イノセントイビル 悪しき縁に根絶やしを

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~10人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/09/15 19:00
完成日
2019/09/23 17:47

みんなの思い出

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オープニング

 結論から言えば、『名も知れぬ怠惰の歪虚』にとどめを刺す事は出来てはいなかった。その事実が露見したのは、再び各地で『怪力事件』が発生し始めたからだった。

 マリーがその事実を知ったのは、侯爵家の面々と別れ、オードラン伯爵領に帰った後の事。その日は、延びに延びていたマリーの縁談話を進める為、婚約者であるジョアン・R・パラディールと会う引き合わせの日であった。

「久しぶりね、ジョアン。ハルトフォートのゴーレム部隊で武勲を上げたって聞いたけど……相変わらずのチビ眼鏡ね!」
「ああ、マリー。そう言う君の方こそ、昔と変わらずちんまいね。少しは淑女らしくなっているかと思っていたら、まるでガキ大将の頃のまんまじゃないか」
 顔を合わせるなり、マリーとジョアン──もう子供でもない男女二人は本気の悪態を交わし合った。両家は親戚筋に当たり、幼い頃はちょくちょく顔を合わせていた仲だった。
 家族同士の会食やら何やらと型通りの行事を済ませ……マリーはタイミングを見計らってジョアンを連れ出し、二人きりになったところで本音を訊ねた。
「あんた、本当にこのまま親のいいなりになって私と結婚するつもり? 私は『奥』に引っ込んで良妻賢母、なんて性に合わない。……それにまだ、片付けておかなきゃいけないこともある」
「……僕だって、伯爵家の跡継ぎなんてガラじゃない。それに……今の職場に、気になっている女性(ひと)もいる」
 マリーは口笛を一つ吹くと、ニヤリと笑って、告げた。
「私たち、『駆け落ち』しましょう!」
 ジョアンは驚くというより、まず呆れた。
「……駆け落ち、ってのは、好きあった者同士がするものじゃなかったっけ?」
「いいのよ。私たちはこの結婚に異議を唱える、言わば同志みたいなものなんだから」
 かくして、若い二人は結納の場から揃って遁走した。クリスは「そういうこともあるかもしれない。……なんせマリーだし」と事前に『警備』を敷いていたのだが、覚醒者となった本気のマリーを止めることはできなかった。
「……やっぱり出て行ってしまうのですね。伯爵家から……貴族社会から」
「ごめん、クリス。やっぱ無理だった。……それに、まだ事件も解決していない。ルーサーたちも放っとけないしね。だから、クリス……行ってくる。父様のこと、よろしくね」


 ダフィールド侯爵家は勿論、総力を挙げて仇敵の行方を追った。
 広域騎馬警官隊と秘密警察は統合され、互いのノウハウを活用できる新組織が作られた。その長にはソードが就任したが、現場志向の彼は殆どニューオーサンに居つく事もなく、実質的にはヤングが組織を取り仕切っていた。
 ルーサーもまた新生侯爵家を象徴する新ポスト──民生長官の座に就いて、日々、忙しく過ごしていたが、時間を作ってはちょくちょくその『捜査本部』に顔を出した。
「かの『怠惰』は土から生やした無数の『蔦』を使って、たくさんの死体や巨木を操った。この事から、『怠惰』の本体は土の中に存在しているものと思われる」
 捜査本部の推論に、ルーサーは(そうだろうか……?)と小首を傾げた。
 確かに、あの敵は死体も巨木も操ってはいたが……その『精度』には違いがあったように思えた。例えば、死体の群れや巨木の動きは、確かにそのパワーと効果範囲は目に見えて凄いものだったけど……なんというか、その動き自体は『雑』というか『大雑把』なものに感じられた。対して、『庭師』や『仲買人』、『客』については、流暢な言葉遣いから手足の指先一つに至るまで、まるで普通の人間と見分けがつかぬほど精緻に動いていた。
(あの『客』は常に地面に接していた。戦闘中も摺り足だった。その理由が『地面から生えた蔦と繋がっていたから』という理由は納得できる。だが……)
 ……あの『庭師』や『仲買人』もそうだったかと思い返せば、決してそんなことはなかった。本体が地面の下にいたとしたら、説明がつかない事だ。
 更にもう一点。あの大樹との戦闘中、『客』が大きく跳躍した際、一瞬、大樹の動きが鈍ったように感じられた。それは、後方にいて仲間に守られる立場にあって、常に戦場全体を観察できた自分だけに気付けた相関だった。
 それに、戦闘不能になった『客』がしようとしていた『死んだふり』…… そして、構わずオーバーキルを仕掛けたハンターの追撃に、必死に抵抗して見せたこと──
「あの……」
 ルーサーが挙手をし、発言を求めた。
「僕には敵の本体が地面の下にあったとは思えない」
 組織の『部外者』故に遠慮がちに……しかし、はっきりと自論を述べる。──全ては、戦えぬ身でありながら戦場に立ち、実際にこの目で『怠惰』を見ていたからこそ、察知し得たものだった。
「敵の本体は、『庭師』や『仲買人』や『客』の中にいた。『客』の跳躍時に大樹の動きが鈍ったのも、『蔦』の接続が一時的に切れたから。『死んだふり』を止めて防御したのも、それが理由だ。……そして、戦えなくなった身体からどうにか抜け出し、地面の下へと逃れた。『根』によって耕された土の中へ。その後も、さも大樹が本体であるかのように操って、勝利を確信した僕らが立ち去るまで待っていたんだ」

 『名も知れぬ怠惰の歪虚』との『いたちごっこ』は数年の長きに亘った。
 ルーサーは18歳になった。背も年齢相応に延び、小太りだった少年期からは想像できぬ程の精悍な佇まいの青年となっていた。

 その日、フェルダー地方の遺跡の天井を喰い破り、全長50mを超える巨大な『樹』の複合体の化け物がその姿を地上に現し、ニューオーサンへ向けて進撃を開始した。
 すぐに侯爵家当主カールによって討伐依頼が出され、AC等のユニット戦力を含む大規模な討伐隊が組織された。
 だが、その時、長い間ソードたちと行動を共にして来たハンターたちは、地下の遺跡の中にいた。
「フェルダー地方──特にダフィールド侯爵領と周辺諸侯領の地下には数多くの遺跡がある。先の大樹の遺跡もそう。ユト村の近くにも。そして、急流筏下りのオーサン川の河畔にも。……そして、それらは連絡通路の様なもので接続されていたという」
 出発前、兄やハンターたちを捜査本部から送り出す際にルーサーが告げた。
 それらの地下通路の中にはニューオーサン近郊にまで達するものもあり、或いは地下に潜ったままここまで到達し得るルートもあるのかもしれない── これらの情報はいずれも、『いたちごっこ』の最中に数々の遺跡へ潜らされたマリーが調べ上げたことだった。
「地上の大樹は囮だ。本体は地下遺跡にいる。……これまでに蓄積された情報から、敵が『蔦』を伸ばせる範囲には限界があると分かっている。大樹の近くに存在する唯一の地下通路──そこにいるはずの敵の本体を探し出し、撃破してください」

リプレイ本文

 あの日、侯爵領に関わることになってから、いったいどれ程の年月が流れただろうか──?
 ニューオーサン郊外、地下トンネルへと続く遺跡の入り口の前。『名も知れぬ怠惰の歪虚』討伐班の集合場所── そこで出撃の時を待ちながら、シレークス(ka0752)は去来した感慨に耽っていた。
 ……クリスやマリーたちと共にルーサーを送り届けて、クーデター騒ぎや結婚騒動に巻き込まれて。『種子』の存在が歪虚に繋がり、ベルムドとシモンが殺されて…… 仇を討ったと思っていたら、実はまだ生きていて…… そうやって『いたちごっこ』を繰り返している内に、こんな大事になっていた。
 ──遠く、山の向こうから、遠雷の如く響いて来る砲声と爆発音──それはニューオーサンへ侵攻中の『巨大物体』とユニット部隊が激戦を繰り広げている音だった。
 ……思えば、あの歪虚にはどれだけ引っ掻き回されたことだろう。奴一体の所為でどれだけの涙が流されたことだろう。……一切合切に終止符を打つ。我々がやらねばならない。守護者として、友として……
「なんじゃ、怖い顔をして……随分と入れ込んでおるのう」
 その表情に気付いたミグ・ロマイヤー(ka0665)が言う。事件を追い続けてきたシレークスらと違って、ミグは細かい事情は知らない。だが、竪坑での戦いの後の『いたちごっこ』にはちょくちょく関わり続けてきた。
「一回限りの助っ人のつもりだったのじゃがのぅ。あの一戦で決着はついたと思っていたのじゃが……」
「……はい。正直なところ、まさか、ここまで長く引きずることになるとは、思ってもみませんでした……」
 アデリシア・R・時音(ka0746)のミグへの返事に、強く唇を噛み締める者がいた。あの竪坑の戦いで、あと一歩のところまで『怠惰』を追い詰めていたヴァルナ=エリゴス(ka2651)だ。
「……あの時、器である遺体諸共、消し飛ばしておくべきでした……」
「草の根分けて、とは言うけれど、まさか土の中まで探さなきゃいけなかったとはね。確かに盲点だったけど……」
 ギュッと握った拳を見下ろして『後悔』するヴァルナの肩を、マリィア・バルデス(ka5848)がポンと叩いて『反省』を口にする。
「……いや、そんなに気にすることはないぜ?」
 見かねてソードが声を掛けた。気付けなかったと言うなら、それは俺たちだって同じだ。
「ヴァルナはあの時、あの歪虚の『真実』に最も近づいた。あれが無ければルーサーだって、あの結論に至れていたかどうか……」
 励ます様なその言葉にシレークスが思わず顔を上げ……サクラ・エルフリード(ka2598)は目を見開いてヴァルナと顔を見合わせた。
「……まさかソードさんに慰められる日が来ようとは」
「ええ……屈辱です」
「そんなにっ!?」
 そのやり取りに思わず吹き出し、笑い合うハンターたち。一しきり笑った後、ヴァルナが改めて「仕留めます。今度こそ……」と気合を入れ直す。
「おー! なんだか懐かしい雰囲気だね……! やほー、皆、お久しぶり!」
「追い詰めたんだか、追い詰められているんだかよく分からない状況だけど…… 決着と聞いて、僕らも居ても立っても居られずに馳せ参じたよ」
 そこへ討伐メンバー最後の2人──レイン・ゼクシディア(ka2887)とルーエル・ゼクシディア(ka2473)が到着した。実に数年ぶりの再会だった。
 彼らは縦坑の戦いの後、マリーやクリスと同様に自分たちの故郷に帰っていた。『怠惰』の生存も知らなかったが、今回、『巨大物体』の侵攻で事態を知って、急ぎ駆けつけて来たのだった。
「いやー、時が経つのは早いね! 皆の成長を見るとシミジミしちゃうよ! 見てみて、ルー君なんて、もう私の身長追い越しちゃったんだよ!? マリーちゃんだってこんなにおっきく……は……あー、うん。マダマダコレカラダヨー」
 半眼で目を逸らしたレインを涙目でポコポコとお子様パンチするマリー。それを温かい目で見守るルーエルの方は、背も髪も伸びた。父親にもなった。
(……正直、レインまでこの戦いに参加するのには反対だった。もう母親になったんだし……)
 だが、彼女は己の意思を曲げなかった。放っておけるわけがない。ルー君や皆だけを危地に赴かせるわけにはいかない、と── 当のレインは全くそんな素振りは見せないけれど。
「ソーどんも相変わらずだね! 浮いた話の一つでもないのかい?」
「……そんな暇は無かったさ」
 苦笑いを浮かべて答えるソード。……ルーサーやヤングがこの場にいれば、ソードの言葉が事実であると証言していたことだろう。ハンターたちの前でこそこうして笑って見せてはいるが…… 『仇』が生きていると知れて以降、現場で駆けずり続けた彼は、まさに『復讐の鬼』だった。
 ……山向こうの砲声が一際大きくなった。外縁防衛線が突破され、また一つ戦場が近づいたのだ。
 山の稜線の向こう側に、『巨大物体』の『上半身』がゆっくりとその姿を現した。遂にここから見える位置にまで、敵は侵攻して来ていた。
「……。怠惰の癖に、今回は色々と働き者なことで……」
「やー、しつこい植物だね! もう大人しくしてればいいのに!」
 そのスペクタクルな光景に、呆れた様にサクラとレインが呟いた。
「しかし、大人しく潜伏していれば逃げ延びれたものを……なぜわざわざ表に出て来るような真似をするかね?」
 ミグの疑問に、ルーエルも考え込んだ。……正のマテリアルを負に塗り替えずにはいられぬ歪虚の本能か。或いは、しつこく追跡して来るソードやルーサー、特捜班の面々を──ダフィールド侯爵家の執念を無視し得なくなったためか。
「なんにせよ、歪虚は再び目の前に姿を現した。……世界の未来、そして、人々の為にも、あの歪虚は絶対、生かしておいちゃいけないよ!」
「まだ予定していた時間には早いけど……苦戦してるみたいだし、早めに歓迎に出向いてもいいと思うの」
 時音 ざくろ(ka1250)とディーナ・フェルミ(ka5843)の言葉に頷き、ハンターたちは地下遺跡への侵入を開始した。
 案内を買って出たマリーが皆の先頭に立って遺跡の内部を進み始める。遺跡の内部は事前にマリーたちの手によって探索とマッピングが済ませてあった。
「ふーん。あのマリーちゃんがねぇ…… なんか感慨深いね、ルー君!(見た目はあんまし変わってないのに)」
 ……特にトラブルもなく遺跡を抜けて、地下トンネルへと侵入する。CAMが徒競走できるくらいに広く大きな通路の中を、ミグの魔導バイクの明かりを頼りに前へと進む。
 やがて、前方から現れたものは、『棘付きの蔦』をグルグル巻きにした様な、球形の物体だった。全長は4mほど──上部に繋がった無数の蔦によって遺跡の天井からぶら下がり、上から引っ張られるような形で揺れながら進んでいた。
「あれが……あの時の歪虚……?」
「……玉葱みたいなの。皮を剥いたら美味しそう……?」
 慎重に様子を窺うルーエルの横で、じゅるりとディーナがヨダレを啜った。「食べるなよ?」とソードに突っ込まれて、不思議そうな表情で(=「なんで?」とでも言いたげな表情で)きょとんと小首を傾げて見返す。
「雉も鳴かずば撃たれまいに……因果なことよのう」
 言いながら、ミグはサメの様に笑った。──そうまでしてイベントを盛り上げようとしてくれるなら是非もない。どちらかが力尽きて斃れるまで、死の舞踏を踊り続けようではないか──!
「邪悪な種子は、今日、ここで根絶やしにしてやるのですっ……!」
「行くよ、皆! 事件の黒幕の歪虚を、今度こそ完全に滅ぼす大冒険だ!」
 それぞれに得物を構え直して駆け出すシレークスとざくろ。ミグもまたファンファーレの如くアクセルを吹かしながら、皆と共に突撃していく。
「レイン! 僕より前に出たら駄目だからね! ブランクは取り戻せそう? 射撃、期待してるから!」
 前衛組に続いて走りつつ、妻を心配して叫ぶルーエル。レインは「もう! ルー君、過保護すぎ!」と言いつつ満更でもない表情で、射程に入った『球根』に向けて構えた魔導猟銃をぶっ放す。
 それがハンターたちの初撃となった。放たれた散弾が棘付きの蔦の表皮にめり込み、千切れた蔦を跳ね飛ばして中央表面に穴を空ける。
 味方の攻撃開始を受け、トンネルのずっと後方、最後衛に位置したマリィアもまた、伏射姿勢で構えた魔導式対物ライフルの射撃を開始した。轟音と共に放たれた銃弾が宙に弧を描き、敵表面の蔦を数本、纏めて大きく千切り飛ばす。
 それらの支援射撃の下、一気に敵へと肉薄していく前衛組。ディーナは手にした十字鎚を景気づけに頭上でグルングルンとぶん回しつつ、時折、バトンの様にクルクル回しながら敵へと突っ込んだ。
「私は攻撃力も回復力も基本、一定の人なの。だから、最初から最後までテカテカするの~!」
 ぶん回した勢いそのままに、十字鎚を身体ごと横回転させてぶん殴るディーナ。物理ではなく魔力で殴った十字の鎚頭が『玉葱』にめり込み、その表面が大きくたわんで波打って『球根』がユラユラ揺れる。
「守護者として、此処で全てを終わらさせて貰います…… 全力全壊で行きます……!」
 サクラは一瞬、走りながら瞑目し、大精霊への祈りを捧げた。願いは聞き届けられ、サクラの全身からマテリアルのオーラが噴き出すように溢れ出した。
(『超覚醒』──!? サクラ、本気だ……!)
 それを間近で見たざくろは彼女の覚悟を知った。──覚醒状態にある覚醒者がその身に大精霊の力を下ろし、守護者としての能力を解放する秘奥。その巨大すぎる力はたとえ守護者であっても耐え切れるものではなく……最悪、再起不能となることすらある。
 ざくろの目の前でサクラが更に加速する。盾をかざして姿勢を低く……そのまま斜めに跳躍して盾の陰から斬りつける。
 『球根』本体はまるで大木の様に蔦の密度が高かったが、超覚醒したサクラの斬撃は薄皮を剥ぐようにその表面を斬り裂いた。
 ……攻撃開始から10秒。沈黙を守り続けた『球根』がようやくハンターたちに対して反応を見せた。表面の棘蔦が剥がれ、攻撃のあった方向へ鞭の如く振り回されたのだ。
「やらせるか、雑草は消毒だ!」
 ざくろはサクラや仲間たちに延びて来た蔦たちを『拡散ヒートレイ』──赤白色光線の乱舞で細かく幾つにも切り裂いた。シレークスもまたマテリアルを溜めた左右の拳鎚を拳闘士の如く左右へ振り抜き、発生した衝撃波でもってソードやマリーに迫る蔦らを吹き払い。中衛のアデリシアも前衛組に伸びて来る蔦をワイヤーを振るって打ち払いつつ周囲の地面へ目を配り、足を取られそうな大きさの石や岩を端へと蹴り出していく。
 一方、蔦が届かぬ距離を大回りして敵の側方へと回り込んだミグのバイクは、十字砲火が形成できる位置へと後輪を滑らせながら到達した。そのバイクに便乗して来たヴァルナもまた、射撃の為に自動拳銃を抜き放って飛び降りる。
「ベストポジション……!」
 唸る様に呟きながら、ミグはバイクに跨ったまま、長大な大型魔導銃をハンドル上に保持してドカンとぶっ放して見せた。狙うは『球根』の本体──ではなく、その上部、天井へと伸びた蔦。ヴァルナも器用に一回転して着地すると、それを狙って立て続けに発砲する。
 ……『球根』の動きが止まった。初めてハンターたちの存在に気付いたとでも言うように。
 『球根』の表面を覆っていた蔦が解けてばらけた。と思った次の瞬間、それらは銃弾の様な勢いで一斉に全周へと伸ばされ、側面の壁や床、天井の岩へと突き刺さる。
「な、なにこれ!?」
 崩れ落ちて来る岩の瓦礫。投擲される壁の破片── 全周から来る攻撃をルーエルと背中合わせになって凌ぎながら、レインは地中から突き出た蔦の槍を避けつつ、『ファイアスローワー』でそれを焼く。
 アデリシアもまた舌を打ちながら、末端ではなく、蔦の根本の部分に『ブルガトリオ』を投射した。闇の刃に蔦が空中に縫止められ、そこから分岐して続く全ての蔦の動きが一瞬、止まる。
 だが、その時には既に敵は壁の中に十分に『根』を這わせ終えていた。上下左右全ての壁が突如、不気味に鳴動し始め……直後、それらを砕いて飛び出して来た『蔦の津波』が、多数の岩を巻き込みながらハンターたちへと押し寄せた。
「っ! 『ジェットブーツ』!」
 ざくろは靴底からマテリアルを噴射し、その『岩津波』を跳び避けた。誰かを助ける余裕は無かった。
 アデリシアは十字鎚を地面に突き立てて体勢が崩れないように試みたが、瞬く間に呑まれて流された。絡みつこうとしてくる根を鎚の柄で押し返し、僅かに出来た隙間から身体を抜け出し、脱出する。
 ようやく止まった岩津波の上に立って周囲を見渡すと、後方から木霊して来た野太い銃声が聞こえた。岩津波に囚われたマリィアが、自分に絡んだ蔦の根本を撃ち千切った音だった。
 ……やがて、引き波の如く、色々なものを巻き込んだ蔦が『中央』へ向かって収束し始めた。アデリシアはすぐに上空のざくろに拘束された人の場所を訊くと、その指示に従って救助活動を開始した。
 その甲斐もあり、全てのハンターたちが蔦の中から救出された。マリィアの様に自力で拘束から脱したものも多くいた。……それでも、救い出せない物もあった。ミグ愛用のバイクも蔦に呑まれて消えた。
 アデリシアはルーエルなどと手分けして、皆のダメージを回復した。
 一方、『中央』に向かって引いていった蔦の波は、寄り集まって全長8mを超える巨大な『木と岩でできた人型』へと変貌していった。
「……怪獣大進化というわけでもあるまいが……!」
「ったく、毎度毎度、でかい図体を晒しやがって……!」
 その光景に悪態を吐くアデリシアとシレークス。完成したその姿はまるで巨人……というより、CAMを模したものか?
「……き、木の根っこの癖に芸達者なの……!」
「CAMってもっと格好良いよ! 下書きからやり直せー!」
 思わずパチパチと拍手するディーナと、「ガッデム!」と叫び出さんばかりの勢いでデザインに文句をつけるレイン。
 そんなハンターたち諸々に構わず、人型への変態を遂げた木と岩の塊は、こちらに向かってゆっくりと前進を開始した。これまでと違い、明確にこちらを敵として認識した行動だった。
「どうします? いつもの様にタメますか?」
「全力で撃ち込むなら、支援しますけど……」
 アデリシアとサクラの質問にシレークスは頭を振った。
「いや、既に何度も見せている以上、警戒されていると踏んでおくべき……奥義は温存しときます」
 ……互いに仕切り直しての、第二ラウンドが始まった。
 敵の本気を見て取ったディーナは星神器に祈りを捧げた。ウコンパサラの真の力──雷神の力を解放し、白き雷光をその身に下ろす。
「『本体』、どこかなぁ。そこ絡めてデルタりたいけど…… CAMと同じ胸部? お腹? ……えーい、分かんないから全部乗せ!」
 レインはルーエルの後ろから三条の光を放ち、胸、腹、頭の三か所を狙い撃った。だが、放たれた光条は表皮の蔦を焼き切ったところで止まった。明らかに先よりも固くなっていた。
「ああいうのは、足を崩すのが定番だけど……」
 一方、ルーエルが巨人の足下目掛けて『ジャッジメント』──敵を拘束する光の杭を思いっきり投擲した。その意図を察したヴァルナとざくろも、別々の方角から巨人の足下へと走り寄る。
 その接近を阻もうと、巨人が床を薙ぐ様に拳を振るった。岩を巻き込んだ拳鎚のその破城槌の様な一撃を、ヴァルナは腰を曲げて潜り抜け、ざくろはジェットブーツで飛び越えた。
(杭は弾かれたか……! でも、注意はこちらに惹き付ける!)
 ルーエルはレインと共に光を放ち続けた。ミグとマリィア、マリーの支援射撃が浴びせ掛けられる中、サクラ、シレークス、アデリシアの3人もソードと共に包囲に動いて敵の注意を分散させる。
 その間に、敵を射程に捉えたヴァルナが歩調を変えて『レクイエム』のステップを踏んだ。一瞬、混乱したかのように巨人の動きがちぐはぐになり、その隙に敵へと肉薄したざくろが手にした魔導剣を巨大化させつつマテリアルを強制解放。迸る光の奔流を刃に制御しながら、目の前の巨人の膝目掛けて振り下ろす。
「喰らえ! 超重剣・巨神転伏斬!」
 ざくろの強烈な斬撃が『膝』を構成する蔦の『筋繊維』を断ち斬った。だが、岩の『骨』にヒビを入れたところでガァン! と大きく弾かれた。
 音叉の様に震える剣をどうにか痺れた手中に収めながら、ざくろは一旦、距離を取った。ヴァルナはハミングとステップを継続しながら、敵の損傷部位に観察の視線を送った。
(……欠損部位を蔦や岩が埋め始めている。瞬時に再生というほどではないけど、大技を一発二発当てたくらいで破壊し切れるほど柔ではない……となれば……)
「確実に当てて削っていくのじゃ!」
 ミグは大型魔導銃をどっしりと腰溜めに構えると、最も動きの少ない胴体部分を狙って砲撃を敢行した。──ああ、あの中のどこかにミグのバイクも呑まれておるのじゃろうなぁ…… 仇はこの手でとってやらねば……(涙
「……てやぁぁぁぁぁ!」
 雷光を纏ったディーナが来たりて、振り被った星神器を巨人の足へと振り下ろした。稲妻を纏った槌斧の刃が分厚い『幹』へと喰い込み、迸った電撃が周囲の蔦の動きを鈍らせる。だが……
「……ッ! 止まらない……! 阻害効果が効いてないの?!」
「違う。そいつらは恐らく『群体』なんだ。一を止めても全は止められない。範囲型なら……」
 通信機越しのマリィアの推測を最後まで聞いている余裕はディーナには無かった。巨人の拳が彼女の目の前に迫り来ていたからだ。
 ディーナはすぐに星神器を構えて受け凌ぐ体勢を取った。だが、ヒットする直前、振るわれた拳が突如ばらけ、投網の様にディーナを拘束しに掛かった。
 しかし、その攻撃は、ディーナの身に触れた瞬間、バチッ! という音と共に引っ込んだ。逆に、彼女は光の波動で蔦の投網が吹き飛ばす。
「今の私に『拘束』なんて効かないの! 全体を止められないなら、止まったら困る箇所をピンポイントで……!」
 ディーナは更に踏み込んだ。そして、膝とか肘とか……人間でも当たるとビクッ! ってなる場所を狙って、とにかく殴り始めた。
 ざくろもまた先程と同じ膝を狙って巨大剣を叩きつけ……ヴァルナはその一段後ろで、構えた龍槍の穂先に己の魔力を集中させる。
 ディーナの一撃が足首を打ち、ガクリと巨人の動きが落ちた。その機を逃さず、ヴァルナは槍を繰り出しながら魔力を解放した。狙うは、巨人の膝から金的、心臓へと抜ける直線上──ヴァルナが放った魔力の槍は狙い過たずにその一点に穴が穿ち、下から肩口までを一息に突き貫いた。

 ハンターたちの攻勢に、歪虚は戸惑い、辟易した。
(なぜだ……能力的にはこちらが圧倒的に有利なはずなのに……! 戦術、連携、それが怠けていた僕との差だというのか……!)
 自身への失望は怒りに変わった。猛攻──しかし、状況は変わらなかった。
 そして、名も知れぬ怠惰の歪虚はなけなしのプライドを捨てた。そうしてこそ思い浮かんだ『戦い方』というものがあった。

 ハンターたちの目の前で、『巨人』がピタリと動きを止めた。
 微かな振動が足元から伝わる。天井から塵が舞い落ち、やがて、ガタガタとトンネル全体が震え始めて……
 何が起こっているのか、分からなかった。ただ、何かヤバいことが起きていることだけは何となく予感できた。
 だが、この時点でハンターたちに出来ることは殆ど無かった。……或いは、外に知己でもいれば別だったかもしれないが。

 地上のユニット使いたちは見た。眼前の、或いは眼下の『巨大物体』が突如、何もない所で足を大きく振り上げ……思いっきり地面へと踏み下ろす光景を──

 地下トンネルの天井が、何か巨大なものに踏み抜かれた。それは直撃ではなかったが、その衝撃はハンターたちの頭上の天井をも崩落させた。
「ゴホッ……ゴホッゴホッ……なんだ……いったい何が起きて……」
 粉塵収まらぬ中、身を起こしたざくろとサクラは、頭上に有り得べからざるものを──青空を見つけて驚愕した。そして、その蒼を背景にこちらを覗き込む『巨大物体』の『顔』と……そして、その『口内』に集まっていく闇色粒子と……
「────ッ!!!」
 ざくろは咄嗟にポゼッションを発動して仲間たちを不可侵の結界の中へと隠した。サクラは絶対守護の光障壁を仲間たち全員に被せた。
 直後、地下トンネルを斜めに切り裂くように巨大怪光線を放たれた。耳をつんざく爆音と破砕音。爆風と爆煙がトンネル内を吹き荒れ、ハンターたちはみな地面へ身体を押し付ける。
 ……やがて、視覚と聴覚が回復し、ハンターたちは自分たちが直撃を受けなかったことを知った。……後方のトンネルが崩れ去って、退路が失われたことも。受けたダメージが決して小さくないことも。
「あ……あ……」
 ディーナは呆然と身を起こし……それでも、回復の光を手に自らの役目を果たしに掛かった。アデリシアとルーデルもそれに続こうとする。
「違う……引いては……守りに入ってはダメだ!」
 瓦礫を押し退け、身を起こしたマリィアがその流れを押し留めた。
「攻撃を……攻勢を! 奴が地上のデカブツを操る余裕が無くなるくらいの……処理速度が追い付かなくなる程の猛攻を!」
 マリィアは瓦礫の中から対物ライフルを拾い上げると、流れる血も止めずにそれを敵へと構えて見せた。
 その心意気にシレークスがニヤリと笑い、砂利塗れの唾を吐き捨て、立ち上がる。
「アデ! サクラ! 私に支援を。奴に奥義をぶちかましやがります」

 ハンターたちの怒涛の寄せが始まった。
 仲間全員に大精霊の癒しの波動と障壁を付与するサクラ。アデリシアもまた時の三女神の加護をシレークスに与えるべく凛々しき祈りを天に捧げる。
「ありがとう、サクラ! ……ようし、ざくろだって……!」
 魔導剣を天へと掲げてシレークスに後続するザクロ。ソードやディーナもそれぞれ方向性の違う雄叫びを上げて後へと続く。
 まるで怯まぬ様子のハンターたちに歪虚は戸惑った。彼らの接近を拒否するように拳を振るい…… 瞬間、入れ替わる様に先頭に立ったヴァルナが温存していたスキルを解禁。カウンターでその拳に龍槍の穂先を合わせ、ナックルパートの岩の壁に穴を穿ってこれを砕く。
 ダラリと左腕を提げたまま、マリィアが瓦礫の上に保持した対物狙撃銃のコッキングレバーをスライドして薬室に弾を装填し、ありったけのマテリアルを注ぎ込む。そして、時を圧縮したかの如き弾倉内全弾一斉射撃──流星雨の如きあの『ハイペリオン』を、力も尽きよとばかりに立て続けに敵へと撃ち浴びせた。
 流星の如き光の奔流が彗星の様に束ねられ、巨人の全身をくまなく乱打し、穿ち、その巨体を瞬く間にズタボロに削り取った。『表皮』の下の『筋肉』も瞬く間に噴き出す樹液と共に『肉片』と化し、露出した岩の『骨』をものみを打ち込む様に砕いていった。
 その射点を潰すべく伸ばされた反撃の蔦は、しかし、マリィアまで届かなかった。その前にシレークスが敵に奥義を放ったからだ。
「星神器よ、今こそ、我が信仰の全てをここに示さん!」
 魔力を乗せた拳が巨人の膝へ衝撃波と共に打ち込まれ、解放された魔力の波動がその大木の様な脚部を弓なりにたわませた。一瞬、宙へと浮かんで膝をつく巨体。天井に繋がっていた蔦の何本かがブチブチと切れ、慌てて巨人が体勢を立て直したところにもう一撃が浴びせられる。
「あ……あれはミグさんの重バイク……!」
 瞬く間に巨体をすり減らされていく巨人の中にそれを見つけて、マリーはそこに照準を合わつつ、チラリとミグを窺った。
 ミグは「くぅぅぅぅ~~~!」と歯を噛み締めて涙を呑みつつ……
「構わんのじゃ、撃て……!」
 ……と叫んで自ら発砲。バイクは銃弾によって穴だらけになってひしゃげた直後……巨人の内部で爆発した。


 急速に解体されていく身体に、怠惰は戦慄した。
 形振り構わず、地上の巨大物体を動かしていた蔦たちを引き戻し……つまり、『怪獣』のコントロールを捨てて、全て自身の周囲へ集める。

 ハンターたちの目の前で、巨人はその形を失くして再び球体へと戻った。
 ただし、前のとは異なり、天井と繋がってはいない。そして、その表層部分をジェットストリームの様に高速回転させながら、まるでイワシの球形群の如く、形を歪ませ、うねらせ、蠢いていた。
「まだ形態を隠していた……!」
 その姿に驚愕しながらも、再び訪れたインターバルに回復作業を行うルーエルたち。
 敵の反応は早かった。脈動する球体が一際小さく縮んだ次の瞬間── 爆発的に膨張を開始した。
「来るぞ!」
 まるで惑星の輪の如く、高速回転する蔦の輪を大きく広げてくる球体。その『斬撃の円』を矢面に立ったアデリシアが受け止める。
 だが、彼女の前面に立った『戦乙女』は、翳した盾ごと鎧を砕かれて霧散した。事前に掛けておいた回復の障壁もただの一発で吹き飛んだ。
 高速回転する棘蔦の威力は電鋸やドリル以上──八つ裂き光輪とでも言うべき威力だった。
「まるで竜巻だ…‥! こんなもん、どうすれば……!」
「泣き言は聞かないよ!」
 呻くソードに発破を掛けつつ、レインはふてぶてしく敵を見た。──急にシンプルな正面突破感だなぁ。でも、案外、こういう単純なのが対処が面倒だったりするんだよねー(おねーさんのゲーム情報)
「こうなったら殴り合いだよ!」
 ルーエルが皆に檄を飛ばした。ヴァルナもそれに同調した。
 相手は地上のコントロールを放棄した。それだけ追い詰められている証左だ。……つまり、敵の余力は決して多くはない。こちらも最大の力をぶつけて、これを粉砕する……!
「……そうですね。いい加減、ここで終わりにしましょう」
 アデリシアが立ち上がる。自分に出来ることをやる為に。
「回復は任せてください。負った怪我はすぐに私が『フルリカバリー』で癒します。皆さんは攻撃に集中を」
 逆に、『ファーストエイド』持ちのディーナは回復を温存することにした。前線で急いで回復が必要になる緊急時に備える為だ。

 態勢を整え、再びハンターたちが攻勢へと転じる。それに対して怠惰は光輪を波紋の様に立て続けに広げてきた。
 ざくろの拡散ヒートレイが、ミグやマリーの銃撃が、迫る輪に対して浴びせ掛けられる。だが、輪はその弾幕すらものともせずに襲来した。
「ざくろさん……!」
「大丈夫大丈夫、痛いけど!」
 巨大化した剣を弾かれ、跳ね飛ばされたざくろがぴょんと身を起こす。
 レインはルーエルを後ろから支えながら、『攻勢防壁』を展開して輪の一部を向こうへ弾き返した。
「今です!」
 アデリシアが叫び、ひしゃげた蔦の輪に向かって闇の刃の乱舞を放った。マリィアもまた弾倉内の全弾丸をマテリアルを込めて撃ち出して……繰り出された全ての同心円に向かって封印の光の一斉射で貫いた。
 空間に縫い付けられた同心円が、ギチリと軋んで動きを止めて……直後、その拘束を強引に突破した輪が再び広がり始める。
 だが、その僅かな時間で十分だった。アデリシア、ざくろ、マリィア、レインが作り出した輪の歪み。その僅かな隙間を抜けて、前衛組がその内側へと潜り込んだのだ。
 慌てて輪の動きを膨張から収縮へと転換しようとする怠惰。そこへ再びマリィアの『リトリビューション』が降り落ちて来て、全ての輪を阻害する。
「貫け……!」
 一人、輪の外に残っていた前衛、ヴァルナが再度の──そして最後の『終閃』を放つ。既に戦いは総力戦──出し惜しみは一切ない。
 本体ごと幾本かの蔦の輪がその一撃に断ち斬られ、まるで伸びて切れたゴム紐の様に宙を飛び跳ね、乱舞した。その直下を駆け抜けてディーナが『球形群』へと肉薄し……2cmの距離でピタリと止まる。
「群体だっていうのなら……!」
 ディーナが全身から放つ光の波動──それは回転の為に密度を薄くしていた『球形群』の形を大きく歪ませた。
 そうして『肉』が薄くなった箇所へ突進していったざくろが盾ごとぶつかっていって、火花と共に盾を削られながらもその凹みを維持し続ける。
「今だ、サクラ! ……ディーナ、そのまま圧迫の継続を……!」
「うん、ピカピカ光り続けるの!」
「二人とも、感謝です……アデリシアさん。『やります』。支援を」
「了解。タイミングには気を付けて」
 そんなやりとりをしながら、サクラが再び『仰ぎし福音』で全員の傷を癒した。そして、勇気の加護を与えた。
「この回数ならギリギリ耐えられるはず…… 大精霊の力を以って、一気に行きます……!」
 大精霊への祈りと共に、サクラの全身に『救恤』の力が巡り始める──それは本来ならば届かぬ奇跡へ至る為の力。その力を得る為に、サクラは己の生命力の9割投入を決意する。
 アデリシアの三女神の加護が掛かった瞬間、サクラの姿が掻き消えた。直後、球形群を形成する蔦がずんばらりんと真一文字に断ち割られた。と思った直後、更に横へと光が走り、更にはX字にも──
 人の身の限界を超えて加速したサクラが放った九連撃。八方向から放った斬撃の最後に繰り出された刺突が、光にたわんだ蔦の球形群の中央を貫き通す。
 ──次の瞬間、時が動き出したかのように蔦の球が瞬時にバラバラに分解された。リング状に姿を移行する暇もなかった。
 それだけ多くの質量が一時に失われた。怠惰はそれを補うべく、膨大な量の闇色オーラを噴出して代替した。
 攻勢の限界を迎えたサクラへ一斉に襲い掛かる闇色エネルギーの刃── だが、ざくろとヴァルナが内外から来るそれらに立ち塞がって彼女を守った。
 直後、ディーナの最速のファーストエイドが瀕死のサクラの傷を応急した。再び襲い来た攻撃をサクラはどうにかやり過ごした。
「敵は……まだ生きていますか。随分としぶといやつですね……」
「そういうあなたも大概ですよ」
 アデリシアのフルリカバリーの光がサクラに注がれた。サクラは皆に感謝の言葉を告げると、再び、闇色を撒いてホースみたいに暴れる怠惰目掛けて走っていった。

「相手も死力を尽くしてきている。もう少し、あともう少しだ!」
「分かる、分かるぞ! 発声器官も表情も無くとも、お前の焦りと怒りが、手に取るように!」
 途切れることなく『ヒーリングスフィア』を使用し続けながら、相手を観察して皆に檄を飛ばし続けるルーエル。その前面でソードが怪我も構わずひたすらに剣を振るい続ける。
 欠損部分をオーラで埋めていった怠惰は、まさに荒れ狂う嵐の様に手強くなっていた。純粋なエネルギーの暴風──しかし、それだけに物理的な部分はもう多くない。
「ミグさん……!」
「応よ!」
 ルーエルの声に呼応し、ミグはその残った数少ない物理的な部分に大型銃の狙いを付けた。……敵本体はあの蔦玉の中。小さくなった今ならそれを直撃できるかもしれない──!
 マテリアルで銃身を電磁砲化し、増幅したマテリアルを循環し、注ぎ込む。そうして限界まで内圧を高めたマテリアルを一気に解放し。限界以上の性能を引き出した銃の引き金を引き、とっておきの光属性弾を超加速して撃ち放つ。
 ボッ……! と蔦玉の表面に小さく穴が空き…… 残った質量の半分を吹き飛ばしながら弾が背後へ抜けて行った。しかし、オーラの噴出はまだ止まらない。
 だが、その『こぼれ球』にシレークスが反応し、距離を詰めていた。ハンターたちはもう決して油断しないと心に決めていた。
「喰らえ、怠惰! エクラの威光、今度こそ刮目して見さらせっ!」
 右手で蔦の残骸をがっしと掴み、左で奥義を叩き込む。

 蔦の残骸が粉々に砕け散り、闇色オーラも全て掻き消えた。

 そして、残った小さな何かが、ポトリと地面に落っこちた。


 それは小さな小さな球根状の、種子の様なものだった。細く短い根を必死に必死に蠢かして地中へ潜ろうとしていたが……既に土を掻き分けられるだけの力も残されてはいなかった。
 ヴァルナは龍槍の穂先を怠惰の真下の地面へ突き立て、そのまま敵の本体を空中へと跳ね上げた。地面から引き離されたそれをディーナがわっしと掴み、ゼロ距離から光の波動を放ってやるとそのまま動かなくなった。
「こ、これがあいつの本体なのか……? こんなちっぽけなものが……」
 ソードが絶句する。こんなものの為に、俺たちはずっと振り回されてきたというのか? 父や兄は……
「……敵ながら力を尽くしたことだけは敬意を払うよ。でもその姿、哀れというほか無いな」
 ディーナの盾の上に乗せられた怠惰を見下ろし、ルーエルが怠惰に告げる。そのままディーナは盾をまな板に、護身剣を包丁の様に構えて『玉葱』を切り刻もうとしたが、アデリシアに止められた。
「……コレをどうにかするのは、私たちではないでしょう。……最後のトドメを刺すにふさわしい人がここにいるんですから」
 ハンターたちの視線がソードに集まる。彼は僅かに逡巡した後、ハンターたちに頭を下げて…… 両手で真下に構えた剣先を種子の上にコツと当てた。
「ダフィールド侯爵家が三男、ソード。一族郎党全ての者に成り代わり、父と兄の仇を取らせて頂く」
 柄尻に沿えた手に力が籠められ、剣先が種子を砕いた。
 それっきり──あっけなく、全ては終わった。
「引き際を知らぬ歪虚は死するがさだめ。あの世でFBとよろしく」
 ミグの揶揄するような笑みに送られて。名も知れぬ怠惰の歪虚は今度こそ完全に消滅した。

「恰好良く決めたところを悪いけど……皆、地面を探索する? 流石にもう終わったとは思うけど……これでまた逃げられたら嫌だもの」
 マリィアの言葉にハンターたちは顔を見合わせ……念の為、万が一に備えて改めて地面を四つん這いになって調べ直した。そうして確実に逃げられていないことを確認すると、ようやく一息を吐いた。
「今度こそ決着だね」
 ざくろが呟くと、サクラが力尽きた様に崩れ落ちた。それをざくろは脇から支えた。
「あ~、浴びる程に酒が飲みてー気分です!」
「決着がついたなら、祝勝会の一つもしたいわね」
「祝勝会!」
 大の字になって寝転んだシレークスにマリィアが言った言葉に、キラキラと瞳を輝かせるディーナ。
 そんな光景を見やりながら、サクラはその身を支えられながらソードとマリーに向かって告げた。
「ようやくルーサー達には良い報告が出来ますね…… 急いで帰るとしましょうか……」

依頼結果

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MVP一覧

重体一覧

  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリードka2598

参加者一覧

  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/09/14 23:43:23
アイコン 最後の相談
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/09/15 17:33:09