ゲスト
(ka0000)
【未来】虹の夢 ~語り継ぐこと~
マスター:葉槻
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出? もっと見る
オープニング
●
世間的にはもう夏を迎えようという頃合いだったが、ここザールバッハでは遅い春が訪れようとしていた。
雪が溶け、割れた隙間から緑の葉が顔を出し、小鳥たちは春を歌い、尾根を見上げれば曇天は去って青空と白い雲が漂う。
そんな穏やかな1024年6月末。
フランツ・フォルスター(kz0132)は齢79歳という生涯の幕を閉じた。
動乱の時代を生きた人だった。
金、地位、名誉、それらを巡る貴族という名の魑魅魍魎が巣くう帝国中枢で、情報と人脈を武器に戦い続け、『腐敗帝』に重用されたものの、国策に異を唱えた事により蟄居を命じられ、結果的に革命に巻きこまれる事無く結末を見届けた。
その後はヴルツァライヒの穏健派として余生を過ごすも、暴食の歪虚達からの被害を抑えるために覚醒者達の前に姿を現し、彼らの助力となるよう働きかけた。
そして皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)の国葬に出席したのが彼が公式の場に現れた最後となった。
晩年の彼はかつての自領に戻り、時折訪ねてくる覚醒者達と談笑をするなどする以外は、静かに本を読み、村民達の生活を守るべく治政と次世代の教育に尽力したという。
●
「……最近地底から雑魔の出現率が上がっていますね……埋蔵物が出現する可能性があります。慎重に掘削を進めるよう指示を出して下さい」
「はい」
地底都市オルブリッヒには帝国軍第六師団が詰める。その副師団長であるイズン・コスロヴァ(kz0144)は報告書を片手に現場監督へと指示を出す。
「私は明日から一週間ほど帝都出向のため留守にします。その間、ヴァーリをお願いします」
「……皇帝陛下が亡くなってもう10年になるんですね……」
しんみりと秘書課の青年が言えば、イズンも静かに目を伏せ「そうですね」と同意する。
「一度お逢いしてみたかったなぁ」
としみじみ呟く青年の言葉に、イズンはヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)と交わした言葉、その立ち居振る舞いを思い出し、思わず微笑んだ。
「憧れに想い浸るのは結構ですが、まずは自分の仕事をそつなく終えてからにして下さいね」
「もちろんです。では失礼します」
青年が立ち去ったところでイズンは窓の外を見る。
晩秋の空は青く高い。
「北は更に寒さが増す頃でしょうか」
イズンは赤髪の後ろ姿を思い描き、そっと呟いた。
●
「しっかり抑えろ! 手を緩めれば怪我どころか死者がでるぞ!」
「「「はい!!」」」
サヴィトゥール(kz0228)の厳しい言葉に若い龍騎士団員達が声を揃えて返事をする。
ここ、龍園では年に一度の『カストゥス』と呼ばれる牛の毛刈りのシーズンが到来していた。
この牛の毛で糸を紡ぎ、着るものや掛け物に加工して次の冬に備える。そうやって氷の時代も彼らは生き存えてきた。
今から15年前。西方諸国との同盟、そして転移門を経由しての交易により龍園の生活は驚くほど便利になり豊かになった。
龍人の寿命は短く、その代替わりも早い。
青龍という柱を護るその役目に価値を得ているからこそ、龍人達は今まで閉ざされた地での生活を苦とも思っていなかったが、これからは違うだろう。
「サヴィトゥール様! 重傷者3名が到着しました!!」
「分かった。今行く。騎士団長!」
呼ばれた若い龍人は「はい!」と勢いよく返事をしてサヴィトゥールの元へと駆け寄ってくる。
「現場の指揮は任せる。私は治療院へ向かう」
「畏まりました!!」
生前の親友に似たその眼差しに、サヴィトゥールは少しだけ目元を和らげると、神官服の裾を翻し牧場を後にしたのだった。
●
『王、こっちです!!』
『……これは……』
南方大陸に住まう青の一族と呼ばれるコボルト達は龍の巣を含める周辺環境の維持と調査などを西方大陸のソサエティから依頼されて久しい。
この50年の間に、人間の言葉を話せるコボルドも増えた。また、発語が出来なくとも筆談が出来る者は出来ない者の数を超えた。今や彼らは南方大陸の開発・龍脈再生を担う第3の人類として目覚ましい活躍を見せている。
そんな中、龍の巣でも王の間と呼ばれた一角に、見た事も無い高濃度のマテリアルが集束していると連絡を受けたコボルドの王が様子を見に行くと、そこには赤い幼龍が小さく丸まっていた。
『……幼いが、お前が赤龍か? ……この火山の護り主の王龍なのか?』
コボルドの王が問いかければ、幼龍は首を伸ばし、くぁぁと欠伸をして、つぶらな瞳をコボルドの王へとむける。
「ぴゃぁ」とも「きゃぁ」とも付かない鳴き声に、意を決した王がそっとその毛むくじゃらの手を差し伸べた。
すると幼龍は首を傾げるような動きをした後、軽快な足取りで王へと近付き、その手の匂いを嗅ぐと羽根を広げながら王の腕へと飛び乗った。
『ハンターに連絡を! 王龍が……赤の龍の子どもが誕生したと!』
●
「よぉ、生きてたか」
鎚の精霊であるフォッカは、全身を真っ白なローブで身を包んだ仮面の英霊――ネグローリを見て思わず声を掛けた。
「……久しいね。あれからどれほどの月日が経ったのだったかな?」
「ざっと100年ぐらいじゃない?」
「お互いに消滅せずに居られたのは幸か不幸か」
「俺はさ。鎚だから。鉄鉱石と炉を重宝して貰えたから今も居られるけど、お前はまだ語り継がれちゃってたりするの?」
「そうだね……未だに物語の住人だからね」
1017年の英霊とのやり取りの後。人々は“正確な歴史”を残そうと奔走した。
その結果、かなり信憑性の高い過去の歴史が事実として残された一方、それを元に時代小説と呼ばれる創作作品も数多く生まれた。
しかし、それと同時に人々はまた徐々に信仰を忘れつつあった。
街はヒトで溢れ、土と水は汚れ、風は澱んだ結果、新しく誕生する精霊や英霊は殆ど見る事がなくなって久しい。
リアルブルーとの文化交流の結果、急速な発展を遂げたクリムゾンウエストは、精霊と英霊の目からすればかなり歪な世界に見えた。
「サンデルマン様も眠りについてしまったし、俺もそろそろ眠ろうかな」
「……そうか」
「お前はまだ旅を続けるの?」
問われ、ネグローリは空を仰ぐ。
「この身が果てるまで世界を見て巡る……そう決めたのでね」
「……ふぅん。まぁ、頑張ってなー」
別れた精霊と英霊はもう二度と巡り会うことはなかったという。
●
マテリアルは巡る。
空に、土に、水に、風に。
地中奥深く、混ざり溶け合ったマテリアルは北の星の傷跡へ、南の龍の巣へ至り、そして地上へと還元される。
それは虹色の輝きを持って全ての生命に、全ての魂へと還る。
想いは巡る。
歴史に、記憶に、理想に、未来に。
人々の胸の奥、抱かれ刻まれた想いは語り継がれ、文字として読まれ、そして人々の胸の奥に浸透する。
それは虹色の輝きを持って全ての地域に、全ての生物へと還る。
――それは、古から未来へと受け継がれ続いていく。
世間的にはもう夏を迎えようという頃合いだったが、ここザールバッハでは遅い春が訪れようとしていた。
雪が溶け、割れた隙間から緑の葉が顔を出し、小鳥たちは春を歌い、尾根を見上げれば曇天は去って青空と白い雲が漂う。
そんな穏やかな1024年6月末。
フランツ・フォルスター(kz0132)は齢79歳という生涯の幕を閉じた。
動乱の時代を生きた人だった。
金、地位、名誉、それらを巡る貴族という名の魑魅魍魎が巣くう帝国中枢で、情報と人脈を武器に戦い続け、『腐敗帝』に重用されたものの、国策に異を唱えた事により蟄居を命じられ、結果的に革命に巻きこまれる事無く結末を見届けた。
その後はヴルツァライヒの穏健派として余生を過ごすも、暴食の歪虚達からの被害を抑えるために覚醒者達の前に姿を現し、彼らの助力となるよう働きかけた。
そして皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)の国葬に出席したのが彼が公式の場に現れた最後となった。
晩年の彼はかつての自領に戻り、時折訪ねてくる覚醒者達と談笑をするなどする以外は、静かに本を読み、村民達の生活を守るべく治政と次世代の教育に尽力したという。
●
「……最近地底から雑魔の出現率が上がっていますね……埋蔵物が出現する可能性があります。慎重に掘削を進めるよう指示を出して下さい」
「はい」
地底都市オルブリッヒには帝国軍第六師団が詰める。その副師団長であるイズン・コスロヴァ(kz0144)は報告書を片手に現場監督へと指示を出す。
「私は明日から一週間ほど帝都出向のため留守にします。その間、ヴァーリをお願いします」
「……皇帝陛下が亡くなってもう10年になるんですね……」
しんみりと秘書課の青年が言えば、イズンも静かに目を伏せ「そうですね」と同意する。
「一度お逢いしてみたかったなぁ」
としみじみ呟く青年の言葉に、イズンはヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)と交わした言葉、その立ち居振る舞いを思い出し、思わず微笑んだ。
「憧れに想い浸るのは結構ですが、まずは自分の仕事をそつなく終えてからにして下さいね」
「もちろんです。では失礼します」
青年が立ち去ったところでイズンは窓の外を見る。
晩秋の空は青く高い。
「北は更に寒さが増す頃でしょうか」
イズンは赤髪の後ろ姿を思い描き、そっと呟いた。
●
「しっかり抑えろ! 手を緩めれば怪我どころか死者がでるぞ!」
「「「はい!!」」」
サヴィトゥール(kz0228)の厳しい言葉に若い龍騎士団員達が声を揃えて返事をする。
ここ、龍園では年に一度の『カストゥス』と呼ばれる牛の毛刈りのシーズンが到来していた。
この牛の毛で糸を紡ぎ、着るものや掛け物に加工して次の冬に備える。そうやって氷の時代も彼らは生き存えてきた。
今から15年前。西方諸国との同盟、そして転移門を経由しての交易により龍園の生活は驚くほど便利になり豊かになった。
龍人の寿命は短く、その代替わりも早い。
青龍という柱を護るその役目に価値を得ているからこそ、龍人達は今まで閉ざされた地での生活を苦とも思っていなかったが、これからは違うだろう。
「サヴィトゥール様! 重傷者3名が到着しました!!」
「分かった。今行く。騎士団長!」
呼ばれた若い龍人は「はい!」と勢いよく返事をしてサヴィトゥールの元へと駆け寄ってくる。
「現場の指揮は任せる。私は治療院へ向かう」
「畏まりました!!」
生前の親友に似たその眼差しに、サヴィトゥールは少しだけ目元を和らげると、神官服の裾を翻し牧場を後にしたのだった。
●
『王、こっちです!!』
『……これは……』
南方大陸に住まう青の一族と呼ばれるコボルト達は龍の巣を含める周辺環境の維持と調査などを西方大陸のソサエティから依頼されて久しい。
この50年の間に、人間の言葉を話せるコボルドも増えた。また、発語が出来なくとも筆談が出来る者は出来ない者の数を超えた。今や彼らは南方大陸の開発・龍脈再生を担う第3の人類として目覚ましい活躍を見せている。
そんな中、龍の巣でも王の間と呼ばれた一角に、見た事も無い高濃度のマテリアルが集束していると連絡を受けたコボルドの王が様子を見に行くと、そこには赤い幼龍が小さく丸まっていた。
『……幼いが、お前が赤龍か? ……この火山の護り主の王龍なのか?』
コボルドの王が問いかければ、幼龍は首を伸ばし、くぁぁと欠伸をして、つぶらな瞳をコボルドの王へとむける。
「ぴゃぁ」とも「きゃぁ」とも付かない鳴き声に、意を決した王がそっとその毛むくじゃらの手を差し伸べた。
すると幼龍は首を傾げるような動きをした後、軽快な足取りで王へと近付き、その手の匂いを嗅ぐと羽根を広げながら王の腕へと飛び乗った。
『ハンターに連絡を! 王龍が……赤の龍の子どもが誕生したと!』
●
「よぉ、生きてたか」
鎚の精霊であるフォッカは、全身を真っ白なローブで身を包んだ仮面の英霊――ネグローリを見て思わず声を掛けた。
「……久しいね。あれからどれほどの月日が経ったのだったかな?」
「ざっと100年ぐらいじゃない?」
「お互いに消滅せずに居られたのは幸か不幸か」
「俺はさ。鎚だから。鉄鉱石と炉を重宝して貰えたから今も居られるけど、お前はまだ語り継がれちゃってたりするの?」
「そうだね……未だに物語の住人だからね」
1017年の英霊とのやり取りの後。人々は“正確な歴史”を残そうと奔走した。
その結果、かなり信憑性の高い過去の歴史が事実として残された一方、それを元に時代小説と呼ばれる創作作品も数多く生まれた。
しかし、それと同時に人々はまた徐々に信仰を忘れつつあった。
街はヒトで溢れ、土と水は汚れ、風は澱んだ結果、新しく誕生する精霊や英霊は殆ど見る事がなくなって久しい。
リアルブルーとの文化交流の結果、急速な発展を遂げたクリムゾンウエストは、精霊と英霊の目からすればかなり歪な世界に見えた。
「サンデルマン様も眠りについてしまったし、俺もそろそろ眠ろうかな」
「……そうか」
「お前はまだ旅を続けるの?」
問われ、ネグローリは空を仰ぐ。
「この身が果てるまで世界を見て巡る……そう決めたのでね」
「……ふぅん。まぁ、頑張ってなー」
別れた精霊と英霊はもう二度と巡り会うことはなかったという。
●
マテリアルは巡る。
空に、土に、水に、風に。
地中奥深く、混ざり溶け合ったマテリアルは北の星の傷跡へ、南の龍の巣へ至り、そして地上へと還元される。
それは虹色の輝きを持って全ての生命に、全ての魂へと還る。
想いは巡る。
歴史に、記憶に、理想に、未来に。
人々の胸の奥、抱かれ刻まれた想いは語り継がれ、文字として読まれ、そして人々の胸の奥に浸透する。
それは虹色の輝きを持って全ての地域に、全ての生物へと還る。
――それは、古から未来へと受け継がれ続いていく。
リプレイ本文
●月の雫
「相も変わらず忙しゅうして居る様じゃのう……何ぞ……妾の手の足る事は有るかえ?」
騎士団員との話しを終えたサヴィトゥール(kz0228)は、かけられた声の主を見て片眉を上げた。
「久しいな」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)はその端的な挨拶に思わず口元を緩ませた。
「治癒術の一つも使えぬ身なれど、負傷者の手当程度は出来る故な。応急処置も、傷口の縫合も……出来ぬ事ではない……術にばかり頼って居っては身体が自ら癒える事を忘れてしまいよるてな」
「申し入れは感謝する。が、不要だ。お前もそんなことをしたくて来たのでは無いだろう?」
「あぁそうじゃ……いつかの約束を覚えて居るか? 幼獣達に会わせてくれると云うた約束……今なれば叶うじゃろうか?」
「構わない。こちらだ」
ワイバーンの天禄を見て、察したのだろう。サヴィトゥールはいつも以上に何も言わず道を示す。
蜜鈴の頬の月を縛る刺青にも触れず、幼龍達が駆け回る広い草原を前に足を止めた。
「好きなだけいれば良い。私はこれから会議がある為別れの挨拶も不要だ」
「……あい理解った」
幼龍達は大小様々、20体以上が走り回り転げ回っていた。
「彼等の様な龍と、少ないけれど妾を慕ってくれる民草と……これで天禄も安心出来るじゃろうか?」
そっと首元に顔を埋めれば天禄の謡うような聲が耳朶を打つ。
顔を上げれば翼に傷を持つ大きな飛龍がこちらをじっと見ていた。
蜜鈴はその飛龍に静かに頭を下げると、天禄の首を撫でた。
「愛しい相棒……おんしが不安無く空へ還れる様に……征こう……きっと、これが最期じゃ」
見送るように見上げる幼龍達に手を振り、大空を駆ける。
夕暮れから薄闇の月夜に変わるまで。
日課となった愛しき人の眠る辺境を巡りいつもよりぐるりと遠回りをして郷へ帰る。
郷で唯一の、最後の龍。
満月の輝く夜に、蜜鈴の一滴の涙と共にその生命を終えた。
齢100を越えての南方大陸上陸は蜜鈴にとっても賭けとなった。
それでも、赤き龍の王にひと目逢いたい、その一身で転移門を潜る。
彼の龍では無いとわかって居る。それでも、出会えた喜びを、産まれて来てくれた事への感謝を告げたくて。
「初めまして、妾は……」
蜜鈴はこの時、半世紀振りに一滴の涙を零し、微笑んだのだった。
●君の音が聞こえる所が俺の生きる場所
1022年11月。
ルナ・レンフィールド(ka1565)とユリアン・クレティエ(ka1664)は初雪舞うマインハーゲンに降り立った。
結婚の報告をすると、フランツ・フォルスター(kz0132)は相貌をくしゃりと崩して喜んだ。
「翌年6月の上旬にピースホライズンで式をあげる予定です」
招待状を手渡すとフランツは頷く。
「私自身が参列するのは難しいが、雪解けのこの地から2人の幸せを祈っておるよ」
夜、気を利かせて先に休んだルナに感謝しつつ、ユリアンはフランツに紅茶ポットを傾ける。
「初めて伯とお会いした依頼で帝国出身者と間違えられたのも懐かしい、不思議な巡り合わせです」
「いやはや……随分昔の事のようでもあり、つい先日の事のようでもあるのぅ」
カフェインレスのハーブティで喉を潤しながら、穏やかに2人は記憶を辿る。
「……未来に生きる実感も想像もつかなかった自分に、その可能性の道を示して待ち続けてくれた彼女の揺るぎなさにかなわないと思って。だったら望んでくれるものを一つでも多く叶えたい……と」
事の経緯を聞くフランツの目尻は下がりっぱなしで、ユリアンは咳払いの後、紅茶を一口。
「しかし、氷姫の湖の湖畔とは……雪深くて大変じゃぞ……? 湿度も高いしのぅ」
「覚悟の上です。湖畔で暮らしたいと言うのが彼女の希望でもあって……この地で生きて僅かでも恩返しを、させて下さい。
魔導列車が通るにはまだもう少し時間がかかると思います。
ラファルの翼を借りて行き来し見ながら、雪崩れ込む変化の受け止め方を……今までを殺さない在り方を、考えて伝えて行けたらと」
「まぁ、多少の不便は2人なら問題にならんだろう。頑張りなさい」
頷く好々爺にユリアンは安堵し頭を下げた。
「……ところで、儂が思うにプロポーズはユリアン殿から……そうじゃな、ルナ嬢の誕生日などに行われたと邪推するが、如何かな?」
ユリアンは含んだ紅茶を噴き出しかけ、盛大にむせ込んだのだった。
1023年6月に友人や家族に祝福されて式を挙げた2人は翌年5月に男女の双子の父母となった。
そんな幸せに溢れた2人の下に届いた訃報は、まさに青天の霹靂だった。
2年前、初雪を見た2人は今、2人の乳飲み子を抱えて雪解けのマインハーゲンに降り立った。
気遣うユリアンにルナは微笑み返すとリュートを奏で。
(フランツさん、貴方の育くんだこの土地で、ユリアンさんと、この子達と、逞しく暮らして行きます。これからも見守って下さいね)
その温かくも優しい旋律は参列者の涙を誘い、心を慰撫したという。
『こちらはだいぶ湖の水温も温んできたよ。
そう、先月の氷姫の湖の鎮魂祭では私が作曲した曲を演奏したの。
あとね、料理も上達したのよ。湖で捕れた魚も捌けるようになったんだから!』
そこまで書いて、末娘の泣き声にルナは筆を置いた。
「ただいま……あれ? 音楽教室は?」
薬師を生業としつつ、ハンターとしても近隣の大小様々な依頼を受ける“便利屋さん”として働くユリアンは、末娘を抱いたルナを見て目を瞬かせた。
「今日は学校が遠足だから、お休みです」
「あぁ、なるほど」
「だから、音楽祭の要項をまとめちゃおうかなって」
フランツの命日に企画して、もう5回目になる。元は教え子の演奏発表会だったが、知人の演奏家をゲストに呼ぶ事で毎年恒例にした。
偲ぶとともに明るい未来のために。
「……ルナ、ありがとう。これまでもこれからも。愛してる」
唐突な告白にルナの全身が朱に染まる。
そんなルナを見てユリアンは微笑む。
まだ幼い3人の子どもと愛しい人との生活は静かで穏やかで、賑やかで目が回るほど忙しくて、こんなにも幸福だ。
●焦土に咲く花、光る星
邪神戦争から2年後の1021年9月。レクエスタ隊員として活躍を続けるGacrux(ka2726)はハンターの私設互助団体“暁の盾”を発足。自身の経験から、悩み苦しむ孤独なハンターを助ける組織が必要と考えたからだった。
だが、問題が起きた。人手が足りなかったのである。友人に助人を頼むなどしたが、そうそうスケジュールを空けて貰うわけにもいかない。
そんな翌月、狩子制度が発表され、これをいち早く導入。
これによりアシスタント人員を確保でき、設立から6年経った現在、Gacruxの眼鏡に適う者も現れ始めている。
また、1026年。Gacruxは開拓団報酬として、ついにカレンデュラ(kz0262)が拠点にしていた遺跡の場所を得た。
そこでの狩子達との生活は一層賑やかな物となった。
互助団体を手伝わせる事で、狩子達は他のハンターと接する機会を得られる。
それは単なる訓練という意味だけではなく、英雄譚に憧れて狩子となった者は、古株ハンターの話を聞く事で、実際の戦いが単純で華やかな物ではないと気付き、現実を知る学びの機会ともなったのだ。
その書斎では、ずっと生活を共にして来た老猫がGacruxの膝の上で寝息を立てている。
彼はその温もりを愛おしみながらヴォイドレポートをまとめていた。
これは主に人類と共存可能な歪虚についての研究論文であり、Gacruxの生涯の課題。
ハンターと人の心を持つ歪虚……クリュティエ(kz0280)の未来の希望としても残したい記録。
時折、ふらりと飛龍と共に飛び立ち、クリュティエに逢いに行く。
相変わらず人の社会は利権や争い続きで、彼女に会う事が癒しになっていた。
最初にグラウンド・ゼロのあの遺跡を報酬として貰える事になったと告げた時の彼女は少しの驚きの後、納得の表情を見せた。
初めて会ったのは戦場。だが次に会ったのはあの遺跡だったのをきっと彼女も覚えていたのだろう。
そして、Gacruxにとってそこが他者に踏み荒らされたくないと思うほどに特別な意味を持つ場所である事も。
大きく背を伸ばすと老猫は膝の上で大きく伸びをした後、床へと下りた。
Gacruxは息抜きに外へと出ると丘の上から景色眺める。
かつてカレンデュラと眺めた赤き焦土には、花が咲き、緑が育ち、人々の営みが広がりつつある。
一番星が光る。
Gacruxは呼ぶ声に声を返しながら再び家へと戻っていった。
●END OF SORROW
――あぁ、これは、ダメだ。
鞍馬 真(ka5819)は自分の身体から急速に力が抜け落ちていくのを冷たい地面に伏せたまま感じていた。
握っていたはずの剣は手から零れ、何も掴めないままの手のひらは血に濡れている。
――ハンターになって最初に赴いた依頼はピザ祭りだったっけ。
暫くは実力的にも前線には赴けず、穏やかな依頼が多かったのを思い出す。
それなのに、すぐに思い出せるのは身体的にも精神的にも苦しい依頼ばかり。
――死ぬ前の走馬灯なら、転移前の記憶を思い出せるかなと思ったけど……そう都合が良いものでも無いらしい。
駆け抜けていくのはハンターになってからの記憶ばかり。
失った記憶は最期まで戻っては来ない。
――思い出せたら、この空っぽの心が埋まるんじゃないかと思ったのに。
自分の手で人を殺した。
沢山の人を死に追いやる選択をした。
目の前で人を死なせた。守れなかった。
――だから、残りの人生は償いのために生きようと思った。
「仕方なかった」なんて言葉で済まそうとは思えなかった。
きっと、割り切って幸せになる道もあった。
でも、そうやって幸せになったところで、いつか罪悪感で押し潰されて壊れてしまっていただろう。
――だから、これで良かった。例えやり直しの機会があったとしても、違う道を選ぼうとは思わない。
――大嫌いな自分だったけど、自分を曲げずに生きたことだけは、唯一誇って良いのかもしれない。
温かな息が前髪を揺らし、頬にかかる。
ワイバーンのカートゥルがしきりに匂いを嗅いでいるのが分かる。
「どうか、逃げて、ぶじ、に」
ここまで付いてきてくれたカートゥルを撫でようと手を伸ばして、親友から贈られたバングルが目に入る。
真の未来を願ってくれた、大好きな親友。
共に戦場を駆け抜け、日常を過ごした友人達。
家族のように寄り添ってくれた幻獣達。
大切なものを忘れて空っぽになった心を抱えて生きてきた、10年にも満たない人生だけど。
彼らのお陰で、悪いことばかりでも無かった。彼らが居たから、ここまで生きることができた。
――だから最期は、皆の幸せを願って逝こう。
――――大切な皆が、幸せな未来を全うできますように。
「わたし、は……少し、つか……たか、ら。先に、やすませ、て、……もら、ぅよ」
息を吐く。
そして、もう二度と動く事は無かった。
●最愛
高瀬 未悠(ka3199)とイズン・コスロヴァ(kz0144)はカウンターで杯を傾けていた。
「 彼は『四肢をなくした人達の前例になって自分達で道を切り開けるのは嬉しい事だ』って言ったの。そんな彼の想いを支えたくて、義手や義足の人達のリハビリについて勉強したわ。希望を捨てずにこれからの人生を自分らしく生きてもらう為に」
未悠と最愛の彼との10年分の惚気話を聞きながら、イズンは口元を綻ばせる。
「前から思ってたけど……甘いものを食べてる時のイズンってすごく可愛いわよね」
指摘され、イズンは双眸を丸くする。
「さあ、今度は貴女の番よ♪」
促され、イズンは左薬指の指輪にそっとなぞった。
もう彼がいなくなって30年近いことに気付く。
革命の際、一介の帝国兵だったにも関わらず、当時の地底都市の在り方に異を唱え、革命側に付いた彼は結局結果を見ること無くこの世を去った。
口を挟まず相槌を打っていた未悠は、少女のように微笑んだ。
「……聞かせてくれてありがとう。やっぱり貴女も私も愛に生きる女だわ。こんなに愛せる人に出逢えて……私達は幸せよね」
グラスとグラスを小さく合わせ、口元へ運ぶ。
未悠のその一口に込められた祈りをイズンは知らない。
こうして帝国の夜は更けていった。
●イカサマとホンモノ
1032年8月。
藤堂研司(ka0569)と浅黄 小夜(ka3062)は初めて2人揃って墓前に手を合わせていた。
「ご無沙汰しております、フラット老。本当……随分と時間が経ったように感じます」
声に出し、そう呼びかける研司を小夜は横目でチラリと盗み見て、そして小さく笑む。
(……こんにちは、お爺ちゃん)
墓の下で眠る好々爺の顔を思い出しながら、小夜もまた、いつもの報告を始める。
(今日はね、やっとお兄さんを連れて来られたよ。相変わらず毎日慌ただしくて忙しいけど私は元気です。お爺ちゃんに会いに行くのはずっと先だと思うけど、これからも頑張るから、いつかの時まで見守っていてね)
暴食王戦も終えたある日。
小夜はさっぱりと片付いたキッチン跡を見て得も言われぬ不安を覚えた。
無駄に広く感じる空間。ポツンと置かれた小さなテーブルの向こうに立つ研司はいつもより覇気がないように見えたのもその一因だろう。
「……ケリをつけたんだ……おめでとう、お疲れ様」
労りの言葉と共に出されたのは温かな湯気を上らせるココア。
おおきに、と受け取り、恐る恐る口を開いた。
「お兄はん……お引越、されるん?」
「ああ、俺は、リアルブルーに帰る。それで、改めて人間として生きる」
研司の言葉に、小夜は双眸を見開いた。
帰れる時が来たら家に帰りたい。
その気持ちはずっと変わらない小夜の希望だった。
だから帰還も迷わず申し込んだが、研司はどうするんだろうと居ても立っても居られなくなった。
今まで聞かずにいた事、これから先の事。
泣いて困らせる事はしない様にと気合いを入れて訪問したキッチンで、まさか研司の方から口火を切ってくるとは思わなかった。
研司はそんな小夜の気持ちに気付かない。ただその表情を見て、自嘲の笑みを浮かべた。
「……俺は、困難に対し人間本来の力で立ち向かうことを諦めて、覚醒に手を出した。精霊様に頭を下げて覚醒なんてイカサマを恵んでいただいた、餌付けをされた畜生だ。それじゃ飽き足らず神様にまで希い、守護者ってイカサマのおかわり……まったくもって、救えない」
短い爪が食い込むほど握り締めていた手のひらを開く。
「だから生き直さなきゃならん、それには、生まれた土地でなきゃいけない」
小夜は思いがけない研司の言葉に息をするのも忘れ。
「それを前提に、傲岸不遜なお願いを、どうか聞いてくれないか」
研司の唇に吸い込まれるように、食い入るように、一語一句聞き逃さないように全神経を集中させる。
「俺と……俺と、ブルーに、帰って欲しい」
恐ろしい程の沈黙が2人の間に降りた。
「……そう、だよな。急にこんな事言われたら小夜さんだってびっくりするよな」
研司は前髪を掻き上げるようにして小夜から視線を逸らした。
いつだって真っ直ぐに自分を見てくれた小夜の顔が困惑に歪む、そんな表情は見たくなかった。
そんな研司の前髪を握る手を柔らかな指先が包む。
思わず視線を向ければ、泣き笑いのような表情の小夜がいて。
「お兄はんは、精霊や神様に頼った事悪い事みたいに思てるかもしれへんけど……私は、精霊や神様はきっと、人の叶えたい想いにチャンスをくれたんや思う」
(いつも大人やったお兄はんの心の澱、聞かせてくれて有難う)
いつだって小夜の手を引いてくれた。護ってくれた。与えられてばかりで何も返せていなかった。
……そう思っていたけれど、そうじゃなかったのだとしたら。
「私は家に帰りとうて……そないな私に優しゅうしてくれた人達を護りとうて、力があれば出来る事があるさかい……それ少しだけ助けてくれた、そう思てる」
無骨な“男の人の手”を小夜は両手で優しく包んだ。
「ほんでもお兄はんが納得できひんなら、前借りのご褒美やったんや思て、これから返して行けるように頑張っていきたい。……許してくれるならずっと一緒に」
「小夜さん……」
「お互いの故郷を案内するって約束も、果たせたら嬉しい」
そう言って微笑う小夜に研司は不器用な笑みを返し、感謝を唇に紡いだ。
こうして研司は覚醒を禁じ、ただの人として。
一方、小夜はエージェントとしてリアルブルーに戻った。
それから13年。途中両世界を行き来していた小夜と違い、ユグドラシル計画の完了をもってようやく研司はクリムゾンウエストに再度足を踏み入れる事を了承したのだった。
(私は……俺は、最初に出会う前から貴方という男が眩しかった。小夜さんが貴方の事を話す時、そこには掛け値なしの尊敬があった。
自らの、ヒトの力だけで権謀術数の世界に雄々しく立ち向かう、覚醒に堕ちた畜生の眼からは腹を切りたくなるほどの輝きがあった。
直接逢えたのは僅か数度でしたが、その都度俺は憧れ、自らを恥じ入った。……墓前を前にしても、今尚憧憬は止みません)
まだ、生き直しの途中。
(あの世に向かうまでに、俺は必ず畜生道から人道に戻る、戻ってみせる。そしたら、この世で研鑽した珠玉の味をお見せします。……では、またいずれ)
顔を上げた研司が視線に気付けば、もうすっかり大人の女性となった小夜が嬉しそうに見つめていた。
「みんなと会うまで時間あるけど……どこか行きたいところはある?」
いつか研司が差し出したように小夜から研司の手を取り握る。
風が吹く。
ザールバッハの短い夏の日差しが2人を温かく照らしていた。
●INTERVIEW
『少年から社長へ――覚醒者から見た現代を語る』
仕事を終え、ふらりと立ち寄った古本屋で無造作に並べられた古雑誌には、見覚えのある顔と帯が表紙を飾っていた。
懐かしさと多少の気恥ずかしさを覚えつつも手を伸ばし、その記事にざっと目を通す。
――覚醒者が両世界を行き来できるようになって早5年。邪神戦争中に限らず、常に激戦区で活動していた【VCU】を会社化した鬼塚さん。両世界でのハンターの活動支援が主な業務だそうですが、現在も常に最前線に立ち続けているそうです。
……
…………
……
…………
――会社の理念は「誰もが生きて笑える明日を創る」とお伺いしました。
「かつてこれは、大事だった“あの子”の祈りであり。ヴィルへルミナ・ウランゲルの夢でした。あの日の転移にもし意味があったのなら、それはきっと世界を守る為というよりも、きっと出会う為にあったのだろう……それに気付けた時、これは自分の夢となったんです」
鬼塚 陸(ka0038)はそっと雑誌を閉じた。
齢50を越えた今も変わらず、それが嘗て六等星だった彼を走らせるただ一つの輝く星であることを再確認してそっと笑む。
そして今は今日の夕飯を作って待っていてくれる、帰るべき場所へと彼は歩き始めた。
●小惑星の力学
1060年。グラズヘイム王国。ルル総合大学。ここを発祥地としてまことしやかにささやかれる噂がある。
『王国全土の犯罪組織を裏から操っている<教授>がいる』
「浪漫だねぇ」
カラカラと笑う精霊を魔術師学部の『教授』であるエルバッハ・リオン(ka2434)は眉間にしわを寄せて睨む。
実際のところ、<教授>自体、存在しない犯罪者であることは大学関係者なら誰もが知っていることだ。
事の発端は、たまたまエルバッハが王都の犯行現場を通りかかったところをリアルブルー出身のミステリ好きの生徒が発見。その生徒が学友たちとの雑談の中で『実は……』と冗談にしたことなのだ。
そしてその冗談に尾ひれ背びれが付いて1人歩きを始め、最悪なことにその噂を知った犯罪者たちが自分の刑罰をどうにかして軽減しようと、逮捕後、噂に便乗したことによって虚構の犯罪王<教授>が誕生することになったのである。
「笑いごとではありません。何か事件が起こる度に警察が来るのでは研究が滞ります」
しかも手柄欲しさに証拠を捏造するような捜査員まで出てきて、先日も酷い目に遭ったのだ。
邪神戦争から40年。容姿に変化がないことが唯一の悩みだったエルバッハは急浮上した悩みの種に頭を抱えこめかみを押さえたのだった。
●始まりの予兆
「……おかえりなさい。そして初めまして。貴方の新しい生が幸多きものでありますように」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)は一介のハンターの中で最初に赤の幼龍に面会できた者だった。
アウローラに移住し、機導師の知識を活かして砂漠生活で役に立つ魔導機械の作成や整備に従事し50年。
蒼の一族を始めとするコボルド族との交流を続けた結果、ヒトとコボルドの調整役として広く知られるようになっていた。
「王様にとっちゃあっという間の年数だろうが……子供の頃に妙な友達がいたと覚えてもらえりゃ幸いですな。コボルトと、人と、龍……この南方大陸に良き時代が訪れますように」
古ぼけたオルゴールを取り出し奏でると、幼龍は興味を引かれたようで翼を羽ばたかせた。
「王様も音楽が好きですかい?」
かつてこのオルゴールを渡しそびれた双子竜を思い出し、グリムバルドは双眸を細めた。
「ああ……お迎えが来る前に他の龍達にも会えるといいなぁ……」
これからは若い者達の時代だ。孫達までは保証できるがその先は未知数だ。
ぴゃぁ? と幼龍が鳴き、グリムバルドは我に返った。
「きっと大丈夫さ。俺も命が続く限り見守りますし。なに、後30年は生きるぜ!」
呵々と笑ったグリムバルドを見て幼龍は楽しそうに尾を振って見せた。
●王の帰還
アーサー・ホーガン(ka0471)は第一次帰還でリアルブルーへと戻っていた。
不惑を前に荒事から引退し、多国籍ならぬ多世界肉料理専門店『ネフェルティ』を開業。
従心を越え、隠居でもするかと思っていた頃に赤龍誕生の報を聞き、数ヶ月の足止めを喰らってようやく龍の巣へと辿り着いた。
更に驚くほどのセキュリティチェックを越え、ついに王の間に踏み入れる。
「ほら、転生した赤龍だぞネフェルティ」
デフォルメしたような幼龍だが、昔見た王龍の姿がそこにあった。
そっと兜「ドラゴンクレスト」を撫でる。
「……やれやれ、年取ると感傷的になっていけねぇや」
幼龍の周囲を見回し、静かに首を横に振ると背を向けた。
かつて王龍の傍にはネフェルティという名の赤銅色の鱗を持つ龍がいた。
強欲竜に身を堕とし、腐竜と呼ばれるようになり戦う事3度。
そしてただ一度、夢の中で共闘を果たした。
「ここにお前がいないのは分かってるってのに」
置いて行こうかと思っていた兜を抱え、山を下りた。
後に赤龍に名前はないのだと聞いた。
そういえば、現存の青龍、黒龍にも名前が無い。
新たな赤龍を支えるのは若人の務めだ。
眷属の居ない王を支える者達が善良であることをアーサーは心から祈った。
●赤の院長
『強い騎士団は人同士の戦争の抑止力になる』
その信念の下、赤の隊を鍛え上げ続けてきた私――アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が孤児院の院長として第二の人生を送り始めてもう何年になるだろうか。
その夜、珍しく強盗が侵入した為、職員全員で反撃に出たところ、これが驚くほどあっさりと降参した。
「院長を知らないなんて、物を知らないにもほどがある」
そう言って弟子の1人などは頬を膨らませていたが、私自身も最近の強盗というのも根性が無くなったものだと落胆は隠せない。
「知ってっか? ししょーは赤の隊のたいちょーだったんだぞ」
まだこの孤児院に来て数日しか経っていない緋色の瞳の少年に向かって、先輩風を吹かせるように年長の少年が言う。
この孤児院に来る子ども達の事情は様々だ。
単純な家庭問題の末、というのが最近最も多いが、未だ戦争や歪虚絡みの事もある。
この子はその少数派、歪虚絡みで両親を失った。
「……つよいの?」
折れた腕を吊り、頭部に巻かれた白はその怪我の壮絶さを物語る。
しかし、それに負けない強い光を灯す瞳が真っ直ぐに私を見た。
「……あぁ。それなりには」
――この子はいい覚醒者になるだろう。
私は一つの革新を抱きながらその瞳に優しく微笑み頷いて見せた。
●花鳥風光
カランコロンと耳に優しく鳴るカウベルが、聞く人々の心を和ませる。
ベル(ka1896)は、邪神戦争終結後、友人2人と世界を巡る旅に出た。
立ち寄った地には花の種を蒔き、関わった人々に種を渡していった。
友達との旅は楽しく、毎日が夢のようで。
こんな日々がずっと続けばいい。
それは彼女が抱いたただ一つの願い。
手を取る。
「ありがとう」
繰り返される別れの言葉。
それでも紡ぎ紡いだ花の種と皆が世話した花畑を護りながら、困っている人、悲しんでいる人達の力になるべく力を活かした。
危険な場所へも臆さず赴いて支援を繰り返す。
すべては皆の笑顔のため。
みんなの幸せのため。
「エルフはながいきだからね。
ベルはみんなよりながーくいきて、だれよりもたくさん、みんなのシアワセをみるんだよ。
だれよりもながーく、シアワセをいのるんだよ。
みんなしあわせになーぁれっ♪」
天高く掲げるは“にゃーんの杖”。響き渡るは奔放な声。
しかしその容姿は覚醒した時と同じく大人びた女性の姿。美しく長いウェーブの薄桜の髪には小花が躍っている。
満開の花畑。小鳥や野兎など森の動物達とこの清浄の森で暮らしていた“えがおのまほうつかい”はその黄緑色の瞳を閉じた。
ただ一つの恋を胸に抱いたまま。
誰かの幸せを祈りながら1人静かに眠りについた。
●歴史の語り部
クリムゾンウエストから遠く離れた星で私――雨を告げる鳥(ka6258)は微睡みから目覚めた。
頬を伝う雫に気付き、指先でそれを拭う。
……夢を見ていたようだ。
かつてハンターとして過ごし、仲間たちと共に歩んできた日々を。
大切な友人であり、恩人でもある人と語り合った時を。
邪神戦争後、さらなる宇宙開拓を目指す計画に参画し、最終的にこの星に辿り着いたのはもう200年以上前の話。
今はもう清浄な森から出ることは叶わない身であるため、クリムゾンウエストへ帰ることはできなくなったが、それでもあの頃のことは今でも鮮明に思い出すことができる。
あれから色々な物を見て知って、沢山の人と出会い別れを経験したというのに。
私にとって、一番の掛け替えのない時間と、出会いはハンターとして生きたあの数年だった。
本当に感謝してもしたりない。
邪神戦争・宇宙開拓時代から生きる者として、森を訪れた者に請われた際は歴史の語り部として生きる今。
故郷を離れた事を後悔することもない。
ただただ、胸に灯る光を愛おしく思うだけ。
ああ、そろそろ森の見回りの時間だ。
他の者が十分に見てくれているため、習慣の散歩に近いが。
長年愛用し続けているくすんだ金古美色の魔導カメラを携えて、さあ、行こう。
「相も変わらず忙しゅうして居る様じゃのう……何ぞ……妾の手の足る事は有るかえ?」
騎士団員との話しを終えたサヴィトゥール(kz0228)は、かけられた声の主を見て片眉を上げた。
「久しいな」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)はその端的な挨拶に思わず口元を緩ませた。
「治癒術の一つも使えぬ身なれど、負傷者の手当程度は出来る故な。応急処置も、傷口の縫合も……出来ぬ事ではない……術にばかり頼って居っては身体が自ら癒える事を忘れてしまいよるてな」
「申し入れは感謝する。が、不要だ。お前もそんなことをしたくて来たのでは無いだろう?」
「あぁそうじゃ……いつかの約束を覚えて居るか? 幼獣達に会わせてくれると云うた約束……今なれば叶うじゃろうか?」
「構わない。こちらだ」
ワイバーンの天禄を見て、察したのだろう。サヴィトゥールはいつも以上に何も言わず道を示す。
蜜鈴の頬の月を縛る刺青にも触れず、幼龍達が駆け回る広い草原を前に足を止めた。
「好きなだけいれば良い。私はこれから会議がある為別れの挨拶も不要だ」
「……あい理解った」
幼龍達は大小様々、20体以上が走り回り転げ回っていた。
「彼等の様な龍と、少ないけれど妾を慕ってくれる民草と……これで天禄も安心出来るじゃろうか?」
そっと首元に顔を埋めれば天禄の謡うような聲が耳朶を打つ。
顔を上げれば翼に傷を持つ大きな飛龍がこちらをじっと見ていた。
蜜鈴はその飛龍に静かに頭を下げると、天禄の首を撫でた。
「愛しい相棒……おんしが不安無く空へ還れる様に……征こう……きっと、これが最期じゃ」
見送るように見上げる幼龍達に手を振り、大空を駆ける。
夕暮れから薄闇の月夜に変わるまで。
日課となった愛しき人の眠る辺境を巡りいつもよりぐるりと遠回りをして郷へ帰る。
郷で唯一の、最後の龍。
満月の輝く夜に、蜜鈴の一滴の涙と共にその生命を終えた。
齢100を越えての南方大陸上陸は蜜鈴にとっても賭けとなった。
それでも、赤き龍の王にひと目逢いたい、その一身で転移門を潜る。
彼の龍では無いとわかって居る。それでも、出会えた喜びを、産まれて来てくれた事への感謝を告げたくて。
「初めまして、妾は……」
蜜鈴はこの時、半世紀振りに一滴の涙を零し、微笑んだのだった。
●君の音が聞こえる所が俺の生きる場所
1022年11月。
ルナ・レンフィールド(ka1565)とユリアン・クレティエ(ka1664)は初雪舞うマインハーゲンに降り立った。
結婚の報告をすると、フランツ・フォルスター(kz0132)は相貌をくしゃりと崩して喜んだ。
「翌年6月の上旬にピースホライズンで式をあげる予定です」
招待状を手渡すとフランツは頷く。
「私自身が参列するのは難しいが、雪解けのこの地から2人の幸せを祈っておるよ」
夜、気を利かせて先に休んだルナに感謝しつつ、ユリアンはフランツに紅茶ポットを傾ける。
「初めて伯とお会いした依頼で帝国出身者と間違えられたのも懐かしい、不思議な巡り合わせです」
「いやはや……随分昔の事のようでもあり、つい先日の事のようでもあるのぅ」
カフェインレスのハーブティで喉を潤しながら、穏やかに2人は記憶を辿る。
「……未来に生きる実感も想像もつかなかった自分に、その可能性の道を示して待ち続けてくれた彼女の揺るぎなさにかなわないと思って。だったら望んでくれるものを一つでも多く叶えたい……と」
事の経緯を聞くフランツの目尻は下がりっぱなしで、ユリアンは咳払いの後、紅茶を一口。
「しかし、氷姫の湖の湖畔とは……雪深くて大変じゃぞ……? 湿度も高いしのぅ」
「覚悟の上です。湖畔で暮らしたいと言うのが彼女の希望でもあって……この地で生きて僅かでも恩返しを、させて下さい。
魔導列車が通るにはまだもう少し時間がかかると思います。
ラファルの翼を借りて行き来し見ながら、雪崩れ込む変化の受け止め方を……今までを殺さない在り方を、考えて伝えて行けたらと」
「まぁ、多少の不便は2人なら問題にならんだろう。頑張りなさい」
頷く好々爺にユリアンは安堵し頭を下げた。
「……ところで、儂が思うにプロポーズはユリアン殿から……そうじゃな、ルナ嬢の誕生日などに行われたと邪推するが、如何かな?」
ユリアンは含んだ紅茶を噴き出しかけ、盛大にむせ込んだのだった。
1023年6月に友人や家族に祝福されて式を挙げた2人は翌年5月に男女の双子の父母となった。
そんな幸せに溢れた2人の下に届いた訃報は、まさに青天の霹靂だった。
2年前、初雪を見た2人は今、2人の乳飲み子を抱えて雪解けのマインハーゲンに降り立った。
気遣うユリアンにルナは微笑み返すとリュートを奏で。
(フランツさん、貴方の育くんだこの土地で、ユリアンさんと、この子達と、逞しく暮らして行きます。これからも見守って下さいね)
その温かくも優しい旋律は参列者の涙を誘い、心を慰撫したという。
『こちらはだいぶ湖の水温も温んできたよ。
そう、先月の氷姫の湖の鎮魂祭では私が作曲した曲を演奏したの。
あとね、料理も上達したのよ。湖で捕れた魚も捌けるようになったんだから!』
そこまで書いて、末娘の泣き声にルナは筆を置いた。
「ただいま……あれ? 音楽教室は?」
薬師を生業としつつ、ハンターとしても近隣の大小様々な依頼を受ける“便利屋さん”として働くユリアンは、末娘を抱いたルナを見て目を瞬かせた。
「今日は学校が遠足だから、お休みです」
「あぁ、なるほど」
「だから、音楽祭の要項をまとめちゃおうかなって」
フランツの命日に企画して、もう5回目になる。元は教え子の演奏発表会だったが、知人の演奏家をゲストに呼ぶ事で毎年恒例にした。
偲ぶとともに明るい未来のために。
「……ルナ、ありがとう。これまでもこれからも。愛してる」
唐突な告白にルナの全身が朱に染まる。
そんなルナを見てユリアンは微笑む。
まだ幼い3人の子どもと愛しい人との生活は静かで穏やかで、賑やかで目が回るほど忙しくて、こんなにも幸福だ。
●焦土に咲く花、光る星
邪神戦争から2年後の1021年9月。レクエスタ隊員として活躍を続けるGacrux(ka2726)はハンターの私設互助団体“暁の盾”を発足。自身の経験から、悩み苦しむ孤独なハンターを助ける組織が必要と考えたからだった。
だが、問題が起きた。人手が足りなかったのである。友人に助人を頼むなどしたが、そうそうスケジュールを空けて貰うわけにもいかない。
そんな翌月、狩子制度が発表され、これをいち早く導入。
これによりアシスタント人員を確保でき、設立から6年経った現在、Gacruxの眼鏡に適う者も現れ始めている。
また、1026年。Gacruxは開拓団報酬として、ついにカレンデュラ(kz0262)が拠点にしていた遺跡の場所を得た。
そこでの狩子達との生活は一層賑やかな物となった。
互助団体を手伝わせる事で、狩子達は他のハンターと接する機会を得られる。
それは単なる訓練という意味だけではなく、英雄譚に憧れて狩子となった者は、古株ハンターの話を聞く事で、実際の戦いが単純で華やかな物ではないと気付き、現実を知る学びの機会ともなったのだ。
その書斎では、ずっと生活を共にして来た老猫がGacruxの膝の上で寝息を立てている。
彼はその温もりを愛おしみながらヴォイドレポートをまとめていた。
これは主に人類と共存可能な歪虚についての研究論文であり、Gacruxの生涯の課題。
ハンターと人の心を持つ歪虚……クリュティエ(kz0280)の未来の希望としても残したい記録。
時折、ふらりと飛龍と共に飛び立ち、クリュティエに逢いに行く。
相変わらず人の社会は利権や争い続きで、彼女に会う事が癒しになっていた。
最初にグラウンド・ゼロのあの遺跡を報酬として貰える事になったと告げた時の彼女は少しの驚きの後、納得の表情を見せた。
初めて会ったのは戦場。だが次に会ったのはあの遺跡だったのをきっと彼女も覚えていたのだろう。
そして、Gacruxにとってそこが他者に踏み荒らされたくないと思うほどに特別な意味を持つ場所である事も。
大きく背を伸ばすと老猫は膝の上で大きく伸びをした後、床へと下りた。
Gacruxは息抜きに外へと出ると丘の上から景色眺める。
かつてカレンデュラと眺めた赤き焦土には、花が咲き、緑が育ち、人々の営みが広がりつつある。
一番星が光る。
Gacruxは呼ぶ声に声を返しながら再び家へと戻っていった。
●END OF SORROW
――あぁ、これは、ダメだ。
鞍馬 真(ka5819)は自分の身体から急速に力が抜け落ちていくのを冷たい地面に伏せたまま感じていた。
握っていたはずの剣は手から零れ、何も掴めないままの手のひらは血に濡れている。
――ハンターになって最初に赴いた依頼はピザ祭りだったっけ。
暫くは実力的にも前線には赴けず、穏やかな依頼が多かったのを思い出す。
それなのに、すぐに思い出せるのは身体的にも精神的にも苦しい依頼ばかり。
――死ぬ前の走馬灯なら、転移前の記憶を思い出せるかなと思ったけど……そう都合が良いものでも無いらしい。
駆け抜けていくのはハンターになってからの記憶ばかり。
失った記憶は最期まで戻っては来ない。
――思い出せたら、この空っぽの心が埋まるんじゃないかと思ったのに。
自分の手で人を殺した。
沢山の人を死に追いやる選択をした。
目の前で人を死なせた。守れなかった。
――だから、残りの人生は償いのために生きようと思った。
「仕方なかった」なんて言葉で済まそうとは思えなかった。
きっと、割り切って幸せになる道もあった。
でも、そうやって幸せになったところで、いつか罪悪感で押し潰されて壊れてしまっていただろう。
――だから、これで良かった。例えやり直しの機会があったとしても、違う道を選ぼうとは思わない。
――大嫌いな自分だったけど、自分を曲げずに生きたことだけは、唯一誇って良いのかもしれない。
温かな息が前髪を揺らし、頬にかかる。
ワイバーンのカートゥルがしきりに匂いを嗅いでいるのが分かる。
「どうか、逃げて、ぶじ、に」
ここまで付いてきてくれたカートゥルを撫でようと手を伸ばして、親友から贈られたバングルが目に入る。
真の未来を願ってくれた、大好きな親友。
共に戦場を駆け抜け、日常を過ごした友人達。
家族のように寄り添ってくれた幻獣達。
大切なものを忘れて空っぽになった心を抱えて生きてきた、10年にも満たない人生だけど。
彼らのお陰で、悪いことばかりでも無かった。彼らが居たから、ここまで生きることができた。
――だから最期は、皆の幸せを願って逝こう。
――――大切な皆が、幸せな未来を全うできますように。
「わたし、は……少し、つか……たか、ら。先に、やすませ、て、……もら、ぅよ」
息を吐く。
そして、もう二度と動く事は無かった。
●最愛
高瀬 未悠(ka3199)とイズン・コスロヴァ(kz0144)はカウンターで杯を傾けていた。
「 彼は『四肢をなくした人達の前例になって自分達で道を切り開けるのは嬉しい事だ』って言ったの。そんな彼の想いを支えたくて、義手や義足の人達のリハビリについて勉強したわ。希望を捨てずにこれからの人生を自分らしく生きてもらう為に」
未悠と最愛の彼との10年分の惚気話を聞きながら、イズンは口元を綻ばせる。
「前から思ってたけど……甘いものを食べてる時のイズンってすごく可愛いわよね」
指摘され、イズンは双眸を丸くする。
「さあ、今度は貴女の番よ♪」
促され、イズンは左薬指の指輪にそっとなぞった。
もう彼がいなくなって30年近いことに気付く。
革命の際、一介の帝国兵だったにも関わらず、当時の地底都市の在り方に異を唱え、革命側に付いた彼は結局結果を見ること無くこの世を去った。
口を挟まず相槌を打っていた未悠は、少女のように微笑んだ。
「……聞かせてくれてありがとう。やっぱり貴女も私も愛に生きる女だわ。こんなに愛せる人に出逢えて……私達は幸せよね」
グラスとグラスを小さく合わせ、口元へ運ぶ。
未悠のその一口に込められた祈りをイズンは知らない。
こうして帝国の夜は更けていった。
●イカサマとホンモノ
1032年8月。
藤堂研司(ka0569)と浅黄 小夜(ka3062)は初めて2人揃って墓前に手を合わせていた。
「ご無沙汰しております、フラット老。本当……随分と時間が経ったように感じます」
声に出し、そう呼びかける研司を小夜は横目でチラリと盗み見て、そして小さく笑む。
(……こんにちは、お爺ちゃん)
墓の下で眠る好々爺の顔を思い出しながら、小夜もまた、いつもの報告を始める。
(今日はね、やっとお兄さんを連れて来られたよ。相変わらず毎日慌ただしくて忙しいけど私は元気です。お爺ちゃんに会いに行くのはずっと先だと思うけど、これからも頑張るから、いつかの時まで見守っていてね)
暴食王戦も終えたある日。
小夜はさっぱりと片付いたキッチン跡を見て得も言われぬ不安を覚えた。
無駄に広く感じる空間。ポツンと置かれた小さなテーブルの向こうに立つ研司はいつもより覇気がないように見えたのもその一因だろう。
「……ケリをつけたんだ……おめでとう、お疲れ様」
労りの言葉と共に出されたのは温かな湯気を上らせるココア。
おおきに、と受け取り、恐る恐る口を開いた。
「お兄はん……お引越、されるん?」
「ああ、俺は、リアルブルーに帰る。それで、改めて人間として生きる」
研司の言葉に、小夜は双眸を見開いた。
帰れる時が来たら家に帰りたい。
その気持ちはずっと変わらない小夜の希望だった。
だから帰還も迷わず申し込んだが、研司はどうするんだろうと居ても立っても居られなくなった。
今まで聞かずにいた事、これから先の事。
泣いて困らせる事はしない様にと気合いを入れて訪問したキッチンで、まさか研司の方から口火を切ってくるとは思わなかった。
研司はそんな小夜の気持ちに気付かない。ただその表情を見て、自嘲の笑みを浮かべた。
「……俺は、困難に対し人間本来の力で立ち向かうことを諦めて、覚醒に手を出した。精霊様に頭を下げて覚醒なんてイカサマを恵んでいただいた、餌付けをされた畜生だ。それじゃ飽き足らず神様にまで希い、守護者ってイカサマのおかわり……まったくもって、救えない」
短い爪が食い込むほど握り締めていた手のひらを開く。
「だから生き直さなきゃならん、それには、生まれた土地でなきゃいけない」
小夜は思いがけない研司の言葉に息をするのも忘れ。
「それを前提に、傲岸不遜なお願いを、どうか聞いてくれないか」
研司の唇に吸い込まれるように、食い入るように、一語一句聞き逃さないように全神経を集中させる。
「俺と……俺と、ブルーに、帰って欲しい」
恐ろしい程の沈黙が2人の間に降りた。
「……そう、だよな。急にこんな事言われたら小夜さんだってびっくりするよな」
研司は前髪を掻き上げるようにして小夜から視線を逸らした。
いつだって真っ直ぐに自分を見てくれた小夜の顔が困惑に歪む、そんな表情は見たくなかった。
そんな研司の前髪を握る手を柔らかな指先が包む。
思わず視線を向ければ、泣き笑いのような表情の小夜がいて。
「お兄はんは、精霊や神様に頼った事悪い事みたいに思てるかもしれへんけど……私は、精霊や神様はきっと、人の叶えたい想いにチャンスをくれたんや思う」
(いつも大人やったお兄はんの心の澱、聞かせてくれて有難う)
いつだって小夜の手を引いてくれた。護ってくれた。与えられてばかりで何も返せていなかった。
……そう思っていたけれど、そうじゃなかったのだとしたら。
「私は家に帰りとうて……そないな私に優しゅうしてくれた人達を護りとうて、力があれば出来る事があるさかい……それ少しだけ助けてくれた、そう思てる」
無骨な“男の人の手”を小夜は両手で優しく包んだ。
「ほんでもお兄はんが納得できひんなら、前借りのご褒美やったんや思て、これから返して行けるように頑張っていきたい。……許してくれるならずっと一緒に」
「小夜さん……」
「お互いの故郷を案内するって約束も、果たせたら嬉しい」
そう言って微笑う小夜に研司は不器用な笑みを返し、感謝を唇に紡いだ。
こうして研司は覚醒を禁じ、ただの人として。
一方、小夜はエージェントとしてリアルブルーに戻った。
それから13年。途中両世界を行き来していた小夜と違い、ユグドラシル計画の完了をもってようやく研司はクリムゾンウエストに再度足を踏み入れる事を了承したのだった。
(私は……俺は、最初に出会う前から貴方という男が眩しかった。小夜さんが貴方の事を話す時、そこには掛け値なしの尊敬があった。
自らの、ヒトの力だけで権謀術数の世界に雄々しく立ち向かう、覚醒に堕ちた畜生の眼からは腹を切りたくなるほどの輝きがあった。
直接逢えたのは僅か数度でしたが、その都度俺は憧れ、自らを恥じ入った。……墓前を前にしても、今尚憧憬は止みません)
まだ、生き直しの途中。
(あの世に向かうまでに、俺は必ず畜生道から人道に戻る、戻ってみせる。そしたら、この世で研鑽した珠玉の味をお見せします。……では、またいずれ)
顔を上げた研司が視線に気付けば、もうすっかり大人の女性となった小夜が嬉しそうに見つめていた。
「みんなと会うまで時間あるけど……どこか行きたいところはある?」
いつか研司が差し出したように小夜から研司の手を取り握る。
風が吹く。
ザールバッハの短い夏の日差しが2人を温かく照らしていた。
●INTERVIEW
『少年から社長へ――覚醒者から見た現代を語る』
仕事を終え、ふらりと立ち寄った古本屋で無造作に並べられた古雑誌には、見覚えのある顔と帯が表紙を飾っていた。
懐かしさと多少の気恥ずかしさを覚えつつも手を伸ばし、その記事にざっと目を通す。
――覚醒者が両世界を行き来できるようになって早5年。邪神戦争中に限らず、常に激戦区で活動していた【VCU】を会社化した鬼塚さん。両世界でのハンターの活動支援が主な業務だそうですが、現在も常に最前線に立ち続けているそうです。
……
…………
……
…………
――会社の理念は「誰もが生きて笑える明日を創る」とお伺いしました。
「かつてこれは、大事だった“あの子”の祈りであり。ヴィルへルミナ・ウランゲルの夢でした。あの日の転移にもし意味があったのなら、それはきっと世界を守る為というよりも、きっと出会う為にあったのだろう……それに気付けた時、これは自分の夢となったんです」
鬼塚 陸(ka0038)はそっと雑誌を閉じた。
齢50を越えた今も変わらず、それが嘗て六等星だった彼を走らせるただ一つの輝く星であることを再確認してそっと笑む。
そして今は今日の夕飯を作って待っていてくれる、帰るべき場所へと彼は歩き始めた。
●小惑星の力学
1060年。グラズヘイム王国。ルル総合大学。ここを発祥地としてまことしやかにささやかれる噂がある。
『王国全土の犯罪組織を裏から操っている<教授>がいる』
「浪漫だねぇ」
カラカラと笑う精霊を魔術師学部の『教授』であるエルバッハ・リオン(ka2434)は眉間にしわを寄せて睨む。
実際のところ、<教授>自体、存在しない犯罪者であることは大学関係者なら誰もが知っていることだ。
事の発端は、たまたまエルバッハが王都の犯行現場を通りかかったところをリアルブルー出身のミステリ好きの生徒が発見。その生徒が学友たちとの雑談の中で『実は……』と冗談にしたことなのだ。
そしてその冗談に尾ひれ背びれが付いて1人歩きを始め、最悪なことにその噂を知った犯罪者たちが自分の刑罰をどうにかして軽減しようと、逮捕後、噂に便乗したことによって虚構の犯罪王<教授>が誕生することになったのである。
「笑いごとではありません。何か事件が起こる度に警察が来るのでは研究が滞ります」
しかも手柄欲しさに証拠を捏造するような捜査員まで出てきて、先日も酷い目に遭ったのだ。
邪神戦争から40年。容姿に変化がないことが唯一の悩みだったエルバッハは急浮上した悩みの種に頭を抱えこめかみを押さえたのだった。
●始まりの予兆
「……おかえりなさい。そして初めまして。貴方の新しい生が幸多きものでありますように」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)は一介のハンターの中で最初に赤の幼龍に面会できた者だった。
アウローラに移住し、機導師の知識を活かして砂漠生活で役に立つ魔導機械の作成や整備に従事し50年。
蒼の一族を始めとするコボルド族との交流を続けた結果、ヒトとコボルドの調整役として広く知られるようになっていた。
「王様にとっちゃあっという間の年数だろうが……子供の頃に妙な友達がいたと覚えてもらえりゃ幸いですな。コボルトと、人と、龍……この南方大陸に良き時代が訪れますように」
古ぼけたオルゴールを取り出し奏でると、幼龍は興味を引かれたようで翼を羽ばたかせた。
「王様も音楽が好きですかい?」
かつてこのオルゴールを渡しそびれた双子竜を思い出し、グリムバルドは双眸を細めた。
「ああ……お迎えが来る前に他の龍達にも会えるといいなぁ……」
これからは若い者達の時代だ。孫達までは保証できるがその先は未知数だ。
ぴゃぁ? と幼龍が鳴き、グリムバルドは我に返った。
「きっと大丈夫さ。俺も命が続く限り見守りますし。なに、後30年は生きるぜ!」
呵々と笑ったグリムバルドを見て幼龍は楽しそうに尾を振って見せた。
●王の帰還
アーサー・ホーガン(ka0471)は第一次帰還でリアルブルーへと戻っていた。
不惑を前に荒事から引退し、多国籍ならぬ多世界肉料理専門店『ネフェルティ』を開業。
従心を越え、隠居でもするかと思っていた頃に赤龍誕生の報を聞き、数ヶ月の足止めを喰らってようやく龍の巣へと辿り着いた。
更に驚くほどのセキュリティチェックを越え、ついに王の間に踏み入れる。
「ほら、転生した赤龍だぞネフェルティ」
デフォルメしたような幼龍だが、昔見た王龍の姿がそこにあった。
そっと兜「ドラゴンクレスト」を撫でる。
「……やれやれ、年取ると感傷的になっていけねぇや」
幼龍の周囲を見回し、静かに首を横に振ると背を向けた。
かつて王龍の傍にはネフェルティという名の赤銅色の鱗を持つ龍がいた。
強欲竜に身を堕とし、腐竜と呼ばれるようになり戦う事3度。
そしてただ一度、夢の中で共闘を果たした。
「ここにお前がいないのは分かってるってのに」
置いて行こうかと思っていた兜を抱え、山を下りた。
後に赤龍に名前はないのだと聞いた。
そういえば、現存の青龍、黒龍にも名前が無い。
新たな赤龍を支えるのは若人の務めだ。
眷属の居ない王を支える者達が善良であることをアーサーは心から祈った。
●赤の院長
『強い騎士団は人同士の戦争の抑止力になる』
その信念の下、赤の隊を鍛え上げ続けてきた私――アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が孤児院の院長として第二の人生を送り始めてもう何年になるだろうか。
その夜、珍しく強盗が侵入した為、職員全員で反撃に出たところ、これが驚くほどあっさりと降参した。
「院長を知らないなんて、物を知らないにもほどがある」
そう言って弟子の1人などは頬を膨らませていたが、私自身も最近の強盗というのも根性が無くなったものだと落胆は隠せない。
「知ってっか? ししょーは赤の隊のたいちょーだったんだぞ」
まだこの孤児院に来て数日しか経っていない緋色の瞳の少年に向かって、先輩風を吹かせるように年長の少年が言う。
この孤児院に来る子ども達の事情は様々だ。
単純な家庭問題の末、というのが最近最も多いが、未だ戦争や歪虚絡みの事もある。
この子はその少数派、歪虚絡みで両親を失った。
「……つよいの?」
折れた腕を吊り、頭部に巻かれた白はその怪我の壮絶さを物語る。
しかし、それに負けない強い光を灯す瞳が真っ直ぐに私を見た。
「……あぁ。それなりには」
――この子はいい覚醒者になるだろう。
私は一つの革新を抱きながらその瞳に優しく微笑み頷いて見せた。
●花鳥風光
カランコロンと耳に優しく鳴るカウベルが、聞く人々の心を和ませる。
ベル(ka1896)は、邪神戦争終結後、友人2人と世界を巡る旅に出た。
立ち寄った地には花の種を蒔き、関わった人々に種を渡していった。
友達との旅は楽しく、毎日が夢のようで。
こんな日々がずっと続けばいい。
それは彼女が抱いたただ一つの願い。
手を取る。
「ありがとう」
繰り返される別れの言葉。
それでも紡ぎ紡いだ花の種と皆が世話した花畑を護りながら、困っている人、悲しんでいる人達の力になるべく力を活かした。
危険な場所へも臆さず赴いて支援を繰り返す。
すべては皆の笑顔のため。
みんなの幸せのため。
「エルフはながいきだからね。
ベルはみんなよりながーくいきて、だれよりもたくさん、みんなのシアワセをみるんだよ。
だれよりもながーく、シアワセをいのるんだよ。
みんなしあわせになーぁれっ♪」
天高く掲げるは“にゃーんの杖”。響き渡るは奔放な声。
しかしその容姿は覚醒した時と同じく大人びた女性の姿。美しく長いウェーブの薄桜の髪には小花が躍っている。
満開の花畑。小鳥や野兎など森の動物達とこの清浄の森で暮らしていた“えがおのまほうつかい”はその黄緑色の瞳を閉じた。
ただ一つの恋を胸に抱いたまま。
誰かの幸せを祈りながら1人静かに眠りについた。
●歴史の語り部
クリムゾンウエストから遠く離れた星で私――雨を告げる鳥(ka6258)は微睡みから目覚めた。
頬を伝う雫に気付き、指先でそれを拭う。
……夢を見ていたようだ。
かつてハンターとして過ごし、仲間たちと共に歩んできた日々を。
大切な友人であり、恩人でもある人と語り合った時を。
邪神戦争後、さらなる宇宙開拓を目指す計画に参画し、最終的にこの星に辿り着いたのはもう200年以上前の話。
今はもう清浄な森から出ることは叶わない身であるため、クリムゾンウエストへ帰ることはできなくなったが、それでもあの頃のことは今でも鮮明に思い出すことができる。
あれから色々な物を見て知って、沢山の人と出会い別れを経験したというのに。
私にとって、一番の掛け替えのない時間と、出会いはハンターとして生きたあの数年だった。
本当に感謝してもしたりない。
邪神戦争・宇宙開拓時代から生きる者として、森を訪れた者に請われた際は歴史の語り部として生きる今。
故郷を離れた事を後悔することもない。
ただただ、胸に灯る光を愛おしく思うだけ。
ああ、そろそろ森の見回りの時間だ。
他の者が十分に見てくれているため、習慣の散歩に近いが。
長年愛用し続けているくすんだ金古美色の魔導カメラを携えて、さあ、行こう。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/11/04 22:15:20 |