ゲスト
(ka0000)
【女神】霧の海の先へ
マスター:奈華里

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,800
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/08/04 19:00
- 完成日
- 2019/08/15 00:53
このシナリオは2日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●声
『イズ、貴方はもう諦めるの? こんな所で逃げ帰るの?』
「!?」
彼女がその声に驚き飛び起きる。けれど、そこに声の主はなく、視界にあるのは見慣れぬ光景。
彼女は潜水艇に閉じ込められていたが、この後無事救出される。
そして、彼女の船を狙った海賊と対峙する事となる。
「やっぱり狙いは海図だったの?」
彼女が静かに尋ねる。しかしボスと思しき男は答えない。他二人もそう簡単に口を割るタイプではない筈だ。一人は苦笑し、もう一人はボス共々不甲斐無い結果に終わった事に苛立っているように見える。
「黙ってちゃ判らないでしょ。答えなさいよ」
ハンターの一人が言う。
「知った所で何になる? 言えば我々に協力するとでも言うのか?」
「そんな事ある訳…」
「ないのだろう。ならどうでもいい事だ。さっさと殺せ。でないとまた襲うぞ?」
捕まって尚、瞳の鋭さを失わない男――ハッキリ言ってこの手の男に説得はあまり意味がない。
けれど、このままではもやもやが治まらない。
「だったら質問を変えるわ。あなたはあの海に何を求めたの?」
イズの想い――彼女はこの航海に全てを失ってもいい覚悟と未来をかけた。
もし、この海賊に近寄ったものがあるなら彼女はシルバーバレット同様の処遇も頭に置いている。だが、
「は、浪漫……とでも言って欲しそうな顔だな。だが、残念。我々の目的は所詮は金だ…あの海域は金になる。お前も少しは考えただろう? 大儲けできると」
「え…」
男の言葉にイズはハッとする。今まで海図の謎を解く事で頭が一杯だった。
言わばそれは探求心とこの先にある何かへの好奇心…初めはルコの妻・アリエンヌの事も少しはあったが、今となっては自分の気持ちの方が遥かに勝っている。しかし、冷静に考えれば確かにこのルートが開拓できればメリットは大きい。辺境の治安の悪い陸路を通る事も無くなるし、時間も陸路よりかなり短縮できる事だろう。
「なるほどな。それが狙いだったか」
ハンター達が納得する。
「でこの方達はどうしますか?」
そう尋ねられて、イズはぎゅっと拳を握る。
「……置いてくわ。三人を乗ってきた潜水艇に戻して。旗でも立てとけば誰かが見つけるでしょ」
それは彼女の決断。彼女にしては随分乱暴な決定だが、今までの事を考えれば無理もない。
「やはり甘いな」
男が言う。だが、彼らは知らないのだろう。果てしなく続く地平線を見つめて、何も出来ない時間の恐ろしさを。連絡は入れておくつもりだが、それでも彼等にとっては苦行の時。
●敵
聞こえるのは波の音とオカリナの旋律…ついに彼らはあの海域に舵を取る。
あの雑魔達はあれから一向にこちらには降りてこない。それは単にオカリナの力なのだろう。ぼんやりと輝く船を恐れて、霧の中に身を潜ませている。そんな海だから視界は余り宜しくない。灯りを掲げてもその周囲位しか明るさを保てないし、うすぼんやりしか見えない視界では今どこにいるのかさえ判らなくなってくる。
「大丈夫。この進路で間違いないわ」
イズは何度も甲板に出て風の流れを確認する。目印になるものがない以上、風の流れと時間を頼りに感覚でどのくらい進んだかを割り出していくしかない。その様子をハンターは見守り続ける事数日。港を出てからはなんやかんやでもう十日だ。
「あー、陸が恋しいぜ」
海慣れしていない者にとって長期の航海は身体のみならず心にも疲れを及ぼす。元海賊であっても、現役船員であってもそれはさほど変わらない。そして、景色が変わるならまだしも変わらないとなれば一抹の不安が顔を出す。それは本当にちゃんと進んでいるのだろうか?という疑念。船長を信用していない訳ではないが、それでも彼らも皆人間だ。
「大丈夫ですよね、船長?」
そんな言葉が聞こえ始めて、それを宥め安心させるのも船長の仕事だ。
が、ここはただの海ではない。そんな心の迷いや不安が良からぬものを呼び寄せる。
「え…まさかだよなっ」
双眼鏡で覗く霧の先、徐々に見えてくるシルエットに監視台に上っていた一人が駆けおりてくる。
「何が見えた?」
そこで問うハンターに彼は一言「船」と返して、あわあわと船長の元へ走る。
船…そう、確かにそれは船だった。しかもこちらと同じ帆船である。だが、その帆船は何処か違う。
「え、嘘…もしかして私の推理当たってたの?」
報告を聞き、出てきたハンターが言う。彼女が注目したのはその船のマストだ。ビリビリに破れたように見えるが、よく見るとその一つ一つはあの布の雑魔の様。彼女は直感的にそれが船の帆だったのではと思っていたのだが、あながち間違いではなかったらしい。とすると、あの船自体も昔この海域に挑んだ船の残骸なのかもしれない。
「負のマテリアルだらけですが、あそこには一層強い力を感じます」
異変を察知し、もう一人のハンターが言う。
「おい、あれこちらに近付いてきていないか?」
その言葉に皆がぞっとした。目視出来るこの距離で見てもかなりデカい。という事は実物は更に大きいという事だ。それに加えて、向こうもこちらに気付いたのか、一斉に砲門を開いて…。
ドドドドドーーン
突如響いたのは大砲発射の轟音。思わずこちらは耳を塞ぐ。
「何でいきなり?」
突然の攻撃にイズが言う。
『助けて…寒い、苦しい…海の底は暗いの…』
この海で死んだ者達の声だろうか。船の出現と共にそんな声が耳へと届く。
『殺せ、そして全てを奪え。獲物は何処だ? 仲間を増やせ…我らの仲間を』
一方では悪意のある言葉も飛び交い、こちらの意識をかき乱す。そして、そんな声達に気を取られていると先程放たれた砲弾がここまで届いて、甲板に飛び来たのはしゃれこうべ。身体を丸めて飛んできたようだが、着地と共に立ち上がり手にしている剣と盾を構える。
「そんなっ、こんなの聞いてないわよ!」
イズが慌てて、舵の元に戻り迫りくる船から逃げようと操縦を始める。
だが、果たして間に合うのか? その間にも敵の船はグングンこちらに迫っていた。
『イズ、貴方はもう諦めるの? こんな所で逃げ帰るの?』
「!?」
彼女がその声に驚き飛び起きる。けれど、そこに声の主はなく、視界にあるのは見慣れぬ光景。
彼女は潜水艇に閉じ込められていたが、この後無事救出される。
そして、彼女の船を狙った海賊と対峙する事となる。
「やっぱり狙いは海図だったの?」
彼女が静かに尋ねる。しかしボスと思しき男は答えない。他二人もそう簡単に口を割るタイプではない筈だ。一人は苦笑し、もう一人はボス共々不甲斐無い結果に終わった事に苛立っているように見える。
「黙ってちゃ判らないでしょ。答えなさいよ」
ハンターの一人が言う。
「知った所で何になる? 言えば我々に協力するとでも言うのか?」
「そんな事ある訳…」
「ないのだろう。ならどうでもいい事だ。さっさと殺せ。でないとまた襲うぞ?」
捕まって尚、瞳の鋭さを失わない男――ハッキリ言ってこの手の男に説得はあまり意味がない。
けれど、このままではもやもやが治まらない。
「だったら質問を変えるわ。あなたはあの海に何を求めたの?」
イズの想い――彼女はこの航海に全てを失ってもいい覚悟と未来をかけた。
もし、この海賊に近寄ったものがあるなら彼女はシルバーバレット同様の処遇も頭に置いている。だが、
「は、浪漫……とでも言って欲しそうな顔だな。だが、残念。我々の目的は所詮は金だ…あの海域は金になる。お前も少しは考えただろう? 大儲けできると」
「え…」
男の言葉にイズはハッとする。今まで海図の謎を解く事で頭が一杯だった。
言わばそれは探求心とこの先にある何かへの好奇心…初めはルコの妻・アリエンヌの事も少しはあったが、今となっては自分の気持ちの方が遥かに勝っている。しかし、冷静に考えれば確かにこのルートが開拓できればメリットは大きい。辺境の治安の悪い陸路を通る事も無くなるし、時間も陸路よりかなり短縮できる事だろう。
「なるほどな。それが狙いだったか」
ハンター達が納得する。
「でこの方達はどうしますか?」
そう尋ねられて、イズはぎゅっと拳を握る。
「……置いてくわ。三人を乗ってきた潜水艇に戻して。旗でも立てとけば誰かが見つけるでしょ」
それは彼女の決断。彼女にしては随分乱暴な決定だが、今までの事を考えれば無理もない。
「やはり甘いな」
男が言う。だが、彼らは知らないのだろう。果てしなく続く地平線を見つめて、何も出来ない時間の恐ろしさを。連絡は入れておくつもりだが、それでも彼等にとっては苦行の時。
●敵
聞こえるのは波の音とオカリナの旋律…ついに彼らはあの海域に舵を取る。
あの雑魔達はあれから一向にこちらには降りてこない。それは単にオカリナの力なのだろう。ぼんやりと輝く船を恐れて、霧の中に身を潜ませている。そんな海だから視界は余り宜しくない。灯りを掲げてもその周囲位しか明るさを保てないし、うすぼんやりしか見えない視界では今どこにいるのかさえ判らなくなってくる。
「大丈夫。この進路で間違いないわ」
イズは何度も甲板に出て風の流れを確認する。目印になるものがない以上、風の流れと時間を頼りに感覚でどのくらい進んだかを割り出していくしかない。その様子をハンターは見守り続ける事数日。港を出てからはなんやかんやでもう十日だ。
「あー、陸が恋しいぜ」
海慣れしていない者にとって長期の航海は身体のみならず心にも疲れを及ぼす。元海賊であっても、現役船員であってもそれはさほど変わらない。そして、景色が変わるならまだしも変わらないとなれば一抹の不安が顔を出す。それは本当にちゃんと進んでいるのだろうか?という疑念。船長を信用していない訳ではないが、それでも彼らも皆人間だ。
「大丈夫ですよね、船長?」
そんな言葉が聞こえ始めて、それを宥め安心させるのも船長の仕事だ。
が、ここはただの海ではない。そんな心の迷いや不安が良からぬものを呼び寄せる。
「え…まさかだよなっ」
双眼鏡で覗く霧の先、徐々に見えてくるシルエットに監視台に上っていた一人が駆けおりてくる。
「何が見えた?」
そこで問うハンターに彼は一言「船」と返して、あわあわと船長の元へ走る。
船…そう、確かにそれは船だった。しかもこちらと同じ帆船である。だが、その帆船は何処か違う。
「え、嘘…もしかして私の推理当たってたの?」
報告を聞き、出てきたハンターが言う。彼女が注目したのはその船のマストだ。ビリビリに破れたように見えるが、よく見るとその一つ一つはあの布の雑魔の様。彼女は直感的にそれが船の帆だったのではと思っていたのだが、あながち間違いではなかったらしい。とすると、あの船自体も昔この海域に挑んだ船の残骸なのかもしれない。
「負のマテリアルだらけですが、あそこには一層強い力を感じます」
異変を察知し、もう一人のハンターが言う。
「おい、あれこちらに近付いてきていないか?」
その言葉に皆がぞっとした。目視出来るこの距離で見てもかなりデカい。という事は実物は更に大きいという事だ。それに加えて、向こうもこちらに気付いたのか、一斉に砲門を開いて…。
ドドドドドーーン
突如響いたのは大砲発射の轟音。思わずこちらは耳を塞ぐ。
「何でいきなり?」
突然の攻撃にイズが言う。
『助けて…寒い、苦しい…海の底は暗いの…』
この海で死んだ者達の声だろうか。船の出現と共にそんな声が耳へと届く。
『殺せ、そして全てを奪え。獲物は何処だ? 仲間を増やせ…我らの仲間を』
一方では悪意のある言葉も飛び交い、こちらの意識をかき乱す。そして、そんな声達に気を取られていると先程放たれた砲弾がここまで届いて、甲板に飛び来たのはしゃれこうべ。身体を丸めて飛んできたようだが、着地と共に立ち上がり手にしている剣と盾を構える。
「そんなっ、こんなの聞いてないわよ!」
イズが慌てて、舵の元に戻り迫りくる船から逃げようと操縦を始める。
だが、果たして間に合うのか? その間にも敵の船はグングンこちらに迫っていた。
リプレイ本文
●船上
迫り来る船の大きさは大凡イズの船の十倍といった所か。
次から次へと現れる敵にハンターとて疲労を隠せない。
舵に駆け出したイズを追ってカーミン・S・フィールズ(ka1559)も船尾に向かう。
「全く騒がしい事だ」
神城・錬(ka3822)が大太刀を抜き手前の一体に斬りかかる。
「一難去ってまた一難とはこの事だね…」
そう言うのは鞍馬 真(ka5819)。骨を投げようとした一体を見つけて、先に衝撃波をお見舞いする。
「この船の上で好き勝手はさせない。ざくろが相手だ!」
時音 ざくろ(ka1250)はそう言うと船員に向かいそうになっていた骸骨兵士の前に立ちはだかる。
「わ、私も…」
そう言い甲板にいる船員を庇いに向かおうとしたサクラ・エルフリード(ka2598)であったが、船の振れに足を取られてあわや転倒。幸い、その先にミグ・ロマイヤー(ka0665)がいたから一安心。しかし、ポケットにしまっていた筈のトランシーバが落ち、骸骨兵士に踏み潰されたり。
「す、すみません。慣れないもので」
サクラが小さく謝罪する。
「何、問題ないのじゃ」
そう言うミグだが、視線はサクラの方からは外れていて…サクラもその視線を追えば、そこには迫ってくる幽霊船がある。
「お約束とは言え、大きいですね…」
海と聞き海賊と並んで想像されるのが幽霊船ではないだろうか。だが、この船の大きさは桁違いだ。
ひょっとするとイズの船を呑み込んでしまえそうな位の違いがあり、正直サクラの背に寒気が走る。
「ははは、おもしろくなってきたわい。冒険航海となればこうでなくてはな」
だがミグは違った。くすくすと小さく笑っていたかと思うと今度は大きく口を開けて、何かを吹っ切った子供さながら、左目に好奇の色を宿らせる。
「ちょっと揺れるわよ、覚悟しといて!」
イズが後方で目一杯舵を切る。が、声がしたその後で大きく船が煽られて、皆は必死に船の縁やロープにしがみ付く。それは巨大船からの大きな波が原因だった。水を切って進む量もこちらと比べものにならず、近付けばこちらが煽られる結果となる。
「イズ、これを。多少は何かの役に立つ筈よ」
ふらつきながら到着したカーミンがイズにとある人形をほうって寄越す。
「これは?」
「ベアトリクス人形…まあ曰く付きだけど、精神攻撃に有効だと思うわ」
カーミンの気遣い…声に対してだろう。それを渡すと彼女は監視台の方へ戻ってゆく。
「有難う」
イズがスイッチらしきものを押すと不気味に笑い出して効果はともかくぞくっとさせるなかなかの代物だ。
それをポーチに押し込み、再びイズは幽霊船を見据える。
(何て大きさよ。とにかくまずはこの波を凌がなきゃ)
逃げる進路を取るか、波を乗り越える道か。ここで船乗りとしての技量が試される。
(今逃げたら波の力で転覆させられる恐れがある。ぶつからない程度に上って徐々に離れるが吉)
そう彼女は判断して船に波を上らせる。その間は船側面を突かれる事がないから、敵の飛来も防げるだろう。
「今のうちじゃ。砲撃に自信がある者は甲板に砲弾を持って来い。今すぐじゃ!」
ミグが喜々とした様子で指示を飛ばす。彼女は機導師の長所を活かして、砲撃を担当するらしい。
カーミンは引き続きそれを上からサポートするようだ。
(あの船の形状…ホントいつのよ? 化け物クラスじゃない)
実際に造るならば莫大な資材と期間を要するだろうが、相手は幽霊…つまりは歪虚船だ。大方、色々な船を取り込んで出来ているのだろう。形状から何か判ればと思ったが、それには至れない。しいて挙げるなら、色々な船の寄せ集めといった印象。砲撃用の穴の下には複数のオールがあり、あれが大型船であるのにスピードを保てる仕組みとなっている。
(甲板は…駄目ね。敵だらけか)
双眼鏡を片手に弱点を探す。
だが、肝心のあちらの船尾甲板は監視台に上って尚、高低差がありはっきりとは見て取れない。
(砲撃に関しても全弾こっちを向くなんてありえないのに…幽霊船補正ってやつ? もうハッキリ言って何でもありかしら)
ここは暗黒海域で、いわば歪虚のテリトリー。つまりは常識で考えては馬鹿を見るレベルなのかもしれない。
けれど、考える事を止めてしまえば何も出来なくなる。弱点があると信じ、この危機を切り抜ける方法を見つけるしかない。
「そろそろいい射程じゃが、カーミンどこがおススメじゃ?」
ミグが下から尋ねる。
「そうね…行けるならマスト? あるいはあのオールかしら?」
そこでカーミンが気になる部分をチョイスする。
「イズ、船を横に出来るかのう?」
そこでミグが尋ねて、その問いにイズは言葉より行動で返答。舵をギリギリまで切り返して、イズもハンターの期待に応えようと必死だ。既に舵に体重をかけてやっと動かせているこの状況。闇雲にやれば船尾の舵自体が壊れかねない。
(あんただって修羅場潜って来たんでしょ。この位我慢できるわよね)
それは船への言葉。元海賊船だというなら耐え抜いて見せろと。
その舵捌きに船は更に大きく傾いて…今度はざくろがすっ転ぶ。骸骨達とて再び縁にしがみ付く。
「やったれー!」
船員達の想いが声に乗って、船は巨大船と接触を免れる。
「やった」
「ふっ、なかなかやるのう。こっちも負けてられん。皆の者、開戦じゃ!!」
ミグの声が木霊する。しかし、幽霊船との戦いはまだ始まったばかりであった。
●数
砲撃手達の砲弾が幽霊船の腹を襲う。だが、派手な煙が上がるものの思う程の風穴は開かない。
「おい、あれ…」
一人がその風穴を前に声を上げる。その声につられて、そこに目を向けた者達の目が更に大きく見開かれる。
なぜなら、空いた筈の穴がみるみるうちに塞がっていくではないか。
「ちっ、やはりそう簡単には壊れんか」
相手が歪虚という事もあって予測はしていたが、これを見てしまってはこちらの士気はただ下がり。不安が心の隙間に滑り込む。それに加えて、接近が仇となり幽霊船からは飛び移ろうと飛び出してくる骸骨兵士の姿も見受けられる。
「やっぱ無理だよ」
「もう駄目だ…」
一人の呟きが別の一人に伝染する。
(これはまずいな)
シルバーバレットのお頭がそれを察知し、彼は腰に下げていた自慢の銃を取り出して迷うことなく発砲する。
突然のその銃声にぴたりとざわついていた船員が動きを止める。
「野郎共、何弱音はいてやがる! これ以上女神を信じないなら俺がぶっ飛ばすぜ?」
その一喝が場を制した。
「諦めないで! 絶対弱点はあるわ…私が見つけるまで踏ん張りなさいっ!」
カーミンもそれに便乗し気合を注入。船員達はこの状況を打破しなければ、どの道命はない事を理解する。
「次はマストじゃ。柱は遠いからのう、よく狙うのじゃぞ」
ミグが言う。
「有難う、助かりました」
セルクが二人に言う。
「馬鹿いえ、そんな事言ってる間に次がくるぜ」
だが、シルバーバレットが見据えるその先には幽霊船からの第二波があり、戦況は未だよろしくない。
「これじゃあ埒があかないよ」
ざくろが息を切らしながら言う。骸骨兵士は普通の骸骨と違って結構硬い。剣と盾を持っている事により器用に急所への攻撃を防いで反撃に転じてくるからだ。一手に数体を引き受ける彼にとっての切り札は攻性防壁での弾き飛ばしによる敵の転落だが、本体を弾くならまだしも盾や剣を弾いたくらいでは海に落とす事までは出来ない。そこで他の仲間と連携を考えるもそれぞれが受け持っている数が多くうまくいかない。
(サクラは今回守り重視だし、錬もあれではきつそうだな)
アフターバーナーを駆使して、複数を走り抜ける形で斬って回る彼。
けれど走り抜けながら斬るという事は逆に一体を的確に追い込む事は出来ない。それでも地道にダメージを与えているように見えるが、長期戦を考えるとスキルの乱用は危険だ。となると残るは真。
真の方は皆のマテリアルを活性化する為に星影の唄を歌いながらの戦い。よく立ち回ってはいるが、集中は幾分途切れ気味で薙ぎ払いの威力が思ったよりも弱い。
(一体、どうすれば…)
イズも精一杯船を走らせ、幽霊船を振り切ろうと頑張っている。
だが、船体差が大きく、いくら早く走らせようと激突を避けるので精一杯。
ガキィン
ざくろに向けられた剣を辛うじて盾で受け止める。歴代の猛者に比べれば雑魚の筈なのに、数の暴力とは侮れない。眼球のない瞳の奥をぼぉっと光らせて我武者羅な攻撃。雑過ぎるそれがまた厄介だ。
「いい加減に…」
「ダメよ、イズ! そこはっ!!」
ドガァァンッ
言いかけた言葉が遮られ、耳に届いたのは大きな音。足場がさっきよりさらに大きく揺れまたも転倒。
他の仲間もこけずともその異変に何事かとイズのいる船尾に視線を送る。
「イズ、大丈夫?」
するとその先にはその衝撃で弾かれ、倒れたイズを庇いに降りるカーミンの姿がある。
「…ッ、大…丈夫。それより何とか、しないと…」
打ち付けた身体が痛い筈だが、それでも舵に向かう彼女。が、舵を握れどびくともしない。
「ゴメン、私のミスね」
カーミンが悔しげに言う。寄りにも寄ってこんな時に…イズの船は座礁したのだ。
幽霊船の影に入っていたから岩に気付く事が出来なかった。
が、言い訳は後だ。このままここに留まる事になってはあの船の餌食となる。
「錬、見てこれるかしら?」
空渡が可能な彼にカーミンが尋ねる。
「もとより行ってこよう」
彼は即座に状況を把握し、そちらに向かう。
「だったらここは何としても持ち堪えなきゃ…ってことで吸い込め電磁の渦!」
ざくろがガウスジュエルを発動する。
「助太刀いたします」
サクラをそれを知って、彼の後方に位置しミレニアムを展開。傷軽減に務める。
だが果たしてこれでいいのか。迫る幽霊船、動けない船。ここまでくるともう守ってばかりはいられない。
(ならばやるしかない)
真が決意し、口を開く。
「すまない。突破口を開く為、ここは任せていいか?」
いつもの真とは違い、真剣な口調で仲間にそう尋ねる。
「真さん、まさか」
サクラが言葉を終える前に彼は準備していた魔法の箒に手を伸ばす。
「駄目よっ、シン! 一人でなんて!」
「大丈夫だ。問題ない」
止めるカーミンを振り切り、彼は薄霧の空へと飛び立った。
●劣勢
魔法の箒とは便利なものだ。マテリアルさえあれば空中に飛び出せるのだから。
真は剣を抜いたままで問題の幽霊船へと接近する。幸い、相手の砲撃は上空へは向かないらしい。
接近していた事もあり、あっという間に幽霊船の上にやってくる。
「なんて数だ…」
カーミンにこれが見えていなかったとは思えない。とすると、船員達の事を考えて口を閉ざしていたか。
甲板には数多くの骸骨兵がひしめき、一部は砲撃手として待機している。
(何か他には…)
敵を倒すとまではいかなくてもスピードさえ遅らせられれば、こちらにもチャンスはある。
それを必死に探す余り彼は少しばかり失念していた。オカリナの音がイズの船を守っていた。
だが、その船から離れてしまえばその効果は徐々に薄れてゆく。
しゅるると足に巻きつく布。その違和感にハッとしたが、もう遅い。マストで揺らいでいた布が彼の足を絡め取る。そして、足に電流が走り箒にしがみ付く足に力が入りにくくなってくる。
「シンったら、何やってんのよ!」
カーミンがそれを双眼鏡で捉え舌打ちする。だが、今ここから空渡を発動した所で果たして間に合うか。
それでも仲間のピンチに行かないという選択肢はない。
その間にも真の足からは力が抜けていき、必死で振り払おうとするもうまくはいかない。
加えて別の布も好機と見たら、彼の方へと直進してくる。
(クッ、こうなったら仕方ない)
真が覚悟を決める。布に絡め取られる位なら、ここは一か八か自ら身を上げうってこの場を切り抜ける。そう思い彼は迷う事なく身を投げた。すいーっと布が真のいた場所を通過する。だが、真自身はそのまま落下。甲板目掛けて真っ逆さま。が、その過程で彼は目撃する。
(あれは船長か?)
てっきり船自体が意志を持って動いているのだと思っていたが、どうやら舵を取る者がいるらしい。
それは人型をした影のようにも見える。しかし、見取れたのは一瞬のみ。そのまま甲板に激突する。
『真っ!!』
『真さん!』
そんな仲間の声が聞こえたが、今は答えられそうにない。
衝撃による土煙が晴れるとそこには彼を待つ大量の骸骨兵士の顔、顔、顔。
(さて、何処から捌こうか)
節々の痛みを気力で黙らせて彼が立ち上がる。だが、どう見ても彼一人でどうにかなる数ではなかった。
一方、自分もあちらに向かいたいところだが、足止めを食っている錬。
座礁した船を動かす為、半ば強引に邪魔している岩の破壊を試みる。
「こうなると判っていればハンマーを持参したんだが」
彼の本職は刀工、つまり刀鍛冶だ。という事はハンマーの扱いは慣れている。
だが、贅沢を言っている場合ではない。早速一点集中でその場を行き来する形でアフターバーナーを繰り返す。
が、岩もさすがに簡単には砕けない。大太刀が壊れるのが先か、岩が破壊されるのが先かの根比べ。それに加えて、こちらには空渡の持続時間が限られているから困りもの。
しかし、それでもやるしかない。
幽霊船がぶつかってこない所を見ると、あれはこちらを壊すより取り込む事を選んだと見える。
そう、無念の声が言っていた…仲間を増やせと。増やした所で目的があるとは思えないが、敵はこちらの生きた人間を狙って骸骨兵士を乗船させてくるだろう。となると急がなければ皆が危ない。こちらの砲撃音はするものの、弾が尽きるのも時間の問題と思われる。
(一刻も早く終わらせなければ)
彼がいつになく焦る。このままでは船が、皆が志半ばで沈められてしまう。
そんな危機を抱いているのは何も彼だけではない。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
肩で息をしているざくろ。
傷はサクラのおかげでそれ程深いものはないが、それでも戦い続けるとなるとそれなりに体力は消耗する。
「大丈夫です。きっと真さんが…だから私達は私達のできる事を」
そう言うのはサクラだ。対布戦の時もそうだったが、ここで泣き言を言ってはいられない。ミレニアムとラストテリトリーを交互に展開し、彼女自身も出来る限りの敵をルーンソードと魔導銃をうまく使い分けて立ち回る。
が、いくらやった所で敵は怯まない。それが不気味で仕方がない。判っていても表情に出ないだけで手応えがなく、効いているのかどうかも怪しく思えてくる。
「怯むな。こんなもん数打ちゃ当たるのじゃ。今が踏ん張り時! 男を見せよ!」
ミグも声を出し、砲撃手達の士気を下げないように努める。彼女自身も神の御手を駆使し、時に解放錬成で難しい場所への砲撃を担当し奮闘中。数の差を何とか持ちこたえているが、消耗戦という所は否めない。
「カーミン、アレを頼むのじゃ」
幽霊船に向かう彼女にミグが声をかける。
「了解っ」
彼女はそう言い、まずは幽霊船の縁へ。そこには骸骨兵士が下りようと垂らしたロープがある。
「言っとくけど、この先は地獄行きよ。ってもう生きてなかったわね」
錬同様空渡で空中をかけ、船に乗り込む前にアサルトディスタンスでロープを全て切り落とす。すると途中の骸骨達は落下し、運よく甲板に落ちてもその衝撃で暫くは動けない。勿論海に落ちたものはそこで、はいそれまで。さすがにそこから乗船まで出来る者はいない。
「待ってて。死なせたりしないわ」
真の現状が気になる。乗り込みざまに襲ってくる骸骨を蒼機刀で蹴散らして…そこで目にしたものは無残な箒。
あれは真が乗っていたものに間違いなかった。だが、その箒は真っ二つに壊れ、船の端に転がっている。
そして、骸骨の集まる先…そこには辛うじて立っている真の姿がなんと二つ。
「え、ええっ!?」
思わず彼女が素っ頓狂な声を出す。
「カーミン、私が本物だ」
「いや、私が本物だ」
二人の真が互いに自分の本物性を主張するこの展開。一体誰が予想しただろうか。
それはともかく二人の真が彼女に迫る。
「ちょっ、何よこれ…」
占いの才能なんてないし、もしあったとしてもこの状況ではうまく出来る自信はない。
しかし、どちらかは本物でもう一人が偽物であるのは間違いない。髪の分け目も立ち振る舞いも、そして口調もまるで同じで判断に困る。
(どうすれば…)
彼女が戸惑う。その間にも骸骨兵士達とて攻撃の手を止めない。隙あらばと斬りかかってくるのを何とかやり過ごしながら、この判断を迫られる。そこでカーミンは頭をフル回転。幸い、真とは交友関係を結ぶ程の仲ではあるから彼の性格はそれなりに知っているといっていい。
(そうよ、シンはこんな時きっと)
カーミンがかちゃりと手にした得物を構える。その様子に二人共ハッとして、続いて見せた行動が僅かに違う。
一人はごくりと息をのんでこちらの出方を窺っていた。が一方はカーミンのその様子にも眉を僅かに震わせただけで剣は構えず、こちらを見据えている。そんな二人に彼女はついに得物を振り被ると…。
片方が溜まらず動いた。それを彼女は見逃さない。
「あんたが偽物ね!」
彼女の攻撃を避ける様に跳んだ真をガーベラと言う名のランアウトで追撃する。
真は自分よりも仲間を優先する男だ。こういう時彼なら自分を躊躇する事無く斬らせると彼女は考えたのだ。
「ちっ…」
偽の真は小さくそう舌打ちし、今度は姿をカーミンへと変えゆく。
「何度やっても同じよっ!」
自分を斬る感覚は実に不思議なものだ。悪夢を見ているかのように目を見開き倒れていく姿を眼前で目撃するのだから。しかし、彼女も躊躇しない。表情を歪める自分を前に蒼機刀を振り下ろす。
「ナンテ奴ラダ」
カーミンに変身していた歪虚が言う。
「お生憎…アンタらよりはマシよ」
まだ喋れる敵を前にもう一撃と刀を振り被る。
だが、彼女の刀は寸での所であの布に邪魔されて、止めを入れるには至らない。
「おまえが何かは知らないが、これ以上今生きているヒトの邪魔はしないで欲しいな」
真がそう言い、それに向けて渾身の衝撃波を生み出す。
「お二人共無事ですか!」
その折にはサクラもソリを使ってこちらに到着。
半ば不時着気味に幽霊船の甲板に飛び降り、二人の傷を癒す。
「で突破口は?」
「あれだな…あの歪虚が舵を握っていた。ということはもしかすると」
「なるほど、あり得るわね」
船の要はやはり船長だ。骸骨兵士の他にあれしかいないとなれば、アレは恐らく司令塔。司令塔でなかったとしても舵を握っている以上、何らかの重要ポジションである事が考えられる。
「遅くなったが、いけそうか?」
そこへ錬も下り来てくれて、孤軍奮闘していた真にとっては渡りに船。だが、そうなると今度はイズの船の方が心配だ。けれど、ロープが切り落とされている今船に渡る手段は砲撃のみ。砲台の数は限られているから自ずと数は制限できるし、イズの船側も撃ち落しの手段を持っている。
「今はこっちに集中しましょう」
足を引き摺る真に肩を貸す形でサクラが言う。
「そうだね…これじゃあ足手纏いかもしれないけど、まだ出来る事はある」
そう言い、彼は三人に庇われた状態で歌い出す。それは戦闘開始冒頭にも歌われていた星影の唄。
この唄により仲間達のマテリアルが活性化してゆく。
「ここに立った今、守りは止めよ。一気に仕掛けるわ」
カーミンの言葉を聞いて、サクラがルーンソードを掲げる。
するとどうだろう。剣が神々しく輝き、戦う者達の心に温かな光を届ける。それはコールジャスティス。
戦場の士気を高める事の出来る不思議な光…加えて、能力も強化するという大精霊の加護による特殊スキルだ。
そして、その光と歌に応えるようにイズの船からも応援の旋律。イズの吹くオカリナの音がより一層音量を増し、幽霊船へにも影響を及ぼし始める。やって来たハンターを狙って、降りてこようとしていた布達がその音を聞き一斉に引き返す。
「さあ、いくわよ」
カーミンが言う。それに錬が頷いて二人は骸骨兵士らの隙間をぬって駆け、狙いは勿論操舵手と思しく歪虚だ。
疾影士のスピードを活かした二人はぐんぐん敵の元へと迫る。そして――。
ザシュ ザシュッ
入れ違う形で二人の刃が目標の敵を捉えた。
「グッ…ガァァァァァァァァァァァ」
それはその敵というよりは船全体から上がった叫び…それと共に船からも黒い靄が上がり、解け始めた氷の様に船の大きさが一回小さくなってゆく。加えて、心なしか速度も落ちたように感じて、ハンター達は互いの顔を見合わせる。
「なんじゃなんじゃ、奴らうまくやりおったか。という事はミグらももう一発花火を上げるかのう」
敵船の様子からそれを感じ取って、ミグはまだ弾の残っている者達に指示を出す。
「目標中央マストじゃ! 良ーく狙え、そして…撃てーーーっ!!」
セルク操縦の元、砲台が唸りを上げる。それと同時に布雑魔は被弾を避け天空に舞い上がり、丸裸になった柱に見事命中。柱はぽきりと折れ、甲板へ倒れ込む。
「みんな逃げるわよっ!!」
それを前にハンター達が飛び出した。真はサクラのそりに乗せて貰って、重量オーバーは否めないから半ば落下に近い形となってしまったが、それでも何もないよりはマシである。
「グォォォォォォォォォォン」
再び幽霊船から悲鳴が上がる。
おそらくあの影もこの船の一部で、アレを失った事により船自体が弱体化した。あの影はこの船にとっての核に近い存在だったのかもしれない。それを失くした今、船がやれる事は限られ、壊される度に苦痛の悲鳴を上げる。
「みんないるわね。今のうちにここを離脱するわよ」
戻ってきたハンター達を確認して、イズが再び舵を握る。その直後だ。
彼女の言葉を体現するかのようにこの海域であっても風が彼女の船を後押しするかのように吹き始める。
「一応魔導モーターに待機しておくのじゃ」
ミグがそう言い、モーターの元へと向かう。この戦闘のせいで現在地が判らなくなってしまった。
けれど今はそんな事を考えている暇はない。とにかく離れる。
それを最優先事項とし、彼女は船を走らせるのであった。
●能力
あの後も幽霊船はイズの船を追って来ているようだった。
しかし、発見した時程のスピードはなく操縦者を失った船は骸骨兵士を乗せたまま漂う様に進むだけ。相変わらず声は海から聞こえてはいたが、それでもあの船を撃退したという自信が、こちらにいい風をもたらす。
そこでハンター達は傷を癒す合間を縫って、イズにマテリアルの扱いについてを教える事にした。
なぜなら、察するにこのオカリナは彼女のマテリアルを原動力に効果を発揮しているように見える。とすると操り方が判れば、更なる効果も期待できる。どうすれば思った場所にマテリアルを集中できるかやそもそもの概念についてを日替わりで教えて、そこで得たやり方を次の旋律で活かすという訳だ。
「だいぶ安定してきたのう」
オカリナの光具合を見てミグが言う。
「そうだといいのだけれど、問題はそれより今の位置よ」
オカリナのおかげで雑魚の襲撃は受けないが、このままではいつこの海域を抜けられるのか判らない。
星が見えればいいのだがそれも叶わず、必死の逃亡からこっち、正確な現在地は不明なままだ。
「食料もだいぶ減ってきましたし困りましたね」
サクラもイズの元を訪れて、現状を報告する。
「いっそ魚でも釣るってのはどうかな? 案外、美味しいかも」
ざくろは皆を励まそうとそんな事を口にするが、皆は判っていた。
もし仮に魚がいたとしても暗黒海域の魚だ。食べたら具合を悪くする可能性が極めて高い。
冒険と聞くと楽しい事を連想する者が多いが、実際は危険な道だ。命の保証はない。
ただ、唯一救いなのはコンパスが使えた事だろう。以前とあるハンターから貰ったコンパスはちゃんと機能している。従って、進んでいる方角は確認できる為、とにかく同じ方向に向かえばいつかは陸に辿りつく筈だ。
「ルコさんが渡れたんだもの、大丈夫よ、きっと」
自分に言い聞かせるようにイズが言葉する。後何日、彼らはこの海を彷徨うのか。
そう感じて更に数日が経った時の事だった。
急に視界が開けて、見張りに立っていた者は何度も何度も目を擦る。
「光だ…ついに、抜けるんだ」
そうして船員が喜び、そのままに叫び出す。
霧の先には同盟ではない海。霧の晴れた空が彼女達を出迎えてくれる。
「やった…やったのね!」
その報告を受けて、イズも声を上げる。まだ対岸は遠いけれど、それでも死の海域をついに抜けたのだ。
「あぁ、神様…有難う御座います」
イズの瞳から涙が零れる。やっと見えた対岸にさすがのハンター達もホッとする。
そんな彼らにちょっとしたご褒美か。空を見上げれば太陽を囲むようにできた虹の輪がある。
「幻日環ですね」
セルクが言う。太陽が高く上る時にしか見られない現象であり、綺麗な輪で見られるのは稀なんだとか。
それがまるで彼らを祝福しているようではないか。
「やっと陸か」
錬が静かに言う。
「ちょっともっと喜びなさいよ! 私達偉業を達成したのよ!」
そう言うのはカーミンだ。人類としては多分二番目…ルコの次に暗黒海域を渡った人間なのだ。
「あはっ、凄いよ本当に。こんな大冒険、そうできるもんじゃないからね!」
リアルブルーから来たざくろはこの感動に打ち震える。
「やりました…本当、やっちゃったんですね」
「そうさのう。これだから長生きはするもんじゃて」
サクラの言葉に続いて、ミグは終始笑顔でまた一つ修羅場をくぐり抜けた事にご満悦だ。そこで対岸の港を探し場所を確認すると、どうやらここは辺境の隅だという事で――改めてこの航海の成功を実感する彼らであった。
「で、これからどうするのかな?」
宿を取り、今回の旅の労を労う中、真がイズに尋ねる。
ちなみに港では不思議がられたものの、まさかあの海域を通ってきたとは考える者はおらず、皆もその事をまだ公にはしていない。それはさっきもいったようにこの航海が歴史を変えてしまう程の大事で、慎重に動くべき案件でもあるからだ。
「そうね…どうしようかなぁ」
航海を終えて、彼女は改めて今回の事を考える。
ルコは何故真実をあの時ちゃんと訴えなかったのだろうか。
彼の書いた海図は見る人が見ればでたらめでない事は伝わる代物だった。海賊に暴われたとしても今の様にハンターのような存在に頼めば、取り返して貰う事は出来ただろう。それをせず、しかもあんな回りくどい謎まで残して彼はこの海図の真実を一部隠し、結局汚名を被る事を選択した。それにはきっと訳があった筈だ。
「やっぱり危険だから…?」
イズを狙った海賊の様に金目当ての者が現れて、もしオカリナに選ばれ吹けてしまったとしたら――あの航路を巡って争いが起こるかもしれない。選ばれた者はそれに巻き込まれ、自由に生きられなくなる。そして何よりオカリナがあっても、あの海域が危険な道である事に変わりない。
今回はたまたまハンターの協力と風に助けられただけ。毎回うまくいくとは限らないのだ。
「どうしました? 気分優れませんか?」
サクラがイズの様子に気付き、そっと尋ねる。
「あら、ごめんなさい。これからの事考えてて……とそうそう、それよりこれ! 忘れないうちに渡しておくわ」
イズがそう言って、用意していた紙包みをハンター達に手渡す。
「これは?」
「私の好きなブランドのベルトポーチよ。この航海を共にしてくれた仲間に、ささやかなプレゼント」
いつもの明るさで彼女が言う。
「まあ、そう言うなら貰っておこう」
錬が包みを開け、物を確認しながら言う。
そして、その翌日。彼女は思いの外迅速に『今回の事を伏せておく』という決断を下す。
「そう言う事だから、今回の成功は内緒にしてよね。それが一番だと思うの。だから、この後はアリエンヌさんに報告して…後はそうね。このオカリナは元の場所に返してくるわ」
彼女があっさりとそう言い切る。
「それは…正気かい?」
その発言に皆はビックリ仰天。折角の有名になるチャンスを彼女は自ら棒に振るというのだ。
「だってもう目的は達成したもの。それにあんなのがいる海域で商売なんてできないし」
あんなのとはあの船の事か。あの船の他にも出くわさなかっただけでまだ何かいるのかもしない。
「まあ、それもそうか」
彼女の言葉に皆が笑う。今までにない長旅であった。しかし、皆この短期間に得たものはとても大きいと思う。
イズは覚醒者として…この後の選択は彼女次第であるが、どっちを選んでも彼女の海好きは変わらない。
それに世界は彼女がこの事実を宣言しようとしまいと動き続ける。
暗黒海域を抜けた先でも人は同じように生活し、暮らしているように。彼らはこの経験を胸にまた歩む。
この時が終わるその日まで……彼らの『冒険』はまだまだこれから。
迫り来る船の大きさは大凡イズの船の十倍といった所か。
次から次へと現れる敵にハンターとて疲労を隠せない。
舵に駆け出したイズを追ってカーミン・S・フィールズ(ka1559)も船尾に向かう。
「全く騒がしい事だ」
神城・錬(ka3822)が大太刀を抜き手前の一体に斬りかかる。
「一難去ってまた一難とはこの事だね…」
そう言うのは鞍馬 真(ka5819)。骨を投げようとした一体を見つけて、先に衝撃波をお見舞いする。
「この船の上で好き勝手はさせない。ざくろが相手だ!」
時音 ざくろ(ka1250)はそう言うと船員に向かいそうになっていた骸骨兵士の前に立ちはだかる。
「わ、私も…」
そう言い甲板にいる船員を庇いに向かおうとしたサクラ・エルフリード(ka2598)であったが、船の振れに足を取られてあわや転倒。幸い、その先にミグ・ロマイヤー(ka0665)がいたから一安心。しかし、ポケットにしまっていた筈のトランシーバが落ち、骸骨兵士に踏み潰されたり。
「す、すみません。慣れないもので」
サクラが小さく謝罪する。
「何、問題ないのじゃ」
そう言うミグだが、視線はサクラの方からは外れていて…サクラもその視線を追えば、そこには迫ってくる幽霊船がある。
「お約束とは言え、大きいですね…」
海と聞き海賊と並んで想像されるのが幽霊船ではないだろうか。だが、この船の大きさは桁違いだ。
ひょっとするとイズの船を呑み込んでしまえそうな位の違いがあり、正直サクラの背に寒気が走る。
「ははは、おもしろくなってきたわい。冒険航海となればこうでなくてはな」
だがミグは違った。くすくすと小さく笑っていたかと思うと今度は大きく口を開けて、何かを吹っ切った子供さながら、左目に好奇の色を宿らせる。
「ちょっと揺れるわよ、覚悟しといて!」
イズが後方で目一杯舵を切る。が、声がしたその後で大きく船が煽られて、皆は必死に船の縁やロープにしがみ付く。それは巨大船からの大きな波が原因だった。水を切って進む量もこちらと比べものにならず、近付けばこちらが煽られる結果となる。
「イズ、これを。多少は何かの役に立つ筈よ」
ふらつきながら到着したカーミンがイズにとある人形をほうって寄越す。
「これは?」
「ベアトリクス人形…まあ曰く付きだけど、精神攻撃に有効だと思うわ」
カーミンの気遣い…声に対してだろう。それを渡すと彼女は監視台の方へ戻ってゆく。
「有難う」
イズがスイッチらしきものを押すと不気味に笑い出して効果はともかくぞくっとさせるなかなかの代物だ。
それをポーチに押し込み、再びイズは幽霊船を見据える。
(何て大きさよ。とにかくまずはこの波を凌がなきゃ)
逃げる進路を取るか、波を乗り越える道か。ここで船乗りとしての技量が試される。
(今逃げたら波の力で転覆させられる恐れがある。ぶつからない程度に上って徐々に離れるが吉)
そう彼女は判断して船に波を上らせる。その間は船側面を突かれる事がないから、敵の飛来も防げるだろう。
「今のうちじゃ。砲撃に自信がある者は甲板に砲弾を持って来い。今すぐじゃ!」
ミグが喜々とした様子で指示を飛ばす。彼女は機導師の長所を活かして、砲撃を担当するらしい。
カーミンは引き続きそれを上からサポートするようだ。
(あの船の形状…ホントいつのよ? 化け物クラスじゃない)
実際に造るならば莫大な資材と期間を要するだろうが、相手は幽霊…つまりは歪虚船だ。大方、色々な船を取り込んで出来ているのだろう。形状から何か判ればと思ったが、それには至れない。しいて挙げるなら、色々な船の寄せ集めといった印象。砲撃用の穴の下には複数のオールがあり、あれが大型船であるのにスピードを保てる仕組みとなっている。
(甲板は…駄目ね。敵だらけか)
双眼鏡を片手に弱点を探す。
だが、肝心のあちらの船尾甲板は監視台に上って尚、高低差がありはっきりとは見て取れない。
(砲撃に関しても全弾こっちを向くなんてありえないのに…幽霊船補正ってやつ? もうハッキリ言って何でもありかしら)
ここは暗黒海域で、いわば歪虚のテリトリー。つまりは常識で考えては馬鹿を見るレベルなのかもしれない。
けれど、考える事を止めてしまえば何も出来なくなる。弱点があると信じ、この危機を切り抜ける方法を見つけるしかない。
「そろそろいい射程じゃが、カーミンどこがおススメじゃ?」
ミグが下から尋ねる。
「そうね…行けるならマスト? あるいはあのオールかしら?」
そこでカーミンが気になる部分をチョイスする。
「イズ、船を横に出来るかのう?」
そこでミグが尋ねて、その問いにイズは言葉より行動で返答。舵をギリギリまで切り返して、イズもハンターの期待に応えようと必死だ。既に舵に体重をかけてやっと動かせているこの状況。闇雲にやれば船尾の舵自体が壊れかねない。
(あんただって修羅場潜って来たんでしょ。この位我慢できるわよね)
それは船への言葉。元海賊船だというなら耐え抜いて見せろと。
その舵捌きに船は更に大きく傾いて…今度はざくろがすっ転ぶ。骸骨達とて再び縁にしがみ付く。
「やったれー!」
船員達の想いが声に乗って、船は巨大船と接触を免れる。
「やった」
「ふっ、なかなかやるのう。こっちも負けてられん。皆の者、開戦じゃ!!」
ミグの声が木霊する。しかし、幽霊船との戦いはまだ始まったばかりであった。
●数
砲撃手達の砲弾が幽霊船の腹を襲う。だが、派手な煙が上がるものの思う程の風穴は開かない。
「おい、あれ…」
一人がその風穴を前に声を上げる。その声につられて、そこに目を向けた者達の目が更に大きく見開かれる。
なぜなら、空いた筈の穴がみるみるうちに塞がっていくではないか。
「ちっ、やはりそう簡単には壊れんか」
相手が歪虚という事もあって予測はしていたが、これを見てしまってはこちらの士気はただ下がり。不安が心の隙間に滑り込む。それに加えて、接近が仇となり幽霊船からは飛び移ろうと飛び出してくる骸骨兵士の姿も見受けられる。
「やっぱ無理だよ」
「もう駄目だ…」
一人の呟きが別の一人に伝染する。
(これはまずいな)
シルバーバレットのお頭がそれを察知し、彼は腰に下げていた自慢の銃を取り出して迷うことなく発砲する。
突然のその銃声にぴたりとざわついていた船員が動きを止める。
「野郎共、何弱音はいてやがる! これ以上女神を信じないなら俺がぶっ飛ばすぜ?」
その一喝が場を制した。
「諦めないで! 絶対弱点はあるわ…私が見つけるまで踏ん張りなさいっ!」
カーミンもそれに便乗し気合を注入。船員達はこの状況を打破しなければ、どの道命はない事を理解する。
「次はマストじゃ。柱は遠いからのう、よく狙うのじゃぞ」
ミグが言う。
「有難う、助かりました」
セルクが二人に言う。
「馬鹿いえ、そんな事言ってる間に次がくるぜ」
だが、シルバーバレットが見据えるその先には幽霊船からの第二波があり、戦況は未だよろしくない。
「これじゃあ埒があかないよ」
ざくろが息を切らしながら言う。骸骨兵士は普通の骸骨と違って結構硬い。剣と盾を持っている事により器用に急所への攻撃を防いで反撃に転じてくるからだ。一手に数体を引き受ける彼にとっての切り札は攻性防壁での弾き飛ばしによる敵の転落だが、本体を弾くならまだしも盾や剣を弾いたくらいでは海に落とす事までは出来ない。そこで他の仲間と連携を考えるもそれぞれが受け持っている数が多くうまくいかない。
(サクラは今回守り重視だし、錬もあれではきつそうだな)
アフターバーナーを駆使して、複数を走り抜ける形で斬って回る彼。
けれど走り抜けながら斬るという事は逆に一体を的確に追い込む事は出来ない。それでも地道にダメージを与えているように見えるが、長期戦を考えるとスキルの乱用は危険だ。となると残るは真。
真の方は皆のマテリアルを活性化する為に星影の唄を歌いながらの戦い。よく立ち回ってはいるが、集中は幾分途切れ気味で薙ぎ払いの威力が思ったよりも弱い。
(一体、どうすれば…)
イズも精一杯船を走らせ、幽霊船を振り切ろうと頑張っている。
だが、船体差が大きく、いくら早く走らせようと激突を避けるので精一杯。
ガキィン
ざくろに向けられた剣を辛うじて盾で受け止める。歴代の猛者に比べれば雑魚の筈なのに、数の暴力とは侮れない。眼球のない瞳の奥をぼぉっと光らせて我武者羅な攻撃。雑過ぎるそれがまた厄介だ。
「いい加減に…」
「ダメよ、イズ! そこはっ!!」
ドガァァンッ
言いかけた言葉が遮られ、耳に届いたのは大きな音。足場がさっきよりさらに大きく揺れまたも転倒。
他の仲間もこけずともその異変に何事かとイズのいる船尾に視線を送る。
「イズ、大丈夫?」
するとその先にはその衝撃で弾かれ、倒れたイズを庇いに降りるカーミンの姿がある。
「…ッ、大…丈夫。それより何とか、しないと…」
打ち付けた身体が痛い筈だが、それでも舵に向かう彼女。が、舵を握れどびくともしない。
「ゴメン、私のミスね」
カーミンが悔しげに言う。寄りにも寄ってこんな時に…イズの船は座礁したのだ。
幽霊船の影に入っていたから岩に気付く事が出来なかった。
が、言い訳は後だ。このままここに留まる事になってはあの船の餌食となる。
「錬、見てこれるかしら?」
空渡が可能な彼にカーミンが尋ねる。
「もとより行ってこよう」
彼は即座に状況を把握し、そちらに向かう。
「だったらここは何としても持ち堪えなきゃ…ってことで吸い込め電磁の渦!」
ざくろがガウスジュエルを発動する。
「助太刀いたします」
サクラをそれを知って、彼の後方に位置しミレニアムを展開。傷軽減に務める。
だが果たしてこれでいいのか。迫る幽霊船、動けない船。ここまでくるともう守ってばかりはいられない。
(ならばやるしかない)
真が決意し、口を開く。
「すまない。突破口を開く為、ここは任せていいか?」
いつもの真とは違い、真剣な口調で仲間にそう尋ねる。
「真さん、まさか」
サクラが言葉を終える前に彼は準備していた魔法の箒に手を伸ばす。
「駄目よっ、シン! 一人でなんて!」
「大丈夫だ。問題ない」
止めるカーミンを振り切り、彼は薄霧の空へと飛び立った。
●劣勢
魔法の箒とは便利なものだ。マテリアルさえあれば空中に飛び出せるのだから。
真は剣を抜いたままで問題の幽霊船へと接近する。幸い、相手の砲撃は上空へは向かないらしい。
接近していた事もあり、あっという間に幽霊船の上にやってくる。
「なんて数だ…」
カーミンにこれが見えていなかったとは思えない。とすると、船員達の事を考えて口を閉ざしていたか。
甲板には数多くの骸骨兵がひしめき、一部は砲撃手として待機している。
(何か他には…)
敵を倒すとまではいかなくてもスピードさえ遅らせられれば、こちらにもチャンスはある。
それを必死に探す余り彼は少しばかり失念していた。オカリナの音がイズの船を守っていた。
だが、その船から離れてしまえばその効果は徐々に薄れてゆく。
しゅるると足に巻きつく布。その違和感にハッとしたが、もう遅い。マストで揺らいでいた布が彼の足を絡め取る。そして、足に電流が走り箒にしがみ付く足に力が入りにくくなってくる。
「シンったら、何やってんのよ!」
カーミンがそれを双眼鏡で捉え舌打ちする。だが、今ここから空渡を発動した所で果たして間に合うか。
それでも仲間のピンチに行かないという選択肢はない。
その間にも真の足からは力が抜けていき、必死で振り払おうとするもうまくはいかない。
加えて別の布も好機と見たら、彼の方へと直進してくる。
(クッ、こうなったら仕方ない)
真が覚悟を決める。布に絡め取られる位なら、ここは一か八か自ら身を上げうってこの場を切り抜ける。そう思い彼は迷う事なく身を投げた。すいーっと布が真のいた場所を通過する。だが、真自身はそのまま落下。甲板目掛けて真っ逆さま。が、その過程で彼は目撃する。
(あれは船長か?)
てっきり船自体が意志を持って動いているのだと思っていたが、どうやら舵を取る者がいるらしい。
それは人型をした影のようにも見える。しかし、見取れたのは一瞬のみ。そのまま甲板に激突する。
『真っ!!』
『真さん!』
そんな仲間の声が聞こえたが、今は答えられそうにない。
衝撃による土煙が晴れるとそこには彼を待つ大量の骸骨兵士の顔、顔、顔。
(さて、何処から捌こうか)
節々の痛みを気力で黙らせて彼が立ち上がる。だが、どう見ても彼一人でどうにかなる数ではなかった。
一方、自分もあちらに向かいたいところだが、足止めを食っている錬。
座礁した船を動かす為、半ば強引に邪魔している岩の破壊を試みる。
「こうなると判っていればハンマーを持参したんだが」
彼の本職は刀工、つまり刀鍛冶だ。という事はハンマーの扱いは慣れている。
だが、贅沢を言っている場合ではない。早速一点集中でその場を行き来する形でアフターバーナーを繰り返す。
が、岩もさすがに簡単には砕けない。大太刀が壊れるのが先か、岩が破壊されるのが先かの根比べ。それに加えて、こちらには空渡の持続時間が限られているから困りもの。
しかし、それでもやるしかない。
幽霊船がぶつかってこない所を見ると、あれはこちらを壊すより取り込む事を選んだと見える。
そう、無念の声が言っていた…仲間を増やせと。増やした所で目的があるとは思えないが、敵はこちらの生きた人間を狙って骸骨兵士を乗船させてくるだろう。となると急がなければ皆が危ない。こちらの砲撃音はするものの、弾が尽きるのも時間の問題と思われる。
(一刻も早く終わらせなければ)
彼がいつになく焦る。このままでは船が、皆が志半ばで沈められてしまう。
そんな危機を抱いているのは何も彼だけではない。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
肩で息をしているざくろ。
傷はサクラのおかげでそれ程深いものはないが、それでも戦い続けるとなるとそれなりに体力は消耗する。
「大丈夫です。きっと真さんが…だから私達は私達のできる事を」
そう言うのはサクラだ。対布戦の時もそうだったが、ここで泣き言を言ってはいられない。ミレニアムとラストテリトリーを交互に展開し、彼女自身も出来る限りの敵をルーンソードと魔導銃をうまく使い分けて立ち回る。
が、いくらやった所で敵は怯まない。それが不気味で仕方がない。判っていても表情に出ないだけで手応えがなく、効いているのかどうかも怪しく思えてくる。
「怯むな。こんなもん数打ちゃ当たるのじゃ。今が踏ん張り時! 男を見せよ!」
ミグも声を出し、砲撃手達の士気を下げないように努める。彼女自身も神の御手を駆使し、時に解放錬成で難しい場所への砲撃を担当し奮闘中。数の差を何とか持ちこたえているが、消耗戦という所は否めない。
「カーミン、アレを頼むのじゃ」
幽霊船に向かう彼女にミグが声をかける。
「了解っ」
彼女はそう言い、まずは幽霊船の縁へ。そこには骸骨兵士が下りようと垂らしたロープがある。
「言っとくけど、この先は地獄行きよ。ってもう生きてなかったわね」
錬同様空渡で空中をかけ、船に乗り込む前にアサルトディスタンスでロープを全て切り落とす。すると途中の骸骨達は落下し、運よく甲板に落ちてもその衝撃で暫くは動けない。勿論海に落ちたものはそこで、はいそれまで。さすがにそこから乗船まで出来る者はいない。
「待ってて。死なせたりしないわ」
真の現状が気になる。乗り込みざまに襲ってくる骸骨を蒼機刀で蹴散らして…そこで目にしたものは無残な箒。
あれは真が乗っていたものに間違いなかった。だが、その箒は真っ二つに壊れ、船の端に転がっている。
そして、骸骨の集まる先…そこには辛うじて立っている真の姿がなんと二つ。
「え、ええっ!?」
思わず彼女が素っ頓狂な声を出す。
「カーミン、私が本物だ」
「いや、私が本物だ」
二人の真が互いに自分の本物性を主張するこの展開。一体誰が予想しただろうか。
それはともかく二人の真が彼女に迫る。
「ちょっ、何よこれ…」
占いの才能なんてないし、もしあったとしてもこの状況ではうまく出来る自信はない。
しかし、どちらかは本物でもう一人が偽物であるのは間違いない。髪の分け目も立ち振る舞いも、そして口調もまるで同じで判断に困る。
(どうすれば…)
彼女が戸惑う。その間にも骸骨兵士達とて攻撃の手を止めない。隙あらばと斬りかかってくるのを何とかやり過ごしながら、この判断を迫られる。そこでカーミンは頭をフル回転。幸い、真とは交友関係を結ぶ程の仲ではあるから彼の性格はそれなりに知っているといっていい。
(そうよ、シンはこんな時きっと)
カーミンがかちゃりと手にした得物を構える。その様子に二人共ハッとして、続いて見せた行動が僅かに違う。
一人はごくりと息をのんでこちらの出方を窺っていた。が一方はカーミンのその様子にも眉を僅かに震わせただけで剣は構えず、こちらを見据えている。そんな二人に彼女はついに得物を振り被ると…。
片方が溜まらず動いた。それを彼女は見逃さない。
「あんたが偽物ね!」
彼女の攻撃を避ける様に跳んだ真をガーベラと言う名のランアウトで追撃する。
真は自分よりも仲間を優先する男だ。こういう時彼なら自分を躊躇する事無く斬らせると彼女は考えたのだ。
「ちっ…」
偽の真は小さくそう舌打ちし、今度は姿をカーミンへと変えゆく。
「何度やっても同じよっ!」
自分を斬る感覚は実に不思議なものだ。悪夢を見ているかのように目を見開き倒れていく姿を眼前で目撃するのだから。しかし、彼女も躊躇しない。表情を歪める自分を前に蒼機刀を振り下ろす。
「ナンテ奴ラダ」
カーミンに変身していた歪虚が言う。
「お生憎…アンタらよりはマシよ」
まだ喋れる敵を前にもう一撃と刀を振り被る。
だが、彼女の刀は寸での所であの布に邪魔されて、止めを入れるには至らない。
「おまえが何かは知らないが、これ以上今生きているヒトの邪魔はしないで欲しいな」
真がそう言い、それに向けて渾身の衝撃波を生み出す。
「お二人共無事ですか!」
その折にはサクラもソリを使ってこちらに到着。
半ば不時着気味に幽霊船の甲板に飛び降り、二人の傷を癒す。
「で突破口は?」
「あれだな…あの歪虚が舵を握っていた。ということはもしかすると」
「なるほど、あり得るわね」
船の要はやはり船長だ。骸骨兵士の他にあれしかいないとなれば、アレは恐らく司令塔。司令塔でなかったとしても舵を握っている以上、何らかの重要ポジションである事が考えられる。
「遅くなったが、いけそうか?」
そこへ錬も下り来てくれて、孤軍奮闘していた真にとっては渡りに船。だが、そうなると今度はイズの船の方が心配だ。けれど、ロープが切り落とされている今船に渡る手段は砲撃のみ。砲台の数は限られているから自ずと数は制限できるし、イズの船側も撃ち落しの手段を持っている。
「今はこっちに集中しましょう」
足を引き摺る真に肩を貸す形でサクラが言う。
「そうだね…これじゃあ足手纏いかもしれないけど、まだ出来る事はある」
そう言い、彼は三人に庇われた状態で歌い出す。それは戦闘開始冒頭にも歌われていた星影の唄。
この唄により仲間達のマテリアルが活性化してゆく。
「ここに立った今、守りは止めよ。一気に仕掛けるわ」
カーミンの言葉を聞いて、サクラがルーンソードを掲げる。
するとどうだろう。剣が神々しく輝き、戦う者達の心に温かな光を届ける。それはコールジャスティス。
戦場の士気を高める事の出来る不思議な光…加えて、能力も強化するという大精霊の加護による特殊スキルだ。
そして、その光と歌に応えるようにイズの船からも応援の旋律。イズの吹くオカリナの音がより一層音量を増し、幽霊船へにも影響を及ぼし始める。やって来たハンターを狙って、降りてこようとしていた布達がその音を聞き一斉に引き返す。
「さあ、いくわよ」
カーミンが言う。それに錬が頷いて二人は骸骨兵士らの隙間をぬって駆け、狙いは勿論操舵手と思しく歪虚だ。
疾影士のスピードを活かした二人はぐんぐん敵の元へと迫る。そして――。
ザシュ ザシュッ
入れ違う形で二人の刃が目標の敵を捉えた。
「グッ…ガァァァァァァァァァァァ」
それはその敵というよりは船全体から上がった叫び…それと共に船からも黒い靄が上がり、解け始めた氷の様に船の大きさが一回小さくなってゆく。加えて、心なしか速度も落ちたように感じて、ハンター達は互いの顔を見合わせる。
「なんじゃなんじゃ、奴らうまくやりおったか。という事はミグらももう一発花火を上げるかのう」
敵船の様子からそれを感じ取って、ミグはまだ弾の残っている者達に指示を出す。
「目標中央マストじゃ! 良ーく狙え、そして…撃てーーーっ!!」
セルク操縦の元、砲台が唸りを上げる。それと同時に布雑魔は被弾を避け天空に舞い上がり、丸裸になった柱に見事命中。柱はぽきりと折れ、甲板へ倒れ込む。
「みんな逃げるわよっ!!」
それを前にハンター達が飛び出した。真はサクラのそりに乗せて貰って、重量オーバーは否めないから半ば落下に近い形となってしまったが、それでも何もないよりはマシである。
「グォォォォォォォォォォン」
再び幽霊船から悲鳴が上がる。
おそらくあの影もこの船の一部で、アレを失った事により船自体が弱体化した。あの影はこの船にとっての核に近い存在だったのかもしれない。それを失くした今、船がやれる事は限られ、壊される度に苦痛の悲鳴を上げる。
「みんないるわね。今のうちにここを離脱するわよ」
戻ってきたハンター達を確認して、イズが再び舵を握る。その直後だ。
彼女の言葉を体現するかのようにこの海域であっても風が彼女の船を後押しするかのように吹き始める。
「一応魔導モーターに待機しておくのじゃ」
ミグがそう言い、モーターの元へと向かう。この戦闘のせいで現在地が判らなくなってしまった。
けれど今はそんな事を考えている暇はない。とにかく離れる。
それを最優先事項とし、彼女は船を走らせるのであった。
●能力
あの後も幽霊船はイズの船を追って来ているようだった。
しかし、発見した時程のスピードはなく操縦者を失った船は骸骨兵士を乗せたまま漂う様に進むだけ。相変わらず声は海から聞こえてはいたが、それでもあの船を撃退したという自信が、こちらにいい風をもたらす。
そこでハンター達は傷を癒す合間を縫って、イズにマテリアルの扱いについてを教える事にした。
なぜなら、察するにこのオカリナは彼女のマテリアルを原動力に効果を発揮しているように見える。とすると操り方が判れば、更なる効果も期待できる。どうすれば思った場所にマテリアルを集中できるかやそもそもの概念についてを日替わりで教えて、そこで得たやり方を次の旋律で活かすという訳だ。
「だいぶ安定してきたのう」
オカリナの光具合を見てミグが言う。
「そうだといいのだけれど、問題はそれより今の位置よ」
オカリナのおかげで雑魚の襲撃は受けないが、このままではいつこの海域を抜けられるのか判らない。
星が見えればいいのだがそれも叶わず、必死の逃亡からこっち、正確な現在地は不明なままだ。
「食料もだいぶ減ってきましたし困りましたね」
サクラもイズの元を訪れて、現状を報告する。
「いっそ魚でも釣るってのはどうかな? 案外、美味しいかも」
ざくろは皆を励まそうとそんな事を口にするが、皆は判っていた。
もし仮に魚がいたとしても暗黒海域の魚だ。食べたら具合を悪くする可能性が極めて高い。
冒険と聞くと楽しい事を連想する者が多いが、実際は危険な道だ。命の保証はない。
ただ、唯一救いなのはコンパスが使えた事だろう。以前とあるハンターから貰ったコンパスはちゃんと機能している。従って、進んでいる方角は確認できる為、とにかく同じ方向に向かえばいつかは陸に辿りつく筈だ。
「ルコさんが渡れたんだもの、大丈夫よ、きっと」
自分に言い聞かせるようにイズが言葉する。後何日、彼らはこの海を彷徨うのか。
そう感じて更に数日が経った時の事だった。
急に視界が開けて、見張りに立っていた者は何度も何度も目を擦る。
「光だ…ついに、抜けるんだ」
そうして船員が喜び、そのままに叫び出す。
霧の先には同盟ではない海。霧の晴れた空が彼女達を出迎えてくれる。
「やった…やったのね!」
その報告を受けて、イズも声を上げる。まだ対岸は遠いけれど、それでも死の海域をついに抜けたのだ。
「あぁ、神様…有難う御座います」
イズの瞳から涙が零れる。やっと見えた対岸にさすがのハンター達もホッとする。
そんな彼らにちょっとしたご褒美か。空を見上げれば太陽を囲むようにできた虹の輪がある。
「幻日環ですね」
セルクが言う。太陽が高く上る時にしか見られない現象であり、綺麗な輪で見られるのは稀なんだとか。
それがまるで彼らを祝福しているようではないか。
「やっと陸か」
錬が静かに言う。
「ちょっともっと喜びなさいよ! 私達偉業を達成したのよ!」
そう言うのはカーミンだ。人類としては多分二番目…ルコの次に暗黒海域を渡った人間なのだ。
「あはっ、凄いよ本当に。こんな大冒険、そうできるもんじゃないからね!」
リアルブルーから来たざくろはこの感動に打ち震える。
「やりました…本当、やっちゃったんですね」
「そうさのう。これだから長生きはするもんじゃて」
サクラの言葉に続いて、ミグは終始笑顔でまた一つ修羅場をくぐり抜けた事にご満悦だ。そこで対岸の港を探し場所を確認すると、どうやらここは辺境の隅だという事で――改めてこの航海の成功を実感する彼らであった。
「で、これからどうするのかな?」
宿を取り、今回の旅の労を労う中、真がイズに尋ねる。
ちなみに港では不思議がられたものの、まさかあの海域を通ってきたとは考える者はおらず、皆もその事をまだ公にはしていない。それはさっきもいったようにこの航海が歴史を変えてしまう程の大事で、慎重に動くべき案件でもあるからだ。
「そうね…どうしようかなぁ」
航海を終えて、彼女は改めて今回の事を考える。
ルコは何故真実をあの時ちゃんと訴えなかったのだろうか。
彼の書いた海図は見る人が見ればでたらめでない事は伝わる代物だった。海賊に暴われたとしても今の様にハンターのような存在に頼めば、取り返して貰う事は出来ただろう。それをせず、しかもあんな回りくどい謎まで残して彼はこの海図の真実を一部隠し、結局汚名を被る事を選択した。それにはきっと訳があった筈だ。
「やっぱり危険だから…?」
イズを狙った海賊の様に金目当ての者が現れて、もしオカリナに選ばれ吹けてしまったとしたら――あの航路を巡って争いが起こるかもしれない。選ばれた者はそれに巻き込まれ、自由に生きられなくなる。そして何よりオカリナがあっても、あの海域が危険な道である事に変わりない。
今回はたまたまハンターの協力と風に助けられただけ。毎回うまくいくとは限らないのだ。
「どうしました? 気分優れませんか?」
サクラがイズの様子に気付き、そっと尋ねる。
「あら、ごめんなさい。これからの事考えてて……とそうそう、それよりこれ! 忘れないうちに渡しておくわ」
イズがそう言って、用意していた紙包みをハンター達に手渡す。
「これは?」
「私の好きなブランドのベルトポーチよ。この航海を共にしてくれた仲間に、ささやかなプレゼント」
いつもの明るさで彼女が言う。
「まあ、そう言うなら貰っておこう」
錬が包みを開け、物を確認しながら言う。
そして、その翌日。彼女は思いの外迅速に『今回の事を伏せておく』という決断を下す。
「そう言う事だから、今回の成功は内緒にしてよね。それが一番だと思うの。だから、この後はアリエンヌさんに報告して…後はそうね。このオカリナは元の場所に返してくるわ」
彼女があっさりとそう言い切る。
「それは…正気かい?」
その発言に皆はビックリ仰天。折角の有名になるチャンスを彼女は自ら棒に振るというのだ。
「だってもう目的は達成したもの。それにあんなのがいる海域で商売なんてできないし」
あんなのとはあの船の事か。あの船の他にも出くわさなかっただけでまだ何かいるのかもしない。
「まあ、それもそうか」
彼女の言葉に皆が笑う。今までにない長旅であった。しかし、皆この短期間に得たものはとても大きいと思う。
イズは覚醒者として…この後の選択は彼女次第であるが、どっちを選んでも彼女の海好きは変わらない。
それに世界は彼女がこの事実を宣言しようとしまいと動き続ける。
暗黒海域を抜けた先でも人は同じように生活し、暮らしているように。彼らはこの経験を胸にまた歩む。
この時が終わるその日まで……彼らの『冒険』はまだまだこれから。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/08/04 14:14:42 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/08/04 13:13:52 |