ゲスト
(ka0000)
【血断】カナデルミライ
マスター:のどか

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~100人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/08/09 07:30
- 完成日
- 2019/09/07 02:11
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
サルヴァトーレ・ロッソの医務室。
そのベッドのひとつにイレギュラー・シェオル、カナデが静かに横たわっていた。
彼女は眠っているわけではない。
ただ復活のためにかなりのエネルギーを要したせいか安静を言い渡され、白い天井をぼんやりと見上げていた。
ふと、その唇が小さく動いた。
何かを言おうとしているのかとも思われたが、傍で看病していたルミ・ヘヴンズドア(kz0060)はクスリとほほ笑む。
「“ノッキン・オン・ヘヴンズドア”? 珍しいね、カナデがそっちを口ずさむなんて」
ルミの声に、カナデは視線を向けて力なく微笑む。
「なんだか……寝てる間ずっと頭の中で流れていた気がして」
「そうなんだ。でも、それはあたしのパートのメロディだよ」
「あ……そうだっけ。まだ頭の中がふわふわしてるみたい」
カナデはもう一度笑って、視線を天井へ戻す。
記憶の大部分を取り戻した彼女だったが、やはり「カナデ」を形成するためには完全とは言えないようで、こうして虚ろな表情を見せることが多々あった。
目覚めさせるためにブランク状態の彼女へ送ったのは、ルミやアンナ、そしてLH044出身ハンターが持っていた「あの日」の記憶。
その記憶に「カナデ」としての主観は存在しないため、ところどころ混濁が起きてしまっているのだろうというのが担当医の見解だった。
しかし何かの拍子にすべてを取り戻す可能性も否定はできないため、希望は持つようにとお医者は口にしていた。
「……ごめんね」
カナでがぽつりとつぶやくと、ルミははっとして彼女を見る。
「何が?」
「せっかく助けてもらったのに、私、戦うとか、そういう力は持ってないから……」
「ううん、良いんだよ」
弱気な彼女に、ルミは静かに首を振る。
「カナデみたいな存在が、ファナティックブラッドに抗う意志を持つ。それが何より大事なんだって偉い人が言ってたから。カナデがこうしてここにいるっていうだけで力になってるよ」
「そう……なら、いいな」
願望のようにカナデが口にする。
「なってるよ」
ルミははっきりと彼女を肯定した。
カナデはどこかむず痒そうに肩を揺らす。
それから、ルミをまっすぐに見つめ返した。
「ルミちゃん……私、歌いたい」
「え?」
突然のことにルミは目をまんまる丸くする。
カナデはベッドからゆっくりと身体をおこした。
「この部屋に来る前、どんよりとしている区画を見たんだ。通り道の、結構大きな区画だったと思うけれど……」
「通り道……もしかして負傷者ブロックかな」
「もし元気がない人たちがいるのなら元気づけてあげたいなって。私も戦うことはできないけれど、歌うことはできる――はずだから」
最後だけ頼りなく、カナデはにへらと笑う。
ルミも噴き出したように笑った。
「最後のがなかったら結構かっこよかったのに」
「え、ご、ごめん」
「ううん。すごくカナデらしい」
ルミはカナデの手を取り、ベッドから降りるのを手伝った。
それから青いゴシパン衣装のヨレを治してあげると、最後に髪の毛をクリクリと整える。
「これでよし、と。それじゃ行こうか。私たちの仕事をしに――」
●
サルヴァトーレ・ロッソは、断続的なシェオルたちの攻撃に抵抗しながら先を目指していた。
ハンターや協力者達は、入れ代わり立ち代わり出撃・回復・修理・補給を繰り返しながら、ひたすらに目的地を目指していた。
あるハンター達がCAMの補給のためハンガーへ戻って来た時、艦内スピーカーから聞いたことがあるようなないような音楽が流れているのに気づいた。
作業や作戦行動の邪魔にならない程度の音量で聞こえる歌声に、思わず足を止めて耳を澄ます。
「出撃できないヤツら向けに慰問ライブをやってるんだと。こんな時だが、ほら、ちょっとでも気分高めるのが大事なんだろ?」
傍らで補給の準備をする整備士がぶっきらぼうに説明してくれた。
前線に出ている戦士たちは相応に強い意志を持っている場合が多い。
だが傷やその他の理由で戦えなくなってしまった者たちはそうではない。
戦うこともできず、帰れるかどうかも分からず、このサルヴァトーレ・ロッソの船室で終戦と時を待つだけの身だ。
下手をすれば連鎖的に悪い影響を及ぼしかねない状態を危惧して、艦長から許可が下りたのだという。
「へぇ……これってなんだっけ。“ヘヴンズドア”?」
記憶をたどるようにして、ハンターの口からその名前が零れる。
整備員は抱えたリストにペンを走らせながら、仕事半分に答えた。
「あー、なんだ。歌ってるのはそんなんらしいが、別の名前を名乗ってたな。“未来で歌う”とかなんとか」
「ふぅん」
ハンターは整備士にお礼を言って、休憩室として割り当てられた船室へ向かっていく。
なんだかアテにならない物言いだったが、船内に流れるバラードは短い休憩時間を過ごすにはいい音楽だった。
思わず、身体がリズムを刻む。
●
「――新しいユニット名、考えたいな」
時間は少し巻き戻って。
楽器や音響機材の準備をしながら、ルミがふとそんなことを呟いた。
「ヘヴンズドアじゃダメなの?」
「ダメってことはないけど……」
キョトンとして尋ねたカナデに、ルミが口ごもる。
「あたしね、ヘヴンズドアを未来に残そうって、この1年いろいろやってきたんだ。今じゃイベントに呼ばれたりするくらいにはなったんだよ?」
「そうなんだ? さすがルミちゃん」
ふわりと喜んだカナデだったが、ルミは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「でも、活動を通して“ヘヴンズドア”にもいろんな想いが増えてった。カナデ、アリス、フブキ、そしてルミ。4人のチームだったけど、今はもうそれだけじゃない」
カナデが小さく息を飲む。
瞳に映ったのは僅かな戸惑い。
だが、ゆったりとひとつ瞬きをすると、ほんのり頬を染めて笑った。
「そっか……なんだか嬉しいな」
決して強がりではない、心からの言葉。
証明に照らされて、大きな瞳の輪郭が光る。
ルミはほっとしたように胸に手を当てた。
「これはカナデとの再出発……だからさ。何か新しいユニット名で行きたいんだ」
「うーん、何がいいかな?」
カナデは明後日の方向を見上げながら、ぶつぶつと呟く。
ルミも同じように腕組みをして首をひねった。
「カナデとルミ……カナルミ……ルミカナ……語呂が悪いなぁ。出来損ないのパンダみたい」
「……あっ!」
そんな時、カナデが弾んだ声で手を挙げる。
「うん? 何か思いついた?」
「う、うん……て言っても、何か安直で恥ずかしくなってきた」
「良いよ、言ってみなって」
ルミはカナデの小脇を小突く。
カナデは恥ずかしそうにしながら、だけどよく通る澄んだ声で答えた。
――“カナデルミライ”。
サルヴァトーレ・ロッソの医務室。
そのベッドのひとつにイレギュラー・シェオル、カナデが静かに横たわっていた。
彼女は眠っているわけではない。
ただ復活のためにかなりのエネルギーを要したせいか安静を言い渡され、白い天井をぼんやりと見上げていた。
ふと、その唇が小さく動いた。
何かを言おうとしているのかとも思われたが、傍で看病していたルミ・ヘヴンズドア(kz0060)はクスリとほほ笑む。
「“ノッキン・オン・ヘヴンズドア”? 珍しいね、カナデがそっちを口ずさむなんて」
ルミの声に、カナデは視線を向けて力なく微笑む。
「なんだか……寝てる間ずっと頭の中で流れていた気がして」
「そうなんだ。でも、それはあたしのパートのメロディだよ」
「あ……そうだっけ。まだ頭の中がふわふわしてるみたい」
カナデはもう一度笑って、視線を天井へ戻す。
記憶の大部分を取り戻した彼女だったが、やはり「カナデ」を形成するためには完全とは言えないようで、こうして虚ろな表情を見せることが多々あった。
目覚めさせるためにブランク状態の彼女へ送ったのは、ルミやアンナ、そしてLH044出身ハンターが持っていた「あの日」の記憶。
その記憶に「カナデ」としての主観は存在しないため、ところどころ混濁が起きてしまっているのだろうというのが担当医の見解だった。
しかし何かの拍子にすべてを取り戻す可能性も否定はできないため、希望は持つようにとお医者は口にしていた。
「……ごめんね」
カナでがぽつりとつぶやくと、ルミははっとして彼女を見る。
「何が?」
「せっかく助けてもらったのに、私、戦うとか、そういう力は持ってないから……」
「ううん、良いんだよ」
弱気な彼女に、ルミは静かに首を振る。
「カナデみたいな存在が、ファナティックブラッドに抗う意志を持つ。それが何より大事なんだって偉い人が言ってたから。カナデがこうしてここにいるっていうだけで力になってるよ」
「そう……なら、いいな」
願望のようにカナデが口にする。
「なってるよ」
ルミははっきりと彼女を肯定した。
カナデはどこかむず痒そうに肩を揺らす。
それから、ルミをまっすぐに見つめ返した。
「ルミちゃん……私、歌いたい」
「え?」
突然のことにルミは目をまんまる丸くする。
カナデはベッドからゆっくりと身体をおこした。
「この部屋に来る前、どんよりとしている区画を見たんだ。通り道の、結構大きな区画だったと思うけれど……」
「通り道……もしかして負傷者ブロックかな」
「もし元気がない人たちがいるのなら元気づけてあげたいなって。私も戦うことはできないけれど、歌うことはできる――はずだから」
最後だけ頼りなく、カナデはにへらと笑う。
ルミも噴き出したように笑った。
「最後のがなかったら結構かっこよかったのに」
「え、ご、ごめん」
「ううん。すごくカナデらしい」
ルミはカナデの手を取り、ベッドから降りるのを手伝った。
それから青いゴシパン衣装のヨレを治してあげると、最後に髪の毛をクリクリと整える。
「これでよし、と。それじゃ行こうか。私たちの仕事をしに――」
●
サルヴァトーレ・ロッソは、断続的なシェオルたちの攻撃に抵抗しながら先を目指していた。
ハンターや協力者達は、入れ代わり立ち代わり出撃・回復・修理・補給を繰り返しながら、ひたすらに目的地を目指していた。
あるハンター達がCAMの補給のためハンガーへ戻って来た時、艦内スピーカーから聞いたことがあるようなないような音楽が流れているのに気づいた。
作業や作戦行動の邪魔にならない程度の音量で聞こえる歌声に、思わず足を止めて耳を澄ます。
「出撃できないヤツら向けに慰問ライブをやってるんだと。こんな時だが、ほら、ちょっとでも気分高めるのが大事なんだろ?」
傍らで補給の準備をする整備士がぶっきらぼうに説明してくれた。
前線に出ている戦士たちは相応に強い意志を持っている場合が多い。
だが傷やその他の理由で戦えなくなってしまった者たちはそうではない。
戦うこともできず、帰れるかどうかも分からず、このサルヴァトーレ・ロッソの船室で終戦と時を待つだけの身だ。
下手をすれば連鎖的に悪い影響を及ぼしかねない状態を危惧して、艦長から許可が下りたのだという。
「へぇ……これってなんだっけ。“ヘヴンズドア”?」
記憶をたどるようにして、ハンターの口からその名前が零れる。
整備員は抱えたリストにペンを走らせながら、仕事半分に答えた。
「あー、なんだ。歌ってるのはそんなんらしいが、別の名前を名乗ってたな。“未来で歌う”とかなんとか」
「ふぅん」
ハンターは整備士にお礼を言って、休憩室として割り当てられた船室へ向かっていく。
なんだかアテにならない物言いだったが、船内に流れるバラードは短い休憩時間を過ごすにはいい音楽だった。
思わず、身体がリズムを刻む。
●
「――新しいユニット名、考えたいな」
時間は少し巻き戻って。
楽器や音響機材の準備をしながら、ルミがふとそんなことを呟いた。
「ヘヴンズドアじゃダメなの?」
「ダメってことはないけど……」
キョトンとして尋ねたカナデに、ルミが口ごもる。
「あたしね、ヘヴンズドアを未来に残そうって、この1年いろいろやってきたんだ。今じゃイベントに呼ばれたりするくらいにはなったんだよ?」
「そうなんだ? さすがルミちゃん」
ふわりと喜んだカナデだったが、ルミは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「でも、活動を通して“ヘヴンズドア”にもいろんな想いが増えてった。カナデ、アリス、フブキ、そしてルミ。4人のチームだったけど、今はもうそれだけじゃない」
カナデが小さく息を飲む。
瞳に映ったのは僅かな戸惑い。
だが、ゆったりとひとつ瞬きをすると、ほんのり頬を染めて笑った。
「そっか……なんだか嬉しいな」
決して強がりではない、心からの言葉。
証明に照らされて、大きな瞳の輪郭が光る。
ルミはほっとしたように胸に手を当てた。
「これはカナデとの再出発……だからさ。何か新しいユニット名で行きたいんだ」
「うーん、何がいいかな?」
カナデは明後日の方向を見上げながら、ぶつぶつと呟く。
ルミも同じように腕組みをして首をひねった。
「カナデとルミ……カナルミ……ルミカナ……語呂が悪いなぁ。出来損ないのパンダみたい」
「……あっ!」
そんな時、カナデが弾んだ声で手を挙げる。
「うん? 何か思いついた?」
「う、うん……て言っても、何か安直で恥ずかしくなってきた」
「良いよ、言ってみなって」
ルミはカナデの小脇を小突く。
カナデは恥ずかしそうにしながら、だけどよく通る澄んだ声で答えた。
――“カナデルミライ”。
リプレイ本文
●最後の休息
「……この音は?」
ロッソの艦内通路。
そのスピーカーから零れる音楽を耳に、穂積 智里(ka6819)はうっすらと首をかしげる。
隣を歩いていたハンス・ラインフェルト(ka6750)も同様に耳を傾けながら、先ほど整備員たちが語らっていたことを思い返した。
「ライブをやっているらしいですよ。随分剛毅な話です」
彼は魔導スマートフォンで残りの時刻を確認して、傍らの智里を見おろした。
「出撃まで少し時間がありますし、観に行きますか?」
ハンスの提案に、彼女は首を横に振る。
「いえ……出撃時間を間違えたら困りますから」
「心配性ですね」
「トラブルなく生きるコツです」
毅然として答える智里に、ハンスは小さく笑みを吐く。
「傷病者のためのライブだそうですし、私達が行ったら気を悪くする人も出るかもしれません。今回は遠慮しましょうか」
ハンスが前を向くと、今度は智里が笑みを吐いた。
「心配性ですね」
「そんな暇があったら準備を万全にしろと苦言をいただくかもしれませんし」
「それは一理あります」
冗談めかして言った言うハンス。
智里は頷くと、彼の手を取った。
「栄養を取っておきましょう。食堂に軽食が用意されているようですよ」
「そうですね」
温かい彼女の手を、ハンスがそっと引く。
食堂には出撃前の補給にいそしむハンターや軍関係者の姿であふれかえっていた。
用意されているものはサンドイッチや揚げ物など片手間に摘まめるものばかりだが、艦搭乗全員分ともなればものすごい量だ。
食材類も残しておいても仕方がないし――と大盤振る舞いなせいもあるだろう。
「さて……いったい何人、無事に戻ってこられるでしょう」
食堂の傍らで、アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は祈りを捧げる。
「あんまり辛気臭いこと言わないでよね。ご飯が美味しくなくなっちゃう」
アルラウネ(ka4841)がハムサンドをぱくつきながら苦言を呈すと、アデリシアは小さく肩をすくめる。
「すみません。ですが司祭として果たす責務ですので、大目に見てください」
そう言って彼女は、もう一度聖印を切る。
「私は帰るもよし、帰らぬも良しですが……帰れるようにはしなければなりませんね」
「うん」
時音 ざくろ(ka1250)が強く頷いた。
「今までで一番の大冒険になるけど、勝って絶対一緒に帰ってこようね」
ニコリと笑ってリンゴ(ka7349)の頭を撫でると、彼女の肩がびくりと震える。
「緊張してる?」
「……はい。少し」
本当は少しなんてものじゃない。
だが、目の前の彼を心配させたくなくて咄嗟に「少し」なんて言葉が零れてしまう。
アルラウネがくすりと笑う。
「リラックスリラックス。死ぬ気で取り組んで、死ぬ気で生き残る。できることって言ったら、それくらいしかないんだから」
保障なんてどこにもないんだから――と彼女は言い加えた。
「保障……ですか」
あらためてこれから立ち向かう戦場のことを想い、リンゴは胸を強くしめつけられるような想いだった。
そんな彼女をざくろがそっと抱きしめる。
「主様……?」
「大丈夫。リンゴだけじゃないよ」
そう語るざくろの鼓動が自分と同じくらい早いのに気づいて、リンゴははっとする。
「主様も同じ……ですか?」
「うん。ざくろもすっごく緊張してる……でも守らなきゃいけないものがたくさんあるから、戦うんだ」
「守るもの……」
その言葉に、リンゴは彼の身体を抱きしめ返した。
「リンゴにも……あります。守りたいもの」
目の前の人の幸せな未来。
自分はそれを守りたい、と。
「うん。もう、大丈夫そう――」
ざくろはほっとして身体を離そうとするが、突然身体が大きく揺れた。
脚に力が入らない。
ほっとしたついでに、足の力もすっかり抜けてしまったのだろうか。
リンゴを抱きしめたまま、食堂の椅子から転げ落ちた。
「いたた……ご、ごめん! 大丈夫!?」
慌てて顔を上げると、押し倒した格好になったリンゴと目があった。
「主様……大胆です」
「はわわわわ、事故、事故だからっ!」
ざくろは真っ赤になりながら彼女のうえから退こうとして、脚に力が入らないのを思い出す。
結果としてまたバランスが崩れて、もう一度彼女を押し倒してしまった。
そんな2人の様子をアルラウネが愉し気に見下ろす。
「何? 死なないためにギャグ補正でも得ようとしてるの?」
「違う違う! っていうか、ギャグ補正とか現実に存在しないから!」
ギャグ補正といえばアレだ。
大爆発に巻き込まれても、全身煤だらけになって髪形がアフロになるくらいで済むやつ。
「そんな便利なものなら、ぜひ戦神の教義に加えていただきたいほどですね」
「だから違うって――」
「主様……リンゴならいつでも」
「リンゴも話をややこしくしないで!?」
あたふたするざくろの頬を、アルラウネがつんつんと突いた。
「ま、いーんじゃない? 生き残る活力になるなら、動機なんて不純でも」
「不純って」
「そもそも、不純でない動機なんてないと思うし」
にっこりと笑ったアルラウネ。
ざくろは大きく咳ばらいをして取り繕うと、ようやく言うことを聞くようになった身体を起した。
「こほん……ま、続きは帰ってからするとして」
「するんですね」
「もう、締めようとしてるんだから茶化さないでっ」
アデリシアの素直なツッコミをざくろは真っ赤になって諫める。
「とにかく! ざくろはまだまだみんなと一緒にいたい。だから、これからも一緒に冒険して欲しい」
「そんなの――」
――あたりまえ。
それは誰からともなく出て来た、3人の本心だった。
ロッソの艦内ハンガーでは、整備士たちによる機体の修繕が急ピッチで行われている。
ハッチからはひっきりなしに新しい機体がやって来ては、修理の終わった機体から再び戦場へと飛び立つ。
こと整備士たちにとっては、この哨戒域が最も休む間がない重労働区間だ。
とはいえハンターたちの中には――特に機体のソフトウェア面に関して、微調整を買ってでる者たちも多くいた。
いや正確には、自分の分身として命を預ける機体だからこそ、直前まで自分の手で面倒を見たいという想いなのかもしれない。
ジュード・エアハート(ka0410)もその例に漏れず、コックピット内でコンソールに表示されるメーターをチェックしていた。
慣れた手つきで次々と瞳に映る計器の光と共に、口ずさむ鼻歌はハンガーのスピーカーから零れているライブのものだった。
メインカメラの調整のためバイザーモニターを被ったとき、カメラが見慣れた人物の姿を捉える。
ジュードは驚いたようにバイザーを席に放り出すと、ハッチから顔を出した。
「ハンガーに来るなんてめずらしー! 機械、苦手じゃなかったっけ?」
足元から機体を見上げていたエアルドフリス(ka1856)は、ジュードの笑顔に小さく手を振る。
「何も食べてないだろう。サンドイッチを分けて貰ってきた」
「やりぃ! ちょっと待ってて」
「ああ、いや。俺が行こう」
ハッチから這い出そうとしたジュードを、エアルドフリスは優しく制する。
代わりに搭乗用のクレーンを下ろして貰い、コックピットまで駆け上がった。
「調子はどうだ?」
「うん。いつも通りって感じ」
機体も、自分も。
ちょっと怖くて、緊張が勝るのも、いつも通り。
僅かな沈黙の中で、カナデルミライの歌声が響く。
「ああ……この歌は」
「あ、ちょっと待ってて」
エアルドフリスがふと耳を傾けると、ジュードはするりとコックピットの中に降りてスイッチをいくつか操作する。
艦内回線につなげたコックピットの内部スピーカーから、今までよりもクリアな音が響いた。
「彼女たちはまた歌うことにしたのか」
いいね、とてもいい――そう言って頷くエアルドフリスに、シュードが手を差し出す。
「おいでよ。ちょっと狭いけど、よく聞こえるよ」
屈託のない笑顔に、エアルドフリスも手を伸ばした。
ハンガーの隅の方で、Gacrux(ka2726)が静かに紫煙をくゆらせる。
腰かけた資材コンテナはとても冷たかった。
邪神と決着をつける――それは手段の意味で言えば、邪神を消滅させるということ。
新たな世界として再誕させる作戦ではあるが、それは取り込まれた世界の復活とはイコールで結びつくことはない。
つまり邪神の力で再現された者たちも、その記憶も、立ち上るこの紫煙のように消え去るのだろう。
「俺は……恐れているんですかね」
ぽつりと口にすると、彼の天馬が心配したように寄り添う。
ガクルックスは僅かに表情を柔らかくして、そのうなじを撫でてやった。
シェオル達が反動存在として目覚めるのは理解できる。
ループの中で、大切な者を失い続ける地獄。
自分は、生きながらにその苦痛を味わった。
だから解放こそが彼女たちの幸せに繋がると、そう考えて来た。
いや、そう自分を納得させ続けて来た。
「だったら何故……彼女は生まれたんですか?」
脳裏にちらつくのは黙示騎士が一――クリュティエの姿。
彼女の存在こそが、カレンデュラの無念の証明ではないだろうか。
自分の選択は間違っていたのではないだろうか。
僅かなほころびが、胸の内でずっとくすぶり続けて来た。
問うたところで――彼女は答えてはくれないだろう。
それすらも、胸のうちに抱く単なる願望なのかもしれない。
もしも無念があるのなら。
もしも解放が救いでないのなら。
自分は、彼女が存在し続けられる世界を――
べちゃりと、生暖かい感覚が頬を伝ってガクルックスは思考の海から浮かび上がった。
はっとして傍らを見ると、天満がよだれでべとべとの舌で頬を舐めていた。
「起こしてくれたんですね。ありがとうございます」
お礼を言って、もう一度撫でてやる。
また、答えの出ない思考の波に溺れるところだった。
決して解はない。
得られない。
だから信じるしかない。
己の願いは変わらない。
だけど彼女の幸せのために、我が儘は押し殺すと決めたのだ。
ほんのわずかな期待が、刃を鈍らせることがないように――と。
通路の一角で、ジャック・エルギン(ka1522)はぼんやりと窓の外を眺めていた。
隣に立つリンカ・エルネージュ(ka1840)と2人きりになりたかったというわけではなく、ただ、外の景色が見たかった。
邪神の中は相変わらずの小宇宙空間で、星の代わりに断続的なシェオルの襲撃に対する防衛隊の砲火が瞬いていた。
そんなエルギンの顔を、リンカがのぞき込む。
「そわそわしてる?」
「いや、なんかな」
海が見たいと思ったんだ――そう言って、エルギンははにかんだ笑顔を浮かべた。
「同盟はどこ行っても海あるだろ。俺の生まれたところなんて、それこそ港町だったし。なんか落ち着かないんだよな」
「ホームシックだ」
「言ってろ」
「あいたっ」
リンカが悪戯な笑みを浮かべて、エルギンがその頭を小突いた。
「でも海いいな。戦いが終わったころは、まだ夏終わってないよね」
「泳ぎに行くか? 水着、期待してるぜ」
「あー、ジャックさんがエッチだ」
「そんなこと言ってるとヨット乗せてやらねぇぞ。操舵にゃ自信あるんだが」
「ヨット? 乗りたい!」
リンカはころころと表情を変えるものだから、エルギンは思わず噴き出したように笑う。
馬鹿にされたのかと思って、リンカはぷっくりと頬を膨らませた。
「なんだよー。せっかく、お礼に私の故郷にも招待しようと思ってたのに」
「悪い悪い。リンカの故郷つったら、辺境のまだ先の方だろ?」
「そ。おんなじ海沿いの場所なんだ。でも冬は雪がすごいの。夜になると街の灯りで雪がキラキラして綺麗だよ」
故郷の景色を思い返すように、リンカが窓の外を見つめる。
広がっているのは小宇宙だけだ。
「雪か。同盟も降るっちゃ降るが、風があるからそんなに積もらないしな。楽しみだ」
「たぶん、想像してるのの何倍も寒いと思うよ。だから暖かい暖炉の前でホットワインと、お魚を乗せたトースト。これが完璧」
「リンカの料理か。なんだ、魔術師らしく大鍋の煮込みでも出てくるか?」
「それ偏見! 確かに柑橘のソースは大鍋たっぷり煮込むけど……」
リンカが大真面目に考え始めたものだから、エルギンはまた噴き出したように笑う。
「ははっ。まだまだやりたいことが多すぎるぜ」
「うん。帰ってこなきゃね。海が見える街に」
「ああ」
頷いてもう一度だけ窓の外を眺める。
体温を確かめ合うように、互いの手の甲がそっと触れ合った。
広いロビーのような休憩室には余暇を過ごすハンター達が大勢集まって、それぞれに団欒をしていた。
その中で一人、ルスティロ・イストワール(ka0252)はただ黙々と目の前の羊皮紙の束に筆を走らせる。
――この船を目にしたあの日、僕の心は歓喜に震えた。
――未知なる物語が幕を開けたのだと、確信したからだ。
そこまで記して、ルスティロはペンを置いて大きく息を吐いた。
久しぶりに取ったペンはなかなか思い通りに動いてはくれなかった。
だけどそれを圧しても、この原稿だけは書き上げたかった。
(僕の確信は正しかった。だけど、この5年間の出来事は僕一人の予想なんかはるかに超える出来事ばかりだった)
想像することは好きだ。
それを物語に仕立てることも。
だけど、自分が想像する以上に心躍る出来事が、現実に起こり続けた。
結局のところ、自分は作家としてまだまだということなんだろう。
だがそれと同時に、自分が思い至らなかったこの物語を書き留めなければならないという使命感が彼の筆を動かした。
「ねぇ、カーバンクル。僕は君と旅ができて本当に良かったよ」
マテリアルを通じて精霊に語り掛ける。
彼もいなければ、自分の物語は始まらなかった。
「だから最期の瞬間まで――心躍る物語を描いていこうね」
ルスティロは再びペンを執る。
白藤(ka3768)は、組み上がった銃のかみ合わせを確かめるようにトリガーを引き絞る。
引き金が弾んで、弾の込められていない銃身が乾いた音を響かせた。
「ミア、準備はちゃぁんと出来とる?」
彼女は傍らの長椅子に寝転がっていたミア(ka7035)の脚をぽんぽんと叩く。
ミアは反動ひとつで起き上がると、オカリナを咥えたまま大きく背伸びをして、手の甲で頬を掻いた。
「うーん。できてるようなできてないような?」
「なんやそれ、締まりないわ」
相変わらずの彼女の様子に、白藤はくすりと笑みを浮かべる。
だけどすぐに心が冷えて、表情から温かみが消えた。
「ミアは……うちと一緒に戦ってくれよる?」
「もちろんニャス」
笑顔で頷く彼女に、白藤はちょっとだけ表情が柔らかくなる。
ミアはオカリナをポーチに仕舞うと、代わりに小花の髪ゴムを取り出す。
そして、今結ってるゴムを外して付け替える。
続いて取り出したブレスレットを、白藤に見えるように腕にはめてみせた。
「みんな一緒にいるニャス」
誇らしくブレスレットを撫でる。
髪ゴムも、オカリナも、ブレスレットも、そしてポーチに大事にしまってある玉簪も、みんなみんな大切な人たちからの受け取った“絆”。
「そうやね。うん。みんなで……うちと一緒に、帰ってこよ?」
白藤の言葉には、どこか切迫した感情が含まれていた。
見えない所で、手からこぼれて行くのなんて嫌だ。
傍にいても、手が届かないなんてのも嫌だ。
手を離さずに、ずっとそばに引き寄せたいなんて思ったのは、目の前の彼女が初めてだったのだ。
眼差しを受けて、ミアはキョトンと目を丸くする。
「あの時は細くて頼りない絆やったかもしれん……けど今のうちとミアの絆、めっちゃ太くなったやろうか?」
懇願するように尋ねると、彼女は赤尖晶のような瞳で大きく頷いた。
「ミア、しーちゃんの花嫁さん姿を見るのが夢なんニャス」
「もう、こういう時に茶化さんといて」
ミアのペースに、白藤は思わず観念して笑いを溢した。
たくさんの心を貰った――もう一度ブレスレットを撫でながら、ミアは込められた温もりを確かめる。
だけど……まだ貰っていないものがある。
彼はくれるだろうか。
いいや、貰いに行くんだ。
そのために、自分のために戦う、我が儘になるって決めたんだから。
「絶対帰ってくるニャス……ね、おねえちゃん」
どこか消え入りそうなミアの言葉に、今度は白藤が優しく、確かに、頷いて見せた。
他のハンターたちよりずいぶんと遅れて、キヅカ・リク(ka0038)が姿を現した。
他の小隊と次の出撃に関する綿密な打ち合わせ。
それがようやく終わって、本当に束の間の休息の時間だった。
とにもかくにも腰を下ろしたいと席を探していると、見知った顔がくつろいでいるのが目に付いた。
「隣、空いてる?」
「え、あ……ああ」
アンナ=リーナ・エスト(kz0108)の了承を得て、リクは隣に腰を下ろす。
「あー、やっと座れたって感じだよ」
「そうか」
どこか気まずそうなアンナ。
思い立ったように、彼女が切り出した。
「恋人のところには行かなくていいのか?」
「え、アンナさんってそういうの茶化すタイプだっけ。やだなぁ、四六時中一緒にいるってわけでも。それに一緒にいなくても心はいつだって――あ、ごめん、今の言葉は黒歴史になる気がするから忘れて」
半ば勢いに頷かされたようでもあったが、アンナは薄く笑みを浮かべると背もたれに身体を預けた。
「アンナさんは何してたの?」
「なにもしていないをしていた」
「はは、なるほどね」
リクは笑って、彼女に倣って身体を預ける。
全身の疲れがどっぷりと背中から椅子に染み出していくようで、それが心地よかった。
「思えばさ、遠くに来ちゃったよね。僕なんか、何者にもなれないただのガキだったのにさ、今はこうして世界の命運に立ち向かってる」
「誰だって生まれはただの子供だ。問題は自分が立つべき場所まで歩いてきたかどうかということだろう」
アンナの、ちょっと大げさだけどストレートな言葉が胸に沁みる。
この着飾らない心地よさが、この場所を選んだ理由なのかもしれない。
「僕がこの世界に来たのだって、その事自体に意味なんてない。大事なのは、自分でその答えを見つけることだと思うから」
おそらくこれが最後の弱音。
それを察したのかアンナも静かに耳を傾けた。
「アンナはさ、僕らと一緒に歩いてみてどうだった?」
「私は――私も同じだったから。この世界に来た意味を見つけたいと願っていた」
「結果は?」
「まだ道半ば」
思わず笑いが零れた。
こんなこと――世界を救うことなんかが存在意義じゃないと言い切る強さ。
それがなんとも彼女らしい答えだと感じた。
「僕は――楽しかったよ。不謹慎だけど」
しみじみと、リクが語る。
「結構ボロボロだけどさ、こんな六等星でも輝いてみせるから。見てて欲しいんだ。僕の精一杯を」
決意、期待、不安――様々な感情が入り混じった横顔を見て、アンナは静かに答えた。
「六等星だろうと、燃えていれば地球に光を届けられる」
「……うん。届けるよ。必ず」
人気のない通路の片隅で鞍馬 真(ka5819)は目を閉じて、静かに壁に身を預けていた。
戦いを前に、思ったほど恐怖心はない。
死ぬのが怖くない――心のどこかで、それを望んでさえいたのだから。
心穏やかな表情の下で、常に死に場所を探して生きて来た。
過去が無い自分が縋るような未来はない。
ずっとそう思って、全力を尽くして戦ってきた。
それは今回も変わらない。
だけど。
ほんの一握りの希望を口にしても良いのなら。
「――ただいまって、言いたいな」
言ってしまってから、ぐっと飲み込むように口を閉じる。
心から零れ落ちた願いを飲み込むように、真は大きく息を吸い込んだ。
クリムゾンウェストに残った親友へ。
小隊のみんなへ。
一緒に戦ってくれた幻獣たちへ。
別に、生きてやりたいことがあるわけじゃない。
それはその時、考えればいい。
それは過去でも未来でもなく、現在を生きて来たこれまでと同じこと。
だからイマ、真は彼らに「ただいま」を送りたかった。
言葉の代わりに、かつて親友と奏でた歌が口を突く。
現在が繋がって未来が生まれることを、真は心で理解した。
「この戦いに勝ったら、世界はどうなるんでしょうか。再生――というのがいまいちピンとこなくって」
小首をかしげた智里に、ハンスは小さく唸った。
「私は詩天さえ無事ならよいのですが……エバーグリーンのような文明は、また宇宙のどこかで花開くと良いですね」
共に戦ってくれたオートマトンという存在をハンスは忘れていない。
だが臨んだ答えではなかったのか、智里はちょっと不満そうに眉を寄せた。
「リアルブルーは……無事に残るんでしょうか」
「帰りたいんですか?」
「そういう意味ではないんですが……その、向こうの知り合いたちにシャッツのことを報告したくって」
「なるほど……それは、私も同じかもしれません」
意図を理解して、ハンスはほんのりと笑う。
「ですが、私が生きていく場所は詩天と心に決めています。そしてその時、隣には智里さんがいることを望んでいるのも疑いようのない事実です」
ちょっと回りくどい言い方なのは彼なりの照れ隠しなのかもしれない。
智里はようやく柔らかい表情で頷いて、そっと抱きよった。
「帰ったら住む家を探しましょう。先延ばしにしていた話も、たくさん」
交わる視線。
重なる唇は、未来を紡ぐためにある。
コックピットに溢れる音楽に、エアルドフリスとジュードはゆったりと心を溶かす。
狭い内部ではエアルドフリスが席に腰を下ろして、その膝の上にジュードがちょこんと乗っかっていた。
「狭いでしょ。無理しなくてもいいよ」
「いや、この方が存外、体温を感じられるものだ」
「あー、わかった。エアさん甘えたいんでしょ」
そう言って笑うジュードの頬はほんのりと赤く染まる。
エアルドフリスは肯定も否定もせず、代わりに曲に耳を澄ませた。
「こうして歌っている彼女たちを思えば、いつでも触れられる距離がどれだけ大切なことかを思い知らされるよ」
「そっか……この戦いが終わったら、カナデさん」
ジュードは少し寂しそうに彼を見上げる。
「絶対勝って、生きて帰って……俺の事、幸せにしてね」
「……小指を出してくれるかね」
エアルドフリスは頷かずに、代わりにそんなことを口にする。
半信半疑で差し出された細くなめらかな小指に、彼は自分のそれを絡めた。
それが一体何なのか口にしないまま、心地の良い響きの声でエアルドフリスは最愛の名前を呼ぶ。
「愛してるよ」
「……うん」
ジュードは彼の胸板に背中を預け目を閉じた。
スピーカーの音楽にエアルドフリスの歌声が続く。
背中と小指、お腹と小指から伝わる温かさだけが今の世界の全て。
ふたりぼっちは心地いい。
「音が……想いが溢れてるね」
船を包む心地いいメロディは十色 エニア(ka0370)の心を優しく包み込む。
思えばこの船から全部が始まった。
あの時この船に乗らなければ――自分も今ごろシェオルになっていたかもしれない。
監禁生活に別れを告げて、今こうして前を向いている。
本当に、不思議な道を歩いてきたなと思わず笑いもこぼれた。
全部、一緒に乗って来た人たちとの出会いのおかげだと思う。
今も面識がある人。
生きていることくらいしか知らない人。
いつの間にか痕跡を失くしてしまった人。
たくさんの人との出会いが今の自分を作っていることだけは、きっと確かだから。
「遠い昔のようにも、つい昨日のようにも思えるわね」
口にするのもまた不思議。
これから続いていく未来からすれば、この五年なんてきっと本当に一瞬で、だけど本当に長い長い五年間だった。
流れた月日を歩みなおすように、エニアは音に合わせて身体を舞わせる。
舞いもまた、この世界に自分が生きて来た証だから。
全部ひっくるめて十色エニアという一人の人間なのだ。
そのすべてが歩き出す背中を押している。
かけがえのない想いと、思い出たちが――
●サヨナラは言わない
カナデルミライのうっとりするようなバラードに、負傷者たちは荒んだ心が温かく解きほくされていくのを感じていた。
ヘヴンズドアとは相反するメロディ。
きっと、カナデが本当に歌いたかった優しい歌。
曲が流れる中、アティエイル(ka0002)は彼らの外傷を回復術で少しでも和らげようと1人1人のもとを駆け回っていた。
ここでこうしている者たちは言うなれば再起不能――もう戦線に立つことができない者たち。
しかし、邪神の体内という小宇宙の中で引き返すこともできない。
それで何かが変わるわけではなくても、何かをしないではいられなかった。
「よォ、その顔はアティの嬢ちゃんじゃねェか。こないだの戦場ぶりだなァ」
「柊羽様……?」
アティエイルは声を掛けられてはっと顔を上げる。
そこに立っていたボロボロの状態の柊羽(ka6811)を目にして、思わず声が引きつった。
「な……んて恰好をしているのですか。こちらに座ってください」
「あン? こんなんツバつけときゃ治る傷だ」
「いいから、強引にでも手当をさせて頂きます」
半ば無理やり手を引いて、彼女は柊羽を椅子に座らせる。
それほど力を込めたつもりはないが、彼の身体は思った以上に軽く、腰を抜かしたようにすとんと座り込んでしまった。
「こんな状態なるまでよくも……」
「アー……ンー……まあ、次はこんなヘマァしねェよ。何なら嬢ちゃんも守ってやらァ」
「その嬢ちゃんというのをやめてください」
強い口調で、アティエイルが否定する。
この年になって「嬢ちゃん」だなんて。
柊羽は腕組みをして眉をひそめると、小さく小首をかしげる。
「そうだなァ。まあ、嬢ちゃんも俺の事ァ『柊羽』って呼ぶんなら考えてやらんでもない。『様』なんざケツが痒くって仕方がねェんだ」
「んなっ、それは……」
アティエイルは思わず口ごもる。
そんな野蛮な呼び方、口になんてしたくない。
だけど、嫌がることをするなとも教えられてきた彼女は、葛藤を押しのけるように小さく咳払いをする。
「そ……それでは、わたくしのことはアティと。その……柊羽……っ!」
満足のいく返事が聴けたのか、柊羽はニマニマと笑みを浮かべて膝を打つ。
「おゥ。それじゃよろしくなァ、アティ」
そして、一文字一文字確かめるように彼女の名前を呼んだ。
アティエイルは首元がチリチリ熱くなって、傍に積まれていた包帯を乱暴に柊羽へ投げつけた。
「最低限は済みましたので、残りはご自分でなさってくださいませ!」
「時間もねェことだしなァ。アティもしっかりやんな。じゃあなァ」
柊羽は大手を振って去っていく。
残されたアティエイルは、その背中を見つめることもできなかった。
「――みんなありがとー! それじゃ、5分間の休憩入りまーす!」
観客へ大きく手を振って、ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)とカナデは即席のステージから駆け下りた。
「お疲れじゃ。水分は取っておくようにのぅ」
「わっ……と! ありがと!」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)が放り投げた水のボトルを危うげにキャッチして、ルミはニコリと笑う。
「あの、ありがとうございます」
ぎこちないお礼の言葉と共に、ペコリと頭を下げるカナデ。
ミグは「よいよい」と謙遜するように手を振った。
「しかしすごいねー。スポットライトってこんな簡単に作れるんだ……」
「簡単ではないぞ? だがまあミグなら簡単だがな」
お手製のスポットライト装置をパチパチさせながら、ミグが鼻高に胸を張る。
ハンガーの隅に半ば投棄されていた、CAM用の照明装備から作った急造のステージ設備はまずまずの出来栄えだ。
「どうにも若い娘が頑張っている姿を見ると、国に置いてきた孫たちの事を思い出してね……おっと涙が」
「孫だなんてまたまた~」
ヨヨヨと大げさに目元を押さえたミグに、ルミは冗談めかしてケタケタと笑う。
たぶん、それ以上触れてはいけない。
「ルミちゃん、お疲れ様」
そんな時、ステージ袖にルナ・レンフィールド(ka1565)がふらりと姿を現した。
「今は休憩? 応援に来たんだ」
「そうなんだ。ありがとー、ルナちゃん!」
きゃっきゃと抱き着くルミだったが、ルナはカナデの姿を見て一度姿勢を正した。
「えっと……ルナ・レインフィールドです。よろしくお願いしますね」
「はい、えっと……カナデです。ルナさんの事は、知ってます」
「嬉しいな。でも一応、ね」
カナデの容態はルナも聞いている。
彼女が彼女であって彼女でないことも。
「休憩は5分? もうちょっと休んでたらいいのに。この後も、ピックタイムまでずっと歌い続けるんでしょう?」
ルナと共に訪れた高瀬 未悠(ka3199)が、簡易セトリを見ながら苦笑する。
「う~ん。でも、歌い続けることにきっと意味があるから」
「そういう時は私たちに任せなさいって」
「へ?」
はにかんだルミに、未悠がウインクする。
そしたら今度は目を丸くしたものだから、ユメリア(ka7010)がクスリと笑顔で答えた。
「私たちにも、この奇跡を繋がせていただけませんか?」
「言ったでしょ。応援に来た――って」
ルナたちはそう言って、ルミとカナデの手にタッチしてステージへと駆けあがる。
「2人はちょっとお色直しに入るから、その間、私たちが繋ぎます。大丈夫。負けないくらいの音楽を響かせるから、期待しててね」
未悠、ルナ、ユメリア。
3人の音にステージが染まる。
ルミやカナデの音が戦わざる者――祈る者の音だとすれば、彼女たちの音は戦う者――祈りを届ける者の音だ。
優しく心を包み込むのではなく、その気高さで心を熱くする。
どんな曲調の曲であっても、それは変わらない。
音を作るのはその人が持つ心だ。
歌い、楽器を奏で、未悠は2人と笑いあう。
この広い世界で出会った、たったそれだけ、けれどもすごい奇跡。
喜びも悲しみも、すべての思い出が自分を強くしてくれた。
ユメリアも、ルナも、ここにはいない最愛の恋人も――私は大好き。
大好きな人がこの世界にいるということを、みんなに忘れずにいて貰いたい。
その奇跡を繋ぐのが、ユメリアの心。
失うものばかりの旅路だった。
けれど、その中で生まれたカナデという奇跡。
それにどれだけ心を救われたか、当の彼女たちは知らないだろう。
負の感情に押しつぶされそうな心に扉を開いてくれた。
奇跡は願ってもいいのだと、彼女たちが教えてくれたから。
そして――想いを調和させることがルナの願い。
リュートに込めた彼女の心は、これまでも、これからも変わらない。
3人でしか作れない音楽。
“ここまで来た”彼女たちの音楽。
その気高さに、自分自身でも気づかずに涙を流していたのはカナデだった。
「あれ……なんで」
止まらない涙に彼女は戸惑う。
その頭をルミは優しく抱き寄せた。
「――いいんだよ」
3人と交代で再びカナデルミライがステージへ上がる。
カナデの目元が赤いのがちょっと気になったけれど、未悠は笑顔で2人を送り出した。
「カナデルミライ……どんな音でどんな未来を奏でるのか。さあ、聴かせてね」
「おっけー、観ててよ」
ルミが勝気に答えると、カナデと無言でアイコンタクトを取る。
お日様みたいな指が紡いだのは、繊細なバラード――ではなく、カナデの爆音ギターソロだった。
「これ……ヘヴンズドア!?」
「いえ、違います。これはちゃんとお2人の音楽です」
驚いた未悠の代わりに、ユメリアが静かに首を振る。
心の内から響く叫び。
似合わないと言われても。
プロモーションと嘲られても。
これもカナデとルミの音楽に変わりないのだ。
「これなら、後ろからでも聞こえますね」
天王寺茜(ka4080)は自分が押す車いすの患者に笑いかける。
「悪いね。休憩中なんだろう?」
「良いんです。こうしてる方が落ち着くから……それにこんなライブ、聞き逃す方が損ですよ」
茜の嘘のない言葉に、男性は包帯の下で笑みを浮かべる。
同じように客席後方からステージを見つめる央崎 遥華(ka5644)が、眩しそうに目を細めた。
ギラギラに輝くミグのスポットライトのせいだけじゃない。
やっぱり、生で聞く彼女たちの音には力がある。
それが彼女たちの歌って来た、彼女たちの願いなんだ。
「遥華さん、すっごく演りたいって顔してる」
「そういう茜さんも」
2人で顔を見合わせて、おもわずにらめっこみたいにお腹を抱えて笑う。
「いこっか」
「うん」
言葉はそれだけで十分だ。
車いすの男性が、ぽすぽすと柔らかい拍手を送った。
「お2人のステージも楽しみにしてるよ」
それはこれ以上にないエールとなって。
セットの入れ替えで、茜と遥華がステージに駆け上がる。
再びの休憩となったカナデルミライだったが、流石に疲れが見え始めていた。
「あはは……流石にヘヴンズドアぶっこんだのはやり過ぎたかな」
ルミは大粒の汗を流しながらも、表情だけは笑顔を絶やさない。
「よう、やってんな」
そこに不意打ちみたいにジャック・J・グリーヴ(ka1305)が姿を現したものだから、彼女は飲みかけの水を盛大に噴き出した。
「わりぃ。驚かせるつもりは無かったんだが」
「いや……いいの。あたしが勝手に驚いただけだから」
ルミはどこか気まずそうに彼から視線を外す。
微妙な沈黙が流れて、カナデがおろおろする。
やがて耐え切れなくなって、グリーヴがバチンと自分の頬を叩いた。
「俺の最愛の女はサオリたんだ」
「……は?」
「俺の最愛の女はサオリたんだ」
「サオリたんって……えっと……あの、ゲームのやつ?」
呆気にとられたルミに、グリーヴは力強く頷く。
「俺は女が苦手だ。女は弱い。守らなきゃいけねぇ。そう教えられてきたからよ」
もちろん、ハンターの世界を見て言葉そのままに受け取り続けているわけではない。
だが刷り込まれた教えは、女性とは触れたら壊れてしまうもの――と思いこませてしまったのかもしれない。
「だけどよ、お前は違った。虚無でのお前を見た。震えても逃げずにその場で踏み止まっていたお前を見た」
グリーヴは真っすぐにルミを見つめたまま、言葉を絞り出す。
「リゼリオでのお前を見た。テメェがシンドイ時も他者を導こうとするお前を見た。その魂がよ……輝いて、美しいと思ったんだ」
「……それで?」
ルミが素っ気なく問い返す。
「俺の最愛の女はサオリたんだ。だが……三次元じゃお前が一番だ。だから……その、だな」
「だから?」
責めるように問いただすルミ。
グリーヴはそこで大きく、大きく息を吸い込んで、腹に力を込めた。
「か、帰ったら飯でも食いに行こうぜ。いい店紹介してやっからよ」
そこまで言って、彼は引きつったような笑みを浮かべながら顔を真っ赤に染めていた。
当のルミはというと、彼が真っ赤になった瞬間にお腹を抱えて笑い転げた。
「……ふはっ! なにそれ! そこまで溜めてご飯なの!?」
「う、うるせぇよ。俺の一番はサオリたんだって言ってんだろ」
「あはは! 可笑しかったからいーよ。今は、2番目の女でも」
目じりに浮かんだ涙を拭って、ルミはにっこりと笑う。
「期待してるから。ご飯。もちろん奢りで」
「おう……任せとけ」
今度はグリーヴの方が、目を合わせていられなかった。
出撃の時間が迫る。
こうしていられるのもあとほんの僅かの間となって、セットメンバーはもう一度ステージへと上がる。
ルミに手渡されて、未悠がマイクを手に取った。
「私たちはこれからジュデッカへ向けて出撃します。本当を言えば、すごく怖い。だから怖いのと同じくらい、笑おうと思います。強く在るように。希望になれるように。だから……みんなも、私たちを信じて戦ってほしい。勝利を願って欲しい。その想いが、きっと力になるから」
「船に残る人たちの気持ちも、ハンターの皆がしっかり受け取ってますから」
想いを後押しするように茜が言葉を添える。
「時間ギリギリだけど……あと1曲行ける?」
「もちろん任せて。私だってヘヴンズドアを背負ったんだから……ね!」
尋ねるルミに、遥華はルミとカナデとを見比べて力強く頷いた。
「時間いっぱいまで、歌わせてください」
ユメリアが希うように祈りを乗せた。
たくさんの想いを受け取って、ルミは八重歯を見せて笑った。
「それじゃ、振り落とされないようにね……これがカナデルミライとヘヴンズドアの、最初で最後のクロスユニットだから!」
激しいドラムが会場を沸かす。
スティックを振うのは茜だ。
ドラムセットは「こんなこともあろうかと」とミグが廃材から創ったもだそうだが――どんなことがあろうと考えたのか、謎である。
ドラムから跳ねるリズムの粒は、会場のテンションの粒。
そして胸を貫く、鼓動の粒。
目の前の人たちをがっかりさせたりなんかしない。
カナデというギタリストがいる中で、今回の遥華のポジションはセカンドギター。
MCのおどおどした雰囲気とは正反対な、ルミ以上に激しく、ぶつかり合うような音に、圧倒されないように食らいつく。
いや、食らいつくだけではダメ。
食らいつく程度で、この1分1秒を過ごすなんてもったいない!
自分も残すんだ。
このステージに――カナデというギタリストの隣に、自分がいたことを。
胸を張って、また一緒にみんなと演奏するために。
曲がちょうど間奏に入るころ、戦闘配備のアラートが艦内に鳴り響いた。
出撃だ――演奏していたハンターたちの目に緊張の色が浮かぶ。
「ルミちゃん、カナデさん。私たち、別のステージに行ってくるね!」
「うん!」
「2人に負けないように奏でてくるから! 未来のために!」
「私たちも歌うから! 未来のために!」
心を決めたルナの一声。
ほほ笑む彼女に、ルミも満面の笑顔で答える。
みんなの想いを連れていく。
願いも、未来も、全部。
だから少女たちは歌い続ける。
想いの繋がりが途切れないように。
駆けていく背中を追うように、カナデがマイクを取った。
「よろしく……お願いしますっ!!」
返事の代わりに彼女たちは一斉に天を指差した。
サヨナラは言わない。
指し示すその先に天国への扉はあるのだから。
少女たちは今、階段を昇り切る。
「……この音は?」
ロッソの艦内通路。
そのスピーカーから零れる音楽を耳に、穂積 智里(ka6819)はうっすらと首をかしげる。
隣を歩いていたハンス・ラインフェルト(ka6750)も同様に耳を傾けながら、先ほど整備員たちが語らっていたことを思い返した。
「ライブをやっているらしいですよ。随分剛毅な話です」
彼は魔導スマートフォンで残りの時刻を確認して、傍らの智里を見おろした。
「出撃まで少し時間がありますし、観に行きますか?」
ハンスの提案に、彼女は首を横に振る。
「いえ……出撃時間を間違えたら困りますから」
「心配性ですね」
「トラブルなく生きるコツです」
毅然として答える智里に、ハンスは小さく笑みを吐く。
「傷病者のためのライブだそうですし、私達が行ったら気を悪くする人も出るかもしれません。今回は遠慮しましょうか」
ハンスが前を向くと、今度は智里が笑みを吐いた。
「心配性ですね」
「そんな暇があったら準備を万全にしろと苦言をいただくかもしれませんし」
「それは一理あります」
冗談めかして言った言うハンス。
智里は頷くと、彼の手を取った。
「栄養を取っておきましょう。食堂に軽食が用意されているようですよ」
「そうですね」
温かい彼女の手を、ハンスがそっと引く。
食堂には出撃前の補給にいそしむハンターや軍関係者の姿であふれかえっていた。
用意されているものはサンドイッチや揚げ物など片手間に摘まめるものばかりだが、艦搭乗全員分ともなればものすごい量だ。
食材類も残しておいても仕方がないし――と大盤振る舞いなせいもあるだろう。
「さて……いったい何人、無事に戻ってこられるでしょう」
食堂の傍らで、アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は祈りを捧げる。
「あんまり辛気臭いこと言わないでよね。ご飯が美味しくなくなっちゃう」
アルラウネ(ka4841)がハムサンドをぱくつきながら苦言を呈すと、アデリシアは小さく肩をすくめる。
「すみません。ですが司祭として果たす責務ですので、大目に見てください」
そう言って彼女は、もう一度聖印を切る。
「私は帰るもよし、帰らぬも良しですが……帰れるようにはしなければなりませんね」
「うん」
時音 ざくろ(ka1250)が強く頷いた。
「今までで一番の大冒険になるけど、勝って絶対一緒に帰ってこようね」
ニコリと笑ってリンゴ(ka7349)の頭を撫でると、彼女の肩がびくりと震える。
「緊張してる?」
「……はい。少し」
本当は少しなんてものじゃない。
だが、目の前の彼を心配させたくなくて咄嗟に「少し」なんて言葉が零れてしまう。
アルラウネがくすりと笑う。
「リラックスリラックス。死ぬ気で取り組んで、死ぬ気で生き残る。できることって言ったら、それくらいしかないんだから」
保障なんてどこにもないんだから――と彼女は言い加えた。
「保障……ですか」
あらためてこれから立ち向かう戦場のことを想い、リンゴは胸を強くしめつけられるような想いだった。
そんな彼女をざくろがそっと抱きしめる。
「主様……?」
「大丈夫。リンゴだけじゃないよ」
そう語るざくろの鼓動が自分と同じくらい早いのに気づいて、リンゴははっとする。
「主様も同じ……ですか?」
「うん。ざくろもすっごく緊張してる……でも守らなきゃいけないものがたくさんあるから、戦うんだ」
「守るもの……」
その言葉に、リンゴは彼の身体を抱きしめ返した。
「リンゴにも……あります。守りたいもの」
目の前の人の幸せな未来。
自分はそれを守りたい、と。
「うん。もう、大丈夫そう――」
ざくろはほっとして身体を離そうとするが、突然身体が大きく揺れた。
脚に力が入らない。
ほっとしたついでに、足の力もすっかり抜けてしまったのだろうか。
リンゴを抱きしめたまま、食堂の椅子から転げ落ちた。
「いたた……ご、ごめん! 大丈夫!?」
慌てて顔を上げると、押し倒した格好になったリンゴと目があった。
「主様……大胆です」
「はわわわわ、事故、事故だからっ!」
ざくろは真っ赤になりながら彼女のうえから退こうとして、脚に力が入らないのを思い出す。
結果としてまたバランスが崩れて、もう一度彼女を押し倒してしまった。
そんな2人の様子をアルラウネが愉し気に見下ろす。
「何? 死なないためにギャグ補正でも得ようとしてるの?」
「違う違う! っていうか、ギャグ補正とか現実に存在しないから!」
ギャグ補正といえばアレだ。
大爆発に巻き込まれても、全身煤だらけになって髪形がアフロになるくらいで済むやつ。
「そんな便利なものなら、ぜひ戦神の教義に加えていただきたいほどですね」
「だから違うって――」
「主様……リンゴならいつでも」
「リンゴも話をややこしくしないで!?」
あたふたするざくろの頬を、アルラウネがつんつんと突いた。
「ま、いーんじゃない? 生き残る活力になるなら、動機なんて不純でも」
「不純って」
「そもそも、不純でない動機なんてないと思うし」
にっこりと笑ったアルラウネ。
ざくろは大きく咳ばらいをして取り繕うと、ようやく言うことを聞くようになった身体を起した。
「こほん……ま、続きは帰ってからするとして」
「するんですね」
「もう、締めようとしてるんだから茶化さないでっ」
アデリシアの素直なツッコミをざくろは真っ赤になって諫める。
「とにかく! ざくろはまだまだみんなと一緒にいたい。だから、これからも一緒に冒険して欲しい」
「そんなの――」
――あたりまえ。
それは誰からともなく出て来た、3人の本心だった。
ロッソの艦内ハンガーでは、整備士たちによる機体の修繕が急ピッチで行われている。
ハッチからはひっきりなしに新しい機体がやって来ては、修理の終わった機体から再び戦場へと飛び立つ。
こと整備士たちにとっては、この哨戒域が最も休む間がない重労働区間だ。
とはいえハンターたちの中には――特に機体のソフトウェア面に関して、微調整を買ってでる者たちも多くいた。
いや正確には、自分の分身として命を預ける機体だからこそ、直前まで自分の手で面倒を見たいという想いなのかもしれない。
ジュード・エアハート(ka0410)もその例に漏れず、コックピット内でコンソールに表示されるメーターをチェックしていた。
慣れた手つきで次々と瞳に映る計器の光と共に、口ずさむ鼻歌はハンガーのスピーカーから零れているライブのものだった。
メインカメラの調整のためバイザーモニターを被ったとき、カメラが見慣れた人物の姿を捉える。
ジュードは驚いたようにバイザーを席に放り出すと、ハッチから顔を出した。
「ハンガーに来るなんてめずらしー! 機械、苦手じゃなかったっけ?」
足元から機体を見上げていたエアルドフリス(ka1856)は、ジュードの笑顔に小さく手を振る。
「何も食べてないだろう。サンドイッチを分けて貰ってきた」
「やりぃ! ちょっと待ってて」
「ああ、いや。俺が行こう」
ハッチから這い出そうとしたジュードを、エアルドフリスは優しく制する。
代わりに搭乗用のクレーンを下ろして貰い、コックピットまで駆け上がった。
「調子はどうだ?」
「うん。いつも通りって感じ」
機体も、自分も。
ちょっと怖くて、緊張が勝るのも、いつも通り。
僅かな沈黙の中で、カナデルミライの歌声が響く。
「ああ……この歌は」
「あ、ちょっと待ってて」
エアルドフリスがふと耳を傾けると、ジュードはするりとコックピットの中に降りてスイッチをいくつか操作する。
艦内回線につなげたコックピットの内部スピーカーから、今までよりもクリアな音が響いた。
「彼女たちはまた歌うことにしたのか」
いいね、とてもいい――そう言って頷くエアルドフリスに、シュードが手を差し出す。
「おいでよ。ちょっと狭いけど、よく聞こえるよ」
屈託のない笑顔に、エアルドフリスも手を伸ばした。
ハンガーの隅の方で、Gacrux(ka2726)が静かに紫煙をくゆらせる。
腰かけた資材コンテナはとても冷たかった。
邪神と決着をつける――それは手段の意味で言えば、邪神を消滅させるということ。
新たな世界として再誕させる作戦ではあるが、それは取り込まれた世界の復活とはイコールで結びつくことはない。
つまり邪神の力で再現された者たちも、その記憶も、立ち上るこの紫煙のように消え去るのだろう。
「俺は……恐れているんですかね」
ぽつりと口にすると、彼の天馬が心配したように寄り添う。
ガクルックスは僅かに表情を柔らかくして、そのうなじを撫でてやった。
シェオル達が反動存在として目覚めるのは理解できる。
ループの中で、大切な者を失い続ける地獄。
自分は、生きながらにその苦痛を味わった。
だから解放こそが彼女たちの幸せに繋がると、そう考えて来た。
いや、そう自分を納得させ続けて来た。
「だったら何故……彼女は生まれたんですか?」
脳裏にちらつくのは黙示騎士が一――クリュティエの姿。
彼女の存在こそが、カレンデュラの無念の証明ではないだろうか。
自分の選択は間違っていたのではないだろうか。
僅かなほころびが、胸の内でずっとくすぶり続けて来た。
問うたところで――彼女は答えてはくれないだろう。
それすらも、胸のうちに抱く単なる願望なのかもしれない。
もしも無念があるのなら。
もしも解放が救いでないのなら。
自分は、彼女が存在し続けられる世界を――
べちゃりと、生暖かい感覚が頬を伝ってガクルックスは思考の海から浮かび上がった。
はっとして傍らを見ると、天満がよだれでべとべとの舌で頬を舐めていた。
「起こしてくれたんですね。ありがとうございます」
お礼を言って、もう一度撫でてやる。
また、答えの出ない思考の波に溺れるところだった。
決して解はない。
得られない。
だから信じるしかない。
己の願いは変わらない。
だけど彼女の幸せのために、我が儘は押し殺すと決めたのだ。
ほんのわずかな期待が、刃を鈍らせることがないように――と。
通路の一角で、ジャック・エルギン(ka1522)はぼんやりと窓の外を眺めていた。
隣に立つリンカ・エルネージュ(ka1840)と2人きりになりたかったというわけではなく、ただ、外の景色が見たかった。
邪神の中は相変わらずの小宇宙空間で、星の代わりに断続的なシェオルの襲撃に対する防衛隊の砲火が瞬いていた。
そんなエルギンの顔を、リンカがのぞき込む。
「そわそわしてる?」
「いや、なんかな」
海が見たいと思ったんだ――そう言って、エルギンははにかんだ笑顔を浮かべた。
「同盟はどこ行っても海あるだろ。俺の生まれたところなんて、それこそ港町だったし。なんか落ち着かないんだよな」
「ホームシックだ」
「言ってろ」
「あいたっ」
リンカが悪戯な笑みを浮かべて、エルギンがその頭を小突いた。
「でも海いいな。戦いが終わったころは、まだ夏終わってないよね」
「泳ぎに行くか? 水着、期待してるぜ」
「あー、ジャックさんがエッチだ」
「そんなこと言ってるとヨット乗せてやらねぇぞ。操舵にゃ自信あるんだが」
「ヨット? 乗りたい!」
リンカはころころと表情を変えるものだから、エルギンは思わず噴き出したように笑う。
馬鹿にされたのかと思って、リンカはぷっくりと頬を膨らませた。
「なんだよー。せっかく、お礼に私の故郷にも招待しようと思ってたのに」
「悪い悪い。リンカの故郷つったら、辺境のまだ先の方だろ?」
「そ。おんなじ海沿いの場所なんだ。でも冬は雪がすごいの。夜になると街の灯りで雪がキラキラして綺麗だよ」
故郷の景色を思い返すように、リンカが窓の外を見つめる。
広がっているのは小宇宙だけだ。
「雪か。同盟も降るっちゃ降るが、風があるからそんなに積もらないしな。楽しみだ」
「たぶん、想像してるのの何倍も寒いと思うよ。だから暖かい暖炉の前でホットワインと、お魚を乗せたトースト。これが完璧」
「リンカの料理か。なんだ、魔術師らしく大鍋の煮込みでも出てくるか?」
「それ偏見! 確かに柑橘のソースは大鍋たっぷり煮込むけど……」
リンカが大真面目に考え始めたものだから、エルギンはまた噴き出したように笑う。
「ははっ。まだまだやりたいことが多すぎるぜ」
「うん。帰ってこなきゃね。海が見える街に」
「ああ」
頷いてもう一度だけ窓の外を眺める。
体温を確かめ合うように、互いの手の甲がそっと触れ合った。
広いロビーのような休憩室には余暇を過ごすハンター達が大勢集まって、それぞれに団欒をしていた。
その中で一人、ルスティロ・イストワール(ka0252)はただ黙々と目の前の羊皮紙の束に筆を走らせる。
――この船を目にしたあの日、僕の心は歓喜に震えた。
――未知なる物語が幕を開けたのだと、確信したからだ。
そこまで記して、ルスティロはペンを置いて大きく息を吐いた。
久しぶりに取ったペンはなかなか思い通りに動いてはくれなかった。
だけどそれを圧しても、この原稿だけは書き上げたかった。
(僕の確信は正しかった。だけど、この5年間の出来事は僕一人の予想なんかはるかに超える出来事ばかりだった)
想像することは好きだ。
それを物語に仕立てることも。
だけど、自分が想像する以上に心躍る出来事が、現実に起こり続けた。
結局のところ、自分は作家としてまだまだということなんだろう。
だがそれと同時に、自分が思い至らなかったこの物語を書き留めなければならないという使命感が彼の筆を動かした。
「ねぇ、カーバンクル。僕は君と旅ができて本当に良かったよ」
マテリアルを通じて精霊に語り掛ける。
彼もいなければ、自分の物語は始まらなかった。
「だから最期の瞬間まで――心躍る物語を描いていこうね」
ルスティロは再びペンを執る。
白藤(ka3768)は、組み上がった銃のかみ合わせを確かめるようにトリガーを引き絞る。
引き金が弾んで、弾の込められていない銃身が乾いた音を響かせた。
「ミア、準備はちゃぁんと出来とる?」
彼女は傍らの長椅子に寝転がっていたミア(ka7035)の脚をぽんぽんと叩く。
ミアは反動ひとつで起き上がると、オカリナを咥えたまま大きく背伸びをして、手の甲で頬を掻いた。
「うーん。できてるようなできてないような?」
「なんやそれ、締まりないわ」
相変わらずの彼女の様子に、白藤はくすりと笑みを浮かべる。
だけどすぐに心が冷えて、表情から温かみが消えた。
「ミアは……うちと一緒に戦ってくれよる?」
「もちろんニャス」
笑顔で頷く彼女に、白藤はちょっとだけ表情が柔らかくなる。
ミアはオカリナをポーチに仕舞うと、代わりに小花の髪ゴムを取り出す。
そして、今結ってるゴムを外して付け替える。
続いて取り出したブレスレットを、白藤に見えるように腕にはめてみせた。
「みんな一緒にいるニャス」
誇らしくブレスレットを撫でる。
髪ゴムも、オカリナも、ブレスレットも、そしてポーチに大事にしまってある玉簪も、みんなみんな大切な人たちからの受け取った“絆”。
「そうやね。うん。みんなで……うちと一緒に、帰ってこよ?」
白藤の言葉には、どこか切迫した感情が含まれていた。
見えない所で、手からこぼれて行くのなんて嫌だ。
傍にいても、手が届かないなんてのも嫌だ。
手を離さずに、ずっとそばに引き寄せたいなんて思ったのは、目の前の彼女が初めてだったのだ。
眼差しを受けて、ミアはキョトンと目を丸くする。
「あの時は細くて頼りない絆やったかもしれん……けど今のうちとミアの絆、めっちゃ太くなったやろうか?」
懇願するように尋ねると、彼女は赤尖晶のような瞳で大きく頷いた。
「ミア、しーちゃんの花嫁さん姿を見るのが夢なんニャス」
「もう、こういう時に茶化さんといて」
ミアのペースに、白藤は思わず観念して笑いを溢した。
たくさんの心を貰った――もう一度ブレスレットを撫でながら、ミアは込められた温もりを確かめる。
だけど……まだ貰っていないものがある。
彼はくれるだろうか。
いいや、貰いに行くんだ。
そのために、自分のために戦う、我が儘になるって決めたんだから。
「絶対帰ってくるニャス……ね、おねえちゃん」
どこか消え入りそうなミアの言葉に、今度は白藤が優しく、確かに、頷いて見せた。
他のハンターたちよりずいぶんと遅れて、キヅカ・リク(ka0038)が姿を現した。
他の小隊と次の出撃に関する綿密な打ち合わせ。
それがようやく終わって、本当に束の間の休息の時間だった。
とにもかくにも腰を下ろしたいと席を探していると、見知った顔がくつろいでいるのが目に付いた。
「隣、空いてる?」
「え、あ……ああ」
アンナ=リーナ・エスト(kz0108)の了承を得て、リクは隣に腰を下ろす。
「あー、やっと座れたって感じだよ」
「そうか」
どこか気まずそうなアンナ。
思い立ったように、彼女が切り出した。
「恋人のところには行かなくていいのか?」
「え、アンナさんってそういうの茶化すタイプだっけ。やだなぁ、四六時中一緒にいるってわけでも。それに一緒にいなくても心はいつだって――あ、ごめん、今の言葉は黒歴史になる気がするから忘れて」
半ば勢いに頷かされたようでもあったが、アンナは薄く笑みを浮かべると背もたれに身体を預けた。
「アンナさんは何してたの?」
「なにもしていないをしていた」
「はは、なるほどね」
リクは笑って、彼女に倣って身体を預ける。
全身の疲れがどっぷりと背中から椅子に染み出していくようで、それが心地よかった。
「思えばさ、遠くに来ちゃったよね。僕なんか、何者にもなれないただのガキだったのにさ、今はこうして世界の命運に立ち向かってる」
「誰だって生まれはただの子供だ。問題は自分が立つべき場所まで歩いてきたかどうかということだろう」
アンナの、ちょっと大げさだけどストレートな言葉が胸に沁みる。
この着飾らない心地よさが、この場所を選んだ理由なのかもしれない。
「僕がこの世界に来たのだって、その事自体に意味なんてない。大事なのは、自分でその答えを見つけることだと思うから」
おそらくこれが最後の弱音。
それを察したのかアンナも静かに耳を傾けた。
「アンナはさ、僕らと一緒に歩いてみてどうだった?」
「私は――私も同じだったから。この世界に来た意味を見つけたいと願っていた」
「結果は?」
「まだ道半ば」
思わず笑いが零れた。
こんなこと――世界を救うことなんかが存在意義じゃないと言い切る強さ。
それがなんとも彼女らしい答えだと感じた。
「僕は――楽しかったよ。不謹慎だけど」
しみじみと、リクが語る。
「結構ボロボロだけどさ、こんな六等星でも輝いてみせるから。見てて欲しいんだ。僕の精一杯を」
決意、期待、不安――様々な感情が入り混じった横顔を見て、アンナは静かに答えた。
「六等星だろうと、燃えていれば地球に光を届けられる」
「……うん。届けるよ。必ず」
人気のない通路の片隅で鞍馬 真(ka5819)は目を閉じて、静かに壁に身を預けていた。
戦いを前に、思ったほど恐怖心はない。
死ぬのが怖くない――心のどこかで、それを望んでさえいたのだから。
心穏やかな表情の下で、常に死に場所を探して生きて来た。
過去が無い自分が縋るような未来はない。
ずっとそう思って、全力を尽くして戦ってきた。
それは今回も変わらない。
だけど。
ほんの一握りの希望を口にしても良いのなら。
「――ただいまって、言いたいな」
言ってしまってから、ぐっと飲み込むように口を閉じる。
心から零れ落ちた願いを飲み込むように、真は大きく息を吸い込んだ。
クリムゾンウェストに残った親友へ。
小隊のみんなへ。
一緒に戦ってくれた幻獣たちへ。
別に、生きてやりたいことがあるわけじゃない。
それはその時、考えればいい。
それは過去でも未来でもなく、現在を生きて来たこれまでと同じこと。
だからイマ、真は彼らに「ただいま」を送りたかった。
言葉の代わりに、かつて親友と奏でた歌が口を突く。
現在が繋がって未来が生まれることを、真は心で理解した。
「この戦いに勝ったら、世界はどうなるんでしょうか。再生――というのがいまいちピンとこなくって」
小首をかしげた智里に、ハンスは小さく唸った。
「私は詩天さえ無事ならよいのですが……エバーグリーンのような文明は、また宇宙のどこかで花開くと良いですね」
共に戦ってくれたオートマトンという存在をハンスは忘れていない。
だが臨んだ答えではなかったのか、智里はちょっと不満そうに眉を寄せた。
「リアルブルーは……無事に残るんでしょうか」
「帰りたいんですか?」
「そういう意味ではないんですが……その、向こうの知り合いたちにシャッツのことを報告したくって」
「なるほど……それは、私も同じかもしれません」
意図を理解して、ハンスはほんのりと笑う。
「ですが、私が生きていく場所は詩天と心に決めています。そしてその時、隣には智里さんがいることを望んでいるのも疑いようのない事実です」
ちょっと回りくどい言い方なのは彼なりの照れ隠しなのかもしれない。
智里はようやく柔らかい表情で頷いて、そっと抱きよった。
「帰ったら住む家を探しましょう。先延ばしにしていた話も、たくさん」
交わる視線。
重なる唇は、未来を紡ぐためにある。
コックピットに溢れる音楽に、エアルドフリスとジュードはゆったりと心を溶かす。
狭い内部ではエアルドフリスが席に腰を下ろして、その膝の上にジュードがちょこんと乗っかっていた。
「狭いでしょ。無理しなくてもいいよ」
「いや、この方が存外、体温を感じられるものだ」
「あー、わかった。エアさん甘えたいんでしょ」
そう言って笑うジュードの頬はほんのりと赤く染まる。
エアルドフリスは肯定も否定もせず、代わりに曲に耳を澄ませた。
「こうして歌っている彼女たちを思えば、いつでも触れられる距離がどれだけ大切なことかを思い知らされるよ」
「そっか……この戦いが終わったら、カナデさん」
ジュードは少し寂しそうに彼を見上げる。
「絶対勝って、生きて帰って……俺の事、幸せにしてね」
「……小指を出してくれるかね」
エアルドフリスは頷かずに、代わりにそんなことを口にする。
半信半疑で差し出された細くなめらかな小指に、彼は自分のそれを絡めた。
それが一体何なのか口にしないまま、心地の良い響きの声でエアルドフリスは最愛の名前を呼ぶ。
「愛してるよ」
「……うん」
ジュードは彼の胸板に背中を預け目を閉じた。
スピーカーの音楽にエアルドフリスの歌声が続く。
背中と小指、お腹と小指から伝わる温かさだけが今の世界の全て。
ふたりぼっちは心地いい。
「音が……想いが溢れてるね」
船を包む心地いいメロディは十色 エニア(ka0370)の心を優しく包み込む。
思えばこの船から全部が始まった。
あの時この船に乗らなければ――自分も今ごろシェオルになっていたかもしれない。
監禁生活に別れを告げて、今こうして前を向いている。
本当に、不思議な道を歩いてきたなと思わず笑いもこぼれた。
全部、一緒に乗って来た人たちとの出会いのおかげだと思う。
今も面識がある人。
生きていることくらいしか知らない人。
いつの間にか痕跡を失くしてしまった人。
たくさんの人との出会いが今の自分を作っていることだけは、きっと確かだから。
「遠い昔のようにも、つい昨日のようにも思えるわね」
口にするのもまた不思議。
これから続いていく未来からすれば、この五年なんてきっと本当に一瞬で、だけど本当に長い長い五年間だった。
流れた月日を歩みなおすように、エニアは音に合わせて身体を舞わせる。
舞いもまた、この世界に自分が生きて来た証だから。
全部ひっくるめて十色エニアという一人の人間なのだ。
そのすべてが歩き出す背中を押している。
かけがえのない想いと、思い出たちが――
●サヨナラは言わない
カナデルミライのうっとりするようなバラードに、負傷者たちは荒んだ心が温かく解きほくされていくのを感じていた。
ヘヴンズドアとは相反するメロディ。
きっと、カナデが本当に歌いたかった優しい歌。
曲が流れる中、アティエイル(ka0002)は彼らの外傷を回復術で少しでも和らげようと1人1人のもとを駆け回っていた。
ここでこうしている者たちは言うなれば再起不能――もう戦線に立つことができない者たち。
しかし、邪神の体内という小宇宙の中で引き返すこともできない。
それで何かが変わるわけではなくても、何かをしないではいられなかった。
「よォ、その顔はアティの嬢ちゃんじゃねェか。こないだの戦場ぶりだなァ」
「柊羽様……?」
アティエイルは声を掛けられてはっと顔を上げる。
そこに立っていたボロボロの状態の柊羽(ka6811)を目にして、思わず声が引きつった。
「な……んて恰好をしているのですか。こちらに座ってください」
「あン? こんなんツバつけときゃ治る傷だ」
「いいから、強引にでも手当をさせて頂きます」
半ば無理やり手を引いて、彼女は柊羽を椅子に座らせる。
それほど力を込めたつもりはないが、彼の身体は思った以上に軽く、腰を抜かしたようにすとんと座り込んでしまった。
「こんな状態なるまでよくも……」
「アー……ンー……まあ、次はこんなヘマァしねェよ。何なら嬢ちゃんも守ってやらァ」
「その嬢ちゃんというのをやめてください」
強い口調で、アティエイルが否定する。
この年になって「嬢ちゃん」だなんて。
柊羽は腕組みをして眉をひそめると、小さく小首をかしげる。
「そうだなァ。まあ、嬢ちゃんも俺の事ァ『柊羽』って呼ぶんなら考えてやらんでもない。『様』なんざケツが痒くって仕方がねェんだ」
「んなっ、それは……」
アティエイルは思わず口ごもる。
そんな野蛮な呼び方、口になんてしたくない。
だけど、嫌がることをするなとも教えられてきた彼女は、葛藤を押しのけるように小さく咳払いをする。
「そ……それでは、わたくしのことはアティと。その……柊羽……っ!」
満足のいく返事が聴けたのか、柊羽はニマニマと笑みを浮かべて膝を打つ。
「おゥ。それじゃよろしくなァ、アティ」
そして、一文字一文字確かめるように彼女の名前を呼んだ。
アティエイルは首元がチリチリ熱くなって、傍に積まれていた包帯を乱暴に柊羽へ投げつけた。
「最低限は済みましたので、残りはご自分でなさってくださいませ!」
「時間もねェことだしなァ。アティもしっかりやんな。じゃあなァ」
柊羽は大手を振って去っていく。
残されたアティエイルは、その背中を見つめることもできなかった。
「――みんなありがとー! それじゃ、5分間の休憩入りまーす!」
観客へ大きく手を振って、ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)とカナデは即席のステージから駆け下りた。
「お疲れじゃ。水分は取っておくようにのぅ」
「わっ……と! ありがと!」
ミグ・ロマイヤー(ka0665)が放り投げた水のボトルを危うげにキャッチして、ルミはニコリと笑う。
「あの、ありがとうございます」
ぎこちないお礼の言葉と共に、ペコリと頭を下げるカナデ。
ミグは「よいよい」と謙遜するように手を振った。
「しかしすごいねー。スポットライトってこんな簡単に作れるんだ……」
「簡単ではないぞ? だがまあミグなら簡単だがな」
お手製のスポットライト装置をパチパチさせながら、ミグが鼻高に胸を張る。
ハンガーの隅に半ば投棄されていた、CAM用の照明装備から作った急造のステージ設備はまずまずの出来栄えだ。
「どうにも若い娘が頑張っている姿を見ると、国に置いてきた孫たちの事を思い出してね……おっと涙が」
「孫だなんてまたまた~」
ヨヨヨと大げさに目元を押さえたミグに、ルミは冗談めかしてケタケタと笑う。
たぶん、それ以上触れてはいけない。
「ルミちゃん、お疲れ様」
そんな時、ステージ袖にルナ・レンフィールド(ka1565)がふらりと姿を現した。
「今は休憩? 応援に来たんだ」
「そうなんだ。ありがとー、ルナちゃん!」
きゃっきゃと抱き着くルミだったが、ルナはカナデの姿を見て一度姿勢を正した。
「えっと……ルナ・レインフィールドです。よろしくお願いしますね」
「はい、えっと……カナデです。ルナさんの事は、知ってます」
「嬉しいな。でも一応、ね」
カナデの容態はルナも聞いている。
彼女が彼女であって彼女でないことも。
「休憩は5分? もうちょっと休んでたらいいのに。この後も、ピックタイムまでずっと歌い続けるんでしょう?」
ルナと共に訪れた高瀬 未悠(ka3199)が、簡易セトリを見ながら苦笑する。
「う~ん。でも、歌い続けることにきっと意味があるから」
「そういう時は私たちに任せなさいって」
「へ?」
はにかんだルミに、未悠がウインクする。
そしたら今度は目を丸くしたものだから、ユメリア(ka7010)がクスリと笑顔で答えた。
「私たちにも、この奇跡を繋がせていただけませんか?」
「言ったでしょ。応援に来た――って」
ルナたちはそう言って、ルミとカナデの手にタッチしてステージへと駆けあがる。
「2人はちょっとお色直しに入るから、その間、私たちが繋ぎます。大丈夫。負けないくらいの音楽を響かせるから、期待しててね」
未悠、ルナ、ユメリア。
3人の音にステージが染まる。
ルミやカナデの音が戦わざる者――祈る者の音だとすれば、彼女たちの音は戦う者――祈りを届ける者の音だ。
優しく心を包み込むのではなく、その気高さで心を熱くする。
どんな曲調の曲であっても、それは変わらない。
音を作るのはその人が持つ心だ。
歌い、楽器を奏で、未悠は2人と笑いあう。
この広い世界で出会った、たったそれだけ、けれどもすごい奇跡。
喜びも悲しみも、すべての思い出が自分を強くしてくれた。
ユメリアも、ルナも、ここにはいない最愛の恋人も――私は大好き。
大好きな人がこの世界にいるということを、みんなに忘れずにいて貰いたい。
その奇跡を繋ぐのが、ユメリアの心。
失うものばかりの旅路だった。
けれど、その中で生まれたカナデという奇跡。
それにどれだけ心を救われたか、当の彼女たちは知らないだろう。
負の感情に押しつぶされそうな心に扉を開いてくれた。
奇跡は願ってもいいのだと、彼女たちが教えてくれたから。
そして――想いを調和させることがルナの願い。
リュートに込めた彼女の心は、これまでも、これからも変わらない。
3人でしか作れない音楽。
“ここまで来た”彼女たちの音楽。
その気高さに、自分自身でも気づかずに涙を流していたのはカナデだった。
「あれ……なんで」
止まらない涙に彼女は戸惑う。
その頭をルミは優しく抱き寄せた。
「――いいんだよ」
3人と交代で再びカナデルミライがステージへ上がる。
カナデの目元が赤いのがちょっと気になったけれど、未悠は笑顔で2人を送り出した。
「カナデルミライ……どんな音でどんな未来を奏でるのか。さあ、聴かせてね」
「おっけー、観ててよ」
ルミが勝気に答えると、カナデと無言でアイコンタクトを取る。
お日様みたいな指が紡いだのは、繊細なバラード――ではなく、カナデの爆音ギターソロだった。
「これ……ヘヴンズドア!?」
「いえ、違います。これはちゃんとお2人の音楽です」
驚いた未悠の代わりに、ユメリアが静かに首を振る。
心の内から響く叫び。
似合わないと言われても。
プロモーションと嘲られても。
これもカナデとルミの音楽に変わりないのだ。
「これなら、後ろからでも聞こえますね」
天王寺茜(ka4080)は自分が押す車いすの患者に笑いかける。
「悪いね。休憩中なんだろう?」
「良いんです。こうしてる方が落ち着くから……それにこんなライブ、聞き逃す方が損ですよ」
茜の嘘のない言葉に、男性は包帯の下で笑みを浮かべる。
同じように客席後方からステージを見つめる央崎 遥華(ka5644)が、眩しそうに目を細めた。
ギラギラに輝くミグのスポットライトのせいだけじゃない。
やっぱり、生で聞く彼女たちの音には力がある。
それが彼女たちの歌って来た、彼女たちの願いなんだ。
「遥華さん、すっごく演りたいって顔してる」
「そういう茜さんも」
2人で顔を見合わせて、おもわずにらめっこみたいにお腹を抱えて笑う。
「いこっか」
「うん」
言葉はそれだけで十分だ。
車いすの男性が、ぽすぽすと柔らかい拍手を送った。
「お2人のステージも楽しみにしてるよ」
それはこれ以上にないエールとなって。
セットの入れ替えで、茜と遥華がステージに駆け上がる。
再びの休憩となったカナデルミライだったが、流石に疲れが見え始めていた。
「あはは……流石にヘヴンズドアぶっこんだのはやり過ぎたかな」
ルミは大粒の汗を流しながらも、表情だけは笑顔を絶やさない。
「よう、やってんな」
そこに不意打ちみたいにジャック・J・グリーヴ(ka1305)が姿を現したものだから、彼女は飲みかけの水を盛大に噴き出した。
「わりぃ。驚かせるつもりは無かったんだが」
「いや……いいの。あたしが勝手に驚いただけだから」
ルミはどこか気まずそうに彼から視線を外す。
微妙な沈黙が流れて、カナデがおろおろする。
やがて耐え切れなくなって、グリーヴがバチンと自分の頬を叩いた。
「俺の最愛の女はサオリたんだ」
「……は?」
「俺の最愛の女はサオリたんだ」
「サオリたんって……えっと……あの、ゲームのやつ?」
呆気にとられたルミに、グリーヴは力強く頷く。
「俺は女が苦手だ。女は弱い。守らなきゃいけねぇ。そう教えられてきたからよ」
もちろん、ハンターの世界を見て言葉そのままに受け取り続けているわけではない。
だが刷り込まれた教えは、女性とは触れたら壊れてしまうもの――と思いこませてしまったのかもしれない。
「だけどよ、お前は違った。虚無でのお前を見た。震えても逃げずにその場で踏み止まっていたお前を見た」
グリーヴは真っすぐにルミを見つめたまま、言葉を絞り出す。
「リゼリオでのお前を見た。テメェがシンドイ時も他者を導こうとするお前を見た。その魂がよ……輝いて、美しいと思ったんだ」
「……それで?」
ルミが素っ気なく問い返す。
「俺の最愛の女はサオリたんだ。だが……三次元じゃお前が一番だ。だから……その、だな」
「だから?」
責めるように問いただすルミ。
グリーヴはそこで大きく、大きく息を吸い込んで、腹に力を込めた。
「か、帰ったら飯でも食いに行こうぜ。いい店紹介してやっからよ」
そこまで言って、彼は引きつったような笑みを浮かべながら顔を真っ赤に染めていた。
当のルミはというと、彼が真っ赤になった瞬間にお腹を抱えて笑い転げた。
「……ふはっ! なにそれ! そこまで溜めてご飯なの!?」
「う、うるせぇよ。俺の一番はサオリたんだって言ってんだろ」
「あはは! 可笑しかったからいーよ。今は、2番目の女でも」
目じりに浮かんだ涙を拭って、ルミはにっこりと笑う。
「期待してるから。ご飯。もちろん奢りで」
「おう……任せとけ」
今度はグリーヴの方が、目を合わせていられなかった。
出撃の時間が迫る。
こうしていられるのもあとほんの僅かの間となって、セットメンバーはもう一度ステージへと上がる。
ルミに手渡されて、未悠がマイクを手に取った。
「私たちはこれからジュデッカへ向けて出撃します。本当を言えば、すごく怖い。だから怖いのと同じくらい、笑おうと思います。強く在るように。希望になれるように。だから……みんなも、私たちを信じて戦ってほしい。勝利を願って欲しい。その想いが、きっと力になるから」
「船に残る人たちの気持ちも、ハンターの皆がしっかり受け取ってますから」
想いを後押しするように茜が言葉を添える。
「時間ギリギリだけど……あと1曲行ける?」
「もちろん任せて。私だってヘヴンズドアを背負ったんだから……ね!」
尋ねるルミに、遥華はルミとカナデとを見比べて力強く頷いた。
「時間いっぱいまで、歌わせてください」
ユメリアが希うように祈りを乗せた。
たくさんの想いを受け取って、ルミは八重歯を見せて笑った。
「それじゃ、振り落とされないようにね……これがカナデルミライとヘヴンズドアの、最初で最後のクロスユニットだから!」
激しいドラムが会場を沸かす。
スティックを振うのは茜だ。
ドラムセットは「こんなこともあろうかと」とミグが廃材から創ったもだそうだが――どんなことがあろうと考えたのか、謎である。
ドラムから跳ねるリズムの粒は、会場のテンションの粒。
そして胸を貫く、鼓動の粒。
目の前の人たちをがっかりさせたりなんかしない。
カナデというギタリストがいる中で、今回の遥華のポジションはセカンドギター。
MCのおどおどした雰囲気とは正反対な、ルミ以上に激しく、ぶつかり合うような音に、圧倒されないように食らいつく。
いや、食らいつくだけではダメ。
食らいつく程度で、この1分1秒を過ごすなんてもったいない!
自分も残すんだ。
このステージに――カナデというギタリストの隣に、自分がいたことを。
胸を張って、また一緒にみんなと演奏するために。
曲がちょうど間奏に入るころ、戦闘配備のアラートが艦内に鳴り響いた。
出撃だ――演奏していたハンターたちの目に緊張の色が浮かぶ。
「ルミちゃん、カナデさん。私たち、別のステージに行ってくるね!」
「うん!」
「2人に負けないように奏でてくるから! 未来のために!」
「私たちも歌うから! 未来のために!」
心を決めたルナの一声。
ほほ笑む彼女に、ルミも満面の笑顔で答える。
みんなの想いを連れていく。
願いも、未来も、全部。
だから少女たちは歌い続ける。
想いの繋がりが途切れないように。
駆けていく背中を追うように、カナデがマイクを取った。
「よろしく……お願いしますっ!!」
返事の代わりに彼女たちは一斉に天を指差した。
サヨナラは言わない。
指し示すその先に天国への扉はあるのだから。
少女たちは今、階段を昇り切る。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
---|
面白かった! | 25人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/08/08 22:03:39 |