この日は癒しを届けます!

マスター:石田まきば

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
8日
締切
2019/08/25 09:00
完成日
2019/08/28 10:21

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●お疲れ様です!

「た、たんたんたたー痛っ……タングラムさまっ!」
 緊張のあまり舌を噛むという典型的なボケをかましたフクカンに、変わらないいつもの光景だな、なんて、APVに居合わせたハンター達は思っていた。
「なんです、むしろ無理に喋らない方がいいと思いますよ?」
 心配しているような、そうでもないような。結局いつも通りの対応でタングラムはフクカンに視線を向けた。一応仕事らしく書類を見ていたらしく、机の上には酒……ではなくハーブティがお供だ。
「その。もうすぐたんたんたんッ」
「懐かしのポエムはもうお腹いっぱいですよ? って、ああー……そういうことですか」
 頷いたことでフクカンもほっとしたように笑みを見せる。言葉にしようとする度に緊張するとか、何時までこの様子なのだろう?
 それより。
(((えっわかるのかあれで!?)))
 フクカンもフクカンで、察してもらえて嬉しい! といった雰囲気である。なんか周囲に花が飛んでそう。覚醒かな?
「……別に嫌だとは言いませんけどね、折角の時間を私に使うのは野暮ってもんですよ」
「「「???」」」
 タングラムの言葉とフクカンの反応だけで話が進んでいく。ちなみに今、フクカンの肩は下がっていた。
「つまり、フクカン君はタングラム君の誕生日を祝いたくてAPV温泉に連絡を入れたんだよね?」
 実は最初からいたシャイネがするっと言葉を挟んだ。最近隠密性に磨きがかかっている……
「でも、タングラム君は誕生日パーティーを祝われるよりも、ハンターの皆に疲れを癒してのんびりしてほしい、って返したと」
「そーですね」
「別に君は行かないってわけじゃないんだろう?」
「行かないとは言ってないですし、もう休みはとってあるみたいですからね」
「……!!!」
 ぱぁぁ、とフクカンの表情が綻んだ。
「というわけで、皆も温泉に行かないかい?」
 はいこれ、最新のパンフレットだよ♪ と、オフィスに居合わせたハンター達にシャイネは配っていくのだった。回し者かな?


●APV温泉概要~パンフレット(1019年第2版)より簡易的に抜粋~

 【男湯】【女湯】【混浴】【相棒湯】
 設立当時に協力したハンター達の作成した設計図を元に作られており、仕切りや脱衣所の壁には、リアルブルーの頑丈な設計技術が取り入れられている。
 風呂桶、取っ手のついた湯汲み桶、簡易椅子、石鹸など基本的なものは用意されている。
 温泉マナーとして「着衣入浴の禁止」「タオルを湯船に付けるのは禁止」となっているが、【混浴】のみ、水着の着用やタオルを巻いての入浴が可能。
 貫頭衣風の入浴着の貸出はある。

 庭園を挟んで宿泊棟の反対側に新設された露天風呂は、完全予約制の家族風呂。
 大切な家族である相棒達と、ゆったりじっくり全身浸かりたい方におすすめ。縁のあたりに段差を設けており、大型幻獣とも一緒に楽しめる。
 新設であることもそうだが、大型幻獣も入れる脱衣場の設置が必要だったため、他の湯から離れた場所となっているのが難点だが、庭園が隣にあるため景観は非常に良い。
 予約された組ごとに湯を張りなおす手間をかけているので、相棒達の手入れなど、他の客との兼ね合い等を気にせず利用可能。
 幻獣達同伴でのご利用者様限定となっており、混浴同様、入浴着等の利用が可能。

 【足湯】
 普段通りの着衣のままでも温泉を楽しめる。
 足湯の形状や大きは様々。お一人様でも、カップルでも、大人数でも楽しめるようになっている。
 足湯それぞれに簡易テーブルが備え付けられているので、飲食もしやすい。

 幻獣達とも温泉を楽しめるよう、プール並に広い区画もある。
 大型のワイバーンなどでも大丈夫なように深くなっている箇所もあるため、幻獣達は全身入浴が可能。

 基本的には、通年、温泉と同じ湯を流しているが、ヒト用幻獣向けに関わらず、下記のような季節ごとの変化も楽しめるようになっている。
 夏期:温泉ではなく水を張っている区域を設け、避暑としての活用が可能。
 冬期:生姜や柚子といった、体を温める効果のあるものを湯に入れている区域があり、温泉とは違った味わい(香り)が楽しめる。

 【食事棟】
 【足湯】の近く、ベンチに囲まれている建物。
 建物自体は調理専用で、利用者への飲食物の販売カウンターがある。

 温泉の熱い湯気を利用した蒸し料理を中心に提供している。
 特に名物となっているのが「温泉芋」で、甘みが強く感じられると好評。
 野菜やヴルスト、羊肉など食事向きのもの、甘い餡を入れた饅頭(季節によって餡が変わる)もある。

 飲物は冷えたお酒やジュースを取り揃えている。(帝国の技術を駆使した魔導冷蔵庫が自慢)
 冷えた羊乳や果実のジュース、濃い目の紅茶を湯上りに一杯が通、というポスターが貼られている。
 果汁入りの「フルーツ羊乳」が定番商品に仲間入り、林檎味、オレンジ味、季節のミックス味等がある。

 飲物を入浴時に湯船へと持ち込むことが可能。
 「持込桶」とスタッフに声をかければ、飲み物の容器が倒れにくい細工を施した専用の桶を貸してもらえる。
 桶に一緒に入る程度の料理であれば一緒に持ちこめる。

 近年ひっそりと小物の販売が行われていたのだが、今回正式にテナントとして「アンテナショップ」が開店した。
 売っているのは主にエルフハイムの者達が手仕事で作っているアクセサリー類。
 素朴な木工細工から細かなビーズを使ったものまで、手作り感あふれるものが並んでいる。
 仕入れが安定した影響で、食事棟でシードルや林檎ジュースの提供が始まっているとか。

 【調理棟】
 持ち込みでのご飲食を望まれるお客様向けとして、貸出可能なキッチンスペースを食事棟の隣に併設。
 魔導コンロもあるが、温泉蒸気を利用する蒸し竈が常に使える状態になっている。

 【大部屋棟】
 仮眠、休憩用の施設。
 温泉に近い場所にあり、湯上りの身体を冷ましたり歓談も可能。
 寝椅子やソファー、簡易ベッドが並び、簡易的な仕切りを使うことで隣席のお客様からの視線を遮る仕様が基本。
 天候不良時の食事処としての機能をもたせるため、折り畳み式のテーブルセットもある。
 食事棟から屋根付きの専用通路があるので、移動時の心配もなくなった。
 二階部分を増設したことで、貸し切りでのパーティが可能になった。

 【宿泊棟】
 大部屋棟よりも奥、温泉から少し離れているため、少し歩くことになる場所に建っているが、移動中に見える庭が整えられ散歩気分で楽しめる。
 個室での宿泊を希望される方向けの別棟。部屋にはトイレと寝具といった程度の設備。
 飲食物は基本的に各自で運んでもらう形だが、事前連絡があればスタッフによる手伝いが可能。

*簡易見取り図*

【男湯】【足湯】【大部屋棟】【宿泊棟】

【混浴】【足湯】【食事棟】【庭園】

【女湯】【足湯】【調理棟】【相棒湯】

リプレイ本文

●足湯

 全身でゆっくりと浸かるラピスの目元が和らいでいるのを感じて、エステル・ソル(ka3983)が微笑む。
「スノウさん、お湯加減はどうですか?」
「みぃ♪」
 傍らの桶風呂には温めの湯を汲んである。万が一溺れたらという心配が勝った結果だが、ご機嫌な尻尾がぱしゃんと小さく湯を跳ねさせた。

●男湯

 浮かべた桶湯の中のパルムが湯あたりしないように気を付けながら、くるくると回してみたり、船遊びにしてみたり時折手遊びを挟む。
(気が抜けていくようだ、とはこういうことを言うのでしょうね……)
 生かされている、そのことをただ事実として染みこませていくように。Gacrux(ka2726)の思考も少しずつ、解けていく。

●混浴

「休むのも仕事の内じゃと言うし、ゆっくり温泉に浸かるとしようぞ?」
 視察を終えたユレイテルの腕に、イーリス・クルクベウ(ka0481)が身を寄せる。
「此処は混浴もあるようじゃ、 折角じゃから一緒にどうじゃ♪」
「……イーリス」
 硬い声に首を傾げれば視線が逸らされる。耳が赤い。
「タオルだけ、なんてことは無しにしてくれると、約束してくれるなら」

 互いを隔てるものが水着ではなくタオルになったことに、関係の変化を改めて感じる金鹿(ka5959)の意識は全て自身の腰を抱きよせるキヅカ・リク(ka0038)に向かっている。
(鼓動に気付かれてはいないでしょうか)
 伺うとリクの表情が少し硬い。まさか怪我を隠しているのではと視線を巡らせるが、見つからない。
(隠す面積は増えたのに、余計目を惹くタオルの不思議。見ちゃうよね)
 抵抗なく身を任せてくる金鹿の柔らかさや可愛らしさに、リクの気はそぞろで視線を逸らすことが出来ない。
 別の緊張が高まりはじめたところで、金鹿の視線に気付いた。
「此処じゃ人目もあるから後でね?」
「!? 私は心配を……もう、知りませんわっ」
 ぷいと顔を背けてもその場に留まる金鹿を、リクが両腕で抱き寄せる。
「マリ、もう少ししたら出ようか」
「……お食事が先ですわよ」

「ふんふんふふーん♪」
 混浴風呂に響く鼻歌は、時に音が外れる。ナチュラルさの演出としてあえてやっている星野 ハナ(ka5852)はタンキニ姿なのだが、よく見るとビキニ抜きなのでチラリで収まらない着こなしだ。勿論アングル計算も完璧だったりするのだが。
 あくまでもリラックスを装いつつ、思いきり目力を発揮していた。
(作り込み過ぎない自然な筋肉サイコ―ですぅ。ギリギリまで絞り込んだ競技用筋肉って持久力ないし、何より目に優しくないですしぃ)
 周囲の男性陣を手当たり次第に視界に収める。目元を隠すためのサングラス? 観察の邪魔だから論外!
(細マッチョも鍛え始めたぜなちょぉっとたぷたぷ筋肉も……サイコーですぅ)
 持込桶の酒もあり、ほろ酔い女子は格好の獲物に見える筈なのだが……湯当たり寸前まで、ハナは目の保養を堪能できたのだった。

(不安です……いえ、信じていますけども……!)
 共に来ていない嫁達が世話をしてくれていると分かっていても、娘の事が気になってしまう舞桜守 巴(ka0036)である。
 けれどもう着いてしまったのだから、娘に楽しく土産話をできるように割り切って楽しもう。そう考える事で気分を変える。
「お疲れ様……みんな無事で本当に良かった!」
 一人ずつに向き合って抱きしめていく時音 ざくろ(ka1250)の目は、嫁それぞれの温もりが確かにそこに在ることを実感して潤んでいる。
(ここにはざくろが、皆が居ます)
 大切な家族が傍に居ることで不安を減らし、信頼と絆を、巴自身の中で確かなものにする。
「全員生きて帰ってこられるとは正直思いませんでしたね」
 特に自分が、というところはあえて言葉にしないアデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は、さりげなくタオルでざくろの目元を拭う。
「そうだな……誰も欠けることが無かったのは、幸運だな」
 相槌をうつ白山 菊理(ka4305)はその事実をしっかりと噛みしめているようで。ざくろの抱擁に目を閉じたままで応えた。
「今日は、反動もあるのかしら~? しっかり、色々と楽しまないとね~♪」
 周囲への配慮、ということで一応巻いていたアルラウネ(ka4841)のタオルはとっく脱げてしまっていた。途中まではアルラウネも気にしていたのだが、どうでもよくなったというのが本音である。抱きしめに来たざくろを、逆にその胸に閉じ込めた。
「主様も……無事で良かったです」
 夫となったざくろの体温に嬉しさが募るリンゴ(ka7349)は、恥ずかしさよりも、生命の確かな証とわかるその温もりに嬉しさがこみあげていた。
「……本当、幸せ者です」
 涙声を隠したくてぎゅっと抱きしめ返す。それでも抑えきれなくて、少しだけざくろを濡らしてしまったけれど、ここは温泉だからすぐに混ざって消えてしまう筈だ。

「真面目な話、本当に覗いちまったら犯罪じゃん? でも溢れるパッションは止められねぇ。なら派手にやって見つかってお仕置きされるのが1番だと思わねえ?」
 等と語っていたはずのラスティ・グレン(ka7418)は今、片隅で体育座りしていた。
 隠す気が全くない一団はそもそも視線を気にしないので色々な所が見えている。しかし覗きの浪漫心は満たされない。でも立ち上がれない!
 鼻歌女子は油断満載のようでいて全くの隙が無い。しかし見えそうで見えない浪漫はなぜか満たされてしまった。やっぱり立ち上がれない!

「まあ実際これからは子供のこともありますし、ハンターは開店休業といったところでしょうね」
 これからの話をと切り出したざくろの言葉に声をあげたのはアデリシア。
「こどもか。確かにいいタイミングではある、かな?」
 ハンターとしての仕事に追われなくなるということを改めて考えたのか、前向きに応える菊理にざくろが微笑む。
「赤ちゃんの事、決戦終わったらって、話してたもんね、菊理」
 移ったのか、それとも火照ったのか。ざくろの頬が染まるのと一緒に、菊理の頬も染まる。
 ざくろが、きっと顔をあげた。
「勿論、皆とも……!」
 その顔は更に真っ赤だ。
「……ああ、でも順番は他の皆と相談しながら、な」
 そう続けるのは、嫁が多いというこの家族の中で、少しでも柵が無いようにという配慮からきている。
「もうきくりんってば、そんなこと気にしてなんていられないわよ~?
 アルラウネの声にアデリシアが続く。
「全員ローテーションで育児させていかないといけませんし、そうなると長期間家をあけるのも難しいでしょう」
 どこかで休みを取ってリフレッシュも考えないといけないでしょうね、なんて現実的な話も続く。
「そ、そういうものなのか……?」
 想像が追い付かない、と菊理の顔に不安がよぎる。
「今はトモっちの娘だけだけど~、これから嫁な皆が、それぞれ一人ずつ産むだけでも子沢山って感じよね~」
 大人がいっぱいなんて状況は今だけ。でも、皆で協力して、その時の為の経験も積めるのだと言えば、菊理の頬が緩んだ。
「私も沢山お手伝いさせていただきます……!」
 リンゴが安心させようと声をあげれば、ざくろがすぐに手を取って。
「あのね、リンゴも。皆、の中に入ってるんだからね?」
「……そ、その時は、勿論……っ」
 温泉のせいだけではない熱に、溺れてしまいそうで。忘れないでね、と言われてさらに赤い顔の者が増えていく。
「私もまだまだ欲しいですからねー? ええ、色々と」
 何をとは言わないけれど、ゆっくりと発音する巴がざくろの隣に座った。

「お待たせしました、シャッツ」
 穂積 智里(ka6819)の声に振り返るハンス・ラインフェルト(ka6750)は褌姿。
「今来たところですよ」
 視線が合わないことに首を傾げるハンスに気付いて、慌てて智里が顔を見上げる。
「分かってましたし慣れてるつもりでしたけど……結構、目立ちますよね……」
 そこで褌のことだと分かったようだ。
「そうですか? 温泉なら褌のほうが合うと思いますが」
 曇りなき青い瞳の東方かぶれには、暖簾ならぬ褌に腕押し。
「それじゃあ、次は家族風呂のあるところに行きましょうか」

「そうなると、これからしばらくは思うように身動きできないでしょうし、なにより家族が倍に増えるって考えるなら……どの道更に広い家にする必要がありそうよね~」
 アルラウネの声にざくろが頷く。
「今のまま冒険拠点で暮らすのでもいいけどね。でも東方で領地貰えるって話しも有ったし……」
 まだ決めて居る訳ではないらしい。家族の意見も聞きたいと、それも今日の目的であったようだ。
「例えば子供が育てばハンターに、という道もありますから、拠点は残しておくといいのでは。実際の道は本人が決めることでしょうが」
 自分のように別の職を持っている者も居るのだから、選択肢は広く示してやりたいと口にする一方で、アデリシアはひっそりと考えている。
(長期間ハンターの仕事をしないで済む分、これからの私はこちらに力を入れるでしょうね)
 何より皆のマネージメントをしやすくなるだろう、なんて家族の為もある。
(確かに、これからのことを考えると広い家が必要だろうな……)
 今よりももっと賑やかに。けれどそれらが全て厳しいものではなく楽し気なものだということは想像ができるようになっていた。かつては静かなのが当たり前だったけれど、随分と幸せに浸れるようになったものだと、菊理は思う。
「私はどんな道を選ばれても、ついて参ります」
 それは主様とあおぎ夫となったざくろの役に立ちたいから。胸を張ってそう言うことができた自分を、リンゴは誇らしく思っている。
「あっ、でもね。これからもずっと皆と一緒だよ!」
 ざくろが笑顔で嫁一人ひとりを見つめる。勿論、これから先に生まれてくる子供達の事だって、その未来の中に含まれている。
「皆もだと嬉しいですけど。少なくとも、ざくろの隣が私の居場所ですから」
 勿論一番手だという余裕で嫣然と微笑んだ巴だけれど。
「さっきまで不安げだったトモっちも可愛かったわよ~♪」
「あれがギャップという奴か、と心底感心していた」
「ギャップ……? とは、なんでしょうか」
「いつもは強気な人が弱っているところを見かけたらどう思いますか?」
「助けてあげたい、と思います」
「そう、それがギャップであり、魅力というものだ」
「なるほど……勉強になりました」
「……それ、は」
 嫁達四人の協力プレーに真っ赤になった巴が湯に沈んでいく。
「あぁぁっ巴ー!?」
「巴様、大丈夫ですか?」
「フルリカバリーをしておきましょう」
「泊まる予定の部屋まで運ぶわよ~?」
「私も支えていこう」
 皆に助けられながら、巴の意識は少し別の場所に在った。
(本当、変わりましたよね)
 気付けば、寝ても覚めても家族のことばかり。自分のルーツを考えると……いや、今が幸せだと。そう、思った。

「着衣無し混浴はあったけど! 俺の浪漫が中途半端で満ちきらない!」
 どうにか落ち着いたラスティは立ち上がる。結局、人が減るまで動けなかったのだ。
「だが俺は諦めない! 俺は女風呂を覗きに行くぞ! うおぉぉぉぉ!」
 勢いよく立ち上がったラスティは、完全に失念していた。
 長時間の入浴後の急な運動、そして駄々洩れの情熱!
「……俺の、桃源郷……が……」

●調理棟

「せっかくだから、あんまんやプリンを作ってみるかね」
 蒸篭の具合を確かめるにはうってつけのメニューでシャーリーン・クリオール(ka0184)が腕をふるう。ふんわりもっちり生地の中に、蒸したてなら強く感じられるからと甘さを控えた餡がぎっしり。
 液をしっかり濾したプリンは口当たりも滑らか。蒸篭を少しずつ移動させて、丁度いい塩梅の場所を探し出した。
「あとは……ああ、そうだったね」
 持参したレシピの事を思い出して視線を巡らせる。時間帯を考えればそろそろ、食事棟に探し人の影が見えてもいいはずだ。

 終始弾んだ足取りで蒸し竈と向かい合っていたクレール・ディンセルフ(ka0586)が快哉の声をあげる。
「でーきたー!」
 盛付け用の皿を差し出していたフェテルの尻尾にぺちんとされても気にしない。
「ごめんってばー。これで温泉に入れるよーフェテル」
 種類はないが、清酒の存在も確認済のクレールの機嫌は常に絶好調なのだ。
「丁度予約の時間だしね。飲み物受け取ったら行こうか!」
 押し麦の更を片手に、もう一方の腕でフェテルを抱え上げる。
「さあ! のんびり温泉入ってお腹空かせるぞー!」
 相棒湯までご機嫌なスキップで運ばれる間、不機嫌なフェテルの慌て声が続いた。

「作ってから気づいたけど」
 生クリームと苺たっぷり。スポンジベースのバースデーケーキはヒース・R・ウォーカー(ka0145)のお手製である。その中心に、熱心に捏ねて作ったマジパンのお人形を乗せていくのはシェリル・マイヤーズ(ka0509)。
 向かい合うように並んだ人形は、それぞれタングラムとフクカンを模したもの。特徴が捉えられているので見間違う者はいない筈。
「……ヒー兄?」
 見上げてくるシェリルの頭を軽く撫でるヒース。
「これはウェディングケーキ感の方が強いかなぁ?」
「ウェディングケーキで……いいんじゃないかな……」
「まあ、あの二人ならこれでもいいかぁ」

●女湯

 混浴に向かう弟カップルの幸せそうな様子と、想い人の隣ではにかむ親友の可愛らしさ。見かけた顔を思い浮かべながら、湯を馴染ませるように体を洗う高瀬 未悠(ka3199)。
(でも……人恋しいわ)
 幸せそうな様子を見るのは嬉しいけれど。
「私、いつから寂しがりになっちゃったのかしら」
 リアルブルーに居た頃は一人なんて当たり前で、スイーツが楽しめれば充分に息抜きになったのに。
 親友達と一緒ならもっと楽しい会話があったはずだ。
 恋人となら、どんな時間を過ごせるだろう、頼んだら混浴も一緒に入ってくれるだろうか?
「会いたいわ……」
 呟きは、勝手に転がり落ちる。

 リンゴの果実の香りがする石鹸を片手に、ルナ・レンフィールド(ka1565)はユリアン・クレティエ(ka1664)の様子を思い出す。
「えっと、また後で」
 気軽に言えたその言葉に頷いてくれる。小さなことだけど、だからこそ噛みしめてしまう。
(……いい香り)
 脱衣所に置かれていた、お試し用のボトル。出る時に寄るのを忘れないでおこう。

●相棒湯

(生き残った、な……)
 もっと儚いように思っていた自身が今無事なことは純粋に嬉しいと思う。
(……と、言うことは)
 後回しにしていた色々がユリアンの脳裏をぐるぐると回る。綺麗に整理なんてされていない。考える必要がなくなるかもしれないからと、全部適当に放り込んでいたようなものだから。
 とりわけ鮮明に浮かぶのは今日も共に過ごす彼女のこと。手一杯で受け入れきれないからと保留した自分自身と、それでもと告げられた言葉。世界の先が定まり始めた今、確かに自分の中には余裕が出来始めていて。
(いやでも、じゃぁ直ぐって訳には……)
 そう考える時点で答えは出ているのに、不慣れなユリアンは思考と同じように湯にぶくぶくと沈んでいく。ラファルが隣に居なかったら溺れていた筈だ。
「あ、ごめんラファル……本当にお疲れ様。ありがとう」
 ふと、首を傾げる。
(……ラファルも番を作ったりするのかな)
 見ればラファルも揃って傾げていて。
「なあ、嫁さんがさ……何時かできたら紹介して欲しいな。それくらい……これからも。宜しく頼むよ」
 一度水を被って切り替える。今日はラファルへの感謝を伝える為の日でもあるのだから。
「林檎とソーセージの盛り合わせを頼んであるから、ゆっくりしてほしいな」
 声をかけながら、全身を丁寧に洗ってやるのだった。

 まずは香り。足の爪の先を入れて確かめて、最後に尾を数秒入れて。かけ湯を終えた鞍馬 真(ka5819)が先に湯に浸かれば、安心したカートゥルもゆっくりと湯船に浸かっていく。
「カートゥルは温泉、始めてだったね……私の説明が足りなかったかな」
 ごめんねと首のあたりを撫でれば、頭が横に揺れた。微睡みに近いゆったりとした動きに、真も安心してカートゥルに寄り添う。
「……よかった。温泉が気持ち良いのは同じなんだね」
 同じ感覚で、共に過ごせる事がこれほどまでに、嬉しい。

「……これから、どうしようかな」
 全ては終わっていないから何処も仕事はあるけれど。それも落ち着いたその時、真は道を見つけられる自信がなかった。
 生き残ったこと自体は、良かったと思える。
 でも自分は死ぬだろうと思っていた。その方が楽だったんじゃないかと、今でもほんの少しだけ……そう、思っている。
 過去がない自分が未来を描ける気がしない。
 リアルブルーに戻って記憶を探るのは怖い。
 今の自分と違う鞍馬真という可能性が怖い。失くした何かと向き合える自信が無くて怖い。
 過去が見つからない時が怖い。絶望で今の自分を保てるかすらわからずに怖い。
 でも、知らないままの今も怖いことには変わりない。
 クリムゾンウエストに居れば今を続けることはできる。仕事が減っていくことは少しだけ怖いけれど、予想出来る範囲のことだから、心構えは出来る筈だ。
 リアルブルーの人間として、留まる理由が明確にできないことは、不安だけれど。
(どうすれば、良いんだろう……)
 カートゥルは何も言わない。真に寄り添うだけ、真が寄りかかるための居場所として、ただ傍にいてくれている。
「未来のことを考えるって、難しいね……」
 零れ落ちていく不安は、気が抜けているからこその本音だ。
 パシャンと湯が跳ねる音。カートゥルの尾が、端の方で無意識に遊んでいるらしい。
(とりあえず、今は)
 まだ走り続けられるから。生きているから。目の前のことに全力を尽くそう。
 先のことを考えるのは、それからで良いと前を向くことにする。
(……逃げてばかりじゃ駄目なのは、わかってるけど)
 振り返れば緑の目と重なる。映り込む自分の笑い方が少し情けないという自覚はあるけれど。
「あと少しだけ、平和を勝ち取るために手伝ってくれるかな、カートゥル」
 寄り添ってくる首に、真は破顔して腕を回した。

●食事棟

「これなんかどうかな」
 差し出された髪飾りに目を瞬かせる。八分音符の符尾の部分が片翼になっている。
「前の……このあたりを編み込んで後ろに流してた髪型、可愛かったから」
 それに合うと思って。そう言ったユリアンの手がルナの耳の横を通り後ろへと飾りをあてる。
「……似合い、ますか?」
「え、あ……うん。今も」
 可愛い、と小さく続いて。
「っ。じゃあ、これにします!」
 買ってきますね、と髪飾りを手に会計へ向かうルナの頬は赤い。
 にやけてしまいそうで、つい逃げてしまった。だって音符だ。翼までついて来た。妹とお揃いにどうかな、なんて言葉もついてこなくて。間違いなく自分の為に見立ててくれたものだ。
「そうだ、湯上りだった……」
 近付いた時の香りや、見てしまったうなじ。見送るユリアンも同じ色に染まっていた。

「お? アティじゃァねェか」
 じぃと見る先に立つアティエイル(ka0002)が柊羽(ka6811)の声に振り返る。声の高さで視線も自然に上向きになる。
「奇遇ですね」
 火照った身体に瞳の赤。髪だって普段と違い緩く編まれた姿だ。
「湯上り美人っつーのもいィねェ」
 ニィと笑みが浮かび、誘いの言葉も自然に続く。
「さて、俺ァ飯ィ喰いに行くが……美人の酌でもありゃァ嬉しいんだがねィ」
 向かう先は同じなのだ。ただ席を同じくするだけだろうと、軽く。
「どうだ?」
「……ここで貴方様とお会いしたのもご縁です、ご一緒しましょう」
 小さく頷くアティエイルが、でも、と繋ぐ。
「お酒を飲みすぎませんよう」
 対の赤には心配の色が少しだけ、浮かんでいた。

「見つかって良かった。はいこれ、持ってお行きよ」
 シャーリーンの出しだす紙には読み手に伝わりやすいよう、漫画仕立てに仕上げられたタルト・タタンのレシピが載っている。
「知り合いに絵心のある者が居たからね」
「おや、いいのかい?」
 含みのある微笑みで尋ねられる。
「あたしは商売じゃないからね、金額じゃないのさ」
 細かなコツも網羅してある上に、森都で見た道具類の事も考慮された内容。大盤振る舞いとも言えるだろう。
「ふふ、それも合わせて、真面目な上司君に伝えさせてもらうよ♪」

 恋人には気軽に使えそうなペン立てを。親友には香水を選んで。
(喜んでくれる顔が早く見たいわ!)
 脳裏にはそれぞれの表情が浮かんで、未悠自身にも笑顔が浮かぶ。
「そうと決めたら戻らなくちゃ」
 美と、心身の健康に良いものは全て堪能しきったのだ。今の自分はより綺麗になった筈。
(もっと夢中にさせちゃうんだから……!)
 そして、次は一緒に来る約束を取り付けるのだ。もっと彼に触れられる時間が欲しいと誘惑だってしてみせる。

「これ可愛いですぅ。木のビーズってあったかみがあって良いですよねぇ」
 ヘアビーズを髪にあててみたり、ブローチを布にあてて厳選し、どうにか絞りきった10点をお買い上げ。
「購買意欲も満たせて最高ですぅ」
 更に女子力アップとばかりに満足気なハナの笑顔が広がった。

「しっかり冷まして貰ってありますからね~?」
 温泉芋はなんの調味料も足していないから、スノウでも大丈夫。
「ラピスさんには蒸し人参です!」
 食感が残る程度に蒸したものだが、それでも甘味は増している。
 エステルもしっかり蒸された温泉芋と蒸し人参でお揃いにして、ほんのりカレーが香るフルーツソースをディップ用で貰ってきている。オレンジ味のフルーツ羊乳も爽やかな喉ごしで、のぼせかけていた身体を中から冷やしてくれる筈。
「あとで、マッサージをさせて下さいね」
 美味しそうに食べる家族を見守りながら、そっと語り掛ける。
「いつもお疲れ様なのです。そして一緒にいてくれて、ありがとうございます」
 邪魔をしないように、そっと近づく。少しだけいいですか、と声をかけて抱きついた。
「これからも、末永く一緒にいて下さいね」

「蒸気によっては薄く塩味が付くところもあるって聞きましたし、ここはどうなんでしょう」
 予想を立ててから温泉芋に齧りつけば、確かに僅かな塩気、評判通りのひきたてられた甘味が智里の口の中に広がる。
「私としてはカレーを掛けたく……ああでも、これはこのままで」
 カリーヴルストだったようだ。ビールをあおり微笑むハンス。
「それではこちらを……智里さん、どうぞ」
 食べやすい大きさに割った饅頭が智里の口元に。
「甘いものは、こうやって食べた方が美味しいでしょう?」
「いただきます……ん」
 おいしいです、と伝える前に残りの饅頭が渡されて。
「智里さんの番ですよ?」
「シャッツ……あーん」
「……はぐ」
 さりげなく指を舐められた気がするのは、気のせいだろうか。

「フェテルの好物も頼んでおいたから、そろそろご機嫌直してほしいな?」
 謝る姿勢ではあるけれどクレールの口調は重いものではない。仲直りするまでがワンセットの、何度も繰り返してきた慣れたやり取り。今はもう様式美のようなものになっていた。
 実際、フェテルの尻尾はご機嫌に揺れているし、視線はテーブルに並んだ料理に釘付けだ。
「ね、今きっと丁度いいタイミングだよ?」
 ユグディラ舌にも優しい温度になったタイミングにすかさずクレールがうながせば、仕方ないわねとばかりの鳴き声。
「よかった。それじゃあいっただっきまーす!」
 レンズ豆と薫製肉の煮込みはグツグツしながら届いたくらいで、こちらも丁度食べごろだ。赤ワインの香りをかいで、偶然にも好きな銘柄だとクレールの笑顔が浮かんだ。

 予想より多い量の飲み食いを続ける柊羽の隣で、それとなしに零れた欠片を集めていくアティエイル。柊羽が頓着しない分、途切れることがない。
「ここにも……」
「ん」
 片付けに意識を向けすぎて、気付けばアティエイルの手は柊羽の口元を拭っていた。柊羽もそのまま受け入れているものだから気付くのが遅れた。
「す、みません! つい……っ」
 慌てて身を離そうとするも、既に手を取られている。
「いいやァ別にィ?」
 それより、と正面から視線を交わす。
「ちィと気になるんだがァ。俺ァ柊羽って呼べってェ言った筈なんだがァ?」
「え」
「さっきのォ、貴方様っつーのは誰の事だ?」
 堅苦しい様付けなんて嫌いだと、言葉だけでなく表情でも語っている。
(異性を呼び捨てにした事が……なかった、か)
 視線を逸らしても手が離れることもなく。ならばと意を決したアティエイルは見上げ返す。
「……柊羽、の、事です」
「なァんだ。出来んじゃァねェか、アティ」
 深まる笑みが返された。

 能天気な様子、というものほど平和を感じさせてくれる。桃と林檎の甘い香りに誘われたのか、パルムがフルーツ羊乳の入ったコップの傍まで転がっていた。
「……もう、月が出ていますね」
 なんとはなしに眺めていた景色から空へと視線を移す。気付けば煙草の火も消していた。食べ終わっていた皿も早々に片付けて、Gacruxは立ち上がった。
「行きますよ?」
 そっと抱え上げたパルムは肩の上に乗せた。

●足湯

「改めて、お疲れ様」
「お疲れ様です、ユリアンさん……お帰りなさい」
「……うん。ただいまと……お帰り。お互いに、ね」
「! ……はい、ただいま、です」
 その他愛ないやり取りを大事に唇にのせる。二人分の林檎ジュースがすぐ傍のテーブルの上で仲良く並んでいる。
 近くに人が増えた。ほんの少しの休憩だからと、広い湯の一画に場所をとっていたのだ。
「少し、詰めちゃいますね」
 気付いたルナがそっと、ユリアンの方に身を寄せた。
「……そう、だね。混んでるみたいだし?」
 ユリアンの声に僅かに焦りが見えるけれど、それだけ。しばらくの間、ジュースの氷が融ける音だけが続いていた。

●庭園

(ヤバイ、ジュsデッカ戦より緊張してる)
 湯上りのいい匂いだとか吸い付きたくなるうなじに視線を取られて、ついには思考までバグりかけているリク。
「もう遅い時間ですのに、蝶も飛んでますわね」
 無邪気に庭園を楽しむ金鹿がつかまっている、左腕の感触に今も意識は向かっていたりする。
「うん、涼むのには丁度いいよね」
 頭を冷やして落ち着く為にも。
(会話になっていませんし、早く休ませた方が良さそうですわね)
 金鹿の心配度合いは上がっていたが。

 腹ごなしの散歩でもと、庭園に誘ったのはアティエイルの方だった。
「貴方さ……柊羽は、すぐに無茶をする……」
 癖で元の通りに呼ぼうとして、ぎろりと視線が刺さる。慌てて言いなおせば柊羽が破顔する。
「なァに、命ァ張った博打に勝ったんだ。こんくらい大したもんじゃァねェよ」
 言葉少なくても怪我のことだと通じるのは、共に戦ったおかげだろうか。
「無理が過ぎてはいけないと言っているのですよ」
「もう治ったんだからァなァ、大目に見てもいいんだがァ」
 涼しげな風が、歩いていく二人の間を通り抜けていった。

 二つの月と街並みを一つの枠に収める。そんな写真を二枚ずつ、何カ所かを選びながら。
 いつか訪れる未来に向けた写真の裏には、Gacruxとサインを刻む。
「今は当たり前でも、いつか神話のようになると思うと、不思議なものですねえ」
 戦争の爪跡だというのに、惜しいと思っても構わないだろうか?

●大部屋棟

「誕生日おめでとう、タングラム。ボクらからの祝いの気持ちだから受け取ってくれるかい?」
「タングラム……おめでとう……」
 シェリルとヒースが呼吸を合わせてケーキのお披露目。
「ありがとうございます、二人とも」
「私も一緒なんて光栄ですっ!」
 目元を和ませるタングラムと、ちり紙の鼻栓が目立つフクカンの笑顔が返る。
「お誕生日はありがとうの日……生まれてくれて、一緒にいてくれて、ありがとうって言うの……。帝国は……まだまだこれからかもだけど……今はひと時……」
「私も皆さんにはゆっくりしてもらいたいです!」
 まだ片付けなければいけない問題は残っているけれど、心おきなく笑顔が交わせる。
「私も頑張るよ……それでね、またカッテに……大好きって、言うんだ」
「素敵ですね!」
「だから、フクカンも……」
「そ、それは、えっと」
 ぷしゅう。ちり紙の赤味が増えている。
 慌てて新しい紙を探すシェリルから少し離れたヒースの目元は穏やかだ。
「……記憶を取り戻す前からそんな気はしてたんだけどねぇ」
 シェリルが従妹だということを思い出したとタングラムに告げる、今はここだけの内緒話だ。
「言ってあげたんですか? 身内が、それも血縁が傍に居るなら心強さが違うでしょうに」
 タングラムは呆れた視線をフクカンに向けたままだ。
「言い出すタイミングが分からなくて伝えてないんだよねぇ。ま、シェリーと皇子が結婚するまでには伝えておくさぁ」
「なら、いいですけどね」
 慌てた様子のシェリルが駆けてくるが、楽しそうでもある。
「ね、ヒー兄?」
「ああ、ここに在るよぉ?」
 見つけておいたちり紙を、箱ごと渡すヒースに、少女本来の笑顔で答える。
「……ありがと」

「すまない……」
 借りた団扇で仰ぐイーリスの膝の上からくぐもった声がする。
「早々に逆上せるとは、働き過ぎではないのかえ? お主はそういう所に無頓着じゃからのう」
「……先が見えるのが早ければ、君との時間が長くとれる」
 これでは格好もつかないけどな、と続いているが頬が熱い。
 大長老ともあろう者がこんなところで弱った姿を晒すなど……そう考えることで冷静さを取り戻そうとする。
「やっぱり宿泊棟でしっかり休んだ方が良いのではないかえ」
 付き添うぞ、との提案は固辞された。起きあがってまで拒否することだろうか?
「私だってけじめはつけたい」
 噛みつくような口づけは長いものではなかったが、仕切りの存在に感謝したのは言うまでもなかった。

●帰路

「……困ったことがあったら、言って欲しいな」
 ラファルの羽ばたきと、穏やかな夜風を楽しみながら帰る中。ユリアンはルナに告げた。
「大きな戦いは一応、終わったんだから」
 区切りを示し、歩み寄りを見せるその言葉。返すルナの声には、期待が滲んでいた。
「頼りに、しちゃいますよ?」

●宿泊棟

 念のために、肩を解すストレッチをもう一度。温泉に入る前後にもやったそれを繰り返すのは、それだけ改造コートの負担が肩の凝りとして表れていたからだ。
 寝床も整えあとは寝るだけとなったクレールがフェテルに向き直る。
「……ねぇ、フェテル?」
 声の調子が今日これまでと違うからか、フェテルも静かに寄ってくる。
「改めて、私のところに来てくれて……本当に、ありがとう」
 相槌ほどの短い声だけが返ってくる。
「それに、今まで生きてついて来てくれて、本当に……ありがとうね」
 尻尾がゆうらり、揺れる。
「それが言いたくて……私……」
 言葉を詰まらせるクレールの膝の上にフェテルが丸くなる。それは信頼の証で、わかっているとの返事代わりでもあるのだろう。
「……ありがとう」
 もう一度だけ、繰り返して。
「そうだね、もう寝よっか!」
 いつもの笑顔に戻ったクレールもまた、その身を休めるのだった。

 湯当たりで倒れたラスティは、未遂以前ということでお仕置きはされなかった。
 目覚めた宿泊棟の個室の中で、男泣きに泣いたとか、泣かなかったとか……

 部屋に入ってすぐ、智里は背に熱を感じた。
「水着の智里さんも可愛かったですけれど、何も着ていなくても智里さんは可愛いですよ」
 耳元に囁かれる睦言に体温が上がっていく。思い出すのは入浴中のこと。
『胸とかお腹とか二の腕とか、カバーしなきゃならない所がいっぱいあるので……二の腕は、カバーできませんでしたけど』
 フリル付きのモノキニを選んだ理由として、そう口走った智里。ハンスはしっかり覚えていたようだ。
『何より機能的で、智里さんの柔らかさが感じられます』
 そう言いながら足の間に誘導された、その時の恥ずかしさも重なり智里の肌の赤味が全身に広がっていく。
「……っ」
 気付けば首筋に濡れた感触。鼻を押し付けられているのはわかったけれど、もしかすると、他にもぶつかっ……た?
「次は2人きりになれる場所で……もっとゆっくり湯治をしましょう。東方にはたくさんあるでしょうから」
 言っていたように、家族風呂のある所とか。特に素晴しいでしょうね。

「ねえ、マリ」
 早々に布団を敷いてしまおうと動き出すマリを呼び止めるリクの声。
 真剣な茶の瞳に射竦められて動きを止めた金鹿の手をとって、溢さないうちに、何度も繰り返して選んだ言葉に想いを乗せる。
「マリと一緒にこの世界を、二つの世界を生きて行きたいと思うから。僕が燃えつきる最後の瞬間まで……一緒に居てほしい」
 前から用意していた指輪を取り出して、一度、金鹿の手に握り込ませる。
「結婚してほしい」
 声が出ないかわりに、ゆっくりと指輪がリクの手に戻る。改めて広げた金鹿の薬指に、リクがしっかりと指輪を嵌めた。
(何を言えば、余すことなく伝わるのかわかりませんわ)
 窓から差し込む月明りにかざして、ひとしきり指輪を見つめてから。
 溢れそうになる雫が嬉しさからくるものだとしても見せたくなくて、金鹿はリクの胸の中に飛び込む。
 温もりを確かめ合う二人の姿を祝うように、流れ星が、ひとつ。

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参加者一覧

  • ふたりで歩む旅路
    アティエイル(ka0002
    エルフ|23才|女性|魔術師
  • 母親の懐
    時音 巴(ka0036
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士
  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 幸せの青き羽音
    シャーリーン・クリオール(ka0184
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • ユレイテルの愛妻
    イーリス・エルフハイム(ka0481
    エルフ|24才|女性|機導師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    フェテル
    フェテル(ka0586unit003
    ユニット|幻獣
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ラファル
    ラファル(ka1664unit003
    ユニット|幻獣
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 黒髪の機導師
    白山 菊理(ka4305
    人間(蒼)|20才|女性|機導師
  • 甘えん坊な奥さん
    アルラウネ(ka4841
    エルフ|24才|女性|舞刀士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    カートゥル
    カートゥル(ka5819unit005
    ユニット|幻獣
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 舞い護る、金炎の蝶
    鬼塚 小毬(ka5959
    人間(紅)|20才|女性|符術師
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • ふたりで歩む旅路
    柊羽(ka6811
    鬼|30才|男性|舞刀士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 何時だってお傍に
    時音 リンゴ(ka7349
    人間(紅)|16才|女性|舞刀士
  • 桃源郷を探して
    ラスティ・グレン(ka7418
    人間(紅)|13才|男性|魔術師

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
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