ゲスト
(ka0000)
【血断】死線の上で
マスター:猫又ものと
- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
- 500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/08/20 07:30
- 完成日
- 2019/09/10 07:28
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
パシュパティ砦陥落の一報は、辺境の地を不安に陥れた。
幻獣の森、パシュパティ砦と瞬く間に辺境の地は闇へ染まっていく。生き延びる場所を探し求めた人々は、要塞『ノアーラ・クンタウ』へと足を運ぶ。
「ヴェルナー様、かなり厳しい状態です」
審問部隊『ベヨネッテ・シュナイダー(銃剣の仕立て屋)』隊長メイ・リー・スーの報告を受け、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は深刻そうな顔を浮かべる。
これは歪虚側の――計略だ。
わざと民を生かして西へ逃がしている。
民をノアーラ・クンタウへ集めれば、要塞の人口密集度は上がる。食料は瞬く間に消えていき、衛生面も治安も悪化する。混乱に陥る要塞を前に歪虚は一気に攻撃。そうなれば辺境の民は歪虚の前に虐殺だ。
「ヴェドルのドワーフにも協力を仰いで下さい。今、民を見捨てれば要塞内で暴動が発生する恐れもあります」
歪虚の軍が攻め寄せる事は既に周知の事実だ。
現時点で辺境ドワーフの王ヨアキム(kz0011)は行方不明となっているが、今ヨアキムの娘カペラ(kz0064)とキュジィ・アビトゥーア(kz0078)が対応してくれている。
「大丈夫かな?」
心配そうな面持ちのファリフ・スコール(kz0009)。
「はい。何とかなるでしょう」
「ヴェルナー……歪虚の戦いはどうする?」
腕を組み黙って耳を傾けていた部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は口を開く。
「敵は正面からノアーラ・クンタウを攻撃します。
ですが、この要塞での籠城は無理です。既に民が多く流れ込んでいます。要塞前の平地に布陣してぶつかる他ありません」
「歪虚の誘いに乗るってこと?」
ファリフは問い掛けた。
ヴェルナーは首を横に振る。
「いいえ。バタルトゥさんが騎馬隊を引き連れて正面から歪虚側へ突撃を開始します。
敵が正面に目を惹き付けている間に各方向から同時に強襲を仕掛けて包囲殲滅を図ります」
「この作戦は前面の部隊があまりにも危険過ぎないかな?」
作戦を聞いたファリフは不安を覚えた。
正面からぶつかる部隊は敵の猛攻に身を晒すことになる。それは正面の部隊が文字通り命を賭した戦いを強いられる事になる。
だが――。
「……構わない」
バタルトゥは、はっきりと断言した。
バタルトゥは戦う為に戻ってきた。
残された時間も少ない。
たとえ、泥と血に塗れて赤き大地に斃れる最期でも――。
その覚悟はヴェルナーにも伝わっていた。
「バタルトゥさん、生きて下さいとは言えません」
一呼吸置くヴェルナー。
その後に続く言葉は、ヴェルナーがバタルトゥへかけられる精一杯の思いだ。
「悔いの無い戦いを期待します」
●死線の上で
辺境と帝国の国境線に沿うように聳える長城、ノアーラ・クンタウ。
その昔、辺境の北側から多くの歪虚が押し寄せていた時代。この長城は帝国の防衛拠点として築かれたものだ。
それが今や、形を変えた。
そこは帝国の持ち物でありながら、辺境にとっても重要な拠点ともなった。
二つの国が手を取り合う場所となり……今も多くの辺境の避難民を受け入れてくれている。
ヴェルナーと帝国の恩情に感謝の念は堪えないが、もはやそれをどう返して良いのか――。
……何しろ、いつまで立っていられるかも分からないのだ。
イクタサとの契約は、思ったよりも生命力を消費するらしい。戦える時間は、そう長くはないだろう。
――それでも。己は、戦う道しか知らない。この身が出来ることは、戦うことだけだ。
そういう意味では、この作戦はまさに、自分の為にあるように思えた。
――生きて下さいとは言えません。悔いの無い戦いを期待します。
ヴェルナー。最期まで気を遣わせたな……。
バタルトゥは目を閉じて、長い付き合いとなった補佐役に心の中で詫びた。
「……今回の作戦は言うまでもない。ノアーラ・クンタウを襲う歪虚と正面からぶつかり、なるべく長く時間を稼ぎ、他の部隊が強襲する時間を作ることだ」
「……正面からぶつかるって、正気か? あの数だぞ?」
「……だが、ノアーラ・クンタウには既に多くの辺境の民が避難している、長城を盾にする訳にはいかぬ」
淡々と告げるバタルトゥに言葉を失くすハンター。
文字通り、砦とその中の民を守る為、バタルトゥの率いる部隊が盾となることを示している。
「……現状を見る限り、前回のパシュパティ砦を囲んでいた敵より遥かに数が多い。その上、大きなシェオル型まで確認されており、激しい戦いとなるだろう。……だが、ここで引く訳にはいかん。……少しでも多くの敵を倒すことが、辺境の未来に繋がる……。危険なことは重々承知だが、俺に力を貸してくれ……」
「バタルトゥ……」
言い淀むハンター。少し悩んだ後、口を開く。
「……あなた、身体は大丈夫なの?」
「……大丈夫、とは?」
「イクタサとの契約は、生命力と引き換えなんでしょう? 何か影響が出たりはしていないの?」
「……問題ない。いつも以上に動けるほどだ」
「そう……」
訝し気なハンターに目を伏せるバタルトゥ。
――本当のことは、言うつもりはない。
下手に明かせば、ここに残れと言われるに決まっている。
どうせ死ぬなら、辺境の戦士として、最後まで戦いたい……。
「……イェルズ」
「はい。族長」
「この作戦、お前も同行するように……」
「……分かりました」
あっさりと頷いたイェルズ・オイマト(kz0143)に、バタルトゥは微かに目を見開く。
「……抵抗せんのだな」
「納得はしてませんけど、族長のことは見届けるって決めましたから」
「……そうか」
仏頂面を崩さぬまま言うバタルトゥ。イェルズも、少しづつではあるが進み始めている。
ハンター達もいる。このままいけば、きっと大丈夫だろう――。
そんなことを考えながら、大首長はハンター達に向き直る。
「時間稼ぎが目的だ。前回同様、決して無理はするな。必ず生きて帰れ……」
「その言葉、そっくりバタルトゥに返すぜ」
「……ああ。そうだな。努力はしよう……」
胸を小突くハンターに、頷き返すバタルトゥ。
その胸中を、己の身体の状況を……彼が語ることはなかった。
幻獣の森、パシュパティ砦と瞬く間に辺境の地は闇へ染まっていく。生き延びる場所を探し求めた人々は、要塞『ノアーラ・クンタウ』へと足を運ぶ。
「ヴェルナー様、かなり厳しい状態です」
審問部隊『ベヨネッテ・シュナイダー(銃剣の仕立て屋)』隊長メイ・リー・スーの報告を受け、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は深刻そうな顔を浮かべる。
これは歪虚側の――計略だ。
わざと民を生かして西へ逃がしている。
民をノアーラ・クンタウへ集めれば、要塞の人口密集度は上がる。食料は瞬く間に消えていき、衛生面も治安も悪化する。混乱に陥る要塞を前に歪虚は一気に攻撃。そうなれば辺境の民は歪虚の前に虐殺だ。
「ヴェドルのドワーフにも協力を仰いで下さい。今、民を見捨てれば要塞内で暴動が発生する恐れもあります」
歪虚の軍が攻め寄せる事は既に周知の事実だ。
現時点で辺境ドワーフの王ヨアキム(kz0011)は行方不明となっているが、今ヨアキムの娘カペラ(kz0064)とキュジィ・アビトゥーア(kz0078)が対応してくれている。
「大丈夫かな?」
心配そうな面持ちのファリフ・スコール(kz0009)。
「はい。何とかなるでしょう」
「ヴェルナー……歪虚の戦いはどうする?」
腕を組み黙って耳を傾けていた部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は口を開く。
「敵は正面からノアーラ・クンタウを攻撃します。
ですが、この要塞での籠城は無理です。既に民が多く流れ込んでいます。要塞前の平地に布陣してぶつかる他ありません」
「歪虚の誘いに乗るってこと?」
ファリフは問い掛けた。
ヴェルナーは首を横に振る。
「いいえ。バタルトゥさんが騎馬隊を引き連れて正面から歪虚側へ突撃を開始します。
敵が正面に目を惹き付けている間に各方向から同時に強襲を仕掛けて包囲殲滅を図ります」
「この作戦は前面の部隊があまりにも危険過ぎないかな?」
作戦を聞いたファリフは不安を覚えた。
正面からぶつかる部隊は敵の猛攻に身を晒すことになる。それは正面の部隊が文字通り命を賭した戦いを強いられる事になる。
だが――。
「……構わない」
バタルトゥは、はっきりと断言した。
バタルトゥは戦う為に戻ってきた。
残された時間も少ない。
たとえ、泥と血に塗れて赤き大地に斃れる最期でも――。
その覚悟はヴェルナーにも伝わっていた。
「バタルトゥさん、生きて下さいとは言えません」
一呼吸置くヴェルナー。
その後に続く言葉は、ヴェルナーがバタルトゥへかけられる精一杯の思いだ。
「悔いの無い戦いを期待します」
●死線の上で
辺境と帝国の国境線に沿うように聳える長城、ノアーラ・クンタウ。
その昔、辺境の北側から多くの歪虚が押し寄せていた時代。この長城は帝国の防衛拠点として築かれたものだ。
それが今や、形を変えた。
そこは帝国の持ち物でありながら、辺境にとっても重要な拠点ともなった。
二つの国が手を取り合う場所となり……今も多くの辺境の避難民を受け入れてくれている。
ヴェルナーと帝国の恩情に感謝の念は堪えないが、もはやそれをどう返して良いのか――。
……何しろ、いつまで立っていられるかも分からないのだ。
イクタサとの契約は、思ったよりも生命力を消費するらしい。戦える時間は、そう長くはないだろう。
――それでも。己は、戦う道しか知らない。この身が出来ることは、戦うことだけだ。
そういう意味では、この作戦はまさに、自分の為にあるように思えた。
――生きて下さいとは言えません。悔いの無い戦いを期待します。
ヴェルナー。最期まで気を遣わせたな……。
バタルトゥは目を閉じて、長い付き合いとなった補佐役に心の中で詫びた。
「……今回の作戦は言うまでもない。ノアーラ・クンタウを襲う歪虚と正面からぶつかり、なるべく長く時間を稼ぎ、他の部隊が強襲する時間を作ることだ」
「……正面からぶつかるって、正気か? あの数だぞ?」
「……だが、ノアーラ・クンタウには既に多くの辺境の民が避難している、長城を盾にする訳にはいかぬ」
淡々と告げるバタルトゥに言葉を失くすハンター。
文字通り、砦とその中の民を守る為、バタルトゥの率いる部隊が盾となることを示している。
「……現状を見る限り、前回のパシュパティ砦を囲んでいた敵より遥かに数が多い。その上、大きなシェオル型まで確認されており、激しい戦いとなるだろう。……だが、ここで引く訳にはいかん。……少しでも多くの敵を倒すことが、辺境の未来に繋がる……。危険なことは重々承知だが、俺に力を貸してくれ……」
「バタルトゥ……」
言い淀むハンター。少し悩んだ後、口を開く。
「……あなた、身体は大丈夫なの?」
「……大丈夫、とは?」
「イクタサとの契約は、生命力と引き換えなんでしょう? 何か影響が出たりはしていないの?」
「……問題ない。いつも以上に動けるほどだ」
「そう……」
訝し気なハンターに目を伏せるバタルトゥ。
――本当のことは、言うつもりはない。
下手に明かせば、ここに残れと言われるに決まっている。
どうせ死ぬなら、辺境の戦士として、最後まで戦いたい……。
「……イェルズ」
「はい。族長」
「この作戦、お前も同行するように……」
「……分かりました」
あっさりと頷いたイェルズ・オイマト(kz0143)に、バタルトゥは微かに目を見開く。
「……抵抗せんのだな」
「納得はしてませんけど、族長のことは見届けるって決めましたから」
「……そうか」
仏頂面を崩さぬまま言うバタルトゥ。イェルズも、少しづつではあるが進み始めている。
ハンター達もいる。このままいけば、きっと大丈夫だろう――。
そんなことを考えながら、大首長はハンター達に向き直る。
「時間稼ぎが目的だ。前回同様、決して無理はするな。必ず生きて帰れ……」
「その言葉、そっくりバタルトゥに返すぜ」
「……ああ。そうだな。努力はしよう……」
胸を小突くハンターに、頷き返すバタルトゥ。
その胸中を、己の身体の状況を……彼が語ることはなかった。
リプレイ本文
血と、泥と、埃にまみれて、男は思う。
――これで良かったのだ、と。
……人類そのものを裏切ったあの男。その出自を担った一族。
その影は、今もなお我が一族に呪いのように付き纏う。
先の時代に翳りを残してはならない。
過去の悔恨は、ここで捨て去らなくてはならない。
この身一つに、背負えるものなどただが知れているけれど。
それでも……父祖の、一族の罪は。
この身が持って行けるだろう。
……だから、これで良かったのだ。
長城、ノアーラ・クンタウ。
辺境と帝国の国境に聳え立つその目前に、大量の歪虚が押し寄せていた。
「へぇ……。ヒトの力でこんな長城を築きあげていたんだねえ」
「……ここは、帝国にとっての最終防衛ラインでもありますから。以前、歪虚は辺境の北の山脈を越えてこの地を侵略しました。辺境の地は、歪虚との戦線の最先端でもあったんですよ。ここを突破されると、帝国は首都まで守るものが何もありません」
「だから長城を作ったって訳か。なるほどねえ……」
セツナ・ウリヤノヴァ(ka5645)の説明に、頷くエンバディ(ka7328)。
その帝国を守るはずの長城に、今はありとあらゆる辺境の民達が避難している。
これもまた、国同士が、人同士が手を取り合った結果なのだろうと……セツナは思う。
そして、この状況を作り上げたのは、間違いなく部族会議の大首長と、その補佐役だとも。
辺境の地で暮らしていた彼女は、どこの部族にも属してはいなかった。
けれど……この絶望の地で生きる彼らには、何度も心を揺さぶられた。
だから、私は。彼の生きざまに、赤き大地に、応えなくてはいけない――。
セツナの目線の先に立つバタルトゥ。
エステル・ソル(ka3983)が、彼の身体を確かめるようにぺたぺたと触っていた。
「バタルトゥさん、どこかおかしいところはないですか?」
「……ああ、問題ない。案ずるな……」
「それは無理というものじゃろ。……此度も生きて帰るのであろ?」
小首を傾げる蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)。彼はエステルから目線を移すものの、無言を返す。
出来ない約束はしない、といったところなのだろうか。それとも……。
何にせよ、やることは一つだ。この男の背を守る。そう誓ったのだから。
そして、長城に迫る歪虚の群れを見て、夢路 まよい(ka1328)は可愛らしく眉根を寄せた。
「やだー。もう数えるのが面倒なくらいいっぱいいるー」
「やれやれ。邪神が滅びようとしているというのに歪虚共は必死じゃのう」
「本当になァ。そろそろこの地から御退去願いたいとこだなァ」
ふむ、と唸るミグ・ロマイヤー(ka0665)。シガレット=ウナギパイ(ka2884)の言葉に、同感だと頷き返す。
邪神の影響がなくなる以上、引く訳にもいかぬのか。
あとは双方意地の張り合いかのう……。
続いたミグの呟きに、鞍馬 真(ka5819)もこくりと頷く。
「あの数に真っ向から、か……。いやー。暴れ放題だね」
「真さん、珍しいこと仰いますね!?」
目を丸くしたアシェ-ル(ka2983)に、真は肩を竦める。
「ん? だって、そうするしかないでしょ? それが仕事なんだし」
「それは確かにそうですね! ここで折れる訳にはいきませんし、ビシっと行きましょうか!」
ぐっと握り拳を作るアシェール。
ラミア・マクトゥーム(ka1720)は、硬い表情のイェルズの肩をぽんぽん、と叩いた。
「……あんまり緊張しないで。とりあえず敵を倒すことを考えよう」
「そうですね……」
頷きつつも、表情は変わらぬ彼。エアルドフリス(ka1856)はそんなイェルズに、確認するように問いをぶつける。
「イェルズ殿。そろそろ……お覚悟は宜しいですか」
「……分からないです。その時になってみないと」
戸惑いを隠さないイェルズ。
医師であるエアルドフリスのこの問いかけ自体が、大首長の先行きを示しているようで、青年の若草色の瞳が揺れる。
……この青年は、かの人の死に際して割り切ることなど出来まい。きっと深く悲しむのだろう。
――だが、それでいいのだ。
それこそが大首長殿の望む、次代の器なのだから。
大きな悲しみはきっと。彼を成長させる糧になるだろう。
――命は巡る。水の如く。雨の如く。
その巡りを、営みを。見つめるのが我が使命なれば……。
ふと目を伏せたエアルドフリス。顔を上げた時には、灰色の目に静かに決意の光が宿っていた。
「……結構。では我ら赤き大地の戦士の戦い、然と御覧じろ」
迫りくる歪虚の群れの中に、一際大きな存在があった。
……恐らく、あれが大型シェオルだろう。
人の形……というには少々難しく、何かを寄せ集めたような形をしていた。
「随分と気持ち悪ィ形してんな」
「寄せ集めなのであれば、剥がして崩して差し上げれば宜しいのでは?」
2体並んだルクシュヴァリエのから聞こえて来る声。
フィロ(ka6966)の淡々としたそれに、それもそうだな、と答えたトリプルJ(ka6653)。
ミグは2色に塗り分けられたダインスレイブの砲身を、歪虚の群れへと向ける。
「さーて、ミグの砲撃を味合わせてやるとするかの!」
ニヤリと笑う彼女。
愛用の装置が故障してしまった為、今回は違うものを持ってきたが……それでも火力は充分だ。
これだけいればどこを狙っても敵には当たる。
敵の群れに風穴を開け、仲間達の道を切り開くくらいの仕事は朝飯前にこなせるだろう。
「行くぞ、皆の者! 一斉! 掃射!!」
「へいよ! 頼むぜ! 相棒!」
「お前も続け、紅蓮! エステル!」
「かしこまりました、アルトお姉さま!」
「Volcanius、お願い!」
響くミグの号令。次の瞬間、放たれる砲撃。
シガレットとアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)、エステル(ka5826)とイスフェリア(ka2088)の刻令ゴーレムからも雨のように砲撃が落とされ、目の前の歪虚達がすごい勢いで数を減らす。
……だが、それを埋めるかのように、後ろから大量の歪虚が押し寄せて来るのに気づいて、アシェールが息を飲む。
「あんなに数を減らしたのに……!」
「ひたすら攻撃を叩き込むしかないね。……私達が道を拓く! あのデカブツの相手を頼めるかい?」
空色の鱗を持つワイバーンを駆る真。それにGacrux(ka2726)がやれやれ、と言った様子で肩を竦める。
「ええ。あの図体で砦に突っ込まれたら厄介ですしねぇ」
「そうですね。ここでご退場戴くのが得策だと思います」
「まるっと同意! という訳で任された!」
「皆も気を付けてね!」
「了解。しかと務め果たそう」
こくりと頷くイツキ・ウィオラス(ka6512)。それに続いたキヅカ・リク(ka0038)とまよいに手を上げて返事をした凍崎 翠(ka2436)は、グリフォンに上昇を命じる。
――常々思うが、スキルに限りのあるハンターは、長期戦に向いてない気はするな。
スキルが尽きればあとは本当な純粋な殴り合いで、消耗が激しくなる訳だし。
そういう意味でも、バタルトゥさんのことを考えても……短期戦の方が得策だ。
その為にも、1回の攻撃でなるべく多くの数を無力化したい。
この数の敵に、どこまで通用するか分からないけれど……。
そんなことを考えていたアルトの耳に、リューリ・ハルマ(ka0502)の悲鳴が聞こえて来た。
「ギャアアアア! ちょっとおおお! 敵の数多すぎるよおおおお!!」
四方八方を敵に取り囲まれて、リューリが防戦を強いられている。
――アルトの思考の通り、【月待猫】の面々は、あえて敵の数が多いところを選んで突っ込み、その数を減らすべく奮闘していた。
アルトとリューリで順番に敵を引き付け、それを減らしていくという作戦を立てた彼女達。
囮役の一番手をリューリが担うことになったのだが……マッスルトーチで周囲の敵の注意を引き付けた結果、一身に攻撃を引き受ける羽目になっている。
数は確かに多い。その分足止め出来ている敵の数も多いということで、それは良いことなのだが……。
いくら相手が雑魚とはいえ、このままではリューリの体力が心配だ。
「リューリちゃん! 交代しようか?」
「ううん! 全然平気! そんなに痛くないし!」
「そう? じゃあもうちょっと頑張って! なる早で敵減らすから!」
斧で敵の攻撃をいなしながら言うリューリ。アルトは超覚醒をし、燃え盛る炎のようなオーラを纏って猛然と刀を振るう。
流れるような動きで敵を斬り刻んで行く親友を頼もしく思いながら、リューリは自身のイェジドに声をかけた。
「レイノ! ウォークライでアルトちゃんのお手伝いして!!」
その声に応え、威嚇するような咆哮をあげる深紫色のイェジド。
動きが鈍った敵を、更にアルトとリューリが斬り伏せる。
敵の手数の多さに、傷が増えてきたリューリを見て、銀髪のエステルが杖を掲げた。
「リューリさん、回復します!」
「ありがと。エステルちゃんいるから心強いなー! ボコボコにされても平気そう!」
「ボコボコにされないようにするってば!」
「アルトお姉さまも無理は禁物ですよ!」
リューリとアルト、銀髪のエステルは軽口を叩き合いながらも敵の数を減らしていく。
「真さんって、闘狩人なのに魔術師みたいですよね!」
「……それはどういう?」
ワイバーンと共に堕天使型を薙ぎ払う真に、そんなことを言うアシェール。
彼女の真意が分からず、真は首を傾げる。
「だって、剣なのに一度に沢山敵倒しますし」
「それは、刺突一閃もあるし、強化もしてるから……そういうアシェールさんは魔術師なのに前衛に出てて大丈夫?」
「はい! カジディラもいますし、魔術師にしては固いんで、私!」
名を呼ばれ、エッヘンと胸を張るアシェールのユグディラ。
真とアシェールは、ミグ達と共に本体が突撃する道を作ると、そのまま周囲の敵の殲滅に乗り出した。
アシェールの一直線に伸びる桃色の雷撃に焼かれる歪虚。
そして、真が大きく踏み込みながら武器を突き出すと、その軌道上にいる敵が面白いように消えて行く。
「わたしから言わせれば二人とも規格外だがな……」
グリフォンの背の上から苦笑する翠。
戦いの果てに強くなり、邪神の喉元に刃を突きつけるまでになったハンター達。
翠もそうだ。木剣しか知らなかった自分が、思えば良く此処まで来たのもだ。
邪神も潰えれば、いずれ歪虚達も力を喪って行く筈……。
「……誰しもが、こうして戦わなくて済む時代が来るといいな」
「……ええ。そうですね」
翠の呟きに、バイクに騎乗したまま頷くセツナ。
この辺境の地は、昔から歪虚の侵略の第一線として戦いの絶えない土地だった。
それも、私達の時代で終わりにしたい。
……遠い先の未来に生きる者達が、かつての翠のように、木剣しか知らずに済むように。
今はただ、その為に――ただひたすらに、刀を振るおう。
「行きましょう、翠さん。それを実現させましょう!」
「……ああ。焔もすまないな。もう幾ばくか付き合って欲しい」
セツナの微笑みに、笑みを返した翠。
彼女のグリフォンは主の声に応えるように嘶くと、蠢く敵目掛けて一気に距離を詰める。
地上と空を駆け抜ける2人の乙女は、真とアシェールに撃ち漏らされた敵を細やかに、大胆に潰していく。
そんな中、バタルトゥは金の鬣の馬を駆り隊の中央で、戦い続けていた。
閃く双剣。素早い剣戟は、辺境部族の中でも屈指の腕前だと言われるだけのことはある。
その戦いぶりは、いつもと変わらぬように見えて――その姿に、イスフェリアはどうしても、微かな希望に縋りたくなってしまう。
……この戦いが終わっても、彼は生き続けてくれるのではないか、と。
烏滸がましいことだとは思うけれど。戦うことしか知らぬという彼に、それ以外の生き方を教えてあげたかった。
――かつて、記録の中で出会った彼の祖先のように。
家族を得て、子を成して――幸せな日々を得てほしかった。
……過去形じゃダメ、諦めちゃだめ。わたしは最後まで諦めない――!
前へ前へと進み続けるバタルトゥを回復し続ける彼女。
その少し後方にいた蜜鈴は息を吸い込むと、歌うように詠唱を開始する。
次の瞬間。放たれる紫電。それはバタルトゥの面前にいた敵を薙ぎ払う。
――どうせこの男は、何を言っても、誰が泣いても止まるまい。
そういう男だ。だからこそ、前だけを見ていられるように支えてやろうと思った。
……紫電よ。切り開け。友が駆ける為の道を。切り拓く未来への道を。
只々共に歩む為に…愛しいと想う心を後悔とせぬ為に……!
彼女の願いを乗せた紫の雷は、戦場を縦断し、敵を貫いてゆく。
「……イェルズ! 左!!」
ラミアの声にハッとするイェルズ。
隻眼に大分慣れたとはいえ、左側はどうしても死角になる。
彼の得意とする得物は大剣で……威力は高いが、こういう咄嗟の時には避けることが難しい。
迫る歪虚。イェルズを守る為に咄嗟に走るラミア。
そこに、エアルドフリスの鋭い声が聞こえて来た。
「ゲラアハ! 往け!!」
叫びと同時に飛び出す銀灰色のイェジド。赤毛の青年を守るように立ちはだかり、狂気の歪虚をその牙で噛み砕く。
「ラミアさん、エアルドフリスさん! すみません!」
「なぁに。イェルズ殿には必ず生き延びて貰わにゃなりませんからね……!」
「そこはありがとうって言いな!」
申し訳なさそうなイェルズにピシャリと返すエアルドフリスとラミア。
そこに、ルシオ・セレステ(ka0673)からの温かな力を感じて、彼は振り返る。
「ルシオさん、俺より族長を……!」
「もちろん、バタルトゥも支援するさ。君にも必要だと思うからやっているんだよ、補佐役殿」
「でも……!」
「……イェルズ。こういう時の遠慮は不要だ。それこそ命に関わるからね。仲間は助け合ってこそだ。そうだろう?」
ルシオの静かな声に、ぐっと言葉に詰まるイェルズ。
彼女の言い分がもっともだと思ったのか、イェルズは素直に頷くと、再び敵と対峙する。
それでいい、と呟いたルシオは、エアルドフリスが眉間に皺を寄せて敵陣を見つめていることに気が付いた。
「……どうかしたのかい。何か気になることでも?」
「いや、どうにも此処は舞台が整い過ぎている気がしてね」
――そう、まるで。ここでバタルトゥの命を使い果たす為に用意されているかのような……。
「予感が外れてくれりゃあ良いが……」
「……そうだね。その為にも、出来ることをしよう」
エアルドフリスにそう答えながらも、ルシオの胸には、言いようのない不安が澱んでいた。
シアーシャ(ka2507)は、剣を振るいながら……イェルズと同じ姿をした歪虚のことを思い出していた。
――ハンターを救う為に、消えて行ったテセウス。
結果としては、自身を犠牲にして……ということになるのだろうが。
シアーシャには分かる。彼は、『犠牲になるつもりなんてなかった』と。
――テセウスは、驚くほど素直で、前向きで、すべてを諦めないで……いつもは前向きなはずの彼女でも諦めてしまいそうなことにも挑もうとしていた。
可能性を信じること。
積極的に学んで、吸収して、成長し続けること。
素直に受け止めて、柔軟に変化していくこと。
――それはきっと、これから未来に向かって行く者全てに必要なもので……。
何も知らない彼に教えているはずが、逆にたくさんのことを教えられた。
……弟のような存在だった、と言ったらテセウスは悔しがるのかもしれないけれど――できればもっと一緒にいて、成長していきたかった。
もう会えないけれど。あなたのココロを感じるから。だから、泣かない。
きっとそれは、テセウスも望んでいないだろうし。
何より、今は……私の大事なあの人が、辛いことに向き合わなくてはいけないから。
……別れまでの時間が、少しでも長くなるように。
その時間を稼ぐために、戦う……!
身を翻したグリフォンの動きに合わせたシアーシャ。中型狂気が放ったビームを上手いこと回避してくれたらしい。
彼女はそのまま、剣を握りしめて歪虚へと突撃する――。
ハンター達の奮闘は、多くの歪虚を駆逐し、数を減らしていたが、それでも絶対数が多いのはどうしようもない。
この歪虚達は、ブラッドリーから『ノアーラ・クンタウを目指せ』という指示を与えられているらしい。仲間達の攻撃をすり抜け、回り込んで長城に向かおうとする歪虚が後を絶たなかった。
「お兄様! わたくし達を迂回して砦に近づこうとしている歪虚がいるです。それを集中して攻撃してくださいです!」
「ああ、了解した」
青い髪のエステルの指示に頷くアルバ・ソル(ka4189)。
彼の傍にいなくて良いのかい? という問いを投げかけようかとも思ったが、やめておいた。
……彼女なりに、考え抜いた末にここにいるのだろう。
きっと愛しい人の傍にいたいであろうに、彼の目標を助ける為に、こうして任務を優先したのだ。
そう思うと、何ともやりきれない気持ちにはなるが……彼女の決断は尊い。
妹がそう決めたのであれば、兄である自分に出来ることは見守ることだけだ。
アルバはふと思う。
……妹は、彼の余命についてどう考えているのだろうか。
アルバは性格的なこともあり、あまり楽観視できないと思っているのだが……。
彼女は、奇跡を信じているのかもしれない。
未来のことなんて誰も分からない。
きっと誰しもが、奇跡を願っているのだろうけれど……。
ただただ、彼女が後悔するようなことがなければ良いと願う。
「……お兄様? どうかしました?」
「いや、早く終わらせて、バタルトゥを楽させてあげないとと思っただけだ」
「はいです! ……何となくですけど、バタルトゥさん、無理している気がするです。早く終わらせてあげたいです」
「そうか。それはなおの事、頑張らないといけないな」
「はいです! ……パールさん、回避は任せるです!」
「レイン、上昇しろ! 行くぞ!」
空へと駆け上がるペガサスとワイバーン。続くエステルとアルバの詠唱。
歪虚の群れの行く手を阻むように、火球と紫の雷が放たれる。
「くっそ、なんだよこの再生能力! ふざけてんじゃねぇぞ!」
「やだなー。再生する前に倒せばいいだけだよ」
「簡単に言うんじゃねえ!!」
あっけらかんと言うエンバディにうがーー!! と吠えるトリプルJ。
シェオル型と対峙している彼らは、敵の再生能力の高さに思わぬ苦戦を強いられていた。
……とはいえ、シガレットのヤルダバオートのお陰で、大分堅牢になっている。
与えられるダメージは然したるものではなく……長期戦にはなるが、いつかは倒せるだろう、という状況だった。
「おいお前ら! どんどん砲撃続けやがれェ!!」
「任せておくのじゃ!」
ミグのダインスレイブと、シガレットのVolcaniusから雨のように注がれる砲撃。
弱ったところに、トリプルJとエンバディの攻撃が決まり……シェオル型も、確実にその数を減らして行く。
ふと、目線を移すエンバディ。今のところ敵は長城に至っていないが、続く戦いに辺境の戦士達に疲労が見られる。
フィロがフォローに当たっているが、何しろ敵の数が多い。犠牲者が出るのも時間の問題だった。
「……長期戦してる場合じゃないね、これ」
「おう。1人でも多く生きて帰してやる為にも、とにかく叩き込め」
「分かった」
シガレットに頷き返すエンバディ。敵の位置を目視で確認すると、紫色の光を伴う重力波を発生させて――。
「おいーー!! ハルマゲドン食らってまだ立ってるってどういうことだよ!!!」
「それなりに回復能力があるようですね……」
マスティマから聞こえて来るリクの声に、ため息交じりに答えるGacrux。
彼らはミグや真達によって開かれた路で、まっすぐに大型シェオルに到達していた。
幸い近くに仲間達もおらず、いるのは海のように広がる敵だけ。
よっしゃ! これはチャンス! とばかりにリクから渾身のハルマゲドンが放たれて――周囲にいた歪虚は塵となって消し飛んだが、大型シェオルだけはしぶとく生き残っている状況だった。
「でも、結構弱っては来てるみたい?」
「そうですね……」
ワイバーンの背の上で小首を傾げるまよいに、こくりと頷くイツキ。
――この地に纏わる難しい事は判らないし、知らない。
だが、為すべき事が有るとするなら……歪虚を――ひとつでも多くの悪夢を、断ち切ることだ。
たとえ愚かと言われようとも。
ただひたすらに、前へ。
踏み出す先にこそ、進むべき道が有ると信じて……。
この、自身より遥かに大きなシェオルは、塵に還してやらなければならない。
「……さあ、行こう! エイル!」
主の声に応え、イツキを乗せたまま風のように走り出すイェジド。
彼女の槍が、巨体に深く突き刺さり、その身体が傾ぐ。
「俺も負けていられませんね……!」
ワイバーンと共に急降下するGacrux。追い打ちをかけるように、彼の槍が大型シェオルを連続して切り裂く。
「まだ終わりじゃないよ!!」
続くまよいの詠唱。数本の光の矢が次々と敵を貫き、再びその身体がぐらりと揺れる。
連続攻撃にさすがに耐えられなくなったのか、大型シェオルの動きが鈍る。
まよいはにっこりと笑うと、マスティマに目線を送る。
「あともう一息! リクよろしく!」
「おう! 食らええええええ!!」
その声に応え、ブレイズウィングを放つリク。
射出された翼に貫かれた大型歪虚は、声にならない悲鳴を上げると……そのまま、サラサラと崩れて消えて行った。
その様子を見つめていたイツキは、ふっと短くため息をつく。
「ひとまず任務完了ですね。お疲れ様です。」
「本当にひとまず、ですけどね。まだまだ歪虚が沢山いるようですし」
淡々と言うGacruxにまよいもこくりと頷く。
「ミグ達に合流して、歪虚の殲滅を続けよ!」
「そうだね。バタルトゥも心配だし……」
振り返り、中央を見やるリク。
……激しい戦いは、まだ終わりそうになかった。
――その異変に気付いたのはイスフェリアだった。
先陣を切って戦うバタルトゥ。その傷を癒す為に術を使い続けていたが……先程から、彼の傷が一向に塞がらない。
……まさか。
彼女の中に宿る一抹の不安。
「バタルトゥさん……! もしかして身体が……」
一瞬振り返ったバタルトゥ。次の瞬間、がくりと膝をついた。
――そんな。まさか……!
イスフェリアは叫びだしたいのをぐっと堪えた。
同様に異変を察知したのか、滑り込んで来るフィロのルクシュヴァリエ。
バタルトゥに向けてスッと手を差し伸べる。
「バタルトゥさん、これ以上はいけません。撤退しましょう。捕まってください」
「……断る」
「バタルトゥ様は既にオイマト族の偉大な族長です。そしてバタルトゥ様がここで戦死すれば、シバ様を超える英雄として名を残すことでしょう。ただそれは、あれこそが族長の生き方よと次代の族長たちを縛る呪いになりかねません」
「……だったら何故、採択の時に俺を戦わせる決断をした。こうなることは分かっていただろう……」
「それは……」
バタルトゥの静かな声に、言葉を失くすフィロ。
そう。彼を生かしたいのであれば、寝かせたままにしておくという選択肢もあったのだ。
だが、ハンター達は、彼の意志を尊重した。それの決断は、バタルトゥを死に向かわせると理解していた筈だ。
――その上で、今更『生きろ』、『諦めるな』というのは……バタルトゥの決意を踏みにじることになりはしないか……?
……それでも、諦めたくはなくて――蜜鈴は、手を伸ばして言葉を重ねる。
「……のう、バタルトゥや。マテリアルが……命が、想いが足らぬと云うなれば……妾から奪って構わぬ。全てを、おんしに譲っても構わぬ……。故に…想いの時を止めてくれるな……」
「……これ以上誰かを……何かを犠牲にしてまで生きたいとは思わぬ。だったら、ここで死にたい……」
息を飲む蜜鈴。
……そうだ。この男は。愚かしいまでに自己を顧みようとはしない。
だからこそ、一族から歪虚を生み出した責を一身で背負おうとし、怠惰王との戦いでは、仲間を逃がす為に殿となって時空の狭間に残った。
こうして手を伸ばしても、その手を取ることはしない。
分かっている。分かっていた筈だったのに……。
「この愚か者が……!」
「……辛いことだとは思うが、この決断を下したのは他でもない我々だ。同じ赤き大地の戦士として頼む。……戦士の尊厳を、穢さないでやって欲しい」
苦し気な蜜鈴の呟き。エアルドフリスの重々しい声に、水を打ったように沈黙する仲間達。
目を伏せた蜜鈴はインカムを手にすると通信を始める。
「……エステルや、聞こえるかえ」
「はいです。蜜鈴さん、どうかしたです?」
「早うここへ。……そろそろ、潮時のようじゃ」
インカムの向こうから、青い髪のエステルの息を飲む音が聞こえた。
「アルトお姉さま、リューリさん。バタルトゥさんが……」
魔導スマートフォンを手にした銀髪のエステル。
その報せに、アルトが目を伏せる。
「……戦いを続けよう。私達に出来ることはそれだけだ」
「……うん。1匹でも多く倒さないとね」
この場所に、こんなに歪虚が沢山いたんじゃ、セトさんもオーロラさんも、燕太郎さんも……安心して眠れないもの。
そう続けた彼女に、アルトは苦笑する。
「リューリちゃんらしい理由だね。さあ、じゃあ続けよう! エステル!」
「はい!!」
アルトの合図に合わせ、祈り始める銀髪のエステル。
アルトとリューリが、光の障壁に包まれる。
それに合わせ、大精霊が司る『節制』の理を解放するアルト。
その神聖な輝きが敵の目を奪ったのと同時に、リューリは猛攻を再開する――!
「おい! まだ死ぬな、バタルトゥ!」
バタルトゥの容体を聞き、すぐに駆け付けたトリプルJ。
見て分かる程に弱っているのに、まだ戦おうとしている彼に舌打ちをする。
「……もう戦うな! お前の鮮烈すぎる生きざまがイェルズに刻まれちまうだろうが! 自分と違う族長の生き様示せって思ってんならお前もここで死ぬんじゃねえ! おい! 聞こえてんのか!!」
トリプルJの肩に手を置いて、首を振るエアルドフリス。彼は悔し気に、大地に拳を叩きつける。
「クソったれ……!!!」
血と汗と埃に塗れ、まだ動こうとするバタルトゥをそっと制止したイスフェリアは、宥めるように彼の髪を撫でた。
「……ねえ、バタルトゥさん。バタルトゥさんは戦うためだけに生まれてきたんじゃないよ」
あなたと出会えて、わたしは変われた。
昔のわたしは、将来を、すべてを諦めていたのに。
あなたと、オイマト族に逢って、未来を信じてみたいと、思えるようになった。
「あなたと出逢えて、わたしは変われたの。ありがとう……。出来ることなら、貴方にも戦う以外の生き方を、覚えて欲しかった」
「……すまない」
謝って欲しい訳じゃないのに。どうしてこの人はこんな時まで謝るのだろう。
熱くなる目頭を拭うイスフェリア。蜜鈴も掠れた声で続ける。
「本当に、妾とフィロの手を振り払い、好き勝手して死によるのか、おんしは……。不甲斐ない子孫を持ったとオイマト老に叱られるが良いわ」
「……お前には叱られてばかりだったな……」
「……! 今生の別れのようなことを言うでないわ! 大馬鹿者め!」
「……貴方の成したかった未来は、わたくしが見届けます。だから、どうか……」
バタルトゥの手を握る青い髪のエステル。
……この人の顔を見たいのに、視界がぼやけて良く見えない。
――この人は精一杯頑張った。やるべきことをやり切った。
……だから、一人前のレディらしく、笑顔で見送ってあげたいのに。
「……嫌です! 嫌ですバタルトゥさん! わたくし、貴方から気持ちを何一つ聞いてないです……! 死なないでください……!」
「……エ、ステル。俺は……」
「バタルトゥさん……!!」
彼の声を聞こうと、耳を寄せるエステル。彼は深く息を吐き出すと、それ以上語ることはなく――。
「……雨のように。水のように。命は巡りて、赤き大地へと還る。祝福と共に円環へ――かの命を送ろう」
バタルトゥの手を取り、静かに、祝詞を唱えるエアルドフリス。
――若くしてオイマト族の族長、そして辺境部族の大首長となった男は……その命を燃やし尽くして、赤き大地に散った。
「……族長」
「……イェルズ。気持ちは解るが、敵はまだ残っている。悲しむのは後だ」
「分かってます! くそ! よくも……!」
ルシオの宥めるような声に走りだしたイェルズ。
怒りに任せて大剣を振るう彼に、ルシオはため息をつく。
「……ああやって、怒りに変えていないと立っていられないのだろう」
「無茶するのは止めようがないか。あたし達が守るしかないね。ルシオ、回復頼める?」
困り顔で言うラミアに、ルシオは笑顔で頷く。
「勿論。その為に来たのだからね」
「ありがと。……本当、世話が焼けるよね」
「それが、あの子の良いところでもある。そうだろう?」
「そうなんだよね。だから放っておけない。支えなきゃって思うんだ」
頷き合うルシオとラミア。
――イェルズは確かに強くはないのかもしれない。
だからこそ、彼にしか見えない、彼にしか理解できないものもある筈だと。
そして、バタルトゥは、そんな彼だからこそ、次代に望んだのだと――そう思う。
バタルトゥが斃れたという報せは戦場に駆け巡り、辺境の戦士達の動揺を誘った。
真と翠、アシェールとセツナは、そんな彼らを宥め、必死に鼓舞を続けた。
「怯むな! 前を向け! 大首長は、何のためにこの地に立ったと思ってる!」
「わたし達がついている! この大地に蔓延る歪虚を倒せ!」
「そうです! 最後まで戦い抜きましょう! 辺境の戦士の誇りを見せる時です!」
「歪虚を1体でも多く倒し、偉大なる大首長への贐としましょう!」
彼らの声に応え、勝鬨をあげる戦士達。
赤き大地の為に、この地に散った大首長の為に……彼らは、最後までハンター達と共に戦い抜いて――。
そしてしばらくの後、まよいとGacruxは敵の動きが変化したことに気が付いた。
「……あれ? 何か敵の動き、おかしくない?」
「突然統制が取れなくなったようですねえ……」
一直線に長城に向かっていた歪虚達が、右往左往し始め、じわじわと後退を始めている。
イツキが魔導スマートフォンで通信し、仲間達を振り返る。
「別動隊より入電です。ブラッドリーの撃破に成功したとのことです」
「お! おめでとー! ……ってことは、こいつら指揮官失ってどうしたらいいか分からなくなったってことか」
「では、このままお帰り戴きましょうかねえ」
「そうだね。最後にドーンと行きますか!」
Gacruxの呟きに頷きつつ、リクはコクピットの中で敵を見据える。
――結局、最後まで助けてもらってばかりだった。
あなたが生きてるうちに返せなかったけれど……護ってみせるよ。
あなたが護ったこの地を、明日を。
だから見ていて欲しいんだ。
――これがきっと、僕がこの地に転移してきた意味だと思うから。
……あと、ごめん。バタルトゥ。ほんの少しだけ、仇討ちをさせて欲しい。
「行くぞ! フーガ! 照らし出せ!!!」
叫ぶリク。彼は仲間達と共に、容赦のない追撃を開始した。
――こうして、歪虚の群れは去り、辺境の大地は救われた。
ハンター達の元へ労いと称して訪れたイクタサの姿を見つけて、フィロは声をかける。
「イクタサ様。一つお伺いしても宜しいですか?」
「何だい?」
「……バタルトゥさんは結局、戦いの中で旅立たれてしまいました。何故、思いの力で奇跡が起きるなどとおっしゃったのですか?」
「奇跡が起こる、なんて言ってはいないよ。起こるかもね、って僕は言ったんだ。……そもそも、僕は最初に彼の道行きを提示したはずだ。寝たまま生き続けるか、起きて死ぬまで戦うか、とね。君達は後者を採択し、彼は死んだ。予定通りじゃないか」
「……私達は確かに彼の意志を尊重しました。でも、死んで欲しかった訳ではありません。せめて、充分な別れの時間を用意して差し上げたかった……!」 目を伏せるフィロ。その声には珍しく、揺れた感情を感じて……イクタサはため息を漏らす。
「……そうだね。祈りや願いの力は確かにあったよ。それは僕達大精霊や、世界を救う力にもなった。でも彼は……その、祈りが届くラインに立つことすら難しい状態だったんだよ。そうじゃなければ最初からあんな選択をさせなかった」
……神や精霊も万能じゃない。その証拠に、邪神ファナティックブラッドだって君達に膝をついた。
囁くように言うイクタサに、フィロは感情を抑えて続ける。
「……神でもどうにもできないことがある、ということでしょうか」
「そういうこと。ともあれ、この戦いの終焉に祝福を。君達人類の勝ちだよ。喜び給え」
「あんた、本当にどうしようもないくらいクソ精霊だな」
「そうかい? うん。まあそうかもね。誉め言葉として受け取っておくよ」
「誉めてねえ!! ったく、先のあるいたいけな青年にトラウマ植え付けやがって!!」
「それは君達が何とかすることだろう?」
「うるせえバーーーーーーーーーーーーーーカ!!!」
にっこりと笑うイクタサに、トリプルJは噛み付かんばかりに吠えた。
「……おやすみ、バタルトゥさん。……私は、あなたが少しだけ羨ましい」
そして、誰にも聞こえぬ声で、独り言ちる真。
――己の価値を感じられず。死に場所を求めるように戦い続けていた彼にとっては……バタルトゥの死に様は、とても甘美なものに見えた。
――これで良かったのだ、と。
……人類そのものを裏切ったあの男。その出自を担った一族。
その影は、今もなお我が一族に呪いのように付き纏う。
先の時代に翳りを残してはならない。
過去の悔恨は、ここで捨て去らなくてはならない。
この身一つに、背負えるものなどただが知れているけれど。
それでも……父祖の、一族の罪は。
この身が持って行けるだろう。
……だから、これで良かったのだ。
長城、ノアーラ・クンタウ。
辺境と帝国の国境に聳え立つその目前に、大量の歪虚が押し寄せていた。
「へぇ……。ヒトの力でこんな長城を築きあげていたんだねえ」
「……ここは、帝国にとっての最終防衛ラインでもありますから。以前、歪虚は辺境の北の山脈を越えてこの地を侵略しました。辺境の地は、歪虚との戦線の最先端でもあったんですよ。ここを突破されると、帝国は首都まで守るものが何もありません」
「だから長城を作ったって訳か。なるほどねえ……」
セツナ・ウリヤノヴァ(ka5645)の説明に、頷くエンバディ(ka7328)。
その帝国を守るはずの長城に、今はありとあらゆる辺境の民達が避難している。
これもまた、国同士が、人同士が手を取り合った結果なのだろうと……セツナは思う。
そして、この状況を作り上げたのは、間違いなく部族会議の大首長と、その補佐役だとも。
辺境の地で暮らしていた彼女は、どこの部族にも属してはいなかった。
けれど……この絶望の地で生きる彼らには、何度も心を揺さぶられた。
だから、私は。彼の生きざまに、赤き大地に、応えなくてはいけない――。
セツナの目線の先に立つバタルトゥ。
エステル・ソル(ka3983)が、彼の身体を確かめるようにぺたぺたと触っていた。
「バタルトゥさん、どこかおかしいところはないですか?」
「……ああ、問題ない。案ずるな……」
「それは無理というものじゃろ。……此度も生きて帰るのであろ?」
小首を傾げる蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)。彼はエステルから目線を移すものの、無言を返す。
出来ない約束はしない、といったところなのだろうか。それとも……。
何にせよ、やることは一つだ。この男の背を守る。そう誓ったのだから。
そして、長城に迫る歪虚の群れを見て、夢路 まよい(ka1328)は可愛らしく眉根を寄せた。
「やだー。もう数えるのが面倒なくらいいっぱいいるー」
「やれやれ。邪神が滅びようとしているというのに歪虚共は必死じゃのう」
「本当になァ。そろそろこの地から御退去願いたいとこだなァ」
ふむ、と唸るミグ・ロマイヤー(ka0665)。シガレット=ウナギパイ(ka2884)の言葉に、同感だと頷き返す。
邪神の影響がなくなる以上、引く訳にもいかぬのか。
あとは双方意地の張り合いかのう……。
続いたミグの呟きに、鞍馬 真(ka5819)もこくりと頷く。
「あの数に真っ向から、か……。いやー。暴れ放題だね」
「真さん、珍しいこと仰いますね!?」
目を丸くしたアシェ-ル(ka2983)に、真は肩を竦める。
「ん? だって、そうするしかないでしょ? それが仕事なんだし」
「それは確かにそうですね! ここで折れる訳にはいきませんし、ビシっと行きましょうか!」
ぐっと握り拳を作るアシェール。
ラミア・マクトゥーム(ka1720)は、硬い表情のイェルズの肩をぽんぽん、と叩いた。
「……あんまり緊張しないで。とりあえず敵を倒すことを考えよう」
「そうですね……」
頷きつつも、表情は変わらぬ彼。エアルドフリス(ka1856)はそんなイェルズに、確認するように問いをぶつける。
「イェルズ殿。そろそろ……お覚悟は宜しいですか」
「……分からないです。その時になってみないと」
戸惑いを隠さないイェルズ。
医師であるエアルドフリスのこの問いかけ自体が、大首長の先行きを示しているようで、青年の若草色の瞳が揺れる。
……この青年は、かの人の死に際して割り切ることなど出来まい。きっと深く悲しむのだろう。
――だが、それでいいのだ。
それこそが大首長殿の望む、次代の器なのだから。
大きな悲しみはきっと。彼を成長させる糧になるだろう。
――命は巡る。水の如く。雨の如く。
その巡りを、営みを。見つめるのが我が使命なれば……。
ふと目を伏せたエアルドフリス。顔を上げた時には、灰色の目に静かに決意の光が宿っていた。
「……結構。では我ら赤き大地の戦士の戦い、然と御覧じろ」
迫りくる歪虚の群れの中に、一際大きな存在があった。
……恐らく、あれが大型シェオルだろう。
人の形……というには少々難しく、何かを寄せ集めたような形をしていた。
「随分と気持ち悪ィ形してんな」
「寄せ集めなのであれば、剥がして崩して差し上げれば宜しいのでは?」
2体並んだルクシュヴァリエのから聞こえて来る声。
フィロ(ka6966)の淡々としたそれに、それもそうだな、と答えたトリプルJ(ka6653)。
ミグは2色に塗り分けられたダインスレイブの砲身を、歪虚の群れへと向ける。
「さーて、ミグの砲撃を味合わせてやるとするかの!」
ニヤリと笑う彼女。
愛用の装置が故障してしまった為、今回は違うものを持ってきたが……それでも火力は充分だ。
これだけいればどこを狙っても敵には当たる。
敵の群れに風穴を開け、仲間達の道を切り開くくらいの仕事は朝飯前にこなせるだろう。
「行くぞ、皆の者! 一斉! 掃射!!」
「へいよ! 頼むぜ! 相棒!」
「お前も続け、紅蓮! エステル!」
「かしこまりました、アルトお姉さま!」
「Volcanius、お願い!」
響くミグの号令。次の瞬間、放たれる砲撃。
シガレットとアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)、エステル(ka5826)とイスフェリア(ka2088)の刻令ゴーレムからも雨のように砲撃が落とされ、目の前の歪虚達がすごい勢いで数を減らす。
……だが、それを埋めるかのように、後ろから大量の歪虚が押し寄せて来るのに気づいて、アシェールが息を飲む。
「あんなに数を減らしたのに……!」
「ひたすら攻撃を叩き込むしかないね。……私達が道を拓く! あのデカブツの相手を頼めるかい?」
空色の鱗を持つワイバーンを駆る真。それにGacrux(ka2726)がやれやれ、と言った様子で肩を竦める。
「ええ。あの図体で砦に突っ込まれたら厄介ですしねぇ」
「そうですね。ここでご退場戴くのが得策だと思います」
「まるっと同意! という訳で任された!」
「皆も気を付けてね!」
「了解。しかと務め果たそう」
こくりと頷くイツキ・ウィオラス(ka6512)。それに続いたキヅカ・リク(ka0038)とまよいに手を上げて返事をした凍崎 翠(ka2436)は、グリフォンに上昇を命じる。
――常々思うが、スキルに限りのあるハンターは、長期戦に向いてない気はするな。
スキルが尽きればあとは本当な純粋な殴り合いで、消耗が激しくなる訳だし。
そういう意味でも、バタルトゥさんのことを考えても……短期戦の方が得策だ。
その為にも、1回の攻撃でなるべく多くの数を無力化したい。
この数の敵に、どこまで通用するか分からないけれど……。
そんなことを考えていたアルトの耳に、リューリ・ハルマ(ka0502)の悲鳴が聞こえて来た。
「ギャアアアア! ちょっとおおお! 敵の数多すぎるよおおおお!!」
四方八方を敵に取り囲まれて、リューリが防戦を強いられている。
――アルトの思考の通り、【月待猫】の面々は、あえて敵の数が多いところを選んで突っ込み、その数を減らすべく奮闘していた。
アルトとリューリで順番に敵を引き付け、それを減らしていくという作戦を立てた彼女達。
囮役の一番手をリューリが担うことになったのだが……マッスルトーチで周囲の敵の注意を引き付けた結果、一身に攻撃を引き受ける羽目になっている。
数は確かに多い。その分足止め出来ている敵の数も多いということで、それは良いことなのだが……。
いくら相手が雑魚とはいえ、このままではリューリの体力が心配だ。
「リューリちゃん! 交代しようか?」
「ううん! 全然平気! そんなに痛くないし!」
「そう? じゃあもうちょっと頑張って! なる早で敵減らすから!」
斧で敵の攻撃をいなしながら言うリューリ。アルトは超覚醒をし、燃え盛る炎のようなオーラを纏って猛然と刀を振るう。
流れるような動きで敵を斬り刻んで行く親友を頼もしく思いながら、リューリは自身のイェジドに声をかけた。
「レイノ! ウォークライでアルトちゃんのお手伝いして!!」
その声に応え、威嚇するような咆哮をあげる深紫色のイェジド。
動きが鈍った敵を、更にアルトとリューリが斬り伏せる。
敵の手数の多さに、傷が増えてきたリューリを見て、銀髪のエステルが杖を掲げた。
「リューリさん、回復します!」
「ありがと。エステルちゃんいるから心強いなー! ボコボコにされても平気そう!」
「ボコボコにされないようにするってば!」
「アルトお姉さまも無理は禁物ですよ!」
リューリとアルト、銀髪のエステルは軽口を叩き合いながらも敵の数を減らしていく。
「真さんって、闘狩人なのに魔術師みたいですよね!」
「……それはどういう?」
ワイバーンと共に堕天使型を薙ぎ払う真に、そんなことを言うアシェール。
彼女の真意が分からず、真は首を傾げる。
「だって、剣なのに一度に沢山敵倒しますし」
「それは、刺突一閃もあるし、強化もしてるから……そういうアシェールさんは魔術師なのに前衛に出てて大丈夫?」
「はい! カジディラもいますし、魔術師にしては固いんで、私!」
名を呼ばれ、エッヘンと胸を張るアシェールのユグディラ。
真とアシェールは、ミグ達と共に本体が突撃する道を作ると、そのまま周囲の敵の殲滅に乗り出した。
アシェールの一直線に伸びる桃色の雷撃に焼かれる歪虚。
そして、真が大きく踏み込みながら武器を突き出すと、その軌道上にいる敵が面白いように消えて行く。
「わたしから言わせれば二人とも規格外だがな……」
グリフォンの背の上から苦笑する翠。
戦いの果てに強くなり、邪神の喉元に刃を突きつけるまでになったハンター達。
翠もそうだ。木剣しか知らなかった自分が、思えば良く此処まで来たのもだ。
邪神も潰えれば、いずれ歪虚達も力を喪って行く筈……。
「……誰しもが、こうして戦わなくて済む時代が来るといいな」
「……ええ。そうですね」
翠の呟きに、バイクに騎乗したまま頷くセツナ。
この辺境の地は、昔から歪虚の侵略の第一線として戦いの絶えない土地だった。
それも、私達の時代で終わりにしたい。
……遠い先の未来に生きる者達が、かつての翠のように、木剣しか知らずに済むように。
今はただ、その為に――ただひたすらに、刀を振るおう。
「行きましょう、翠さん。それを実現させましょう!」
「……ああ。焔もすまないな。もう幾ばくか付き合って欲しい」
セツナの微笑みに、笑みを返した翠。
彼女のグリフォンは主の声に応えるように嘶くと、蠢く敵目掛けて一気に距離を詰める。
地上と空を駆け抜ける2人の乙女は、真とアシェールに撃ち漏らされた敵を細やかに、大胆に潰していく。
そんな中、バタルトゥは金の鬣の馬を駆り隊の中央で、戦い続けていた。
閃く双剣。素早い剣戟は、辺境部族の中でも屈指の腕前だと言われるだけのことはある。
その戦いぶりは、いつもと変わらぬように見えて――その姿に、イスフェリアはどうしても、微かな希望に縋りたくなってしまう。
……この戦いが終わっても、彼は生き続けてくれるのではないか、と。
烏滸がましいことだとは思うけれど。戦うことしか知らぬという彼に、それ以外の生き方を教えてあげたかった。
――かつて、記録の中で出会った彼の祖先のように。
家族を得て、子を成して――幸せな日々を得てほしかった。
……過去形じゃダメ、諦めちゃだめ。わたしは最後まで諦めない――!
前へ前へと進み続けるバタルトゥを回復し続ける彼女。
その少し後方にいた蜜鈴は息を吸い込むと、歌うように詠唱を開始する。
次の瞬間。放たれる紫電。それはバタルトゥの面前にいた敵を薙ぎ払う。
――どうせこの男は、何を言っても、誰が泣いても止まるまい。
そういう男だ。だからこそ、前だけを見ていられるように支えてやろうと思った。
……紫電よ。切り開け。友が駆ける為の道を。切り拓く未来への道を。
只々共に歩む為に…愛しいと想う心を後悔とせぬ為に……!
彼女の願いを乗せた紫の雷は、戦場を縦断し、敵を貫いてゆく。
「……イェルズ! 左!!」
ラミアの声にハッとするイェルズ。
隻眼に大分慣れたとはいえ、左側はどうしても死角になる。
彼の得意とする得物は大剣で……威力は高いが、こういう咄嗟の時には避けることが難しい。
迫る歪虚。イェルズを守る為に咄嗟に走るラミア。
そこに、エアルドフリスの鋭い声が聞こえて来た。
「ゲラアハ! 往け!!」
叫びと同時に飛び出す銀灰色のイェジド。赤毛の青年を守るように立ちはだかり、狂気の歪虚をその牙で噛み砕く。
「ラミアさん、エアルドフリスさん! すみません!」
「なぁに。イェルズ殿には必ず生き延びて貰わにゃなりませんからね……!」
「そこはありがとうって言いな!」
申し訳なさそうなイェルズにピシャリと返すエアルドフリスとラミア。
そこに、ルシオ・セレステ(ka0673)からの温かな力を感じて、彼は振り返る。
「ルシオさん、俺より族長を……!」
「もちろん、バタルトゥも支援するさ。君にも必要だと思うからやっているんだよ、補佐役殿」
「でも……!」
「……イェルズ。こういう時の遠慮は不要だ。それこそ命に関わるからね。仲間は助け合ってこそだ。そうだろう?」
ルシオの静かな声に、ぐっと言葉に詰まるイェルズ。
彼女の言い分がもっともだと思ったのか、イェルズは素直に頷くと、再び敵と対峙する。
それでいい、と呟いたルシオは、エアルドフリスが眉間に皺を寄せて敵陣を見つめていることに気が付いた。
「……どうかしたのかい。何か気になることでも?」
「いや、どうにも此処は舞台が整い過ぎている気がしてね」
――そう、まるで。ここでバタルトゥの命を使い果たす為に用意されているかのような……。
「予感が外れてくれりゃあ良いが……」
「……そうだね。その為にも、出来ることをしよう」
エアルドフリスにそう答えながらも、ルシオの胸には、言いようのない不安が澱んでいた。
シアーシャ(ka2507)は、剣を振るいながら……イェルズと同じ姿をした歪虚のことを思い出していた。
――ハンターを救う為に、消えて行ったテセウス。
結果としては、自身を犠牲にして……ということになるのだろうが。
シアーシャには分かる。彼は、『犠牲になるつもりなんてなかった』と。
――テセウスは、驚くほど素直で、前向きで、すべてを諦めないで……いつもは前向きなはずの彼女でも諦めてしまいそうなことにも挑もうとしていた。
可能性を信じること。
積極的に学んで、吸収して、成長し続けること。
素直に受け止めて、柔軟に変化していくこと。
――それはきっと、これから未来に向かって行く者全てに必要なもので……。
何も知らない彼に教えているはずが、逆にたくさんのことを教えられた。
……弟のような存在だった、と言ったらテセウスは悔しがるのかもしれないけれど――できればもっと一緒にいて、成長していきたかった。
もう会えないけれど。あなたのココロを感じるから。だから、泣かない。
きっとそれは、テセウスも望んでいないだろうし。
何より、今は……私の大事なあの人が、辛いことに向き合わなくてはいけないから。
……別れまでの時間が、少しでも長くなるように。
その時間を稼ぐために、戦う……!
身を翻したグリフォンの動きに合わせたシアーシャ。中型狂気が放ったビームを上手いこと回避してくれたらしい。
彼女はそのまま、剣を握りしめて歪虚へと突撃する――。
ハンター達の奮闘は、多くの歪虚を駆逐し、数を減らしていたが、それでも絶対数が多いのはどうしようもない。
この歪虚達は、ブラッドリーから『ノアーラ・クンタウを目指せ』という指示を与えられているらしい。仲間達の攻撃をすり抜け、回り込んで長城に向かおうとする歪虚が後を絶たなかった。
「お兄様! わたくし達を迂回して砦に近づこうとしている歪虚がいるです。それを集中して攻撃してくださいです!」
「ああ、了解した」
青い髪のエステルの指示に頷くアルバ・ソル(ka4189)。
彼の傍にいなくて良いのかい? という問いを投げかけようかとも思ったが、やめておいた。
……彼女なりに、考え抜いた末にここにいるのだろう。
きっと愛しい人の傍にいたいであろうに、彼の目標を助ける為に、こうして任務を優先したのだ。
そう思うと、何ともやりきれない気持ちにはなるが……彼女の決断は尊い。
妹がそう決めたのであれば、兄である自分に出来ることは見守ることだけだ。
アルバはふと思う。
……妹は、彼の余命についてどう考えているのだろうか。
アルバは性格的なこともあり、あまり楽観視できないと思っているのだが……。
彼女は、奇跡を信じているのかもしれない。
未来のことなんて誰も分からない。
きっと誰しもが、奇跡を願っているのだろうけれど……。
ただただ、彼女が後悔するようなことがなければ良いと願う。
「……お兄様? どうかしました?」
「いや、早く終わらせて、バタルトゥを楽させてあげないとと思っただけだ」
「はいです! ……何となくですけど、バタルトゥさん、無理している気がするです。早く終わらせてあげたいです」
「そうか。それはなおの事、頑張らないといけないな」
「はいです! ……パールさん、回避は任せるです!」
「レイン、上昇しろ! 行くぞ!」
空へと駆け上がるペガサスとワイバーン。続くエステルとアルバの詠唱。
歪虚の群れの行く手を阻むように、火球と紫の雷が放たれる。
「くっそ、なんだよこの再生能力! ふざけてんじゃねぇぞ!」
「やだなー。再生する前に倒せばいいだけだよ」
「簡単に言うんじゃねえ!!」
あっけらかんと言うエンバディにうがーー!! と吠えるトリプルJ。
シェオル型と対峙している彼らは、敵の再生能力の高さに思わぬ苦戦を強いられていた。
……とはいえ、シガレットのヤルダバオートのお陰で、大分堅牢になっている。
与えられるダメージは然したるものではなく……長期戦にはなるが、いつかは倒せるだろう、という状況だった。
「おいお前ら! どんどん砲撃続けやがれェ!!」
「任せておくのじゃ!」
ミグのダインスレイブと、シガレットのVolcaniusから雨のように注がれる砲撃。
弱ったところに、トリプルJとエンバディの攻撃が決まり……シェオル型も、確実にその数を減らして行く。
ふと、目線を移すエンバディ。今のところ敵は長城に至っていないが、続く戦いに辺境の戦士達に疲労が見られる。
フィロがフォローに当たっているが、何しろ敵の数が多い。犠牲者が出るのも時間の問題だった。
「……長期戦してる場合じゃないね、これ」
「おう。1人でも多く生きて帰してやる為にも、とにかく叩き込め」
「分かった」
シガレットに頷き返すエンバディ。敵の位置を目視で確認すると、紫色の光を伴う重力波を発生させて――。
「おいーー!! ハルマゲドン食らってまだ立ってるってどういうことだよ!!!」
「それなりに回復能力があるようですね……」
マスティマから聞こえて来るリクの声に、ため息交じりに答えるGacrux。
彼らはミグや真達によって開かれた路で、まっすぐに大型シェオルに到達していた。
幸い近くに仲間達もおらず、いるのは海のように広がる敵だけ。
よっしゃ! これはチャンス! とばかりにリクから渾身のハルマゲドンが放たれて――周囲にいた歪虚は塵となって消し飛んだが、大型シェオルだけはしぶとく生き残っている状況だった。
「でも、結構弱っては来てるみたい?」
「そうですね……」
ワイバーンの背の上で小首を傾げるまよいに、こくりと頷くイツキ。
――この地に纏わる難しい事は判らないし、知らない。
だが、為すべき事が有るとするなら……歪虚を――ひとつでも多くの悪夢を、断ち切ることだ。
たとえ愚かと言われようとも。
ただひたすらに、前へ。
踏み出す先にこそ、進むべき道が有ると信じて……。
この、自身より遥かに大きなシェオルは、塵に還してやらなければならない。
「……さあ、行こう! エイル!」
主の声に応え、イツキを乗せたまま風のように走り出すイェジド。
彼女の槍が、巨体に深く突き刺さり、その身体が傾ぐ。
「俺も負けていられませんね……!」
ワイバーンと共に急降下するGacrux。追い打ちをかけるように、彼の槍が大型シェオルを連続して切り裂く。
「まだ終わりじゃないよ!!」
続くまよいの詠唱。数本の光の矢が次々と敵を貫き、再びその身体がぐらりと揺れる。
連続攻撃にさすがに耐えられなくなったのか、大型シェオルの動きが鈍る。
まよいはにっこりと笑うと、マスティマに目線を送る。
「あともう一息! リクよろしく!」
「おう! 食らええええええ!!」
その声に応え、ブレイズウィングを放つリク。
射出された翼に貫かれた大型歪虚は、声にならない悲鳴を上げると……そのまま、サラサラと崩れて消えて行った。
その様子を見つめていたイツキは、ふっと短くため息をつく。
「ひとまず任務完了ですね。お疲れ様です。」
「本当にひとまず、ですけどね。まだまだ歪虚が沢山いるようですし」
淡々と言うGacruxにまよいもこくりと頷く。
「ミグ達に合流して、歪虚の殲滅を続けよ!」
「そうだね。バタルトゥも心配だし……」
振り返り、中央を見やるリク。
……激しい戦いは、まだ終わりそうになかった。
――その異変に気付いたのはイスフェリアだった。
先陣を切って戦うバタルトゥ。その傷を癒す為に術を使い続けていたが……先程から、彼の傷が一向に塞がらない。
……まさか。
彼女の中に宿る一抹の不安。
「バタルトゥさん……! もしかして身体が……」
一瞬振り返ったバタルトゥ。次の瞬間、がくりと膝をついた。
――そんな。まさか……!
イスフェリアは叫びだしたいのをぐっと堪えた。
同様に異変を察知したのか、滑り込んで来るフィロのルクシュヴァリエ。
バタルトゥに向けてスッと手を差し伸べる。
「バタルトゥさん、これ以上はいけません。撤退しましょう。捕まってください」
「……断る」
「バタルトゥ様は既にオイマト族の偉大な族長です。そしてバタルトゥ様がここで戦死すれば、シバ様を超える英雄として名を残すことでしょう。ただそれは、あれこそが族長の生き方よと次代の族長たちを縛る呪いになりかねません」
「……だったら何故、採択の時に俺を戦わせる決断をした。こうなることは分かっていただろう……」
「それは……」
バタルトゥの静かな声に、言葉を失くすフィロ。
そう。彼を生かしたいのであれば、寝かせたままにしておくという選択肢もあったのだ。
だが、ハンター達は、彼の意志を尊重した。それの決断は、バタルトゥを死に向かわせると理解していた筈だ。
――その上で、今更『生きろ』、『諦めるな』というのは……バタルトゥの決意を踏みにじることになりはしないか……?
……それでも、諦めたくはなくて――蜜鈴は、手を伸ばして言葉を重ねる。
「……のう、バタルトゥや。マテリアルが……命が、想いが足らぬと云うなれば……妾から奪って構わぬ。全てを、おんしに譲っても構わぬ……。故に…想いの時を止めてくれるな……」
「……これ以上誰かを……何かを犠牲にしてまで生きたいとは思わぬ。だったら、ここで死にたい……」
息を飲む蜜鈴。
……そうだ。この男は。愚かしいまでに自己を顧みようとはしない。
だからこそ、一族から歪虚を生み出した責を一身で背負おうとし、怠惰王との戦いでは、仲間を逃がす為に殿となって時空の狭間に残った。
こうして手を伸ばしても、その手を取ることはしない。
分かっている。分かっていた筈だったのに……。
「この愚か者が……!」
「……辛いことだとは思うが、この決断を下したのは他でもない我々だ。同じ赤き大地の戦士として頼む。……戦士の尊厳を、穢さないでやって欲しい」
苦し気な蜜鈴の呟き。エアルドフリスの重々しい声に、水を打ったように沈黙する仲間達。
目を伏せた蜜鈴はインカムを手にすると通信を始める。
「……エステルや、聞こえるかえ」
「はいです。蜜鈴さん、どうかしたです?」
「早うここへ。……そろそろ、潮時のようじゃ」
インカムの向こうから、青い髪のエステルの息を飲む音が聞こえた。
「アルトお姉さま、リューリさん。バタルトゥさんが……」
魔導スマートフォンを手にした銀髪のエステル。
その報せに、アルトが目を伏せる。
「……戦いを続けよう。私達に出来ることはそれだけだ」
「……うん。1匹でも多く倒さないとね」
この場所に、こんなに歪虚が沢山いたんじゃ、セトさんもオーロラさんも、燕太郎さんも……安心して眠れないもの。
そう続けた彼女に、アルトは苦笑する。
「リューリちゃんらしい理由だね。さあ、じゃあ続けよう! エステル!」
「はい!!」
アルトの合図に合わせ、祈り始める銀髪のエステル。
アルトとリューリが、光の障壁に包まれる。
それに合わせ、大精霊が司る『節制』の理を解放するアルト。
その神聖な輝きが敵の目を奪ったのと同時に、リューリは猛攻を再開する――!
「おい! まだ死ぬな、バタルトゥ!」
バタルトゥの容体を聞き、すぐに駆け付けたトリプルJ。
見て分かる程に弱っているのに、まだ戦おうとしている彼に舌打ちをする。
「……もう戦うな! お前の鮮烈すぎる生きざまがイェルズに刻まれちまうだろうが! 自分と違う族長の生き様示せって思ってんならお前もここで死ぬんじゃねえ! おい! 聞こえてんのか!!」
トリプルJの肩に手を置いて、首を振るエアルドフリス。彼は悔し気に、大地に拳を叩きつける。
「クソったれ……!!!」
血と汗と埃に塗れ、まだ動こうとするバタルトゥをそっと制止したイスフェリアは、宥めるように彼の髪を撫でた。
「……ねえ、バタルトゥさん。バタルトゥさんは戦うためだけに生まれてきたんじゃないよ」
あなたと出会えて、わたしは変われた。
昔のわたしは、将来を、すべてを諦めていたのに。
あなたと、オイマト族に逢って、未来を信じてみたいと、思えるようになった。
「あなたと出逢えて、わたしは変われたの。ありがとう……。出来ることなら、貴方にも戦う以外の生き方を、覚えて欲しかった」
「……すまない」
謝って欲しい訳じゃないのに。どうしてこの人はこんな時まで謝るのだろう。
熱くなる目頭を拭うイスフェリア。蜜鈴も掠れた声で続ける。
「本当に、妾とフィロの手を振り払い、好き勝手して死によるのか、おんしは……。不甲斐ない子孫を持ったとオイマト老に叱られるが良いわ」
「……お前には叱られてばかりだったな……」
「……! 今生の別れのようなことを言うでないわ! 大馬鹿者め!」
「……貴方の成したかった未来は、わたくしが見届けます。だから、どうか……」
バタルトゥの手を握る青い髪のエステル。
……この人の顔を見たいのに、視界がぼやけて良く見えない。
――この人は精一杯頑張った。やるべきことをやり切った。
……だから、一人前のレディらしく、笑顔で見送ってあげたいのに。
「……嫌です! 嫌ですバタルトゥさん! わたくし、貴方から気持ちを何一つ聞いてないです……! 死なないでください……!」
「……エ、ステル。俺は……」
「バタルトゥさん……!!」
彼の声を聞こうと、耳を寄せるエステル。彼は深く息を吐き出すと、それ以上語ることはなく――。
「……雨のように。水のように。命は巡りて、赤き大地へと還る。祝福と共に円環へ――かの命を送ろう」
バタルトゥの手を取り、静かに、祝詞を唱えるエアルドフリス。
――若くしてオイマト族の族長、そして辺境部族の大首長となった男は……その命を燃やし尽くして、赤き大地に散った。
「……族長」
「……イェルズ。気持ちは解るが、敵はまだ残っている。悲しむのは後だ」
「分かってます! くそ! よくも……!」
ルシオの宥めるような声に走りだしたイェルズ。
怒りに任せて大剣を振るう彼に、ルシオはため息をつく。
「……ああやって、怒りに変えていないと立っていられないのだろう」
「無茶するのは止めようがないか。あたし達が守るしかないね。ルシオ、回復頼める?」
困り顔で言うラミアに、ルシオは笑顔で頷く。
「勿論。その為に来たのだからね」
「ありがと。……本当、世話が焼けるよね」
「それが、あの子の良いところでもある。そうだろう?」
「そうなんだよね。だから放っておけない。支えなきゃって思うんだ」
頷き合うルシオとラミア。
――イェルズは確かに強くはないのかもしれない。
だからこそ、彼にしか見えない、彼にしか理解できないものもある筈だと。
そして、バタルトゥは、そんな彼だからこそ、次代に望んだのだと――そう思う。
バタルトゥが斃れたという報せは戦場に駆け巡り、辺境の戦士達の動揺を誘った。
真と翠、アシェールとセツナは、そんな彼らを宥め、必死に鼓舞を続けた。
「怯むな! 前を向け! 大首長は、何のためにこの地に立ったと思ってる!」
「わたし達がついている! この大地に蔓延る歪虚を倒せ!」
「そうです! 最後まで戦い抜きましょう! 辺境の戦士の誇りを見せる時です!」
「歪虚を1体でも多く倒し、偉大なる大首長への贐としましょう!」
彼らの声に応え、勝鬨をあげる戦士達。
赤き大地の為に、この地に散った大首長の為に……彼らは、最後までハンター達と共に戦い抜いて――。
そしてしばらくの後、まよいとGacruxは敵の動きが変化したことに気が付いた。
「……あれ? 何か敵の動き、おかしくない?」
「突然統制が取れなくなったようですねえ……」
一直線に長城に向かっていた歪虚達が、右往左往し始め、じわじわと後退を始めている。
イツキが魔導スマートフォンで通信し、仲間達を振り返る。
「別動隊より入電です。ブラッドリーの撃破に成功したとのことです」
「お! おめでとー! ……ってことは、こいつら指揮官失ってどうしたらいいか分からなくなったってことか」
「では、このままお帰り戴きましょうかねえ」
「そうだね。最後にドーンと行きますか!」
Gacruxの呟きに頷きつつ、リクはコクピットの中で敵を見据える。
――結局、最後まで助けてもらってばかりだった。
あなたが生きてるうちに返せなかったけれど……護ってみせるよ。
あなたが護ったこの地を、明日を。
だから見ていて欲しいんだ。
――これがきっと、僕がこの地に転移してきた意味だと思うから。
……あと、ごめん。バタルトゥ。ほんの少しだけ、仇討ちをさせて欲しい。
「行くぞ! フーガ! 照らし出せ!!!」
叫ぶリク。彼は仲間達と共に、容赦のない追撃を開始した。
――こうして、歪虚の群れは去り、辺境の大地は救われた。
ハンター達の元へ労いと称して訪れたイクタサの姿を見つけて、フィロは声をかける。
「イクタサ様。一つお伺いしても宜しいですか?」
「何だい?」
「……バタルトゥさんは結局、戦いの中で旅立たれてしまいました。何故、思いの力で奇跡が起きるなどとおっしゃったのですか?」
「奇跡が起こる、なんて言ってはいないよ。起こるかもね、って僕は言ったんだ。……そもそも、僕は最初に彼の道行きを提示したはずだ。寝たまま生き続けるか、起きて死ぬまで戦うか、とね。君達は後者を採択し、彼は死んだ。予定通りじゃないか」
「……私達は確かに彼の意志を尊重しました。でも、死んで欲しかった訳ではありません。せめて、充分な別れの時間を用意して差し上げたかった……!」 目を伏せるフィロ。その声には珍しく、揺れた感情を感じて……イクタサはため息を漏らす。
「……そうだね。祈りや願いの力は確かにあったよ。それは僕達大精霊や、世界を救う力にもなった。でも彼は……その、祈りが届くラインに立つことすら難しい状態だったんだよ。そうじゃなければ最初からあんな選択をさせなかった」
……神や精霊も万能じゃない。その証拠に、邪神ファナティックブラッドだって君達に膝をついた。
囁くように言うイクタサに、フィロは感情を抑えて続ける。
「……神でもどうにもできないことがある、ということでしょうか」
「そういうこと。ともあれ、この戦いの終焉に祝福を。君達人類の勝ちだよ。喜び給え」
「あんた、本当にどうしようもないくらいクソ精霊だな」
「そうかい? うん。まあそうかもね。誉め言葉として受け取っておくよ」
「誉めてねえ!! ったく、先のあるいたいけな青年にトラウマ植え付けやがって!!」
「それは君達が何とかすることだろう?」
「うるせえバーーーーーーーーーーーーーーカ!!!」
にっこりと笑うイクタサに、トリプルJは噛み付かんばかりに吠えた。
「……おやすみ、バタルトゥさん。……私は、あなたが少しだけ羨ましい」
そして、誰にも聞こえぬ声で、独り言ちる真。
――己の価値を感じられず。死に場所を求めるように戦い続けていた彼にとっては……バタルトゥの死に様は、とても甘美なものに見えた。
依頼結果
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【相談】ノアーラ・クンタウ攻防 エステル・ソル(ka3983) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/08/20 06:32:51 |
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【質問】聞いてみよう エステル・ソル(ka3983) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/08/19 00:54:06 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/08/19 08:32:16 |