あなたと共に、いつまでも

マスター:石田まきば

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~100人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
6日
締切
2019/09/19 22:00
完成日
2019/09/24 15:26

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

オープニング

●だぶるすたんだーど?

「あれも、これも……」
 三か月前、つまり6月。ブライダル体験での宣伝を成功させた事業主は、当時の記録をひっかきまわして、とにかく頭を抱えていた。
 体験したハンター達の行動に触発されたのか。新たな企画をどれもこれも試したくなったのである。
 規模を小さくして採用することも考えては見たのだが、やはり見応えが今一つなのである。
 やるなら思いきりやらなくてはいけないのである。そう、パァーっと……!
 そう、事業主は、全ての演出を一度に出来ないだろうか、なんてそんな野望を抱いていた。
「人が多ければ……いや、だが客を集められるほどのカップルなんて早々……権力者の伝……いやいや、だからこそ全員のスケジュール調整は……」
 ぶつぶつ、ぶつぶつぶつ。
「はっ!!!」
 閃いた!
「そうだ、一組に限ろうとするのがいけないのでは?」
 予め、そういう企画にしてしまえば、事前に説明をしてしまえば。
「予算と必要経費と……」
 かたかたかた、かたかたたっ。
「出来るのでは?」
 ふふふ、ふふふふふふふふふー♪
「ふははははっ、私の夢が、盛大な結婚式が、出来るぞー!!!」
 ……商売人なのでは?(なお事業主、独身)

「おぉーい、お前達! 私はこれからこの3枚を業者に頼んで量産してくるから! 縁起のいい柄の封筒に入れて、街に配って来てくれ!」
 事業主の商売仲間達(=幻獣達)が、ピースホライズンの街に繰り出していく……!


●1枚目 貸しホール「シャンゼリゼ」のブライダル事業のご案内

 ピースホライズンに当ホールは御座います。
 中でも特に収容可能人数の多い大ホールからは、季節を問わず景観を楽しめる庭園が広がっております。
 これまでも大人数でのイベントなどでご愛顧いただいておりましたが、さる6月、庭園にミニチャペルを建立いたしました。
 それに伴いまして、ブライダル事業も執り行わせていただいております。
 様々な衣装やアクセサリーを取り揃えて御座います。スタッフによる着付けサポートもございます。
 お料理もスタッフ自慢の品々です。イベントのない時期は、併設のカフェでその一端をお楽しみいただけます。
 また、当ホールの自慢といたしまして、皆様のご家族でもあるユニットと一緒に新たな門出を祝える企画もご用意しております。
 ほんの下見でも、ご相談でも、是非ご来訪くださいませ。

(様々な写真がパンフレットに載っている)
『庭園に建つミニチャペル』『ベールガール遂行中のユグディラ』『コース料理が並ぶ様子』
『色とりどりな衣裳部屋』『オープンカー仕様の魔導アーマー』『リング入りの籠を運ぶポロウ』


●2枚目 合同結婚式進行表

(1)歓談タイム
 新郎新婦がウェディング衣装に着替えている間、ゲストはホールにて歓談しながらお待ちいただけます。
 ウェルカムドリンクがございます、軽いアルコール、もしくはソフトドリンクをお選びください。
 新郎新婦用の各種衣装を取り揃えております、ご希望の色や型があればご指定下さい。

(2)結婚式
 庭園にあるチャペルにて誓いの儀式を行います。
 新郎新婦の入場時、フラワーシャワーの有無が選べます。
 新婦が希望する場合、ブーケトスも行えます。
 新郎新婦を中心にした集合写真の撮影があります。(スタッフのサポート有り)
 上記はカップルごとに行うため、ゲストは別のカップルの際は庭園の散歩が可能ですし、別の組の見学をしても構いません。
 新郎新婦は、誓いの前は控室で待機、誓いの後はゲストに合流となります。
(この時間、ホール内は次の予定の為にセッティング変更が行われるのでホールは入室禁止となっています)

(3)披露宴
 ホールにてコース料理をお楽しみください、お席にはスタッフが誘導いたします。(メニューは別途資料を参照)
 カップル一組ごとに移動可能な簡易仕切りが利用できます。(不要ならばご指定下さい、指定がない場合は仕切りがセッティングされます)
 他の組に祝辞を伝えに向かう事も可能です。
(余興やお色直しはこのタイミングに行われることになります、予定者はお申し出ください)

(4)ケーキカット
 ホール中央に専用のウエディングケーキが登場します。
 ケーキ入刀、ファーストバイトが行えます。(行わなくても構いません)
 カップルごとにケーキをご用意します。
 終了後は皆様でケーキそのものをお楽しみください。
(この時点で全てのコースメニューは提供が終わっています、別途資料を参照)

(5)お見送り
 ゲストの退出を、新郎新婦がお見送りいたします。
 庭園にて、スタッフによるBGMなどの演出が行われます、夕方の庭園とともにまた違った景観が楽しめます。
 式の余韻に浸りながらお帰りになれますよう……


●3枚目 コースメニュー

 前菜『約束の花畑』
 王国産の瑞々しい葉野菜サラダの丘には、薄く挙げた帝国産の芋の花弁が舞い散り、同盟の港で水揚げされた白身魚のマリネの花と、辺境で狩られ加工された生ハムの花が咲き誇ります。
 シンプルな塩胡椒、もしくはビネガードレッシングでお楽しみください。

 スープ『初心を忘れず』
 帝国産のジャガイモとサツマイモ、そして羊乳を使った甘めのポタージュ。ほんのり効かせた塩が味全体を纏めています。
 温めても冷やしても頂けるため、好みでお申し付けください。

 魚料理『手と手重ねて』
 同盟の港で水揚げされた大海老の半割りを香り豊かな香草と一緒に焼き上げました。仕上げのチーズがほどよく溶けています。
 オススメは特別ブレンドの香草焼きですが、物足りない方向けの特製辛味スパイスを使ったものも選べます。

 口直し『新たな縁を』
 東方産の米とエルフハイム産の林檎酢で酢飯をつくり、食べやすい大きさの飾り巻き寿司に仕上げました。
 抹茶を混ぜた酢飯とかんぴょうで神霊樹を、梅肉を和えた酢飯と厚焼き玉子でパルムを模しています。

 肉料理『素直なままで』
 辺境で育った獣の肉をじっくり熟成させてから、地酒と塩胡椒でしっかり下味をつけたものを丁寧に焼き上げました。
 そのままでも美味しいですが、ビネガーを効かせたさっぱりソースをつけると違った味わいが楽しめます。

 フルーツ『笑顔溢れて』
 王国産のフルーツを潤沢に使い、動物達が仲良く分け合う食卓風景を表現しました。
 とれたてのフレッシュなものだけでなく、ドライフルーツやジャムも利用しているため、王国で過ごす果物の一年を感じられることでしょう。

 ウェディングケーキ『幸せの証を』
 ケーキ入刀やファーストバイト後に、皆様に切り分けて配膳いたします。基本は季節の果物と生クリームをふんだんに使ったスポンジケーキです。
 ご一緒の飲み物として、珈琲か紅茶をお選びください。


 お飲み物につきましては、アルコール、ソフトドリンク、どちらも各種用意がございます。
 随時スタッフにお申し付けください。

リプレイ本文

●開場前の、其々の思惑

「楽士は心を彩る専門家です」
 そう語るユメリア(ka7010)が差し出すのは、一つの香水瓶。
「そして香りは、素敵なアクセサリーになります……」
「わぁ、ありがとうございます!」
 笑顔のルナ・レンフィールド(ka1565)の手に収まった瓶に、祈りを込めるように続ける。
「香りは勇気となり、安らぎとなり、記憶の鍵となりますから」
 それは幾度も香りに助けられ、長く生きたユメリアだからこその言葉なのかもしれない。
「大切にしますね。早速今、つけてみてもいいですか?」
「良かったら、是非。きっと、今日の彩りをより鮮やかにしてくれるはずです」


 ウェルカムボードならぬウェルカムキャノンがゲスト達を出迎える。これは夜桜 奏音(ka5754)が会場に早入りし、器用な鞍馬 真(ka5819)を筆頭にしたスタッフ達と相談の上つくりあげた即席レプリカだったりする。
「実物は持ってこれないのが非常に残念ではあるのですが、出来ましたらこのキヅカキャノンを模したものを飾りたいのです。中はハリボテの外見だけでもいいのです、どうかご協力いただけませんでしょうか?」
 スマートフォンに収められた写真を見せながら熱心に依頼する様子を、染みついたワーカホリック体質のせいで早くも出勤してしまった真が目撃する。それだけで事は進んでしまったのだ。
「流石に上の方は届かないね」
 あと少しで完成、しかし材料の選別から行えなかった手前横にしては崩れてしまう。そんな状態になったところで出勤した第二の被害者の名はユリアン・クレティエ(ka1664)である。
 真と奏音、そしてこまごまとした道具を運ぶ手伝いをしていたシトロンの視線が、ユリアンの駆るラファル(の翼)に集まった。
「えっ……と、皆、早いね?」
 止った空気に風(という名の一声)を送り込んだユリアンは、正直レプリカキャノンの存在に内心首を傾げていたのだけれど。
「どうかお手伝いをよろしくお願い致します! このままではキヅカさんのお式に錦を飾れません!」
「えっ? いや、それってキヅカキャノン……あー、いや、なんとなくわかるけども?」
 並んだ単語だけで分かってしまうというのもどうかと思うが、それだけ知名度が高いのだ、流石キヅカキャノン神である。
「その気持ちはよく分かる。さっきまで勢いで巨大工作に励んでしまったけれど、私も今、君と同じ気持ちだ」
 奏音の後ろで何度も頷いている真は、現実逃避なのか残っていた端材でミニキヅカキャノンを作り始めた。勿論外見だけではあるが、先ほどまで実物大を作っていたおかげで妙なくらい手際が良かった。
「会場のセッティングの手伝い……になるのかな。うん、手伝うよ」
「ありがとうございます!」
 感謝で涙が溢れそうな奏音は、安堵の笑みを浮かべる、そして振り向いて、気付いてしまった。
「素晴しいですね、これもどこかに」
 ミニキヅカキャノンを手に取り周囲を見回す奏音の前を、丁度翠蘭が通った。花嫁たる金鹿(ka5959)の支度は多いので、会場入りも早いのだ。そして『ようこそいらっしゃいました』と流れ星の描かれたボードを運んでいる。
「翠蘭さんに身につけていただけば、まさにうってつけなのでは?」
「「それはやめてあげて」」
 真とユリアンの説得により、翠蘭の何かは守られたのだ。
 完成したレプリカキャノンに圧倒されていると、噂の翠蘭がペリグリー・チャムチャムの待つ受付へと案内してくれる。そこで祝辞を伝えたい新たな夫婦の名を伝え参加費を支払えば大ホールへと通されるのだ。


(……式、彼女は羨ましく思うだろうか)
 レプリカ制作を終えて、ふと空いた時間にユリアンが思うのは、後で時間が欲しいと伝えたルナのこと。
「お疲れ様です、一休みされませんか?」
 珈琲の香りに振り向けば、ユメリアが差し出してくれている。ゲストだというのに、早く来ていたようだ。
「心に、新鮮さを取り戻す力があるんですよ」
「ありがとうございます」
 その説明に、心遣いに自然と感謝の言葉が紡げた。
(どうしてかな、香りは全く違うのに)
 薬草とは違うというのに、ユリアンの脳裏には師匠の横顔が浮かぶのだ。


●歓談と、主役達の控室

「どうしよう、ユメリア……っ」
 まだ着いたばかりだと言うのに、高瀬 未悠(ka3199)の涙腺は決壊寸前。
 どうにか堪えようと思うのに、リクとのこれまでを思うほど視界が歪んできてしまうのだ。
「リクの晴れの日を台無しにする訳には行かないわ。そう分かっているの。でも感極まって話せなかったらどうしよう、ユメリアっ」
 耐えていたはずの涙が一筋。一度流れたらもう止められなかった。
「大丈夫ですよ……私が隠しますから」
 気付いたシトロンの誘導で、別の控室にゆっくりと移動していく。
「……未悠さん、貴女はどんな姿でも、未悠さんです」
 丁寧に、撫でるように頬を拭う。冷えたおしぼりはすぐに未悠の調子を戻してくれるはず。
「飾る必要はありません」
 ほつれた髪も梳って結いなおす。言葉をしみこませるように、ゆっくりと指を滑らせて、その髪色と同じ黒のドレスに、より映えるように。
(貴女の魅力は、よく知っています)
 その想いを示すように、余すことなく発揮して。
「未悠さんらしく、行ってらっしゃい」
 落ち着いた未悠が改めて鏡と向き合った時には、笑顔が浮かんでいた。
「ありがとう。貴女のおかげで、今日はもう泣かない、笑顔でいるわ!」


 純白のマーメイドラインのスカートには深くスリットが入っている。けれど緻密に編まれた総レースのAラインスカートを数枚重ねることで、金鹿の肌色は僅かに確認できる程度にまで抑えられていた。レースが描くのは情熱の炎。だがドレスと同じ、光沢を帯びた白糸は高温の炎を示し、高貴さを演出している。
 胸周りをしっかりと覆う布が谷間さえも隠しているが、だからこそデコルテは全て晒されている。首元のラインはさぞ新郎の視線を釘付けにすることだろう。
「……実家の者達に見せるわけではありませんし?」
 良家揃っての式は、その時を待って改めてやればいい。今はただキヅカ・リク(ka0038)のために、彼の嗜好を撃ち抜くつもりで金鹿は思いきったのだ。
「うっわ、なにそれやっぱい」
「リクさん」
 スタッフに案内を頼んだから大きな問題ではないのかもしれないけれど、タキシードで気配を殺してくるのはどうかと思う。それもリクの要素ではあるのだが。
「見惚れていただけるならよかったですわ?」
「途中で転んで怪我しても、マリが介抱してくれるよね?」
 堂々とした余所見宣言……いや、この場合はガン見宣言が正しい。
「責任はとりますけれど」
「流石僕のマリ」
 最近よく聞くようになったいつもの言葉。
「……それじゃあ、行こうか」
 差し出された手に、そっと手をのせた。


 ヒヨス・アマミヤ(ka1403)の手が、念入りに、丁寧に、じっくりと。南條 真水(ka2377)の髪を梳る。
「手をかければかける程、綺麗に艶が出るんですよっ!」
 実際にいつもより、光の照り返しが多く輝いているように見える。座っている椅子の前、立て掛けられた姿見に映る自身の姿を見ながら真水は物思いにふける。
「……こんな日を迎えられるなんて、夢にも思わなかった」
 ぽつり、と零れてしまうのは仕方ない。ヒヨスは気を利かせているのか、それとも手元に集中しているのか。思わずといった真水の言葉に答えるものもなく。
 だから真水は強い羞恥に襲われることもなく、素直に胸の内をみつめることができる。
「それくらい、いまが幸せだって思えるんだよ……」
 髪飾りはそう多くない。いつもかけている眼鏡フレームと近く、けれど淡い色のヘアビーズがいくつか。ないと少し心細くなってしまういつもの相棒、瓶底眼鏡のかわりに、少しだけ、己の視界に安堵を与えてくれる。
「さあっ、後はドレスです!」
 濃くならない程度に、ブラウンのアイシャドウを下瞼に施し終えたヒヨスから声がかかる。振り返った先で待っているのは真っ白なプリンセスライン。デコルテの露出はどうしても認められなくて、レースでチョーカーに繋がっているものを選んだ。
「我ながら似合わないなぁ」
 思わず。笑い声と一緒に零れた言葉は浮かれた故の戯言のつもりだったのだけれど。すぐに隣から抗議があがった。
「何を言ってるんですかっ南条さん! なんの為にヒヨが居ると思ってるんですかっ、ヒースさんは勿論ですけどっ。南条さんにも、そんなこと2度と言わせないよう徹底的に仕上げますからっ!」


(ついに、ディのお嫁さんに……)
 そう思うほどに鼓動が早くなっていく。一度訪れて、いくつもドレスを着たことだってあったというのに。
 本番。本当の結婚式。そう思うだけで雲雀(ka6084)の緊張は高まる。
 それこそ身体が動かせなくなりそうなほどガチガチで、唯一自由な思考だけが雲雀の脳内をぐるぐるとめぐっている。
(お、おちつくのですよ。こ、こういうときは人という字を薬に丸めて三度噛めば……っ)
 けれど身体は動かないし、なにより丸薬を作るための道具類もないわけで。そもそも字を素材にするという考えに違和感を覚えないあたりで混乱は極まっている。
「やっぱりこっちがいいよね~♪」
 鼻歌を交えながらドレスを選ぶグラディート(ka6433)の声が、どこか遠くに聞こえ……
「!?」
 ぐるり。ぱちぱち。じーっ。ごしごし。じー?
 身体が動いた、そう思うよりも疑問しか浮かばない。
「どうしたの、雲雀ちゃん?」
 そんなに擦ったら目が赤くなっちゃうよ? なんてくすくす笑う様子は普段とそう変わらない。
「……いえ、それは、よくないのです」
「でしょ~? それはじゃあ、これにしようね~」
 しゅるり。するする。ばさっ。
 困惑しながらも頷いた雲雀の服を、早速脱がし始めるグラディート。
「えっ?」
「?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいディ!?」
 慌てて飛び退れば、解けかけた服が更に乱れてしまう。
「あっほらそれじゃあ、中途半端だよ~?」
「それはディが!?」
 何を、結婚式の前で、まだ夫婦ではなくて、そもそもここは控室で……!?
 叫ぶにしても相手は婚約者だ。何を言っていいのかもわからなくなって、口だけをはくはくと動かすばかり。
「そうだけど、雲雀ちゃん、なんだか動かなかったし。時間もあるからね~?」
 僕は着付けも出来るから心配しないで? なんて声はもう聞こえていない。とにかく真っ赤な顔でしゃがみ込む雲雀はこの後どうすればいいのかを考える事に必死なのだ。

「うん、白い花嫁衣裳の雲雀ちゃんもかわいいね?」
 自ら選んで着せつけたのは純白で、裾が控えめで動きやすさを増したソフトマーメイドドレス。髪はひとつに結いあげて、真珠のネックレスを絡めて広がらないように纏めて垂らしてある。光の加減で浮かび上がる真珠色の刺繍は海の仲間達。
 対するグラディートのタキシードは黒で統一されている。ネクタイピンやハンカチーフにこっそりと雲雀モチーフが施されているのは気付かれるまで内緒だ。
(それ以前の問題みたいだけどね?)
 花嫁として完成した雲雀はどこか呆けたようにこちらを見つめている。
「そんなに緊張してたら……持たないよ?」
 ゆっくりと近づいて、頤に触れる。軽く上向かせれば、朱色が鮮やかに映えた。
「……ん」
 触れたのは、雲雀の鼻先。
「唇は、本番に取っておかないと……ね?」
「っ……ディ」
 ぷくりと膨れる頬で照れ隠しのつもりだろうけれど、それすら微笑ましくて笑みがこぼれた。


「祝い事、催し物だ」
 簡潔な言葉だけを伝えて、イーター=XI(ka4402)はエリザベタ=III(ka4404)の手を引き迷わずに歩いていく。
 街中を進むほど、目的地がどこなのか明らかになっていく。
(なるほどね、またモデルをやれというわけ)
 溜息を零すのは仕方ないと思うのだ。だって、これは二度目。別にサプライズでも何でもないことなのだから。
 己の予想を信じ込んだエリザベタは気付かなかった。
 吐息に振り向いたイーターが、真っ黒な包帯の下で、それでもしっかりとわかるほどの笑みを浮かべたことなんて。

「さて、ここが予定の部屋なわけだが」
 控室の扉の前で改めて向きあえば、呆れをこれでもかとにじませた、対の赤がイーターに向けられている。
「貴方ね……こういうことなら事前に……」
 言っておいてくれれば、調整なり準備なりしたのに。そんな言葉を最後まで言わせるつもりもない。もうここに連れて来ることに成功しているのだ、意味のないやり取りは愉しむものだが、今この場においてそれは重要な事ではない。
「この箱を開けてもらえれば、色々わかるだろうさ」
 部屋の中に案内され、置かれていたソファに座る。エリザベタの手に乗せられたのは、この日のために用意したらしい緻密な装丁が施された箱。
「わかったから」
 言われたとおりにしなければ、求める答えは得られないのだろう。そう、これまでの付き合いで分かっているエリザベタである。その滑らかな指が箱を開け、収められた便箋を開き、視線が文字を追って……
「……え?」
 零れた声と共に、視線が一度止まる。そして今日、伏せられていた、けれど嘘でもない。本当の目的が記された文章を何度も視線で繰り返し、追いかける。
『ずっと共に』
 中でも一番繰り返されたのは、その言葉。手紙の中でも一際丁寧に記されたとわかる言葉。
「リザ」
 声に顔を上げれば、鋭い輝きを秘めた赤に、熱が籠もっている。
 箱の中にあったもう一つ。小箱からゆっくりと、指輪が取り出される。妙だと思ってしまうくらい克明に、エリザベタの視線はイーターの手を追っている。
 実り多き稲穂で紡いだ輪は、子供達の腹を満たす為。橄欖石と柘榴石が彩りを添えて。
「……直接言わずに、逃げ道を上手に塞ぐのは相変わらずね」
 吐息と共に零れた声に、一度イーターの手が止まる。
「俺が愛を請うのは、唯一、エリザベタだけだ」

「……ッ!?」
 混乱と、そしてきっと羞恥なのだろう。けれどエリザベタはイーターが差し出した指輪を確かに受け取ったのだ。
 別室で素早く着替えて、ドアの外で待つ間、彼女の表情を思い出して笑みが浮かぶ。
(残念ながら……逃してやるつもりはないからな?)
 そう思うと同時に、彼女が逃げないだろうことも、理解していた。


●結婚式と、庭園の秘め事

 希望通りに真っ白なタキシード姿で現れたハンス・ラインフェルト(ka6750)に、穂積 智里(ka6819)は言葉忘れて、見惚れる。
「行きましょう、私達の誓いの場へ」
 微笑みと共に差し出された手に気付いて、やっと現実感が戻って来た。
「……シャッツ」
「どうしましたか?」
 女性の支度は大変だと聞きますし、気疲れでしょうか、なんて心配する声をかけてくれる。その静かだけど柔らかな響きの声に智里は今この瞬間を噛みしめる。少しずつ、チャペルの中心に近付いている。
「シャッツは。羽織袴が着たかったんじゃないですか」
 衣装の希望を尋ねられた時は聞けなかった。希望を優先してくれる、その優しさに甘えたくて、その愛に浸りたくて聞けなかった。
「智里さんの希望が一番に決まっていますよ」
 その声に伏せがちだった顔を上げたところで、丁度辿り着いてしまった。
「さあ、そのヴェールを上げる権利を私にくださいませんか、智里さん?」
「……勿論、貴方だけに。シャッツ」


 オルテンシアが少しずつ、バージンロードに花弁を撒いていく。ステンドグラスを通して差し込む光が、オルテンシアの纏うドレスをきらきらと輝かせている。
(おかげで、ツィシィのためだけの演出ができた)
 相棒たる猫に感謝の念を抱きながら、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は緊張も露わに立つツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)へと手を差し出した。
 彼のいでたちはいつもと同じ制服だ。“戦場でさえ変わらない格好である事”が今は大事だと考えるアウレールは、己を定めるために、帝国貴族として、自身がそうあるべきと望む姿を今日も貫いている。
「私のツィシィ、手を」
「……はい、アウレール殿」
 これまでの歩みとは違うふれあいの距離に、固さの混じる声が応えた。

 ツィスカのために用意した結婚指輪をリングピローから外すアウレールが、改めてツィスカへと向き直る。ダイヤモンドをおしみなく全周にあしらった華やかな指輪には“曇ることのない光”とリアルブルーの文字で刻まれている。
(余りにも、幾多の戦いがありました)
 触れていた手の熱と共に手袋が滑り落ちていく。直接触れたアウレールの手の温もりは予想より熱いもので、ツィスカの意識はより己の左手に、薬指に向かって集中してしまう。
 一節。緊張をほぐすことは難しくて、どうしても、これまで駆け抜けた日々が思い起こされる。
 二節。己の恋を、想いを秘めたまま支えになろうと、近くに在り続けるために強さを求めたこと。
 三節であり最奥。自分達の手で戦いに終止符が打たれたこと。その前に互いに交わした約束が、今こうして果たされようとしている。
(はしたない話かもしれません、けれど)
 報われる、その実感がこうしてこみあげてくる。喜びが、触れている指から、与えられた指輪から、全身に広がっていくようで。
「ツィシィ、私と共に歩んでくれる、輝く太陽」
 差し出されているのは八重咲の、オレンジが鮮やかなガーベラだ。
「私の行く手を優しく照らす、貴女こそ、私の求める陽光(ゾンネンシュトラール)だ」
 ツィスカの髪色であり、アウレールの瞳の色でもある蒼を基調にしたドレスが、光を浴びて空色に近づく。結いあげられた髪に飾られた一輪であり大輪のガーベラは、今。たった一人の為に輝く太陽となった。
「とても、光栄で……」
「夫婦となるのだから、どうか、名前だけで」
「アウ、レール……」
 誓いの口付けが、続きそうになる敬称を虚空へと溶かす。アウレールの両腕はしっかりと、ツィスカの背に回されていた。


 戦う時に相性が良いかもしれないとか、そんな気軽な理由だった。だって小隊へのスカウトが声をかけた切欠だ。
 大切な人を失った日から、誰かを想うなんていう時間は存在しなくて、心は止まっていたはずだった。死ぬまでそのままだと考えていたくらいだ。
 いつ死んでもいい。全力なら後悔はしない。残すなにかもないなら無理ができる。無茶を止めるストッパーなんてなくて。
 そんな面倒くさい時の僕のことだって、マリはずっと隣で支えてくれていた。
 腕に触れる温もりは確かにそこにあって、今も隣り合って前に進んでいる。
(“誰かの為に”を免罪符に走り抜けてきたはずだけど)
 そう言えば心配そうな目は変わらずとも、皆言葉を飲み込んでくれたから。
(でも、マリ。君の存在が、僕の失くした時間を取り戻してくれた。欠けた歯車になってくれた。心が動きだせることを、誰かを想えることを思い出させてくれた)
 気付いたら一直線だ。
「マリ、あの丘で君に言った我儘、今でも覚えてるんだ」
 誓いの言葉は視線で問いかけるところから始まった。
“格好悪い自分を愛してくれなくてもいいから、最期まで傍で見ていて”なんて押し付けで、自分勝手で、独りよがりの言葉だっただろうか。今、同じことを金鹿に言われたら? そう考える余裕も出来たのだと、自分の変化に笑う。
(あの時返された言葉だって覚えてる)
 予想以上の、望外の言葉だった。
「だからこそ今、もう一度我が儘を言わせて」

(あの我儘に、私だって我儘で返したというのに)
 その上でもう一つ我儘を重ねると、そう言われたけれど。
(それはつまり、それだけ請われているわけですわよね)
 そうとしか聞こえない。鼓動ばかり早くなっていく。
 どれだけ隣に居たと思っているのだ。背を任せて、任されて。受け入れて、重ね合わせて。
(灯した想いは簡単に消えませんのに)
 背負う覚悟はとうに昔に。一時の安らぎは互いに少しずつ。共に悩んで笑みを交わして、時に素直な想いをぶつけて。
(どんな我儘も、応えられる、そんな自信があるのですわよ?)
 じっと待てば、求める答えが降ってくる。
「心ごと全部、マリの全てを僕にくれ。燃え尽きるその瞬間までずっと僕の隣で、全部分け合ってくれ」
 今更だ。リクが居るだけで、金鹿の願いは全て叶うのだから。
「どうか貴方の流るる先へ私も。そして疲れた時には……安らぎに戻れる場所で在れますように」
 決して振り払わせは、しませんわ?

 互いの求める答えは口付けの熱に厚く、強固なものへと上書きされていく。
 抱え上げた金鹿の腕がリクの首にまわる。いつかと同じ、けれど続く未来の変わる距離感。
「愛してるよ」
 世界を救うためと信じたこの道の先で出会えた君を。運命を変えるために出会って、共に拓いた道を歩き出す伴侶として。
 この道を歩くなら、君しかいない。
「……愛しておりますわ。これまでも、これからも」
 改めて交換した指輪と同じように金鹿の笑顔が、煌めいた。

「うぅっ……リグ~~っ! 金鹿もすごぐ綺麗……」
 未悠のくぐもった声が静かに響いている。慌てて物陰に誘導して、抱きしめて。背を撫でてはみるものの、未悠は収まる様子を見せない。きっと、顔もくしゃくしゃになっているのだろう。
「良がっだ……ふっ……うぅぅっ……」
「声を出さないで、頑張れたではないですか」
 涙はそれこそ滝のように流れてしまったけれど、泣かないという宣言を覚えていたことを褒めて、ユメリアは懸命に未悠が落ち着くのを待ち続ける。
「お化粧は、また直せばいいのです。私だっていますから……」
「ユメリアぁ……ありがどう~~ッ」


 自分にタキシードが似合わないと思うのは、普段の服より動きを阻害されている気になるからか、形ばかり繕ったような自分の仕上がりに違和感を覚えるからか。
(けれど、不思議と緊張はないかな)
 ヒース・R・ウォーカー(ka0145)の隣に、美しく磨き上げられた真水が寄り添う。
(そんなことより、大事なことがあるからねぇ)
 大切な人と共に生きていること。新たな形となる、今日この日を迎えられること。その喜びがヒースの胸を占めている。
 誓いを行うその場所に近づく程に、胸が熱くなるのだって仕方がない事だ。
「誓いの言葉を言わせてくれ、真水」
 腕に添えられていた手をとりなおして、正面に。向き合う形で視線を重ねる。おずおずと、返される紫の瞳に躊躇いも戸惑いもない事に安堵して、真直ぐ見つめ返してくれることに喜びを覚える。
「ボクは、ヒース・R・ウォーカーは。南條真水と共に生きて、共に歩み、一緒に未来を創る事を誓います」
 少しだけ、重ねている手に力を籠めれば。同じように返された。
「南條真水は、ヒース・R・ウォーカーと共に生き、共に歩み、現実(イマ)を一緒に笑い合うことを誓います」
 言葉が揃わない、それは別に些細なことだ。
 けれど尋ねてみたくなったから。ヒースは真水を己の方へと引き寄せる。
「離れ離れになったり、喧嘩をしたりする事もあるだろうけどさ」
 少しずつ、顔を近づけて。
「幸い、そういう時に頼りなる友人には恵まれているからね」
 ちらりと横目で示せば、確かに見える、シュネー・シュヴァルツ(ka0352)とヒヨスの姿。すぐに視線を重ねて微笑めば、真水が羞恥で真っ赤になっている。
「ねえ、真水。アイツらに式を見届けてもらえるのも、ボクらの幸せだと思うんだ」
 耳元への囁きはどこまでも甘く。けれど、気を失わないギリギリのところは心得ている。
「目を背けちゃダメだよ、真水。最後まで見届けてもらおう……」
 あと少しで、唇が重なる。

 いつまでも余裕がないままなんて。そんなこと、南条さんは認めないのだ。
 気遣い溢れた優しさだけではなく、揶揄いを込めた悪戯めいた笑み。そんな貴方も確かに好きで、人目という気恥ずかしさだって確かに分かってるけれど。
(それくらいゆっくりなら……たまには、こちらから奪ってもいいんだよね?)
 ほんの小さな隙に、真水から唇を重ねた。残り僅かな距離が少しだけ早くゼロになっただけ。軽く触れただけでパッと、離れる。
「未亡人にしたら許さない、って前に言っただろう?」
 できるだけ揶揄うような声音を選んで見上げる。僅かに見張った目が、呆けた表情がおかしくて、面と向かって言う恥ずかしさが少し紛れた。
「いつだって一緒さ。嫌だって言われてもね」
 だから、未来じゃなくて、現実。たった今この瞬間を含めて、現実はずっと続くのさ!

 真水の選んだ赤いブーケは、実は二つを重ねて一つに見せかけていたものだ。
 二人の友人とこれまで温めてきた友情を思い返し、共に過ごした時間への感謝を込めて、これからの幸せへの期待を乗せて。
「ヒヨちゃん! シュバルツさん!」
 其々に、投げ渡される。
(ありがとうございます)
 後でお祝いを言う時にも伝えるけれど。今は少し距離があるし、仕事だってある。シュネーは受け止めたブーケのもたらす甘い香りをゆっくりと楽しんで、幸せな二人への祝辞を胸の中で唱えておく。
 こうして、直接。二人の幸せな様子が見られることが嬉しい。
「……おめでたいのに、少しだけ……寂しいかも……」
 すぐ近く、ブーケで顔を隠したヒヨスが涙声を堪えている。
 聞こえてしまったのもあるけれど、同じブーケを受けた者同士。放っておけないように思えたから、声をかけた。
「2人とも、邪魔扱いするような薄情者ではないと思いますよ……?」
「そうだけど。でも。新婚さんの邪魔してはいけないから。ヒヨ、引っ越し先探そうと思っててっ」
「……3人暮らしなのですか?」
「違うけどっ! ……あれ?」
「……考える時間、まだまだゆっくり、あるんじゃないでしょうか」


「こうしてウェディングドレスに袖を通すと、気恥ずかしい物が有るのう……」
 巫女達の服に、ローブと装飾を足したような。幼い頃イーリス・クルクベウ(ka0481)が見た物にそっくりだ。
 遂に式を挙げるのだと、感慨深い想いを胸のうちで弾ませチャペルの前へと歩いていく。近付くほどに、大長老としての正装に身を包んだユレイテル・エルフハイム(kz0085)の視線が降り注いだ。
「待たせたかのぅ」
「良く、似合っている」
 運んだ甲斐があった。その呟きにこれが借り物ではないことを知る。
「……おぬしが?」
「当たり前だろう? 私が、君に何も用意していないと思っていたとは心外だ」

「私はこの通りの立場だ、君より立場をとることも、そのせいで寂しがらせることもきっとあるだろう。だが、隣を歩みたいと言ってくれた君が好きだ。君の期待、想いに答えたいし、君の隣を誰にも譲りたくはない。仕事をないがしろにしない範囲で、にはなってしまうが……君の全てを受けとめたい。休みの日は離れずに居てほしい、可能なら仕事の時だって傍に居て欲しいくらいだ。こんな傲慢な大長老の、面倒な者の妻として、私は君を請おう」
 大長老による、森都式の最敬礼が続いて。
「……愛しているよ、イーリス」
「無論、わしだって」
 震える声で、イーリスも最敬礼を返す。
「これからは比翼の番いとして、共に歩いて行こうぞ」
 証にと交わした口付けは、優しいものになった。

 イーリスの投げた真っ白なブーケが宙を飛んでいく。
「それ、幸せのおすそ分けじゃ!」
 とんっぽすん!
 受け止めた、というよりも迎え入れてしまったのはルナだ。着地点に居たミューズが、咄嗟にパートナーに向けてトスで受け流したのだ。
「えっ!?」
「おや、丁度いいね♪」
「今なら大長老の加護もあるかもじゃて、な♪」
 参加者じゃないのに、という声をあえてかき消す楽し気なシャイネの声。続くイーリスの声も弾んでいる。
「ユレイテルさん、おめでとうございま……す」
 丁度、祝辞を告げに来ていたユリアンの声が僅かにぶれた。


「僕と一緒にいてくれて、ありがとう」
 何度も口にしてきた筈の言葉なのに、不思議と重さがあるように感じる。じっと見上げてくる黒の瞳は、今グラディートが着ているタキシードと同じ色。
(雲雀ちゃんの色でもあるんだよね)
 いつか、彼女に教えた一族の話を脳内で諳んじて。
(そうだね、もう、とっくに)
 雲雀は自分を受け入れているし、自分は雲雀を受け入れている。
「……これからも。二人でずっと一緒にいられるよう、頑張るね」
 そう気付けたから、想いばかりが先に零れ落ちそうで
「だから、改めて言わせて」
 無意識に、けれど自然に跪く。
「僕と一緒に歩いてくれますか?」

(この人と、これからずっと一緒なのですね……)
 隣に居るのはいつの間にか当たり前で、憧れが焦がれる想いになったのもいつの間にかの出来事で。
(さっきのは、これで許してあげるのです)
 きっと気付かれているだろうなと思いながら、雲雀が手を差し出す。
「幸せに、してくれるんですよね?」
 なら、これからも、一緒に。


「どうぞ、手を。ドレス、よく似合っているぞ?」
 罠に嵌めたことなど些細なことだとばかりに、すました様子で、いつもとは違う率直な言葉と共に差し出された手。
「……懐かしいでしょう?」
 選んだのはシンプルで、オーソドックスで。けれど定番の白。女帝としての象徴でもあるけれど、これは紛れもなく花嫁を表す純白。
 小花の詩集が散りばめられたヴェールの内側から伺えば、勿論だと頷きが返ってくる。
 だから、エリザベタも素直にその手を委ねた。
「……そうね。今の私は女帝ではなくエリザベタ。ただの、ひとりの女のエリザベタだわ」

「愛しているぞ、リザ……エリザベタ」
 いつもの愛称ではなく、一人の女として。妻となる女性の名を大事に唇にのせる。
「……私も。貴方との愛を誓いましょう、イーター」
 想いの証に交わす口付けは長く、イーターの腕の中、呼吸を忘れたエリザベタの身体がよろける。
「この後は、ワインレッドのドレスも着てみせてくれ」
 すかさず新妻を抱え上げたイーターは、控室へと戻っていった。
 二人分のコース料理は、急遽、控室へとワゴンで運び込まれていくことになる。
 ハーブの香り豊かなケーキの上には、陽だまりの下で仲良く寄り添って眠る、獅子と女性が描かれていた。


「私は、ドイツ式に憧れてましたから」
 きりだし方のぎこちない智里の声は、少しだけ震えている。誰が結婚して、どのような交友関係があるのか、等とさりげなく新たな職務に励んでいたハンスはゆっくりと妻に向き直った。
 真っ白いウエディング姿。小柄な智里をより繊細に見せていると思う。仕事を思い出すことで意識して気を散らさなければ、首まわりの露出に、つい視線以外も吸い込まれてしまいそうだ。
「まだ、気にしていたのですか?」
 こくん。小さな頷きでうなじが見える。ヴェールで隠されていた儚さとは違う、生命を思わせる火照りの朱色。
「皿割りや鋸引きなんて日本じゃ見ませんから。ハートのくり抜きも、一晩中踊るダンスパーティにも憧れてました……踊れませんけど」
 必死に言葉を紡ぐ智里の声を心地よく感じながら、そっと腰を抱いて引き寄せる。
 そのままゆっくりと、庭園の片隅で互いの身体を揺らす。丁度、ハープの穏やかな演奏が聴こえてきていた。ゆっくりと、互いの足運びを確かめるようにステップを踏む。
「踊れているじゃないですか」
 囁けば、更に肌の赤味が増した。
「これは、でも、違いますし……っ」
「いいえ」
「順番だって」
「智里さん」
 びくり。どこか怯えたようにも見える様子が可愛らしいと言ったら、どんな反応をするのだろうか。
(今夜にでも試しましょうか)
 ひっそりと不埒な事を考えながらも、伝えるべき言葉を紡ぐ。
「これが、私達の最善だということです」
「……そう、ですね……」
 安堵の吐息が聞こえて、ハンスは笑みを浮かべた。
「1回きりの衣装ですけど……買いきりのドイツと、レンタルが主流の日本、実際はどちらが経済的なんでしょうね」
「……智里さん?」
 まだ、不安を拭いきれていなかったのか。笑顔の中に僅かににじませたプレッシャーに、智里の身が今度こそ怯えた。
「あとで、お色直し、しましょうか」
 袴の隣なら、色打掛なんていいかもしれませんね。そう言えば、智里の首が上下に何度も揺れた。


●披露宴と、其々が想う祝福の形

 披露宴の席、レプリカキャノンはリクの座る席の真後ろにきちんと移動が完了していた。
「待ってこれ僕だけ色々と狭くない?」
「即席の仮初とはいえご神体ですから、正当な配置です」
 リクの文句は深刻に聞こえ無いのでさらりと流すことにする。奏音としては、時折リクが覚醒してご神体が光って見えるような演出があるとなおいいと思う。是非タイミングを見て進言しようと司会原稿にメモしておく。
「キヅカさんといえばキャノンですしね」
 原稿、つまり奏音は新郎新婦席の近く、司会も兼ねられる席を確保して。ギリギリまで次第の最終チェックを行っていた。
(最初の言葉は何にしましょうか?)
 誓いの儀式の際は、二人の世界過ぎて声をかけるタイミングがなかったから。
(そうですね……私が一番手になるのでしょうか?)
 なら、やはりこれが相応しいだろう。原稿を置いて、息を深く吸い込む。時間だと合図が来ているから、もう、後は奏音の采配で進んでいくことになるのだ。
「キヅカさん、金鹿さん。このたびは、ご結婚おめでとうございます……」

「リク、金鹿、結婚おめでとう。今日の二人は今までで一番幸せそうに見えるわ」
 涙声なのはもうどうしようもないからと、未悠は想いを届ける事だけを考える。
「ずっと見ていたもの。私の知るリクは危なっかしくて、心配だった」
 ハンターとしてよりも、姉と弟という、家族のような視線でずっと見ていた。それは未悠にとって新鮮な事でもあったからかもしれないけれど、世話をしなければいけない、庇護しなければいけない弟分は気付けば力を手に入れて、頼りがいのある仲間にもなっていた。互いに不安定になることもあったけれど、リクとの疑似的な家族関係は変わることがなかった。
 ある意味、ずっと近くで見ていたと言ってもいいのかもしれない。
「でも、金鹿と結ばれたって知ったあと、変わっていく様子が見えたわ。勿論、いい方向にね?」
 とらえどころのない様子が、足が地についていない様な様子が安定していったように思うのだ。確かにそこに居る実感が増えた。弟分は対等な弟になった。
「だって、会う度に惚気合戦するようになったのよ。お互い好き勝手に話すだけでも、なぜか噛みあっていたりして」
 そのまま未悠自身の恋話に逸れそうになる。でも、ミラが未悠の裾をくいと引いた。
(そうだったわね、ありがとう、ミラ)
 相棒に微笑む未悠の顔に涙の跡はあるけれど、新たな雫は続かない。
 まだ話すほどに声は震えるけれど。
「……ねえ、金鹿。リクは一生を懸けて貴女を愛し抜いてくれるわ」
 だって、私の弟だからね。まだ少しぎこちない表情でウインクをしてみせる。
「不器用で一途なリクの事を。私の不詳の弟を、どうかよろしくね」
 金鹿が頷くのを確認して、リクへと視線を移していく。
「リク……貴方が幸せだと私も幸せよ。ずっとずっと幸せでいて。その上で、ひとつだけ。忘れないでいてほしいの」
 きっと貴方のことだから、これからは夫婦で分け合っていくのだと、そう思うけれど。
「姉として力になれる事だったら、ちゃんと私に声をかけるのよ?」

 パルムと共にじっと新郎新婦である二人を眺めているマルカ・アニチキン(ka2542)は、実は静かに己のマテリアルを練っていた。
 既に大ホールの広さも、今マルカ自身が居る場所も、リクと金鹿の場所も。充分に実現可能な状態だとすでに答えは導き出せている。
(あとは、完璧なタイミングを待つだけ)
 その瞬間を逃さないために。最も効果的で、最も盛大に幸せな門出を演出するために。マルカは息を潜めるようにして、パルムと共に伺い続ける。
 もともと、覚醒状態になっても外見的に変化がない事が功を奏していた。マルカ自身がそれまでよりもきびきびとした動きに代わっているのだが、皆主役の方に気を取られているし、マルカ自身表だって行う予定ではなく、出来るだけ嬉しい驚きを与えたいと考えているからこそ殺気との混同もうけていない。
 ただ、マルカの持つマテリアルが、少しずつ、少しずつ会場を巡り始めていた。

 居てもたってもいられなくなったエステル・ソル(ka3983)が、ドレスの裾を上手に捌きながら、けれど出来る限り急いで門出の祝いを告げに向かう。
 アフタヌーンドレスのスカートは優美な曲線の上からシフォンを重ね、さも人魚が海中を泳ぐように揺れる。蒼で揃えたショールには光り輝く珊瑚の糸で、飛沫や泡が舞っている。
「鞠ちゃんっ、おめでとうございますですーーーー!」
 会場を泳ぎ来る友人の姿に気付いていた金鹿の、軽く広げて待ってくれていたその腕の中に飛び込んでいく。
「キヅカ先生とお幸せにです!」
「ありがとうございます……っ、あら」
「気付くに決まってるでしょ。随分勢いがあると思えばエステルちゃんか」
 よろけた金鹿をすかさず支え礼を受けるリクの声に、ぎゅぅと金鹿に抱きついていたエステルがその潤んだ顔を上げる。
「キヅカ先生も無茶はほどほどに、幸せ一杯になるといいのですっ」
 視線で確認を取ってから、リクにも祝福のハグを見舞う。友人である金鹿よりも力を籠めたのは、男性だからというのもあるけれど、弟子として師匠に挑戦する気持ちだとか、心配ばかりしてきた今までのある意味では腹いせだったりと、とにかく沢山込めたのだ。勿論一番は幸せを願う気持ちだけれども!
 勢いはそのままにマテリアルを広げていく。二人を中心にして宙に描くのは幸せを、愛を、健康を。祝う気持ちを示せる花言葉を持つ、そんな花々の花弁。これという一つに絞りきれなかったエステルは、全てをありったけ込めることにしたのだ。
「……綺麗ですわ」
 ほぅ、と金鹿の溜息が零れた瞬間に、花弁の合間を縫うように舞うのは金色の蝶。二人の周囲を数度回って、リクの後ろにあるレプリカキャノンの上でハートの軌跡を描いた。

 鍛え磨き上げられた肢体を、艶やかな漆黒のドレスが包んでいる。胸元の赤薔薇は血の色のように鮮やかだけれど、髪色と同じだからこそ、その瞳が生き生きと輝いているからこそ、ドレスそのものに伝えられている噂なんて迷信だと思わせてくれる。マイクの元へ堂々と歩む姿は高貴さをさらに加速させ、その唇が祝いの言葉を紡ぎ出す。
「えー、本日はお日柄もよく……って、こういうのはあんまらしくねぇな!」
 数秒で、それまでの淑やかな女性像は霧散した。
 口調が勇ましさを示し、教わった立ち方はすっぽりと頭から抜け落ちる。表情は豪快なものになって、いつものボルディア・コンフラムス(ka0796)がそこに居た。
 ハレの日ということで、マナーや所作は教わってきたのだ。服だって。付け焼刃ではあるが、このタイミングまでずっと様になっていたのだ。
(でもよ、そうじゃねぇんだよな! いつもの俺が友人なんだろ?)
 これは友人代表スピーチだ。取り繕った自分が、取り繕った言葉で伝えてなんになる? 本当に祝っていると言えるのか?
 だから、思った通り、今考えてる言葉をそのまま伝えようと思った。
「まぁ正直さ、コイツが本当に結婚する日が来るとは思ってなかった!」
 率直過ぎる、なんてことは気にしない。
「キヅカってのは自分の事は後回しにして他人ばっか助けようとするやつだからな」
 ここに来てる奴はみな知ってるだろうけどさ。ニヤリと笑って。
「そこが惹かれる部分でもあり、クソムカつく部分でもあるんだが」
 落として、上げて、落として。遠慮しないのも友人たる証拠だと、楽し気に笑いながら話す。
「ま、そんな超絶不器用野郎が自分の幸せに行きついたってんだ。 素直に祝福したい! だから来たし、ここで話してる!」

「……で、まーキヅカはこれくらいにしといて」
「ボルちゃん雑じゃない?」
「うるせぇいつも通りだろ!」
「そうだけど!」
 軽い掛け合いを主役席と交わしたボルディアは、もう一人の主役、金鹿に視線を向けた。
「金鹿にはこれだ。むしろ、これしかねーな」
 友人からのアドバイスだぜ?
「このとおり、ほっとくとへーきで自分を犠牲にしようとする困った旦那だからな。手綱をしっかり握っておけよ?」
「心得ておりますわ」
「そうだよな! 邪神とだって一緒に戦ってんだもんな! 余計なお世話だったか?」
「いいえ……改めて気が引き締まりましたわ?」
「わかってんじゃねぇか!」
 皆も加わりひとしきり笑って、それが落ち着いてから。
「そんじゃ、最後はこれで締めるぞ。定番ってぇヤツだが、一番大事な言葉だな。……末永く幸せに、な」


 仕切りのない席、けれどハンスも智里も二人仲良く席に着いたまま料理を楽しんでいる。
「あう、負けちゃいました……」
 ……だけではなく。他の皆からは見えないように、二人の席の間には、小さな台が置かれている。智里はまだハサミを動かし続けていた。
「フッ。刃物使いで、私が負けるわけないじゃないですか」
 対するハンスは既にハサミを置いている。もうすぐ完成するハート形の布を楽し気に見つめていた。このあと、二人でできたハートの穴を潜るのだ。智里がどのような反応をするのか、想像するのも楽しい。
 これもドイツの結婚式にある風習のひとつ。二人は、可能な限り実行出来ないかと打ち合わせで伝えていて、その成果の一つだ。
 二人の世界をつくりだしている、そんな席にも、もうすぐウエディングケーキが運ばれてくる。
 バウムクーヘンをベースに、粉末の茶葉を混ぜ込んで色づけたクリームのデコレーション。ブッシュドノエルのように横倒しに盛りつけられた上には鮮やかな色合いの果物がトッピングされ結婚式らしさを演出している。添えられたナイフも、しっかり洗浄された新品の鋸になっていた。


 肉料理のソースで流星を、金鹿が相談していたことはリクもしっかりと覚えている。
 前菜の花弁(芋)に星の形が混ざっていたとか、魚料理のチーズの上から星型人参チップスが増えていたとか、小さな変化に感心したりもした。フルーツのジャムで星を描くくらいなら事前に予想も出来た。
 そして今、ついに届けられた彼等のウエディングケーキなのだけれど。
(五重塔かな?)
 大きさの違う星型のスポンジを五段に重ねたケーキである。クリームでコーティングされた上に硬めのゼリーが川のように流れている。それはきっと星の流れた道の跡。
 星型に抜き出されたコンポートと、アラザンらしき小さな輝きが随分と賑やかしていると言っていいだろう。
 ミニキャノン(マジパン)が乗っている部分からは敢えて視線を逸らしておく。

(もうすぐです、ここしかありません!)
 祝福の気持ちを込め続けていたマテリアルを、予定していた通りの場所へと向けていくマルカ。リクと金鹿を中心に、けれど彼等を優しく包むように。ほんの少しのずれでも外れてしまえば驚きの要素が減ってしまう。けれどそこはここまで誰の気も引かないように細心の注意を払っていたことで可能性を極限まで減らしていたし、何よりマルカはここぞという時に出来るタイプだった。それがマルカ自身不安を持っていても、実際に試せば案外上手く行ってしまうというように。
 だから、今日もそれを期待した。強く望んで、そして。
「……あら?」
 金鹿の声で、主役が初めに気付いてくれたのだと、わかった。
「桜? ……って、そもそもここはホールだっけ」
 強い驚きは、逆に喉を詰まらせてあげる声を小さくしてしまう。リクの声は郷愁を帯びて、ただ空から生み出され、ゆっくりと降り注ぐ、淡い桃色を見つめ続ける。
「季節も違うし……ああ、そうか」
 スキルだと気付いたのだろう。視線を巡らせてたリクがマルカを捉えた。パルムは他のゲストたちと一緒に拍手しているが、マルカだけは術の維持に勤しんで、拍手をしていなかったから。
「お二人の幸せな門出だからこそ、私に出来るお祝いを、です」
 会釈を返したマルカが、リアルブルーの日本の記憶を持つ者達からたくさんの感謝を告げられるのは、もう少し後の事。


 ガーベラのオレンジとルドベキアの黄、其々の飴を透き通るほどに薄く仕上げることで生み出された花弁が、ドーム状のケーキの上で幾重にも咲き誇る。
「さあ、遠慮はするな……あーん」
 いつも通りの口調で、けれど丁度よい大きさに切り分けた一口を差し出すアウレールは、これまでの埋め合わせをと願い、けれど共に肩を並べられる喜びで少しばかり箍が外れている。緊張でぎこちないツィスカの腰をそっと、抱き寄せた。
「……貴女を追うというのも、悪くないものだな」
 その囁きで、新妻が朱色に染まったのは言うまでもなかった。

 バンドリオンの紡ぎ出す音と共に、アウレールの声が音楽に溶け込んでいく。
 オルテンシアのステップが刻むリズムは軽快で、だからこそ場の空気は盛り上がっていく。

 ♪~
 高らかに鳴り響く 鐘の音は
 晴れやかな今日が ゴールじゃなくて
 お互いの胸の奥 響きあう
 これからも続く 長い旅をつげる
 勇気の鐘
 ~♪

 アウレールを見つめていたツィスカが、オルテンシアにそっと声をかける。
 終わりだと思われたメロディは短い節を挟んで繋げられて、もう一度始めから流れ始める。

 ♪~
 穏やかに鳴り続く 鐘の音は
 笑顔溢れる今日を 彩るスパイス
 共に想い重ね合わせ 紡ぎ出し
 この先も続く 喜びの道を示す
 幸せの鐘
 ~♪

 少しずつ声の響きに張りが出て、ツィスカの身もオルテンシアと共にリズムに乗って揺れる。
(あとで美味しいところを分けてやらねば)
 幸せな笑顔にアウレールの心が満ちる。オルテンシアの昼餐はより豪華になるようだ。

「互いの門出を祝って、といったところだ」
 歌い終えたアウレールの元にかけつけたリクに、穏やかな笑みを向ける。
「歌えたんだねぇアウレール」
「基本に忠実なだけだ。嗜みという奴でな」
 ツィスカが歌えた理由も同じだというわけだ。
「帝国にそんな文化があるとは……」
「馬鹿にしているのか?」
「冗談だって。茶化したくなるのも仕方ないだろ? あのアウレールがって思うとさ」
 予想通りツィスカちゃん、ドレスが映えてるじゃん。そう続けるリクの前にアウレールが立つ。
「見るな、減る」
「冗談だよね?」
「まあ、そうだな」
 先ほどの仕返しだと軽く笑う。晴れの日だからこそ交わせる軽いやり取りも悪くないということだ。
「同じことを言ったらお前だって遮るだろう」
「確かにね!」
「リクさん、お祝いはお伝えしていらっしゃいますの?」
「そうだった! おめでとう、アウレールにツィスカちゃん」
 窘める金鹿の声で二人の表情が改まった。
「お前もな……おめでとう、鬼塚夫妻」
 アウレールがすぐ後ろの金鹿にも視線を合わせ、祝う。
「そう、纏めて呼ばれると……照れてしまいますわね」
 頬を染める金鹿もまんざらではないようで。眺めるリクの顔が他人に見せられないほど緩んでいる。
「節目の場だ、そう呼ぶとしたものだろう」
 紳士なアウレールは、そっと見ないふりをすることにした。

「……」
「ツィシィ、どうした?」
「いえ……その……」
 頬が熱いことに気付かれてしまって、理由を素直に言えなくて、ツィスカはそっと俯く。
「言葉にするべきだと、いつか言ったのはツィシィだと思うが」
 青の瞳が覗きこんでくる。確かに、そう言ったけれど。
「ツィシィ?」
「……他の男性に、見せたくないと。言葉の上だけでも、そう思っていただけたと、いうのが……」
 嬉しかったのです。その囁きは抱きしめられて、声にならなかった。
 かわりにアウレールの囁き声がツィスカの耳を震わせる。
「上辺だけで言ったと、本当に思っているなら……」


(そろそろこの仕事も終わりですね……)
 慣れてきたころではあるけれど、今運んでいるウェディングケーキを届ければ終わりが見えてくる。
「……にしても、ぴったりです」
 今はクリームで覆われてわからなくなっているけれど、ベースのスポンジには南瓜が練りこまれていると聞いていた。
 ふんだんに使われた苺の中で、チョコレートの黒猫と蝙蝠が向かい合っている。そんな二匹を結びつけるのは、赤い飴で作られたリボンだ。
「ケーキを分けた後なら……充分、時間がとれそうです」
 これまでだって給仕の合間に二人の様子は気にかけていた。けれど声をかけることはできていなかったのだ。

「おめでとうございます」
 黒猫の載った部分はヒースに、蝙蝠が乗った部分は真水に。ケーキをサーブしながら、シュネーとしては希少な、にこやかな表情を見せた。
「南條さん、凄く可愛いです……いえ、綺麗でもあって……素敵、でも一番しっくりこなくて」
 とにかく褒めたくて祝いたくて仕方ないと、想いを籠める。
 ヒヨスがやってくれたと、そう聞いたタイミングで、当のヒヨスも祝辞にと現れた。目元に赤い部分は残っていないから、上手くおさめたのか、隠したのか。とにかく笑顔で弾んだ声だ。
「本当に本当にっ! おめでとうなのです!」
 勢いよく真水に抱きつこうとしかけて、でもドレスを崩したくないとプロ根性で踏みとどまった。
「ヒースさんと真水さんならきっといつまでも幸せでしょうね!」
 言いながら取り出すのは、二人が仕事で一緒になった時の報告書だ。リストアップし、書式を整え、ページに遭うよう編集をくわえるついでにヒヨスのお気に入り部分や見逃せない節目のポイントに触れるコラムを追加。個人発行でも対応してくれる工房に直接依頼して丁寧に製本した世界に一つしかない特別な本。
「な、ななな……っ」
「面白い趣向じゃないかぁ」
 パラパラと捲った真水が真っ赤になる横で、さりげなく予備の一冊をヒースに渡すヒヨス。世界に一つ(一種類)であって、実は数冊作られている。勿論身内で読みまわす為だけのものだけれど。
「……でも、南條さん。喧嘩したら言ってください。しっかりきっかり、匿いますから」
 咄嗟にフォローが出てしまったシュネーだが、強く頷くその様子は真剣だ。ヒースは普段の面倒見の良さからきちんと信頼しているけれど、大事なのは友情。優先すべきは女友達なのである。


「ディ、ひばりちゃんを泣かせたら許さないのですよ!」
 祝いに来た筈のエステルは、とにかく過去に色々とあったグラディートに繰り返し念を押すことに余念がない。
 対応するグラディートではなく、雲雀がくすくすと笑いだして。
 心配そうに見る親友と、穏やかな視線の新たに夫となった人。二人の前で満面の笑顔を浮かべた。
「大丈夫ですよ、えすてる」
 だって、今。
「雲雀はきっと、誰よりも幸せなのです」

 ミントの爽やかさが香るクリームでコーティングされたケーキの上に、ラムネのように透き通った淡い色。同系色の琥珀糖の山が積み上がっていく。愛らしい獣が楽しそうに、コミカルな動きで次第に巣を作っていく。
「……このあとに続く、幸せな未来を。素敵なご報告、待ってますからね。ディ、雲雀ちゃん?」
 ぱちん、とエステルが手を叩けば、琥珀糖はただの山になっていた。それだけでも宝の山のようで。エステルの大切な幼馴染二人は笑顔になるのだ。


 シードルに蜂蜜を溶かし込んだ、甘く香る杯が重ねられている。
 料理も残りはケーキを残すのみ。夫となった男の意図に気付き始めていたイーリスは、それでもやはり目を見張ってしまった。
 蜜色に覆われて輝きを増した、森の恵みの敷き詰められた、タルトのようなケーキ。
「……所謂、先輩方のお節介というものだ」
 ドレスと共に、強引に持たされたらしい。早く次世代を見せろ、と……余計な修飾語を取り除けば、そういうことらしかった。


●見送りと、庭園で交わされる愛

 チャペルの様子を伺っているミューズからの合図が届いて、ルナの手が弦を爪弾き始める。今日は幾度も演奏をしてきたけれど、これがきっと最後になるのだろう。
 ゲストとして集った者達が、新たな夫婦となった者達に見送られ、丁寧に梱包されたギフトを渡され笑顔で去っていく。
(今日は……沢山、幸せな音楽が紡げました)
 しっとりしたメロディは晴れ姿に上手く沿わせられたと思う。流れ星が空を駆けるイメージの音を、黄金に輝くハープの高音が奏でた時、笑顔が花開いたと、そう胸をはれる。
 讃美歌は未悠とユメリアの声も重なって神秘的な、天使のイメージ。祝福の光はきっと届いた筈。
 披露宴はテンポを軽くしたけれど、賑やかさを助けられた筈だ。笑い声が絶えなくて、演奏の合間に聞こえてくる声に幸せを分けて貰えた気がしたのだから。
(幸せを届けるだけじゃなくて。そこに在る幸せを何倍にもできる音楽……私、できたかな?)
 ひとつずつ振り返って入るけれど。今もルナの手は和やかに、マーチをゆっくりとしたテンポへとアレンジした曲を弾き続けている。合流したミューズも水霊の囁きで音色を重ねているから、このホールももうすぐ人が居なくなるのだろう。
 誰の邪魔もない大ホールに、音楽だけが響いて。
「……お疲れ様でしたわ」
 最後の一節の余韻が途切れるの待って聞こえるのは、金鹿の声。
「本当に……ありがとうございました」
「いいえ、私こそ、素敵な時間を過ごさせてもらいましたから! 今日は、本当におめでとうございます!」


 思い出すのは六月の記憶。あの時の誓いは今もなお、この胸の奥の大切な場所に、鮮明に刻まれている。
「貴女と共にいつまでも……」
 未悠の声がユメリアの胸に染みこんでいく。微笑んで、続きを待った。
「私達の友情は不滅よ、ユメリア」
「……ええ、未悠さん」
 微笑みを崩さないように、細心の注意を払う。対を得たその片割れに、抱く、私のこの想いは。
「私も。この想いは不滅です」
 蕾のまま、咲くことはないけれど。
「大好きです、未悠さん」
 どうか、この雫は、喜びからくるものだと思ってもらえますように。


「時間、取ってくれてありがとう」
 ユリアンの服装が、スタッフとして手伝いに奔走していた時のものとは違っていた。白いスラックスは立ち姿をより際立たせるし、何よりシャツの瑠璃紺がどうしてかこそばゆい。
 袖や襟元に施された洒落た装いも自分の為と思えば期待だってしてしまうし、何より緊張で胸が苦しい。
「同じ名前の店がね 故郷にもあって……」
 さりげなく手を取って庭園をエスコートしてくれるユリアンを、どんな目で見ればいいのかわからない。
「両親が度々会ってたらしいんだ」
「そう……なんですか」
 もっと気の利いた相槌だってできるはずなのに、どうしても、ルナの声はぼぅっとしてしまう。
「ええと」
 気付けばまだ式の時の設えのまま、チャペルの中に立っていた。
「ごめん。ずっと待たせて」
 謝罪の言葉から始まるのは、やっぱりいつもの貴方。その言葉で少しだけ、緊張がほぐれてしまうなんて。
「ここに来ても式とか出来る甲斐性がなくて……でも、一緒に時間を重ねて 師匠から独り立ちしたら……何時かはって、思っているから」
 視界が滲む。熱い。貴方の言葉を、その表情を、少しだって取りこぼしたくないのに。
「また待たせるけど……置いて行く事は多分しない、から」
 大丈夫だって、幸せな未来を待つ時間なら歓迎だって言いたいのに、声が出ない。口を開いたら、瞼も閉じてしまいそうで。
「……君が」
 お願い、私の涙。今だけ、もう少しだけ、零れないでいて。
「ルナさんが好きだよ」
 欲しかった言葉を、絶対に全て覚えていたいから。
「時が来るまで隣で……此方に、嵌めていて貰えるかな?」

 ルナの右手に、強引にならないように触れる。潤み始めていたアメジストは、今にも零れ落ちそうで。
「ありがとうございます。はい、もちろん喜んで!」
 ずっと向けられていた輝きが見えなくなると同時に、ユリアンにとって一番愛しいと思える笑顔が咲いた。
(泣かせちゃったけど、でも……良かった)
 薬指に嵌めるのは、ルナの為に設えた指輪。優しく包み込んでくれる光と音に、風と祈りで幸せを呼びこむ、そんな願いとユリアン自身の想いを込めた約束の証。
「それに、さ。妹や家族を呼ばなかったら、一生言われてしまうしね?」
 指輪を見つめるその視線をこちらに向けたくて、けれど照れ隠しも含めて。そう伝えれば弾けるように視線が重なる。柔らかな笑い声に、心地よさを感じる。
「待ちます、いつまでだって!」
 そう言ってくれる君に甘えている俺は。
「でもそこは“絶対置いて行かない”って言うところですよ?」
「ごめん」
 すぐ謝る癖もついてしまったけど。
「ふふ、大丈夫! 勝手に着いて行きますから!」
 変わらずに追いかけてくれる、君が。
「大好きです」
 ……先に、言われてしまったな。
 腕に抱きつこうとするルナを、もう一方の腕で抱き留める。驚いて、小さく見開いた瞳はもう、涙を湛えてなんかいない。
 確かに腕の中に居る君の温もりを、香りを、楽しんで……隙だらけの唇に、少しだけ。
「っ!?」
 ほんの微かな感触に驚く君はもう、俺の腕の外。
「ごめん。可愛かったから。少し調子に乗ってみた」
 これから少しずつ、想いを届けよう。
 真っ赤な顔でどうにか作られた怒り顔は膨らんだ頬も可愛いのだ。ユリアンの口元にも笑みが浮かんだ。


●片付けと、想いはるかな帰り道

「準備段階では、あんなに先が長いと思っていたのにね」
 会場の片づけをしながら今日一日を思い返す真の視線の向こうでも。シトロンがユグディラサイズのワゴンを使いながら食器を下げている。ドリンクオーダー用のシート片手にホール中を常に動き回っていたはずなのだ、戦いとは違う疲労はあるはずで。けれど今も懸命に手伝ってくれている。
(もしかして、私に感化されてる?)
 まさかね、と思いつつも少しだけ引っかかってしまうのは、それだけ自分が働いてばかりだと自覚があるからだ。
「終わったら、のんびりさせてあげたいかな……」
 どこがいいだろうと考えながらも手を休めない真は、それこそ全く同じことを相棒達から思われていることに気付いていない。
 早く仕事を終わらせて帰宅させたくて、シトロンも頑張っている、それが分かる日はいつか来るのだろうか?
 カサリ。
「……いけない、これはちゃんとあとで書きなおさないとね」
 ポケットから落ちたメモを拾い、念入りにしまいなおす。走り書きだが“ドリンクカウンターの設置”だとか“時計管理担当者の有用性”なんて言葉が連ねられている。これは真なりに、今日一日働いて気付いたことや、思いついた案を思いつくままに出したものだ。
(新規事業で、色々手探りみたいだったし)
 少しでも役にたてればいいと思う。終始笑顔で少しだけ顔が強張ってしまったけれど、こうして終わってみればそれも心地いい疲労感だと言える。
「今回だけじゃなく、これから先も、皆の幸せのお手伝いを、ってね」
 幸せな催しは、長く続いてほしいから。

「シトロンもお疲れ様」
 新郎新婦達が歩んだ道を、腕の中でご機嫌に揺れる尻尾と同じテンポで、のんびりと真は歩いていく。
「幸せそうだったね……」
 同意の声に微笑みを返して、今日の新たな夫婦達を思い返す。試しにと、少しだけ空想の花婿に自分を当てはめてみた。けれど隣に立つ姿はどうしても霞のようにはっきりとしない。
「自分の幸せを追い求めようとは、もう、思えないけど……周りの皆には、幸せであってほしいな」
 結婚を、幸せの終着点として捉えてしまったせいだろうか? ただ漠然と、真の幸せの形は、きっとこうじゃないのだろう。そう思える何かがあった。
(……どうか、今日この場に集った人達が、末長く幸せでありますように)
 人気のないチャペルに祈ってから、帰路につく。
 自分のことになると、幸せを考える事さえ少しだけ、苦痛で。でもそれは自分という要素に限っているだけのことで、皆の幸せを願う心とは重ならない。
「勿論、シトロン達もね。大切な家族だから」
 じっと見上げてくる緑の目に映る真は、優しく。確かに微笑んでいた。


「ラファル、お待たせ」
 送り届けた後、今度こそ一人と一羽。ユリアンが帰り道で思い出すのは、可愛らしい、恋人となったルナの照れた顔ばかり。
「ルナのこと、よろしくね」
 察した未悠に念を押されたから?
 それとも察したシャイネに祝われたから?
(確かに、うん。ブーケを持って笑うのは、反則だと思ったけど)
 ……今日は、あまり眠れそうにない。
「少し、空の散歩を頼んでもいいかな? ……ありがとう」
 相棒に軽く抱きついてから、空に駆ける。

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参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ペリグリー・チャムチャム
    ペリグリー・チャムチャム(ka0038unit004
    ユニット|幻獣
  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • ユレイテルの愛妻
    イーリス・エルフハイム(ka0481
    エルフ|24才|女性|機導師
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 爛漫少女
    ヒヨス・アマミヤ(ka1403
    人間(蒼)|16才|女性|魔術師
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ミューズ
    ミューズ(ka1565unit001
    ユニット|幻獣
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ラファル
    ラファル(ka1664unit003
    ユニット|幻獣
  • ヒースの黒猫
    南條 真水(ka2377
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    オルテンシア
    オルテンシア(ka2531unit002
    ユニット|幻獣
  • ジルボ伝道師
    マルカ・アニチキン(ka2542
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ユグディラ
    ミラ(ka3199unit002
    ユニット|幻獣
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 《力》を潜ませる影纏い
    イーター=XI(ka4402
    人間(紅)|44才|男性|機導師
  • 分け合う微笑み
    エリザベタ=アルカナ(ka4404
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音(ka5754
    エルフ|19才|女性|符術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    シトロン
    シトロン(ka5819unit004
    ユニット|幻獣
  • アウレールの太陽
    ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • 舞い護る、金炎の蝶
    鬼塚 小毬(ka5959
    人間(紅)|20才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    スイラン
    翠蘭(ka5959unit003
    ユニット|自動兵器
  • 笑顔を守る小鳥
    雲雀(ka6084
    エルフ|10才|女性|霊闘士
  • 思わせぶりな小悪魔
    グラディート(ka6433
    人間(紅)|15才|男性|格闘士
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン ブライダル相談カウンター
シャイネ・エルフハイム(kz0010
エルフ|18才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2019/09/19 21:24:54
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言