新戦力だった。
山を断ち割り単機で歪虚軍を圧倒する……などと、荒唐無稽な期待をされることもしばしばだった。
「すごい……」
その荒唐無稽が現実としてある。
1機のコンフェッサーが、レーザーも重戦士により捨て身の突撃も軽戦士の暗殺も全てを跳ね返し続けている。
「イコニアど~ん、生きておるか~?」
「お供えはカフェイン以外でお願いしますうへへ」
歪虚を苦しめるのがよほど楽しいらしい。
心底満足した表情で、疲労と痛みで目が虚ろだ。
ただ、本人の意思に関係無く震える体が体調の酷さを物語っている。結界当時の迫力は消え、本人のマテリアルも無機物じみていた。
カナタが目配せする。
サクラがおんぶ紐を取り出しイコニアを回収する。
「イコちゃ~ん、保健室に連れてくからね?」
五体から力が抜けているため酷く重く感じる。
「じゃ、そういうことで」
全て承知の上で己に括り付ける。
そして、サクラはイコニア以外の全てを放り出して南へ逃げ出した。
「なのじゃ!」
カナタのコンフェッサーも追随する。
彼等が去っても結界は消えない。
聖堂戦士多数が引き継ぎのための配置についているからだ。
だがイコニアだけでなく結界の中枢を守っていたCAMが消えたことで、聖堂戦士十数人が目に見えて動揺する。
「そんなっ」
「うろたえるななの!」
ルクシュヴァリエがメイスを天に掲げる。
鎚頭にあしらわれた聖印が、結界が放つ薄暗い光に照らされ陰を作る。
「後たった1時間なの。イコニア司祭がいっぱい肩代わりしたんだから、その分あなた達が頑張るの……って五月蠅い!」
メイスを振り回し風の代わりに鮮烈な光をぶつけてシェオル型の襲撃をこんがりと焼く。
「よしなの。結界がある限りここは大丈夫。あなた達のことはしっかりと守るの安心するの」
結界を消えた後、川の向こうにみっしりと詰まった歪虚から逃げないといけないのは口にしない。
今結界を止めても同じだからだ。
「じゃあ後59分……じゃなくて90分くらい、頑張るの、おー!」
ディーナはやけくそ気味な返事を聞きながら身を翻し、橋があった場所にある結界の切れ目での激戦に参加した。
「陽が落ち加護が尽きても」
ディーナ機が気配に気付いて摺り足で後退。
軽戦士の部隊が素晴らしい練度で追撃をする途中、アリアが構えた白銀の槍に気付く。
「まだ私達が残っている」
恐るべき反応速度で重戦士の陰に隠れても全くの無意味だ。
必滅の槍があらゆる回避も防御も無視して結界の切れ目にいる全てを消滅させる。
聖堂戦士団の気力が回復する。
法術だか呪術だか分からない結界を必死に維持して気力体力毛根を消費しながら1分また1分と耐えに耐える。
そして、作戦開始から11時間と40分か経過する。
作戦が予定通りなら精霊による結界始動まで後20分だ。
「可能ならルル様の結界始動後に後退したかったですが」
エステルの言葉を聞いて非ハンター聖導士が顔を青くする。
彼等はハンターでも聖堂教会幹部でもない。
体力も気力も限界で、いつ昏倒してもおかしくない。
「生きておるか~?」
エステルが見たことのある魔導トラックが南から近づいて来る。少し肥料臭い。
「みんなラッキーなの。すぐに用意! でないと」
死ぬ。
結界は飛び道具を防げないので退路周辺はレーザーでぼろぼろだ。
また、毒の堀と化した川のぎりぎりで、統率のとれたシェオル型部隊が待機している。
つまり一瞬でも遅れたら確実に死ぬ。
「乗るのじゃ、乗ったな、では」
味方も敵も沈黙する。
速い川の流れだけが微かに響いた数秒後、カナタがアクセルペダルを踏み込み、魔導エンジンの咆哮が全てを圧してとどろき渡る。
「ゴーゴー!」
「総員撤退なのっ!」
脇目も振らず、後ろに向かって全力疾走。
歪虚が遅れたのは5秒にも満たず、その5秒が驚くほどの距離となりレーザーしか直接攻撃できなくなる。
「細いシェオル型より遅いの……」
殿のディーナ機が徐々に追いつかれる。
数えるのも馬鹿らしい数のレーザーと10近い刃が装甲を削るが背中の盾を削り切ることも出来ずに終わる。
「ふふっ」
家族と一緒に作った機体の出来に満足しながら、ディーナは真後ろと左から迫る敵勢からひたすら逃げる。
ディーナとは別のルクシュヴァリエが歪虚の至近を通過する。
近距離からレーザーのレーザーが5割を越える命中率で当たりかけ、Crepusculumを中心とする空間結界に阻まれディーナの被弾数も0になる。
「攻撃して止められる数ではないな」
100程度なら時間稼ぎも出来るが1000を超えると無理だ。
なお、視界内だけで万いるかもしれない。
「ルル結界開始まで後何秒だ?」
一度挨拶に来た精霊のことを思い出す。
愛嬌はあった。
人は良さそうで手を握って激励してくれた。
ただし凄くうかつだった事の方が印象に残っている。
「最悪は……」
自身を含めて何を犠牲にするか計算を始め、進行方向に見えたものに口元を綻ばせる。
高度を落とし、Gnomeの上に立つ智里の頭上を通過した。
「ハンスさんを迎えにいかないと」
病院で手当を受けているらしい夫のことを考え、智里は真剣な顔で青い目を光らせる。
多すぎる歪虚で負に傾いた空間が、直径30メートルだけ彼女の支配領域として切り取られる。
ぽーんと軽戦士多数が吹き飛び固い地面に叩きつけられ痙攣する。
智里はその光景に目も向けず、見た目より遙かに速いゴーレムさんに移動を任せてこの後の段取りを考えている。
「ポゼッションの切り替えは」
マリィア機が着地し砲を北へと向ける。
ゴーレムさんはGnomeの割には速いが、シェオル型軽戦士と比べると半分程度の速度しかなく半包囲されている。
「このタイミングか」
智里の結界が一瞬切れた瞬間、たった1つの銃で弾幕を張る。
個々の銃弾を誘導しているため重戦士による盾壁は無意味で有り、大量の軽戦士に深手を負わせて智里の撤退を助ける。
「ルルさん起こしてくれても~」
植物園のベンチでメイムが身を起こした。
見渡すまでもなく、不安げに囁き合う避難民と水食料を運ぶ聖導士見習いでごった返している。
「そろそろ時間だ!」
ボルディアが防戦しているが押されている。
単身突破可能な彼女でも、圧倒的多数をいつまでも押し止めるのは不可能だ。
「ルルは、絶対に」
フィーナとワイバーンが急降下し歪虚の先端を傷つける。
僅かに勢いは弱まるがそれだけで、予定通りなら結界に覆われているはずのそこをダメージ無しで歪虚が通過する。
「来るよ~。みんな目と目と耳を閉じて~」
日の光が弱くなる。
イコニアが呼び出した呪いを半分に薄くした何かが、桁違いの広さと厚みで1地方の空を覆い尽くしている。
特大の祝福兼呪いが降りてくる。
を直視してしまった避難民は声も出せずに気絶する。
目は向けなくても気配に気付いてしまった者は家族や仲間で抱き合い必死に耐える。
悲惨だったのは足が速く防御の薄い軽戦士達だ。
負マテリアルで構成された魂もどきを犯し尽くされ、狂乱して己と隣の歪虚を貫き果て朽ちる。
まず聖導士見習いが歓声をあげ、たしなめるソナの声が敵の間にまでよく響いた。
「結界は壁ではありません。避難してきた皆さんは学校まで下がって」
結界に触れた歪虚は同士討ちをするが全滅はしない。
狂乱しても人間の死を求める個体もいて、ソナはそれを正確に狙い撃って被害を予防する。
「のーむたん塹壕広げて~」
メイムは特大の塹壕に飛び降り反対側に駆け上がる。
顔とマギスタッフだけを出して、ここまで走ってきた狂乱軽戦士に鎖を巻き付け動きを封じる。
「恒常結界が出来上がっても」
智里がアンチボディによる護りをゴーレムさんに与える。
ゴーレムさんは塹壕に降りて東への拡張を始め、智里だけでなくハンターも聖堂戦士も順次中に降り一方的な殲滅作業を開始した。
「互角になった、だけなのですか」
土が防壁になるのでレーザーは無効化出来る。
しかし狂乱したまま進入した歪虚は実力で排除するしかない。
いくら倒しても歪虚の増援は止まらず、日没で視界は悪くなり体力も気力も削られていく。
だがまだ戦える。
温かい飲み物と食料が送られてくる現状が続くなら、最低でも数日は戦える。
東西に夜間飛行して警戒していたワイバーンが、急に角度を変えて森の側に着地した。
鞍から降りたフィーナが真剣な表情で数歩進み、両手で透明な何かを抱え上げる。
「出歩いては駄目」
薄く色がつきフィーナを幼くした姿が現れる。
以前に見たときより気配は弱々しく、けれど人間を守ろうと精一杯気合いを入れている。
「無理も、駄目」
止めたいが止まらないことを知っている。
育てた森を生け贄に捧げても、フィーナ達全員が戻ってくるまでこの地を守り続けるつもりだ。
乾ききった木が折れる音がする。
同じほど乾いた木を巻き込み、無残に倒れて砕ける音がする。
少しずつ色と形が失われていく精霊を、フィーナは優しく抱きしめ冷たい世界から守ろうとしていた。
鮮血と土が混じって無価値な泥に変わる。
数十年に渡り人々を勇気づけてきた口も、百を超える歪虚を屠ってきた手足も、顧みられることなく地面に転がる。
魔導トラックが急停止する音が響く。
運転席からルカ(ka0962)が顔を出し目を見開く。
司教4人の体が、無残な死というものを五感に突きつけていた。
「まだ生きてるかもなの!」
刻騎ゴーレムから飛び降りる途中で、ディーナ・フェルミ(ka5843)が叱咤するように叫ぶ。
そんな無茶なと思うのは、ルカだけでなくディーナ自身も同じだ。諦めた時点で終わりだから最期まで諦めないだけだ。
顔を見る。
亀裂から脳の零れた跡が見える。
隣を見る。
頭部は無事でも呼吸が完全に止まっている。
「っ」
激しそうになる感情を制御しようとして、微かな声が漏れた。
「そこを押さえてあげてください」
ルカが車から降り、緊張で掠れた声を絞り出す。
実家のスパルタ教育の内容を必死に思い出し、骨と皮ばかりの老人に対して限界まで強めた蘇生措置を施す。
乾いた指先が微かに揺れた。
ルカは全神経を措置に集中しているので気付く余裕も無い。
「リザレクションするの。後3、2、1」
ただでさえ制御の難しい法術を、設備もなく歪虚が迫る戦場で精密に組み上げる。
「0ッ、戻ってくるの!」
全身が物質的にも霊的にも賦活される。
口が限界まで開かれ血が噴き出す。
生気の失せた五体に少しだけ暖かさが戻り、ルカの手の平が心臓の鼓動を捉えた。
「こりゃぁ、綺麗な美人さんばかりじゃのぅ」
脳天から指先まで激痛に襲われているはずなのに、あの世から引き戻された司教は穏やかに微笑んで見せた。
もっともルカは既にその場にはいない。
脳の失われた遺体を通り過ぎ、胴部は残っている老人の元へしゃがみ込み、無言のまま左右に首を振る。
萎えそうに足を動かし最後の1人に向かうと、正マテリアルの消滅を確認したディーナが同じ仕草をしていた。
「ルカさん、ディーナさん、感謝いたします」
聖堂教会の人間の中でただ1人立っている司祭が深々と頭を下げた。
蘇生した司教は後進が無事でほっとしている。
が、優れた聖導士であると同時に年頃の少女である2人には、司祭の顔色が化粧で作られたものであることが分かってしまった。
そして歴戦のハンターとしての直感が、今この司祭に無理をさせなければこの地の住人全員が死ぬという事実を告げている。
それら全てを理解した上で、時音 ざくろ(ka1250)が盛土の上で目を細めている。
10メートル先にには橋がある。
橋は幅10メートル奥行き80メートルの立派なものだが非常に古びていて、橋の先にある市街というには疎らな町並みは過疎寸前だ。
その先にある緑の原は王国らしい肥えた土地だ。リアルブルーの農家なら膨大な収穫を得ることも可能かもしれない。
そしてそこから3km北には、生物とも機械とも判断し辛い巨体が左右にずらりと並んで奥にもみっちり詰まっていた。
装甲の隙間から見える複数の眼球が、濃い負の力を湛え人類の営みを睨み付けていた。
「狂気型の歪虚が3kmと少し先から100単位でいるよ。人型に見えるのが……ええっと」
高位覚醒者であるざくろは、生半可な観測装置より目が良い。
「ゆっくり近づいている。20体くらい、狂気型の歪虚より少し速いくらいのゆっくりだ」
「まずいな」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が顔色を変えた。
「目立つ動きは注意を引きつけるためにするもんだ。奇襲が来るぜ、心当たりは?」
問われた司祭は、傷は治っても鋭い痛みが残る喉を無意識に撫でていた。
「人型、ハンター換算で熟練級、ぎりーすーつ以上の低視認性でした」
「光学迷彩って奴か」
ボルディアが舌打ちする。
ルカとディーナは一瞬目配せをして、協力して司教1人と遺体3体を魔導トラックに乗せそのまま南へ向かう。
「ついて来い」
刻令ゴーレム「Gnome」がうなずき橋を渡るボルディアを追う。
いつの間にか風が途絶え、薄気味の悪い殺気が周囲に満ちている。
「いやがるな」
ゴーレムを先に行かせる。
渡り終えたGnomeは、橋に続く道を潰す形で塹壕堀りを開始する。
最低限形になるまで1分もかからない勢いだ。
「はぁ……終わりが見えねぇってのは精神的にクるなぁ」
数km先の旧型狂気を見据えたままひょいと首を傾ける。
躱さなければ延髄を抉るはずだったナイフが、半透明の盾で防がれ鈍い音を立てた。
予備動作無しで特大斧が翻る。
場所を特定できていても見辛い人型歪虚を上下に両断。
それだけで収まらず攻撃圏内の2体を文字通り押し潰す。
「2匹逃した」
Gnomeが作業を中断し盾を構える。
中堅前衛ハンター程度の技量と高性能装備の力があるのに、ナイフあるいは短剣を回避も防御もできずマニュピレータを傷つけられる。敵の練度は異常に高いだ。
「手間ぁとらせやがる」
ボルディアが負けることは百戦しても1戦もあり得ない。
だが、通常攻撃を10中9まで躱す相手に対しては、長時間の戦闘かスキルを使うかの選択を強いられる。
敵の増援が無限に現れかねないこの状況では悪夢に等しい相手であった。
●前哨戦にして総力戦
旧型狂気は軍ではない。
圧倒的な数と長距離砲戦に向いたFCSにより集団戦闘が出来ているだけだ。
「これはなかなか」
無数の眼球が1機のCAMを睨み付ける。
外見には特に特徴のないR7エクスシアが、視界内だけで1000を超えさらに増えていく旧型狂気を恐れず前に出る。
青黒い瞳が憤怒一色に染まっている。
限界を超えた密度の負マテリアルがレーザーに近い性質を持ち、距離を威力を失わないまま600メートルの距離を瞬く間に通過する。
だが当たらない。
ハンス・ラインフェルト(ka6750)の機体を正確に狙えたのは1割に満たない。
その1割のうちの9割もハンスの回避行動を読み切れずに無意味に地面を焼き、残る1割、最初のレーザーのうち1パーセント未満もマテリアルカーテンとCAMシールドの二段構えにほとんどの威力を失う。
「手強い」
対邪神戦用に開発された銃を地面に水平に向ける。
回避行動を続けているのに腰から上は安定している。
安定が銃撃に正確さを与え、ハンス機の行く手を遮ろうとした全身鎧の群に次々と着弾する。
弾倉は10射で空になる。
旧型狂気の群は反撃のレーザーを放とうとして、既に射程内にハンス機がいないことに照射したから気付く。
「こちらハンス。第2案を実行します」
「聞いてませんよ!?」
繰り上げでこの地の聖堂教会の代表者になった司祭の声が、途切れ途切れに届いている。
「東隣の領主と聖堂戦士団には話を通しています」
対邪神用装備が禍々しい赤光で以て切っ先を導く。
ほとんど見えていないはずのシェオル型軽戦士を理詰めの思考で推測して蹴り飛ばし、ハンスとR7は旧型狂気との距離を維持したままじりじり東へ移動する。
「ハンター部隊の援護無しなんて、無茶で」
通信状態が酷くなる。
重装甲を断ち割る振動が斬艦刀と腕部を通して操縦席まで届く。
「皆抗っているのですよ」
おそらく聞こえないことを承知の上で静かに呟く。
圧倒的多数相手の戦いは困難だ。
いくつか装甲が破壊されハンス自身も傷を負っている。
「一人で抱え込むのは自己満足です。死なない範囲で協力したい人は多いのですよ。私を含めてね」
ハンスは薄く笑い、隣領で対処できるぎりぎりの量を引き連れ東へ向かう。
「よくやるのぅ」
ハンス周辺を映した小さなウィンドウを見ながら大量の火薬を砲口周辺へ装着。
なんとなくの感覚に従い機体全体を右へ向けると、忍び寄っていたシェオル型軽戦士が装甲にぶつかり真横へ吹き飛ばされ2度も地面でバウンドする。
「着いて来るがいい」
旧型狂気が増えている。
ハンスが引き離した数より多くの増援が新たな一群を作り上げ、その総力を以てヤクト・バウ・PCを攻撃している。
「ミグ達に勝てると思っているならなぁ!」
最初の爆発は旧型狂気ではなくミグ・ロマイヤー(ka0665)の機体の近くだ。
足止めの壁になろうとしたシェオル型重戦士は盾と装甲で耐え抜くが軽戦士はそうはいかない。
運良く遮蔽物の陰に飛び込めた個体を除き武器ごと砕かれ地面に散らばる。
レーザーが届く。
以前戦った個体より僅かではあるが性能向上しているようで、試射無しでも数パーセントの確率で装甲に当ててくる。
「なんという雑な攻撃じゃ」
ヤクト・バウ・PCはびくともしない。
こちらの射程距離まで近づいて正面から殴り合っても勝てるだろう。
「まあ数が多いからの」
地平線近くから前方2kmまで、這うような速度で近づいて来る敵増援が4集団。
その全てを相手にしようとすれば、砲弾と爆薬が尽きる前に急所への命中が複数回発生して擱座しかねない。
「大型のを潰す前に」
人型歪虚には知性がある。
ミグ機と遭遇した際には初めてCAMを見たような反応だったのに、今では弱点を探るように様々な場所を攻撃している。
「こちらを先に潰してやるわ」
完全に制御した爆発で軽戦士も重戦士も薙ぎ払う。
土埃が収まった後再び現れたヤクト・バウ・PCには、傷跡らしい傷跡もついていなかった。
「こちらざくろ!」
地平線ぎりぎりにミグ機の頭が見える場所で、主人公機という言葉が良く似合う刻騎ゴーレムが刃を血振るいしている。
「100メートル圏の歪虚は倒した、次はっ」
「河川に沿って西進してください」
素っ気ない通信が送られてくる。
単機で数kmあるいは十数kmの敵と戦い続けるのは無茶だがやるしかない。
結界の切れ目での戦闘に人数が必要なので、それ以外に向けることの出来る人数が極端に少ないのだ。
「分かった、行くよグランソード!」
機体に棲む中小精霊が奮起する。
白銀の装甲が神々しい光を放ち、頭部センサにざくろの目に似た赤い光が灯る。
「敵の襲撃から町を人々を護りきる冒険だ!」
大重量を支える足が、地面を壊さぬ絶妙に力加減で駆け出す。
センサ担当精霊が頑張って視覚情報を処理して頭がこんがらがり、ざくろに相談してようやく進行方向の状況を把握した。
「これは……」
ミグ機周辺とは別種の地獄が川の中にある。
少なくとも人間並に知性があるはずの人型が、川に注がれた狂気と憎悪に蝕まれ互いに殺し合いあるいは全く見当はずれな方向へひたすら泳ぐ。
北岸に上陸してしまった重戦士が1体、呆然と川面を振って死にかけ歪虚を見つめていた。
「駄目だ、考えるな。町の人達を、子供達を思い出すんだ!」
己と精霊を叱咤する。
グランソードに現れていた動揺が消え、斬艦刀「雲山」の切っ先がぴたりと安定した。
「そこだ!」
南岸に這いだした重戦士の首に刃を振り下ろす。
「急ごう、うん、今っ」
南岸に達した半壊軽戦士を脚で踏みつぶし、川面に向きを変える動作の中で斬艦刀を多重に拡大する。
「横一文字斬りぃ!」
旧式狂気としては最も南に達した歪虚が上下に切り分けられ、内側から崩れながら川の底へ沈んでいった。
「ふはははっ、俺一人に任せるつもりか!?」
橋の北端、ボルディア主従がしっかり作ったはずの塹壕がほとんど消えている。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)が暴れ回って防いではいるがあまり余裕はない。
「すみません、数が」
「黙って体を休ませろ司祭。先程のはただの冗談だ。適材適所というものを見せてやる」
旧型狂気との距離は500メートル強。
レーザーの命中率は、ルベーノの回避抜きで11パーセントという所だ。
「一度に来られては面倒よな」
500メートル先には旧型狂気がずらりと並んで城壁に似た光景に。
100メートル先には、銃という物を理解した全身鎧が盾を並べてゆっくりと接近中だ。
そして、視覚には捉えられないが微かな気配が堀と塹壕を飛び越えた。
「貴様等にはこれをくれてやろう」
ルクシュヴァリエが腰を下げて構えをとる。
淡く光る両の手の平がするすると舞いながら2つの拳に変わる。
「消滅するまで味わっていくがいい!」
大気が揺れ空間が震えた。
拳から放たれた光が着地直後の軽戦士を粉砕して止まらず、走行中の軽戦士数体を巻き込み壊れた手足を宙に舞わせる。
「うまいことやってくれている様だが」
刻騎ゴーレムCrepusculumが特大機関銃を銃座に置く。
Crepusculumは文字通りマリィア・バルデス(ka5848)の手足として動くので、リアルブルーの常識では異様な短時間で設置と調整が完了する。
「歪虚の質も量も事前情報以上だ」
橋と水平に、橋の上1メートルの空間を銃弾でカバーする。
全ての弾にはみっちりとマテリアルを注ぎ込んでいる。
避けるつもりならそこだけは嫌だろう位置で軌道を歪めると、3度のうち1度は何もない場所で火花が散り細身の人型が宙から現れる。光学迷彩が解除されたのだ。
「北部にいたときより動きが良い。注意を」
「原因は分かるがな」
魔導銃で弾幕を張りつつ瀬崎・統夜(ka5046)が吐き捨てるように言う。
負マテリアルがむせ返るほど漂っている。
北では輪郭程度は見えていた軽戦士が、ここでは目を凝らしても異常に気付けないほどだ。
無言で汗を拭っていた司祭が目を逸らす。完全な結界を作れず急所が1箇所出来てしまっていた。
「戦場では援護し合うのが当然だ。気にするな」
彼が使ったのは制圧射撃だ。
状態異常の強度は低く、ハンターとして中堅になる頃にはあまり使用されなくなるスキルでもある。
だが今は効いている。
音と気配を隠して移動中のシェオル型は本来の回避能力を発揮できず、半分は躱せずその半分があらゆる行動を封じられて棒立ちになる。
「後14回か」
統夜は隣のハンターにだけ聞こえる音量で現状を報告する。
敵の数は膨大であり、有効なスキルを大量に用意して来ても十分とはいえなかかった。
前方500メートルで汚い色の閃光が連続する。
橋の左右の川面で水蒸気爆発が発生。
正マテリアルの毒に冒された歪虚が硝子の破砕音に似た悲鳴をあげる。
相変わらず旧型狂気の命中精度は低い。
レーザーの発振頻度も1体が1分につきせいぜい2射。
だが数が多過ぎ当たって欲しくない場所にも当たる。
イコニアを歪虚の視線から隠していた壁が2枚、穴だらけにされ音を立てて崩れ落ちた。
「バリケードはそこから直……」
飛び出したGnomeのーむたんが気付いた違和感が即座にメイム(ka2290)へ伝わる。
「Bind2つに反応っ、左右にいる!」
イコニアの左右それぞれ4メートル先から踏み込みの音が聞こえ。
空気を裂く音を置き去りにしてイコニアへ刃が飛んだ。
「どこにおるのか分からぬのなら」
コンフェッサーがイコニアを跨いで駆け出すと見せて反転。
勢いはそのままで、つまり尻から何かにぶつかる。
鋭すぎて薄い刃では重厚な装甲を貫けず、高度な技を振るった直後の軽戦士本体も超重量の臀部に押し潰された。
カナタ・ハテナ(ka2130)のコンフェッサーは止まらない。
イコニアに向け銃口に似た射出口を向けポポンと射出。
マテリアル製のCAM似バルーンが左右からイコニアを挟んで盾になる。
「むーっ!」
挟まれた本人が騒いでいるが挟んだ価値はあった。
そのままなら細い首を斬り飛ばしていたはずの刃がバルーン破裂で進路を曲げられ無意味に空を切ったのだ。
「少し荒っぽくないですか?」
「イコニアどんほどではないわ。何が辛いことがあったのかの。悩み相談する?」
コンフェッサーの巨体で世話好きおばさんを演じる。
感情豊かな声と緻密な動作が絶妙に笑いを誘う、ここ数年のカナタの修練の結晶だ。
司祭の口元から綺麗な作り笑いが消え、疲労が滲んだ、しかし心からの笑みが浮かぶ。
「ここを乗り切った後でならいくらでも」
「うむっ」
機体を反転させつつ盾を振り下ろし、尻の下から抜け出した歪虚の邪魔をする。
同時にバルーンを2つ追加。結界維持のためその場から下がれないイコニアを援護する。
「盾に隠れろ」
統夜はそれだけ言って全意識を集中。
あり得ない速度と精度で魔導銃を酷使しイコニアの目の前30センチに多数の弾丸を送り込む。
命知らずの司祭が冷や汗を流すほどの近さと頻度の銃撃が、止めを刺そうと近づきすぎたシェオル型の頭部を破壊した。
「イコニアさんポーション飲めそう~?」
メイムが瓶を差し出す。
「もう胃の空き容量がないですよ」
汗は出ているのに口から新たに摂取できる気がしない。
消化吸収する体力も無くなりかけている。
「そう。フルリカバリー効くなら効きそうなんだけどねー」
装備で強化したヒールを使ってみてもほとんど空振りに近い感触だ。
イコニアの体内は、結界のマテリアルと酷使される本人のマテリアルが入り交じりまともな状況ではない。
メイムは無言で高熱量食料「ピッガーズ」3粒取り出し、瓶の蓋を開けたヒーリングポーションを添えて差し出した。
諦めたように肩を落とし、イコニアは3粒を噛み砕いてポーションで胃に流し込む。
「レガシー磨り潰してマテリアル化ってガルドブルムとやってる事同じ♪ 護るけどね」
司祭の足下には貴重だった文化財の残骸が転がりマテリアルの残滓が漂っている。
「生き延びて糾弾されるようなら個人的には大成功ですよ」
やけくそ気味に笑う。
今は人類全体が死ぬか生きるかの非常時だ。
あらゆる手段を使っても、勝ち目があるかどうかも分からなかった。
●結界の限界
川面が激しく揺れる。
正負のマテリアルが蒸気の如く立ち上り、水しぶきの隙間から黒々とした装甲が垣間見えた。
Volcanius七竃が最後の炸裂弾を放つ。
正マテリアルの毒に冒された人型達が、本来の性能を発揮できないまま五体を砕かれ川に飲まれた。
だが全てが消えた訳ではない。
運良く生き残り、さらに運良く南岸に辿り着いた軽戦士が、それまでの混乱が嘘のような素早い動きで遮蔽物の陰に隠れ川から同属を引っ張り上げる。
「七竈、これ以後は通常攻撃に切り替えなさい」
近距離での対部隊攻撃手段であるキャニスター弾はいくつか残っている。
だが大重量装備を軽々扱う重戦士も、高位覚醒者に匹敵する速度の軽戦士も、どちらも接近戦であれば単独でVolcaniusを討ちかねない相手だ。
「初めての、部隊規模での渡河ですか」
軽戦士が光学迷彩を再起動。
体からしたたり落ちる水も十数歩走ればほとんどが飛び散り、エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)の優れた視力でも見つけられなくなる。
「歪虚がここまでの損害を許容するとは予想外でした」
同士討ちで倒れた歪虚の数倍を渡河途中で討ち取った。
最初は川の向こうをみっちりと埋めていた歪虚も、残ったのは上陸した百数十のみ。
その百数十だけでも一地方を滅ぼし尽くすのに十分以上の戦力がある。
エラはわざと追いつける速度で後退する。
魔導バイクを巧みに操りながらデルタレイ系の術を駆使して軽戦士隊を削る。
軽戦士はエラを専業術師と勘違いし、無理して速度を高めて斜め左右から襲い……受け用武器で危なげなく防御された。
「これが敵主力であるなら簡単なのですが」
皮肉では無く本音だ。
北岸から数百メートルには歪虚はいないが数km先にはいくつも歪虚集団が見える。
今南岸にいる集団より気合いは入っていないようだが、あれだけ数がいると上陸を許してしまう可能性がある。
若いワイバーンが静かに無く高度を下げる。
飛行能力という極めて目立つ能力を持っているのに、こっそりひっそりという表現が酷く似合う。
「行きますよフローさん」
エステル・ソル(ka3983)が優しく撫でた。
ワイバーンは覚悟を決め、対空能力を持たないシェオル型の攻撃圏に踏み込んだ。
まず反応したのは重戦士だ。
合流と再編途中の同属を守るために盾を連ねてワイバーンの進路を制限する。
次にエラを狙っていた軽戦士達が、エラと比べれば遙かに脆そうなフロー目がけて跳躍。異様な速度と精度で刺突を繰り出した。
「っ」
慣性がエステルを引っ張り回す。
ワイバーンは軽戦士を上回る速度で切っ先をぎりぎりで避けあるいはハンターのそれと比べれば薄い盾で受け流し、主の体を主の望む位置まで連れて行く。
「ここで食い止め見せるのです!」
サークレットの宝玉が蒼い光を放つ。
聖杖がエステルの魔力に耐えきれずにか細い悲鳴をあげる。
「この手に届く全ての護りとなれるように、全力で!」
最早詠唱など不要だ。
危険で不安定な状況でも魔力は暴走するどころか研ぎ澄まされた集中力で完璧な形に整えられ、白龍のドラゴンブレスに酷似した形で実体を与えられる。
「たぁ!」
可愛らしい声と虹色の優しい光とは逆に効果は凶悪だ。
シェオル型軽戦士の唯一の弱点である低抵抗力を完全に貫き、優れた剣技を至近の同族へと振るわせる。
もともと高火力低防御であり一呼吸ごとに半減を繰り返し最後に残ったのは10分の1以下。
その10部の1は盾の列を作る重戦士に襲いかかり、シェオル型全てを呪いの川へと追いやる。
「今なのです!」
エラと七竈が全力で攻めて混乱を拡大させるる。
エステルは大急ぎで魔力を編んで術として完成させ、切ないほど澄み切った蒼を3つ宙へ放つ。
「蒼穹の祈り、光を灯し、天を駆ける」
重なりあう3つの輝きが、密集したシェオル型の群を吹き飛ばした。
「今のは」
地平線の向こうで、多くの男女が戦闘の決着を感じ取る。
覚醒者もいないし戦闘訓練を受けてすらいないが、あれだけ鮮やかに勝負が決まると少しは感じ取れる。
「足を止めるな!」
武装した兵が叱咤する。
疲れ果てた避難民に対する態度は褒められたものではない。
だが、重い武装を装備したまま圧倒的な強さの歪虚を警戒する彼等は最も疲れ果ててる。
「応っ」
逞しい男達が担架の高さを調節する。
負傷者も、老人も、病人も、全員最後まで連れて行く覚悟があった。
「あ」
「来やがった」
「急げ、準備しろっ、早くっ」
特徴的な魔導トラックが西から近づいて来る。
圧倒的な力を感じさせるルクシュヴァリエやCAMとは違い、爽やかで穏やかな色合いの塗装がされた移動式東方茶屋風だ。
ただし動きの切れは異様なほどで、乗り手がただ者ではないのがこの距離からでも分かる。
「お待たせしましたぁ、荷物は手荷物1つまでぇ、老人子供優先で南の安全地帯までぶっ飛ばしますよぅ」
運転席の窓から顔を出したのは妙齢の美女だった。
とても愛想が良く、若い男が多い兵士は嬉嬉として絡んでいきそうなのに直立不動だ。最初に怪我人を運ぶ際に色々あったのだ。
「了解です姐さん!」
「……今何か言いましたぁ?」
笑顔が髪の毛一本分すら崩れないのが、気絶して意識を飛ばしたくなるほど怖かった。
「ちょーっとだけ我慢して下さいねぇ。10分もかからず、甘いお菓子と暖かぁい毛布がある場所に着きますから」
バックミラー越しに母親達に目配せしながら、赤子や子供に優しい声をかける。
町とはいえ僻地に長年住んでいる老人達は覚悟が出来ているらしく、荷台の左右や後ろの端に固まりいざというときは肉壁になる覚悟だ。
荷台を揺らさぬ急加速。
「んー」
この調子でいけば受け入れ作業の短縮と精霊の準備完了前だし可能かと考えたタイミングで、星野 ハナ(ka5852)の五感が微かな違和感に気付く。
「参りますねぇ」
派手な煙がトラックを隠す。
不意打ちの刃は装甲部分を掠めて浅い傷跡だけを残す。
そして、見た目からは想像し辛い速度でシェオル型を置き去りにして安全地帯へ向かった。
「そちらを注意して下さい。北の川での防衛は完全ではありません」
おっとりとした儚げなエルフに言われても説得力を感じない。
だがそれは外から来た聖堂戦士だけで、この地への駐留期間が長い戦士や傭兵は顔を青くしてソナ(ka1352)の警告に従った。
「次はバリケードの補強に取りかかってください。イコニアさんの結界と同じで術者である貴方達に危険があるんです。最低でも4時間は結界時間を安全に確保できるようにならないと貴方達も私達も避難民の皆さんも全滅ですよ」
ソナやディーナがこの土地で何をやったのか疑問に思いながら、穂積 智里(ka6819)は従順に動くようになった男共を指揮して陣地を作る。
出来れば人手や機材を借りたい所だが南隣は南隣で忙しいらしい。
なにしろ数千人を歪虚から守る結界を作ろうとしているのだ。
イコニアによる数時間しか持たない結界とは違い、邪神との戦いが終わるまで何日でも何週間でも継続させる桁外れのものだ。
きっと無茶をしている。
だが無茶をしなければ精霊も人間も何もかも死ぬ。
「ソナさん助かりました」
負傷者の受け渡しを終えたルカが安堵の表情で言う。
ルカが傷病者をトラックで運んできたとき、ソナが来る前は不服従に近いレベルで邪険にされていた。
緊急時だからある程度は仕方が無いのかもしれないが、実際にやられるとかなり心にダメージがある。
「いえ、こちらこそご迷惑を」
南隣の土地に顔が利くソナはトラブル防止や解決のため顔を出さざるを得なくなり、ルカと頭を下げ合う事態になっていた。
「あの」
話題を変えようとしてルカの表情が固まる。
伝える必要があると同時に、深刻かつ繊細な問題であるのでつい内向的な面が表に出てしまった。
「イコニアさんですか」
ソナが気付いてくれた。
お互い聖導士なので情報を伝える手間が少ない。
「キュアが?」
「はい。発動はしたのに効果が……」
覚醒者は頑丈だが限界はある。
持久力に欠けるイコニアが消耗の大きい法術を使い続ければ、心身のダメージは致命的な水準になる。
現時点でも即座に長期療養が必要で、長期の療養を行っても減現状維持にしかならないかもしれない。
「一度、直接話して」
不穏な着信音が響く。
ルカは運転席に、ソナはペガサスの鞍に乗り通信機を手に取り、ハナからシェオル型の侵入の報を聞くことになる。
「私が護衛します」
「ありがとうございます!」
エンジンを全開にするとまさに暴れ馬だ。
戦闘同然に集中しているためルカの手足による操作に遅滞はなく、砂利を敷いている程度の田舎道をトラックの限界近い速度で東へと向かう。
南東方向に違和感が。
魔導エンジンの出力を絞りだし速度を一段階上げるが違和感は消えず殺気が生じる。
「草むら」
通信機から聞こえたソナの声に従いハンドルを切り、戻す。
稲妻じみた速度で飛び出した軽戦士が、切っ先をトラックに届かすこともできずにつんのめった。
ペガサスが吼え光の雨が降る。
威力は決して強くはなく、しかし広範囲で避けづらい攻撃は飛び出した軽戦士だけで無く潜んだ重戦士を傷つけその位置を暴く。
「これが、指揮官でもないのですか」
鞘から剣を抜く。
もとよりマテリアル光で包まれた刃が午前の陽光を強烈に反射、シェオル型の黒い装甲を照らし出す。
ソナは唇をきつく結んだまま神聖剣に力を注ぎ、強大な力を持って地上の敵を焼き払った。
ルカは止まらず道を行く。
黙々と歩く避難民が見えてくる。
誰もが疲れ、そして必死だ。
「大丈夫です」
ルカは顔の筋を意識して動かし表情を作る。
避難民だけでなく護衛達も、ルカと比べればあまりにも弱くルカだけが頼りだ。
ルカが落ち込むだけで恐慌に陥りかねず、頼りになるハンターを演じないだけで足が止まりかねない。
「順番に、連れて行きますからっ」
ハンドルを握り呼びかける彼女は、立派な大人の顔をしていた。
●第一の撤退
負マテリアルで構成されたレーザーは極めて強力だ。
壮絶に強化された装備を使いこなすハンターは別だが、非覚醒者なら武装した軍人でも1射で死ぬ。
もっとも、死にはしても消し飛びはしない。
負マテリアルの影響で僅かに消えはするが、致命傷の原因は発熱による焦げである。
「3番地の消滅を確認しました」
外見上は無改造に近いコンフェッサーが、2本の爪でレーザーを弾いている。
光速には程遠くても音速は超えているのに、全て完全に防御している。
「イコニア様、後5分で6時間が経過します。出来れば決断はお早めに」
徹底して腰が低く、けれど卑屈さの存在しない態度でフィロ(ka6966)がお世話を続けていた。
「少し、待って下さい」
Gnomeがスキルを使わず作った盛り土に背中を預け、イコニアは力を込めてようやく息をする。
「川沿いの状況は分かりますか」
「残念ながら」
なんとなく殺気を感じた気がするので脚を滑らせるように動かしイコニアの真横で停止する。
機体の肩に斜め上から短刀が突き刺さり、続いてぶつかってきた軽戦士が全身を強打し弾き飛ばされる。
フィロはエバーグリーン時代のオートマトン行動基準に従い、誠実かつ有能な従者として仮の主を守っていた。
「それ以上は無理。代わって」
イコニアとは長い付き合いのフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)が単刀直入に要求を突きつける。
「使い潰すなら使える体より使えぬ体の方が良いでしょう」
司祭は静かに目を細め、フィーナの瞳を覗き込む。
息を吐くのも重労働だ。
汗で化粧が流れた顔に苦笑を浮かべ、最早持ち上げることもできない盾を押しフィーナを庇う。
「申し訳ありません」
咳き込み、止まらず、脂汗を流す。
「フィーナさんでも時間がかかります。司教様方がいないので教えることは可能ですが、明日の晩使える様になっても意味がないでしょう」
「そう」
小柄なエルフはわずかに肩を落とし、相棒であるワイバーンを呼んでから川を見る。
レーザーの流れ弾で橋は橋脚しか残っていない。
残弾豊富なマリィア達銃使いの活躍で旧型狂気は近づいて来ないが、銃や魔術の射程害から膨大なレーザーが相変わらず降り注ぐ。
無論、最大の脅威は人型の歪虚だ。
「イコニアさんから離れろ……さもないと……殺す!」
カイン・A・A・マッコール(ka5336)が大重量の鎧で等速で駆け寄り体ごとぶつかる。
構えた斬魔刀の向きはぴくりとも動かず、女性的な形の軽戦士がカインと触れ合う距離で痙攣した。
上空でワイバーンが身をよじる。
レーザーに当たらぬ高度と位置を維持しながら身振りで情報を送っているようにも見えた。
「そこ、あそこには2体」
フィーナが無造作に指差したのは何もない地面だ。
微かに濡れている様にも見えるが、川で大量の歪虚が狂って暴れているので特に変わった要素はない。
だが空から見ると違う。
観察に集中できればはっきりと分かる。
銃弾を躱す際に出来た微かな足跡とシェオル型から落ちた水滴が、はっきりとワイバーンSchwarzeの目に見えている。
「わふーん!」
楽しげに振られる尻尾が幻視できた。
アルマ・A・エインズワース(ka4901)は数十分ぶりに大型機関銃から片手を離し、小さな錬金杖を振るって強力無比の3連撃を解き放つ。
薄い鋼板を貫くのに似た音が響き、遙かな過去に生きた異界の戦士の成れの果てが崩れ落ちた。
「イコニアさん、乗ってくださいです!」
結界発動からぴったり6時間。
「この子なら大丈夫です!」
これ以上は結界の維持にイコニアの命と魂が使われる。
友人であるカインをあらゆる面で応援するアルマは、リーリーの鞍にイコニアを括り付けてでも後送するつもりだった。
「っ」
「イコニア様、敵です」
フィロが冷静にイコニアを庇う。
彼女を狙うのは旧型狂気も同じで、結界維持の要である肉の体を焼き尽くそうと呆れるしかない数のレーザーを集中する。
フィロは絶対に避けようとせず、受ける。
堅牢な造りではあるが性能は常識的な範囲でしかない。
フィロの操縦技術がどれだけ見事でも装甲に傷はつき関節もダメージが蓄積される。
レーザーで焼け焦げた橋の上でカインが分厚い装甲を切り倒す。
転落して重戦士が水面下の軽戦士とぶつかりどちらも歪む。
「街の人を護ってくれて有難う、よく頑張った、後は任せろ」
疲れ果てた呼吸器を酷使し、北の敵勢を睨みながらカインが言う。
「返事は聞かないふん縛ってでも連れて行く、俺は何が何でも貴女と一緒に生きたい。」
負マテリアルレーザーを斬りつけ少しでもイコニアに向かう攻撃を減らしながら、胸を張って堂々と宣言した。
イコニアは、結界の維持に集中している。
「何をぐずぐずしているのです!」
王国出身者とは雰囲気の異なる女性が聖堂教会司祭を叱咤する。
「今にも命を捨てるであろう、深い縁を紡いだ方を一喝したイコニア殿が、命を捨ててでも事を為すとは何事ですか」
冷静なままなまま怒りを露わにするツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)を一瞥して、司祭の瞳に迷いが浮かんだ。
フィロはカインの真横まで機体を前進させた上で上陸する歪虚を防ぎつつじりじり後退する。
カインも連携して行動せざるを得なくなる、縁の下の力持ちなメイドサポートである。
「助けるべき民の中に、自分自身が含まれて居ないなら、こうもなりましょうに!」
自らの安全や栄達のみを考えるならしなくてもよい危険を冒すカインを示し、カインに協力するアルマも示す。
イコニアは疲労ではない理由で俯きかけ、矜恃だけを頼りに無理矢理姿勢を正す。
「少しは気合いが戻ったようですね」
ツィスカは表情を柔らかくして呪文を詠唱。
アンチボディによる結界をイコニアに纏わせ、乗馬の心得のない子供に対する様にリーリーを鞍に寄せる。
ホー! と切羽詰まった声が斜め後ろから届く。
器用に寝転がりレーザーに狙われない様にしたポロウが、フィーナとワイバーンの連携を上回る精度で軽戦士の位置を示す。それはもう全身で。
「わっふー!」
アルマは強いだけでなく強さを振るうタイミングを間違えない。
盾も使えず完全な無防備な司祭を狙う不届き者を、地面ごと消滅させる威力の破壊エネルギーで消滅させる。
それを見ているはずのイコニアは何も反応しないし出来ない。
目は何も映さず、消えかけの意識でようよう結界を維持しているだけだ。
「ったく、命を賭けても盾にすら成れてねぇ」
ぼやきと言うにはあまりに深刻な感情が込もった言葉がカインの口から零れる。
「ここで負けたら、町の子供達は夢見た未来に辿りつけず死んでいく、親はそれを見て涙を流し死んでいく。そんなの認められるわけねえだろうが、だから生き恥晒しながら足掻いてんだよ!」
怒りを力に変えても彼が望む戦果は得られない。
敵の数と力は巨大過ぎる。
「わぅっ、カインさん! それ生き恥って言わないです! 貴方はかっこいいです! きっと、誰より知ってる人がいるです! だから、そんな事言ったらだめですー!」
イコニアの意識が戻ってカインが慌てるならそれでも構わない。
カイン自身は気づけないのかもしれないが、少々の恥を甘受して距離を詰めるのは人間関係の王道の1つだ。
「戦後の未来をも考えておられるのであれば、同志の為にもここで貴女に果てて貰っては困ります」
ツィスカも援護する。
邪神を打倒出来たら出来たで各世界は混乱する。混乱を乗り切るのはいくら人材がいても足りない。
「帝国の方は、簡単に言いますね」
意識が回復する。
「理屈は簡単でしょう。問題は貫く意思と能力があるかどうかです」
結界が歪む。
川面から川底までを覆っていた呪いに濃淡が生まれ、狂わず川を渡るシェオル型が出現する。
ツィスカは会話する間も盾と銃を巧みに扱いシェオル型を寄せ付けず、早く逃げようと靴を突っつくポロウを宥めながら平然としていた。
「降参です。あと、は」
意識が落ちた。
緑の目はうつろに開いたままで、喉からか細い息が不規則に聞こえ。
川を中心に1つの地域に展開していた結界が要を失い瞬く間に崩れて蒸発した。
●一撃
水は毒だ。
北からやって来た大型歪虚が川に触れると、本体下部の触手に少し触れただけで辺り構わず攻撃を始める。
大重量の鉄触手が同属の目を砕き、至近距離であれば命中率9割声のレーザーが後続の歪虚を焼く。
地獄という表現が相応しい状況だった。
同士討ちで数が減った分は北からの増援で埋められ地獄が継続する。
希に混乱したまま川を渡りきるものもいたが、【天蓋花】達遊撃担当のハンターの手でほぼ確実に討たれていた。
それもイコニアが力尽きるまでのこと。
無理に無理に重ねて維持されてきた結界が消え、寸前まで相争っていた巨体が一瞬静止し傷ついた体を南へ向け直す。
だが南進を始めるよりも早く北からの侵入者が川を埋め尽くし、中破以上の旧型狂気を踏みつぶして南岸に到達した。
「貴方達は橋の部隊に合流しなさい。……なんという数」
エステル(ka5826)はVolcanius複数を南に送り出す。
大火力広範囲砲撃が可能な機体であるが、エステルのような圧倒的防御力はないし回避能力も皆無だ。
川全てを覆い尽くす狂気の群と砲火を交わせば1分も持たずに潰される。
「皆さん準備は」
「問題ない」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は生身のまま軽く飛び跳ねる。
超覚醒の効果を抜きにしても速度は凄まじく、エステルが馬に無理を強いてもおそらく追いつけない。
「いつでも行けます」
緊張した様子のイツキ・ウィオラス(ka6512)が槍を構え直し、彼女を乗せたイェジドが目で頷く。
実際に緊張してはいるが体調も装備も万全で、元は由来があっても常識的な性能だった蒼い槍が神器を思わせる気配を放っている。
「終わらない夜と絶望は、ない。それを示すわ」
アリア・セリウス(ka6424)は黒い洪水と激しい攻防を演じている。
スキルを一切使わずイェジドと呼吸を合わせて鉄触手を躱し、至近距離なら当たって当然のはずのレーザーの隙間をすり抜けては一太刀で重装甲の巨体を奥まで切り裂いている。
「始めましょう。切り裂き、踏み込み、引きつける」
魔導剣に光が灯る。
鋭く振り下ろされた刃から光が伸び、3体まとめて両断して消滅させる。
「存分にかき回して見せましょう」
4人と3頭が、3体がいた空間を駆け堤防の上へ登る。
空は青く、川は黒で埋め尽くされ、飛び散った水で湿っているはずの土地は全て旧型狂気で覆われている。
100メートル北でようやく地面が少し見えた。
「囲まれたらなぶり殺しか」
アルトの口元に笑みが浮かび。
「いいだろう。この程度やって見せねばな」
たった一本の騎士剣を手に、常に最前線を走り続けてきた疾影士が古く歪虚に対する反攻を開始した。
触手も、レーザーも、旧型狂気の間に潜むシェオル型ですら紅の風に足に追いつけない。
地盤を砕く触手もアルトにとっては安定した足場に等しく、本体である旧型狂気を切り捨てから次の相手に向かう足場にする。
敵陣を大きく切り裂いても前も左右も敵ばかりだ。
以前のグラウンド・ゼロを思わせる密度と敵とそれ以上の頻度の敵増援がいる。
だからアルトは無理に攻めずに十数メートル下がる。
止まったアルトを左右から討つつもりの軽戦士が、ナイフを打ち付けあって刃を欠けさせる。
念のため退路を断つはずだった重戦士が盾を構えて無防備な背後をアルトに晒す。
「まずは、北です」
軽戦士と比べても小さなエルフがアルトに代わって敵陣の飛び込む。
装甲の温度が分かる距離からのレーザーは酷く躱しにくく、しかし守護者にまで至ったイツキは全て認識した上で相棒に任す。
エイルは刺突槍を盾として扱い最高速を保ったまま僅かな隙間を駆け抜ける。
歪虚はアルトの切り開いた道を埋めたつもりのようだが、エイルとイツキにとっては贅沢に舗装された道が広がっているようなものだ。
「やぁっ!」
星神器ではない。
守護者の技もでない。
イツキという少女が積み重ねた業が、蒼き光となり紅世界を引きずり落とそうとする過去を討つ。
さらに切り開かれた道を4人と3頭が行く。
その眩い輝きに旧型狂気が引きつけられ、【天蓋花】に勝てぬと悟り南に向かおうとしたシェオル型まで巻き込み北へとついて行く。
「進路はどうする」
アルトの移動攻撃が20メートルの安全地帯をつくる。
歪虚がいないのは当然で、その20メートルに巻き込まれた歪虚全てがこの世から放逐され20メートル以上の空間が開いている。
「可能な限りの歪虚を引きつけます。そうしないと、後1時間稼げません」
エステルはよりにもよってこの状況で己のマテリアルを目立たせる。
これまでも1km圏の旧型狂気が引きつけられていたのに、直径が倍に増えて敵の数が4倍に増える。
旧型狂気の群は2つ以上の層を作って【天蓋花】を飲み込もうとしていた。
芸術的な盾使いでレーザーも刃も受け流す。
唯一空間を埋め尽くされるのは怖いが、アルトか確実に空間を切り開いてくれているので今の所問題は無い。
馬の蹄が乾いた地面に触れる。
相変わらず北の地平線から歪虚が現れ続けているが、川周辺ほどの密度ではなくなる。
月を思わせる冴え冴えとした光が人型の歪虚を貫く。
獰猛であると同時に音楽的でもある唸りをあげるイェジドの上で、アリアが微かに頷き東を指し示す。
「救援に向かいましょう。おそらく……」
このままでは、南隣領単独では抑えきれない規模の歪虚が南へ侵入する。
そんな事態の発生を少しでも遅らせ可能なら阻止するため、【天蓋花】は狂気の海を引きつける囮として東へ向かうのだった。
重戦士隊の重量に耐えられず橋脚が崩壊した。
川より北など既に存在せず、南側の建物も辛うじて形が残っているだけだ。
「ハッ、どこの汚染地帯だ」
白銀の騎士として開発された刻騎ゴーレムが荒荒しく超々重斧を振るう。
組み込まれたパーツがマテリアル運用効率を異様な水準まで引き上げ、本体と装備の開発のお題目の通りに人類の剣として機能している。
「そのまま押し上げろ。放置すれば第2の結界を張る前に精霊の元まで突破される」
アウレール・V・ブラオラント(ka2531)もイコニアが去った場所に居残っている。
戦場に持ち込んだVolcaniusは鈍足でも退却可能な場所の防衛にまわし、アウレールは1人で敵の海と斬り合い平然としている。
「無茶を言いやがる」
トリプルJ(ka6653)は楽しげだ。
完全に囲まれたら死ぬのを承知の上で、シェオル型重戦士も旧型狂気も一太刀で切り捨てて橋の残骸を通って北岸に渡る。
「いいぜ付き合ってやる。下がるときの合図は頼むぜ指揮官さんよ!」
操作をしていないのにルクシュヴァリエの出力が上がる。
打倒歪虚に燃える中小精霊が勝手に盛り上がっているらしい。
トリプルJな斜め前方へ歩いて北岸堤防の残骸まで移動。
アウレールを包囲し、ただただ圧倒的な数で押し潰そうとする歪虚群に狙いをつける。
「攻めが温くて楽をさせてもらってるぜ」
外は歪虚汚染が始まっているが機体もトリプルJ本人も影響がない。
傲慢対策の抗呪精神防壁は今でも有効だ。
「そらよッ!」
王国の執念と中小精霊の気合いに、トリプルJの鍛え抜いた攻撃力を重ね合わせる。
カトゥーンに登場しそうな光が溢れて歪虚を捉え、そのまま焼き潰しながらアウレールの至近を通過した。
「眉も動かねぇのかよ色男。次も囮を頼むぜ」
「囮の役程度は果たせているか」
危険度はトリプルJもアウレールと同じだ。
地獄に付き合ってくる男の信用を得られたことに手応えを感じる。
「他の世界まで救ってみせると言いはしたが」
恐れず前に踏み出す。
一太刀で一殺は当たり前。
圧倒的多数の歪虚に正面から向き合い己の命を囮に動きを誘導する。
「殺しに来る連中まで救ってやる義理はないんだ」
刃を後ろに旋回。
慌てて飛び退いた軽戦士多数をトリプルJの広範囲光攻撃が飲み込んだ。
「ハハッ」
「ふん」
巨大な騎士と帝国貴族の連携は完璧ではあるが2人は2人でしかない。
結界消滅と同時に受けた奇襲から徐々に立ち直り、精鋭軍じみた練度を持つシェオル型数十が1機と2人の退路を断つため大きく回り込む。
そこに翼を蛇の精霊が飛び込み蹂躙する。
元は特別強くないはずなのに、紅焔の幻影を纏い恐るべき鋭さの牙で装甲を引き千切り滅びを与えている。
「これでこっちは弾切れか。風月!」
グリフォンが急降下しソフィア =リリィホルム(ka2383)を回収する。
ソフィアは星神器でもある銃を巧みに扱い、2人の男の退路をなんとか確保する。
「足元が覚束無いで邪神をどうこうできるかよ。アウレールさん、それとそこのでっかいの。後5時間以上あるんだからペース配分間違えるんじゃないよ!」
キッチリ片付けてサクっと世界救うのだ。
こんなところで躓く暇など存在しない。
「無茶言ってくれるぜ。……東はこのままでいいのか?」
「南東の備えが薄いか。なら少し粘りたいが」
敵の密度が増す。
前にも左右にも動けぬ旧型狂気が青黒い目を見開きレーザーを全開に。
その支援のもと熟練の戦士らしい走りで重戦士と軽戦士がハンター達に迫る。
「ぎりぎりまで引きつける」
アウレールが初めて構えをとり、ルクシュヴァリエが力をためる。
シェオル型の走りはアウレールから見ても見事であり、しかし生者の足を引っ張る糸しか感じられない。
「もう一度ブチ殺してやるから」
左頬に赤い幾何学模様が浮かび、アウレールのマテリアルの密度が限界を超え蒼炎として顕現する。
「地獄で粘ってる連中見習って出直せ」
声は冷たく魂は熱く、聖祈剣の剣閃がシェオル型の精鋭複数隊を切り裂いた。
「行け」
「応ッ」
膨大なレーザーにによる必然的な被弾を繰り返してもびくともしないルクシュヴァリエが、左を向いて光を放つ。
全力移動で足跡を消せなかった軽戦士達が為す術なく焼かれて再度の死に送り込まれた。
「チッ、右からも来やがったぞ」
西では【天蓋花】が頑張っているが東にハンターはほとんどいない。
土地が広すぎるため仕方ない面もあるが慰めにもならない。
「この後邪神と戦うのにてめぇ等程度に邪魔させるかよ」
ソフィアからマテリアルが噴き上がり風月が一瞬姿勢を崩す。
膨大なマテリアルはソフィアの指示に従い星神器へ雪崩れ込み、大精霊からの力を塗りつぶす勢いでソフィアの力を増幅させる。
「消えろ」
重戦士が構成する3重の盾の壁が、幅6メートルに渡って無音の爆発で消滅した。
「南東へ向かう」
「人使いが荒いな」
魔導ママチャリが壮絶な速度を出して穴が塞がれる前に突破。
装甲が健在なルクシュヴァリエが通り過ぎた直後に穴が塞がる。
トリプルJも懸念していた通りに、戦場南東部は危機的な状況に陥りつつあった。
●守護
マスティマに気付いた瞬間、シェオル型が素晴らしい速度で防御陣形になった。
重戦士が盾で守り軽戦士が必殺技を繰り出す好きを伺う、かつての冒険者達の必勝形だ。
「ここは間に合ったか」
キヅカ・リク(ka0038)が慣れた操作を行う。
エストレリア・フーガの背面にパーツが展開され放熱機構の役割を果たし、ハンターのそれとは性質の異なるマテリアルが機体前面に集束する。
それは星の力だ。
大精霊単体では不可能なほど複雑で実戦的なのはキヅカの影響だ。
次元の異なる存在を目にしてしまったシェオル型が目に見えて動揺して縋る様に盾に隠れる。
「手加減はしない」
戦士に対する敬意も、かつての知性生物に対する配慮もする余裕はない。
光弾状に加工した力を敵の隊列へ撃ち込み破裂させる。
速い。
音速は確実に超え、Volcaniusの炸裂弾よりも広く散らばりこの場のシェオル型全てを傷つける。
特に頑丈な重戦士数体だけが生き残り、装甲の薄い軽戦士は1体も生き残れなかった。
「後は俺に任せて先に行け!」
ルベーノの機体が全力疾走で向かって来る。
酷使で全身が熱を持ち歪んだパーツすらある。
だが機体を知り抜いた者の知識と技術で戦闘力は元のままだ。
格闘武器から衝撃波を放ち、機体を進路妨害用の壁として扱い生き残り重戦士を南へ行かせない。
「任せた」
断腸の思いで後を任せてキヅカが東へ向かう。
ルベーノは不敵に笑い、シェオル型4機と相打ちになった相棒から地面に降りた。
「危地では誰もが同じような言葉を口にするのかもしれんな。ハハッ、お前達の相手は俺だ!」
川の水が装甲に残ったままの軽戦士が北から来る。
ルベーノなら数体相手にしても倒せる相手だが、一般的な兵を百人でかかっても勝てない強敵だ。
「貴様等だけは行かせぬ!」
不敵に笑い、拳だけを武器に襲いかかった。
「最悪だ」
シェオル型の頭上から一方的に銃弾を降らせながらソフィアが舌打ちする。
重戦士なら盾ごと装甲を食い破り1分で2体は倒すことが出来る。
だが軽戦士は非常に身が軽い。
時間をかければ倒せはするが、眼下にいる数体のうち1~2体は南の川を越えかねないほど時間がかかる。
「何体まで耐えられる?」
南で準備を進めているはずの精霊を思い、奥歯を噛みしめ目の前の戦いに集中した。
そんな破綻寸前の戦場に、本体の速度を出して旧型狂気の群れを置き去りにした【天蓋花】が突入する。
「個々で当たる」
「それしかないわね」
アルトのアリアの会話だけで方針が決まった。
個々が一騎当千以上でも敵の数は万を超える。
極めて危険な行動だと4人とも承知の上で、精霊を、ひいては数千の避難民の命を救うため単機で軽戦士を追う。
最も少ない集団でも、8体は越えていた。
「残り少ない光、温存すべきなのだろうけど」
生き残るためにはスキルの温存が重要なのだ。
「とても大きな光を消すわけにも、ね」
南を走っていた軽戦士隊が反転する。
【天蓋花】を追って来たシェオル型と連携してアリアを圧殺するつもりだ。
「ありがとうコーディ。また無理をさせるわ」
返事は気合いの入った咆哮だ。
軽戦士が威圧されて動きが鈍り、ただの的と化した元冒険者を銀剣と銀刀が切り裂き残ったものを見えない斬撃が切り裂く。
「皆、無事で」
この状況ではローテーションしての誘引は不可能だ。
アリアは途中で覚醒状態が途切れることを覚悟の上で、南へ進入する人型を減らすためぎりぎりの努力を継続する。
「囲まれましたか」
ポーションは既に空。
エイルもイツキ自身も複数の傷を負った。
その状況で南北から軽戦士と重戦士に包囲されている。
負マテリアル製の眼球が嘲弄と殺意に染まる。
歪虚の体に染みついた技は一切の隙無しにイツキ達を追いつめ刃と盾の間合いにまで迫る。
「エイル」
イツキが降りた。
白い腕と槍の柄を鮮血が伝い、乾いた土に落ち奇妙な匂いを発生させる。
「いつも通りに」
蒼い光が爆発した。
太陽の強い光よりもなお強く、時間当たりであれば超覚醒を上回る力がイツキの五体に満ち完調に引き戻す。
それだけでは終わらない。
嘲弄ではなく恐怖に駆られたイツキに向か急所を狙う。
喉を裂くはずのナイフも延髄を破壊するはずの細身の刃も薄青い光に阻まれ跳ね返された。
「死に急ぐ、とまでは言いませんが」
イコニア司祭も、南の精霊も、生き急ぐ生き方しかする気はないようだ。
「――けれど、生有るものの在り方でも、あるのでしょう。無茶であろうとも、生きる為に抗っているのだから」
盾の壁。
命を狙う薄い刃の群れ。
それら全てをするりと躱し、1つ紛れていた必殺の刃をマテリアルと拳で受け跳ね返す。
「なればこそ、私も全身全霊を賭して」
倒れた軽戦士にエイルが止めを刺す。
「この悪夢への道筋に、幕を下ろすまでの事」
槍が大気を裂き音を通り越す。
かつてイツキが見た戦乙女の軌跡ではなく、今もイツキが抱く理想の軌跡をなぞり、生前の技を負にしか使えぬ戦士達に引導を渡した。
「跳ぶぞ!」
返事を待たずにキヅカがマテリアルを叩き込む。
マスティマでも困難な機能が守護者であるキヅカの導きで発動、エステルを巻き込んで流れの速い川の中程へ転移した。
「止まりなさい!」
血の臭いが南から漂う。
元王国騎士であり、現農業法人社長であり、エステル達が不在時の精霊お世話係である男が心臓を破壊され末期の息を吐いた。
軽戦士が得意げに胸を張り、突然巻き付いてきた太い腕に拘束される。
「っ」
怒る時間があるなら現状の把握を。
言葉を口に出す余裕があるなら法術の詠唱を。
エクウス種の馬が危険なほど速い川をなんとか渡り終え、エステルにる光の波動が腕の中の歪虚を焼き尽くした。
「意識を強く持って!」
エステルの法術が社長の心臓再生させる。
「は、は、子供の顔を見ずに、死ぬかと」
体格だけならキヅカより立派な男が震えている。
現役を離れて長く体も衰えている。妻子と精霊のために命を張った。だが死を間近に感じて命を惜しんでしまった。もう、戦えない。
「ありがとうございます。後は我々に」
エステルが宥めるが最低限回復するまで時間がかかりそうだ。
「出来る限り食い止める」
大精霊という最上級の神秘に触れたキヅカには分かる。
惑星級の視点から見ると極小の土地が、力を振り絞ってイコニアの法術を真似しようとしている。
大精霊と比べれば無に等しいほど弱い精霊にとってっは一世一代の大事業だ。
「人間に好意的なのは有り難いが」
精霊の動揺を感じる。
この男が死ななくても精霊の直接の知り合いが死ぬだけで結界が起動しないかもしれない。
マスティマは、南の土手を使って高速移動からの長距離射撃を開始した。
軽戦士も重戦士も次々撃破は出来るが全てではなく、遠く北には低速で近づいて来る旧型狂気の姿まで見える。
「ままならないな」
このままでは後30分ももたず限界が来る。
今最も活躍するキヅカが、最も強く滅びの接近を感じていた。
●終わりなき持久戦
町を南北に貫いて橋と比べると、貧相とすらいえる石橋だった。
頑丈さ以外の全てを切り捨てたその橋の上に、北谷王子 朝騎(ka5818)がたった1人で立っている。
「また来たでちゅか」
一度後退していた旧型狂気が600メートルの距離で静止。
じっくり狙いを定めてレーザーを照射するタイミングで姿無き歪虚が橋へと殺到する。
朝騎は無言で符を構え、鋭い気合いの声と共に投げ放つ。
符に描かれた花が雷に変じて光の花弁を広げる。
狭い空間に詰まった軽戦士が根こそぎ焼かれ、しかし範囲外の個体が同属の残骸を押し退け朝騎へ迫る。
構えた刃は小さいが速度も鋭さも最上のハンター前衛に近い。
防御を盾に頼る朝騎にとって、最悪と言って良い相手であった。
だから刃は躱さない。
符を放ったタイミングで三輪魔導オートバイを逆走させ、橋を渡りきった地点で停止させる。
肩透かしを食わされた軽戦士を、憂いを帯びた旋律が出迎える。演奏者は魔導オートバイの籠に入ったまま演奏中のユグディラである。
軽戦士がびくりと体を震わせ怯えたように左右を見る。
朝騎を追い詰める寸前だった個体とは思えぬ動揺ぶりだが、ユグディラの術で攻撃手段を全て封じられればこうなるもの当然だ。
「ここは絶対に通しまちぇん!」
新しい結界の準備には後30分は必要だ。
ここを突破されたら精霊の本拠まで防衛拠点は存在しない。
後ろにいる避難民数千人も学校関係者数百人も確実に死ぬ。
「絶対に……絶対に……護りまちゅ」
橋を通らず渡河した重戦士に真横から雷を浴びせる。
威力は最上級であり当たれば殺せる。
だが術の数よりこの場の歪虚の方が10倍以上多い。
「朝騎……」
抵抗力の高い重戦士隊が朝騎達を半円状に包囲する。
非常に重く分厚い盾が見事な連携で以て朝騎に振るわれ、しかしそれ以上に巧みな防御の技と盾に阻まれる。
「ルルしゃんのいない世界なんて耐えられまちぇん……」
気弱な声とは正反対の、歪虚にとっての死神が橋を守っていた。
砲声が連続し朝騎の背後を絶とうとした重戦士が破壊される。
Volcanius崩天丸の装甲には修理しても消えぬ傷がいくつも刻まれていて、主と共に無数の戦場を生き抜いてきた迫力がある。
だが今の攻撃力は最大値の数分の1だ。
敵があまりに多すぎ炸裂弾はとっくに空だ。
ニャロが気を利かせて治癒の曲による支援をしていなければ、10分前には不可逆に撃破されていただろう。
「間に合ったか」
重装備かつ徒歩で10km全力疾走しても息すら乱さず、鳳城 錬介(ka6053)がシェオル型の集団をすり抜け橋の入り口で反転する。
歪虚を一撃で屠る力があるようには見えず、実際ここまで移動しかしてこなかったが、錬介が盾が構えると戦場の空気が変わった。
「2分以内に通過します。それまで援護を」
数の暴力であるレーザーも、ひたすら頑丈な分厚い盾も、命を奪う刃も錬介も和風重甲冑を貫けない。
軽戦士が戦術を変更し急所狙いに特化する。
崩天丸達Volcaniusが守りを捨てたシェオル型を次々討ち取るが、隙間ともいえぬ隙間から刃が差し込まれ錬介の体から血が噴き出す。
「それで終わりですか」
兜の下で薄く笑い、刃が押し込まれる前に軽戦士を蹴り飛ばして瞬間的にフルリカバリーを発動させる。
錬介の強靱な肉体は後遺症を残さず完全回復。
ガウスジェイルであらゆる攻撃を引きつけ全てを防御する。
「朝騎もあんな顔をしてるでちゅかね」
良く知る顔を見つけてぽつりと零す。
イコニアを背負った宵待 サクラ(ka5561)がイェジドを駆り、悪鬼も逃げ出す形相でシェオル型集団を突破し錬介の横を抜け橋を渡りきった。
「爆破しろ。私達は別の地点から渡河する合流する」
南東からここまで急行してきたアウレールが命令を下す。
聖堂戦士が頑丈なスイッチを押し込み、数秒後基部から崩れて橋が消滅する。
「次の退却が許されるまで5時間以上」
当たり前に爆発を避けた錬介が川に飛び降り渡河途中のシェオル型を食い止める。
守る力を選んだ彼には、歪虚を蹂躙する手段がない。
ゴーレム砲ですらない銃撃が錬介の前の歪虚を削る。
この場のみを切り取るとハンターの圧倒的優勢でもハンターがいない場所の方が圧倒敵に多い。
「なんとか、なるでしょうか」
この程度の弱音で済むのが、錬介達ハンターの凄みである。
●祈り
友の背中で、イコニア・カーナボンが薄らと目を開く。
「どけェ!」
武門に生まれたわけではなく、転移直後は最底辺の暮らしをしていた少女が、ただの薙ぎ払いでシェオル型を蹂躙している。
軽戦士の上半身が地面に落ちるより早く、儀式場を囲む重戦士がイェジドに押し退けられ再度の斬撃がその首を跳ばす。
「イコちゃんが死ぬなら、イコちゃんを殺した奴を殺してすぐ後を追うから。絶対1人にしないよ、イコちゃん」
「熱烈なんですから……」
体温が上がったまま下がらない。
視界は歪んで頭痛が絶えがたいほど酷くなる。
だが法術を扱うだけなら問題ない。体力と気力を体から引きはがす様にして意識を集中状態に持っていく。
「決めたんだね」
サクラがそっと鞍から降りて、おんぶ紐で固定していたイコニアを儀式場の中心に座らせた。
「イコニア!」
これまで無言で背後を守っていたカインが叫ぶ。
惚れた女の酷い顔色ならまだ耐えられる。
だが、あの透き通るような笑みは駄目だ。
犠牲になるのが前提の、聖女などにしておけるものか。
「違うよ」
獰猛な笑みで、心技体揃った剣でシェオル型を切り捨てながら、サクラは奥歯を噛みしめる。
頭をメイスで砕きたくなる頭痛や、手足を切り落としたくなる痛みに耐える覚悟をしただけだ。そんな生き地獄を長期間味わった結果どうなるかなど、誰にも分かりはしない。
イコニアの唇が微かに動く。
もう立ち上がる力も無い。
力ではなく骨の硬さを使い、両手の指を乾いた地面に突き立てる。
積めと指先が潰れ、そこから流れる血で小さな陣を描く。
「イコニアさん、これを」
ソナがしゃがみ込む。
懐から龍鉱石を取り出すと、まるで生きているかのように正のマテリアルが鳴動した。
「ソナさんの助けはいつも的確です。聖堂教会入りして頂けたら本当に助かるんですけど」
口調が幼い。
単身で僻地に出向こうとしてハンターに助けられた頃のような、今より擦れていない頃を思わせる表情だ。
ソナは首を軽く横へ振り、イコニアにホーリーヴェールによる守りを与えてから守備につく。
マテリアルに漬かりすぎた彼女を癒やせるのは長期の療養だけだ。レーザーが一度当たっただけでも、死ぬ。
「どうしてですかね。今になって、聖女様のご遺族のことが理解出来た気がします」
流れる血を通してマテリアルが流れていく。
清らかさとはかけ離れた、毒々しいほどの情念に満ちた黒いマテリアル。
「辛いですよね」
腐った卵の衝撃と臭いを思い出す。
エルフとペガサスが守ってくれているのも、友の背中も何故か遠くに感じる。
「難いですよね」
頬を水滴が伝う。
黒い涙は血の気の無い肌に消えない筋を残して大地に落ちる。
大輪の薔薇が咲くが如き笑みが浮かび、壊れた指先を中心に無数の亀裂が生じた。
「死ね」
呪詛が密度を増す。
「死ね」
祝福のはずの正マテリアルが禍々しい性質を帯びる。
「お前達がいるから」
歪虚を潰す快感も。
エクラに対する信仰も。
全ての建前と装飾を剥ぎ取った後に残るのは積もり積もった殺意と恨みだ。
「お前達歪虚がいるから」
龍鉱石がひび割れる。
イコニアの体と魂にひびが入る。
「みんなみんな苦しむんだ!」
か細い声が地平線の向こうまで届く。
大気と大地の精霊が憎悪にあてられその身を震わせる。
「だから死ね」
運び込まれた墓石が砕ける。
エクラの印も累代伝えられてきた品も力を吸い取られて形を喪う。
「死ね」
術者とそれ以外から吸い上げられたマテリアルが術者が示す向きに進み。
なだれ落ちるように法術陣に沿って広がり続ける。
「死ね」
最期まで気付かず抱えたまま黄泉に向かうはずだった思いを、元聖女候補が高らかに謳う。
ハンターと出会うことが無ければいずれ歪虚に堕ちていた。
だが、友や仕事仲間に接して生き汚くそして人間らしくなった彼女であれば。
「しね」
人間のまま憎悪を振り翳し、正気のまま歪虚に叩き付けることが出来る。
正と負の入り交じったマテリアルがイコニアから溢れた。
人類に対する呪いしか残っていないシェオル型を完全な狂気に陥れ、生命に溢れる川を呪いの固まりに変え大きな歪虚の中まで冒す。
歪虚の増援が川で止まり、ハンターに対する圧力が劇的に下がった。
当初計画から数十分前倒しされた、当初計画以上に凶悪な結界であった。
「糞が。こんなことをさせるために護衛したんじゃねぇよ!」
イコニアを狙う軽戦士を背後から断ち割りカインが吼える。
激情で震える腕を気合いで押さえつけ、物理的には無力な小娘しか無い想い人を守るため重戦士の隊に正面からぶつかり傷つけあう。
「カインさん落ち着くです。まだ中盤、守り切るつもりなら嘆く暇なんてないですよわふーん!」
アルマがテンション高く機関銃をぶっ放す。
結界抜きの攻防でスキルは全て消耗済み。
だが彼ほどの身体能力があればシェオル型に通用する機関銃を使いこなせる。
「分かっている! 分かっているけどよぉ!!」
精霊や避難民を放って逃げるような女ではない。
生き延びるつもりで結界を早期完成させ維持している今は最上に近い展開だ。
「納得出来るか!」
だがそれがなんだというのだ。
守るために剣を振ることしか出来ない自分が腹立たしく、目の前の歪虚をいくら潰しても心は晴れなかった。
●撤退準備
かつてCAMは期待の新戦力だった。
山を断ち割り単機で歪虚軍を圧倒する……などと、荒唐無稽な期待をされることもしばしばだった。
「すごい……」
その荒唐無稽が現実としてある。
1機のコンフェッサーが、レーザーも重戦士により捨て身の突撃も軽戦士の暗殺も全てを跳ね返し続けている。
「イコニアど~ん、生きておるか~?」
「お供えはカフェイン以外でお願いしますうへへ」
歪虚を苦しめるのがよほど楽しいらしい。
心底満足した表情で、疲労と痛みで目が虚ろだ。
ただ、本人の意思に関係無く震える体が体調の酷さを物語っている。結界当時の迫力は消え、本人のマテリアルも無機物じみていた。
カナタが目配せする。
サクラがおんぶ紐を取り出しイコニアを回収する。
「イコちゃ~ん、保健室に連れてくからね?」
五体から力が抜けているため酷く重く感じる。
「じゃ、そういうことで」
全て承知の上で己に括り付ける。
そして、サクラはイコニア以外の全てを放り出して南へ逃げ出した。
「なのじゃ!」
カナタのコンフェッサーも追随する。
彼等が去っても結界は消えない。
聖堂戦士多数が引き継ぎのための配置についているからだ。
だがイコニアだけでなく結界の中枢を守っていたCAMが消えたことで、聖堂戦士十数人が目に見えて動揺する。
「そんなっ」
「うろたえるななの!」
ルクシュヴァリエがメイスを天に掲げる。
鎚頭にあしらわれた聖印が、結界が放つ薄暗い光に照らされ陰を作る。
「後たった1時間なの。イコニア司祭がいっぱい肩代わりしたんだから、その分あなた達が頑張るの……って五月蠅い!」
メイスを振り回し風の代わりに鮮烈な光をぶつけてシェオル型の襲撃をこんがりと焼く。
「よしなの。結界がある限りここは大丈夫。あなた達のことはしっかりと守るの安心するの」
結界を消えた後、川の向こうにみっしりと詰まった歪虚から逃げないといけないのは口にしない。
今結界を止めても同じだからだ。
「じゃあ後59分……じゃなくて90分くらい、頑張るの、おー!」
ディーナはやけくそ気味な返事を聞きながら身を翻し、橋があった場所にある結界の切れ目での激戦に参加した。
「陽が落ち加護が尽きても」
ディーナ機が気配に気付いて摺り足で後退。
軽戦士の部隊が素晴らしい練度で追撃をする途中、アリアが構えた白銀の槍に気付く。
「まだ私達が残っている」
恐るべき反応速度で重戦士の陰に隠れても全くの無意味だ。
必滅の槍があらゆる回避も防御も無視して結界の切れ目にいる全てを消滅させる。
聖堂戦士団の気力が回復する。
法術だか呪術だか分からない結界を必死に維持して気力体力毛根を消費しながら1分また1分と耐えに耐える。
そして、作戦開始から11時間と40分か経過する。
作戦が予定通りなら精霊による結界始動まで後20分だ。
「可能ならルル様の結界始動後に後退したかったですが」
エステルの言葉を聞いて非ハンター聖導士が顔を青くする。
彼等はハンターでも聖堂教会幹部でもない。
体力も気力も限界で、いつ昏倒してもおかしくない。
「生きておるか~?」
エステルが見たことのある魔導トラックが南から近づいて来る。少し肥料臭い。
「みんなラッキーなの。すぐに用意! でないと」
死ぬ。
結界は飛び道具を防げないので退路周辺はレーザーでぼろぼろだ。
また、毒の堀と化した川のぎりぎりで、統率のとれたシェオル型部隊が待機している。
つまり一瞬でも遅れたら確実に死ぬ。
「乗るのじゃ、乗ったな、では」
味方も敵も沈黙する。
速い川の流れだけが微かに響いた数秒後、カナタがアクセルペダルを踏み込み、魔導エンジンの咆哮が全てを圧してとどろき渡る。
「ゴーゴー!」
「総員撤退なのっ!」
脇目も振らず、後ろに向かって全力疾走。
歪虚が遅れたのは5秒にも満たず、その5秒が驚くほどの距離となりレーザーしか直接攻撃できなくなる。
「細いシェオル型より遅いの……」
殿のディーナ機が徐々に追いつかれる。
数えるのも馬鹿らしい数のレーザーと10近い刃が装甲を削るが背中の盾を削り切ることも出来ずに終わる。
「ふふっ」
家族と一緒に作った機体の出来に満足しながら、ディーナは真後ろと左から迫る敵勢からひたすら逃げる。
ディーナとは別のルクシュヴァリエが歪虚の至近を通過する。
近距離からレーザーのレーザーが5割を越える命中率で当たりかけ、Crepusculumを中心とする空間結界に阻まれディーナの被弾数も0になる。
「攻撃して止められる数ではないな」
100程度なら時間稼ぎも出来るが1000を超えると無理だ。
なお、視界内だけで万いるかもしれない。
「ルル結界開始まで後何秒だ?」
一度挨拶に来た精霊のことを思い出す。
愛嬌はあった。
人は良さそうで手を握って激励してくれた。
ただし凄くうかつだった事の方が印象に残っている。
「最悪は……」
自身を含めて何を犠牲にするか計算を始め、進行方向に見えたものに口元を綻ばせる。
高度を落とし、Gnomeの上に立つ智里の頭上を通過した。
「ハンスさんを迎えにいかないと」
病院で手当を受けているらしい夫のことを考え、智里は真剣な顔で青い目を光らせる。
多すぎる歪虚で負に傾いた空間が、直径30メートルだけ彼女の支配領域として切り取られる。
ぽーんと軽戦士多数が吹き飛び固い地面に叩きつけられ痙攣する。
智里はその光景に目も向けず、見た目より遙かに速いゴーレムさんに移動を任せてこの後の段取りを考えている。
「ポゼッションの切り替えは」
マリィア機が着地し砲を北へと向ける。
ゴーレムさんはGnomeの割には速いが、シェオル型軽戦士と比べると半分程度の速度しかなく半包囲されている。
「このタイミングか」
智里の結界が一瞬切れた瞬間、たった1つの銃で弾幕を張る。
個々の銃弾を誘導しているため重戦士による盾壁は無意味で有り、大量の軽戦士に深手を負わせて智里の撤退を助ける。
「ルルさん起こしてくれても~」
植物園のベンチでメイムが身を起こした。
見渡すまでもなく、不安げに囁き合う避難民と水食料を運ぶ聖導士見習いでごった返している。
「そろそろ時間だ!」
ボルディアが防戦しているが押されている。
単身突破可能な彼女でも、圧倒的多数をいつまでも押し止めるのは不可能だ。
「ルルは、絶対に」
フィーナとワイバーンが急降下し歪虚の先端を傷つける。
僅かに勢いは弱まるがそれだけで、予定通りなら結界に覆われているはずのそこをダメージ無しで歪虚が通過する。
「来るよ~。みんな目と目と耳を閉じて~」
日の光が弱くなる。
イコニアが呼び出した呪いを半分に薄くした何かが、桁違いの広さと厚みで1地方の空を覆い尽くしている。
特大の祝福兼呪いが降りてくる。
を直視してしまった避難民は声も出せずに気絶する。
目は向けなくても気配に気付いてしまった者は家族や仲間で抱き合い必死に耐える。
悲惨だったのは足が速く防御の薄い軽戦士達だ。
負マテリアルで構成された魂もどきを犯し尽くされ、狂乱して己と隣の歪虚を貫き果て朽ちる。
まず聖導士見習いが歓声をあげ、たしなめるソナの声が敵の間にまでよく響いた。
「結界は壁ではありません。避難してきた皆さんは学校まで下がって」
結界に触れた歪虚は同士討ちをするが全滅はしない。
狂乱しても人間の死を求める個体もいて、ソナはそれを正確に狙い撃って被害を予防する。
「のーむたん塹壕広げて~」
メイムは特大の塹壕に飛び降り反対側に駆け上がる。
顔とマギスタッフだけを出して、ここまで走ってきた狂乱軽戦士に鎖を巻き付け動きを封じる。
「恒常結界が出来上がっても」
智里がアンチボディによる護りをゴーレムさんに与える。
ゴーレムさんは塹壕に降りて東への拡張を始め、智里だけでなくハンターも聖堂戦士も順次中に降り一方的な殲滅作業を開始した。
「互角になった、だけなのですか」
土が防壁になるのでレーザーは無効化出来る。
しかし狂乱したまま進入した歪虚は実力で排除するしかない。
いくら倒しても歪虚の増援は止まらず、日没で視界は悪くなり体力も気力も削られていく。
だがまだ戦える。
温かい飲み物と食料が送られてくる現状が続くなら、最低でも数日は戦える。
東西に夜間飛行して警戒していたワイバーンが、急に角度を変えて森の側に着地した。
鞍から降りたフィーナが真剣な表情で数歩進み、両手で透明な何かを抱え上げる。
「出歩いては駄目」
薄く色がつきフィーナを幼くした姿が現れる。
以前に見たときより気配は弱々しく、けれど人間を守ろうと精一杯気合いを入れている。
「無理も、駄目」
止めたいが止まらないことを知っている。
育てた森を生け贄に捧げても、フィーナ達全員が戻ってくるまでこの地を守り続けるつもりだ。
乾ききった木が折れる音がする。
同じほど乾いた木を巻き込み、無残に倒れて砕ける音がする。
少しずつ色と形が失われていく精霊を、フィーナは優しく抱きしめ冷たい世界から守ろうとしていた。
依頼結果
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サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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【相談卓】 メイム(ka2290) エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/08/01 03:05:07 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/07/31 00:49:22 |
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質問卓 北谷王子 朝騎(ka5818) 人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2019/07/31 21:01:32 |