【未来】giocoso

マスター:石田まきば

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~100人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/11/06 07:30
完成日
2019/11/16 21:34

このシナリオは5日間納期が延長されています。

オープニング



 森都の歴史は詳らかになり、森の外との行き来も人に限らず、技術も物資も、活発になっていった。
 長老会には森都の最高機関という形は残っているが、選出基準に実務能力も鑑みられるようになり、かつての血統優先の慣習はなくなった。
 役人達もまた同様だ。かつての恭順派のように我の強い者達は、密やかに特別施設に送られるという噂は存在するが、消息を絶ったなんて話は聞こえてこない。
 執行者達の多くは警備隊に紛れ、もしくは寿命を迎えた。歴史が詳らかになった事で、その存在意義も薄れたからだ。
 図書館員と機動隊員は共に協力するようになり、恭順派と維新派の境目も緩やかに穏やかに変化していった。
 かつて通信楔と呼ばれた未完成の技術、穢れに堕ちた者の残した技術は、今では大規模浄化の媒体としての役割も併せ持つほどになった。

 近年、森都で話題となっているのは最奥地オプストハイムに存在する保養所である。
 初めこそ活動限界を迎えた同朋しか受け入れなかったこの場所も、出身の違う同族を迎え入れ、別の種族との血の交わりを受け入れ始め、種族の垣根を減らしていった。
 緩やかに、けれど確実に変化を繰り返した結果、今では保養所としての役割だけでなく、穏やかな自然を満喫する観光施設としての役割も併せ持つようになっている。

 ナデルハイムの発展は今も続いている。
 常に技術を求める姿勢はヒトのそれと同じほどになり、時に帝都の技術者と協力するため森と行き来する者も少なくない。
 何より気軽な観光地としての色が強く出てきたからだろうか、以前にもまして、関連施設は賑やかさに溢れている。

 ブラットハイムは商人向けの宿泊所が建設され、この地を拠点にし腰を据えた商人が他の区画に交渉に向かう、なんて姿も見られるようになった。
 勿論特産品として不動の人気を誇る林檎の果樹園はその生育も順調だ。

 ツヴァイクハイムにも、ひっそりと保養所が建設された。賑やかさを不得手とする者達がオプストハイムから移り住む、そんな傾向が見られたためだ。
 とはいえ来客を嫌うわけではなく、清閑な時を過ごしたい者の為の、小規模な宿泊所も備えられている。所謂避暑地のような扱いだ。

 維新派から排出された初めての長老であるユレイテル・エルフハイム(kz0085)は、同時に維新派から排出された初の大長老となった。
 しかし、その軌跡は彼ひとりの力によるものではなく。世界を揺るがす動きが幾重にも重なり、その時期に丁度重なるようにして彼が居たからこそ、森都にも変化がもたらされただけである。
 森都全体の変化だけでなく人材育成にも力を入れた彼は、有望な若手だけでなく、自分の子供達にも新時代に必要な教育を施し、自身の後継者としての養育を進めた。
 今なお大長老という肩書は預かったままではあるが、それ以外の肩書は全て後継者達に引き継がせたところだ。
「権力ばかり集めた存在はこれから先は不要だろう。相談役を都合のよい言葉で言い替えただけ、そんな存在であればいい筈だ」
 その言葉と共に、今はオプストハイムにある一軒家で、全盛期よりは落ち着いた、比較的穏やかな暮らしを営んでいる。

 かつて少女だった者達も、今では大人の女性である。様々な職に興味を見せた者達は、少しずつ、其々が選んだ道に分かれていった。
 とはいえ森の外に出る者も、森の中に残る者もどちらも居る事には違いなく、縁を辿り伴侶を見つけた者も居れば、森の中で新たなやりがいを得た者など様々だ。
 新しい職の機導隊員、人手が更に必要となった図書館員など、古代文字からの歴史の編纂に関わった影響で興味を持った者。
 保養所に携わることで生の終わりを考える者は、献身的な態度は非常に喜ばれた。
 マグダレーネは様々な道を選ぶ少女達との触れ合いを重ね、森の外からの協力も得て、時を重ねて。気付けば浄化の能力を身につけていた。
 取り戻した、とは断じられない。それが真実かつての能力と同じなのか、結局記憶を取り戻すことはなく、確かめる術はないからだ。
 巫女として残った者達は、マグダレーネにより穢れを取り除かれてもなお、それまでよりも熱心な修行を重ねた。それは世界の浄化の為というよりも、同じことを繰り返さない為。
 事実を受け止め、繰り返さない為、技術を真実を得る手がかりを喪う事で再び悲劇が生まれない事を願う心からの姿勢だった。
 文献だけでは伝えられないものがある。だから巫女達は、同じ時代に限られた数だけでも存在できるようにした。穢れに、生命に、危険がなくなったからこそ。その道を心から望む者も、確かにゼロではなかったので。

 第三師団シュラーフドルンの師団長カミラ・ゲーベル(kz0053)は、帝都の復興に目途が立ち、慕ってくれる部下達に師団長の実務を全て受け渡せる状態になったと判断した後、辞表を提出して放浪の旅に戻ったとされている。
 そもそも彼女は陛下が居るからこそ師団長の席に収まったと言っても過言ではなかったためだ。従う主が居なくなってすぐに離れなかっただけ、良識はあった方なのだろう。
 後を任された二人の副師団長のうち、モーリッツ・ハウプトマンが後任として師団長の席に収まった。元々、カミラの着任前は彼が仮のトップとされていたので、ただ時期が遅れただけだ。
 変わらず実務全般を取り仕切っていたテオバルト・デッセルはパウラ・エルフハイムと所帯を持ったが、互いに多忙な立場の為別居婚の一例となった。子にも満足に会えない、という台詞が部下達への叱責に混じるようになったあたりからは随分と周囲への態度が丸くなったと言われている。退任後はこの森都に居を移し、妻子に看取られてこの世を去った。外部の、なおかつ他種族の血を受け入れる前例としての役割も果たしてくれた貴重な存在だ。



「まだ、僕の頁は不要……だよね?」
 詩集に書き留める手を止めて、シャイネ・エルフハイムは呟く。今は自分ももう森の外に出なくなった身だ。
 意識的に止めていた外見の時を進めるように決めてから、百年ほどが経っている。
 三十歳程度の見た目になったところで、またその時を止めたけれど。
 自分の詩だけでなく、大切な存在の紡ぐ詩も森の外で詩う、そんな生活もとうに終わりを迎えていた。
 けれどまだ、世間で言われている寿命の上では半分程度。けれど短くない時間でもある。
 半生を描き始めるには都合の良いタイミングなのかもしれないと、そう思いたったところだ。
「そうだね、良い事を思いついた♪」
 心地よい日差しの射しこむ書斎から、リビングへと向かっていく。
 新たな詩作の為の刺激ではなく、優しい記憶を揺さぶる為の声を掛けにいこう。
 この部屋に居るだけでは、自分の記憶だけでは、良いものは書けないだろうから。
「話をしようか、噂話でも、思い出話でも、書きとったメモ程度でもいいんだ……一緒に行くかい?」

リプレイ本文

●1020年1月 恋人になるための

 途切れぬ雨音が、レオーネ・ティラトーレ(ka7249)の心をどうしようもないくらいに焦らせる。
「早く……止んでくれよな」
 セレーノもレイヴもこの天気では空を飛べない。地を駆けるにしても地面は随分とぬかるんでいる。
 ただでさえ、セシア・クローバー(ka7248)の転落理由がぬかるんだ地面なのである。ペガサス達に無理をさせるわけにもいかなかった。

 うっすらと開いた瞼の向こうには、知らない天井。
(確か、子供を庇って……)
 雑魔退治でレオーネと共に山村を訪れたこと。退治したものの村の子供がついてきていたこと。池の傍で転びかけたその子に手を伸ばして……
(そうか、池に落ちたのだったな……)
 季節もあって池の水は冷たかった。凍っていなかったことは幸いかもしれないが。子供の叫び声と、自分を呼ぶレオーネの声を聞いたような気がする。
(にしても……)
 声を出すのも億劫な状態だ。既に自覚はしていたけれど、緩慢な動作で自身の手を持ち上げる。頬の熱を確かめれば……ああ、間違いなく、発熱している。
 額の上にあるのはきっとタオルなのだろうけれど、既に自分の体温に染まってしまったのか微かな重みしかまともに感じ取れない。
 全身が怠いのだ。何をするにしても、感じとるにしても全てが、世界がいつもよりゆっくりとしている。自分だけ、別の世界に閉じ込められてしまったような。
 ドアの音に視線を向けようと頭を捻れば、べちゃりと、タオルが落ちた。
「目が覚めたんだね、セシア」
「……」
「ああ、無理にしゃべらなくていい」
 言いながら、ハンカチで額が優しく拭われる感触。これだけ熱いと感じていれば、それだけ汗もかくだろうと、他人事のように思ってしまった。
「ほら、上を向いて。冷やせないだろ?」
 新しく出してきたタオルを絞って、これもそっと乗せられる。
(気持ちいい)
 タオルもそうだけれど、少しだけ触れたレオーネの指。自分より低い体温がとても、心地よかった。
「まだ帰れないから……今はお休み」
 額から、瞼を下すように、触れない程度に、その手が近くまで、伸ばされて。
(そう、だな……苦しい、でも……助かる……)
 呼吸が荒くなっていることも自覚していたから。セシアはゆっくりと、まどろみの中に意識を手放していった。

 セシアを早く医者に診せたい。この村は奥深いために医者がいないのだ。
 麓への救援要請は既に送っているけれど、この雨で山を登ることは難しくなっているだろう。
 一度目を覚ましてくれたおかげで、家の中をウロウロするだけ、なんて無駄はやめることができたけれど。今度は彼女の声が聞こえなくなったことで、不安が募るようになった。
 悪いとは思うけれど……セシアの眠る寝室で、彼女に触れられない距離に場所を借りることにした。
(静かな夜は嫌いだ)
 特に、誰かの看病で起きていなければならない様な。こんなに静かな夜は。
 気付けば雨音は消えていた。けれど地面はまだ酷い状況だろう。
 まだ苦しさを残しているセシアの寝顔が視界に入った。
 早く治してやりたい、かわれるなら、かわってやりたい。
 脳裏に、過去の記憶が過る。今のセシアと、重なって。
(知っている……俺は、怖いんだ)
 移り変わりの早い山の天気に翻弄されながら、寝顔を見続けていられなくて。窓の外を、空を見上げた。
 あれだけの雨を降らせていた雲は、逃げるように遠くへと向かっていく。
(ここではない星の向こうにいるお前は。お前なら……怒るな)
 動揺するなんてお前らしくないと、そんな風に言葉をくれるだろうか。この虚しさを吹き飛ばしてくれるだろうか。
(怖がって泣いてる場合じゃないとお前なら言うんだろうな)
 しかし、それは聞けそうにない。お前はここに居ないし、何より。
(怖いさ、怖いに決まってる)
 お前の看病の時だって。眠れない夜は、本当に朝が来てくれるのかと怯えてばかりだったんだから。
(もう、最期の表情も、声も。お前で思い出せない)
 俺がお前にちゃんと笑えていたかの自信だってないのに。
 怖さだけは、胸の奥に。今も残っているのだ。

 睡眠が足りたのか、体力がある程度回復したのか。意識がゆっくりと浮上する感覚に任せて、セシアは目を開けた。
 部屋は暗い。けれど、うっすらと明るい。
(カーテンが開いているのか)
 雨音もない中、空が見えるだろうかと視線を巡らせる。
(なんて、顔を……)
 星空に気付き、そして。レオーネもそれを見上げている。
 表情が抜け落ちて、どんな感情も読み取れない。けれど、彼の片目からだけ、涙が流れている。
 苦しさに乗じて何か失態でもと思い返そうとして、突如、答えが降って来たような気がした。
(……そうか)
 友人でもなく、けれど正式な恋人でもない、お試し期間だと、恋をしようと持ち掛けられたあの日。
 友達は恋愛対象じゃないと言っていたその理由はきっと、今のセシアの状況と似ているのだ。
 きっと、彼は。恋人をこんな風に喪ったのだろう。
(器用そうなのに。一番重要な箇所は不器用なんだな)
 あれほどスマートに口説いてきたくせに。
 なら、私は。
「レオーネ……」
 手を伸ばす。声も、多少擦れてはいるが出るようになっていた。

 伸ばされた手に無理はするなと、大丈夫だと微笑んだはずなのに。
 気付けばセシアの手が自分の手に重なって。指も、逃がしはしないと、此処にいると示すように絡められていた。
 まさか、寂しさに気付かれたとでも?
 僅かに目を見開いてしまったのは、無意識下でそうだと認めたも同じになってしまっただろうか。
「……私が、あなたを幸せにしよう」
 それは……今の俺に、気付いたのか。
「だから、あなたが私を幸せにしてくれ」
 喉が辛いなら水をと言わなければいけないのに。彼女の紡ぐ言葉を、続きを待ってしまう。
「私があなたの地上の星となろう。空の星を、純粋に愛しく思えるように」
 ……完敗だ。
「そう言ったのは君だけだったよ」
 大抵は皆、忘れればいいと言った。でも君は、抱えていても受け入れると?
「大丈夫……もう、怖くないぞ?」
 彼女の半分が揺らいでいる。そうか、俺は泣いているのか。

「ありがとう」
 片目から涙を流すレオーネからの返事に、鼓動が跳ねたのはきっと、そういうことなのだ。
「君は、俺にとって最も美しい地上の星だ」
 繰り返すことで、自身の胸に刻み込む。
「俺は、君と生きたい。俺の隣で咲かせてみせる」


●1020年冬 再会という形で幸せの確認を

「今日は来客の予定はなかった筈じゃが」
 呼び鈴の音にドアへと向かうヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)は首を傾げるばかり。扉の向こうから敵意の類はないようで、警戒は徐々に疑問だけとなっていく。寒気対策でストールを巻いてから、扉を開けた。
「ご無沙汰しております、お嬢様」
 声は思いのほか近い位置から届いた。慌てて視線を合わせれば、懐かしい灰色の髪。下げている頭のせいでその顔は見えないけれど。その髪は、格好は、何よりその声は。
「アルフレッド……なのかえ?」
 声が震える。幼い頃傍に在った執事見習いは、あの運命の日、消えない傷を身に受けたあの日に、家族とともに失った、と……
 恐る恐る手を伸ばす。肩に、触れた。……あたたかい、実体がある。確かに血の通ったヒトが、ここに居る。
「顔を見せて欲しいのじゃ」
 確信はすでにある、けれどいつまでも下げたままの姿勢に不満に思って声をかけた。許可を出すまで動かない、なんて確かに従者の態度のままで。ついくすりと笑ってしまった。

「ありがとうございます」
 執事服を着て、かつての通りに髪型を整えて、潜入の為に、スイッチを切り替えるためのモノクルを身につけて。随分と昔の癖なのに、自然と体は動いていた。
 ゆっくりと顔を上げたフェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)は目を眇める。今の姿も生活も知っていたけれど、こうして近くで相対するとこんなにも眩しい。
「はい、アルフレッドです。ご立派になられましたねお嬢様」
「もうそんな年ではないのじゃ」
 人妻でもあるし、と照れた様子に微笑ましさを感じる。そう、思えるようになった。
「いいえ、貴女を、貴女達家族を見守る任務に就いたあの時から、貴女は私のお嬢様ですよ」
 かつての自分は暗殺者で、彼女は標的の娘で。
「貴方の母方のお祖父様に依頼され、潜入と言う形で護衛をしていたのですが……あの日、私は皆様を御守りできませんでしたから」
 今日まで会いに来れなかった。歪虚に標的を横取りされて。覚醒して。情が移っていたから、あくまでも標的本人ではなく“娘”だから。
「けれど、あの時お嬢様が教えて下さったマシュマロの味が、私にとって、救いの味で……」
 死に急ぎたくなる欲を、笑顔を思い出すことで紛らわせてくれた。それは確かに幸福の味で。
「……やっと、名乗ることができるようになったんです」
 上げていた前髪を崩して、“アルフレッド”から“フェイル”へと戻す。小さく目を見張る彼女の様子に、頷いた。

 月日にして十数年。互いに年を経ても、そうだと分かるものがある。
 自分以外にも生き残りが居たこと。過去を話せる相手が、見守っていてくれたこと。
 語られる言葉には驚きばかりだ。記憶よりも細められた目元で、それだけ悔いていたのだと読み取れる。
「似ているとは思ったのじゃが、まさか、本当に」
 ユニオンカフェでの邂逅はほんの数分。
「初対面と思っていたそなたの心配をすることに違和感を覚えなかったのは、そういうわけだったのじゃな……」
 マシュマロのように疑問が溶けて、笑みが浮かぶ。かつてともに食べた甘さを思い出すようにして。
「あの時に、言ってくれてもよかったのじゃが」
 互いに業務に忙しく、言葉だって満足に交わしていない、仕方なかったと分かっている。
「今は、そなたが生きていたことが、嬉しい」
 フェイルの手を取って、半ば強引に握手を交わす。
「これからは使用人じゃなくて、友人として会いに来てくれるんじゃろ?」

 未来へ歩み続けていれば、こうした再会もあるのかと。破顔する元主人……いや、これからの友人に。ぎこちなく笑みを返す。
 足を洗って、ハンターとしての経験を重ね、時折彼女の様子を伺って。日陰の道を、出られるようになっただろうか。
 真実を混ぜ込んだ嘘は、墓場まで持っていくから。幸せを見つけた彼女を友人として祝福できる、そんな立場を望んでもいいだろうか。
「ええ、こちらこそ。よろしくお願いしま……ああ、違うか。俺からもお願いするよ、よろしくね」


●1021年春 神夫婦爆進創成記

 風の入りこまない部屋で、符を散らす。日々の運を読む時よりもマテリアルを籠める。
 善き想いを籠めた符は扉の傍へ。それはもういつものことなので諦めて、穢れを掃う意思を籠めた符が望む先だけを、地図と照らし合わせる鬼塚 小毬(ka5959)。
「もう入って大丈夫ですわよ」
 そう声にすれば、間髪入れずに鬼塚 陸(ka0038)が入室してくるのだ。近くの符を拾い上げながら傍に来るまでがお約束。
「いつもこれ落ちてるよね」
「……偶然ですわ! リクさん、少し北に行った場所。雑魔か、何か事件があると思われますの」
「じゃあ次はそっちに行こうか。にしても、不穏な話しか出ないのも面白いよね」
 占いって吉凶どちらも示すって聞いたけど。そう続く陸の声にはどこか面白がる響きが含まれている。
「気のせいですわ」
 日々の運勢を読むためだ、と毎朝の日課を加えた小毬は動揺するしかない。そちらは符を一枚抜き出すだけの簡単なもので、吉報が出ることもある。
 うっすらと耳に赤味が増した小毬の様子に気付きながら、陸は支度を整え始める。
「それじゃあ行こうか、ここの料理も満喫できたし?」

「私、雪花を呼んできますわね」
 どうにか誤魔化せただろうか。愛ペガサスの元に早足で向かいながら、小毬は両手を頬にあてる。荷はとうに積み終わっている。今日この村を出発することは決めてあって、だからこそこの先に進むべき道を占っていた、それだけなのだ。
 これまでも何度となく繰り返した占いだ。良いものが待っている筈の道先は、夫である陸を示す。吉凶どちらも共に占ってこそバランスが保たれる、だからこの符を取り除くことは出来ない。符に、特別愛情を籠めたつもりもないというのに。
 扉の向こうで待っていると知っているからかと、別の部屋で待機して貰ったこともある。その都度彼の居る方角に符が向かうのだから、意味がないととうに諦めた。
 これまで、常に気を張って。忙しく動き回っていた夫だ。長期休暇を兼ねてくれたらいいと思っていたけれど、そもそもこの旅は共にやりたいこととして話していたものだ。
 小毬自身、楽しんでいるのは事実で……共に在るだけで、自分は幸せなのだと占う度、符に語り掛けられている。

「どういうことですのっ?」
 森都に小毬の声が響く。
 蒼界にも足を運ぶ前にもう一度世界を回ろうと決めた、その旅の途中に挨拶でも、そんな気軽な理由だった筈なのだ。
「マリ、林檎買い付けてきたけど、どうしたの?」
「これは一大事ですわよ? これでは街を気軽に歩くなんて出来ませんわ!?」
「え、どれどれ~」
 シャイネに教わった詩を復唱する巫女の声を聴きながら、差し出された詩集を覗き込む陸。
 歪虚を一撃で屠る話。
 捕縛した悪党一味が高額賞金首で、二人で賞金総取り。
 ……確かに記憶にある通りだ。
 神の名を利用して問題事を解決した件は実際のところ、武力で圧迫解決だったとか。
 伝説の符術師が女神の如く光り輝いていたとか。
 神夫婦、なんて単語が見える気もするけれど。
 よく見れば事実に色々とスパイスが盛られた話がいくつも並んでいる。
 新婚旅行のような、自由気ままな二人きりの旅路だけれど。よくもまあ色々なことに手を出したなと感慨深く……
「私……そんなに過激に見えますかしら……」
 神々しい光をまき散らし、周囲の雑魔を一層すると同時に周辺一帯を浄化した。というあたりは確かに神業だ。実際はひとつずつ丁寧に対応していたはずなのだけれど。
「確かに二人でなら出来ないことはないと、そんな風に少しばかり強気になっていたのは否めませんけれど」
 今から修正は可能だろうか、と悩む小毬は混乱のせいか、この噂が森の外から流入した事実を見落としている。既に各地で広まっているし、今この時も新たな要素が追加されている筈だ。なにせほんの数年の活動でここまで大きくなったのだ。邪神戦争での名声や、これまでの噂も後押しはしたかもしれないけれど。今後加速はしても減速はしないだろうと陸はとっくに確信している。
「別にいいんじゃない?」
 あっけらかんとした声に小毬の眉が少し跳ね上がった。
「リクさんは気楽に考えすぎではありませんの?」
「そんなことないよ?」
 悟ったとはまた違う。まだ世界を回りきっていないし、今まで立ち寄らなかった場所だって足を運ぶつもりだ。ただ、大事なことを忘れていなければ、周囲の評価はどうでもいいと思っているだけだ。
「マリが眩いのは事実だし」
 時々本当に光っているように見えることもあるくらいで。
「巨砲神社で奉られている方に言われたくありませんわっ?」
 苦し紛れの反論は、同時に情報提供しているも同然。
「僕のマリは全世界一素敵な奥さんだって、僕がわかっていればよくない?」
「なっ、そこでそれは反則ではありませんのっ」
(流石僕のマリ)
 二人きりの時だけ、と決めているいつものフレーズが陸の脳裏をよぎる。誠実で、力を供えていて。背を任せられるのに、けれどこうしてとても人間らしい……大切な。等身大の自分に、等身大で寄り添ってくれる人。
 少女達が興味津々で耳を傾けている。ついでにシャイネも楽しそうにメモを取っていた。

 一撃爆殺力押し
 現人神のお通りだ
 行く先荒事待ち受ける
 去る場所叫びが溢れてる
 うぇーい♪
 導きの符が望むまま
 巨砲は進むよどこまでも


●1022年初夏 三姉妹の契り

 ミア(ka7035)が借りているアパートの一室に響くのは、ロベリア・李(ka4206)の鼻をすする音。
「もう、ロベリアもえぇ加減泣き止んで」
 声をかける白藤(ka3768)の眉も少し下がっている。困っているのとは少し違う。嬉しさも、そこには確かに含まれている。
「そうは言うけどねえ……白藤っ。あんたの、結婚式をっ……見ることが……うぅーっ!」
 もうずいぶんと前に諦めた筈のひとつの夢。それがまさか、この世界で。
 悲しい別れがあった、けれど優しい出会いがあって。忘れることはないけれど、大切に抱えたまま、こうして……新しい、形になった。
(こんなにも神様に感謝したことはないわ)
 前に進む努力だけではどうしようもないことがあるとしっているから。だから胸の奥で、感謝をどこかへと飛ばす。そしてもう一度、ドレス姿ではにかむ白藤を思い出す。
「……仕方ないでしょ!」
 もう数日ではないのだ。まだ、結婚式から数日しかたっていない。
 幸せの涙は簡単には枯れてくれないのだ。むしろ、枯れなくたっていいと思っている。それだけ、幸せなことが続くなら。

「しーちゃん、すっごく綺麗で、すっごく可愛かったニャスから」
「そういうミアだって、可愛らしー格好で出てくれたやない」
「大事なお役目もあったからニャ?」
 フラワーガールとして花弁を舞わせるからと、妖精をイメージしたドレスを身に纏ったのだ。ここ数年で更に伸ばした髪をふわふわと、それこそ妖精の翅のように、天使の翼のように、たなびかせた。
 姉猫のこれからの結婚生活が良いものになるように、花言葉から選び抜いた数色の薔薇の花弁の中に、空木の花弁すこしだけ混ぜ込んだ。飾り付きの篭に移し入れるところから想いを籠めて。けれど空に放つときは思いきりよく。満面の笑顔と一緒に。
 そもそも。今いるこの部屋だって、新郎達三兄妹が生活しているアパートだ。むしろ彼らは隣の部屋に住んでいて。ミアはこの部屋と、森にある家と。サーカスのスケジュールに合わせて寝泊まりする場所を変える生活をするのが当たり前になっていて。
 これから先の白藤の生活が劇的に変わるとか、そういうわけではないのだけれど。
 姉が嫁に行く、その事実に、家族が離れる感覚がどうしても拭えない。
(お花の色が霞むくらい、みんな幸せそうだった)
 笑顔があって、大切に想う気持ちがあって、それが皆の様子に、表情に現れていて。似合うように、祝うために選んで、彩るように、盛り上げるように舞わせた花弁が滲んだのだから。
 ロベリアとは事情も想いも違う部分があるだろうけれど、わかるような気がするのだ。
 
 大切な人達だけで行った結婚式は確かに現実で、もうあの教会ではなく、いつものアパートに居るというのに。
 まだ気恥ずかしさもむずがゆさも残っていて、それをより膨らませるよう、まだ泣き止まないロベリアを見ながら、ミアをそっと抱きしめる。
 縁を繋いだまま、今も想ってくれる、いつか姉になると思って居た人。
 出会ってからずっと、想ってくれる、妹のように当たり前になった人。
「うち、今も幸せやけど」
 愛してくれる人を得て、愛してると言えるようになって。
「めーっちゃ、よくばりやねん」
 まだ、それだけでは駄目だと。
(叶わない夢だなんて。うちが決めつけたらあかん)
 足りないと、言えるようにもなったはず、だから。
(うちは……ずっと、一緒に居たい。二人と)

「ロベリア……うちの……姉さんで居てくれよる?」
 これから先も。そんな願い事が聞こえて。やっと、雫ばかり零れ落としたがる身体が変化を見せた。
(泣いてばかりいられないわね)
 随分と腫れた瞼は今更で、そんな事よりも大事なのは、早く、応えるために喉を落ち着かせなければいけなくて。
 嗚咽ばかり洩らしていたから、うまく唇が動かせない。手を伸ばしてくれたことだって嬉しくて、もっと泣きそうになるけれど。今はあえてその感情を思考の外に追いやろうと努力する。
 時折感じる視線には気づいていたから。慕ってくれる中に含まれる遠慮のようなもの。けれどいつしか、執着のようなものが見えていて。
 それでも傍にいたのだから、そこにもう答えはあるのに。きっと言葉にしなければ、この妹は安心できないのだろうから。
「今も昔も、これからも。私は姉さんで居るわよ」
 他の誰のものでもなく、貴女の姉であることは、妹の貴方の幸せを見守ることが。笑顔が増えることが私の願い。
 あいつは相棒だったけれど。貴女はその時から妹だった。これから先結婚だとか、恋愛だとか……他の誰かのものになる予定もないのだから、貴女の姉で居ることに何の障害だってない。私は気ままに、修理屋をやっていられればそれでいいのよ?
「当然でしょ?」
 そう言えば、白藤の目に涙が滲んで。
「泣くのは私だけでいいのよ? 貴女は笑っていないと。……新婚生活、楽しみなさいな」

「まだまだ、お世話かけるで? 姉さん」
 姉が、柔らかに笑っている。それを羨ましいと思うのは、きっとあの馬鹿ちんのせい。
 運命の人だったら……そう思っていたけれど、今、傍にいないから。
(ミアの小指の赤い糸は、いつにニャったら結ばれるのかニャぁ)
 糸の先を結べる日はいつか来るだろうか? もし、ミアが売れ残ったら……
(引き取ってくれたりしないかニャ)
 天の邪鬼だけれど、もしかしたら。ちらりと、部屋を隔てている壁に視線を向けてみる。
 そんなミアの様子をロベリアも、白藤も気付いていて。 
「なぁ、ミア。うちらつまり三姉妹やない?」
 慌てて振り向けば、きっと、照れ笑い。姉猫が確かに笑いかけてくれて。
「ミアも。あんたも妹のようなものなんだからね」
 甘えてくれていいのよ、とロベリアもまだ涙が残ったままで笑ってくれる。
「周りの幸せが自分の幸せってのも分かるわ。すごく」
 そうなのだろうか。ミアはミアの幸せの為に走って来たよ?
「だから、私たちの幸せのためにも。ミア自身も幸せになりなさい」
 家族。その言葉が示すのはずっと一人だけ“だった”。


●1022年11月下旬 親友便

 森への街道を歩く中。聞き覚えのある鳴き方と羽音に視線を上げれば。ラファルの背からユリアン・クレティエ(ka1664)が降りてくる。
「よかった、ここに居た」
 旅装の親友は今、各地に招待状を手渡して回っているらしい。
「結婚することにしたんだ」
 待たせ過ぎたくなかったと笑う彼は今、確かに幸せを掴むために奔走している。
 約束を守るためでもあるし、そう言いながらはにかむ彼の望みは、もう一つあって。
「当日、一曲お願いしてもいいかな?」
 受けるに決まっている。ジューンブライドに相応しい詩を、軽快な風に跳ねる音を、あのシャンゼリゼに映えるように、準備しておこう。
 そのまま隣を歩く彼に首を傾げた。
「次の招待状を渡しに行くんじゃないのかい?」
「今回は少し滞在して、図書館に籠ろうかと」
 彼女との二人旅から戻ったばかりじゃなかったのだろうか?
「シュレーベンラント州に落ち着くことにしたんだ」
 なるほど、独身最後の旅修めか。
「……シャイネさん自身はどう? 最近」
 今も彼女の詩を広めた帰りだけれど、あえて黙っておこうか。
「気になるなら、奥方と一緒にまたおいで♪」


●1023年秋 諦めず進む道に

 レクエスタの一員となったことで、そして己自身の望みを満たす為。Gacrux(ka2726)はあえて自らを多忙の中に放り込んでいた。
 そして、かのヒト……いや、彼女のための支援も続けている。今の彼女は歪虚であっても、ヒトの為に在ろうとしているから。
 消耗品などの物資は、そういった活動を生業にするものに頼めばいい。彼女に直接渡す役は誰にも譲るつもりはないが……
 彼女に渡した拠点と同じように自らの生活必需品を揃え終えたGacruxは、遂に南下そのものをやめた。開拓に従事することはレクエスタにも、オフィスにも届け出てあるから何の障害もなかった。
 お世辞にも暖かい時間が多いとは言えないこの土地で、寒空の下で武装の手入れを行うのは日課だ。毎日のメンテナンスは怠れない。いつなんどき揮うタイミングが来るか分からない、常に万全と呼べる状態を維持しなければならない・

 少しずつ、けれど確実に進歩を続けている機導浄化システム、手の中に在るその一片を見下ろす。
 邪神との闘いを終えた後。出来る事はないかと足掻いて、少しでも道を拓こうと知る伝に声をかけ続けて。今が望む方に、良い方向に動いたことを。これから先も動くという実感を。嬉しいと、感じられる時間がある。
 開拓生活に慣れた今、感じるのは充実感に近い何かだ。
「充実しているようだね」
 ある日ふらりと訪れたシャイネにそう言われたことがある。自覚はなくて、首を傾げた事を思い出す。
 Gacruxはそれが本当に充足と呼べるのか自信がない。ただ、他者から見てそう見えるのなら、そうなのかもしれないと思う程度だ。
 今のGacruxが為そうとしていることは。自分の人生を全てかけても終わりが見えるわけではないはずで。
 Gacruxは、劇的に変化を迎えることのない一大事業のほんの小さな歯車でしかない。
 ただ。
「俺は槍を振るうことしかできないですから」
 出来る事をしようと考えた時に、思いついたのがこれだった。だから今ここに居る。
 学者ではないから、研究を助けるようなことができない。せいぜい、可能性のある組織を挙げるだけだ。けれど暴食王との闘いの前に、一つの縁を繋ぐ切欠になれたとそう思えた。それが自分の力ではなくても、その一助になれたことはとても嬉しく、誇らしい。あの時、それまでどうしても抱けなかった自分への自信が、確かに生まれたと思う。
 権力者ではないから、懸念を口にしても届くかわからなかった。けれど魔術師協会は遺跡や遺物の価値を、その存在を重要視している、開拓を優先して破壊される可能性は回避された事が嬉しい。第三者として指をくわえるしかない事態なんて来ないのが、ありがたかった。
 もう一度、一片を見下ろす。
「高い機導技術があれば、大切な者を救えると思ったんですよ」
 Gacruxにとっての大切な者が、その範囲に含まれるのかは、そうなってみないと分からない。
 森都は運命を諦めなかった。今もまだ計画を進めていると聞いた。
 自分も、諦めることは出来ない。
「……もし、力が及ばないとしても。結果的に誰かが幸せになるならば、それは素晴らしい事ですからね」
 思いついたことは全て試そう。
 何もしないで後悔なんてもう、したくないから。


●1024年4月 新風の音色

「そんな時期なら余計に手紙でよかっただろう?」
 子供の予定日が来月だと、そう伝えに訪れたユリアンにかかる親友の声は悪戯めいている。
「しかも双子じゃないかって見立てでさ。大事なことは直接伝えるべきだと思うと、居てもたってもいられなくて」
 言い訳を口に乗せるけれど、ユリアン自身もよくわかっている。
 家のことは妹が手伝いに来てくれているし、安心して任せられる。生まれたら暫くは動かないと決めていたから。
 変わらず見つめる赤い瞳に、苦笑で返して。
 話さないと帰してくれなさそうだ。
「……旅への憧憬は今もあるけど」
 生まれたら、旅の景色よりもずっと、目まぐるしく、発見が続くだろうから。弟妹の世話の記憶はそう詳しく覚えていないけれど、予感はあって。
 恋と愛を育んだように、子供達を、友に育てると決めたから。
「いつか必ず、子供達も此処へ連れて来るよ」
 家族での旅もきっと楽しい。なにより自分の子だから、きっと一緒に楽しめる。
「その前に、良かったら」
「勿論、顔を見に行くさ。僕は約束したつもりだったからね♪」


●1024年頃?(……と、されている) 双剣士伝

 ある所に、二人の剣士が向かい合っていました。
 彼女達はハンターとしての活動を終えたこの世界で、必ずしも力が必要ではなくなった世界で。
 相棒として握りしめた剣と、離れることができなかった二人でした。

 時に共闘、時に離別。けれど顔を合わせれば剣の話に限らず、共に卓を囲む仲。
 話の合う相手として、同じ県の道を歩む者同士として、二人の縁は長く続いていたとされています。
 勿論彼女達は二人きりの間柄ではなく、他にも同じように、志を同じくした仲間が多くいました。
 ただ、彼女達はその中でも一際共に過ごす時間が多かったのだと、そう、伝えられています。
 二人は揃えば、剣を合わせるのが当たり前の間柄だったからだ、というのが一番の理由です。
 互いにどれほど剣の技を鍛えたか、確かめ合うことで互いを高め合う。それが彼女達の大切な絆の基盤となっていたのです。

「レイア様、貴女とも決着を着けたいと思っております……」
 静かにそう告げる多由羅(ka6167)は、相棒として長く連れ添った得物を構えました。
「手合わせ……受けて頂けますか……?」
「勿論だ、その剣を受けてこそ、私の剣も冴え渡る」
 レイア・アローネ(ka4082)が頷いて、得物を構えます。
 静かな荒野で、二人の剣士は互いの出方を探り合うのです。
 その日も、斬り合い、探り合い、示し合い……剣士達の技は研ぎ澄まされ、冴え渡っていくのです。

 一人の剣士は、星の神器を振るっていたと言われています。
 彼女が求めたのは、世界を救うための力ではなく、剣を持つ者としての資質、剣士としての道の正しさでした。
 剣を持って何をするか、何を掬うか、何を為すか……それは、彼女にとって目的ではありませんでした。
 あくまでも、目指す形への過程でしかありませんでした。
 剣の形をした星の神器は、剣士を魅了したのです。
 剣を持ちたいと募った。剣のために在りたいと思った。剣に相応しくなりたいと願った。
 その剣を、星の神器を、得たい理由は剣士としての格の有無であり、力の意味。
 彼女が目標とするのは具体的な己自身の未来ではなく、共に戦う仲間達、そこに相応しい自分であるか否かであって。
 剣は、その指標、道標でしかないのでした。
 その剣を、天羽羽斬を手にした彼女はそれからも、戦いに明け暮れました。
 剣士としての技量を鍛え、剣を振り、剣を示し。
 戦うことで敵を斬り、仲間を守る。力で人を助ける道を歩き続けました。
 その姿は戦乙女のようであったとも、武士のようであったとも言われています。
 しかし、彼女がその戦いの果てで、道の最期で振り返った時。彼女が望んだとおりの形になっていたかどうか、その真実は今も分かっていません。
 けれどきっと、もしも彼女が。こうして語られる物語を聞いたとするなら……楽しげに笑うのでありましょう。
 彼女の名前は明確に残されていないけれど、その気質は、思考は。その行動が示すとおりに伝えらえているのです。

 もう一人の剣士は、その名前も記録が残されています。
 先に話した剣士とは別で、名の持つ力を、その知名度によって自信の技量が知れ渡ることを好んでいた、とされています。
 そこには彼女の意思も含まれていて、その証に、彼女の言葉が。“武士として名を上げることもまた剣の道”と確かに記されているのです。


●1025年頃 道化と猫は森都に通う

 改めて保養所の計画内容を聞いたのは、気紛れだったのか、それともそうすべきと予感を信じたからか。シュネー・シュヴァルツ(ka0352)は最初の切欠をあまり覚えていない。
「これ……ただの集合住宅ですよね」
 その一言が切欠。さりげなく、企画班の相談役に据えられていた事実を知っているのは森都の上層部だけだ。彼女の人見知りは器の少女からも伝えられていた。足しげく通ってくれるその度に、雑談と称してふられた話題に答えた、その内容が、蒼界の常識が。実際の保養所の建設計画に影響を及ぼしていたことは知らないはずだ。
「……想像通りの建物に、なってました」
 完成した建物の見学をした彼女がそう溢したと連絡を受けた大長老が、密かに安堵の息を零したことも、シュネーが知るはずのない事実である。
 介護の勉強をしている、その進捗をシュネーが話題にあげる度。保養所で働きたいと望む少女達が少しずつ増えていたことも、きっと未来に繋がっていく。

 少しずつ、弱っていく少女の元に通う度。シュネーの心は小さな軋みをもたらした。けれどそれが何なのかわからないまま、思い出を、楽しいと思った記憶を共有しようと、彼女は精一杯の言葉を紡いだ。それは彼女自身の性質を少しずつ変えていたのかもしれない。
(もし、ここに来る理由がなくなったら)
 目標もなくなったら。大事な友人のような少女と会えなくなって、勉強が一通り終わったら。また昔のようになってしまうかもしれないけれど。
(……今は、ただしたいことを、するだけです)
 考えないで居られるうちはこのままで。上手く言葉に出来ないことは、きっといつか、わかる時が来ると信じて。

「精が出るねぇ」
 驚かすつもりもなく、ただいつもそう在るから。巫女だった少女達はとうにこちらに気付いているから、勢いよく振り返るのは戦友だけだ。今の相棒であるカメラを構えたヒース・R・ウォーカー(ka0145)がシャッターをきる。動きのある“今”がまた、一枚増えた。
 機導隊員の見習いとなった少女は早足で寄ってきたのを見て、定位置となった場所に腰かける。
「またですか……」
 呆れたシュネーの声にも動じない。言われても止めないと分かっていると、呆れた声音だ。だから軽く微笑んで流しておく。
「先週、久しぶりに温泉に行ってきてねぇ」
 帝国中心に各地を巡ることは、実際ハンターとして活動していたころとそう変わらなかった。ただ仕事という名目じゃなく、ヒース自身の意思で他の国に足を運ぶ機会が増えた、その程度だろうか。
 依頼として必要になるほどの変化は、むしろ誰しもの目に留まる。だから記憶にも残りやすい。
 ヒースが求めているのはそれではない。当たり前の日常を。見過ごされがちな、ほんの小さな出来事を。少し目を逸らしただけで消えてしまうような、簡単に歴史に埋もれてしまうような。そんな事実を探し求めて、収めていく。
 一番初めのデータは、変わらず。友人との思い出を収めたカメラで。
 カメラなら。写真なら。偽りなくその場面を切り取れる。喜びも悲しみも希望も過ちも……自分が添える言葉は、ほんの補足程度だっていい。
 誰かの主観はきっと要らない。事実を重ねて、誰にでもあり得る歴史を綴るだけだ。

「まったく……たまには帰ってあげて下さいね、奥さんが寂しがりますよ」
 呆れた戦友の声に顔を上げる。写真を見せることに気を取られ過ぎていたらしい。見習いの少女を通して、本に使わなかったものでも構わないから写真を分けてもらえないか、という話を持ちかけられていた。つい熱が入ってしまっただろうか。
「もちろん、愛する人との時間も大事にしているよ」
 大事にする方法が、其々に対して違うだけ。この場所も、友人との思い出がある場所だから。後で、彼女の休む場所にも顔を出そう。 
「道化は世界と向き合い、記していく」
 ほんの小さな呟きに首を傾げる少女に、思い立って伝える。
「知りたい事があったら宵闇の館に来るといい。歓迎するよぉ」


●1030年 重なる先で、みつけた

 クリスマスローズのブーケを前に、風に飛ばした手紙を想う。
「……届いたかな」
 小さな呟きは、発したシェリル・マイヤーズ(ka0509)だけしか聞こえていないはず。

 この純白のドレスを身に纏うまでの時間で、旅をした。満足な連絡をしないままで、けれど待っていてくれると信じたから。
 悲しさをそのまま抱えておくことができなくて。世界の変化をこの目に映して。今生きている場所を、この先も居たい場所を。自分の中でもう一度、描いていった。
 気付けば身長だけでなく、髪も前以上に伸びた。大人になったと、心が定まったと思って会いに戻れば。久しぶりに会った彼は予想以上に視線が高くて。
「結局、呼んでくれなかった、けど」
 でもそれは変わらず、己を曲げないままだったという証拠で。
 隣も、開けていてくれたから。約束通りに、もう一度。
「……愛してる、よ」
 時間が、心だけでなく、想いも育てたから。
 背を押してくれた親しい友人達だけを呼んで、小さな教会で今日、結婚式を挙げるのだ。

 エスコートされながら、神父の元へと共に歩む。これから先を共に歩む、最初の道行き。
 かけられる声にどれほど耳を澄ましても、聞き覚えのある声ばかり。姉になる筈の人の声はやはり、なくて。
 手が重ねられてヴェール越しに見上げれば、微笑みが返る。
 交わした想いだけでなくて、きっと、今のこの気持ちも同じ、分け合えている。
 足を止めて見つめ合えば、ヴェールガールを務めているリリから、小さく注意の声が飛んだ。

 彼の手がヴェールを上げる。叶うはずがないと思っていた未来に今、シェリルは存在している。
 この場所は、お姫様が立つべき場所だと思っていたから。
 皇子様は迎えに来なかったけれど、それは皇子様じゃなくなくなるために奔走していたからだ。同じ場所に立つために、互いに己を曲げなかった結果。
 諦めずにいて良かった。小さな頃の自分に、誰かの唯一になりたかったあの頃に、もし、今の声が届くなら。
(“セカイはキラキラしているね”……小さな手では、届かなくても。諦めなければ、いつか……)
 ぎこちない口付けに、確かな想いを感じ取る。ゲスト達の声がどこか遠くに聞こえる。施されたメイクのおかげで赤くなったところは隠せていると思ったけれど、やっぱり、恥ずかしい。
 貴方が隣で、同じように。照れた笑みを見せてくれるから。

 暁の約束はここに、果たされて。
「……愛してるって、言ってみて?」
 目の前の、夫となる彼だけでなくて、今の私にはたくさんの愛が溢れているって、知っている。
 きちんと気付けなかっただけで、それはきっと、前から。
 照れた顔が近づいて、耳元で、二人だけの言葉が贈られる。護るように抱き寄せられたその上で。
 胸に抱いたブーケが、大切な花も皆で笑うようで……あの日、みたいに……?
(おとーさん、おかーさん……シェリーは幸せだよ)
 今の私には“家族”がいる。“家族”になれた。
 仕込まれていたカードが、ブーケの中から零れ落ちる。
 簡素な祝辞と、仮面のマーク。その筆跡は確かに彼女のもので……
 顔を見合わせて、新たな夫婦となった二人が笑う。
「……ずっと、ずっと一緒にいてね」
 これから先の、新たな約束と一緒に。


●1030年頃?(……と、されている) 双剣士秘伝

「レイア様、此度も手合わせをお願いしたく……」
「望むところではあるが、おまえも私も、随分と長く繰り返しているものだ」
 それこそハンターだったころから、この合わせは繰り返されている。
「それは……当たり前ではありませんか。私は侍でもあるのですから」
「……そういうもの、だろうか?」
 星神器にさえ、己の正しさについての判断を委ねたレイアは。自身の力について、技量について、人からの評価を求めていない。レイアの強さは、レイア自身が把握していればいい。
 だから多由羅の拘る侍道を正確には理解していない。ただ、良い修行相手だと、そう思って毎度剣を合わせている。
「星神器の所有者を圧倒する剣技。その名は間違いなく広く知れ渡ってくれるでしょう……?」
「語られる名でありたいということか」
「ええ……とはいえ、結果として残る、というのが一番でしょうね」
 名だけが先走っている、なんて形は多由羅だって望んでいない。一例として挙げてはみたが、倒すべき相手はレイアでなければいけないなんて、そこまで拘るつもりはない。
 多由羅自身、この合わせを楽しんでいるのだから。
「……私も、やはり、剣では誰にも負けたくありません……」
「奇遇だな、いや、剣士であれば当然か。私に、簡単に負けると思うな」
 アウローラだけが見守る中、二人の剣士の剣戟が、今日も、始まる。
 彼女達の勝敗がどうなったのか、誰もその正確な数を知らない。
 知っているのは、唯一、全ての合わせを見届けていた、そのワイバーンだけなのだろう。


●1039年春 新妻に至るまでの激動の日々

 同族の新妻たっての希望で新婚旅行に来たのだと、そう惚気ながら語りはじめるのはエミリオ・ブラックウェル(ka3840)。
「話には聞いてたけど……Luin Anorも入れるようになったのねぇ」
 ナデルの一角に荷物運びを兼ねた愛機を留めて、挨拶にやってきたという彼とは確かに初対面ではあるのだけれど。
「私ね、ハンター時代は5人で過ごすことが多かったのよね」
 人間で双子の従弟妹、エルフの従兄、ドワーフの幼馴染……そうやって指折り数えながら上がる名前は確かに、シャイネも聞き覚えがあるのだった。

「あの頃は一緒に過ごしていたけど、ずっと一緒なんて出来なかったわ」
 故郷を同じくする一族だけれど、常に一緒だったわけではなかった。少しずつ違う場所に足を向けていけば、それぞれに違う道を歩むことになるのは必然。
「最初に離れたのは従弟と従兄だったわね」
 1020年初夏、と書き留める横で、エミリオの話は続いていく。
「従弟が好きな子の傍で暮らしたいって言ってね、ヴァリオスに移住したのよ」
 従兄はその従者だったから伴われたらしい。
「情熱的ではあるけど……出奔した扱い、といえばいいのかしら、ちょっとじゃなく面倒だったわ」

「従妹と幼馴染はそれより前に結婚しててね」
 ちらりと後方に視線を向ける、先に観光を楽しんでいる筈のエミリオの妻が向かった方角だ。
 声を潜めて続けられる。1017年の秋に所帯を持った彼らは一族の、村の長になったらしい。
「元々、私って一族の補佐をする家でね。まあ仕方ないんだけど、私も補佐役になったのよ」
 少しずつ時間をかけて癒していって。気付けば1021年、ドワーフとエルフの双子の息子たちが生まれたらしい。
「種族が違うって? 私の従妹だから、エルフの血が入ってるのよ」
 幼馴染もエルフの血が流れているというのだから納得である。形質の謎は深い。
「で、その3年後の冬に……あの子が生まれたの」
 もう一度、エミリオの視線が後方に向かった。
「だからね、今は私の義父母でもあるのよ……従妹も、幼馴染もね」

「私だって最初はそんなつもりなかったわ」
 ここだけの秘密よ、なんて。どんどんと声が潜められていく。
「一族にしてみれば待望のエルフの女の子。でも私の初恋相手で、恋敵の娘なのよ」
 従妹を幸せにしなければ許さないと幼馴染に約束させた自分が、その娘を娶る可能性が浮上した時。どうしようと思った。
 言葉がわかるようになって、けれどまだ小さかった頃、誰かに何かを言われたのか、当人に“エミリオのお嫁さんになる”と言われた時、頭を抱えなかった自分を褒めたい。
「……でも、あの子の娘はね、流石だったわ」
 従妹の代わりじゃなく、この子だから惚れたのだと感じたから、その手を取った。結婚式は終わったばかりで……最初に言った通り、今は蜜月。新婚旅行の真っ只中だ。
「今はね、幸せよ。私だけじゃなくて、一族みんながね!」
 新妻の呼ぶ声に応えるその目は確かに、愛情に溢れていた。

「混血至上主義の村のなかで、エルフの純血を保つ一族……って、言ってたかな」
 エルフハイムが外の血を入れる際、参考にさせてもらったことを思い出す。
 今は、彼も故郷の村で元気にしているだろうか?


●1020年~不明(だから、この位置に) 分からずとも噂は、いつか

 少女達に“せんせー”と呼ばれた一人のハンターの足跡が途絶えたのはいつのことだっただろうか。
 記憶を探るけれど、シャイネには正確な時期が思い出せない。確かなのは、鞍馬 真(ka5819)という彼の名と、伝え聞こえてきた噂話ばかり。

 元巫女の少女達に様々な情報をもたらした者として、彼のことは森都でも周知されていた。だから彼を示す噂はいくつもあった。
 ただ彼の多忙さがそうさせたのか、怪しい情報が入っていたのか、その真偽は分からないけれど……本当に彼の身体がひとつだけであったのか、そう不思議に思えるほど”仕事”の話が多かった。
 怪我の有無も定かではなかったから、大半は誇大表現や捏造ではないかと憶測も飛び交ったけれど。実際に彼からの話を聞いていた少女達は、噂が届く度“せんせーは今日も頑張っている”と言ってそれぞれの道に進む努力を重ねていた。
 そう、彼女達が全員進む道を決めていくにつれて、通ってくる頻度はおちていったと、今ならそう思える。
 道を見出した彼女達は、彼の訪いがなくても前に進むようになっていた。彼女達がひとりひとり、自分で立てるようになるその頃合いを、彼はきっと正確に把握していたのだろう。

 だからこそ、わかることがある。
 誰かが道を選ぶ助けになるように。助けを求める手をすくいあげるように。きっと、彼女達だけでなく、森の外でも同じように関わっていたのだろう。
 他者が幸せになるように願って。他者の成功を助け達成したら共に喜び。他者が選び取れる未来の可能性をいくつも示して。
 けれど彼自身は変わらず、同じものを求めないまま。
 どんな理由で、どんな思いで、どんな過去で。彼がそうなったのか。森都の者達は誰も知らない。
 感情を窺い知ることは出来ても、抱える空虚をうっすらと察することができたとしても。
 ついぞ尋ねることは出来なかった。彼との関わりが多かったものは皆、彼に助けられていたから。
 彼の抱える罪悪感も知っていた。特に少女達はそれを真直ぐに示されていたから。問うことで、追い詰める道は選ばなかった。
 何より、どれだけ助け返そうとしたくても、望んでいないことに気付いていたから。

 彼に寄り添えるのは、彼と共に在ることを彼が望んだ幻獣達ばかりだった。特に、共に来ることが多かったレグルスが、彼を守るように寄り添っていたことを思い出す。
 それが戦いからではないことは明白だ。彼はそれだけ強さがあった。それだけ多く、戦いの経験を重ねていると皆が知っていた。噂だって、その証拠の一つだ。
 彼の心は、彼等にしかきっと明かされていない。もしかすれば、幾度となく話にあがった親友には、その胸の内を明かしていたかもしれないけれど。
 少女達の中の一人が気が付いて、訪ねたのは彼の腕に増えていたバングル。大切そうに、愛しげに扱う様子はそれこそ、かけがえのないものを守るようで……拠り所、だったのだろう。

 ただ、想像でしかないけれど。
 きっと最期まで、誰かのために在ったのだろう。
 彼が望んだ通りに。
 彼が、そう在ろうとした通りに。

「……時期が定かじゃないものは、書き留められないからね」
 思い返しはしたけれど、詩集の上を走る手は、止まったまま。


●1060年 名物符BA(ry

「これからは活動範囲を広げますぅ」
 アイドルの引退宣言のような言い回しで周囲にそう宣言した星野 ハナ(ka5852)は、その日聖導士学校の職を辞した。
 しかしこの時点で65歳である。普通は逆じゃないのかと思われる台詞も、彼女ならあり得ると、学校関係者たちは皆理解していたので誰も止めなかった。
 既に伴侶も、一男一女ももうけた家庭持ちではあったが、若かりし頃からの性分は変わっていなかったらしい。
 胃袋だけでなく臓器全て掴む勢いで強引に結婚に持ち込んだ、等とコメディを通り越して大河的喜劇レベルの歌が巷では流行っていたのだが、そのモデルがハナであると噂されている。
 彼女の逸話として酒場などの話題にあがると、後日五色光符陣らしき襲撃を受けた者が続出するのである。
 その闇討ち跡は聖導士学校講師である“名物符術BABAA”の実技演習時のお手本と非常に似ていると囁かれ、正直自ら火消ならぬ炎上化を行っていたとも言えるのだが。表向きのハナはそんな噂など気にしていないという様子を貫いていた。
 年を経てもなお、血の気が多いのである。


●1069年 技は人を伝い、続く

 郊外の、貴族が経営している孤児院。それだけであれば確かに人目は少なく、障害は少ないのだろう。
 しかしどんな理由にせよ、彼等が盗賊であることは変わりない。そして、それが最後の仕事になるなんて予想していなかったに違いない。
「なに、覚悟があって来たのだろう?」
 アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の声が静かに響いた。先ほどまで威勢の良かった盗賊達は、不思議と初老の彼女に罵倒を浴びせることができなくなっていた。
「どうした」
 首を傾げて、一歩。久しく振るっていなかった、しかし常に共に在った華焔が今か今かとその時を待っている。
「私の財を奪いに来たのだろう?」
 確認をしながら、また一歩。確かに名誉男爵位なんてものを持っているが、この愛すべき孤児院はハンター時代に稼いだ蓄えの一部を使って設立したものだ。運営費だって、その蓄えを切り崩す必要もない程度には順調だ。だからこそ狙われたのかもしれないが。
 金目のものを出しやがれ、そう要求してきた盗賊達は人質である子供達をずいと押し出してくる。アルトからしてみればオモチャのようななまくらを突きつけた状態で。
「だがな、私の財は……宝は。お前たちの言うそれとは違うのだ」
 虚勢だと。アルトは一人でこの場に立っていると、そう思うからこそ愚かな盗賊達は自分達の優位性を信じた。先ほど気圧されたのは勘違いだと、数の利を信じた。
 しかしそれは誤りだ。
 彼等はアルトの宝、子供達に手を上げたのだ。今なお危機に晒しているのだ。手入れの悪い刃でつけた傷は綺麗に治らないというのに!
「……未熟が過ぎる」
 小さな呟きが、静かに零れおちた。それは確かに侵入者である盗賊達ではなく、孤児院のスタッフ達に届いていた。
 久しぶりの覚醒。日々衰えを感じる用になった身体に活力が満ちる。髪も肌も色艶を取り戻し、全盛期の姿が浮かび上がる。
 それだけで気圧されるような盗賊達に、先があるわけがない。
 アルト自身も、アルトの弟子でもある彼等と共に。盗賊達を斬り倒していくのだった。
 出血の少ない場所を、薄皮一枚程度の精密さで。
 子供達の前で、惨劇の演舞の幕をあげるわけにもいかなかったから。

 小さな弟子達に請われるまま、気付けばアルト自身も鍛錬の日々へと戻っていた。
 休憩時間でさえも、ハンター時代の話を求められることが多くなった。
 先日の襲撃に由来する被害はほぼゼロだ。少なくとも、アルトの経営する孤児院からは。
 それだけの技を、人質とされていた子供達の前で見せた結果、今がある。
 個人の適性を見て、鍛える方向性を決めよう、なんて子供達の癖や体格等の情報をまとめ上げた資料を見ているアルト。その表情を見た弟子の一人曰く“楽しそうな顔”なのだそうだ。
「そうなのかもしれないな」
 同意して、かつての騎士団での日々を思い出す。強さを求める者を鍛える楽しみがあった。
 理由こそ戦争の抑止力だけれど、心血注いだ日々の充実を、アルトは忘れていなかった。
 そして、今もまた。
 新たな弟子達が訓練用の木剣を背負い体力作りに励んでいる。
 アルト達の戦いに憧れた子供達だ、今は基礎だけれど。彼等もまた、アルトの技を未来に繋ぎ、抑止力の一助に、伏線になるのだろう。


●1070年春 昔話をもう一度

 ルル総合大学は王国にある。そこで教鞭をとっているエルバッハ・リオン(ka2434)の元に、懐かしい顔が訪れた。
「見た目が変わらない教授がいると聞いて、もしやと思ってね♪」
 折角の来訪だからとシャイネに研究室を案内することにする。魔術の改良や開発も行っているのだ。寿命が長いからこそじっくりと検証に時間をかけられる。
「王国まで足を運ぶような依頼でも?」
 お茶を渡すタイミングで尋ねれば否定が返って。だとすれば、可能性はもう一つ。
 一口、カップを傾け唇を湿らせる。
「……そんな時期、なのですね」
 いつかエルバッハにも訪れることだ。なにより。
「この前も、戦友に一人旅立たれました」
 自分達の年齢を、活動限界が訪れるまでの変化を。どうしても感じなければいけない事柄が増えてきていた。
 容姿が変わらない以外は順風満帆、周囲からも評価を受けている。今の暮らしは充実しているけれど。
 居場所が変わらないからこそ、自分を取り巻く全てがよく見渡せる。
 少し前に元気な便りが来たと思っても。種族の違いが、時折安堵を裏切ってくる。
「こればっかりは……慣れませんね」
 つい、寂しさが声に出てしまった。
「帝国ばかりだったから、他の土地も回ろうと思ってね♪」
 知った顔が居て助かったよ、と明るい話題の提供を求めてくるシャイネに、そうだったと笑みを浮かべて、向き直る。
「王国の話ならおまかせくださいな、これでも様々な学生相手に情報を得ていますから」
 可愛い生徒達に向き合う為には、彼等を知らなければならない。教授であることも、知識や研鑽を積み上げた結果なのだ。
 かつての名所の今、新たに増えた見所等をとっかかりにして。けれどエルバッハの個人的に興味のある、つまりエルフにとって面白いと考えられる候補地もいくつか挙げて。
「そのうち、私も森に帰るでしょうから」
 その時が来るまでにも変化はあるだろう。それらはもちろん手土産にするつもりだ。
「また、昔話でもしましょう」
 今日みたいに。


●1075年 大・往・生

 北伐・南征・学校講師・辺境での生活……先に挙げた各地を飛び回り、かつそれぞれを等分に扱う形で、後年も精力的な生活を続けていた。
 それだけでも十分に若々しさ溢れるおばあさま(と、周囲にそう呼ばせた)だというのに、少しでも空いた時間があれば、もしくは何かしらに鉢合わせれば。緊急で集められた依頼や、遺伝子提供を行ったユニゾンの依頼などもこなす。
 休みがあれば知人の拠点へと散歩のノリで会いに行く。
 世界をまたにかける勢いのこの移動も、全ては転移門があってこそだ。

 ハンター時代よりも積極的に生死不明の依頼を受け、平然と帰ってくる。
 依頼人に感謝される仕事もこなすが、その方法が非正規と取られてもおかしくない手段であることも多かった。
 オフィスの提示する狩子制度にも反目するあたり、ハナはハンターとして活動している時点で、なにかしら身のうちに抑え込んでいたのかもしれなかった。
 とはいえ、それらは大きく表面化する前に全て回避されている。これは彼女の友人達による尽力の結果だろう。

 歪虚に対しての攻撃的な態度は生涯変わらず、戦闘時の暴言等は年齢を重ねても変わらなかったらしい。
 しかし身内として懐に入れた相手には甘い面を見せていたという。
 若いころから鍛えた女子力を発揮して、リアルブルーの知識とクリムゾンウエストの郷土料理のレシピを掘り起こすなど、レシピ開発にも精力的に取り組んだとされる。これは各地を巡るついでとばかりに数を増やし、まとまったところで出版という形をとっていたが。頻度が高い事もあり一般人には星野ハナと言えば料理研究家として広まっていた。

 活動的な符術師として知名度を増やす彼女は、身体の限界ギリギリまで旅に身を置いていたとされる。
 時に伴侶は子供達、孫までもを振り回していたと言うが、楽し気な笑い声を聞いた者は多い。
「ちょぉっと疲れましたねぇ、仮眠とらせてもらいますよぉ」
 ある日、そう言って横になったあと、そのまま目を覚まさなかった。
 安らかな寝顔。80歳の大往生である。


●1085年頃 愛を、いつまでも

 予想していたよりもずっと穏やかに、月日は流れていると思う。
 森都に居を移してから季節は何度も廻った。それでもまだユメリア(ka7010)自身の半生には満たないけれど。次があると思えばこそ、生きる意味があった。
 ほら、今日もユノの飛翔する姿が、見える。

 変わらずに綺麗な、若い姿を保つ大親友の傍に舞い降りる。少しずつ歳を重ねた高瀬 未悠(ka3199)は迷わずにユメリアの隣に向かう。
 近付くほどに足取りが軽くなる。慌てたように手を伸ばしてくる貴女は本当に、心配性なんだから。
「大丈夫よ。貴女といると、若い頃の私に戻れる気がするくらいなの」
 恋に、仕事に、話に……世界に魅了されて、夢中で駆け抜けたあの日々をもう一度繰り返すみたいに。

「私こそお婆ちゃんになってしまったわ」
 いつかの言葉に重ねるように、続けて。
「でも、ずっと親友なのよ。いいえむしろ、姉妹みたいね」
 泣きじゃくる私を優しく抱きしめてくれた貴女は暖かくて、姉のようで。
 切なさを湛えた儚げな瞳に愛おしさが募って抱きしめれば、妹みたいで。
 たくさんの色で描かれた思い出が、記憶だけじゃなくて、心に、想いに詰まっているの。
 喜びや笑顔だけじゃなくて、哀しみと涙だって。貴女とともにあったから、全てが宝物。
 貴女と重ねた日々は、私の糧になったの。それがどれほど素晴らしい事か、伝わっているかしら?
 ねえ、ユメリア。
 どれだけの言葉を重ねれば、これまでの人生に、隣ではなくても共に歩み続けた道行に見合う感謝を、貴女に表すことができるのかしら?

 思い出を描くその言葉は、贈られた言葉は、どれも素敵で。全て心に書き留めて、大切にしまいこんである。
 ほんの時折、自分一人のなかに閉じ込めて独占するよりも誰かに伝えたくなることがある。けれど未悠のことだと分からないように、自分の言葉だと分からないように、そっと詩にするだけに留める。
 巧緻な言葉も、紡げる心も。全て……貴女を示す、貴女がもたらす、貴女の想いが籠もる全てが。この身に代えてもと思える存在。
「未悠、私は貴女に幸せを返したいのです」
 何度だって伝えたい。
 花園のように広く、艶やかに輝く優しさを。
 誰よりも温かく、ヒトの血の通った強さを。
 世界から目を背けそうになっていた私の視界が色に溢れた、その時の感動を。
「私は貴女が居てくれて、救われたのですから」

「私だって同じなのよ?」
 同じ言葉を話しているのに、貴女が語るだけで美しく息づいていく。世界に芽吹いていく命。
 詩が描くまだ見ぬ世界に行ってみたくなったわ。
 歌声に揺さぶられた心が、貴女の傍に飛んでいくの。
 沈みかけても、救い上げてくれる。信じて寄り添ってくれる。
「貴女の存在が、どれだけ元気をくれて、どれほど心強かったか……互いに互いを同じように思っているなんて、やっぱり姉妹なのかしら?」
 けれど、ひとつだけ。言葉にしてはならないと、そう思っていることがある。
 大切な貴女の考えていることは、なんでもわかっているつもりだけれど……あの日の涙は何十年経った今でも、気になったまま。
 気になるそぶりを見せれば気付いて、教えてくれる貴女がその唇を開かない、唯一のこと。
(でもね、貴女の全てを知りたがるのは私のエゴでしかないから)
 今はもう、しまっておくと決めている。大切な貴女の、大切な秘密を、悪戯に暴きたくない。
 尋ねた時の貴女が辛そうな顔をする、そんな気が、したから。
 それだけ大切な秘密なのよね?
 貴女の秘密が気になっていること、それが私の秘密。それでいいと思っているの。
 今はもっと、伝えたいことがあるから。
「それにね、私、貴女に生かされていたのよ」
 今だってそうだ。だからこそ、これまでずっと、支えられてきたことを実感している。
「貴女が居てくれる……それだけで、生きる力になるの」
 薬だとか、休息だとか。貴女は色々と配慮してくれている。それはとてもありがたい事で、そのおかげで助けられた命もあった。
 でも、私にとって、それは貴女という存在のおまけでしかないの。

「ユメリア」
 手を取って握りこんでくる、その手は穏やかな皺を重ねている。
「私達、とっても幸せね」
 時と共に深みを増した声音が、穏やかに胸のうちに染みこんでくる。出来る限り優しく、傷つけないように握り返して。
「幸せなのは、当たり前なんです……未悠」

「ずっとずっと……大好きよ、ユメリア」
 これまでで一番、想いが、マテリアルが籠められた言葉。贈られたその言葉は、今もなお、ユメリアの手に温もりと共に残っている。
(幸せを守る為の約束は、まだ生きています)
 例え、貴女の訪れがもうすぐ途絶えてしまうとしても。それだけの年月が経ったことを、穏やかな変化を見続けてきたから。
 狂いそうになる時もあったけれど、今は、理解している。
 ユノの背にまたがる様子を微笑んで眺めながら、振り向いていない瞬間に。
(約束は、破りません)
 届かないように、小さく。
「未悠……愛しています」
 そっと、囁くだけ。

 ねえ、最期まで、幸せでいて。
 貴女の隣に居なくても。
 想いは心は愛は、永久に、貴女の傍に置いていくから。

 ああ、最期まで、幸せでいて。
 貴女の言葉があるから。
 愛を願いを祈りを、最期まで、抱えて生きていくから。


●1090年7月 風と面影

 そんな筈はないと思ったけれど。聞き覚えのある鳴き声によく似ていたから。シャイネは空を見上げた。
 孫だと名乗る子は確かに、親友の面影を残している。
 活動限界が来てからは、彼の子が時折便りをくれていたけれど。まさか、彼が孫にも自分の話をしているとまでは思わなかった。
 他愛無い口約束が、確かに受け継がれている。同時に時の流れを感じるけれども。
「そうだね……出会った頃の話をしてあげようか♪」
 誕生日の祝辞を貰った、それだけで随分と印象が強くなったことだとか。
 森の外で深い絆は作らないようにしていた自分が。気付けば揶揄ったり、背を押したり。いくつもの差はあっても、普通の友人同士の付き合いが続いていたこととか。
 奇しくもその日は、また一つ年を重ねる日で。
「まさか時を越えて贈り物をされるなんてね……」
 詩にするなら、風の音を。
 懐かしい響きをもう一度、口ずさむとしようか。


●1090年頃 穏やかな居場所

 昼下がりの陽射しが温かく、眠気を誘う。そろそろお茶の時間だろうかと考えるイーリス・エルフハイム(ka0481)だけれど、急ぐことでもないなと思いなおす。
 今は、穏やかな時間を大切にしたい。
「そうじゃろう、貴方……」
 見下ろすのは膝の上。規則正しい寝息が微かに聞こえる。起こさないように、そうっと、今も短く整えられている髪を撫でる。
 シャラリと小さな音に気付いて視線を向ければ、鈴蘭の意匠。
 外交用のスーツにあうよう選んだ紐はとうの昔に交換されて、今は普段使いを示すように、そして絶対に身から離さないようにと。銀の鎖が通されている。

 音に視線を上げれば、お茶入りのカップを渡される。テーブルの上にも二つで。どうやら寝ている者の分はないらしい。
「……ありがとう」
 視線を追えば、先ほど自分も見ていたプレートに行きついて。
「話したことはなかったかのう」
 息子と娘、二人の子供達に請われるまま、記憶を思い返していく。

「まだ、おぬし達の父と維新派を支えていた頃のことじゃ」
 あの頃はまだ恋人と言う形もなくて。ミュゲの日に、幸せを願うだけの間柄だった。今思えば、あの時が直接触れられた最初だったのかもしれない。
「わしは期待していたから。父が幸せになるなら、それは森の変化につながると思うていた。これはその時に贈ったものでな」
 とうに子も成した夫婦だというのに、知らず頬が染まる。
「……細かい事は内緒じゃ」
 気恥ずかしさが勝って、切り上げてしまう。親ゆえの特権を行使はするけれど。贈りたい言葉を、紡いでいく。
「じゃが。わしも、そしてこの父も。お主らが良い出会いに恵まれることを願っているからのう」
 向ける視線は、家族を想う、優しい母のもの。

「過去の告白が聞けると思ったのだが」
「どこから……」
「カップの音が聞こえてな」
「狸寝入りが上手くなったようじゃな?」
「やっと、手に入れた居場所だ、このままがいいと願ってはいけないのか?」
「……全く、仕方ないのう」


●1100年 曾孫が現れた!?

 シャーリーン・クリオール(ka0184)を曾祖母だと名乗る少女がもたらしたのは、一束の書簡。
 そこには確かに見覚えのある文字で、シャイネへと宛名が記されていた。
 辛うじてエルフハイムが目的地だと分かったという話に首を傾げる。森都の中では変わらず紙の本が当たり前だ。今書いている詩集だってそう。ただ、紙だけでなくデバイスやネットワークでも流通するようになっただけだ。
 求められるまま、林檎の女神と呼ばれた彼女の話を語ることにしよう。
 渡された書簡には、林檎だけではなくて。森で採れる豊かな食材を使ったレシピが、いくつも綴られていたのだから。
 古風な書体だから読みにくいらしいけれど、森都では今も普通に使われている文字だ。新しい文字に書き留めるよりも、きっと、レシピにあわせて思い出話をする方が、少女の望みにも合うはずだから。

 香り高い茸を使った前菜や、ジビエ料理。頁を追うごとにレシピの完成度に驚く。漫画仕立てじゃなくても読み物として完成している。
 最後に収められているのは、コンポートにした林檎をパイ生地に挟んで焼く、非常にシンプルなレシピ。それは同時に決まった型を使わない作りやすさも併せ持っていた。
 大きく作って、食べる時に切り分ける。それこそ収穫祭のような行事にぴったりなお菓子だ。パイ生地を作るときはきっと彼女を思い出すような詩が流行るだろう。

 彼女は蒼界からの転移者だったと、今更ながらに思い知る。彼女がこれまでにこの世界にもたらしたレシピは数多いと聞いていたけれど、その上でまだ、この森都にあてたものがあるというのが……報いていただろうか? 既に居ない彼女に聞けないのが残念だ。
 せめて少女に返せるものを。必要なら別の書物に書き写す提案もすべきだろう。
 それにしても……
 タルトタタンのレシピの交渉に向かったはずが“金額じゃない”と返って来た。その時の表情を思い出す。きっとこのレシピを仕上げる時も、同じ笑みを浮かべていたのだろう。


●1100年秋 森の外での最後

 緩やかに年を重ねながら、穏やかな毎日を繰り返してきた。
「ティオー、今日の調子はいかが?」
 愛ユグディラと連れ添った時間も長くなっていた。まだ25歳くらいの外見を保っているリアリュール(ka2003)にくらべると、重ねた年数がより長いように見えた。
 今も愛用する毛布は随分と擦り切れてしまったけれど、手放す様子もなく。家に居る時は必ず傍において、時に包まって過ごす様子が良く見られている。
「なら、行こうか?」
 出掛ける時は抱き上げるのが当たり前になった。あと少ししたら、こうして出掛けることも出来なくなるのだから。

 戦場になったその傷跡は、今の帝都にはほとんど残っていない。あえてそのまま当時の形を残している場所が、かつての記憶と重なる。
 変化の軌跡を思い出しながら歩けば、それまでの生活が、例えば流行の変化だとか、技術の進歩だとか。特にリアリュールの生業である羊牧場経営にも関わる様な所は特に鮮明で詳細だ。
 もともと、帝国は羊に縁が深い。はじめこそ移動や農産業用だったけれど、気付けば工芸品や食品にも手を伸ばすようになっていた。
 出歩くのは納品のためでもあるけれど。今は雇っている従業員に大半を任せているから、リアリュールである必要もなかった。
 ただ、もうすぐ。リアリュールの自由は森の中に限られてしまうから。
 縁のある精霊に、牧場に関わりのある相手に。もう一度、これまでの感謝を伝えたいと思っているのだ。
 街を歩く際に聞こえる喧騒も、時を経てもあまり変わらないことに、安堵さえ覚えてしまう。
 知らない看板が目に入って、包みを抱えて笑顔を浮かべる人々を見つける。
 甘い香りは、お菓子のようで。腕の中のティオーもそわそわと、尻尾を揺らしている。
「あなたのお墨付きなら。ここに決まりね」
 今日の手土産は、初めてかぐ、この香りの元になるようだ。
「大丈夫よティオー、味見用で、私達の分もちゃんと買うから」
 訪れる楽しみのひとつでもあるのだから。
 焼きたての香りを楽しみながら思いにふけるうちに、気付けば自然公園のすぐ傍に。喫茶店はすぐそこだ。
「こんにちは、最近のお勧めをくださいな」
 これは森都まで持ち帰る分。共に長い時間を生きるからこそ、長く続いた縁が、この先も続くように。

 幾度となく訪れたマーフェルスのアンテナショップは、今も変わらず、雑貨屋に間借りを続けている。
「なら、次のモチーフを羊と一緒にしてみようかしら」
 流行の話にあわせて、最近の様子に花を咲かせる。
「帝都の方にもよって来たけれど、ここは変わらなくて安心する気がするわ」
 販路は広げているけれど、直売はあくまでも森都の南西部で営む牧場と、森都のアンテナショップだけだ。
 客に直接手売りするからこそ、評判を確実に届けてもらえる。手土産のお菓子をお供に、他愛ない話をするのだって気に入りの時間だ。
 ふと、店の印が視界に入って。手がけた時と比べれば使い込まれてはいるけれど。
「……大事に使ってくれて嬉しいわ」
 しみじみとした声が零れる。
「改めて、伝えたくなったの……いつもありがとう」
 私が、ここを訪れるのはこれが最後になると思うけれど。笑顔で、いつもと同じ言葉を紡ぐ。
「これからもよろしくね」


●1107年秋 ライフ・ゴーズ・オン……

 リゼリオには、とある男の人生を彩ることに特化した地域があるという。
 はじめにあったのは記念館。徐々に周辺の土地、関係づけられ新たに建築される建造物に至るまで、かの男の名がつく場所は様々な種族、年齢、性別、出身を問わず人々が訪れ、交流を結んでいる。
 人々が立ち寄る理由は様々だが、皆彼の名をどこかで耳にしたからと答えるらしい。種族によっては、昔直接対面したことがあると答える者もいる。
 記念館に、彼に関わる品を提供する者。軌跡を知って、知らなかった時期の安否を知り安心を得る者。単純に興味を持って気紛れを起こした者。
 しかし、等しく。訪れた者達は彼の名を、彼の人生を知ることができる。
 世界を旅したこと、各地の巡りあわせにあわせ興味を向け、あてもない旅路の中で心を砕き力を尽くしたこと、次の道を歩むための露銀稼ぎが手助けに繋がっていたこと……
 多くの者が彼の生き様を知るほどに、その地は変化を迎えていく。
 それらは皆ファンクラブの者達の融資によって賄われていたけれど、元々交流が生まれていた場所だ。共通の認識が広がるほどに、その影響力は大きくなっていく。
 ファンクラブ特区だった土地は、それに目をつけた商人の手が入り始めた。少しずつ、規模が広がっていく。
 そして今では、彼の名は大きな変化を迎えていた。市場価値を得たことで、商売のタネになったのだ。
 彼の人生は特区の中だけに留まらない。なにせ人生を余すところなく描かれた書籍が出版されたからだ。勿論森都の図書館にも置かれている。
 ただ一人の男の人生を追うだけの本に見えるが、そうではない。彼の軌跡は様々な人との縁によって成り立っているとも言ってもいい。
 共に依頼に向かったハンター達の話も記され、現人神のハンター時代なども収録されている。
 そう、マルチヒーロー型大河ノベルとしての価値があるのだ。

 あくまでも噂、としてもたらされた話だけれど。シャイネだってリゼリオに一時期拠点を置いていたようなものなのだから、もちろん実際に訪れたことがある。
 そしてその場所の原点となる人物の名前も、もちろん知っている。
「おや、カマス君じゃないか」
 丁度いいところに、と手招けば。かつての主、マルカ・アニチキン(ka2542)が愛用していたランタンを手にしたオートソルジャーがのんびりとこちらに寄ってくる。
 動物達も慣れたもので、幾度も訪れた結果、言葉ではない交流が、絆が育まれているようだ。
「丁度君の主人の話を書いているところでね」
 カマスの存在もまた、特区の中で当たり前に話されている。今もその地域で過ごしているのだ。
 声が届いたのか、カマスの片腕が天へと向かった。それはマルカの逸話のひとつを再現していて。
「……君がやるってことは、その噂も本当なんだねえ」
 本来の名前よりファンクラブの名誉会長としての名が知られた彼女は、没時、親指を立てた腕を天に向けていた、なんて……

 記念館に向かうには、地道に集められたポートレイトのオペラカーテンを目印にするといいだろう。
 彼の名は一人の人間を示す記号ではなく、今では一つの概念となっている。
 そんな彼の顔は常に、神霊樹の分樹と共に、訪れる者達に微笑みを向けている。


●1119年 いつか、還るその日まで

 エルフの活動限界は99歳である……という現実は、アルマ・A・エインズワース(ka4901)には当てはまらない。124歳になった彼は、今も妻との結婚当時とほぼ同じままの外見を維持しながら、森の外で暮らしている。
 イニシャライザー、浄化術、マテリアル、楔……それこそ手当たり次第に研究を重ねた。伝があれば最大限頼ることを厭わなかったし、資金だって惜しみなく使った。それだけハンター生活の間に蓄えていたから、潤沢に活動できた、というのもあるかもしれない。
 アルマの目的はエルフの生存戦略にも大きく寄与する可能性があったから。特に森都に関わる者達は出来る限りでの協力を申し出ていた。通信楔の発展に、アルマの存在は少なくない影響を及ぼしたと言える。
 完成済とされる技術だって調べた。知りうる限りの情報を集め、組み合わせたからこそ。アルマはこの時を迎えている。
「わふ? 僕が皆を置いていくわけないですよー?」
 目的は、理由はいくつもあるけれど。中でも一番大切なのは、帝国の英霊である妻の存在だ。彼女の傍に在るためには、エルフという種族は寿命の上では有利だけれど。同時に、マテリアルの影響を受けやすい肉体だからこそ枷だった。
 それは自分の子供達も同じで、どちらの形質を受け継いでも将来同じ問題に辿り着くと分かっていたから。もしかしたら、自分達と同じような組み合わせの夫婦が今後生まれる可能性だってあったから。アルマの研究は協力者に恵まれたと言っていいだろう。
 最も愛する妻と、子供達。実子だけでなく、運営している孤児院で育てている種族も多様な子供達を置いてひとり森に籠もるなんて道は選択肢にさえ並べなかった。
 既に研究は完成していると言ってよく、今日の森都訪問は、図書館で新しい情報がないか、半ば日課と化した情報収集の一環だ。
「詩集ですかー……わふ?」
 見知った名を書き留めるシャイネの近くで、ふと首を傾げる。
「そう言えば、僕の何代か前のご先祖様って帝国出身のエルフだったらしいですよー」
 よく知らないですけど、なんてどこか適当に聞こえる響き。
「50年位前ですかね? おじいちゃんが教えてくれたです」
 その視線は詩集ではなく、別のどこかを向いている。彼の足元ではかつての愛イェジドの子が、アルマの視線の先に尻尾を振った。
「『みんな』は今、どこでなにしてるですかねー」
 イェジドにニコニコと話しかける。
「たくさん『還って』いったので、新しい『星』に、時々ふわーっと、知ってるマテリアル、って感じです」
 焦点はあっているけれど、アルマの瞳は別の次元を視ているのかもしれない。彼の研究は、今のところ、アルマとアルマの子供達にしか成果を出していない。
「今度も、今度は、かもしれないですけど。しあわせになるといいですー」
 アルマのマテリアルに沿う範囲でしか効果がないよう、特化した研究になってしまっているのか、それとも、アルマがマテリアルに近づいているのか。
 昔を知る者なら、その違いが理解るのだろうか?
「わふーっ。僕は今も昔もこれからも、還っても僕ですよー?」
 また新しい夢があるんですー、と語る彼は今、どこに応えたのか。けれど彼の待とう空気は、確かに幸せに満ちている。


●1120年春 旅路の果て、青い鳥

 雪深い遺跡の奥で見つけた契約精霊は、今はもう、傍にいない。
 冬が来るたびに、あの初めての旅路を思い出す。春が来る度に、エルティア・ホープナー(ka0727)は、自身の精霊だった存在を思い出す。
「……活動限界を迎えるまでに見つけられて、本当に良かったと思っているの」
 シャイネが新たに詩集を綴るというものだから、暇があればその様子を眺めている。
「それでは邪魔になっているのではないかな」
 三人分の珈琲を淹れて運んで来たシルヴェイラ(ka0726)が窘める声にも耳を貸さず、エアは言葉を続ける。今求められているのはエアの記憶だ。自分で書くこともあるが、別の視点で新たな物語になる瞬間も悪くない。
「私の精霊……黒蛇の王の片割れ……白蛇の女王……」
 目を閉じればまだ鮮明に思い出せる。けれど彼らのマテリアルはもう傍に無い。在るのは、嗅ぎ慣れた香り、聞き慣れた声……私の居場所。
「あの子達は還ったの……」
 覚醒者ではなくなった実感を重ねていく。彼等の名はウロボロス、その旅路を終えるには、対が欠かせなかった。

 書き留めていく吟遊詩人に、ほんの微かに面影を重ねて。
「ほんとは貴方の兄……ヴォールに聞かせてあげたかった」
 随分と時が経って、かの男の名は記録にあっても記憶からは風化し始めている。研究成果は二つ、形として残っているけれど。
「でも、こうして貴方に話して居れば……」
 彼にも、届きそうで。

 森都に居を移してからは、自由な時間が増えたように感じる。けれどどこに在ろうと、大切な幼馴染の行動が変わるわけがなかった。だからこそ傍にあったし、同じで在るように心がけていた。
 支えること、付き添うこと、彼女の望みを叶えること。それがシーラの生き甲斐で、願い。
「これを、つけても良いかな」
 森に戻る前のその日。シーラは一世一代の賭けに出た。
 言葉は添えなかった。意図も言わなかった。ただ、揃いの指輪だという事実だけを説明した。
 隣にいると常に言っているし、行動で証明してきた。未来も、最期までそのままだと。
 ただ、形にしたいと思い立った。
 自ら決めたことを貫くだけで十分だと思っていたけれど。それだけでは物足りないと、考えた瞬間があったから。
「一緒に戦う事も出来なくなったわ」
 隣に在れないと、消極的に伝えてくる言葉がどれほど嬉しかったか。きっと君は知らないだろう。ほんの小さな思い立ち、切欠が、君のためになるなら、それだけでいい。
 対等で居たいとそう思ってくれる証明に、私の心が浮き足立ったことは、気付かれていなければいい。
「力がなくても、私は君の傍にあるよ」
 守りたいなんて驕ったことは考えていない。ただ、私が知らない場所で君に何かがあるなんて、そんなこと、可能性であっても考えたくないだけだ。
 不安に感じたのなら。この小さな対で、君の安寧が保たれるなら。私が君の空気で在れるなら。
 いつだって、それが私の望みだ。

 無意識に、彼女の薬指を確認する癖がついた。そこに今日も指輪が光ることに安堵して、日々の暮らしを繰り返す。
「今日は手伝いに出てくるけれど、後で図書館に迎えに行けばいいかい?」
 役人としての助力を求められるようになっていたシーラは、エアの表情に気付いていない。

 無意識に、指輪に触れる癖ができた。違和感と安心感、どちらからくるのかがわからないまま。
「ねぇシーラ……あの時は聞けなかったけれど、この指輪の意味を……聞いても良いかしら?」
 知識だけなら、可能性なら。今まで追いかけた物語で何度も識った、知った気になっていた、想いの名前。その言葉を浮かべる程に、微かに胸が叩かれたように痛む事に、気付いたから。
 意を決して見上げれば、幼馴染から表情が抜け落ちている。早とちりだったのかと、意味はなくて、ただの御守りだったのかと。刺すような痛みにかわって、けれど言葉はもう出た後で。
 気付けば、腕の中。確かな温もりに、指輪だけでは補えなかった安堵を得たから。
 エアの両腕も、シーラの背に、まわった。

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参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 幸せの青き羽音
    シャーリーン・クリオール(ka0184
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • ユレイテルの愛妻
    イーリス・エルフハイム(ka0481
    エルフ|24才|女性|機導師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    リリ
    リリ(ka0509unit001
    ユニット|幻獣
  • 時の手綱、離さず
    シルヴェイラ(ka0726
    エルフ|21才|男性|機導師
  • 物語の終章も、隣に
    エルティア・ホープナー(ka0727
    エルフ|21才|女性|闘狩人
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ラファル
    ラファル(ka1664unit003
    ユニット|幻獣
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    ティオー
    ティオー(ka2003unit001
    ユニット|幻獣
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ジルボ伝道師
    マルカ・アニチキン(ka2542
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    カマス
    カマス(ka2542unit002
    ユニット|自動兵器
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ペガサス
    ユノ(ka3199unit003
    ユニット|幻獣
  • 天鵞絨ノ空木
    白藤(ka3768
    人間(蒼)|28才|女性|猟撃士
  • 愛しき陽の守護星
    エミリオ・ブラックウェル(ka3840
    エルフ|19才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ルイン・アノール
    Luin Anor(ka3840unit001
    ユニット|CAM
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    アウローラ
    アウローラ(ka4082unit001
    ユニット|幻獣
  • 軌跡を辿った今に笑む
    ロベリア・李(ka4206
    人間(蒼)|38才|女性|機導師
  • 狂喜の探求者
    フェイル・シャーデンフロイデ(ka4808
    人間(紅)|35才|男性|疾影士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レグルス
    レグルス(ka5819unit001
    ユニット|幻獣
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 舞い護る、金炎の蝶
    鬼塚 小毬(ka5959
    人間(紅)|20才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    セッカ
    雪花(ka5959unit002
    ユニット|幻獣
  • 秘剣──瞬──
    多由羅(ka6167
    鬼|21才|女性|舞刀士
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士
  • 天鵞絨ノ風船唐綿
    ミア(ka7035
    鬼|22才|女性|格闘士
  • レオーネの隣で、星に
    セシア・クローバー(ka7248
    人間(紅)|19才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    レイヴ
    レイヴ(ka7248unit002
    ユニット|幻獣
  • セシアの隣で、華を
    レオーネ・ティラトーレ(ka7249
    人間(蒼)|29才|男性|猟撃士
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シャイネ・エルフハイム(kz0010
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2019/11/05 20:12:01
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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