日々の積み重ね

マスター:石田まきば

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~15人
サポート
0~5人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/10/20 19:00
完成日
2019/10/26 21:16

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●ナデルハイム

 エルフの最大集落としてのエルフハイムとして、唯一異色を放った区画がここになる。
 数年前から少しずつ外部への解放を進め、今は、事前の連絡がなくとも訪れることが可能になった。
 これは維新派のエルフ達が昔から少しずつ道を広げてきたからこそではあるけれど、その努力を彼らがわざわざ語ることはないだろう。
 なにせ、エルフである。
 寿命が長いからこそ、じっくりと時間をかけられる。
 とはいえ維新派の者達は時間感覚が他種族の者達に近い方ではあるので、今も外部からの客とのすれ違いらしいものはそう、起きていないのだ。

 森都、エルフハイムを示す森の中でも北部に位置するこの区画は、つまりゾンネンシュトラール帝国の帝都バルトアンデルスに最も近い。
 だからこそ、帝国の者達との接触も多く、維新派の者達にとって情報を得やすく。
 かつて父長老の元から独立し役人となった若き日のユレイテルが、はじめて自分だけの居を構えた場所でもあり、維新派の者達が拠点としていた建物は今も支部として利用されている。
 現在のエルフハイムのトップである大長老はかつての維新派の旗頭ユレイテルであり、今のエルフハイムは恭順派と維新派を分けて考える事こそが古いとされはじめている。むしろ、そうしなければ一枚岩になることができない。
 だから、かつて維新派だった者達はエルフハイム全体からみての要職につき、エルフハイムの区画に散らばっている。本部は既に別の場所とされているのだ。
 かつての拠点は、近い将来、資料館としての役割を与えられることになる、そんな話も上がっていた。

 とはいえ、それはまだ未来の話。
 今は、より多くの客人を迎えられるように。
 より質の高いサービスを整えられるように。
 外交産業を、少しずつ高めている最中だ。

●ブラットハイム

 一年中実の成る品種の林檎が多く育てられているからか、この区画は林檎の甘い香りが絶えることがない。
 伸び悩んでいた林檎の産出量も、原因が判明し事態の解決を見てからは、本来の数字を取り戻し、また少しずつ増え続けている。
 かつて横領に手を染めた罪人達は厳重な監視の元、果樹の世話に邁進しているが、そろそろ追加の人員を考えた方がよいのかもしれない。

 森の西部に位置するこの区画は、第三師団シュラーフドルンが駐留する都市マーフェルスに近い。
 師団業務に森都の監視が含まれている都合があり、森都の外に出る用事のある者達はこの区画を経由し、師団兵と顔なじみになるなどして互いの顔を認識しあい、商売に出るのが通例となりはじめている。
 少し前であればフードを目深に被る森の民が多かったが、少しずつ、互いへの信頼を見せているのかもしれないし、単純に長老会の意向が反映されているだけなのかもしれない。
 シードル等の、林檎加工品の作業場も大半がこの区画である。同時に補完場所である倉庫もこの区画に多く建設されている。
 これからの需要がどう変化するのか、上向きになることを期待して、やはりそれらの設備も拡充が見込まれている。 

●ツヴァイクハイム

 区画の中でも最も変化の少ない場所がここである、しかしゼロではなく、森都全体の変化のうしろをゆっくりと、追いかけるようにして変わっていく。
 ブラットハイムと同様に、恭順派と維新派が共存していた場所ではあるが、お互いにただ休みたい、そんな者たちのたまり場だっただけという説もある。

 森の東部に位置するこの区画は、第五師団ヒンメルリッターが駐留する都市グライシュタットに近い。
 森都の上空を見回るグリフォンライダー達、彼等の姿を毎日のように見ることができる。
 とはいえそれは帝国に監視されている、という象徴でもあったために今でも複雑な思いを向ける民は居るのだけれど。
 良くも悪くも、外部に、むしろ他人に興味を示すことに消極的な者達が集まっている、おかげで、今は亡き研究者の拠点が、郊外に今も残されている。
 ナデル程ではなくとも、外に開き。
 ブラット程ではなくとも、産業を置き。
 知名度を上げたいと考えられてはいるのだが……どうしても、その優先度は低くなりがちだ。

●オプストハイム

 最も清浄なマテリアルに溢れたこの場所は、人によっては空気から美味しいと、そう思わせるのかもしれない。
 恭順派が護り続けた最後の要、けれど瓦解したかつての砦。
 森の中央に位置するこの区画は、神霊樹の分樹を抱く、森の最奥地だ。

 長老会が森都の進退を決するための会議所。
 彼等を補助する役人たちの詰め所。
 浄化を担う巫女達の修行場。
 神霊樹にはマグダレーネが住まい、時にお茶をする姿が、森都を眺める姿が見られるだろう。
 浄化術の研究チームも近くに拠点を構えることで日々研究に勤しんでいる。目下通信楔の完成が、巫女達の救出が目標に据えられている。
 忘れていけないのが神霊樹の近くに立つ、数え切れないほどの蔵書を蓄えた図書館。図書館員と呼ばれる森の民がその管理や収集を行っている。

 近々図書館員の派生という形で、そして記録を保持する役割を与えられて、新たな部署の設立が予定されている。
 仮の名を「機導隊員」。古代文字で書き記された過去の記録歴史から、現在にいたるまで。エルフハイムの歴史を神霊樹ネットワークに登録し、またこれから先未来に続く歴史を機材見続けていく部署になる。彼等はこれまでの書物という紙媒体への手書きに捉われず、新しい技術を取り入れ続けることで時代と共に、正しい情報を収集、保存、発信し続けることになる。

 今後増え続ける高齢者達の受け入れ施設として、保養所の建設準備が始まっている。
 現在はまだ小規模だが、試験棟、第一棟の建設予定地が決まったところだ。
 なるべくなら森都らしさを損なわず、けれどどんな種族の者でも過ごしやすいように。そんなモデルケースを目指して進められる予定だ。
 最奥地にも、外部からの人々を歓迎できる、開かれた森を。
 そんな理想を掲げた大長老の描く夢物語は、まだ、始まったばかりだ。

●森都色々

 主要四区画の他にも区画は点在しているが、その規模は家族単位、集落単位と様々。比較的、森の南部に集中しやすい傾向がある。
 大小さまざまな区画を全て囲う形で展開された結界林を利用しながら、森都内の治安を守る警備隊は、今も日々民の平穏のために働き続けている。
 隠密技術、狩猟技術、何より森林内での行動に長けた彼等の中でも特に腕に覚えのある者は執行者として配置換えが行われていたのはもう昔のこと。
 現在の森都は外部に出て行った同胞を追うことも、始末することもない体制へと変わっている。
 浄化の器、と呼ばれた少女に平穏な生活を望むように。
 咎を背負わされた狩り人達にも平穏が望まれている。
 彼等が少しでも、長く健やかに過ごせますように……

リプレイ本文



 向かう先は服飾を扱うコーナーなのだけれど。ルナ・レンフィールド(ka1565)は今日が始まってからずっと、重なった、というより全ての指を絡めたその繋ぎ方が気になって仕方ない。元々ユリアン・クレティエ(ka1664)についていくつもりではあったけれど、焦らせない程度に歩調を合わせて、連れ出してくれる今はそれこそ宙を歩いているような。
「ルナさんはどの形が好みかな?」
 気付けばワンピースの見本を前に微笑みかけられていた。
「フレアとか、バルーンとか」
 もう遅いかもしれないけれど、慌てた声が出てしまう。
 気に入るものを選んでほしいと言われて、つい首を傾げてしまう。
「誕生日も近いし。贈らせて貰おうと思って」
 だから、遠慮なく? 二度目の微笑みは更に優しい。
 つい見とれてから、すぐ傍に店員が控えている事に気付いてしまった。
「布も見本があるらしくて。好きな色を教えてほしいんだって」
「では、アッシュローズを」
 普段よりも少し落ち着いた色。歳を重ねる記念にはいいかもしれない。
「お薦めしてもらったことのある色なんです。一度、着てみたいなって」
 渡された服と、布と、ルナを見比べるユリアンの瞳は真剣なもの。
「淡いラベンダーとも似合いそうだけど」
 真直ぐ視線が重なるから、きっと目の色を考えてくれているのだろう。
 喜びと同時にどうして、と首を傾げていれば、店員から花言葉のひとつを囁かれた。選ばれた恋……素敵な恋人様ですね、と。

「もしかしてシャイネさんの著書とかあるの?」
 呟きに気付いた館員の案内に従うユリアンの腕には、薬草学だけでなく、各地の薬草について書かれた旅行記が抱えられている。
「これは……」
 郷土料理や人々の暮らしに重点を置いた詩集。いつもの詩の解説部分だけなものだから、案外真面目に読めるのである。そして時折、兄の様子を見に行った記録が混じる。知らなければそうととれないように、細やかに。“いつも通りの背中”そんな言葉が含まれている程度だけれど。
 ヴォールの手によるものは、すでにいつぞやの調査でかき集められ研究チームに引き渡されているらしかった。それはそれで安堵が過る。
「……ルナさんは気になる本はある?」
「ここに伝わる音楽についての本があれば、でしょうか?」
 詩集をそれに含めていいのか、だとすればこの地の本は大半が詩集で、絞りきることは出来ないだろう。
「それこそ楽器に秀でた人が書いたもの、とか条件を付けてみるとか……?」

 蒼の知識が来た時に、薬草学は淘汰される……ほどではないと信じたいけれど。今出来る事は、ユリアンが求めているのはこの道だ。環境が、出会いが、望みが、導き出した己の駆けたい道。
 香りと共に陶器の音が届けられて、捲っていた本から視線を上げる。
「休憩も大事ですよ?」
 穏やかな微笑みを湛えたルナの淹れた香草茶は、館員が気に入りのものを分けてもらったらしい。そうだ、確かにここにも息づいている。
「このお茶の話も聞いてみたいな、後で、その人の居場所教えてくれる?」

 借りた本を手に戻れば、仕上がったとの連絡が届けられていて。
 受け取って、不具合がないかの確認で着替える。
 アッシュローズのミモレ丈チュニックをベースにしているが、前後の身頃の縫い合わせ部分、つまり両脇から裾にかけてのラインは一度解かれ、パステルラベンダーのプリーツが差しこまれている。アッシュローズの別布で仕上げられたリボンには希望通りの林檎の花が刺繍され、腰回りを絞る形だ。
 くるりと回れば、スカートがフレアに近いシルエットを描いた。
「綺麗だよね」
 零れた言葉に、耳のあたりがこそばゆい気持ちになって。
 期待の目を向けてしまったのだろうか。
「可憐というか……ルナさんが。うん」
「ふふ、ちょっと冒険した甲斐がありました」
 折角今日は長くいられるのだから。このまま着て過ごそうと思うのだ。

 林檎のスライスを浮かべた紅茶をお供に、眠るまでの時間を、同じ部屋で過ごす。
「……学ぶ事は計り知れないね」
 だから、知らないことに出会うために。旅はやめられない。
「ルナさんも、さ。一緒に来てくれるなら」
 いつかの言葉を思い出して、尋ねる。
「行きたい場所があるなら、遠慮なく言って欲しいな……2人の旅なんだから」
 二人で見る世界もまた知らないことに溢れているだろう。照れは確かにあるけれど、それを当然のように受け入れるようになった自分を自覚している。
「最初は……ユリアンさんの普段見ている世界が、知りたいです」
 希望を言うなら、その後に。
 まだ互いに知らないことはあって。それを見せる旅も良いだろうと、頷いた。

「じゃあ、そろそろ」
 あんまり遅くまで起きてないでちゃんと寝て下さいね? そう言って立ち上がるルナを、隣の部屋までエスコート。
「勿論」
 贈った服も今日は見納め。自然と、恋人の頭を撫でる手が伸びて、梳くように、何度も触れてしまう。
 気持ちよさそうに目を閉じたルナに、無防備な額に軽く口付ける。
 顔を寄せて待てば、頬に温もりが返された。
「……お休み」
 部屋に戻り、自然に出たやり取りを思い返す。
「もう一泊しようかな」
 本を読む為だ、とでも理由をつけて。



 これから先の全てを過ごす場所。
 同じ時間を重ねる為に帰る場所。

 森の事をもっとよく知りたいと、高瀬 未悠(ka3199)とユメリア(ka7010)は願った。
 半分にして分け合ったお菓子はまだ素朴なものが多いけれど、だからこそこれから先の変化を想像して、笑いあえる。
 互いに似合うモチーフを見つけ出して。揃って二つ見つけ出した時には驚きと共に、声をあげて抱きしめ合う。
 薔薇を思わせる赤い石と、香り纏う樹のビーズ。相手の為に繋ぎ合わせて、特別に選んだ二種類の花を並べて、中心に。
 いつだって視界に入るように、繋いだ手を思い出せるように。ブレスレットにしたのは必然で、約束の証。

 共通の友人であるルナからもたらされた素敵な報せを、思い出して二人微笑みが浮かぶ。
 感謝の言葉はくすぐったい。幸せそうな微笑みに胸が温かくなる。
 交わしたハグは確かに、二人に同じ気持ちを灯させた。
「また一つ、幸せの形を見ることができました」
 木々が風を遮り、優しい日差しだけが降り注ぐ。
 羽が伸ばせる陽だまりの中で寄り添えば、初めての場所の筈なのに、不思議と瞼がおりてしまう。
 この景色が当たり前になるのだと、慣れるなら早い方がいいのだろうと、納得して。ユメリアは身体の力を抜いていく。
 隣には未悠が居て、ここは自分の居場所になる森なのだから。

「ユメリア? ……疲れさせてしまったかしら」
 楽しくて、幸せで。繋いだままの手の温もりに、ほぅと、息が零れた。
 いつか、遠い遠い未来で。
 訪れるのは己の死。生きることを選んだ彼女の手を、心を、誰が温めてくれるだろう。
 共に生きることを願って、約束を誓いを交わして。別離が近くなるほどに、実感が迫ってくる。
 過るのはシャイネの笑顔。彼ならユメリアは独りにならない筈で、私を喪った時の哀しみをきっと、癒してくれるのだろう。
「でもね、妬いてしまうのよ」
 ぽつりと零れた本音は、眠る親友には届かない。届けるのはきっと烏滸がましい事で、溢せるのは今だけだ。
 だって、とられてしまいそうで。
「貴女の幸せを願っているのも、間違いないのにね……」

 はしゃぎ過ぎてしまったのだろう、気付けば未悠と共に午睡を堪能してしまっていた。
(子供みたいに……ああ、そうです)
 繋いだ手に気付いて、口元に笑みが浮かぶ。そのまま、まだ瞼の開かない未悠をぎゅっと抱きしめる。
 夢の中でも、覚めても。貴女が隣にいる幸せ。どんな景色でもまばゆいものにしてくれる貴女のの温もりを、暖かさを感じて、覚えておくために。
「たくさん、私に光をくれてありがとう。私にとって最高の人よ、未悠」
「……直接言ってくれればいいのに」
 起きれたからいいけれど。まだ少し寝惚けた声だけれど、確かな声。頬に朱が走るけれど。
「貴女がこれからたくさんの光を振りまけますよう、いつだって祈っているから」
 良い事があったら、辛い事があっても、いつでも帰って来て。
「勿論よ、だって、私の故郷は、貴女の元にあるのだから」

 もう一度走り出す。この地でもう一度誓いを交わす為の特別な景色を求めて。
「いつだったか、未悠の家で。こうして一緒に走り回る、子供に戻った夢を見たのです」
 特別に晴れた日でもないのに、眩しくて。夢なのに、どこか熱を持って。
「ユメリアもだったの? 私も同じ夢を見たの、きっと同じ日、あの日の事でしょう?」
 記憶を手繰り寄せれば確かに、いつかのふたりきりのお茶会の日。

「……旦那様」
「君にそう呼ばれるなら、僕が断ることはないからね?」
 願い事を伝えれば、くすくすと笑うシャイネ。
「あの場所ならなら、いい風が吹いているよ」
 差し出された手に導かれて、少しだけ未悠の傍を離れる。
「ほら、ここだ……ん♪」
 立ち止まってすぐ、甲に、掌に、手首に、軽いリップ音が続く。おまじないみたいなものだよと、微笑まれて、ユメリアの疑問は封じられた。
 解放された手に熱が残っているようにも思うけれど、今は。
 風上から、香りを纏う便箋で折り上げた紙飛行機を飛ばす。真直ぐに、愛しき親友に届きますように。
 時間も、距離も、年齢も、障害と呼べる全てが揃って立ち塞がるとしても、約束を忘れずに、守り続けることを。
 二人の吟遊詩人の声が今、重なって、追いかけていく。

 木々を縫うような優しい風は、遮るものが無くても穏やかなまま。
 夫婦という形で過ごすだろう二人の歌に、その響き合う音に未悠は身を任せていく。
 見つめ続けるには、どこか切ない姿。自分と大切な彼との姿を見るユメリアも、きっと。
(今の私と同じ気持ちだったのね)
 祝福に、幸せを願う想いに偽りはないというのに。
 ゆっくりと向かってくる紙飛行機を両手で迎え入れる。まだ続く詩に誘われるままに、開いて。
 覚悟を、想いを。噛みしめるほどに涙が溢れて。
 大切な言葉を滲ませないように、抱きしめる。
 少しでも早く、貴女の傍に。踏み出す一歩は次第に駆け足になって。
 感極まって、飛びつくように抱きしめた未悠に、同じように涙を流すユメリアが縋るように身を任せてくる。その柔らかな青銀を撫でて。
 感謝も、決意も、誓いも、この縁へとつながる全てに幸せの報告をしたいと願うその想いも、全て籠めて。
「……私も、大好きよ」



「……エルフの最大集落か」
 森の入口に差し掛かり、レイア・アローネ(ka4082)の興味がそちらへと向いた。
 エルフの友人は少なくないけれど、彼等の故郷について、まして訪れるなんて機会はなかったなとこれまでのハンター生活を思い返す。
 勿論、友人達の全てがこの地の出身ではないと分かってはいるけれど。雰囲気は感じとれることだろう。
「少し、寄っていこうか」
 未知の世界に踏み込むのと同じだと思いながら。足を向ける。
 どんな発見があるのだろうか? 普段、レイア自身が営む暮らしと違うのか、それとも同じなのか、予想することさえも、今までに経験がなかったのかもしれない。
「わからないからこそ、この地の者達の暮らしを荒らさないように、注意しなければならないな……」
 観光、となるのだろうか。穏やかな時間ががもたらされる気配を感じながら、森の中へと進んでいく。

「意識して街を見る、なんていうこともなかったのだな、私は……」
 改めて視線を巡らせる度に見慣れないものが増えていく。違いを探すよりも、普段日々を過ごす街と同じところを探す方が難しい。
 そもそも、目的もなくうろつく、という経験があまりない事に気付いたばかりだ。
 ハンター生活に没頭していた、と言えばよいだろうか。気付けば仕事をうけて、剣を振るのが当たり前になっていたように思う。
 勿論戦い以外の仕事もあったけれど、それだって結局は仕事であるのだから、やはり目的ありきの行動で。
「……何をしていいのかわからない、というのも問題だな」
 今日だって、あてもなく彷徨っていたに等しいのだ。ぐうぜんにこの地に巡りあったから、観光という目的は設定できたけれども。
「だが、折角の機会だ」
 これから先を考えれば、こうした時間の使い方に慣れていくべきなのだろう。
 戦う日々を過ごすうちに、気付けば歪虚王達との闘いも終わりを迎えたと言っていい。それは歪虚との闘いが減っていくことを意味している。
「ハンターの仕事こそなくなることはないと思うが……」
 その数が減るだろうことは目に見えていた。これまでの人生の大半をハンターとしての時間に費やしていたレイアは、これから先、己を磨く手段をどこに求めればいいのだろう?
「……戦い以外の世界、か」
 声に出しては見るが、具体的に思い浮かぶものはなくて。強いて言えば庇護欲をかきたてるような、友人達のような存在ばかり……果たしてそれは自分でも、なれるものなのだろうか?
 そう、考えることこそがまず一歩だということを、レイアはまだ、知らない。



「久しぶり?」
 巫女達の姿が見えたあたりで、不機嫌な様子を見せ始めたシトロンを抱え上げる。ご機嫌に尻尾が揺れる様子に安堵しながら少女達の元に歩み寄る鞍馬 真(ka5819)は、それこそ色々な感情を胸の内で渦めかせていた。
「「「真せんせー!」」」
 休憩中だと聞いていたのもあって、気軽に声をかけるように努めた。その甲斐があったのか、彼女達の性分か。明るい声で迎え入れられる。
 正直、その勢いにほっとした。元気か、と聞くのは何か違う気がした。彼女達は確かに幼い精神を持つけれど、確かに噛み砕いて話さなければいけない相手だと身に染みて知っているけれど。それを皮肉にとってしまう可能性だってあるのだから。
 ただ知った顔が訪れた、慕う相手が様子を見に来てくれた。そんな様子ばかり見せてくれることに安堵する。
 精神が安定しているか、大きな負担がないか。様子を見ればそれが分かるつもりで来たけれど。
 その懸念が当たってしまった時に、自分がどう思うか……それはあえて、考慮に入れていなかったから。
 ぽふぽふと、シトロンが落ち着かせるようなリズムで意識を逸らしてくれる。その緑の瞳を覗き込めば、どこか呆れた様子が見て取れてしまった。
「かなわないなぁ」
 心配されているのだと、その視線で分かってしまった。
「「「今日はお勉強の日なの?」」」
 何を教えてくれるのか、興味津々に真の周囲へと集まってくる巫女達。そんな声が聞こえる旅にシトロンのぽふぽふに力が入ってきているような?
「今日は、皆と歌を歌おうと思って」
 難しい話をするつもりはなかった。ただ明るい空気を運びたかった。
 あの日彼女達の道を決める場に居た身として、真実を伝え、その道を分ける切欠を与えた者として。責任を持ちたいと思った。
 別に先生と呼ばれたからではなくて、ただ、真がそういう性分だと言うだけだ。
 責任、という言葉があることで、その背に負うものがあるという事実に。
 巫女達の手助けをしたいと思うと同時に、真自身が救われているということを、真はきっと、正確に理解してはいないのだろう。

 シトロンのかきならす水霊の囁きが、木々の間を、小さな広場を、巫女達の修行場を音で満たしていく。
 真は詩のジャンルを問わず、気に入ったものを順々に歌い上げる。
 悲しげな音は避けて、明るい音が続くものを。
 真が巡りあった歌を一つずつなぞっていく。出掛けた先で教わった歌、祭で流れていたお囃子、友人が口ずさんだ短いフレーズ、共に歌う事が好きな相棒達の好きなメロディ。
 覚えやすい節があれば、繰り返すことで少女達を誘う。
 巫女達は詩も歌もたしなむから、喜んで曲に声を乗せていく。
 笑顔が、広がっていく。

 真の脳裏に過るのは、強化人間の子供達のこと。
 あの悲劇を、目の前の少女達に味合わせたくない。理由は違うけれど、状況は似ている。
 幸いなのは種族の違い。時間も、手も、まだ残されている。
 暗い気持ちを乗せてはいけないと、明るい気持ちを呼び起こそうと、不安な気持ちを消し飛ばす。
(未来は、確実に良い方向に向かっているんだ)
 その願いを、声に籠めて。

 後ろ髪を引かれながら“また”の約束をしてナデルへと戻っていく。
 森にしかない品を見ることは勿論だけれど、新たな道を選び始めた少女達の様子も気になっているから。
(世間知らずな子達だから)
 心配はあるけれど、素直さもあるし、何よりここは彼女達の暮らす森。
 おぼつかなさはあるけれど、少しずつ、慣れようと努力している姿に、安堵が零れて。
 頬を尻尾が撫ぜる。どこか、慰めるような触れ方。
「……私は心配し過ぎなのかも知れないなあ」
 相槌の一鳴きに、苦笑が零れた。

 理由があれば、この世界に留まる大義名分となる。
 あの世界に足を運ぶ理由が減るから、今が保てる。



「料理の本とかぁ、私にも読めそうな歴史の本とかぁ、そういうのがあったら読みたいんですけどぉ」
 図書館員にそう声をかけるのは星野 ハナ(ka5852)である。
「少ないってことはぁ……ずっと似たような食生活ってことでしょうかぁ」
 呟きを零しながら本を捲っていく。数がそう多くない、なにより現行文字で綴られたものが少ない。
「料理系の棚は多いんですけどぉ」
 試しにと別の本を捲る。各地の風土に合わせた料理についての見聞録。森の外の記録が大半だということだ。
(でも、活用されてないんですねぇ)
 ナデルの食堂で提供されるメニューは予め確認してあった。記録としては集めても、材料やら何やらの都合で採用されていないのだ。

「後はぁ、どういう物が大雑把にどんな割合であるのか教えてもらえるとありがたいですぅ」
 エルフハイムの歴史の本は今編纂中ということで、読めなかったという事情もあるのだけれど。
 首を傾げる図書館員に、理由を連ねていく。
「本ってぇ、その時代もしくはその場所でぇ、何が1番興味があったかとかぁ、何を教えたい何を残したいっていう人の考え方の集大成だと思うんですよねぇ」
 実際、この図書館の中、ジャンルこそ差はあっても大半が詩集である。それこそ書き手の感じたそのままの言葉が連なっている。
「だから読めるならそれを勉強するところから始めるのが、知るための1番の近道かなって思いましてぇ」
 しかし、長い年月、そこに常に存在した数々の吟遊詩人、其々が好き勝手に書き散らしたものばかりの現状で。
「ちょぉっと、面倒って気もしますけどねぇ」
 流石のハナも僅かに気後れするのだった。

 気を取り直そう。
「あとぉ、残ってる料理の内容と種類でぇ、どういう階層の人がどういう物食べてたとかぁ、こういう気候でこういう物が取れてたんだろうなぁって類推もできますしぃ?」
 割合については本当に雑な数字だった。なにせ常に増え続けているのだ。情報整理についても新設組織が担うらしいと聞いて、そこに期待したいところである。
 レシピのメモを取っても構わないだろうかと許可が出たものを書き写していく。スマホについては、取り出した時点で眉を顰められたので素直に引っ込めておいた。
 技術への理解はまだ完全に浸透していないらしい。
 今は活用されていないレシピを選んでいく。
「料理に関する考察は純粋に私の趣味なのでぇ。料理の復刻って楽しいですよぅ?」
 この後に向かうツヴァイクで、もしかするとまだ食べられている可能性もあるし、なんて夢想にも励んだのは言うまでもなかった。



 警戒の気配を漂わせていたアイリスも、嗅ぎ慣れた香りに緊張は緩んだらしい。内心でほっとするシュネー・シュヴァルツ(ka0352)の目の前で、カップが少しずつ傾けられていく。
「さぁ、どうぞどうぞ」
 ナデルで購入したのは茶葉だけではない。借りた皿に菓子も盛り付けていく。正直なところ、何を話せばいいのか、何を伝えたいのかわからないままここに来てしまった。
(未だ私の中では、彼女はアイリスさんでありホリィさんであり……)
 実際に目の前にしても、シュネーの中ではっきりと二人を分けることは出来なかった。ただ、お茶を飲む彼女とこうやって過ごす時間は。世界が穏やかに変化していく中に彼女が存在しているそのことが、多分嬉しいのだと、それだけは見つけ出せた。
 ずっと、激動の中に身を置いていただろう少女に、少しでも穏やかな時間を。
「……ご趣味は」
 ずっと黙っている時間が勿体ない、そう感じ始めたところで話題を探したのだけれど。
 出てきたのはお見合い定番の台詞である。胡乱な視線に耐えきれなくて、ナナクロもくわえて三匹分の猫バリアーを構築することにした。

 パシャッ!
 驚くアイリスとシュネーの様子を隙だらけだ、なんて揶揄うヒース・R・ウォーカー(ka0145)は、とっくに持参の手作りクッキーを盛付け終えていたのだ。
 今日の本命はこの魔導カメラである。今出ている中でも最新のものを奮発したのだから性能は折り紙付き、多少のブレも勝手に修正してくれるだろう。なにせこの最初だけは、油断のある二人の様子を撮影するため、スピードが肝心だったので。
「謀ったわね」
「え」
 すかさずアイリスに向けられたささやかな怒気と、自分も撮られたことで混乱するシュネー。
「道中は風景と、日常風景しか撮っていなかったからねえ」
 勿論住人に断りは入れていたよ? と取り成すヒースはどこまでも策士である。
「どういう風の吹き回しよ」
「ずっと戦い続けてきたけど、どうやらボクは戦うのに疲れたみたいだ。必要があれば戦うけど、別の生き方をしてみたいと思ってねぇ」
 言葉で綴る意味は知っているだろうからこそ、写真で思い出を記録するという別の形を示す。
 だからさ、と示すカメラはまごう事なき新品。カメラに慣れる為の実験台にと依頼する流れに持っていくことで自然に了承させようという作戦でもあった。
「この世界の歴史を記録する、なんて言うと大げさかもしれないけどね。ボクらが生きるこの世界の今を、そしてこれからを写真に収めて、事実を記録して本にしていこうかと思ってね」
 またいつ会えるか分からないと思うからこそ、ヒースは言葉を連ねる。今はまだ言葉が必要だ。ヒース自身の気持ちを整理するためにも。アイリスに可能性を見せるためにも。
「そういう生き方を道化は選んでみようと思うんだけど、お前はどう思う?」

「……そこで、どうしてまたウォーカーさんはカメラを構えているんですか……?」
「“今”も撮るって言っただろう?」
 避けようと椅子をずらすシュネーをレンズが追いかけていく。シャッター音が続いて。
「別に私は要らないでしょうよ」
 ぽつり、聞えた声に二人が顔を見合わせた。
「そうかぁ、じゃあお祝いってことで撮られてくれるかなあ。ボク最近結婚したんだよねえ?」
「はぁっ!?」
 驚きにも容赦ないシャッター音が重なっていく。
「そのこと、最初に報告するって言ってませんでしたっけ……」
「そんなこと言ったかなあ?」
「……シュネー、あんたは悪くなかったわね」
 呆れた声に、確かに笑い声が続いた。
 謀ったのは全て、ヒースである。

 自分の未来が要らない、なんて虚勢は張られなかった。
「勝手に撮って、残せばいいわ」
 素直じゃない言葉に、けれど確かな希望が混じっている気がする。猫をけしかけて、零れおちる言葉に耳を傾ける。
(今後どうなりたいかは、アイリスさん自身が決めればいいんです)
 改めて言葉にはしない。きっともう何度もかけられた言葉。でも。
「アイリスさんでもホリィさんでも……混ざった他の誰かになっても。私の中では貴女は貴女です」
 それがどんな形でも、未来はあって、幾らでも選択肢はある筈だ。もう一人、ホリィが居たあの頃では考えられなかった。
 それは、きっと素敵な、尊い事だと。シュネーは思う。
「……わたしは。あなたがいきていてくれて、うれしい」
 自分で噛みしめるように。貴女に染みこんで届いてほしいから。ゆっくりと、唇にのせた。
 友人のように親しみを感じている。戦友のように信頼できる。どこか遠くの親戚のように似たところがある気がする、けれどけして近すぎない……他でもない、大事な貴女だから嬉しい。

 少女達が、巫女達が。其々に働く姿にもシャッター音が響いて。様子を少しずつ切り出し、浮き彫りにしていく。
「道化がこの世界を綴る。ボクやお前たちの生きた証、一緒に刻んでいこうじゃないか」
 不慣れな様子ばかりなんてと文句を零したアイリスにそう答えたのはヒースだ。“今”だからこそ意味がある。
「ボクらの思い出の為にねえ」
 そこにはもちろん、アイリスだって含まれている。
「……手伝っても構わないでしょうか」
 そう言って少女達に近づいていくシュネーは、願う。これから先も、彼女達を見守れる環境にいられたら……



「にしても、弁当を忘れて行きおってからに」
 見送る時に確認しなかったのも悪いかもしれないけれど。式を挙げてからまだ数週間、どうにも夫婦の距離感に慣れさせてもらえないという事情もあった。
(抱擁までならそう照れもしないのじゃが)
 毎朝繰り返される一連のやり取りを思い出し、イーリス・クルクベウ(ka0481)の頬が染まった。

 どうせ届けるならと温め直して昼食時にあわせたイーリスは、夫であり大長老の執務室へと足を運んでいた。
「ほれ、忘れ物じゃ」
 差し出す包みはいつもより大きい。首を傾げる夫に微笑みを向ける。
「一緒に食べようかと思うてのう」
「そうか、なら」
 抱き上げられ、そのままソファに運ばれる。腰を落ち着けたと思えば、目線がいつもより高い。
「なっ」
「箱を開けて、しっかり持っていてくれ」
 口に運ぶのは任せろと、すぐ横から囁かれる。膝上抱っこと給餌行動の合わせ技。
「弁当を忘れるほどに疲れておるのかもしれぬ、と」
 根を詰めすぎぬように言いに来た筈が。
「君が傍に居るなら当然の行動だと思うが」
 愛する妻相手に癒しを得ても、疲れる訳が無いだろう?
「部下が来るかもしれぬじゃろ」
「君が帰るまで誰も来るなと通達したに決まっている」

 蒼界の料理である肉じゃがや、共に暮らす上で知った夫の好みであるジャム煮を食べる様子に、つい見入ったりもしたけれど。
「……おぬし、それで仕事は進むのかえ」
「むしろ効率が上がったと評判だが?」
 全て封殺され、イーリスの声が少しずつ弱まっていく。
「その調子なら、仕事は途切れないのじゃろうな」
 捌ける程に絶え間なく仕事が舞い込むのだろう。
「いずれ新居を……と思うたが、落ち着けるのは大分先じゃろう?」
 今は拠点をついて回る日々で、ひとところに落ち着くのは先だろうと考えてもいた。将来的に住まう場所への憧れだけは募るけれど。
 空になった弁当箱達は既にテーブルに移動している。肩に凭れるように身を寄せ溢せば、抱き寄せる夫の腕に籠もる力が、強くなった。
「確かに私は一人しかいないが、これから先は違うだろう?」
 見上げれば、改まった視線が重ねられる。
「後継者をふやし、いずれ私の持つ仕事を分けてしまえばいい。その時までに、私達は下地や前例を作って備えておけばいい」
 傲慢なのだと言っただろう?
「完全な引退は遠いだろうが……早く君と落ち着いた暮らしがしたいのは、私だって同じだ」

「き、休憩時間も終わりじゃろうっ」
 居たたまれなくなったイーリスが胸を押すように身を離せば、あっさりと抜け出せる。
「ああ、早めに片付けて君の傍に帰るから」
 とろりと甘い視線に、ここは夫の職場なのだと理性をかき集める。
「……先に、戻っているのでな」
 他の誰にも顔を見られぬように、移動するのは難しかった。



 幸せは、見つけ出しその腕で掴むもの。
 悲しみは、胸に抱いて乗り越えるもの。

 縦横無尽に広がる建物の中は、一歩踏み入れれば本の森が広がっている。
「凄い……。ここ……吟遊詩人のお話とかも……あるんだって……」
 始めこそシェリル・マイヤーズ(ka0509)が繋いだ手を引いてここまでやってきていたけれど。
「本当です、ヒヨの知らない童話の話もありますね!」
 気付けばヒヨス・アマミヤ(ka1403)が視線を巡らせながら奥へ奥へと入り込んで先へと歩んでいく。

(ヒヨ、本が好きだから)
 揺れる髪が彼女の弾む心を示しているようだ。喜んでくれると思っていた。いつも幸せを願ってくれる大切な友達だからこそ、ここにで共にゆっくりと過ごしたかった。
「……本は、誰かの生きた証明……」
 シェリル自身、ゆっくりと考える時間が欲しかった。
 世界が落ち着いたからこそ、邪神を倒したからこそ世界は変わると思っていた。そう信じてここまで駆け抜けてきた。
 けれどそんなことはなかった。悲劇は簡単に幕を閉じてくれない。人の営みは突然がらりと変わるはずがなかった。
 物語にはそんな細かい事を書いてなかった、けれど語られない部分で行われていたものがあるはずだと知った。
 人が、少しずつ幸せに向かうために、変えていかなければ笑顔は広がらない。
 だから悲劇は繰り返される。皆が前を向かなければ、希望を愛を願いで絶望や諦めに勝たなければ、終わることはないと知った。
 思っていた未来は、想像していた未来は、もたらされた今は違っていた。

 呟きに振り返れば、どこか迷うような視線とぶつかった。
「ヒヨ、本は別の世界への入り口だと思うんですよ」
 悲しみが今にも零れそうなその顔に、どうにか笑顔を咲かせたかった。
「ヒヨ達は別の世界に行く経験があって、忘れがちですけど。この世界の人達は違うんです」
 知らない世界へ飛び込むための道標、文章を、絵を追うごとにその場に居ながら別の世界へと飛んでいける。
 今立っている世界がどんなに悲しくて辛くて痛くて、悲しさでどうにかなってしまいそうでも。その世界に居る事を受け入れられるようになるまで、別の世界に逃げるための特別な、非常口。
(きっと大丈夫ですよ、きっと)
 本を前に高揚した心を少しだけ抑え込んで。大好きな、笑っていて欲しいお友達だからこそ悲しみを紛らわせてあげたい。自分だってどこか迷っている筈なのに、こうして本の元へと案内してくれるシェリルに。悲しくなってほしくない。

「……ありがとう」
 傍に居る、という括りなら他にも居るけれど。いつも一番近くで笑わせようとしてくれる、助けてくれる最高の友達。
 今だってそうだ、手は離さないでいてくれて、言葉を待ってくれている。
 いつだって感謝の気持ちはあって、何か助けてもらう度に伝えている。だから今日もまたひとつ“ありがとう”を重ねる。
 どうして、と。対の金がシェリルに問いかけている。気にかけているのだと、言葉は無くても分かるから。
「……悲しかった」
 溢さないようにしていたのだけれど。彼女の前なら、大丈夫。
「帝国が……決めたこと、だけど……私は」
 意見を集めた上でのことだと分かっているけれど、でも。
 うまく言葉に出来ない。悲しい、その言葉に様々なものが混じっている筈なのに。
「でも、まだ結末じゃなくて……」
 未来に望んだ姿にはまだ、届いていないから。これから描くものだと、わかっているから。

「しょうがないって、そう思うしかないんですよね、もう」
 それを口にしていいのかわからないけれど。
「皆様の善意から出ても、ヒヨ達にとっての……善意じゃない、悪……って、言うべきなのかもです」
 密やかに、互いにしか聞こえないように紡ぐ。ここには本しかないのだらか、きっとどこか別の世界に運んで行ってくれる筈。
 だから今は、悲しみよりも。
「シェリルさんに、ヒヨからもありがとう!」
 自然と明るい声が出せた。そのまま、勢いに背を押されるように次の道標を、世界の入り口を指し示す。
「それで、ですね。ヒヨと一緒に暮らしませんか?」
 新婚さん達のお邪魔虫になりたくないですし、なんてくすりと笑って。

「どこかに留まるんじゃなくて。CAMや幻獣達が引っ張ってくれるような移動式のお家だって出来ますよ! 悲しみが薄められるまで、旅に出るのもいいかもしれませんね!」
 いずれ、優しい場所で。大切な、愛する人達と再会すればいい。離れてもそう思える人達のはずだから。
「いいお土産話ができる気がします!」
「……それもまた、いいかもしれない……ね」
 最高の友達と一緒なら、笑顔は増えていくのだと、そんな確信がシェリルの中で生まれる。
 けれどすぐに応えることは出来ない。決断の結果をまだ見届けていないし、離れたくないと思う人も居て。
 答えを急かさない親友に改めて視線を合わせれば。悪戯を思いついたような微笑みが浮かんでいた。
「あ、あとヒヨは髪を切りたいんだけど、付き合ってくれますか?」
 軽くなる気がするから、と肩までの長さを告げる言葉につい、笑みがこぼれる。
「……いいけど……戻ってから」
 本を、読むんだったよね。
 穏やかな時間が戻ってくる。



 クェェ……
 悲しげなLo+の鳴き声に自分自身の感情を重ねてしまうのは、やはり傍に、愛しい温もりが誰もいないからかもしれない。
「わかってるんだけど……そうしなきゃって思ったんだもの」
 ペットの怪鳥がどんな理由で鳴いたかなんて、時音 ざくろ(ka1250)自身がよくわかっている。
 ブラットハイムまでの道のりを黙々と歩いていく。思い立ったのは今朝で、誰にも会わないまま出て来てしまった。
「手紙、書いてきたから大丈夫だよね」
 ほんの気紛れだ。少し前に、日頃から身の回りの事を助けてもらっていることを再認識したばかりで。
 家に戻れば、誰かしらが傍に居てくれて。
 一人で考える時間を、これからを、誰の助けも借りずに見つめ直す時間が必要だと思ったのだ。

 渡されていた書類を一枚取り出して、林檎樹の集まる一角に向かっていく。
「こんにちは、美味しいリンゴがあるって聞いて……分けて貰うことは出来ないかな?」
 許可は貰っているけれど、少しでも心象はよくしたい。出来れば数を多く持ち帰って、美味しいアップルパイを皆で楽しみたい。
「できたら自分で選んでみたいけど。慣れてないし、邪魔にならないようにもしたいし」
 年中実る品種だからこそ、世話は常に行われているのだと見て取れて。気付いた言葉もそのまま付け加えた。

 甘い香りに包まれながら、家族を一人思い出したら、林檎を一つ選び取って。抱えきれない林檎を借りた編み籠に移すまでにも何度か転びかけて。
 確かに皆の為に選ぶ時間は悪くないけれど。
「やっぱり一人で旅行するより、一緒に居てくれる誰かとの旅行の方が何倍も楽しいや」
 賑やかで、笑顔溢れる家族達。これからもっと大切に、その笑顔を守っていきたいと思う。
 一人になったから、改めて思えたのだ。今少し寂しいけれど、気付けたことに意味がある筈。
「邪神が倒れても、ざくろ達の未来はまだまだ続いていく、皆を養っていく為にも、そして幸せにする為にも、もっと頑張らないとなぁ……」

 背負えるタイプの籠を一つ譲り受けて、買いこんだ林檎を手にナデルへと戻っていく。
「あの子達も元気にやってるのかな?」
 考えもまとまったおかげで他の事も気になってくる。元巫女の少女達には挨拶をしておきたいし、食事やシードルも楽しみたい。
 この時のざくろは置き手紙だけで家を出てきたことをすっかり忘れていた。
「Lo+も紹介するからね!」
 いつも通りの様子に戻ったざくろだけれど、Lo+は何かを予感したのか、やはり悲しげに鳴き返した。
 ク……クェェ



 迷った。
 既に散歩の域ではないなとクィーロ・ヴェリル(ka4122)は思案する。
「よく会うなぁ。まさかここでもとは思わなかった」
 神代 誠一(ka2086)の朗らかな声で、すぐに霧散してしまったけれど。
 顔を歪ませてから振り返る。
「やっぱりおめぇストーカーじゃねぇかよ。こんなにしょっちゅう会うかよ!」

 気持ちの整理をするために、一人になりたかった。
 けれど見つけた後姿に、考えも似通ってくるのかもしれない、そこに確かに共に過ごした時間が在るのだと、声が弾んだ。
「だーから! ストーカーじゃねぇっつーの! 見つけたのに無視するわけにもいかないだろ!」

 まだ、笑いかけてくる。突き放しているというのに、懲りない。
 知っていた。けれど自分からなら。その諦めの悪さを折らなければならない。
「そうやって、俺は全て受け入れるからお前は心配すんなっていう態度が気に入らねぇんだよ!」
 どうせ一人で抱え込んで、誰にも見せてないんだろう。
「そのうさんくせぇ笑顔だって俺に向けてじゃねぇだろ!」
 いつまで立っても平気なフリをするから。無理やり自分の心を隠してばかりだから。さっさと吐き出して、切り捨てて、次に行く方が楽だろうに。
「ただ、てめぇが自分の心の中を知られんのが怖ぇだけだろ!」
 苛立つ。確かに今の俺には曝け出せないのかもしれないが。
「そうやっていつも自分の心を押し殺すてめぇが一番嫌いなんだよ!
 見据える視線、眼鏡こそあれど、正面から重ねる視線をこちらから逸らす気はない。
 ぶつける言葉は確実に、刃となった筈だ。
 そうなるように、念入りに研いだのだから。

 一気に温度が低くなった気がした。
 言葉が出ない。握りこんだ拳が、爪が食い込んで、痛みを広げていく。
 逸らしたくないのに、視線が落ちた。絞りだそうにも声は、喉は震えを通り越して、擦れて。
 苦い。無理やりに飲み込んだ何かが滑り落ちて、どうにか前を、その場から動かない対の金の瞳に重ねた。
「……っ、じゃぁ、どうしろって言うんだよ!」
 本心だと思うからこそ、突きつけられれば痛い。けれど俺は諦めたくない。
「どうしたらお前は俺を見る!」
 同じ姿で、別の表情で。確かに存在した相棒を。無かったことにはできない。
「確かに俺はお前の中に別のものを探してる!」
 同じ癖、小さな共通点を見つける度嬉しかった。
「だが、お前を見てないわけじゃない!」
 過ごした数年は短いかもしれない。けれど“あいつ”との時間を、存在を、仮初のものにするなんて出来ない。
「確かに俺の知ってるお前は今のお前じゃないんだろう。でも、お前の一部じゃないのか、お前は自分を否定するのか!」
 屁理屈の自覚はある。いい歳した大人が声を荒げて、好き放題。
「逃げてんのは、どっちだよ……」
 まるで喧嘩だ。言いたいことを言いあって、互いの話を聞く気も無くて。更に拗れさせていく状況に、力が抜けていく。
 でも、受け入れなくても。耳には届いた。
 確かに俺を見て、言葉をぶつけた。向き合っている、そう思えた。
 逃げないで、本音をくれた。あいつみたいに器用ではないけれど。
(それを嬉しいと思う俺は、おかしいんだろうか)

「見ねぇよ。俺はお前を見ない。お前が見ているのは俺じゃなくて、違う奴だ」
 一部ではなく、切り離された別のものだと、押し通す。
 お前は陽の当たる側の人間で、俺は影に沈む側の人間だから。ここで、かつての俺と一緒に、今の俺から切り離す。
「だからもうこれ以上俺に関わるな。声を掛けるな」
 もう、『クィーロ・ヴェリル』は死んだんだ。
「……」
 忘れてくれ。次に向かってくれ。その言葉は声にならない。出来るはずがなかった。
 沈んだ表情を確認して、踵を。
「……いつ、も?」
 返す前に零れた言葉。
「さっき。“いつも自分の心を押し殺す”って言った、か……?」
 まずい。この場を早く離れなければ。
「は!? 言ってねぇよ!」
 震えた声にはなっていない、筈だ。
「聞き間違えだろ。遂に耳まで悪くなりやがったか! もう俺に構うな付いて来るな!」
 焦りを見せないように。ボロが出ないうちに。
(どうか、誠一……気付かないでくれ。俺は)
 君の隣に立つのに相応しくない。その想いこそが共に居たい証で、しかし胸の内からも目を逸らす。光を眺めていたい感情に蓋をする。
 かつては知らなかった自分が、様々な過去が汚れていたから。そんな自分さえも受け入れようとするだろう誠一の、負担になりたくなかった。
 眩しすぎて。手を伸ばしたくて、でも、気後れする。想いが縮こまる。

 見間違いでなければ、一度、確かにびくりと震えていた。
 ほんの一瞬。けれど、確かに。小さな違いを見落とすほど、薄情な間柄ではなかったから。
 小さな違和感は少しずつ、記憶のピースを洗い出していく。
 決定的な証拠はないから、パズルは完成しない。だから不確かなままで、それをカードにはできない。
(だけ、ど……もしか、したら)
 希望だけは、見つけたと思ってもいいだろうか?
 その背にかける言葉はなくても。いつか。
「……アップルパイ、また食いたいなぁ」
 見上げた空に入り込む林檎が、温かな記憶を胸に灯した。

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重体一覧

参加者一覧

  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • ユレイテルの愛妻
    イーリス・エルフハイム(ka0481
    エルフ|24才|女性|機導師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 爛漫少女
    ヒヨス・アマミヤ(ka1403
    人間(蒼)|16才|女性|魔術師
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • 差し出されし手を掴む風翼
    クィーロ・ヴェリル(ka4122
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    シトロン
    シトロン(ka5819unit004
    ユニット|幻獣
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 森都観光案内【リゼリオ出張所】
シャイネ・エルフハイム(kz0010
エルフ|18才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2019/10/19 23:27:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言