ゲスト
(ka0000)
半熟王女の謁見 1
マスター:京乃ゆらさ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2015/05/24 12:00
- 完成日
- 2015/06/02 23:12
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
グラズヘイム王国、王城。謁見の間よりさらに内奥。
システィーナ・グラハム(kz0020)は自室のベッドに腰掛け、一人深く息を吐いた。心身共に堪え難い虚脱感を覚え、こてんと横たわる。
――あちらは大丈夫でしょうか……。
CAM稼働実験場を奇襲してきた敵との戦いが終わったのが五日前。とある部族にゴースロンを贈ったのが三日前。騎士団長と共にノアーラ・クンタウへ引き返し、転移門をくぐったのが二時間前。リゼリオを経由して王都に戻ったのが一時間前。手早く湯殿に浸かり、侍従長にめちゃくちゃにされたのが十分前。
もはや一歩たりとて動けない身体に鞭打ち、辺境での出来事を思い返す。
奇襲を受けた実験場は様々な物的損害を出しながらも、人的被害は奇襲の激しさの割に少なそうだ、と騎士団長に言われた。けれどそれは、中には喪われた命もあることを意味している。
――……りがと……ございます……。
その戦士たちの魂に、システィーナは感謝の言葉を告げる。
頬を伝って熱いものが零れ、ぽつぽつとシーツを濡らしたが、それくらいは許してほしいとシスティーナは思う。
『ごめんなさいと謝らないで……ありがとうと言ってあげて』
それは先日ハンターに言われたこと。だから、目を瞑ってただ滂沱の涙を流すことは許されない。
――ノート……。
システィーナは気怠げに机の方を見やるが、寝転んだままでは当然見えない。諦めて枕に顔を埋め、もらったノートを思い出す。
――気付いたこと、やりたいことを……書き留める……何でもいいの、かな。
このまま意識を手放してしまいたい欲求を跳ね除けるには大きな苦痛を伴った。それでもシスティーナは手足に力を込めるや、机に置かれた白紙のノートに向かった。
●未熟な王女に課せられた幾つかの案件
「どうか王女様、儂らの村を助けてくだせえ!」
謁見の間。
平身低頭するのは王国の北西に位置する村の長で、玉座に浅く腰掛けて慌ただしく資料に目を通すのはシスティーナ・グラハム当人。脇に控えるセドリック・マクファーソン(kz0026)が秘かに陳情の概略を耳打ちする。
「川の水を上流のジャン・リュエ村に塞き止められたとのこと」
「なるほど……」頷き、村長に声をかける。「詳しく教えていただけますか?」
「へえ、実はそれがよく分からねえんで……」
ある朝、村の傍を流れる川の水量が激減していることに気付いた。原因を探るべく川を遡上していくと、土嚢で川を塞き止め、流れを変えるかのような土木工事に出くわしたらしい。
何しろ水は村にとっての生命線。このままでは作物が実らないどころか飲み水もろくに確保できない、と。
「何度も抗議したんですが、奴らめ話も聞かねえんです!」
「工事をしていたのは確かにジャン・リュエの人だったのですか?」
「そいつは確かでごぜえます。同じ川に恵みをもらってますんでね、よく若モン同士を引き合わせたりもしておったんですよ。それが……」
突然こんなことに。
村長は困惑の表情を浮かべる。システィーナは返答に窮し、咄嗟に質問を重ねる。
「領主はなんと?」
「ああ、ええ、実はジャン・リュエとうちは別々のご領主様なんですがね、うちのご領主様に伝えたところ『話してみる』とおっしゃったきりで」
「そう、ですか……えっと」
うーんと考え込むシスティーナと、それを不安げに見つめる村長。セドリック大司教が咳払いし、
「そちらの領主はバーナル子爵でしたな。ジャン・リュエ村の方がベル侯爵。双方の領主、リュエの村長にも話を聞く必要がありましょう」
「へえ、そうしていただけると……」
ちら、と大司教がシスティーナを見やる。
お叱りの言葉でもあるのかと身構える。が、こない。少ししてようやく意図を察し、薄い胸に手を当て謁見者に声をかけた。
「解決するまで人を送ります。ですので食べ物と飲み物のことはご安心ください」
「あ、ありがとうごぜえます!」
侍従隊の一人に促され、村長が退出していく。
システィーナはじーっと不出来な生徒を責めるような視線を向けてくる大司教からそっと顔を背け、ため息をついた。
――わたくしはどうしてこんなにだめなの……。
などと悠長に落ち込んでいる暇はシスティーナにはない。
「次の者」
合図と共にやって来たのは、先ほどの村長とは打って変わった壮年の精悍な男性だった。
男はアルナバ村の長を勤めているアラム、領主に代わって来たと告げ、慣れない様子で頭を垂れた。
「ち、近頃我々の村にユグディラ被害が頻発してい……おりまして、困っています。まだ住み始めだと思う……ですが、ここで油断すると完全に居着いてしまう。追い払ってく……いただけないだろうか?」
「ユグディラが……え、と。ここ一週間ほどのようですが、何か変わったことはありませんでしたか?」
「特には」
「作物を収穫した、ですとか……」
「無論収穫した、が……それ以前には畑仕事の最中も見たことがなかった」
資料に目をやる。
偶然にもこれも王国北西、ちょうど先ほど水を塞き止めたというジャン・リュエ村から東に数十kmの所だった。
最近は北部全域でどうも小規模な事件が頻発している気がする、とシスティーナは僅かに眉を顰めるが、ユグディラの件で思いつくことはない。ひとまず調査に人をやり、それからだろうか。
――問答無用で追い払うのも可哀想ですし……。けれど最悪の場合は……。
システィーナが嫌な考えを振り払い、沙汰を下そうとし――、
「そ、それと別件が!」
「にゃっ、何でしょうっ!?」
「あ、も、申し訳ねえ、いやございません! 別件なんですが、あいや、これはお願いとかじゃねえんです。報告っちゅうか。どうにも最近ゴブリンをよく見かけるんで、その」
「ゴブリン……確かに多くなっているようですね。そちらは大丈夫ですか?」
「ご、ご存知でしたか! あ、うちは若い奴らが多いんで、少しくれえは戦えますんで! それでその、だからこっちに来るときゃ皆さん方もお気を付けください」
「ぁ……ありがとう、ございます……」
逞しい体を持て余すようにぎくしゃくと退出していく男性。その後ろ姿を見ていると、システィーナは薄い胸が熱くなった。
――がんばらないと。がんばりたい……!
にへらーと緩みそうな表情に力を込め、きゅっと唇を引き結ぶ。が、どうしても胸が躍って意味もなく両脚を一回バタつかせてみた。ちょっと楽しい。もう一回バタ……、
「王女殿下、一つ残念なご報告がございます」
「は、はいっ!?」
「本日の謁見、ハンターとの交流を兼ねて彼らにも同席いただいているのは覚えておいででしょうか?」
「は、い……?」
「――殿下。はしたない姿をこれ以上彼らに曝す前に引っ込んでください。ついでにユグディラ問題でも解決してくればよろしい」
大司教と侍従長の嘆息が音楽のように重なる。
システィーナは声にならない悲鳴を上げた。
システィーナ・グラハム(kz0020)は自室のベッドに腰掛け、一人深く息を吐いた。心身共に堪え難い虚脱感を覚え、こてんと横たわる。
――あちらは大丈夫でしょうか……。
CAM稼働実験場を奇襲してきた敵との戦いが終わったのが五日前。とある部族にゴースロンを贈ったのが三日前。騎士団長と共にノアーラ・クンタウへ引き返し、転移門をくぐったのが二時間前。リゼリオを経由して王都に戻ったのが一時間前。手早く湯殿に浸かり、侍従長にめちゃくちゃにされたのが十分前。
もはや一歩たりとて動けない身体に鞭打ち、辺境での出来事を思い返す。
奇襲を受けた実験場は様々な物的損害を出しながらも、人的被害は奇襲の激しさの割に少なそうだ、と騎士団長に言われた。けれどそれは、中には喪われた命もあることを意味している。
――……りがと……ございます……。
その戦士たちの魂に、システィーナは感謝の言葉を告げる。
頬を伝って熱いものが零れ、ぽつぽつとシーツを濡らしたが、それくらいは許してほしいとシスティーナは思う。
『ごめんなさいと謝らないで……ありがとうと言ってあげて』
それは先日ハンターに言われたこと。だから、目を瞑ってただ滂沱の涙を流すことは許されない。
――ノート……。
システィーナは気怠げに机の方を見やるが、寝転んだままでは当然見えない。諦めて枕に顔を埋め、もらったノートを思い出す。
――気付いたこと、やりたいことを……書き留める……何でもいいの、かな。
このまま意識を手放してしまいたい欲求を跳ね除けるには大きな苦痛を伴った。それでもシスティーナは手足に力を込めるや、机に置かれた白紙のノートに向かった。
●未熟な王女に課せられた幾つかの案件
「どうか王女様、儂らの村を助けてくだせえ!」
謁見の間。
平身低頭するのは王国の北西に位置する村の長で、玉座に浅く腰掛けて慌ただしく資料に目を通すのはシスティーナ・グラハム当人。脇に控えるセドリック・マクファーソン(kz0026)が秘かに陳情の概略を耳打ちする。
「川の水を上流のジャン・リュエ村に塞き止められたとのこと」
「なるほど……」頷き、村長に声をかける。「詳しく教えていただけますか?」
「へえ、実はそれがよく分からねえんで……」
ある朝、村の傍を流れる川の水量が激減していることに気付いた。原因を探るべく川を遡上していくと、土嚢で川を塞き止め、流れを変えるかのような土木工事に出くわしたらしい。
何しろ水は村にとっての生命線。このままでは作物が実らないどころか飲み水もろくに確保できない、と。
「何度も抗議したんですが、奴らめ話も聞かねえんです!」
「工事をしていたのは確かにジャン・リュエの人だったのですか?」
「そいつは確かでごぜえます。同じ川に恵みをもらってますんでね、よく若モン同士を引き合わせたりもしておったんですよ。それが……」
突然こんなことに。
村長は困惑の表情を浮かべる。システィーナは返答に窮し、咄嗟に質問を重ねる。
「領主はなんと?」
「ああ、ええ、実はジャン・リュエとうちは別々のご領主様なんですがね、うちのご領主様に伝えたところ『話してみる』とおっしゃったきりで」
「そう、ですか……えっと」
うーんと考え込むシスティーナと、それを不安げに見つめる村長。セドリック大司教が咳払いし、
「そちらの領主はバーナル子爵でしたな。ジャン・リュエ村の方がベル侯爵。双方の領主、リュエの村長にも話を聞く必要がありましょう」
「へえ、そうしていただけると……」
ちら、と大司教がシスティーナを見やる。
お叱りの言葉でもあるのかと身構える。が、こない。少ししてようやく意図を察し、薄い胸に手を当て謁見者に声をかけた。
「解決するまで人を送ります。ですので食べ物と飲み物のことはご安心ください」
「あ、ありがとうごぜえます!」
侍従隊の一人に促され、村長が退出していく。
システィーナはじーっと不出来な生徒を責めるような視線を向けてくる大司教からそっと顔を背け、ため息をついた。
――わたくしはどうしてこんなにだめなの……。
などと悠長に落ち込んでいる暇はシスティーナにはない。
「次の者」
合図と共にやって来たのは、先ほどの村長とは打って変わった壮年の精悍な男性だった。
男はアルナバ村の長を勤めているアラム、領主に代わって来たと告げ、慣れない様子で頭を垂れた。
「ち、近頃我々の村にユグディラ被害が頻発してい……おりまして、困っています。まだ住み始めだと思う……ですが、ここで油断すると完全に居着いてしまう。追い払ってく……いただけないだろうか?」
「ユグディラが……え、と。ここ一週間ほどのようですが、何か変わったことはありませんでしたか?」
「特には」
「作物を収穫した、ですとか……」
「無論収穫した、が……それ以前には畑仕事の最中も見たことがなかった」
資料に目をやる。
偶然にもこれも王国北西、ちょうど先ほど水を塞き止めたというジャン・リュエ村から東に数十kmの所だった。
最近は北部全域でどうも小規模な事件が頻発している気がする、とシスティーナは僅かに眉を顰めるが、ユグディラの件で思いつくことはない。ひとまず調査に人をやり、それからだろうか。
――問答無用で追い払うのも可哀想ですし……。けれど最悪の場合は……。
システィーナが嫌な考えを振り払い、沙汰を下そうとし――、
「そ、それと別件が!」
「にゃっ、何でしょうっ!?」
「あ、も、申し訳ねえ、いやございません! 別件なんですが、あいや、これはお願いとかじゃねえんです。報告っちゅうか。どうにも最近ゴブリンをよく見かけるんで、その」
「ゴブリン……確かに多くなっているようですね。そちらは大丈夫ですか?」
「ご、ご存知でしたか! あ、うちは若い奴らが多いんで、少しくれえは戦えますんで! それでその、だからこっちに来るときゃ皆さん方もお気を付けください」
「ぁ……ありがとう、ございます……」
逞しい体を持て余すようにぎくしゃくと退出していく男性。その後ろ姿を見ていると、システィーナは薄い胸が熱くなった。
――がんばらないと。がんばりたい……!
にへらーと緩みそうな表情に力を込め、きゅっと唇を引き結ぶ。が、どうしても胸が躍って意味もなく両脚を一回バタつかせてみた。ちょっと楽しい。もう一回バタ……、
「王女殿下、一つ残念なご報告がございます」
「は、はいっ!?」
「本日の謁見、ハンターとの交流を兼ねて彼らにも同席いただいているのは覚えておいででしょうか?」
「は、い……?」
「――殿下。はしたない姿をこれ以上彼らに曝す前に引っ込んでください。ついでにユグディラ問題でも解決してくればよろしい」
大司教と侍従長の嘆息が音楽のように重なる。
システィーナは声にならない悲鳴を上げた。
リプレイ本文
「子爵と侯爵て今どこにおるんやろ。村の近くにおるなら会えんかな」
王城の一室。ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)が提案すると、侍従長オクレールがぴくと眉を寄せた。
――慰霊祭の事、根に持っとるなぁ。
以前やや強引に王女に市井との交流を促した件を思い出し、苦笑を隠せない。が、システィーナは気付かず首肯した。
「確認してもらいますね」
「ではジャン・リュエは明日とし、まずアルナバ村ですね」
王女の目を見据え、フレイア(ka4777)。
月影 夕姫(ka0102)がアラムに近付き、メモを片手に訊く。
「沢山盗まれた物とかあります?」
「キャベツ、だろうか。収穫したばかりだった」
「それが好きなのか、新鮮なのが良いのか……」
「罠でも仕掛ける気?」
セリア・シャルリエ(ka4666)が胡乱な目を向けると、夕姫は不敵な笑みを返す。呆れかけるが、畑で待ち伏せするだけでは心許ないのも事実。もしセリアの推測――全ての発端は食糧問題ではないかというのが真実なら、絶対に罠にかかる。
「後の交渉の為に手荒すぎる罠は避けたいですね」
「ん。私もいたいけな小動物を虐めたくないし」
懸念を口にするフレイアに、夕姫は片目を閉じて笑う。
笑顔自体は無垢に見えるが、話の中身は物で釣る企てである。薬師神 流(ka3856)は何故か世の無常を感じて煙管に手を伸ばし、侍従長に睨まれて肩を竦めた。
「交渉と言えば、領主との会談はどうする。素直に話すだろうか」
「先触れ出さんで行った方がええやろな。護衛は……自警団にもお願いした方がええか?」
「剣で遅れを取る気はないが、必要かもしれん」
と何やら話を進めるラィルと流。システィーナが「護衛? 村長のかな」と思っていると、横でシン(ka4968)が「ついてくるんだ?」と二人に確認した。
頷くラィル。シンが目を丸くする。
「きっとそうなる。おかしいやろ? でもそれでええと僕は思う」
「というか、少々自覚に欠けるのでは、と。……でも」
嫌いではないけれど。
斜め上に視線を外し、シン。流が瞑目して薄く笑い、
「一所懸命で良い君主ではないか」システィーナに頭を垂れる。「施政の一助となるべくこの剣を振るう……俺、もとい私にとって本望で御座います」
「……? ありがとうございます?」
未だ要領を得ないシスティーナ。ラィルが訳知り顔で頷くや、爽やかに白い歯を見せた。
「王女さんも来るやろ? 僕らとしても領主サマとの話任せたいし、来てもろてええか?」
「……え?」
本日二度目の大音声が、王城に木霊した。
●初日/アルナバ村の事情
虫の音。人の声。緩やかな時間。村は、果てしなく普通の田舎だった。
草の匂いのする風がざぁっと吹き抜け、夕姫が靡く髪を抑える。ラィルは優しい陽気に誘われ軒下で寛ぐ村人に手を振り、目を細めた。――失ったものを懐かしむように。
「ほんならまずは聞き込みかな」
「はいっ」
妙に意気込むくせにどうすればいいか解らないシスティーナを除き、一行は慣れた動作で散開した。
倉庫周りを調べた夕姫とフレイアは、自警団員に話しかける。
「ユグディラってここにも侵入した?」
「ああ。見張りもいた筈なんだが」
「盗まれたのに気付いたのはいつ頃ですか?」
「判らねえ。一日終って中を見たらキャベツが散乱しててよ」
成程日中に来る可能性もある、とフレイア。しかもそれで見張りの目を欺けるのだから、食料自体に罠を仕掛けた方が確実、だったのだが。
――マタタビが手に入らなかったのは痛いですね……。
すぐ用意できたのは縄だけ。困ったように口元に手を当てる。が、夕姫は気にする事なく団員に依頼する。
「周りに新しく砂を撒けない? 足跡で方角とか居場所が判るかも」
「やってはみるが……」
「それとコレ。中に入りきらなかったって感じで入口に置いていい?」
夕姫が荷を下ろして広げたのは野菜や魚の山。腐りかけから新鮮そうな物まで雑多に揃っている。団員が目を丸くした。
「わざわざ、買って?」
「撒き餌よ。タダでここの野菜は使えないでしょ」
「あ、あんた……」
目を潤ませる団員である。ちょろい。
「それくらい本気って事。絶対解決するわよ!」
「お、応!」
「別件ですが、最近ゴブリンもよく見かけるようですね。そちらも話を……」
フレイアは気を良くした団員に訊きつつ、嘆息した。
――この娘、これが天然なのでしょうか。
「国の調査で食品の値動きを調べてるんだけど。高騰した物はありますか」
酒宿場一階で主人や客を見回したセリアは、開口一番そう訊いた。
じっと視線を向けてくる客。主人は僅かに眉を寄せ、首を捻る。
「解らねえな」
「例えばジャン・リュエ――侯爵領方面の食品が高い、とか」
「ま、少し値は上がったがね」
良い反応がない。暫く考え、セリアは嘆息してカウンター席に腰掛けた。
「……仕方ありません。注文いいですか。ミルクプリン一つ」「何でやねんッ!」
突如背後からツッコミ。億劫に振り返ると、ラィルが右手を振り抜いた姿勢で固まっていた。
そっと、目を逸した。
「ユグディラの活動と周辺の食糧事情は関連し」
「待って、ちゃんと注文しよ? プリンて。せめてミルクちゃう?」
「ている筈です。おそらくゴブリンも。川を塞き止めた話は知――」
「ほんで僕が颯爽登場してやな、カッコ良く手助けを……」
全く話を合せる気のない二人に主人も仏頂面を保てない。噴き出すように笑い出した男は、片手で顔を覆って必死に笑いを噛み殺す。
セリアが憮然として見守る中、主人は息も絶え絶え手を挙げた。
「参ったよ、降参だ。ああ確かに高くなった。行商が言うには意図的に上げたようだ。原因は知らねえが……」
「塞き止めの件は知ってますか」
「いや。だが誰かが何かやらかすんじゃねえかとは聞いてた」
「わ。何かやっているのですか?」
と、そこにシスティーナと侍従長が来る。ラィルが侍従長の鋭い視線を気にせず手招きするや、村人数人も含め雪崩込んできた。
臨時情報交換会の始まりだった。
●初日/森の異変
――森は、息吹を止めたように静まり返っている。
「何かあるな……」
「息を潜めてる、かな?」
流とシンは自警団員二人を伴い、森に分け入っていた。
だが動物がいない。木の実や茸もない。まるで死んだ森。
――いや。
「気配はある」
流がカッと目を見開くや、先行して地を蹴った。
腰に佩いた刀の柄に手を当て、滑るように木々の間を駆け抜ける。追従するシンと団員。揺れる茂み。音を立てる落葉。四人が獣道から外れ森の中心付近へ進出した――その時、左手、木陰で何かが蠢いた。
「ッ!」「く……!」
咄嗟に抜刀するシン。腕に衝撃。見ると足元に大きめの石が落ちている。投石。流が左へ駆けながら団員を退かせる。
「背後の警戒を!」
「応!」
一瞬で溢れた黒炎が収束、尾の如く流の後を追う。裂帛の気合と共に踏み込むや木陰を斬りつけた。
『――■■ゲエ!』
「逃がさん!」「ゴブリンだったら話を、事情を……っ」
薄暗い森。木漏れ日に照らされる敵影。ゴブリン二体。何故か体中に大小様々な傷を負っている。
――あの傷は?
シンが疑問を口にする間もなく二体が流を挟み込み、何かを叩きつけてくる。篭手で受けんとするが、潜るようにそれ――棍棒は流の胴を捉えた。踏ん張る流。敵がさらに振り被り――、
遁走を開始した。
「ま、待って!」
シンが呼びかける。が、二体は止まらず一目散に逃げていく。負け癖のついた敗残者のように。
「……追うか」
判りやすく残った跡を見て流。そうして慎重に尾行した先。
四人は、森の北端に程近い広場でゴブリンの野営地を発見した。
――そして、夜。
畑に現れたユグディラは未収穫のアスパラに紛れてフレイア達の手を掻い潜り、それらを貪り喰ったのだった。
●二日目/ジャン・リュエ村の事情
翌日。
領主についての連絡が来たのは朝食を済ませた頃だった。子爵の方は連絡がつかず、侯爵は件の村に滞在している、と。
一行は遠征を決め、ラィル、流が愛馬の体調を確かめる。
「殿下、よろしければ私の後ろに」
「ありがとうございます。けれど……」
「殿下は私が。薬師神様は護衛をお願い致しますわ」
侍従長が馬を引き、王女の手を取る。
――他に自警団もつく……守りは固いですね。
フレイアは警備態勢に満足しつつ、システィーナに頭を垂れる。
「一見関係ないような事も何処かで繋がっているもの。成果を、期待しております」
「王女様。今できる事をする。それが明日に繋がり、明日は明後日の可能性を広げる……それを心掛けるといいですよ」
折れる事を知らない夕姫が、事も無げに言った。
「ベル侯爵」
豪奢な馬車に声をかけたのはシスティーナ自身だった。
ジャン・リュエ村から程近く、河川工事も遠く見下ろせる丘の中腹。見晴らしが良く、周囲には侯爵一行しかいない。流とシンが脇を固め、ラィルとセリアが周辺を警戒する中、ややあって客車の扉が開かれる。
降りてきたのは、杖をついた初老の男だった。
「これは王女殿下、かような僻地へよく参られましたな。が、申し訳ございませぬ。突然の事ゆえもてなしも用意しておらぬのです」
「こちらこそ申し訳ありません。今日は……お尋ねしたい事があって」
「この私に答えられる事ならば」
侯爵が大仰に片膝をつく――寸前の表情を、ラィルは見た。
諦念。決意。怒り。それらが綯交ぜになっているように思える。確かなのは、操られたり恫喝されたりという状態ではない事。
システィーナは馬から降り、たたらを踏みつつ川を差した。
「川の下流の村をご存知ですか? あの工事をする理由は何ですか?」
秘かに護衛を外れたセリアは侯爵付の兵、いや臨時雇いの村人に話しかけていた。
だが内容は侯爵の言と変らない。セリアは眉を寄せる……。
侯爵曰く。
両村は助け合って生きていた。どちらかが飢えれば融通し、亜人が来れば合同で追い払う。領主同士もそれを認めていた。
だが数年前、バーナル家が代替りした時から奴らは怠惰になった。義務を果たさず慣例による庇護ばかり求めた。だからこちらの領地に川を通し耕作地を広げる、と。
「近年融通した物を市場価格で売っておれば村はそれだけで二度の冬を越せた。これは制裁なのです、殿下」
「バーナル子爵が……何かをしている?」
「何もしておらぬのかもしれませぬ」
鋭い双眸で北を見やる侯爵。憤懣やる方ない調子で流が拳を握る。
「真実だとすれば許しがたい……」
子爵も、子爵を諌めない家臣も。
シンは侯爵と護衛、工事の人の様子を秘かに観察し、天を仰ぐ。
――余裕はある、けど。この人が実は黒幕とか……ない、かな?
両村の状況が悪化した時にゴブリンが増え、感情が爆発した?
「成程なぁ。そんで侯爵さん、最近ゴブリンも増えとらん? そっちは何か知らんかな」
「北部全域で増加傾向らしいな。ここも同様、増えておるよ」
ラィルは疑いつつ、僅かに西に傾き始めた太陽を見る。頃合いか。
「少しずつ、少しずつ。進んでいこか」
「……はい」
システィーナの肩をぽんと叩くと、王女は振り向いて困ったように微笑した。
●二日目/ユグディラ
逢魔時。アルナバ村では魔性を待ち続けていた。
「畑には露骨に人を配しました。今日は必ずこちらに現れます」
フレイアの言に、気合を入れる夕姫。
辺りは一面茜色。物陰に隠れた夕姫やフレイアは息を殺してひたすら見張る。時間を考えれば後二時間が限度。その前に来てほしい。来たら絶対何とかする……!
祈るように瞑目した夕姫。その耳が。肌が。感覚が。
ざわ、と。異物感を、捉えた。
手信号で団員に合図。緊張が高まる。
小さな気配が周囲から包囲を狭めるように接近。土の音。猫っぽい声。直後、気配が溢れるや、一気に肉薄してきた。
『にゃ……』『ににゃ!』『にゃに、なあん!』
もはや隠れる事すら忘れた猫畜生が倉庫へ殺到している――筈なのに、何故か朧げにしか認識できない。影が倉庫入口の野菜に目を向ける。それに食いつく影二匹。残る五匹か六匹が内部へ押し入り、歓声を上げた。
「行くわよ!」
力の奔流を脚に集中、瞬く間に地を跳んだ夕姫が入口前で急減速。猫が人参をぽろりと落した瞬間、声をかける。
「驚かしてごめんね。貴方達に危害は加え……」
『『にゃあああああああああああああ!!!?』』
一瞬で散開する猫ども。夕姫は朧げな影を目で追うが体が追いつかない。ふと撒いた砂の足跡を見る。
見えている影と足跡の位置が、ズレていた。認識齟齬。このズレが魔法か?
「フレイア! 影の右斜め後ろ!」
「了解です」
今や倉庫からも六つの影が飛び出し四方へ散っている。フレイアは最も数の多い北の集団を追うや、杖を翳して眠りの雲を生み出した。
バタバタと倒れる影三つ。残る五匹が東西南へ逃げていく。東と南を塞ぐ団員。猫達が方向転換、家の間を抜け西へ急ぐ。
『にゃっにゃ、なあ!』『な~ん><』
夕姫、フレイアが合流して走る。が、差が縮まらない。このままでは逃げられる。そう感じた――次の瞬間。
「止まって!」「少し、穏便に話そうではないか」
西の入口に、ジャン・リュエ班が立ち塞がっていた。
慌てて止まる猫。同時に、フレイアの魔術が完成した――!
「新参者同士。ニャ」
三角座りで両手はくいっと猫型で顔の横。セリア(猫)が硬い笑顔で話しかけると、
『にゃあ……なん……』
猫は慰めるようにセリアの膝に手を置いた。セリアは肩を落し脚の間に顔を埋める。
――猫に、猫に……っ。
などとやっているうちに交渉は夕姫等により進展していく。
「何でこんな事を? ゴブリン?」
『……』
「聞かせてくれたら蜂蜜あg」『にゃあ!』
「……、ゴブリンのせい?」
『にゃ!』
ゴブリンの襲来で食うに困り、村に手を出した。なら。
「私達が力になるわ。いずれゴブリンを追い払う。あと村の人に物を分けてくれるようお願いしてもいい。だからね、盗みはやめない?」
『……なー?』
「一時的に王宮に住んでもらうのもありかもですね。もちろん大丈夫であれば、ですが」
しれっと爆弾発言したのはフレイアである。システィーナは驚きつつも、ペットを欲しがる子のように侍従長を窺う。
……侍従長は、渋すぎる表情で頷いた。
「これで僕ら同類やね」
「同類?」
「オクレールさんに睨まれる仲間や」
満面の笑みでラィル。
ともあれシスティーナが手を差し伸べると、ユグディラは少女の掌におずおずと鼻をつけた。
「ひとまずゴブリンさえ追い払えば解決って言えるのかな」
「川の塞き止めとの因果を解明せねばならんが、な」
シンと流がまとめ、ゴブリン野営地討伐と子爵の召喚を提案する。
日は沈み、月は雲に翳っている。
三村一帯の問題は、ハンターの働きにより次の局面へ移行しようとしていた……。
<了>
王城の一室。ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)が提案すると、侍従長オクレールがぴくと眉を寄せた。
――慰霊祭の事、根に持っとるなぁ。
以前やや強引に王女に市井との交流を促した件を思い出し、苦笑を隠せない。が、システィーナは気付かず首肯した。
「確認してもらいますね」
「ではジャン・リュエは明日とし、まずアルナバ村ですね」
王女の目を見据え、フレイア(ka4777)。
月影 夕姫(ka0102)がアラムに近付き、メモを片手に訊く。
「沢山盗まれた物とかあります?」
「キャベツ、だろうか。収穫したばかりだった」
「それが好きなのか、新鮮なのが良いのか……」
「罠でも仕掛ける気?」
セリア・シャルリエ(ka4666)が胡乱な目を向けると、夕姫は不敵な笑みを返す。呆れかけるが、畑で待ち伏せするだけでは心許ないのも事実。もしセリアの推測――全ての発端は食糧問題ではないかというのが真実なら、絶対に罠にかかる。
「後の交渉の為に手荒すぎる罠は避けたいですね」
「ん。私もいたいけな小動物を虐めたくないし」
懸念を口にするフレイアに、夕姫は片目を閉じて笑う。
笑顔自体は無垢に見えるが、話の中身は物で釣る企てである。薬師神 流(ka3856)は何故か世の無常を感じて煙管に手を伸ばし、侍従長に睨まれて肩を竦めた。
「交渉と言えば、領主との会談はどうする。素直に話すだろうか」
「先触れ出さんで行った方がええやろな。護衛は……自警団にもお願いした方がええか?」
「剣で遅れを取る気はないが、必要かもしれん」
と何やら話を進めるラィルと流。システィーナが「護衛? 村長のかな」と思っていると、横でシン(ka4968)が「ついてくるんだ?」と二人に確認した。
頷くラィル。シンが目を丸くする。
「きっとそうなる。おかしいやろ? でもそれでええと僕は思う」
「というか、少々自覚に欠けるのでは、と。……でも」
嫌いではないけれど。
斜め上に視線を外し、シン。流が瞑目して薄く笑い、
「一所懸命で良い君主ではないか」システィーナに頭を垂れる。「施政の一助となるべくこの剣を振るう……俺、もとい私にとって本望で御座います」
「……? ありがとうございます?」
未だ要領を得ないシスティーナ。ラィルが訳知り顔で頷くや、爽やかに白い歯を見せた。
「王女さんも来るやろ? 僕らとしても領主サマとの話任せたいし、来てもろてええか?」
「……え?」
本日二度目の大音声が、王城に木霊した。
●初日/アルナバ村の事情
虫の音。人の声。緩やかな時間。村は、果てしなく普通の田舎だった。
草の匂いのする風がざぁっと吹き抜け、夕姫が靡く髪を抑える。ラィルは優しい陽気に誘われ軒下で寛ぐ村人に手を振り、目を細めた。――失ったものを懐かしむように。
「ほんならまずは聞き込みかな」
「はいっ」
妙に意気込むくせにどうすればいいか解らないシスティーナを除き、一行は慣れた動作で散開した。
倉庫周りを調べた夕姫とフレイアは、自警団員に話しかける。
「ユグディラってここにも侵入した?」
「ああ。見張りもいた筈なんだが」
「盗まれたのに気付いたのはいつ頃ですか?」
「判らねえ。一日終って中を見たらキャベツが散乱しててよ」
成程日中に来る可能性もある、とフレイア。しかもそれで見張りの目を欺けるのだから、食料自体に罠を仕掛けた方が確実、だったのだが。
――マタタビが手に入らなかったのは痛いですね……。
すぐ用意できたのは縄だけ。困ったように口元に手を当てる。が、夕姫は気にする事なく団員に依頼する。
「周りに新しく砂を撒けない? 足跡で方角とか居場所が判るかも」
「やってはみるが……」
「それとコレ。中に入りきらなかったって感じで入口に置いていい?」
夕姫が荷を下ろして広げたのは野菜や魚の山。腐りかけから新鮮そうな物まで雑多に揃っている。団員が目を丸くした。
「わざわざ、買って?」
「撒き餌よ。タダでここの野菜は使えないでしょ」
「あ、あんた……」
目を潤ませる団員である。ちょろい。
「それくらい本気って事。絶対解決するわよ!」
「お、応!」
「別件ですが、最近ゴブリンもよく見かけるようですね。そちらも話を……」
フレイアは気を良くした団員に訊きつつ、嘆息した。
――この娘、これが天然なのでしょうか。
「国の調査で食品の値動きを調べてるんだけど。高騰した物はありますか」
酒宿場一階で主人や客を見回したセリアは、開口一番そう訊いた。
じっと視線を向けてくる客。主人は僅かに眉を寄せ、首を捻る。
「解らねえな」
「例えばジャン・リュエ――侯爵領方面の食品が高い、とか」
「ま、少し値は上がったがね」
良い反応がない。暫く考え、セリアは嘆息してカウンター席に腰掛けた。
「……仕方ありません。注文いいですか。ミルクプリン一つ」「何でやねんッ!」
突如背後からツッコミ。億劫に振り返ると、ラィルが右手を振り抜いた姿勢で固まっていた。
そっと、目を逸した。
「ユグディラの活動と周辺の食糧事情は関連し」
「待って、ちゃんと注文しよ? プリンて。せめてミルクちゃう?」
「ている筈です。おそらくゴブリンも。川を塞き止めた話は知――」
「ほんで僕が颯爽登場してやな、カッコ良く手助けを……」
全く話を合せる気のない二人に主人も仏頂面を保てない。噴き出すように笑い出した男は、片手で顔を覆って必死に笑いを噛み殺す。
セリアが憮然として見守る中、主人は息も絶え絶え手を挙げた。
「参ったよ、降参だ。ああ確かに高くなった。行商が言うには意図的に上げたようだ。原因は知らねえが……」
「塞き止めの件は知ってますか」
「いや。だが誰かが何かやらかすんじゃねえかとは聞いてた」
「わ。何かやっているのですか?」
と、そこにシスティーナと侍従長が来る。ラィルが侍従長の鋭い視線を気にせず手招きするや、村人数人も含め雪崩込んできた。
臨時情報交換会の始まりだった。
●初日/森の異変
――森は、息吹を止めたように静まり返っている。
「何かあるな……」
「息を潜めてる、かな?」
流とシンは自警団員二人を伴い、森に分け入っていた。
だが動物がいない。木の実や茸もない。まるで死んだ森。
――いや。
「気配はある」
流がカッと目を見開くや、先行して地を蹴った。
腰に佩いた刀の柄に手を当て、滑るように木々の間を駆け抜ける。追従するシンと団員。揺れる茂み。音を立てる落葉。四人が獣道から外れ森の中心付近へ進出した――その時、左手、木陰で何かが蠢いた。
「ッ!」「く……!」
咄嗟に抜刀するシン。腕に衝撃。見ると足元に大きめの石が落ちている。投石。流が左へ駆けながら団員を退かせる。
「背後の警戒を!」
「応!」
一瞬で溢れた黒炎が収束、尾の如く流の後を追う。裂帛の気合と共に踏み込むや木陰を斬りつけた。
『――■■ゲエ!』
「逃がさん!」「ゴブリンだったら話を、事情を……っ」
薄暗い森。木漏れ日に照らされる敵影。ゴブリン二体。何故か体中に大小様々な傷を負っている。
――あの傷は?
シンが疑問を口にする間もなく二体が流を挟み込み、何かを叩きつけてくる。篭手で受けんとするが、潜るようにそれ――棍棒は流の胴を捉えた。踏ん張る流。敵がさらに振り被り――、
遁走を開始した。
「ま、待って!」
シンが呼びかける。が、二体は止まらず一目散に逃げていく。負け癖のついた敗残者のように。
「……追うか」
判りやすく残った跡を見て流。そうして慎重に尾行した先。
四人は、森の北端に程近い広場でゴブリンの野営地を発見した。
――そして、夜。
畑に現れたユグディラは未収穫のアスパラに紛れてフレイア達の手を掻い潜り、それらを貪り喰ったのだった。
●二日目/ジャン・リュエ村の事情
翌日。
領主についての連絡が来たのは朝食を済ませた頃だった。子爵の方は連絡がつかず、侯爵は件の村に滞在している、と。
一行は遠征を決め、ラィル、流が愛馬の体調を確かめる。
「殿下、よろしければ私の後ろに」
「ありがとうございます。けれど……」
「殿下は私が。薬師神様は護衛をお願い致しますわ」
侍従長が馬を引き、王女の手を取る。
――他に自警団もつく……守りは固いですね。
フレイアは警備態勢に満足しつつ、システィーナに頭を垂れる。
「一見関係ないような事も何処かで繋がっているもの。成果を、期待しております」
「王女様。今できる事をする。それが明日に繋がり、明日は明後日の可能性を広げる……それを心掛けるといいですよ」
折れる事を知らない夕姫が、事も無げに言った。
「ベル侯爵」
豪奢な馬車に声をかけたのはシスティーナ自身だった。
ジャン・リュエ村から程近く、河川工事も遠く見下ろせる丘の中腹。見晴らしが良く、周囲には侯爵一行しかいない。流とシンが脇を固め、ラィルとセリアが周辺を警戒する中、ややあって客車の扉が開かれる。
降りてきたのは、杖をついた初老の男だった。
「これは王女殿下、かような僻地へよく参られましたな。が、申し訳ございませぬ。突然の事ゆえもてなしも用意しておらぬのです」
「こちらこそ申し訳ありません。今日は……お尋ねしたい事があって」
「この私に答えられる事ならば」
侯爵が大仰に片膝をつく――寸前の表情を、ラィルは見た。
諦念。決意。怒り。それらが綯交ぜになっているように思える。確かなのは、操られたり恫喝されたりという状態ではない事。
システィーナは馬から降り、たたらを踏みつつ川を差した。
「川の下流の村をご存知ですか? あの工事をする理由は何ですか?」
秘かに護衛を外れたセリアは侯爵付の兵、いや臨時雇いの村人に話しかけていた。
だが内容は侯爵の言と変らない。セリアは眉を寄せる……。
侯爵曰く。
両村は助け合って生きていた。どちらかが飢えれば融通し、亜人が来れば合同で追い払う。領主同士もそれを認めていた。
だが数年前、バーナル家が代替りした時から奴らは怠惰になった。義務を果たさず慣例による庇護ばかり求めた。だからこちらの領地に川を通し耕作地を広げる、と。
「近年融通した物を市場価格で売っておれば村はそれだけで二度の冬を越せた。これは制裁なのです、殿下」
「バーナル子爵が……何かをしている?」
「何もしておらぬのかもしれませぬ」
鋭い双眸で北を見やる侯爵。憤懣やる方ない調子で流が拳を握る。
「真実だとすれば許しがたい……」
子爵も、子爵を諌めない家臣も。
シンは侯爵と護衛、工事の人の様子を秘かに観察し、天を仰ぐ。
――余裕はある、けど。この人が実は黒幕とか……ない、かな?
両村の状況が悪化した時にゴブリンが増え、感情が爆発した?
「成程なぁ。そんで侯爵さん、最近ゴブリンも増えとらん? そっちは何か知らんかな」
「北部全域で増加傾向らしいな。ここも同様、増えておるよ」
ラィルは疑いつつ、僅かに西に傾き始めた太陽を見る。頃合いか。
「少しずつ、少しずつ。進んでいこか」
「……はい」
システィーナの肩をぽんと叩くと、王女は振り向いて困ったように微笑した。
●二日目/ユグディラ
逢魔時。アルナバ村では魔性を待ち続けていた。
「畑には露骨に人を配しました。今日は必ずこちらに現れます」
フレイアの言に、気合を入れる夕姫。
辺りは一面茜色。物陰に隠れた夕姫やフレイアは息を殺してひたすら見張る。時間を考えれば後二時間が限度。その前に来てほしい。来たら絶対何とかする……!
祈るように瞑目した夕姫。その耳が。肌が。感覚が。
ざわ、と。異物感を、捉えた。
手信号で団員に合図。緊張が高まる。
小さな気配が周囲から包囲を狭めるように接近。土の音。猫っぽい声。直後、気配が溢れるや、一気に肉薄してきた。
『にゃ……』『ににゃ!』『にゃに、なあん!』
もはや隠れる事すら忘れた猫畜生が倉庫へ殺到している――筈なのに、何故か朧げにしか認識できない。影が倉庫入口の野菜に目を向ける。それに食いつく影二匹。残る五匹か六匹が内部へ押し入り、歓声を上げた。
「行くわよ!」
力の奔流を脚に集中、瞬く間に地を跳んだ夕姫が入口前で急減速。猫が人参をぽろりと落した瞬間、声をかける。
「驚かしてごめんね。貴方達に危害は加え……」
『『にゃあああああああああああああ!!!?』』
一瞬で散開する猫ども。夕姫は朧げな影を目で追うが体が追いつかない。ふと撒いた砂の足跡を見る。
見えている影と足跡の位置が、ズレていた。認識齟齬。このズレが魔法か?
「フレイア! 影の右斜め後ろ!」
「了解です」
今や倉庫からも六つの影が飛び出し四方へ散っている。フレイアは最も数の多い北の集団を追うや、杖を翳して眠りの雲を生み出した。
バタバタと倒れる影三つ。残る五匹が東西南へ逃げていく。東と南を塞ぐ団員。猫達が方向転換、家の間を抜け西へ急ぐ。
『にゃっにゃ、なあ!』『な~ん><』
夕姫、フレイアが合流して走る。が、差が縮まらない。このままでは逃げられる。そう感じた――次の瞬間。
「止まって!」「少し、穏便に話そうではないか」
西の入口に、ジャン・リュエ班が立ち塞がっていた。
慌てて止まる猫。同時に、フレイアの魔術が完成した――!
「新参者同士。ニャ」
三角座りで両手はくいっと猫型で顔の横。セリア(猫)が硬い笑顔で話しかけると、
『にゃあ……なん……』
猫は慰めるようにセリアの膝に手を置いた。セリアは肩を落し脚の間に顔を埋める。
――猫に、猫に……っ。
などとやっているうちに交渉は夕姫等により進展していく。
「何でこんな事を? ゴブリン?」
『……』
「聞かせてくれたら蜂蜜あg」『にゃあ!』
「……、ゴブリンのせい?」
『にゃ!』
ゴブリンの襲来で食うに困り、村に手を出した。なら。
「私達が力になるわ。いずれゴブリンを追い払う。あと村の人に物を分けてくれるようお願いしてもいい。だからね、盗みはやめない?」
『……なー?』
「一時的に王宮に住んでもらうのもありかもですね。もちろん大丈夫であれば、ですが」
しれっと爆弾発言したのはフレイアである。システィーナは驚きつつも、ペットを欲しがる子のように侍従長を窺う。
……侍従長は、渋すぎる表情で頷いた。
「これで僕ら同類やね」
「同類?」
「オクレールさんに睨まれる仲間や」
満面の笑みでラィル。
ともあれシスティーナが手を差し伸べると、ユグディラは少女の掌におずおずと鼻をつけた。
「ひとまずゴブリンさえ追い払えば解決って言えるのかな」
「川の塞き止めとの因果を解明せねばならんが、な」
シンと流がまとめ、ゴブリン野営地討伐と子爵の召喚を提案する。
日は沈み、月は雲に翳っている。
三村一帯の問題は、ハンターの働きにより次の局面へ移行しようとしていた……。
<了>
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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ご相談 フレイア(ka4777) エルフ|25才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/05/24 03:29:07 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/05/23 04:33:50 |