ゲスト
(ka0000)
人の味を覚えた害獣
マスター:石田まきば
みんなの思い出? もっと見る
オープニング
●出発
その日、エルヴィンバルト要塞からは2台の魔導車が出発しようとしていた。
一台は魔導トラック、荷台に人が乗りやすいよう座席をつけたタイプで、簡単ではあるが日除けの幌もついている。その大きさに合わせて乗れる数も多い。
もう一台も魔導トラックではあるのだが、その規模は小さめだ。座席も車内に設置されているのみで、荷台は小さく作られている。
それぞれに集まったハンター達が乗り込んだことを確認して、第三師団長カミラ・ゲーベルが声をあげた。
「いいか、相手は人の味を覚えた害獣だ! この機会に駆逐しなければ帝国民に新たな被害が増えてしまう可能性がある。だからこそ皆の手を借り退治に向かう事になった」
滔々と語っているが、何かを振り切ろうとしているようにも見える。
「しかしその目撃情報は不確かなものだ。待ち受けているものが本当にグリフォンであるとは限らない。しかし、害獣であることは確かだ……とにかく、対処は早いに越したことは無い」
だから二手に分かれるのだ、と理由が続く。
「是非協力を頼む。……なお、相手はあくまでも害獣だ、歪虚ではない」
こほん、と一息間をあけた。
「つまり肉が残る。場合によっては卵もだ」
調理器具も最低限は詰んである。そのカミラの言葉が示す通り、荷台に乗っている組み立て式の竃の設営用具がハンター達の視界に映った。
「退治したあとは皆で祝杯を交わしても問題ない。私も可能な限り腕を振るおう」
どちらにも同行できないのが残念だ、とその顔に書いてある。
「どちらもグリフォンであることを祈る。……食べたいというのもあるが、もし卵があるなら帝国軍の貴重な財産になる可能性があるからな!」
どうみても『食べたい』が本音だろうと思いながらも、ハンター達は沈黙を守った。
●前日
第三師団都市マーフェルス。エルヴィンバルト要塞の食堂で、その日カミラはとある噂話を耳にしていた。
「人食いグリフォンが出ただと!?」
部下達の談笑話にも容赦なく顔を突っ込み、詳しい話を聞きだしていく。対する部下達はその勢いに驚きはしたものの、素直に話を提供してくれる。
もともと食に拘りのあるこの師団長は常日頃から新たな食材を求めていて、何か関係のありそうな話があればすぐに教えるようにと部下達に通達しているほどである(具体的には師団配属時の顔合わせで言い含めるらしい)。部下の方も改めてカミラに伝えるつもりであった話で、それよりも早くカミラが聞きつけた、と。とにかくそういう事情だった。
「人食いなら問題なく食材に出来るな……卵もあればなおいい……」
うっとり。
心ここにあらずといった表情は珍しいがそれも仕方のないことであった。エルフハイムを挟んで第五師団ヒンメルリッターと隣接している第三師団シュラーフドルンは、その協力関係においてグリフォンを見る機会が比較的多い。強行手段に出るようなことは無いが、彼らの騎乗し操るグリフォンをも見るたび、
「グリフォンを食べる機会はないだろうか」
……などと呟くのがカミラの日常であったりするのだった。
「ロルフに聞いておいたのだが、人食いグリフォンなら食べても問題ないらしい」
これも口癖に含まれているのは、部下達全員の知るところだったのだ。
調教して乗りこなせる個体は多い方がいい、グリフォンは可食生物だが、第五師団での有用性から食用にするには厳密なルールが存在していた。それを一言で表すとこうだ。
『人の味を覚えたかどうか』
一度でも人肉を口にしたグリフォンはそれを繰り返す可能性がある……そうなると殺処分となる。つまり食べてもいいという事なのだが。
当たり前だが軍事利用を前提に調教・飼育されている第五師団のグリフォンが人を襲うことは無い。ともすればそれ以外のグリフォンということになるが……なかなか他の場所でグリフォンを見かけることもなかった。山岳部に住むというグリフォンを探すためだけに出かけられるほど、帝国軍は暇ではないのだ。
しかし。
最近、それ以外の地域でグリフォンを見かけるようになってきたという話が回ってきている。
それが人食いグリフォンであれば、被害が大きくなる前に大手を振って退治に行ける。
そのついでに倒したグリフォンを食べても誰も咎めないし、カミラもそこに居ればグリフォンが食べられる。
……以上、証明終了。
「目撃情報はどこだ? ……なに、二カ所だと?」
折角明日は非番だというのに、二か所どちらも回れるだろうか……等と本気で考え込むカミラ。部下達も上司がそう考えるだろうと想像できていたからこそ、情報の真偽を確かめてから伝えようと思っていた、と言う話なのだが。
「調べている合間に被害が広がってしまったら意味がないだろう」
部下の言い分を封殺しながら、ぽんと手をうった。
「ハンターを二班呼ぶしかないか……」
私が同行できるのは一方だけ、それは賭けになってしまうが、仕方ない。
●待っていたのは
「……確かに羽根はあるな」
目撃情報のあった場所に近づくにつれ、カミラの声は残念そうな響きを帯び始めていた。
『羽のある獣が人里を襲っている』その情報は確かに間違いではなかった。しかし羽と言っても翼だったり羽根だったり翅だったりと色々と種類があると言うもの。そして視界の隅に小さく見える獣の背に見えるのは……皮膜状の羽根、というべきだろう。
間違ってもグリフォンの背にあるような鳥の翼ではなかった。
「まあ、害獣には間違いない。せめて数があればいい。そして卵もな」
怪獣が美味しいという話はあまり聞かないが、食べられるという事は知っている。そんな呟きを続けながら、周辺を警戒している様子のウイングラプターを見据える。
あいつらは今が繁殖期だっただろうか、だとしたら卵も望めそうだな、などと切り替えは早い。
「グリフォンでないのは残念だが……あいつらはあいつらで楽しめるはずだ」
食べたことがないのは同じだからな。
(この人は、食べられればいいのだろうか……)
彼女の呟きを耳にしたハンター達がそう思ったのは言うまでもない。
カミラは本来非番の日だから、自由に振る舞っているだけである。業務中は模範的な師団長だという事を、念のためここに記しておく。
その日、エルヴィンバルト要塞からは2台の魔導車が出発しようとしていた。
一台は魔導トラック、荷台に人が乗りやすいよう座席をつけたタイプで、簡単ではあるが日除けの幌もついている。その大きさに合わせて乗れる数も多い。
もう一台も魔導トラックではあるのだが、その規模は小さめだ。座席も車内に設置されているのみで、荷台は小さく作られている。
それぞれに集まったハンター達が乗り込んだことを確認して、第三師団長カミラ・ゲーベルが声をあげた。
「いいか、相手は人の味を覚えた害獣だ! この機会に駆逐しなければ帝国民に新たな被害が増えてしまう可能性がある。だからこそ皆の手を借り退治に向かう事になった」
滔々と語っているが、何かを振り切ろうとしているようにも見える。
「しかしその目撃情報は不確かなものだ。待ち受けているものが本当にグリフォンであるとは限らない。しかし、害獣であることは確かだ……とにかく、対処は早いに越したことは無い」
だから二手に分かれるのだ、と理由が続く。
「是非協力を頼む。……なお、相手はあくまでも害獣だ、歪虚ではない」
こほん、と一息間をあけた。
「つまり肉が残る。場合によっては卵もだ」
調理器具も最低限は詰んである。そのカミラの言葉が示す通り、荷台に乗っている組み立て式の竃の設営用具がハンター達の視界に映った。
「退治したあとは皆で祝杯を交わしても問題ない。私も可能な限り腕を振るおう」
どちらにも同行できないのが残念だ、とその顔に書いてある。
「どちらもグリフォンであることを祈る。……食べたいというのもあるが、もし卵があるなら帝国軍の貴重な財産になる可能性があるからな!」
どうみても『食べたい』が本音だろうと思いながらも、ハンター達は沈黙を守った。
●前日
第三師団都市マーフェルス。エルヴィンバルト要塞の食堂で、その日カミラはとある噂話を耳にしていた。
「人食いグリフォンが出ただと!?」
部下達の談笑話にも容赦なく顔を突っ込み、詳しい話を聞きだしていく。対する部下達はその勢いに驚きはしたものの、素直に話を提供してくれる。
もともと食に拘りのあるこの師団長は常日頃から新たな食材を求めていて、何か関係のありそうな話があればすぐに教えるようにと部下達に通達しているほどである(具体的には師団配属時の顔合わせで言い含めるらしい)。部下の方も改めてカミラに伝えるつもりであった話で、それよりも早くカミラが聞きつけた、と。とにかくそういう事情だった。
「人食いなら問題なく食材に出来るな……卵もあればなおいい……」
うっとり。
心ここにあらずといった表情は珍しいがそれも仕方のないことであった。エルフハイムを挟んで第五師団ヒンメルリッターと隣接している第三師団シュラーフドルンは、その協力関係においてグリフォンを見る機会が比較的多い。強行手段に出るようなことは無いが、彼らの騎乗し操るグリフォンをも見るたび、
「グリフォンを食べる機会はないだろうか」
……などと呟くのがカミラの日常であったりするのだった。
「ロルフに聞いておいたのだが、人食いグリフォンなら食べても問題ないらしい」
これも口癖に含まれているのは、部下達全員の知るところだったのだ。
調教して乗りこなせる個体は多い方がいい、グリフォンは可食生物だが、第五師団での有用性から食用にするには厳密なルールが存在していた。それを一言で表すとこうだ。
『人の味を覚えたかどうか』
一度でも人肉を口にしたグリフォンはそれを繰り返す可能性がある……そうなると殺処分となる。つまり食べてもいいという事なのだが。
当たり前だが軍事利用を前提に調教・飼育されている第五師団のグリフォンが人を襲うことは無い。ともすればそれ以外のグリフォンということになるが……なかなか他の場所でグリフォンを見かけることもなかった。山岳部に住むというグリフォンを探すためだけに出かけられるほど、帝国軍は暇ではないのだ。
しかし。
最近、それ以外の地域でグリフォンを見かけるようになってきたという話が回ってきている。
それが人食いグリフォンであれば、被害が大きくなる前に大手を振って退治に行ける。
そのついでに倒したグリフォンを食べても誰も咎めないし、カミラもそこに居ればグリフォンが食べられる。
……以上、証明終了。
「目撃情報はどこだ? ……なに、二カ所だと?」
折角明日は非番だというのに、二か所どちらも回れるだろうか……等と本気で考え込むカミラ。部下達も上司がそう考えるだろうと想像できていたからこそ、情報の真偽を確かめてから伝えようと思っていた、と言う話なのだが。
「調べている合間に被害が広がってしまったら意味がないだろう」
部下の言い分を封殺しながら、ぽんと手をうった。
「ハンターを二班呼ぶしかないか……」
私が同行できるのは一方だけ、それは賭けになってしまうが、仕方ない。
●待っていたのは
「……確かに羽根はあるな」
目撃情報のあった場所に近づくにつれ、カミラの声は残念そうな響きを帯び始めていた。
『羽のある獣が人里を襲っている』その情報は確かに間違いではなかった。しかし羽と言っても翼だったり羽根だったり翅だったりと色々と種類があると言うもの。そして視界の隅に小さく見える獣の背に見えるのは……皮膜状の羽根、というべきだろう。
間違ってもグリフォンの背にあるような鳥の翼ではなかった。
「まあ、害獣には間違いない。せめて数があればいい。そして卵もな」
怪獣が美味しいという話はあまり聞かないが、食べられるという事は知っている。そんな呟きを続けながら、周辺を警戒している様子のウイングラプターを見据える。
あいつらは今が繁殖期だっただろうか、だとしたら卵も望めそうだな、などと切り替えは早い。
「グリフォンでないのは残念だが……あいつらはあいつらで楽しめるはずだ」
食べたことがないのは同じだからな。
(この人は、食べられればいいのだろうか……)
彼女の呟きを耳にしたハンター達がそう思ったのは言うまでもない。
カミラは本来非番の日だから、自由に振る舞っているだけである。業務中は模範的な師団長だという事を、念のためここに記しておく。
リプレイ本文
●
現れたウイングラプター達を見て、残念な表情を浮かべたハンターは多い。
「機動部隊とかつくれて面白そうだったんだがな」
ティーア・ズィルバーン(ka0122)もその一人、人を襲っていないグリフォンなら可能性はあると思っていた。
カミラによるとグリフォンの調教は第五師団だけがもつ専門技術らしい。卵が入手できた場合は孵化の是非確認の為、一度専門家に渡すことになると言っていた。
ならば心置きなく手を下せるウイングラプターはある意味で幸いだったと言える。
「ま、新装備のテストにはちょうどいいな」
にやりと笑むティーアの手には光斬刀。切れ味を確かめるいい機会だ。
「グリフォンが食えると楽しみにしてたのに違うだと!?」
特に浮き沈みが激しかったのはレイオス・アクアウォーカー(ka1990)。
「こうなったら食べ放題で憂さ晴らしてやる!」
これだけ数がいるのだ、もしグリフォン一頭だったことを考えたら釣りが来るか。思い直し雷撃刀を構えた。
「私はある依頼でグリフォンに乗った。目で見て触って、そして専門家に聞いて、彼について貴重な知識を知る事が出来たが、唯一つ聞き忘れた事があった……そう、味だ」
思いのたけを綴る久延毘 大二郎(ka1771)、鋭い視線はラプター達に向けられている。
「そして絶好の機会を得たはずだった……が、これは一体どういう事だね?」
びしりと指し棒を突きつけ睨みつけるが、距離はまだ遠い。
「ってでけぇ!」
周りの声に頷いたヒースクリフ(ka1686)だが、ラプターの予想以上の大きさと数の多さに驚きを隠せない。
「……しかし変幻自在に対応するのも傭兵の強み」
すぐに戦闘態勢へと切り替える。背後に出現した幻影が彼の動きに合わせて共に黄金拳銃を構えた。
(グリフォンじゃ無いんだ……)
思えば翼もつ幻獣が多く居るからと、会える機会はないかと帝国に関わる仕事を受けるようになった気がするけれど。
「まいっか」
持参のハーブは無駄にならないだろうしね。ユリアン(ka1664)もラプターに向き直る。
「跳ぶ前に向かい風で落とせばいいんだ」
風が柔らかな髪を吹き上げた。
「卵があったら巨大ぷりんっ!」
小鳥遊 時雨(ka4921)の声が戦場に響く。
「果たしてどんな味なのか……」
想定外だからこそ、八劒 颯(ka1804)も興味を持った。ぶぉんとドリルを掲げるように構える。
相手は人を食べたことがある獣、可能性とはいえ想像が広がる。
「あまり食べたいとは思えませんし、益々……」
食指が沸かないという本音を、エルウィング・ヴァリエ(ka0814)は心の中に収める。
「先ずはこの数か」
篠杜 真崎(ka0186)は布陣に目を留めた。統率のとれた動きの用にも見えるが、逆に言えば一点に意識が向けられているという事。
「……卵か子って所だろうが」
守っていると考えるのが自然だ、相手は生き物なのだから。
(生き物の子を奪う……)
害獣とはいえ命、それに手を出すことに躊躇いがある。エルウィングはこれも口にしなかった。自分達人間としても生きていくための手段のひとつで、もし助けても責任はとれないと知っているから。
「被害が出ているのも……確か……」
皆に続くのはNo.0(ka4640)。すでにボウと漏れる青い光が戦闘態勢であることを示している。
「……早急に退治」
ブォン、振り上げた得物の鉄球が景気よく風を切った。
拳銃を構えながら、レオン・フォイアロート(ka0829)は内心安堵の息を吐く。
(感謝しなくてはいけませんね)
グリフォンを想定した装備は意味を為さなくなったが、騎士たるもの得物に拘って領民を守れなければ意味がない。むしろグリフォン以上に強力な敵ではなかった事は幸いだ。
「私のこの身そのものが民を守る剣なのです」
盾を身体の前に構え直し、獅子を模した被り物から除く顔から勇壮な声をあげ前線まで駆けていく。剣がなくとも、自身を仲間の盾として、守りながら戦う事は可能なのだ。
ラプター達を引き付ける仲間に当てぬよう銃口を定める。狙うのは背にある羽根だから比較的射線の確保はしやすい。そして何よりも。
「直線移動は読みやすい!」
その勢いこそ油断はできないが、的として見れば当てやすいのだ。だからと言ってずっと同じ場所にとどまっているわけにはいかないが、ヒースクリフは時間の許す限りラプターの動きを読み、羽根を撃ち抜いていった。
ラプターの眉間に迷いなく矢が吸い込まれる。肉にダメージを与えないようにと配慮した静架(ka0387)の一撃だ。
「始めて食べるので楽しみです」
サバイバルに慣れた身として食材に対する躊躇いは微塵もなかった。
はじめは上段から、返す刀で別の個体を。数が多い時は受け流すようにして負傷を避けるクィーロ・ヴェリル(ka4122)。
幾度か繰り返すうち、前線から後方に飛び退る必要性も往々に出てくる。周辺警戒もまた技量のうちではあるが、敵の位置と行動予測、敵以上に複雑な仲間の行動まで、この数を全て完全に読み切れるわけがない。
トンッ
「あ、ごめん」
「いえ、こちらこそ」
軽く、背中が合わさる程度の接触。
「元気の良いことで」
くすりと神代 誠一(ka2086)が零した気安い笑みの気配に思い付く。
「そうだ、良かったら一緒に戦わない? 背中合わせとかで死角攻撃を互いに補えばいいかなって」
偶然の今を必然に変える提案。
「興味深いですね、是非」
初対面でも組みやすい相手と言うものは直感でわかる。これまで互いを互いに読み合っていたからこそ接触で済んだのだ。提案と承諾がすぐにで交わされる。
会話の合間も、2人は互いの攻撃のタイミングを意図的にずらし、合わせ。呼吸を整えていく。
「……いきますよ!」
目を細めた誠一が声をあげる前の一呼吸で、横に回ったクィーロの虎徹が振るわれる。瞬時に斧から剣へと組み替えた誠一の連撃が重なり、息の合った3回攻撃が叩き込まれた。
「銃の練習が出来るかなー」
戦闘技術が向上すれば仕事の幅も広がるよねとルイーズ・ホーナル(ka0596)。既にカミラへの挨拶でキャラバンの宣伝も済ませている。社長職も伊達じゃない。
(でも、楽しみがあってこそだよね!)
コルネ(ka0207)の作る料理が後に控えているのだ、彼女が振る舞うその味を知っているからこそ、期待も高まるというもの。
「存分にっ!」
早速拳銃を構え狙いを定める。やる気十分、声の張りも強くなる。
「喰らうがいい!」
一匹ずつは弱いのかもしれないが、数が多く、ハンター達が思っている以上に敵意がむき出し。油断は禁物だとレオンは思う。
「害獣である限り、逃すなんて選択肢はありません」
民を脅かす危険は徹底的に排除すべきだ。だからこそ前に出てラプターの意識を惹きつけることを重視し近い距離からでも構わずに射撃を行う。逃がさない事。そして逃げる選択肢を与えないために。
騎士の誇りをどんな時でも胸に湛えて放つ弾丸がまたひとつ、ラプターの腹へと吸い込まれていった。
ラプターの跳ねる高さはそう高くない。No.0の射程に収まる程度。鉄球を当てるタイミングを逃さなければ手ごわい敵ではなかった。
(練習……効果あり)
素振りの経験が生きている。カウンターを多用することになると考えていたのだが、直線移動の多い敵ゆえに予測もしやすいのは有り難かった。
グワァァア!
それでも補いきれない隙がある。懐に入られると察すれば青く光る剣をで切り捨てることを優先しその穴を埋めていく。
「させないよ!」
ラプターを追いユリアンも跳び上がる。羽根の根元を狙いサーベルを走らせればがくりとラプターが下降した。
「私からの手向けだ。受け取れ!」
落下先で待ち受けるヒースクリフが光斬刀を突き上げ薙ぎ払う。空中で回避も出来ず、重力にも逆らえぬラプターがまた一匹沈黙した。
祈る様にマテリアルを籠める。全身に纏う仄かな光の一部が収束し、聖印から放たれる時には輝きを増した光の弾になる。ラプターが動きを止めた隙に後退。
卵があるなら近くで衝撃を与えない方がいい。少しでも彼らを引き付けられるよう、前線に出ている仲間達の手助けにはなっておきたい。
(皆さんの様子は……まだ、大丈夫でしょうか)
後方からでも動きや肌の色で疲れや怪我に気付けることはある。皆の負傷にも気を使いながらエルウィングは戦場を駆けまわった。
仲間達の持つ得物につい目を向けてしまうのは職業病。後でじっくり見せてもらえないだろうかと思いながらもメリーベル(ka4352)は戦場全体に意識を張り巡らせていた。
決定打となりそうな攻撃の直前に仲間を強化し、ラプターが狙う後衛に障壁を付与しと、仲間達の行動が滞りないよう支援に徹する。炎に似た彼女のマテリアルは、それぞれに形を変えていった。
着地点を見定めたままマテリアルの流れを意識する。氷色のブーツから噴射させる勢いで宙に舞う様は名前を体現したかのように。一番高い位置でくるりとドリルを直下に向けた。そのままラプターの脳天を目指す。
!?
突如飛び込んできた颯にラプター達が驚く。その隙は仲間達が周囲を切り崩す為に利用し、再び颯は同じ手法で乱戦状態から抜け出した。
「ハハハ! いいぜ! 楽しくなって来たぜ!」
無意識のうちに覚醒したクィーロが笑い声をあげる。
「君の胸には翼がありますね」
言葉と、風のような誠一の動きが熱を灯す。
構えなおしすぐに斬り上げれば、撃の強さにラプターが一瞬その地を離れるほど。
「ハハ……ハハハ! いいな! あんたいいぜ! あんたといると風を感じれる! あぁ……いいぜいいぜ……今なら俺はもっと高く飛べそうだ!」
鳥の刺青も輝きを増している。その様子に自らが追い風となれたことを理解して、誠一は楽しそうに目を細めた。
(戦いでお腹を空かせた方が、ごはんが美味しいよね)
ヘラジカの角を輝かせたネムリア・ガウラ(ka4615)が相棒へと指示を出す。
「お願い、ごっつんこさせちゃおう!」
柴犬がちょこまかとラプターの足元を巡る。惑わされた彼らが内輪で体当たりの結果になるまであと少し。
中に飛び込む可能性、つまりいつでも突破できる可能性を秘めた颯をラプター達が警戒し始めた。それは奥に大切な何か、卵がある証だ。
「このまま引き付けますわ、颯におまかせですの!」
機を見て範囲攻撃をと声をあげた。
「承知でさぁ!」
体中の具現化した目と共にラプターを見据え、杖を握りしめた鬼百合(ka3667)が声をあげる。春咲=桜蓮・紫苑(ka3668)もすぐに彼を護れるようにリボルバーを構えた。足元にはフロックスとブルースターが咲き乱れはじめる。
「任せろ!」
レイオスも威勢のいい声を張り上げる。颯の移動を確認し、ラプターが密集する外縁へと駆ける、鬼百合の射程も考慮しながら薙ぎ払うか貫くかを選ぼうと思案。
(食うんだから塊か? いや硬そうだし叩いておく方がいいのか?)
まずは一度手ごたえを確かめてからでいいだろう、これだけ数が居るのだ。
「しっかし肉取り放題だな! 美味しく食ってやるから、大人しく倒されやがれ!」
勢いをつけた刺突。感触を確かめながら食いでがありそうだとステーキに想いを馳せた。
「数の利など早々に覆そうではないか」
大二郎の視線の先で青白いガスが広がり始める。何頭かゆっくりと地に横たわる様子が見えた。
「全てに効かないのは、それだけ彼らの生存本能が強い表れか? ククク、面白い……だが貴様らは害獣、文字通り料理してやろう」
眠り込んだ仲間の傍に寄ろうとした一体を邪魔するように、すかさず風の刃を飛ばす。威嚇でもあるが、何より無抵抗の一体をコマ切れにするためだ。
「援護、有り難い!」
シールドの影から礼を告げヒースクリフも再び場所を変えた。羽根の撃ち残しも減ってきている、光斬刀に持ち替えて待ち受ける方針に切り替えてもいいかもしれない。
「こいつら、後で食うんだよな?」
倒れなかったラプターがティーアへと突撃してくる。どこかふらつくラプターは脚への狙いが定めやすく、纏う銀光がより鋭く刀へと走った。
「食うのに邪魔そうな脚はおさらばってなぁ」
閃かせた一撃がラプターの左側の脚を二本奪う。ぐらり、撃の強さに圧され右に傾ぐラプター。
動きを封じる目的のそれは命の鎖も断ち切っていた。
「……解体作業やってるような気がしてきたな」
活きのよすぎる肉だが。
「出来れば動脈を狙ってほしいな、でも内臓は避けてほしい」
メリーベルの言葉が前衛に届く。倒してからの血抜きでも問題はないが、ラプターは大きく、放血のために吊るす高さを確保するのは難しい。数も多いから。少しでも生きているうちに血を抜けた方が後が楽なのだ。知識にある限りの、狙いやすい場所も添えて協力を頼む。
なお内臓は臭みを悪化させる元だ。旨味を損なうからと注意も添えた。
それ以前から、倒した個体にその場で血抜き用の傷をつけていた静架の手際は鮮やか。少しでも手間が減るといい。
颯の策でラプター達の大半は巣から離れたが、本能が優って残る個体も居る。その迎撃にと向かった銀 桃花(ka1507)。
「卵割れたらプリン食べられなくなるでしょーっ!」
巣を背に立ち位置を確保したはいいが、今度はラプターを避けられなくなってしまった。真っ白なツインテールと、ふわもこの耳尻尾を揺らし、ラプターに対してつるはしを構えた。
「なにがなんでも、ここで食い止めるんだからっ!」
二度目に舞った際に見えた戦況に、安堵する颯。
(卵の確保も、これで早く取り掛かれますの)
改めて颯は目の前のラプターへドリルの先端を向けた。
「痺れたい順に決めてあげますの、びりびり電撃どりるぅ~!!!!」
「あの卵使ったらどれだけ大きいのが作れるかなっ? その為にも頑張るんだよん」
そう強くないと聞いてはいても、戦闘に慣れていないハンター成りたての時雨にとって勢いよく動くラプターは少し怖い。弓で後衛から援護射撃をしながら、時雨は自分を鼓舞していた。
卵がある可能性を重視したシャーリーン・クリオール(ka0184)はあらかじめ菓子の材料を準備してある。
「支援もこれ位で良さそうかね」
射撃に徹していた彼女がラプター達を全て巣から離す作戦に成功した段階ですぐに卵の確保に乗り出したのは、そんな理由だった。
「食べられるという情報を聞いた事は無いのだけれど……」
持参の本を開くエルティア・ホープナー(ka0727)。傍にいるシルヴェイラ(ka0726)の方は既に見ていない。幼馴染が自分から離れるなんてことは思いつきもしないし、そこに居るのは当たり前。
「……って、エア?」
「物は試しよね……意外と美味しいのかもしれないし。……じゃぁ、シーラ、後はよろしくね?」
言ってすぐ、物語の中へ意識を閉じ込める。
「はあ……まあいいけどな」
二人で人食いグリフォン退治に来た筈が、相棒は既にこの通り。シーラは仕方なく肩をすくめた。手練れが多いのは幸いだ。
(調理の方で二人分、働かせてもらおうか)
依頼人の意図はそれで満たせるはずだ。
「……そういえば」
斬り伏せ倒したラプターを見下ろすNo.0。食べられると聞いて興味が沸いた。事実、調理に意欲を強く持つ仲間達は既に後方で竈等、調理準備を始めている。勿論ラプター達が減り戦況が安定したからではあるが。
(……期待させてもらおうかな……)
●
カミラが竈作りへと下がる様子に気づき、戦闘に不要な荷物を避難させ終えた真崎も次の力仕事へと意識を向ける。
「カミラ……で構わないか?」
堅苦しいのは苦手だと言いつつも挨拶を交わし、手順確認を兼ねた指示を乞う。
「好きに呼んでくれ。部下相手だと体裁もあるが、ハンターの中でふんぞり返るほど偉くはないしな。食材を頼めるか?」
いつでも障壁を張れる程度の意識をエアに向けながら調理を始めるシーラ。
(楽しみにしてくれているわけだからな)
自分が傍にいて、信頼されているからこそのあの態度なのも分かっている。だからこそ仕事へのやりがいも出るし、日々の彼女の世話もできる。この立場は他に譲るつもりもない。
「今ある食材は……」
先にステーキ用のソースを作ってしまおう。
敵であったラプターを運びながら、真崎は眉の角度が決まらない己の心境に小さく苦笑いを零していた。
「……なんというか、未知の素材に手を出す気持ちが解るような解らないような……」
骨と再現CGでしか見たことのない恐竜を獲物に、狩猟生活を体験するとは思わなかった。
巣も大分見えてきていた。卵を確認し、泡立て甲斐のありそうな大きさに小さく笑い声が漏れた。
(料理は好きだが、野郎は出しゃばらずに補助に徹しておこうかね)
カラッと揚げて塩をふった羽根はウロコがパリパリのスナック感覚。
薬草で臭みを消した焼肉とチーズ、葉野菜のサンドイッチ。
一通り作った後は他の手伝いかなとユリアンが見回せば、空いた鍋。スープに出来るかなと、骨と残っていた薬草を共に煮込むことにした。
カッテージとリコッタチーズは早い段階で仕上げる。すりおろした芋と卵の黄身とあわせて、塩とスパイスで味を調えたオムレツに。卵だけのコクに更に羊乳の持つコクが足されて相乗効果の嵐。
黄身の大半は肉と、ユリアン作成の骨のスープとあわせてシンプルな茶碗蒸しに。容器は卵なので巨大だ。
食べやすい大きさに切った肉に焼き目をつけてフリカッセに。下処理と羊乳のおかげで臭みはマイルドに。
「さあ、ここからが本番だ……口に合えば良いのだがな」
ここまでであえて選り分けてきた白身がシャーリーンの前に溜め込まれていた。全ては焼き菓子の為。
さっくり香ばしいラングドシャと、しっとり口当たりのフィナンシェを思い浮かべながら手を動かしていく。
真崎や時雨の手も借りられるので泡立てる労力は十分にある。皆の口の届くし、うまくすれば土産に出来る程大量に作れるだろう。
グリフォンをあてにしていたが、ウィングラプターでも構わない。
「どちらにしても珍しい食材だ、余すところなく食してやろう」
料理人としての腕も磨きたいと、エリオ・アルファーノ(ka4129)は周囲の様子を探る。
「……素晴らしい」
特にシャーリーンの動きが匠なので近づきたかったが、あまりの忙しそうな様子に断念。巨大プリンを手伝うついでにカミラに交渉を持ちかけることにした。
「さすがにこの量の生クリームは難しかったみたいですわね」
不足分は羊乳とバターで代用するしかない。勿論それは織り込み済みだけれど。やはり少しばかりコルネの声のトーンが落ちた。
「ですが、折角の機会ですし腕によりをかけて調理させていただきますわね?」
社長がサボらず練習に精を出しているのだから、しっかり労って差し上げなければと思うのだった。
「どこが一番美味しいのかな?」
部位ごとに分けた肉を少しずつ、それぞれ塩焼きにして確かめるネムリア。相棒達も塩控えめのお肉でお手伝い。彼女と一緒に首を傾げた。
柔らかくて食べやすい部分は串焼きに。次点は野菜と一緒に葉で包んだ蒸し焼き。
「持ってきて正解みたい」
香草と岩塩の味つけが一番と思ったけれど、肉の量が多すぎる。念のために追加で持ってきていた濃い目のタレ、塗りながら焼けば簡単に美味しく食べられそうだ。
「肉食の生き物を食べるのですから」
ワインと蜂蜜は入念な下処理に必要だからと持参している。それと塩で下味をつけていく静架。
「葡萄の葉や蜂蜜には肉を柔らかくする性質が有るんです」
幸い村には葡萄農家も暮らしており若葉を分けてもらう事も出来た。その帰り際に採集した山菜と肉を若葉で包み蒸し焼きに。
(大勢で食べるものですし)
香草とチーズのオーブン焼きにも挑戦しながら、自分の好みで焼き過ぎることが無いよう意識を集中する。直火調理ならば癖で全て炭になる寸前まで焼いていた可能性があるくらいである。
「本によるとでっかいプリンはまろんだそうですねぃ」
鬼百合に肩をすくめる紫苑。
「マロンって栗のことじゃなかったでしたっけ」
「ところでプリンってなんですかぃ?」
「つかプリンしらねーんですかぃ、動物の乳や卵を混ぜて蒸した料理ですぜ」
本の記述、しかも一文だけのようだと把握して、簡単に説明。
「でっかいゆで卵の方がお腹いっぱいになる気がしまさぁ」
その方が早いのにと首を傾げる鬼百合に、紫苑はくくと笑った。
「ゆで卵も美味しいですけど、ガキにゃあプリンの方が幸せですぜ」
「しおんねーさん、子供扱いはよしてくだせぇ!」
食えばわかると言われたことより、扱いに不服を申し立てる鬼百合だった。
「うっわー大きいと割るのも一苦労……えっ、これも使うの?」
中身を出した後の殻を洗いながら時雨。料理はさっぱりだからと周りに指示を仰ぎながらだ。
(いい匂いー……はっ!?)
香ばしい匂いに誘われてふらふらと持ち場を離れかけたが、我に返った。完成した料理があったら危なかった。
肉食獣の卵と言うだけでもコクは強い。ただ肉と違って卵だからこそ独特の臭みが少ないのが調理のしやすさを示していた。
「だからこそ濃厚なプリンを作れるというものですわ」
溶かしバターを作りながらコルネは完成品を思い描く。大きいものは勿論だけれどそれだけ時間もかかるから、間をもたせるための小さなサイズもあるべきだ。流通を担うキャラバンの利点を生かして持参したプリン用の型を見返しながら、持ってきておいてよかったと一人頷く。まさかあれほど卵が多いとは思わなかったというのもある。
レシピを確認した紫苑主導でプリン作りに取り掛かる。
「オレ卵、まだ上手く割れねーんでさ」
服の裾を引っ張り困り顔の鬼百合に、この大きさは普通の人でも難しいだろうと思いながら紫苑。
「じゃあ鬼百合は混ぜ係な」
しっかり混ぜればそれだけ美味しくなりますぜと言えば、俄然張り切って手を動かしていく。その様子に折角だから豪華な飾りつけが出来ないものかと首をひねった。
どうしても硬い部位は時間をかけてぐつぐつ煮込む。
鍋をかき混ぜるネムリア。シチューもスープも、根気が大事。しっかり火を通してうま味もじっくり出さなくちゃ。
「それでも沢山残ってるよね」
このまま全員で食べきれるのかな? 干し肉にするのとか、提案したほうがいいのかな?
「燻製なんてのも良くないか?」
プリン液をかき混ぜながら提案するエリオになるほどとカミラ。
「チップを積む余裕も欲しかったな」
グリフォンなら多くとも数頭だろうと整えた物資では、足りないので無理とのこと。
「代わりになるかはわからんが、余った卵はもっていって構わない。肉も、残るようなら」
勿論食べる前提だぞと念は押された。ラプターは人を襲っていなくても害獣扱いらしい。
「肉料理とデザート付きって豪華だね?」
プリンを作ろうと集まった者達はまだ忙しく動き回っている。
(これは……かなり期待できそう?)
師団長の腕は知っているけれど、それ以外だって勿論。甘い香りが漂いはじめる中ユリアンは微笑んだ。
●
「待ってました、本日のお目当てっ!」
相手がグリフォンだと思っていたから一行の荷物では容器が足りなかったこともあり、プリンの容器は大半が卵の殻だ。時雨の仕事もここに生きている。一番最初の一個を前にプルンと掬った。弾力、文句なーし!
ぱくっ
「あぁ、とろける、なめらか、おいし……♪」
思わず手を頬に当ててしまうのは、とろけて落ちてしまうような気がしたからだ。
「しっかり堪能しないとね!」
「もう少しで出来上がりますから、こちらを飲んでまっていてくださいませ?」
コルネが持参の茶葉を使って淹れたロイヤルミルクティーをルイーズの前に置く。
「ありがとー!」
笑顔で受け取ってほぅと一息。やっぱり秘書の入れたお茶って社長の必須アイテムだよね?
「ねぇねぇコルネー、練習もしたからいつもより多めでもいい? だめ?」
食べる前からおかわりを催促してみるのは、それだけ材料が多いとわかっているからだ。
「そうですわね……まずはこちらからお召し上がりくださいね」
置かれたのはプレーンと、優しい茶色の紅茶プリン。
「プリンだぁー!!! プリンだよぉー!!! 最初から2個もあるの!? やったね♪」
笑顔で食べ始めるルイーズは、まだ知らない。
卵の殻を使った巨大プリンが後のサプライズに控えているという事に。
「古来に実在したとわかっている獣程度では私は満たされないのだよ。未知を既知とするその高揚がこれでは感じられない……」
晴れぬ心を吐露しながらやけ食いする大二郎の横で、レイオスは玉葱酵素で柔らかく仕上げたシャリアピンステーキをたっぷり皿に盛って他の料理と交換に勤しむ。
「腹一杯食えるのはありがたいぜ」
でもグリフォンが食えないのは惜しかったな、せっかくこの世界に居るのだから。また機会があるといい。
「意外とうまいな」
やや強めに臭みが残っている部位を使った料理でも、平気で平らげていくティーア。
「こいつでこれだけうまいとなるとグリフォンはどれくらいうまいんだろうな?」
しっかりと火を通したステーキに添えてあるのは香り豊かなガーリックソースと、刻んだ野菜に芋でとろみをつけたソース、好みでつかえるよう、量も申し分なく準備してある。
ふわりと湯気を立ち昇らせるオムレツは、中を開くとラプターの肉が詰められている。時折見える緑は香草のようだ。
「……やっぱり、一番気になってしまうわね」
興味津々にシーラの料理を観察していたエアが言うのは、卵を丸ごと一個使った目玉焼きだ。フライパンでは焼けないからと、天板を利用して竃で焼き上げたそれは、そもそも皿に乗せることも出来なかった。仕方ないので葉を洗って敷きつめた上に盛られている。
「予想以上のインパクトだったな」
作った側の意見も最もだ。
「でも、相変わらずの腕で何よりだわ……うん、美味しそう」
あの見た目でどうなるかと思ったけれど、シーラの腕があるものねと食べ始める。
「……?」
思った通り美味しいわと視線をあげれば、見ているだけの幼馴染が気になった。
「私ばかり食べて、シーラが食べないのはおかしいわ?」
作り手だって食べなくてはダメでしょう? 食べていたオムレツをひとすくい、シーラの口元へと差し出した。
「錬金ならともかく、私は自分の技量を分かっているからね」
甘い卵焼きは焦げやすい。きつね色を通り越した茶色い塊を前にしながらも、メリーベルは神妙にフォークを握りしめた。
(これだって自分の作品だ)
プリンを真似てしっかりかき混ぜていたおかげか、中はふんわり滑らかに仕上がっていた。
「たまには興味深くていいですね」
他の料理にも手を出しながら静架が呟く。誰かのために作る参考になるだろうか。無自覚の下でそんな思いも隠れているかもしれない。
出来たプリンは、ひっくり返してお皿に盛りつけ。鬼百合の頭と同じくらいある。
(よく崩れなかったな)
口にしないのは、すぐ傍で目を輝かせ驚く鬼百合がいるからだ。
「これで仕上げでさぁ」
カラメルをかければその輝きも増した。それだけでも喜びの色が強くなったのが分かる。
ぷるりと震えるプリンに恐る恐るスプーンを差し入れて、一口。
「!!!」
柔らかさとか甘さとか、口の中で溶ける滑らかさとか。何を言っていいかわからなくなった鬼百合は思わず紫苑にしがみつく。
「オレ、オレ……この一口のために生きてまさぁ……!」
感動に震える養い子を抱き留める紫苑。
「口にあったなら何よりですぜ」
「だって! ねーさんも食べてみなせぇ! こんなおいしいの生まれてはじめてですぜ!」
言われるまま躊躇いなくスプーンを刺したら、風情がないと言わせてしまったけれど。
(どこでもいつでもプリンはガキにとって特別なもんなんですねぇ)
作った甲斐があったと満たされた気分になるのだった。
取り分けた料理と卓上調味料で最後の仕上げに挑戦するエリオ。
塩ざっくり、砂糖少し、ソースたっぷり胡椒山盛り。土台のステーキがもう見えない。
「流石新鮮な食材は美味いな!」
巨大プリンを美味いと言った同じ口で豪快に笑う。その様子を見ていた周囲の者達の驚きの視線には気付いていなかった。
「成仏なさって下さいね……」
プリンを食べながら、目を伏せそっと供養の祈りをエルウィングが捧げていた。エリオの皿は見なかったことにしたようだ。
「おいしーい♪」
クリームも使わている特大濃厚プリンに、焼き菓子や後がけのカラメルを飾り付けて気分はア・ラ・モード。
満喫笑顔の桃花の頬にはプリンの欠片。そこにハンカチが差し出された。
「相変わらず食欲旺盛のようですね。同席しても?」
「んむっ!? せーちゃん先生……!?」
くすくすと笑う誠一の姿に慌てると同時に、プリンのピラミッド盛りを試さなくてよかったと内心ほっと息をつく。
「勿論どうぞっ」
食べる手は止めず、嚥下の合間に話す。
「せーちゃん先生。生徒さんには会えた?」
「一部ですが、はい。元気でやっているみたいです」
「そっか。他の子もみんな大丈夫だよ!」
「ありがとうございます。……桃花さんは本当に美味しそうに食べますよね」
二度見したことは黙っておきましょう。いつかの鬼盛りバーベキューに勝るとも劣らない量のプリンが小柄な身体に消えていくのを、やはり微笑ましい思いで見つめる。
「こ、これは、そう、運動後はおなかが空くから! 食いしん坊じゃないわよっ?」
再会を喜び近況を伝え合う中にも、いつかと同じ穏やかな空気が流れていた。
現れたウイングラプター達を見て、残念な表情を浮かべたハンターは多い。
「機動部隊とかつくれて面白そうだったんだがな」
ティーア・ズィルバーン(ka0122)もその一人、人を襲っていないグリフォンなら可能性はあると思っていた。
カミラによるとグリフォンの調教は第五師団だけがもつ専門技術らしい。卵が入手できた場合は孵化の是非確認の為、一度専門家に渡すことになると言っていた。
ならば心置きなく手を下せるウイングラプターはある意味で幸いだったと言える。
「ま、新装備のテストにはちょうどいいな」
にやりと笑むティーアの手には光斬刀。切れ味を確かめるいい機会だ。
「グリフォンが食えると楽しみにしてたのに違うだと!?」
特に浮き沈みが激しかったのはレイオス・アクアウォーカー(ka1990)。
「こうなったら食べ放題で憂さ晴らしてやる!」
これだけ数がいるのだ、もしグリフォン一頭だったことを考えたら釣りが来るか。思い直し雷撃刀を構えた。
「私はある依頼でグリフォンに乗った。目で見て触って、そして専門家に聞いて、彼について貴重な知識を知る事が出来たが、唯一つ聞き忘れた事があった……そう、味だ」
思いのたけを綴る久延毘 大二郎(ka1771)、鋭い視線はラプター達に向けられている。
「そして絶好の機会を得たはずだった……が、これは一体どういう事だね?」
びしりと指し棒を突きつけ睨みつけるが、距離はまだ遠い。
「ってでけぇ!」
周りの声に頷いたヒースクリフ(ka1686)だが、ラプターの予想以上の大きさと数の多さに驚きを隠せない。
「……しかし変幻自在に対応するのも傭兵の強み」
すぐに戦闘態勢へと切り替える。背後に出現した幻影が彼の動きに合わせて共に黄金拳銃を構えた。
(グリフォンじゃ無いんだ……)
思えば翼もつ幻獣が多く居るからと、会える機会はないかと帝国に関わる仕事を受けるようになった気がするけれど。
「まいっか」
持参のハーブは無駄にならないだろうしね。ユリアン(ka1664)もラプターに向き直る。
「跳ぶ前に向かい風で落とせばいいんだ」
風が柔らかな髪を吹き上げた。
「卵があったら巨大ぷりんっ!」
小鳥遊 時雨(ka4921)の声が戦場に響く。
「果たしてどんな味なのか……」
想定外だからこそ、八劒 颯(ka1804)も興味を持った。ぶぉんとドリルを掲げるように構える。
相手は人を食べたことがある獣、可能性とはいえ想像が広がる。
「あまり食べたいとは思えませんし、益々……」
食指が沸かないという本音を、エルウィング・ヴァリエ(ka0814)は心の中に収める。
「先ずはこの数か」
篠杜 真崎(ka0186)は布陣に目を留めた。統率のとれた動きの用にも見えるが、逆に言えば一点に意識が向けられているという事。
「……卵か子って所だろうが」
守っていると考えるのが自然だ、相手は生き物なのだから。
(生き物の子を奪う……)
害獣とはいえ命、それに手を出すことに躊躇いがある。エルウィングはこれも口にしなかった。自分達人間としても生きていくための手段のひとつで、もし助けても責任はとれないと知っているから。
「被害が出ているのも……確か……」
皆に続くのはNo.0(ka4640)。すでにボウと漏れる青い光が戦闘態勢であることを示している。
「……早急に退治」
ブォン、振り上げた得物の鉄球が景気よく風を切った。
拳銃を構えながら、レオン・フォイアロート(ka0829)は内心安堵の息を吐く。
(感謝しなくてはいけませんね)
グリフォンを想定した装備は意味を為さなくなったが、騎士たるもの得物に拘って領民を守れなければ意味がない。むしろグリフォン以上に強力な敵ではなかった事は幸いだ。
「私のこの身そのものが民を守る剣なのです」
盾を身体の前に構え直し、獅子を模した被り物から除く顔から勇壮な声をあげ前線まで駆けていく。剣がなくとも、自身を仲間の盾として、守りながら戦う事は可能なのだ。
ラプター達を引き付ける仲間に当てぬよう銃口を定める。狙うのは背にある羽根だから比較的射線の確保はしやすい。そして何よりも。
「直線移動は読みやすい!」
その勢いこそ油断はできないが、的として見れば当てやすいのだ。だからと言ってずっと同じ場所にとどまっているわけにはいかないが、ヒースクリフは時間の許す限りラプターの動きを読み、羽根を撃ち抜いていった。
ラプターの眉間に迷いなく矢が吸い込まれる。肉にダメージを与えないようにと配慮した静架(ka0387)の一撃だ。
「始めて食べるので楽しみです」
サバイバルに慣れた身として食材に対する躊躇いは微塵もなかった。
はじめは上段から、返す刀で別の個体を。数が多い時は受け流すようにして負傷を避けるクィーロ・ヴェリル(ka4122)。
幾度か繰り返すうち、前線から後方に飛び退る必要性も往々に出てくる。周辺警戒もまた技量のうちではあるが、敵の位置と行動予測、敵以上に複雑な仲間の行動まで、この数を全て完全に読み切れるわけがない。
トンッ
「あ、ごめん」
「いえ、こちらこそ」
軽く、背中が合わさる程度の接触。
「元気の良いことで」
くすりと神代 誠一(ka2086)が零した気安い笑みの気配に思い付く。
「そうだ、良かったら一緒に戦わない? 背中合わせとかで死角攻撃を互いに補えばいいかなって」
偶然の今を必然に変える提案。
「興味深いですね、是非」
初対面でも組みやすい相手と言うものは直感でわかる。これまで互いを互いに読み合っていたからこそ接触で済んだのだ。提案と承諾がすぐにで交わされる。
会話の合間も、2人は互いの攻撃のタイミングを意図的にずらし、合わせ。呼吸を整えていく。
「……いきますよ!」
目を細めた誠一が声をあげる前の一呼吸で、横に回ったクィーロの虎徹が振るわれる。瞬時に斧から剣へと組み替えた誠一の連撃が重なり、息の合った3回攻撃が叩き込まれた。
「銃の練習が出来るかなー」
戦闘技術が向上すれば仕事の幅も広がるよねとルイーズ・ホーナル(ka0596)。既にカミラへの挨拶でキャラバンの宣伝も済ませている。社長職も伊達じゃない。
(でも、楽しみがあってこそだよね!)
コルネ(ka0207)の作る料理が後に控えているのだ、彼女が振る舞うその味を知っているからこそ、期待も高まるというもの。
「存分にっ!」
早速拳銃を構え狙いを定める。やる気十分、声の張りも強くなる。
「喰らうがいい!」
一匹ずつは弱いのかもしれないが、数が多く、ハンター達が思っている以上に敵意がむき出し。油断は禁物だとレオンは思う。
「害獣である限り、逃すなんて選択肢はありません」
民を脅かす危険は徹底的に排除すべきだ。だからこそ前に出てラプターの意識を惹きつけることを重視し近い距離からでも構わずに射撃を行う。逃がさない事。そして逃げる選択肢を与えないために。
騎士の誇りをどんな時でも胸に湛えて放つ弾丸がまたひとつ、ラプターの腹へと吸い込まれていった。
ラプターの跳ねる高さはそう高くない。No.0の射程に収まる程度。鉄球を当てるタイミングを逃さなければ手ごわい敵ではなかった。
(練習……効果あり)
素振りの経験が生きている。カウンターを多用することになると考えていたのだが、直線移動の多い敵ゆえに予測もしやすいのは有り難かった。
グワァァア!
それでも補いきれない隙がある。懐に入られると察すれば青く光る剣をで切り捨てることを優先しその穴を埋めていく。
「させないよ!」
ラプターを追いユリアンも跳び上がる。羽根の根元を狙いサーベルを走らせればがくりとラプターが下降した。
「私からの手向けだ。受け取れ!」
落下先で待ち受けるヒースクリフが光斬刀を突き上げ薙ぎ払う。空中で回避も出来ず、重力にも逆らえぬラプターがまた一匹沈黙した。
祈る様にマテリアルを籠める。全身に纏う仄かな光の一部が収束し、聖印から放たれる時には輝きを増した光の弾になる。ラプターが動きを止めた隙に後退。
卵があるなら近くで衝撃を与えない方がいい。少しでも彼らを引き付けられるよう、前線に出ている仲間達の手助けにはなっておきたい。
(皆さんの様子は……まだ、大丈夫でしょうか)
後方からでも動きや肌の色で疲れや怪我に気付けることはある。皆の負傷にも気を使いながらエルウィングは戦場を駆けまわった。
仲間達の持つ得物につい目を向けてしまうのは職業病。後でじっくり見せてもらえないだろうかと思いながらもメリーベル(ka4352)は戦場全体に意識を張り巡らせていた。
決定打となりそうな攻撃の直前に仲間を強化し、ラプターが狙う後衛に障壁を付与しと、仲間達の行動が滞りないよう支援に徹する。炎に似た彼女のマテリアルは、それぞれに形を変えていった。
着地点を見定めたままマテリアルの流れを意識する。氷色のブーツから噴射させる勢いで宙に舞う様は名前を体現したかのように。一番高い位置でくるりとドリルを直下に向けた。そのままラプターの脳天を目指す。
!?
突如飛び込んできた颯にラプター達が驚く。その隙は仲間達が周囲を切り崩す為に利用し、再び颯は同じ手法で乱戦状態から抜け出した。
「ハハハ! いいぜ! 楽しくなって来たぜ!」
無意識のうちに覚醒したクィーロが笑い声をあげる。
「君の胸には翼がありますね」
言葉と、風のような誠一の動きが熱を灯す。
構えなおしすぐに斬り上げれば、撃の強さにラプターが一瞬その地を離れるほど。
「ハハ……ハハハ! いいな! あんたいいぜ! あんたといると風を感じれる! あぁ……いいぜいいぜ……今なら俺はもっと高く飛べそうだ!」
鳥の刺青も輝きを増している。その様子に自らが追い風となれたことを理解して、誠一は楽しそうに目を細めた。
(戦いでお腹を空かせた方が、ごはんが美味しいよね)
ヘラジカの角を輝かせたネムリア・ガウラ(ka4615)が相棒へと指示を出す。
「お願い、ごっつんこさせちゃおう!」
柴犬がちょこまかとラプターの足元を巡る。惑わされた彼らが内輪で体当たりの結果になるまであと少し。
中に飛び込む可能性、つまりいつでも突破できる可能性を秘めた颯をラプター達が警戒し始めた。それは奥に大切な何か、卵がある証だ。
「このまま引き付けますわ、颯におまかせですの!」
機を見て範囲攻撃をと声をあげた。
「承知でさぁ!」
体中の具現化した目と共にラプターを見据え、杖を握りしめた鬼百合(ka3667)が声をあげる。春咲=桜蓮・紫苑(ka3668)もすぐに彼を護れるようにリボルバーを構えた。足元にはフロックスとブルースターが咲き乱れはじめる。
「任せろ!」
レイオスも威勢のいい声を張り上げる。颯の移動を確認し、ラプターが密集する外縁へと駆ける、鬼百合の射程も考慮しながら薙ぎ払うか貫くかを選ぼうと思案。
(食うんだから塊か? いや硬そうだし叩いておく方がいいのか?)
まずは一度手ごたえを確かめてからでいいだろう、これだけ数が居るのだ。
「しっかし肉取り放題だな! 美味しく食ってやるから、大人しく倒されやがれ!」
勢いをつけた刺突。感触を確かめながら食いでがありそうだとステーキに想いを馳せた。
「数の利など早々に覆そうではないか」
大二郎の視線の先で青白いガスが広がり始める。何頭かゆっくりと地に横たわる様子が見えた。
「全てに効かないのは、それだけ彼らの生存本能が強い表れか? ククク、面白い……だが貴様らは害獣、文字通り料理してやろう」
眠り込んだ仲間の傍に寄ろうとした一体を邪魔するように、すかさず風の刃を飛ばす。威嚇でもあるが、何より無抵抗の一体をコマ切れにするためだ。
「援護、有り難い!」
シールドの影から礼を告げヒースクリフも再び場所を変えた。羽根の撃ち残しも減ってきている、光斬刀に持ち替えて待ち受ける方針に切り替えてもいいかもしれない。
「こいつら、後で食うんだよな?」
倒れなかったラプターがティーアへと突撃してくる。どこかふらつくラプターは脚への狙いが定めやすく、纏う銀光がより鋭く刀へと走った。
「食うのに邪魔そうな脚はおさらばってなぁ」
閃かせた一撃がラプターの左側の脚を二本奪う。ぐらり、撃の強さに圧され右に傾ぐラプター。
動きを封じる目的のそれは命の鎖も断ち切っていた。
「……解体作業やってるような気がしてきたな」
活きのよすぎる肉だが。
「出来れば動脈を狙ってほしいな、でも内臓は避けてほしい」
メリーベルの言葉が前衛に届く。倒してからの血抜きでも問題はないが、ラプターは大きく、放血のために吊るす高さを確保するのは難しい。数も多いから。少しでも生きているうちに血を抜けた方が後が楽なのだ。知識にある限りの、狙いやすい場所も添えて協力を頼む。
なお内臓は臭みを悪化させる元だ。旨味を損なうからと注意も添えた。
それ以前から、倒した個体にその場で血抜き用の傷をつけていた静架の手際は鮮やか。少しでも手間が減るといい。
颯の策でラプター達の大半は巣から離れたが、本能が優って残る個体も居る。その迎撃にと向かった銀 桃花(ka1507)。
「卵割れたらプリン食べられなくなるでしょーっ!」
巣を背に立ち位置を確保したはいいが、今度はラプターを避けられなくなってしまった。真っ白なツインテールと、ふわもこの耳尻尾を揺らし、ラプターに対してつるはしを構えた。
「なにがなんでも、ここで食い止めるんだからっ!」
二度目に舞った際に見えた戦況に、安堵する颯。
(卵の確保も、これで早く取り掛かれますの)
改めて颯は目の前のラプターへドリルの先端を向けた。
「痺れたい順に決めてあげますの、びりびり電撃どりるぅ~!!!!」
「あの卵使ったらどれだけ大きいのが作れるかなっ? その為にも頑張るんだよん」
そう強くないと聞いてはいても、戦闘に慣れていないハンター成りたての時雨にとって勢いよく動くラプターは少し怖い。弓で後衛から援護射撃をしながら、時雨は自分を鼓舞していた。
卵がある可能性を重視したシャーリーン・クリオール(ka0184)はあらかじめ菓子の材料を準備してある。
「支援もこれ位で良さそうかね」
射撃に徹していた彼女がラプター達を全て巣から離す作戦に成功した段階ですぐに卵の確保に乗り出したのは、そんな理由だった。
「食べられるという情報を聞いた事は無いのだけれど……」
持参の本を開くエルティア・ホープナー(ka0727)。傍にいるシルヴェイラ(ka0726)の方は既に見ていない。幼馴染が自分から離れるなんてことは思いつきもしないし、そこに居るのは当たり前。
「……って、エア?」
「物は試しよね……意外と美味しいのかもしれないし。……じゃぁ、シーラ、後はよろしくね?」
言ってすぐ、物語の中へ意識を閉じ込める。
「はあ……まあいいけどな」
二人で人食いグリフォン退治に来た筈が、相棒は既にこの通り。シーラは仕方なく肩をすくめた。手練れが多いのは幸いだ。
(調理の方で二人分、働かせてもらおうか)
依頼人の意図はそれで満たせるはずだ。
「……そういえば」
斬り伏せ倒したラプターを見下ろすNo.0。食べられると聞いて興味が沸いた。事実、調理に意欲を強く持つ仲間達は既に後方で竈等、調理準備を始めている。勿論ラプター達が減り戦況が安定したからではあるが。
(……期待させてもらおうかな……)
●
カミラが竈作りへと下がる様子に気づき、戦闘に不要な荷物を避難させ終えた真崎も次の力仕事へと意識を向ける。
「カミラ……で構わないか?」
堅苦しいのは苦手だと言いつつも挨拶を交わし、手順確認を兼ねた指示を乞う。
「好きに呼んでくれ。部下相手だと体裁もあるが、ハンターの中でふんぞり返るほど偉くはないしな。食材を頼めるか?」
いつでも障壁を張れる程度の意識をエアに向けながら調理を始めるシーラ。
(楽しみにしてくれているわけだからな)
自分が傍にいて、信頼されているからこそのあの態度なのも分かっている。だからこそ仕事へのやりがいも出るし、日々の彼女の世話もできる。この立場は他に譲るつもりもない。
「今ある食材は……」
先にステーキ用のソースを作ってしまおう。
敵であったラプターを運びながら、真崎は眉の角度が決まらない己の心境に小さく苦笑いを零していた。
「……なんというか、未知の素材に手を出す気持ちが解るような解らないような……」
骨と再現CGでしか見たことのない恐竜を獲物に、狩猟生活を体験するとは思わなかった。
巣も大分見えてきていた。卵を確認し、泡立て甲斐のありそうな大きさに小さく笑い声が漏れた。
(料理は好きだが、野郎は出しゃばらずに補助に徹しておこうかね)
カラッと揚げて塩をふった羽根はウロコがパリパリのスナック感覚。
薬草で臭みを消した焼肉とチーズ、葉野菜のサンドイッチ。
一通り作った後は他の手伝いかなとユリアンが見回せば、空いた鍋。スープに出来るかなと、骨と残っていた薬草を共に煮込むことにした。
カッテージとリコッタチーズは早い段階で仕上げる。すりおろした芋と卵の黄身とあわせて、塩とスパイスで味を調えたオムレツに。卵だけのコクに更に羊乳の持つコクが足されて相乗効果の嵐。
黄身の大半は肉と、ユリアン作成の骨のスープとあわせてシンプルな茶碗蒸しに。容器は卵なので巨大だ。
食べやすい大きさに切った肉に焼き目をつけてフリカッセに。下処理と羊乳のおかげで臭みはマイルドに。
「さあ、ここからが本番だ……口に合えば良いのだがな」
ここまでであえて選り分けてきた白身がシャーリーンの前に溜め込まれていた。全ては焼き菓子の為。
さっくり香ばしいラングドシャと、しっとり口当たりのフィナンシェを思い浮かべながら手を動かしていく。
真崎や時雨の手も借りられるので泡立てる労力は十分にある。皆の口の届くし、うまくすれば土産に出来る程大量に作れるだろう。
グリフォンをあてにしていたが、ウィングラプターでも構わない。
「どちらにしても珍しい食材だ、余すところなく食してやろう」
料理人としての腕も磨きたいと、エリオ・アルファーノ(ka4129)は周囲の様子を探る。
「……素晴らしい」
特にシャーリーンの動きが匠なので近づきたかったが、あまりの忙しそうな様子に断念。巨大プリンを手伝うついでにカミラに交渉を持ちかけることにした。
「さすがにこの量の生クリームは難しかったみたいですわね」
不足分は羊乳とバターで代用するしかない。勿論それは織り込み済みだけれど。やはり少しばかりコルネの声のトーンが落ちた。
「ですが、折角の機会ですし腕によりをかけて調理させていただきますわね?」
社長がサボらず練習に精を出しているのだから、しっかり労って差し上げなければと思うのだった。
「どこが一番美味しいのかな?」
部位ごとに分けた肉を少しずつ、それぞれ塩焼きにして確かめるネムリア。相棒達も塩控えめのお肉でお手伝い。彼女と一緒に首を傾げた。
柔らかくて食べやすい部分は串焼きに。次点は野菜と一緒に葉で包んだ蒸し焼き。
「持ってきて正解みたい」
香草と岩塩の味つけが一番と思ったけれど、肉の量が多すぎる。念のために追加で持ってきていた濃い目のタレ、塗りながら焼けば簡単に美味しく食べられそうだ。
「肉食の生き物を食べるのですから」
ワインと蜂蜜は入念な下処理に必要だからと持参している。それと塩で下味をつけていく静架。
「葡萄の葉や蜂蜜には肉を柔らかくする性質が有るんです」
幸い村には葡萄農家も暮らしており若葉を分けてもらう事も出来た。その帰り際に採集した山菜と肉を若葉で包み蒸し焼きに。
(大勢で食べるものですし)
香草とチーズのオーブン焼きにも挑戦しながら、自分の好みで焼き過ぎることが無いよう意識を集中する。直火調理ならば癖で全て炭になる寸前まで焼いていた可能性があるくらいである。
「本によるとでっかいプリンはまろんだそうですねぃ」
鬼百合に肩をすくめる紫苑。
「マロンって栗のことじゃなかったでしたっけ」
「ところでプリンってなんですかぃ?」
「つかプリンしらねーんですかぃ、動物の乳や卵を混ぜて蒸した料理ですぜ」
本の記述、しかも一文だけのようだと把握して、簡単に説明。
「でっかいゆで卵の方がお腹いっぱいになる気がしまさぁ」
その方が早いのにと首を傾げる鬼百合に、紫苑はくくと笑った。
「ゆで卵も美味しいですけど、ガキにゃあプリンの方が幸せですぜ」
「しおんねーさん、子供扱いはよしてくだせぇ!」
食えばわかると言われたことより、扱いに不服を申し立てる鬼百合だった。
「うっわー大きいと割るのも一苦労……えっ、これも使うの?」
中身を出した後の殻を洗いながら時雨。料理はさっぱりだからと周りに指示を仰ぎながらだ。
(いい匂いー……はっ!?)
香ばしい匂いに誘われてふらふらと持ち場を離れかけたが、我に返った。完成した料理があったら危なかった。
肉食獣の卵と言うだけでもコクは強い。ただ肉と違って卵だからこそ独特の臭みが少ないのが調理のしやすさを示していた。
「だからこそ濃厚なプリンを作れるというものですわ」
溶かしバターを作りながらコルネは完成品を思い描く。大きいものは勿論だけれどそれだけ時間もかかるから、間をもたせるための小さなサイズもあるべきだ。流通を担うキャラバンの利点を生かして持参したプリン用の型を見返しながら、持ってきておいてよかったと一人頷く。まさかあれほど卵が多いとは思わなかったというのもある。
レシピを確認した紫苑主導でプリン作りに取り掛かる。
「オレ卵、まだ上手く割れねーんでさ」
服の裾を引っ張り困り顔の鬼百合に、この大きさは普通の人でも難しいだろうと思いながら紫苑。
「じゃあ鬼百合は混ぜ係な」
しっかり混ぜればそれだけ美味しくなりますぜと言えば、俄然張り切って手を動かしていく。その様子に折角だから豪華な飾りつけが出来ないものかと首をひねった。
どうしても硬い部位は時間をかけてぐつぐつ煮込む。
鍋をかき混ぜるネムリア。シチューもスープも、根気が大事。しっかり火を通してうま味もじっくり出さなくちゃ。
「それでも沢山残ってるよね」
このまま全員で食べきれるのかな? 干し肉にするのとか、提案したほうがいいのかな?
「燻製なんてのも良くないか?」
プリン液をかき混ぜながら提案するエリオになるほどとカミラ。
「チップを積む余裕も欲しかったな」
グリフォンなら多くとも数頭だろうと整えた物資では、足りないので無理とのこと。
「代わりになるかはわからんが、余った卵はもっていって構わない。肉も、残るようなら」
勿論食べる前提だぞと念は押された。ラプターは人を襲っていなくても害獣扱いらしい。
「肉料理とデザート付きって豪華だね?」
プリンを作ろうと集まった者達はまだ忙しく動き回っている。
(これは……かなり期待できそう?)
師団長の腕は知っているけれど、それ以外だって勿論。甘い香りが漂いはじめる中ユリアンは微笑んだ。
●
「待ってました、本日のお目当てっ!」
相手がグリフォンだと思っていたから一行の荷物では容器が足りなかったこともあり、プリンの容器は大半が卵の殻だ。時雨の仕事もここに生きている。一番最初の一個を前にプルンと掬った。弾力、文句なーし!
ぱくっ
「あぁ、とろける、なめらか、おいし……♪」
思わず手を頬に当ててしまうのは、とろけて落ちてしまうような気がしたからだ。
「しっかり堪能しないとね!」
「もう少しで出来上がりますから、こちらを飲んでまっていてくださいませ?」
コルネが持参の茶葉を使って淹れたロイヤルミルクティーをルイーズの前に置く。
「ありがとー!」
笑顔で受け取ってほぅと一息。やっぱり秘書の入れたお茶って社長の必須アイテムだよね?
「ねぇねぇコルネー、練習もしたからいつもより多めでもいい? だめ?」
食べる前からおかわりを催促してみるのは、それだけ材料が多いとわかっているからだ。
「そうですわね……まずはこちらからお召し上がりくださいね」
置かれたのはプレーンと、優しい茶色の紅茶プリン。
「プリンだぁー!!! プリンだよぉー!!! 最初から2個もあるの!? やったね♪」
笑顔で食べ始めるルイーズは、まだ知らない。
卵の殻を使った巨大プリンが後のサプライズに控えているという事に。
「古来に実在したとわかっている獣程度では私は満たされないのだよ。未知を既知とするその高揚がこれでは感じられない……」
晴れぬ心を吐露しながらやけ食いする大二郎の横で、レイオスは玉葱酵素で柔らかく仕上げたシャリアピンステーキをたっぷり皿に盛って他の料理と交換に勤しむ。
「腹一杯食えるのはありがたいぜ」
でもグリフォンが食えないのは惜しかったな、せっかくこの世界に居るのだから。また機会があるといい。
「意外とうまいな」
やや強めに臭みが残っている部位を使った料理でも、平気で平らげていくティーア。
「こいつでこれだけうまいとなるとグリフォンはどれくらいうまいんだろうな?」
しっかりと火を通したステーキに添えてあるのは香り豊かなガーリックソースと、刻んだ野菜に芋でとろみをつけたソース、好みでつかえるよう、量も申し分なく準備してある。
ふわりと湯気を立ち昇らせるオムレツは、中を開くとラプターの肉が詰められている。時折見える緑は香草のようだ。
「……やっぱり、一番気になってしまうわね」
興味津々にシーラの料理を観察していたエアが言うのは、卵を丸ごと一個使った目玉焼きだ。フライパンでは焼けないからと、天板を利用して竃で焼き上げたそれは、そもそも皿に乗せることも出来なかった。仕方ないので葉を洗って敷きつめた上に盛られている。
「予想以上のインパクトだったな」
作った側の意見も最もだ。
「でも、相変わらずの腕で何よりだわ……うん、美味しそう」
あの見た目でどうなるかと思ったけれど、シーラの腕があるものねと食べ始める。
「……?」
思った通り美味しいわと視線をあげれば、見ているだけの幼馴染が気になった。
「私ばかり食べて、シーラが食べないのはおかしいわ?」
作り手だって食べなくてはダメでしょう? 食べていたオムレツをひとすくい、シーラの口元へと差し出した。
「錬金ならともかく、私は自分の技量を分かっているからね」
甘い卵焼きは焦げやすい。きつね色を通り越した茶色い塊を前にしながらも、メリーベルは神妙にフォークを握りしめた。
(これだって自分の作品だ)
プリンを真似てしっかりかき混ぜていたおかげか、中はふんわり滑らかに仕上がっていた。
「たまには興味深くていいですね」
他の料理にも手を出しながら静架が呟く。誰かのために作る参考になるだろうか。無自覚の下でそんな思いも隠れているかもしれない。
出来たプリンは、ひっくり返してお皿に盛りつけ。鬼百合の頭と同じくらいある。
(よく崩れなかったな)
口にしないのは、すぐ傍で目を輝かせ驚く鬼百合がいるからだ。
「これで仕上げでさぁ」
カラメルをかければその輝きも増した。それだけでも喜びの色が強くなったのが分かる。
ぷるりと震えるプリンに恐る恐るスプーンを差し入れて、一口。
「!!!」
柔らかさとか甘さとか、口の中で溶ける滑らかさとか。何を言っていいかわからなくなった鬼百合は思わず紫苑にしがみつく。
「オレ、オレ……この一口のために生きてまさぁ……!」
感動に震える養い子を抱き留める紫苑。
「口にあったなら何よりですぜ」
「だって! ねーさんも食べてみなせぇ! こんなおいしいの生まれてはじめてですぜ!」
言われるまま躊躇いなくスプーンを刺したら、風情がないと言わせてしまったけれど。
(どこでもいつでもプリンはガキにとって特別なもんなんですねぇ)
作った甲斐があったと満たされた気分になるのだった。
取り分けた料理と卓上調味料で最後の仕上げに挑戦するエリオ。
塩ざっくり、砂糖少し、ソースたっぷり胡椒山盛り。土台のステーキがもう見えない。
「流石新鮮な食材は美味いな!」
巨大プリンを美味いと言った同じ口で豪快に笑う。その様子を見ていた周囲の者達の驚きの視線には気付いていなかった。
「成仏なさって下さいね……」
プリンを食べながら、目を伏せそっと供養の祈りをエルウィングが捧げていた。エリオの皿は見なかったことにしたようだ。
「おいしーい♪」
クリームも使わている特大濃厚プリンに、焼き菓子や後がけのカラメルを飾り付けて気分はア・ラ・モード。
満喫笑顔の桃花の頬にはプリンの欠片。そこにハンカチが差し出された。
「相変わらず食欲旺盛のようですね。同席しても?」
「んむっ!? せーちゃん先生……!?」
くすくすと笑う誠一の姿に慌てると同時に、プリンのピラミッド盛りを試さなくてよかったと内心ほっと息をつく。
「勿論どうぞっ」
食べる手は止めず、嚥下の合間に話す。
「せーちゃん先生。生徒さんには会えた?」
「一部ですが、はい。元気でやっているみたいです」
「そっか。他の子もみんな大丈夫だよ!」
「ありがとうございます。……桃花さんは本当に美味しそうに食べますよね」
二度見したことは黙っておきましょう。いつかの鬼盛りバーベキューに勝るとも劣らない量のプリンが小柄な身体に消えていくのを、やはり微笑ましい思いで見つめる。
「こ、これは、そう、運動後はおなかが空くから! 食いしん坊じゃないわよっ?」
再会を喜び近況を伝え合う中にも、いつかと同じ穏やかな空気が流れていた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/18 23:29:50 |
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役割分担という名の意識調査 ティーア・ズィルバーン(ka0122) 人間(リアルブルー)|22才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/05/19 04:55:24 |