ゲスト
(ka0000)
【王国展】祝宴、心のままに、想いのままに
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~50人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/16 19:00
- 完成日
- 2015/04/02 20:51
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
音と、声と、光と、香りと。空間に、ありとあらゆる眩しきものが満ちていた。展覧会のフィナーレを飾る晩餐会のために開放されたその場は、目映い。最高級の調度品達に、それにも劣らぬ建築の妙。絢爛にして堅固な空間に音が奏でられている。此度は通例とは異なり、古楽器による奏楽となった。旧きが故に物珍しさを呼び、会場に訪れた者達の歓談の種となっている。
会場内の人々に目を向けよう。
豪勢なる装いの一団は、王国貴族たち。最も遅くに入場した彼らは会場の前方に広く位置取り、音楽に耳を傾け、語り合う。そこから離れて、薄く広がるように、商人や職人達がいた。王城に招待された彼らの多くに緊張の色が見て取れる。それは、王城の内に居る事ばかりが理由ではないのだろう。眼前に在るは高貴なる血筋。彼らから滲む圧力に、萎縮していた。比率としては少ないが、聖職者も居る。多くは職人たちと同じように貴族たちと距離を置いているが、一部の聖職者は貴族との歓談に混じっているようだった。
ハンター達もまた、思い思いの場所に居るようである。
●
「王女さま。間もなく、です」
「は、はい!」
侍従長マルグリッド・オクレールの声に、システィーナ・グラハム(kz0020)は緊張の滲む声でそう応じた。
「……緊張しておいでですか、王女」
少女の強張りように、セドリック・マクファーソン(kz0026)は生真面目な表情のまま、言う。
「えっ!? は、いえ……は、はい」
「此度はまだ、典礼に則った晩餐会ではありません。参加者の多くは貴族ではなく、また、訪れている貴族も多くが殿下に好意的な方々。殿下が、為さりたいようになさったら良い」
「……為したい、ように」
為したいように、と。大司教は言う。システィーナには言葉の意味を噛み砕く事が難しい。ひとつは緊張故に。もうひとつは、彼女にとっての“これまでの政治”故に。
――そうして、その時は来た。
●
予感はあった。例えば、楽曲。例えば、料理の気配。例えば――エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)の入場。
波引くように音が消え、沈黙が生まれる。それを待っていたか。儀典用の甲冑に身を包んだエリオットが口を開いた。
「システィーナ・グラハム王女殿下の、ご入場である」
典礼官ではないエリオットの口上は、簡潔に結ばれた。
●
歩を進めるシスティーナに、数多の視線が降り注いだ。それを感じながら、少女は歩く。音や声、視線から意識を逸らすと、ドレスの重さや、装飾が強く意識された。そうこうしているうちに、王族を表す羽と盾の意匠が刻まれた椅子の前にたどり着く。エクラへの祈りを捧げた後、その椅子に座した。
瞬後だ。
少女は、風と、熱を知覚した。
それは――少しばかり、遠く。商人や、職人たちからのものだと解った。ハンター達も、あのあたりにいるのだろうか、と少女は思った。
平素の視線とも、無関心とも違う。いつもの場とは、違う。
――気づくと、縛られた心が、軽くなっていた。
●
「皆さま。本日はこの場に足をお運びいただき、ありがとうございました。
また、この度の王国展覧会へのご協力とご尽力を下さった皆さまにも、感謝致します」
壇上のシスティーナは、遠くを見つめながら、かすかな微笑みを浮かべて、言った。
「……私達王国は、ベリアルらの襲来を退ける事が出来ました。かつて、多くを喪う事となった彼の者達を」
参列した貴族達の多くが大げさかつ神妙に頷きを返す中、続ける。
「私達は少なからず傷つき、また、喪いました。未だ復興の途上に在る土地も少なくありません。それでも、私達は進めています。これまでの千年を歩んできたように、着実に」
洗練された仕草で王女礼をして眼下を見渡した。
「これからも戦いは続きます。より強大な災いと対峙することも、在るでしょう。それでも」
手が早い者――その多くが貴族である――などは、この時点で諸手を軽くあげていた。
「皆様となら、私達は抗い、乗り越えられることができる、と。私は信じています」
瞬転。万雷の拍手が、会場に響いた。
●
様式美そのものの喝采を前に――少女は眉を潜めた。出来合いの光景に、我に返って。
会場の奥にも、戸惑いが見えた。此度に限れば、少女も、そうだった。
――まだ、何も。
何も、言っていない。そう、思った。
少女が悩んだ事も、思ったことも、何も。何時もなら、黙して語らなかったことだ。
でも、今日は、違った。民が居て、ハンターが居て。
――為さりたいように、なさったらよい、と。大司教は言った。
会場の戸惑いを解す言葉は、見つからなかった。だから。
「ですが」
少女は、逆接の言葉を、口にした。
はたり、と。喝采が、止んだ。
●
「歪虚の大禍は……世界を、覆って、います。その災いに、ただ王国ひとつのみで抗えるでしょうか」
少女はまるで探るように口を開いた。だが、続く言葉はいっそ滑らかに紡がれた。
「民を、守れるでしょうか。守れるかも、しれません。でも、その時私達の手に、私達の周りに何が残るのでしょう?」
拙い言葉でも、淀むことなく紡がれるのは、おそらくそれが少女の"本当"だったから。
「王国は旧い国です。千年を超える時を経て、今があります。ほんとうに沢山の誇るべきものを私達は持っています。それは……この千年の間に積み上げ、磨いてきたものです」
少女はそうして、こう言った。平素よりも強い口調で。
「だから。だから、私は、世界中の皆さまと一緒に、次の千年を過ごせるようにしたい。帝国。同盟。そして、辺境の地に住まう彼ら、蒼き星の方々に、王国のこの熱を――いえ、この熱で、私は、王国だけじゃなく、彼らと歩みたい」
少女の言葉は、ひたむきに、告げられた。
「例えば今、辺境は怠惰の軍勢の猛威に晒されています。私は彼らを、お助けしたい。ハンターの皆様にも、手助けを、したい」
エリオットは呆気に取られていたし、セドリックは表情こそ崩さなかったものの、固く拳を握っていた。その気配にすら気づかぬ程に、ひたむきに。
「それが、私の、本当の願いです。この場にお集まりになった皆さまに、お願いです。どうか、このシスティーナにお力をお貸しください」
――共に、滅びに、抗ってください。
祈るように、そう言った。
●
その後しばらくのことを、システィーナは覚えていない。
ただ、呆然としていたのだった。
「――殿下」
「ふぇっ!?」」
だから、背に降った誰かの声に心底驚いた。その意図する所を辛うじて察して――そうして、慌てて、こう言った。
「そ、それでは、みなさま……今宵は、王国の髄を凝らしたオモテナシを用意しましたので、お楽しみください……」
再び、拍手が鳴る。エリオットが手を振ると、拍手の中に滲むように声が、音が、湧き始めた。各所で従者達があわただしく動き始め――こうして、宴は始まった。
音と、声と、光と、香りと。空間に、ありとあらゆる眩しきものが満ちていた。展覧会のフィナーレを飾る晩餐会のために開放されたその場は、目映い。最高級の調度品達に、それにも劣らぬ建築の妙。絢爛にして堅固な空間に音が奏でられている。此度は通例とは異なり、古楽器による奏楽となった。旧きが故に物珍しさを呼び、会場に訪れた者達の歓談の種となっている。
会場内の人々に目を向けよう。
豪勢なる装いの一団は、王国貴族たち。最も遅くに入場した彼らは会場の前方に広く位置取り、音楽に耳を傾け、語り合う。そこから離れて、薄く広がるように、商人や職人達がいた。王城に招待された彼らの多くに緊張の色が見て取れる。それは、王城の内に居る事ばかりが理由ではないのだろう。眼前に在るは高貴なる血筋。彼らから滲む圧力に、萎縮していた。比率としては少ないが、聖職者も居る。多くは職人たちと同じように貴族たちと距離を置いているが、一部の聖職者は貴族との歓談に混じっているようだった。
ハンター達もまた、思い思いの場所に居るようである。
●
「王女さま。間もなく、です」
「は、はい!」
侍従長マルグリッド・オクレールの声に、システィーナ・グラハム(kz0020)は緊張の滲む声でそう応じた。
「……緊張しておいでですか、王女」
少女の強張りように、セドリック・マクファーソン(kz0026)は生真面目な表情のまま、言う。
「えっ!? は、いえ……は、はい」
「此度はまだ、典礼に則った晩餐会ではありません。参加者の多くは貴族ではなく、また、訪れている貴族も多くが殿下に好意的な方々。殿下が、為さりたいようになさったら良い」
「……為したい、ように」
為したいように、と。大司教は言う。システィーナには言葉の意味を噛み砕く事が難しい。ひとつは緊張故に。もうひとつは、彼女にとっての“これまでの政治”故に。
――そうして、その時は来た。
●
予感はあった。例えば、楽曲。例えば、料理の気配。例えば――エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)の入場。
波引くように音が消え、沈黙が生まれる。それを待っていたか。儀典用の甲冑に身を包んだエリオットが口を開いた。
「システィーナ・グラハム王女殿下の、ご入場である」
典礼官ではないエリオットの口上は、簡潔に結ばれた。
●
歩を進めるシスティーナに、数多の視線が降り注いだ。それを感じながら、少女は歩く。音や声、視線から意識を逸らすと、ドレスの重さや、装飾が強く意識された。そうこうしているうちに、王族を表す羽と盾の意匠が刻まれた椅子の前にたどり着く。エクラへの祈りを捧げた後、その椅子に座した。
瞬後だ。
少女は、風と、熱を知覚した。
それは――少しばかり、遠く。商人や、職人たちからのものだと解った。ハンター達も、あのあたりにいるのだろうか、と少女は思った。
平素の視線とも、無関心とも違う。いつもの場とは、違う。
――気づくと、縛られた心が、軽くなっていた。
●
「皆さま。本日はこの場に足をお運びいただき、ありがとうございました。
また、この度の王国展覧会へのご協力とご尽力を下さった皆さまにも、感謝致します」
壇上のシスティーナは、遠くを見つめながら、かすかな微笑みを浮かべて、言った。
「……私達王国は、ベリアルらの襲来を退ける事が出来ました。かつて、多くを喪う事となった彼の者達を」
参列した貴族達の多くが大げさかつ神妙に頷きを返す中、続ける。
「私達は少なからず傷つき、また、喪いました。未だ復興の途上に在る土地も少なくありません。それでも、私達は進めています。これまでの千年を歩んできたように、着実に」
洗練された仕草で王女礼をして眼下を見渡した。
「これからも戦いは続きます。より強大な災いと対峙することも、在るでしょう。それでも」
手が早い者――その多くが貴族である――などは、この時点で諸手を軽くあげていた。
「皆様となら、私達は抗い、乗り越えられることができる、と。私は信じています」
瞬転。万雷の拍手が、会場に響いた。
●
様式美そのものの喝采を前に――少女は眉を潜めた。出来合いの光景に、我に返って。
会場の奥にも、戸惑いが見えた。此度に限れば、少女も、そうだった。
――まだ、何も。
何も、言っていない。そう、思った。
少女が悩んだ事も、思ったことも、何も。何時もなら、黙して語らなかったことだ。
でも、今日は、違った。民が居て、ハンターが居て。
――為さりたいように、なさったらよい、と。大司教は言った。
会場の戸惑いを解す言葉は、見つからなかった。だから。
「ですが」
少女は、逆接の言葉を、口にした。
はたり、と。喝采が、止んだ。
●
「歪虚の大禍は……世界を、覆って、います。その災いに、ただ王国ひとつのみで抗えるでしょうか」
少女はまるで探るように口を開いた。だが、続く言葉はいっそ滑らかに紡がれた。
「民を、守れるでしょうか。守れるかも、しれません。でも、その時私達の手に、私達の周りに何が残るのでしょう?」
拙い言葉でも、淀むことなく紡がれるのは、おそらくそれが少女の"本当"だったから。
「王国は旧い国です。千年を超える時を経て、今があります。ほんとうに沢山の誇るべきものを私達は持っています。それは……この千年の間に積み上げ、磨いてきたものです」
少女はそうして、こう言った。平素よりも強い口調で。
「だから。だから、私は、世界中の皆さまと一緒に、次の千年を過ごせるようにしたい。帝国。同盟。そして、辺境の地に住まう彼ら、蒼き星の方々に、王国のこの熱を――いえ、この熱で、私は、王国だけじゃなく、彼らと歩みたい」
少女の言葉は、ひたむきに、告げられた。
「例えば今、辺境は怠惰の軍勢の猛威に晒されています。私は彼らを、お助けしたい。ハンターの皆様にも、手助けを、したい」
エリオットは呆気に取られていたし、セドリックは表情こそ崩さなかったものの、固く拳を握っていた。その気配にすら気づかぬ程に、ひたむきに。
「それが、私の、本当の願いです。この場にお集まりになった皆さまに、お願いです。どうか、このシスティーナにお力をお貸しください」
――共に、滅びに、抗ってください。
祈るように、そう言った。
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その後しばらくのことを、システィーナは覚えていない。
ただ、呆然としていたのだった。
「――殿下」
「ふぇっ!?」」
だから、背に降った誰かの声に心底驚いた。その意図する所を辛うじて察して――そうして、慌てて、こう言った。
「そ、それでは、みなさま……今宵は、王国の髄を凝らしたオモテナシを用意しましたので、お楽しみください……」
再び、拍手が鳴る。エリオットが手を振ると、拍手の中に滲むように声が、音が、湧き始めた。各所で従者達があわただしく動き始め――こうして、宴は始まった。
リプレイ本文
●
湧きあがった人の声はまるで波濤のようだった。彼方此方で言葉が生まれ、言葉に呑まれ、混じりあう。それらの熱を他所に、薄い緑の髪を揺らすルスティロ・イストワール(ka0252)は呟いた。
「すべての悲しみを昔話にできたらいいのだけどね」
王女の姿に何をみたか。語り部の口調はどこか淡く足元に落ちた。
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は、背筋を貫く衝動に突き動かされていた。
――良いじゃない。
王女の言葉に心に火が落ちていた。至らず、幼く、か弱い王女。
――成長を止めぬ少女の気高く美しきこと!
この場には貴族以外の者も多い。故に貴族は動かず、それ以外の者も様子を見ている者ばかり。誰よりも速く王女の元に辿り着いた少女は、手元のスケッチブックを王女に示す。
『貴女を描きたい』
「ふぇ!?」
予想もつかない言葉に王女は慌てているようだったが、
「あ……はい、いいですよ、ね……?」
「また後日、という事でしたら」
エリオットの反対側。侍従長が苦笑をしながらそう言った。掲げた手は少女の後方を指差している。 そこには――エヴァに引きずられたか、既に行列ができていた。エヴァが苦笑すると、王女は僅かに身を乗り出して、こう言った。
「その紙、前に絵を下さった方、ですか? とても、素敵な」
言葉に少女のテンションが跳ね上がったのは言うまでもない。指先どころか全身にキスしかねない勢いで感動を顕わにしていた。
眼前に湧いた騒乱を他所にシルウィス・フェイカー(ka3492)の絹糸の如き髪が、揺れる。
「……姫様。ご立派になられましたね。本当に、ご立派になられた」
騎士の家の出である彼女にとって、王国の憂患は想像に難くなかった。騎士、貴族、宗教家。それに、職人や商人達――少女を取り巻く有象無象は、少女の肩には余りに重いものだと。
今日、この時までは。
「姫様の御心を伺い知れたこと……とても嬉しく思います」
視線を外す。王国から離れて長い彼女だが、今は、その胸の暖かさだけで十分だった。
こうして、確かな熱とともに、宴は始まった。
●
「心尽くしの式典、感謝申し上げます」
「頑張ってくださったのは皆さま、ですから……今日は心ゆくまでお楽しみください」
王国の風習に則って礼をした天央 観智(ka0896)に、システィーナは嬉しげだ。花のように笑う王女に、予習してきた甲斐があった、と観智は安堵を得た。
「ええ、ぜひとも愉しませて頂きます」
本当に良い機会だと感じていたから、思うままを告げて場を辞した。
「芋より美味しい……王国の料理……どことなく上品だね……」
赤毛をフードで覆った少女、シェリル・マイヤーズ(ka0509)はぽつり、と言う。
「そうだな」
表情は乏しいが、言葉の端に感情を見て取ったか、オウカ・レンヴォルト(ka0301)は至極微かに頬を緩ませた。
「俺は、和食以外は作れないから、な……こういうのは、新鮮、だ」
「ん」
横目に見れば、黙々と舌鼓を打つシェリルをオウカの相棒のパルムと、シェリルの相棒である妖精アリスが物欲しげに見上げている。
「良いものだな」
「何、が……?」
「こうして、のんびりと過ごす事が、さ」
「良い香り……」
セーラー服に身を包む花厳 刹那(ka3984)は食事の香りを楽しみながら、視線を巡らせる。興味を惹かれる場所はないかと。すぐにとびきり騒がしい一角を見つけた。その中心にいるのは、貴族と思しき、一人の女。愉快、と。笑う女の名をホリィ・S・グリーヴ(ka3205)という。女往く先々で器に酒を注ぎ、器を掲げる。
「皆は王女殿下の言を耳にしただろうか!」
煙たがる者は離れていくが、興を覚えたものは集まっていく。刹那もその一人であった。
――貴族に、商人に、職人に……。
様々な人が、そこにいた。
「殿下は助け合いたい、そう仰っていたね。助け合うというのは手を繋ぎ合うという事。
――それにはまず私達王国民が繋ぎ合わねば」
「おお!」
貴族然としたホリィが斯くも堂々と言い放つものだから方方から同意の声が上がる。ホリィは剛気に笑みを深めた。
「私達は知らず知らずの内に身分という檻に囚われてしまっていた。けれどどうだい? その檻に鍵はなく、手を伸ばせば簡単に他者と触れ合える、手を繋ぎ合える!」
グラスを掲げて、ホリィの言葉は最高潮へと至る。
「さぁ手を繋ぎ踊ろうではないか! それが殿下の望みさ!」
「「「乾杯!!!」」」
職人と商人の盛大な声が上がった。
IX(ka3363)は弱視である。周りはよく見えない。だが、楽しげな空気には少しだけ敏感だった。
近づいていたら、いつの間にか乾杯の音頭がとられていた。周りの気配に習って乾杯をする。
(難しいことはよくわからないのよねぇ〜……)
ただ、グラスに注がれたお酒は美味だった。
「おい姉ちゃん! 何だその服は!」
「え? リアルブルーの学生はこれが制服なんですよ?」
――珍しい、服?
職人たちに囲まれている刹那に物珍しさを覚えて、IXはふわふわとした足取りで近づいていく。
近づき。
近づいて。
「うわぁ!?」
怪訝に思って振り向いた刹那と大衝突をかました。
酒が飛び、悲鳴が上がり――一斉に、笑いが生まれていた。身分の別などない、朗らかな笑みが。
騎士団長エリオットは微塵も動かずに警護についている。そこに。
「『姫様に近付き過ぎだ、あと三歩下がれ。汚れる』」
「……誰かと思えば」
無表情でアテレコをかました静架(ka0387)に、エリオットは怪訝な顔をした。接近には気づいていたのだろう。
「冗談ですよ……いかがです?」
「折角だが、今は遠慮しておく」
肩を竦めた静架は飲み物を手渡そうとしたのだが、エリオットは片手を掲げてそれを止めた。
「了解です」
特に気にするでもなく、静架は透明なグラスを揺らしながら、呟いた。
「随分お可愛らしい姫君ですね……冬の木漏れ日の様に眩く感じます」
特に表情はなかった。だが、その言葉には嘘は無いのだろう、とエリオットは感じた。周囲へと向けられる静架の目線は、どちらかというと彼に近しいものだったから。だが。
「……」
「どうしました?」
エリオットが小さく息を零す様に静架が問うた、その時だ。
「き、騎士団長ォ!」
戰場に在るような姿で現れたのは、レオフォルド・バンディケッド(ka2431)。
――本物だ……ッ!
目には感動、体には興奮を滲ませた青年は、静架が話しかけている姿を見て、居てもたってもいられなかったか。
「王女様の護衛お疲れ様です! 自分も護衛頑張りますよ! 護衛させてください!」
「おやおや……」
熱心な姿に憧憬を見て取った静架が言えば、レオフォルドは息を詰める。
「……邪魔にならない程度なら、構わない」
「!!!」
感動しすぎて声もない様子のレオフィルドにエリオットは苦笑を返した。
そんな様子を、柱の影からじっと見つめる者がいた。
「……不動ですわね……さすがですわ……」
頭上にパルムを載せたチョココ(ka2449)である。オクレールと、話しかけられても不動と厳戒を貫くエリオットに感嘆しているようだった。
どう見ても怪しく、実際にオクレールからは視線が届いているのだが、目が合っても何をするでもなくじーっと見つめているばかり。
――では、あったのだが。
飽きたら、止めた。
「憂鬱ですわ」
「……そうみたいですね」
リーリア・バックフィード(ka0873)とヴァルナ=エリゴス(ka2651)は沈鬱な表情をしていた。素晴らしい言葉だった、と二人で語り合いながら挨拶に伺おうとしていた。
だが。
「やあやあ、ご息女」
「嫁入り修行は順調ですかな?」
顔見知りの貴族達に、捕まってしまっていた。
「……は、はい」
「ええ……ですが、残念ながら結婚は先の話になりますね」
物怖じするようヴァルナとは対照的にリーリアは悠然と応じている、が。
「ほほ、ならば……」
相手も海千山千の猛者だった。たやすく逃げ場は封じられ、お見合いドッグファイトへともつれ込んでしまった――。
「やあ、楽しんでるかい?」
「おや……ハンターの方ですかな」
「ああ」
クリス・ガードナー(ka1622)は料理を片手に商人と思しき男に声をかけた。
「さすがに豪勢な料理だね」
「これ程の機会は一生に一度あるかないか、ですからな。とはいえ、今は料理よりも周りが気になって仕方ありません」
「……違いない。俺もそうだ」
商機が、と冗談めかして言う商人に、クリスは笑みを返した。話が早い、と。
「実は俺は、木彫り人形を作るのが趣味、でね……」
「ほうほう?」
それから暫し、クリスは商人と商売の話に興じるのであった。
――結果として、CAM人形は王国では未だ売れなさそう、という事が解ったのではあったのだが、機が来ればその時は、という話になったことは、付記しておこう。
ほわぁ、と。感嘆の花が咲いた。セツァルリヒト(ka3807)少年の、淡い笑み。
「宮廷料理ってすごい……美味しそうな料理やお菓子がいっぱいありますね……お持ち帰りは駄目、です?」
「勿論可能ではあるのですが……料理が残れば、ですね」
苦笑した給仕の視線の先。凄まじい勢いで食べ続ける男、ジルボ(ka1732)がいた。滅多に食えないから食べればいいじゃない、と。次から次に料理が消えていく。その足元ではセツァルリヒトの視線に気づいたパルムが隠れるようにジルボの脚に抱きついていた。
「すっげぇー! これが王国展覧会ってヤツか! すっげぇー!」
その傍ら。周りを見渡し、給仕の手によって配された皿に盛られた料理を見ては感嘆する少年エルフ――ティルクゥ(ka4314)である。
「うっめぇーー!!」
体いっぱいに幸せを漲らせたティルクウに引き出されるようにセツァルリヒトは笑みを浮かべていた、が。
「ですので……今のうちに、こちらをどうぞ」
「はっ」
給仕に差し出された皿がとても希少に見え、今は食を優先することにしたようだった。
「あの」
嬉しげに食事の様子を見守る給仕に、ルカ(ka0962)が言う。
「いくつかこちらの弁当箱に、詰めさせてもらってもよいですか……?」
なくなる前に、という事だろう。給仕はそれとなくルカの痩身を眺め、何かを心得たか、満面の笑みで頷く。
「もちろん。私がお詰めいたしましょうか?」
「いえ」
快諾と提案を、ルカは辞した。
”それ”は、自らの手でなしたい事柄だったから、だろう。
「若いねぇ……うん、いやぁータダ飯タダ酒最高だわぁ」
ティルクゥ達の方を眺めながら、鵤(ka3319)は若者たちと比べ少量を口元へと運ぶ。無理が効かないお年頃だ。
「ねぇ、それメオさんにも分けてよー」
左手に人形――たかし丸というらしい――を携えたメオ・C・ウィスタリア(ka3988)が言う。鵤は、へ、と脱力した笑みを浮かべた。
「あそこにあるからとっくればぁ?」
ニタニタと笑いながら言う様に、無言で彼女の右手が奔る、が。鵤は大人の余裕で回避。
「はいざんね〜ん」
失敬。大人の威厳は微塵もない、見事なドヤ顔であった。
「……鵤ちゃんのばーか。ばーかー」
「っとぉ!」
苛立ちとともに一切の自重なくたかし丸が奔ったが、鵤はステップを踏んで間合いを外し――料理そっちのけの大追走が、始まった。
「何をやっているんだ」
アンダース・レーフ・ロステン(ka2191)は、知った顔の騒ぎっぷりを眺めながら、重い息を吐いた。
――自分で行けばいいだろう、なんで俺が行かなくちゃならない。
会場の片隅で酒盃を呷りながら、胸中で呟く。王族も貴族も騎士も彼にとっては心地良いものではない。知った顔を見つけたが、あの騒ぎっぷりに首を突っ込むのは性分でもなかった。
「……そう、だな」
懐のフルートに手が伸びた。逡巡の後、決めた。息が詰まるのもあったし――何より、巻き込まれては堪らなかった。
「盛況、だな」
にわかに活気づいた周囲を見渡して、リュー・グランフェスト(ka2419)は零す。
「あのでかい戦いの後で健在ぶりを示す、ってところだろうが――」
成程、上手くいっているようだ、と頷き、傍らに視線を向けた。
「危ないぞ」
「すごいねー! おーひーめーさーまー♪」
くる、と上機嫌に回り、ドレスを翻させるベル(ka1896)は彼方此方を走り回るのに夢中だった。
「えほんのせかいみたい! こんにちは、おひめさまです! あそんでください!」
「……は?」
御機嫌に警護の騎士に話しかけては困らせている様子をみて、リューはため息を零すのだった。
●
楽団が音楽を奏で始めた。旋律はどこか懐かしく、民謡的な趣を残している。柔らかな情緒を有した奏楽にある者は耳を傾け、ある者は手を取り合い、踊りを始める。
クローソー(ka3295)とグレイブ(ka3719)は後者だった。2mにも届く長身が相手ではまるで子供のようではあるクローソーだが、その装いや表情には艶がある。
「リードするぞ。他の連中が赤面するくらい、情熱的に行こうじゃないか」
「いいぞ……グレイブ。もっと激しく」
鼻先が触れ合う距離で、吐息と言葉を交わす。叙情的な音楽が、徐々に熱を持った情熱的な旋律へと変わっていくにつれて、二人の舞踏も高まっていく――。
音楽に耳を傾けながら、メトロノーム・ソングライト(ka1267)は静かに目を閉じていた。
「……」
旋律に身を浸すように、音を味わう。常ならば、それだけで少女は充足を得ていた。
だが、今宵は違った。
胸の奥で、王女の言葉が澱のように落ち込んでいた。
――共に、滅びに、抗ってください。
強い、言葉だった。その響きに共鳴するように、少女自身の心が震えている。
「……わたしは、どうすれば良いのでしょう……」
そのことを自覚しながらも、少女は答えを出せずに居た。
なぜ、こんなにも響くのか。その由が、少女には分からなかったから。
「んー紅の世界独特の音って感じだね。面白いな!」
「あっちの音楽と、何気に通じるモノが在る気がするンだケド……気の所為なンかねェ?」
鈴木悠司(ka0176)の言葉に、紫煙を吐き出したヤナギ・エリューナク(ka0265)が頷く。
「どうだろ……あ! あそこに見えるはデルさんじゃない?」
「ん……? マジでデルか!」
悠司の声に、大きく肩を竦めた長身のエルフが振り向く。男――デルフィーノ(ka1548)の身につけた装飾品から高い音が連なる。
「ゆーしにヤナギか。久しぶり、だな」
「久しぶりー!」
ととと、と駆け寄る悠司と軽く手を打ち合わせる。
「デルさんもこういう音楽する……っていうのは似合わないか」
「まじでデル、此処似合わねーなッ」
「あ? 俺様も似合わねーと思ってたトコだ……っていうかお前らも似合わねーじゃねェか!」
生まれた世界は違えども、音楽で繋がった縁は深いのだろう。会場の中でもなお高らかに、笑い声が響いた。
ユノ(ka0806)は音楽が奏でられている間に様々なテーブルを回っては身分を問わずに紙と鉛筆を渡して歩いていた。
「これに、この王国展で自分が用意したり、関わった物や事柄”以外”……つまり他人の物で良い所を褒めちぎって書いて欲しいんだ☆」
快活に手渡していくユノを拒むものは居なかった。ハンターであること、言葉の内容から何かしらの背景を勘繰ったのかもしれない。貴族は互いを褒めるように。職人は密やかに。商人は迷わずに書き込んでいく様をユノは満足気に見つめていた。
「どこか郷愁を感じさせる素敵な音楽ね……本当に、素敵」
「ふふ、ケイさんは音楽が本当に好きなんですね」
ケイ・R・リヒャルト(ka0242)とユキヤ・S・ディールス(ka0382)は音楽に耳を傾けながら言葉を交わす。楽曲に集中している様子のケイに、ユキヤは微笑む。
「……運命のようなモノを感じる貴方と一緒に来れて嬉しいわ、ユキヤ」
音楽に引き出されるように紡がれたケイの言葉。
「そう、ですね」
それは彼にとっても同じ、だったから――続ける。
「……もしも、輪廻転生、というのが在るとすれば、”何時か”、”何処か”で出会って居たのかもしれないですね」
二人は見つめ合い――くすり、と。笑いあった。
エステル・クレティエ(ka3783)は藍色の衣装を身につけ、職人達のテーブルを訪れていた。
――私も、緊張してしまって。
と、困り顔で微笑むエステルを、職人たちは快く受け入れた。エステルが王国出身、という事もあって、話の種は尽きなかった。
「景気はどうですか?」
「はっはァ、そうだなァ!」
という少女のお決まりの切り口には、職人たちは豪快に笑った。
「悪い、なんて言えばバチが当たるな。店先を任せた小僧が商売を覚えちまうくらいだ」
「へえ……」
それだけ、商人が訪れるという事だろう。その内容よりもそう言う職人の表情にこそ、エステルは満足を抱いた。
――王国は、前を向いているのだろう、と。そう感じられたから。
「……護衛任務、お疲れ様です」
「あぁ」
紆余曲折を経て一人になったエリオットの元を訪れたクリスティア・オルトワール(ka0131)は音楽を背に、つとドレスの裾を摘む。
――このドレスは私にはちょっと過ぎるといいますか……。
柔らかな感触に、そんな事を思った。気恥ずかしさが勝って、言葉に詰まる。
「……お邪魔なじゃなければ、少し、ご一緒しても?」
それでも、なんとかそう言葉にする。
「構わない」
エリオットは小さな頷きと共に短く言い、逡巡。
「退屈だと思うが」
「……ええ、構いません」
添えられた言葉に、クリスティアは安堵し、笑みと共に淡く、息を零すのであった。警備の邪魔にならないように気を払いながら、こう尋ねた。
「そういえば、エリオット様は……好きな食べ物は、あるのですか?」
「無い、な」
「……え?」
即答だった。思わず聞き返すクリスティアに、こう言った。
「食は燃料補給と同義。栄養になるのならば何でも構わない、ということだ」
「……そうですか」
●
古楽演奏が終わると、それに倍するほどの歓談の音が響き始めた。その中で、一際響く声が上がった。
「いたーーーっ!!」
漸く目当ての人物を見つけることが出来た、クレール(ka0586)の声だった。
「アークエルスの技術者さん!」
「は、はい?」
赤ら顔の青年が驚きの声を上げる。
「突然すみません! 私、フリュイ様からの依頼で図書館に行きましたハンターです! この度は本当にありがとうございました……!」
過日の依頼の事をさしての言葉に、青年は苦笑した。
「ああ――あれはフリュイ様の命令だから、ね。それにまだ、実現には至れていないし」
「それでも、です! 私……代々続いた技術を、家を継ぐ、鍛冶師なんです。だから、継ぎ先が無いままに、したくなかった……本当に、ありがとうございます」
「そう、か」
――頑張らなきゃ、なあ。
頭を下げるクレールには聞こえぬように青年は呟く。
「あ、の。私、クレール・ディンセルフです。余り、時間はないけれど……良ければ、ご一緒させて、いただけませんか……?」
「ん、いいよ」
積もる話がありそうな様子に、青年はグラスを掲げて答えて見せた。
観智とシルウィスは、中年の男性と団欒していた。男は、ヘルメス情報局の管理職だと言う。
「いやァ、君が『深淵くん』か!」
「……それはそれで、少し気恥ずかしいですが」
名乗った観智に中年は上機嫌に応じた。
「あの号外は売れてなぁ。続編も好評でね。次の企画をどうするか……と」
顔を売るべく団欒に加わったシルウィスに、中年の視線が止まる。
「ふむ、これまではハンターの経緯が主だったから、ハンターの『今』というのもいいかも知れんなァ」
「あら……それは、嬉しいですね」
宣伝になります、と冗談交じりに笑うシルウィスに、観智も笑んだ。自分が関わった事物が広がりを持つことに興味を抱いて。
「こういう緩やかな宴はよいものだね」
すっかり格式張った宴ではなくなり、ルピナス(ka0179)はむしろ満足気であった。舌に馴染んだ味も、そうさせるのだろう。
「さて、そろそろ準備を……と、おや?」
「!」
視線の先。エヴァが何かを背中に隠している。
「さっきは王女にお熱だったみたいだね」
苦笑と共に告げられたのは、頷くエヴァの口元をソースがぺったと濡らしていた。
「……これも、美味しかったよ」
と、自らの皿の肉料理と供している場所を示すとエヴァの視線が釘付けになるのを見て、ルピナスは我慢できずに吹き出してしまった。
その頃、メレ・メロディ(ka2933)はシスティーナ王女と謁見していた。
「メレ・メロディともうします。こたびは、およびいただきありがとうございます」
「いえ、お楽しみ頂けると嬉しいです」
小さな体で礼儀正しく礼を示すメレに王女はにこやかに応じた。歓迎の気配に、メレは息を吐いた。少しばかり募っていた緊張を、祓うように。そうして、告げる。
「わたくしは、歌を歌うのがしごと、です。みなさまのごかつやくを歌にして色んな人に、きかせられたら……」
「まぁ、歌い手さまなのですね」
素敵です、と笑う王女にメレは訥々と続けた。
「おうじょさまの、ゆめは何でしょうか……?」
「夢……」
つと、想いを巡らせるようにしてから、王女はこう言った。
「今は、皆さまが怯えずに暮らせる世界を……と、そう思います」
「はい、スミマセンでした……ほぉーら、おたくのせいで怒られたじゃんよぉ。これだから頭が児童のお子ちゃまはぁ……」
「鵤ちゃんが悪いんだよー、メオさんにご飯分けてくれないからー」
警護の騎士に見咎められて悪びれ――ていない鵤と、メオ。その隣には、申し訳無さそうにしているパルムと妖精アリスの姿があった。
遡ること少し。
『待って~!』
会場に、妖精アリスの幼声が響いた。シェリルの相棒、モイラの声である。全力で逃げまわるパルムは――オウカの相棒、ポムだ。『パルムって美味しい?』というモイラの言葉に生存本能が刺激された結果だが、モイラは『おにっごっこー♪」と御機嫌この上ない。
「はっは、めしお丸ちゃん、おっさんを追いかけるより自分で飯をとった方がはやくないかぁーい?」
「いいからー、さっさとご飯わけてよー」
「だが断r……うぉっ!?」
悲鳴は、鵤の足元を抜けるポムに、酒が入った足がもつれたが故に。結果として、警備の騎士から軽く説教を頂戴する羽目になったのであった。
「ここで暴れるのは……ダメだよ……。あとで、広い場所……行こう……」
落ち込んだ様子のモイラとポムを慰めるシェリルに。
「……外でなら、暴れてもいいわけでもないだろうが……」
オウカは嘆息混じりにそう言った。どうやら、もう少しばかり相棒の受難は続くらしい、と解ったからだった。
騒乱を他所に、エリー・ローウェル(ka2576)は緊張を抱いていた。故郷の教えは少女の心深くに根を張っているのだろう。視線の先には、貴族たちと言葉を交わすセドリックの姿がある。彼女は彼に、聞きたい事があったのだった。だから彼女は場を移ろうとしたセドリックを呼び止めた後、こう尋ねた。
「あなたにとって力、ってなんですか」
「ふむ?」
聖職者であるセドリックにとって、『自分自身にとって』と聞かれることは稀有な事なのだろう。些かの戸惑いを見せた彼は。
「御するべきもの、だ」
しかし、瞬後には少女を見据えて、こういうのであった。
「本質として、縋り頼るには強大に過ぎ、不安定に過ぎる」
「……」
見透かされた訳ではないのだろう。だが、直截で力強い言葉に、エリーは視線を礼を言う事すら出来ないでいた。
それでも、辛うじて表情を作り、
「ありがとう、ございました」
何とか、そう言った。
「……ふーむ」
あちら、こちらと耳を欹てていたジルボはすっかり満ちた腹を抑えながら呟いた。
「色々ありそう、だな……っと」
「わっ!?」
言いながら、手を伸ばす。傍ら、走り抜けようとした少女――ベルが、ドレスの裾を踏みつけて転倒しようとしていたからだ。小柄だが力強い手がベルの細い腰を支える。
だが。
「う”っ、う”うう……っ」
「お、おい?」
転倒は防げたにも関わらず、ベルの瞳には大粒の涙が溜まっていく。少女の視線の先には、少女が先ほどまで頂いていたティアラがあった。そういうことか、とジルボが察した時。
「うお、すまねぇ……迷惑かけた、な」
「うぅぅ……っ」
駆けつけたリューがティアラを拾うと、未だ腰を曲げたままのベルの頭に被せる。
「あんまり暴れんなよ?」
「うん……」
すっかり大人しくなったベルに、ジルボは。
「……ごちそうさん」
先ほどよりもお腹が満ちた気がして、溜息と共に言うのであった。
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極。リーリア・バックフィードに御座います。以降、お見知りおきの程を……」
「先ほどは、見事なご挨拶でしたね……殿下の想いを遂げられますよう、私も微力ながら尽くさせて頂きます」
「――ありがとうございます。皆さまは、今は、ハンターをされておられるのですね」
貴族の波をかき分けてリーリアとヴァルナは漸くシスティーナの元へと至る事ができた。作法に則り礼と忠を示す少女達に、王女がそう言った、その時だ。
動きがあった。
●
ハンター達による余興は、マナ・ブライト(ka4268)と聖歌隊による賛美歌から始まった。
――あの方の想いが多くの人々に届き、光の元に闇を払う事ができたら、どれほど素晴らしいか。
想いと共に、マナは歌を紡ぐ。王国民は敬虔なエクラ教徒が多い。会場内からも唱声が上がり、一節を歌い終えた。
その後を次いで壇上に至ったのは、リリティア・オルベール(ka3054)だ。青髪の少女はトランプやコイン、グラスといった小道具を並べ。
「種も仕掛けもございません」
祖母の教えに則ってそう嘯くと、種々の手品を成す。さすがに、セドリックを指名した際には――他に動ける著名人が居なかった――、峻厳な眼差しに肝が冷えたが。
「スペードの5、ですね?」
「……光よ」
札を当てられて愕然とした大司教の表情に満足を得る。最後にどこからともなく豪勢な花束を出し、
「こちらは、私から王女へのプレゼントです」
微笑みと共にそう告げ、余興を終えた。
「あれ? はるな(ka3307)じゃない!」
拍手が鳴る中、岩波レイナ(ka3178)が言う。名を呼ばれた少女はレイナの姿を認めると、にひ、と笑って手を振った。
「レイナちゃん? うっわ、これって運命ってヤツ? あっは、こんな場所で会えるなんて驚きなんだけどぉ!」
「本当ねっ」
魂の相似形、というべきか。容姿は全く違う二人だが、馬が合うのだろう。一息に最高峰までテンションが駆け上がる。
「あの、此間の依頼は同じことを思ってて、その……嬉し、」
「あれ! ちょっと待って、この声……!」
だが。勢いのままに話しはじめたレイナをはるなは止めた。耳に届いたボーカルチェック。あれは――。
「やっぱり……っ!」
少女の視線の先。壇上では、ヤナギとデルフィーノが夫々の楽器を携えていた。悠司は中央に立ち、観客を眺めて笑顔を一つ。
「じゃ、始めよっか!」
「オゥ!」
応じた声につづいて、ヤナギのベースがリフを刻む。男の細い指は激しく、しかし丁寧に板上を動く。
――バンド名は差詰め【fuse】だな。
演奏前にそう告げたデルフィーノのギターが、そこに乗る。ヤナギのリフに添いながらも、時に歌うように弾む。混じり合い、混然と、音が鳴り、音楽に成る。
相似の中で旋律が絡み、奏でられる中、悠司は息を吸い。
高らかに、歌った。
「ヤナギにーさまの音ですの!」
息を弾ませたクリスティン・エリューナク(ka3736)は人波をかき分けて進む。小柄な身では中々目的地に辿り着けずにやきもきしたが――視界が、開ける。飛び込んできた姿は、三つ。最初に認識したのは、最愛の兄――ヤナギの姿。
「やっぱり、ヤナギにーさま達でしたの♪ ゆーしさまも!」
視線がデルフィーノの元に流れる。最初でこそ怪訝そうな顔をしていた少女であったが、
「ギターの方の音も最高ですの……!」
心底楽しそうに、音楽に身を浸すのであった。
「……あ、あの人は、って、はるな、待って!」
「やっぱりゆー様……!」
レイナは視界の端に想い人――と書くと語弊があるが――の姿を見つけたが、はるなの勢いに引き摺られていく。
「イイでしょ。ゆー様の声! 姿! 視線に歌っ!」
「……なかなか……その、良い声ね」
気もそぞろではあったレイナだったが、歌声と――はるなの様子に焦りが抜けた。
「でしょでしょ、良い声でしょぉ!」
心底嬉しそうに抱きついてくるはるなは、レイナと、良く似ていた。
其のことが少しだけ嬉しくて、つと、視線を外す。彼女自身が追いかけている、一人の歌姫の姿を。
少女の想いの先。ケイは庭園に出ていた。その傍らにはユキヤ。会場内の騒ぎが嘘のような静けさのそこに、音が、湧いた。
――静かで、でも力強い音で、命を感じさせるもの。空を思わせるもの。
ユキヤが好むと言った音。それを想い、ケイは歌声を紡ぐ。
「……ケイさんの音は、声は、とても素敵ですね」
ユキヤの言葉に、ケイは歌いながら微笑みを浮かべる。
「ケイさんが映し出されている様な……命の、音」
ユキヤは歌声に、夜空を見た。綺羅星が散る、柔らかな夜を。
●
「大きな舞台だね、ベアトリーチェは緊張しなくていいんだよ。アマデーオはリードしてあげてね」
と、両手に着けた人形に話しかけるルピナス。怪訝そうな視線をものともせずに舞台へと上がる。
彼が紡いだのは、ひとつの戯曲。
――とある王族の男が、国を守る為に戦う物語だった。
語り口は見事。誰よりも食い入るように見つめる王女に興がのり、結末を少しだけ変えた。少女の顔が朗らかに緩んだ事が青年にとって何物にも代えがたい褒章であった。
二篇、物語が続いた。語り部はルスティロ。彼の物語は、
「さて。次にご紹介しますのは、ある『傲慢な羊』と『少女達』の御話」
切り口に、王国の者達からざわめきが上がる。この場に居る者ならだれもがそれの意図するところは知れただろう。不快げに顔を歪める貴族まで居た。
それらを了解して紡いだ物語の果て。
(これは僕の希望で、創作。あくまで御伽噺)
「――傲慢な羊は、皆の力を借りた少女によって、退治されました」
そう、紡いだ。しばしの余韻の後、むしろ貴族たちがこぞって褒め千切った事に、ルスティロが眉を顰めたことは、付記しておこう。
――局所的に興奮冷めやらぬ中、二人のエルフが前に進み出た。
Uisca Amhran(ka0754)と、星輝 Amhran(ka0724)だ。辺境から訪れし二人の巫女。
ゆるりと広がる静寂。そこに、星輝が掲げた鉾の鈴と、イスカの神楽鈴が凛と鳴る。
「聖地リタ・ティトに所属する巫女の一人として唄と舞を披露したく思います」
イスカの言葉と共に、それは始まった。
言祝ぎと、唄。大精霊と――聖地の白竜へと向けた舞。
”人は今立ち上がる 巨なる歪を打ち払わんが為に”
”この地に住まう全ての生きとし生ける者を守り導き給へと祈らん”
荘厳な唱声がホールに響く。朗々とした声に劣らぬ鋭い舞。
”――かつてあった安寧を再び取り戻さんが為に”
見届けた者達にとって、その舞は一瞬の出来事だっただろう。
「……手始めに聖地奪還を必ずや成功させる!」
扇をはたりと閉じた星輝の声の強きこと。女はそのまま、王女を見据えて、こう結んだ。
「願わくば、全ての人に安寧を。できれば行く行くは東方も……じゃ」
王女は目をそらす事なく、硬く唇を結んだ。そうして。
「……はい」
確かにそう頷いたのだった。
●
余興も過ぎ、宴も終いに近づこうとしていた。
「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「あ……お久しぶり、です」
アクセル・ランパード(ka0448)。かつての邂逅を想起し、システィーナの身が微かに強張った。
「心よりのお言葉、胸を打たれました」
男は、心の底を言葉にした。思うままに。少女の想いに、応じるべく。
「殿下がその志を持つ限り、私もその仲間達も貴女様の剣となり盾となりましょう」
「……」
――死ねと命じるべきだ。
少女はかつて、恐れたのだ。悼みを、覚えた。
「……ありがとうございます」
今は、どうだろう。
彼は。”彼ら”は、自分を――自分の言葉を背負ってくれている。だから少女は、こう言った。
「ならば……”お願いです”。
――生き抜いて、戦い抜いてください」
「……は」
厳粛な、儀式のような時間。そこに。
「あのー」
「は、はい!?」
少女が一人、言葉を投げた。
「わたくし、ささやかな贈り物を用意しましたの!」
チョココである。少女は小さな手のひらに、同じくらい小さな袋。
「花の種ですわ!」
小首を傾げる王女に、チョココは朗らかに笑って続けた。
「同じ花の種でも、育てる者によって微妙に異なりますの……一年後にはきっと、綺麗な花を咲かせますわ」
野花のように、華やかに。
「そして再び再会できますよう。王国が、王女様の周りが、笑顔と花で溢れますよう、祈りを込めて――」
少女の祈り、少女の言葉は、この宴を締めるに足る、優しいもの、であった。
●
その後、王女は短く閉会の辞を告げた。拍手喝采を背に会場を後にした後も、暫くの間宴の余韻が残る。
「此処にいたか」
「は!?」
唐突に話しかけられたマナは驚愕した。敬遠な信徒である彼女にとって、声の主は特別な意味を持つ。大司教セドリックは怪訝そうな表情を見せたが、
「良い歌声だった。今後もエクラの徒として、その力と信仰を遍く民の為に振るってくれ」
「は……はい! ありがとう、ございます……!」
「あの、これを良ければ、エリオット様に」
「あら」
侍従長オクレールを呼び止めたルカは、宴の間に詰めた弁当を差し出した。事情を察したか、オクレールは厳粛な表情を微かに和らげると頷き――視線を転じた。
「貴女も、ですか?」
「んにゅ? や、僕は……これ」
声を描けられたユノはたくさんの紙束を示してみせる。
「いろんな人に書いてもらったんだ。王女様に、見て欲しくて! でも、先に侍従長のお姉さんに目を通しておいてほしいんだけど」
受け取り、軽く目を通したオクレールは微かに目を細めた。感嘆の色が微かに滲んだそれは、次の瞬間には笑みに変わる。
「――承りましたわ」
ルカとユノ、二人に向けてそう言った後。
「弁当箱は、洗ってお返しするようにお伝えしておきましょうか?」
「それは――お任せ、します」
くすり、と笑うオクレールに、ルカは微笑みを返して、そう言った。
会場の外。
「……満足したよ」
「アレだけ飲めば、そりゃな」
寄り添って歩く二つの人影――クローソーとグレイブ。からかい口調のグレイブに、女はくすぐったそうに笑った。
「踊りの後で飲む酒も良いな……それに二人で飲む酒は特別に美味い」
「同感、だ……俺もクロトと踊れて満足さ」
「ん……」
夜天の下。風の冷たさは熱を帯びた身には心地よい。それでも、裡に満ちる暖かな熱を求めて、身を寄せあって帰路につくのであった。
「も、もう、食べられないです……」
「は〜……」
セツァルリヒトとティルクゥは路肩に座り込んでお腹を抑えている。職人や料理人に色々尋ねながら食べ続けた結果、満腹を通り越して休息を求めていた。
「ぐふ……」
「だ、大丈夫ですか?」
少年たちの傍らには、レオフォルドが座り込んでいる。涙目で、空を仰ぎながら、
「ふん! どうせ俺は見習い騎士ですよ~だ……!」
「……はい」
と宣う。あれやこれやとエリオットの世話を焼きすぎて、途中で追い出されてしまった、とセツァルリヒトは聞いていた。聞き慣れた愚痴が帰ってくるのが解ったので、もう一人――ティルクゥの方に視線を転じ、微かに目を見張った。
「……これからは、自由に生きてやる」
ぽつり、と呟いたティルクゥの表情が、とても真剣だったからだ。満面の笑顔で食事を食べるばかりだったから、驚いたのだ。視線に気づいたティルクゥは嬉しげに笑って、こう続けた。
「生まれてはじめて、美味いものを食ったんだ。腹いっぱいに」
本当に嬉しそうな声色に少年は気圧されながらも、
「おめでとうございます」
人見知りを押し流す程の笑顔に引き出されるように、少年は祝いの言葉を口にした。
夜道を一人歩くHolmes(ka3813)は、紫煙を吐き出した。その行く末に浮かぶ月を見て、パイプを咥えた口元を釣り上げる。
「予想以上に素晴らしいものが見れたね」
回想と思索の中、小さく、呟く。
「小さな子猫と思いきや、その言葉は雄々しき獅子だ。心を奮わせるには十分過ぎる」
一つ一つの情景をなぞり、言葉にしていく。
「挨拶階段の行列を見ればその人気も窺い知れるし、それだけ周りからの期待もあっただろうに……いや、これ以上の憶測は無粋か」
今日はよく”観た”、と。満足気にそのドワーフは笑った。
そうして、確信の篭った声で、こう結んだ。
「彼女は良き王になるよ」
”王に”
その言葉を奏上したイーディス・ノースハイド(ka2106)は、夜天を見上げた。
『されど、王女殿下……その願いを叶えるには、戴冠して頂くべきと存じます』
王位を継ぎ、その意を示すべきだ、と。
元従騎士の言葉には、熱が篭っていた。
だが。
王女は、目を伏せたのだった。
唐突な変化だった。堪えきれず溢れた表情に、その背に、イーディスは重く粘質な”何か”を見た。
変容は、一瞬の事だった。少女は笑顔を見せると。
『頑張ります、ね』
と、言った。
イーディスは直感した。”歪虚ではない”、と。漠然と。それでも、確かに。
「……それでも、私の思いは変わらない」
遠く、煌々と照る月を、深く厚い影が覆い隠そうとしていた。
果たして、光は届くのか――イーディスは空を見上げたまま、帰路についた。
湧きあがった人の声はまるで波濤のようだった。彼方此方で言葉が生まれ、言葉に呑まれ、混じりあう。それらの熱を他所に、薄い緑の髪を揺らすルスティロ・イストワール(ka0252)は呟いた。
「すべての悲しみを昔話にできたらいいのだけどね」
王女の姿に何をみたか。語り部の口調はどこか淡く足元に落ちた。
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は、背筋を貫く衝動に突き動かされていた。
――良いじゃない。
王女の言葉に心に火が落ちていた。至らず、幼く、か弱い王女。
――成長を止めぬ少女の気高く美しきこと!
この場には貴族以外の者も多い。故に貴族は動かず、それ以外の者も様子を見ている者ばかり。誰よりも速く王女の元に辿り着いた少女は、手元のスケッチブックを王女に示す。
『貴女を描きたい』
「ふぇ!?」
予想もつかない言葉に王女は慌てているようだったが、
「あ……はい、いいですよ、ね……?」
「また後日、という事でしたら」
エリオットの反対側。侍従長が苦笑をしながらそう言った。掲げた手は少女の後方を指差している。 そこには――エヴァに引きずられたか、既に行列ができていた。エヴァが苦笑すると、王女は僅かに身を乗り出して、こう言った。
「その紙、前に絵を下さった方、ですか? とても、素敵な」
言葉に少女のテンションが跳ね上がったのは言うまでもない。指先どころか全身にキスしかねない勢いで感動を顕わにしていた。
眼前に湧いた騒乱を他所にシルウィス・フェイカー(ka3492)の絹糸の如き髪が、揺れる。
「……姫様。ご立派になられましたね。本当に、ご立派になられた」
騎士の家の出である彼女にとって、王国の憂患は想像に難くなかった。騎士、貴族、宗教家。それに、職人や商人達――少女を取り巻く有象無象は、少女の肩には余りに重いものだと。
今日、この時までは。
「姫様の御心を伺い知れたこと……とても嬉しく思います」
視線を外す。王国から離れて長い彼女だが、今は、その胸の暖かさだけで十分だった。
こうして、確かな熱とともに、宴は始まった。
●
「心尽くしの式典、感謝申し上げます」
「頑張ってくださったのは皆さま、ですから……今日は心ゆくまでお楽しみください」
王国の風習に則って礼をした天央 観智(ka0896)に、システィーナは嬉しげだ。花のように笑う王女に、予習してきた甲斐があった、と観智は安堵を得た。
「ええ、ぜひとも愉しませて頂きます」
本当に良い機会だと感じていたから、思うままを告げて場を辞した。
「芋より美味しい……王国の料理……どことなく上品だね……」
赤毛をフードで覆った少女、シェリル・マイヤーズ(ka0509)はぽつり、と言う。
「そうだな」
表情は乏しいが、言葉の端に感情を見て取ったか、オウカ・レンヴォルト(ka0301)は至極微かに頬を緩ませた。
「俺は、和食以外は作れないから、な……こういうのは、新鮮、だ」
「ん」
横目に見れば、黙々と舌鼓を打つシェリルをオウカの相棒のパルムと、シェリルの相棒である妖精アリスが物欲しげに見上げている。
「良いものだな」
「何、が……?」
「こうして、のんびりと過ごす事が、さ」
「良い香り……」
セーラー服に身を包む花厳 刹那(ka3984)は食事の香りを楽しみながら、視線を巡らせる。興味を惹かれる場所はないかと。すぐにとびきり騒がしい一角を見つけた。その中心にいるのは、貴族と思しき、一人の女。愉快、と。笑う女の名をホリィ・S・グリーヴ(ka3205)という。女往く先々で器に酒を注ぎ、器を掲げる。
「皆は王女殿下の言を耳にしただろうか!」
煙たがる者は離れていくが、興を覚えたものは集まっていく。刹那もその一人であった。
――貴族に、商人に、職人に……。
様々な人が、そこにいた。
「殿下は助け合いたい、そう仰っていたね。助け合うというのは手を繋ぎ合うという事。
――それにはまず私達王国民が繋ぎ合わねば」
「おお!」
貴族然としたホリィが斯くも堂々と言い放つものだから方方から同意の声が上がる。ホリィは剛気に笑みを深めた。
「私達は知らず知らずの内に身分という檻に囚われてしまっていた。けれどどうだい? その檻に鍵はなく、手を伸ばせば簡単に他者と触れ合える、手を繋ぎ合える!」
グラスを掲げて、ホリィの言葉は最高潮へと至る。
「さぁ手を繋ぎ踊ろうではないか! それが殿下の望みさ!」
「「「乾杯!!!」」」
職人と商人の盛大な声が上がった。
IX(ka3363)は弱視である。周りはよく見えない。だが、楽しげな空気には少しだけ敏感だった。
近づいていたら、いつの間にか乾杯の音頭がとられていた。周りの気配に習って乾杯をする。
(難しいことはよくわからないのよねぇ〜……)
ただ、グラスに注がれたお酒は美味だった。
「おい姉ちゃん! 何だその服は!」
「え? リアルブルーの学生はこれが制服なんですよ?」
――珍しい、服?
職人たちに囲まれている刹那に物珍しさを覚えて、IXはふわふわとした足取りで近づいていく。
近づき。
近づいて。
「うわぁ!?」
怪訝に思って振り向いた刹那と大衝突をかました。
酒が飛び、悲鳴が上がり――一斉に、笑いが生まれていた。身分の別などない、朗らかな笑みが。
騎士団長エリオットは微塵も動かずに警護についている。そこに。
「『姫様に近付き過ぎだ、あと三歩下がれ。汚れる』」
「……誰かと思えば」
無表情でアテレコをかました静架(ka0387)に、エリオットは怪訝な顔をした。接近には気づいていたのだろう。
「冗談ですよ……いかがです?」
「折角だが、今は遠慮しておく」
肩を竦めた静架は飲み物を手渡そうとしたのだが、エリオットは片手を掲げてそれを止めた。
「了解です」
特に気にするでもなく、静架は透明なグラスを揺らしながら、呟いた。
「随分お可愛らしい姫君ですね……冬の木漏れ日の様に眩く感じます」
特に表情はなかった。だが、その言葉には嘘は無いのだろう、とエリオットは感じた。周囲へと向けられる静架の目線は、どちらかというと彼に近しいものだったから。だが。
「……」
「どうしました?」
エリオットが小さく息を零す様に静架が問うた、その時だ。
「き、騎士団長ォ!」
戰場に在るような姿で現れたのは、レオフォルド・バンディケッド(ka2431)。
――本物だ……ッ!
目には感動、体には興奮を滲ませた青年は、静架が話しかけている姿を見て、居てもたってもいられなかったか。
「王女様の護衛お疲れ様です! 自分も護衛頑張りますよ! 護衛させてください!」
「おやおや……」
熱心な姿に憧憬を見て取った静架が言えば、レオフォルドは息を詰める。
「……邪魔にならない程度なら、構わない」
「!!!」
感動しすぎて声もない様子のレオフィルドにエリオットは苦笑を返した。
そんな様子を、柱の影からじっと見つめる者がいた。
「……不動ですわね……さすがですわ……」
頭上にパルムを載せたチョココ(ka2449)である。オクレールと、話しかけられても不動と厳戒を貫くエリオットに感嘆しているようだった。
どう見ても怪しく、実際にオクレールからは視線が届いているのだが、目が合っても何をするでもなくじーっと見つめているばかり。
――では、あったのだが。
飽きたら、止めた。
「憂鬱ですわ」
「……そうみたいですね」
リーリア・バックフィード(ka0873)とヴァルナ=エリゴス(ka2651)は沈鬱な表情をしていた。素晴らしい言葉だった、と二人で語り合いながら挨拶に伺おうとしていた。
だが。
「やあやあ、ご息女」
「嫁入り修行は順調ですかな?」
顔見知りの貴族達に、捕まってしまっていた。
「……は、はい」
「ええ……ですが、残念ながら結婚は先の話になりますね」
物怖じするようヴァルナとは対照的にリーリアは悠然と応じている、が。
「ほほ、ならば……」
相手も海千山千の猛者だった。たやすく逃げ場は封じられ、お見合いドッグファイトへともつれ込んでしまった――。
「やあ、楽しんでるかい?」
「おや……ハンターの方ですかな」
「ああ」
クリス・ガードナー(ka1622)は料理を片手に商人と思しき男に声をかけた。
「さすがに豪勢な料理だね」
「これ程の機会は一生に一度あるかないか、ですからな。とはいえ、今は料理よりも周りが気になって仕方ありません」
「……違いない。俺もそうだ」
商機が、と冗談めかして言う商人に、クリスは笑みを返した。話が早い、と。
「実は俺は、木彫り人形を作るのが趣味、でね……」
「ほうほう?」
それから暫し、クリスは商人と商売の話に興じるのであった。
――結果として、CAM人形は王国では未だ売れなさそう、という事が解ったのではあったのだが、機が来ればその時は、という話になったことは、付記しておこう。
ほわぁ、と。感嘆の花が咲いた。セツァルリヒト(ka3807)少年の、淡い笑み。
「宮廷料理ってすごい……美味しそうな料理やお菓子がいっぱいありますね……お持ち帰りは駄目、です?」
「勿論可能ではあるのですが……料理が残れば、ですね」
苦笑した給仕の視線の先。凄まじい勢いで食べ続ける男、ジルボ(ka1732)がいた。滅多に食えないから食べればいいじゃない、と。次から次に料理が消えていく。その足元ではセツァルリヒトの視線に気づいたパルムが隠れるようにジルボの脚に抱きついていた。
「すっげぇー! これが王国展覧会ってヤツか! すっげぇー!」
その傍ら。周りを見渡し、給仕の手によって配された皿に盛られた料理を見ては感嘆する少年エルフ――ティルクゥ(ka4314)である。
「うっめぇーー!!」
体いっぱいに幸せを漲らせたティルクウに引き出されるようにセツァルリヒトは笑みを浮かべていた、が。
「ですので……今のうちに、こちらをどうぞ」
「はっ」
給仕に差し出された皿がとても希少に見え、今は食を優先することにしたようだった。
「あの」
嬉しげに食事の様子を見守る給仕に、ルカ(ka0962)が言う。
「いくつかこちらの弁当箱に、詰めさせてもらってもよいですか……?」
なくなる前に、という事だろう。給仕はそれとなくルカの痩身を眺め、何かを心得たか、満面の笑みで頷く。
「もちろん。私がお詰めいたしましょうか?」
「いえ」
快諾と提案を、ルカは辞した。
”それ”は、自らの手でなしたい事柄だったから、だろう。
「若いねぇ……うん、いやぁータダ飯タダ酒最高だわぁ」
ティルクゥ達の方を眺めながら、鵤(ka3319)は若者たちと比べ少量を口元へと運ぶ。無理が効かないお年頃だ。
「ねぇ、それメオさんにも分けてよー」
左手に人形――たかし丸というらしい――を携えたメオ・C・ウィスタリア(ka3988)が言う。鵤は、へ、と脱力した笑みを浮かべた。
「あそこにあるからとっくればぁ?」
ニタニタと笑いながら言う様に、無言で彼女の右手が奔る、が。鵤は大人の余裕で回避。
「はいざんね〜ん」
失敬。大人の威厳は微塵もない、見事なドヤ顔であった。
「……鵤ちゃんのばーか。ばーかー」
「っとぉ!」
苛立ちとともに一切の自重なくたかし丸が奔ったが、鵤はステップを踏んで間合いを外し――料理そっちのけの大追走が、始まった。
「何をやっているんだ」
アンダース・レーフ・ロステン(ka2191)は、知った顔の騒ぎっぷりを眺めながら、重い息を吐いた。
――自分で行けばいいだろう、なんで俺が行かなくちゃならない。
会場の片隅で酒盃を呷りながら、胸中で呟く。王族も貴族も騎士も彼にとっては心地良いものではない。知った顔を見つけたが、あの騒ぎっぷりに首を突っ込むのは性分でもなかった。
「……そう、だな」
懐のフルートに手が伸びた。逡巡の後、決めた。息が詰まるのもあったし――何より、巻き込まれては堪らなかった。
「盛況、だな」
にわかに活気づいた周囲を見渡して、リュー・グランフェスト(ka2419)は零す。
「あのでかい戦いの後で健在ぶりを示す、ってところだろうが――」
成程、上手くいっているようだ、と頷き、傍らに視線を向けた。
「危ないぞ」
「すごいねー! おーひーめーさーまー♪」
くる、と上機嫌に回り、ドレスを翻させるベル(ka1896)は彼方此方を走り回るのに夢中だった。
「えほんのせかいみたい! こんにちは、おひめさまです! あそんでください!」
「……は?」
御機嫌に警護の騎士に話しかけては困らせている様子をみて、リューはため息を零すのだった。
●
楽団が音楽を奏で始めた。旋律はどこか懐かしく、民謡的な趣を残している。柔らかな情緒を有した奏楽にある者は耳を傾け、ある者は手を取り合い、踊りを始める。
クローソー(ka3295)とグレイブ(ka3719)は後者だった。2mにも届く長身が相手ではまるで子供のようではあるクローソーだが、その装いや表情には艶がある。
「リードするぞ。他の連中が赤面するくらい、情熱的に行こうじゃないか」
「いいぞ……グレイブ。もっと激しく」
鼻先が触れ合う距離で、吐息と言葉を交わす。叙情的な音楽が、徐々に熱を持った情熱的な旋律へと変わっていくにつれて、二人の舞踏も高まっていく――。
音楽に耳を傾けながら、メトロノーム・ソングライト(ka1267)は静かに目を閉じていた。
「……」
旋律に身を浸すように、音を味わう。常ならば、それだけで少女は充足を得ていた。
だが、今宵は違った。
胸の奥で、王女の言葉が澱のように落ち込んでいた。
――共に、滅びに、抗ってください。
強い、言葉だった。その響きに共鳴するように、少女自身の心が震えている。
「……わたしは、どうすれば良いのでしょう……」
そのことを自覚しながらも、少女は答えを出せずに居た。
なぜ、こんなにも響くのか。その由が、少女には分からなかったから。
「んー紅の世界独特の音って感じだね。面白いな!」
「あっちの音楽と、何気に通じるモノが在る気がするンだケド……気の所為なンかねェ?」
鈴木悠司(ka0176)の言葉に、紫煙を吐き出したヤナギ・エリューナク(ka0265)が頷く。
「どうだろ……あ! あそこに見えるはデルさんじゃない?」
「ん……? マジでデルか!」
悠司の声に、大きく肩を竦めた長身のエルフが振り向く。男――デルフィーノ(ka1548)の身につけた装飾品から高い音が連なる。
「ゆーしにヤナギか。久しぶり、だな」
「久しぶりー!」
ととと、と駆け寄る悠司と軽く手を打ち合わせる。
「デルさんもこういう音楽する……っていうのは似合わないか」
「まじでデル、此処似合わねーなッ」
「あ? 俺様も似合わねーと思ってたトコだ……っていうかお前らも似合わねーじゃねェか!」
生まれた世界は違えども、音楽で繋がった縁は深いのだろう。会場の中でもなお高らかに、笑い声が響いた。
ユノ(ka0806)は音楽が奏でられている間に様々なテーブルを回っては身分を問わずに紙と鉛筆を渡して歩いていた。
「これに、この王国展で自分が用意したり、関わった物や事柄”以外”……つまり他人の物で良い所を褒めちぎって書いて欲しいんだ☆」
快活に手渡していくユノを拒むものは居なかった。ハンターであること、言葉の内容から何かしらの背景を勘繰ったのかもしれない。貴族は互いを褒めるように。職人は密やかに。商人は迷わずに書き込んでいく様をユノは満足気に見つめていた。
「どこか郷愁を感じさせる素敵な音楽ね……本当に、素敵」
「ふふ、ケイさんは音楽が本当に好きなんですね」
ケイ・R・リヒャルト(ka0242)とユキヤ・S・ディールス(ka0382)は音楽に耳を傾けながら言葉を交わす。楽曲に集中している様子のケイに、ユキヤは微笑む。
「……運命のようなモノを感じる貴方と一緒に来れて嬉しいわ、ユキヤ」
音楽に引き出されるように紡がれたケイの言葉。
「そう、ですね」
それは彼にとっても同じ、だったから――続ける。
「……もしも、輪廻転生、というのが在るとすれば、”何時か”、”何処か”で出会って居たのかもしれないですね」
二人は見つめ合い――くすり、と。笑いあった。
エステル・クレティエ(ka3783)は藍色の衣装を身につけ、職人達のテーブルを訪れていた。
――私も、緊張してしまって。
と、困り顔で微笑むエステルを、職人たちは快く受け入れた。エステルが王国出身、という事もあって、話の種は尽きなかった。
「景気はどうですか?」
「はっはァ、そうだなァ!」
という少女のお決まりの切り口には、職人たちは豪快に笑った。
「悪い、なんて言えばバチが当たるな。店先を任せた小僧が商売を覚えちまうくらいだ」
「へえ……」
それだけ、商人が訪れるという事だろう。その内容よりもそう言う職人の表情にこそ、エステルは満足を抱いた。
――王国は、前を向いているのだろう、と。そう感じられたから。
「……護衛任務、お疲れ様です」
「あぁ」
紆余曲折を経て一人になったエリオットの元を訪れたクリスティア・オルトワール(ka0131)は音楽を背に、つとドレスの裾を摘む。
――このドレスは私にはちょっと過ぎるといいますか……。
柔らかな感触に、そんな事を思った。気恥ずかしさが勝って、言葉に詰まる。
「……お邪魔なじゃなければ、少し、ご一緒しても?」
それでも、なんとかそう言葉にする。
「構わない」
エリオットは小さな頷きと共に短く言い、逡巡。
「退屈だと思うが」
「……ええ、構いません」
添えられた言葉に、クリスティアは安堵し、笑みと共に淡く、息を零すのであった。警備の邪魔にならないように気を払いながら、こう尋ねた。
「そういえば、エリオット様は……好きな食べ物は、あるのですか?」
「無い、な」
「……え?」
即答だった。思わず聞き返すクリスティアに、こう言った。
「食は燃料補給と同義。栄養になるのならば何でも構わない、ということだ」
「……そうですか」
●
古楽演奏が終わると、それに倍するほどの歓談の音が響き始めた。その中で、一際響く声が上がった。
「いたーーーっ!!」
漸く目当ての人物を見つけることが出来た、クレール(ka0586)の声だった。
「アークエルスの技術者さん!」
「は、はい?」
赤ら顔の青年が驚きの声を上げる。
「突然すみません! 私、フリュイ様からの依頼で図書館に行きましたハンターです! この度は本当にありがとうございました……!」
過日の依頼の事をさしての言葉に、青年は苦笑した。
「ああ――あれはフリュイ様の命令だから、ね。それにまだ、実現には至れていないし」
「それでも、です! 私……代々続いた技術を、家を継ぐ、鍛冶師なんです。だから、継ぎ先が無いままに、したくなかった……本当に、ありがとうございます」
「そう、か」
――頑張らなきゃ、なあ。
頭を下げるクレールには聞こえぬように青年は呟く。
「あ、の。私、クレール・ディンセルフです。余り、時間はないけれど……良ければ、ご一緒させて、いただけませんか……?」
「ん、いいよ」
積もる話がありそうな様子に、青年はグラスを掲げて答えて見せた。
観智とシルウィスは、中年の男性と団欒していた。男は、ヘルメス情報局の管理職だと言う。
「いやァ、君が『深淵くん』か!」
「……それはそれで、少し気恥ずかしいですが」
名乗った観智に中年は上機嫌に応じた。
「あの号外は売れてなぁ。続編も好評でね。次の企画をどうするか……と」
顔を売るべく団欒に加わったシルウィスに、中年の視線が止まる。
「ふむ、これまではハンターの経緯が主だったから、ハンターの『今』というのもいいかも知れんなァ」
「あら……それは、嬉しいですね」
宣伝になります、と冗談交じりに笑うシルウィスに、観智も笑んだ。自分が関わった事物が広がりを持つことに興味を抱いて。
「こういう緩やかな宴はよいものだね」
すっかり格式張った宴ではなくなり、ルピナス(ka0179)はむしろ満足気であった。舌に馴染んだ味も、そうさせるのだろう。
「さて、そろそろ準備を……と、おや?」
「!」
視線の先。エヴァが何かを背中に隠している。
「さっきは王女にお熱だったみたいだね」
苦笑と共に告げられたのは、頷くエヴァの口元をソースがぺったと濡らしていた。
「……これも、美味しかったよ」
と、自らの皿の肉料理と供している場所を示すとエヴァの視線が釘付けになるのを見て、ルピナスは我慢できずに吹き出してしまった。
その頃、メレ・メロディ(ka2933)はシスティーナ王女と謁見していた。
「メレ・メロディともうします。こたびは、およびいただきありがとうございます」
「いえ、お楽しみ頂けると嬉しいです」
小さな体で礼儀正しく礼を示すメレに王女はにこやかに応じた。歓迎の気配に、メレは息を吐いた。少しばかり募っていた緊張を、祓うように。そうして、告げる。
「わたくしは、歌を歌うのがしごと、です。みなさまのごかつやくを歌にして色んな人に、きかせられたら……」
「まぁ、歌い手さまなのですね」
素敵です、と笑う王女にメレは訥々と続けた。
「おうじょさまの、ゆめは何でしょうか……?」
「夢……」
つと、想いを巡らせるようにしてから、王女はこう言った。
「今は、皆さまが怯えずに暮らせる世界を……と、そう思います」
「はい、スミマセンでした……ほぉーら、おたくのせいで怒られたじゃんよぉ。これだから頭が児童のお子ちゃまはぁ……」
「鵤ちゃんが悪いんだよー、メオさんにご飯分けてくれないからー」
警護の騎士に見咎められて悪びれ――ていない鵤と、メオ。その隣には、申し訳無さそうにしているパルムと妖精アリスの姿があった。
遡ること少し。
『待って~!』
会場に、妖精アリスの幼声が響いた。シェリルの相棒、モイラの声である。全力で逃げまわるパルムは――オウカの相棒、ポムだ。『パルムって美味しい?』というモイラの言葉に生存本能が刺激された結果だが、モイラは『おにっごっこー♪」と御機嫌この上ない。
「はっは、めしお丸ちゃん、おっさんを追いかけるより自分で飯をとった方がはやくないかぁーい?」
「いいからー、さっさとご飯わけてよー」
「だが断r……うぉっ!?」
悲鳴は、鵤の足元を抜けるポムに、酒が入った足がもつれたが故に。結果として、警備の騎士から軽く説教を頂戴する羽目になったのであった。
「ここで暴れるのは……ダメだよ……。あとで、広い場所……行こう……」
落ち込んだ様子のモイラとポムを慰めるシェリルに。
「……外でなら、暴れてもいいわけでもないだろうが……」
オウカは嘆息混じりにそう言った。どうやら、もう少しばかり相棒の受難は続くらしい、と解ったからだった。
騒乱を他所に、エリー・ローウェル(ka2576)は緊張を抱いていた。故郷の教えは少女の心深くに根を張っているのだろう。視線の先には、貴族たちと言葉を交わすセドリックの姿がある。彼女は彼に、聞きたい事があったのだった。だから彼女は場を移ろうとしたセドリックを呼び止めた後、こう尋ねた。
「あなたにとって力、ってなんですか」
「ふむ?」
聖職者であるセドリックにとって、『自分自身にとって』と聞かれることは稀有な事なのだろう。些かの戸惑いを見せた彼は。
「御するべきもの、だ」
しかし、瞬後には少女を見据えて、こういうのであった。
「本質として、縋り頼るには強大に過ぎ、不安定に過ぎる」
「……」
見透かされた訳ではないのだろう。だが、直截で力強い言葉に、エリーは視線を礼を言う事すら出来ないでいた。
それでも、辛うじて表情を作り、
「ありがとう、ございました」
何とか、そう言った。
「……ふーむ」
あちら、こちらと耳を欹てていたジルボはすっかり満ちた腹を抑えながら呟いた。
「色々ありそう、だな……っと」
「わっ!?」
言いながら、手を伸ばす。傍ら、走り抜けようとした少女――ベルが、ドレスの裾を踏みつけて転倒しようとしていたからだ。小柄だが力強い手がベルの細い腰を支える。
だが。
「う”っ、う”うう……っ」
「お、おい?」
転倒は防げたにも関わらず、ベルの瞳には大粒の涙が溜まっていく。少女の視線の先には、少女が先ほどまで頂いていたティアラがあった。そういうことか、とジルボが察した時。
「うお、すまねぇ……迷惑かけた、な」
「うぅぅ……っ」
駆けつけたリューがティアラを拾うと、未だ腰を曲げたままのベルの頭に被せる。
「あんまり暴れんなよ?」
「うん……」
すっかり大人しくなったベルに、ジルボは。
「……ごちそうさん」
先ほどよりもお腹が満ちた気がして、溜息と共に言うのであった。
「ご尊顔を拝し奉り恐悦至極。リーリア・バックフィードに御座います。以降、お見知りおきの程を……」
「先ほどは、見事なご挨拶でしたね……殿下の想いを遂げられますよう、私も微力ながら尽くさせて頂きます」
「――ありがとうございます。皆さまは、今は、ハンターをされておられるのですね」
貴族の波をかき分けてリーリアとヴァルナは漸くシスティーナの元へと至る事ができた。作法に則り礼と忠を示す少女達に、王女がそう言った、その時だ。
動きがあった。
●
ハンター達による余興は、マナ・ブライト(ka4268)と聖歌隊による賛美歌から始まった。
――あの方の想いが多くの人々に届き、光の元に闇を払う事ができたら、どれほど素晴らしいか。
想いと共に、マナは歌を紡ぐ。王国民は敬虔なエクラ教徒が多い。会場内からも唱声が上がり、一節を歌い終えた。
その後を次いで壇上に至ったのは、リリティア・オルベール(ka3054)だ。青髪の少女はトランプやコイン、グラスといった小道具を並べ。
「種も仕掛けもございません」
祖母の教えに則ってそう嘯くと、種々の手品を成す。さすがに、セドリックを指名した際には――他に動ける著名人が居なかった――、峻厳な眼差しに肝が冷えたが。
「スペードの5、ですね?」
「……光よ」
札を当てられて愕然とした大司教の表情に満足を得る。最後にどこからともなく豪勢な花束を出し、
「こちらは、私から王女へのプレゼントです」
微笑みと共にそう告げ、余興を終えた。
「あれ? はるな(ka3307)じゃない!」
拍手が鳴る中、岩波レイナ(ka3178)が言う。名を呼ばれた少女はレイナの姿を認めると、にひ、と笑って手を振った。
「レイナちゃん? うっわ、これって運命ってヤツ? あっは、こんな場所で会えるなんて驚きなんだけどぉ!」
「本当ねっ」
魂の相似形、というべきか。容姿は全く違う二人だが、馬が合うのだろう。一息に最高峰までテンションが駆け上がる。
「あの、此間の依頼は同じことを思ってて、その……嬉し、」
「あれ! ちょっと待って、この声……!」
だが。勢いのままに話しはじめたレイナをはるなは止めた。耳に届いたボーカルチェック。あれは――。
「やっぱり……っ!」
少女の視線の先。壇上では、ヤナギとデルフィーノが夫々の楽器を携えていた。悠司は中央に立ち、観客を眺めて笑顔を一つ。
「じゃ、始めよっか!」
「オゥ!」
応じた声につづいて、ヤナギのベースがリフを刻む。男の細い指は激しく、しかし丁寧に板上を動く。
――バンド名は差詰め【fuse】だな。
演奏前にそう告げたデルフィーノのギターが、そこに乗る。ヤナギのリフに添いながらも、時に歌うように弾む。混じり合い、混然と、音が鳴り、音楽に成る。
相似の中で旋律が絡み、奏でられる中、悠司は息を吸い。
高らかに、歌った。
「ヤナギにーさまの音ですの!」
息を弾ませたクリスティン・エリューナク(ka3736)は人波をかき分けて進む。小柄な身では中々目的地に辿り着けずにやきもきしたが――視界が、開ける。飛び込んできた姿は、三つ。最初に認識したのは、最愛の兄――ヤナギの姿。
「やっぱり、ヤナギにーさま達でしたの♪ ゆーしさまも!」
視線がデルフィーノの元に流れる。最初でこそ怪訝そうな顔をしていた少女であったが、
「ギターの方の音も最高ですの……!」
心底楽しそうに、音楽に身を浸すのであった。
「……あ、あの人は、って、はるな、待って!」
「やっぱりゆー様……!」
レイナは視界の端に想い人――と書くと語弊があるが――の姿を見つけたが、はるなの勢いに引き摺られていく。
「イイでしょ。ゆー様の声! 姿! 視線に歌っ!」
「……なかなか……その、良い声ね」
気もそぞろではあったレイナだったが、歌声と――はるなの様子に焦りが抜けた。
「でしょでしょ、良い声でしょぉ!」
心底嬉しそうに抱きついてくるはるなは、レイナと、良く似ていた。
其のことが少しだけ嬉しくて、つと、視線を外す。彼女自身が追いかけている、一人の歌姫の姿を。
少女の想いの先。ケイは庭園に出ていた。その傍らにはユキヤ。会場内の騒ぎが嘘のような静けさのそこに、音が、湧いた。
――静かで、でも力強い音で、命を感じさせるもの。空を思わせるもの。
ユキヤが好むと言った音。それを想い、ケイは歌声を紡ぐ。
「……ケイさんの音は、声は、とても素敵ですね」
ユキヤの言葉に、ケイは歌いながら微笑みを浮かべる。
「ケイさんが映し出されている様な……命の、音」
ユキヤは歌声に、夜空を見た。綺羅星が散る、柔らかな夜を。
●
「大きな舞台だね、ベアトリーチェは緊張しなくていいんだよ。アマデーオはリードしてあげてね」
と、両手に着けた人形に話しかけるルピナス。怪訝そうな視線をものともせずに舞台へと上がる。
彼が紡いだのは、ひとつの戯曲。
――とある王族の男が、国を守る為に戦う物語だった。
語り口は見事。誰よりも食い入るように見つめる王女に興がのり、結末を少しだけ変えた。少女の顔が朗らかに緩んだ事が青年にとって何物にも代えがたい褒章であった。
二篇、物語が続いた。語り部はルスティロ。彼の物語は、
「さて。次にご紹介しますのは、ある『傲慢な羊』と『少女達』の御話」
切り口に、王国の者達からざわめきが上がる。この場に居る者ならだれもがそれの意図するところは知れただろう。不快げに顔を歪める貴族まで居た。
それらを了解して紡いだ物語の果て。
(これは僕の希望で、創作。あくまで御伽噺)
「――傲慢な羊は、皆の力を借りた少女によって、退治されました」
そう、紡いだ。しばしの余韻の後、むしろ貴族たちがこぞって褒め千切った事に、ルスティロが眉を顰めたことは、付記しておこう。
――局所的に興奮冷めやらぬ中、二人のエルフが前に進み出た。
Uisca Amhran(ka0754)と、星輝 Amhran(ka0724)だ。辺境から訪れし二人の巫女。
ゆるりと広がる静寂。そこに、星輝が掲げた鉾の鈴と、イスカの神楽鈴が凛と鳴る。
「聖地リタ・ティトに所属する巫女の一人として唄と舞を披露したく思います」
イスカの言葉と共に、それは始まった。
言祝ぎと、唄。大精霊と――聖地の白竜へと向けた舞。
”人は今立ち上がる 巨なる歪を打ち払わんが為に”
”この地に住まう全ての生きとし生ける者を守り導き給へと祈らん”
荘厳な唱声がホールに響く。朗々とした声に劣らぬ鋭い舞。
”――かつてあった安寧を再び取り戻さんが為に”
見届けた者達にとって、その舞は一瞬の出来事だっただろう。
「……手始めに聖地奪還を必ずや成功させる!」
扇をはたりと閉じた星輝の声の強きこと。女はそのまま、王女を見据えて、こう結んだ。
「願わくば、全ての人に安寧を。できれば行く行くは東方も……じゃ」
王女は目をそらす事なく、硬く唇を結んだ。そうして。
「……はい」
確かにそう頷いたのだった。
●
余興も過ぎ、宴も終いに近づこうとしていた。
「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「あ……お久しぶり、です」
アクセル・ランパード(ka0448)。かつての邂逅を想起し、システィーナの身が微かに強張った。
「心よりのお言葉、胸を打たれました」
男は、心の底を言葉にした。思うままに。少女の想いに、応じるべく。
「殿下がその志を持つ限り、私もその仲間達も貴女様の剣となり盾となりましょう」
「……」
――死ねと命じるべきだ。
少女はかつて、恐れたのだ。悼みを、覚えた。
「……ありがとうございます」
今は、どうだろう。
彼は。”彼ら”は、自分を――自分の言葉を背負ってくれている。だから少女は、こう言った。
「ならば……”お願いです”。
――生き抜いて、戦い抜いてください」
「……は」
厳粛な、儀式のような時間。そこに。
「あのー」
「は、はい!?」
少女が一人、言葉を投げた。
「わたくし、ささやかな贈り物を用意しましたの!」
チョココである。少女は小さな手のひらに、同じくらい小さな袋。
「花の種ですわ!」
小首を傾げる王女に、チョココは朗らかに笑って続けた。
「同じ花の種でも、育てる者によって微妙に異なりますの……一年後にはきっと、綺麗な花を咲かせますわ」
野花のように、華やかに。
「そして再び再会できますよう。王国が、王女様の周りが、笑顔と花で溢れますよう、祈りを込めて――」
少女の祈り、少女の言葉は、この宴を締めるに足る、優しいもの、であった。
●
その後、王女は短く閉会の辞を告げた。拍手喝采を背に会場を後にした後も、暫くの間宴の余韻が残る。
「此処にいたか」
「は!?」
唐突に話しかけられたマナは驚愕した。敬遠な信徒である彼女にとって、声の主は特別な意味を持つ。大司教セドリックは怪訝そうな表情を見せたが、
「良い歌声だった。今後もエクラの徒として、その力と信仰を遍く民の為に振るってくれ」
「は……はい! ありがとう、ございます……!」
「あの、これを良ければ、エリオット様に」
「あら」
侍従長オクレールを呼び止めたルカは、宴の間に詰めた弁当を差し出した。事情を察したか、オクレールは厳粛な表情を微かに和らげると頷き――視線を転じた。
「貴女も、ですか?」
「んにゅ? や、僕は……これ」
声を描けられたユノはたくさんの紙束を示してみせる。
「いろんな人に書いてもらったんだ。王女様に、見て欲しくて! でも、先に侍従長のお姉さんに目を通しておいてほしいんだけど」
受け取り、軽く目を通したオクレールは微かに目を細めた。感嘆の色が微かに滲んだそれは、次の瞬間には笑みに変わる。
「――承りましたわ」
ルカとユノ、二人に向けてそう言った後。
「弁当箱は、洗ってお返しするようにお伝えしておきましょうか?」
「それは――お任せ、します」
くすり、と笑うオクレールに、ルカは微笑みを返して、そう言った。
会場の外。
「……満足したよ」
「アレだけ飲めば、そりゃな」
寄り添って歩く二つの人影――クローソーとグレイブ。からかい口調のグレイブに、女はくすぐったそうに笑った。
「踊りの後で飲む酒も良いな……それに二人で飲む酒は特別に美味い」
「同感、だ……俺もクロトと踊れて満足さ」
「ん……」
夜天の下。風の冷たさは熱を帯びた身には心地よい。それでも、裡に満ちる暖かな熱を求めて、身を寄せあって帰路につくのであった。
「も、もう、食べられないです……」
「は〜……」
セツァルリヒトとティルクゥは路肩に座り込んでお腹を抑えている。職人や料理人に色々尋ねながら食べ続けた結果、満腹を通り越して休息を求めていた。
「ぐふ……」
「だ、大丈夫ですか?」
少年たちの傍らには、レオフォルドが座り込んでいる。涙目で、空を仰ぎながら、
「ふん! どうせ俺は見習い騎士ですよ~だ……!」
「……はい」
と宣う。あれやこれやとエリオットの世話を焼きすぎて、途中で追い出されてしまった、とセツァルリヒトは聞いていた。聞き慣れた愚痴が帰ってくるのが解ったので、もう一人――ティルクゥの方に視線を転じ、微かに目を見張った。
「……これからは、自由に生きてやる」
ぽつり、と呟いたティルクゥの表情が、とても真剣だったからだ。満面の笑顔で食事を食べるばかりだったから、驚いたのだ。視線に気づいたティルクゥは嬉しげに笑って、こう続けた。
「生まれてはじめて、美味いものを食ったんだ。腹いっぱいに」
本当に嬉しそうな声色に少年は気圧されながらも、
「おめでとうございます」
人見知りを押し流す程の笑顔に引き出されるように、少年は祝いの言葉を口にした。
夜道を一人歩くHolmes(ka3813)は、紫煙を吐き出した。その行く末に浮かぶ月を見て、パイプを咥えた口元を釣り上げる。
「予想以上に素晴らしいものが見れたね」
回想と思索の中、小さく、呟く。
「小さな子猫と思いきや、その言葉は雄々しき獅子だ。心を奮わせるには十分過ぎる」
一つ一つの情景をなぞり、言葉にしていく。
「挨拶階段の行列を見ればその人気も窺い知れるし、それだけ周りからの期待もあっただろうに……いや、これ以上の憶測は無粋か」
今日はよく”観た”、と。満足気にそのドワーフは笑った。
そうして、確信の篭った声で、こう結んだ。
「彼女は良き王になるよ」
”王に”
その言葉を奏上したイーディス・ノースハイド(ka2106)は、夜天を見上げた。
『されど、王女殿下……その願いを叶えるには、戴冠して頂くべきと存じます』
王位を継ぎ、その意を示すべきだ、と。
元従騎士の言葉には、熱が篭っていた。
だが。
王女は、目を伏せたのだった。
唐突な変化だった。堪えきれず溢れた表情に、その背に、イーディスは重く粘質な”何か”を見た。
変容は、一瞬の事だった。少女は笑顔を見せると。
『頑張ります、ね』
と、言った。
イーディスは直感した。”歪虚ではない”、と。漠然と。それでも、確かに。
「……それでも、私の思いは変わらない」
遠く、煌々と照る月を、深く厚い影が覆い隠そうとしていた。
果たして、光は届くのか――イーディスは空を見上げたまま、帰路についた。
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会えるかどうかのご質問 クレール・ディンセルフ(ka0586) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|機導師(アルケミスト) |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
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【相談卓】祝宴会場控え室 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/03/15 14:30:58 |