ゲスト
(ka0000)
【血断】ポリュペモスの報復
マスター:三田村 薫

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2019/08/10 15:00
- 完成日
- 2019/08/20 01:39
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
その日、同盟の平原に、高さ十メートル近くはあるだろう、巨大なシェオル型歪虚が現れた。
ハンターオフィスは二十五名をかき集め、彼らは第一陣として出撃した。
しかし、第一陣は「空蒼作戦」の際に転移してきた経験の浅いハンターがほとんどを占めており、小型でも強力なシェオルが、更に巨大化したものに太刀打ちできる筈もなかった。あっという間になぎ倒され、戦況は苦しい物になる。
更に、このシェオルは魔法スキル的な攻撃も使用した。口から炎を吐き出し、それでかなりの損害を受けている。
唯一、機導師のマシューだけが魔導ヘリで参加しており、機銃による攻撃で陽動していたが、それでも限度があった。何しろ、身体が大きいので腕の一振りだけでかなりのリーチがある。ヘリを狙って、回避できたとしても、余波を食らって他が吹き飛ぶ。
「うわっ!」
かなりきわどい回避をしていたが、ついにシェオルの爪の先がヘリコプターに引っかかる。その勢いで、マシュー機は横に吹き飛んだ。
「制御不能。脱出します」
ローターが片方折れている。水平に回転しながらヘリコプターが落ちていった。操縦席からマシューが飛び出すのが見えた。ジェットブーツとアルケミックフライトだろう。
だが、制御できないヘリコプターの傍で、姿勢の制御が少々困難になる飛行状態でいることには別のリスクがあった。
機体ごと回転するローターがその背中を叩き切ったのだ。
悲鳴も上がらなかった。血しぶきを上げながら、彼は機体と一緒に落ちて行く。シェオルはその後を追おうとして──。
「あっちに行かせるな!」
猟撃士ナンシーが荷台から銃撃を浴びせながら怒鳴った。シェオルは振り返る。マシューの姿はトラックから見えない。
「援護します」
魔術師ヴィルジーリオ(kz0278)がブリザードを吹雪かせた。一瞬だけ凍結したが、呆気なく粉砕される。
「駄目か」
うなり声。シェオルがこちらに気付いたのだ。
「来るぞ! 退避しろ!」
今度は符術師ヴィクターが怒鳴った。声が裏返っている。
太い叫び声を上げながら、それはこちらに突進した。その口から、マテリアルの球体を放つ。着弾箇所で爆発した。悲鳴が上がって、巻き込まれたハンターたちが吹き飛ばされる。
「クソ! 怪獣映画かなんかか!?」
今度は三本の光線が放たれた。
「冗談──」
ヴィルジーリオはUターンして加速したが間に合わなかった。光線がバイクに直撃し、彼はバイクごと吹き飛んだ。
●
『ヴィクター!? 俺だよ! 次の出撃準備整ったから戻って来い!』
突然、来ていないはずの疾影士エドからスマホに伝話が入った。どうやら、後続が集まって、その中にいるらしい。
「了解した」
『あのヘリは……』
「マシューだ」
『は?』
「おい、撤退するぞ! 生きてる奴連絡寄越せ!」
「ベイジルが死んだ……」
「助けて! 足が動かない……」
「待って今……ああ!」
「クインシーとエイブがいない!」
阿鼻叫喚だった。最初に派遣された二十五名のハンターの内、十五名と連絡がつかなくなっている。比較的軽傷、あるいは奇跡的に無傷で済んだ十名は、全速力でメガ・シェオルから離れて本陣に戻った。
その間に集められていた第二陣のハンターたちが、交替するように出撃する。
出迎えるようにシェオルは両腕を広げ、天高く咆吼した。
●
「迎えに行かなきゃ」
エドはバイクのエンジンを掛けると、本陣を出発しようとした。それにジョンが声を掛ける。
「迎えに行くって、誰を迎えに行くって言うんだ」
「マシューだよ! 覚醒者ならそんな簡単に死なねぇから! 今探しに行けばまだ生きてるかも!」
「待て、僕も行く」
「行こう」
二人はバイクに乗って、ヘリコプターに向かって走り出した。
「……ヴィクターの奴……泣いてないよな……ナンシーはキレてそうだけど……」
エドがぼそりと呟いた。
その日、同盟の平原に、高さ十メートル近くはあるだろう、巨大なシェオル型歪虚が現れた。
ハンターオフィスは二十五名をかき集め、彼らは第一陣として出撃した。
しかし、第一陣は「空蒼作戦」の際に転移してきた経験の浅いハンターがほとんどを占めており、小型でも強力なシェオルが、更に巨大化したものに太刀打ちできる筈もなかった。あっという間になぎ倒され、戦況は苦しい物になる。
更に、このシェオルは魔法スキル的な攻撃も使用した。口から炎を吐き出し、それでかなりの損害を受けている。
唯一、機導師のマシューだけが魔導ヘリで参加しており、機銃による攻撃で陽動していたが、それでも限度があった。何しろ、身体が大きいので腕の一振りだけでかなりのリーチがある。ヘリを狙って、回避できたとしても、余波を食らって他が吹き飛ぶ。
「うわっ!」
かなりきわどい回避をしていたが、ついにシェオルの爪の先がヘリコプターに引っかかる。その勢いで、マシュー機は横に吹き飛んだ。
「制御不能。脱出します」
ローターが片方折れている。水平に回転しながらヘリコプターが落ちていった。操縦席からマシューが飛び出すのが見えた。ジェットブーツとアルケミックフライトだろう。
だが、制御できないヘリコプターの傍で、姿勢の制御が少々困難になる飛行状態でいることには別のリスクがあった。
機体ごと回転するローターがその背中を叩き切ったのだ。
悲鳴も上がらなかった。血しぶきを上げながら、彼は機体と一緒に落ちて行く。シェオルはその後を追おうとして──。
「あっちに行かせるな!」
猟撃士ナンシーが荷台から銃撃を浴びせながら怒鳴った。シェオルは振り返る。マシューの姿はトラックから見えない。
「援護します」
魔術師ヴィルジーリオ(kz0278)がブリザードを吹雪かせた。一瞬だけ凍結したが、呆気なく粉砕される。
「駄目か」
うなり声。シェオルがこちらに気付いたのだ。
「来るぞ! 退避しろ!」
今度は符術師ヴィクターが怒鳴った。声が裏返っている。
太い叫び声を上げながら、それはこちらに突進した。その口から、マテリアルの球体を放つ。着弾箇所で爆発した。悲鳴が上がって、巻き込まれたハンターたちが吹き飛ばされる。
「クソ! 怪獣映画かなんかか!?」
今度は三本の光線が放たれた。
「冗談──」
ヴィルジーリオはUターンして加速したが間に合わなかった。光線がバイクに直撃し、彼はバイクごと吹き飛んだ。
●
『ヴィクター!? 俺だよ! 次の出撃準備整ったから戻って来い!』
突然、来ていないはずの疾影士エドからスマホに伝話が入った。どうやら、後続が集まって、その中にいるらしい。
「了解した」
『あのヘリは……』
「マシューだ」
『は?』
「おい、撤退するぞ! 生きてる奴連絡寄越せ!」
「ベイジルが死んだ……」
「助けて! 足が動かない……」
「待って今……ああ!」
「クインシーとエイブがいない!」
阿鼻叫喚だった。最初に派遣された二十五名のハンターの内、十五名と連絡がつかなくなっている。比較的軽傷、あるいは奇跡的に無傷で済んだ十名は、全速力でメガ・シェオルから離れて本陣に戻った。
その間に集められていた第二陣のハンターたちが、交替するように出撃する。
出迎えるようにシェオルは両腕を広げ、天高く咆吼した。
●
「迎えに行かなきゃ」
エドはバイクのエンジンを掛けると、本陣を出発しようとした。それにジョンが声を掛ける。
「迎えに行くって、誰を迎えに行くって言うんだ」
「マシューだよ! 覚醒者ならそんな簡単に死なねぇから! 今探しに行けばまだ生きてるかも!」
「待て、僕も行く」
「行こう」
二人はバイクに乗って、ヘリコプターに向かって走り出した。
「……ヴィクターの奴……泣いてないよな……ナンシーはキレてそうだけど……」
エドがぼそりと呟いた。
リプレイ本文
●ウーティスの出陣
第一陣の生き残りが戻ってきた。エドがリストと照らし合わせる。
「十五人もいなくなったの!?」
「探してくれよ!」
エドの驚愕にヴィクターが怒鳴り返す。
(誰にでも起こりうる一瞬の差と運。でもそれを仕方ないと言える程俺達は……)
ユリアン・クレティエ(ka1664)は落ちたヘリコプターの尾翼を遠くに見ながら眉間に皺を寄せた。
(足掻こう)
「ユリアン出られるか!? 俺たちも援護する」
ヴィクターが再び魔導トラックの運転席に座った。ナンシーは荷台だ。
「うん。行こう。でも、ヴィクターさんナンシーさん気をつけて」
彼はマテリアルの羽を周囲に舞わせた。
「借りを返すにも何かあったらマシューさんに叱られるからね」
「正直CAMが必要な相手のはずじゃがぁぁぁ」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)はメガ・シェオルの巨体を見上げて叫んだ。でかぁい! と、驚きを禁じ得ない。
「こんなん生身でやれとかないわぁぁ」
守護者ですらないんだぞぉ、と思わないでもないが、邪神戦争で疲弊した愛機をひっぱり出すのも大人げない。こうなればやけくそである。
ミグの叫びに応じたわけでもないだろうが、シェオルもまた甲高い声で叫んだ。あれだけでかいくせに、声が野太いとは言えないところがまた気持ち悪い。
「ええい、ままよ!」
彼女はオイリアンテを担いで出発した。正面からでなく、側面から砲撃屋として行動するつもりだ。
(火を噴くなら炎属性の可能性が高いかのぉ)
荷物には属性弾丸もある。百メートルも離れていれば、相手の攻撃圏外だ。ミグは慎重に機会を窺った。
アルマ・A・エインズワース(ka4901)は、墜落機方向にバイクを向けているエドとジョンに走り寄った。
「エドさん、ジョンさん! 僕も行くです!」
「本当? アルマが来てくれるんだったら心強い! あいつがこっち寄ってきたらぶちのめして!」
「私も行きます!」
穂積 智里(ka6819)が星神器・ゾモロドネガルを携えて駆けつけた。この刀には、仲間を癒す力が秘められている。この力をもって、救助に当たるつもりだった。
「私に出来ることは敵を足止めする事だけです。救護はよろしくお願いします」
彼らに、フィロ(ka6966)が一礼する。
「よし、行くぞ!」
四人は墜落機方向に向けて出発した。
ラスティ・グレン(ka7418)はエドたちよりも先にヘリに向かって精霊馬で走っていた。
先日、グラウンド・ゼロで歪虚に囲まれて大ピンチだった時のこと、ヴィクターとナンシーが助けに来てくれたことは覚えている。
(ちっぱいなねえちゃんは天使だった。おやっさ……あんちゃんには滅茶苦茶迷惑かけた)
その二人にはもう一人仲間がいたことも覚えている。その彼が、今死にかけていると聞いた。ありったけのポーションを持って、彼はバイクで墜落機を目指している。
シェオルが吼えた。マテリアルが動くのを感じて、彼は巨躯を見据える。
カウンターマジックを行使した。炎を噴き、ファイアーボールやデルタレイに似た技も使うなら、魔法的な機序でマテリアルを操っている筈だ。それなら、カウンターマジックも有効。
確かな手応えを感じる。干渉を受けたシェオルが、苛立つように叫ぶ。
(やった……!?)
しかし、それも一瞬のことだった。もう少しだった。もう少しのところでシェオルの術を止められた。ラスティの読みは確かに当たっていて、それはカウンターマジックが有効なものだったのだ。
「畜生!」
シェオルが抗いきった。ラスティの押さえ込みを跳ね飛ばしたのだ。デルタレイに似た光線が、ハンターたちを狙う。幸いにも三本しか光線は出ないようで、狙われる三人の内にラスティは入っていなかった。
その間に、マシューの方へどんどん人が流れていく。ラスティはその後を追った。
「エドとジョンに近づけないようにしなくちゃ……!」
天王寺茜(ka4080)はバビエーカに騎乗してシェオルに接近を試みた。
(あと他に離脱できていないハンターの救助も!)
先発隊二十五名の内、十五名が帰還できていない。生きていて動けないなら、手当して連れて帰らなくてはならない。
「大きいわね……でも、負けないわよ!」
彼女はバイクを加速させた。
レオーネ・ティラトーレ(ka7249)は表情を硬くすると、カイン・シュミート(ka6967)がトライクに取り付けたサイドカーに乗り込んで、ライフルを構えた。特殊部隊が着るようなツナギを着て、サイドカーからスナイパーライフルを構えるその姿は、まさしく狙撃手である。
「出してくれ、ヘル・カイン」
「了解」
ラスト・バレットを装填する。カインはヘリとは反対方向へ、迂回するようにバイクを走らせた。最低でも百六十メートルから離れたところで狙撃すると聞いているので、敵との距離を慎重に計りながら走行した。黒いツナギにバイザーつきヘルムをかぶった彼は、連絡役兼運転手としてレオーネに同行している。ライディングファイトも、バイクの機動力を高めるために準備してきた。
ラスティのカウンターマジックがかかった。
「いけるか?」
「いや……はねのけたな」
カインの言うとおり、シェオルはラスティの干渉を払いのけた。デルタレイに似た光線が放たれる。二人は射程の外にいた。接近していたハンターたちも無事に回避したようだ。
多重性強化が施された。レオーネは銃口を上げて、巨体に狙いを定める。
その顔に、いつもの陽気なイタリア人の表情はない。
「デカブツ相手は楽でいいわね。仲間を巻き込まず撃てるもの」
マリィア・バルデス(ka5848)は新式魔導銃を持ってシェオルから百二十メートル離れた所に陣取っていた。シェオルの光線を、仲間たちが回避したところで、空に向かって引き金を引く。飛んで行った弾丸は、すぐにマテリアルを纏って降り注いだ。
光の雨の中で吼える巨大なシェオル歪虚──。
神話の様だ、と言う者もあるかもしれない。そんな眺めだった。その様子を見ながら、マリィアは壊滅した第一陣の方角を見て、小さく呟く。
「せっかくここまで来たのだもの……生き残れると良いわね」
軍人とは民間人を守り、誰かを守って死ぬモノではあるが、そう思わずにはいられなかった。
シェオルにとっては名もなき大勢だろうが、彼らにもここまでの道のりがあったのだから。
●空蒼の縁
ハンクがバイクに乗って今まさに発進しようとしていたその時だった。
「ハンク、分かってると思うが突出するなよ! こっちにゃ回復が不足してるんだ!」
トリプルJ(ka6653)がハンクに険しい顔で釘を刺す。
怒りで目が眩んで命を落とすというのは、戦場ではよくある話だ。トリプルJたちはそれを込みで立っている。
だが、ハンクは違う。職業軍人でもなければ、やりたいことがあってハンターになったわけではない。イクシード・アプリの上書きの為の契約だ。そんな彼らに、それを飲み込め、ということはできない。恐らく前提から違うので理解されないだろう。
(少し前まで学生のヒヨッコだ。俺達が守ってやらんでどうするんだ)
「お前の術より敵の術射程の方が長そうだ。いざとなったら迷わず逃げろよ」
「了解しました。正直、痛いのは嫌いです」
自爆なんて二度とするもんか。ハンクは頷いて、バイクを走らせた。
星野 ハナ(ka5852)は状況を把握して身が竦む思いをした。
空蒼作戦のあと、転移して契約するヴィクターたちにハンター講習をした内の一人がハナだ。ヴィクター、マシュー、ナンシー。この三人の中から死者が出るかも知れない。
(本当は私も助けに行きたい)
けれど、彼女は同じ符術師のヴィクターの手を取って熱弁した。符術師というものは、
「回復以外のオールラウンダーなんですよぅ! 私がこっちに参加しなくてどうするんですぅ!」
四天封滅を握りしめて、彼女はシェオルに向かう。既にユリアンやメンカル(ka5338)たちがシェオルに接近していた。
●ポリュペモスの報復
デルタレイに似た光線が放たれる。ナイトカーテンで姿を隠していたメンカルは、その下をかいくぐってシェオルに接近した。
光線に狙われたユリアンと時音 ざくろ(ka1250)、鞍馬 真(ka5819)、も光線を回避。徐々にシェオルを囲んでいく。そこに、マリィアのリトリビューションが降り注いだ。
「お前の相手は私達だよ、デカブツ!」
普段の彼を知る者なら、思わず本当に本人か見直してしまうような苛烈な言葉を吐きながら、真は背後に回り込んだ。
ユリアンは風を纏ってシェオルの背を駆け上がった。猫背気味の姿勢が、こちらに有利に働く。彼は肩まで一気に登ると、精霊刀を振りかぶった。その刀身に、変質したマテリアルを纏わせる。毒による天誅殺を放つ。後頭部にざっくりと刺さった。雄叫びが上がる。
メンカルもそれに合わせて天誅殺を敢行する。突然現れた相手に、シェオルは驚いているようにも見えた。ルーンの刻まれた刃が、炎の蛇と共に腹へ食らいつき、裂くが、ヒトのように臓物が出てくることはなかった。
シェオルが身体を振るった。ユリアンは、突き刺した刀に掴まって辛うじて立っている。振り回した腕を、メンカルは軽く回避した。
「行かせねえよ、てめえの相手はこっちだウスノロ」
トリプルJのファントムハンドがシェオルをがっちりと捉えた。これで、当面墜落機方面に行ってしまうことはない。そのまま、古代大剣ウェンペを振るい、ワイルドラッシュを叩き込む。
青い炎が舞った。真の刺突一閃が炸裂したのだ。炎が空気を炙る音が聞こえるかのような、鋭くも重量のある一撃。そして、蒼葬。カオスウィースに掛けられていた蒼炎華が一気に放出されたのだ。青い炎が、シェオルの足下で燃え上がる。
「行くぞ!」
反対側から響くレイア・アローネ(ka4082)の怒声。シェオルの脚の向こうで、カオスウィースと星神器の刀身が閃くのが見えた。
二刀流から、アスラトゥーリ。魔法剣のオーラがシェオルを貫通した。
「食らえ! お返しだ!」
シェオルの悲鳴に負けない気迫のざくろが、デルタレイを放つ。別の角度から、茜もデルタレイ。ここまで大型の相手なら、光線を三本当てることも可能だ。二人とも、装備の薄いハンターなら一瞬で無力化できるような威力を持っている。それが六本。決して軽いダメージではない。
ハナの五色光符陣が炸裂した。結界の端にシェオルをひっかける形で、距離を取っての攻撃だった。
●マシューの救護
アルマ、智里、エド、ジョンの四人は、墜落機周辺を探してマシューを見つけ出していた。
「ひっでぇ」
背中がざっくり割れていた。わずかに呼吸はしていて、動く度に血が流れ出している。これで本当に生きて帰れるのだろうか? 放って置けば、命があったとしても、もうハンターとして活動することはできないだろう。
「お友達ですもん。でなくてもお友達の大事な子は大事にするです!」
アルマは祈りを捧げた。アンチボディの効果で傷が癒される。元々の傷が酷いので、劇的な改善はされないまでも、それでもさっきより生への望みが拓かれた。ジョンも慌ててヒールを掛ける。
「みんなを助けて下さい……レメゲトン!」
智里も、ゾロモドネガルを抜き放ち、その力を解放した。余波がシェオルを襲う。
この範囲の中に、逃げ遅れた第一陣もいるなら、この癒やしの力の恩恵を受けられるはずだ。
「どう?」
エドが覗き込む。シェオルがこちらに来ないかの見張りをしているが、他のハンターたちから袋叩きに遭っていて、とてもこちらに突撃してくる余裕はなさそうだ。
「わからん」
「回復効果はあると思います」
智里が祈るような表情で応じた。アルマと二人で、アンチボディを施し続ける。
「わう……ちょっと傷がマシになってきた様に見えますです」
『エド? 僕だけど、マシューさん大丈夫?』
ハンクから通信が入った。
「お前呑気に通信してて大丈夫なのか?」
『トリプルJさんに言われて、ちょっと様子見ながらやってるから』
「気を付けろよ。マシューだけど、とりあえず息はある。意識はねぇ。アルマと智里がありったけ回復してるけど……プロペラで背中ざっくりいったみたいで……」
『痛そう』
「痛そうだよ」
「見ろ、エド。血が止まった」
ジョンが指すとおり、流れ続けていた血が止まりつつある。
「良かった……」
智里が胸をなで下ろす。術の行使は続行したままだ。
「このままありったけ使いますっ! そうしたら、動かせるくらいにはなるはずですっ!」
アルマも、治療効果が目に見えて張り切っている。
「アンチボディめっちゃ効いてる」
『良かった』
「あんちゃん」
そこに、追いついたラスティが息せき切って駆け込んだ。両腕にポーションを抱え込んでいる。
「なああんちゃん大丈夫か? これ飲めるか」
彼はポーションの瓶を開けると、横を向いたマシューの口にそっと垂らした。
「ポーションも追加。大丈夫そうだ。お前はバトルに専念しろよ」
『ポーション? 意識は戻ったの?』
「まだ」
『じゃあ勧めない。誤嚥するかもしれないから』
「ごえんって何」
『意識がないから、口に入れたものが食道じゃなくて気管の方に入る可能性がある。悪くて窒息。良くてもあとで肺炎になる可能性が』
「ラスティ、ストップ。下手すると窒息するらしいから、起きてから飲ませて。それまで取っといて」
「わかったよ」
ラスティはポーションを抱えたまま、マシューの傍で呼びかけ続けた。
「あんちゃん、大丈夫か? 戻って来てくれよ」
●膝を突く巨人
ミグとレオーネ、ナンシーは銃の性能とスキルが許す限りの間合いを取って銃撃を浴びせていた。
機導砲・紅鳴を使用したミグのオイリアンテにマテリアルがまとわりつく。更に、アルケミックパワーで銃を強化。マテリアルによる強化は終わらない。ミグは引き金を引くと同時に、銃のマテリアルを解放。その上で弾丸も加速させた。
風を切る音が、より鋭く響く。蜂の羽音よりも高く、針よりも強い一撃がシェオルの胴をぶち破って飛んで行く。
レオーネも続いた。目を細めて、マテリアルを込める。白い指が引き金を絞った。白い弾丸はこめかみを突き刺す。ナンシーが撃ったものは腕に当たった。悲鳴が上がる。
フィロが接近した。星神器・角力の力を解放し、縮地移動で迫る。腕を引いて、白虎神拳の一撃を放った。
その一撃は強かにシェオルを打ち据える。
「あ」
最初に異変に気付いたのは、肩に乗っていたユリアンだった。彼はトランシーバーに向かってありったけの声で叫ぶ。近くにいた者は、肉声を聞いた。
「倒れるぞ!!」
叫んですぐに、背中の上を駆け下りる。
「シェオルの近くにいる者は全員退避しろ。倒れるぞ」
カインもインカムで警告を発した。
「逃げろ! 潰されんなよ!」
ヴィクターも運転席から怒鳴る。彼は倒れるシェオルを見て目を剥いた。
「何だ!? 何が起こったんだ!?」
『白虎神拳を使用いたしました、ヴィクター様』
当のフィロから返答があった。
『相手の意識も奪い去る、必殺の一撃でございます』
シェオルが膝を突く。大地が揺れた。包囲していたハンターたちが、その前面を避けて散開する。
「マジかよ……おっかねぇ技使うよな……」
「符術師だって相手のスキル全く使えなくする技持ってるじゃない……」
ナンシーも驚きのあまり、毒気が抜かれてしまったようだ。
「俺はまだ使えねぇ……」
その視線の向こうでは、鹿島の剣腕によって鎧徹しの追撃を加えるフィロの姿があった。
シェオルは完全に倒れ伏した。好機だ。ハンターたちは再び攻撃の準備に入った。
●第一陣の発見
「おーい! そこの君!」
茜は人の声に立ち止まった。見れば、第一陣のハンターだろうか。中年男性が血まみれの手を振っている。
「今行くわ! 大丈夫?」
「私は大丈夫だが、彼が、クインシーが……」
「今手当しますね」
呼んだハンターより若い男だった。
「天王寺茜と言います。あなたは?」
「私はエイブだ。茜くんだね。君たちが来てくれて助かったよ」
「エイブさんとクインシーさんが見つかったわ。クインシーさんは傷が酷いから、手当してから送りますね」
茜はインカムで伝達した。
『了解した。二人を頼む』
カインから短く返事が入る。
「茜様」
「玲瓏さん!」
戦馬の野分に乗った玲瓏(ka7114)がこちらに向かって来ていた。
「お手伝いします」
シェオル周りは今のところ、回避と防御に長けたハンターたちが多い。すぐに戻れる距離でもあり、玲瓏がこちらに来たところで特別不利になるようなことはない。
「ありがとうございます。心強いわ」
茜は微笑むと、救急セットを取り出した。玲瓏も神楽鈴を鳴らす。
「大丈夫よ。今手当しますからね」
「エイブ様も、どうぞお楽に……というのもおかしな話ですが」
シェオルが膝を突いた。大地が揺れる。クインシーが身じろぎした。玲瓏が玉響による空間の回復を行なった。
「風さやぎ さやげば凪ぐや そのままに 罹る傷 病を撫でて 平け和せ」
白緑色のそよ風が舞う。その中で、茜は先にヒールを用いた治療を行なった。その間にシェオルが倒れ、ハンターたちが士気を上げて向かって行く。
だが、次の瞬間、シェオルが意識を取り戻し、顔を上げた。自分の正面にいたざくろ、メンカル、真、レイアに向かってマテリアルの球体を撃ち出す。
「そんなの効くもんか!」
爆発する。ざくろは盾を構えてその衝撃を受け止めた。高い性能の盾は、ざくろをその爆風の中で無傷のままでいさせた。
「至近距離で撃たれると少々困るな」
そう言いながらも、メンカルはスペルブーツで地面を蹴って回避した。
「厄介な……!」
「危ない!」
レイアと真も持ち前の素早さで回避行動に出た。すぐ傍で爆音が聞こえる。
フィロが再び縮地移動で迫った。
「こちらでおやすみください」
再び、白虎神拳。続いて鎧徹し。シェオルがひび割れた悲鳴を上げる。白虎神拳の痛打で、シェオルの頭が地に着いた。
●搬送
ありったけの回復スキルを使ったアルマと智里は、マシューの様子を観察した。傷は大分良くなっている。あとは生命力だ。
「あんちゃん……」
ラスティが顔を覗き込んだその時だった。
マシューがむせた。咳き込んで身体を丸め、痛みに声を上げる。
「マシュー!」
意識が戻るには至らないが、身体が生きようとしている。そんな確信が、囲むハンターたちに伝わった。
「どなたかマシューさんを安静に運んで貰えますか。ここにはまだ動かせない他の方も居ます。シェオルがこっちに来ないようにしないと」
「俺たちでなんとか運ぶよ」
「俺も行く」
エドが言うと、ラスティがその腕を引っぱった。
「よし」
シェオルは、フィロの白虎神拳が効いていて動けない。倒れたまま、ハンターたちから袋叩きに遭っている。だが、先ほどの様にまたいつ起き上がるかもわからない。智里の心配ももっともと言えた。
「俺たちはマシューを運ぶから、智里とアルマは奴を頼む」
「はいですっ!」
アルマは頷くと、シェオルの方へ駆け出した。智里も後に続く。向こうでは、ハナの五色光符陣が光を放っているところだった。
メンカルは、弟の合流に気が付いた。
「お兄ちゃん! 戦況簡単にお願いしますです!」
「来たか、アル。白虎神拳が効いてる。さっき一度気が付いたようだが、追撃でまた大人しくなった」
「わかりましたです!」
白い翼が揺れた。
「うふふふっ。嫌なの、じゅっとしちゃうです」
「まぁ、腹は立つだろうな……よし、ぶつけて来い」
メンカルはコール・ジャスティスを発動した。アルマは兄の後押しを得て、マテリアルの収束を始めた。
智里はデルタレイでシェオルを狙い撃ちにしている。こちらに近寄るようならポゼッションによるノックバックを試みるところだが、今のところ身動きが取れないなら、攻撃しか選択肢はない。デルタレイの命中を確認すると、彼女はトランシーバーに向かって叫んだ。周囲の仲間にも聞こえるように。
「マシューさん、持ち直しました! 今ラスティさんたちが運んでいます!」
「良かった!」
智里の報告に、レイアがシェオルから目を離さないまま応じる。彼女は天羽羽斬の力を解放した。
「行くぞ!」
オロチアラマサは相手が大きければ大きいほどその回数を重ねることができる。彼女はシェオルに接近し、星神器を振るった。
最後の一撃を叩き込むと、彼女は後ろに跳び退って距離を取る。ここまでの戦いで、かなりダメージは入っている筈だ。
真は蒼炎華を纏ったカオスウィースを突き出して、刺突一閃を放った。初手で威力の高い攻撃は使い切った。後は根気よく攻撃を続けるしかない。
ユリアンが再び、背に飛び乗って頭に天誅殺。トリプルJも、足下でワイルドラッシュを叩き込んでいる。
シェオルは呻いているが、起き上がる気配はない。わずかに脚が動き、トリプルJが大事を取って後ろに下がった。
●クロスファイア
マリィアはアルコルにフル装填していた。
狙いを定めると、ハイペリオンによる連続射撃をシェオルに見舞った。誤差を限界まで絞った九連発。シェオルが動けたとしても回避は難しいだろう。
同時に、レオーネの遠射が、祈りを込めた弾丸を飛ばす。色の付いた景色の中で、その弾丸はよく目立った。
「往生せいやぁぁぁ」
ミグが雄叫びと共に、高加速射撃による一撃を放った。
狙撃による集中攻撃に、シェオルの損傷は目に見えて激しくなる。
「連絡が来た。マシューは無事らしい」
カインの言葉に、レオーネは固い表情のまま頷いた。
「良かった」
その後ろ頭を見ながらカインも息を吐く。
(面識ねぇ奴でも死なれるのは嫌いだ)
持ち直した、と智里は言っていた。死の直面を避けただけで、実際容体は芳しくないのかもしれない。
走行と射撃を繰り返している内に、シェオルも徐々に弱って行くのがここから見てもわかった。これだけの数のハンターに囲まれて、袋叩きに遭うなら当然の帰結と言える。
カインは慎重にトライクを走らせている。レオーネが銃身を上げて、狙いを付けた。
『天王寺です! クインシーさんとエイブさんは送り届けたわ!』
『茜! じゃあこっち手伝ってくれ!』
『わかったわ。エド、場所を教えて』
茜とエドのやりとりが聞こえる。
ラスト・バレットが弾き出されて飛んで行く。レオーネは銃口を下げて命中を確認している。
「続報だ。はぐれた第一陣の内二人が帰還した。マシューは道中だ」
「了解した。ありがとう」
「往生せいやぁぁぁ」
ミグの高加速射撃が合流するように飛んだ。
●妖魔十字斬
アルマは準備を整えると、シェオルに近寄った。
「わふーっ! 大きいの撃ちます! 僕の直線上に立たないでくださいですー!」
その声に、アルマの直線上にいたハンターたちは退避した。ユリアンは背中から降り、距離を取る。アルマの左胸に蒼い炎が燃え上がった。
「僕の最大火力、持ってくです?」
いつの間にか、その手には金色の彼岸花が握られていた。
芯から蒼い炎が噴き出される。一直線にシェオルに向かい、焼き尽くした。苦痛の雄叫びで悶絶している。振り回された手が、ハンターたちの頭上を掠めた。
炎が止むと、ざくろが前に出た。機導剣・操牙で符のびっしり貼られた斧を浮遊させている。
「もうこれ以上誰も傷つけさせない……必殺超重剣・妖魔十字斬!」
カオスウィースの刀身が膨れ上がる。超重錬成だ。剣で斬りかかると同時に、斧も射出して、十字に切り裂いた。
●討伐完了
「エド! ジョン! ラスティさん!」
「茜! 玲瓏さん!」
茜の呼びかけにジョンがほっとした顔で応じた。
「マシューさんは……どうにか生き延びられそうね」
マシューの顔は、意識はないものの、生きている人間のそれだった。
「皆様、ご無事で何よりです」
「俺、重傷者なんか運んだことねぇんだよ」
エドの情けない言葉に、
「担架をもらってきましょう。お待ちください」
玲瓏が穏やかな口調で告げた。エドとジョンは顔を見合わせる。
「担架か……」
「思いつかなかったな……」
その時だった。耳をつんざくような悲鳴が、シェオルの方から轟いた。
「な、何だ!?」
ラスティが身構える。そちらを見ると、ざくろが突き刺した剣をシェオルから引き抜いているところだった。それは苦痛の雄叫びを上げると、腕を天に伸ばし、口を開いて更に咆吼する。
やがて、その指の先から煙のようなものが上がった。否、指先から塵になっていったのだ。
「や、やったぁ!」
耳を塞ぎながらエドが歓声を上げる。
一度塵になると後は早かった。あれだけの被害を出した巨大シェオルは、完全に消滅した。
●生還
カインがトライクを本陣に停めると、レオーネはすぐにサイドカーを飛び降りた。
「ありがとう、ヘル・カイン」
礼を述べるのは忘れず、彼の姿を探す。
見つかった。玲瓏とラスティの後ろ姿も見える。背中を怪我している都合上、うつぶせに寝かされている彼は、顔を横にして目を閉じている。
「シニョ……マシュー!」
敬称もなにもない。幾度か共に戦った仲間へ駆け寄る。
「還ってこい!」
何故自分は回復魔法が使えないのか。歯噛みする思いでその手を取り……。
「あの……」
小さな声に顔を上げる。
「おはようございます」
マシューがこちらを見て笑っていた。レオーネは目をぱちくりさせ、
「おはよう……」
「あんちゃん、もう元気だぜ」
ラスティがポーションの瓶を開けながら言った。
「智里さんとアルマさん、おまけに茜と玲瓏さんも追加で回復を掛けてくれたんで、もうすっかり良いんですよ。でも重体レベルなんですけどね。エドによると、最初は死ぬか再起不能になるんじゃないかって傷だったらしいですよ」
ハンクが後ろから声を掛ける。
「はい、ねえちゃん、もうポーション飲んでも良いんだよな」
「ええ、ですが、飲みにくい姿勢ですのでゆっくりがよろしいと思います」
玲瓏が頷くと、ラスティはポーションの瓶を開けてマシューにゆっくりと飲ませた。
「ありがとうございます」
戻って来たハンターで、マシューと面識があるものも三々五々、集まって来ている。
「良かったね。プロペラで背中切ったって聞いて、どうなるかと思ったけど」
ざくろがその様子を見て安堵したように言った。真も人だかりを覗き込み、
「あ、マシューさん意識が戻ったんだ……良かった」
「ああ……無事で何よりだ」
レイアも頷いた。
トリプルJがハンクに近寄り、
「お前も無事で良かったぜ」
「足止めしていただいてありがとうございました」
ハンクはぺこんと頭を下げる。
そこから少し離れたところでは、来てくれた仲間にヴィクターたちが礼を述べていた。
「ユリアン、ハナ、ありがとうな。心強かった」
「ううん。とんでもない。マシューさんも、二人も無事、シェオルも討伐できて良かったよ」
「貴方達が助けに来てくれるって言ったようにぃ、私達だって何度も助けに行きますよぅ。当然じゃないですかぁ」
二人ともにこにこしながら応じる。ヴィクターは控えめに立っているフィロにも手を振った。
「お前さん、立役者なのになんでそんなところでひっそりしてるんだ?」
「私はやるべきことをしただけでございます」
彼女は一礼する。その姿は慎ましやかな侍女そのものだった。
一方、エドとジョン。
「アルマの……お兄ちゃん!?」
ややがっちりした青年を「お兄ちゃんです」と紹介された二人は驚きの余り目を見開いて、穴が空くほどメンカルの顔を見つめていた。
「アルマがお兄ちゃんのつもりだった……」
「お前が幼いだけだ……あ、でも言われて見るとなんとなく雰囲気は似ているかも……?」
口々に言う。メンカルは咳払いして、
「兄のメンカルだ。弟がいつも世話になってい……纏わりつくんじゃない、こら」
ぺったりとくっつく弟をいなす。
「こ、こちらこそいつもお世話に……」
「残念ながら俺はこいつ程バケモノじみた火力も度胸もない。ただ避けるのが少し得意なだけの雑魚だ」
雑魚は天誅殺使えません。
「狂犬で駄犬だが、これでも可愛い弟でな。仲良くしてやってくれ」
「は……いえこちらこそ今後ともよろしくお願いしますです」
アルマに兄がいる……その事実に、何故かものすごくびっくりした二人は、ぽかんとしながらしばしエインズワース兄弟を眺めていた。
第一陣の生き残りも、少しずつ搬送されていく。やがて、戦いの名残は荒れた平原のみになるだろう。その平原も、その内に爪痕を癒す。
戦いは終わった。
後は、明日も生きていくだけだ。
第一陣の生き残りが戻ってきた。エドがリストと照らし合わせる。
「十五人もいなくなったの!?」
「探してくれよ!」
エドの驚愕にヴィクターが怒鳴り返す。
(誰にでも起こりうる一瞬の差と運。でもそれを仕方ないと言える程俺達は……)
ユリアン・クレティエ(ka1664)は落ちたヘリコプターの尾翼を遠くに見ながら眉間に皺を寄せた。
(足掻こう)
「ユリアン出られるか!? 俺たちも援護する」
ヴィクターが再び魔導トラックの運転席に座った。ナンシーは荷台だ。
「うん。行こう。でも、ヴィクターさんナンシーさん気をつけて」
彼はマテリアルの羽を周囲に舞わせた。
「借りを返すにも何かあったらマシューさんに叱られるからね」
「正直CAMが必要な相手のはずじゃがぁぁぁ」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)はメガ・シェオルの巨体を見上げて叫んだ。でかぁい! と、驚きを禁じ得ない。
「こんなん生身でやれとかないわぁぁ」
守護者ですらないんだぞぉ、と思わないでもないが、邪神戦争で疲弊した愛機をひっぱり出すのも大人げない。こうなればやけくそである。
ミグの叫びに応じたわけでもないだろうが、シェオルもまた甲高い声で叫んだ。あれだけでかいくせに、声が野太いとは言えないところがまた気持ち悪い。
「ええい、ままよ!」
彼女はオイリアンテを担いで出発した。正面からでなく、側面から砲撃屋として行動するつもりだ。
(火を噴くなら炎属性の可能性が高いかのぉ)
荷物には属性弾丸もある。百メートルも離れていれば、相手の攻撃圏外だ。ミグは慎重に機会を窺った。
アルマ・A・エインズワース(ka4901)は、墜落機方向にバイクを向けているエドとジョンに走り寄った。
「エドさん、ジョンさん! 僕も行くです!」
「本当? アルマが来てくれるんだったら心強い! あいつがこっち寄ってきたらぶちのめして!」
「私も行きます!」
穂積 智里(ka6819)が星神器・ゾモロドネガルを携えて駆けつけた。この刀には、仲間を癒す力が秘められている。この力をもって、救助に当たるつもりだった。
「私に出来ることは敵を足止めする事だけです。救護はよろしくお願いします」
彼らに、フィロ(ka6966)が一礼する。
「よし、行くぞ!」
四人は墜落機方向に向けて出発した。
ラスティ・グレン(ka7418)はエドたちよりも先にヘリに向かって精霊馬で走っていた。
先日、グラウンド・ゼロで歪虚に囲まれて大ピンチだった時のこと、ヴィクターとナンシーが助けに来てくれたことは覚えている。
(ちっぱいなねえちゃんは天使だった。おやっさ……あんちゃんには滅茶苦茶迷惑かけた)
その二人にはもう一人仲間がいたことも覚えている。その彼が、今死にかけていると聞いた。ありったけのポーションを持って、彼はバイクで墜落機を目指している。
シェオルが吼えた。マテリアルが動くのを感じて、彼は巨躯を見据える。
カウンターマジックを行使した。炎を噴き、ファイアーボールやデルタレイに似た技も使うなら、魔法的な機序でマテリアルを操っている筈だ。それなら、カウンターマジックも有効。
確かな手応えを感じる。干渉を受けたシェオルが、苛立つように叫ぶ。
(やった……!?)
しかし、それも一瞬のことだった。もう少しだった。もう少しのところでシェオルの術を止められた。ラスティの読みは確かに当たっていて、それはカウンターマジックが有効なものだったのだ。
「畜生!」
シェオルが抗いきった。ラスティの押さえ込みを跳ね飛ばしたのだ。デルタレイに似た光線が、ハンターたちを狙う。幸いにも三本しか光線は出ないようで、狙われる三人の内にラスティは入っていなかった。
その間に、マシューの方へどんどん人が流れていく。ラスティはその後を追った。
「エドとジョンに近づけないようにしなくちゃ……!」
天王寺茜(ka4080)はバビエーカに騎乗してシェオルに接近を試みた。
(あと他に離脱できていないハンターの救助も!)
先発隊二十五名の内、十五名が帰還できていない。生きていて動けないなら、手当して連れて帰らなくてはならない。
「大きいわね……でも、負けないわよ!」
彼女はバイクを加速させた。
レオーネ・ティラトーレ(ka7249)は表情を硬くすると、カイン・シュミート(ka6967)がトライクに取り付けたサイドカーに乗り込んで、ライフルを構えた。特殊部隊が着るようなツナギを着て、サイドカーからスナイパーライフルを構えるその姿は、まさしく狙撃手である。
「出してくれ、ヘル・カイン」
「了解」
ラスト・バレットを装填する。カインはヘリとは反対方向へ、迂回するようにバイクを走らせた。最低でも百六十メートルから離れたところで狙撃すると聞いているので、敵との距離を慎重に計りながら走行した。黒いツナギにバイザーつきヘルムをかぶった彼は、連絡役兼運転手としてレオーネに同行している。ライディングファイトも、バイクの機動力を高めるために準備してきた。
ラスティのカウンターマジックがかかった。
「いけるか?」
「いや……はねのけたな」
カインの言うとおり、シェオルはラスティの干渉を払いのけた。デルタレイに似た光線が放たれる。二人は射程の外にいた。接近していたハンターたちも無事に回避したようだ。
多重性強化が施された。レオーネは銃口を上げて、巨体に狙いを定める。
その顔に、いつもの陽気なイタリア人の表情はない。
「デカブツ相手は楽でいいわね。仲間を巻き込まず撃てるもの」
マリィア・バルデス(ka5848)は新式魔導銃を持ってシェオルから百二十メートル離れた所に陣取っていた。シェオルの光線を、仲間たちが回避したところで、空に向かって引き金を引く。飛んで行った弾丸は、すぐにマテリアルを纏って降り注いだ。
光の雨の中で吼える巨大なシェオル歪虚──。
神話の様だ、と言う者もあるかもしれない。そんな眺めだった。その様子を見ながら、マリィアは壊滅した第一陣の方角を見て、小さく呟く。
「せっかくここまで来たのだもの……生き残れると良いわね」
軍人とは民間人を守り、誰かを守って死ぬモノではあるが、そう思わずにはいられなかった。
シェオルにとっては名もなき大勢だろうが、彼らにもここまでの道のりがあったのだから。
●空蒼の縁
ハンクがバイクに乗って今まさに発進しようとしていたその時だった。
「ハンク、分かってると思うが突出するなよ! こっちにゃ回復が不足してるんだ!」
トリプルJ(ka6653)がハンクに険しい顔で釘を刺す。
怒りで目が眩んで命を落とすというのは、戦場ではよくある話だ。トリプルJたちはそれを込みで立っている。
だが、ハンクは違う。職業軍人でもなければ、やりたいことがあってハンターになったわけではない。イクシード・アプリの上書きの為の契約だ。そんな彼らに、それを飲み込め、ということはできない。恐らく前提から違うので理解されないだろう。
(少し前まで学生のヒヨッコだ。俺達が守ってやらんでどうするんだ)
「お前の術より敵の術射程の方が長そうだ。いざとなったら迷わず逃げろよ」
「了解しました。正直、痛いのは嫌いです」
自爆なんて二度とするもんか。ハンクは頷いて、バイクを走らせた。
星野 ハナ(ka5852)は状況を把握して身が竦む思いをした。
空蒼作戦のあと、転移して契約するヴィクターたちにハンター講習をした内の一人がハナだ。ヴィクター、マシュー、ナンシー。この三人の中から死者が出るかも知れない。
(本当は私も助けに行きたい)
けれど、彼女は同じ符術師のヴィクターの手を取って熱弁した。符術師というものは、
「回復以外のオールラウンダーなんですよぅ! 私がこっちに参加しなくてどうするんですぅ!」
四天封滅を握りしめて、彼女はシェオルに向かう。既にユリアンやメンカル(ka5338)たちがシェオルに接近していた。
●ポリュペモスの報復
デルタレイに似た光線が放たれる。ナイトカーテンで姿を隠していたメンカルは、その下をかいくぐってシェオルに接近した。
光線に狙われたユリアンと時音 ざくろ(ka1250)、鞍馬 真(ka5819)、も光線を回避。徐々にシェオルを囲んでいく。そこに、マリィアのリトリビューションが降り注いだ。
「お前の相手は私達だよ、デカブツ!」
普段の彼を知る者なら、思わず本当に本人か見直してしまうような苛烈な言葉を吐きながら、真は背後に回り込んだ。
ユリアンは風を纏ってシェオルの背を駆け上がった。猫背気味の姿勢が、こちらに有利に働く。彼は肩まで一気に登ると、精霊刀を振りかぶった。その刀身に、変質したマテリアルを纏わせる。毒による天誅殺を放つ。後頭部にざっくりと刺さった。雄叫びが上がる。
メンカルもそれに合わせて天誅殺を敢行する。突然現れた相手に、シェオルは驚いているようにも見えた。ルーンの刻まれた刃が、炎の蛇と共に腹へ食らいつき、裂くが、ヒトのように臓物が出てくることはなかった。
シェオルが身体を振るった。ユリアンは、突き刺した刀に掴まって辛うじて立っている。振り回した腕を、メンカルは軽く回避した。
「行かせねえよ、てめえの相手はこっちだウスノロ」
トリプルJのファントムハンドがシェオルをがっちりと捉えた。これで、当面墜落機方面に行ってしまうことはない。そのまま、古代大剣ウェンペを振るい、ワイルドラッシュを叩き込む。
青い炎が舞った。真の刺突一閃が炸裂したのだ。炎が空気を炙る音が聞こえるかのような、鋭くも重量のある一撃。そして、蒼葬。カオスウィースに掛けられていた蒼炎華が一気に放出されたのだ。青い炎が、シェオルの足下で燃え上がる。
「行くぞ!」
反対側から響くレイア・アローネ(ka4082)の怒声。シェオルの脚の向こうで、カオスウィースと星神器の刀身が閃くのが見えた。
二刀流から、アスラトゥーリ。魔法剣のオーラがシェオルを貫通した。
「食らえ! お返しだ!」
シェオルの悲鳴に負けない気迫のざくろが、デルタレイを放つ。別の角度から、茜もデルタレイ。ここまで大型の相手なら、光線を三本当てることも可能だ。二人とも、装備の薄いハンターなら一瞬で無力化できるような威力を持っている。それが六本。決して軽いダメージではない。
ハナの五色光符陣が炸裂した。結界の端にシェオルをひっかける形で、距離を取っての攻撃だった。
●マシューの救護
アルマ、智里、エド、ジョンの四人は、墜落機周辺を探してマシューを見つけ出していた。
「ひっでぇ」
背中がざっくり割れていた。わずかに呼吸はしていて、動く度に血が流れ出している。これで本当に生きて帰れるのだろうか? 放って置けば、命があったとしても、もうハンターとして活動することはできないだろう。
「お友達ですもん。でなくてもお友達の大事な子は大事にするです!」
アルマは祈りを捧げた。アンチボディの効果で傷が癒される。元々の傷が酷いので、劇的な改善はされないまでも、それでもさっきより生への望みが拓かれた。ジョンも慌ててヒールを掛ける。
「みんなを助けて下さい……レメゲトン!」
智里も、ゾロモドネガルを抜き放ち、その力を解放した。余波がシェオルを襲う。
この範囲の中に、逃げ遅れた第一陣もいるなら、この癒やしの力の恩恵を受けられるはずだ。
「どう?」
エドが覗き込む。シェオルがこちらに来ないかの見張りをしているが、他のハンターたちから袋叩きに遭っていて、とてもこちらに突撃してくる余裕はなさそうだ。
「わからん」
「回復効果はあると思います」
智里が祈るような表情で応じた。アルマと二人で、アンチボディを施し続ける。
「わう……ちょっと傷がマシになってきた様に見えますです」
『エド? 僕だけど、マシューさん大丈夫?』
ハンクから通信が入った。
「お前呑気に通信してて大丈夫なのか?」
『トリプルJさんに言われて、ちょっと様子見ながらやってるから』
「気を付けろよ。マシューだけど、とりあえず息はある。意識はねぇ。アルマと智里がありったけ回復してるけど……プロペラで背中ざっくりいったみたいで……」
『痛そう』
「痛そうだよ」
「見ろ、エド。血が止まった」
ジョンが指すとおり、流れ続けていた血が止まりつつある。
「良かった……」
智里が胸をなで下ろす。術の行使は続行したままだ。
「このままありったけ使いますっ! そうしたら、動かせるくらいにはなるはずですっ!」
アルマも、治療効果が目に見えて張り切っている。
「アンチボディめっちゃ効いてる」
『良かった』
「あんちゃん」
そこに、追いついたラスティが息せき切って駆け込んだ。両腕にポーションを抱え込んでいる。
「なああんちゃん大丈夫か? これ飲めるか」
彼はポーションの瓶を開けると、横を向いたマシューの口にそっと垂らした。
「ポーションも追加。大丈夫そうだ。お前はバトルに専念しろよ」
『ポーション? 意識は戻ったの?』
「まだ」
『じゃあ勧めない。誤嚥するかもしれないから』
「ごえんって何」
『意識がないから、口に入れたものが食道じゃなくて気管の方に入る可能性がある。悪くて窒息。良くてもあとで肺炎になる可能性が』
「ラスティ、ストップ。下手すると窒息するらしいから、起きてから飲ませて。それまで取っといて」
「わかったよ」
ラスティはポーションを抱えたまま、マシューの傍で呼びかけ続けた。
「あんちゃん、大丈夫か? 戻って来てくれよ」
●膝を突く巨人
ミグとレオーネ、ナンシーは銃の性能とスキルが許す限りの間合いを取って銃撃を浴びせていた。
機導砲・紅鳴を使用したミグのオイリアンテにマテリアルがまとわりつく。更に、アルケミックパワーで銃を強化。マテリアルによる強化は終わらない。ミグは引き金を引くと同時に、銃のマテリアルを解放。その上で弾丸も加速させた。
風を切る音が、より鋭く響く。蜂の羽音よりも高く、針よりも強い一撃がシェオルの胴をぶち破って飛んで行く。
レオーネも続いた。目を細めて、マテリアルを込める。白い指が引き金を絞った。白い弾丸はこめかみを突き刺す。ナンシーが撃ったものは腕に当たった。悲鳴が上がる。
フィロが接近した。星神器・角力の力を解放し、縮地移動で迫る。腕を引いて、白虎神拳の一撃を放った。
その一撃は強かにシェオルを打ち据える。
「あ」
最初に異変に気付いたのは、肩に乗っていたユリアンだった。彼はトランシーバーに向かってありったけの声で叫ぶ。近くにいた者は、肉声を聞いた。
「倒れるぞ!!」
叫んですぐに、背中の上を駆け下りる。
「シェオルの近くにいる者は全員退避しろ。倒れるぞ」
カインもインカムで警告を発した。
「逃げろ! 潰されんなよ!」
ヴィクターも運転席から怒鳴る。彼は倒れるシェオルを見て目を剥いた。
「何だ!? 何が起こったんだ!?」
『白虎神拳を使用いたしました、ヴィクター様』
当のフィロから返答があった。
『相手の意識も奪い去る、必殺の一撃でございます』
シェオルが膝を突く。大地が揺れた。包囲していたハンターたちが、その前面を避けて散開する。
「マジかよ……おっかねぇ技使うよな……」
「符術師だって相手のスキル全く使えなくする技持ってるじゃない……」
ナンシーも驚きのあまり、毒気が抜かれてしまったようだ。
「俺はまだ使えねぇ……」
その視線の向こうでは、鹿島の剣腕によって鎧徹しの追撃を加えるフィロの姿があった。
シェオルは完全に倒れ伏した。好機だ。ハンターたちは再び攻撃の準備に入った。
●第一陣の発見
「おーい! そこの君!」
茜は人の声に立ち止まった。見れば、第一陣のハンターだろうか。中年男性が血まみれの手を振っている。
「今行くわ! 大丈夫?」
「私は大丈夫だが、彼が、クインシーが……」
「今手当しますね」
呼んだハンターより若い男だった。
「天王寺茜と言います。あなたは?」
「私はエイブだ。茜くんだね。君たちが来てくれて助かったよ」
「エイブさんとクインシーさんが見つかったわ。クインシーさんは傷が酷いから、手当してから送りますね」
茜はインカムで伝達した。
『了解した。二人を頼む』
カインから短く返事が入る。
「茜様」
「玲瓏さん!」
戦馬の野分に乗った玲瓏(ka7114)がこちらに向かって来ていた。
「お手伝いします」
シェオル周りは今のところ、回避と防御に長けたハンターたちが多い。すぐに戻れる距離でもあり、玲瓏がこちらに来たところで特別不利になるようなことはない。
「ありがとうございます。心強いわ」
茜は微笑むと、救急セットを取り出した。玲瓏も神楽鈴を鳴らす。
「大丈夫よ。今手当しますからね」
「エイブ様も、どうぞお楽に……というのもおかしな話ですが」
シェオルが膝を突いた。大地が揺れる。クインシーが身じろぎした。玲瓏が玉響による空間の回復を行なった。
「風さやぎ さやげば凪ぐや そのままに 罹る傷 病を撫でて 平け和せ」
白緑色のそよ風が舞う。その中で、茜は先にヒールを用いた治療を行なった。その間にシェオルが倒れ、ハンターたちが士気を上げて向かって行く。
だが、次の瞬間、シェオルが意識を取り戻し、顔を上げた。自分の正面にいたざくろ、メンカル、真、レイアに向かってマテリアルの球体を撃ち出す。
「そんなの効くもんか!」
爆発する。ざくろは盾を構えてその衝撃を受け止めた。高い性能の盾は、ざくろをその爆風の中で無傷のままでいさせた。
「至近距離で撃たれると少々困るな」
そう言いながらも、メンカルはスペルブーツで地面を蹴って回避した。
「厄介な……!」
「危ない!」
レイアと真も持ち前の素早さで回避行動に出た。すぐ傍で爆音が聞こえる。
フィロが再び縮地移動で迫った。
「こちらでおやすみください」
再び、白虎神拳。続いて鎧徹し。シェオルがひび割れた悲鳴を上げる。白虎神拳の痛打で、シェオルの頭が地に着いた。
●搬送
ありったけの回復スキルを使ったアルマと智里は、マシューの様子を観察した。傷は大分良くなっている。あとは生命力だ。
「あんちゃん……」
ラスティが顔を覗き込んだその時だった。
マシューがむせた。咳き込んで身体を丸め、痛みに声を上げる。
「マシュー!」
意識が戻るには至らないが、身体が生きようとしている。そんな確信が、囲むハンターたちに伝わった。
「どなたかマシューさんを安静に運んで貰えますか。ここにはまだ動かせない他の方も居ます。シェオルがこっちに来ないようにしないと」
「俺たちでなんとか運ぶよ」
「俺も行く」
エドが言うと、ラスティがその腕を引っぱった。
「よし」
シェオルは、フィロの白虎神拳が効いていて動けない。倒れたまま、ハンターたちから袋叩きに遭っている。だが、先ほどの様にまたいつ起き上がるかもわからない。智里の心配ももっともと言えた。
「俺たちはマシューを運ぶから、智里とアルマは奴を頼む」
「はいですっ!」
アルマは頷くと、シェオルの方へ駆け出した。智里も後に続く。向こうでは、ハナの五色光符陣が光を放っているところだった。
メンカルは、弟の合流に気が付いた。
「お兄ちゃん! 戦況簡単にお願いしますです!」
「来たか、アル。白虎神拳が効いてる。さっき一度気が付いたようだが、追撃でまた大人しくなった」
「わかりましたです!」
白い翼が揺れた。
「うふふふっ。嫌なの、じゅっとしちゃうです」
「まぁ、腹は立つだろうな……よし、ぶつけて来い」
メンカルはコール・ジャスティスを発動した。アルマは兄の後押しを得て、マテリアルの収束を始めた。
智里はデルタレイでシェオルを狙い撃ちにしている。こちらに近寄るようならポゼッションによるノックバックを試みるところだが、今のところ身動きが取れないなら、攻撃しか選択肢はない。デルタレイの命中を確認すると、彼女はトランシーバーに向かって叫んだ。周囲の仲間にも聞こえるように。
「マシューさん、持ち直しました! 今ラスティさんたちが運んでいます!」
「良かった!」
智里の報告に、レイアがシェオルから目を離さないまま応じる。彼女は天羽羽斬の力を解放した。
「行くぞ!」
オロチアラマサは相手が大きければ大きいほどその回数を重ねることができる。彼女はシェオルに接近し、星神器を振るった。
最後の一撃を叩き込むと、彼女は後ろに跳び退って距離を取る。ここまでの戦いで、かなりダメージは入っている筈だ。
真は蒼炎華を纏ったカオスウィースを突き出して、刺突一閃を放った。初手で威力の高い攻撃は使い切った。後は根気よく攻撃を続けるしかない。
ユリアンが再び、背に飛び乗って頭に天誅殺。トリプルJも、足下でワイルドラッシュを叩き込んでいる。
シェオルは呻いているが、起き上がる気配はない。わずかに脚が動き、トリプルJが大事を取って後ろに下がった。
●クロスファイア
マリィアはアルコルにフル装填していた。
狙いを定めると、ハイペリオンによる連続射撃をシェオルに見舞った。誤差を限界まで絞った九連発。シェオルが動けたとしても回避は難しいだろう。
同時に、レオーネの遠射が、祈りを込めた弾丸を飛ばす。色の付いた景色の中で、その弾丸はよく目立った。
「往生せいやぁぁぁ」
ミグが雄叫びと共に、高加速射撃による一撃を放った。
狙撃による集中攻撃に、シェオルの損傷は目に見えて激しくなる。
「連絡が来た。マシューは無事らしい」
カインの言葉に、レオーネは固い表情のまま頷いた。
「良かった」
その後ろ頭を見ながらカインも息を吐く。
(面識ねぇ奴でも死なれるのは嫌いだ)
持ち直した、と智里は言っていた。死の直面を避けただけで、実際容体は芳しくないのかもしれない。
走行と射撃を繰り返している内に、シェオルも徐々に弱って行くのがここから見てもわかった。これだけの数のハンターに囲まれて、袋叩きに遭うなら当然の帰結と言える。
カインは慎重にトライクを走らせている。レオーネが銃身を上げて、狙いを付けた。
『天王寺です! クインシーさんとエイブさんは送り届けたわ!』
『茜! じゃあこっち手伝ってくれ!』
『わかったわ。エド、場所を教えて』
茜とエドのやりとりが聞こえる。
ラスト・バレットが弾き出されて飛んで行く。レオーネは銃口を下げて命中を確認している。
「続報だ。はぐれた第一陣の内二人が帰還した。マシューは道中だ」
「了解した。ありがとう」
「往生せいやぁぁぁ」
ミグの高加速射撃が合流するように飛んだ。
●妖魔十字斬
アルマは準備を整えると、シェオルに近寄った。
「わふーっ! 大きいの撃ちます! 僕の直線上に立たないでくださいですー!」
その声に、アルマの直線上にいたハンターたちは退避した。ユリアンは背中から降り、距離を取る。アルマの左胸に蒼い炎が燃え上がった。
「僕の最大火力、持ってくです?」
いつの間にか、その手には金色の彼岸花が握られていた。
芯から蒼い炎が噴き出される。一直線にシェオルに向かい、焼き尽くした。苦痛の雄叫びで悶絶している。振り回された手が、ハンターたちの頭上を掠めた。
炎が止むと、ざくろが前に出た。機導剣・操牙で符のびっしり貼られた斧を浮遊させている。
「もうこれ以上誰も傷つけさせない……必殺超重剣・妖魔十字斬!」
カオスウィースの刀身が膨れ上がる。超重錬成だ。剣で斬りかかると同時に、斧も射出して、十字に切り裂いた。
●討伐完了
「エド! ジョン! ラスティさん!」
「茜! 玲瓏さん!」
茜の呼びかけにジョンがほっとした顔で応じた。
「マシューさんは……どうにか生き延びられそうね」
マシューの顔は、意識はないものの、生きている人間のそれだった。
「皆様、ご無事で何よりです」
「俺、重傷者なんか運んだことねぇんだよ」
エドの情けない言葉に、
「担架をもらってきましょう。お待ちください」
玲瓏が穏やかな口調で告げた。エドとジョンは顔を見合わせる。
「担架か……」
「思いつかなかったな……」
その時だった。耳をつんざくような悲鳴が、シェオルの方から轟いた。
「な、何だ!?」
ラスティが身構える。そちらを見ると、ざくろが突き刺した剣をシェオルから引き抜いているところだった。それは苦痛の雄叫びを上げると、腕を天に伸ばし、口を開いて更に咆吼する。
やがて、その指の先から煙のようなものが上がった。否、指先から塵になっていったのだ。
「や、やったぁ!」
耳を塞ぎながらエドが歓声を上げる。
一度塵になると後は早かった。あれだけの被害を出した巨大シェオルは、完全に消滅した。
●生還
カインがトライクを本陣に停めると、レオーネはすぐにサイドカーを飛び降りた。
「ありがとう、ヘル・カイン」
礼を述べるのは忘れず、彼の姿を探す。
見つかった。玲瓏とラスティの後ろ姿も見える。背中を怪我している都合上、うつぶせに寝かされている彼は、顔を横にして目を閉じている。
「シニョ……マシュー!」
敬称もなにもない。幾度か共に戦った仲間へ駆け寄る。
「還ってこい!」
何故自分は回復魔法が使えないのか。歯噛みする思いでその手を取り……。
「あの……」
小さな声に顔を上げる。
「おはようございます」
マシューがこちらを見て笑っていた。レオーネは目をぱちくりさせ、
「おはよう……」
「あんちゃん、もう元気だぜ」
ラスティがポーションの瓶を開けながら言った。
「智里さんとアルマさん、おまけに茜と玲瓏さんも追加で回復を掛けてくれたんで、もうすっかり良いんですよ。でも重体レベルなんですけどね。エドによると、最初は死ぬか再起不能になるんじゃないかって傷だったらしいですよ」
ハンクが後ろから声を掛ける。
「はい、ねえちゃん、もうポーション飲んでも良いんだよな」
「ええ、ですが、飲みにくい姿勢ですのでゆっくりがよろしいと思います」
玲瓏が頷くと、ラスティはポーションの瓶を開けてマシューにゆっくりと飲ませた。
「ありがとうございます」
戻って来たハンターで、マシューと面識があるものも三々五々、集まって来ている。
「良かったね。プロペラで背中切ったって聞いて、どうなるかと思ったけど」
ざくろがその様子を見て安堵したように言った。真も人だかりを覗き込み、
「あ、マシューさん意識が戻ったんだ……良かった」
「ああ……無事で何よりだ」
レイアも頷いた。
トリプルJがハンクに近寄り、
「お前も無事で良かったぜ」
「足止めしていただいてありがとうございました」
ハンクはぺこんと頭を下げる。
そこから少し離れたところでは、来てくれた仲間にヴィクターたちが礼を述べていた。
「ユリアン、ハナ、ありがとうな。心強かった」
「ううん。とんでもない。マシューさんも、二人も無事、シェオルも討伐できて良かったよ」
「貴方達が助けに来てくれるって言ったようにぃ、私達だって何度も助けに行きますよぅ。当然じゃないですかぁ」
二人ともにこにこしながら応じる。ヴィクターは控えめに立っているフィロにも手を振った。
「お前さん、立役者なのになんでそんなところでひっそりしてるんだ?」
「私はやるべきことをしただけでございます」
彼女は一礼する。その姿は慎ましやかな侍女そのものだった。
一方、エドとジョン。
「アルマの……お兄ちゃん!?」
ややがっちりした青年を「お兄ちゃんです」と紹介された二人は驚きの余り目を見開いて、穴が空くほどメンカルの顔を見つめていた。
「アルマがお兄ちゃんのつもりだった……」
「お前が幼いだけだ……あ、でも言われて見るとなんとなく雰囲気は似ているかも……?」
口々に言う。メンカルは咳払いして、
「兄のメンカルだ。弟がいつも世話になってい……纏わりつくんじゃない、こら」
ぺったりとくっつく弟をいなす。
「こ、こちらこそいつもお世話に……」
「残念ながら俺はこいつ程バケモノじみた火力も度胸もない。ただ避けるのが少し得意なだけの雑魚だ」
雑魚は天誅殺使えません。
「狂犬で駄犬だが、これでも可愛い弟でな。仲良くしてやってくれ」
「は……いえこちらこそ今後ともよろしくお願いしますです」
アルマに兄がいる……その事実に、何故かものすごくびっくりした二人は、ぽかんとしながらしばしエインズワース兄弟を眺めていた。
第一陣の生き残りも、少しずつ搬送されていく。やがて、戦いの名残は荒れた平原のみになるだろう。その平原も、その内に爪痕を癒す。
戦いは終わった。
後は、明日も生きていくだけだ。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/08/09 18:46:48 |
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相談卓 ユリアン・クレティエ(ka1664) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2019/08/10 13:10:43 |