ゲスト
(ka0000)
夜魔
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/03/27 12:00
- 完成日
- 2015/04/03 12:37
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
ゾンネンシュトラール帝国――某所。
反体制活動に関わったとして逮捕された旧貴族の青年・ヨハンは、
とある地下牢にて、第一師団による執拗な尋問を受けていた。
数日間の尋問の後、青年はようやく口を割る。
「……我々は、ヴルツァライヒだ」
昨今、帝国領内でその活動が活発化・過激化している反体制組織『ヴルツァライヒ』。
実際に構成員が逮捕されたのは今回が初めてだった。
しかしヨハンの証言は、己が容疑である2件の反体制ビラ事件についてのみ。
それ以外の活動については知るところではないという。
更なる尋問によって、どうにか他ひとりの構成員の名前を挙げさせることができた。
ヨハンはその人物に勧誘され、『徒弟』と呼ばれる末端構成員の地位を得たそうだ。
「グレゴール・クロル」
ヴルツァライヒにおけるヨハンの直属の上司にして、彼が唯一知る構成員だった。
グレゴールは自らを『親方』と名乗り、ヨハンに反体制ビラの作成を命じたらしい。
第一師団・ヴルツァライヒ専従捜査隊の隊員たちは、
グレゴールをより上層の構成員と推測、その摘発を計画する。
「クロルはヨハンと同じ旧貴族出身の人間だ。
印刷工場で死んだ、顔に傷のある男は、グレゴールの手の者で元ハンターらしい。
摘発前にヨハンを消すことで、トカゲの尻尾切りをやろうとしたんだろうが……」
「殺し屋はハンターに敗れ、自決してしまった。ヨハンは我々の手に落ちた。
口封じに送り込んだ殺し屋が戻らなかった以上、すぐにでも逃げ出すでしょうね。
地下に潜伏される前に、どうにか捕まえたいところですが」
●
第一師団の推測通り、グレゴールはヨハン逮捕を察知していた。
だが、裏社会に通じた腹心を印刷工場の戦闘で失った今、逃走手段の確保も容易ではない。
「おのれ、ヨハンめ……とんだ厄介を持ち込みおった」
ひとまずは、地方に置かれた自前の別荘を目指す。
そこもいずれ場所が割れてしまうだろうが、少しは時間が稼げる筈だ。
その間に当面の旅費をかき集め、国外逃亡を準備する。
ヨハンが既に口を割ったとすれば、打てる手はもうそれくらいしかない。
顔見知りの構成員を頼ることは論外だった。
グレゴール自身がヨハンを消そうと考えたように、
彼らもグレゴールを始末することで、自らに累が及ばぬよう動くだろう。
仲間からも身を隠さねばならない。
金貨・宝石だけを抱え、グレゴールはひっそりと帝都の自宅を離れた。
●
旅路を急ぐあまり、道中でなりふり構わず金を使ったのが命取りだった。
第一師団の捜査隊はいとも簡単にグレゴールの足取りを掴むと、夕闇に紛れて街道沿いの旅籠を取り囲んだ。
近隣にはより大きな宿場町もあるのだが、
人目につきたくないという逃亡者の心理ゆえか、グレゴールは木賃宿の賑わいを避け、
静かでこじんまりとしたその旅籠を一夜の宿に選んだ。
捜査隊にとっては人混みの中で容疑者を見失う心配がない分、むしろ仕事のし易い立地だったのだが。
旅籠の前を走る街道は、農夫に変装した騎馬兵2名が押さえている。
グレゴールが走って逃げようとしても、まず逃げ切れはしない。
旅籠の裏手は森になっているが、そちらにも数名を配置。
裏窓から飛び降りたとて、すぐに捕まえられるだろう。
捜査隊の準備はそれだけに止まらず、
相手が護衛として手練れの傭兵や覚醒者を雇った場合に備え、ハンターオフィスに後詰を依頼していた。
「そろそろ、やるか」
隊長以下数名が幅の広い街道を横断し、旅籠の前庭へ差しかかったときだった。
街道のしばらく先、旅籠の前からは下り坂になって見えない場所から、鳴子が響く。
待ち構えていた騎馬兵のものだ――トラブル発生。
一同が身構えるや否や、悲鳴と共に、大布をばさりと打ち振るうような音が聴こえた。
その場の全員、慌てて坂を駆け下りれば、1匹の巨大なコウモリが馬ごと兵士を押し倒していた。
コウモリは、地面に倒れた騎馬兵の身体を後ろ足でがっちり捉えると、
立て続けに翼を大きく振るい、頭をもたげて金切り声を上げる。
捜査隊は隠し持っていた拳銃を抜き、コウモリに一斉射撃を浴びせかけたが、
小口径の拳銃は翼の皮膜にひとつふたつ小さな穴を空けただけで、
後は全て、敵のずんぐりとした胴体や頭部を覆う、真鍮の色をした装甲で弾かれてしまった。
銃声の残響に合わせて、長く尖った金属製の耳が音叉のように細かく震える。
「剣機……!」
誰かが後ずさりをして言う。
辺りに漂う強烈な腐臭と、被甲・機械化された身体。確かに剣機の特徴だった。
だが、居合わせた第一師団の面々は誰ひとりとして、このタイプの剣機を知らなかった。新型だろうか?
コウモリは、装甲板で目の塞がれた頭を巡らすと、後ろ足の鉤爪で騎馬兵の腹を握り潰す。
再度の射撃も間に合わず、彼を絶命させたコウモリは翼を広げて跳躍、
拳銃を構えたままなす術ない捜査隊へ襲いかかった。
●
銃声を耳にして、ひとり部屋に閉じこもっていたグレゴールも窓へ急いだ。
南側の街道が見下ろせる窓からは、必死の形相で逃げていく男たちの姿が見えた。
何人かが振り返って、拳銃で追っ手を撃った。彼らを追っているのは、地上を飛び跳ねて進む巨大コウモリ。
(何ということだ、こんなところで歪虚に出くわすとは……。
あの男たちは何だ? 恰好からしてハンターではなさそうだが武装している……、
軍の人間か!? 第一師団か、私を捕えに来たに違いない)
旅籠の裏の森からも銃声が上がった。男たちの怒号と、歪虚の羽ばたきが聴こえる。もう1体いる。
グレゴールは手荷物を掴んで、廊下に続く扉へ駆け込む――
が、どこにどうやって逃げたものか? 外では歪虚が荒れ狂っている。
歪虚に襲われた男たちが第一師団なら、この騒ぎに便乗して逃げ出したいところだが、
「お客さん、大変です!」
部屋の扉を開けて、旅籠の主人が顔を見せた。
その背後の廊下を、別の従業員に連れられた若い夫婦が、取り乱した様子で駆けていく。
主人は身振りをして、
「歪虚が――」
「窓から見た! どうする、我々は逃げられるのか?」
お互い訳の分からぬまま、とりあえずと1階へ下りた。
するとちょうど、表玄関から飛び込んできたふたりの男が、大慌てで扉に閂をかけ、
「表は危険だ! 誰か、外に出たままの者はいないか!?」
「わ、私たち旅館の人間と、お客様は全員こちらに」
「それなら良い。もうすぐハンターが来る筈だ!
全員落ち着いて、助けが来るまでじっとしているんだ……」
捜査隊の隊長が、顔の汗を拭いながら玄関広間へ下がる。
部下は扉の覗き穴から外をうかがうと、振り返ってかぶりを振った。
「奴ら、死体に食らいついてやがる」
彼の言葉に、誰もがぞっとして息を呑む。
そんな中、グレゴールただひとりは奥へ隠れ、逃走のチャンスを待ちかねていた。
ゾンネンシュトラール帝国――某所。
反体制活動に関わったとして逮捕された旧貴族の青年・ヨハンは、
とある地下牢にて、第一師団による執拗な尋問を受けていた。
数日間の尋問の後、青年はようやく口を割る。
「……我々は、ヴルツァライヒだ」
昨今、帝国領内でその活動が活発化・過激化している反体制組織『ヴルツァライヒ』。
実際に構成員が逮捕されたのは今回が初めてだった。
しかしヨハンの証言は、己が容疑である2件の反体制ビラ事件についてのみ。
それ以外の活動については知るところではないという。
更なる尋問によって、どうにか他ひとりの構成員の名前を挙げさせることができた。
ヨハンはその人物に勧誘され、『徒弟』と呼ばれる末端構成員の地位を得たそうだ。
「グレゴール・クロル」
ヴルツァライヒにおけるヨハンの直属の上司にして、彼が唯一知る構成員だった。
グレゴールは自らを『親方』と名乗り、ヨハンに反体制ビラの作成を命じたらしい。
第一師団・ヴルツァライヒ専従捜査隊の隊員たちは、
グレゴールをより上層の構成員と推測、その摘発を計画する。
「クロルはヨハンと同じ旧貴族出身の人間だ。
印刷工場で死んだ、顔に傷のある男は、グレゴールの手の者で元ハンターらしい。
摘発前にヨハンを消すことで、トカゲの尻尾切りをやろうとしたんだろうが……」
「殺し屋はハンターに敗れ、自決してしまった。ヨハンは我々の手に落ちた。
口封じに送り込んだ殺し屋が戻らなかった以上、すぐにでも逃げ出すでしょうね。
地下に潜伏される前に、どうにか捕まえたいところですが」
●
第一師団の推測通り、グレゴールはヨハン逮捕を察知していた。
だが、裏社会に通じた腹心を印刷工場の戦闘で失った今、逃走手段の確保も容易ではない。
「おのれ、ヨハンめ……とんだ厄介を持ち込みおった」
ひとまずは、地方に置かれた自前の別荘を目指す。
そこもいずれ場所が割れてしまうだろうが、少しは時間が稼げる筈だ。
その間に当面の旅費をかき集め、国外逃亡を準備する。
ヨハンが既に口を割ったとすれば、打てる手はもうそれくらいしかない。
顔見知りの構成員を頼ることは論外だった。
グレゴール自身がヨハンを消そうと考えたように、
彼らもグレゴールを始末することで、自らに累が及ばぬよう動くだろう。
仲間からも身を隠さねばならない。
金貨・宝石だけを抱え、グレゴールはひっそりと帝都の自宅を離れた。
●
旅路を急ぐあまり、道中でなりふり構わず金を使ったのが命取りだった。
第一師団の捜査隊はいとも簡単にグレゴールの足取りを掴むと、夕闇に紛れて街道沿いの旅籠を取り囲んだ。
近隣にはより大きな宿場町もあるのだが、
人目につきたくないという逃亡者の心理ゆえか、グレゴールは木賃宿の賑わいを避け、
静かでこじんまりとしたその旅籠を一夜の宿に選んだ。
捜査隊にとっては人混みの中で容疑者を見失う心配がない分、むしろ仕事のし易い立地だったのだが。
旅籠の前を走る街道は、農夫に変装した騎馬兵2名が押さえている。
グレゴールが走って逃げようとしても、まず逃げ切れはしない。
旅籠の裏手は森になっているが、そちらにも数名を配置。
裏窓から飛び降りたとて、すぐに捕まえられるだろう。
捜査隊の準備はそれだけに止まらず、
相手が護衛として手練れの傭兵や覚醒者を雇った場合に備え、ハンターオフィスに後詰を依頼していた。
「そろそろ、やるか」
隊長以下数名が幅の広い街道を横断し、旅籠の前庭へ差しかかったときだった。
街道のしばらく先、旅籠の前からは下り坂になって見えない場所から、鳴子が響く。
待ち構えていた騎馬兵のものだ――トラブル発生。
一同が身構えるや否や、悲鳴と共に、大布をばさりと打ち振るうような音が聴こえた。
その場の全員、慌てて坂を駆け下りれば、1匹の巨大なコウモリが馬ごと兵士を押し倒していた。
コウモリは、地面に倒れた騎馬兵の身体を後ろ足でがっちり捉えると、
立て続けに翼を大きく振るい、頭をもたげて金切り声を上げる。
捜査隊は隠し持っていた拳銃を抜き、コウモリに一斉射撃を浴びせかけたが、
小口径の拳銃は翼の皮膜にひとつふたつ小さな穴を空けただけで、
後は全て、敵のずんぐりとした胴体や頭部を覆う、真鍮の色をした装甲で弾かれてしまった。
銃声の残響に合わせて、長く尖った金属製の耳が音叉のように細かく震える。
「剣機……!」
誰かが後ずさりをして言う。
辺りに漂う強烈な腐臭と、被甲・機械化された身体。確かに剣機の特徴だった。
だが、居合わせた第一師団の面々は誰ひとりとして、このタイプの剣機を知らなかった。新型だろうか?
コウモリは、装甲板で目の塞がれた頭を巡らすと、後ろ足の鉤爪で騎馬兵の腹を握り潰す。
再度の射撃も間に合わず、彼を絶命させたコウモリは翼を広げて跳躍、
拳銃を構えたままなす術ない捜査隊へ襲いかかった。
●
銃声を耳にして、ひとり部屋に閉じこもっていたグレゴールも窓へ急いだ。
南側の街道が見下ろせる窓からは、必死の形相で逃げていく男たちの姿が見えた。
何人かが振り返って、拳銃で追っ手を撃った。彼らを追っているのは、地上を飛び跳ねて進む巨大コウモリ。
(何ということだ、こんなところで歪虚に出くわすとは……。
あの男たちは何だ? 恰好からしてハンターではなさそうだが武装している……、
軍の人間か!? 第一師団か、私を捕えに来たに違いない)
旅籠の裏の森からも銃声が上がった。男たちの怒号と、歪虚の羽ばたきが聴こえる。もう1体いる。
グレゴールは手荷物を掴んで、廊下に続く扉へ駆け込む――
が、どこにどうやって逃げたものか? 外では歪虚が荒れ狂っている。
歪虚に襲われた男たちが第一師団なら、この騒ぎに便乗して逃げ出したいところだが、
「お客さん、大変です!」
部屋の扉を開けて、旅籠の主人が顔を見せた。
その背後の廊下を、別の従業員に連れられた若い夫婦が、取り乱した様子で駆けていく。
主人は身振りをして、
「歪虚が――」
「窓から見た! どうする、我々は逃げられるのか?」
お互い訳の分からぬまま、とりあえずと1階へ下りた。
するとちょうど、表玄関から飛び込んできたふたりの男が、大慌てで扉に閂をかけ、
「表は危険だ! 誰か、外に出たままの者はいないか!?」
「わ、私たち旅館の人間と、お客様は全員こちらに」
「それなら良い。もうすぐハンターが来る筈だ!
全員落ち着いて、助けが来るまでじっとしているんだ……」
捜査隊の隊長が、顔の汗を拭いながら玄関広間へ下がる。
部下は扉の覗き穴から外をうかがうと、振り返ってかぶりを振った。
「奴ら、死体に食らいついてやがる」
彼の言葉に、誰もがぞっとして息を呑む。
そんな中、グレゴールただひとりは奥へ隠れ、逃走のチャンスを待ちかねていた。
リプレイ本文
●
(歪虚退治と一緒に、人まで捕まえないといけない……何だか難しい状況みたいですね)
榎本 かなえ(ka3567)はアウレール・V・ブラオラント(ka2531)と共に、旅籠の前庭へ接近する。
裏手にはアーサー・ホーガン(ka0471)とシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)が回り、
もう1体の歪虚を前庭まで誘き寄せる手筈だった。
4人が歪虚を相手している間に、マッシュ・アクラシス(ka0771)とダリオ・パステリ(ka2363)が、
内部の捜査員と協力してグレゴールの確保を目指す。
彼らに危害が及ばぬよう、敵を引きつけておかねばならないのだが、
(……うっ)
街道を挟んで向かいの茂みに隠れると、
前庭で死体に齧りつく巨大なコウモリの姿が見え、かなえは思わず吐き気を催した。
アウレールは魔導銃をそっと草の陰から突き出し、狙いをつけた。
金属装甲で覆われた敵の姿、そして腐臭。アウレールは推測する。
(このタイミングで歪虚、それも剣機が都合良く湧くなどあるものか。
皇帝憎しで化け物に魂まで売り渡したか、ヴァルツァライヒの下種共め!)
推理の成否はまだ分からないが、元よりどちらも皇帝の治世を脅かす大敵には違いない。
必ずや滅してみせると、引き金に指を添え時機を待つ――
コウモリ型剣機が頭を上げ、こちらへ首を巡らした。
(気づかれた)
金切り声ひとつ上げて翼を広げ、街道上へ舞い戻ってくる。
「榎本殿!」
「は、はい!」
かなえは自身に機導術・防性強化を施すと、丸盾で守りを固めて茂みを飛び出した。
アウレールが1発撃って、こちらも移動する。
銃弾は剣機の胴体の装甲を貫通するが、さほど堪えてはいないようだ。
敵が短い距離への跳躍を繰り返し、ふたりへ迫る。
●
「おらぁ、こっち来いよデブコウモリ!」
旅籠の裏手。アーサーが怒鳴ると、もう1体の剣機は耳を震わせ、すぐさま反転した。
次いで、森の中からシルヴィアの銃撃。
敵がアーサー、あるいはシルヴィアへ完全に気を惹かれたと見るや、
ふたりはじりじりと後退しながら誘引を試みる。
「剣機。それがしには、いつかのエルフハイム防衛以来の遭遇であるな」
「倒しても倒しても、きりのないもので。まぁ……」
ダリオとマッシュが、剣機の動き出した隙に旅籠の裏へ取りつく。
「こちらとしては、できるかぎり無駄なくあれば良いものですがね」
「ヴルツァライヒと剣機。見ようによっては一石二鳥の好機、と言えなくもない」
マッシュが勝手口から屋内へ入る。ダリオは外で見張りを続けた。
(これまで二たび、彼奴らを追ってきた……今度こそ核心に迫れると良いのだが)
「アーサーさん、防御をお願い致します」
後退しながら銃撃を続けるシルヴィア。翼を羽ばたかせ、飛び跳ねながら剣機が追ってくる。
「任された……けどよ」
アーサーがちらと振り返ったシルヴィアの姿は、
鋼鉄の魔獣装甲『タイラント』に覆われて、敵に劣らず怪物じみている。
(彼女のが、俺より強そうだなァ)
と思うアーサーの防具も、骨の装飾を施した革鎧で、いささかどぎつい外見だった。
(どの道、恰好でビビってくれるような繊細な相手じゃねぇけど)
アーサーは、頭上から飛びかかろうとする剣機に素早く身を退き、握っていた手裏剣を放つ。
星型手裏剣の何本かが、蛇腹状の装甲の隙間に刺さるが、それで怯む敵ではない。
歪虚と対峙しながら、緑がかった金色の光の粒子がアーサーの背後から吹き上がる。
●
かなえとアウレールは、間合いを保ちながら銃撃を加えていった。
薄手の装甲板を弾丸が貫き、剣機が身動きするたび、空いた穴から黒い腐汁が飛び散る。
(物凄い匂い。気を逸らされそう)
それでもかなえは盾で身体を庇いながら、慎重に戦闘を続けていった。
アウレールが敵の翼に連射をすると、1発が防御の弱い関節部に命中。
傘の骨のような細いフレームが変形し、片方の翼がまともに開かなくなる。
(これで、飛んで逃げる訳にも行くまい!)
だが、果たして敵の力はこんなものか? 跳ね回るばかりとは能がない。そんなものを、
(四霊剣が使うものか……?)
旅籠の裏手。シルヴィアはアーサーに矢面を任せ、射撃を継続する。
ヴォロンテAC47の点射で順調にダメージを与えていくが、
(こうも動きが激しいと、急所を狙って撃つのも難しいですね)
剣機は翼を打ち振るい、何度も跳躍しながら、足の鉤爪で執拗にアーサーを狙う。
一瞬、アーサーの後退が僅かに遅れた。剣機がのしかかろうとする。
爪で切られることは避けたが、まともに肩を踏みつけられ、アーサーがよろめく。
隙を逃さず、噛みつきによる攻撃――
「ちぃっ!」
ぎりぎりで跳び退るも、長く伸びた犬歯の先端で脇腹を裂かれた。
手裏剣を頭部に打ち込んで牽制し、もう一度下がって体勢を立て直す。
脇腹の傷、あまり深くないと良いが、
「……出てくるタイミング、考えろや。心置きなく戦えねぇだろ」
旅籠から完全に気を逸らすまでは、守りに徹するしかない。
屋内へ侵入したマッシュ。厨房とダイニングを通り抜け、1階の玄関ホールへ。
居合わせた人々がはっと振り返る。
「おっと失礼、皆さんどうかお静かに。ハンターのマッシュ・アクラシスです」
「良く来てくれた。俺たちは無事だが……」
歩み出てきた捜査隊長の手に、マッシュがトランシーバーを握らせ、
「生き残ったのは、貴方だけ?」
「もうひとり、あいつだ」
部下が玄関で、剣機の侵入時に備えて待機している。
「では、どちらかに手伝って頂きましょうか……いるんでしょ、彼」
●
飛行能力を失った前庭側の剣機。
ダメージ蓄積を認識したのか、突然捨て身の攻撃に打って出る。
射撃をものともせず突進し、まずはかなえに襲いかかった。
「あっ、まずっ……!」
かなえの盾に剣機が頭突きし、姿勢を崩したところへ更に食らいついた。
右腕に噛みつかれ、かなえが呻く。
服の袖を貫いて、深々と刺さった牙は象牙のように白かった。
が、見るみる内にその色が赤く変色していく。
腕の痛みが遠のき、代わりに強い痺れと寒気が走った。
まるで、腕を縛られて血を止められたような――
(吸血されてる!?)
アウレールの弾丸が、敵の頭部を横から貫通した。
敵はかなえを解放すると、頭を振るって悲鳴を上げる。
「下がれ!」
アウレールが前に出る。かなえは感覚を失った腕を庇いつつ後退、覚醒者の自己治癒能力で傷を回復した。
(うっ)
感覚が徐々に戻っていく、と同時に痛みも帰ってきた。
腕に空いた穴から血が流れ出て、魔導拳銃のグリップが滑りそうになる。
(早く、戻って、アウレールさんを助けないと!)
もつれる手で銃を仕舞い、掌の血を拭った。
●
(もう少しで合流できる)
シルヴィアは射撃の合間に振り返って、前庭の様子をうかがった。
あちら側の敵が、街道へ離れていってしまっている。
かなえとアウレールのダメージが心配になったが、こちらはこちらで手一杯だ。
アーサーが決死の防御で剣機を誘引しているが、
(まだ、未知の機能があるかも知れない)
剣機の飛び蹴りが頭上からアーサーを襲うが、
頭部をすっぽりと覆った兜と、鍛え抜かれた首のお蔭で耐えてみせた。
「今に見ろよ、手前」
姿の見えないグレゴールを、マッシュが捜査隊長と共に捜索する。
「この部屋だ」
銃声と歪虚の鳴き声の合間で、隊長が物音を聞きつけた。
1階奥の物置。ふたりで示し合わせて、一気に突入した。
恰幅の良い金持ち風の男が、埃っぽい窓から外をうかがっている。
その背に飛びかかろうとすると、
「っと危ない」
男が振り向きざま、マッシュへ古い花瓶を投げつけてきた。
パリィグローブで払い落とすが、その隙で、鍵の開いていた窓から男が飛び出した。
男――グレゴールは一目散に森を目指す。周りには第一師団捜査隊の死体ばかり。
全く、歪虚の襲撃は僥倖だった。森に隠れれば僅かでもチャンスがある――
「残念であったな」
後ろから襟を掴まれ、転がされた。訳の分からぬまま縄で巻かれ、猿ぐつわを噛まされる。
待ち構えていたダリオだった。
「これで、後顧の憂いも断たれただろうか?」
「ありがとうございます」
縛り上げたグレゴールを捜査隊長に引き渡すと、
「我々も加勢に向かうとしよう」
「何か異変があれば、すぐ連絡を」
マッシュとダリオは駆け足で、仲間たちの応援に向かう。
●
前庭側の剣機が顎を開き、霧状の『何か』を吐いた。
青い霞が、かなえとアウレールの眼前にかかる。
負傷で呼吸の荒くなっていたかなえは、ほんの一瞬、その霞を吸い込んでしまう。
口中が血生臭い味を感じてむせ返る。途端、喉が焼けるように痛んだ。
「榎本殿――」
剣機の口腔から、飛び切らなかった青い液体が滴っている。
アウレールには見覚えのある色と臭気。
(剣妃オルクスの血と同じ……!)
建物の角を曲がって、アーサーが後ろ向きのまま前庭へ転がり込んできた。
その後を追って、もう1体の剣機が躍り出る。
「合流……させたぜ!」
アーサーが得物を狼牙棒に持ち替え、接近戦にかかろうとするが、
「待て!」
踏込の寸前、アウレールが叫んだ。
ほぼ同時に剣機が毒霧を噴射、アーサーは咄嗟に腕で口元を覆う。
「こいつら毒を吐く! 剣妃の血を……」
「成る程。こやつらにも『訊く』べきことがありそうか」
ダリオ、そしてマッシュも拳銃を手に、裏手から加勢に現れた。
グレゴールは無事捕まったようだ。なれば後は、
「皇帝陛下の為に!」
アウレールがククリナイフを抜いた。
目前の剣機は翼を折られ、逃げることはできない。
毒霧という隠し玉を使ってきた辺り、敵も死に物狂いと見た。アーサーが、
「鉤爪と噛みつき、それに毒霧。こいつらの武器はそれっ切りだ。鎧も厚くねぇ……どうとでもなる」
かなえも激しく咳き込みながら、
「ここが正念場です! 頑張りましょう!」
まだ戦意を失ってはいない。依頼完遂を目指し、一気に畳みかける。
●
ダリオとかなえが走りながら拳銃を撃ち、1体目の剣機の気を逸らす。
アウレールは彼らとタイミングを合わせ、敵に背後から接近した。
ククリを振り上げ、踏込からの渾身の一撃――
敵は闘牛のように激しく頭を振り立て、その場で反転する。
アウレールが片腕で身を守れば、反射的に食いついてきた。
牙が深く突き刺さる。だが、この状態であれば相手も逃げようがない。
敵の喉元へ、ククリの刃を叩き込んだ。
アーサーも、2体目の剣機へ狼牙棒を振り下ろす。
頭をまともに殴られて、初めて敵が怯んだ。
翼をばたつかせて後ろへ跳ぶと、後ろ足をぐっと曲げて低く姿勢を取る。
「逃げる気です!」
シルヴィアが叫ぶが早いか、敵は高く跳躍して、そのまま空中へ逃れようとした。
その足を、アーサーが狼牙棒を捨てて下から捕まえた。
思い切り引っ張れば、敵は地面へうつ伏せに叩きつけられる。
シルヴィアの銃撃で翼の皮膜に穴が空き、アーサーひとりをぶら下げて飛び立つ力もなかったようだ。
アーサーが足を押さえている間に、マッシュとシルヴィアが頭部を銃撃する。
装甲の破片と腐汁が飛び散り、頭を砕かれた剣機は身動きを止めた。
アウレールは腕を噛みつかせたまま、ククリで敵の首を抉っていく。
傷口からは腐敗した体液と、剣妃の血が吹き出して、凄まじい悪臭が立ち昇った。
剣機は足で地面を掻き、身体を揺すって相手を引き倒そうとするが、ダリオとかなえが翼を掴んで動きを抑える。
やがて、アウレールはククリの刃先に何かを断ち切ったような手応えを感じた。
その途端に剣機が力を失い、どさ、と地面に倒れる。
「仕留めたか」
ダリオが剣機の口内に手を差し入れ、顎を開かせアウレールを解放する。
腕に深手を負ったアウレールが失血でふらつくのを、アーサーが駆けつけて抱きとめ、
「マッシュ、家の中を頼む。生き残りの連中と、例のヴルツァライヒの野郎を運び出すんだ」
●
周囲に歪虚が残っていないことを確かめると、マッシュが旅籠の中から人々を連れ出した。
グレゴールも後ろ手に縛られ、捜査隊長に捕まったまま歩かされる。ダリオが、
「全く、貴公の企みには、それがしもいささか手間を取らされたものだ……グレゴール・クロル殿」
ダリオはこれまで2度の依頼で帝都のヴルツァライヒを追い、グレゴールの部下であるヨハン捕縛にも関わった。
「旧き帝国の再興が目的か?
手段は違えど、それがしも似たような夢を抱いておるが故。興味がある、お聞かせ願えまいか」
「……間違いは正されなければならん。僭主ヴィルヘルミナを廃し、正しき者の手に玉座を返さねば」
「しかし、その手立てがビラ貼り程度ではな」
「あれは使い走りの仕事だ。貴様らが思うより、我々は広く、深く、この帝国に根づいている。
私如きを捕まえて何の手柄になろうか!? 私など……あのお方にとっては一兵卒に過ぎんよ」
「あのお方、とは」
グレゴールは口をつぐんだ。話題を変える。
「剣機を操るとはな。成る程、大した力を持つ組織のようだ」
「何を言ってる? 私は歪虚などと手を組んではおらん!
貴様ら偽皇帝の走狗が、歪虚どもに食われることには何ら反対せんが」
捜査隊長が、グレゴールの首筋を強く掴んで黙らせた。傍で見ていたマッシュが肩をすぼめる。
「こちらも怪我人がいますし、この男のことは第一師団へお任せしましょう。
追々分かってくることもあるでしょうしね」
「では、最後にひとつ。歪虚の襲撃に何か予兆はあっただろうか?」
ダリオが捜査隊員や旅籠の人間に尋ねるが、手がかりはなかった。
(あのようなものが、普段からそこいらを飛び回っているとは……考えたくないが)
「『Vampire Maschine』。吸血機、とでも呼んだものでしょうか」
アウレールの応急手当を終えたシルヴィアが、剣機の金属部品から型番らしき刻印を発見する。
「連番ですね。新たな剣機の量産機、でしょうか。
後肢や翼の形状からは、量産型リンドヴルムとの共通点もうかがえます」
「剣機って、帝国を何度も襲ってる機械仕掛けの歪虚、でしたっけ?」
かなえは胸を押さえて座り込んでいる。毒霧の症状は治まってきたが、まだ顔色が優れない。
「けどよ、新型っつっても大したこたねぇな。6人――最初は4人でも、2匹を相手できたんだしよ。
同じのが10匹や100匹、出てきたらどうか知らねぇけどな」
アーサーが、装甲の残骸を蹴り飛ばす。
かなえと並んで座っていたアウレールは、装甲にこびりついたままの青い毒液をじっと見つめる。
「……何匹でも、何度でも倒すまでだ。帝国が宿敵は我が怨敵でもある」
血だらけの片腕に力を込める。例えこれ以上の傷を、痛みを受けようと、
「決して退きはせん」
(歪虚退治と一緒に、人まで捕まえないといけない……何だか難しい状況みたいですね)
榎本 かなえ(ka3567)はアウレール・V・ブラオラント(ka2531)と共に、旅籠の前庭へ接近する。
裏手にはアーサー・ホーガン(ka0471)とシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)が回り、
もう1体の歪虚を前庭まで誘き寄せる手筈だった。
4人が歪虚を相手している間に、マッシュ・アクラシス(ka0771)とダリオ・パステリ(ka2363)が、
内部の捜査員と協力してグレゴールの確保を目指す。
彼らに危害が及ばぬよう、敵を引きつけておかねばならないのだが、
(……うっ)
街道を挟んで向かいの茂みに隠れると、
前庭で死体に齧りつく巨大なコウモリの姿が見え、かなえは思わず吐き気を催した。
アウレールは魔導銃をそっと草の陰から突き出し、狙いをつけた。
金属装甲で覆われた敵の姿、そして腐臭。アウレールは推測する。
(このタイミングで歪虚、それも剣機が都合良く湧くなどあるものか。
皇帝憎しで化け物に魂まで売り渡したか、ヴァルツァライヒの下種共め!)
推理の成否はまだ分からないが、元よりどちらも皇帝の治世を脅かす大敵には違いない。
必ずや滅してみせると、引き金に指を添え時機を待つ――
コウモリ型剣機が頭を上げ、こちらへ首を巡らした。
(気づかれた)
金切り声ひとつ上げて翼を広げ、街道上へ舞い戻ってくる。
「榎本殿!」
「は、はい!」
かなえは自身に機導術・防性強化を施すと、丸盾で守りを固めて茂みを飛び出した。
アウレールが1発撃って、こちらも移動する。
銃弾は剣機の胴体の装甲を貫通するが、さほど堪えてはいないようだ。
敵が短い距離への跳躍を繰り返し、ふたりへ迫る。
●
「おらぁ、こっち来いよデブコウモリ!」
旅籠の裏手。アーサーが怒鳴ると、もう1体の剣機は耳を震わせ、すぐさま反転した。
次いで、森の中からシルヴィアの銃撃。
敵がアーサー、あるいはシルヴィアへ完全に気を惹かれたと見るや、
ふたりはじりじりと後退しながら誘引を試みる。
「剣機。それがしには、いつかのエルフハイム防衛以来の遭遇であるな」
「倒しても倒しても、きりのないもので。まぁ……」
ダリオとマッシュが、剣機の動き出した隙に旅籠の裏へ取りつく。
「こちらとしては、できるかぎり無駄なくあれば良いものですがね」
「ヴルツァライヒと剣機。見ようによっては一石二鳥の好機、と言えなくもない」
マッシュが勝手口から屋内へ入る。ダリオは外で見張りを続けた。
(これまで二たび、彼奴らを追ってきた……今度こそ核心に迫れると良いのだが)
「アーサーさん、防御をお願い致します」
後退しながら銃撃を続けるシルヴィア。翼を羽ばたかせ、飛び跳ねながら剣機が追ってくる。
「任された……けどよ」
アーサーがちらと振り返ったシルヴィアの姿は、
鋼鉄の魔獣装甲『タイラント』に覆われて、敵に劣らず怪物じみている。
(彼女のが、俺より強そうだなァ)
と思うアーサーの防具も、骨の装飾を施した革鎧で、いささかどぎつい外見だった。
(どの道、恰好でビビってくれるような繊細な相手じゃねぇけど)
アーサーは、頭上から飛びかかろうとする剣機に素早く身を退き、握っていた手裏剣を放つ。
星型手裏剣の何本かが、蛇腹状の装甲の隙間に刺さるが、それで怯む敵ではない。
歪虚と対峙しながら、緑がかった金色の光の粒子がアーサーの背後から吹き上がる。
●
かなえとアウレールは、間合いを保ちながら銃撃を加えていった。
薄手の装甲板を弾丸が貫き、剣機が身動きするたび、空いた穴から黒い腐汁が飛び散る。
(物凄い匂い。気を逸らされそう)
それでもかなえは盾で身体を庇いながら、慎重に戦闘を続けていった。
アウレールが敵の翼に連射をすると、1発が防御の弱い関節部に命中。
傘の骨のような細いフレームが変形し、片方の翼がまともに開かなくなる。
(これで、飛んで逃げる訳にも行くまい!)
だが、果たして敵の力はこんなものか? 跳ね回るばかりとは能がない。そんなものを、
(四霊剣が使うものか……?)
旅籠の裏手。シルヴィアはアーサーに矢面を任せ、射撃を継続する。
ヴォロンテAC47の点射で順調にダメージを与えていくが、
(こうも動きが激しいと、急所を狙って撃つのも難しいですね)
剣機は翼を打ち振るい、何度も跳躍しながら、足の鉤爪で執拗にアーサーを狙う。
一瞬、アーサーの後退が僅かに遅れた。剣機がのしかかろうとする。
爪で切られることは避けたが、まともに肩を踏みつけられ、アーサーがよろめく。
隙を逃さず、噛みつきによる攻撃――
「ちぃっ!」
ぎりぎりで跳び退るも、長く伸びた犬歯の先端で脇腹を裂かれた。
手裏剣を頭部に打ち込んで牽制し、もう一度下がって体勢を立て直す。
脇腹の傷、あまり深くないと良いが、
「……出てくるタイミング、考えろや。心置きなく戦えねぇだろ」
旅籠から完全に気を逸らすまでは、守りに徹するしかない。
屋内へ侵入したマッシュ。厨房とダイニングを通り抜け、1階の玄関ホールへ。
居合わせた人々がはっと振り返る。
「おっと失礼、皆さんどうかお静かに。ハンターのマッシュ・アクラシスです」
「良く来てくれた。俺たちは無事だが……」
歩み出てきた捜査隊長の手に、マッシュがトランシーバーを握らせ、
「生き残ったのは、貴方だけ?」
「もうひとり、あいつだ」
部下が玄関で、剣機の侵入時に備えて待機している。
「では、どちらかに手伝って頂きましょうか……いるんでしょ、彼」
●
飛行能力を失った前庭側の剣機。
ダメージ蓄積を認識したのか、突然捨て身の攻撃に打って出る。
射撃をものともせず突進し、まずはかなえに襲いかかった。
「あっ、まずっ……!」
かなえの盾に剣機が頭突きし、姿勢を崩したところへ更に食らいついた。
右腕に噛みつかれ、かなえが呻く。
服の袖を貫いて、深々と刺さった牙は象牙のように白かった。
が、見るみる内にその色が赤く変色していく。
腕の痛みが遠のき、代わりに強い痺れと寒気が走った。
まるで、腕を縛られて血を止められたような――
(吸血されてる!?)
アウレールの弾丸が、敵の頭部を横から貫通した。
敵はかなえを解放すると、頭を振るって悲鳴を上げる。
「下がれ!」
アウレールが前に出る。かなえは感覚を失った腕を庇いつつ後退、覚醒者の自己治癒能力で傷を回復した。
(うっ)
感覚が徐々に戻っていく、と同時に痛みも帰ってきた。
腕に空いた穴から血が流れ出て、魔導拳銃のグリップが滑りそうになる。
(早く、戻って、アウレールさんを助けないと!)
もつれる手で銃を仕舞い、掌の血を拭った。
●
(もう少しで合流できる)
シルヴィアは射撃の合間に振り返って、前庭の様子をうかがった。
あちら側の敵が、街道へ離れていってしまっている。
かなえとアウレールのダメージが心配になったが、こちらはこちらで手一杯だ。
アーサーが決死の防御で剣機を誘引しているが、
(まだ、未知の機能があるかも知れない)
剣機の飛び蹴りが頭上からアーサーを襲うが、
頭部をすっぽりと覆った兜と、鍛え抜かれた首のお蔭で耐えてみせた。
「今に見ろよ、手前」
姿の見えないグレゴールを、マッシュが捜査隊長と共に捜索する。
「この部屋だ」
銃声と歪虚の鳴き声の合間で、隊長が物音を聞きつけた。
1階奥の物置。ふたりで示し合わせて、一気に突入した。
恰幅の良い金持ち風の男が、埃っぽい窓から外をうかがっている。
その背に飛びかかろうとすると、
「っと危ない」
男が振り向きざま、マッシュへ古い花瓶を投げつけてきた。
パリィグローブで払い落とすが、その隙で、鍵の開いていた窓から男が飛び出した。
男――グレゴールは一目散に森を目指す。周りには第一師団捜査隊の死体ばかり。
全く、歪虚の襲撃は僥倖だった。森に隠れれば僅かでもチャンスがある――
「残念であったな」
後ろから襟を掴まれ、転がされた。訳の分からぬまま縄で巻かれ、猿ぐつわを噛まされる。
待ち構えていたダリオだった。
「これで、後顧の憂いも断たれただろうか?」
「ありがとうございます」
縛り上げたグレゴールを捜査隊長に引き渡すと、
「我々も加勢に向かうとしよう」
「何か異変があれば、すぐ連絡を」
マッシュとダリオは駆け足で、仲間たちの応援に向かう。
●
前庭側の剣機が顎を開き、霧状の『何か』を吐いた。
青い霞が、かなえとアウレールの眼前にかかる。
負傷で呼吸の荒くなっていたかなえは、ほんの一瞬、その霞を吸い込んでしまう。
口中が血生臭い味を感じてむせ返る。途端、喉が焼けるように痛んだ。
「榎本殿――」
剣機の口腔から、飛び切らなかった青い液体が滴っている。
アウレールには見覚えのある色と臭気。
(剣妃オルクスの血と同じ……!)
建物の角を曲がって、アーサーが後ろ向きのまま前庭へ転がり込んできた。
その後を追って、もう1体の剣機が躍り出る。
「合流……させたぜ!」
アーサーが得物を狼牙棒に持ち替え、接近戦にかかろうとするが、
「待て!」
踏込の寸前、アウレールが叫んだ。
ほぼ同時に剣機が毒霧を噴射、アーサーは咄嗟に腕で口元を覆う。
「こいつら毒を吐く! 剣妃の血を……」
「成る程。こやつらにも『訊く』べきことがありそうか」
ダリオ、そしてマッシュも拳銃を手に、裏手から加勢に現れた。
グレゴールは無事捕まったようだ。なれば後は、
「皇帝陛下の為に!」
アウレールがククリナイフを抜いた。
目前の剣機は翼を折られ、逃げることはできない。
毒霧という隠し玉を使ってきた辺り、敵も死に物狂いと見た。アーサーが、
「鉤爪と噛みつき、それに毒霧。こいつらの武器はそれっ切りだ。鎧も厚くねぇ……どうとでもなる」
かなえも激しく咳き込みながら、
「ここが正念場です! 頑張りましょう!」
まだ戦意を失ってはいない。依頼完遂を目指し、一気に畳みかける。
●
ダリオとかなえが走りながら拳銃を撃ち、1体目の剣機の気を逸らす。
アウレールは彼らとタイミングを合わせ、敵に背後から接近した。
ククリを振り上げ、踏込からの渾身の一撃――
敵は闘牛のように激しく頭を振り立て、その場で反転する。
アウレールが片腕で身を守れば、反射的に食いついてきた。
牙が深く突き刺さる。だが、この状態であれば相手も逃げようがない。
敵の喉元へ、ククリの刃を叩き込んだ。
アーサーも、2体目の剣機へ狼牙棒を振り下ろす。
頭をまともに殴られて、初めて敵が怯んだ。
翼をばたつかせて後ろへ跳ぶと、後ろ足をぐっと曲げて低く姿勢を取る。
「逃げる気です!」
シルヴィアが叫ぶが早いか、敵は高く跳躍して、そのまま空中へ逃れようとした。
その足を、アーサーが狼牙棒を捨てて下から捕まえた。
思い切り引っ張れば、敵は地面へうつ伏せに叩きつけられる。
シルヴィアの銃撃で翼の皮膜に穴が空き、アーサーひとりをぶら下げて飛び立つ力もなかったようだ。
アーサーが足を押さえている間に、マッシュとシルヴィアが頭部を銃撃する。
装甲の破片と腐汁が飛び散り、頭を砕かれた剣機は身動きを止めた。
アウレールは腕を噛みつかせたまま、ククリで敵の首を抉っていく。
傷口からは腐敗した体液と、剣妃の血が吹き出して、凄まじい悪臭が立ち昇った。
剣機は足で地面を掻き、身体を揺すって相手を引き倒そうとするが、ダリオとかなえが翼を掴んで動きを抑える。
やがて、アウレールはククリの刃先に何かを断ち切ったような手応えを感じた。
その途端に剣機が力を失い、どさ、と地面に倒れる。
「仕留めたか」
ダリオが剣機の口内に手を差し入れ、顎を開かせアウレールを解放する。
腕に深手を負ったアウレールが失血でふらつくのを、アーサーが駆けつけて抱きとめ、
「マッシュ、家の中を頼む。生き残りの連中と、例のヴルツァライヒの野郎を運び出すんだ」
●
周囲に歪虚が残っていないことを確かめると、マッシュが旅籠の中から人々を連れ出した。
グレゴールも後ろ手に縛られ、捜査隊長に捕まったまま歩かされる。ダリオが、
「全く、貴公の企みには、それがしもいささか手間を取らされたものだ……グレゴール・クロル殿」
ダリオはこれまで2度の依頼で帝都のヴルツァライヒを追い、グレゴールの部下であるヨハン捕縛にも関わった。
「旧き帝国の再興が目的か?
手段は違えど、それがしも似たような夢を抱いておるが故。興味がある、お聞かせ願えまいか」
「……間違いは正されなければならん。僭主ヴィルヘルミナを廃し、正しき者の手に玉座を返さねば」
「しかし、その手立てがビラ貼り程度ではな」
「あれは使い走りの仕事だ。貴様らが思うより、我々は広く、深く、この帝国に根づいている。
私如きを捕まえて何の手柄になろうか!? 私など……あのお方にとっては一兵卒に過ぎんよ」
「あのお方、とは」
グレゴールは口をつぐんだ。話題を変える。
「剣機を操るとはな。成る程、大した力を持つ組織のようだ」
「何を言ってる? 私は歪虚などと手を組んではおらん!
貴様ら偽皇帝の走狗が、歪虚どもに食われることには何ら反対せんが」
捜査隊長が、グレゴールの首筋を強く掴んで黙らせた。傍で見ていたマッシュが肩をすぼめる。
「こちらも怪我人がいますし、この男のことは第一師団へお任せしましょう。
追々分かってくることもあるでしょうしね」
「では、最後にひとつ。歪虚の襲撃に何か予兆はあっただろうか?」
ダリオが捜査隊員や旅籠の人間に尋ねるが、手がかりはなかった。
(あのようなものが、普段からそこいらを飛び回っているとは……考えたくないが)
「『Vampire Maschine』。吸血機、とでも呼んだものでしょうか」
アウレールの応急手当を終えたシルヴィアが、剣機の金属部品から型番らしき刻印を発見する。
「連番ですね。新たな剣機の量産機、でしょうか。
後肢や翼の形状からは、量産型リンドヴルムとの共通点もうかがえます」
「剣機って、帝国を何度も襲ってる機械仕掛けの歪虚、でしたっけ?」
かなえは胸を押さえて座り込んでいる。毒霧の症状は治まってきたが、まだ顔色が優れない。
「けどよ、新型っつっても大したこたねぇな。6人――最初は4人でも、2匹を相手できたんだしよ。
同じのが10匹や100匹、出てきたらどうか知らねぇけどな」
アーサーが、装甲の残骸を蹴り飛ばす。
かなえと並んで座っていたアウレールは、装甲にこびりついたままの青い毒液をじっと見つめる。
「……何匹でも、何度でも倒すまでだ。帝国が宿敵は我が怨敵でもある」
血だらけの片腕に力を込める。例えこれ以上の傷を、痛みを受けようと、
「決して退きはせん」
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 アーサー・ホーガン(ka0471) 人間(リアルブルー)|27才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/03/27 11:42:23 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/03/23 06:37:59 |