ゲスト
(ka0000)
【MN】七色温泉
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/08/16 07:30
- 完成日
- 2019/08/25 00:04
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ぼんやりと。意識も、景色も霞んでいた。
うっすらと煙たなびくその光景に、次第に見えてくるものがある。
温泉。
色とりどりに六色。
温泉、そっか。
何でかわからないけど、温泉があるってことは入りに来たんだよな。
伊佐美 透はそうして、自分の状態にさして疑問を思うことなく……それでも彼らしいというか、色については無難そうな白の温泉に入ってほう、と息を吐いた。
あー……。
なんやかんや激戦だった疲れが溶けるー。
温泉はいい。
やっぱりいい。
いつもより広い景色と風呂。体を伸ばしてぼんやりしているだけでこのままずっといられそうだ……。
このまま、のんびり……。
『透殿ーーーー!』
させろ。
なんだか聞こえてきた声に随分違和感があった気がしたが──というか声? だったか? いや声じゃなければなんなんだ──振り向く、と。
視界に飛び込んできたのは相棒のチィ=ズヴォー……ではなく。
ユグディラが一匹だった。
そうか。違和感はこれの鳴き声が混ざってたからか。
なんかやたらなついてくる濡れたユグディラに、取り敢えず毛並みを整えたりなんかしてやりつつ辺りを見回す。
「おーい、チィ?」
『へえ』
声──いややっぱり声じゃない。なんか鳴き声と共に思念的なもの──は、手元のユグディラからした。
「……は?」
事態がよく分からない。分からないというか浮かびかけている推論を本能的に停止した。
いやない。
それはない。
「あーいた、主ー」
そうしていると、見知らぬ少年がやってくる。
「あ、透さん」
そして、知らないはずの少年は透を見て当たり前のようにそう言った。
「ええと、君は?」
リアルブルーからのファン……の、可能性は年齢的に低いと思った。どこかの依頼で助けたことがあるとかだろうか。それなら、聞けば思い出すかもしれない──
「あ、自分、チィのところのユグディラのデューです。お世話になってます」
…………。
「どうして、そうなった」
「なんかあっちの方の緑色のお湯? に、入ったらこうなりまして。あ、主はその近くにあった黄色いのに」
何か、たちの悪い悪戯とかでなければ。
つまりこれは、そう言うことなのか。
「……ってちょっと待て!」
気付いて透は慌ててざばりと湯から立ち上がる。
「これは安全なのか!? 俺は今どうなってる!」
身体を見下ろす。腕。身体。順に見ていくそこには普通に人間の肉体がある。いつもの自分と変わらない──変わらない?
言い切るには違和感がある。逆に違和感としか言えない程度なのだが。
「……チィ。お前から見てどうなんだ」
『いや、いつもの透殿に見えますが……なんかちっと、違えような……?』
やっぱりチィから見ても何か引っ掛かるのか……?
悩む透。この時彼は致命的な迂闊をしでかしていた。怪しいと思うならまず温泉から出るべきであったろう。なのに彼の両足はそこに浸かったままだった。
疲労のせいか──あるいはここに来た時点で既に何かの術中だったのか。
ふっと。目眩のような感覚。身体の内部が眩んだ、といより、視界が揺れたような。
『……』
「……」
そして、チィとデューが驚いた顔でマジマジとこちらを見ている。
「何……だよ。俺が……どうした?」
問うと、デューが答えた。
「縮みました」
「は?」
『縮みやした。背が。なんか、急に一気にガッといきやしたね』
「……。うおおおお!?」
理解するなり流石に温泉から飛び出た。
『透殿の温泉は身長を縮めるんですかね? にしてもさっきまでほとんどわからなかったのに今のは急激にでしたが』
「……」
言われて、その答えはなんだか腑に落ちかねた。徐々にではなくこのタイミングに一気に縮んだ理由。それまでの違和感。
「……どっかに、鏡とか無いかな」
「あ、さっきあっちの方で見ました」
デューに示されて、迷わずそちらに動く。そうして覗きこんだ鏡。張り付いた前髪をかきあげて己の顔をはっきり見て、確信した。
「……俺さ。中学までは身長むしろ低い方だったんだよ」
『……へえ?』
「何だか知らないけど、高一の時に一気に急に伸びてなー」
急になんの話なのか。改めて透の顔をよく見て、チィも理解する。
「……若返ってやすね」
そういうことだった。
そこまで理解したところで。
その看板に気付いた。
気付いてみれば何でそこにあるのに分からなかったのかと思えるくらいの大きさも雰囲気もある看板なのに、何故かこの時までは全く認識できなかった。
そこに。
六色の温泉とその効能──そして、48時間以内に『終の湯』にたどり着き入浴しないと元に戻れないばかりかここからの脱出も不可能だという。
「なんでかよく分からないけどのんびり出来ると思ったらなんだそれ!? くそ! とにかくここを目指せばいいのか!?」
まあ、なんでかよく分からない時点で完全にはじめからアレだったのだが。
透は叫びながら地図を確認する。移動手段や縮尺を確認すると、時間制限の割には余裕で到達できそうに思えるのだが……。
「当然、罠かなんかで行く手を阻まれるとかいうあれかなあ……」
嘆息しながら、透はチィとデューを伴って、引き戸──これも気が付いたらあった──を引いて六色の温泉場から出る。
道は左右に分かれていた。案内を信じるなら、どちらに向かってもいずれ合流する。とにかく進んでみないと分からないと、透は深く考えず左へと進み……。
この時透は気付いていなかった。肉体が若返った影響はその精神にも及ぼされていると。冷静に判断しているつもりで、今の彼は中学生男子だった。
そして。
48時間という制限時間。そのあまりの過酷さはすぐに思い知ることになる……──!
うっすらと煙たなびくその光景に、次第に見えてくるものがある。
温泉。
色とりどりに六色。
温泉、そっか。
何でかわからないけど、温泉があるってことは入りに来たんだよな。
伊佐美 透はそうして、自分の状態にさして疑問を思うことなく……それでも彼らしいというか、色については無難そうな白の温泉に入ってほう、と息を吐いた。
あー……。
なんやかんや激戦だった疲れが溶けるー。
温泉はいい。
やっぱりいい。
いつもより広い景色と風呂。体を伸ばしてぼんやりしているだけでこのままずっといられそうだ……。
このまま、のんびり……。
『透殿ーーーー!』
させろ。
なんだか聞こえてきた声に随分違和感があった気がしたが──というか声? だったか? いや声じゃなければなんなんだ──振り向く、と。
視界に飛び込んできたのは相棒のチィ=ズヴォー……ではなく。
ユグディラが一匹だった。
そうか。違和感はこれの鳴き声が混ざってたからか。
なんかやたらなついてくる濡れたユグディラに、取り敢えず毛並みを整えたりなんかしてやりつつ辺りを見回す。
「おーい、チィ?」
『へえ』
声──いややっぱり声じゃない。なんか鳴き声と共に思念的なもの──は、手元のユグディラからした。
「……は?」
事態がよく分からない。分からないというか浮かびかけている推論を本能的に停止した。
いやない。
それはない。
「あーいた、主ー」
そうしていると、見知らぬ少年がやってくる。
「あ、透さん」
そして、知らないはずの少年は透を見て当たり前のようにそう言った。
「ええと、君は?」
リアルブルーからのファン……の、可能性は年齢的に低いと思った。どこかの依頼で助けたことがあるとかだろうか。それなら、聞けば思い出すかもしれない──
「あ、自分、チィのところのユグディラのデューです。お世話になってます」
…………。
「どうして、そうなった」
「なんかあっちの方の緑色のお湯? に、入ったらこうなりまして。あ、主はその近くにあった黄色いのに」
何か、たちの悪い悪戯とかでなければ。
つまりこれは、そう言うことなのか。
「……ってちょっと待て!」
気付いて透は慌ててざばりと湯から立ち上がる。
「これは安全なのか!? 俺は今どうなってる!」
身体を見下ろす。腕。身体。順に見ていくそこには普通に人間の肉体がある。いつもの自分と変わらない──変わらない?
言い切るには違和感がある。逆に違和感としか言えない程度なのだが。
「……チィ。お前から見てどうなんだ」
『いや、いつもの透殿に見えますが……なんかちっと、違えような……?』
やっぱりチィから見ても何か引っ掛かるのか……?
悩む透。この時彼は致命的な迂闊をしでかしていた。怪しいと思うならまず温泉から出るべきであったろう。なのに彼の両足はそこに浸かったままだった。
疲労のせいか──あるいはここに来た時点で既に何かの術中だったのか。
ふっと。目眩のような感覚。身体の内部が眩んだ、といより、視界が揺れたような。
『……』
「……」
そして、チィとデューが驚いた顔でマジマジとこちらを見ている。
「何……だよ。俺が……どうした?」
問うと、デューが答えた。
「縮みました」
「は?」
『縮みやした。背が。なんか、急に一気にガッといきやしたね』
「……。うおおおお!?」
理解するなり流石に温泉から飛び出た。
『透殿の温泉は身長を縮めるんですかね? にしてもさっきまでほとんどわからなかったのに今のは急激にでしたが』
「……」
言われて、その答えはなんだか腑に落ちかねた。徐々にではなくこのタイミングに一気に縮んだ理由。それまでの違和感。
「……どっかに、鏡とか無いかな」
「あ、さっきあっちの方で見ました」
デューに示されて、迷わずそちらに動く。そうして覗きこんだ鏡。張り付いた前髪をかきあげて己の顔をはっきり見て、確信した。
「……俺さ。中学までは身長むしろ低い方だったんだよ」
『……へえ?』
「何だか知らないけど、高一の時に一気に急に伸びてなー」
急になんの話なのか。改めて透の顔をよく見て、チィも理解する。
「……若返ってやすね」
そういうことだった。
そこまで理解したところで。
その看板に気付いた。
気付いてみれば何でそこにあるのに分からなかったのかと思えるくらいの大きさも雰囲気もある看板なのに、何故かこの時までは全く認識できなかった。
そこに。
六色の温泉とその効能──そして、48時間以内に『終の湯』にたどり着き入浴しないと元に戻れないばかりかここからの脱出も不可能だという。
「なんでかよく分からないけどのんびり出来ると思ったらなんだそれ!? くそ! とにかくここを目指せばいいのか!?」
まあ、なんでかよく分からない時点で完全にはじめからアレだったのだが。
透は叫びながら地図を確認する。移動手段や縮尺を確認すると、時間制限の割には余裕で到達できそうに思えるのだが……。
「当然、罠かなんかで行く手を阻まれるとかいうあれかなあ……」
嘆息しながら、透はチィとデューを伴って、引き戸──これも気が付いたらあった──を引いて六色の温泉場から出る。
道は左右に分かれていた。案内を信じるなら、どちらに向かってもいずれ合流する。とにかく進んでみないと分からないと、透は深く考えず左へと進み……。
この時透は気付いていなかった。肉体が若返った影響はその精神にも及ぼされていると。冷静に判断しているつもりで、今の彼は中学生男子だった。
そして。
48時間という制限時間。そのあまりの過酷さはすぐに思い知ることになる……──!
リプレイ本文
「まあ、たまにはこういうのもよかろう」
誰にともなく、ミグ・ロマイヤー(ka0665)は呟いた。
両腕を広げ温泉の縁に凭れかかり、側に浮かぶ桶には熱燗の徳利と猪口。寛いだため息からは、すっかり温泉を堪能するつもりの様子が伺える。
とにもかくにも邪神戦で無茶をしてきたから骨休め、といった風情か。
湯煙の向こう、貸すんで見える童の姿とはしゃぐ声にも、良い良い、と耳を傾けては目を細めている。
実に──気分が良い。素直な気持ちだった。黒い湯に浸かるのは何かラーメンのスープなども思わせるが。それを認識した上で、尚。
ああ、そう。彼女は把握している。自分が何湯に浸かっているか。湯煙の向こう、騒ぐ子らが先程までどのようであったか……そして、己が今どのような状態であるか。
把握している。
なおも、情報は収集している。
分析している。
ただ、それでやみくもに大騒ぎして行動を起こさない、というだけ。
元来幼い外見をしているミグは今やすっかり美女へとその姿を変貌させていた。メリハリのついた肉体はそれでも軍人、ドワーフらしくしっかり筋肉がついていたがそれがまた美しさがある。
そのこともまた。分かってはいて。
(……まあ、まだ問題はなかろう)
冷静に判断し、脱出の算段もきっちりとはかりながら……それでもまだもう少し、彼女はこの状況を存分に堪能するつもりのようだった。
●
氷雨 柊(ka6302)はクラン・クィールス(ka6605)と共にこのひとときを過ごしていた。
暖かな湯の感触にほぅ、と息が漏れる。普段からのんびりとした柊はもとより、いつもは淡々としたクランですら、今は穏やかな雰囲気を隠さずにいる。
どうして、いつここに来たのか。良くわからないけど、そんなことは些細なことに思えた。大切な人との、ゆったりとした時間。いつもは張りつめているような相手が安らいだ時間を過ごせているなら、それ以上に大事なことなどあるだろうか。
「ぽかぽかですねぇ、クランさん……」
「あぁ……本当だな。気持ちが良いし疲れが取れる……」
白く濁る湯を手のひらに掬いとりながら、他愛の無い言葉を溢せば、やはり返ってくる飾らない台詞。柊は微笑を浮かべてクランの方を見て……。
「……はにゃっ!? クランさ、え? えっ??」
直後柊は、顔だけクランに向けた姿勢のまま硬直して、悲鳴めいた声を上げていた。
「……? 何だ、急に狼狽えて……」
「か、可愛くなってますよぅ!」
「かわいくなった? 何を訳の分からん……」
急に落ち着きを無くした柊に、はじめはやれやれといった様子のクランだったが、そうして柊に視線を向けるや否や、彼も違和感を覚えてまじまじと柊の姿を見る。
「……柊。お前こそ何か……いつにも増して小さくない、か?」
呆然と。見たままを口にしながらクランは少しずつ事態を理解し始める。彼女は俺に向かってなんと言った? 俺がそんな形容をされるようなことなど何が考えられる?
まさか、と言いたくてクランは視線を巡らせる。近くにあった鏡──いや、こんな近くに鏡があって今まで気付かなかったのかというのは一旦さておき──は、否定されてほしかった己の予想を裏付けるものを写し出していた。
柊も同じように鏡に己の姿を確認して目をぱちくりさせている。
「……。な、なんっ……は……!? どういう……いや湯か、湯の所為かっ!? 効能とでも言うつもりか!」
元に戻る方法は、と、兎に角もっと情報を、とクランは移動しようとして……ぐ、と腕に抵抗を覚えて振り向く。そこには、
「……おい。なんだその心なしか輝いた目は」
「今の姿も可愛いですけれどー、もっと小さなクランさんはどんな感じなんでしょう……」
興味津々な柊の表情に、クランはまともに顔をひきつらせる。
「こ、これ以上浸かるなんて冗談も程々にしろ……!? 今でも妙に違和感を覚えてるんだぞ物理的にも精神的にも! もっと小さくなんてゾッとする……!」
「……ちっちゃいのダメですかー? ね、ほんの少しだけ! ね? 可愛いクランさんが見たいなーー」
「ほんのちょっともだ・め・だ! ほらさっさと……、」
「あっ待って上がらないで! 本当に少しだけですからー!」
「……いやにしつこいな今回は……!?」
果たしてそれもまた、若返った効能なのか。いつになく粘る柊と、どうにも上手くかわしきれないクランと。
十歳ほどの姿で、傍目に可愛らしくそのまま白の湯で騒ぎ続ける二人が、最終的にどうなったかは……二人だけが知る。
●
「閉じ込められるのか……」
何か想像してたのと違う、と、マチルダ・スカルラッティ(ka4172)はポツリと呟いた。
記憶は朧気だが、幻獣と温泉に入れると聞いてやって来た……気がする。
が、連れてきたつもりの存在は近くには居なかった。何か手違いがあったらしい。
寝床と食料とを提供してくれて、いろんな効能の温泉にも入れて楽しめるんだったら、もういいかな、などとも少し思ったが、こうなると帰らない訳にもいくまい。
やれやれと緑の湯から上がって歩き始めると、近くをきゃあきゃあと一人と一匹が駆け抜けていく。その後を保護者のようについていく女性二人まで見送ってから、ふとまた考える。
先に行った、一人の方はどこか猫科めいていたし、一匹の方こそ何処か人間臭かった気もする。
効能の看板の説明を思い出した。つまり彼女らが、そういうことなのか。……自分も幻獣と共に来ていたら──空を飛んでみたりも出来たのか。
「……いや、飛べるのかしらね」
ふと思考が巡る。飛ぶための羽の動かし方なんて姿が変わっただけですぐに実践出来るものなのか?
とはいえ本来四足歩行の幻獣が容易く二足で歩いているところを見るにそこはどうにかなる気もする。
なんとは無しに周囲に視線を巡らせては見るが、飛行を試している者は居ないようだった。思考実験だけを楽しんで──結論としては、変わってみて飛べなかったらかなり損した気がするからいっそ出来なくて良かった、と思うことにした。
そうして視線はなんとなくそのまま、先程の一行が走り去っていった先へ。
「プールかあ」
暑いしいいかも、と、スライダーの設置された立派なそれを見て思う。
時間はあるのだから一日くらい遊んでいっても良いだろう。
異常事態、ではある。それをきちんと把握もしているのだが……。
その上で害はないと冷静に判断したのか、マチルダはそのまま十分にプール──特にスライダーを堪能して、彼女はその後やはり落ち着いて脱出を果たしたのだった。
●
さてマチルダが見た一行とは。
「ご主人様~!」
湯から上がったところで、七歳くらいの少女に飛び付かれて、鞍馬 真(ka5819)は一瞬、混乱をきたした。
「え、シトロン!?」
見上げてくる緑の瞳、それが己へと向ける感情に、少女の姿をしたそれが共に来た幻獣であることはすぐに理解した。慌てるのはそんなこと(?)より──
(控え目に言って事案では???)
アラサー男子が少女に抱きつかれあまつさえご主人様などと呼ばせてるこの状況。
更に。
「真さん、一緒にあそぶですーっ」
加えてそこに飛び込んでくるもう一人が居た。
年のころは12、3といったところだろうか。くりくりとした蒼い瞳が愛らしい、フリフリの白のワンピースを纏った姿。
「わぅ、僕ですー。アルマです……」
言われて真は改めて相手を確認する。
声こそ高くなってはいるが、確かに喋り方と雰囲気は友人のアルマ・A・エインズワース(ka4901)だと思った。
「わふん。白いお湯に浸かったです……大体10年前位の姿です?」
そう説明してくるアルマに、真は何を思っていたかというと。
「やあアルマ君。……女の子に見えるね」
アルマが変貌していたのはあくまで年齢のみではあったが。それでも、元の容姿と服装のせいでその姿は完全に美少女だ。
つまり。
「……より事案っぽさが増したよねこれ……」
頭を抱えたくなって俯くと、そこでようやく真は己の変化にも気が付いた。普通の男性用水着で入ったはずの胸元が控えめなワンピースタイプの水着に覆われており、それに沿って身体を確かめればその装いに相応しい慎ましいながら丸みを帯びた肉体に変わっている。そこに──その姿に対して『余計な物』はついていない。
女装させられている、ではない。これはつまり──
「女性になってて良かったかも……。危うく通報されるところだった」
いや、良いのかそれで。
「ここまでハンターとして真面目にやってきたのに、社会的に死ぬなんて冗談じゃないし……」
良いなら良いんだが。
そんなわけで自身の変身については誰一人とりたてて騒ぐことのない一行なのであった。……いや。
「もふもふは至高なので皆さん黄色に入るべきだと思うです。入るべきでs」
真に会いに来るまでに温泉の効能は確認していたのだろうアルマが捲し立てるように言いだして……不意に途中で止まる。
ふわり。アルマの視界が急にそこで上昇したからだ。
元に戻った……訳では無い。ぶらり、その足は宙に浮いている。
「うちの子が失礼しましたぁ」
背後からアルマの首根っこを持ち上げる姿勢でそう言ってきたのは、エルフの女性だった。
青みがかった白髪にスレンダーな体系。今度こそ真には完璧に見覚えが無い。
「……あら? 私ったら、自己紹介もしないで。イェジドのコメットですー」
だが名乗られた名には覚えがあった。アルマと共にいる幻獣。本人よりもさらに間延びした声の、あらあらうふふという態度のほんわかとした雰囲気を纏った彼女は──アルマを掴み上げたそのまま黄の湯の上まで運搬すると、慈悲も何もなく手を離し沈めた。
アルマは子供の姿からさらに、白いワンピース水着だけ纏った黒の子犬の姿になった。
『……ひどいです』
きゃんきゃんと吠え立てる声に重なって、抗議の思念が聞こえてくる。そんなアルマにコメットはやはり大らかな雰囲気──揺るがないという絶対感でもある──で、「だめよー? アルマちゃん」と騒ぐアルマをニコニコと窘めるのみだった。
拗ねた様子のアルマがとぼとぼとコメットから離れていくのを、苦笑して真が抱え上げる──ああ、もふもふが至高だというのに異論はない。抱え上げ、毛並みに添って撫でるその感触に真がうっとりと目を細めると、アルマも満足げに小さく身体を震わせた。
互いに癒し癒され合うそのひとときに……くいくいと腕を引っ張られる感触に真が向き直る。
シトロンが何かを訴える眼で真を穴が開くほど見つめてきていた。
「ごめんごめん」
片腕でアルマを抱え直しながらシトロンの頭をなでてやると、くっついてくるシトロンに真はまた微笑むのだった。
そうして、状況を確認し合った一行は、共に終の湯を目指すことにする。
……案の定というか、進んですぐに広がるプールにアルマとシトロンがまんまと駆け寄っていったわけだが。
「アルマちゃーん、ちゃんと時間には気を付けるのよー」
『分かってるですー!』
コメットがはしゃぐ一人と一匹──この場合どっちが一人でどっちが一匹だ?──に声をかけると、キャンキャンという吠え声と共に返事が返ってくる。
折よくプールサイドには寝ころびようの椅子も用意されていたので、真とコメットはそこでしばらく見守る体勢だ。
「すみませんねえ? うちの子が」
「いえいえ、シトロンも楽しそうですし」
ウォータースライダーが気に入ったらしく、何度もひと固まりになって滑り降りているアルマとシトロンを見守りながら、そんな会話を交わす真とコメット。
……レジャー先で子供の同級生に出会ったオカン同士か何かかな?
なんというか……夏休みを思わせる光景である。
(最近は色々あって疲れてるし、たまには何も考えずにぼーっとするのも良いね……)
真はそうして、はしゃぐアルマやシトロンの声、のんびり語りかけるコメットの声に浸りながら、少し気を緩めるのだった。
●
──一方そのころ。一人のハンターが、身も心も作り替えようとするこの地の罠に必死で抗っていた。
触れる掌の感触にボルディア・コンフラムス(ka0796)はゆるりと反応する。
「ホラ主、ここが気持ちいいんだろう……? 分かってるんだ」
(悔しい……でもっ、あぁっ!)
甘くささやかれる声はどこか酷薄さも含んでいて。揶揄うようなそれにボルディアは必死で矜持を保とうと睨み付けるが、その実心地よさに声を上げることも出来ずにいる。
歪虚にすら怖れられねじ伏せてきた屈強な女戦士の姿は今はそこにはない。今の彼女は女というより雌と言うべき姿だった──だってイェジドになってるんだもの。
そんな彼女に寄りかかるようにしながら彼女を撫でる青年は、彼女の相棒にして本来は逆に本来は彼がイェジドのヴァンである。
元がイェジドであるがゆえに彼がボルディアを撫でる手つきは的確そのものだった。首回りや背筋。どう毛並みを掻き分ければ不快でなく、どうなぞれば心地よさが連続していくかをよく分かっていて……初めての感覚(そりゃあ、イェジドになって撫でられた感覚なんて普通人間は知らなかろう)にボルディアが骨抜きにされるまで、さして時間はかからなかった。
この地に来て。ボルディアは黄の湯に、ヴァンは緑の湯に入って、互いの種族が入れ替わって──なんでそんな怪しげなのに行った、等と言ってやってはいけない。この世界には抗いようのない大宇宙の意志とも言うべきものがあるのだ──ヴァンが提案してきたのは、『いい機会なので今だけ主従を入れ替わってはどうか』というものだった。
ボルディアは当然拒否。あくまで自分が上ということを示そうとして……今の攻防に至るのだが。
(このままじゃヴァンにいいようにされて……は、早く出ねぇと俺が俺で無くなっちまう!)
必死で保ち続けるその理性が、このまま撫でられ続けていても動けないという事を理解もしてしまう。
とにかく状況を動かすには、と考えて。出した結論は、一先ずこの戦いに決着をつけること、だった──たとえそれが一時の敗北という形でも。
一旦は主従を入れ替えることを受け入れると、ヴァンは優しく笑って立ち上がった。じゃあ行こうか、とヴァンが先導する形で進み始めると、ボルディアはほっと息を吐く。このまま終の湯に辿り着いてしまえば──
そうして勿論ヴァンは、こんな状況時間ギリギリまで堪能しようとするに決まっているのであった。
この後、ペット用のトリートメントやエステショップに連れまわされリラックスさせられた挙句、温泉で念入りに身体を洗われる運命のボルディアである。
「主、とてもいい顔をしているぞ。目がとろんとしてすごく気持ちよさそうだ」
……やはりシャンプーの技術も的確なヴァンだった。
ただ。
そんな風に女性に対して強気に出られるのはボルディアに対してだけで、時折傍に違う女性が通りがかる度に緊張しているのも、ボルディアに見抜かれたりしてはいたが。
(まあ……良いか)
そんなわけで、なんだかんだ、きちんと脱出するその時まで。ちょっと変わった一人と一匹の時間を楽しんだのであった。
立場を保つために脱出を渋るような事は無かったことを鑑みると、なんだかんだ、彼なりに激戦続きのボルディアを労わろうとしたのではないかという気も……する。
●
「……あからさまに普通の温泉の色じゃないよね、コレ。噂に聞くリアルブルーの家庭用人工温泉かな……?」
呟いたのはユリアン・クレティエ(ka1664)だったか。
視線を受けてアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は肩を竦めた。
……どうしてここに居るのかはよく分からない。分かるのは、周りに居るのが信頼と親愛を捧げる【神託】の面々というだけで──そしてそれだけでアルヴィンにとっては十分だった。よく分からないけど楽しそうな場所なら……皆で遊べたらそれが良いな、と。
そんな彼の想いを受けた……のかは分からないけど。
「悩んでも仕方ねぇ! 男の褌の色! 白の湯にレッツゴー!」
藤堂研司(ka0569)がそう言って勢いよく一つの温泉に飛び込むと、ジュード・エアハート(ka0410)もつられるようにきゃあきゃあと声と飛沫を上げて乗り込んでいく。
ユリアンもまあ……ここが一番無難そうだよねとそれに続いて……アルヴィンはやはり、皆と一緒ならそれでいいのか、輪の中に入っていく。
そうして一行は、和気あいあいと暫くその場で過ごして……。
──視界やら諸々の変化に、初めに違和感を覚えたのは研司だったか。
「ぬぅ! これは……声が! 甲高い! ついでに歩幅が異様に狭い!!」
大声を上げて立ち上がると、皆一様に状況を理解したのだった。
「……ガキンチョだ! 具体的には5歳くらいだ! そういうお湯か!」
鏡に映した己の姿に研司が叫べば。
「わーい、こどものみんなかーいーねぇ」
舌っ足らずな口調の歓声がそれに続く。
皆が振り返ればそこに居るのは。
お肌はつるつるすべすべぷにぷにのもち肌。
髪の毛もつやつやさらさらで天使の輪っか。
くりくりキラキラなおっきなおめめ。
そして何故か女児用ワンピース水着(※別に赤の湯には入っていない)。
『ジュードくん5しゃい』。そこに居るのはそんな、完璧なるロリコンホイホイな姿だった。
「……お? はは、アルヴィンさんもジュードさんも可愛いなぁ。研司さんもこう未来の筋肉の兆しが既にって感じで」
十歳くらいになったユリアンは、皆の姿を眺めると穏やかな声で言った。なんとなく驚きより懐かしさが先に来るのは、弟妹と賑やかに過ごしていた幼少時代を思い出すから……なの、か……。
そこまで思って続いて蘇ったのは、幼い弟妹達に散々に振り回されタックルされ昼寝をすればお腹を枕にされ……といった数々の記憶だった。
「……」
それは、防衛本能と言うべきものなのだろうか。心を無にしたユリアンの足は赤の湯に向かっていた。
飛び込むようにそこに入って出てきたユリアンの姿は、幼いころの妹にそっくりであったという。
そうして、やはり小さくなったアルヴィンは。そんな一行を見回して……やはりただ、楽しそうにコロコロ笑っていた。悪戯っぽいその笑みは、子供っぽいようで……普段と変わらない彼でもある様に、見えた。
そんな一行が、いよいよこの温泉の本拠地とも言える場所へと挑んでいく──
「りっちー、ゆいあんしゃん、とーどーしゃん、まってー」
ジュードが必死で声を上げる。自慢の脚線美もみじかくなって、とてとて走る様ははっきり言って遅い。
振り返ってその距離に気付いた研司がはっと我に返る。
研司は今、レンタルされていたビニール筏の上で絶賛波に乗っている所だった。ざばりと跳ねる水面。絶妙なバランスを保てば心地よく身体を揺らす。
降りれない。だってバランスが大事なんだもの。やめどきが中々掴めない──じゃなくて。
「……全力で遊んじまった! たっっのしぃんだこれが! ヤバイ! これは……童心!」
なおここまで既にスライダーだの流れるプールだのも堪能済みである。
だって仕方が無いだろう。男は死ぬまで心はガキのまんまなのだ。その上ボディがガキそのものは想定外。
「で、でも! まだギリたえれるもんね!」
それでも強靭な意志をもって立ち上がり人工砂浜から脱出した研司を、アルヴィンがちょいちょいとつついた。
「藤堂氏、アッチはなんダロウネ?」
アルヴィンが指さすのは森に入る小径だった。説明がある──この先カブトムシが沢山採れます。
キラン、と研司の両目が輝いて、「うおお、採り放題だーー!」と駆けこんでいく。慌てず追いかけるアルヴィンの目に浮かぶ笑いは確信犯のそれである。
「びはだのおんせんにはいゆー」
取り残されたジュードがそう希望を述べると、そちらにはユリアンが付き添う事になった。
そうして、各々の時間を堪能して……──。
「おじさん飲み物下さいな」
ジュードと共に気軽に温泉巡りを堪能した後、ユリアンは水分補給にと売店へ向かう。
スタンドの店員にそう話しかけるとき、ニッコリ笑顔を浮かべて──はっきり妹の真似を意識していた自覚は、ある。
一際愛想よく差し出してくる店員に、容量用法には注意が必要だな、などとユリアンは思うのだった。
「はわー、このジュースおいちい……!!」
目を輝かせて搾りたてのフレッシュジュースを堪能するジュードに笑顔を浮かべていると、やがて研司やアルヴィンが戻ってくる。
約束し合ったわけじゃないのに、分散して、それでも自然にこうやって戻ってきて。
それでも、まあ何とかなるだろう、という空気は確実にそこにあった。
気楽に。楽しむ特は楽しんで。多少は振り回し合っても、まあ皆なら付き合ってくれるでしょ? と。
……つまりは、そういう繋がりなのだろう、彼らは。
あそこに行った、あれが美味しかったと互いの話をしあっは笑い合ってから。
楽しかったねと言って、そうして彼らは、皆で揃って終の湯を目指していく。
●
「黒いお湯さん、不思議な感じなのです」
エステル・ソル(ka3983)は暫くの間、ぬくぬく、ゆったりという感じでただ温泉を楽しんでいた。……が。
ふと、異変を感じて湯から上がると、そこにあった鏡に己の姿を映し出す。
今よりもずっと身長も伸びて。胸もあって……もう数年したら。でも、数年経たなければ見られないはずの──穏やかな、『お姉さん』の姿になったエステルがそこに居た。
暫く呆然としていると、聞こえてきた声に思わず振り向く。
愛らしい少女とどこか頼りなさげな少年がそこに居て。その姿が。
「毬ちゃん?」
何故かその姿を、親友の金鹿(ka5959)だと確信して声をかける。少女はエステルの姿を見てわぁ、と感心した声を上げて、そして満面の笑みで抱き着いてきた。やはりこれは金鹿なのだろう。とすると……傍らの少年はキヅカ・リク(ka0038)か。
エステルはぎゅっと金鹿をハグすると……小さな体の感触に、この湯の効能をじわじわと確信する。そして。
「はっ、これならあの人も子ども扱いしません!?」
はたと気が付き、腕を離す。お姉さん気分には少し名残惜しかったが、リクが一緒なら邪魔をすべきでもないだろう。
そうしてエステルは──もしかしたら愛しい人もここに来ていないかと、一目この姿をみせられないかと彷徨い始める。
懐中時計「星読」 で時間を見ながら行動すれば間に合うはず……。
「美人エステはいかがですか~」
「お肌のハリと透明度が上がる、健美の湯ですよー」
……まあ、ものの見事にあちこちのレジャーに引っかかりはしていたが。
やがて、一つの湯。湯煙の向こうに、見覚えのある逞しい男性のシルエットを見た気がして……──
ざばりと足を踏み入れたそここそが『終の湯』──彼女の夢はそこで終わった。
●
「なんだかさびしそうだから、いまだけ小毬のお兄様にしてあげますわ!」
はたしてエステルが聞いたのは、金鹿のそんな声だったか。
どこか寂しそうな様子のリクを金鹿は手を取って引っ張っていく。
放っておけば一人でも駆け出しそうな様子に、リクはしっかりと手を取ってついていく他無かった。
「……あっ! リク兄様、あれはなんですの? わたくし気になりますわ!」
「スライダー? 結構高いよ? 怖くない?」
リクも中学生くらいのサイズに縮んでいるが、金鹿はもっと小さく5歳くらいだ。階段を上がる足元すらおぼつかない。はしゃぐのは良いが、濡れた床は危なくないだろうか……と、健気に付き合ってやりながらも、リクはハラハラドキドキの連続だ。
「スペシャル、ベリー、パンケーキ、一つ下さい……」
やがて少し疲れた様子の金鹿に甘いものでも食べさせてやるかとフードコートで注文するときも、今のリクにはどこか気力を振り絞る必要があった。
「はいどうぞ。兄弟仲良しで良かったねえ」
「はいですの!」
微笑ましく語りかけてくる店員に、元気よく答える金鹿。……対してリクは、咄嗟に声が出なかった。
引きずられている。今の姿──この頃の自分。だけど。
「リク兄様! 美味しいですわこれ! クリームがふわっふわでしてよ!」
「そう? 良かった……は、良いけど慌てない。ほら小毬、クリームついてるよ」
だからこそ今、目の前の存在にまぎれもなく安堵していることを……自覚する。
手を伸ばして頬についたクリームを親指でぐい、と拭ってやると、金鹿は怒ったような顔で顔を赤らめて……ああ、やっぱり金鹿なんだな、と思うと笑みがこぼれた。
一番大きなパンケーキは勿論五歳の金鹿には食べきれなくて、半分以上をリクが食べて。
興味のままにうろつくうちに道が分からなくなっては、頑張って見知らぬ大人に声をかけて道を聞いた。
そうして今は……すっかり疲れてしまった金鹿を背負い終の湯目指して歩いている。
うとうととする気配。眠っちゃうかな、と思った瞬間、不意にしがみつく腕に力が籠った。
「この頃のあなたのこと……ずっと、抱きしめてあげたいと……おもってました……の……」
眠そうな声。たどたどしく背中から紡がれてくるその言葉は。『何時の』金鹿としての言葉だろう。
ゆめうつつ。零れたそれは……現実世界の彼の境遇を聞いてから金鹿がずっと思っていたこと。
「……」
何かを答えようとして。
その前に寝息が聞こえてきて、リクは結局、何も返すことが出来ない。
夢の終わりが近づいてくる。
結局、誰のための、何のための夢だったのだろう。
──目覚めたら、何を想うだろうか。
●
時音 ざくろ(ka1250)は妻の一人であるリンゴ(ka7349)と共にここに居た。
いや、共にというと今は若干違うか。
「いい湯加減……リンゴもこっちに来ればいいのに」
「夫婦ですが節度というものが……そういえばここは混浴できたのでしょうか?」
揶揄うようなざくろの声にきっぱりとリンゴは……言いかけて思い直す。まあ、この夢は全員強制的に水着着用なので実の所混浴には全く問題なかったりするのだが。
そして、そんなこというざくろ自身がリンゴと共に温泉に来ているという事実にドキドキしていたりもして。
結局二人、別々の湯で。その微妙な距離感が生み出す何とも言えない雰囲気に浸っていたりもして……そこそこ長くそれぞれの湯に入っていた、結果。
「綺麗……」
29歳までに成長し、胸こそはさほど変わらなかったものの肢体は更にすらりと伸びて、どこか大人の色香を纏ったリンゴにざくろが呟けば。
「幼いざくろ様かわいい……」
五歳児までに縮み上がり、その中性的な容姿が幼児ならではのぷくぷくとした丸みを帯びて余計に愛らしくなったざくろにリンゴが漏らす。
暫し互いに、見慣れないが間違いなく互いの想い人である、その姿に見蕩れ合い……。
「ではなくてざくろ様、どうやら制限時間内に脱出しなければならないようです」
我に返ったリンゴが慌てて言った。
共に看板を確認し、ざくろも事態を理解すると声を上げる。
「よし、リンゴと一緒に、脱出を目指しちぇ、温泉世界を冒険だね!」
その言葉にリンゴは微笑む。やはり、幼くなってもざくろはざくろ、彼女が惚れた、冒険家の彼なのだ……──
「大丈夫ちっちゃくたって頭脳は……わぁリンゴ、あっちに面白そうな所!」
そうしてざくろは、引き戸を出るなり左手に向かって駆け出すのだった。
……リンゴは把握する。ああ、やはり精神まで幼くなってしまわれたのか。かくなる上は自分がしっかりしなければ……。
とはいえ。
「ざくろ様思いっきり遊んじゃいましょう」
愛する人の邪気の無い笑顔というのはやはり格別なもので。
己が時間をしっかり把握してさえいれば大丈夫だろう……と、思うと、リンゴにもこの場を、そして状況をもう少し楽しみたい気持ちは……あった。
何事にも興味をもって、あちこちにふらふらと駆け巡るざくろの手を、リンゴはしっかり握り続けて。
すっぽり包まれるように密着して滑ったスライダープールにドキドキしたり。
流れる温泉では、借りたボートがひっくり返るなんてハプニングも楽しみながら……最後はリンゴに「時間ですよ」と優しく微笑まれて。
そうして二人は、たっぷり堪能してから終の湯を目指すのだった。
●
ミア(ka7035)は一人で、己の姿を確認して歓声を上げていた。
「ミア、ちっちゃくなっちゃった。ニャははー♪」
白地に向日葵柄のワンピース水着は、サイズに合わせて縮んでいる。そんな己の姿をまじまじと見て、何を想うか──
「あーあ、ここにおかあちゃんとおとうちゃんがいればかんぺきニャのになぁ」
ここで思い出す父母とは実際の血縁のそれでは無く、保護者気質の友人のことだった。
「かぞくごっこでもいいから、ふたりでミアのことぎゅーってしてほしいニャス」
言いながら。誰かがはしゃぐ声は、ずっと遠くに聞こえていて。
家族や特別な友情を感じるそれに、寂しい……と思う気持ちは、今は無かった。
「えへへ、ミアにはおねえちゃんもいるし……おにいちゃんも、いるニャスしな」
──姉は相棒、兄は相棒の想い人。ごっこ、と自分で言っては見たものの……。
「はっ、もうりっぱなかぞくニャス? ……もしかしたら、いつかのみらいよそうずにニャるかも? ニャんてな!」
冗談めかして締めた言葉は。しかし丁度温泉の湯のように、彼女の心を温かくする。
かくして──彼女もまた、ただ全力でここを楽しむ一人になった。
元来、どんなことでも楽しもうとする性格だ。笑って楽しまなきゃ損損……である。
「にゃははーっ!」
水風呂をプールのようにして猫泳ぎで楽しみまくった後。
小さくなったその身体で、バイキングで脅威の食欲を見せ周囲の視線を丸くさせる彼女なのであった。
●
鏡に映る姿は。
身長185cmの、やや鍛えられた感じの──男の身体だった。
メアリ・ロイド(ka6633)はまじまじとその、己の姿を確かめて、告げる。
「……見た目が更に可愛くない感じになってますけど、私ですメアリ・ロイドです」
「……そうですか」
高瀬 康太(kz0274)は、どうしろというのだ、という感じで答えた。……なお、彼は今、彼女になっている。太ももまである実用性の高そうな競泳水着に包まれた姿は普段とさほど変わらない雰囲気だが、意外にというか体形にメリハリはある。
「何を笑っているのですか」
康太さんは女の子になっても可愛いなあと思っていたのだが、速攻で大激怒させても勿体無いので口に出すのは控えておく。
「困ってるんですよ。その、大変申し訳ないのですが眼鏡が曇って見えにくいので……進む時手を繋いでもらってもいいですか?」
そう言ってごまかしとともにちょっと甘えてみた。実際眼鏡が掛けられないと前が見えないレベルの視力なのは事実だ。
「……」
康太は暫く黙っていたが……やがて仕方がないとは思ったのか、「こちらです」とだけ短く言って、メアリの手首をつかんで歩き始めた。素直に手は繋がないあたりが結局康太らしい。
……と。
「メアリー! なーんか男になってっけど間違いない。相変わらず表情がかてーなあ」
唐突にもう一人、男が現れた。身長は今のメアリよりもさらに高く190cmほどか。銀髪に青みがかった緑の目。今は男同士とはいえ、背後から腕を絡ませるようにして抱き着いてくる様はかなりなれなれしい。
「は? 俺はサンダルフォンだけど」
どちら様? と言いたげな視線に、やはり軽薄な様子で答えて……康太と視線が合うと、すっと目を細める。
「そっちは……見たことある。メアリの大事な人だな。2人で楽しんでこいよ。邪魔になる前に俺様は遊んでくるからよ」
そうして、折角得られた人の身だと言いたげに手をひらひらと振って彼は去っていった。
「ええと……すみません」
あっという間に現れては去っていったサンダルフォンに、何と言ったらいいか分からない様子でメアリは言って。
「まあいいですけど……あんなイメージだったんですか?」
やはり何と言えばいいのか分からない康太は、ただ意外そうにそう返した。
そうして。
少しだけ、というメアリに、静かに過ごせるなら、と康太は言って……ともに、右手にあった温泉の一つに二人並んで座っている。
「……これで、幸せですか」
ぽつりと康太が言った。
「ええ」
迷いなく、メアリは答えた。
ならいいです、と、それきり言って康太は答えた。
そう……幸せだ。
「無事に誕生日プレゼントで世界は救ったんで。ちゃんと連れて帰りますからね」
──たとえ、幻想だと分かっていても。
目覚めた後の現実が……どんなものであるか、覚えていても。
幻でもいい。ゆっくり静かに過ごしたい。
こてんとメアリが康太の肩に乗せた頭を、康太が退かそうとすることは無かった。
●
「なんで? なんで?」
「あ~……これは、ですね……」
向けられる、好奇心旺盛な瞳に声。
天央 観智(ka0896)は求められるままに、『人工砂浜にどうやって波を起こしているのか』、その原理の解説をしてやっている──まあもしかしたら別の原理かもしれない、あるいはもっと人知の及ばない何かであるかもしれないが。とりあえず、嘘八百を教えているわけではないから良しとしよう。
なにせ、その尋ね主であるカイラリティ──観智の相棒であったはずのワイバーンが、どうしてこのような姿になっているのか、そのことは説明できずにいるのだから。
二人は気付けば緑の湯に居て。変化に浮かれた幼龍は、更に黒の湯の方にも浸かって。
……結果、見た目の変わらない観智と、二十歳ほどの青年に変化したカイラリティ、一人と一匹──と言うべきなのか、この場合──珍道中、という感じで、あちこち歩いて回っている。
行く先々でカイラリティは様々な疑問を観智に投げつけてきた。
「ふしぎなにおい! なにこれ!」
「硫黄ですね。温泉としてはメジャーな成分で、効能は……」
「のみものにヘンなの入ってる!」
「タピオカですよ。つるんとして美味しいですよ?」
そのまま材料なんかも説明してやるが、果たしてどこまで頭に入っていることだろう。
乾いた砂漠に、水を撒く様に。好奇心旺盛なカイラリティの道中での疑問の数々に、判る範囲内で観智が答えてやりながら、各施設を観て巡っていく。
そうしたやり取りは知識の確認と共に、観智の知的好奇心をも中々に刺激するものではあったが。
(どういう仕組みで、こういう効能が発揮されるのか? ……気には、なりますけれど。分析している時間は……無さそう、ですね)
目の前の存在。それを引き起こしている不思議に再び意識が向かい、探求心が刺激されはするものの……その間も、『制限時間』の事が彼の頭を離れることは無かった。
腑には落ちない。有り得ない変化も、制限時間の事も。
しかし、世の中の理を読み解いて行くには、ある程度まず「そういうものはそういうもの」と受け入れる柔軟さも必要だ。拘泥は思考を停滞させる。
そうしてそぞろ歩いていく中で感じる、居合わせる者たちの楽しげな雰囲気もまた、自由人たる彼の心を満たしてくれるものでもあった。
また相棒の目がどこかに定まる。さて、今度は何を聞かれることだろう。こうしてみると、言葉を交わすことなど無いと思っていたこの──言ってしまえば飛竜らしからぬ──温厚にして好奇心旺盛なこの龍は、なるべくして自分の相棒になったのではないかという気もする。
そうしてたどり着いた終の湯。
約束は違うことなく、変化は消失し帰還の叶ったことを感じると……。
──成程、一先ずこの場は、ルールさえ守れば害は無いと見ていいのだろうか。
今日の研究成果をそう締めくくって、観智は夢から覚めていくのだった。
●
不思議な温泉の、不思議なひととき。
何故そんな夢を見たのか……人それぞれに、思う事はあろうだろうが。
安らぎの時となったのならば、幸い。
楽しげな声、その余韻を吸い込むようにして。
幻の温泉郷はかくして、霞の向こうへとその姿を消していくのであった。
誰にともなく、ミグ・ロマイヤー(ka0665)は呟いた。
両腕を広げ温泉の縁に凭れかかり、側に浮かぶ桶には熱燗の徳利と猪口。寛いだため息からは、すっかり温泉を堪能するつもりの様子が伺える。
とにもかくにも邪神戦で無茶をしてきたから骨休め、といった風情か。
湯煙の向こう、貸すんで見える童の姿とはしゃぐ声にも、良い良い、と耳を傾けては目を細めている。
実に──気分が良い。素直な気持ちだった。黒い湯に浸かるのは何かラーメンのスープなども思わせるが。それを認識した上で、尚。
ああ、そう。彼女は把握している。自分が何湯に浸かっているか。湯煙の向こう、騒ぐ子らが先程までどのようであったか……そして、己が今どのような状態であるか。
把握している。
なおも、情報は収集している。
分析している。
ただ、それでやみくもに大騒ぎして行動を起こさない、というだけ。
元来幼い外見をしているミグは今やすっかり美女へとその姿を変貌させていた。メリハリのついた肉体はそれでも軍人、ドワーフらしくしっかり筋肉がついていたがそれがまた美しさがある。
そのこともまた。分かってはいて。
(……まあ、まだ問題はなかろう)
冷静に判断し、脱出の算段もきっちりとはかりながら……それでもまだもう少し、彼女はこの状況を存分に堪能するつもりのようだった。
●
氷雨 柊(ka6302)はクラン・クィールス(ka6605)と共にこのひとときを過ごしていた。
暖かな湯の感触にほぅ、と息が漏れる。普段からのんびりとした柊はもとより、いつもは淡々としたクランですら、今は穏やかな雰囲気を隠さずにいる。
どうして、いつここに来たのか。良くわからないけど、そんなことは些細なことに思えた。大切な人との、ゆったりとした時間。いつもは張りつめているような相手が安らいだ時間を過ごせているなら、それ以上に大事なことなどあるだろうか。
「ぽかぽかですねぇ、クランさん……」
「あぁ……本当だな。気持ちが良いし疲れが取れる……」
白く濁る湯を手のひらに掬いとりながら、他愛の無い言葉を溢せば、やはり返ってくる飾らない台詞。柊は微笑を浮かべてクランの方を見て……。
「……はにゃっ!? クランさ、え? えっ??」
直後柊は、顔だけクランに向けた姿勢のまま硬直して、悲鳴めいた声を上げていた。
「……? 何だ、急に狼狽えて……」
「か、可愛くなってますよぅ!」
「かわいくなった? 何を訳の分からん……」
急に落ち着きを無くした柊に、はじめはやれやれといった様子のクランだったが、そうして柊に視線を向けるや否や、彼も違和感を覚えてまじまじと柊の姿を見る。
「……柊。お前こそ何か……いつにも増して小さくない、か?」
呆然と。見たままを口にしながらクランは少しずつ事態を理解し始める。彼女は俺に向かってなんと言った? 俺がそんな形容をされるようなことなど何が考えられる?
まさか、と言いたくてクランは視線を巡らせる。近くにあった鏡──いや、こんな近くに鏡があって今まで気付かなかったのかというのは一旦さておき──は、否定されてほしかった己の予想を裏付けるものを写し出していた。
柊も同じように鏡に己の姿を確認して目をぱちくりさせている。
「……。な、なんっ……は……!? どういう……いや湯か、湯の所為かっ!? 効能とでも言うつもりか!」
元に戻る方法は、と、兎に角もっと情報を、とクランは移動しようとして……ぐ、と腕に抵抗を覚えて振り向く。そこには、
「……おい。なんだその心なしか輝いた目は」
「今の姿も可愛いですけれどー、もっと小さなクランさんはどんな感じなんでしょう……」
興味津々な柊の表情に、クランはまともに顔をひきつらせる。
「こ、これ以上浸かるなんて冗談も程々にしろ……!? 今でも妙に違和感を覚えてるんだぞ物理的にも精神的にも! もっと小さくなんてゾッとする……!」
「……ちっちゃいのダメですかー? ね、ほんの少しだけ! ね? 可愛いクランさんが見たいなーー」
「ほんのちょっともだ・め・だ! ほらさっさと……、」
「あっ待って上がらないで! 本当に少しだけですからー!」
「……いやにしつこいな今回は……!?」
果たしてそれもまた、若返った効能なのか。いつになく粘る柊と、どうにも上手くかわしきれないクランと。
十歳ほどの姿で、傍目に可愛らしくそのまま白の湯で騒ぎ続ける二人が、最終的にどうなったかは……二人だけが知る。
●
「閉じ込められるのか……」
何か想像してたのと違う、と、マチルダ・スカルラッティ(ka4172)はポツリと呟いた。
記憶は朧気だが、幻獣と温泉に入れると聞いてやって来た……気がする。
が、連れてきたつもりの存在は近くには居なかった。何か手違いがあったらしい。
寝床と食料とを提供してくれて、いろんな効能の温泉にも入れて楽しめるんだったら、もういいかな、などとも少し思ったが、こうなると帰らない訳にもいくまい。
やれやれと緑の湯から上がって歩き始めると、近くをきゃあきゃあと一人と一匹が駆け抜けていく。その後を保護者のようについていく女性二人まで見送ってから、ふとまた考える。
先に行った、一人の方はどこか猫科めいていたし、一匹の方こそ何処か人間臭かった気もする。
効能の看板の説明を思い出した。つまり彼女らが、そういうことなのか。……自分も幻獣と共に来ていたら──空を飛んでみたりも出来たのか。
「……いや、飛べるのかしらね」
ふと思考が巡る。飛ぶための羽の動かし方なんて姿が変わっただけですぐに実践出来るものなのか?
とはいえ本来四足歩行の幻獣が容易く二足で歩いているところを見るにそこはどうにかなる気もする。
なんとは無しに周囲に視線を巡らせては見るが、飛行を試している者は居ないようだった。思考実験だけを楽しんで──結論としては、変わってみて飛べなかったらかなり損した気がするからいっそ出来なくて良かった、と思うことにした。
そうして視線はなんとなくそのまま、先程の一行が走り去っていった先へ。
「プールかあ」
暑いしいいかも、と、スライダーの設置された立派なそれを見て思う。
時間はあるのだから一日くらい遊んでいっても良いだろう。
異常事態、ではある。それをきちんと把握もしているのだが……。
その上で害はないと冷静に判断したのか、マチルダはそのまま十分にプール──特にスライダーを堪能して、彼女はその後やはり落ち着いて脱出を果たしたのだった。
●
さてマチルダが見た一行とは。
「ご主人様~!」
湯から上がったところで、七歳くらいの少女に飛び付かれて、鞍馬 真(ka5819)は一瞬、混乱をきたした。
「え、シトロン!?」
見上げてくる緑の瞳、それが己へと向ける感情に、少女の姿をしたそれが共に来た幻獣であることはすぐに理解した。慌てるのはそんなこと(?)より──
(控え目に言って事案では???)
アラサー男子が少女に抱きつかれあまつさえご主人様などと呼ばせてるこの状況。
更に。
「真さん、一緒にあそぶですーっ」
加えてそこに飛び込んでくるもう一人が居た。
年のころは12、3といったところだろうか。くりくりとした蒼い瞳が愛らしい、フリフリの白のワンピースを纏った姿。
「わぅ、僕ですー。アルマです……」
言われて真は改めて相手を確認する。
声こそ高くなってはいるが、確かに喋り方と雰囲気は友人のアルマ・A・エインズワース(ka4901)だと思った。
「わふん。白いお湯に浸かったです……大体10年前位の姿です?」
そう説明してくるアルマに、真は何を思っていたかというと。
「やあアルマ君。……女の子に見えるね」
アルマが変貌していたのはあくまで年齢のみではあったが。それでも、元の容姿と服装のせいでその姿は完全に美少女だ。
つまり。
「……より事案っぽさが増したよねこれ……」
頭を抱えたくなって俯くと、そこでようやく真は己の変化にも気が付いた。普通の男性用水着で入ったはずの胸元が控えめなワンピースタイプの水着に覆われており、それに沿って身体を確かめればその装いに相応しい慎ましいながら丸みを帯びた肉体に変わっている。そこに──その姿に対して『余計な物』はついていない。
女装させられている、ではない。これはつまり──
「女性になってて良かったかも……。危うく通報されるところだった」
いや、良いのかそれで。
「ここまでハンターとして真面目にやってきたのに、社会的に死ぬなんて冗談じゃないし……」
良いなら良いんだが。
そんなわけで自身の変身については誰一人とりたてて騒ぐことのない一行なのであった。……いや。
「もふもふは至高なので皆さん黄色に入るべきだと思うです。入るべきでs」
真に会いに来るまでに温泉の効能は確認していたのだろうアルマが捲し立てるように言いだして……不意に途中で止まる。
ふわり。アルマの視界が急にそこで上昇したからだ。
元に戻った……訳では無い。ぶらり、その足は宙に浮いている。
「うちの子が失礼しましたぁ」
背後からアルマの首根っこを持ち上げる姿勢でそう言ってきたのは、エルフの女性だった。
青みがかった白髪にスレンダーな体系。今度こそ真には完璧に見覚えが無い。
「……あら? 私ったら、自己紹介もしないで。イェジドのコメットですー」
だが名乗られた名には覚えがあった。アルマと共にいる幻獣。本人よりもさらに間延びした声の、あらあらうふふという態度のほんわかとした雰囲気を纏った彼女は──アルマを掴み上げたそのまま黄の湯の上まで運搬すると、慈悲も何もなく手を離し沈めた。
アルマは子供の姿からさらに、白いワンピース水着だけ纏った黒の子犬の姿になった。
『……ひどいです』
きゃんきゃんと吠え立てる声に重なって、抗議の思念が聞こえてくる。そんなアルマにコメットはやはり大らかな雰囲気──揺るがないという絶対感でもある──で、「だめよー? アルマちゃん」と騒ぐアルマをニコニコと窘めるのみだった。
拗ねた様子のアルマがとぼとぼとコメットから離れていくのを、苦笑して真が抱え上げる──ああ、もふもふが至高だというのに異論はない。抱え上げ、毛並みに添って撫でるその感触に真がうっとりと目を細めると、アルマも満足げに小さく身体を震わせた。
互いに癒し癒され合うそのひとときに……くいくいと腕を引っ張られる感触に真が向き直る。
シトロンが何かを訴える眼で真を穴が開くほど見つめてきていた。
「ごめんごめん」
片腕でアルマを抱え直しながらシトロンの頭をなでてやると、くっついてくるシトロンに真はまた微笑むのだった。
そうして、状況を確認し合った一行は、共に終の湯を目指すことにする。
……案の定というか、進んですぐに広がるプールにアルマとシトロンがまんまと駆け寄っていったわけだが。
「アルマちゃーん、ちゃんと時間には気を付けるのよー」
『分かってるですー!』
コメットがはしゃぐ一人と一匹──この場合どっちが一人でどっちが一匹だ?──に声をかけると、キャンキャンという吠え声と共に返事が返ってくる。
折よくプールサイドには寝ころびようの椅子も用意されていたので、真とコメットはそこでしばらく見守る体勢だ。
「すみませんねえ? うちの子が」
「いえいえ、シトロンも楽しそうですし」
ウォータースライダーが気に入ったらしく、何度もひと固まりになって滑り降りているアルマとシトロンを見守りながら、そんな会話を交わす真とコメット。
……レジャー先で子供の同級生に出会ったオカン同士か何かかな?
なんというか……夏休みを思わせる光景である。
(最近は色々あって疲れてるし、たまには何も考えずにぼーっとするのも良いね……)
真はそうして、はしゃぐアルマやシトロンの声、のんびり語りかけるコメットの声に浸りながら、少し気を緩めるのだった。
●
──一方そのころ。一人のハンターが、身も心も作り替えようとするこの地の罠に必死で抗っていた。
触れる掌の感触にボルディア・コンフラムス(ka0796)はゆるりと反応する。
「ホラ主、ここが気持ちいいんだろう……? 分かってるんだ」
(悔しい……でもっ、あぁっ!)
甘くささやかれる声はどこか酷薄さも含んでいて。揶揄うようなそれにボルディアは必死で矜持を保とうと睨み付けるが、その実心地よさに声を上げることも出来ずにいる。
歪虚にすら怖れられねじ伏せてきた屈強な女戦士の姿は今はそこにはない。今の彼女は女というより雌と言うべき姿だった──だってイェジドになってるんだもの。
そんな彼女に寄りかかるようにしながら彼女を撫でる青年は、彼女の相棒にして本来は逆に本来は彼がイェジドのヴァンである。
元がイェジドであるがゆえに彼がボルディアを撫でる手つきは的確そのものだった。首回りや背筋。どう毛並みを掻き分ければ不快でなく、どうなぞれば心地よさが連続していくかをよく分かっていて……初めての感覚(そりゃあ、イェジドになって撫でられた感覚なんて普通人間は知らなかろう)にボルディアが骨抜きにされるまで、さして時間はかからなかった。
この地に来て。ボルディアは黄の湯に、ヴァンは緑の湯に入って、互いの種族が入れ替わって──なんでそんな怪しげなのに行った、等と言ってやってはいけない。この世界には抗いようのない大宇宙の意志とも言うべきものがあるのだ──ヴァンが提案してきたのは、『いい機会なので今だけ主従を入れ替わってはどうか』というものだった。
ボルディアは当然拒否。あくまで自分が上ということを示そうとして……今の攻防に至るのだが。
(このままじゃヴァンにいいようにされて……は、早く出ねぇと俺が俺で無くなっちまう!)
必死で保ち続けるその理性が、このまま撫でられ続けていても動けないという事を理解もしてしまう。
とにかく状況を動かすには、と考えて。出した結論は、一先ずこの戦いに決着をつけること、だった──たとえそれが一時の敗北という形でも。
一旦は主従を入れ替えることを受け入れると、ヴァンは優しく笑って立ち上がった。じゃあ行こうか、とヴァンが先導する形で進み始めると、ボルディアはほっと息を吐く。このまま終の湯に辿り着いてしまえば──
そうして勿論ヴァンは、こんな状況時間ギリギリまで堪能しようとするに決まっているのであった。
この後、ペット用のトリートメントやエステショップに連れまわされリラックスさせられた挙句、温泉で念入りに身体を洗われる運命のボルディアである。
「主、とてもいい顔をしているぞ。目がとろんとしてすごく気持ちよさそうだ」
……やはりシャンプーの技術も的確なヴァンだった。
ただ。
そんな風に女性に対して強気に出られるのはボルディアに対してだけで、時折傍に違う女性が通りがかる度に緊張しているのも、ボルディアに見抜かれたりしてはいたが。
(まあ……良いか)
そんなわけで、なんだかんだ、きちんと脱出するその時まで。ちょっと変わった一人と一匹の時間を楽しんだのであった。
立場を保つために脱出を渋るような事は無かったことを鑑みると、なんだかんだ、彼なりに激戦続きのボルディアを労わろうとしたのではないかという気も……する。
●
「……あからさまに普通の温泉の色じゃないよね、コレ。噂に聞くリアルブルーの家庭用人工温泉かな……?」
呟いたのはユリアン・クレティエ(ka1664)だったか。
視線を受けてアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は肩を竦めた。
……どうしてここに居るのかはよく分からない。分かるのは、周りに居るのが信頼と親愛を捧げる【神託】の面々というだけで──そしてそれだけでアルヴィンにとっては十分だった。よく分からないけど楽しそうな場所なら……皆で遊べたらそれが良いな、と。
そんな彼の想いを受けた……のかは分からないけど。
「悩んでも仕方ねぇ! 男の褌の色! 白の湯にレッツゴー!」
藤堂研司(ka0569)がそう言って勢いよく一つの温泉に飛び込むと、ジュード・エアハート(ka0410)もつられるようにきゃあきゃあと声と飛沫を上げて乗り込んでいく。
ユリアンもまあ……ここが一番無難そうだよねとそれに続いて……アルヴィンはやはり、皆と一緒ならそれでいいのか、輪の中に入っていく。
そうして一行は、和気あいあいと暫くその場で過ごして……。
──視界やら諸々の変化に、初めに違和感を覚えたのは研司だったか。
「ぬぅ! これは……声が! 甲高い! ついでに歩幅が異様に狭い!!」
大声を上げて立ち上がると、皆一様に状況を理解したのだった。
「……ガキンチョだ! 具体的には5歳くらいだ! そういうお湯か!」
鏡に映した己の姿に研司が叫べば。
「わーい、こどものみんなかーいーねぇ」
舌っ足らずな口調の歓声がそれに続く。
皆が振り返ればそこに居るのは。
お肌はつるつるすべすべぷにぷにのもち肌。
髪の毛もつやつやさらさらで天使の輪っか。
くりくりキラキラなおっきなおめめ。
そして何故か女児用ワンピース水着(※別に赤の湯には入っていない)。
『ジュードくん5しゃい』。そこに居るのはそんな、完璧なるロリコンホイホイな姿だった。
「……お? はは、アルヴィンさんもジュードさんも可愛いなぁ。研司さんもこう未来の筋肉の兆しが既にって感じで」
十歳くらいになったユリアンは、皆の姿を眺めると穏やかな声で言った。なんとなく驚きより懐かしさが先に来るのは、弟妹と賑やかに過ごしていた幼少時代を思い出すから……なの、か……。
そこまで思って続いて蘇ったのは、幼い弟妹達に散々に振り回されタックルされ昼寝をすればお腹を枕にされ……といった数々の記憶だった。
「……」
それは、防衛本能と言うべきものなのだろうか。心を無にしたユリアンの足は赤の湯に向かっていた。
飛び込むようにそこに入って出てきたユリアンの姿は、幼いころの妹にそっくりであったという。
そうして、やはり小さくなったアルヴィンは。そんな一行を見回して……やはりただ、楽しそうにコロコロ笑っていた。悪戯っぽいその笑みは、子供っぽいようで……普段と変わらない彼でもある様に、見えた。
そんな一行が、いよいよこの温泉の本拠地とも言える場所へと挑んでいく──
「りっちー、ゆいあんしゃん、とーどーしゃん、まってー」
ジュードが必死で声を上げる。自慢の脚線美もみじかくなって、とてとて走る様ははっきり言って遅い。
振り返ってその距離に気付いた研司がはっと我に返る。
研司は今、レンタルされていたビニール筏の上で絶賛波に乗っている所だった。ざばりと跳ねる水面。絶妙なバランスを保てば心地よく身体を揺らす。
降りれない。だってバランスが大事なんだもの。やめどきが中々掴めない──じゃなくて。
「……全力で遊んじまった! たっっのしぃんだこれが! ヤバイ! これは……童心!」
なおここまで既にスライダーだの流れるプールだのも堪能済みである。
だって仕方が無いだろう。男は死ぬまで心はガキのまんまなのだ。その上ボディがガキそのものは想定外。
「で、でも! まだギリたえれるもんね!」
それでも強靭な意志をもって立ち上がり人工砂浜から脱出した研司を、アルヴィンがちょいちょいとつついた。
「藤堂氏、アッチはなんダロウネ?」
アルヴィンが指さすのは森に入る小径だった。説明がある──この先カブトムシが沢山採れます。
キラン、と研司の両目が輝いて、「うおお、採り放題だーー!」と駆けこんでいく。慌てず追いかけるアルヴィンの目に浮かぶ笑いは確信犯のそれである。
「びはだのおんせんにはいゆー」
取り残されたジュードがそう希望を述べると、そちらにはユリアンが付き添う事になった。
そうして、各々の時間を堪能して……──。
「おじさん飲み物下さいな」
ジュードと共に気軽に温泉巡りを堪能した後、ユリアンは水分補給にと売店へ向かう。
スタンドの店員にそう話しかけるとき、ニッコリ笑顔を浮かべて──はっきり妹の真似を意識していた自覚は、ある。
一際愛想よく差し出してくる店員に、容量用法には注意が必要だな、などとユリアンは思うのだった。
「はわー、このジュースおいちい……!!」
目を輝かせて搾りたてのフレッシュジュースを堪能するジュードに笑顔を浮かべていると、やがて研司やアルヴィンが戻ってくる。
約束し合ったわけじゃないのに、分散して、それでも自然にこうやって戻ってきて。
それでも、まあ何とかなるだろう、という空気は確実にそこにあった。
気楽に。楽しむ特は楽しんで。多少は振り回し合っても、まあ皆なら付き合ってくれるでしょ? と。
……つまりは、そういう繋がりなのだろう、彼らは。
あそこに行った、あれが美味しかったと互いの話をしあっは笑い合ってから。
楽しかったねと言って、そうして彼らは、皆で揃って終の湯を目指していく。
●
「黒いお湯さん、不思議な感じなのです」
エステル・ソル(ka3983)は暫くの間、ぬくぬく、ゆったりという感じでただ温泉を楽しんでいた。……が。
ふと、異変を感じて湯から上がると、そこにあった鏡に己の姿を映し出す。
今よりもずっと身長も伸びて。胸もあって……もう数年したら。でも、数年経たなければ見られないはずの──穏やかな、『お姉さん』の姿になったエステルがそこに居た。
暫く呆然としていると、聞こえてきた声に思わず振り向く。
愛らしい少女とどこか頼りなさげな少年がそこに居て。その姿が。
「毬ちゃん?」
何故かその姿を、親友の金鹿(ka5959)だと確信して声をかける。少女はエステルの姿を見てわぁ、と感心した声を上げて、そして満面の笑みで抱き着いてきた。やはりこれは金鹿なのだろう。とすると……傍らの少年はキヅカ・リク(ka0038)か。
エステルはぎゅっと金鹿をハグすると……小さな体の感触に、この湯の効能をじわじわと確信する。そして。
「はっ、これならあの人も子ども扱いしません!?」
はたと気が付き、腕を離す。お姉さん気分には少し名残惜しかったが、リクが一緒なら邪魔をすべきでもないだろう。
そうしてエステルは──もしかしたら愛しい人もここに来ていないかと、一目この姿をみせられないかと彷徨い始める。
懐中時計「星読」 で時間を見ながら行動すれば間に合うはず……。
「美人エステはいかがですか~」
「お肌のハリと透明度が上がる、健美の湯ですよー」
……まあ、ものの見事にあちこちのレジャーに引っかかりはしていたが。
やがて、一つの湯。湯煙の向こうに、見覚えのある逞しい男性のシルエットを見た気がして……──
ざばりと足を踏み入れたそここそが『終の湯』──彼女の夢はそこで終わった。
●
「なんだかさびしそうだから、いまだけ小毬のお兄様にしてあげますわ!」
はたしてエステルが聞いたのは、金鹿のそんな声だったか。
どこか寂しそうな様子のリクを金鹿は手を取って引っ張っていく。
放っておけば一人でも駆け出しそうな様子に、リクはしっかりと手を取ってついていく他無かった。
「……あっ! リク兄様、あれはなんですの? わたくし気になりますわ!」
「スライダー? 結構高いよ? 怖くない?」
リクも中学生くらいのサイズに縮んでいるが、金鹿はもっと小さく5歳くらいだ。階段を上がる足元すらおぼつかない。はしゃぐのは良いが、濡れた床は危なくないだろうか……と、健気に付き合ってやりながらも、リクはハラハラドキドキの連続だ。
「スペシャル、ベリー、パンケーキ、一つ下さい……」
やがて少し疲れた様子の金鹿に甘いものでも食べさせてやるかとフードコートで注文するときも、今のリクにはどこか気力を振り絞る必要があった。
「はいどうぞ。兄弟仲良しで良かったねえ」
「はいですの!」
微笑ましく語りかけてくる店員に、元気よく答える金鹿。……対してリクは、咄嗟に声が出なかった。
引きずられている。今の姿──この頃の自分。だけど。
「リク兄様! 美味しいですわこれ! クリームがふわっふわでしてよ!」
「そう? 良かった……は、良いけど慌てない。ほら小毬、クリームついてるよ」
だからこそ今、目の前の存在にまぎれもなく安堵していることを……自覚する。
手を伸ばして頬についたクリームを親指でぐい、と拭ってやると、金鹿は怒ったような顔で顔を赤らめて……ああ、やっぱり金鹿なんだな、と思うと笑みがこぼれた。
一番大きなパンケーキは勿論五歳の金鹿には食べきれなくて、半分以上をリクが食べて。
興味のままにうろつくうちに道が分からなくなっては、頑張って見知らぬ大人に声をかけて道を聞いた。
そうして今は……すっかり疲れてしまった金鹿を背負い終の湯目指して歩いている。
うとうととする気配。眠っちゃうかな、と思った瞬間、不意にしがみつく腕に力が籠った。
「この頃のあなたのこと……ずっと、抱きしめてあげたいと……おもってました……の……」
眠そうな声。たどたどしく背中から紡がれてくるその言葉は。『何時の』金鹿としての言葉だろう。
ゆめうつつ。零れたそれは……現実世界の彼の境遇を聞いてから金鹿がずっと思っていたこと。
「……」
何かを答えようとして。
その前に寝息が聞こえてきて、リクは結局、何も返すことが出来ない。
夢の終わりが近づいてくる。
結局、誰のための、何のための夢だったのだろう。
──目覚めたら、何を想うだろうか。
●
時音 ざくろ(ka1250)は妻の一人であるリンゴ(ka7349)と共にここに居た。
いや、共にというと今は若干違うか。
「いい湯加減……リンゴもこっちに来ればいいのに」
「夫婦ですが節度というものが……そういえばここは混浴できたのでしょうか?」
揶揄うようなざくろの声にきっぱりとリンゴは……言いかけて思い直す。まあ、この夢は全員強制的に水着着用なので実の所混浴には全く問題なかったりするのだが。
そして、そんなこというざくろ自身がリンゴと共に温泉に来ているという事実にドキドキしていたりもして。
結局二人、別々の湯で。その微妙な距離感が生み出す何とも言えない雰囲気に浸っていたりもして……そこそこ長くそれぞれの湯に入っていた、結果。
「綺麗……」
29歳までに成長し、胸こそはさほど変わらなかったものの肢体は更にすらりと伸びて、どこか大人の色香を纏ったリンゴにざくろが呟けば。
「幼いざくろ様かわいい……」
五歳児までに縮み上がり、その中性的な容姿が幼児ならではのぷくぷくとした丸みを帯びて余計に愛らしくなったざくろにリンゴが漏らす。
暫し互いに、見慣れないが間違いなく互いの想い人である、その姿に見蕩れ合い……。
「ではなくてざくろ様、どうやら制限時間内に脱出しなければならないようです」
我に返ったリンゴが慌てて言った。
共に看板を確認し、ざくろも事態を理解すると声を上げる。
「よし、リンゴと一緒に、脱出を目指しちぇ、温泉世界を冒険だね!」
その言葉にリンゴは微笑む。やはり、幼くなってもざくろはざくろ、彼女が惚れた、冒険家の彼なのだ……──
「大丈夫ちっちゃくたって頭脳は……わぁリンゴ、あっちに面白そうな所!」
そうしてざくろは、引き戸を出るなり左手に向かって駆け出すのだった。
……リンゴは把握する。ああ、やはり精神まで幼くなってしまわれたのか。かくなる上は自分がしっかりしなければ……。
とはいえ。
「ざくろ様思いっきり遊んじゃいましょう」
愛する人の邪気の無い笑顔というのはやはり格別なもので。
己が時間をしっかり把握してさえいれば大丈夫だろう……と、思うと、リンゴにもこの場を、そして状況をもう少し楽しみたい気持ちは……あった。
何事にも興味をもって、あちこちにふらふらと駆け巡るざくろの手を、リンゴはしっかり握り続けて。
すっぽり包まれるように密着して滑ったスライダープールにドキドキしたり。
流れる温泉では、借りたボートがひっくり返るなんてハプニングも楽しみながら……最後はリンゴに「時間ですよ」と優しく微笑まれて。
そうして二人は、たっぷり堪能してから終の湯を目指すのだった。
●
ミア(ka7035)は一人で、己の姿を確認して歓声を上げていた。
「ミア、ちっちゃくなっちゃった。ニャははー♪」
白地に向日葵柄のワンピース水着は、サイズに合わせて縮んでいる。そんな己の姿をまじまじと見て、何を想うか──
「あーあ、ここにおかあちゃんとおとうちゃんがいればかんぺきニャのになぁ」
ここで思い出す父母とは実際の血縁のそれでは無く、保護者気質の友人のことだった。
「かぞくごっこでもいいから、ふたりでミアのことぎゅーってしてほしいニャス」
言いながら。誰かがはしゃぐ声は、ずっと遠くに聞こえていて。
家族や特別な友情を感じるそれに、寂しい……と思う気持ちは、今は無かった。
「えへへ、ミアにはおねえちゃんもいるし……おにいちゃんも、いるニャスしな」
──姉は相棒、兄は相棒の想い人。ごっこ、と自分で言っては見たものの……。
「はっ、もうりっぱなかぞくニャス? ……もしかしたら、いつかのみらいよそうずにニャるかも? ニャんてな!」
冗談めかして締めた言葉は。しかし丁度温泉の湯のように、彼女の心を温かくする。
かくして──彼女もまた、ただ全力でここを楽しむ一人になった。
元来、どんなことでも楽しもうとする性格だ。笑って楽しまなきゃ損損……である。
「にゃははーっ!」
水風呂をプールのようにして猫泳ぎで楽しみまくった後。
小さくなったその身体で、バイキングで脅威の食欲を見せ周囲の視線を丸くさせる彼女なのであった。
●
鏡に映る姿は。
身長185cmの、やや鍛えられた感じの──男の身体だった。
メアリ・ロイド(ka6633)はまじまじとその、己の姿を確かめて、告げる。
「……見た目が更に可愛くない感じになってますけど、私ですメアリ・ロイドです」
「……そうですか」
高瀬 康太(kz0274)は、どうしろというのだ、という感じで答えた。……なお、彼は今、彼女になっている。太ももまである実用性の高そうな競泳水着に包まれた姿は普段とさほど変わらない雰囲気だが、意外にというか体形にメリハリはある。
「何を笑っているのですか」
康太さんは女の子になっても可愛いなあと思っていたのだが、速攻で大激怒させても勿体無いので口に出すのは控えておく。
「困ってるんですよ。その、大変申し訳ないのですが眼鏡が曇って見えにくいので……進む時手を繋いでもらってもいいですか?」
そう言ってごまかしとともにちょっと甘えてみた。実際眼鏡が掛けられないと前が見えないレベルの視力なのは事実だ。
「……」
康太は暫く黙っていたが……やがて仕方がないとは思ったのか、「こちらです」とだけ短く言って、メアリの手首をつかんで歩き始めた。素直に手は繋がないあたりが結局康太らしい。
……と。
「メアリー! なーんか男になってっけど間違いない。相変わらず表情がかてーなあ」
唐突にもう一人、男が現れた。身長は今のメアリよりもさらに高く190cmほどか。銀髪に青みがかった緑の目。今は男同士とはいえ、背後から腕を絡ませるようにして抱き着いてくる様はかなりなれなれしい。
「は? 俺はサンダルフォンだけど」
どちら様? と言いたげな視線に、やはり軽薄な様子で答えて……康太と視線が合うと、すっと目を細める。
「そっちは……見たことある。メアリの大事な人だな。2人で楽しんでこいよ。邪魔になる前に俺様は遊んでくるからよ」
そうして、折角得られた人の身だと言いたげに手をひらひらと振って彼は去っていった。
「ええと……すみません」
あっという間に現れては去っていったサンダルフォンに、何と言ったらいいか分からない様子でメアリは言って。
「まあいいですけど……あんなイメージだったんですか?」
やはり何と言えばいいのか分からない康太は、ただ意外そうにそう返した。
そうして。
少しだけ、というメアリに、静かに過ごせるなら、と康太は言って……ともに、右手にあった温泉の一つに二人並んで座っている。
「……これで、幸せですか」
ぽつりと康太が言った。
「ええ」
迷いなく、メアリは答えた。
ならいいです、と、それきり言って康太は答えた。
そう……幸せだ。
「無事に誕生日プレゼントで世界は救ったんで。ちゃんと連れて帰りますからね」
──たとえ、幻想だと分かっていても。
目覚めた後の現実が……どんなものであるか、覚えていても。
幻でもいい。ゆっくり静かに過ごしたい。
こてんとメアリが康太の肩に乗せた頭を、康太が退かそうとすることは無かった。
●
「なんで? なんで?」
「あ~……これは、ですね……」
向けられる、好奇心旺盛な瞳に声。
天央 観智(ka0896)は求められるままに、『人工砂浜にどうやって波を起こしているのか』、その原理の解説をしてやっている──まあもしかしたら別の原理かもしれない、あるいはもっと人知の及ばない何かであるかもしれないが。とりあえず、嘘八百を教えているわけではないから良しとしよう。
なにせ、その尋ね主であるカイラリティ──観智の相棒であったはずのワイバーンが、どうしてこのような姿になっているのか、そのことは説明できずにいるのだから。
二人は気付けば緑の湯に居て。変化に浮かれた幼龍は、更に黒の湯の方にも浸かって。
……結果、見た目の変わらない観智と、二十歳ほどの青年に変化したカイラリティ、一人と一匹──と言うべきなのか、この場合──珍道中、という感じで、あちこち歩いて回っている。
行く先々でカイラリティは様々な疑問を観智に投げつけてきた。
「ふしぎなにおい! なにこれ!」
「硫黄ですね。温泉としてはメジャーな成分で、効能は……」
「のみものにヘンなの入ってる!」
「タピオカですよ。つるんとして美味しいですよ?」
そのまま材料なんかも説明してやるが、果たしてどこまで頭に入っていることだろう。
乾いた砂漠に、水を撒く様に。好奇心旺盛なカイラリティの道中での疑問の数々に、判る範囲内で観智が答えてやりながら、各施設を観て巡っていく。
そうしたやり取りは知識の確認と共に、観智の知的好奇心をも中々に刺激するものではあったが。
(どういう仕組みで、こういう効能が発揮されるのか? ……気には、なりますけれど。分析している時間は……無さそう、ですね)
目の前の存在。それを引き起こしている不思議に再び意識が向かい、探求心が刺激されはするものの……その間も、『制限時間』の事が彼の頭を離れることは無かった。
腑には落ちない。有り得ない変化も、制限時間の事も。
しかし、世の中の理を読み解いて行くには、ある程度まず「そういうものはそういうもの」と受け入れる柔軟さも必要だ。拘泥は思考を停滞させる。
そうしてそぞろ歩いていく中で感じる、居合わせる者たちの楽しげな雰囲気もまた、自由人たる彼の心を満たしてくれるものでもあった。
また相棒の目がどこかに定まる。さて、今度は何を聞かれることだろう。こうしてみると、言葉を交わすことなど無いと思っていたこの──言ってしまえば飛竜らしからぬ──温厚にして好奇心旺盛なこの龍は、なるべくして自分の相棒になったのではないかという気もする。
そうしてたどり着いた終の湯。
約束は違うことなく、変化は消失し帰還の叶ったことを感じると……。
──成程、一先ずこの場は、ルールさえ守れば害は無いと見ていいのだろうか。
今日の研究成果をそう締めくくって、観智は夢から覚めていくのだった。
●
不思議な温泉の、不思議なひととき。
何故そんな夢を見たのか……人それぞれに、思う事はあろうだろうが。
安らぎの時となったのならば、幸い。
楽しげな声、その余韻を吸い込むようにして。
幻の温泉郷はかくして、霞の向こうへとその姿を消していくのであった。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/08/16 02:33:41 |