【未来】前略、北につづく道の上より。

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
寸志
相談期間
5日
締切
2019/11/02 22:00
完成日
2019/11/28 09:57

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●帝国軍第二師団のその後
 帝国国内の戦争が終結してから10年後の世界。
 帝国軍第二師団は国内の復興活動に尽力していたが、帝都の都市機能がある程度まで回復した頃に北へ旅立った。
 彼らは戦闘を主とした組織である。国内が平和になり民が戦を望まなくなった以上、荒々しい力が必要とされることはない。かといって戦い以外の道をすぐに見出せるほど器用でもなく。そこで戦闘能力を活かせる場を求めたところ、国から「新天地の開拓支援」という新しい使命を与えられたのだ。
 今日も今日とて彼らはある歪虚が切り拓いた道を辿りながら雑魔を倒し、障害を取り除き、開拓者の手助けをする。平和な社会にどことなく居心地の悪さを感じていた師団員達は毎日が刺激あふれる旅路にいつしか生き甲斐を見出していた。


●新天地での生活

「師団長、後方の拠点より食糧の補給です」
 時は陽が陰ってきた頃。ベースキャンプに向かっていた師団員が魔導トラックを駆り、第二師団の本隊に合流した。荷台には大量の木箱が積まれている。
「おう、お疲れさん。そろそろオウレル達も戻ってくるから飯の支度をしようぜ」
 開拓地の見回りを終えた師団長のシュターク・シュタークスン(kz0075)をはじめとした師団員が積荷を丁寧に下ろしていく。
 何しろこの荒涼とした大地は浄化されてからさほど日が経っていない。神霊樹は植樹されたものの、食物が実る肥沃な土を得られるまで今しばらく時間が必要となるだろう。
 そのためベースキャンプから提供される食糧は大食家集団の彼らにとって生命線。蔑ろにすることは決してできないのだった。
 積荷を一通り下ろしたところで、シュタークが蓋に手をかける。
「さて、今回の補給は何だろうな? ……あっ」
 大きな蓋を持ち上げてみれば、そこにあるのはメイド・イン・帝国のジャガイモ。黄金色の丸々とした芋がぎっちりと詰め込まれている。
「芋だな……」
「芋ですね。いつもの」
 北方に派遣されてから数えることすら馬鹿馬鹿しくなるほど交わした言葉を重ねあう。
 正直な話、第二師団のほぼ全員が芋好きだ。日持ちする上に腹持ちの良い芋を提供してくれる人々に第二師団は深く感謝している。だが毎回ジャガイモが主食となると何か別のものを食べたくなるというのも人情だった。
「……今回はどうやって食ったもんかな」
「えーと、それでは最近ふかし芋続きでしたから帝国風芋煮でも作りましょうか。今回は肉も支給されましたし。前回の人参やタマネギがいくらか残っていたはずですから、それを入れて」
「そうだな、ここんところ寒くなってきたし皆も喜ぶだろう。頼む」
 そこに「ただいま帰投しました」と朗らかな声が響いた。先行調査に出ていたオウレルやヴァルターらが戻ってきたのだ。早速彼らを出迎えると。
「お疲れさん。……おっ、お客さんも連れてきたのか」
「はい、汚染の浄化を手伝ってくれたんです。おかげさまで汚染区域をかなり縮小できたので、そのお礼ができればと。寒くなってきましたので温かいものを出して良いでしょうか」
 オウレルは調査先で会ったハンターを同行させている。善意の協力者に断る理由はないとシュタークは告げ、こう付け足した。
「丁度帝国風芋煮を作ってるところだ、腹いっぱい食っていってくれ。……炊事班、芋と肉追加! 協力者へのもてなしは丁重にな!」
 ああ、今日も芋が沢山届いたんだな。オウレルがくすりと笑う。
 ――その表情を眺め、オウレルはこの10年で驚くほど気丈な青年に成長したと実姉のスザナは思った。
 かつて彼は吸血鬼エリザベート(kz0123)を深追いしたことがきっかけで歪虚に身を堕とし、戦友を殺害し、過ちをおかした自分を憎むあまり人間に討伐されることを望んでいた。しかしハンターの温かい説得や交流を通してその憎しみが氷解し、今は暴食歪虚でありながら第二師団の師団員として人間と共存している。
 戦争が終わり、季節がめぐり。いつの間にか心の傷跡が疼くこともなくなって。元通りの幸せではなくとも、皆が前を向けるようになって。
(良かったわね、オウレル)
 普段は無表情なスザナが、弟の明るい表情を見つめ人に気づかれない程度だけれど――幸せそうに笑った。


●芋煮会と幻の仮面剣士

 大鍋でぐつぐつと煮込まれる芋煮。焚火が冷たい月光の下を温かく照らし出す。
 気前よく振る舞われる帝国風芋煮はクリムゾンウェスト各国のみならずリアルブルー文化の流入により、以前よりも確実に味のよいものに生まれ変わっていた。
 シュタークはハンターとの再会にすっかり気を良くし、作戦期間中は滅多に口にしない酒を呑んでいる。後にスザナに小言を言われることは確定しているが、今の彼女にとってはそんなことは些細な問題でしかない。
 だがその時、枯れた木立の向こうにひとりの女剣士の姿を見た。
 マントを羽織り剣を腰に挿した冒険者然としたいでたち。身長がすらりと高く、無駄のない引き締まった体つきは女性の目から見ても魅力的だ。
 しかしそれよりも目をひいたのは鼻から上を覆い隠す仮面と。金属で覆われた腕――ガントレットにしては妙に細い、義手という言葉がしっくりくるぐらいのもの。彼女はこちらに一瞬だけ視線を向けたものの、足を止めずに北へ向かう。
(こんな時間にハンターか。相当な修羅場をくぐっているような風貌だが、こんなうすら寂しいとこでひとりなんて……危ねえだろ。この辺は転移門まで結構距離があるしな)
 シュタークがカップを置いて立ち上がる。すると傍にいるハンターが不思議そうに首を傾げた。
「ああ、さっきそこを仮面を被った女が歩いていったんだよ。武装していたからハンターだと思うが、ここら辺は暗くなると足元が覚束なくなるから声を掛けようと思ってだな……」
 さて、行ってみるかと視線を戻してみれば――姿が見えない。シュタークは見間違えかと目を擦り、再び腰を下ろすと黙って皿の中の肉をつついた。

リプレイ本文

●10年経っても

「よぉシュターク、元気にしてたか?」
 トリプルJ(ka6653)はシュターク・シュタークスン(kz0075)に会うや陽気な笑みを浮かべ、彼女の大きな背中をバンバン叩いた。
「おー、トリプルJ。こっちは相変わらずだぜ。お前も元気そうだな」
 シュタークがにかっと笑う。しかしトリプルJは周囲を見回し眉間に小さく皺を寄せた。
「ん、そういや、おばちゃんとはうまくやってんのか? なんか姿が見えないが……」
「おばちゃんたちは覚醒者じゃねえからな。カールスラーエ要塞で新兵の面倒をみてくれてんだ」
「そうか、あの賑やかなおばちゃんがいないと寂しいもんだな」
「でもその分だけおばちゃんに会える日が楽しみになんだ。ありがたみが増えて結構いいもんだぜ」
 どうやらシュタークとおばちゃんたちの関係は大きく改善されたようだ。
 だが星野 ハナ(ka5852)は大きく身を震わせる。
「……気のせいじゃないならぁ、寒くて死にそうな格好してる方が居るんですけどぉ」
 師団員と陽気に挨拶を交わすボルディア・コンフラムス(ka0796)もシュタークの姿に眉を顰める。
「本当にな……会う度言ってっけど、その恰好さすがにもうやめとけよ……もういい年だろ? いやお互い様だけどさ……」
 何しろシュタークの装備は鎖製のビキニアーマーのみ。寒々しいことこの上ない。
「なぁ、お前等もこの恰好に想うところはねぇのか? 昔は胸当てと腰鎧を着けてたのによぉ」
「実は一度装備を揃えたものの、動いたらすぐに暑くなるって本国に置いてきてしまって。最近は就寝時に服を着るようになりましたけどね……」
 師団員の苦笑に苦労の色が窺える。理屈が通用しないなら欲求に訴えるしかないとボルディアは判断した。
「なぁ、シュターク。その恰好を見てると寒々しくて折角の飯が冷めたように感じんだよ。多分俺以外の連中もな。平常時ぐらいは何か着とけ」
「う……皆の飯が不味くなるのはヤバいな」
 シュタークはバツが悪そうに頭を掻くと慌ててテントに向かった。


●あたたかい雫

「わふーっ!」
 アルマ・A・エインズワース(ka4901)は見回りをするオウレルの両手をとり、無邪気に笑った。
「アルマさん、お久しぶりです。変わらずお元気そうで何よりです」
「わふ、わふ。お仕事してたらオウレルさんいましたので、わふーってしたですっ」
「お仕事……もしかしてレクエスタに?」
「わふん。僕はフリーですー。帝国で妻と孤児院を経営しているんですけど、やっぱりお金は必要で時々出稼ぎに来てるですよ。こっちの方が僕としては手っ取り早いですし?」
 アルマが得意げに杖を掲げる。今の彼にとって冒険と戦いは家族を支える大切な収入源なのだ。
「奥様と孤児院……アルマさんが院長先生なんですか?」
「わふふ、そうです! でも先生っていうよりお父さんですねー。皆、仲良しです。あ、ところでオウレルさんはお体大丈夫です? ここだと生物はほとんど見かけませんし……」
 途中から声をひそめて周囲を見回すアルマ。オウレルは遠慮がちに微笑む。
「ありがとうございます。でもご心配には及びませんよ。僕は鉱石マテリアルを摂っていますから」
「んー。でもオウレルさんのお顔、元気がないです。ずっと暴食の本能を抑えてきたです?」
「それは……」
 オウレルが言葉を濁した次の瞬間、アルマはナイフで己の左手を傷つけた。
「何をするんですか!? 今、姉さんを呼んできますので止血を!」
「それは駄目です。よかったら僕のちょっと持ってくです。義理とか恩人とか友達とか一旦置いてくださいです」
 小瓶の口に指先を押し当てるとゆっくり血が溜まっていく。アルマは「大丈夫です」と言い聞かせながらオウレルを見た。
「君に必要な血が足りずに倒れたり暴走したり消滅したりするのが一番だめなやつです」
「アルマさん……」
「それに今なら守護者の血が君の目の前にあるので激レアな経験もついてお得です……なーんて。……もし周りに言いにくい悩みがあれば僕に教えてください。時々こちらに来ますから、ね」
「ありがとうございます。僕はアルマさんに何もできていないのに……」
「何を言ってるですか。きみが元気でいてくれると僕は嬉しいんです。友達の元気を喜び幸せを願うのはごく普通のことでしょう?」
 小瓶を渡してわふふ、と笑うアルマ。その瞳には温かな父性――包み込む優しさが宿っていた。


●料理はこころ

「さあ、料理ガンガン作りますよぅ。芋にもいろいろ料理はあるんですぅ」
 ハナは自転車から調理器具や食材を下ろすと炊事班の隣で調理を始めた。ツナギを着たシュタークが興味深そうに顔を出す。
「ハナ、今日はありがとうな。仕事を手伝ってもらった上に飯まで作ってもらって」
「いいえぇ、好きでやってることですからぁ。あ、シュタークさんもお手伝いお願いしますぅ。この芋を蒸かしてくださいぃ」
「わかった。蒸かし器の扱いなら慣れてる」
 10年前の料理教室がここで活きるとは。感慨深そうに微笑むハナにシュタークが首を傾げた。
「そういやハナは何を作ってんだ?」
「食材の日持ちの関係でぇ、サラミやベーコンは支給されるんじゃないかと思ったんですぅ。それでジャーマンポテトはよく作るかもと思ったのでぇ、ちょっと目先を変えてみましたぁ。カリカリに焼いたサラミとその脂で揚げ焼きにした蒸かし芋のコラボですよぅ」
 実はハナはサラミに火を通しながら大鍋でおでんを煮込み、ボウルには複数の食材を混ぜ味を馴染ませている。対話しながら3品同時に作る手際の良さに誰もが舌を巻いた。
「相変わらずすっげぇな、ハナは。周りの男が放っておかねえんじゃねえのか? 料理上手な妙齢の器量良しとくればケチのつけようがねえし。あたしが男だったらハナを絶対に口説いてたぜ!」
 裏表のないシュタークの賛辞。しかしハナの顔が電流でも奔ったように引き攣る。
「ここ10年……恋愛関係の話は無しで!」
 朗らかな声から漂う強烈な威圧。大きな目は笑っておらず、間延びした声の響きも消えている。鈍感なシュタークも野生の本能で異変を嗅ぎ取り「わ、わかった」と慌てて頷いた。

 シェリル・マイヤーズ(ka0509)はオウレルとの久方ぶりの再会に声を弾ませた。
「オウレル……貴方が笑顔でいてくれる事が嬉しいよ」
「あ、ありがとう。君も元気そうで何よりだ」
 かつてあどけない少女だったシェリルは背が伸び、艶やかな髪も腰まで届いた。そのたおやかな成長にオウレルが息を呑む。
 かたやシェリルは彼の変わらぬ姿に安堵する。――信じたものが今もたしかにここに存在するのだと。


●穏やかな夕餉

 リリア・ノヴィドール(ka3056)は炊事班の作業が一区切りついたところに数冊の本とノートを届けた。
「リリアさん、これは?」
「旅の途中で手に入れた芋料理のレシピなの。帝国なら補給は芋が多くなりがちなんじゃないかと思って。嗜好品のレシピもあるから芋を最後まで飽きずに食べられると思うの」
 ノートにはリリアの字で各地の料理人から得たアドバイスが書き込んである。温かい心配りに深く感謝する兵士。「喜んでもらえて嬉しいの」とリリアは柔らかく笑んだ。

 それから間もなくして。作りたての料理が配膳され、一行が焚火の傍で暖をとる。トリプルJは芋煮の器をオウレルに差し出した。
「お前、こういうのは食えるか? これでもマテリアル補給ちっとはできるだろ」
「ありがとうございます、トリプルJさん」
 人間の食事にも生体マテリアルは含有されている。オウレルは明るい顔でスプーンを握った。
 時音 ざくろ(ka1250)は山盛りの芋煮を口にすると幸せそうに目を細める。
「んーっ、やっぱり仕事の後のご飯は美味しいね」
「ああ。こんだけボリュームがあると食べ甲斐があるってもんだ」
 ボルディアはおでん鍋からウィンナー巻きを掬う。練り物と塩気のある肉の組み合わせはやはり旨い。
 ヴァルターは食事もそこそこにアルバムを出し、ハンター達に家族を紹介し始めた。おそらく師団内で何度も繰り返した話なのだろう。「部隊長、またその話ですか」と師団員が笑い出す。
 だがアルマはその気持ちを理解できるような気がし、1枚の写真を出した。
「ヴァルターさんのお子さん達、元気いっぱいで何よりですー。わふわふ、うちの子達も見てくださいっ」
 アルマの報告に目を丸くする師団員たち。何しろ写真の中で十数人の子供がエインズワース夫妻を囲んでいるのだ。
「まさか全員、お前の子……なのか?」
「わふふ、驚いたです? 僕らは孤児を引き取って育てているですよ。僕は外の世界で写真を沢山撮影してるですけど、それは世界各地の情報と経験が子供達の良い教材になるから。今では僕に弟子入りしてハンターを目指している子もいるんです」
 ヴァルターの問いにアルマが嬉々として答えると、ざくろが感嘆のため息をついた。
「アルマは子供達の夢を広げているんだね。ざくろは子育てで手伝える所は手伝うけど、なかなか上手く出来ない事も多いし、そうなるとしっかり稼がなくちゃって思って……うちも子供沢山居るし、色々と頑張らなくちゃで」
「わふ。お父さんは子供たちも、妻も幸せにしないとって責任感が出てきますよね」
「そう。それでざくろは時々冒険に出ているけど、その度に嫁様たちに苦労させてるなって。子供たちも寂しいかもだし……。でも収入以外にも嫁様や子供たちにも喜んでもらえることができるならいいよねって」
 ざくろは優れた冒険家だ。積み重ねた冒険の記録は壮大な物語になり、良い教訓になる。そして愛妻たちと過去を振り返ることも、また。ざくろとアルマはにっと笑いあった。
 そんな父親談義をリリアが楽しそうに聞き入る中、隣に座るスザナが息を漏らす。
「ヴァルターは休暇の度に前日の夜から転移門に向かうんですよ。すっかり子煩悩になって」
「ふふ、それってとても素敵なことなの。ヴァルターさんにふたつめの大切な居場所ができた……温かい家族って憧れるし、ずっと幸せでいてほしいとも思うのよ。ね、スザナさんもオウレルさんが帰ってきた時は嬉しかったんでしょう?」
「ええ、それは勿論です」
 素直な反応にリリアは深く安堵し、目を瞑った。
「終戦から10年……私は第二師団と時折接点を持っているけど、時が経つほど皆の状況が変わっていくのを感じてる。願わくばその流れが良い方向であるように……皆も、その家族も」
 今のリリアは浄化作戦で路銀を稼ぎながら世界各国を巡っている。10年のうちに繊細な愛らしさが大人びた美しさに変わったが、温かないたわりの心は変わらない。スザナは彼女の思慮に力強く頷いた。
「はい。例え時代の激流の中にあろうと二度と手離しません、大切な絆ですから」と。

 一方、ハナは摩り下ろし玉葱と芋の揚げ焼きにお手製のソースをかけて気前よく振る舞った。
「ちょっと時期早いですけどぉ、帝国の人はこれお好きじゃないかとぉ……今回1番重かったの林檎ソースの瓶だったんですよねぇ。さぁさ、ガンガン食べましょお!」
 林檎ソースは林檎と玉葱をすりおろしてビネガーとオリーブオイルを中心にした調味料で整えた爽やかな酸味のものと、林檎ジャムを醤油と酒と味醂で伸ばした和風テイストの二種。その豊かな風味が好評を博し、一口サイズの軽い揚げ焼きがすぐに空になってしまった。
「へぇ、こいつがリアルブルーの醤油味か。塩気の中に甘みと旨味があるんだな」
 シュタークがひょいと摘まんで口にすると、ハナは何故か視線をそらす。
「私はしょっぱい方が好みって思っちゃったのでぇ、ついぃ……」
 どうやら塩分多めのメニューが気になっていたようだ。シュタークは「なんだ、そんなことか」と明るく笑う。
「こっちは身体を酷使してるからな。寒冷地でも塩気がないと身体が参っちまう。むしろあたしはもっと食いたいぐらいだぜ」
 身振り手振りを加えた屈託のない感想。ハナはきょとんとした後、くすくす笑ってエプロンの紐を締め直した。
「ふふ、それではお代わりをご用意しましょうかぁ。これだけ食いしん坊さん揃いだと作り甲斐がありますからねぇ」


●ゆるやかな時と瞬きの光

 焚火を囲んだ一角でGacrux(ka2726)は近況と周辺の地理情報を第二師団に伝えた。彼の話にヴァルターが聞き入り、何度も頷く。
「凄いな、ハンターの私設互助団体を立ち上げるなんて。レクエスタの活動と並行って随分と多忙じゃないか」
「いや、発足から8年が経ちましたからね。その間に狩子を育て、今は彼らに運営を任せています。俺個人はレクエスタとしての生き方に満足していますし、悪くない人生だと思っていますよ」
 Gacruxはいつものように飄々としている。しかし――微かな哀愁が瞳に漂った。
「……ただ、ハンターズソサエティに精神面のサポート体制が整っていない点が気がかりです。かつて戦いで心が疲弊し消耗していくハンターが何人もいました。俺達の肉体は精霊の加護を受けていますが、内面は普通のヒトと変わりありません。それを改善するために互助団体『暁の盾』を発足したんですがね……」
 紫煙とともに苦い言葉を吐く。ヴァルターにはその言葉が重く響いた。それは第二師団も戦後のハンターに近似した状況にあるからだった。

 その頃、酒を酌み交わす男たちの中に落ち着いた佇まいの青年がいた。
 青年の名はアウレール・V・ブラオラント(ka2531)。帝国で目覚ましい発展を遂げた「ブラオラント財団」の当主である。彼が師団員と談笑するなかで、シュタークがにわかに顔を出した。
「アウレール、ちゃんと食ってるかー」
「ええ、美味しくいただいています」
「それは良かった。……すまないな、折角手伝ってくれたのに会食ぐらいしか礼ができなくて」
「いえ、この席は浄化作戦の実態を知るうえで大きな学びとなります。事業は己の足と耳目をもって判断せねば。それに第二師団はかつて父もお世話になったお得意様ですから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「補給物資、特に食糧についてのご要望はぜひ我が財団へ。農業団体と提携していますので迅速に対応いたしますよ」
 以前は軍人めいた硬質さを備えていたアウレールだが、財界で経験を積むうちに嗜みのひとつとして柔らかな物腰を身に着けた。ビジネスのために作り上げた笑みを向けるとシュタークが頷く。
「ありがとな。そーいやさ。ブラオラント財団っていや帝国でも指折りの組織だろ。その当主さんがこんな僻地に護衛なしで来て平気なのか?」
「己が腕を頼りにせねば現場との意識共有はできませんからね。それ故、剣の鍛錬は続けています」
「財界人になっても剣を腰に挿すのはそういう理由か。……それにしても社会的地位を得ても手前の足を使い続けるなんて、あいつみたいだ。10年前にいなくなった奴を思い出すよ」
 昔を懐かしむシュタークの視線につられてアウレールも空に視線を向ける。その時、木立の中で鋼の腕が鈍く光った。
「……!」
 アウレールがコートを羽織る。同時に幾人かのハンターが頷きあい、木立に向けて走り出した。
「おい、お前らどうしたんだ!?」
「……あー、多分俺らが押し付けた相手、な気がしてな」
 慌てるシュタークにパン籠を抱えたトリプルJが振り返る。アウレールも一礼して背中を向けた。
「恐れながら中座いたします。長らく留守にされた方が帰還したようですので」
「えっ、えっ!?」
 突然のことに唖然とするシュターク。その肩をアルマが軽く叩いた。
「皆さん戻ってくる頃には良い顔になっているでしょう。大丈夫。……僕は記念写真の準備をしますね。皆さんの大切な人達へのお土産になるように」


●想いでの、やさしい手

 シュタークとほぼ同時に仮面の女剣士の姿を目に留めた鬼塚 陸(ka0038)は弁当箱2つに芋煮とカレーライスを詰めて彼女を追った。
「あの、よかったら一緒に食べませんか! こんな寒い日は温かいものがいいと思って」
「きみの厚意に感謝しよう。だが私は先を急いでいるのでな、失礼するよ」
 懐かしい声が拒絶する。だが陸は諦めの悪い男だ。親しみを目一杯込めて叫んだ。
「いや、さっきめっちゃ見てたじゃんか。ルミナちゃん!!」
「私は見てなど……っ!?」
 女は己の迂闊さに思わず額を押さえた。すぐさま陸が駆け寄る。
「大丈夫、他言はしない。ルミナちゃんがずっと姿を隠していたのは今の生活が大切な証だよね。だったら僕は応援するよ」
「……そうしてもらえるとありがたい」
 女は観念したように腰を下ろした。膝の上に置いた鋼の指が無機質に輝いている。失くした腕の代用品――陸の胸が鈍く痛んだ。
「腕……痛くない?」
「傷口は10年前に癒えているよ。それより私のために料理を運んでくれたのだろう? ありがたく頂戴しよう」
 女は仮面の奥で目を細め、弁当を受け取った。その気安さがなんとも嬉しい。
「どうした、きみは食べないのか」
「うん、食べるけど……なんか、話したいことで頭ん中がいっぱいになっちゃって」
 スプーンを握ったまま照れ笑いを浮かべる陸。女がふふ、と笑ってカレーライスを口にした。
「それならきみの話を聞かせてくれないか。今までのきみの物語に興味がある」
「わかった。僕ので良かったら」
 陸は小隊【VCU】を法人化したこと。ふたつの世界のハンターを雇用し世界中で活動していること。そして今までの冒険を楽しげに話した。
「僕らの理念は『誰もが笑って生きれる明日を創る』。これはかつてルミナちゃんが見せてくれた夢の形だよ」
「私が?」
「そう。転移して初めて歪虚と闘ったあの日、ルミナちゃんがお忍びで出張ってきててさ。実はあの時初めてだったんだ、誰かに褒めてもらったの」
「……」
「あの頃はオトナが大嫌いだったんだ。僕はルミナちゃんに会えていなかったらきっと今もひねくれたまま、前向きにはなれなかったと思う」
 いつの間にか思い出話が心情吐露となる。その時、女は真摯なまなざしを陸へ向けた。まっすぐな瞳に息が一瞬、詰まる。
 ――だがそれで封じられるほど留まる想いは弱くない。想いが思考を巡らせ、乾いた唇が想いの数だけ開いた。
「12年くらい前だっけ。意志を継ぐ、なんて言ったの。最後に会ったのは11年くらい前。次は僕が背を見せる番だ、って言われたあの日から。……正直、二つの世界と契約する事になるなんて思ってなかった。でも今も君が見せてくれた夢を、自分の願いにして。僕なりのやり方で前に進んでる」
 その時、陸は気づいた。この人の前では無意識に少年時代の熱を孕んでしまうことに。だが今はその熱が心地よく感じる。あの日に帰ったようだと。
「僕は……ルミナちゃんに認めてほしいって。結構そういう所、あったんだと思う。でも……こうして時間がたって振り返ってみると……命がけで、死にそうになって……それでも、この異世界での冒険は楽しかったよ」
「そうか、私は期せずしてきみが歩むきっかけになっていたのだな」
「うん。だからこれだけは伝えたかったんだ。ルミナちゃんが居てくれたから……ありがとうって」
 その言葉を受けて、女は仮面を外した。背中を押してくれた優しいひとの顔――陸の胸にひどく熱いものがこみ上げる。
「ルミナちゃん……生きていてくれて、本当にありがとう」
そうして笑う彼に親愛と敬意を込め――女は陸の頬を優しく撫でた。
「いいか。きみが手に入れた幸福も武勇も全てキヅカ・リク自身の意志と努力で掴んだものだ。私はそれを見守っていただけで、自分の思うがままに時代を駆けたにすぎない。だが、そんな勝手な私は……きみを信じ続けた自分を誇りに思う。ありがとう、強く優しき我が盟友よ」


●未来のために

 ボルディアが喉をならして酒の入ったマグを傾ける。熱い林檎酒はボルディアの顔を艶やかな朱色に染めた。
「つ~かシュタークぅ~、お前だっていつまでも暴れ回れるわけじゃねえんだからな!? ちゃんと将来の事考えてんのか? せかんどらいふは長いらしいぞ!」
 呑んで呑まれてついには説教を始める始末――シュタークが「わかってんよ」と応じると「いーや、わかってない!」と大げさに首を横に振る。
「んじゃ何だよ、お前は何かやってんのか?」
 憮然としたシュタークにボルディアがにやりと笑った。
「俺か? 俺はちゃ~んとせんせーって職業があるから問題ねぇよ!」
「はぁ!? お前が先生!? ……ああ、あれか。狩子をとって師匠生活か? それともどっかの軍で教官でもやってんのか?」
「ちげーよ。俺は王国で子供に勉強を教えてんだ。子供の夢を広げる一生モンの仕事だぜ」
「マジかよ……あれか、体術でも教えてんのか? 護身術とか」
「だーかーら勉強っつったろ。知的活動だ。……ま、いつか時間ができたら王国に遊びに来いよな。俺の授業、子供に結構人気あるんだぜ」
 教え子のことを思い出したのか、先ほどまでの絡み酒が綺麗に収まるボルディア。そこにざくろが身を乗り出す。
「ボルディアは本業持ちなんだね。ざくろも同じ」
「あ、そういやざくろは普段何してんだ? 冒険と並行して手記を発表とか?」
「いや、終戦後に東方で領地を拝領したからね。普段は嫁様たちと力を合わせて知行してる」
「へぇ、大したもんだな。家族揃って領主様ご一行ってところか」
「たまにふらっと冒険に出てるけどね。今回もたまたまこちらに来た時に浄化作戦の話を聞いて手伝いをしようと思ったんだ。世界中から汚染が浄化されて、もっともっと住みやすくなる未来。そうなったらいいなってざくろ思うもん、子供達や子孫の為にも」
 ざくろはとうに成人した身でありながら女性めいた端正な美貌を保っている。しかし大勢の妻に囲まれ、子宝に恵まれ、そして所領を守っていくうちに強い責任感と大局的な視野が芽生えていた。
「汚染を放置したらクリムゾンウェストが死んでしまうんだよね。そうなったら冒険どころか子供たちが生きる場所もなくなっちゃう。……だからざくろ達が元気なうちにできるかぎりのことをしなくちゃ」
 幸いざくろは嫁様たちがしっかりしているからまだまだ頑張れるし――彼がにっこりと笑うとボルディアが深く頷いた。
「だな。……なんつーか、でっかい宿題ができちまったけど子供や未来のためと思えば軽いもんさ。な、お前もそうだろ?」
 それまで傾聴していたシュタークに視線を送ると彼女がふん、と鼻を鳴らす。
「あたしは軍人だから世界を守るために生涯現役で汚染領域を潰す。でももし大剣を握れなくなったら……子供に剣を教えるかな。心身の鍛錬に役立つだろうし」
 どうやらボルディアの志に触れたことで新しい未来像が生まれたらしい。彼女のマグにボルディアは酒をたっぷりと注いだ。
「いいんじゃねえの。子供と過ごすのも毎日楽しいもんだぜ」


●ふたりの時

「オウレルさん、ちょっといいかしら」
 リリアはオウレルを野営地から少し離れた草原に呼び出すとふたり並んで座り、空を見上げた。
「ここ、星が綺麗ね」
「人工の灯りがない上に空気も乾燥していますからね。……寒いでしょう、これを」
 野営地から持ち出した毛布をリリアの肩に掛ける。「ありがとう」とこたえた彼女はまなざしをオウレルへ投げかけた。
「あのね、聞きたいことがあるの。オウレルさんはあとどれぐらい生きられるのかしら」
「わかりません。マテリアルを摂取し続けられるなら消滅はまだ、ですけど」
「そう……それならこの話をするべきね。昔、人間とエルフのハンターコンビと関わったことがあるのよ。人間の方が先立って、まるで彼が生まれ変わったかのような人に出逢って、そしてエルフの方が逝って……そんなお話」
「……」
 人間とエルフの寿命は300年以上離れており、共に黄泉路へ旅立つことなど滅多にない。身体の時が止まったオウレルはそれ以上に世の無常と向き合うことになるだろう。
「長く生きるって、そういうことなの。折角の縁だもの、私は第二師団のことは活動できるかぎり関わりたいって思ってるのよ。エルフだから100歳まで外で動けるしね。ただ……」
 リリアは立ち上がり毛布をオウレルの肩にかけた。どうかこの青年が自分たちのいなくなった後も孤独にならないよう、取り戻した笑顔が凍りつくことのないよう願って。
「ありがとう、リリアさん。でも僕らの時の流れに違いがあっても……想いは時に隔てられません。未来がどんな形でも大切な、想いは。心がヒトであるかぎり」
「オウレルさん……」
 オウレルは死者だ。鼓動が胸を打つこともなければ熱い血が体を巡ることもない。しかしリリアの手に触れた瞬間――オウレルの指先が灯火のようなぬくもりを宿した。


●あなたの帰る場所

 蒸かし芋の入った籠を抱えたシェリルは木立の中で女と邂逅した。黙して銀色の月を見つめている女――その光景に声を出すのも憚られたが、シェリルは勇気を振り絞る。
「あの、よければ……一緒に食べてくれませんか? 私はハンターのシェリルと申します」
 初対面の素振りを取り繕う。どうかこの人の枷にならぬよう――女はそれを察したのか、優しげな笑みを浮かべた。
「初めまして、シェリル。ところできみは随分と沢山の芋を抱えているのだね?」
「ええ。つい蒸かし過ぎてしまって。よかったらお手伝いください」
 シェリルが温かい芋を渡すと女は嬉しそうに芋を口に運んだ。
「懐かしい味だ。これは帝国産の芋か」
「はい、世界で一番美味しいお芋です。……ところで不躾かもしれませんが、貴女はどのような旅をされているのですか? 随分と、その……」
 薄く傷跡の残る女の肌。武骨な鋼の腕。砂にまみれた質素な服。全てに旅の険しさが表れている。それでも女は不敵に笑った。
「心遣いに感謝しよう。なに、旅の苦労も楽しみのひとつだよ。困難を乗り越えるからこそ歩んだ道に価値が生まれる」
「でもお体が……」
「問題ない。きみ達が開拓を進めてくれたからこの地に補給路が確立された。この地で蛮勇に溺れずにいられるのは皆の尽力の賜物さ」
 女の表情に嘘はない。シェリルは「良かった」と呟き大きな芋を手渡した。女の手がとうに空になっていたのだから。
「ふふ、お芋が好きなのですね。貴女とお話をしていると懐かしい人を思い出します。……今も元気でいるでしょうか」
「さて、な。だが芋は命と力の源だ。芋を食べ続けているなら元気でやっているだろうよ」
「そうですね。あの人のことですから……」
 と、その時。シェリルは女の頬に小さな傷がついていることに気がついた。
「あの、頬に傷が」
「む、枝にでもひっかけたか。後で浄めよう」
「いえ。傷は速めに手当てしないと……私、回復魔法を使えます。触れても……いいですか?」
「あ、ああ」
 シェリルは祈りを込めた手を女の頬に添える。癒しの力が傷を消していく。そしてシェリルは衝動のままに――女を抱きしめた。
「シェリ……ル?」
「……少しだけこのまま。聞き流して。大好きです。ずっとこれからも。あの日、願った事が間違いだとしても……未だ貴女を想い幸せを願う私を許して……。ルミナねーさま……だいすき」
 ついに堪えきれなくなった思慕が零れ出る。女は息を呑んだ後、静かに微笑んだ。
「ありがとう、シェリル。私はきみの願いがあったから今もこうして生きている。あの日、私の生を願う……きみと仲間達の声が聞こえたんだ」
「ねーさま……」
「きみ達の祈りは私の在り方を変えた。生きたいと思えたから夢を叶えられた。あの日、私は新しい命を与えられたんだよ。大切な妹にね」
 ――たちまち温かな涙がシェリルの頬をつたう。
「ありがとう……あの、ね。小さな家を買いました……静かな場所に。良ければ立ち寄って下さい。いつもは私……彼の手伝いをしているから……」
 シェリルは真鍮の鍵がついた銀のペンダントと手書きの地図を差し出した。
「これは私達の家の鍵と地図……いつでもいらしてください。道は重ならずとも……交わる事はある筈……。偶然か気まぐれか……その時は私の大事な人達を紹介します」
 その言葉の奥に痛みがある。本当は伝えたかった。貴女の自由の中には今も帰る場所があるのだと。だから――その痛みををささやかな願いにかえた。
「輝きは……貴女と共に。子供が出来たら……会いに来てね?」
「ああ、いつか……きっと」
 祈りをこめた優しいキスを額に。いつか彼女自身の意志で愛する人たちと再会できるように――シェリルは、願う。


●ヒトとともに歩む歪虚

 野営地から離れて星を眺めるオウレルにGacruxが小さく会釈した。
「いくつかお話を聞かせてもらっていいでしょうか」
「構いませんよ。僕でよければ」
 快く応じるオウレル。Gacruxは「ありがたい」と笑んで右手を彼に差し出した。
「……?」
「歪虚と交流を重ねてきましたが、肩を並べられる歪虚と出会えるのは殊に幸いです。この縁を大切にしたいと思いまして」
「貴方は歪虚と御縁が?」
「ええ、あの路剣旗を残した歪虚と。定期的に彼女を支援しているんです」
 Gacruxが小さく風に揺れる旗を示す。オウレルは彼を理解者と判断し「よろしく」と握手を交わした。
「感謝します。もし答えにくいことがあれば拒否して構いませんので。まずは……あんたの存在は帝国では公になっているのでしょうか」
「いえ、師団長が秘匿してくれています。僕は過去に同僚や民間人を手にかけたので……本来は討伐対象でして」
「……失礼、これはナイーブな質問でしたね。話題を変えましょう。ところで歪虚はマテリアル鉱石からマテリアルは吸収可能でしょうか」
「それは可能です。僕らは正のマテリアルがあれば体を維持できますからね」
 オウレルの返答にGacruxは表情をゆるめた。彼は仇花の騎士へ作物などを届けてきたものの、万が一に備え保存性の高いマテリアル媒体を必要と考えていたのだ。
「ふむ、鉱石も選択肢に入ると……。それともうひとつ。もしヒトが歪虚へ生体マテリアルを半分与えた場合、ヒトのマテリアルは回復しますか」
「回復するはずです。ヒトも食事などを通して生体マテリアルを吸収しますから。でも一度に多くを与えるとひどく衰弱しますので危険かと」
「わかりました。あとは……歪虚と人類の共存に必要なものは何だと思いますか」
「人間社会に基づく社会性と強固な理性、マテリアルの確実な供給、そして居場所だと思います。僕の場合はハンターや師団の皆がただのオウレル・エルマンとして受け入れてくれたから……」
「なるほど。種族で判断するのではなく、相手が自分にとって何かが大切なのですね」
 Gacruxは胸に何かが落ちる感覚を覚えた。かつて自分が仇花の騎士を追ったのも強い想いがあったからではなかったか。相手がいかに強力無比な歪虚であろうと救いたいと願ったのは自分にとって彼女が――。
 この対話を記録したノートを閉じると、Gacruxは万感の思いを込めて静かに微笑んだ。
「貴重な意見をありがとう、オウレル。……良かったら最後に訊かせてください。あんたは今、幸せですか」
 その問いにオウレルは少年のような屈託のない笑みを浮かべた。


●故郷と新天地

「おかえり。どうだった、お話しできたのかな?」
「無事に会えたぜ。パンは明日の食料にするってんで全部持っていった。なかなかの健啖家だな、あの御仁は。……ま、元気そうで何よりだ」
 ざくろが木立に向かった面々を出迎えに出たところ、トリプルJはあっけらかんとした様子で報告した。陸とシェリルも頷きあう。よかった、と呟いてざくろは芋煮の残りを皆に振る舞った。
「寒くなってきたからね。お鍋の締めはうどんか雑炊にしたいところだけど」
「いや、体が冷えてる時は温かいもんがあるだけでありがたいって。助かる」
 芋煮に馴染むリアルブルーの味に皆が一息をつくとざくろが優しい笑みを浮かべた。
「今日は、さ。こっちの世界に来てずいぶん時間たっちゃったけど、最初の頃は故郷の味とかが恋しくなったり、味の違いに驚いたり色々あったなぁって、思い出したよ……他のリアルブルーの皆はどうだった?」
 彼の問いかけにトリプルJらがこれまでの出来事を振り返る。そこにGacruxとオウレルも帰還した。ボルディアは彼らにも席を勧め、シュタークに向き合う。
「そういやシュターク、お前等は随分国に戻ってねぇんじゃねえか? 実際いつかはどっかに腰を落ち着ける必要があるんだし一度凱旋してみるのもいいんじゃねぇか」
「たしかに。ただ凱旋となるとまとまった数がここから一時的にいなくなるわけでさ……」
 シュタークがオウレルに視線を投げかける。故郷に帰ることの許されない歪虚――ボルディアは事情を察して腕を組んだ。
「ああ。それならこのまま北の地に新しい国でも作っちまうか? 過去に王国から分裂して帝国ができたみてぇによ。それはそれで面白いと思うぜ?」
「ははっ、さすがに脳筋集団の国家樹立は難しいだろうけど。でも許されるならこっちで自治区として領土を取得したいと思ってるぜ」
 行き場のない力も人類の盾としてなら平和な世界に存在意義を見出せるかもしれない。シュタークの考えにボルディアは膝を打った。
「そりゃいいや。居場所がねぇなら作っちまえ、ってな。……頑張れよ、お前ら」


●永遠の主に

 アウレールは朽ちた小道を風のように駆けた。
(私がどこぞの誰かに似ているとも言われる、その手法を貫く理由……そのもう一つがここにある。発表された戦死の報、それはある意味「当然」と思われた。先代の顛末、何より本人の願いを考えればこそ。そしてあの方は必ずここへ現れると、固く信じていた)
 邪神戦争終結後、束の間の平穏に皇帝が心躍らせた旅に想いを馳せる。まだ見ぬ極北の世界を知るのだと彼女は言っていた。
 そして今。彼がいるのはその旅路――彼女が夢見た道の上。アウレールは彼女が必ずここに来ると確信していた。だから驚きも焦りもなく、配下として礼を尽くすために走る。
(陛下!)
 先をゆく姿は10年前と大きく異なっていた。飾り気のないマント。顎の高さで揃えられた髪。冷たい金属の腕。それでも……。
(あの方こそ我が主君、我が先達、敬愛する……!)
 アウレールが土を踏む。枯れ枝の折れる音――彼女が振り向き、懐かしそうに笑った。
「お待ちしておりました、陛下。いえ……ヴィルヘルミナ」
 かつてのように跪き、礼を尽くし、初めて彼女の名のみを口にする。彼女は10年前に身分の檻から解き放れたのだから余計な言葉は不要だ。
 ――ただいま、アウレール。
 アウレールは彼女の穏やかな声に本心から破顔した。これは不変の理――我が主は天上天下にこの方ただ一人であると。

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参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/11/02 19:14:03