【AN】陽光無き水面への親征

マスター:稲田和夫

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/07/08 19:00
完成日
2014/07/15 04:33

オープニング

ラテン語で下水道の意味を持つ【Aqua Nigura】の略称である【AN】はゾンネンシュトラール帝国においては定期的に実施されるある掃討作戦の通称だ。
近代都市であるバルトアンデルスの地下を走る下水道の規模は全長1000km以上に及び、迷路のように張り巡らされている。
だが、最新鋭の機導術を誇る代償としての魔導汚染に常に悩まされている帝国の、首都ともなれば下水道の汚染から雑魔が発生するレベルの汚染となるのは避けられない。
そう、【AN】とは第一師団による定期的な掃討作戦行動の名称なのだ。この掃討から暫くは下水も安全な場所になる――筈であった。
発端は、大切なものを下水道に落としてしまった子供が雑魔に襲われた事件である。第一師団長オズワルド(kz0027)は、直ちに調査隊を組織し、下水の再調査を命じた。
 だが――。
「調査に向かった分隊が行方不明だと?」
 第一師団執務室にて、師団長オズワルド老は副師団長・エイゼンシュテインに思わず聞き返す。それにエイゼンシュテインが答えた。
「下水内の伝話からの最後の定期報告は『数が多すぎる』だそうだ」
 思案の後、オズワルドが口を開く。
「ヴィルヘルミナには俺から報告しておく。人員を再編成しろ。だが――」
 副長が答えた。
「この時期の師団は人手が足りん。また、ハンター連中を招集するしかないかもしれんな」


「ふむ……ならばどうする? 第一師団長オズワルド」
 報告を聞き終え、思案するようにしばし瞑目した後、ヴィルヘルミナ・ウランゲル(kz0021)はゆっくりと口を開く。それに対してオズワルドは葉巻を口元から放して直立不動の姿勢を取りこう答えた。
「ゾンネンシュトラール帝国皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲルに第二次掃討戦の発令を進言する」


「はい。姉上。準備は出来ています」
 オズワルドが去って少し後の執務室。そこに呼び出されたヴィルヘルミナの弟、ゾンネンシュトラール帝国皇子にして皇帝代理人でもあるカッテ・ウランゲル(kz0033)は入室するなりどさっと書類の山をヴィルヘルミナの机に置き、満面の笑顔でそう告げた。
「む……」
少々面白くなさそうな顔で書類を検分するヴィルヘルミナ。そこには、今回の軍事作戦の実施に当たって、彼女が皇帝として裁可する必要のある書類が全て完璧な形で揃えられていた。
「可愛げの無い弟だ」
「姉上にそう言ってもらえるのが僕は何より嬉しいんです」
 一見全く邪気のない様子で微笑む弟に益々面白くなさそうに書類をめくる姉。しかし、一通り目を通し終えた所で何故か嬉しそうになる。
「ふふふ……流石の我が弟いえども、今度ばかりは画竜点睛を欠いたな。今回はだな……」
 得意そうに笑う姉。しかし弟は一段と笑みを深くすると最後まで手に抱えていた書類を渡す。
「これがハンターの方たちに、ユニオンを通して依頼を出す時に必要な書類です。帝国が支払う報酬も確保しています」
 完全にふて腐れるヴィルヘルミナは不機嫌な声でつづけた。
「……それでどこのユニオンを窓口にするつもりだ?」
「やはり、今回は帝国のユニオンであるAPVを仲介する形を取ります」
「それが筋だろうが……タングラムか……ううむ」
 何故か微妙な表情を見せるヴィルヘルミナは、ふと何かに気付いて更に嫌そうな表情で続ける。
「書類の中に錬魔院への命令書もあったが……」
「はい。ナサニエルにも姉上から今回の件についてお願いしたいんです。余りこんな事は言いたくありませんが……汚染の原因を考えると仕方がないと思います」
 心底面倒そうな顔をするヴィルヘルミナ。
「それが構わんがな。あの二人がそう易々と動くか?」
「そうですね……でも、あの二人ならきっと代わりに動いてくれる人を差し出して来る気がします」
 苦笑するカッテだった。


 指揮系統の違う軍というのは難しい。
まして、今バルトアンデルスの地下下水道にて作戦行動を行っている二つの集団の内、片方はハンターとよばれる個人の戦力の集まりであり戦い自体には慣れていても軍隊規模での集団行動となると、未知数だ。
 だが、実際には作戦行動は滞りなく進んでおり、しかもそれを可能にしているのが、下水道の作業員詰所に設けられた即席の戦闘指揮所で指示を出すたったひとりの少年の能力のおかげである、と書いたら信じるだろうか?
「第6、第21班はそのまま南西の斜坑に進入してください……いいえ。そちらの方面には既にハンターの方々の一隊が向かっています。そのまま直進を――」
 だが、事実なのだから仕方が無い。
机の上に広げられた下水道の図面の上には敵と味方を示す色とりどりのピンが突き立てられていたが、それがカッテの指によって刻一刻と淀みなく並び替えられていく様は、近代的な電子機器にも劣らない。
 しかも、カッテは手で持った伝話と、頭と肩で挟んで固定した伝話の両方と同時に交信しながらそれを行っている。
近くに座って伝話を受けている兵士から受けた報告に指示を出すのも忘れない。
 無論、普段の掃討作戦であればカッテは全体の行動方針の立案や兵站に携わる事はあっても現場にまでは来ない。
 今回、カッテがここにいるのは分隊一つが行方不明になるような事態が発生した以上オズワルドやエイゼンシュテインといった直接の戦闘能力に優れた使い手が前線に出る必要があったこと。そして、戦力の大半がハンターという状況で帝国軍とハンターの連携を取るという難事にはカッテの稀有な能力が不可欠だったからだ。
 その事実を目の当たりにして、現在戦闘指揮所に護衛のため残っている6名のハンターはオズワルドが出撃前彼らに言った言葉を回想していた。
――いいか? これは要人警護の任務とは違う。お前らが守んのは、王子様じゃなくこの作戦の司令部だ。今は解らなくても良い。作戦が始まればいやでも解るだろうさ。
 彼らがそんなことを考えている時、伝話と交信していた兵士の一人が悲鳴を上げる。
「ひっ!?」
 直後、複数の雑魔が指揮所に侵入して来た!
『今の声はなんだ!? おい、もしかして指揮所に敵が来たのか?! おい、カッテ! 返事しやがれ!』
 オズワルドの怒鳴り声が伝話から響く。それに対してカッテはこう答えた。
「大丈夫。ちょっと物音に驚いてしまっただけです。さっきの指示の通り近くで苦戦している班の援護に向かってください」
 そして、カッテはここでハンターたちの方を振り向いた。
「ごめんなさい。でも、今オズワルドをこっちに呼び戻してしまったら味方を見捨てることになってしまうんです。だから……僕はハンターの皆さんを信じますねっ!」
 決して事態を軽んじてなどいない、真剣な目つきでカッテはハンターたちを見据え――それでも、にっこりと花が咲いたように笑って見せるのだった。

リプレイ本文

「陛下のご信頼、身に余る光栄……ブラオラントの剣、とくとご照覧あれ!」
 感激の余り最敬礼の姿勢を取るアウレール・V・ブラオラント(ka2531)。
一方、水雲 エルザ(ka1831)は面倒そうなため息をついた。
「んー、指揮所の護衛なら楽が出来るかと思いましたが……どうやらアテが外れた様ですねぇ……仕方がありません。さ、お仕事と参りましょうか」
「ええ、信用された以上それには応えましょう」
 水雲 エルザ(ka1831)に相槌を打つフィオラ・カルネイト(ka1212)。ちなみに、彼女らの提案したバリケードは、時間的に間に合わず、いつ攻撃を受けるか解らない状況で兵士が作業するのはリスクが高いと却下されていた。


 真っ先に飛び出したのはシェリル・マイヤーズ(ka0509)だった。彼女の真南の位置に現れたゾエアに限界を超えた速度で相手に近づきながら拳銃を連発する。
 怯んだのか動きが鈍るゾエア。しかし、敵はシェリルに向かって長い口吻を向け何やら不穏な動きを見せる。
「……!」
 咄嗟に回避するシェリル。直後、それまで彼女が居た場所の石畳から異臭を放つ煙が立ち昇った。消化液が床を腐食しているのだ。
 シェリルはそれでも脚を止める事無く敵に近づいて行く。しかし、突出しているシェリルは敵の注目を集めていた。今度は別のゾエアが彼女を狙う。
「この……ままじゃ……」
 シェリルは消化液の射線が、背後の指揮所を捕えている事に気付いてしまう。躊躇するシェリル。
 だが、その時背後からラグナ・エレッソス(ka2484)の声が。
「シェリル様はそのまま走り続けてくださいっ! 指揮所への攻撃はこの私が引き受けますっ!」
 その背後には、盾を構え指揮所を守るように立つラグナの姿があった。シェリルは一瞬心配そうな顔をしたが、すぐにラグナに向かって小さく頷いて見せると、遂に刀を抜く。
「行くよ……ウスサマ……。 私は……何に塗れ様と……穢れ、敵……全て……薙ぎ払うっ」
 凄まじいまでの強い意志を込めた声でシェリルが呟く。
 次の瞬間、彼女が振るった刀がゾエアの多脚の一本を叩き折った。
 ゾエアは身を震わせながらも尾を振り回しシェリルに突き刺そうとする。だが、敵の尾にも注意を払っていたシェリルは強引に身を捻ってこれを回避した。


「王子の信頼と期待に応える……」
 ヴォルフ(ka2381)の短い掛け声は、彼のクローズヘルムに阻まれ外には聞こえない。傍目には鈍く光る鋼鉄のロボットが、半透明のゾエアに無言でぶつかって行ったようである。
 衝撃を受けてよろめいたゾエアは闇雲に消化液を吐きだそうとする。
 だが、ヴォルフはゾエアが口吻を突き出した瞬間、それを盾で押し、先端を無理矢理天井に向けさせた。今度は天井が腐食し、煙が発生する。
 ヴォルフはなおも、ゾエアに盾を押し付け、そのまま下水の壁面に雑魔を叩きつける。みしり、と雑魔の半透明な甲殻が軋む。しかし、雑魔は押さえつけられながらもその長い尾を振り上げた。
「動きを止めてくれるの待っていましたわ」
 その瞬間、エルザの構えたシルバーバレットが火を噴いた。放たれた弾丸がゾエアの体を撃ち抜き、その衝撃で振り上げられた尾はあらぬ方向に狙いが逸れた。
「……味方撃ちは避けたいですからねっ♪」
 守備を確かめたエルザはヴォルフに片目をつぶって見せる。
 ヴォルフはなおも攻撃しようと斧を振り上げる。だが、その時背後の指揮所から兵士たちの悲鳴が上がった。


 ハンターたちが三手に分かれて敵を迎え撃った直後。アウレールもまた、東側でゾエアと対峙していた。
「これ以上は進ませない……殿下には指一本触れさせるものかっ」
 アウレールは先手を取ってゾエアに打ち掛かる。狙いを定めた刃は見事、ゾエアの関節の継ぎ目に突き刺さった。ゾエアも、他の個体と同じように反撃のため尾を振り上げるアウレールはこれを辛うじて回避する。
「殿下、ご覧いただけましたか……くっ!?」
 勝ち誇るアウレールだったが、次の瞬間肩に激痛を感じ歯を食いしばる。
 何と、ゾエアの口吻が彼の肩を貫いていたのだ。
「ぐあ……」
 何故、アウレールは他のハンターたちのように完全にゾエアの攻撃を捌き切れなかったのか?
思い出していただきたいのは、シェリルもヴォルフも一人だけでゾエアを相手にしたのではないということである。
 シェリルは、ラグナの援護を受けていたおかげで消火液の直撃を避けることが出来、ヴォルフは攻撃の際に生じた隙を、エルザの援護によってカバーしていた。
 一方、アウレールと共に東を守っていたフィオラはこの時、やや離れた位置、ゾエアの居る場所を起点にすると西側にいた。
 彼女は、南と西が突破された時のことを警戒しておりそちらにも意識を向けていたのだ。
 確かにその判断がすべて間違っていたとは言い難い。緊急事態に備えること自体は間違いではない。
 しかし、敵の実力が未知数である以上まずは自分の受け持った敵に総力で当たり、他の箇所については仲間を信じるというのも取りうる選択の一つではあっただろう。
 結果論に過ぎないとはいえ、東のゾエアはこの時一時的にアウレールを振り切り、指揮所へ迫っていたのだから。
「……通すつもりはありません」
 フィオラの反応は決して遅くは無かった。マテリアルを利用した素早い動きにより一瞬でゾエアとの距離を詰め、全身の動作をマテリアルで補助することでえた滑らかな動きで刃をゾエアの足に滑り込ませる。
 その一撃は、ゾエアの脚を一瞬で切断した。しかし、フィオラは舌打ちする。
「まだ……止まらないのですか?」
 人間と違って多脚であるゾエアは足を一本失った程度では止まらない。そして、フィオラは他のハンターのようにゾエアの攻撃に注意を払っていなかった事が、惨劇を招いた。
「え……」
 気が付いた時には、シェリルの眼前にゾエアの尾が迫っていた。半透明の尾がしなりフィオラの体を弾き飛ばす。彼女はそのまま部屋の壁に叩き付けられてしまう。
 フリーになったゾエアは咆哮し、真っ直ぐに指揮所へと向かった。
「敵が……!」
 慌てふためく帝国兵士たち。しかし、当のカッテは意に介さず、平然と指揮を続けている。彼は敵味方の動きを全て把握している。その上で大丈夫だと判断しているのだ。
「ヴォルフさん!」
 最初に反応したのは、エルザだった。それまでヴォルフの援護射撃に用いていた銃を今度は突出したゾエアの方へ向けて発砲。ゾエアの移動を妨害した。
「構わ……んっ」
 フルフェイスの下からヴォルフが叫んだ。
「そのまま続けろ……っ、カッテ皇子の判断は間違いでなかったと、証明してみせる……!」
 ヴォルフとエルザが足止めしていた雑魔は、エルザの援護射撃が止んだことで一時的にノーマークになった。
 その隙を突いて雑魔はヴォルフを引き離そうとする。だが――。
「行かせ……ん」
 ヴォルフは盾を潔く投げ捨てると、一息に雑魔の背中に飛びついた。これは、無謀に見えて強ちそうでもなかった。
 と、いうのは背後にしがみついたことでゾエアの口吻、そこから発射される消化液に晒されることが無くなったからである。
 ――だが、ゾエアにはもう一つの武器がった。
「ぬぐぅ……!」
 ヴォルフが呻く。尾が突き刺さったのだ。
「……ぬぅうあああ!」
 しかし、ヴォルフはその痛みを気合ではねのけると、猛然と自身のハンドアックスをゾエアの頭部に振り下ろす。
「さあ、これ以上は行かせませんよ」
 ヴォルフの捨て身の足止めで一時的に指揮所に迫る敵の牽制に集中することが出来たエルザは正確な狙いで弾丸を放つ。これには雑魔も回避を強いられ指揮所までの後僅かの距離を詰められないでいた。
「カッテは……凄い……私たちを信じてくれている……大丈夫……そのまま、続けてて……」
 シェリルはカッテを見ながら呟く。
「ラグナ……少しだけ、お願い……」
 シェリルの真剣な目に見詰められたラグナが叫んだ。
「お任せ下さい! ……ああ、そんな目で見つめられたら私は……」
 恍惚となるラグナ。シェリルは突出しているゾエアの方に向かって全力で駆け出した。
 ゾエアの方も、突出したシェリルを格好の獲物と判断したのかすかさずそちらの方を見る。だが、そのゾエアの眼前にラグナが立ち塞がった。
「ここが正念場……不幸に泣く乙女の涙を減らすため、世界に蔓延る負の尖兵に付け入る隙を与えぬため、行かせはしません!」
 最早、本音を隠さぬラグナ。だが、それだけにその身体能力の全てを活かして真正面からゾエアに組み付いた。
「兄さんも……違う場所で……戦ってる……護り、抜く……絶対……」
 呟きながら、全速力でゾエアの前に移動するシェリル。しかし、彼女は移動に集中していたため、僅かな隙が生まれた。
 ゾエアはその隙を狙って尾をシェリルに向ける。
「くぅ……」
 シェリルは回避しようとするが間に合わない。その細い体に尾が突き刺さった。
「……もう、これ以上……何も壊させない、奪わせない……!」
 だが、シェリルは突き刺さった尾を両手でしっかり掴み逆にゾエアの動きを封じた。
 何とかシェリルを助けに行きたいラグナだが、彼女はゾエアを押さえているので身動きが取れない。
 一方、ヴォルフは無言で執拗にゾエアの頭部を斧で殴り続けていたが、相手の生命力は高く、なかなか止めを刺せずにいた。
 シェリルの顔が苦悶に歪む。
 しかし、この時一旦は引き離されたアウレールが必死の形相で追いついて来た。
「これ以上……殿下の前で無様な姿を晒してなるものかぁあああ!」
 アウレールは叫ぶと、先ほど剣を突き刺した殻の隙間へ今一度刃を突き立てる。二撃目は更に深々とゾエアの体に食い込み、その半透明の内臓をも貫いた。
 ゾエアは口吻を絶叫するように開いて体を硬直させ、その動きを止めた。
 ほぼ同時に、ヴォルフに馬乗りになられていたゾエアの頭部がぐしゃりと嫌な音を立てた。突き刺さった斧は頭部を割り、更に胴体にまで達している。
 ゾエアは、二、三度痙攣し動かなくなったが、同時にヴォルフも気力を使い果したのか地面に転がり落ちると大きく息を吐いた。
「あ! お、お待ちなさいっ!」
 一方、三匹目のゾエアは遂にラグナを振り解く。だが、既に仲間が倒されていることは認識しているのか、三匹目は指揮所には向かわず全速力で出口を目指す。
「……!」
 それを、無言でフィオラが追う。
「フィオラ様、無茶は……! せめて、回復を……!」
 とりあえず女の子は労わる主義のラグナの声が飛ぶが、フィオラは駈ける。戦闘で死ぬことを誇りとするのは彼女の部族であって、彼女自身の主義とは反する筈だ。
 その彼女が、雑魔を逃がすまいとするのは意地なのか。それとも、仕事を果たさねばということなのか。だが、雑魔はこのままでは逃走に成功しそうであった。最初の距離が離れ過ぎていたのだ。
「く……」
 銃を構えて雑魔に照準を合わせようとしていたエルザも歯噛みする。しかし――雑魔が扉の向うに消えようとした瞬間、突如闇の中に刃が煌めき、ゾエアの体に短い投げ槍が突き刺さった。
 突然の事態に、一瞬固まるハンター。一方、対照的に第一師団の兵士たちには何故か安堵の表情が広がっている。
「何をしている」
 壮年の男性のものらしい声が室内に聞こえた。
「味方……ですか? とにかく……!」
 何とか、敵を射程に捕えたエルザの銃が、ゾエアへ命中。それでももがく雑魔へ、遂に追いついたフィオラが短剣で止めを刺した。
 そして、はぁはぁと荒い呼吸をするフィオラは、自分を見下ろす帝国軍人にようやく気付く。
 帝国軍人にしては地味な黒い軍服。背嚢に煌めく無数の投げ槍。そして、片方しかない冷たい眼が素早く指揮所の中を見回す。それは、あたかもハンターたちの戦いぶりを検分しているかのような印象を受けた。
「思ったよりは、悪くない」
 男はそう呟くと、カッテを見て敬礼する。
「副師団長より、カッテ殿下へ報告いたします。掃討作戦は各地区で順調に推移。クリューガー博士の班も、からも観測装置の設置とサンプルの採取に成功したようです」
 報告を受けたカッテは、この少年にしては珍しく感情を込めない声で。
「解りました。副師団長エイゼンシュテイン。引き続き警戒を怠らないように」
 それから、カッテはハンターたちに向ってにっこりと笑った。
「ありがとうございます。虚無を打ち払う力に目覚めた狩人たち。脅威は取り除かれました。どうか、作戦の終了までここを守って下さい」


 その後は、作戦の正式な終了をカッテが告げるまで何事もなかった。
「ああ、シェリル様……何とおいたわしい……あっ、こんな所ににも生傷が!」
 一通り負傷者を治療したラグナは何故かシェリルに付きっ切りであった。
「大丈夫……このくらい……ラグナこそ、ありがとう。私のお願い聞いてくれて……」
「いえいえ! シェリル様のためなら! あ、でも、その、もしシェリル様が私を労って下さるというのなら……その、……ご褒美をいただければ、と……」
しゃがみこんで、期待に満ちた目付きでシェリルを見つめるラグナ。傍目にはかなり怪しい。
「ご褒美……?」
 一方、不思議そうなシェリル。その彼女にラグナはごにょごにょと呟く。
「これが……ご褒美になるのか解らないけど……」
 ぎこちない手つきでラグナをの頭をなでなでするシェリル。
「はふぅ……」
 恍惚とした目つきのラグナの鼻から一筋の血が流れるのであった。
 一方、こちらではアウレールがカッテに。
「申し訳ありません……殿下。私の未熟故に、殿下の御身をあやうく……」
 だが、カッテは笑顔を絶やさない。
「いいえ。貴方が自分の身を挺して帝国とそこに生きる人々のために戦って下さったことに感謝します。ありがとう」
 そう言って、カッテは白い手袋をはめた手を差し出した。カッテとしては握手を求めたつもりなのだろう。
 だが、アウレールは感極まる余り最敬礼すると――
「殿下……身に余る光栄です!」
 何と、跪いてカッテの手をとり、その手の甲にそっと口を近づけた――。
「あっ……」
 思わず赤くなるカッテ。一方、アウレールの方は何か失礼があったのかと心底不思議そうにカッテを見た。
 一般的に手の甲への接吻は敬意を表する儀式の一環である。
 貴族出身のアウレールはその慣習に従っただけなのだが、カッテの方はそれに馴染みが無かったのかもしれない。
 一方、ラグナはこれに便乗していた。
「わ、私もシェ、シェリルさまにけ、敬意を表さねば……!」
「ラグナ……何か息が荒い……」
 やっぱり不思議そうにするシェリルであった。

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  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズka0509
  • システィーナのごはん
    ラグナ・エレッソスka2484

重体一覧

参加者一覧

  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士

  • フィオラ・カルネイト(ka1212
    人間(紅)|10才|女性|疾影士

  • 水雲 エルザ(ka1831
    人間(蒼)|18才|女性|霊闘士
  • 炎天下でも全身鎧
    ヴォルフ(ka2381
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • システィーナのごはん
    ラグナ・エレッソス(ka2484
    ドワーフ|20才|女性|聖導士
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/02 18:26:17
アイコン 相談卓
シェリル・マイヤーズ(ka0509
人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2014/07/07 23:53:53