ゲスト
(ka0000)
背徳のドグマ
マスター:坂上テンゼン

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/05/23 09:00
- 完成日
- 2015/05/27 20:20
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●或る貴族の述懐
ただ、死にたくなかった。誰がそれを責められよう?
私は貴族として生まれ、それなりに勤めを果たし、それなりにいい暮らしをしてきた。
しかし世の中は安定せぬものらしい。
ここ最近になって、歪虚の活動が活発化してきた。
私の領地はグラズヘイム王国では、歪虚どもの本拠地であるイスルダ島に程近い。
いつか来るのではないかと思っていたが、私の領地にも歪虚が出た。
命あっての物種である。すぐさま王都に逃げ込んだ。
王都イルダーナは六つの壁に護られた都市。ここより安全な場所はグラズヘイム王国にはあるまい。そう思った――
――が、その期待は粉々に打ち砕かれた。
『ベリアル』と言っただろうか、あの歪虚どもの首魁は。
王都の防衛網を突破し、玉座の間まで至ったという。
最終的には王都が占拠されることは防げた。しかしベリアルは未だ存命であり、イスルダ島にて今も悠々と侵攻の機会を待っていると言う。
もはや逃げ道は何処にも無い。
ただ絶望しかなかった――
そんな私だったが、ある日素晴らしい教えを耳にした。
『司祭』が語るには、人類は脆弱であり、王国はもはや絶体絶命だという。
どれだけ戦っても、人類は歪虚に勝てない。
しかし、歪虚と共に生きることはできるのだそうだ。
祈りと学びの日々を送れば、ただの人間でも『歪虚の仲間になれる』らしい。
そうすれば、やがて来る人類の終末をも越えて、生き続けることができるのだという。
生き永らえる手段。それは希望と呼ぶべきだ。
誰が私を責められるだろう?
●一家団欒
「お母様。ヒューお兄様をお連れ致しましたわ」
子爵婦人マハ・スフォルツァは、執務室にて末娘ジョセファが長男ヒューバートを伴って入ってくるのを迎えた。
「ご苦労です。首尾はどうですか?」
はるばる王都から帰ってきた――イルダーナからハルトフォートまでは覚醒者のジョセファに連れられて転移門でだが――長男に対し、事務的に聞いた。
それが母だと、ジョセファもヒューバートもよく解っていた。
「お元気そうで何より……報告はこちらに纏めてありますよ、母上」
乾いた笑いを浮かべ、書簡をマハの机に置いた。
マハは何も言わずにそれに目を通し始めた。
「よく調べてくれました」
はじめて労いのような響きが込められた言葉を、マハは発した。もっとも息子は、そんなものに素直に喜ぶような性根ではなかったが。
ヒューバートは、母にいいように使われている事を知りながら、それをどうすることもできない自身を自嘲しているのだ。
この関係は当分、もしかしたら生涯、変わらないだろう。
「見直してもらいたいね。割と危ない橋も渡ったのですよ?」
「危ない橋を渡ったのは雇った探偵でしょう? お兄様」
「私が雇ったのだから私の手柄さジョセファ!」
「……母上?」
母が沈黙したまま調書を凝視しているのを、息子と娘はある種の緊張感を持って認めた。
「ヒュー。場所は突き止めているのですね?」
「はい、母上」
「ジョセファ、ギョームとピエを呼びなさい。ヒュー、追って指示は伝えます」
調書にはこう書かれていた。
マハの夫、ヘスディン・スフォルツァ子爵は山の中にある地下礼拝堂で歪虚信仰を行っている、と。
●精鋭の声明
「……まるで物扱いッス」
子爵夫人の私兵団『光輝なる盾』の一員にして覚醒者のギョーム・ペリエは、告げられた任務について、そう感想を漏らした。
「”ヘスディン・スフォルツァをいかなる手段を用いても持ち帰れ”って……なんとも思わないの? お嬢様」
同じく一員であるピエ・ドゥメールが、その持ち帰るよう言われた対象の娘であるジョセファに聞いた。
「何とも思いませんわ!」
元気良く言い放った。そして豪奢な意匠の施された拳銃を掲げた。
「わたくしは銃さえ撃てれば満足」
「はぁ……」
聖職者の娘であるピエだったが、説く説話が見つからなかった。
「ピエも親父さんが依頼を出すって話になって大変だよな」
「当主が歪虚信仰だなんて世間に知られたら洒落にならないもんね……
一番大変なのは奥様だよ」
「すると俺達も名乗らないほうがいいのかな?」
「依頼を受けるハンターに? 別行動でしょ?」
「現場で顔を合わすかも知れないだろ」
「わたくしはハンター! 訳あって名乗れませんわ!」
黒いゴシックドレス姿で二丁の豪奢な拳銃を構え、ジョセファが名乗れないなりに名乗って見せた。
(名前ってなんだっけ)
ギョームとピエは思った。
●求む、ハンター
某日、イルダーナのハンターオフィスに一つの依頼が届けられた。
依頼人の名は、ウジェーヌ・ドゥメール。地方の聖職者である。
縁者が行方不明になっており、行方を追っているうちにその人物が歪虚信仰に嵌まってしまっていることがわかり、歪虚信仰をしている集団が明らかになったという。
イルダーナから街道沿いに東に行き、途中で街道を外れ北に行った地点にある、自然洞窟を改造した地下礼拝堂を拠点に活動を行っているらしい。
その試みを阻止して欲しい。
尚、一般人は全員生還させる事。
なお、この依頼に関して別の任務を負って行動している者達がいる。
かれらの手助けも可能な限り出来ると望ましい。
ただ、死にたくなかった。誰がそれを責められよう?
私は貴族として生まれ、それなりに勤めを果たし、それなりにいい暮らしをしてきた。
しかし世の中は安定せぬものらしい。
ここ最近になって、歪虚の活動が活発化してきた。
私の領地はグラズヘイム王国では、歪虚どもの本拠地であるイスルダ島に程近い。
いつか来るのではないかと思っていたが、私の領地にも歪虚が出た。
命あっての物種である。すぐさま王都に逃げ込んだ。
王都イルダーナは六つの壁に護られた都市。ここより安全な場所はグラズヘイム王国にはあるまい。そう思った――
――が、その期待は粉々に打ち砕かれた。
『ベリアル』と言っただろうか、あの歪虚どもの首魁は。
王都の防衛網を突破し、玉座の間まで至ったという。
最終的には王都が占拠されることは防げた。しかしベリアルは未だ存命であり、イスルダ島にて今も悠々と侵攻の機会を待っていると言う。
もはや逃げ道は何処にも無い。
ただ絶望しかなかった――
そんな私だったが、ある日素晴らしい教えを耳にした。
『司祭』が語るには、人類は脆弱であり、王国はもはや絶体絶命だという。
どれだけ戦っても、人類は歪虚に勝てない。
しかし、歪虚と共に生きることはできるのだそうだ。
祈りと学びの日々を送れば、ただの人間でも『歪虚の仲間になれる』らしい。
そうすれば、やがて来る人類の終末をも越えて、生き続けることができるのだという。
生き永らえる手段。それは希望と呼ぶべきだ。
誰が私を責められるだろう?
●一家団欒
「お母様。ヒューお兄様をお連れ致しましたわ」
子爵婦人マハ・スフォルツァは、執務室にて末娘ジョセファが長男ヒューバートを伴って入ってくるのを迎えた。
「ご苦労です。首尾はどうですか?」
はるばる王都から帰ってきた――イルダーナからハルトフォートまでは覚醒者のジョセファに連れられて転移門でだが――長男に対し、事務的に聞いた。
それが母だと、ジョセファもヒューバートもよく解っていた。
「お元気そうで何より……報告はこちらに纏めてありますよ、母上」
乾いた笑いを浮かべ、書簡をマハの机に置いた。
マハは何も言わずにそれに目を通し始めた。
「よく調べてくれました」
はじめて労いのような響きが込められた言葉を、マハは発した。もっとも息子は、そんなものに素直に喜ぶような性根ではなかったが。
ヒューバートは、母にいいように使われている事を知りながら、それをどうすることもできない自身を自嘲しているのだ。
この関係は当分、もしかしたら生涯、変わらないだろう。
「見直してもらいたいね。割と危ない橋も渡ったのですよ?」
「危ない橋を渡ったのは雇った探偵でしょう? お兄様」
「私が雇ったのだから私の手柄さジョセファ!」
「……母上?」
母が沈黙したまま調書を凝視しているのを、息子と娘はある種の緊張感を持って認めた。
「ヒュー。場所は突き止めているのですね?」
「はい、母上」
「ジョセファ、ギョームとピエを呼びなさい。ヒュー、追って指示は伝えます」
調書にはこう書かれていた。
マハの夫、ヘスディン・スフォルツァ子爵は山の中にある地下礼拝堂で歪虚信仰を行っている、と。
●精鋭の声明
「……まるで物扱いッス」
子爵夫人の私兵団『光輝なる盾』の一員にして覚醒者のギョーム・ペリエは、告げられた任務について、そう感想を漏らした。
「”ヘスディン・スフォルツァをいかなる手段を用いても持ち帰れ”って……なんとも思わないの? お嬢様」
同じく一員であるピエ・ドゥメールが、その持ち帰るよう言われた対象の娘であるジョセファに聞いた。
「何とも思いませんわ!」
元気良く言い放った。そして豪奢な意匠の施された拳銃を掲げた。
「わたくしは銃さえ撃てれば満足」
「はぁ……」
聖職者の娘であるピエだったが、説く説話が見つからなかった。
「ピエも親父さんが依頼を出すって話になって大変だよな」
「当主が歪虚信仰だなんて世間に知られたら洒落にならないもんね……
一番大変なのは奥様だよ」
「すると俺達も名乗らないほうがいいのかな?」
「依頼を受けるハンターに? 別行動でしょ?」
「現場で顔を合わすかも知れないだろ」
「わたくしはハンター! 訳あって名乗れませんわ!」
黒いゴシックドレス姿で二丁の豪奢な拳銃を構え、ジョセファが名乗れないなりに名乗って見せた。
(名前ってなんだっけ)
ギョームとピエは思った。
●求む、ハンター
某日、イルダーナのハンターオフィスに一つの依頼が届けられた。
依頼人の名は、ウジェーヌ・ドゥメール。地方の聖職者である。
縁者が行方不明になっており、行方を追っているうちにその人物が歪虚信仰に嵌まってしまっていることがわかり、歪虚信仰をしている集団が明らかになったという。
イルダーナから街道沿いに東に行き、途中で街道を外れ北に行った地点にある、自然洞窟を改造した地下礼拝堂を拠点に活動を行っているらしい。
その試みを阻止して欲しい。
尚、一般人は全員生還させる事。
なお、この依頼に関して別の任務を負って行動している者達がいる。
かれらの手助けも可能な限り出来ると望ましい。
リプレイ本文
●道中の宿場にて
「お待ちしておりましたわ」
黒いゴシックドレスに身を包みマスカレイドで顔を覆い、両腰に拳銃を下げた娘が現れた。
ハンターの一行が道中、立ち寄った宿場でのことだった。
「この件で別行動をしている者の一人ですわ。わけあって名前は明かせませんが――」
「あー! お嬢じゃないっすか!」
しかし、以前の依頼で知己となった神楽(ka2032)には、一目でジョセファ・スフォルツァであると解られた。
「あら神楽さ……じゃなくて、知らない人ですわ!」
明らかにはぐらかされたので、神楽はそれ以上突っ込むのを止めた。
「仲間が二人、すでに潜入しています。皆さんが仕掛けるのに乗じて、こちらも仕事にかかる手筈です」
ジョセファは状況を説明した。
「で、自分らの仕事終わったら帰るんか?」
真龍寺 凱(ka4153)の問いに、ジョセファは二丁拳銃を抜いて両手でくるくると廻し、顔の横で銃口を上げて止めてから、応えた。
「勿論、的はきちんと撃ち抜いてから帰りますわよ?」
●邪宗の穴
歪虚信仰の拠点に着いたのは、その日の夕刻だった。
山中に分け入ると岩の割れ目に洞窟があり、仄かな灯りに見張りと思しき法衣の人物が照らされている。
一行はそれを確認すると、一旦退いた。
そして、輪の中からクランクハイト=XIII(ka2091)と蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の二人だけが離れた。
他の面々は、見張りを立てて洞窟から離れた所で野宿をした。
皆が寝静まった頃、見張りのため起きていたラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)は、感情を吐露したくなったのか、同じく焚き火を囲む傍らの同業者に話を振った。
「なんだか、やるせなくなりますね……
入信した奴らは、自分たちが助かれば後はどうでもいいんだ」
これにセドリック・L・ファルツ(ka4167)は、穏かな物腰で応えた。
「悪に頭を垂れる者を責めてはならないよ。
其れは弱さゆえであり、弱さとは誰にでも備わった素質なのだから」
「それでも……奴らは人を裏切ってます」
憤りを隠そうともしないラシュディアに、セドリックは静かに、
「いつか解る時が来る」とだけ言った。
同じ頃、クルス(ka3922)は眠れぬ時を過ごしていた。
(歪虚なんて信仰したって……いや、それで救われるんならそれでもいいのかも知れねえけど、そんな事で本当に救われるもんかよ。なあ……。
あー、これは俺の我儘、かな。どうなんだろうな、爺さん)
考え事は、なかなかやめることができなかった。
一方、洞窟では二つの人影が現れた。
やがて灯火がみすぼらしい修道女と刺青のある女の姿を映し出した。
「ここは人を捨て、歪虚を崇め歪虚を目指す者達の信仰の場。何故ここに参られたのか?」
法衣の男は聞いた。
「戦いに巻き込まれ、右腕も家族も失い、もう行く宛が無いのです……どうか、此処に置かせては貰えませんか」
みすぼらしい修道女がこう言い、
「……どうぞ人の絶えた歪虚の世にて、新しき生を下さいませ……」
刺青の女がそう繋いだ。
「我等が信仰は全ての人に開かれている。さあ中へ」
法衣の男は二人を中へと招き入れた。
生活スペースに案内されると、獣のような匂いが鼻を突いた。
住人達は清潔な暮らしをしているとは言えないようだった。通路には人が寝そべり、そういうものは酒に酔っていた。誰もそれを咎める様子はない。
広い部屋に案内され、そこで暮らすよう言われた。
男女に分かれていたが、個別の空間はなかった。
誰もが覇気のない顔で、沈んでいるか、酔い潰れているか、何も考えていないかのどれかとしか見えなかった。
翌日。朝日が昇ると共にハンター達は行動を開始した。
シャルロット=モンストルサクレ(ka3798)が洞窟の周辺を探索し、深くまで繋がっていると見られる洞穴を見つけた。位置的には例の洞窟に繋がっているようにも思えた。
が、目ぼしい発見と言えばそれくらいで、一行はあとは待つことしかできなかった。
その日の夕刻。
野営の準備をしていた神楽が、自分達の陣地に何かが近づいてきたのを見つけた。
「何にもしてねぇっす!」
パルムだった。よくパルムに悪事を見咎められる神楽は反射的に口走っていた。
よく見ると傍らに黒猫もいた。一行に呼びかけるように鳴いている。
「この子達……クランクハイトさんと蜜鈴さんの……」
セレスティア(ka2691)が近づく。
「何か持ってる……」
セレスティアはパルムが布切れを持っているのに気付き、それを広げて焚き火にかざし、仲間にも見えるようにした。
「これは……『見取り図』です」
血で書かれた、簡単な地図だった。入り口から三叉路に分かれており、それぞれ礼拝堂、生活スペース、もう一つは用途の解らない部屋へと続いている。さらには、奥に非常口が存在するとも書かれていた。
「位置的には私が見つけた穴と一致するようだ!」
シャルロットが、非常口について言った。
また、文章も書かれていた。
『襲撃には信者が一箇所に集まる朝の礼拝時が適する。礼拝前には合図の鐘が鳴る。
もう一つの部屋には調査を妨害されわからずじまい』
それは、潜入したクランクハイトと蜜鈴からの連絡だった。
「明日の朝……」
ジョージ・ユニクス(ka0442)が立ちあがり、居住まいを正した。白い甲冑が、重々しく鳴った。
一行はジョージの顔を見る。その表情は兜に隠され、伺えない。
「明日の朝、襲撃をかけましょう」
だが、声は心情を雄弁に語っていた。
●津波の如く
「何だ! お前達は!」
見張り役が質すのも聞かず、ハンター達は攻撃を仕掛ける。
見張りはたまらず中へと逃げ込む。
「ちぃ、逃がしましたわ!」
ジョセファの手の拳銃から硝煙が上がった。
「急いで礼拝堂へ!」
ジョージが先陣を切る。残りもそれに続いた。
すでに鐘の音は耳にしていた。地中に続く路に行く手を遮るものはなく、礼拝堂に通じる扉を叩き開け中へとなだれ込んだ。
「全員ここを動くな!」
ジョージが叫んだ。中には大勢の人間が集まっており、突然の闖入者に慌てふためき、騒いだり、逃げ惑ったりしている。
「逆らうなら殺していいって言われてるっす!」
「死にたくなければ黙って大人しくしろ! その場に伏せるんだ!」
神楽が銃口を人々に向け、ラシュディアが呼びかけると、人々は一応は事態が飲み込めたのか、言う通りにするものも居た。
その場から逃げ出そうとするものがいた。一行が入ってきた入り口とは別の扉へと何人かが向かう。
しかし、いちはやく走った修道女がドアに取り付き、開けるのを防いだ。そこで、顔を覆っていた頭巾を外した。
中から現れたのは、クランクハイトの顔だった。
信者はクランクハイトを引き剥がそうとその手に掴みかかるが、その手に向けて振るわれる刃があった。
血が滴る。セドリックの剣だ。
「私は聖職者ではないのでね。救いに来た、などと大それたことは言えないが」
セドリックは表情一つ変えず普通の人間に剣を向け、そう言った。
また、別の行動を起こす者もいた。若い男が、傍らの中年男に当身を食らわせ、気絶させて肩に担いだ。それを庇うように立つ女もいた。
「ギョーム! ピエ!」
ジョセファがその男女に駆け寄る。
(名前呼ぶんだ……)
思いつつ、二人はジョセファからそれぞれの武器を受け取る。
「静まれ! 貴様ら、何者だ?!」
奥の講壇から、司祭が一行を誰何した。
「司祭様、お助け下さい!」
誰も応えず、代わりに信者の一人が司祭に縋った。
「落ち着くのだ!」
「どうぞ、どうぞ、お助け下さい。生きて居とうございます……人として、のう?」
その瞬間、礼拝堂に緋色の光が爆ぜた。
力なく倒れる司祭。既に人の姿ではなく、頭部が黒焦げになった羊のそれとなっていた。
「緋色の散華、舞い散るは人の紅に非ず……獄炎にて懺悔せよ」
蜜鈴だった。眼下に倒れた歪虚に、手向けの言葉を贈る。
潜入時に武器は仲間に預けなくてはならなかった蜜鈴だが、彼女の靴が魔術具であり、歪虚は気に留めなかったようだ。
間髪を入れず壇上にセレスティアが上がり、信者達に呼びかけた。
「私達は歪虚を倒しに来たハンターです。歪虚は皆さんを幸せにすることはありません! これから皆さんには家に帰って頂きます」
これには諦めた顔をする者、混乱する者、反応は様々だった。
「帰ったって仕方ないんだ!」
中には怒り狂って反論するものもいた。
「それでも人間の世界に帰って頂きます!」
セレスティアは、押し切った。
●地下礼拝堂での戦い
「大勢で来たぞ!」
礼拝堂に来る敵を防ぐため通路に陣取っていたクルスが、仲間に知らせる。
通路の奥から、野犬や鹿など獣を元型とした雑魔と、それらを引き連れた司祭が複数、一行の前に現れた。
「愚かな! お前達はそいつらを助けに来たと思っているのだろうが……選択肢を奪っているだけに過ぎん!
かれらは自らの意思で選択したのだ!」
「言いたいことはそれだけかッ!」
司祭の言葉を受け、ジョージが鋭く言い放った。
今、彼の脳裏には、彼の知る、かつて歪虚へと変じた者の姿が思い起こされていた。
強く剣を握りしめ、敵を睨みつける。
「来い……! 貴様達の様なモノがいるから、いるから……!」
「かかれ!」
号令と共に、雑魔が一行に襲い掛かる。
ジョージは身構えて鎧で雑魔の牙を受け、体で押し返してから、雑魔を斬り伏せる。
「誰も殺させねぇ!」
クルスは自身にプロテクションの加護をかけ、盾を構えた。
襲い掛かった雑魔は盾に押し込まれ、気勢を挫かれる。
「てめぇらぁ! よく見とけやぁ!」
凱は『金色暴君』と銘打たれた大薙刀を手に、背後の信者達に向けて呼びかけた。
熊の姿をした雑魔の爪を薙刀で受け止め、回りこんで大上段の一撃を見舞う。
必殺の一撃を受けた雑魔は黒い粒子となって消え去った。
「これが人間の強さ言う奴っちゃあ!」
心情は様々であったが、信者達の多くが、その様子に魅入っていた。
「喰らえ!」
ラシュディアは真っ直ぐに突き出した魔法杖から、一条の雷光を奔らせる。一直線に伸びたそれは、複数の雑魔を同時に焼いた。
「ラシュディア! 下がって!」
雷光が止むと同時にセレスティアがその前に立ち、盾を構え敵の攻撃に備えた。
別の場所ではセドリックが剣を振るい、雑魔の一体を屠っている。
さらには、神楽が仕込み杖を抜いての剣戟を見せ一体を斬り伏せた。
「ひるむな! 皆殺しにしろ」
対し、司祭達は人の姿から羊の頭部を持った本来の姿へと変じ、後方から魔法の矢を放ってくる。
そして雑魔も恐れを知らぬと言った風に突撃して来る。
法具を仲間から受け取ったクランクハイトが、傷を負った前衛の仲間にヒールを飛ばす。セレスティア、クルスもまた攻撃に対応できるよう注意している。
「さあ、今こそ俺達のコンビネーションを見せるときだ!」
「ええ、よろしくてよ」
「……」
「ピエ!」
「あっ返事要るの?!」
ギョームとピエが前に出、攻撃を仕掛けた。死角から襲い来る別の雑魔を、すぐ後ろに控えたジョセファが銃撃で撃ち落す。
「猟撃士ごと前にでるっすか?! ……いや、これは」
以前からかれらを知る神楽が目にしたのは、死角を補い合うとともに、遠近回復を備えた一つの単位となった三人の連携だった。
「くっ、こいつら強い」
歪虚は雑魔の数が段々と減っていくのを見ていた。
「でぇぇぇりゃぁぁ!!」
「!」
完全に虚を突かれた。
いつの間にか雑魔の囲みを越えて近づいて来ていたジョージが剣を構え、一直線に突撃してきたのだ。
その司祭は胸に深々と剣を突き通され、絶命して無へと還った。
ジョージは別の敵を求め向きを替える。
白い甲冑の各部から、溢れんばかりの殺意が炎となって燃えていた。
だが、危機感を感じたからこそ、司祭達はメイスを振りかぶり、一斉にジョージに殴りかかる。
その内の一体が突如火の矢に貫かれ、燃え上がった。
遠方から、射線を確保した蜜鈴が放ったものだ。
残る二体の攻撃をジョージは受けるが、それは致命傷には至らず、怒れる不死鳥の羽ばたきを止めることはできない。
――そこに、金色の旋風が踊った。
黄金の大薙刀を振るう凱が、司祭の一人を速やかに斬り伏せる。
「オラァ、弱いわ貴様らぁ! ちっとは根性見せろやボケども!」
凱の大音声が、地下礼拝堂に響き渡った。
「あと一歩です。しっかりと!」
クランクハイトがヒールをかけながら前衛の仲間に呼びかける。
彼の言うように戦況はハンター側に傾いていた。畳み掛けるように、前線が前に行く。
クルスの、盾で凌いでからの反撃が雑魔を屠る。ラシュディアの雷光が雑魔を薙ぎ払い、セレスティアとセドリックが脇を固める。雑魔は程なくして全滅した。
残る司祭も、神楽の祖霊の力を込めた一撃を受け、絶命した。
「次は……! あれ……?」
神楽は周囲を見回す。
「一人、居なくなってるっすよ!」
闇の切れ目から光が差している。
一人の少女が、そこに向かって走っていた。
――だがその前に立ちはだかるものがあった。
「どちらへお出かけかなお嬢さん?」
シャルロット=モンストルサクレは穏かに聞いた。
「た……助けてください……
私、本当はこんな所にいたくない……」
喉から搾り出すように、掠れた声で少女は言った。
「そうか、では――」
シャルロットは、剣を抜いた。「――ここで死ぬがいい」
「え……?」
「いや何、簡単じゃないか。
死んでしまえば、何も嫌じゃなくなるだろう」
シャルロットは少しずつ歩みを進めていく。
そして、無造作に首筋に剣を叩き込んだ――
果たしてその一撃は避けられた。もとより当てるつもりは無かった。
意味は、あった。なぜなら眼前の少女だったモノは、今は羊の頭部を持つ歪虚へと変じていたからだ。
「なぜ解った?」
「おいおい……そのわざとらしい同情を引く格好を怪しまないと思ったのか?」
「おのれ……!」
騙し通せると思っていたのも、傲慢ゆえである。
歪虚は剣を抜いた。
シャルロットも剣を構え直す。すると、彼女の身体より沸き立つオーラが、一体のドス黒い色をした人骨を象った。骸骨は、背後からそっと彼女を抱き締める。
「嗚呼、『La Pucelle』よ……どうか私の傍で、微笑んでいておくれ……」
彼女は、骸にくちづけた。
歪虚は打ちかかった。
シャルロットはそれを受ける。両者の刃が、幾度と無く打ち合い、火花を散らした。
歪虚の剣が二度、シャルロットの身を掠めた。そして、二度目の回避から繋いだ反撃が、歪虚の剣を斬った――折ったのではなく――。
そして、手首を返して放たれた次の一撃が、羊の頭部を紙細工のように斬り裂いた。
その剣の名は煌剣『ルクス・ソリス』。
最高の材質と技術を用いられた、神に祝福された剣である。
「死には死を。救済には救済を。嗚呼、我等が父よ。惑う子羊に、どうか慈悲の陽光を」
嗚呼、その恍惚とした表情。
声も無く倒れ伏した歪虚に、シャルロットは手向けの言葉を贈った。
●人間の世界へ
「怪我してないか? してたら言えよ」
クルスが、声をかけつつ信者達の間を歩く。
一行はその後洞窟の全区域を捜索したが、歪虚が潜んでいることはなく、中にいた人間を導き、全て外へと出した。
中には頑としてその場を動こうとしないものも居た。
クランクハイトはそういう者の頭を掴み、こう説くのだった。
「本当にアレらと同じになるつもりなら、私達が『救い』に行ってあげますよ。
……ですから、ちゃんと死んでください。貴方達を生かそうと戦って散った見ず知らずの人々に、少しでも恥じる気持ちがあるのなら、最後まで生きて死になさい」
言われた側は、言い返しこそしなかったが、深く恥じ入るような顔をしていた。
皆、本当ははじめから気付いていた。自分達は間違っていると……。
そこからが大変だった。60人前後の人間を連れて王都を目指すのであったが……とにかく色々苦労して、一行は何とか王都まで一人も欠けることなくたどり着いたのだった。
王都の最初の外壁をくぐって最初の広場に着き、そこからは解散となった。
「ここからは別行動だ!」
ギョームが一行に言った。その後ろには両手を縛られてフードで顔を覆った男がいる……連行されている風体だ。
「皆さん、お疲れ様です」
「おつかれさん! 今度一緒に飯でも行こや!」
凱がごく自然な流れでピエにだけ言った。ピエはやや困った顔をして、曖昧な態度でお茶を濁しただけだったが。
こうして三人と別れ、一行もそれぞれ思い思いのやり方で、この一件の始末をつけることになる。
後に王国北西から、ヘスディン・スフォルツァ子爵が引退し、息子のヒューバートが家督を継いだと言う報せが、王都にも伝わることになるが、この一件との関わりを知るものがいたかどうかは定かではない。
尚、その後のヘスディンの動向は不明。
セドリックは、後にこの一件を振り返り、自身の日記にこう書いている。
『我々は決して強い生き物ではない。だからこそ導きを必要としているのだ。
弱者を責めるな、それは私の姿をしているかもしれない。
弱者を責める者を責めるな、それもまた、或いは私なのかもしれないのだから』
「お待ちしておりましたわ」
黒いゴシックドレスに身を包みマスカレイドで顔を覆い、両腰に拳銃を下げた娘が現れた。
ハンターの一行が道中、立ち寄った宿場でのことだった。
「この件で別行動をしている者の一人ですわ。わけあって名前は明かせませんが――」
「あー! お嬢じゃないっすか!」
しかし、以前の依頼で知己となった神楽(ka2032)には、一目でジョセファ・スフォルツァであると解られた。
「あら神楽さ……じゃなくて、知らない人ですわ!」
明らかにはぐらかされたので、神楽はそれ以上突っ込むのを止めた。
「仲間が二人、すでに潜入しています。皆さんが仕掛けるのに乗じて、こちらも仕事にかかる手筈です」
ジョセファは状況を説明した。
「で、自分らの仕事終わったら帰るんか?」
真龍寺 凱(ka4153)の問いに、ジョセファは二丁拳銃を抜いて両手でくるくると廻し、顔の横で銃口を上げて止めてから、応えた。
「勿論、的はきちんと撃ち抜いてから帰りますわよ?」
●邪宗の穴
歪虚信仰の拠点に着いたのは、その日の夕刻だった。
山中に分け入ると岩の割れ目に洞窟があり、仄かな灯りに見張りと思しき法衣の人物が照らされている。
一行はそれを確認すると、一旦退いた。
そして、輪の中からクランクハイト=XIII(ka2091)と蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の二人だけが離れた。
他の面々は、見張りを立てて洞窟から離れた所で野宿をした。
皆が寝静まった頃、見張りのため起きていたラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)は、感情を吐露したくなったのか、同じく焚き火を囲む傍らの同業者に話を振った。
「なんだか、やるせなくなりますね……
入信した奴らは、自分たちが助かれば後はどうでもいいんだ」
これにセドリック・L・ファルツ(ka4167)は、穏かな物腰で応えた。
「悪に頭を垂れる者を責めてはならないよ。
其れは弱さゆえであり、弱さとは誰にでも備わった素質なのだから」
「それでも……奴らは人を裏切ってます」
憤りを隠そうともしないラシュディアに、セドリックは静かに、
「いつか解る時が来る」とだけ言った。
同じ頃、クルス(ka3922)は眠れぬ時を過ごしていた。
(歪虚なんて信仰したって……いや、それで救われるんならそれでもいいのかも知れねえけど、そんな事で本当に救われるもんかよ。なあ……。
あー、これは俺の我儘、かな。どうなんだろうな、爺さん)
考え事は、なかなかやめることができなかった。
一方、洞窟では二つの人影が現れた。
やがて灯火がみすぼらしい修道女と刺青のある女の姿を映し出した。
「ここは人を捨て、歪虚を崇め歪虚を目指す者達の信仰の場。何故ここに参られたのか?」
法衣の男は聞いた。
「戦いに巻き込まれ、右腕も家族も失い、もう行く宛が無いのです……どうか、此処に置かせては貰えませんか」
みすぼらしい修道女がこう言い、
「……どうぞ人の絶えた歪虚の世にて、新しき生を下さいませ……」
刺青の女がそう繋いだ。
「我等が信仰は全ての人に開かれている。さあ中へ」
法衣の男は二人を中へと招き入れた。
生活スペースに案内されると、獣のような匂いが鼻を突いた。
住人達は清潔な暮らしをしているとは言えないようだった。通路には人が寝そべり、そういうものは酒に酔っていた。誰もそれを咎める様子はない。
広い部屋に案内され、そこで暮らすよう言われた。
男女に分かれていたが、個別の空間はなかった。
誰もが覇気のない顔で、沈んでいるか、酔い潰れているか、何も考えていないかのどれかとしか見えなかった。
翌日。朝日が昇ると共にハンター達は行動を開始した。
シャルロット=モンストルサクレ(ka3798)が洞窟の周辺を探索し、深くまで繋がっていると見られる洞穴を見つけた。位置的には例の洞窟に繋がっているようにも思えた。
が、目ぼしい発見と言えばそれくらいで、一行はあとは待つことしかできなかった。
その日の夕刻。
野営の準備をしていた神楽が、自分達の陣地に何かが近づいてきたのを見つけた。
「何にもしてねぇっす!」
パルムだった。よくパルムに悪事を見咎められる神楽は反射的に口走っていた。
よく見ると傍らに黒猫もいた。一行に呼びかけるように鳴いている。
「この子達……クランクハイトさんと蜜鈴さんの……」
セレスティア(ka2691)が近づく。
「何か持ってる……」
セレスティアはパルムが布切れを持っているのに気付き、それを広げて焚き火にかざし、仲間にも見えるようにした。
「これは……『見取り図』です」
血で書かれた、簡単な地図だった。入り口から三叉路に分かれており、それぞれ礼拝堂、生活スペース、もう一つは用途の解らない部屋へと続いている。さらには、奥に非常口が存在するとも書かれていた。
「位置的には私が見つけた穴と一致するようだ!」
シャルロットが、非常口について言った。
また、文章も書かれていた。
『襲撃には信者が一箇所に集まる朝の礼拝時が適する。礼拝前には合図の鐘が鳴る。
もう一つの部屋には調査を妨害されわからずじまい』
それは、潜入したクランクハイトと蜜鈴からの連絡だった。
「明日の朝……」
ジョージ・ユニクス(ka0442)が立ちあがり、居住まいを正した。白い甲冑が、重々しく鳴った。
一行はジョージの顔を見る。その表情は兜に隠され、伺えない。
「明日の朝、襲撃をかけましょう」
だが、声は心情を雄弁に語っていた。
●津波の如く
「何だ! お前達は!」
見張り役が質すのも聞かず、ハンター達は攻撃を仕掛ける。
見張りはたまらず中へと逃げ込む。
「ちぃ、逃がしましたわ!」
ジョセファの手の拳銃から硝煙が上がった。
「急いで礼拝堂へ!」
ジョージが先陣を切る。残りもそれに続いた。
すでに鐘の音は耳にしていた。地中に続く路に行く手を遮るものはなく、礼拝堂に通じる扉を叩き開け中へとなだれ込んだ。
「全員ここを動くな!」
ジョージが叫んだ。中には大勢の人間が集まっており、突然の闖入者に慌てふためき、騒いだり、逃げ惑ったりしている。
「逆らうなら殺していいって言われてるっす!」
「死にたくなければ黙って大人しくしろ! その場に伏せるんだ!」
神楽が銃口を人々に向け、ラシュディアが呼びかけると、人々は一応は事態が飲み込めたのか、言う通りにするものも居た。
その場から逃げ出そうとするものがいた。一行が入ってきた入り口とは別の扉へと何人かが向かう。
しかし、いちはやく走った修道女がドアに取り付き、開けるのを防いだ。そこで、顔を覆っていた頭巾を外した。
中から現れたのは、クランクハイトの顔だった。
信者はクランクハイトを引き剥がそうとその手に掴みかかるが、その手に向けて振るわれる刃があった。
血が滴る。セドリックの剣だ。
「私は聖職者ではないのでね。救いに来た、などと大それたことは言えないが」
セドリックは表情一つ変えず普通の人間に剣を向け、そう言った。
また、別の行動を起こす者もいた。若い男が、傍らの中年男に当身を食らわせ、気絶させて肩に担いだ。それを庇うように立つ女もいた。
「ギョーム! ピエ!」
ジョセファがその男女に駆け寄る。
(名前呼ぶんだ……)
思いつつ、二人はジョセファからそれぞれの武器を受け取る。
「静まれ! 貴様ら、何者だ?!」
奥の講壇から、司祭が一行を誰何した。
「司祭様、お助け下さい!」
誰も応えず、代わりに信者の一人が司祭に縋った。
「落ち着くのだ!」
「どうぞ、どうぞ、お助け下さい。生きて居とうございます……人として、のう?」
その瞬間、礼拝堂に緋色の光が爆ぜた。
力なく倒れる司祭。既に人の姿ではなく、頭部が黒焦げになった羊のそれとなっていた。
「緋色の散華、舞い散るは人の紅に非ず……獄炎にて懺悔せよ」
蜜鈴だった。眼下に倒れた歪虚に、手向けの言葉を贈る。
潜入時に武器は仲間に預けなくてはならなかった蜜鈴だが、彼女の靴が魔術具であり、歪虚は気に留めなかったようだ。
間髪を入れず壇上にセレスティアが上がり、信者達に呼びかけた。
「私達は歪虚を倒しに来たハンターです。歪虚は皆さんを幸せにすることはありません! これから皆さんには家に帰って頂きます」
これには諦めた顔をする者、混乱する者、反応は様々だった。
「帰ったって仕方ないんだ!」
中には怒り狂って反論するものもいた。
「それでも人間の世界に帰って頂きます!」
セレスティアは、押し切った。
●地下礼拝堂での戦い
「大勢で来たぞ!」
礼拝堂に来る敵を防ぐため通路に陣取っていたクルスが、仲間に知らせる。
通路の奥から、野犬や鹿など獣を元型とした雑魔と、それらを引き連れた司祭が複数、一行の前に現れた。
「愚かな! お前達はそいつらを助けに来たと思っているのだろうが……選択肢を奪っているだけに過ぎん!
かれらは自らの意思で選択したのだ!」
「言いたいことはそれだけかッ!」
司祭の言葉を受け、ジョージが鋭く言い放った。
今、彼の脳裏には、彼の知る、かつて歪虚へと変じた者の姿が思い起こされていた。
強く剣を握りしめ、敵を睨みつける。
「来い……! 貴様達の様なモノがいるから、いるから……!」
「かかれ!」
号令と共に、雑魔が一行に襲い掛かる。
ジョージは身構えて鎧で雑魔の牙を受け、体で押し返してから、雑魔を斬り伏せる。
「誰も殺させねぇ!」
クルスは自身にプロテクションの加護をかけ、盾を構えた。
襲い掛かった雑魔は盾に押し込まれ、気勢を挫かれる。
「てめぇらぁ! よく見とけやぁ!」
凱は『金色暴君』と銘打たれた大薙刀を手に、背後の信者達に向けて呼びかけた。
熊の姿をした雑魔の爪を薙刀で受け止め、回りこんで大上段の一撃を見舞う。
必殺の一撃を受けた雑魔は黒い粒子となって消え去った。
「これが人間の強さ言う奴っちゃあ!」
心情は様々であったが、信者達の多くが、その様子に魅入っていた。
「喰らえ!」
ラシュディアは真っ直ぐに突き出した魔法杖から、一条の雷光を奔らせる。一直線に伸びたそれは、複数の雑魔を同時に焼いた。
「ラシュディア! 下がって!」
雷光が止むと同時にセレスティアがその前に立ち、盾を構え敵の攻撃に備えた。
別の場所ではセドリックが剣を振るい、雑魔の一体を屠っている。
さらには、神楽が仕込み杖を抜いての剣戟を見せ一体を斬り伏せた。
「ひるむな! 皆殺しにしろ」
対し、司祭達は人の姿から羊の頭部を持った本来の姿へと変じ、後方から魔法の矢を放ってくる。
そして雑魔も恐れを知らぬと言った風に突撃して来る。
法具を仲間から受け取ったクランクハイトが、傷を負った前衛の仲間にヒールを飛ばす。セレスティア、クルスもまた攻撃に対応できるよう注意している。
「さあ、今こそ俺達のコンビネーションを見せるときだ!」
「ええ、よろしくてよ」
「……」
「ピエ!」
「あっ返事要るの?!」
ギョームとピエが前に出、攻撃を仕掛けた。死角から襲い来る別の雑魔を、すぐ後ろに控えたジョセファが銃撃で撃ち落す。
「猟撃士ごと前にでるっすか?! ……いや、これは」
以前からかれらを知る神楽が目にしたのは、死角を補い合うとともに、遠近回復を備えた一つの単位となった三人の連携だった。
「くっ、こいつら強い」
歪虚は雑魔の数が段々と減っていくのを見ていた。
「でぇぇぇりゃぁぁ!!」
「!」
完全に虚を突かれた。
いつの間にか雑魔の囲みを越えて近づいて来ていたジョージが剣を構え、一直線に突撃してきたのだ。
その司祭は胸に深々と剣を突き通され、絶命して無へと還った。
ジョージは別の敵を求め向きを替える。
白い甲冑の各部から、溢れんばかりの殺意が炎となって燃えていた。
だが、危機感を感じたからこそ、司祭達はメイスを振りかぶり、一斉にジョージに殴りかかる。
その内の一体が突如火の矢に貫かれ、燃え上がった。
遠方から、射線を確保した蜜鈴が放ったものだ。
残る二体の攻撃をジョージは受けるが、それは致命傷には至らず、怒れる不死鳥の羽ばたきを止めることはできない。
――そこに、金色の旋風が踊った。
黄金の大薙刀を振るう凱が、司祭の一人を速やかに斬り伏せる。
「オラァ、弱いわ貴様らぁ! ちっとは根性見せろやボケども!」
凱の大音声が、地下礼拝堂に響き渡った。
「あと一歩です。しっかりと!」
クランクハイトがヒールをかけながら前衛の仲間に呼びかける。
彼の言うように戦況はハンター側に傾いていた。畳み掛けるように、前線が前に行く。
クルスの、盾で凌いでからの反撃が雑魔を屠る。ラシュディアの雷光が雑魔を薙ぎ払い、セレスティアとセドリックが脇を固める。雑魔は程なくして全滅した。
残る司祭も、神楽の祖霊の力を込めた一撃を受け、絶命した。
「次は……! あれ……?」
神楽は周囲を見回す。
「一人、居なくなってるっすよ!」
闇の切れ目から光が差している。
一人の少女が、そこに向かって走っていた。
――だがその前に立ちはだかるものがあった。
「どちらへお出かけかなお嬢さん?」
シャルロット=モンストルサクレは穏かに聞いた。
「た……助けてください……
私、本当はこんな所にいたくない……」
喉から搾り出すように、掠れた声で少女は言った。
「そうか、では――」
シャルロットは、剣を抜いた。「――ここで死ぬがいい」
「え……?」
「いや何、簡単じゃないか。
死んでしまえば、何も嫌じゃなくなるだろう」
シャルロットは少しずつ歩みを進めていく。
そして、無造作に首筋に剣を叩き込んだ――
果たしてその一撃は避けられた。もとより当てるつもりは無かった。
意味は、あった。なぜなら眼前の少女だったモノは、今は羊の頭部を持つ歪虚へと変じていたからだ。
「なぜ解った?」
「おいおい……そのわざとらしい同情を引く格好を怪しまないと思ったのか?」
「おのれ……!」
騙し通せると思っていたのも、傲慢ゆえである。
歪虚は剣を抜いた。
シャルロットも剣を構え直す。すると、彼女の身体より沸き立つオーラが、一体のドス黒い色をした人骨を象った。骸骨は、背後からそっと彼女を抱き締める。
「嗚呼、『La Pucelle』よ……どうか私の傍で、微笑んでいておくれ……」
彼女は、骸にくちづけた。
歪虚は打ちかかった。
シャルロットはそれを受ける。両者の刃が、幾度と無く打ち合い、火花を散らした。
歪虚の剣が二度、シャルロットの身を掠めた。そして、二度目の回避から繋いだ反撃が、歪虚の剣を斬った――折ったのではなく――。
そして、手首を返して放たれた次の一撃が、羊の頭部を紙細工のように斬り裂いた。
その剣の名は煌剣『ルクス・ソリス』。
最高の材質と技術を用いられた、神に祝福された剣である。
「死には死を。救済には救済を。嗚呼、我等が父よ。惑う子羊に、どうか慈悲の陽光を」
嗚呼、その恍惚とした表情。
声も無く倒れ伏した歪虚に、シャルロットは手向けの言葉を贈った。
●人間の世界へ
「怪我してないか? してたら言えよ」
クルスが、声をかけつつ信者達の間を歩く。
一行はその後洞窟の全区域を捜索したが、歪虚が潜んでいることはなく、中にいた人間を導き、全て外へと出した。
中には頑としてその場を動こうとしないものも居た。
クランクハイトはそういう者の頭を掴み、こう説くのだった。
「本当にアレらと同じになるつもりなら、私達が『救い』に行ってあげますよ。
……ですから、ちゃんと死んでください。貴方達を生かそうと戦って散った見ず知らずの人々に、少しでも恥じる気持ちがあるのなら、最後まで生きて死になさい」
言われた側は、言い返しこそしなかったが、深く恥じ入るような顔をしていた。
皆、本当ははじめから気付いていた。自分達は間違っていると……。
そこからが大変だった。60人前後の人間を連れて王都を目指すのであったが……とにかく色々苦労して、一行は何とか王都まで一人も欠けることなくたどり着いたのだった。
王都の最初の外壁をくぐって最初の広場に着き、そこからは解散となった。
「ここからは別行動だ!」
ギョームが一行に言った。その後ろには両手を縛られてフードで顔を覆った男がいる……連行されている風体だ。
「皆さん、お疲れ様です」
「おつかれさん! 今度一緒に飯でも行こや!」
凱がごく自然な流れでピエにだけ言った。ピエはやや困った顔をして、曖昧な態度でお茶を濁しただけだったが。
こうして三人と別れ、一行もそれぞれ思い思いのやり方で、この一件の始末をつけることになる。
後に王国北西から、ヘスディン・スフォルツァ子爵が引退し、息子のヒューバートが家督を継いだと言う報せが、王都にも伝わることになるが、この一件との関わりを知るものがいたかどうかは定かではない。
尚、その後のヘスディンの動向は不明。
セドリックは、後にこの一件を振り返り、自身の日記にこう書いている。
『我々は決して強い生き物ではない。だからこそ導きを必要としているのだ。
弱者を責めるな、それは私の姿をしているかもしれない。
弱者を責める者を責めるな、それもまた、或いは私なのかもしれないのだから』
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/05/23 08:21:01 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/21 00:50:27 |