ゲスト
(ka0000)
【星罰】球形の日常へ
マスター:ゆくなが

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/11/09 09:00
- 完成日
- 2019/11/20 16:55
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●ブレンネ・シュネートライベン(kz0145)のいろいろ
終わったと言われた日々を生きていた。
ナサニエル・カロッサ(kz0028)が逮捕されてから、ブレンネについて言われていることだった。
「ブレンネはもう終わった」
まるで、アイドル活動に終止符を打つようにいろんな人が口にしていた。
誰が終わりと決めたわけでもないのに、ブレンネはまだ生きているのに、彼女の知らないとことで終わらされてしまった。
ブレンネだってそう言われていることは知っていた。本来なら怒るべきことなはずだ。なのにその言葉にホッとしている自分がいた。
ブレンネは思うのだ。
「終わったってことは、ちゃんとはじまってたってことでしょ」
よかった。あたしはちゃんとそこにいた。
だから、またはじめよう。今までと同じようにはいかないがブレンネ・シュネートライベンをはじめるのだ。
さあ、今日のライブの時間だ。
ブレンネはステージに向かう。
●ヴィレム・マルティンのいろいろ
終わったと思った日々を生きていた。
ヴィレムにとって軍に志願したのは、ピアノを諦めるためだった。自分自身で終止符を打った。とどめをさした。
どこかわだかまりを抱えていても、なんとか軍の訓練にはついていけた。仲間もいた。軍人生活は辛いことばかりじゃなかった。
それなのに、アイドルの歌で戦場に駆り出されて片足を失った。終わりは唐突にやってきた。覚醒者ではない凡庸な兵士であるヴィレムには不具者になってまで軍にいることはできなかった。
わずかな恩給をもらって除隊した。
実家に置きっぱなしのピアノは埃をかぶっていた。
他にすることもなかったのでピアノを整備していた。余計なことを考えたくなかった。それでも、立ったり座ったりの作業ではいやでも片足を失ったことを思い知った。
なんで自分だけこんな目に合わなくちゃいけないのか。
怒りがあった。恨みがあった。夜になると手元が暗くて作業ができなくて仕方なしに横になるのだが、悔しくて眠れなかった。夜の帳は自分と自分を閉じ込めていた。酒を飲んで酩酊から昏睡に似た睡眠をとっていた。
朝なんか来なければいいのに。目なんか覚めなければいいのに。
それなのに陽光で目を覚ますと、すっきりした気持ちになる。
夜の時間に、自分を苛んでいた自分がいつの間にかいなくなっているからだ。
仕方がない、という気持ちでピアノに向かう。
かつて捨てたものが居場所になっていた。
とどめをさしたのに生きていた。いや、もしかしたらゾンビになってしまったのかも。そっちの方が帝国っぽい。
死んでるみたいに生きているのか、生きてるふりして死んでるのか。
どっちだか、もう忘れた。
そんなことよりライブの時間だ。
やっぱり緊張する。まあ、それだけ真摯に弾いてるってことだと思いたい。
●大柳莉子のいろいろ
終われなかった日々を続けていた。
大柳莉子にとって、アイドルは全てだった。
リアルブルーでアイドルの研修生だったのに、クリムゾンウェストに転移してしまった。こんなことはスケジュールのどこにも書いていなかった。
どうしようと困っていたら、リアルブルー文化愛好家でアイドルオタクだったクレーネウス・フェーデルバールと出会った。
彼と一緒に、アイドル活動を帝国で開始した。
結論からいって、それはうまくいなかった。つまりは失敗した。
「アイドル活動をやめよう」と切り出したのはクレーネウスだった。
今の莉子ならわかるが、当時の自分はかなりやつれていたのだ。精神的にぎりぎりだった。それを案じて彼は解散を提案したのだろう。
その後、莉子は転移者であるから覚醒者としてハンター業で日銭を稼いだ。そしてその稼ぎをほとんど酒に使った。
どうにでもなれと思っていた。現実を見るのが辛かった。酔ってないとやっていられなかった。死にたかった。でも死ぬ勇気はなかった。いや、やはり死ねなかったのだ。
今まで自分が聞いてきたアイドルたちの歌、その歌詞に書かれた希望。そして失敗に終わったとしてもアイドルを目指した自分がそれを裏切ることはできないと思った。
死に切れない日々に磨耗して、人にぶつかった。
1人目がブレンネで、2人目がナサニエルだった。
ナサニエルがアイドルに興味を示したために、錬魔院の潤沢な資金を使ってブレンネをステージに立たせ、莉子はプロデューサーになった。
新しいスケジュール帳ができた。スケジュールはみるみる埋まった。
だが、ナサニエルが連れてきた幸運は、彼が去ったと同時にいなくなった。
ナサニエル逮捕後のスケジュールは真っ白になった。
逆風の中で、莉子はなんとかアイドルを続けようとした。
帝都の端にあるクラバックの酒場で歌わせてもらえるようになった。でも、この先どうすると言うのだろう。
ブレンネは作詞作曲をはじめようとしていた。偶々彼女の作詞を見てしまった。
莉子はアイドルが好きだった。そしてブレンネがもっと好きだった。
このまま、アイドルに固執して活動が縮小するくらいなら、ブレンネに合わせたやり方にすべきだ。錬魔院という後ろ盾は失ったが、その分自由にやる。
ブレンネにシンガーソングライターの道を示した。
気がついたら、想像もしなかった景色を見ていた。
こんなはずじゃなかった。
でも、今見ている景色は結構綺麗だった。
●ポエトリーリーディングのような、ブレンネ、ライブ口上
後悔の轍がなかったわけではない。
旅というには向こう見ずだった。
迷い道というには意固地だった。
迷う暇もなく選ばなければいけなかった時もある。
涙が溢れて前が見えなかった。だから、自分が進んでいる方こそが前なのだと言い聞かせて歩いたのだ。
体を汚す血は自分が流したものか返り血かわからないが、それで滑って転んだ日もあった。
馬鹿馬鹿しいと自分で自分を笑うくせに、鏡を見るのは嫌いだったな。
誇りたいこともある。でも笑えない失敗もあった。だから僕たちは今までのことについて聞かれた時、「いろいろあった」と、照れ隠しと恥ずかしさに睫毛を伏せて言う。
でも、今日はそんないろいろについて言いたいことがあります。
それでは聞いてください──。
●傷が癒えるまでに
ハヴァマールが討伐されてから数日経った。
日常に戻ったとはまだまだ言い難い。でも、災厄は過ぎ去ってしまった。
今は少しだけ立ち止まる。これはそんな話だ。
終わったと言われた日々を生きていた。
ナサニエル・カロッサ(kz0028)が逮捕されてから、ブレンネについて言われていることだった。
「ブレンネはもう終わった」
まるで、アイドル活動に終止符を打つようにいろんな人が口にしていた。
誰が終わりと決めたわけでもないのに、ブレンネはまだ生きているのに、彼女の知らないとことで終わらされてしまった。
ブレンネだってそう言われていることは知っていた。本来なら怒るべきことなはずだ。なのにその言葉にホッとしている自分がいた。
ブレンネは思うのだ。
「終わったってことは、ちゃんとはじまってたってことでしょ」
よかった。あたしはちゃんとそこにいた。
だから、またはじめよう。今までと同じようにはいかないがブレンネ・シュネートライベンをはじめるのだ。
さあ、今日のライブの時間だ。
ブレンネはステージに向かう。
●ヴィレム・マルティンのいろいろ
終わったと思った日々を生きていた。
ヴィレムにとって軍に志願したのは、ピアノを諦めるためだった。自分自身で終止符を打った。とどめをさした。
どこかわだかまりを抱えていても、なんとか軍の訓練にはついていけた。仲間もいた。軍人生活は辛いことばかりじゃなかった。
それなのに、アイドルの歌で戦場に駆り出されて片足を失った。終わりは唐突にやってきた。覚醒者ではない凡庸な兵士であるヴィレムには不具者になってまで軍にいることはできなかった。
わずかな恩給をもらって除隊した。
実家に置きっぱなしのピアノは埃をかぶっていた。
他にすることもなかったのでピアノを整備していた。余計なことを考えたくなかった。それでも、立ったり座ったりの作業ではいやでも片足を失ったことを思い知った。
なんで自分だけこんな目に合わなくちゃいけないのか。
怒りがあった。恨みがあった。夜になると手元が暗くて作業ができなくて仕方なしに横になるのだが、悔しくて眠れなかった。夜の帳は自分と自分を閉じ込めていた。酒を飲んで酩酊から昏睡に似た睡眠をとっていた。
朝なんか来なければいいのに。目なんか覚めなければいいのに。
それなのに陽光で目を覚ますと、すっきりした気持ちになる。
夜の時間に、自分を苛んでいた自分がいつの間にかいなくなっているからだ。
仕方がない、という気持ちでピアノに向かう。
かつて捨てたものが居場所になっていた。
とどめをさしたのに生きていた。いや、もしかしたらゾンビになってしまったのかも。そっちの方が帝国っぽい。
死んでるみたいに生きているのか、生きてるふりして死んでるのか。
どっちだか、もう忘れた。
そんなことよりライブの時間だ。
やっぱり緊張する。まあ、それだけ真摯に弾いてるってことだと思いたい。
●大柳莉子のいろいろ
終われなかった日々を続けていた。
大柳莉子にとって、アイドルは全てだった。
リアルブルーでアイドルの研修生だったのに、クリムゾンウェストに転移してしまった。こんなことはスケジュールのどこにも書いていなかった。
どうしようと困っていたら、リアルブルー文化愛好家でアイドルオタクだったクレーネウス・フェーデルバールと出会った。
彼と一緒に、アイドル活動を帝国で開始した。
結論からいって、それはうまくいなかった。つまりは失敗した。
「アイドル活動をやめよう」と切り出したのはクレーネウスだった。
今の莉子ならわかるが、当時の自分はかなりやつれていたのだ。精神的にぎりぎりだった。それを案じて彼は解散を提案したのだろう。
その後、莉子は転移者であるから覚醒者としてハンター業で日銭を稼いだ。そしてその稼ぎをほとんど酒に使った。
どうにでもなれと思っていた。現実を見るのが辛かった。酔ってないとやっていられなかった。死にたかった。でも死ぬ勇気はなかった。いや、やはり死ねなかったのだ。
今まで自分が聞いてきたアイドルたちの歌、その歌詞に書かれた希望。そして失敗に終わったとしてもアイドルを目指した自分がそれを裏切ることはできないと思った。
死に切れない日々に磨耗して、人にぶつかった。
1人目がブレンネで、2人目がナサニエルだった。
ナサニエルがアイドルに興味を示したために、錬魔院の潤沢な資金を使ってブレンネをステージに立たせ、莉子はプロデューサーになった。
新しいスケジュール帳ができた。スケジュールはみるみる埋まった。
だが、ナサニエルが連れてきた幸運は、彼が去ったと同時にいなくなった。
ナサニエル逮捕後のスケジュールは真っ白になった。
逆風の中で、莉子はなんとかアイドルを続けようとした。
帝都の端にあるクラバックの酒場で歌わせてもらえるようになった。でも、この先どうすると言うのだろう。
ブレンネは作詞作曲をはじめようとしていた。偶々彼女の作詞を見てしまった。
莉子はアイドルが好きだった。そしてブレンネがもっと好きだった。
このまま、アイドルに固執して活動が縮小するくらいなら、ブレンネに合わせたやり方にすべきだ。錬魔院という後ろ盾は失ったが、その分自由にやる。
ブレンネにシンガーソングライターの道を示した。
気がついたら、想像もしなかった景色を見ていた。
こんなはずじゃなかった。
でも、今見ている景色は結構綺麗だった。
●ポエトリーリーディングのような、ブレンネ、ライブ口上
後悔の轍がなかったわけではない。
旅というには向こう見ずだった。
迷い道というには意固地だった。
迷う暇もなく選ばなければいけなかった時もある。
涙が溢れて前が見えなかった。だから、自分が進んでいる方こそが前なのだと言い聞かせて歩いたのだ。
体を汚す血は自分が流したものか返り血かわからないが、それで滑って転んだ日もあった。
馬鹿馬鹿しいと自分で自分を笑うくせに、鏡を見るのは嫌いだったな。
誇りたいこともある。でも笑えない失敗もあった。だから僕たちは今までのことについて聞かれた時、「いろいろあった」と、照れ隠しと恥ずかしさに睫毛を伏せて言う。
でも、今日はそんないろいろについて言いたいことがあります。
それでは聞いてください──。
●傷が癒えるまでに
ハヴァマールが討伐されてから数日経った。
日常に戻ったとはまだまだ言い難い。でも、災厄は過ぎ去ってしまった。
今は少しだけ立ち止まる。これはそんな話だ。
リプレイ本文
●
夕闇が迫る。
Gacrux(ka2726)もそんな暴食王戦でできた瓦礫の撤去作業に従事しており、労働から解放された後で酒場に向かった。
ブレンネ・シュネートライベン(kz0145)たちの顔を見て彼は安心する。彼女たちは無事であった。軽いつまみと酒を頼んで、ライブに耳を澄ます。その中でつらつら考えることがあった。
(剣魔が過干渉な母親だとすれば、暴食王は父親のようだった)
(王は俺に、貴様が見て感じたものこそ、貴様の真実だと言った)
(あの時点で王が俺に口出しなど出来はしないのだ。王は俺が何を感じるかの自由を許容した)
他者からの誤解さえも赦せるならば、寛容であるとは思った。或いは無関心なだけなのかもしれない。
(感じ方は十人十色。暴食王についてはそれでいいと思う。そもそも、今の俺と五年後の俺が、同じ受け止め方をするとは限らないのだ)
(空の青さも雨の音も、人の心次第では快にも不快にも感じるものだ)
人は肉体的な死以外に、内面的な死と再生を繰り返す。自分の頭に銃口を突き付けているような毎日だった。昨日の自分を殺して、殺して、殺して、いつしか浴室は自分の死体で山積みになった。
「お客さん?」
呼ばれてはっとGacruxは我に返った。
「ぼーっとされてるから、どうかされたのかと思って。具合でも悪いですか?」
「いえ、少し考え事をしていただけです」
「もしかして邪魔しちゃいました?」
あまり深く思考に沈み込むのも、自室以外ではよくないだろう。
Gacruxがグラスに手を伸ばすと、酒はもうなかった。
「もう一杯いただけますか」
「かしこまりました」
注文を聞いた給仕が去っていく。
Gacruxはノートを取り出して、今日の日付を記した。
『1019年10月〜 今日からここに人類と共存可能な歪虚の考察と研究を記し続ける事にする』
(俺の大切なものを守る為だ。これ以上、悲劇を生まない為に)
彼はこれをヴォイドレポートと呼ぶことにした。
●
ルミ(ka3728)は受けた注文を厨房に伝える。そして、酒を用意して再びホールにとって返す。
彼女は帝都の瓦礫の撤去の手伝いをしたり、このクラバックの酒場の手伝いをしたりしていた。
酒を運んでいる最中に、別の客が彼女を呼んだ。
「はーい! すぐに参ります!」
●
「のじゃ のじゃ なのじゃ」
ライブの始まる前、カナタ・ハテナ(ka2130)はだるーんと机に突っ伏していた。
「ミーくん、ミルクは美味しいかのう」
ペットのミーくんは皿に張られたミルクをぺろぺろなめている。カナタの声に応えてにゃーと鳴いた。
「ならよかったのじゃ〜」
深呼吸かため息かわからぬ深く息を吐いて、カナタは溶け出してしまうのではないかというほどの気だるさを見せていた。
「剣王どんを倒して、やりきった感で気が抜けてるのじゃ」
思えば、ここ数年戦いばかりであった。邪神が倒れ、暴食王も倒れたこれからの世界は平和になることだろう。
「だとしたら、何をしたらいいのかのう……」
カナタにはそのイメージがさっぱり掴めなかった。
今日は昼からそんな調子で、ぶらぶら帝都を歩いていたのだが、酒場でやるライブの噂を聞いて何とはなしに見に来ていた。
開演までの時間をごろごろし、遂にライブがスタート。
ミーくんもカナタも、ギターの音色にぴくりと耳を動かす。
「うむ……」
ブレンネの歌声が酒場に響いていた。
音楽を聴きながら、カナタは自分の意思を再確認する。
(そうなのじゃ。戦いでなくてもカナタにはやれることがあったのじゃ)
(猫たちの理想郷、にゃんキングダムを築くのじゃ!)
(myルームの1000匹を超える虎猫を引き連れ王国に出発なのじゃ~)
●
「レン、ライブとても良かったよ!」
と、ライブを終えたブレンネにUisca Amhran(ka0754)が声をかけ拍手を送った。
「Uisca、来てたんだ」
「うん。帝都で戦いもあったし、元気かなって思って」
「結構元気よ。そっちは?」
「ふふ。重大発表があるけど、それはまた後で話すね」
Uiscaはライブのことに話を戻した。
「いい顔で歌うようになったね! あいどるのときよりぜんぜんいいよっ」
「舞台は緊張するけど、アイドルの時より肩肘は張っていないかな」
「レンってふだんは素直じゃないのに、歌だとさらっと本音いえちゃってるよね?」
「どーかな。それも案外嘘かもしれないし。うまいこと本音を隠してるかもしれないし」
目を逸らして言うブレンネに、Uiscaはいたずらっぽくも優しい笑みでこたえた。
「リアルブルーの言葉には『つんでれ』っていうのもあるんだよ。……そうそう、今日は先日の戦いの打ち上げで、エリンさんやアラベラさん、歌舞音曲部隊のみんなを呼んであるから。あとからみんなくるはずだよ!」
「グリューエリンとは喧嘩しないようにしないと」
「エリンさんのこと、嫌い?」
「嫌いじゃないわよ。ただ頻繁に会うと殴り合いに発展しそうだなってだけ」
Uiscaはクリュティエ(kz0280)も呼びたいと思っていた。けれどさすがに遠すぎる。
「あら、Uiscaさん。ライブを見てくださったの?」
と、莉子がやってきた。
「莉子さん!」
Uiscaが瞳を輝かせて莉子の名前を呼んだ。
「クレーネウス隊長もちゃんと呼んでいますからね!」
「そうなの?」
「そうなのです!」
Uiscaは思っていた。莉子さんとクレーネウス隊長はお似合いだと。
「私はまだやることがあるから裏にいるわね」
「わかった」
莉子は再び裏手に引っ込んだ。
その後ろ姿をUiscaはじっと見守る。
「レン」
「なによ」
「莉子さんって恋人さんはいるのかな?」
「聞いたことないわね。あたしは莉子にプライベートな部分を犠牲にしてほしくないとは思ってるけど……。そういえば、Uiscaの方は恋人とどうなのよ」
Uiscaの顔には今までとはまた別の幸福そうな赤らみが現れた。
「落ち着いたら、前に相談もした彼氏と結婚しようと思ってるの」
「そうなの!?」
ブレンネが身を乗り出した。
「ああ、ごめん。身近な人がこうして幸せそうに結婚するのって初めてで、びっくりしちゃって」
「すぐ結婚するわけじゃないの。世界がある程度復興してからの予定」
「こういう時はおめでとう、でいいんだよね。おめでとうUisca」
「ありがとう、レン。よかったら、結婚式にはぜひ出席してね! 式でステキな歌を聴かせてくれるのを期待しているから!」
「あたし、幸せな曲、歌えるかな……?」
「歌えるよ。レンを見てたらわかる。つんけんしてるところもあるけど、ちゃんと優しいところもあるって私知ってるから。だから、『つんでれ』」
「じゃあ、Uiscaのために名曲を書くわよ。今から号泣する準備しておきなさいよ?」
「楽しみにしてるね。レンはこの先どうするの? しばらくこの酒場で歌を歌っていくつもりなの?」
「そうよ。クラバックさんに恩があるし、ここは嫌いじゃないし。そうね、でも……もうちょっと音楽が広まればいいな、とは思ってるの。生きていくためにはパンや家が必要だけど、そう言うものが足りた時、音楽とか、歌がある方が楽しいと思うのよ。だから、貧困や飢餓がなくなればいいって思いながら歌を歌うつもり。……まあ、でもね」
ブレンネは自分の行動が矛盾していることを知っていた。
「そういうものを改善するためには政治家になった方がいいとは思う。ていうか、そうすべきだと思う。音楽なんて迂遠で間接的すぎるもの。でもさ、あたしが会議に耐えられるわけない。あたしの戦場はそこじゃないのよ。あたしは民衆の1人として、自分とそこにいる人々、日々感じたこととかを歌っていたい。言いたいことは言いたいもの。政治とかで救いきれない感情の機微とかを歌いたいなって思うのさ」
ブレンネは髪を撫でてUiscaに話題を振った。
「Uiscaはどうすんの?」
「私はこれからは、アルテミスっていう世界に絶望している人を救済するための組織で活動しようと思っているよ」
Uiscaはアルテミスの活動について簡単に説明した。
「ふふ、こんな賑やかで楽しい時間がすっと続くといいね……ううん、続かせるためにがんばらないと、だよっ」
●
「いらっしゃいませー!」
ルミは盆に載せた料理を運びながら、やってきた客を席に案内する。
●
帝都の中心街にあるブラオラント家の屋敷はあまり健康な状態ではなかった。つまりはボロボロであった。築250年。石造りの本館は、復元しようと思えば出来ないわけではなかった。だが暴食王との決戦から数日後の帝都で、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は全部取り壊して、建て替えてしまうことに決めた。
(終えるための日々を続けてきた)
アウレールにとって、立ちはだかる敵はいつも過去だった。暴食だとか、旧帝国の暗部だとか、死に切れないモノ、死してうごめくモノたちと対峙していた。アウレールは、彼自身の人生もろくに無いうちから、他人の過去を仕留め続けた。
気が付けば、それ自体が人生になっていた。
そうであったから、アウレールが自分の思うまま生きようと思っても、過去に向き続けていたのはある意味仕方のないことだったのだろう。
でも、アウレールも未来の方を向きはじめてる。過去の清算以外に手を出したのは、邪神との決戦が始まってからだったかも知れない。
未来が危機にさらされていた。奈落から這い寄る死者の手によってではなく、天上ある神に近しき者が降らす泥によって閉ざされてしまう光があった。
それまでは、これからなんて事を真剣に考えたりしなかったのだ。
そして、邪神は倒された。先日の帝都での戦いで暴食との因縁を果たした。
四霊剣もアイゼンハンダーも暴食王も亡き今、アウレールにとってこのブラオラント家の屋敷こそが、おそらく最後の過去だろう。
これから先は未来しか見るものがない、見るしかないと思ったから、屋敷は取り壊す。それまで、過ごす所も無いというのは些か不便だったけれど──これも終わらせることのひとつなのだろう。
そう決めた後、冬が近い秋の風は冷たかった。夜に染まる街を、ランタンなどの光源を持った人々が行き交う。
暴食王による破壊を免れた店の中で、馴染みの場所はあっただろうかと考えていると自然と郊外に足が向き、一つの酒場の前で止まる。
(そう言えば、こんな過去もあったな)
何気ない一幕が未来の布石になる事もあるらしい。
アウレールはふらりと、店に入る。
●
「で、なんなのよ」
酒場の営業は終了し静かになった中、鬼塚 陸(ka0038)が奥の席でブレンネと莉子と向き合って座っていた。
「渡しておきたいものと、伝えておきたい事と、見せておきたいものがあるからさ。まずは渡しておきたものから」
陸がポケットからある紙を机に置いた。
「大柳さん、今後の活動資金として受け取ってください」
「……本気なの?」
「もちろん」
陸は所持金を全て小切手にしてきていた。その額10237207Gである。
「はああああ!? 何言ってんの!?」
ブレンネが陸の行動にもその額に驚愕のあまり立ち上がった。
「何って、トイチの借金返しに来たんだよ」
「でも、この金額……」
「少なかった?」
「そういうことじゃないわよ!」
ブレンネは小切手を受け取ることを躊躇していた。なので陸がある言葉を紡いだ。
「“武道館”で待つ。──大柳さんなら意味、解るでしょ?」
ブレンネがその意味を測りかねて莉子に視線を送る。
「……そういうことね」
「どういうことよ?」
「武道館はリアルブルーの日本にある公演会場。ここでのライブを成功させれば一流アーティストと言ってもいいでしょうね」
ブレンネとて、既に退くつもりはない。意味を理解した彼女はいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「わかったわよ。帝国どころか、リアルブルーででも歌ってやるわよ! この借りはトイチどころかトゴにして返すからね!」
「借りを返しにきたのは僕だったんだけど」
「これはそういう気合の入れ方なの! 莉子。あたしたち、やるわよ!」
「わかってるわ。いい意味で計画が狂ったわね」
莉子が冷静に頭の中でそろばんを弾く。幸運は受け取るが、それに浮かれてはいられない。
「ブレンネ。もう少しだけいいかな。できれば広いところに行きたい」
2人は酒場の屋根の上に座っていた。
夜空には薄い雲と星が散りばめられている。
「実を言うと、ブレンネとの時間が一番楽しかった」
「そうなの? 自分でも思うけど、あたしの態度可愛くないでしょ」
「そうかな。給仕姿可愛かったし」
「……エプロンつけてるだけよ、あんなの。で、言いたいことってなんなのよ」
ブレンネは照れたので無理やり話題を変えた。
「ほんっと無意識に潜んでる言葉の奥にある傲慢というか……見破るの巧くて、邪神戦争直前の時とかドキッとした。それにまぁお互い引きもせず色々議論したり。……そんな只の人間になれたあの時間が、いっちばん楽しかった」
「あたしも陸と話すのは嫌いじゃなかった──」
などと返答をブレンネはしたが、思い直して飾らない物言いで本心を口にした。
「……あたしだって楽しかったわよっ! もう、ちゃんと言う時に言わないと伝わらないから言っただけなんだからね!? 楽しいんだからねっ!! んで、見せたいものってなんなのよ!?」
「そりゃよかった」
ゆるい笑みを浮かべて、陸は今日やろうと思っていた最後のことをする。
「お前、綺麗なものが見たいって言ったよな。お前の目に綺麗と映るか解らないけど……。“流れ星”位ならを見せてやるよ」
陸が立ち上がり、超覚醒を発動する。
(もしマテリアルが心を表現するのなら)
(僕の生きてきた全てを賭けて、ありったけを載せて)
聖機剣を展開し、射角は60度に固定する。マテリアルチャージャーで叶う限り効果を重複させる。
(ブレンネの行く先に色んな事が有っても)
(それでも最後に……いや、より多くの刻を笑っていられるように)
(輝け……もっと、もっとだ……)
マグダレーネに陸のマテリアルが収束する。
「いっけぇええ!!!」
解放錬成で爆発するマテリアルを陸は一条の光となるように導いて夜空に撃ち出す。
【流星】六等星が輝く刻。
最大射程まで伸びたそれはキラキラ光って空中に散った。
「流れ星に願うほどあたしはロマンチストじゃないの。でも流れ星に無関心でいるほどリアリストでもないつもり。──綺麗ね。夜空が泣いてるみたい」
悲しくて泣くときもあれば、嬉しくて泣くときもある。
「よし。これで僕も目的は果たしたし、帰るよ。バイバイ、ブレンネ」
「おう。まっすぐ帰るんだぞ。バイバイ、陸」
棘が取れて、球形になった日常はころころ転がっていく。掴み所なく裏表もないそれは、停止する時まで、或いは穴に落ちるまで。
夕闇が迫る。
Gacrux(ka2726)もそんな暴食王戦でできた瓦礫の撤去作業に従事しており、労働から解放された後で酒場に向かった。
ブレンネ・シュネートライベン(kz0145)たちの顔を見て彼は安心する。彼女たちは無事であった。軽いつまみと酒を頼んで、ライブに耳を澄ます。その中でつらつら考えることがあった。
(剣魔が過干渉な母親だとすれば、暴食王は父親のようだった)
(王は俺に、貴様が見て感じたものこそ、貴様の真実だと言った)
(あの時点で王が俺に口出しなど出来はしないのだ。王は俺が何を感じるかの自由を許容した)
他者からの誤解さえも赦せるならば、寛容であるとは思った。或いは無関心なだけなのかもしれない。
(感じ方は十人十色。暴食王についてはそれでいいと思う。そもそも、今の俺と五年後の俺が、同じ受け止め方をするとは限らないのだ)
(空の青さも雨の音も、人の心次第では快にも不快にも感じるものだ)
人は肉体的な死以外に、内面的な死と再生を繰り返す。自分の頭に銃口を突き付けているような毎日だった。昨日の自分を殺して、殺して、殺して、いつしか浴室は自分の死体で山積みになった。
「お客さん?」
呼ばれてはっとGacruxは我に返った。
「ぼーっとされてるから、どうかされたのかと思って。具合でも悪いですか?」
「いえ、少し考え事をしていただけです」
「もしかして邪魔しちゃいました?」
あまり深く思考に沈み込むのも、自室以外ではよくないだろう。
Gacruxがグラスに手を伸ばすと、酒はもうなかった。
「もう一杯いただけますか」
「かしこまりました」
注文を聞いた給仕が去っていく。
Gacruxはノートを取り出して、今日の日付を記した。
『1019年10月〜 今日からここに人類と共存可能な歪虚の考察と研究を記し続ける事にする』
(俺の大切なものを守る為だ。これ以上、悲劇を生まない為に)
彼はこれをヴォイドレポートと呼ぶことにした。
●
ルミ(ka3728)は受けた注文を厨房に伝える。そして、酒を用意して再びホールにとって返す。
彼女は帝都の瓦礫の撤去の手伝いをしたり、このクラバックの酒場の手伝いをしたりしていた。
酒を運んでいる最中に、別の客が彼女を呼んだ。
「はーい! すぐに参ります!」
●
「のじゃ のじゃ なのじゃ」
ライブの始まる前、カナタ・ハテナ(ka2130)はだるーんと机に突っ伏していた。
「ミーくん、ミルクは美味しいかのう」
ペットのミーくんは皿に張られたミルクをぺろぺろなめている。カナタの声に応えてにゃーと鳴いた。
「ならよかったのじゃ〜」
深呼吸かため息かわからぬ深く息を吐いて、カナタは溶け出してしまうのではないかというほどの気だるさを見せていた。
「剣王どんを倒して、やりきった感で気が抜けてるのじゃ」
思えば、ここ数年戦いばかりであった。邪神が倒れ、暴食王も倒れたこれからの世界は平和になることだろう。
「だとしたら、何をしたらいいのかのう……」
カナタにはそのイメージがさっぱり掴めなかった。
今日は昼からそんな調子で、ぶらぶら帝都を歩いていたのだが、酒場でやるライブの噂を聞いて何とはなしに見に来ていた。
開演までの時間をごろごろし、遂にライブがスタート。
ミーくんもカナタも、ギターの音色にぴくりと耳を動かす。
「うむ……」
ブレンネの歌声が酒場に響いていた。
音楽を聴きながら、カナタは自分の意思を再確認する。
(そうなのじゃ。戦いでなくてもカナタにはやれることがあったのじゃ)
(猫たちの理想郷、にゃんキングダムを築くのじゃ!)
(myルームの1000匹を超える虎猫を引き連れ王国に出発なのじゃ~)
●
「レン、ライブとても良かったよ!」
と、ライブを終えたブレンネにUisca Amhran(ka0754)が声をかけ拍手を送った。
「Uisca、来てたんだ」
「うん。帝都で戦いもあったし、元気かなって思って」
「結構元気よ。そっちは?」
「ふふ。重大発表があるけど、それはまた後で話すね」
Uiscaはライブのことに話を戻した。
「いい顔で歌うようになったね! あいどるのときよりぜんぜんいいよっ」
「舞台は緊張するけど、アイドルの時より肩肘は張っていないかな」
「レンってふだんは素直じゃないのに、歌だとさらっと本音いえちゃってるよね?」
「どーかな。それも案外嘘かもしれないし。うまいこと本音を隠してるかもしれないし」
目を逸らして言うブレンネに、Uiscaはいたずらっぽくも優しい笑みでこたえた。
「リアルブルーの言葉には『つんでれ』っていうのもあるんだよ。……そうそう、今日は先日の戦いの打ち上げで、エリンさんやアラベラさん、歌舞音曲部隊のみんなを呼んであるから。あとからみんなくるはずだよ!」
「グリューエリンとは喧嘩しないようにしないと」
「エリンさんのこと、嫌い?」
「嫌いじゃないわよ。ただ頻繁に会うと殴り合いに発展しそうだなってだけ」
Uiscaはクリュティエ(kz0280)も呼びたいと思っていた。けれどさすがに遠すぎる。
「あら、Uiscaさん。ライブを見てくださったの?」
と、莉子がやってきた。
「莉子さん!」
Uiscaが瞳を輝かせて莉子の名前を呼んだ。
「クレーネウス隊長もちゃんと呼んでいますからね!」
「そうなの?」
「そうなのです!」
Uiscaは思っていた。莉子さんとクレーネウス隊長はお似合いだと。
「私はまだやることがあるから裏にいるわね」
「わかった」
莉子は再び裏手に引っ込んだ。
その後ろ姿をUiscaはじっと見守る。
「レン」
「なによ」
「莉子さんって恋人さんはいるのかな?」
「聞いたことないわね。あたしは莉子にプライベートな部分を犠牲にしてほしくないとは思ってるけど……。そういえば、Uiscaの方は恋人とどうなのよ」
Uiscaの顔には今までとはまた別の幸福そうな赤らみが現れた。
「落ち着いたら、前に相談もした彼氏と結婚しようと思ってるの」
「そうなの!?」
ブレンネが身を乗り出した。
「ああ、ごめん。身近な人がこうして幸せそうに結婚するのって初めてで、びっくりしちゃって」
「すぐ結婚するわけじゃないの。世界がある程度復興してからの予定」
「こういう時はおめでとう、でいいんだよね。おめでとうUisca」
「ありがとう、レン。よかったら、結婚式にはぜひ出席してね! 式でステキな歌を聴かせてくれるのを期待しているから!」
「あたし、幸せな曲、歌えるかな……?」
「歌えるよ。レンを見てたらわかる。つんけんしてるところもあるけど、ちゃんと優しいところもあるって私知ってるから。だから、『つんでれ』」
「じゃあ、Uiscaのために名曲を書くわよ。今から号泣する準備しておきなさいよ?」
「楽しみにしてるね。レンはこの先どうするの? しばらくこの酒場で歌を歌っていくつもりなの?」
「そうよ。クラバックさんに恩があるし、ここは嫌いじゃないし。そうね、でも……もうちょっと音楽が広まればいいな、とは思ってるの。生きていくためにはパンや家が必要だけど、そう言うものが足りた時、音楽とか、歌がある方が楽しいと思うのよ。だから、貧困や飢餓がなくなればいいって思いながら歌を歌うつもり。……まあ、でもね」
ブレンネは自分の行動が矛盾していることを知っていた。
「そういうものを改善するためには政治家になった方がいいとは思う。ていうか、そうすべきだと思う。音楽なんて迂遠で間接的すぎるもの。でもさ、あたしが会議に耐えられるわけない。あたしの戦場はそこじゃないのよ。あたしは民衆の1人として、自分とそこにいる人々、日々感じたこととかを歌っていたい。言いたいことは言いたいもの。政治とかで救いきれない感情の機微とかを歌いたいなって思うのさ」
ブレンネは髪を撫でてUiscaに話題を振った。
「Uiscaはどうすんの?」
「私はこれからは、アルテミスっていう世界に絶望している人を救済するための組織で活動しようと思っているよ」
Uiscaはアルテミスの活動について簡単に説明した。
「ふふ、こんな賑やかで楽しい時間がすっと続くといいね……ううん、続かせるためにがんばらないと、だよっ」
●
「いらっしゃいませー!」
ルミは盆に載せた料理を運びながら、やってきた客を席に案内する。
●
帝都の中心街にあるブラオラント家の屋敷はあまり健康な状態ではなかった。つまりはボロボロであった。築250年。石造りの本館は、復元しようと思えば出来ないわけではなかった。だが暴食王との決戦から数日後の帝都で、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)は全部取り壊して、建て替えてしまうことに決めた。
(終えるための日々を続けてきた)
アウレールにとって、立ちはだかる敵はいつも過去だった。暴食だとか、旧帝国の暗部だとか、死に切れないモノ、死してうごめくモノたちと対峙していた。アウレールは、彼自身の人生もろくに無いうちから、他人の過去を仕留め続けた。
気が付けば、それ自体が人生になっていた。
そうであったから、アウレールが自分の思うまま生きようと思っても、過去に向き続けていたのはある意味仕方のないことだったのだろう。
でも、アウレールも未来の方を向きはじめてる。過去の清算以外に手を出したのは、邪神との決戦が始まってからだったかも知れない。
未来が危機にさらされていた。奈落から這い寄る死者の手によってではなく、天上ある神に近しき者が降らす泥によって閉ざされてしまう光があった。
それまでは、これからなんて事を真剣に考えたりしなかったのだ。
そして、邪神は倒された。先日の帝都での戦いで暴食との因縁を果たした。
四霊剣もアイゼンハンダーも暴食王も亡き今、アウレールにとってこのブラオラント家の屋敷こそが、おそらく最後の過去だろう。
これから先は未来しか見るものがない、見るしかないと思ったから、屋敷は取り壊す。それまで、過ごす所も無いというのは些か不便だったけれど──これも終わらせることのひとつなのだろう。
そう決めた後、冬が近い秋の風は冷たかった。夜に染まる街を、ランタンなどの光源を持った人々が行き交う。
暴食王による破壊を免れた店の中で、馴染みの場所はあっただろうかと考えていると自然と郊外に足が向き、一つの酒場の前で止まる。
(そう言えば、こんな過去もあったな)
何気ない一幕が未来の布石になる事もあるらしい。
アウレールはふらりと、店に入る。
●
「で、なんなのよ」
酒場の営業は終了し静かになった中、鬼塚 陸(ka0038)が奥の席でブレンネと莉子と向き合って座っていた。
「渡しておきたいものと、伝えておきたい事と、見せておきたいものがあるからさ。まずは渡しておきたものから」
陸がポケットからある紙を机に置いた。
「大柳さん、今後の活動資金として受け取ってください」
「……本気なの?」
「もちろん」
陸は所持金を全て小切手にしてきていた。その額10237207Gである。
「はああああ!? 何言ってんの!?」
ブレンネが陸の行動にもその額に驚愕のあまり立ち上がった。
「何って、トイチの借金返しに来たんだよ」
「でも、この金額……」
「少なかった?」
「そういうことじゃないわよ!」
ブレンネは小切手を受け取ることを躊躇していた。なので陸がある言葉を紡いだ。
「“武道館”で待つ。──大柳さんなら意味、解るでしょ?」
ブレンネがその意味を測りかねて莉子に視線を送る。
「……そういうことね」
「どういうことよ?」
「武道館はリアルブルーの日本にある公演会場。ここでのライブを成功させれば一流アーティストと言ってもいいでしょうね」
ブレンネとて、既に退くつもりはない。意味を理解した彼女はいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「わかったわよ。帝国どころか、リアルブルーででも歌ってやるわよ! この借りはトイチどころかトゴにして返すからね!」
「借りを返しにきたのは僕だったんだけど」
「これはそういう気合の入れ方なの! 莉子。あたしたち、やるわよ!」
「わかってるわ。いい意味で計画が狂ったわね」
莉子が冷静に頭の中でそろばんを弾く。幸運は受け取るが、それに浮かれてはいられない。
「ブレンネ。もう少しだけいいかな。できれば広いところに行きたい」
2人は酒場の屋根の上に座っていた。
夜空には薄い雲と星が散りばめられている。
「実を言うと、ブレンネとの時間が一番楽しかった」
「そうなの? 自分でも思うけど、あたしの態度可愛くないでしょ」
「そうかな。給仕姿可愛かったし」
「……エプロンつけてるだけよ、あんなの。で、言いたいことってなんなのよ」
ブレンネは照れたので無理やり話題を変えた。
「ほんっと無意識に潜んでる言葉の奥にある傲慢というか……見破るの巧くて、邪神戦争直前の時とかドキッとした。それにまぁお互い引きもせず色々議論したり。……そんな只の人間になれたあの時間が、いっちばん楽しかった」
「あたしも陸と話すのは嫌いじゃなかった──」
などと返答をブレンネはしたが、思い直して飾らない物言いで本心を口にした。
「……あたしだって楽しかったわよっ! もう、ちゃんと言う時に言わないと伝わらないから言っただけなんだからね!? 楽しいんだからねっ!! んで、見せたいものってなんなのよ!?」
「そりゃよかった」
ゆるい笑みを浮かべて、陸は今日やろうと思っていた最後のことをする。
「お前、綺麗なものが見たいって言ったよな。お前の目に綺麗と映るか解らないけど……。“流れ星”位ならを見せてやるよ」
陸が立ち上がり、超覚醒を発動する。
(もしマテリアルが心を表現するのなら)
(僕の生きてきた全てを賭けて、ありったけを載せて)
聖機剣を展開し、射角は60度に固定する。マテリアルチャージャーで叶う限り効果を重複させる。
(ブレンネの行く先に色んな事が有っても)
(それでも最後に……いや、より多くの刻を笑っていられるように)
(輝け……もっと、もっとだ……)
マグダレーネに陸のマテリアルが収束する。
「いっけぇええ!!!」
解放錬成で爆発するマテリアルを陸は一条の光となるように導いて夜空に撃ち出す。
【流星】六等星が輝く刻。
最大射程まで伸びたそれはキラキラ光って空中に散った。
「流れ星に願うほどあたしはロマンチストじゃないの。でも流れ星に無関心でいるほどリアリストでもないつもり。──綺麗ね。夜空が泣いてるみたい」
悲しくて泣くときもあれば、嬉しくて泣くときもある。
「よし。これで僕も目的は果たしたし、帰るよ。バイバイ、ブレンネ」
「おう。まっすぐ帰るんだぞ。バイバイ、陸」
棘が取れて、球形になった日常はころころ転がっていく。掴み所なく裏表もないそれは、停止する時まで、或いは穴に落ちるまで。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/11/04 21:27:25 |
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【相談卓】 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2019/11/05 21:55:12 |
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【質問卓】 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2019/11/06 23:17:33 |