イノセントイビル 名も知れぬ怠惰の歪虚

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
8~12人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/08/11 19:00
完成日
2019/08/18 22:59

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 英雄には二種類ある──即ち、敵を倒す英雄と、味方を救う英雄だ。
 侯爵家三男、ソードが『英雄』と聞いて思い描くイメージは『敵を倒す英雄』の方だった。
 小さい頃から、エクラの聖典に記された聖人たちよりも、吟遊詩人たちが謳うサーガに登場する将軍や豪傑たちに心惹かれた。
 数々の苦難を乗り越え、末に強大な敵を打ち倒す勇者たちの英雄譚── 思えばそれは、幼い頃から優秀な兄たちと比べられ、実の母から「異母兄たちから家督を奪え」とプレッシャーを掛けられ続けた少年が、自身を投影して慰めるには格好の素材であったのかもしれない。

 精進を続けた少年は成長し、やがてひとかどの剣士となった。
 だが、それも…… 父と兄が殺されたあの日。犯人である『庭師』を『捕縛』しに行って、為す術もなく一蹴された。
 それだけに、覚醒者の素質があると分かった時は、心の底から嬉しかった。
 ソードは覚醒者としての訓練に没頭し、短時間でその実力を上げていった。ハンターたちに教えを請い、歪虚と戦えるだけの力を手に入れた。

 だが、戦場での扱いは、覚醒者になる前と変わらなかった。
 歪虚と戦う多くの場面で、ソードはマリーと共にクリスとルーサーの護衛に回された。
「仕方ないじゃん。同じハンターって言ったって、私たちと皆とじゃ積み上げて来た経験も、実力も違うんだし」
 自ら戦い、打ち克つことに価値を持たない(とソードは思った)マリーは彼にそう言った。
「俺は戦いたいんだ」
 ソードが言うと、マリーは呆れた様な顔をした。
 駄々っ子を見るような目をしていた。

 以来、ソードは表立って不満を表明することはなくなった。
 代わりに、それまで以上に自身に鍛錬を課すようになった。
 いつか、足手纏いと言われぬように。ハンターたちと共に戦いを担えるように……


 コカドリーユ&マンティコラスとの戦いの時も、彼らは護衛に残された。
 丘の稜線の陰から戦いを見守る残留組──しかし、その日のソードは、普段と様子が違った。
「どうかしましたか、ソードさん?」
 その様子にクリスが気付いて訊ねた。いつものソードなら、ハンターたちの戦いを刹那も見逃すまいと瞬きも忘れる程に熱心に見学するのだが、この時は心ここに在らずといった感じだった。
「いや、さっきのハンターたちと『仲買人』のやりとりが、少しな……」
 ソードは生返事を返した。思案し、ぶつぶつと呟き続ける……
「『種子』……『私由来』……『仲間はいない』……? 『契約は本人同士』……つまり、それは……」
 ……突如、ソードは目を見開いた。──いや、まさか、だが、そんなことが……? ……あり得なくは、ないかもしれない。実際、『あいつ』は似たようなことを俺たちの目の前でやって見せたじゃないか。
 ソードがルーサーを振り返った。そして、弟の肩を両手で掴んで勢い込んだ。
「すぐにあの『客』を追うぞ、ルーサー。俺たちの手で直接、父上とシモン兄の仇が取れるかもしれん……!」
 ソードはすぐに走り出した。マリーが慌てて呼び止める。
「ちょ、皆が戦闘中に勝手なことをしちゃ……!」
「勝手じゃない。遺跡の入り口が一つだとでも? 皆が追い掛けられないからこそ、俺たちで『客』の身柄を押さえておくんだ!」
 嘘ではない。だが、方便ではある。だって、ソードの本音は既にルーサーに告げた通りだから──
「追って、マリー! 一人で行かせてはダメ……! こっちの戦いが終わったら、すぐに皆さんに追ってもらいますから……!」
 断腸の想いでクリスが出した指示に、マリーが頷き、後を追う。
「ルーサーはそこから動かないでください」
 そう言って戦場へ向かって斜面を下りていくクリス。ルーサーは暫し考え込んだ後……兄とマリーを追って走り出した。

 ソードが『仲買人』を(確かに)切り殺し、遺跡の中へと突入する。
 すぐに追い付いたマリーは、正論ではなく搦手で皆が来るまでの時間を稼ぐことにした。
「落ち着いて。ここは遺跡の中よ。どんな罠があるか分からない」
 そう言うと、マリーは実際に罠の一つを解いて見せた。戦闘は兎も角、遺跡探索実習の成績はマリーの方がずっと良く、ソードは渋々少女に従った。

 慎重に罠や仕掛け扉を探りながら、遺跡を奥へ奥へと進んでいく。
 途中、解除した罠の後をたどってルーサーが追い付いてきたが、今更引き返す事も出来ず、共に先へと進み出した。

 やがて、遺跡は深い竪坑に出た。それは塔を地中に埋めた様な吹き抜けの空間で、円筒の内側に沿って螺旋状に下り階段が続いていた。
 竪坑の天井部は全体が明かり取りの窓──実際の天窓ではなく、魔法的な照明か何かのようだったが、自然光と見分けはつかない。
 その光に照らされた深い深い竪坑の底には、一本の巨大な木が生えていた。

「おや。侯爵家の末のご兄弟。それに、使用人だと思っていたら、実は伯爵令嬢だったお嬢さん」
 地中にも拘らず太陽光に照らされた不思議空間── 階段を竪坑の底まで下りた先。大木の前に立つ『客』がそう言って出迎えた。
「……やっぱり分かるんだな。俺たちのことが」
 確信めいたソードの言葉に、マリーとルーサーは「え……?」と振り返った。そうだ。知っている筈がないのだ。だって、彼とは確実に初対面なのだから。
「……僕に何の御用でしょう?」
 『客』はそれに答えず、にこやかに笑って見せた。不思議とその笑みは『仲買人』のそれと同じに見えた。
「父と兄の仇を取りに来た」
「……ハロルドさんとシモン君の仇は『庭師』でしょう?」
「『庭師』にも『仲買人』にも用はない。今、目の前にいる男にも、だ。俺は中身に……『庭師』や『仲買人』、『客』を操るお前の本体に用がある」
 ど、どういうことなの!? とマリーは慌てた。
 ルーサーはハッとした。
「そうか! 侯爵家館の火事現場跡地でのあの事件……!」
「そうだ。こいつは死体を動かせる。死体内部に潜り込ませた蔦や根を使ってな」
 そう、あの時、こいつは大量の死体を同時に操って見せた。それをもし1体を動かす事に集中させれば、より精密に動かせるかもしれない。それこそ、指の一本一本まで。或いは、人と会話が出来るまでに──
「だから、どういうことなのよ?!」
 未だに理解が追い付かないマリーを他所に、ルーサーは顔面を蒼白に、だが、まなじりを決してみせた。
「それじゃあ、ソード兄様、こいつが……」
「そうだ、ルーサー。『庭師』や『仲買人』、『客』の身体を操り、『種子』を撒いていた存在── 父上とシモン兄の仇、名も知れぬ『怠惰』の歪虚の本体だ!」
 ソードの弾劾に、再び張り付いた様な笑みを浮かべる『客』──
 その背後に生えた巨木が、静かな音と共に大きく鳴動し始めた……

リプレイ本文

「ちょっと目を離したらこれでやがりますか、あの青二才共……っ!」
 マリーが残した目印を追って遺跡の中を駆けながら── シレークス(ka0752)はその怒声を遺跡の中に響き渡らせた。
「もー、突っ走っちゃダメって言ったじゃん! あんなに英雄願望が強かったなんて!」
 レイン・ゼクシディア(ka2887)もまた概ね同様に。その矛先は主にソードに向く。
「私だってねー、覚醒者になったばかりの頃は図書館の掃除や下水道のメンテナンスみたいな事ばっかやってきたんだよ?! 気持ちは分かるけど、今はまだ下積み時代! もう少し頑張って堪えて欲しいな、おねーさんは!」
 ぷりぷりと怒りながら、それでも先陣切って急ぐレインとシレークス。一方、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)はヴァイス・エリダヌス(ka0364)と顔を見合わせ、それからポツリと呟いた。
「……でも、僕はちょっとソードさんの気持ちもわかるよ。家族の仇を討つ最後の機会になるかもしれない──だから先を急いだんだと思う。……もう僕たちと同じハンターなんだし」
 僅かな沈黙の後。ある種の感慨と共にサクラ・エルフリード(ka2598)が呟いた。
「ついつい過保護が過ぎましたかね……ソードさんは結構放置な扱いなつもりではありましたが(をぃ」
 後でちゃんと話を聞かないと、ですね──サクラの言葉に、シレークスが小声で零した。
「……ったく。帰ったら地獄の再教育メニューでやがります……」

 何か物音が聞こえた気がして、ハンターたちは足を止めた。……遺跡の廊下に反響する、人と人と思しきものの会話──やがてそれはソードとあの『客』が交わしているものだと気が付いた。
 前方に光。地下の遺跡の中にあって、そこだけなぜか天井から光が降り注いでいた。近づいてみると、直径と深さが共に50mはありそうな巨大な縦穴が開いていた。
 最初に目に入ったのは、穴底の中央にデンと鎮座した巨大な樹。そして、『客』と正対しているソード、マリー、ルーサーの姿──
「──ッ! 勝手なことしやがって! 『すぐに行く』から待っていやがれっ!」
 シレークスは穴の底に向かって叫ぶと、穴の淵に足を掛けた。それを見たアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)はギョッとして「正気ですか!?」と声を掛けた。
「なーに、覚醒者なら死にやしません。生命力半減程度でやがります」
 シレークスはまるで躊躇することなく縦穴に身を翻した。サクラは「まったく。一人で先行してしまったらソードの事を言えないでしょうに」と呆れながら、取り出した飛行ソリの上に跳び乗り、波乗りをするように縦穴を降下していった。
「……サクラさんもシレークスさんの事を言えませんの」
 ディーナ・フェルミ(ka5843)は魔法の箒の上に横乗りになると、二人の後を追って縦穴へと飛び出した。が、途中でグルンとひっくり返り、両手で箒にぶら下がりながら「ひゃわ~!」と底へと下りて行く。
 ……その瞬間、穴の底の大樹がゴゴゴ……と不気味に鳴動を始めた。その異変に、時音 ざくろ(ka1250)は微苦笑を浮かべながら「嫌な予感……」と独り言ちた。
「まさか……あの巨木が歪虚の本体だというのか……?!」
 振動する大樹を見下ろしながら、ミグ・ロマイヤー(ka0665)が呻いた。あの巨木、直径は10m以上ありそうなのに……
「……デカいな。あの自重を支えているという事は、幹もかなり堅そうだ」
「あいつが今までの騒動を起こした張本人…… 種とかだから、木、か……ついつい人型って常識に囚われてたな」
 淡々と敵を見極めるアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の横で、ざくろが呆れた様に笑みを引きつらせる。
「なるほど。『種子』は文字通り種子だったというわけですか。『仲買人』が急に事切れたのも『分身』だったからでしょうか」
「……アレもさっきの巨獣たちと同じように、いやらしい攻撃手段があるんだろうね」
 ヴァルナ=エリゴス(ka2651)に続いたルーエルの言葉に、ざくろがハッとした。
「まずいよ! すぐにソードやマリーたちの元へ向かわないと……!」
 その言葉が終わる前に、隊列最後尾にいたはずのマリィア・バルデス(ka5848)が穴の淵に駆け寄って魔導小銃を構えた。
「20秒は敵を制圧してみせるわ。その間に皆は穴の底へ」
 ミグもまた自身の身長の倍はある大型魔導銃を取り出し、柵の板の上へと据える。
「でかければいいってもんじゃないことを、ミグが教育してやろう」
 ハンターたちはクリスを2人に任せすと、縦穴の側壁に沿って螺旋状に設けられた階段を急ぎ下り始めた。
 それに反応したのか、巨木の枝葉の部分が爆発的に『膨張』した。大樹が瞬間的に枝葉を全周へ伸長させたのだ。
 押し寄せた枝葉の『森』が、階段を下るハンターたちを呑み込んだ。アルトは床と壁を蹴って三角跳びで枝葉の上へと逃れ。ヴァルナは階段の上に身を投げ出すように転がりながらその下へと潜り込んだ。
 それ以外の者たちは全員、枝葉に四肢を絡み取られた。特に胴に直撃を受けたレインは一気に壁へと押し付けられた。
「ファッ!?」
「レインおねーさん!」
 『キュア』で拘束から逃れたばかりのルーエルに代わって、ヴァイスがレインを捕えた枝の『手首』を魔鎌で切り裂きいた。そして、自身は枝葉に掴み上げられ、宙へと放り投げられた。
 ヴァルナは片膝立ちで身を起こしながらハッとそちらを見やりつつ、何よりも優先して『アデイあるソング』を歌い始めた。その歌の効果で緩んだ枝を、アデリシアとざくろが自力で振り払った。
 ヴァイスは宙を落下しながら魔箒に跨り、飛行状態に入った。見下ろせば、先に降下した3人も枝葉に襲われていた。
 不意打ちの枝に向けてミグとマリィアが支援射撃を開始する。
 大型魔導銃の砲口を下方へ向け、ドンッ、ドンッ! と発砲するミグ。砲弾が貫通した枝葉にボッ! と円形の穴が開き。幹に直撃を受けた枝は先から折れ飛び、クルクルと地面に向かって落ちていった。
 一方、マリィアは淡々とマテリアルを込めて構えた狙撃銃の引き金を引いた。放たれたその銃弾は分裂して光の雨と化し、縦穴の中へ降り注いで全てを狙い撃ちにした。大樹本体、『客』、視認し得る限りの枝の幹──弾を喰らったそれら全てが、込められた封印の力でその行動を阻害される。
「1発目」
 確認するように呟き、再び引き金を引いて敵の動きを縛るマリィア。その間にハンターたちは全力で階段を下り始めた。
 一方、枝葉上方に跳び逃れていたアルトは動きが鈍くなっていた枝の一つへ器用に着地すると、そのまま大樹本体に向かってその上を走り出した。
 それに気づいた大樹は枝の幹を振り回したり、引っ繰り返したりして落とそうとしたが、アルトはその度に火燐を曳いて新たな足場へ跳び渡り…… 只では止まらぬと判断したのか、彼女の行く手の枝の『中』から不意打ちで飛び出して来る『蔦の触手』。だが、アルトはそれすらも、速度を落とす事すらなく、瞬時にそれを斬り払う……

 最初に底部へ到達したのは、自ら自由落下していったシレークスだった。
 落下中に加えられた枝葉による攻撃を1度は避けて、2度目で横殴りにされて斜めに地面へ『激突』した。
 それを見て目を丸くしたソード、マリー、ルーサーらが見守る中……シレークスがむくりと身を起こす。彼女は血塗れだったが、見た目ほどのダメージは入っていなかった。どうやら打たれた所以外にも『何か』で切り傷を受けたらしい。
「やっぱり……またそんな無茶をして……」
「いーから。サクラ、とっとと回復しやがれです」
「私の回復はもうさっきの巨獣戦で打ち止めです……『フルリカバリー』持ちのアデリシアさんが来るまで、大人しく待っていてください」
 降下して来たサクラに続いて、ディーナが底部へ下りて来た。
 だが、ディーナは『客』に向かって真っすぐ斜めに降下すると、箒から手を放して地面へ着地。その勢いのまま星神器を構え、一気に『客』へと加速した。
「仕掛けるのか!?」
 ディーナに続いて下りたヴァイスが階段の方をチラと見上げて、魔鎌に灯火の如きオーラを纏わせて後続する。
「マリィアさんが敵を縛ってくれているの! その間に1発でも多く入れておくの!」
 答え、ディーナは走りながら『トールハンマー』を起動した。対する『客』も懐から両手に二つずつ、計四つの『種子』を取り出し、自身へと埋め込んだ。
 構わず突撃するディーナの目の前の地面が突如うねる様に盛り上がり。中から巨大な『根』が飛び出した。
「根っこ!?」
「まさか、大樹の根がこんな離れた所まで……!」
 驚くシレークスとサクラの周囲にも現れる『根』──二人はその場に残ってルーサーたちの護衛に専念する。
 『客』の前面で壁となり、ディーナに『鎌首』をもたげる『根』。だが、それは、上からマリィアが放った最後の『光の雨』に撃たれて地面をのたうった。その上を跳び越えて『客』へと迫ったディーナが十字鎚にマテリアルを込めて思いっきりぶん殴り……それを腕で受けた『客』の前腕の骨が圧し折れた。
 だが、直後、その骨折箇所から飛び出して来た骨が籠手状に広がり、折れた腕を繋ぎ直した。そして、新たな得物と化して、迫るディーナを殴りつけた。
 ディーナは委細構わず目の前の『客』を殴り続けることに専念した。波打つ地面も根の拘束も『トールハンマー』で無効化し、行動阻害効果付きの打撃でひたすら前へと進み続けた。
 その間も、『種子』を得た『客』の身体は加速度的に膨れ上がった。丸太の様に太い腕、肩口から生えた『カバ』の頭── 脚は膝関節から逆方向にねじ曲がり、植物の茎の様な色と質感になった肌には色とりどりの花が咲いては枯れるを繰り返し、ミスト状の何かを周囲へ噴霧し始めた。
 『トールハンマー』の効果が切れた。瞬間、ディーナの肌に痛みが走った。
「酸か……!」
 気づいたヴァイスがディーナの首根っこを掴んで一旦、距離を取った。
「やーん、何だかお肌が焼けるのピリピリするの~」
「さしずめ、防御力低下効果と継続ダメージ付与といったところか……厄介だな」
 魔鎌で『客』を牽制しながらヴァイスが推測を口にする。
 返事は上から降って来た。
「そんなこともあろうかと! 敵の妨害スキル用に、再び『機導浄化術』を持って来たよ! 二種類も! またまたおねーさんの格好良いポーズが見れちゃうね! 役得だなぁ!」
 それはレインの声だった。階段を来た仲間たちがようやくここまで下りて来たのだ。
「お待たせ! 無事で良かった……!」
 階段から飛び降りて来たざくろが、ソードやマリー、ルーサーを見て破顔する。
 アデリシアは血塗れのシレークスに呆れた様な視線を向けると、戦神への祈りと共に回復を施した。
「……無茶をしましたね、ソードさん。虎口に飛び込んで敵の首魁を追い詰める辺り、英雄的と言えなくもありませんが、守るべきものを危険に晒したのでちょっと減点です」
 ヴァルナは苦笑交じりの微笑を浮かべてソードをやんわり窘める。
 治療を終えたシレークスが、彼の事をジロリと睨んだ。ソードはまた小言の雨が降るかと身構えたが、シレークスはただ一言、こう言った。
「……やれるか?」
 ソードは目を見開いた。そして、「いいのか……?」と訊き返した。
「はい。この期に及んで下がれとは言いません。自らの手で決着をつけたいという望みも否定しません。一人の戦力として当てにします」
「……仮にも人を導く立場にありながら、俺はお前の気持ちを察して汲むことができなかった。共に戦いたいというなら、その想いは無碍にできん」
 ヴァルナとヴァイスもソードが戦う事を肯定した。サクラも根を魔剣で斬り払いながら、淡々と彼に告げた。
「……とりあえず、好きにしたらいいのではないですか? ……ある意味、それも放置ですし(ボソッと」
「ルーサーとマリーのことは、ざくろとアデリシアが二人で守るよ。だから、ソード、こっちは任せて、思い切りいっちゃえ!」
 ルーサーたちの護衛に付いたざくろが親指を立てて見せる。
 ソードは皆に頭を下げ……最後にルーサーと目が合った。
「……御武運を、兄様。そして、無事の御帰還を」


「さあ、皆! 連戦になるけど、体調はどうかな? ここからが本番開始だよ!」
 ルーエルの励ます様な言葉と共に、戦いが再開される。
 サクラとシレークスの二人は『客』へと向かう皆から別れ、『根』を操る大樹を牽制するべくそちらへと向かった。……下から見上げた大樹の姿は、リアルブルーのバオバブに似ていた。ある作家が作品の中で『放置すると星を破壊する有害な木』と表現したソレだ。
「気を付けて、サクラ! 下から何か仕掛けて来るよ!」
 後方、ルーサーの護衛についたざくろが、戦場全体を見渡して警告の声を上げる。
 その言葉通り、サクラたちの行く手の地面が荒れた海の様に蠢き始めた。根は大樹に近づく程、密度を増し、地面を揺らし、土を耕してサクラとシレークスの接近を阻もうとする。
「いいか、ソード! 敵は1体じゃない! 常に仲間と連携し、戦場全体を俯瞰する事を忘れるな!」
 共に『客』に向かって走りながら、ヴァイスがギリギリまでソードを教導する。
 ルーエルも頷いた。──結局のところ、こっちはチーム戦。隊長職を務めていたソードは得意なはずだ。
「というわけで、僕はソードさんを近くでサポートするよ。回復多めでね! ……というか、僕だってそんなに強いわけじゃないからさ。カバーを改めてお願いします」
「私は基本的にソーどんとルー君の後ろで、『客』から距離を取って戦うから! ボクとルー君を守って!」
 ルーエル、レインと共に進むソードを他所に、ヴァイスとヴァルナが散開する。連携して『客』を包囲する為だ。
「どんな状況でも最後まで生にしがみつけ。生きる意思を絶対になくすな!」
 最後にヴァイスがソードに叫び、一行は『客』へと突っ込んだ。
 ヴァイスとヴァルナの得物に魔力が灯る。そちらに視線を奪われた『客』の死角から、或いは魔法剣二人から敵の視線を奪うべく雄たけびを上げたディーナが肉薄する。
 『客』は、その両手に『チェーンマイン』──爆裂する『鳳仙花』の実が付いた蔦──を鞭の様に振り被り。後ろを振り返らぬまま、背後より迫るディーナへ振り抜いた。
「ほぇっ!?」
 身体に蔦が撒きつき、直後、鳳仙花たちが一斉に炸裂する。
 逆の腕のもう一本は、迫るヴァルナに振るわれた。が、当のヴァルナは身を守る気配もなかった。
 なぜなら、彼女へ振るわれた一撃は、ヴァイスが『ガウスジェイル』で引き受けたからだ。因果を捻じ曲げられたおかしな動きでヴァイスに絡みつく爆裂蔦。それをヴァイスは聖剣盾でわたあめの様に絡め取り、爆発を盾の表面に受け逸らす。
 その間に距離を詰めたソードの一撃を、『客』は『硬骨の盾』で受け弾いた。だが、直後、入れ替わる様に前に出て来たヴァルナが『徹閃』の一突で以って貫き、盾を砕き割る。
 クハッ! と笑みを浮かべる『客』と、怒りの雄叫びを上げるカバ頭。
 振るわれた反撃の拳を、逆にヴァルナは鎧の最も硬い部分で受けた。『客』の拳が砕けてひしゃげ……硬骨によって覆われた。

 その頃、サクラとシレークスは、波打つ根と耕された大地を踏み越えて大樹へと近づいていた。二人が接近が牽制になったのか、『客』と戦う味方たちへの根の妨害はそれほど酷くはない。
「その分、こちらが大変なことになっていますがね……」
 ルーンソードを投擲して細めの根を数本纏めて切り飛ばしながら、呟くサクラ。根が掘った落とし穴にちょうど両手を上げた姿勢でズボッと嵌り込み、シレークスに引っこ抜かれたのはつい先程のことだ。
「ですが、ようやくここまで来ました……行ってください、シレークスさん」
 サクラはシレークスに『アンチボディ』の加護を掛けると、追い縋る根に対する殿軍を引き受けた。
「クッ、サクラ……おめーの犠牲は無駄にはしません……!」
「いえ、全然死んでませんからね……?」
 シレークスが大地を駆けつつ、拳鎚に己の魔力を乗せていく。
 頭上で、枝葉が鳴る音がした。が、それは戦闘の音に紛れた。
「上ーーーッ!」
 後方のマリーたち、4人が警告の叫びを上げた。
 瞬間、シレークスとサクラは上も見ずに跳び退さった。
 直後、寸前まで彼女らがいた地面に、死角から降り落ちて来た大樹の『実』がトマトの様に砕け散った。同時に粘性の油が周囲へとばら撒かれ、空気に触れて爆発的に発火した。
「まったく、上から下から次々と……!」
 次々と降り落ちて来る炎から離れながら、サクラは大樹本体を攻撃するべくルーンソードを投擲した。
 大樹の幹は予想通り硬かった。しかも、燃え盛る炎の中にあっても、全く延焼する気配もない。付けた傷も、すぐにその内側から生えて来た無数の『茸』によって塞がれた。
「何? 火が効かぬじゃと? それは火属性という事じゃな!」
 情報を伝えられたミグが喜色を浮かべた。──もし、大樹の幹が火属性であるというなら、ミグにはそれに大ダメージを与えうる手段がある。が、今は生い茂った枝葉に射線を阻まれ、上から幹を直撃する手段がない。
「まずは邪魔っけな枝葉を枝打ちして、見通しを良くしてやる!」
 ミグとマリィアは大樹の枝葉へ立て続けに射撃を撃ち下ろした。だが、甲高い金属音と火花と共に跳弾して枝には届かなかった。
(金属音……? 葉が金属へと変質して幹や枝を守っているのか……?)
 マリィアは目標を『客』へと変えた。そして、極限までマテリアルを自身と得物へ集中すると、本来の性能を超えた有り得ぬ速さにまで銃の速射性能を引き上げて……ただ一度の(と見紛う程の)射撃で以って、弾倉内の全ての弾を刹那の瞬間に射出した。
 まるで流星雨の如く斜めに振り落ちた一連射が、散弾の如く『客』の身体9か所をほぼ同時に撃ち貫いた。
「ッ!?」
 驚愕する『客』とカバ。マリィアの射撃は止まらない。続けて流星雨が撃ち放たれ……だが、今度は『客』を守るように翳された枝葉によって阻まれた。
 反撃が来た。まるで巨大な手が圧し迫るが如く、枝葉の群れを伸ばして来る大樹。ミグとマリィアを鷲掴みにせんと近づくそれを、二人はクリスを庇いながら後ろへ下がり、回避した。
「フッ。流石に竪坑の外までは枝も届きはしないようじゃな!」
「……そうかしら?」
 マリィアの呟きに、ミグが「縁起でもない」と嫌な顔をした。
「でも、相手は歪虚なんだもの。なんでもありかもしれないじゃない。例えば、この遺跡中に根を張り巡らせているとか。縦穴の開口部自体が崩されるとか……」
 マリィアの言葉が終わらぬ内に、ビシリッ、と足下の床にひびが入った。
 直後、足下が一気に崩落していく中で、マリィアはクリスを抱えて魔箒を起動。ミグをその身にぶら下がらせつつ、『墜落よりは随分とマシ』な速度で竪坑底部へ落下していく。
 一方、その直下──
「壁から離れて!」
 頭上の破砕音に気付いて見上げたざくろとアデリシアは、降り来る岩塊を見やって慌ててマリーとルーサーを連れてその場を離脱した。
 アデリシアは舌を打った。──安全な『巣穴』から、戦場へと追い立てられた。とは言え、別の壁際にももう戻れない。また崩落攻撃を受けるかもしれないからだ。
「壁際には近づくな。枝の下にも入るな」
 ざくろと共に二人を挟んで、警告するアデリシア。モコリ、と地面の下から出て来た根をざくろが超反応で切り飛ばす。
 そんな彼らに向かって、枝がシュッと何かを投げた。ハッと気づいたアデリシアが立ちはだかって『戦乙女の盾』でそれを防ぐ。燃え上がった炎に、上がる悲鳴。二投目、三投目と投げつけられる実を、アデリシアはワイヤーを振るって空中で切り飛ばしていく……
 その時、アルトは枝を無事に渡り終えて、大樹の幹へと達していた。彼女は枝葉や蔦を排除しつつ、複数個所で大樹の幹を斬りつけて、再生速度の違いなどから核となる何かしらの位置や弱点などが推測できないかを探っていた。
(枝と根の動きを見比べるに、どうも樹の上の方より、下の方が活発に動いているようだが……)
 そんな最中、アルトは枝から降り落ちる実によって、下がとんでもないことになっていると報せられた。
(実……? アレか)
 アルトは再び幹から枝葉の上に戻ると、なるべく多くの実がなった枝を選んで剪定していった。枝葉は何とかして彼女を落とそうとしたが、アルトは軽々と跳び渡った。
 そうして枝に着地したアルトは、だが、次の瞬間、浮遊感と共に足場を失った。アルトが着地しようとしていた枝を、大樹が自ら落としたのだ。
「なるほど、そう来たか」
 アルトは妙に感心しながら落ちていった。
「ま、落ちても死ぬような高さではないしな」


 先程から『客』は殆ど移動していない。移動や回避の時も常に摺り足で動いている── その事実に気付いたハンターたちは、一気呵成に攻めに出た。
 その猛攻に辟易した『客』が逆間接の足を溜め、戦闘開始以来初めて後方へ大きく跳躍する。
「うわっ、跳んだ!?」
「気を付けろ! 酸の霧が滞留しているぞ!」
 『客』が元居た空間を迂回して再び包囲を試みるハンターたち。
 『客』は空中から地面に向かって2つの『種子』を投げつけた。地面にめり込んだ種はもぞもぞ動いて地中に潜ったが、それを気にしている余裕はなかった。着地と同時に『客』がその口から強力な怪光線を放ったからだ。
「吸い込め! 電磁の渦巻き、超電導パワーオン!」
 前衛組を掠めて後方にまで飛び抜けて来たそれを、ざくろが『ガウスジェイル』で自身へと惹き付ける。そして、同時に攻勢防壁を展開し、『客』を奥へと弾き飛ばした。
「どうだ! マリーやルーサーを狙ったって、ざくろが全部跳ね返してやる!」
 グッと拳を握って見せるざくろ。
 『客』が不意に上を見上げた。それに気づいて顔を上げたアデリシアは、ピタリと頬に張り付いた何かに気付いてそれを手に取った。
(金属の葉っぱ……? 鏡面の……?)
 ハッと築いたアデリシアが皆に警告の叫びを上げ、ルーサーに覆い被さった。
 瞬間、『客』が再び怪光線を放った。……ハンターたちに、ではなく、頭上へ向けて。
 それは戦闘開始以降、枝から千切れて宙を舞い落ちて来た無数の葉っぱに乱反射し、光弾の豪雨となって直下の戦場に降り注いだ。

 一瞬、大樹の動きが鈍り、地に湧く根の数も減った── 巨木に向かうサクラとシレークスはその隙を見逃さなかった。
「支援します……存分にデカブツに奥義を撃ち込んでください。我らに正義を──『コールジャスティス』!」
 魔剣を高々と掲げ上げたサクラがマテリアルの光を発し、それを受けたシレークスの能力が大きく底上げされた。
「応です! ヤツには私の前に巨体を晒す事の意味を教えてやるです……!」
 一気に大樹の巨体へ肉薄しながら己の拳鎚に小さな法術陣を付与。「光よ、我らを導きたまえ」と魔力を注ぎ込み。潜り込む様に腰を落としたシレークスが雄叫びと共に拳を入れる。
 大樹の表面に蜘蛛の巣上にヒビが入った。だが、その攻撃は本命ではなかった。
 闘狩人の彼女の魔力は高くない。故に『本命』はこの後の追撃だ。
「これぞ、我が信仰の極致。我が生涯の体現。いざ受けやがれっ!」
 解放された魔力が物理的な力となって、シレークスの拳の先から放たれた。
 ヒビ入った大樹の表皮がその一撃で粉々に砕け散り、割れた鏡の様に宙を舞い……

 その威力に、『客』が大樹を振り仰いで思わず「マジか」と呟いた。
 そこへ枝から降り落とされたアルトが幹の傍を落下して来つつ、眼前の表皮に向かって手当たり次第に法術刀を振るって表皮をパックリ断ち割り、茸塗れにしていく光景をも目の当たりにして「マジか……!」と二度目の叫びを上げた。
「余所見とは随分余裕だな!」
 その『客』の元へも、ヴァイスたちが距離を詰める。
 だが、『客』の余裕には理由があった。
 迫るハンターたちの足下で地面が大きく盛り上がり、彼らがたたらを踏んで脚を止める。
「クソッ、また根っこか?!」
 根では無かった。現れたのは、以前、教会でも戦った『種子』の『力』の『成れの果て』──ただ、それを植え付けられたのが、所在不明であったベルムドとシモンの遺体であったというだけで……
 ルーサーが顔面を蒼白にして息を呑んだ。
 ソードは奥歯をかみ砕いて激昂した。
 前に出ようとする彼を、ルーエルとレインが必死に引き戻す。
「落ち着いてください。感情のままに動いて勝てる相手ではありません」
「敵はあの手この手で僕らの心を掻き乱して来る! 冷静になるんだ、ソードさん!」
 ヴァルナとルーエルが彼を諫める。ソードは荒い息を吐きつつ、どうにか一つ、頷いた。
 レインがソードの正面に回り、覗き込む様に視線を合わせた。
「大丈夫、ソードさん? ご遺体と戦える……? 私たちが解放しようか? 綺麗なままでとはいかないだろうけど……」
 その一言と、何よりその表情に、ソードは冷静さを取り戻した。
「……大丈夫だ。アレは……もう、親父たちじゃ、ない……」
 戦闘に加わるべく、ソードが再び前に出る。
 レインはルーエルに耳打ちした。ソードにはああ言ったものの、彼らもとても怒っていた。
「……私、とても気分が悪いよ、ルー君」
「僕もだよ。……よくも聖導士の前で死者を冒涜したな。決して逃げられると思うな……!」

「じゃあ、『シモン』と『ベルムド』は、そこのルーサーくんを攻撃してよ」
 『客』が出したその指示に、ヴァイスとソードは舌を打った。それをされては彼らは一旦、『客』の傍を離れる他はない。
「……下種め。元より掛ける情けもないが、『死』を侮辱する貴様には相応の報いをくれてやる」
 アデリシアは迎撃の為にざくろと共に前に出ると、ワイヤーと十字鎚を振るって、迫る2体と切り結ぶ。マリーも「ごめんなさい、ごめんなさい……!」と涙目で銃撃を継続する。
 銃撃するマリーの傍らで『デルタレイ』の迎撃を続けながら、チラとヴァイスたちの動きを見たざくろは、タイミングを見計らって『ポゼッション』を発動させた。
 不可侵の結界に阻まれて、迫り来る2体の足が止まった。その背後から接近していたヴァイスは、だが、更に側方へと回り込んだ。
(ソードはああ言ったが、彼に『肉親』を手には掛けさせない。彼が到着する前にここで2体を打ち倒す……!)
 前方、2体の敵を直線状に捉えて、ヴァイスは全身全霊を込めた一撃を魔力と共に突き出した。シンプルな、だが、幾千、幾万と繰り返されたが故に究極の1──その只の刺突に撃ち貫かれて小さく穴を穿たれただけの2体が、しかし、その場に崩れ落ちて二度と動かなくなった。
「マジかッ!」
 思わず叫んだ『客』に間髪入れず肉薄するヴァルナとディーナ。慌てた『客』は再び後ろに跳躍し、「待ってました!」と叫んだレインに『デルタレイ』の三条光線で狙い撃ちにされた。
 「グェッ……!」と地面に落下したところを狙って、静かに槍を構えたヴァルナが極限まで研ぎ澄まされた一撃を繰り出した。黄金の光粒を残滓に漂わせて空間を貫いた一閃が、『客』の巨体の端から端までを一直線に貫き通した。
(マズい、マズい、マズい、マズい……!)
 地面をのた打ち回って見せながら、『客』は地面をバンッと叩いた。その手を、「でやー!」と駆け寄って来たディーナが十字鎚でパキョッと叩き潰し、硬骨化させることで爆裂蔦を持てなくした。
 そのディーナの足下──『客』が叩いた地面の下から、もこっと丸い何かが生えて、彼女はコロンとでんぐり返った。
 生えて来たのは蕾だった。それはすぐに花開き、プロペラ状の花弁を展開した。
 その扇風機ならぬ『扇風花』はあちこちで花開き、一斉にその『羽』を回転させ始めた。やがて、地面に落ちていた『葉』が再び宙へと舞い上がり、地上で燃え盛る『実』の炎が火炎旋風と化して地上を舐めるように彷徨い始めた。
 マリィアに掴まって上からフラフラと下りて来ながら、ミグがその原因に向かって上から大型銃を撃ち放ったが、弾丸は回るプロペラによって明後日の方向に弾かれた。
「いたいいたい、葉っぱがウザい! スカートもめくれちゃう!」
 防具の隙間から入り込んだ葉を掻き出しながら、顔を赤く染めてスカートの裾を抑える──ざくろ(ぇ
 マリーがルーサーにフード付きの厚手のマントを押し付け、全身を包めと指示を出す。
「……元々、この戦場そのものが相手の腹の中だったというわけか。面倒なことをしてくれる」
 すぐ近くに生えた扇風花に、アデリシアはワイヤーを投げ、旋風花の羽の根本へ絡ませた。それを見たミグは、今度は手早く特殊爆裂弾「スヴァローグ」を銃へと装填、発砲。回転数の落ちた羽を抜けて本体へと着弾したそれは、直後に炎を噴き出し、燃え上がる。
 マリィアもまた十分に高度が落ちたと判断すると、クリスを抱えて(ミグごと)地面へ跳んだ。そして、水平方向から扇風花を狙撃銃で狙い撃ちにし始めた。
「汚物は消毒だ~!」
 レインもまた『ファイアスローワー』を放って、近くの旋風花をマシュマロの様に炙り焼いた。ディーナは回転するプロペラの所為で近づけないので、羽の下に潜り込んで本体を鎚で殴り倒した。
「……さすが、すぐに対応して来るね……でも、葉は既に十分すぎるほど宙へと舞った!」
 『客』は空中へ向かって怪光線を放とうとした。その口へ、ヴァイスは射程外から槍を突き出し、真紅のマテリアル光にて突き貫いた。
「ぶべっ!?」
 行き場を失ったエネルギーが爆発し、『客』の頭が弾け飛んだ。その隙を逃さず突進するソードの足首に、地面から生えた根が絡んで、転ぶ。
「闘魂注入!」
 即座に、レインがソードに巨大な注射器を突き立て、あやしいお薬()を注入して拘束状態を解除した。
「行くんだ!」
 回復の光を翳しながら、ルーエルがソードの背を押してやる。
 二人の激励を受けたソードは転げる様に地面を走り、落ちた剣を拾い直して、『客』の胸部に突き入れた。
「ギャアアアア……!」
 大仰な悲鳴を上げて、『客』が地面へと倒れ込み……そのまま動かなくなった。
 だが、ヴァルナは追撃を仕掛けて『客』の肉を切り裂いた。そして、体内に見つけた『種子』に立て続けに槍の穂先を突き入れた。
 『客』の身体から酸を吐く花が消え、硬骨の装甲が砂の様に崩れ去った。
「なっ!?」
 『客』は必死の形相で突き下ろされた槍を掴んだ。ヴァルナは上から全体重を掛けて槍を押し込み……見えている最後の『種子』へジリジリと穂先を刺し入れ……断ち割った。
 ガクリ、と客の腕が落ち、カバの頭部が消え去った。今度こそ『客』が動かなくなり、ミイラの様に干からびた『客』の死骸だけが残された。

 残る敵は大樹だけ──ハンターたちは総力を挙げてこれを討ち取りに掛かった。
「ようやっと幹が見えるようになったの! 耐火性と聞いて、貴様向けの飛び切りクールな弾丸を用意してあるんじゃよ!」
 ミグは大型銃の機関部を解放すると、目にも止まらぬ速さで薬室に弾丸を詰めて銃を射撃状態へと戻した。そして、ありったけのマテリアルを注ぎ込んで大樹へ向けて発砲した。
 限界性能を超えた力を引き出されて光り輝いた銃から、高初速で特殊冷却弾「ウェンディゴ」が撃ち出され──弾着と同時に弾に内臓された冷却材が弾け飛び、瞬間冷却された大樹の表皮に霜が凍結して白煙を上げる。
 マリィアはそこに残っていた超加速射撃『ハイペリオン』のありったけを叩き込んだ。凍り付いた硬皮の部分が、ガラスの様に砕け散った。
「守りなら任せろー…… 奇跡の守りを皆に……『ミレニアム』……!」
 サクラは前衛組に不退の祈りを付与すると、再度、剣を掲げて皆の能力を向上させた。
 アデリシアもまた時の三女神の加護をシレークスに付与し、『彼女に攻撃の当たる未来』へ干渉し、根の攻撃の悉くを彼女から遠ざける。
「おらぁ、ぶっ倒れやがれぇっ!!」
 魔力を解放した拳を1発ずつ入れていくシレークス。ディーナもまた得物にマテリアルを込めた十字鎚をポコポコと殴りつけた。
「僕たちも行こう、ソードさん」
 ルーエルが得物を構えてソードに呼び掛けた。
「『種子』とは何度も戦って来た。わざわざ経験を積ませたことをあいつに後悔させてあげようよ!」
 波打つ根、降り落つ炎の実──それらを掻い潜って大樹を刻み続けるハンターたち──
 アルトは、炎に耐える幹の表皮において、茸の部分だけが燃えていることに気付くと、超高速で移動しながら茸部分を狙って斬りつけ、再生が停まるまで攻撃を続けた後、その部分を抉り出して内部に『実』を放ってやった。
 やがて、徐々に枝葉は急速に力を失くした。地面から生えた『根』だけが狂ったように襲い掛かって来た。
「今だ、必殺超重剣!」
 大木に斧を入れるように、巨大化させた魔導剣を打ちつけて来たざくろが、根本の表皮を断ち割った。そして、内部に『実』を焼(くべ)られた……

 ……やがて、上部の枝葉が全て腐れ落ち、煙突状になった幹の部分だけが残された。
 内部で炎を燃やしたまま、全ての根も沈黙する。

 それから暫し、ハンターたちはその様子を見守り続けた。

 大樹が動くことは、二度となかった。


「末期の台詞はなし、か……どうやら意思表示は端末しかできなかったみたいね」
 銃身の過熱した狙撃銃を担ぎ上げながら、燃える松明と化した大樹を見やってマリィアが呟いた。
 ディーナは仲間たちの間を回って酷い怪我を癒していった。……所々に酸で穴の開いた服や防具は癒す事は出来ないけれど。
「ところで、ベルムドとシモンの遺体はどうしますか? 回収していきますか?」
 いよいよ酷く煙が立ち込め始めた中、アデリシアがソードとルーサーに訊ねる。ヴァイスやディーナがチラとソードを窺った。
「……いや。歪虚に汚染されたかもしれない死体だ。このままここで荼毘に付そう。墓穴にしちゃデカすぎる気もするが……」
 遺品だけを回収し、ハンターたちは遺跡の外に出た。
 サクラを初めとする聖導士たちが最後に遺跡へ向かって祈りを捧げた。

「……さて、反省会の時間出やがります」
 全てが終わった後、ソードは正座させられ、ハンターたちにお説教を喰らった。

 旅は一区切りとなり、ルーサーたちは故郷に帰った。
 だが、ふと一人になった時……少年は考えずにいられなかった。

「……本当に、あの怠惰の歪虚を、滅ぼすことができたのか……?」

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  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/08/11 08:02:03
アイコン 相談です・・・
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/08/11 17:28:35