ゲスト
(ka0000)
赫木の森
マスター:硲銘介
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/09 09:00
- 完成日
- 2015/03/16 13:40
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
その日も男は森へ入っていった。
生業である狩りをする為に、猟師である男は獲物を求めて森を歩く。
進む先には途切れぬ木立、頭上を覆うは葉の緑。鳥や動物の鳴き声と気配、それらを孕みつつも広がる静寂。
全てがいつも通り。男は踏みなれた森の地面を枝木を折りつつ進んでいった。
行き先は定まってはいない。一定の狩場を設ける事で獲物に余計な知恵でもついたら困る、その考えから毎日適当な所で狩る事にしていた。
今日はどの辺りにするか考えながら進む男、だが突如その歩みが停止した。
獲物がいた訳ではない。見つけたのは別の物だった。
眼前の葉を払おうと手を伸ばした先に、不意に――おかしな物を見つけたのだ。
赤い葉、だった。葉脈に至るまで、全てが真っ赤に染められている。
紅葉、にしたってこれは――おかしい。そもそも季節が合わないが、それよりも異常なのは色そのものだ。
「まるで、血の色じゃねぇか……」
知らず、男はそんな言葉を零していた。
確かにその形容は相応しい。葉の色は赤く、紅く――おぞましいとさえ思える深い赤色だった。足元の折れた枝、その断面を見るとやはり、真っ赤だった。
葉と枝、それらの大本である木を順に目で追っていく。この木の表面を傷つければ赤い樹液でも噴出すのだろうか。それはまるで――
「っ……よせよせ」
自分の想像を振り切るように首を振る。
少し落ち着いて考える。異常に思えるこの木だが、実際それほどおかしなものなのだろうか。
男はあくまで猟師であり、植物には詳しくない。今まで見なかっただけで、普通に自生していたという事も十分に有り得る。
実際、毒々しい程に赤い花は存在する。自分の趣味ではないが、好む者は大勢いる筈だ。
そう考えればこの木もおかしな物でもない。病気の可能性もあるが、そう怯える必要は――
「……何?」
思考が停止する。
赤い葉を宿す赤い木、その不気味な存在に対する擁護など一瞬に吹っ飛んでしまった。
男は頭上を見上げていた。木の上部に広がる光景を見てやろうと、顔を上げていた。
そこで見たのは、空を覆う赤い葉の群れ。あぁ、それはいい。この木が空へ赤い葉を広げている事など容易に想像できていたのだから。
問題なのは頭上に見える葉が――“全て”真っ赤だったという事。
自分がこれまで歩いてきた後方すらも、赤い葉が覆っていたのだ。それは――おかしい。
此処までの道のり、ずっと上を見上げていた訳でないが、赤い葉など一枚も見なかった。此処に来てようやく見つけた赤葉に自分は立ち止まっていたのだ。
なのに、赤葉は天を覆う。風に揺れる木の葉が囁く様だった――お前はずっと、赤い森の中を進んできた、と。
恐る恐る後ろを振り返る。男の目が映すのは当たり前の緑を喪失した風景。
そこには、赤色の森が広がっていた。
「どういうことだ……これは……」
自分は普通の、いつも通りの森を歩いていた……つもりだった。いや、間違いない。間違いなんて有り得ない。
この異常に気づかず進んでこれる程自分は間抜けではない。自分が歩いてきたのは確かに、緑の森だったはずだ。
ならばこれはどういう事だ。自分は何故、赤い木々に囲まれている。何故、周りが全て赤く染まっている。
自分の認識が狂っている筈は無い。自分は此処から動いてもいない。だとしたら、変わったのは――
「ッ……!? ぐあああぁぁぁっ!!」
突如、何かが男を襲った。激痛を訴える箇所、自分の腹部へと視線を移す。
――細く鋭い物体が脇腹を貫いていた。これは槍か、はたまた矢か。違う。これは、枝だ。
凶器の正体に辿り着いた瞬間、それが腹から抜かれる。無遠慮に傷口を這う枝が激痛を呼ぶと同時に、赤い血飛沫が噴出す。
咄嗟に、男は相手を振り返る。そこには自分を狙う狩人の姿があった。
――曰く、とある木が艶やかな桃色の花を咲かすのは、人の血を吸うからだと言う。ならば、毒々しい赤を纏うこれもまた、吸血の怪物であった。
名を、吸血樹。腐り果てた一本の木は、いつしか色と共にその性質を変えて再び大地に立った。
以前と異なるのは這わせた根も伸びた枝も、自由に動かせるという事。虫に目を付けられれば食われるしか無かった木偶はもういない。今は鮮やかな色彩で獲物を誘い、喰らう側へと回った。
地面から吸血樹の根が伸び、男の足へ巻き付く。動きを封じた獲物へ、槍状に尖った枝が向かう。
「ぁ……っ、この……ォ!」
男はなんとか腕を伸ばし枝を捕まえると、ナイフを突き立て切り落とした。
露になった断面から赤い樹液が滴る。切られた枝の先端は死んだ様に動きを静止していた。
すかさず、男は猟銃を構え吸血樹の幹へと発砲する。命中箇所からは血の様に液体が飛び散る。
男の足を縛る根が弛む。歪める顔も発する声も無い為、分かりづらいが攻撃は効いているらしい。
流血の止まらない腹を押さえつつ、眼前の獲物へ注意を払う。不意の一撃は堪えたが、勝ち目の無い相手ではない。倒すにしろ逃げるにしろ、やり様が在るというのは大分気分が違う。
自分は狩人、狩る側の存在だ。その立場を再確認し、場を乗り切る算段を付ける。そして、
「――――あ……?」
次の瞬間、その背中は無数の槍に貫かれていた。
自分の胸から飛び出す凶器。それが何なのか、男が認識する間もなく――次がやってくる。その一撃は頭蓋に大穴を穿ち、男は絶命する。
最期の瞬間、男は己の間違いに気づく。獲物を誤認していた。敵は眼前の木などではなかったのだ。
最初に赤い木の葉を目にした時点で罠にかかっていた。その時から、狩人と獲物の立場は入れ替わっていたのだ。
獲物は狩人を気取った脆弱な人間一人。敵は、狩人は――森そのもの。
赤い葉を宿す木全てが吸血樹。それに辿り着けなかった事が――否、森という奴らの狩場に踏み込んだ事こそが致命的な間違いだった。
●
――曰く、其の森は時々赤く染まるのだと言う。
秋の季節でも黄昏が落ちた訳でも無く、不意討ちの様にそれは現出する。森の一部が赤く染まり、暫くすると元の緑に戻る。
決まっているのは誰かが森の奥地へ踏み入った時、森は染まる。そしてその誰かが――帰らない、という事。
いつからか、こんな噂が広まった。
森の奥には神様が住んでいる。聖域に踏み込んだ人間に対する怒りで神は森を赤く染め上げ、愚か者には罰を与える。いなくなった者は、神隠しにあった。
近隣の町はそこを立ち入ってはいけない土地とし、無名の森は赫木の森と呼ばれ恐れられた。
だが、いなくなった者の縁者達はそんな事では納得出来ない。これまで何も無かった森にいきなり神様が住み着いたりするものか。
不可侵の森。森の神の祟りを恐れながらも、その存在に疑いを抱いた町人達はその調査をハンター達へと委ねる事にした――――
その日も男は森へ入っていった。
生業である狩りをする為に、猟師である男は獲物を求めて森を歩く。
進む先には途切れぬ木立、頭上を覆うは葉の緑。鳥や動物の鳴き声と気配、それらを孕みつつも広がる静寂。
全てがいつも通り。男は踏みなれた森の地面を枝木を折りつつ進んでいった。
行き先は定まってはいない。一定の狩場を設ける事で獲物に余計な知恵でもついたら困る、その考えから毎日適当な所で狩る事にしていた。
今日はどの辺りにするか考えながら進む男、だが突如その歩みが停止した。
獲物がいた訳ではない。見つけたのは別の物だった。
眼前の葉を払おうと手を伸ばした先に、不意に――おかしな物を見つけたのだ。
赤い葉、だった。葉脈に至るまで、全てが真っ赤に染められている。
紅葉、にしたってこれは――おかしい。そもそも季節が合わないが、それよりも異常なのは色そのものだ。
「まるで、血の色じゃねぇか……」
知らず、男はそんな言葉を零していた。
確かにその形容は相応しい。葉の色は赤く、紅く――おぞましいとさえ思える深い赤色だった。足元の折れた枝、その断面を見るとやはり、真っ赤だった。
葉と枝、それらの大本である木を順に目で追っていく。この木の表面を傷つければ赤い樹液でも噴出すのだろうか。それはまるで――
「っ……よせよせ」
自分の想像を振り切るように首を振る。
少し落ち着いて考える。異常に思えるこの木だが、実際それほどおかしなものなのだろうか。
男はあくまで猟師であり、植物には詳しくない。今まで見なかっただけで、普通に自生していたという事も十分に有り得る。
実際、毒々しい程に赤い花は存在する。自分の趣味ではないが、好む者は大勢いる筈だ。
そう考えればこの木もおかしな物でもない。病気の可能性もあるが、そう怯える必要は――
「……何?」
思考が停止する。
赤い葉を宿す赤い木、その不気味な存在に対する擁護など一瞬に吹っ飛んでしまった。
男は頭上を見上げていた。木の上部に広がる光景を見てやろうと、顔を上げていた。
そこで見たのは、空を覆う赤い葉の群れ。あぁ、それはいい。この木が空へ赤い葉を広げている事など容易に想像できていたのだから。
問題なのは頭上に見える葉が――“全て”真っ赤だったという事。
自分がこれまで歩いてきた後方すらも、赤い葉が覆っていたのだ。それは――おかしい。
此処までの道のり、ずっと上を見上げていた訳でないが、赤い葉など一枚も見なかった。此処に来てようやく見つけた赤葉に自分は立ち止まっていたのだ。
なのに、赤葉は天を覆う。風に揺れる木の葉が囁く様だった――お前はずっと、赤い森の中を進んできた、と。
恐る恐る後ろを振り返る。男の目が映すのは当たり前の緑を喪失した風景。
そこには、赤色の森が広がっていた。
「どういうことだ……これは……」
自分は普通の、いつも通りの森を歩いていた……つもりだった。いや、間違いない。間違いなんて有り得ない。
この異常に気づかず進んでこれる程自分は間抜けではない。自分が歩いてきたのは確かに、緑の森だったはずだ。
ならばこれはどういう事だ。自分は何故、赤い木々に囲まれている。何故、周りが全て赤く染まっている。
自分の認識が狂っている筈は無い。自分は此処から動いてもいない。だとしたら、変わったのは――
「ッ……!? ぐあああぁぁぁっ!!」
突如、何かが男を襲った。激痛を訴える箇所、自分の腹部へと視線を移す。
――細く鋭い物体が脇腹を貫いていた。これは槍か、はたまた矢か。違う。これは、枝だ。
凶器の正体に辿り着いた瞬間、それが腹から抜かれる。無遠慮に傷口を這う枝が激痛を呼ぶと同時に、赤い血飛沫が噴出す。
咄嗟に、男は相手を振り返る。そこには自分を狙う狩人の姿があった。
――曰く、とある木が艶やかな桃色の花を咲かすのは、人の血を吸うからだと言う。ならば、毒々しい赤を纏うこれもまた、吸血の怪物であった。
名を、吸血樹。腐り果てた一本の木は、いつしか色と共にその性質を変えて再び大地に立った。
以前と異なるのは這わせた根も伸びた枝も、自由に動かせるという事。虫に目を付けられれば食われるしか無かった木偶はもういない。今は鮮やかな色彩で獲物を誘い、喰らう側へと回った。
地面から吸血樹の根が伸び、男の足へ巻き付く。動きを封じた獲物へ、槍状に尖った枝が向かう。
「ぁ……っ、この……ォ!」
男はなんとか腕を伸ばし枝を捕まえると、ナイフを突き立て切り落とした。
露になった断面から赤い樹液が滴る。切られた枝の先端は死んだ様に動きを静止していた。
すかさず、男は猟銃を構え吸血樹の幹へと発砲する。命中箇所からは血の様に液体が飛び散る。
男の足を縛る根が弛む。歪める顔も発する声も無い為、分かりづらいが攻撃は効いているらしい。
流血の止まらない腹を押さえつつ、眼前の獲物へ注意を払う。不意の一撃は堪えたが、勝ち目の無い相手ではない。倒すにしろ逃げるにしろ、やり様が在るというのは大分気分が違う。
自分は狩人、狩る側の存在だ。その立場を再確認し、場を乗り切る算段を付ける。そして、
「――――あ……?」
次の瞬間、その背中は無数の槍に貫かれていた。
自分の胸から飛び出す凶器。それが何なのか、男が認識する間もなく――次がやってくる。その一撃は頭蓋に大穴を穿ち、男は絶命する。
最期の瞬間、男は己の間違いに気づく。獲物を誤認していた。敵は眼前の木などではなかったのだ。
最初に赤い木の葉を目にした時点で罠にかかっていた。その時から、狩人と獲物の立場は入れ替わっていたのだ。
獲物は狩人を気取った脆弱な人間一人。敵は、狩人は――森そのもの。
赤い葉を宿す木全てが吸血樹。それに辿り着けなかった事が――否、森という奴らの狩場に踏み込んだ事こそが致命的な間違いだった。
●
――曰く、其の森は時々赤く染まるのだと言う。
秋の季節でも黄昏が落ちた訳でも無く、不意討ちの様にそれは現出する。森の一部が赤く染まり、暫くすると元の緑に戻る。
決まっているのは誰かが森の奥地へ踏み入った時、森は染まる。そしてその誰かが――帰らない、という事。
いつからか、こんな噂が広まった。
森の奥には神様が住んでいる。聖域に踏み込んだ人間に対する怒りで神は森を赤く染め上げ、愚か者には罰を与える。いなくなった者は、神隠しにあった。
近隣の町はそこを立ち入ってはいけない土地とし、無名の森は赫木の森と呼ばれ恐れられた。
だが、いなくなった者の縁者達はそんな事では納得出来ない。これまで何も無かった森にいきなり神様が住み着いたりするものか。
不可侵の森。森の神の祟りを恐れながらも、その存在に疑いを抱いた町人達はその調査をハンター達へと委ねる事にした――――
リプレイ本文
●
「では、赤い木は見なかったのだな?」
赫木の森の情報を得る為、森に入った経験のある者達からアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は話を聞いていた。
神の噂が立ったのは最近の話。森へ踏み入った経験者は大勢いた。だが、その誰もが赤い木に遭遇した事は無いという。
「あぁ、前に森へ入った時も変わった感じはしなかったね。森全体がヤバイ訳じゃねぇのかな」
「らしいな。帰ってこないのは奥の方まで行った奴らなんだろ。神がどうとか知らねぇけど、化け物がいるなら奥地なんだろうさ」
どうも森に入った者の多くは神の存在を信じていないらしい。信仰者達は森に立ち入らないのかもしれない。
続けてアウレールが尋ねる。
「化け物と言うが、正体は分かっているのか?」
「俺が知るかって。実際、化け物に遭ったって奴は聞かないぜ。姿を見た奴は全員死んじまったってことだろ」
「では、生還した者はいないと?」
密かに気を落とす。生還者に会えれば詳しい情報を得られただろう。
だが、まだいないと確定した訳ではない。もっと噂に精通する者ならば何か知っているだろうか。
「私は見た、赤い葉をつけた大木が森の中を動くのを! 目を疑う恐ろしい光景だった……今思えば、あれは森の神だったのだろう。君達も怒りに触れぬ様に気をつけたまえ」
興奮して話す町人が去り、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)は呆れた様に口を開いた。
「そんな神様の怒りとやらがポンポン湧いて堪るかよ」
胡散臭そうな目で背中を追うエヴァンスの横でピオス・シルワ(ka0987)は話の内容をメモに纏めていた。
赤い木の目撃者は殆どが襲われ亡くなっている。だが誰かが襲われるところを偶然目撃した、という者は何人か存在していた。
ピオスは集めた情報と町人から手に入れた地図に目を通しながら呟く。
「それでも、木が動くのは本当みたいだ。木を操る雑魔がいるのか、もしくは木そのものが雑魔なのかな」
「もし木が噂通り動く……生きてるってんなら、こいつをたんまり飲ませてやるさ」
エヴァンスは笑いながらそう言って持参したウィスキーを取り出した。ピオスも釣られて笑いながら地図を見直す。
「また他を当たろうか。後は森が染まる範囲が分かればいいんだけど……」
リリア・ノヴィドール(ka3056)とゲルト・フォン・B(ka3222)の二人は町民に従い、町の中の小さな高台にやってきていた。
その場所からは赫木の森が一望できた。しかし、どうやら噂の赤い木は見当たらない。
「私はここから赤く染まった木を目にしました。私には、あれが神の怒りに触れてしまったが故のものとしか思えないのです」
町民が口を開く。信仰心の篤いその者は森に住まう神の存在を本気で信じているらしい。
「……森が赤く染まる日には何か特別な事をしていた? それと、雨の日にも染まった事はあったの?」
「特別な事……神の領域に踏み入る愚か者がいたのです。彼らは皆、神の裁きを受けた。雨の日も同様です」
リリアの問いに町民は厳しい口調で返した。神の怒りを買った愚かな不信心者、その者達を軽蔑している様だった。
「……神聖視するのと見て見ぬフリをするのは、全くの別物なのよ」
帰らない者は神を汚す不敬なる愚か者。そんな考えに、リリアは聞こえないように小さく呟いた。
この人物に聞くことはもう無いのか、リリアが下がる。代わりに前に出たゲルトが口を開く。
「鎮守の森が赤く染まった場所、神の領域の境界線は分かるか?」
ゲルトがそう尋ねると、町民は地図を取り出し、境界を示した。
これまでに木々が赤くなった箇所から割り出した大雑把なものだが、これが聖域――人に仇為す何かの生息地帯という事だ。
――民家の中、女の泣き声が響く。
エイル・メヌエット(ka2807)とルナ・レンフィールド(ka1565)は森から帰らぬ者の家族へ会いに行っていた。
目の前で涙を流す女性、彼女の夫は森で狩りを生業にしていたらしい。
労りの言葉を口にしたエイルに応え、彼女は語る。いつも通りの格好でいつも通り森へ入った夫が、その日は帰ってこなかった事を。
「もし、森の中で旦那さんの痕跡を見つけたなら、必ず知らせるわ……何も分からないままでは、辛いだろうから」
女性から聞けるだけの情報を得た後、エイルはそう告げて、二人はその家を後にした。
最後まで涙を絶やさなかった女性の姿に、大切な者を奪うだけの神へ立ち向かう覚悟を二人は固めるのだった。
仲間達が町で情報収集する傍ら、リュカ(ka3828)は一人森の外周を回っていた。
聞こえる鳥の囀りに異変はなかったが、動物達には一つ異変が見られた。
本来ならば森の中心、奥の方を好む動物がこんな外周に出てきていた。これは森の深部、彼らの生息地帯が何かに侵されているという事だ。
赤く染まり、人を呑む森。森すら脅威となってしまう。そっと木々に手を当て、その声に耳を傾けるリュカは悲しんでいた。
森から出て生きる事を求めた彼女だが、エルフという種族の性だろうか。異変に襲われた森を思うと胸が痛かった。
払うべき脅威と認識しながらも彼女は一人、森そのものも案じていた。
●
「エイル、敵が現れたら僕がズバーンと駆けつけるからね!」
「ふふ、ありがとう。ピオス君」
得意げに両手を上げ元気いっぱいのピオスにエイルは小さく手を振り応える。その手には彼から渡された地図がある。
エイルとアウレール、ゲルトの三人が他の面々を残し先へ進む。少ししてその背中が小さくなった頃に、残りの者達も追いかけるように進み始めた。
情報収集を終えた彼らは合流し、各々の得た成果を報告し、敵の正体をピオスの挙げた二つの可能性に絞った。
雑魔であろう動く木。それを操る者が別に存在しているか、それとも木自体が雑魔で木々の中に核となる一体が混じっているか。そのどちらかと目星をつけた。
とすれば、赤い木は全体のごく一部とはいえ森そのものを相手するに近い。全員が囲まれる事があれば危うい。
その対策としてゲルトの提案により、斥候の三人が先行する事となったのだ。部隊を分ける事により、一網打尽の状況を回避するのが狙いだった。
赫木の、などと言われているが、入ってみれば普通の森とそう変わりは無かった。生い茂る枝葉が太陽光を遮り、仄かに暗くなった森の中を進んでいく。
一行の最後尾を行くのはリュカ。彼女は迷った際や帰路の事を考えていた。空を見上げ、葉の隙間から覗く空を、太陽の位置を確認して方角を見定める。
また、道すがら枝木を切り落としていた。無闇に傷つけているのではない。成長を促す為の行為、剪定を行っているのだ。
真新しい枝の切り口が彼らの進んできた道に並ぶ。同様に道を示す工夫がもう一つ、アウレールの仕組んだそれは斥候班の方まで伸びていた。
長い長い糸玉を繰り出しながらアウレールは進む。ピンと張った糸の先は入り口付近の木に結び付けられている。
更に、彼は数本間隔で剣で木を軽く突いていた。歪虚が擬態していたなら、何かしらの反応が見られる筈だった。
斥候の彼らの周りは特殊な光に照らされていた。ゲルトのシャインにより、彼女の装備が光を輝いているのだ。
明かりは周囲を窺いやすくなるだけではない。後方の本体が彼らを見失わない目印にもなっていた。
「赫は神の怒りの色か、帰らぬ人の血の色か……マテリアル枯渇による森の雑魔化かしらね」
鋭敏な感覚で周囲を観察しつつ、エイルが呟く。心なしか、森の動物の数が減ってきている気がする。歪虚が潜む禁忌の境界が近づいているのかもしれない。
警戒し進む中、突然アウレールの短伝話が鳴り、通信越しにエヴァンスの声が響いた。
「こっちは何も問題ないぜ。そっちはどうだー?」
「ああ、こちらもまだ何も――」
「待って」
何事も無い、アウレールの返事をゲルトが制止した。
エイルも既に気づいている。彼女達の視線の先には――赤い葉があった。
「――――!」
瞬間、その葉を宿す木が全身を赤色へと変化させる。
続いて、枝木の折れる音が四方から聞こえた。葉が掠れる音に地面が掘り返される音、異変の無かった森に突如異音が生まれた。
そう、これが木々に擬態す雑魔の手。目を惹く赤い葉に意識を向けさせ、一斉に移動する。
そして獲物の包囲を完成させた時、木々は真の姿を現す。毒々しい赤葉で天を覆うのだ。
それが、赫木の森。それは雑魔の群れであり、狩場でもあった。
大抵の者ならばこの時点で詰みである。赤い葉に覆われた時にはもう退路が無いのだから。
だが、今この場に集ったのは対雑魔の専門家。加えて、包囲を終える前に彼らは異変を察した。
故に、赫木の森のいつもの狩りとは異なる展開が待っていた。
●
敵の存在に気づいた斥候班が下がり、後方の味方との距離を狭める。その対応から、見破られた事を察したのか、目の前の木が動き始めた。
獲物を刺し殺そうと伸びる枝、それをアウレールの盾が弾く。直後、魔法の矢が後方から飛来する。
「エイル!」
真っ先に斥候班に駆け寄ったピオスの放ったマジックアロー、それが木の動きを僅かに止めた。
「逃がさない!」
その硬直をゲルト、そして防御位置から踏み込んだアウレールが叩く。
二人の攻撃は木を逃さず捉え、根元を打ち抜く。吸血樹の全体が揺れる様は、まるで声無き唸りだった。
間近の一体を排除し、体勢を整える一行。周囲を見渡しながらエイルが言う。
「恐らく雑魔化にも最初の一歩ならぬ最初の一木がある筈」
「木を操ってる本体、そいつを見つけ出そう!」
その声にピオスが頷きながら、エイルと背中合わせに陣取る。
次第に木は本数を増していく。一刻も早く大本を見つけ、打ち倒すのが勝利への道筋となる筈だ。
「さあ、奏でましょう――風の音の加護をっ」
ルナが呟くと同時に、音楽記号で編まれた光の螺旋が彼女を包んだ。ワンドを振る彼女の右手が淡い燐光を溢す。
奏でるはウィンドガスト。魔術師のルナを庇い立つリュカを風が包み、打ちつける枝の攻撃を直撃を逸らす。
防御に徹するリュカに代わり、エヴァンスの大剣が枝ごと木の根を両断する。
「さて、弱点は根元か別の場所か……どうせなら、今まで吸い上げた真っ赤な血を盛大に吹きあげてみろやぁ!」
追撃の構えを取ったエヴァンス、踏込と共に振り上げた剣を叩きつける豪快な一撃が樹木を割る。
噴出す赤い樹液に構わず、エヴァンスは次の敵へ向かう。彼が放つ高火力の一撃の前に、吸血樹は棒立つ木偶の様に次々へし折られていく。
前線を駆けるエヴァンスに攻撃が集中するも、受けた傷はリュカが癒していく。
彼らの中衛に立つリリアが鉄パイプを取り出し、木々が迫ってくる方へ投げ込む。
この一投は嗅覚による外敵察知の是非を計る為のものだったが、この吸血樹は嗅覚には依存していないらしく、リリアの狙い通りの効果は生まれなかった。
それでも気を取られたのか、僅かに木々は動きを止める。すぐに切り替え、リリアはそこへチャクラムを投擲する。
飛ぶ刃が枝を切り落とし、多くの血液が噴出していく。その光景にリリアは眉根を寄せる。
「これが……神聖?」
滑稽なものである。崇められる神の正体はただの怪物、神聖どころか邪悪な存在だった。
だからこそ。リリアは武器を握る手に力を込める。この怪物は、ここで倒さなければならない。
「風の音よ、鋭き刃となり切り裂いてっ! Presto!」
飛び交うチャクラムに合わせ、ルナのウィンドスラッシュが奔る。彼女達の連携に敵の枝や根は次々数を減らす。だが――
「っ――――!」
エヴァンスの頬を樹木の槍が掠めた。続き、幾つもの木々が新たに根を伸ばす。
規模こそ小さいが、相手は森そのもの。数の利ではハンター達が圧倒的に不利である。
再び、枝がエヴァンスを貫こうとする――が、それを彼はウィスキーのボトルで受け止めた。
「ルナ、頼む!」
「! はい――燃え上がる炎の音、その力を此処に」
エヴァンスの呼びかけに、ルナはファイアエンチャントを発動する。エヴァンスの剣がそれを受け、炎の属性を纏わせる。
「植物でも、アルコールはお好みか? なら好きなだけ飲ませてやるよ!」
赤い光を纏う剣閃が酒瓶ごと両断する。炎上するかのように赤い光に呑み込まれた木は、動きを停止した。
「っ、本体はどれだ!?」
受けた傷をヒールで癒しつつゲルトが叫ぶ。硬い鎧とスキルで守っても衰えない敵の攻勢に次第に消耗していた。
それは他の者も同様だ。味方の治癒に回っていたエイルも回復が尽きようとしていた。影が差す戦意、そこへ、
「皆、たぶんアレが本体だよ!」
ピオスが叫ぶ。彼がワンドを伸ばす先には普通の木を挟み、一体の吸血樹がいた。
見た目には他の個体と変わりは無い。だがその動きは異質で、隠れる様に遠ざかった場所から動かない。
その様は、さながら指揮官であった。
ピオスの発見に味方の士気が上がる。これは終わりの無い戦いなどではない、最終目標を捉えれば気持ちの上で優位に立てる。
「ウィンドスラッシュ!」
「ホーリーライト!」
ピオスとエイルの唱える魔法が木々の合間を抜け、敵大将の足を止める。
前衛達も他の木々を跳ね返しつつ、大本に向かう。戦力を集中させ一気に突破を仕掛け、やがて最も近い位置にいたアウレールが辿り着く。
「朽木の分際が、少し動けたくらいで図に乗るな! 狩人は私だ! 貴様に名前を刻んでやる!」
最後の防衛線を抜け飛び込むアウレール。そうして繰り出されるは渾身の――――
●
ざわつく町民達。その視線の先には、赤く染まった森から帰還した唯一の者達がいた。
先頭に立つアウレールの手には血の滴る赤枝と、穴の穿たれた髑髏。それらを掲げ、
「――これが、卿らの言う神の正体だ」
その正体――枝をへし折って見せた。
一層大きなざわめきが広がる。その場の誰もが分かってしまった。皆が恐れた怪異の、真実に。
「知りもせずに碌でも無いものを崇めるのは感心せぬな……弔ってやれ」
アウレールの後ろから音楽が聞こえる。亡くなった者達に捧げる為、ルナが奏でる鎮魂の曲だ。
「どうか安らかに……」
穏やかに祈るルナの言葉。響く音の中、エイルが見つめる先には亡くなった男の妻もいた。
死者も戻らない。それでも、少しは戻ったものもあっただろうか。
戦闘後、リリア中心に行われた森の調査。残骸や根の繋がりから歪虚の発生理由を探りたかったが、早々に始まった消滅でそれは叶わなかった。
赫木の森、の脅威は取り除かれた。もう森を染める木は残っていない。
だが、森に広がる静寂はどこか、不気味さを漂わせていた。
「では、赤い木は見なかったのだな?」
赫木の森の情報を得る為、森に入った経験のある者達からアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は話を聞いていた。
神の噂が立ったのは最近の話。森へ踏み入った経験者は大勢いた。だが、その誰もが赤い木に遭遇した事は無いという。
「あぁ、前に森へ入った時も変わった感じはしなかったね。森全体がヤバイ訳じゃねぇのかな」
「らしいな。帰ってこないのは奥の方まで行った奴らなんだろ。神がどうとか知らねぇけど、化け物がいるなら奥地なんだろうさ」
どうも森に入った者の多くは神の存在を信じていないらしい。信仰者達は森に立ち入らないのかもしれない。
続けてアウレールが尋ねる。
「化け物と言うが、正体は分かっているのか?」
「俺が知るかって。実際、化け物に遭ったって奴は聞かないぜ。姿を見た奴は全員死んじまったってことだろ」
「では、生還した者はいないと?」
密かに気を落とす。生還者に会えれば詳しい情報を得られただろう。
だが、まだいないと確定した訳ではない。もっと噂に精通する者ならば何か知っているだろうか。
「私は見た、赤い葉をつけた大木が森の中を動くのを! 目を疑う恐ろしい光景だった……今思えば、あれは森の神だったのだろう。君達も怒りに触れぬ様に気をつけたまえ」
興奮して話す町人が去り、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)は呆れた様に口を開いた。
「そんな神様の怒りとやらがポンポン湧いて堪るかよ」
胡散臭そうな目で背中を追うエヴァンスの横でピオス・シルワ(ka0987)は話の内容をメモに纏めていた。
赤い木の目撃者は殆どが襲われ亡くなっている。だが誰かが襲われるところを偶然目撃した、という者は何人か存在していた。
ピオスは集めた情報と町人から手に入れた地図に目を通しながら呟く。
「それでも、木が動くのは本当みたいだ。木を操る雑魔がいるのか、もしくは木そのものが雑魔なのかな」
「もし木が噂通り動く……生きてるってんなら、こいつをたんまり飲ませてやるさ」
エヴァンスは笑いながらそう言って持参したウィスキーを取り出した。ピオスも釣られて笑いながら地図を見直す。
「また他を当たろうか。後は森が染まる範囲が分かればいいんだけど……」
リリア・ノヴィドール(ka3056)とゲルト・フォン・B(ka3222)の二人は町民に従い、町の中の小さな高台にやってきていた。
その場所からは赫木の森が一望できた。しかし、どうやら噂の赤い木は見当たらない。
「私はここから赤く染まった木を目にしました。私には、あれが神の怒りに触れてしまったが故のものとしか思えないのです」
町民が口を開く。信仰心の篤いその者は森に住まう神の存在を本気で信じているらしい。
「……森が赤く染まる日には何か特別な事をしていた? それと、雨の日にも染まった事はあったの?」
「特別な事……神の領域に踏み入る愚か者がいたのです。彼らは皆、神の裁きを受けた。雨の日も同様です」
リリアの問いに町民は厳しい口調で返した。神の怒りを買った愚かな不信心者、その者達を軽蔑している様だった。
「……神聖視するのと見て見ぬフリをするのは、全くの別物なのよ」
帰らない者は神を汚す不敬なる愚か者。そんな考えに、リリアは聞こえないように小さく呟いた。
この人物に聞くことはもう無いのか、リリアが下がる。代わりに前に出たゲルトが口を開く。
「鎮守の森が赤く染まった場所、神の領域の境界線は分かるか?」
ゲルトがそう尋ねると、町民は地図を取り出し、境界を示した。
これまでに木々が赤くなった箇所から割り出した大雑把なものだが、これが聖域――人に仇為す何かの生息地帯という事だ。
――民家の中、女の泣き声が響く。
エイル・メヌエット(ka2807)とルナ・レンフィールド(ka1565)は森から帰らぬ者の家族へ会いに行っていた。
目の前で涙を流す女性、彼女の夫は森で狩りを生業にしていたらしい。
労りの言葉を口にしたエイルに応え、彼女は語る。いつも通りの格好でいつも通り森へ入った夫が、その日は帰ってこなかった事を。
「もし、森の中で旦那さんの痕跡を見つけたなら、必ず知らせるわ……何も分からないままでは、辛いだろうから」
女性から聞けるだけの情報を得た後、エイルはそう告げて、二人はその家を後にした。
最後まで涙を絶やさなかった女性の姿に、大切な者を奪うだけの神へ立ち向かう覚悟を二人は固めるのだった。
仲間達が町で情報収集する傍ら、リュカ(ka3828)は一人森の外周を回っていた。
聞こえる鳥の囀りに異変はなかったが、動物達には一つ異変が見られた。
本来ならば森の中心、奥の方を好む動物がこんな外周に出てきていた。これは森の深部、彼らの生息地帯が何かに侵されているという事だ。
赤く染まり、人を呑む森。森すら脅威となってしまう。そっと木々に手を当て、その声に耳を傾けるリュカは悲しんでいた。
森から出て生きる事を求めた彼女だが、エルフという種族の性だろうか。異変に襲われた森を思うと胸が痛かった。
払うべき脅威と認識しながらも彼女は一人、森そのものも案じていた。
●
「エイル、敵が現れたら僕がズバーンと駆けつけるからね!」
「ふふ、ありがとう。ピオス君」
得意げに両手を上げ元気いっぱいのピオスにエイルは小さく手を振り応える。その手には彼から渡された地図がある。
エイルとアウレール、ゲルトの三人が他の面々を残し先へ進む。少ししてその背中が小さくなった頃に、残りの者達も追いかけるように進み始めた。
情報収集を終えた彼らは合流し、各々の得た成果を報告し、敵の正体をピオスの挙げた二つの可能性に絞った。
雑魔であろう動く木。それを操る者が別に存在しているか、それとも木自体が雑魔で木々の中に核となる一体が混じっているか。そのどちらかと目星をつけた。
とすれば、赤い木は全体のごく一部とはいえ森そのものを相手するに近い。全員が囲まれる事があれば危うい。
その対策としてゲルトの提案により、斥候の三人が先行する事となったのだ。部隊を分ける事により、一網打尽の状況を回避するのが狙いだった。
赫木の、などと言われているが、入ってみれば普通の森とそう変わりは無かった。生い茂る枝葉が太陽光を遮り、仄かに暗くなった森の中を進んでいく。
一行の最後尾を行くのはリュカ。彼女は迷った際や帰路の事を考えていた。空を見上げ、葉の隙間から覗く空を、太陽の位置を確認して方角を見定める。
また、道すがら枝木を切り落としていた。無闇に傷つけているのではない。成長を促す為の行為、剪定を行っているのだ。
真新しい枝の切り口が彼らの進んできた道に並ぶ。同様に道を示す工夫がもう一つ、アウレールの仕組んだそれは斥候班の方まで伸びていた。
長い長い糸玉を繰り出しながらアウレールは進む。ピンと張った糸の先は入り口付近の木に結び付けられている。
更に、彼は数本間隔で剣で木を軽く突いていた。歪虚が擬態していたなら、何かしらの反応が見られる筈だった。
斥候の彼らの周りは特殊な光に照らされていた。ゲルトのシャインにより、彼女の装備が光を輝いているのだ。
明かりは周囲を窺いやすくなるだけではない。後方の本体が彼らを見失わない目印にもなっていた。
「赫は神の怒りの色か、帰らぬ人の血の色か……マテリアル枯渇による森の雑魔化かしらね」
鋭敏な感覚で周囲を観察しつつ、エイルが呟く。心なしか、森の動物の数が減ってきている気がする。歪虚が潜む禁忌の境界が近づいているのかもしれない。
警戒し進む中、突然アウレールの短伝話が鳴り、通信越しにエヴァンスの声が響いた。
「こっちは何も問題ないぜ。そっちはどうだー?」
「ああ、こちらもまだ何も――」
「待って」
何事も無い、アウレールの返事をゲルトが制止した。
エイルも既に気づいている。彼女達の視線の先には――赤い葉があった。
「――――!」
瞬間、その葉を宿す木が全身を赤色へと変化させる。
続いて、枝木の折れる音が四方から聞こえた。葉が掠れる音に地面が掘り返される音、異変の無かった森に突如異音が生まれた。
そう、これが木々に擬態す雑魔の手。目を惹く赤い葉に意識を向けさせ、一斉に移動する。
そして獲物の包囲を完成させた時、木々は真の姿を現す。毒々しい赤葉で天を覆うのだ。
それが、赫木の森。それは雑魔の群れであり、狩場でもあった。
大抵の者ならばこの時点で詰みである。赤い葉に覆われた時にはもう退路が無いのだから。
だが、今この場に集ったのは対雑魔の専門家。加えて、包囲を終える前に彼らは異変を察した。
故に、赫木の森のいつもの狩りとは異なる展開が待っていた。
●
敵の存在に気づいた斥候班が下がり、後方の味方との距離を狭める。その対応から、見破られた事を察したのか、目の前の木が動き始めた。
獲物を刺し殺そうと伸びる枝、それをアウレールの盾が弾く。直後、魔法の矢が後方から飛来する。
「エイル!」
真っ先に斥候班に駆け寄ったピオスの放ったマジックアロー、それが木の動きを僅かに止めた。
「逃がさない!」
その硬直をゲルト、そして防御位置から踏み込んだアウレールが叩く。
二人の攻撃は木を逃さず捉え、根元を打ち抜く。吸血樹の全体が揺れる様は、まるで声無き唸りだった。
間近の一体を排除し、体勢を整える一行。周囲を見渡しながらエイルが言う。
「恐らく雑魔化にも最初の一歩ならぬ最初の一木がある筈」
「木を操ってる本体、そいつを見つけ出そう!」
その声にピオスが頷きながら、エイルと背中合わせに陣取る。
次第に木は本数を増していく。一刻も早く大本を見つけ、打ち倒すのが勝利への道筋となる筈だ。
「さあ、奏でましょう――風の音の加護をっ」
ルナが呟くと同時に、音楽記号で編まれた光の螺旋が彼女を包んだ。ワンドを振る彼女の右手が淡い燐光を溢す。
奏でるはウィンドガスト。魔術師のルナを庇い立つリュカを風が包み、打ちつける枝の攻撃を直撃を逸らす。
防御に徹するリュカに代わり、エヴァンスの大剣が枝ごと木の根を両断する。
「さて、弱点は根元か別の場所か……どうせなら、今まで吸い上げた真っ赤な血を盛大に吹きあげてみろやぁ!」
追撃の構えを取ったエヴァンス、踏込と共に振り上げた剣を叩きつける豪快な一撃が樹木を割る。
噴出す赤い樹液に構わず、エヴァンスは次の敵へ向かう。彼が放つ高火力の一撃の前に、吸血樹は棒立つ木偶の様に次々へし折られていく。
前線を駆けるエヴァンスに攻撃が集中するも、受けた傷はリュカが癒していく。
彼らの中衛に立つリリアが鉄パイプを取り出し、木々が迫ってくる方へ投げ込む。
この一投は嗅覚による外敵察知の是非を計る為のものだったが、この吸血樹は嗅覚には依存していないらしく、リリアの狙い通りの効果は生まれなかった。
それでも気を取られたのか、僅かに木々は動きを止める。すぐに切り替え、リリアはそこへチャクラムを投擲する。
飛ぶ刃が枝を切り落とし、多くの血液が噴出していく。その光景にリリアは眉根を寄せる。
「これが……神聖?」
滑稽なものである。崇められる神の正体はただの怪物、神聖どころか邪悪な存在だった。
だからこそ。リリアは武器を握る手に力を込める。この怪物は、ここで倒さなければならない。
「風の音よ、鋭き刃となり切り裂いてっ! Presto!」
飛び交うチャクラムに合わせ、ルナのウィンドスラッシュが奔る。彼女達の連携に敵の枝や根は次々数を減らす。だが――
「っ――――!」
エヴァンスの頬を樹木の槍が掠めた。続き、幾つもの木々が新たに根を伸ばす。
規模こそ小さいが、相手は森そのもの。数の利ではハンター達が圧倒的に不利である。
再び、枝がエヴァンスを貫こうとする――が、それを彼はウィスキーのボトルで受け止めた。
「ルナ、頼む!」
「! はい――燃え上がる炎の音、その力を此処に」
エヴァンスの呼びかけに、ルナはファイアエンチャントを発動する。エヴァンスの剣がそれを受け、炎の属性を纏わせる。
「植物でも、アルコールはお好みか? なら好きなだけ飲ませてやるよ!」
赤い光を纏う剣閃が酒瓶ごと両断する。炎上するかのように赤い光に呑み込まれた木は、動きを停止した。
「っ、本体はどれだ!?」
受けた傷をヒールで癒しつつゲルトが叫ぶ。硬い鎧とスキルで守っても衰えない敵の攻勢に次第に消耗していた。
それは他の者も同様だ。味方の治癒に回っていたエイルも回復が尽きようとしていた。影が差す戦意、そこへ、
「皆、たぶんアレが本体だよ!」
ピオスが叫ぶ。彼がワンドを伸ばす先には普通の木を挟み、一体の吸血樹がいた。
見た目には他の個体と変わりは無い。だがその動きは異質で、隠れる様に遠ざかった場所から動かない。
その様は、さながら指揮官であった。
ピオスの発見に味方の士気が上がる。これは終わりの無い戦いなどではない、最終目標を捉えれば気持ちの上で優位に立てる。
「ウィンドスラッシュ!」
「ホーリーライト!」
ピオスとエイルの唱える魔法が木々の合間を抜け、敵大将の足を止める。
前衛達も他の木々を跳ね返しつつ、大本に向かう。戦力を集中させ一気に突破を仕掛け、やがて最も近い位置にいたアウレールが辿り着く。
「朽木の分際が、少し動けたくらいで図に乗るな! 狩人は私だ! 貴様に名前を刻んでやる!」
最後の防衛線を抜け飛び込むアウレール。そうして繰り出されるは渾身の――――
●
ざわつく町民達。その視線の先には、赤く染まった森から帰還した唯一の者達がいた。
先頭に立つアウレールの手には血の滴る赤枝と、穴の穿たれた髑髏。それらを掲げ、
「――これが、卿らの言う神の正体だ」
その正体――枝をへし折って見せた。
一層大きなざわめきが広がる。その場の誰もが分かってしまった。皆が恐れた怪異の、真実に。
「知りもせずに碌でも無いものを崇めるのは感心せぬな……弔ってやれ」
アウレールの後ろから音楽が聞こえる。亡くなった者達に捧げる為、ルナが奏でる鎮魂の曲だ。
「どうか安らかに……」
穏やかに祈るルナの言葉。響く音の中、エイルが見つめる先には亡くなった男の妻もいた。
死者も戻らない。それでも、少しは戻ったものもあっただろうか。
戦闘後、リリア中心に行われた森の調査。残骸や根の繋がりから歪虚の発生理由を探りたかったが、早々に始まった消滅でそれは叶わなかった。
赫木の森、の脅威は取り除かれた。もう森を染める木は残っていない。
だが、森に広がる静寂はどこか、不気味さを漂わせていた。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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MVP一覧
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エヴァンス・カルヴィ(ka0639)
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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作戦会議 ルナ・レンフィールド(ka1565) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/03/08 22:32:53 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/06 09:21:43 |