• 血断

【血断】さようなら、また明日

マスター:ゆくなが

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/09/02 12:00
完成日
2019/09/15 15:07

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

【血断】作戦は終了した。邪神は討伐された。かくして人類は明日へ進むこととなる。

●決戦の後に
 クリュティエ(kz0280)は生き残った。
 元々は敵対関係にあった彼女であるが、戦いの途中でハンターに負けを認め、自分の目的は果たせないと認めることとなり、共に戦った。
 その後、戦いが終了し残ったクリュティエをどうするのか、という話し合いがハンターズソサエティで行われた。
「わかっている。我はお前たち人類に有害な存在だ。歪虚であるし、犯した罪もある。だからこそ、我はまだ倒れるわけにはいかないんだ」
 未来を見ると、クリュティエはカレンデュラ(kz0262)と約束していた。だからここで再度討伐対象にされないために、自分の有用性を示した。
「この先、お前たち人類がクリムゾンウェストで生きるとして、取り返すべき領域があるはずだ。歪虚の我ならばそれに貢献できる……いや、させて欲しい」
 ソサエティ、というか人類も邪神という世界の侵略者を倒したがまだやるべきことがある。それはグラウンド・ゼロ以北領域、つまり負のマテリアルに汚染された領域の浄化作業だ。これは人類がこの星で生活し、より繁栄するためにも必要なことだ。なぜなら、人類が生存できる領域はあまりに狭いからだ。
 すでにわかっていることだがグラウンド・ゼロおよびそこから北の世界は負のマテリアルが濃すぎるために覚醒していなければ活動できない。だから、歪虚であるクリュティエの協力は非常に有益なものだ。また、汚染領域の浄化はすぐできるものではなく数百年単位の時間が必要である。つまり、この作業に歪虚はうってつけであるし、クリュティエの戦闘能力は今までの戦いでハンターたちも思い知っている。
 だからソサエティは以下の決定を下した。
 クリュティエを討伐することはしない。以降は汚染領域の浄化計画の協力者としてソサエティの要請に応えること。
 これ以上、人類側に損害は出さないこと。
 以降はグラウンド・ゼロ以北にて生活すること。
 人の世の移り変わりは定期的にソサエティより手紙にて知らせること。
 また、ハンターが望めばクリュティエに会いに行けるようにすること。
「──ああ、異論はない。ありがとう」
 クリュティエの仮面は壊れたままで、素顔が晒されている。静かに目を閉じてソサエティの決定を受け入れた。

●傷の癒えた頃
 邪神討伐から1週間ほどたった。あなたたちハンターは決戦で大きな傷を負ったものもあったが、ほとんど完治している。世界の傷は深いが肉体は日常生活を淀みなく行える程度には回復した時分だろう。
 クリュティエはグラウンド・ゼロで生活している。高位歪虚である彼女の濃厚な負のマテリアルは一般人には毒だからだ。すでに汚染されている地域ならば何も問題はないというわけだ。
 だが、汚染されているのは問題で、このグラウンド・ゼロには強力な雑魔が発生する。なので彼女はそれらを退治したりして過ごしているらしい。
 あなたたちは傷も癒えたし、クリュティエの様子が気になって、彼女の元を訪ねることにした。或いは、グラウンド・ゼロを歩いていたら彼女と出会ってしまった。
 クリュティエはふらふら歩いていただけかもしれないし、この地に現れた雑魔と戦闘している最中だったかもしれない。
 さて、クリュティエとの時間をあなたはどう過ごしますか?

●クリュティエの時間
 長い長い、ひとりの時間がはじまった。
 クリュティエは空を見上げる。
(ジュデッカはどうなったのだろう)
 自らの今後は確かに大事であったのだが、クリュティエは最も気にするのはそのことだった。
(世界は再誕したのだろうか)
 このクリムゾンウェストからそれを知るすべはなかった。どこにも行き場のない気持ちがクリュティエの胸の中に蹲る。
(うまくいったと、うまくいけと祈る他、ないのか)
 本当は空を見上げたって、そこにある星の煌めきを繋げたってわかることではない。ただ、自分の力が干渉しない彼方へ行ってしまったものたちへと、あの空に浮かぶ手の届かない星々との距離が類似していた。

リプレイ本文


 Gacrux(ka2726)を見て、クリュティエ(kz0280)は自分が身構えているのを悟った。
 だが、思い詰めたような顔はGacruxも同じように見えた。
「あんたと和解したいんです」
 以前のオープンカフェでの話だ。
「俺は、仇花の境遇を自分の身に置き換えて考えていた。そして、あんたにカレンデュラの記憶はあっても、やはり別人だ。……無意識とはいえ、重ねて見ていたことはすまなかった」
「そうか……」
 クリュティエは目を瞑り、言葉を受け入れた。そして、再び目を開いた時には、他のハンターに対する時と変わらない態度になっていた。
「今日は何の用だ?」
「少しでもここでの生活に必要なものを届けに来ただけですよ」
 そうして渡したテントを2人は一緒になって組み上げた。
 クリュティエはグラウンド・ゼロでの生活は、適当な遺跡で過ごそうと思っていたので、こういった移動式の拠点ができることはありがたかった。
「あとは、これを。遅いが誕生祝いだ」
 Gacruxの手に乗っているのは寒椿が彫刻された櫛だった。
「たとえ花が枯れても、季節廻ればまた花見る事も出来る」
「……しかし、それは同じ花ではない。我と姉さんが別人であるように。でも……」
 クリュティエは櫛を受け取った。
 Gacruxは櫛に込められた魔除けが彼女に悪い効果をもたらすかと思ったが、そんなことはなかった。
「俺もこの地で開拓を考えていた。……迷惑でなければ共に手伝わせてくれないか」
「逆だ、Gacrux」
 やんわりとクリュティエが訂正する。
「我が人類を手伝っているのだ。そうでなければ我がここにいる意味がない。我が見たいのは、我を負かした、我が認めたお前たちの未来だ。それにこの地の開拓はたった1人でできる話ではない。2人だから可能ということでもない。遠大な計画であり緻密な計算と根気のいる話だ。我は人類がそれに本格的に乗り出すまで、グラウンド・ゼロに現れる歪虚を討伐して障害を減らしておく。お前がこの地の浄化に関わりたいのなら、我にではなく人類のそれを専門に扱う者たちに話をつけたほうがいいだろう」
 この土地は長い時間汚染されていた以上、長い時間をかけて浄化に取り組まなければならないだろう。
「この世界で起こったことなら、我も見届けられるからな……」
 そのクリュティエの言葉には暗に、ジュデッカの様子はここからはわからないのだからという意味合いが含まれていた。
 Gacruxもそのことを察し、再誕に思いを馳せた。
「……2人を失えば俺は絶望していただろう。孤独なのは俺も同じだ」
「カレンデュラとの同一視をやめたら、今度は自分自身と我とを同じだと思いたいのか?」
「いや、俺はそういうつもりでは……」
「──すまない。今のは我が悪かった。意地悪な言い方だったな」
 クリュティエは適当なところを見遣って続ける。
「我は孤独ではなかった。黙示騎士たちもいたし邪神に取り込まれた者たちがいた。現在、彼らは消滅するか、もう我の手の届かないところにいる。でも、不思議とそれが悪いことのように思えない。確かに我はひとりだ。グラウンド・ゼロは負の大地だ。だが今の状態を孤独とか、寂しいとか辛いという言葉だけで済ませたくないんだ」
 クリュティエは指先を胸に当てた。どうしようもない空白をそっと撫でるように。
「──クリュティエ、生きていてくれてありがとう」
「どうした、急に」
「伝えておきたかったんだ、この言葉を」
「そうか──うん。どういたしまして」
 クリュティエはその言葉に柔らかく目を細めた。
「俺たちはまだ互いをよく知らない。これから沢山の事語り合いたいと思っていますよ」
「そうだな」
「必要な物は運んで来ます。また明日」


「ありがとう……とも違うと思うんだけれど」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)は言葉を選びながら話していた。
「お前にとって辛い選択だったと思う」
「人類の味方につくことが、か?」
「まあ、そうだな」
 クリュティエが明言したことで、やや吹っ切れたようにボルディアは続きを話した。
「でも、お前が一緒に来てくれて。俺らの声に応えてくれて。俺は嬉しかったんだ。だから、お前にとっては複雑だろうけど、ありがとな」
 邪神との戦い、その最後の最後の戦いでクリュティエはハンターたちが思う存分邪神本体と戦えるように、シェオル型などにカレンデュラ(kz0262)とともに対応していた。
 しかしボルディアの言っていることは戦力的な意味合いと同時に精神的な意味もあるのだろう。
「いや……礼を言うのはこちらの方だ」
 睫毛を伏せてクリュティエがこたえる。
「ボルディアが、お前たちがああして我に声をかけてくれなければ、手を差し伸べてくれなければ、我はここにはいなかったろう。我は……今までの行いが罪であることは承知している。しかし、その行い全てが間違いだったとは思えないんだ」
「……そうだな。俺も何かを失うこと、誰かが死ぬのは怖ぇよ。でも、死んでも全てが失われるわけじゃない」
「それは──あの戦いで少しわかった気がする。別れは全てが悲しいだけではないのだと」
 ボルディアは南の、人類の生活圏のある方を見つめた。
「いつか、さ。お前が普通の人と一緒に暮らせるようになったら、一緒に来て欲しいところがある」
「どこへ?」
「学校だよ」
「学校……教育施設のことだったな」
「そう、その学校。俺は覚醒者を訓練している学校で教師として過ごそうかなと思ってる」
「教師……? ボルディア先生ということか?」
「そういうことだ。ガキどもの相手はたいへんだろうが、やりがいはある。そこでさ、子供達がどんな風に過ごしてるか見て欲しいんだ。これがお前が守った世界なんだぜって見させたいんだよ」
 自分自身は有限でも、子供や意思などで続くものがある。かつてボルディアに言われた言葉をクリュティエは思い出していた。
 この世界で続いたものを見に行こう。
「ああ。楽しみにしている」
「きっとだぜ?」


「私たちがマクスウェルと戦ったこと、知ってるっけ?」
 夢路 まよい(ka1328)が帽子越しに問いかける視線と言葉を投げた。
「話は聞いている。が、詳細は知らない」
「そうなんだ」
 まよいはそう言った後、最終決戦のことを簡潔に話した。
「ハンターは黙示騎士を倒した。私も、マクスウェルと戦った。クリュティエは前に、私達のことは嫌いじゃないって、言ってくれたね。私も黙示騎士たちのこと、嫌いじゃなかったよ。それだけに、お互い大切なモノを奪い合うことになったのは、寂しいことだね」
「そうだな。けれど……マクスウェルとラプラスが倒れた時、なぜか我は悲しいと思わなかった。自分がしたいようにして全力を出し切って倒れた彼らを哀れとは思えない。むしろ──素敵だと思った。彼らが満足していたのなら、それでよい」
「そのマクスウェルは復活してきたけどね」
「2回目はバニティーと一緒だったか」
「そう。マクスウェルは最後まで戦うことを望んでいた。私たちはそれに応えた」
 復活後のマクスウェルの戦いは、戦いそのものを目的としたものだった。
「戦うために戦う……というのは、クリュティエには理解しにくいかもしれないけど」
「我は無暗な戦いは好まない。それは敗者を生むし、場合によっては取り返しのつかない損失になることがある。そして……正直、疲れる」
「意外と面倒臭がりなのかな、クリュティエは」
「どうだろう。……まよい。マクスウェルとバニティーは、その、どうだった?」
「ん〜……、兄妹ッ! って、感じだった」
「どういう感じだ……?」
「見せつけてくれちゃってっていうさ。そういう感じ? まあ。わからなくもないというか」
「そうか……」
 クリュティエはマクスウェルにかけられた言葉を思い出した。
「マクスウェルは『何も諦める必要はない』と言っていた。……我は今まで、別れは辛いだけなのだと思っていた。でも、マクスウェルやラプラスを見ていてそれだけではないことを知ったんだ。『何も諦める必要はない』──それに『最後まで笑っていなきゃダメ』だって言っていた。……全てを救済するという行いは達成できなかった。でも、この願い自体が間違いだったとは思えない。その過程で我は罪を背負い、泣きながら戦った。泣いていた、ということは我はどこかで無理をしていたのだな……」
 クリュティエの願いは、少なくとも自分が笑える結末を招かなかった。
「何も失うことなく戦えて、日々を過ごすことができたらそれも良かったかもだけど。決着をつけた以上……私たちは前を向いて歩いていかなきゃね」
「進めば進むだけ、違ったものが見える……、だったか?」
 以前、まよいが言ったことをクリュティエは引用した。
「そういうこと。違ったものが見えたらさ、いろんな発見ができるでしょ? そういう中でクリュティエも、いつか自分が笑っていられる選択ができるよ」


「クリュティエ殿! 会いに来たのじゃ!!」
 そう呼びかける声はクリュティエも覚えていた。紅薔薇(ka4766)である。
「紅薔薇、怪我は治ったのか?」
「もちろんじゃ。邪神との戦いからそこそこ時間は経ったし、覚醒者の体は丈夫だからのう」
「休む時間があったのだな。我が言うのもおかしいかもしれないが、無事でよかった」
「ちょっとした休み時間といった具合じゃがの」
「? ハンターの方ではすでに浄化計画が進行しているのか?」
 確かにそれは必要なことだが、終戦後幾ら何でも動き出すのは早すぎないだろうか、という疑問を示したのを紅薔薇が否定した。
「いや、そういったソサエティが絡む話ではないのじゃ。邪神は倒したのじゃが……妾はまだ戦いは終わっていないと考えておる」
 クリュティエは無言だが、視線で紅薔薇に続きを促した。
「全ての結末を見届けておらんからの。まだ妾の中では『終わった』とは言えんのじゃ。お主には『奇跡を見せる』と言ったじゃろう」
 最終決戦の最中、紅薔薇はクリュティエと真正面から殴り合いをした。
 紅薔薇は超覚醒をして、星の救恤者で生命力ギリギリまで斬撃を叩き込んだ。
 この絶対にクリティカルをする攻撃の前ではクリュティエの絶対防御も役には立たず、彼女の方も2振りの剣で紅薔薇を斬ってかかった。
 結果、クリュティエは繰り返される星の救恤者のダメージに耐えきれず地面に倒れる。
 この時、紅薔薇は『奇跡へ連れて行く』と宣言していた。
「じゃが……ここからではジュデッカの様子もわからん。これではお主を殴り倒して交わした約束が果たせておらぬじゃろう」
 現状に、紅薔薇は紅薔薇なりの責任を感じていたのだ。
 クリュティエもジュデッカがどうなったのかが気がかりだ。これで再誕がうまくいっていなかったらどうしよう。そんなことばかり考えて、考えるしかできないのがもどかしい。
「じゃから、再誕したであろう新世界と、再誕の光の中に消えたナディア殿と大精霊クリムゾンウェスト。彼奴らを妾は探しに行くつもりじゃ」
「いや……しかし、どうやって?」
 クリュティエの疑問はもっともだ。どうやってここからは観測不能の世界へ行くというのか。しかし紅薔薇がこう言っている以上何か方法があるのだろうとクリュティエが思い当たった時、
「さっっっっっっぱり方法はわからん!!!!!!!」
 と、紅薔薇はいっそ清々しいほどの勢いで言ってのけた。
「じゃが、それは諦める理由にはならぬ。これで諦めていたら、ハンターたちの……いや人類の道程はとっくの昔に途絶えているじゃろうなっ」
 爽やかに紅薔薇は笑い、その後、懐かしい時間を思い出すような遠くを見つめる暖かな眼差しになる。
『妾に彼女の代わりはできないだろう。じゃが――妾くらいはお主の傍で死んでやろう』
『そしてその時までは、お主の隣で生きてやろう』
 守護者での契約の場で、紅薔薇はそう大精霊に誓っていた。
「だのに、こんなに離れ離れになってしもうた。もしあの2人が死ぬつもりだったとしても──妾は、最後まで共にいると誓ったのじゃから」
 紅薔薇にしろ、クリュティエにしろ、様々な思いがジュデッカの再誕に向けられていた。
「まずは行き方を明快にするのが先決なのじゃ。向こうで、調べてきて欲しい事や誰かに言付けたい事はあるかの?」
「再誕した世界は……、よい世界だろうか」
「う〜む。それはお主が自分で確かめた方がよいかもしれぬのう。新世界への行き方が判れば一度は戻るつもりなのじゃ。もし良ければ、その時に一緒に行かんかのう? 浄化計画もたまには休暇をとっても問題無いじゃろう」
「待っている」
「うむっ。待っておれ!」
 約束を果たすための約束を2人は交わした。


 神楽(ka2032)はなんだか大きな荷物を背負っていた。
「この近くで依頼でもあったのか?」
 クリュティエが聞くと、
「いやいや、遊びに来たんすよ!」
 と、神楽はこたえた。
 そして、テントの床布に、背負ってきた荷物の中身を並べ始める。
「……なんだこれらは」
「お菓子とか、飲み物とかいろいろっすよ!」
 クリムゾンウェストの伝統的なものから、リアルブルー文化に触発されたものまでバラエティ豊かなラインナップだった。
「折角平和になったんだし普通の話をしないっすか?」
「普通……」
 気まずげに、クリュティエは紫の瞳を逸らした。
「普通とは……どうすればいいだろうか……」
「なんだか思春期っぽい悩みっすね。でも、クリュティエさんは生まれて1年ちょっとですし、そう考えれば早熟な悩みかもれないっすね!」
「うむ……体だけ成人ですまない……」
「大丈夫っす。体に罪はないっす」
 これ以上悩む必要はないとばかりに、片手を上げて停止を促すジェスチャーをしてから、神楽は荷物からまた別のものを出した。
「こういうときは近況報告とか世間話とかするもんっす。思い出話もいいすっね」
 取り出したのはゲーム機と、かつてリゼリオのオープンカフェでとった写真だった。
「このときのこと覚えてるっすか?」
「覚えている。神楽が決闘しようと言った。あと、パフェを食べた」
「あ〜、いろいろあったっすねぇ」
 神楽がゲーム機に保存されている写真も何枚か見せた。そこには人類の日常が写っている。
 写真に見入るクリュティエの横顔を見て、神楽が言った。
「仮面ない方が可愛いっすね」
「……そうか?」
 容姿を気にする環境にいなかったので、クリュティエは平然とその感想を受けた。
「そうだ! クリュティエさん美人なんだしもっとセクシーな格好したらモてるっすよ。例えばこれとか」
 と、神楽は思いついたというように荷物からあるものを取り出して、彼女に見せた。
「ジャジャ〜ン! ビキニアーマー〜!!」
「……なんだそれは」
「クリムゾンウェストでも使われて、リアルブルーにも熱狂的な支持者を持つ防具の種類っす」
「防具にしたら、守っている面積が狭くないか?」
「防具ではあるんすけど、防具だけかこいつの役割ではないっす。戦う女性であることを示しつつ、そのボディの魅力を引き立てる素晴らしい衣装なんすよ!」
「これを着て戦う者もいるのか?」
「そうっすね。セクシーでかつ防具の役割を果たすハイブリットっすから。鎧部分が少ない分身軽に動けるんす。結構考えられてるんす」
「そういう……ものか……?」
 神楽から受け取ったビキニアーマーの胸当てなどの感触を確かめると、確かにちゃんとした素材は使われていた。
「我の戦闘スタイルに合わせて着用は検討する……」
「普段着にするという手段もあるっすよ!」
「気候に合わせて検討する……」
「あと、これも渡しておくっす」
 と、取り出したのは神楽が改造したものとは別の三下魔導カメラと携帯ゲーム機である。
「プレゼントっす。写真は想い出を残せるっす。一人の時も写真を見れば撮った時の事を思い出せて孤独じゃないって思えるっす。クリュティエさんも想い出を一杯残せるといいっすね」
「次に会う機会があったら、我が写真を見せる番なのだな」
「気に入ってもらえたら嬉しいっす。んで、想い出の最初の1枚としてツーショットを撮らないっすか?」
「もちろんだ」


「まず、これを受け取ってくれや」
 トリプルJ(ka6653)が差し出したのは花柄のバレッタだった。
「テセウスの妹分だろ、アンタ? テセウスは花とか興味があったからな、アンタもどうかと思ってな」
「ありがとう。お前はテセウスと関わりがあったのだな」
「ま、ちょっとな」
 トリプルJは度々リゼリオにやって来ていたテセウスの相手をしていたのだった。
 クリュティエにとってテセウスは兄だった。ハンターが邪神の討伐を決めて、つまり和平交渉が決裂して混乱していたクリュティエの手を引いてくれたのもテセウスだった。
 その彼は討伐戦争の最中、混沌からハンターたちを観測し続け消滅した。
「テセウスは世界を見て自分の生き様を決めた。ならアンタがここに居続けてアンタの世界は深まるのか。歪虚だから償うとか歪虚だから浄化に協力しなきゃならんとかおかしくねぇか。俺たちゃ向きが違っても世界や仲間を救いたかったことだけは間違いねぇだろうが」
「歪虚だから、ではない。罪を犯したから償うのだ。人間ならば牢屋に入ればいいのかもしれないが、我は高位歪虚だ。非覚醒者は我の濃い負のマテリアルにあてられて倒れることもあるだろう。このグラウンド・ゼロはそもそも負のマテリアルに汚染されている。我が住むにはちょうど良い。浄化計画についてはソサエティに強要されたのではなく我からも申し出たことだ。我はこの状況に不満があるわけではない。それに……我が仲間たちはすでにいない。クドウ・マコトは生き残ったが自分の道を進もうとしている。そして邪神に取り込まれた世界は再誕しよう……としているはずだ。やりたいこと、できること、姉さんとの約束、それがちょうど交わって我はここにいるのだ。我が見たい世界は、今より先にあるんだ」
 つまり、それは未来なのだとクリュティエは言った。
「そういうもんかねぇ」
 ガリガリと、話を聞いていたが全てに納得したわけではないというようにトリプルJは黒髪をかいた。
「……テセウスは鉢植えの花を育てようとした。ここには持ってこれねぇがお前にも見せたいんだ。だから、ちっと負マテ抑える訓練して見に行こうぜ」
「努力──する」
「歪虚と人間っつーのは……、なんというか、難儀だな」
 トリプルJはクリュティエについて自分がしようと思っていたことを話した。
「手を取り合える相手に一方的に押し付けるのは俺ぁ好かねぇ。だから、アンタの以北生活に関する撤回の署名を集める運動をはじめるつもりでいたんだが──」
 それについて、クリュティエ自身がどう思うか、トリプルJは疑問符を言葉ではなく視線に乗せた。
「我は今の状況が間違っているとは思わない。トリプルJ、お前も我のことではなく自分のために時間を使えばいいと思う」
「そうかい。なら、俺は俺がやりたいようにやるぜ」


「こんにちはぁ、お元気ですぅ?」
 星野 ハナ(ka5852)は女性らしく小さく手を振ってクリュティエに挨拶した。
「相変わらず、かな」
「見た感じ、大きな怪我とかなさそうで安心しましたぁ」
「ハナも元気そうでなにより」
 挨拶を済ませた後で、ハナは本題に入る。
「私もハンターで守護者ですしぃ、貴女のやったことは知っていますぅ」
 全体的にほんわかした雰囲気を持つハナであるが、その実力は屈指のものだ。守護者に選ばれるだけの戦いを乗り越え、高い実力を持っている。
「歪虚ブッコロな私ですけどぉ、私の中でも線引きがあるんですよねぇ」
 ブッコロ。つまりぶっ殺す。
 物騒な言葉であり、そもそもハナ自身も肉を断たせて骨を断つことができるのなら躊躇はしない人間だ。だが、依頼人の幸福には最大限留意して依頼に臨んでいる。
「私はですねぇ、死に際の堕とすタイプの歪虚は全ブッコロって思いますけどぉ。でも貴女はそういうタイプじゃないようですのでぇ、まあ幸せになってほしいかなあって思うんですよねぇ」
「幸せ……?」
「そうですよぉ。クリュティエさんは別に快楽殺人鬼とかじゃありませんしぃ、貴女の幸せはもう、私たちを侵略するものではないとおもいますからぁ」
「お前たちの未来を見ることが、我の幸せ……だと思う」
 その言葉を聞いて、ハナがぐいっと距離を縮めてクリュティエをじーっと見た。
「むぅ……」
「な、なんだ。我はおかしなことを言ったか……?」
「なぁーんか、危うい言動だと思いましてぇ」
 ハナは距離感を元に戻し、人差し指を顎に当てて考えながら喋った。
「逃げて楽になるなら逃げるのもアリだと思いますぅ、私はぁ。いつか立ち向かう時を迎えるための準備期間だと思いますからぁ」
「準備期間?」
「そうですぅ。陸上で言ったら助走みたいなぁ……? 高く飛ぶための準備といいますかぁ。立ち向かうだけが全てではないと思うんですよねぇ」
「そういう考え方もあるのか……」
 思いつかなかった視点で、クリュティエは素直に反応した。
「ここに居るだけが償いじゃないと思いますしぃ、貴女がやるべきことがここにしかないとも思いませんしぃ。生き先なり行き先なりを決めたらぁ、貴女はどんどん前に進んでいいと思いますぅ。その時にぃ、やりたいことを誰かに告げて行って貰えればと助かりますけどぉ」
 ハナはクリュティエの別の可能性を許容していた。世界は思っていたよりちょっとだけ広いらしい。
「ありがとう、ハナ。でも……我は人類にこうやって協力する以外の道は思いつかない。それに……何もしないというのは一番してはいけないと思うのだ」
「そうですかぁ。クリュティエさんはクリュティエさんなので、私が背負えるものでもありませんしぃ、好きにすればいいと思いますけどぉ……、無意識の足枷になってしまうのは良くないと思ったんですよねぇ。私たち、ではなく、貴女の幸せがなんなのかをちゃんと考えたほうがいいですよぉ?」


「クリュティエさん、会いに来ましたよ!」
 Uisca Amhran(ka0754)はいつものように礼儀正しく、元気だった。提げている籠には土産物が入っている。
「リゼリオの美味しい焼き菓子と、紅茶なのです」
「そんなに気を使わなくても……」
「使うのです! いえ、使いたいのです! だってほら、こうしてお友達みたいにゆっくり話せるようになったじゃないですか」
 かつてのように、張り詰めた会話でも剣戟の最中に交わされる話でもない。美味しいお菓子と紅茶でゆっくりしながら、ただおしゃべりができるようになったのだ。
 Uiscaはテントの中で、お菓子を広げた。
「ティータイム、しましょう」
「わかった」
 促されるまま、クリュティエは席に着く。
「……ジュデッカのこと、気になりますか?」
 静かにUiscaは切り出した。
 再誕が成功したのか失敗したのかそれすらもわからない状況だ。現在、クリュティエの心を占めているのはこのことである。
「正直もどかしい。我は祈るしかできないんだ」
「そんなことありませんよ。人々の祈りがこの世界を救ったのですから」
 Uiscaは邪神との戦いの間、クリムゾンウェストで行われていた銃後の民の祈りを結集させる催しについて説明した。それがジュデッカの再誕を助けるためのものであることも。
「特に貴女のジュデッカへの祈りは大事だと思いますよ。だって貴女は邪神に生み出されたもの……今この世界で最もジュデッカとの縁が強い人なんですから! 貴女の祈りが届いて交信できる可能性もあると思いますよ」
「そんなこと……誰もわからないじゃないか」
 力なく垂れたクリュティエの両腕。その手は何も掴めないとすでに悟ってしまったように無気力だ。
 だが、その手をUiscaの白い手が掴んだ。
「そうです。わからないんです。だったら、伝わってると考えた方が素敵じゃないですか」
「そんなの勝手──……、いや。今はそれでいいのかも、しれない」
 不安に固く結ばれていた唇が綻んだ。
「祈る。あの世界が無事に再誕できるように」
「はい。私もそれで良いと思うのですよ」
「……Uisca。我はもう大丈夫だから手を離していいぞ?」
 Uiscaはしかし、手を離さない。握っていたクリュティエの片手を、お互いの胸の高さまで持ってきた。
「今なら言えます! クリュティエさん、お友達になりましょう」
「とも……だち……?」
「カレンデュラさんとは関係なく、貴女と友達になりたいんですっ」
 Uiscaは握った手を、ぶんぶん振って訴えた。
「我でいいのか……?」
「クリュティエさんだから言ってるんですよ」
「しかし……友達とは、どういう関係だ?」
「そうですね……。様々な形があると思います。言いたいことを言えるとか、喧嘩しても仲直りできるとか、お互いの成功を喜びあえるとか……」
 Uiscaはたったひとつの正解の形があるわけではないと言った。
「だから、私とクリュティエさんだけの在り方をこれからつくっていけばいいんです。ですから、その一歩としてお茶をしましょう。これからもよろしくお願いしますね、クリュティエさん」


 鞍馬 真(ka5819)はひとりでグラウンド・ゼロを歩いていた。
 邪神は倒された。だから、兵士もハンターも戦いの終結を祝っていた。だが、そこに真は馴染めなかった。
【空蒼】や【血断】で真は人を殺した。それは直接手を下したものもあったし、見殺しにしたものもあった。どんな理由があろうと殺した。
 罪悪感に苛まれていた。終戦を祝うより、彼の中ではこの気持ちの方が優っていたのだ。
 真はそんな人々の輪から抜け出してグラウンド・ゼロに来ていた。
 この汚染領域はいずれ人類が取り戻さなければいけない場所であるらしい。負のマテリアルの濃いここには強力な雑魔も出現すると聞く。そのような歪虚は基地などに接近する前に倒して被害を未然に防ぐ必要があるので、戦闘行為には意味がある。
 生き残っている以上、誰かの為になることを、何かをしていないと、真は罪悪感に押しつぶされてしまいそうだった。
 雑魔を探して、半ば幽霊にも似た足取りであった真は、その耳に甲高い金属音を捉えた。
(刃物……いや、この場所なら剣の音であるほうが正解か)
 繰り返されるその音で、真は音源を見定めた。

 クリュティエはグラウンド・ゼロで雑魔と戦っていた。
 4つ足の獣型の大型歪虚であり、硬い装甲を持ち強力な魔法攻撃を得意としていた。
 クリュティエは仇花の騎士を召喚し、魔法攻撃の防御と回復を担っている。そして、クリュティエ自身が攻撃をしているのだが、彼女は防御に優れているが攻撃面では突出した性能はない。
 時間がかかるな、と彼女は計算する。だが、時間だったら十分にある。どんよりと暗いこの土地での生活はきっと時間の感覚を忘れるくらい長いだろうから。
 と、考えていた時、眩い稲妻が敵の装甲に命中した。
「手伝う!」
 クリュティエが振り返ると、黒髪をなびかせて駆けつける真の姿を捉えた。
(符術では有効打ではないか……)
 風雷陣の攻撃は敵の装甲表面で分散され、深部までダメージは届いていないようだ。
 接近しつつ、真は剣に蒼炎華を施した。蒼いオーラが炎のように揺らめいて魔法の加護を刀身に施す。
 幾度かのハンターとの戦闘でクリュティエもそのスキルに心当たりがあった。
「我は防御に専念する。攻撃、任せてもいいか?」
「わかった──!」
 クリュティエは、真を吹き飛ばそうとする魔法を絶対防御で受ける。反動で刀身が折れるも、すぐさま鞘に戻して次の剣を引き抜いた。
 滑り込むように、真は2刀で雑魔の足を横薙ぎに斬りつける。
 硬質な激突音。剣は足の装甲で止まり斬り落とすには至らない。しかし、激突音の尾が消えるより先に、真の2刀のオーラが増大した。
 アスラトゥーリによる3撃目の攻撃。それは刃を押し上げる噴射のように溢れて、その勢いで真は敵の足を両断した。
 雑魔は1本の足を失い体勢を崩しながらも獣の頭部で真を噛み砕こうとする。
 飛び込んだクリュティエが自身の剣を噛ませてそれを阻止した。
 雑魔はクリュティエの剣を噛み砕いて首を振る。視線を真からは外さない。
 真の剣は蒼炎華により振るうたびに花弁が散るようだった。その散る花の軌跡を残して続く攻撃の構えを取る。
 雑魔は、飛び退ろうとした。前足をひとつ失ったがその程度のことは造作無い。
 雑魔の側面に回り込んでいた真は符刀「天空大地」を舞うように振り上げた。半透明の刀身にマテリアルが注ぎ込まれ軌跡に散った花弁がさながら幕を引くように花弁のヴェールとなった。桜幕符による視覚の妨害だ。
 その隙をついて、真は2刀を装甲の隙間から深く動物であれば心臓のあるところ、つまりは急所へ突き刺していた。そしてそこから敵の体を引き裂くように、鋏を閉じるように刃を食い込ませつつアスラトゥーリを発動する。
 3撃目が雑魔の体内で暴れまわり臓腑をかき回して向こう側の装甲をぶち抜いた。同時に真は鋏を閉じ斬るように敵の体を切断。真っ二つにされた雑魔は地面に崩れ落ち塵に帰っていった。
 お互いに怪我のないことを確認してから、剣を収めた。
「すまない。助かった──が、どうして助けた? と聞くのは無粋か」
「かつては敵だったけれど、今は仲間だからね。助けない理由はないよ」
「そうか……。ありがとう」
「少し話したいんだけど、いい?」
「構わない。急ぎの用件もないからな」
 真は今までクリュティエと因縁めいた事柄は特にない。しかし、償いとして戦い続けることを選んだ彼女に共感する部分があった。
「クリュティエさんは強い……というか、丈夫だよね」
「我は防御に特化した個体だからな。それに歪虚なので基本的に人間より丈夫だ」
「ここは、広い──よね」
 ここ、とはグラウンド・ゼロのことである。
「……この土地にもかつては文明があった。滅んでしまったものはもう戻らない。……次につくられる都市はきっと、誰も見たことのないものになるのだろうな」
 終わった、から新しくはじめるしかない。しかし、それが終わった、終わらされてしまった者たちへの償いに本当になるのだろうか。
「クリュティエさんは、汚染領域が全て浄化された後はどうするの?」
 今すぐ問題になることではないのだが、人類の版図が順調に広がればいずれ直面することだ。
「どうしようか……」
 ぽつりと呟いたきり、クリュティエはそれ以上話さなかった。だから真は話題を変えた。
「……1人は大変だと思うけど、何か困っていることとか、足りないものとかは無い?」
「困る……か」
 クリュティエは真の長い髪をじっと見た。
「姉さんはこう……高い位置で髪をくくっていた」
「カレンデュラさんはポニーテールだったよね」
「近頃、髪飾りをよくもらうのだが……うまくつけられているのかわからない。自分でも何が良いのかわからないのだ……。真がそういうことに精通しているのなら、教えて欲しい」
「精通というほどではないけど……まあ人並みには……」
 そんなこんなで、真はバレッタやリボン、櫛などをクリュティエから渡された。
「綺麗な櫛だね」
「Gacruxからもらった」
「がっくんから?」
「真はあいつのことをがっくんと呼ぶのだな」
「付き合いがあるからね」
 真にはGacruxが彼女を気にかけているというのもあるので、力になりたいと思っていた。
「はい。こんな感じでどうかな。可愛くできてると思うけど……えっと、鏡あるかな?」
「持っていない。──真、足りないものができてしまった」
「鏡だね。了解したよ」
「だが、写真なら撮れる」
 神楽からもらったカメラがあるのだ。
「撮影すれば我も見られる。あと、記念撮影してみたい。一緒に写ってくれるか?」
「いいよ」
 この一瞬が写真に記録された。


 クリュティエとソサエティがどう言う取り決めをしたかはアウレール・V・ブラオラント(ka2531)も知っている。
(星の6割方を1人掃除して回る──、それ自体罰に等しいか)
 協力関係、あるいは罰。クリュティエの処遇についてはそれらの言葉が適当なのだろう。
 改めて、1人で歩くグラウンド・ゼロという荒廃した大地にはため息のひとつも落ちない。虚無、空白、何もないという事実を突きつけられる。
 その不毛なる土地に、わずかな陽光にきらめく白髪をアウレールは見た。
 クリュティエの姿である。
 クリュティエもアウレールの姿を認めて、自分から駆け寄った。
「アウレール、今日は1人か?」
「ああ。どうしているか見に来た。……クリュティエ。貴女が人類にどう位置づけられたか私も聞いている。これだけ広ければ、脅威を見つけることすら途方のない話だな」
「それを言ったら、邪神を倒すことだって途方のないことだった」
「そうだな。我々人類は、当初邪神を討伐するか、封印するか、或いは恭順するか……それらの三択を迫られた時、第四の選択肢と呼べるものを選んだ。結果、邪神討伐と同時に、あの中にあった無数の宇宙に再誕を促すに至った」
 再誕を促すに至った。成功した、とはアウレールは言い切らなかった。
 それをクリュティエも感じ取り、表情が暗くなる。仮面の失われた今、クリュティエの表情は読み取りやすい。
「――失敗した、と思うか? 素直に言っていいぞ」
「失敗など……! ──……考えたく、ない」
 考えはするが、言葉にするのはためらうようなクリュティエの口ぶりである。
 アウレールはそのことを見据えつつも、泰然とこたえる。
「世界なんて元々そんなものだ。望みが大きいほど、上手くいかずに不毛な事を繰り返す羽目になる。抜け出した私達は偶々、運が良かっただけさ」
「……我の望みは大きすぎたのだろうか」
「さてね。運が悪かっただけかもしれない。とはいえ、貴女は選択をした結果、我々とともに歩むことにして、ここにいる。黙示騎士や、再誕によって欠如する世界たち。代償は随分払った。挙句結果は分からないと来たものだ。案外そっちが正しかったかも知れないな?」
 アウレールの言葉にクリュティエは眉をひそめた。
「いやいや怒るな、別に無責任で言ってるんじゃない」
 しかしそれでも、アウレールの声は涼風のごとく濁らない。
「結局何が正しいかなんて、最初から最後まで分からんものだ。選んだ選択の結果しか知りようがないのだからな、比べようがない」
 選ぶということは、他のものを選ばないということ。時間の流れに乗るしかない生命は、選んだもの以外の結果を知ることはできない。予測通りにことが運ぶわけでもない。並列された可能性のひとつの結末しか知ることはできないのだ。
「大事なのは、それで納得できそうかどうかだ」
「『できる』ではなく『できそうか』、か……」
「何が正しいかわからない以上、全てを肯んずることは難しかろう」
「まあ、そうだな……」
 クリュティエはハンターとともに進むと決めた時のことを思い出した。
「我は、全てを救う確率が限りなくゼロに等しいと悟った。お前たちの言葉でようやく認めることができた。だから全てを救えなくとも、より確率の高い方を選ぶことにした。何も救えないのは、耐えられなかったから」
「間違った、失敗したと思いながら生きていくのは辛いぞ。胸張って生きろよ。またな」


「ほい、お土産」
 と言って、キヅカ・リク(ka0038)はクリュティエに袋に入ったパンとお茶を差し出した。
「……正直思っていたのだが」
 クリュティエは手を伸ばさず遠慮がちに言葉を紡ぐ。
「我は歪虚だ。人間式の食事は身体の保持に関わりがない。他のハンターもいろいろ持ってきてくれているのだが、その……ちょっと申し訳ない」
「……あのね」
 キヅカは、クリュティエに諭すように真意を告げた。
「必要があるものだけで生きるのって楽しくなくない?」
「楽しさ……の問題か?」
「人間はさ、生きるのに必要なことだけじゃ生きられないんだよ。無駄なことをする時間も必要なの。娯楽とか、そういうこと。で、食事も栄養が取れればいいって場合もあるだろうけど、美味しい料理とか、大切な人が作った料理は栄養以上の何かがつまっているわけ。他のハンターがどう言う意味で差し入れ持って来たかはわからないけど、僕の場合はそういうこと。生きる楽しさを細やかだけど知ってほしいって思うからさ」
 再度、キヅカはパンの入った袋をクリュティエに差し出す。
「本気で迷惑ってんならやめるけど……」
「そんなことはない。我はまだ、知らないことがたくさんあるみたいだな」
 クリュティエはキヅカの手から袋を受け取った。
「前話した時のこと、覚えてる?」
 かつてクリュティエがカレンデュラの記憶を頼りにグラウンド・ゼロをさまよっていた時のことだ。
「覚えてるよ。それがどうかしたのか?」
「あの時、僕さ。自分の事ちっぽけって言ったけど、今もあんま変わらない」
「矮小な存在だ、と?」
「まあね。でもそんな自分が……不思議な事にあんまり今は嫌いじゃないんだ」
『凡人』であることを肯定した。守護者の力や、数々の戦場の末、たどり着いた答えがそれだった。
「嫌いだったのか、ちっぽけであることが」
「まあね。……お前はどうだ?」
「我か?」
「そうだよ。できることとできないことがあって、叶えたいこと、叶わないこともあった。その中で、お前の答えは見つかったかってこと」
「まだ……見つかってない」
「そっか。直ぐに答えは出ないかもしれない。けど……」
 キヅカは話しながら立ち上がり、クリュティエの後ろに回ろうとした。
「な、何だ……!?」
 しかしクリュティエ、飛びのいてキヅカと向き合う。
「え、何!?」
 それにキヅカもびっくりした。
「キヅカ……急に動くから驚いた……」
「肩を揉むなどしようかと思ったんだけど……」
「こってないぞ? 体の不調は回復術でどうにかできる」
「身体だけじゃなく、これからの事で絶対力んでると思ったので、精神的にもほぐそうかと思ったんだけど……」
「そうか……」
 クリュティエは胸をなでおろし、キヅカにこたえることにした。
「ならば、我はどうすればいい?」
「楽な体勢で座っていればいいよ」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
 キヅカは肩を揉んで、クリュティエは揉まれて、2人はしばらく無言だった。
「こういうことは初めてだな……」
 ぽつり、とクリュティエが言った。
「ん、肩を揉まれるのが?」
「それも初めてだが、我が言っているのは同じ方向を向いているということだ」
 今まで、クリュティエとハンターは敵対関係だった。会えばお互いに向き合い、刃を交わすか、あるいは言葉を交わした。その度に火花が散ったものだった。
「我はお前たちを見ていた。でも……お前たちが見ているもの、見ようとしているものは、見ていなかったな」
 向き合えば、相手が何を目指しているかはわからず争いになる。別々のものを目指していれば離れ離れになる。ともに歩むというのは同じ方向を見ているということなのかもしれない。
「罪の意識って感じてる?」
「当たり前だろう」
 キヅカからクリュティエの顔は見えないが、彼女の体が細かく震えたことでも理解した。
「僕はさ、それが少しでも楽にならないかなって思うんだよ。自己満足かもしれないけどさ」
「楽になっていいのか……? だって、我は多くのものを犠牲にした。代償行為を働いても、それをなかったことにはできないだろう」
 罪を感じている。そして償うつもりもある。けれど、償いきれるものではない。クリュティエはそれを理解している。だからこそ邪神の全ての救済にすがっていた。
「それは直ぐに消えないかもしれない。けど必ず終わりはくる」
「終わりが来ていいものなのだろうか?」
「いいに決まってるだろ。ここは、お前が選んだ世界は、そういう世界なんだから! 終わって欲しいものも、終わって欲しくないものも、いつかは終わっちゃうんだよ。昨日が終わって今日になって、今日の日も沈めば明日になるんだよ。終わりと始まりがあるんだ。だから、お前の罪もいつか終わる。クリュティエ、お前もこの世界のひとりだからその流れからはきっと逆らえない。そこだけ特別扱いされる理由なんてない。お前にとっては一大事でも──世界にとっては特別でもなんでもない、ちっぽけなものになってしまうんだろう」
「そうか……終わってしまうんだな」
「それが何時かは解んないけど、生きてる間は困ったりしたら助けに来るよ。少なくとも、誰もが笑っていられる明日っていうのには、お前も入ってるから」
「──キヅカ。お前のことが少しわかった気がする」
「そう?」
「お前は自分の小ささを知っても立ち止まらなかったのだな。ちっぽけとは、もっと、卑屈な意味合いかと思っていた」
「買い被りかもよ」
「だから、『少しわかった気がする』のさ」
「そっか」
 ゆるく、キヅカは吐息に紛れるように笑った。
「僕は握手をしたいな、と思っているんだけど」
「この体勢のままでよければ」
 クリュティエが背後のキヅカが握りやすいように片手を上げた。
 それにキヅカが手を重ねて、握った。
「終わるだけでなく、始まるのもこの世界の在り方なんだ」
 クリュティエも手を握り返して、言った。
「明日が、いい日だといいな」
 向かい合ってはいない。けれどもこれは握手だった。同じ世界を生きるものが明日を臨んでいた。
「ようこそ、始まりと終わりの世界へ」

●心象風景と現実世界の交差情景
 或る日の黎明。
 荒野、吹きっさらしの中にクリュティエは立っていた。
 風は冷たかった。胸を張ると、余計に冷たさが増した。けれど、それでよかった。
 泣くのを終えたクリュティエは歩き出す。
 踏み出す一歩は拙く覚束ない。まるで初めて歩く人のようだった。
 曙光がぼんやりとした影を作り出す。
 いつかこの影がきちんとした輪郭線を結ぶまでの距離をまた、一歩。
 同じ速度で影も歩く。
 影と共に、歩いて行く。

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参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士

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マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/09/02 05:24:25
アイコン 【相談卓】クリュティエと話そう
Uisca=S=Amhran(ka0754
エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/08/28 22:14:08