ゲスト
(ka0000)
【血断】階に賭ける為【後編】
マスター:石田まきば

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~50人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/09/08 22:00
- 完成日
- 2019/09/11 10:40
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●森都からの報せ
巫女達の命を短いもので終わらせないため、健やかな未来を過ごすために選ばれたのは、かつての体制、かつてのマグダレーネとの関係をベースにした新しい形の模索。
マグダレーネに関する理解を深めること。可能であれば信仰を、その存在を各地に明らかにすること。
巫女達とマグダレーネとの関係を深め、良好なものにし、互いに尊重できる形を目指すこと。
一方で、技術の改善を進め、いつでも緊急対応ができるようにすること。
何よりも、現状、巫女達が置かれている事実を、真実を、巫女達に伝え、共に未来をつかむために歩むこと。
巫女達をただの保護対象ではなく、其々の個性を認めていき、彼女たち自身の情緒を責任を自意識を育てること。
近日中にはハンター達に声をかけ、その初動を行うこと。
その期日、特に巫女達がどの地点に居るかということ。
「……つまり、この日は救援に出れるよう、備えておいてほしいということだな、ユレイテル殿?」
親書の送り主である大長老はここには居ない。けれど声に出したくもなるもので、苦いものを感じながらカミラは手紙をテオバルトの方へと放る。
「大事な書類を雑に扱わないでくださいますか」
文句には返答しないまま、カミラは愚痴る様に返す。
「有事を予め教えてくれているのだ、わかっているさ。帝国中に広がる前に止めたいのも分かるさ、こちらだって死活問題だからな。確かに森都担当のうちの師団に声をかけるのも、互いに窓口なのだから、わかるさ」
「……ゲーベル師団長、酔ってますか?」
「いいや? 思いきり酔いたくはなったがな。テオ、一番下だ。追伸欄を見てみろ。話がでかすぎて放りたくもなる」
「では失礼して」
記憶も能力も取り戻していない為確証はないが、マグダレーネがこのまま能力を取り戻さない場合、この世界のマテリアル総量が失われる可能性がある。
「な、テオ、放ってもいいぞ、紙飛行機でもいい、私が許す」
「遠慮します。大体、確実ではないのでしょう?」
「そもそも情報のないエルフハイムだからな、お前だって着任当初にイラついていただろう」
「それは昔のことです。とにかく、該当日は待機面子を強化するよう調整します」
「そうしてくれ。私は……とりあえず、仕込みでも手伝ってくる」
ストレス発散してくる、と同義である。仕事は終わっているので問題はないと執務室を出ていくカミラを、テオバルトは目礼だけで見送った。
●親心と
共に生き残った、以前からの巫女の数は、少女達に比べれば本当に少ない。実際の人数は二桁に届かない。
現状を伝えるフュネの前で、彼女達は大きな動揺を見せることはなかった。そこは、幸いと言っていいのだろう。
「負の力を溜め込んでいる自覚はあったもの」
「はじめは、器様を蔑んだ報いだと思っていたけれどね」
「今までだって生きていたのだから、抑え込んでやる、なんて思って修行したりもしたわね、年甲斐もなく」
森都の革命が始まってすぐは、皆、自分と同じように周囲との壁を作っていた。巫女であることに優越感を感じ、特別な存在であることを誇りに思い、長老達の指示に従うことを当然と思い……ただ流されるままに生きていた。
「こうなったら新しい長老様の妾でも、なんて思ったのにねえ」
「フュネが居るから諦めたって言うのに」
「独り身同盟参加権をあげますねー」
「その話は今関係ないと思いますわ」
かつては技量の差で、巫女達の上下関係も明確になっていた。こんな風に気やすい会話も存在しなかっただった。自分達もずいぶんと変わったものだと思う。
今の自分達にあるのは同僚という間柄と、少女巫女達との師弟関係くらいだ。修行の時間でなければ、幼い彼女達とももっと気やすい会話だってある。
「……覚悟は」
「「「あるわ」」」
互いのマテリアルを同調させるような術もある。だからこそ呼吸を合わせて、巫女達の声が揃う。
「……では、当日までは更に修行ですわね」
「そうなのよね、でも、決めていた事なのよ」
「私だってあの子達が可愛いわー、子供いたらあんな感じかしらねー?」
「私達なら、もし堕ちてもしばらくは抑えておけるものね」
最初は罪悪感からだった。かつての巫女達は、見習い巫女達に良い態度を取っていなかった。けれど術を教えるうちに、慕って来る彼女達を見るうちに、頑張る彼女達を見るうちに、流されるだけだった巫女達にも願いが生まれた。器である少女に償えることはないかもしれないが、弟子たる少女達に少しでも何かが出来ればと熱心に教えるようになっていた。少女達よりも技量があり、現実を見る事が出来ていたからこそ、既に覚悟はできていた。
「ええ……備えておくにこしたことはありませんわ」
●子心
「今度のお仕事は森の近くらしいよ?」
「なんだっけ……前にハンターさん達が戦った場所、まだ浄化してなかったんだって」
「でもなんで皆一緒なのかな? 久しぶりに集まれてうれしいけど!」
「なんでも……過去の遺産? とかだから、皆の勉強も兼ねているって、師匠が言っていました」
「勉強会なのかー、あまり好きじゃないなー」
「巫女様達も皆いらっしゃるそうですし、私は嬉しいです」
「デリアはフュネ様大好きだもんね」
「……器さまはー?」
「あまり外に出ないって言ってたし、居ないんじゃない?」
「お勉強って言ったら器様じゃないの?」
「機会も減っていたし、誰かに代理をお願いするとか、そういうこととか?」
●貧乏くじ
「どうして私が……いえ、適材適所って言われましたけど」
資料を抱えたパウラは、この後に待ち受けている仕事が憂鬱で仕方ない。
「研究者って、大体が変人の集まりなんですよ。その彼らの思いきり飛び飛びになる会話の記録なんて!」
速記能力を買われたのはありがたいけれど。
「場合によっては仲裁……ほぼ子守じゃないですか……」
肩を落とし、けれど前に進む。
「はぁー……っ」
●聖地
「……なんで、私が」
正直もう顔を合わせたくもない、とその顔に書いてある。
「そうは言うけどね? 真実を知ったばかりの子達に、アイリス君はこの役を任せられるかな?」
「そうは言うけど、堕ちるかもしれないあの子達に近づけない為なんでしょうに。吟遊詩人ってペテン師なのね」
証拠にあの男だっていないじゃない。そういうアイリスはわざと周囲へ視線を巡らせるように頭を動かす。
ぐらりと傾きかけた彼女の身体をさりげなくシャイネが支えた。
「ハジャ君は別件だよ♪」
「……どこまでもはぐらかす気なのね」
「これはほら、ユレイテル君の決定だからね♪」
「いつまで長老だって言い張る気なのかしらね、いい年でしょ、あんた達」
「偉大なる改革者たる上司と一緒に括ってもらえるなんて光栄だね?」
「はー……わかったわよ、お茶くらいしてやるわよ。あくまでも! 事務的に! 話すだけだからね!」
怒ったように答える彼女に、シャイネが微笑んで頷いた。
巫女達の命を短いもので終わらせないため、健やかな未来を過ごすために選ばれたのは、かつての体制、かつてのマグダレーネとの関係をベースにした新しい形の模索。
マグダレーネに関する理解を深めること。可能であれば信仰を、その存在を各地に明らかにすること。
巫女達とマグダレーネとの関係を深め、良好なものにし、互いに尊重できる形を目指すこと。
一方で、技術の改善を進め、いつでも緊急対応ができるようにすること。
何よりも、現状、巫女達が置かれている事実を、真実を、巫女達に伝え、共に未来をつかむために歩むこと。
巫女達をただの保護対象ではなく、其々の個性を認めていき、彼女たち自身の情緒を責任を自意識を育てること。
近日中にはハンター達に声をかけ、その初動を行うこと。
その期日、特に巫女達がどの地点に居るかということ。
「……つまり、この日は救援に出れるよう、備えておいてほしいということだな、ユレイテル殿?」
親書の送り主である大長老はここには居ない。けれど声に出したくもなるもので、苦いものを感じながらカミラは手紙をテオバルトの方へと放る。
「大事な書類を雑に扱わないでくださいますか」
文句には返答しないまま、カミラは愚痴る様に返す。
「有事を予め教えてくれているのだ、わかっているさ。帝国中に広がる前に止めたいのも分かるさ、こちらだって死活問題だからな。確かに森都担当のうちの師団に声をかけるのも、互いに窓口なのだから、わかるさ」
「……ゲーベル師団長、酔ってますか?」
「いいや? 思いきり酔いたくはなったがな。テオ、一番下だ。追伸欄を見てみろ。話がでかすぎて放りたくもなる」
「では失礼して」
記憶も能力も取り戻していない為確証はないが、マグダレーネがこのまま能力を取り戻さない場合、この世界のマテリアル総量が失われる可能性がある。
「な、テオ、放ってもいいぞ、紙飛行機でもいい、私が許す」
「遠慮します。大体、確実ではないのでしょう?」
「そもそも情報のないエルフハイムだからな、お前だって着任当初にイラついていただろう」
「それは昔のことです。とにかく、該当日は待機面子を強化するよう調整します」
「そうしてくれ。私は……とりあえず、仕込みでも手伝ってくる」
ストレス発散してくる、と同義である。仕事は終わっているので問題はないと執務室を出ていくカミラを、テオバルトは目礼だけで見送った。
●親心と
共に生き残った、以前からの巫女の数は、少女達に比べれば本当に少ない。実際の人数は二桁に届かない。
現状を伝えるフュネの前で、彼女達は大きな動揺を見せることはなかった。そこは、幸いと言っていいのだろう。
「負の力を溜め込んでいる自覚はあったもの」
「はじめは、器様を蔑んだ報いだと思っていたけれどね」
「今までだって生きていたのだから、抑え込んでやる、なんて思って修行したりもしたわね、年甲斐もなく」
森都の革命が始まってすぐは、皆、自分と同じように周囲との壁を作っていた。巫女であることに優越感を感じ、特別な存在であることを誇りに思い、長老達の指示に従うことを当然と思い……ただ流されるままに生きていた。
「こうなったら新しい長老様の妾でも、なんて思ったのにねえ」
「フュネが居るから諦めたって言うのに」
「独り身同盟参加権をあげますねー」
「その話は今関係ないと思いますわ」
かつては技量の差で、巫女達の上下関係も明確になっていた。こんな風に気やすい会話も存在しなかっただった。自分達もずいぶんと変わったものだと思う。
今の自分達にあるのは同僚という間柄と、少女巫女達との師弟関係くらいだ。修行の時間でなければ、幼い彼女達とももっと気やすい会話だってある。
「……覚悟は」
「「「あるわ」」」
互いのマテリアルを同調させるような術もある。だからこそ呼吸を合わせて、巫女達の声が揃う。
「……では、当日までは更に修行ですわね」
「そうなのよね、でも、決めていた事なのよ」
「私だってあの子達が可愛いわー、子供いたらあんな感じかしらねー?」
「私達なら、もし堕ちてもしばらくは抑えておけるものね」
最初は罪悪感からだった。かつての巫女達は、見習い巫女達に良い態度を取っていなかった。けれど術を教えるうちに、慕って来る彼女達を見るうちに、頑張る彼女達を見るうちに、流されるだけだった巫女達にも願いが生まれた。器である少女に償えることはないかもしれないが、弟子たる少女達に少しでも何かが出来ればと熱心に教えるようになっていた。少女達よりも技量があり、現実を見る事が出来ていたからこそ、既に覚悟はできていた。
「ええ……備えておくにこしたことはありませんわ」
●子心
「今度のお仕事は森の近くらしいよ?」
「なんだっけ……前にハンターさん達が戦った場所、まだ浄化してなかったんだって」
「でもなんで皆一緒なのかな? 久しぶりに集まれてうれしいけど!」
「なんでも……過去の遺産? とかだから、皆の勉強も兼ねているって、師匠が言っていました」
「勉強会なのかー、あまり好きじゃないなー」
「巫女様達も皆いらっしゃるそうですし、私は嬉しいです」
「デリアはフュネ様大好きだもんね」
「……器さまはー?」
「あまり外に出ないって言ってたし、居ないんじゃない?」
「お勉強って言ったら器様じゃないの?」
「機会も減っていたし、誰かに代理をお願いするとか、そういうこととか?」
●貧乏くじ
「どうして私が……いえ、適材適所って言われましたけど」
資料を抱えたパウラは、この後に待ち受けている仕事が憂鬱で仕方ない。
「研究者って、大体が変人の集まりなんですよ。その彼らの思いきり飛び飛びになる会話の記録なんて!」
速記能力を買われたのはありがたいけれど。
「場合によっては仲裁……ほぼ子守じゃないですか……」
肩を落とし、けれど前に進む。
「はぁー……っ」
●聖地
「……なんで、私が」
正直もう顔を合わせたくもない、とその顔に書いてある。
「そうは言うけどね? 真実を知ったばかりの子達に、アイリス君はこの役を任せられるかな?」
「そうは言うけど、堕ちるかもしれないあの子達に近づけない為なんでしょうに。吟遊詩人ってペテン師なのね」
証拠にあの男だっていないじゃない。そういうアイリスはわざと周囲へ視線を巡らせるように頭を動かす。
ぐらりと傾きかけた彼女の身体をさりげなくシャイネが支えた。
「ハジャ君は別件だよ♪」
「……どこまでもはぐらかす気なのね」
「これはほら、ユレイテル君の決定だからね♪」
「いつまで長老だって言い張る気なのかしらね、いい年でしょ、あんた達」
「偉大なる改革者たる上司と一緒に括ってもらえるなんて光栄だね?」
「はー……わかったわよ、お茶くらいしてやるわよ。あくまでも! 事務的に! 話すだけだからね!」
怒ったように答える彼女に、シャイネが微笑んで頷いた。
リプレイ本文
●C 形だけで終わらせぬ為
「久しぶりっす! 俺の事覚えてるっす?」
挙がる手も声も軽く挨拶を向ける神楽(ka2032)が座るのは、器から一番遠く、マグダレーネに一番近い席。
「歴史に埋もれしこの地の大聖女マグダレーネと、その名を継ぎしこの地の精霊に心からの感謝を申し上げる」
『……?』
一礼を伴う挨拶に首を傾げる精霊だが、宵待 サクラ(ka5561)は微笑みだけを返す。
「まぁたややこしい事態に……」
ぼやきながらも器に近づソフィア =リリィホルム(ka2383)は拳を握りこむ。
「バカ娘。ちっとは頼れ」
軽めに一発、母の愛である。
「ママ」
「方法を探るにしたって、手を借りるくらいしろっての」
謝罪を遮って、隣の椅子を限界まで近づける。すぐ横に居場所を確保してやっと落ち着いた。
「久しぶり、で通じるかね」
楽し気にティーカップを出してくる精霊に、早速巫女達との近況を尋ねる。
『出掛けた場所でみつけたものとか、習ったことを教えてくれるわ、いい子達ね』
一通りの説明が終われば、話題はあちこちに飛んだ。
「浄化が元々の形質なら、マグダレーネは四大精霊飛び越えてその上に存在したと思うよ? そうじゃなくてこの地から動けないのは、この地の精霊だからじゃないのかな」
確かにマグダレーネは森の子達を呼んでいたので、動けないのかもしれない。そのままサクラの推測は続いている。
「王国の聖女候補である司祭はその地を守る浄化と結界を使えたよ。その術を使ってその地を守った丘精霊はね、自我を取り戻すまで自分の名前として、その司祭の名を名乗ったんだ」
星野 ハナ(ka5852)も相槌をうつ。
「共に住む者に敬愛を抱けば形而上の形質が相似する精霊も居ますぅ。名も、贈られる場合と自我同一化で名乗る場合がありますぅ」
『マグダレーネは、私の名前じゃないかもしれないの?』
小さく震える大きな体躯の精霊。顔がないので可愛さはあまりない。
「名前を、エルフから贈られたとかぁ……妖精神様はぁ、同一化後に、エルフが形状を整えた可能性は高いと思いますぅ」
『そう、ね……森の子供達に呼ばれると、嬉しくなるのは確かだわ』
「中継ぎに名がないのは、妖精神が中継ぎの名と力で変質するのを防ぐためじゃないかな」
巫女の力や名を全て受けとめたらパンクするとかね、そうサクラは言うが、器が首を振る。
「オルクスまでは。本来の代弁者の役割を担っていた者達には、きちんと名前があったし、違うんじゃない?」
(駄目元だったっすけど)
密やかにスキルを発動させるなんて出来る訳もなく、覚醒した段階で感知された神楽である。
「別に墓荒らしなんて思っちゃいねっす。ただ神霊樹にない情報も、ここならあるんじゃないかと思っただけっす」
聖地であり、過去の代弁者や器の墓地でもある場所。
『ここで寝てる子達のことかしら?』
「そうっす! もしかして話せるっすか?」
精霊の言葉に希望を見た神楽。
『繋がっていた、そんな名残を感じる気がするだけね』
話せるなら、そもそもあの時森の子供達を呼ぶようなことはしなかっただろう。答えがすぐ傍にあるのなら、回りくどい事はしない。
「……それなら、俺が口寄せを」
「馬鹿なの?」
提案が器の声に遮られる。
「お前に言ってねえっす」
「あんた、そもそも人間でしょうよ。しかもここじゃない世界から来てる。出来るなら、とっくに私がやってるわ」
オルクス以降の代弁者も巫女も。皆堕ちて消えるか殺処分され、遺体が残ったとしても穢れの証としてこの地に埋葬はされていない。この地は墓地ではあるが大半は形だけだ。集まったのは精霊との繋がりを辿った形のない存在ばかり。
本来の信仰があったころの彼女達は精霊の言葉を信じるなら眠っているのだろう。しかし精霊が拾い上げられない程の意識がまともな会話になるわけがなかったのだ。
「巫女以外が体調を崩す、総マテリアル減少の可能性がある……これはこの地の負のマテリアル重汚染をぉ、樹木聖別化と高濃度の正マテリアルで抑えてるだけだからだと思いますぅ」
森の資源が減ることに反対する姿勢に繋がるとハナは考えている。
「生き物は生きてるだけで正マテリアルを持ちますけどぉ、ヒトは生きてても感情で負のマテリアルを撒き散らせますぅ。マテリアル総量の減少じゃなくてぇ、負のマテリアルが増えるのを押さえるための転化能力じゃないかって思いますよぉ」
「なあマグ、お前の方でホリィの魂を……マテリアル体として保護できないか? 浄化の予行のような感じになるかもしれないだろ」
『それは』
「わかってる」
負のマテリアルと同じように扱えるなら、正のマテリアルだって。だがそれは実験台と同じだ。
「ママ、それなら私が」
「お前が私の娘だから言うんじゃないんだ」
アイリスとホリィが逆の立場でも、ソフィアは同じことを言うだろう。
ただ、精霊との契約で生まれたホリィの方が、その紐付けが強い筈だと考えたから。
「私にだって覚悟がある」
時間がない。もし可能なら。失うのが怖い。賭けたい。
勝てれば記憶や能力に繋がるかもしれない。娘の身体を癒せるかもしれない。
「聞くだけ、言うだけなんて軽い気持ちじゃねぇんだよ」
『私が存在するために、勝手に吸い上げるマテリアルが正のものなのでしょう? でも、保護……守る、どう、やって……?』
呆然とするような声。
「……答えが出るなら悩んでくれ。早けりゃ大歓迎だ」
今は疑問を、発見の切欠、可能性を多く与えることが大事だ。
「もうひとつ。お前の生まれた神霊樹、株分けは可能か?」
枯渇の可能性も見過ごせない。
「お前と同質の存在を増やせたら、浄化が捗るかもしれないだろ」
位置を選んで世界に巨大な陣を描くとか、信仰や機導術、浄化陣等も併用することになるだろうが。
話を求めている筈なのだ、楽しんでもらえるならそれでいいし、何かの切欠になれば棚ぼた。だから少し事実を脚色もした。
サクラの狙いは、果たして効果があったのか、どうか。
「それでも人と精霊の互いの愛でこの地のシステムは回ってる。だから感謝するのさ」
ぽつりと溢す言葉とともに思い出すのは、友と、そっくりな小さな精霊のことだった。
「神と人が互いをより敬愛できる環境作りがぁ、この地を1番安んじると思いますぅ」
ハナもちゃっかりと便乗していた。
予定時間を過ぎてもまだ立ち上がらない器に向けられたのは、近寄るわけでもない、神楽の声だけ。
「具合悪そうっすね。お前が後どれだけ生きれるか知らないっすけど最期の瞬間まで正義の味方で居続けろっす。そしたら許してやるっすよ」
死ぬまで許さないのと同じ言葉。けれど譲歩にも聞こえる。
「それともし正義を貫くのに人手がいるなら声かけろっす。カリンとジエルデさんの代わりに手伝ってやるっすよ」
器が振り返った時には、神楽の背は随分と離れてしまっていた。
●B 技術こそ正義!?
(英霊と精霊に、同じ方法が通用するものでしょうか)
Gacrux(ka2726)が考えを巡らせる。
知人の英霊が信仰をもって本来の能力を取り戻したことは、今回の役に立つのだろうか?
彼等は予想ではなく、発想が欲しいようだから。少し、手を変えなければいけないようだ。
穂積 智里(ka6819)の目の前に居るはず研究者達だが、ちらとも意識を向けてもらえない。権力の話はどうでもよかったらしい。
「大精霊以外に神が居るなら、それはその地の信仰が歪めた精霊か人が願うだけの顕現しない人造神です。王国の丘精霊やエクラで経験済みでしょう、私達は」
諦めずもう一度。
「外の話はどうでもいいな」
返事は貰えたが興味ゼロ。腹のあたりが沸騰するかのような感覚に襲われる智里。
「「「ん?」」」
正確には膝上のエグリゴリだ。無意識にデルタレイを放ちたく……しかし発動前、彼等は突如智里を囲んだ!
「貴重なものがあるではないか」
「早く出せばよいものを」
「禁止された手前、入手が難しい資料だ」
「え」
あっという間に運ばれていった。
「どうでもいいことはありませんよ、外からの信仰は、それすなわち森都への興味となります。それが目だろうが手だろうが、ヒトが集まるなら、そこには……」
「「「技術か!」」」
「その通りです、更に良い方法もありますよ」
Gacruxの齎す誘惑のごとき話術に喉が鳴る音。
「巫女である彼女達は実に人目を惹きやすい。彼女達をより目立たせ、その先に精霊の存在を紐づけるような、そんな協力だって、先を見据えれば……」
「技術に繋がると?」
「ええ、きっと」
うまく、布教要員としての布石がうてたようだ。
(決定権は別でも、一案として意味はあるでしょう)
今にも解体したそうな研究者達を牽制しながら、好機だと考えることにした智里。
「回帰と最初期を体系化すべきだと思います」
「うんうん」
「私は妖精神はエルフが形を与えたこの地の精霊だと思いますから」
「そうかー」
「記録を追えない以上予想でしかありませんけど、器に名がないのはその名と形質を妖精神に転写しないためだと思います」
「そう……」
適当な相槌が止まり、一人が智里に向き直る。
「神と崇められる存在がそんな簡単なことで変わるほど不安定だとして。君はその神を信じ続けていられるのか?」
咄嗟に答えられなかった。
どうにか、温めていた言葉を捻りだす。
「……これは神への敬愛と神からの親愛で回るシステムだと思います。全公開で信仰を強め、神の自我を強め、後は神を壊さぬ橋渡しをどうするか、ではないでしょうか」
「そこは大長老の手腕の見せ所であろ?」
「より少ない正のマテリアルで負のマテリアルを相殺できたらと思うんだ」
今のユリアン・クレティエ(ka1664)が望むのは確実に目に見える成果だった。
どれほど考えても“誰か”の負担がなくなることはない。ならば全体、関わる全員から少しずつその背負ったものを減らしていけないか、それが今の軸になっている。
(時間稼ぎと言われるかもしれないけど。今使えている技術を改良して、次に繋ぐことだって大事だよね)
飛び立つことは嫌いじゃない。でも、確実に歩を進める方が進んでいる実感もあるはずで。
「例えば更なる圧縮。結晶化って話は歪虚でなら聞いたけど。正のマテリアルでも同じことができないのかな?」
思い出すのは血結晶。聞き齧った情報を連ね、必要なら情報収集の手助けもすると伝える。
「通信や強化に使っていたけど……それが効率化になるなら」
問題は、その時の敵の資料。全てはヴォールが回収していた筈だった。没した彼の拠点からは歪虚の情報は見つからないも同然で、かろうじてワカメ男が調査をしていたと分かる程度だ。
「もうひとつはイニシャライザーの技術だね」
実物が示せないのは申し訳ないとユリアンは言うが、あとで持っている者をに協力を頼めばいいのである。むしろ今は無くて正解だ。智里のエグリゴリの例もあるわけだし、まず話を聞かせなければ意味がない。
浄化能力を補佐する、という部分が有益だと続ける。
「通信楔に取り入れられたら、正のマテリアルがもたらす効果を増幅できたりしないかな?」
少なく、けれど大きな効果を。結晶とは逆の、けれど目的は同じ道筋である。
「ただ、素材の問題はあるのかも。カオスセラミックに変えたりとか……それ、ここで扱ったりは……」
伺うユリアンの視線、研究者達は揃ってエグリゴリの方へ逃げた。
「カートリッジが再利用できればなおよいのですが」
使えるのは一度きり。しかも消滅処分だ。しかし妖精神の浄化が戻れば破壊が不要になる可能性がある。
「符術師には転移技があるのですよ。使用ができる覚醒者を招いて、その技を研究すれば、或いは」
術者が他者を、そのものが保有するマテリアルごと運ぶ技術。
「応用できれば、負のマテリアルだけを移動できないかと。しかし術者ありきでもいけません、カートリッジそのものに機能をもたせれば、より技術の高みを目指せるのでは?」
適度に研究者達を煽りつつ、協力者としてワカメ頭の話をパウラにこぼすGacrux。ユリアンの案にも出ていた名だからか、帝国への問い合わせは早めに行われることだろう。
●A 巫女達が選ぶモノ
「ハンターさん達が教えてくれるの?」
「あっキヅカせんせーだ!」
「皆、挨拶は覚えてるかな、せーの!」
「「「うぇーい!!!」」」
巫女としての仕事を全うしていると言っても、彼女達はまだ幼い少女達であり、エルフである。外見で実年齢を把握する事が難しく、施された教育の影響もあって精神年齢も様々。けれど巫女としての役割を、仕事をもち個性を認められている以上は成人と同じように扱うべき存在だ。
数十名居る彼女達の個性は様々で、説明の軸を担うハンターは四名。
スキルによって広範囲にサポートを行うハンターが三名。
アフターケアや環境づくりでのサポートで臨機応変に動く心積もりのハンターが三名。
一班に十数名、高位巫女達をあわせれば二十名前後。自然と三班に分かれることになっていた。
「この後森の神と巫女の話が始まる訳だが」
ルベーノ・バルバライン(ka6752)の声が響いて、少女達の視線が集まる。
「先に森の全景を見るのと途中で見るのと、どちらが森と自分の関係を深めて聞けそうだ?」
一緒に空を飛んでやる、という提案に楽しげな声をあげる一部の少女達。残りは高所を怖がるか不安を見せているようで。
「遊びじゃないからなー? とりあえず班で一人ずつだけにしとけー」
「……もしや、気がはやかったか?」
助け船を出す為に隣に来たハジャに小声で尋ねる。特にルベーノが気になったのは、少女達以上に心配と不安を見せる高位巫女達だ。
「上空警戒で飛んでくる帝国のグリフォンなんかも、警戒対象みたいなもんだったからなー、すまん」
必要だと分かって居るから声には出さないが、飛ぶ行為そのものにも脅えがあるのだと、やはり小声で返された。
「はじめだけ目をつぶっておけ!」
ルベーノの方に少女達が座り固定される。瞬間的な加速はほんの一瞬で、その勢いを殺さぬよう、限りなく衝撃を減らすよう細心の注意を払いながら地を蹴った。ルベーノが練り上げたマテリアルの動きがわかるのか、少女達は地を蹴る瞬間、合図がなくともしっかりとしがみついてきていた。
「……もう見ていいぞ」
短い時間だがと促せば慌てて瞼が開いていく。声にならない溜息がユニゾンで聞こえた。
「お前たちの祈りが、今も救い続けている場所だ……覚えておいてくれ」
空を飛んだ巫女を中心に興奮冷めやらぬ中だが、その一人を別々に誘導することで班の間隔を離すことに成功した。
(混乱で全員が堕ちる、なんてことはまっぴらだ)
変わりなく先生と呼んでくれた子達を眺めてキヅカ・リク(ka0038)が改めて胸を決める。その想いに答えるように、常よりも多いオーラがリクの身を包んでいく。
「先生はどこの班……?」
「今日は戦闘じゃないよね?」
あどけない様子に曖昧に微笑んで担当の班に向かう。
どんな形になったとしても。最大限を尽くして、止める。
話し手も聞き手も同じ高さの目線で話せるようにとの提案でそれぞれの班が車座になって座る。
「落ち着いてお話を聞くならば、慣れ親しんだお茶やお菓子があると良いのではないでしょうか」
そう依頼側に掛け合ったフィロ(ka6966)と共に、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)の手製クッキーやシュネー・シュヴァルツ(ka0352)の提供したチョコレート、持参のお菓子も一緒に盛り付けた木皿を配っていくディーナ・フェルミ(ka5843)。高位巫女達も手を貸しているから、班ごとに距離があいていてもそう時間がかかることもない。
「なんだかお茶会みたい!」
「お勉強だってきいてたけど、いいの?」
戸惑いはあるものの、少女達は喜んで受け取っていく。
「お茶はこの後配りますよ。教わりながら淹れましたが、同じ味が出せているか、後で感想を教えてくださいね」
そう伝えることでじっくり味わってもらえるだろうとフィロは考えている。
(お腹が減りすぎても疲れすぎても、人の感情は負に傾き易くなりますし)
そしてほんの少し先の未来とはいえ、小さな約束。何が切欠で支えになるか分からないとも考えているから。
「わかったわ、私は味にうるさいの!」
「お願いします。でも、満腹過ぎては折角の話が聞けませんから。急いでもダメですよ?」
頼られたことが嬉しそうな少女にそう言って、微笑みを見せる。一人ひとりの顔色や様子を確認して、すぐに変化に気付けるように、一言ずつだけでもと、言葉を交わしていった。
「どうせならさ、一緒に笑って迎えられるハッピーエンドの方がいいよな、シュネー」
他の班と別れるその移動中、巫女達の後ろ姿を見ながら、ヒースは同意を求めている。
「です……」
言葉少なく頷くシュネーは、今は奥地に居る器の事を想っている。
(大局……はよくわからないですけど……アイリスさん達も)
そのハッピーエンドの中に含まれて、未来を迎えられればいいと思う。
初めの言葉は決めていた。
「助けてほしいんだ、妖精神を、森の神を」
言葉を染みわたらせるかのように、リクのマテリアルが巫女達を包み、勇気を与えていく。これまでと全く違う雰囲気のリクの気迫と、マテリアルがもたらす胸の熱と、重く響く声。
巫女達の手がゆっくりと止まり、次の言葉を待っている。
「それが出来るのは皆だから。だから……どうか、前を見てほしい」
願いを籠めた声を皮切りに、真実が明らかになっていく。
「穢れを、負のマテリアルを取り除く策は進んでいる。だから信じて待ってくれれば、これまで通り過ごしてくれたら」
機導師のカートリッジを、先日実験で見た筈の通信楔を。言葉を重ねれば確かに不穏な空気は薄れているのかもしれない。
(沈黙が……キツい……)
勇気があるから、すぐ死んでしまうわけではないから。けれど彼女達は今も話を聞きながら考え続けていて、体内のマテリアルはそれに呼応しているのだ。
十数名の巫女達の中心でリクは話を続けていた。そう、囲われているのだ。
負のマテリアルを抱えた、浄化術の、楔そのものにもなれる巫女達に。
「……ッ!?」
「都合のいい情報だけを提示するという手段もある。だけどボクはお前たちに全ての情報を提示する事を選んだ」
首を傾げる少女達をひとりずつ見回してから、ヒースは真実を離す切欠の言葉を紡ぐ。
「……お前たちが自分の意志で。選ぶ覚悟を抱けると信じて、ね」
「覚悟……」
呟いた声に不安を感じ取ったシュネーが、チョコレートを勧めたり、連れてきた猫を抱かせ穏やかになれるように努める。
「……今は色々便利になってます、だから、大丈夫です」
丁寧な言葉になるよう心掛けながら、ヒースも頷く。現状を率直に伝え、策を伝え、その上で少女達自身が選べるように。
「可能性はあるんだ。お前達自身で希望をつかみ取れるって」
巫女の腕に抱かれていた猫が二匹とも、苦しそうに鳴いている。
「ヒース、さん」
シュネーの不安げな声に、ヒースも気付く。
マリィア・バルデス(ka5848)、トリプルJ(ka6653)、そしてルベーノの三名の共通点は鏡像世界十六篇を持ち込んだこと。
少しでも少女達の動揺を、混乱を、解き解せるように。とにかく落ち着かせる事が大事だと、その支度をしてきていた。
其々が担当となった班の少女達の様子を見落とさないよう、慎重に様子を探っていく。少しでも効果があるようにと、話のタイミングを確かめることも忘れなかった。
(……あれでは嫌われてしまうのに)
初めに気付いたのはマリィアだった。どんな些細な事でも逃さないようにと直感視を併用していた彼女だったからなのか、それとも猫という他班とは違うイレギュラーがあったからなのか。
気付けば巫女の手は忙しない程に猫の毛並みをの上を往復し続けていた、それこそ、される側の猫が悲鳴らしき声をあげるほど。
マテリアルを宿らせた視界で改めて見れば、巫女の顔色が悪かった。ほんのわずかな変化を見逃さずに済んだ。
「大丈夫。邪神を倒して、今までと比べたら歪虚の出現数も減っていく、だからそんなに心配しないで……?」
近くに控えていた時音 ざくろ(ka1250)も気付いて、まずはその手を止めさせようと優しく声をかけていく。けれど巫女の手は休むことを知らないかのように猫を撫で続けている。
(猫好きに、過剰スキンシップな人もいるって聞いたことはあるけど……っ?)
無心すぎやしないだろうか。力づくで猫を助けようにもタイミングが難しい。
「ねえ、そろそろ、猫ちゃんが別のヒトのところに行きたいって……」
「……ん」
シュネーが頷き、猫の方に手を伸ばす。けれど巫女に変化が見られない。
(どうして効果が……いえ、発動はしてる!)
他の巫女達にも多少の顔色の変化はあるが、猫を撫でる巫女ほどではない、高位巫女はと振り返れば、そちらは術の行使らしき体勢になっていた。
「どうしたら、猫ちゃんを」
「その子、円から、離して……」
とぎれとぎれの巫女の声がざくろの疑問を遮る。無理やり捻りだしたような声がその場の空気を塗り替える。
「ちょっとだけ、ごめんね」
シュネーの補助を受けざくろがひとりを車座の外へ運び出す、それでやっと、手の動きが落ち着いていった。
「……おかえり……ぁ」
無事シュネーに助け出された猫が直に遠くへと離れていく。
「その子をこっちに!」
異変に気付いたディーナの声とほぼ同じタイミングでトリプルJもスキルの発動状況を確認していた。今も、効果は続いているはずだ。
「けどよ、これは話を聞ける状態じゃないな?」
抱え上げた巫女に軽く声をかけても反応しない。
答えを求めて視線を彷徨わせたトリプルJの視界に、少女達の持っていたはずの皿と、菓子が転がり込んでくる。
「浄化術が発動しかけてる」
悔し気なリクの呟きに視線を向ける。
「どういうこと……ほっとくと、堕ちるってことか?」
「もしかしなくても……攻撃的なやつに、近いのかな?」
トリプルJとディーナ、二人の疑問に返るのは頷き。
「ねえ、もう大丈夫だよ……?」
巫女がディーナの腕の中に収まる。一時的な安寧により目は閉じているが、苦しそうな表情だ。悪夢を見ている、そう言われても頷いてしまうような。
「……それでも、だ。お前達しかこの森と世界を救えないんだ。もう少しだけ、一緒に話を聞いて貰えないか」
留まって欲しいとマテリアルに願いを籠めるトリプルJの近くでも、高位巫女が術に取り掛かっている。
「……誰かを犠牲にして得る未来は、もう嫌なんだ」
その言葉を告げる鞍馬 真(ka5819)が何よりも辛そうだった。一度も目を伏せることなく、自分を囲む少女達の目を見つめることをやめない。
全身が“ごめんね”と言っているような。
「ねえ、ギセイって、なに?」
「他の誰かの為に、辛い事を引き受ける……代わりにやってくれること、そのヒトやモノのこと、かな」
「「「……それって、私達?」」」
ゆっくりと頷く真から、誰も目を逸らさない。
「このままだと、君達が辛い思いをすると思う」
これから、もっと詳しく教えていくね。
「君達が、わかるまで教えるから。だから、わからないって思ったらすぐ、さっきみたいに聞いてくれるかな?」
どうにか作った微笑みは、悲観的にならないように、そう努めていてもぎこちない。
けれど巫女達は、むしろ真を心配するような視線で。
「「「だいじょうぶ、だから、おしえて?」」」
ルベーノとフィロが控える中、この組だけは、静かに話が進んでいった。
他の組で落ちた皿もコップも木製で、足元は土だから音が響くことはない。
命が危うい事。
浄化により集めた負のマテリアルは、弱気や不安が募れば零れ、堕ちる可能性が高まる。
けれど心を強く、技術を高めれば遅らせることができるし、今もその状態だ。
代替策は今もなお研究が進められている。見込みだってある。
心を強く、技術を磨いて、諦めなければ、希望を見据えて。
神も死ぬから、想ってあげて、絆を育てて、共に戦おう。
――ねえ、どうして?
人形にされたわ。
ぱぱとままといたい。
巫女にされてたの。
みこになりたいよ。
自由は無なかった。
やくにたちたいな。
闘いをみたけど。
あそんでいたいの。
しんじてる? しんじてたよ!
一人前だよ。
はんにんまえなの。
まえをみて? みていたのに!
こどものままがいいの。
早く大人になりたい。
おちついて? ちからまかせ!
まだないていたいの。
自由に叫ばせて。
“これから、ひどいことをいうよ”
――簡単な言葉で、よかったの!
二つの組に分けられた少女達は皆、地に倒れ込んでいる。
二人の高位巫女が、物言わぬ姿になっている。
「「「……長老様、空からの森が、見たいです」」」
残りの一組の少女達が、静かにそう願い出た。
トリプルJの傍には一人、後方ではルベーノも、再度少女達を空の旅へと誘っている。
「他の土地でもな、精霊が浄化の聖木を作ってる場所がある」
森の外の話が聞きたいと請われ、旅の共にとトリプルJは語る。
「でもここほど信仰がなくてな。10本弱の苗木を作るために、成人年齢だった精霊が8歳児にまで縮んじまった」
森都の木々はそれほどの信仰と祈りで作られている、ということだ。
「お前達……お前と、先祖のおかげだろうな」
「まだ、守れると思いますか」
あの子達と。少女の視線は地上の同朋、意識を取り戻さない少女達を見つめている。
「……出来るだろ」
その想いがあるなら。その呟きは風にかき消された。
大人しく順番待ちをする巫女達の傍では、進めれている対策などが改めて伝えられていた。
「穢れ、と呼ばれるもの自体は浄化の方法があるの。機導師の浄癒、霊闘士のトランスキュア。トランスキュアはその後もう1度浄化が必要になるけど、それだけの話なの」
ディーナは現実的な方法を優先して伝えている。実際に彼女の持つフォーティアンは、まさに今森都が、ナデルの集会所が欲している技術を内包している。このように近道は案外近くにあるのかもしれない。
「それをもっと効率的に……早くて、簡単にするにはするには。もう少し時間がかかるけど、それだけなの……安心して信じてほしいの」
「平和になったんだもん、これからもっと……闘ったりすることだって減るし。その分、他の誰かと協力したりすることが増えるはずだよ」
伝わりやすい言葉を選ぶというのは、意識すると案外難しい。時折呼吸が入るのは、ざくろも同じだ。
「助け合う人のつながりが増えたら、それだけ、色んな事を教え合ったりできるでしょ? もちろん、ざくろも手伝うからね」
「私達は、私は、貴女達を1人も失いたくないと思ってるの。それは彼女達も同じだったから……知らないままでも今まで頑張ってきた貴女達の努力にきちんと報いて、これからも……」
続けたい言葉を紡ぐ前に、何かが少しだけ足りなかった。そんなマリィアに、デリアが淡く微笑む。
「大丈夫です、伝わってきました」
穢れを引き取ってくれたときと、今のマリィアの言葉、両方である。
「ありがとうございます」
ヒースとシュネー、フィロの三名は倒れた少女達の介抱に従事していた。そこに空中の案内人を終えたルベーノも合流する。
「お疲れ様だね」
「……楽しそうでした」
「ハハハッ、スキルが残っていれば案内したのだがな! ああ、感謝するぞ」
飲み頃の温度の茶を差し出すフィロ。
「皆様も休憩を挟んでは如何でしょうか」
「それはお前も含めてるんだよなぁ?」
「……いえ、私は」
「ボクは淹れるのも得意だからねぇ、任せていいぞ?」
「……どうぞ」
畳みかけるヒースに便乗して、シュネーがコップを差し出す。
「……いただきます」
「これで仲良くブレイクということだな! あともう少しだ!」
空飛ぶ森の巫女、等という貴重な風景を各々が思い思いに見上げている。
シュネーの声でもう一度、少女達を見つめて。
「……起きたら、この子達の分も」
「そうだねぇ、だから今のうちに休めておきなぁ」
「それも、そうですね。誠心誠意、美味しいと言っていただかなければ」
頷いてフィロが思い出すのは、小さな約束。
目を覚ました少女達は、倒れた理由を覚えていなかった。
「行かねぇの?」
「合わせる顔がない」
戸惑う真に群がる少女達を遠目に、リクの声は低い。ハジャの声に揶揄いが混じる。
「俺は慣れてっけどな。あいつら、根っこではちゃーんとわかってるから大丈夫だぜ?」
そっと伺えば、リクの方をチラチラと気にしているのが見て取れた。
「教師を名乗るなら、全うしていただきたいものだな」
「おーユレイテル、そっちは終わったか。珈琲飲むか?」
「頂こう」
「……」
「そも、案が、手が足りないと貴殿達を呼んだのは私だ。責任は依頼人である私にある」
それ以外は認めないと、言外に語られている。
「あの子達は……ああ」
「キヅカせんせー?」
「説明、するって言ったよね?」
「鞍馬せんせーに習っちゃうから!」
「えっ私? 何を!?」
「……大長老、あ―言ってるけど」
「理解不能な不思議挨拶などは教えそうにない、信用している」
呼ばれたリクが巫女達の輪に混ざっていく。
「それじゃ、森の神とのお茶会のマナーを……」
「「「はーい」」」
気を失い、しばしの記憶を失った少女達の身体の中の穢れは、ゼロに近づいていた。
全てを知った少女達はディーナと共に、巫女に伝わる詩を歌う。聖地に、二人の魂が無事に辿り着きますように……
「久しぶりっす! 俺の事覚えてるっす?」
挙がる手も声も軽く挨拶を向ける神楽(ka2032)が座るのは、器から一番遠く、マグダレーネに一番近い席。
「歴史に埋もれしこの地の大聖女マグダレーネと、その名を継ぎしこの地の精霊に心からの感謝を申し上げる」
『……?』
一礼を伴う挨拶に首を傾げる精霊だが、宵待 サクラ(ka5561)は微笑みだけを返す。
「まぁたややこしい事態に……」
ぼやきながらも器に近づソフィア =リリィホルム(ka2383)は拳を握りこむ。
「バカ娘。ちっとは頼れ」
軽めに一発、母の愛である。
「ママ」
「方法を探るにしたって、手を借りるくらいしろっての」
謝罪を遮って、隣の椅子を限界まで近づける。すぐ横に居場所を確保してやっと落ち着いた。
「久しぶり、で通じるかね」
楽し気にティーカップを出してくる精霊に、早速巫女達との近況を尋ねる。
『出掛けた場所でみつけたものとか、習ったことを教えてくれるわ、いい子達ね』
一通りの説明が終われば、話題はあちこちに飛んだ。
「浄化が元々の形質なら、マグダレーネは四大精霊飛び越えてその上に存在したと思うよ? そうじゃなくてこの地から動けないのは、この地の精霊だからじゃないのかな」
確かにマグダレーネは森の子達を呼んでいたので、動けないのかもしれない。そのままサクラの推測は続いている。
「王国の聖女候補である司祭はその地を守る浄化と結界を使えたよ。その術を使ってその地を守った丘精霊はね、自我を取り戻すまで自分の名前として、その司祭の名を名乗ったんだ」
星野 ハナ(ka5852)も相槌をうつ。
「共に住む者に敬愛を抱けば形而上の形質が相似する精霊も居ますぅ。名も、贈られる場合と自我同一化で名乗る場合がありますぅ」
『マグダレーネは、私の名前じゃないかもしれないの?』
小さく震える大きな体躯の精霊。顔がないので可愛さはあまりない。
「名前を、エルフから贈られたとかぁ……妖精神様はぁ、同一化後に、エルフが形状を整えた可能性は高いと思いますぅ」
『そう、ね……森の子供達に呼ばれると、嬉しくなるのは確かだわ』
「中継ぎに名がないのは、妖精神が中継ぎの名と力で変質するのを防ぐためじゃないかな」
巫女の力や名を全て受けとめたらパンクするとかね、そうサクラは言うが、器が首を振る。
「オルクスまでは。本来の代弁者の役割を担っていた者達には、きちんと名前があったし、違うんじゃない?」
(駄目元だったっすけど)
密やかにスキルを発動させるなんて出来る訳もなく、覚醒した段階で感知された神楽である。
「別に墓荒らしなんて思っちゃいねっす。ただ神霊樹にない情報も、ここならあるんじゃないかと思っただけっす」
聖地であり、過去の代弁者や器の墓地でもある場所。
『ここで寝てる子達のことかしら?』
「そうっす! もしかして話せるっすか?」
精霊の言葉に希望を見た神楽。
『繋がっていた、そんな名残を感じる気がするだけね』
話せるなら、そもそもあの時森の子供達を呼ぶようなことはしなかっただろう。答えがすぐ傍にあるのなら、回りくどい事はしない。
「……それなら、俺が口寄せを」
「馬鹿なの?」
提案が器の声に遮られる。
「お前に言ってねえっす」
「あんた、そもそも人間でしょうよ。しかもここじゃない世界から来てる。出来るなら、とっくに私がやってるわ」
オルクス以降の代弁者も巫女も。皆堕ちて消えるか殺処分され、遺体が残ったとしても穢れの証としてこの地に埋葬はされていない。この地は墓地ではあるが大半は形だけだ。集まったのは精霊との繋がりを辿った形のない存在ばかり。
本来の信仰があったころの彼女達は精霊の言葉を信じるなら眠っているのだろう。しかし精霊が拾い上げられない程の意識がまともな会話になるわけがなかったのだ。
「巫女以外が体調を崩す、総マテリアル減少の可能性がある……これはこの地の負のマテリアル重汚染をぉ、樹木聖別化と高濃度の正マテリアルで抑えてるだけだからだと思いますぅ」
森の資源が減ることに反対する姿勢に繋がるとハナは考えている。
「生き物は生きてるだけで正マテリアルを持ちますけどぉ、ヒトは生きてても感情で負のマテリアルを撒き散らせますぅ。マテリアル総量の減少じゃなくてぇ、負のマテリアルが増えるのを押さえるための転化能力じゃないかって思いますよぉ」
「なあマグ、お前の方でホリィの魂を……マテリアル体として保護できないか? 浄化の予行のような感じになるかもしれないだろ」
『それは』
「わかってる」
負のマテリアルと同じように扱えるなら、正のマテリアルだって。だがそれは実験台と同じだ。
「ママ、それなら私が」
「お前が私の娘だから言うんじゃないんだ」
アイリスとホリィが逆の立場でも、ソフィアは同じことを言うだろう。
ただ、精霊との契約で生まれたホリィの方が、その紐付けが強い筈だと考えたから。
「私にだって覚悟がある」
時間がない。もし可能なら。失うのが怖い。賭けたい。
勝てれば記憶や能力に繋がるかもしれない。娘の身体を癒せるかもしれない。
「聞くだけ、言うだけなんて軽い気持ちじゃねぇんだよ」
『私が存在するために、勝手に吸い上げるマテリアルが正のものなのでしょう? でも、保護……守る、どう、やって……?』
呆然とするような声。
「……答えが出るなら悩んでくれ。早けりゃ大歓迎だ」
今は疑問を、発見の切欠、可能性を多く与えることが大事だ。
「もうひとつ。お前の生まれた神霊樹、株分けは可能か?」
枯渇の可能性も見過ごせない。
「お前と同質の存在を増やせたら、浄化が捗るかもしれないだろ」
位置を選んで世界に巨大な陣を描くとか、信仰や機導術、浄化陣等も併用することになるだろうが。
話を求めている筈なのだ、楽しんでもらえるならそれでいいし、何かの切欠になれば棚ぼた。だから少し事実を脚色もした。
サクラの狙いは、果たして効果があったのか、どうか。
「それでも人と精霊の互いの愛でこの地のシステムは回ってる。だから感謝するのさ」
ぽつりと溢す言葉とともに思い出すのは、友と、そっくりな小さな精霊のことだった。
「神と人が互いをより敬愛できる環境作りがぁ、この地を1番安んじると思いますぅ」
ハナもちゃっかりと便乗していた。
予定時間を過ぎてもまだ立ち上がらない器に向けられたのは、近寄るわけでもない、神楽の声だけ。
「具合悪そうっすね。お前が後どれだけ生きれるか知らないっすけど最期の瞬間まで正義の味方で居続けろっす。そしたら許してやるっすよ」
死ぬまで許さないのと同じ言葉。けれど譲歩にも聞こえる。
「それともし正義を貫くのに人手がいるなら声かけろっす。カリンとジエルデさんの代わりに手伝ってやるっすよ」
器が振り返った時には、神楽の背は随分と離れてしまっていた。
●B 技術こそ正義!?
(英霊と精霊に、同じ方法が通用するものでしょうか)
Gacrux(ka2726)が考えを巡らせる。
知人の英霊が信仰をもって本来の能力を取り戻したことは、今回の役に立つのだろうか?
彼等は予想ではなく、発想が欲しいようだから。少し、手を変えなければいけないようだ。
穂積 智里(ka6819)の目の前に居るはず研究者達だが、ちらとも意識を向けてもらえない。権力の話はどうでもよかったらしい。
「大精霊以外に神が居るなら、それはその地の信仰が歪めた精霊か人が願うだけの顕現しない人造神です。王国の丘精霊やエクラで経験済みでしょう、私達は」
諦めずもう一度。
「外の話はどうでもいいな」
返事は貰えたが興味ゼロ。腹のあたりが沸騰するかのような感覚に襲われる智里。
「「「ん?」」」
正確には膝上のエグリゴリだ。無意識にデルタレイを放ちたく……しかし発動前、彼等は突如智里を囲んだ!
「貴重なものがあるではないか」
「早く出せばよいものを」
「禁止された手前、入手が難しい資料だ」
「え」
あっという間に運ばれていった。
「どうでもいいことはありませんよ、外からの信仰は、それすなわち森都への興味となります。それが目だろうが手だろうが、ヒトが集まるなら、そこには……」
「「「技術か!」」」
「その通りです、更に良い方法もありますよ」
Gacruxの齎す誘惑のごとき話術に喉が鳴る音。
「巫女である彼女達は実に人目を惹きやすい。彼女達をより目立たせ、その先に精霊の存在を紐づけるような、そんな協力だって、先を見据えれば……」
「技術に繋がると?」
「ええ、きっと」
うまく、布教要員としての布石がうてたようだ。
(決定権は別でも、一案として意味はあるでしょう)
今にも解体したそうな研究者達を牽制しながら、好機だと考えることにした智里。
「回帰と最初期を体系化すべきだと思います」
「うんうん」
「私は妖精神はエルフが形を与えたこの地の精霊だと思いますから」
「そうかー」
「記録を追えない以上予想でしかありませんけど、器に名がないのはその名と形質を妖精神に転写しないためだと思います」
「そう……」
適当な相槌が止まり、一人が智里に向き直る。
「神と崇められる存在がそんな簡単なことで変わるほど不安定だとして。君はその神を信じ続けていられるのか?」
咄嗟に答えられなかった。
どうにか、温めていた言葉を捻りだす。
「……これは神への敬愛と神からの親愛で回るシステムだと思います。全公開で信仰を強め、神の自我を強め、後は神を壊さぬ橋渡しをどうするか、ではないでしょうか」
「そこは大長老の手腕の見せ所であろ?」
「より少ない正のマテリアルで負のマテリアルを相殺できたらと思うんだ」
今のユリアン・クレティエ(ka1664)が望むのは確実に目に見える成果だった。
どれほど考えても“誰か”の負担がなくなることはない。ならば全体、関わる全員から少しずつその背負ったものを減らしていけないか、それが今の軸になっている。
(時間稼ぎと言われるかもしれないけど。今使えている技術を改良して、次に繋ぐことだって大事だよね)
飛び立つことは嫌いじゃない。でも、確実に歩を進める方が進んでいる実感もあるはずで。
「例えば更なる圧縮。結晶化って話は歪虚でなら聞いたけど。正のマテリアルでも同じことができないのかな?」
思い出すのは血結晶。聞き齧った情報を連ね、必要なら情報収集の手助けもすると伝える。
「通信や強化に使っていたけど……それが効率化になるなら」
問題は、その時の敵の資料。全てはヴォールが回収していた筈だった。没した彼の拠点からは歪虚の情報は見つからないも同然で、かろうじてワカメ男が調査をしていたと分かる程度だ。
「もうひとつはイニシャライザーの技術だね」
実物が示せないのは申し訳ないとユリアンは言うが、あとで持っている者をに協力を頼めばいいのである。むしろ今は無くて正解だ。智里のエグリゴリの例もあるわけだし、まず話を聞かせなければ意味がない。
浄化能力を補佐する、という部分が有益だと続ける。
「通信楔に取り入れられたら、正のマテリアルがもたらす効果を増幅できたりしないかな?」
少なく、けれど大きな効果を。結晶とは逆の、けれど目的は同じ道筋である。
「ただ、素材の問題はあるのかも。カオスセラミックに変えたりとか……それ、ここで扱ったりは……」
伺うユリアンの視線、研究者達は揃ってエグリゴリの方へ逃げた。
「カートリッジが再利用できればなおよいのですが」
使えるのは一度きり。しかも消滅処分だ。しかし妖精神の浄化が戻れば破壊が不要になる可能性がある。
「符術師には転移技があるのですよ。使用ができる覚醒者を招いて、その技を研究すれば、或いは」
術者が他者を、そのものが保有するマテリアルごと運ぶ技術。
「応用できれば、負のマテリアルだけを移動できないかと。しかし術者ありきでもいけません、カートリッジそのものに機能をもたせれば、より技術の高みを目指せるのでは?」
適度に研究者達を煽りつつ、協力者としてワカメ頭の話をパウラにこぼすGacrux。ユリアンの案にも出ていた名だからか、帝国への問い合わせは早めに行われることだろう。
●A 巫女達が選ぶモノ
「ハンターさん達が教えてくれるの?」
「あっキヅカせんせーだ!」
「皆、挨拶は覚えてるかな、せーの!」
「「「うぇーい!!!」」」
巫女としての仕事を全うしていると言っても、彼女達はまだ幼い少女達であり、エルフである。外見で実年齢を把握する事が難しく、施された教育の影響もあって精神年齢も様々。けれど巫女としての役割を、仕事をもち個性を認められている以上は成人と同じように扱うべき存在だ。
数十名居る彼女達の個性は様々で、説明の軸を担うハンターは四名。
スキルによって広範囲にサポートを行うハンターが三名。
アフターケアや環境づくりでのサポートで臨機応変に動く心積もりのハンターが三名。
一班に十数名、高位巫女達をあわせれば二十名前後。自然と三班に分かれることになっていた。
「この後森の神と巫女の話が始まる訳だが」
ルベーノ・バルバライン(ka6752)の声が響いて、少女達の視線が集まる。
「先に森の全景を見るのと途中で見るのと、どちらが森と自分の関係を深めて聞けそうだ?」
一緒に空を飛んでやる、という提案に楽しげな声をあげる一部の少女達。残りは高所を怖がるか不安を見せているようで。
「遊びじゃないからなー? とりあえず班で一人ずつだけにしとけー」
「……もしや、気がはやかったか?」
助け船を出す為に隣に来たハジャに小声で尋ねる。特にルベーノが気になったのは、少女達以上に心配と不安を見せる高位巫女達だ。
「上空警戒で飛んでくる帝国のグリフォンなんかも、警戒対象みたいなもんだったからなー、すまん」
必要だと分かって居るから声には出さないが、飛ぶ行為そのものにも脅えがあるのだと、やはり小声で返された。
「はじめだけ目をつぶっておけ!」
ルベーノの方に少女達が座り固定される。瞬間的な加速はほんの一瞬で、その勢いを殺さぬよう、限りなく衝撃を減らすよう細心の注意を払いながら地を蹴った。ルベーノが練り上げたマテリアルの動きがわかるのか、少女達は地を蹴る瞬間、合図がなくともしっかりとしがみついてきていた。
「……もう見ていいぞ」
短い時間だがと促せば慌てて瞼が開いていく。声にならない溜息がユニゾンで聞こえた。
「お前たちの祈りが、今も救い続けている場所だ……覚えておいてくれ」
空を飛んだ巫女を中心に興奮冷めやらぬ中だが、その一人を別々に誘導することで班の間隔を離すことに成功した。
(混乱で全員が堕ちる、なんてことはまっぴらだ)
変わりなく先生と呼んでくれた子達を眺めてキヅカ・リク(ka0038)が改めて胸を決める。その想いに答えるように、常よりも多いオーラがリクの身を包んでいく。
「先生はどこの班……?」
「今日は戦闘じゃないよね?」
あどけない様子に曖昧に微笑んで担当の班に向かう。
どんな形になったとしても。最大限を尽くして、止める。
話し手も聞き手も同じ高さの目線で話せるようにとの提案でそれぞれの班が車座になって座る。
「落ち着いてお話を聞くならば、慣れ親しんだお茶やお菓子があると良いのではないでしょうか」
そう依頼側に掛け合ったフィロ(ka6966)と共に、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)の手製クッキーやシュネー・シュヴァルツ(ka0352)の提供したチョコレート、持参のお菓子も一緒に盛り付けた木皿を配っていくディーナ・フェルミ(ka5843)。高位巫女達も手を貸しているから、班ごとに距離があいていてもそう時間がかかることもない。
「なんだかお茶会みたい!」
「お勉強だってきいてたけど、いいの?」
戸惑いはあるものの、少女達は喜んで受け取っていく。
「お茶はこの後配りますよ。教わりながら淹れましたが、同じ味が出せているか、後で感想を教えてくださいね」
そう伝えることでじっくり味わってもらえるだろうとフィロは考えている。
(お腹が減りすぎても疲れすぎても、人の感情は負に傾き易くなりますし)
そしてほんの少し先の未来とはいえ、小さな約束。何が切欠で支えになるか分からないとも考えているから。
「わかったわ、私は味にうるさいの!」
「お願いします。でも、満腹過ぎては折角の話が聞けませんから。急いでもダメですよ?」
頼られたことが嬉しそうな少女にそう言って、微笑みを見せる。一人ひとりの顔色や様子を確認して、すぐに変化に気付けるように、一言ずつだけでもと、言葉を交わしていった。
「どうせならさ、一緒に笑って迎えられるハッピーエンドの方がいいよな、シュネー」
他の班と別れるその移動中、巫女達の後ろ姿を見ながら、ヒースは同意を求めている。
「です……」
言葉少なく頷くシュネーは、今は奥地に居る器の事を想っている。
(大局……はよくわからないですけど……アイリスさん達も)
そのハッピーエンドの中に含まれて、未来を迎えられればいいと思う。
初めの言葉は決めていた。
「助けてほしいんだ、妖精神を、森の神を」
言葉を染みわたらせるかのように、リクのマテリアルが巫女達を包み、勇気を与えていく。これまでと全く違う雰囲気のリクの気迫と、マテリアルがもたらす胸の熱と、重く響く声。
巫女達の手がゆっくりと止まり、次の言葉を待っている。
「それが出来るのは皆だから。だから……どうか、前を見てほしい」
願いを籠めた声を皮切りに、真実が明らかになっていく。
「穢れを、負のマテリアルを取り除く策は進んでいる。だから信じて待ってくれれば、これまで通り過ごしてくれたら」
機導師のカートリッジを、先日実験で見た筈の通信楔を。言葉を重ねれば確かに不穏な空気は薄れているのかもしれない。
(沈黙が……キツい……)
勇気があるから、すぐ死んでしまうわけではないから。けれど彼女達は今も話を聞きながら考え続けていて、体内のマテリアルはそれに呼応しているのだ。
十数名の巫女達の中心でリクは話を続けていた。そう、囲われているのだ。
負のマテリアルを抱えた、浄化術の、楔そのものにもなれる巫女達に。
「……ッ!?」
「都合のいい情報だけを提示するという手段もある。だけどボクはお前たちに全ての情報を提示する事を選んだ」
首を傾げる少女達をひとりずつ見回してから、ヒースは真実を離す切欠の言葉を紡ぐ。
「……お前たちが自分の意志で。選ぶ覚悟を抱けると信じて、ね」
「覚悟……」
呟いた声に不安を感じ取ったシュネーが、チョコレートを勧めたり、連れてきた猫を抱かせ穏やかになれるように努める。
「……今は色々便利になってます、だから、大丈夫です」
丁寧な言葉になるよう心掛けながら、ヒースも頷く。現状を率直に伝え、策を伝え、その上で少女達自身が選べるように。
「可能性はあるんだ。お前達自身で希望をつかみ取れるって」
巫女の腕に抱かれていた猫が二匹とも、苦しそうに鳴いている。
「ヒース、さん」
シュネーの不安げな声に、ヒースも気付く。
マリィア・バルデス(ka5848)、トリプルJ(ka6653)、そしてルベーノの三名の共通点は鏡像世界十六篇を持ち込んだこと。
少しでも少女達の動揺を、混乱を、解き解せるように。とにかく落ち着かせる事が大事だと、その支度をしてきていた。
其々が担当となった班の少女達の様子を見落とさないよう、慎重に様子を探っていく。少しでも効果があるようにと、話のタイミングを確かめることも忘れなかった。
(……あれでは嫌われてしまうのに)
初めに気付いたのはマリィアだった。どんな些細な事でも逃さないようにと直感視を併用していた彼女だったからなのか、それとも猫という他班とは違うイレギュラーがあったからなのか。
気付けば巫女の手は忙しない程に猫の毛並みをの上を往復し続けていた、それこそ、される側の猫が悲鳴らしき声をあげるほど。
マテリアルを宿らせた視界で改めて見れば、巫女の顔色が悪かった。ほんのわずかな変化を見逃さずに済んだ。
「大丈夫。邪神を倒して、今までと比べたら歪虚の出現数も減っていく、だからそんなに心配しないで……?」
近くに控えていた時音 ざくろ(ka1250)も気付いて、まずはその手を止めさせようと優しく声をかけていく。けれど巫女の手は休むことを知らないかのように猫を撫で続けている。
(猫好きに、過剰スキンシップな人もいるって聞いたことはあるけど……っ?)
無心すぎやしないだろうか。力づくで猫を助けようにもタイミングが難しい。
「ねえ、そろそろ、猫ちゃんが別のヒトのところに行きたいって……」
「……ん」
シュネーが頷き、猫の方に手を伸ばす。けれど巫女に変化が見られない。
(どうして効果が……いえ、発動はしてる!)
他の巫女達にも多少の顔色の変化はあるが、猫を撫でる巫女ほどではない、高位巫女はと振り返れば、そちらは術の行使らしき体勢になっていた。
「どうしたら、猫ちゃんを」
「その子、円から、離して……」
とぎれとぎれの巫女の声がざくろの疑問を遮る。無理やり捻りだしたような声がその場の空気を塗り替える。
「ちょっとだけ、ごめんね」
シュネーの補助を受けざくろがひとりを車座の外へ運び出す、それでやっと、手の動きが落ち着いていった。
「……おかえり……ぁ」
無事シュネーに助け出された猫が直に遠くへと離れていく。
「その子をこっちに!」
異変に気付いたディーナの声とほぼ同じタイミングでトリプルJもスキルの発動状況を確認していた。今も、効果は続いているはずだ。
「けどよ、これは話を聞ける状態じゃないな?」
抱え上げた巫女に軽く声をかけても反応しない。
答えを求めて視線を彷徨わせたトリプルJの視界に、少女達の持っていたはずの皿と、菓子が転がり込んでくる。
「浄化術が発動しかけてる」
悔し気なリクの呟きに視線を向ける。
「どういうこと……ほっとくと、堕ちるってことか?」
「もしかしなくても……攻撃的なやつに、近いのかな?」
トリプルJとディーナ、二人の疑問に返るのは頷き。
「ねえ、もう大丈夫だよ……?」
巫女がディーナの腕の中に収まる。一時的な安寧により目は閉じているが、苦しそうな表情だ。悪夢を見ている、そう言われても頷いてしまうような。
「……それでも、だ。お前達しかこの森と世界を救えないんだ。もう少しだけ、一緒に話を聞いて貰えないか」
留まって欲しいとマテリアルに願いを籠めるトリプルJの近くでも、高位巫女が術に取り掛かっている。
「……誰かを犠牲にして得る未来は、もう嫌なんだ」
その言葉を告げる鞍馬 真(ka5819)が何よりも辛そうだった。一度も目を伏せることなく、自分を囲む少女達の目を見つめることをやめない。
全身が“ごめんね”と言っているような。
「ねえ、ギセイって、なに?」
「他の誰かの為に、辛い事を引き受ける……代わりにやってくれること、そのヒトやモノのこと、かな」
「「「……それって、私達?」」」
ゆっくりと頷く真から、誰も目を逸らさない。
「このままだと、君達が辛い思いをすると思う」
これから、もっと詳しく教えていくね。
「君達が、わかるまで教えるから。だから、わからないって思ったらすぐ、さっきみたいに聞いてくれるかな?」
どうにか作った微笑みは、悲観的にならないように、そう努めていてもぎこちない。
けれど巫女達は、むしろ真を心配するような視線で。
「「「だいじょうぶ、だから、おしえて?」」」
ルベーノとフィロが控える中、この組だけは、静かに話が進んでいった。
他の組で落ちた皿もコップも木製で、足元は土だから音が響くことはない。
命が危うい事。
浄化により集めた負のマテリアルは、弱気や不安が募れば零れ、堕ちる可能性が高まる。
けれど心を強く、技術を高めれば遅らせることができるし、今もその状態だ。
代替策は今もなお研究が進められている。見込みだってある。
心を強く、技術を磨いて、諦めなければ、希望を見据えて。
神も死ぬから、想ってあげて、絆を育てて、共に戦おう。
――ねえ、どうして?
人形にされたわ。
ぱぱとままといたい。
巫女にされてたの。
みこになりたいよ。
自由は無なかった。
やくにたちたいな。
闘いをみたけど。
あそんでいたいの。
しんじてる? しんじてたよ!
一人前だよ。
はんにんまえなの。
まえをみて? みていたのに!
こどものままがいいの。
早く大人になりたい。
おちついて? ちからまかせ!
まだないていたいの。
自由に叫ばせて。
“これから、ひどいことをいうよ”
――簡単な言葉で、よかったの!
二つの組に分けられた少女達は皆、地に倒れ込んでいる。
二人の高位巫女が、物言わぬ姿になっている。
「「「……長老様、空からの森が、見たいです」」」
残りの一組の少女達が、静かにそう願い出た。
トリプルJの傍には一人、後方ではルベーノも、再度少女達を空の旅へと誘っている。
「他の土地でもな、精霊が浄化の聖木を作ってる場所がある」
森の外の話が聞きたいと請われ、旅の共にとトリプルJは語る。
「でもここほど信仰がなくてな。10本弱の苗木を作るために、成人年齢だった精霊が8歳児にまで縮んじまった」
森都の木々はそれほどの信仰と祈りで作られている、ということだ。
「お前達……お前と、先祖のおかげだろうな」
「まだ、守れると思いますか」
あの子達と。少女の視線は地上の同朋、意識を取り戻さない少女達を見つめている。
「……出来るだろ」
その想いがあるなら。その呟きは風にかき消された。
大人しく順番待ちをする巫女達の傍では、進めれている対策などが改めて伝えられていた。
「穢れ、と呼ばれるもの自体は浄化の方法があるの。機導師の浄癒、霊闘士のトランスキュア。トランスキュアはその後もう1度浄化が必要になるけど、それだけの話なの」
ディーナは現実的な方法を優先して伝えている。実際に彼女の持つフォーティアンは、まさに今森都が、ナデルの集会所が欲している技術を内包している。このように近道は案外近くにあるのかもしれない。
「それをもっと効率的に……早くて、簡単にするにはするには。もう少し時間がかかるけど、それだけなの……安心して信じてほしいの」
「平和になったんだもん、これからもっと……闘ったりすることだって減るし。その分、他の誰かと協力したりすることが増えるはずだよ」
伝わりやすい言葉を選ぶというのは、意識すると案外難しい。時折呼吸が入るのは、ざくろも同じだ。
「助け合う人のつながりが増えたら、それだけ、色んな事を教え合ったりできるでしょ? もちろん、ざくろも手伝うからね」
「私達は、私は、貴女達を1人も失いたくないと思ってるの。それは彼女達も同じだったから……知らないままでも今まで頑張ってきた貴女達の努力にきちんと報いて、これからも……」
続けたい言葉を紡ぐ前に、何かが少しだけ足りなかった。そんなマリィアに、デリアが淡く微笑む。
「大丈夫です、伝わってきました」
穢れを引き取ってくれたときと、今のマリィアの言葉、両方である。
「ありがとうございます」
ヒースとシュネー、フィロの三名は倒れた少女達の介抱に従事していた。そこに空中の案内人を終えたルベーノも合流する。
「お疲れ様だね」
「……楽しそうでした」
「ハハハッ、スキルが残っていれば案内したのだがな! ああ、感謝するぞ」
飲み頃の温度の茶を差し出すフィロ。
「皆様も休憩を挟んでは如何でしょうか」
「それはお前も含めてるんだよなぁ?」
「……いえ、私は」
「ボクは淹れるのも得意だからねぇ、任せていいぞ?」
「……どうぞ」
畳みかけるヒースに便乗して、シュネーがコップを差し出す。
「……いただきます」
「これで仲良くブレイクということだな! あともう少しだ!」
空飛ぶ森の巫女、等という貴重な風景を各々が思い思いに見上げている。
シュネーの声でもう一度、少女達を見つめて。
「……起きたら、この子達の分も」
「そうだねぇ、だから今のうちに休めておきなぁ」
「それも、そうですね。誠心誠意、美味しいと言っていただかなければ」
頷いてフィロが思い出すのは、小さな約束。
目を覚ました少女達は、倒れた理由を覚えていなかった。
「行かねぇの?」
「合わせる顔がない」
戸惑う真に群がる少女達を遠目に、リクの声は低い。ハジャの声に揶揄いが混じる。
「俺は慣れてっけどな。あいつら、根っこではちゃーんとわかってるから大丈夫だぜ?」
そっと伺えば、リクの方をチラチラと気にしているのが見て取れた。
「教師を名乗るなら、全うしていただきたいものだな」
「おーユレイテル、そっちは終わったか。珈琲飲むか?」
「頂こう」
「……」
「そも、案が、手が足りないと貴殿達を呼んだのは私だ。責任は依頼人である私にある」
それ以外は認めないと、言外に語られている。
「あの子達は……ああ」
「キヅカせんせー?」
「説明、するって言ったよね?」
「鞍馬せんせーに習っちゃうから!」
「えっ私? 何を!?」
「……大長老、あ―言ってるけど」
「理解不能な不思議挨拶などは教えそうにない、信用している」
呼ばれたリクが巫女達の輪に混ざっていく。
「それじゃ、森の神とのお茶会のマナーを……」
「「「はーい」」」
気を失い、しばしの記憶を失った少女達の身体の中の穢れは、ゼロに近づいていた。
全てを知った少女達はディーナと共に、巫女に伝わる詩を歌う。聖地に、二人の魂が無事に辿り着きますように……
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/09/08 20:22:03 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/09/07 23:27:50 |