故郷を求めて

マスター:サトー

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
3日
締切
2015/02/10 15:00
完成日
2015/02/18 10:49

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「貴方方の故郷は、どのようなところなんだい?」
 皆に語りかけたのは、一人の女性。
 名をトリステ・ミシオン。まだ23になったばかりの覚醒者。
 墨を垂らしたような黒の長髪を後ろで一つに束ねた女性は、焚き火を囲む者達に、ふとそんな質問をした。
 ここは同盟のとある街道。旅人達が野宿に使うちょっとした広場。
 日の落ちた中、名前も国も顔も知らない初対面の者達が集う広場。
 分かっているのは、その格好から『お互いがハンターである』ということだけ。
 ――一期一会。
 今日まで出会ったことはなく、明日以降も出会うとは限らない、一夜限りの邂逅。
 それは旅人であるトリステにとって、馴染みのあることであり、旅の楽しみでもあった。
「とはいえ、まずは自分の身の上から話すのが礼儀だね」


 トリステは語る。
 自身が人間とエルフとの間に生まれた混血児であること。
 父の故郷である町にて生まれた頃から暮らしていたが、二ヶ月ほど前から旅に出ていること。
 旅の目的は、ジェオルジのどこかにあるという、母の故郷であるエルフの村を探すこと。
 ある日の夕飯の買い出しの途中、不意に思い立ち、その足で町を出たこと。
 「故郷の話は大きくなってから」と頑なに口を閉ざしていた母は、語る前にこの世を去ったこと。
 父も一年前に亡くなっていること。

「尤も、人間の形質を受け継いだ私が、エルフの村を探し当てたところで受け入れられるとは限らないがね」
 混血児は、親のどちらかの形質を受け継ぐもの。トリステの場合は人間である父の方だったため、外見にエルフの特徴は一切見られない。
「いつも夜眠るときに思うんだ。母の故郷はどんなところなんだろうって。
 母の子供の頃は、どんなだったんだろう。どう育って、なぜ村を出て、故郷にどんな想いを抱いて生きてきたんだろうってさ」
 トリステの想像は夜ごと膨らんだ。一人旅の心細さも、そんな妄想が和らげてくれた。
 時に危険な旅路も、自身のルーツへの想いが鼓舞してくれた。

 トリステは鋭い眦を下げて、焚き木に踊る炎を見つめる。
 焚き火の周りには、20を超える者達が輪を作り、簡素な食事の最中。
 トリステは豆のスープを口に運び、その温かさにかさついた唇を引き結び、目を細めた。
「どうかな? この中にはリアルブルーの人もいるんじゃないか? 私の知らない世界を、皆の故郷を、その想いを教えておくれよ」

リプレイ本文

●異世界への郷愁
 静謐とした空気が満たす広場に灯りが一つ。
 時折吹き抜ける寒風から身を守るように、ハンター達は寄り添い、焚き火を囲む。
「故郷の話ネ」
 アルヴィン=オールドリッチ(ka2378)は思案を一つ。
「僕カラ話せる事は少ナイシ。皆の話の方を聞きたいナ」
 それにいち早く賛同したのは、マリル&メリル(ka3294)。
「マリルとメリルは王国の生まれらしいですが、幼い時に姉妹で帝国の孤児院に引き取られました。その後すぐにリゼリオへ。
 そして今はハンターで放浪してて。どこも3、4年程度で故郷っていうほどあまり想い出ありません。
 だから皆さんに聞きたいです。故郷っていいものですか?」

「故郷……ですか?」
 静架(ka0387)はホットワインのカップを両手で包み、火傷しないように気を付けながら啜った。
「父はリアルブルーの極東の島国出身だったようですけど……」
 両親を物心つく前に亡くし、育ての親が傭兵であった為に根無し草な日々を送っていた静架には、故郷と言われてもいまいちピンとくるものがない。
「リアルブルー出身者としては、故郷の話は語りつくせないほどありますよ」
 静架の後を、水城もなか(ka3532)が引き継ぐ。
「あたしの国では、特に料理が美味しいですね。
 色んな国の料理が食べられるという特徴もあるかもしれません。
 あとは、四季を楽しむという事も大事ですね。
 1年通して山などの自然風景が変わり続けるというのは、クリムゾンウェストでも中々お目にかかれないものがあると思います」
「それは是非一度行ってみたいなぁ」
 ユリアン(ka1664)は語られる異世界の話に興味津々。
「中々興味深そうなところのようだね」
 トリステも初めて聞くリアルブルーの話に耳を惹かれている。
「日本ってとこはどこでもそうだが、平和なとこだったぜ」
 鳴神 真吾(ka2626)もリアルブルーのことを思い出していた。
「もう60年以上も戦争と縁の無いところだったしな」
「こっちじゃ考えられないことだね」
 遥か昔から歪虚と戦う紅界の住人トリステには、そんな世界は想像もつかない。
「うん。周りは戦いや危険な怪物もなく平和だったよね」
 同じくリアルブルー出身の時音 ざくろ(ka1250)も語る。
「ざくろの故郷もリアルブルー……地球の日本っていう国の東京って都市なんだ。
 都心の方には塔のように高い建物が一杯立ち並んでて、人も沢山溢れてて……」
「塔が沢山……? ボクのところとは全然違うな」
 ざくろの話に驚いているのは、紅き世界出身のアルカ・ブラックウェル(ka0790)。
「ボクの故郷は、森の中の小さな村だよ」
 アルカの村は全世帯が自給自足。
 商店や宿は無く、村に無い物資は森で採れた薬草類を時折街で売って入手する程度だ。
「わたしも……周囲を森に囲まれた、寒村でした」
 エルフのアニス・エリダヌス(ka2491)は、おっとりとした調子で微笑みかける。
「地域としては辺境ですが、集落の外の人との交流は殆どありませんでした」
 何もない場所だったが、人は温かく、自然は豊かで困ることは無かった。
「足りないものがあれば、森を抜ければ市場があり、そこで取引が出来ましたしね。長い道のりでしたが……」
 そんな彼女達にとって、語られる蒼き異世界はどこか遠い物語の中の話のようで。
 アルカの頭の中は乱立する塔に人が溢れていて落ちそうな――、余りに違いすぎて上手くイメージができない。
「リアルブルーって、なんだか凄いんだね……」
「そんなことないよ」
 レホス・エテルノ・リベルター(ka0498)が笑って首を振る。
「ボクもリアルブルー出身だけど、育った町はそんなに大きくなくて、静かでのどかな田舎町って感じ」
「私の故郷も……そうね、レホスさんと似て、長閑で暮らしやすい所かな」
 アイビス・グラス(ka2477)は、少し目を細めて口を噤んだ。
「ざくろの住んでた所も、同じようなものだよ」
 2階建て位の家が立ち並ぶ普通の住宅地。そこがざくろの住んでいた場所で。
「だけど、今みたいな冒険する場所も無かったから、冒険家の遠い昔のご先祖様に憧れてたざくろは、少し退屈だった」
 毎朝学校に通う日々は、どこか刺激に満ち足りなくて。
 ざくろは肌身離さず身に着けている先祖伝来の古びた手記をそっと撫でる。
「戦いなんてのは物語の中の話でさ、俺はその中でヒーローって奴に憧れて役者になったんだ」
「ほぅ、ヒーローか。勇ましいな」
 トリステは感心するように呟くと、真吾は肩を竦めた。
「憧れたものを同じように伝えていけるなら、それで満足だってね。だけど――」
 ヒーローは現れないまま、リアルブルーでもヴォイドによる襲撃が始まった。
「この辺は色々あったが、ヒーローが無力な空想扱いされるのも、何もできない自分も嫌だったんだよ」
 転移したのは、そんな時のことだった。
 静架は音を立てず、カップを傾ける。
 同じリアルブルー出身者の話を聞いていても、静架にはどうも首を傾げるような事が多かった。
 銃声を子守歌に、銃器を玩具代わりに育った彼には、平和という言葉の意味がよく理解できない。
 子供が戦場に立つ末端の歪みの具現体。それが静架に他ならない。
「幸か不幸か……どうでしょう」
 静架の呟きは、暖かく真っ赤な生命の泉に溶けて沈む。
 比べる対象を知らない彼には、自身の境遇がそもそも不幸だと思うことも無かった。

「クリムゾンウェストの方には、宇宙って分かるでしょうか?」
 もなかの問いに、トリステは上を見て思案する。
「宇宙っていうと、空の果てのことかな?」
 それほど学術に傾倒していないトリステには、その程度しか分からない。
「オイラ知ってるぞ! 星がたぁくさんあるところだろ」
 夜空を映したようなきらきらとした瞳の持ち主は、ラプ・ラムピリカ(ka3369)。
 もなかは元気一杯なラプに苦笑して、肯定する。
「あたしはCAMっていうロボットに乗って、宇宙で戦ってたんです」
 育ちは地上、日の本の国。けれど、戦争の激化が地表に留まることを許してはくれなかった。
「だから、故郷にはしばらく帰れていないんですよね」
 そうしている内に、こちらへ来てしまった。
「話していたら、早く帰りたくなってきました。
 リアルブルーの戦況も気になりますし、帰ったら故郷がなくなっていたというのは、考えたくありませんから」
 もなかは気丈に微笑んで見せた。
 帰りたい、それは素直な気持ちだったのだろう。なればこそ、その想いは伝染し、心を震わせていく。

「……転移する前は学校に通いながら、お母さんと二人暮らししてたわ」
 ぽつりと話し始めたのは、先ほどから口を噤んでいたアイビス。
「お父さんは私が物心つく前に事故で亡くなってて思い出は無いのよ。
 お母さんは有名な医学者だったけど、家ではそういう話や仕事は持ち込まなかったかな」
 アイビスは目を閉じる。
 家族と過ごすのにそういうのは必要ないし、一緒に過ごす為の時間が大切なんだ、といつも言っていた母の顔が瞼にまざまざと浮かび上がった。
 それは懐かしい声で、懐かしい笑みを浮かべて、優しくこちらを見つめていて。
 買い物したり、食事に出かけたり。一緒に過ごす事の多かった大切な……。
「お母さん……心配してるだろうなぁ」
 こちらの世界に来て、いったいどれくらいの月日が流れただろう。
 リアルブルーの話をしていれば、故郷に残してきた者達のことが浮かぶのは避けられない。
 心に囁く沈黙が、辺りに靡いていく。
 焚き火の枝がパチリと鳴った。

●炎は踊る
「さて」
 さっと立ち上がったジュード・エアハート(ka0410)は、笑顔で皆を見渡した。
「ちょっとしんみりしちゃったけど、俺は大好きな故郷ポルトワールのことを明るく話すよー」
 白いドレスをはためかせ、ジュードは故意におどけて見せる。
「知らない人は多分いないよね。同盟海軍のお膝元、物流の中心、港湾都市ポルトワール!
 海は勿論のこと、人の活気に溢れた賑やかな場所だよ」
 身振り手振りを交えて故郷について語らうジュード。
 皆は引き込まれるように、彼の演説に注目している。
「ダウンタウンはマイナスイメージかもしれないけど、軍・商人・ダウンタウン。
 この3つのパワーバランスが取れているからこそ、ポルトワールの活気がある」
 ジュードは、ふふと誇らしそうに胸を張る。
「海は風と一緒にたくさんのものや人を外から運んでくるからね。余所者って概念は殆ど無いから、旅人さんにも優しいところだよ」
「確かに、あそこは変に片意地張らずに済んで、居心地が良かったな」
 応じるトリステに、そうだろうと言わんばかりに満面の笑みを浮かべてジュードは応える。
「トリステさんは行ったことがあるなら知ってると思うけど、食事も美味しいよ。値段もそこそこだしね!」
 美味しい食事と聞いて、何人かがそわそわとし出す。食いしん坊が紛れ込んでいるようだ。
「是非一度、ポルトワールに来てね!」
 おぉという小さなざわめきと疎らな拍手と共に、ジュードは腰を下ろす。
 先ほどまでの空気は完全に吹き飛んでしまったようだ。

 そんなジュードを穏やかな笑みで見つめていたエアルドフリス(ka1856)に、トリステが話を振る。
「故郷の話、とね……」
 エアルドフリスは顎に手を当てて記憶を探る。
「北の果て。野と川と森の他に何もない処さ」
 人の領域は天幕の中だけ。そう語る彼の面に微かな影が差したのに気が付いたのは、ジュードだけだ。
「……ふむ、私にはそういう風にも見えないが」
 トリステは見透かすような視線を切り、パイプを手にするエアルドフリスに続きを促した。
「……そうさな。この時節は朝の祈りを終えても暗くてね」
 野が息を潜めて待つ中。一切の音が消え。やがて地平に金色の兆し――。
「訪れる曙光に部族の教えを知る。世界は全き円環、万物はその裡を巡ると――」
 心の内に眠る故郷を蘇らせるように滔々と紡がれる言葉には、徐々に異郷の言語が混じっていく。
 言霊に力が宿り、いつしかそれは歌に転じていた。
 焚き火の灯りにローブは七色に浮かび上がり、幻想的な光景を醸し出す。
「……おっと、興が乗った。御清聴感謝」
 濃密な静寂に包まれていた中で、アルヴィンは一人エアルドフリスに気がかりな視線を送る。
「ん? 次は君の番かな?」
 トリステの促しに、アルヴィンはおやおやと眉を上げた。

 故郷の話と言われても、彼には少し難しい。
 帝国の前皇帝の革命時、新旧体制派でお家騒動が起き、復讐に次ぐ復讐で一族はほぼ壊滅。母や友人も自分を生かす為に亡くなった。
 隠しているわけでは無いが、この場で語っても雰囲気を壊してしまうかもしれない。
 だから、語るのは母と少しの使用人、友人だった仔兎のピーターと遊んだ陽だまりの庭園のこと。
「帰りたい場所を故郷と呼ぶナラ、僕の帰りたい場所は、今はもう無いあの庭ダケ。
 ソレでも僕の為に失われた命がアル限り、僕は笑って生きると決めた」
 アルヴィンはフフーフと笑って、僚友たるエアルドフリスを見た。
「ルールーは? 君はどういう風に生きると決めたノ?
 本当は、君は死に場所を求めて旅してイルようデ、僕は時々心配ダヨ」
「おっと、アルヴィンに心配されるとはね」
 苦笑するエアルドフリス。それを気にせずアルヴィンは続ける。
「ダカラ友人とシテ忠告だけはしてオクからネ。
 ――失われた命の価値を決めるノハ、遺された者の生き方なんダヨ」
 「ははっ」と笑って流そうとして、エアルドフリスの笑みが盛大に引きつった。
「……あんたに何が解る!」
 図星だった。
 何度願っただろう。あの景色を自分の命で贖えたら良かったのに、と。
 巫女の義務を果たせず、大切な人を得た今も、生の置場に迷ったままで……。
「……貴方の故郷は今?」
 トリステの気づかわしげな目。
「……すまない、大きな声を出して。俺の故郷は滅んだよ。よくある話さ」
 しんとした広場に、ぽろんと弦の音が染みる。ミオレスカ(ka3496)の竪琴だ。
 民族的で独特なリズムの音色が走る。
 それを聞いてか、焚き火の炎は再び勢いを取り戻した。

●隔たりと遠い記憶
 村の人は何かあれば演奏をしていたので、いつの間にか身についていました、と演奏を終えたミオは気恥ずかしそうに微笑んだ。
「私の両親はエルフですが、北方の、人間達の小さな村で育ちました。
 確執があったのかはわかりませんが、私にとってはみんないい人で、幸せだったと思います」
 ミオはスープを一口。
「豆のスープ、美味しいですね。おかわり、どうですか?」
 「はい!」と、器を差し出したのは、クレール(ka0586)。
「あぁ……生き返る~♪」
 溌剌としたクレールの蕩け顔に、空気が弛緩する。
「何故だか、故郷の家庭料理を思い出す味です……」
「クレールさんの故郷は?」
 幾分気持ちを持ち直したアイビスが問いかける。
「私の生まれ育った村は、元々東方からの移民の方々の寄合から始まったそうです。
 その方々は、異国の技術を生活の糧にしていました。
 そこに、興味を惹かれた現地の技術者も集まり……やがて、村に。
 私の父と母は、惹かれた現地の鍛冶師なんです。出会いと結婚もそこで!」
 『伝統鍛冶と最新機導術の融合』というテーマも、きっとそんな土地柄故なのだろう。

 と、クレールの目が先ほどからちらちらと窺っているのは、ソフィア=リリィホルム(ka2383)だ。
 ソフィアは手慣れたように、偶然居合わせた者達の武具の手入れを行っている。
 クレールも鍛冶師を志す者として、一緒にやりたかったのかもしれない。
「あぁ? 故郷の話だぁ?」
 手を止めたソフィアは、「聞いたって面白しれーもんじゃねーぞ」と苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……私の故郷はな、エルフハイムなんだよ。で、私はドワーフだ。後は大体わかるだろ?」
 ――隔世遺伝。
 両親はエルフだったが、ソフィアの為に「外」に出た。100歳を超えてなお。
 ソフィアは「いやあ、傑作だぜ? 昨日まで笑い合ってた奴に、石を投げられた時の私の顔ったらよ」と、けらけらと笑う。
 普段の彼女とはまるで違う口調。何人かは、素の彼女に目を丸くしていた。
「ま、お偉いエルフ様にゃ、小汚いドワーフの小娘が居んのが我慢ならなかったんだろーよ。
 この間、ちょっとした依頼であそこに戻るハメになったが……50年ちょい経っても、相変わらずロクでもねーとこだったよ」
 嘆息するソフィア。リュカ(ka3828)は難しい顔をして呟く。
「古い慣習に囚われた者は、どこにでもいるのだな」
「オレも故郷にはいい思い出ねぇですね」
 口を開いた鬼百合(ka3667)に、隣の春咲=桜蓮・紫苑(ka3668)が風邪をひかないようにと、マフラーを巻いてやる。
 母はドワーフで、父は不明、自身はエルフ。
 辺境の北方、小さく閉鎖的なドワーフの集落では、それは異端だった。
「混血のオレが産まれて、かーちゃんには悪いことしちまいやした」

「……あの、エルフとドワーフが同じ村に暮らしてるって珍しいの??」
 アルカは不思議がる。
「ボクの村は半分がエルフで、もう半分は人間とドワーフが半々だったけど」
 両親は混血のエルフ。父方の祖母と母方の祖父は人間。
 己と双子の兄は隔世遺伝で人間の形質を受け継ぎ、隣家は夫と息子はドワーフ、妻がエルフと、頭がこんがらがりそうだ。
 村の者にはエルフと人間の混血が多く、寧ろ純血は非常に少ない。
「混血は『無限の可能性』だって、ひいばあちゃんが言ってた」
『無限の可能性……』
「村が一つの家族みたいに温かくて……自慢の故郷さ」
 アルカの話に、メイ=ロザリンド(ka3394)は記憶を手繰り寄せていた。
『私の故郷も、濃い霧に包まれた森の奥深く、種族の隔ても無い小さな村、だそうです』
 メイの持つスケッチブックに、次々と言葉が書き込まれる。
 幼い頃に記憶と声を失くしたが、巫女として生きる為孤児院を卒園する際に、ほんの少しだけ故郷のことをシスターから教わった。
 それは長年知識として与えられていたものだったが、最近になって思い出したのだ。
 孤児院に来てからずっと、哀しいことや辛いこと、楽しいことがあった時にいつも紡いでいた名も無き唄。それが、自分の故郷の唄である、と。
 ちらつく記憶を吐露するかのように、スケッチブックは愛慕に染まり、遠くで獣の遠吠えが響いた。

●語らいは進み
「まだ話していない人もいるね。無理に、とは言わないけど」
 トリステの呼びかけに、メリエ=フリョーシカ(ka1991)は困ったように笑った。
「じゃあ、わたしから。帝国の東、鉱山に拓かれた町に生まれました。
 良質な鉱石が採れるから、工業が盛んで……まぁ、逆に言うとそれだけなんですが」
「わぁ、私の村は工芸品が名産なので、良質な鉱石なんてそそられますね!
 こちらと東方と、異なる技術の融合。結構評判なんですよ!」
 瞳を輝かせるクレールに、メリエは苦笑気味。日頃の元気の良さは、少し影を潜めている。この場の雰囲気がそうさせているのだろうか。
「私も興味ありますねっ。工房に――っと、話の腰を折ってすみませんっ」
「二人とも元気がいいね」
 トリステは愉快そうに笑う。
 普段の調子に戻ったソフィアに首を振って、メリエは話を続けた。
「パパは炭鉱夫で、ママはその手伝いをしてました。わたしが小さい頃に、落盤事故で死んじゃいましたけど。
 それからは、お父さん……パパの友達だったドワーフに育てられて。それから、今に至りますね」
「いい人がいてくれたのね」
 エイル・メヌエット(ka2807)は「私も両親はいないの」と優しげな笑みを浮かべる。
「私の故郷は、王国の――そうね、何気ない日常に囲まれた土地。
 母の顔は知らないし、父も私が十の頃には家から姿を消したわ」
 かつて父が開いていた診療院は、今もなお無人のまま残っている。
「その理由は分からないけど……」
 エイルはいつになく整頓された静かな室内から、父の『置いて行こう』という意思を受け取った。

「……けど、二人とも今は気落ちしてはいないようだね」
 トリステの問いに、エイルは周りを見回す。
 焚き火に照らされた横顔。見知った顔の何と多いことか。
 巡りあわせというべきか、それだけ深く、濃い時間を過ごしてきたからと言うべきか。
 それは自身の歩みの軌跡であり、生きている証でもあった。
「……まぁ、置いて行かれた甲斐あって、私を引き取ってくれた医業の師に鍛えられてこの道を歩むことができたし、とても大切な出会いも得たわ」
 メリエも頷きを返す。
 失いもしたが、得たものもある。
 それはどちらもかけがえのないものだけれど、大事なのは現在であり未来、ということなのだろう。

 そういった話を聞いていて、ユリアンは自分がどれだけ恵まれた境遇なのかと感じていた。
 皆をつぶさに観察していたトリステは、そんなユリアンに水を向ける。
「俺の故郷は……生家は王都から少し南に下った所にある街で、緑豊かな所だよ」
 一応王都内にも家はあるけど、とユリアンは付け足す。
「母さんは薬草師で、色々薬草を育てて、それを市や医者に卸してさ。
 色んな町や王都にも兄弟交代で母さんに連れて行って貰ったなぁ」
 遊び場は近所の小さな森。記憶の中はいつも緑とハーブの匂いに満ちていて。
 四季の彩り、収穫祭に舞う花弁と菓子。
「全部守りたいのに、自分の我侭で家を出たんだ」
 家を出たけれど、それは断絶ではなく、何時でも迎えてくれる家族も家もあって、奇跡的に誰も、何も失っていなかった。
 そんな自分は、やはり幸運なのだろう。

「花弁……」
 不意によぎった言葉に、静架は遠き異世界の記憶を掘り起こす。
「一度だけ、春先に父の故郷を訪れた事があったんですけど、薄桃色の花が咲いていて凄く綺麗でした」
 咲き乱れる桜がどこか懐かしく、心揺さぶられたものだ。
 故郷とは無縁と思っていた自分が、魂に刻まれた郷愁を自覚した瞬間でもある。
「咲き誇る花、色彩に溢れた季節。触れれば砕けそうに繊細で……」
 故郷の記憶は遠く、鮮やかな色に溢れていた。
「桜か……懐かしいね」
 ざくろを始めリアルブルー出身の者には馴染みが深いのか、味わうように情景を思い浮かべた。
「オイラの故郷はなぁ……たっけぇ山の上にあんだぁ」
 ラプは大きく手を広げる。
 「家族はぁ……ババにジジに、大ババだろぉ?」
 そう数えるラプだが、ついに両手では足りなくなってしまい、「とにかく、たぁっくさんだ」と笑った。
 仕事は石堀りや放牧。石細工を、これも手作りだと示す。
「夜はすげぇ星がきれぇでよぉ。それ見て、明日の天気とか、占いとかすんだ」
「占星術?」
「んだ。星で何もかも決まるわけじゃねぇけんど、たまには皆で星見上げて、あーだこーだ言うのも楽しいもんだ」
 皆話を中断し、空を仰ぐ。
 ラブは「アンタの星け、どこにあっけなぁ」と夜空を探す。

 炎は徐々に勢いを失いつつある。

●その顔を
「こきょうの、はなし……。おはなしできるようなことは、あまりないのだけれど」
 困ったように笑うのは、マレーネ・シェーンベルグ(ka4094)。
「わたくしがいたまちは、おいもがゆうめいでしたの。
 おいもをつかったおりょうりが、きょうどりょうりとしてしたしまれておりましたわ」
 ゆったりと、のんびりとした口調が、故郷の歴史や特産品について並べていく。
 しかし、マレーネの口から語られるのは、どれも本に載っているような事柄ばかり。
 そこに自身の想いや感情は汲み取れず、まるで他人事のような口ぶりだ。
 マレーネの生い立ちが、そのようにさせたのだろう。
 トリステは「芋か、ここにもあれば良かったんだがね」とスープを眺めてため息を吐き、隣の紫苑に目を移す。

「あー、俺も普通の街としか答えようがないですねぃ」
 雪は多かったですけどねぃ、と紫苑はけらけらと笑う。
「ただ、父さん含め、人は暖かかったですよ。俺みてぇなんも馴染めやしたしね」
「ボクの町も皆良い人達ばかりだよ」
 レホスの脳裏に浮かぶのは、輪を作って笑い合う人達。
 両親に祖父母、妹。自分もまた、その一人で。
 異界という現実がにじり寄ってきて。
「家族とか友達とか……人の縁に、すっごく、恵まれてて……」
 つぅ。
 頬を伝うのは、溢れた想い。
「――あ、れ?
 なんか……涙、出てきちゃった。おかしいな。なんでボク泣いてるんだろ……。
 これじゃ、お話、聞きづらい、よね。あはは、ごめんね。……ほんと、ごめん」
 想いは途切れない。
「せめて連絡の一ついれられりゃあ、違うんですがね」
 軽口とは裏腹に、連絡をとる手立ても帰る手段も無い現状に、紫苑も愕然としていた。
 心底苦い顔をする紫苑を、鬼百合が心配そうに見上げる。
「しおんねーさんに連れ出してもらって今こーしてるの楽しくて、あんま帰りてぇとは思えねぇや」
「楽しい、か。お前も素直になったもんだねぇ」
 しみじみと言う紫苑に、鬼百合はへへっと鼻をこすった。

「トリステのねーさんの故郷見てみたいってぇのは、なんだかちょっと羨ましい気がしまさ」
 叶うといいですねぃと純粋な笑みを浮かべる鬼百合。
「ああ、とりすてさまのおはなしをおうかがいしたいですわ。おかあさまは、どんなおかたでしたの?」
 マレーネは自身の母を知らない。
 母親から想像する故郷。トリステにはどのように映っているのか気になったのだ。
「私の母か……、ちょっと変わった人だったな」
「変わった?」
 アイビスは母の顔を心中に描きながら、問いかける。
「ああ。一言で言えば放任主義でね。自由奔放な人だった」
 一見余り我が子に関心が無いようでいて、ふと振り返ると、必ずそこにいてくれる。
 そんな絶妙な距離感にいたのが母だった。
「どうやったらあんな風に育つのか、エルフの村独特の教育でもあるのか、と気になったものさ」
「きっと変わり者揃いに違いない」と語るトリステを、メリルはじーっと見つめていた。
 トリステが望んでいるもの、聞きたがっている話は何なのか、と探るように。語らいの初めから、ずっと。
 そんなメリルの視線にトリステも気が付いていて、首を横に振った。
「本当に、ある日ふっと思い立って、今この場にいるだけなんだ」
 何かを探しているわけでも、答えを求めているわけでもなく。
 ただ気になった。それだけだった。多分、きっと。
「……母は、たまにどこか遠くを望んでいる時があってね。そんな時は、寂しそうだったな」
 故郷のことでも思い出していたのだろうか、と言うトリステに、エイルはふと呟く。
「……故郷って、場所なのかしらね。人なのかしら。それとも、思い出?」

「生まれた場所を故郷というのであれば、わたくしは知りません」
 気にしたこともなかったですと、アイ・シャ(ka2762)は皆の話を聞いて思ったそうな。
「でも、似たような感覚の対象はありますよ?」
 それはに~さまです、とアイは人受けの良い笑みを宿す。
「に~さまがいなくなったら寂しいですし悲しいです。
 に~さまがいないおうちに帰るくらいなら野宿でいいです。
 故郷ってそういうものなのかな? と思わせていただきました」
 多分、とアイは笑う。
 故郷について考えた事が無いのは、恐らく兄がいるだけで幸せだったから。
 大好きな、大切な人が傍に居さえすれば、それだけで、もう――。
 揺らめく炎に、皆は誰を思い浮かべたのだろうか。

●決意を新たに
「もう夜も更けてきたね」
 トリステは皆を窺う。リュカがそれを引き取った。
「今日はいい機会だったよ」
 エルフのリュカの故郷は辺境の外れ。日照りが続く地域に茂るオアシスのような小さな森。
 緑の少ない地で、彼らを敬い共存する部族だった。
「私はエルフの未来を案じていてね」
 精霊に感謝し、彼らの祝福の無い金属を良しとしない古い慣習を持つリュカの部族。
 今後も貫き続ければ、世の情勢が自分達の存続を許さないだろう。
 慣習と共に衰退するか、慣習を捨て生きるか。
 今は無き故郷。新たな地で生き長らえている部族の未来。
 仮に慣習を捨てたところで、エルフには森の中という制限が付き纏う。
「どこかに未来への可能性が無いものだろうかね」とリュカは遠い目をする。
「見聞を広めれば、いつか道は見えて来るかもしれません」
 メリエはぽつりと言う。
「いろんな経験は、きっと役に立つでしょうから」
 それはメリエ自身のことでもあった。
 帝国と陛下の為。その為に日々邁進しているのだ。言葉にはしなかったが。
 真の想いは秘めてこそ。それがメリエの信条でもあるから。
 リュカと同じくエルフのミオも大きく頷いた。
「両親が旅をしてきたためか、私にも旅をするように言われて、ここにいます。
 いつか、立派になって、また、みんなに、会いたいです」
 ここで「はい! 私も!」とクレールが手を上げる。
「自分の中で整理がつくまで帰れませんが……帰ったら、村の自慢の工芸品をいっぱいお土産にしたいですっ!」

 焚き火の炎が一段と燃え上がる。最後の慄きだ。

「さっきは、ごめんね」
 落ち着きを取り戻したレホスは、乾いた瞳に精一杯の笑みを浮かべる。
「伝えてない気持ち、いっぱいあってさ。
 皆のことを思い出したら、本当に帰れるのかなって……ちょっとだけ不安になっちゃって。
 ……寂しいよ。ひとりぼっちは、寂しいんだ。……会いたいなあ。もう一度、皆に」
「私も、早くお母さんの下に帰りたいかな……」
 零すのはアイビス。
「もう2年近くか……。あの頃は退屈してたけど、今は物凄く懐かしくて……絶対帰る道を見つけるんだ!」
 ざくろはぐっと意気込む。
「しおんねーさんはいつか、オレがブルー連れてってやんますよ!」
 励ます鬼百合に、紫苑はくっくと笑い、頭を撫でる。
「……楽しみにしてやすよ」
 でもそれは、二人のお別れの時を意味していて。鬼百合はそっと、紫苑の服の裾を掴んだ。
(大丈夫。一人にゃあもうさせやせんからね)
 紫苑は鬼百合を抱え込むように抱いて、うとうととし始めた。

「今の俺は、ある意味望んでた通りじゃあるんだろうが、あっちに残しちまった者を考えるとな――っと」
 真吾は慌てて口を押さえる。
「ま、何にせよ、今は俺は目の前のことに全力でぶつかっていくだけだ」
 歪虚ひしめくこの世界。安らぎは遥かに遠い。
「わたしの故郷にも、歪虚の脅威がありました」
 生まれてすぐのこと、とアニスは悲しそうに目を伏せる。その戦いで両親は命を落とした。
 そして、一年半前。二度目の戦いが村の近くで起こり、村にいた何人かが救援へ。
 いずれも帰って来る者はいなかった。その中には、アニスの想い人もいて――。
「皆、傷ついていくのに、わたしだけ指をくわえて見てはいられなかったんです……!」
 想いは人それぞれ。立つ理由も人それぞれ。
 幸せな日々も、辛い日々も。記憶の彼方に沈んだ景色も、今も目の前に輝くその顔も。
『それでも世界は美しい』
 それは母や近所のドワーフのおばさん、エルフのお兄さんがメイに教えてくれたこと。
 全てを忘れたわけではなかった。
『記憶の断片に故郷が映っていると信じて』。メイは歩むのだ。
 本当に何もかもバラバラで、ユリアンは静かに耳を傾けながら思う。
 同じ道行きは今一時のことだろう。でも、それは何時か自分の大切な記憶のよすがになるのだ、と。


 炎が消える。
 だが、闇夜に遮られたのは一瞬のこと。
 誰かが新たな灯りを点していた。
「眠るのにはまだ早い、か」
 灯火は脆弱なれど、それは人の手によって伝い続ける。
 灯す者がいる限り、きっと、いつまでも――炎は踊り、闇を照らすのだ。

依頼結果

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参加者一覧

  • アークシューター
    静架(ka0387
    人間(蒼)|19才|男性|猟撃士
  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハート(ka0410
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 理由のその先へ
    レホス・エテルノ・リベルター(ka0498
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • 陽光の愛し子
    アルカ・ブラックウェル(ka0790
    人間(紅)|17才|女性|疾影士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 強者
    メリエ・フリョーシカ(ka1991
    人間(紅)|17才|女性|闘狩人
  • 嗤ウ観察者
    アルヴィン = オールドリッチ(ka2378
    エルフ|26才|男性|聖導士
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • 戦いを選ぶ閃緑
    アイビス・グラス(ka2477
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 勝利の女神
    アニス・エリダヌス(ka2491
    エルフ|14才|女性|聖導士
  • ヒーローを目指す者
    鳴神 真吾(ka2626
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • Bro-Freaks
    アイ・シャ(ka2762
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • 一人二役
    マリル(メリル)(ka3294
    人間(紅)|16才|女性|疾影士
  • 一夜の灯り
    ラプ・ラムピリカ(ka3369
    ドワーフ|14才|男性|魔術師
  • いつか、その隣へと
    ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394
    人間(紅)|22才|女性|聖導士
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • 特務偵察兵
    水城もなか(ka3532
    人間(蒼)|22才|女性|疾影士
  • 瑞鬼「白澤」
    鬼百合(ka3667
    エルフ|12才|男性|魔術師
  • 任侠姐さん
    春咲=桜蓮・紫苑(ka3668
    人間(蒼)|22才|女性|闘狩人
  • 不撓の森人
    リュカ(ka3828
    エルフ|27才|女性|霊闘士
  • 澄みし燐光、繊月の影
    マレーネ・シェーンベルグ(ka4094
    人間(紅)|23才|女性|機導師

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/02/10 02:48:39