闇の中で、交錯する意志

マスター:DoLLer

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/06/01 07:30
完成日
2015/06/09 06:56

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「アウグスト……」
 クリームヒルトは食事するアウグストの前に仁王立ちしていた。その顔はきつく、瞳は怒りに燃えていた。
「貴方がヘルトシープの村を壊滅させ、アドランケン鉱山を我が物にしていたのね?」
 問い詰める彼女に、まるでくだらない話を聞いているかのように、アウグストは不味そうな顔で肉を食いちぎっていた。
「クリームヒルト様。よくお考えください。金は有限です。投資はビジネスです。ヘルトシープは一時期持て囃されましたが、後は全くダメでした。そんな所に応援などしていては我々の資金も尽きてしまいますぞ。民草と我々支配者は互恵関係です。我々は彼らを助ける。民は富を我らに渡す。これがルールです。富を作れない者は『民』ではなく『ゴミ』です」
 ガシャンっ!!
 クリームヒルトがテーブルを叩いた。
「だから、ゾンビにしたっていうの?」
「ありゃ便利ですぞ。食べ物も寝床も必要ないし文句も言わない。最高の人材です。あれを前にすれば大抵の人間はその力にひれ伏し、そして民らしくなります」
 こんな男が自分の後援者であったのかと思うと心底腹が立った。アウグスト自体にも、それに気付けなかった自分にも。
「クリームヒルト様、ご立腹のようですが、どうぞお考え直しください。憎きウランゲル政権を倒すためには金、物、人間。全てが必要なのです。金をどうやって生み出すのか、資材をどう集めるのか、人間をどうするのか、貴女様にプランがおありですかな?」
 クリームヒルトには答えられない。
 十分な時間を取って、アウグストはかじっていた肉を指揮棒のように振り回しながら立ち上がった。
「私にはプランがあります。貴女様と共に地方産業に投資をする。成功すれば金になる。失敗すればゾンビにすることで兵力を生み出せます。空白の余地は成功した産業に回せばさらに金になる。ゾンビには人を襲わせれば次々死体を増やせる。死体は次々ゾンビにすれば労働力にもなるし、兵力にもなる。いい考えではありませんかな?」
「ふざけないで! 死体の上に築く国に何の価値があるっていうの! 今の帝国どころか、昔の帝国よりもずっと悪い」
「やれやれ、貴女様にはきっと志が足りなのですな。まだ子供じみた理想が現実にあると思っていらっしゃる。私はこの方法であのシルヴァリーヴァントの小隊をまるごとゾンビにすることができました。今度はその小隊を使って別の小隊を、そして次は中隊をも飲み込めましょう」
 アウグストが振る肉が布巾からずると滑ると、愛らしい五本の指がちらりと見えた。
 クリームヒルトは凍り付いた。
 いつから? いつからこの男は狂っていた?
「まあ、まだお若い。ですがご安心召されよ。彼女がいれば貴女様もきっとすぐに理想とはなんたるか、志が如何であるべきか理解できるでしょう」
 うすら寒い空気が背中から漂った。
 凍り付いたように動かない体ながらも、ゆっくり後ろを振り向くと、いつの間にかそこには一人の美しい少女が立っていた。
「お初目にかかります。私はブリュンヒルデ……あなたの夢のお手伝いをさせていただきます。クリームヒルト王女」


「はい、彼らの後ろにいたのはアウグストです……」
 震える兵士の前で、帝国第一師団の副師団長シグルドはにっこりと笑った。
「なるほど。ナナミ川への応援物資を小隊ごと奪って、ヴルツァライヒの兵力に転換しようとしたわけか」
「あの、でも、私は知らなかったんです! まさかゾンビを使って小隊を攻撃するなんて」
 ここはシュレーベンラント州。穀倉地帯と知られるここの警備を担当する兵長は、自分の椅子に座るシグルドに完全に怯えきっていた。ナナミ川決戦時に於いて魔導アーマーの移送計画を漏らしていたことがシグルドに掌握されていた。機密情報を漏らした罪、旧帝国派の過激派組織への加担。その罪は決して軽くない。
「でも、君が教えてくれて良かった」
 シグルドはそう言うと立ち上がった。そこに厳罰への姿勢もなければ、裏切り者への怒りもない。むしろすっきりしたような感じだ。
「あ、あの……私を処罰するのでは……」
「しないよ?」
 シグルドはあっさりそう言った。
「君が帝国民の中に救われない人間がいたことに心を痛めていた事は知っているよ。人を守るため、だったんだろう? なんでそれを罰しなくちゃならないんだい? アウグストの事を黙秘し続けていたならエイゼンシュタインの憲兵大隊に任せざるを得なくなって、あそこだと即処罰されただろうけれど。僕はそんなに残酷じゃない」
 シグルドは微笑んで、唇に人差し指を当てた。
 黙っててあげるよ。そういう意味だろう。
「し、し、シグルド様……!」
「あはは、ま、これからも帝国の人々の為に頑張っておくれ。もう迷惑はかけちゃダメだよ?」
 泣きすがる兵士に困った顔をしながら、シグルドは警備詰め所を後にした。

「いいんですか? エイゼンシュタイン様に報告しなくて」
「君も真面目だなあ」
 外で待機していた兵長が声をかけるとシグルドはげんなりとした顔をした。
「人間は法だけで全部を縛ることのできる存在じゃない。情もあれば、利害でも変わるものさ。それを理解してこそ人の世は治まるってものさ」
 それに懐かしい名前も聞いた。
 シグルドは内通者がぽろりと漏らした話が耳にこびりついていた。
「旧帝国派閥の希望の星である旧帝国の王女クリームヒルトが、シュレーベンラントにて名乗りを上げて各地に散らばる旧帝国勢力の結集を謳う」
 クリームヒルトがヴルツァライヒの頭につけば応援の数は半端ではなくなる。
 見た目に応援したくなるような可愛い顔だったけれど。やれやれ、腐敗帝と忌み嫌われた旧帝である父の残酷さはちゃんと継いでいるようだ。
「エイゼン如きにそんな美味しい役を与える訳にはいかないなぁ」
 シグルドは口元を釣り上げた。そんな笑みがこぼれてしまう。
「シグルド様……」
「僕は寄るところがあるから先に帰ってていいよ。僕が帰ってくるまで何も知らないふりをしとくんだよ? 派兵を命じられたらできるだけのんびり準備して時間稼ぎしててくれ。そんなに時間はかからないだろうからさ」
 ハンターと共に急襲するつもりだ。
 兵長は直感し、黙って敬礼をした。

リプレイ本文

 もう住人はいないはずの廃村にサイレンが鳴り響いた。
「一応警告させて貰うが。武器を捨てて投降するっつーなら多少不自由な思いはあるだろうが、無事に済むぜ?」
 多数の銃口を向けられても臆することなく、龍崎・カズマ(ka0178)はトンファーを軽く回しながらテロリスト達に声をかけた。
「なかなかいいセリフだね。ということだ。大人しく降伏しなさい」
 横に同じく長巻を構えるシグルドはカズマの言葉に追従するようにそう宣告した。が、次々と集まるテロリストの瞳に恐れなど無かった。
「無駄に煽るなよ。邪魔くせぇ」
「そうかな? 一応とかつけているあたり、僕も君もそんなに変わらないと思うけれど」
 不敵な笑みを浮かべるシグルドに顔をしかめた瞬間。
「射ち殺せ」
 誰かが叫んだ。
 突如降りかかる弾幕の雨。
「どうせこうなることわかってただろう?」
 シグルドは構わず長巻を振った。烈風ような剣風が巻き起こり、銃弾をことごとく逸らしていった。
「まァな」
 そう言った瞬間にカズマはもうシグルドの横から消えていた。
「き、消えた……!?」
「あくびの出るようなタマ撃ってんじゃ、いつまで経っても倒せねぇよ。もうちっと歯ごたえのある奴呼んできな!」
 カズマを懸命に探すテロリストの後ろでカズマはそう言ってからトンファーを振りかざした。
 頸椎を強打し、崩れ落ちるテロリストの向こうから、続いて銃口が向けられる。仲間を見殺しにしても仕留めるつもりなのか。
 まったく、ロクでもない教育受けてやがるな。元いたスラムの人間とそんなに変わりゃしないな。カズマはそう心の中で呟くと胸ポケットに入れておいたスローイングカードを引き抜くと同時に親指でスライドさせてカードの束を広げた。そしてそのままテロリストに投げつけた。
 扇状に広がるスローイングカードが次々とテロリストの腕や顔にヒットし、銃口の向きがずれたのを確認すると、カズマは軽く飛び上がって反対側にいたテロリストの頭を回し蹴りで潰す。
「さて、御屋敷まで突き進ませてもらうぜ」
 ここで引きつけていてもいいが、進んでいる素振りを見せなければ自分が陽動だと気づかれててしまうかもしれない。
 その言葉に見事に乗ってくれたようで、テロリストたちは屋敷を背に壁を作る。
 それでいい。カズマは心の中でそう呟くと、大仰にトンファーを回した。
「……おや」
 カズマの背中を守っていたシグルドが不意に声を上げた。彼の視線を辿ると、テロリストらしき人間たちがカズマや屋敷の方向とは全く別の方に向かって、そっと移動していく影がちらりと見えた。
「なんだと思う?」
「増援だろ? ちっ、隠し通路がありそうだな」
 カズマは即座に答えた。相手が他のメンバーの侵入に気付いているとは思えない。万が一の警戒で脱出させるつもりか……それとも別の用事があるのか。
「シグルド、ここ片付けてさっさと追うぞ!」
 しかし有り体に隠し通路に向かう敵を追跡したら、陽動がバレる。とりあえずここの敵を全部片付けてからいくしかない。
 カズマは咆哮をあげると、弾幕の中を真っ直ぐ突っ込んでいった。


 館では予想外の展開が行われていた。
「魔法を使わせるな!」
「家畜がうるさいな」
 南條 真水(ka2377)は邪魔くさそうな顔をして背後から投げつけられた壺を避けると、機杖を構えた。
 が、がしゃん。という音と共に靴やニーハイソックスにべっとりと黄ばんだ液体で濡れ、油独特の鼻をつく匂いが広がる。
「どいつもこいつも。そんなに夢から覚めるのが嫌いかい?」
 デバイスにマテリアルを送り込み、鮮やかに輝く機杖。だが、別方向から次々と火のついた葉巻なり、カンテラなりが投げ込まれる。
「!!」
 南條の足元が紅蓮の風が吹き荒れる。それでも南條は機導の発動を優先する。
「おっとぉ、そのまま火だるまになるのが好きかぁ?」
 裾が焦げるのを見てヒース・R・ウォーカー(ka0145)がタックルするようにして南條を火の海から押しのけ、遮蔽となる美術品の鎧の後ろに隠した。
「これを繰り返されたらこっちの分が悪くなるって思わないのか? 肉を切らせてなんとやらだよ」
「フン、そりゃ悪かったねぇ。だけど、ボスにたどり着く前に戦力を減らしたくないだけだ」 
 くすぶるドレスの裾を蹴りつけて消すと同時に、僅かな隙さえ許さない銃弾の雨から回避させる。
「書斎に向かった部隊も広間に押し戻せ! まとめてケリをつける」
「非覚醒者でもこれだけ動くもんなんだな」
 クリームヒルトの救出を優先する別働隊も動きもどうやら察知されているようだ。神城・錬(ka3822)はとにかく四方八方から絶え間なく続く銃弾を踊るように避けながら、反撃の機会を虎視眈々と狙っていたが、なかなかその機会が見つからない。ちゃんと一人一人、攻撃対象やカバー対象が決められており下手なに突き進めば蜂の巣にされる恐れもある。
「シュテルプリヒの、最強を、ここで、証明、する」
 シュメルツ(ka4367)はぼそりとそう言うと、一歩踏み出した。途端に降り注ぐ銃弾の数々。
 いくつかの銃弾はシュメルツの肩や膝を貫いた。しかし、顔色一つ変えずシュメルツは突き進む。
「出てきた鼠を撃て、撃て!」
 勝ち誇ったような雄叫びと共にさらに銃弾が降り注ぐのをパリィグローブで頭を隠し、そのまま走り始める。
「シュメルツ!」
 錬が叫ぶのも、血しぶきが飛ぶのも構わずシュメルツは走った。
 一気に駆け寄るスピードに身体の位置と銃弾の着弾が離れていく。そのままフリーになったシュメルツは勢いをつけて正面にいたテロリストの頭にトンファーを叩きつけた。頭蓋の潰れる嫌な音が響き渡る。
「たいひ……」
 退避などさせるものか。
 シュメルツは続けざまにトンファーに仕込まれた銃で逃げようとするテロリストの背に打ち込み、続いて真横にいた指揮するテロリストの首を掴み壁に叩きつけた。
「ぁ……ぁ」
「お前、うるさい」
 パリィグローブに刻まれた幾何学文様が鈍く輝き、メリメリと音を立ててグローブを付けた手をテロリストの首筋に食い込ませる。
 真っ赤にしていたテロリストの顔が、徐々に青く、土気色に変わっていく。泡を吹き出し抵抗していた力がかくんと落ちたのを見計らって、まだ一人狼狽するテロリストに視線を向けた。
「これが、シュテルプリヒ、だ」
 援護の一斉射撃を受けても怯みすらしないシュメルツにテロリストの一人は恐慌状態に陥った。
「なっなっ、南條さんの言う通り、多少防御を捨ててやれば良かっただろ!?」
「真水がアレをやったら、途中で力尽きてたと思うけどなぁ。脱落者を出すのは御免被りたいねぇ」
 南條さんのアピールを即座に却下するヒースに南條はギリィと歯ぎしりをした。
「だが多少手薄になった。これなら多少マシに動ける」
 錬は遮蔽から飛び出すと一気に走った。無表情で通しているとはいえシュメルツの傷は決して浅くないはずだ。事実、シュメルツの動きは少し鈍い。
「あの黒い怪物にトドメを刺せ! 応援に来させるな」
「そうは……」
 飛び交う銃弾を横っ飛びで回避する。
「いくかっ!!」
 襲い掛かる銃弾を右へ左へと動かしながら距離をつめ一塊になっていたテロリストのど真ん中を太刀と共に駆け抜けた。
「が、がは……」
「降参しな。手加減できるほど強くないんだ」
 血溜まりに沈むテロリストの中で部隊長らしい男に錬は太刀を突き付けた。
「はっ……よそ者には分かるまい。ウランゲル政権に踏みにじられたものの痛みを! 我々は命をかけて平和を取り戻す。それが任務だ!」
 嘘を言うような感じではなかった。そんな言葉に胸のモヤモヤがとまらない。自分からそれに踏み込んでいく愚かさと、そうでもしないと途切れてしまう人の命とその縁の脆さに。
「で、お前は踏みにじり返すのかぁ? 永遠に同じ歯車を回り続けることになっても、か?」
「歯向かうものは殲滅する。その血一滴残さず……」
 もうヒースは全てを聞く気はなかった。愚かすぎる。
 どいつもこいつも。ヒースは残ったテロリスト達の顔を見た。まだ士気は下がっておらず、一人でも戦うような血眼の表情だ。
「馬鹿につける薬はないっていうが、本当だなぁ」
 銃撃を最低限の動きで回避し、ヒースは懐に入れておいた手裏剣に手を付ける。
「射撃武器だ! 撃ち落とせ!」
 訓練はしっかりされているのはよくわかる。身も心も。黒いものを見ても白だと言い張れるほどには。
「過去に救いなんてないのに、ねぇ」
 錬が走り、射撃を分散させる間にヒースは手裏剣を放った。いくつか漏れる苦痛の声。と、同時に腰につけていたワイヤーウィップを引き抜くと同時に横を狙っていたテロリストの首に巻き付かせた。ゆっくりとした仕草でヒースは手元のモーターを動作させた。
 その不快な肉を切り裂く音は、魔導短電話の音でかき消された。
「龍崎からだねぇ……この村のどこかにつながる秘密の通路から増援が侵入したらしいよぉ」
 緊張の高まる中、不気味な静かさに耳を澄ますが足音は聞こえてこない。
「多分、書斎だね。南條さん達も合流しようじゃないか」
 振り向きざまにデルタレイを発射して敵を射抜いた南條はいつもよりやや固めの顔でそう言った。
 悪夢の中心がそこにある。


「思ったより、冷静だぬ」
 書斎へ続く通路の影に隠れてコリーヌ・エヴァンズ(ka0828)は口先を尖らせた。
「下手に近づくな、覚醒者は手ごわいぞ。爆弾を持ってこい。別班、書斎前に侵入者5名、コードナンバー2……」
 トランシーバーでそんな声が聞こえてくる。
「爆弾で追い立てて挟み撃ちだって。どうするー?」
「ご自分の家で爆弾を使うなんて常識のない方ばかりですね」
 フィーナ・ウィンスレット(ka3974)は呆れた顔でそう言った。若干名、怪訝な顔をしてフィーナを見つめたが彼女はいたって変わらないいつもの笑みで返した。
「ナニカ?」
「……突破したところで後ろから攻められたら不利だな」
 ユリアン(ka1664)は後方を気にしながら、そう提案した。複数の足音が徐々に近づいてくるのがユリアンにもわかる。
「では二手に分かれて、さっさと制圧しようじゃないか。クリームヒルト女史のことを考えると、こんなところで時間はかけられないからね」
「同意します」
 久我・御言(ka4137)の言葉に摩耶(ka0362)は頷くと葉巻を入れておいた袋を取り外した。
「本来なら最後に混乱させるつもりでおりましたが……」
「ちょっと順番が前後するだけさ」
 ユリアンは厨房から失敬した油をその袋にしみこませた後、着火する。
 くすぶった黒煙が立ち上ったのを確認して、摩耶は鏡で素早く書斎前を陣取るテロリストたちの位置を確認する。
 そして素早くスローイング。
「!!」
 黒煙を上げてするすると飛んでくる袋が火薬類と思いこんだのだろう。テロリストたちは即座に退避する。その陣形の瓦解は十分に狙っていたところであった。
「いっくよー!」
 コリーヌがすかさず飛び込む。
「撃ち殺せ!」
 訓練されているだけあって退避しながらでも銃弾の雨は止まない。いくつかは直撃を受けながらもそれをギリギリで避け進みながらコリーヌは超低姿勢でテロリストに駆け寄る。
「銃が最強なわけじゃないんだよ? それよりも速い攻撃があるんだ、ぬ!」
 コリーヌはそう言いながらテロリストが逃げる咆哮に先回りし、急停止と同時に腰を落として拳に力を溜めた。
 次の瞬間、銃より派手な衝撃音と共に吹き飛んだテロリストが別のテロリストを巻き込んで廊下の壁に叩きつけられた。
「兎がっ!」
「そういう言い方をするのが流行っているのかね? 感心した物言いではないな」
 全力を込めたコリーヌが元の姿勢に戻るまでの間を狙って向かって発砲するテロリスト。だが、それはいつの間にか背後に回り込んだ久我の一言と銃を取り上げる腕によって阻まれた。トリガーを指にかけたまま銃を捻じり取られ、指がおかしな方向に曲がる。
「おっとすまない。気絶させる方が先だった」
 笑顔でそう言うと久我は衝撃拳をテロリストの首筋に当てて、モーターを少しだけ駆動させた。鈍い衝撃。そしい崩れ去るテロリスト。
 その背後から別のテロリストが攻撃にかかる。
 が。
「抵抗するならば容赦はしません」
 一瞬で間合いを詰めた摩耶はそう言うとテロリストを一刀の元に切り伏せ、続いて肩から下げておいたアサルトライフルで残りの一人の腹部目がけてトリガーを引き放つ。
「!!」
「書斎前、制圧しました」
 いつもはたおやかで大人びた優しさを持つ摩耶の瞳はこの時ばかりは軍人のような氷のように冷たい瞳をしていた。
「あら、皆様手早いですね」
 フィーナはそう言うと、背後の廊下の曲がり角から突き出された銃に向けて迷わずデルタレイを発射した。焦点をいちいち決める銃より、最初から狙っていたフィーナの動きの方が断然早く、悲鳴が伝わる。
 そのデルタレイの光線を追うようにしてユリアンは走った。床を二歩蹴ったかと思うと壁を駆け上がりながらサーベルを引き抜き、壁を遮蔽にするテロリストの真上から強襲した。
 サーベルが閃き、剣迅がほとばしると残った二人も糸が切れたように崩れ去った。
「ここを廃村にしたのはお前らか……? ゾンビがそんなに足りてないのか」
「現政権が搾り取った結果だよ……みんな逃げたのさ。生ける屍にされるのが嫌でな! 帝国の犬め、これが現実だ!!」
 サーベルを突き付けられた男はユリアンを睨んで、吐き捨てるようにそう言い。小銃をユリアンに向けた。勝てないことは知っていてもその志までは砕かれはしない、という意志表示なのだろう。
 その言葉と態度にユリアンは一瞬だけ顔を曇らせた。
「飼われた豚に犬呼ばわりされるのは極めて心外です」
 ユリアンが睨んだ表情から動かない横にフィーナが笑顔でやって来た。そしてそのままハイヒールを鳩尾にあて、機杖を持ち上げる。
「以後、言葉は選ぶことを推奨します。生きていたら、ですが」
 そのままフィーナは機杖を顔面目がけて振り下ろした。
「……こっちも制圧だ」
 ユリアンは魔導短電話でそう話した。
 

「私はたくさんの困っている人を助けてあげたいの」
「姫。何をそんな呑気な事を……」
「アウグスト様、人の想いはその人だけのものです。どうぞ無理強いしないでください」
 書斎の扉を開けるとそんな話し声が聞こえてきた。ヤキモキとしたアウグストからクリームヒルトを庇うようにブリュンヒルデが阻んでいた。クリームヒルトの目は正気を保ってはいるが、アウグストやブリュンヒルデを怖がっている様子もなく、普通に会話しているようだった。
 拍子抜けしたかもしれない。この瘴気渦巻く部屋でなければ。
「そこまでだ」
 ユリアンは書斎に進むや否やサーベルを突き付けて、そう言い放った。
「摩耶さんっ」
 書斎に突入したメンバーの顔を見て、クリームヒルトは椅子から立ち上がるのをアウグストがそのぶよぶよの腕で引き留めた。
「おおっと、邪魔が入りましたな。ブリュンヒルデ殿。どうぞよろしく頼みましたぞ」
「へぇ、そっちがブリュンヒルデかぁ。旧帝国派に力を貸して何をたくらんでいるんだぁ?」
 ユナイテッド・ドライブ・ソードを分解して、短剣状にして構えるヒースにブリュンヒルデは丁寧にお辞儀し、敵意のないことを示した。体から発する吐き気を催すような負のマテリアルはいかんともしがたいが、彼女の動きは隙だらけだし、戦闘態勢をとるハンターを見て悲しそうな顔をする様子からして極めて非戦闘的だった。歪虚であることを疑いそうになる。
「旧帝国というより、確固たる夢をお持ちの方のお手伝いをしております」
「そっかなー? 歪虚がそんなこと言っても信用ないぬ」
 衝撃拳のモーターを駆動させながら構えるコリーヌがそう言うと、クリームヒルトは慌ててアウグストの手から離れ、ブリュンヒルデを庇った。
「この人は悪い人ではないの。普通にお話してただけだし……あと、その、心配させてごめんなさい」
 摩耶やユリアン、フィーナと言った面々の顔を見て、クリームヒルトは頭を下げた。
「大丈夫ですか? 何もされていませんか?」
 問いかける摩耶にクリームヒルトは大変申し訳なさそうに頷いた。自分ひとりでアウグストの元に乗り込んで、心配しに来たハンターが来た、という流れは十分承知しているのだろう。
「お前はこれからどうしたいんだぁ? このまま孤立無援で動くのか、帝国に保護されるのか、それとも、ボクらのギルドに身を寄せるのか」
 ヒースの問いかけにクリームヒルトは後ろに立つブリュンヒルデをちらりと見た。同じ問いかけを彼女にもされていたのだろうか。
「君は本当に夢を守るのが好きなんだね」
 庇われるブリュンヒルデの目を見て、南條は問いかけた。
「夢を支える者、守護する者。聴かせてくれないか? ボクの夢を叶えてくれるのか……」
 南條は十分に間をおいて眼鏡の縁を持ってかけなおした。
「剣妃オルクスを倒すという夢を」
 オルクス。その言葉に何人かが顔を硬くした。オルクスとの因縁は決して南條だけではない。
 ブリュンヒルデはしばらく南條がかける瓶底眼鏡ごしにその瞳を見つめ、そしてゆっくりとほほ笑んだ。
「お母様を倒すのが悲願であるというのなら。私は誓ってお助けいたします」
「お、おか……なんだって?」
 錬が思わず問い返した。皆もぽかんとしていた。
 お母様というのがオルクスであるのは誰にとっても寝耳の水の話だった。
「歪虚を倒すのが夢なら、この命、この私の存在を全てかけてでもお手伝いします。ですが、南條様は悪夢を渡り歩き正すのが本意であるように見受けます。お母様を倒すのは、経過であって最終目的ではありませんね?」
 手をかけていた眼鏡を取り落として南條はブリュンヒルデを見つめた。
 自分の目を見られるのは好きではないが、あの蒼い瞳を眼鏡なしに見るのはいささか疲れる。
「……言ってくれるね?」
「夢というなら、そう貴女からは強く感じます」
 ブリュンヒルデがそう声をかけたのはシュメルツだった。シュメルツは無表情にその瞳を見つめ返すと、小さく一歩踏み出した。
「願いを、叶える? シュテルプリヒを、最強と、証明する。ならば……」
 シュメルツは迷わずトンファーを構えて走った。
「その、礎と、……なれ!」
「やめて!」
 再度クリームヒルトが大の字に手足を広げてブリュンヒルデを庇い、摩耶が素早く駆け寄ってクリームヒルトを護った。さすがのシュメルツも踏みとどまり、摩耶の胸元にトンファーを突き付けクリームヒルトを睨みつけた。瞳と瞳がばちりと交錯する。
 クリームヒルトの瞳は意志がある、もしかするとその感情自体が作為的なものなのかもしれないが。
「人語を、解する、獣は、放っておくと、手が付けられなく、なるのに」
「そうですね。ヴルツァライヒ自体もそうだと思います。政権奪還の名のもとに非人道的な行いも厭わない者も……」
 憎悪に燃えたクリームヒルトの瞳はシュメルツから後ろに隠れるアウグストに向けられた。アウグストは渋い顔で様子を見守るばかり。
「ですが、単に闇から生まれたものだから裁かれるっておかしくないですか。闇の中ても星のように瞬く光を仰ぐ人もいるんです。それを応援してくれる人もいるんです」
「クリームヒルト様……?」
 摩耶はクリームヒルトの真意をはかりかねた。
 アドランケン鉱山で打ちひしがれた彼女は、何かが変わったのだろうか。それともやはりブリュンヒルデの囁きを受けて?
「摩耶さん、助けてくれてありがとう……。こんな私でも、一縷の望みをかけて私に命をかけてくれる人がいるの。今の体制じゃ救われない人はどうやってもいるの」
「この愚かな争いの被害者を最小限にするには、貴女が呼びかけなければなりません。どうか」
「そうね。だから私は……」
 説得する摩耶の言葉を聞いてもなおクリームヒルトは言葉を取り下げない。
「ヴルツァライヒに留まろうと思います」
 荊の道を進むことを。
「それが、真意なのかぁ?」
「私が堕ちたら誅殺して。ヒースさんなら、きっとしてくれると信じてる」
 重い沈黙が流れた。
「はは、ははははは! よくぞ仰った! さすが姫様ですぞ。ブリュンヒルデ、よく諭したな!」
「アウグスト、あなたは理解してないのね」
 ゲタゲタと下品に嗤うアウグストを睨んで、クリームヒルトは冷たくそう言った。
「おおっと、そいつはイケない」
 久我もすかさずワイヤーウィップを天井にかかるシャンデリアにかけると、背後の壁を軽く蹴った。
 ジェットブーツの派手な音が響き渡り、皆のはるか上空を久我の白い影が飛んだ。
「貴方のような外道を潰すための選択よ。光の世界からでは安らぎの夜も悪夢の覆いかぶさる闇も区別がつかないものね」
 クリームヒルトが袖に隠し持っていたナイフを抜きざまに突き刺そうとしたのを久我が割って入り、その腕を引いて抱きしめた。
「貴女に武器は似合わないな? 何故なら貴女の武器は立ち向かう姿勢そのものなのだから」
 同時に狂気に目を光らせたアウグストの腹に蹴りを叩きこむ。
「あえて自分から災禍の中心に足を運ぶのか?」
 渦中の人間っていうのはそんな選択をするのか?
 ユリアンの心が少しだけ揺れた。巻き込まれたくないと思う自分の対極に、覚悟の顔をしたクリームヒルトがいる。
 そんなユリアンとクリームヒルトの目がほんの少しだけぶつかった。
 悲しそうな目の微笑み。どうか幸せになって欲しいと願う、自己犠牲に満ちた目にユリアンは動けなかった。
 オレは、オレは、どうしたら……。
「ぬ? 誰か来るよーっ!」
 迷う暇は与えられなかった。注意を外に向けていたコリーヌが鋭く叫ぶと同時に、書斎にあるいくつもの窓の板が粉々になって残骸が吹き込んでくる。
「話し合いは後にしようか。とりあえず……」
 久我が抱き止めるクリームヒルトにそう語り掛けた瞬間、突然白い煙が部屋を満たすと同時に爆弾らしき破裂音が方々から聞こえる。
「その下衆な手を離せ」
 視界が阻まれた瞬間、久我の腕に鋭い痛みが走り、クリームヒルトを奪い取ろうという力を感じた。
「そうはいかないな。レディに手荒な真似をするような輩に渡すほど私は落ちぶれちゃいないよ」
 久我はそう言うとすかさず防御障壁を張り巡らせ、白煙の向こう側の何者かからクリームヒルトを守った。
「待って、私は……」
「しっかり捕らえられて、ヴルツァライヒに行くと言われてもね。寝ぼけているようにしか思えないんだよ。悪いけど、一緒に来てきれないかな。ヴルツァライヒに行きたいなら後で送り届けてあげるよ」
 クリームヒルトに南條はぴしゃりというと、仲間を背にしてファイアスローワーを放った。敵がどう動こうとも仲間の位置はそうそう変わらない。
 案の定、視界は悪くとも聞こえてくる悲鳴は聞いたことのない人間ばかり。
「ぬ、ぬ?」
 不規則に何人もの気配が移動する。背後から天井から。部屋のあちこちから。コリーヌは視界を奪われながらも、射ち込まれる銃撃をその銃を構える音だけを頼りに回避し、視界が白く染まる中を銃声だけを頼りに反撃に出る。
「視界を奪っただけで勝てるとか思ってるのは困るよー?」
 コリーヌは2、3人まとめて叩きのめした。
「本当です。この程度で目くらましとは笑わせてくれますね」
 気配を頼りに素早くフィーナがデルタレイを打ち込んだ。白い煙の中を光線は突き進み、バシッと何かに命中する音はしたが、それ仕留めたのかは判別できない。だが、襲い掛かって来た複数人の一部は窓から脱出するなどしているようで、効果は薄いのは耳だけでもよくわかる。
「同士討ちも気にせず、機導を放つとはいい度胸だな」
 女の声が響いた。クリームヒルトによく似てはいるがもっと幼く、まだ子供といってもいいような感じの声だった。
「何者だ、あいつは?」
「はっ、……巷では『ちかよるなきけん』と呼ばれているフィーナだと思われます」
 白い煙が徐々に晴れていく。アウグストもクリームヒルトもブリュンヒルデの姿もすっかり消え失せ、代わりにその向こうに先ほどまではいなかった12,3歳程度の軍服を着こんだ女が立っていた。そしてハンター達を取り囲むように銃を構える男達。
 増援か。すぐに錬は感づいた。書斎の床にぽっかり空いた穴を見るとそこから一部が煙幕を投げ込み、周囲の窓から残りも突入してきたのだろう。
「なんだお前ら……」
「妾はヒルデガルド。旧帝国皇帝ブンドルフの忘れ形見にして、戦に明け暮れ疲弊するこの国を憂う者ぞ」
「ヒルデガルド!? まさかっ」
 久我に抱きしめられるクリームヒルトが驚いた声を上げた。
「お久しゅうございます。姉上。もっとも革命の時に両親は惨殺され、三兄妹も離散してほとんど面識もありませんでしたが、こうして再会できました。それを台無しにしよって……」
「そんな、ヒルデガルドは革命のときはまだ1歳にもなってなかったのよ? お母様は吊るされて殺されたというのに……どうしてヒルダが」
 狼狽するクリームヒルトにもヒルデガルドは後に全てをお話しします、と短く切り、敬礼した。その胸の前にやられた手には黄金の指輪が輝いていた。今はなき王家の印。月影の刻印。
 紛れもない自分の妹を呆然と見つめるクリームヒルトに代わって錬が問いかけた。
「なんでこんなことするんだ。歪虚まで使いやがって……民を護るのが役目だろう」
「革命の時に無抵抗の人間を切り刻み、あるいは吊り下げて晒したような輩はそのまま放っておけというのか? 人殺しを礼讃してのさばった連中が甘い蜜を吸うのをお前は是するのか」
「そんなやつらと、一般人を一緒にするな!」
「一般人も、蜂起したヒルデブラント・ウランゲルに組みした人間も同じことをしたのだ。人は放っておけば野生を思い出す獣の如き民だ。正しく飼ってやる必要がある」
「品のない発言ですね。栗きんとんはマシな発言をしていましたが、昼カツ丼は無知で無能で無教養ですね。騒がれると迷惑です。消えてください」
 呆れた声でフィーナが言い、機杖を振りかざして機導砲の光を生み出した。
「ほう……ヒナめが」
 ヒルデガルドがそう言うと、フィーナの足元に何かが絡みつき、体勢が一気に崩された。
 いたるところにワイヤーが張り巡らされている。煙幕の間にこれを作っていたのか。他のメンバーも次々とワイヤーにがんじがらめにされて動きが遅れる。空間を飛び交う疾影士が多いこのメンバーではこのトラップが強烈に作用した。
「教育が必要なようだな。ヒヨコ風情がっ!」
 縛り上げられ思わず膝をついたフィーナの頭に、ヒルデガルドは悠々とワイヤーを潜り抜けると腰につけていたロッドをフィーナの頭めがけて振り下ろした。鈍い音が響き渡る。
「っ……」
 子供の一撃だ。威力も大したことないたわいもないものだが、フィーナの怒りは爆発した。離散しかけたマテリアルを意志力だけで繋ぎ止め一気に爆発させた。
「ぶち殺してさしあげます」
 強力なマテリアルの力が天井を叩き壊し、周囲の男どもを薙ぎ倒した。
「いきがるな。その権限をもっているのは……妾だ!」
 フィーナの壊した天井がさらに爆発し、瓦礫となってハンターとヒルデガルドの間を断ち切った。それは断続的な地響きを繰り返す。
「生き埋めにしようってか? まだ生きてるかもしれない仲間すら見捨てるそういう所は……本当に気に食わねぇな」
 錬のはき捨てるような言葉に一瞥をくれるとヒルデガルドは踵を返した。
「待ちなさい。何故貴女がいるのに、クリームヒルト様までヴルツァライヒに引き込もうとするのですか」
 摩耶が叫んだ。
「妾の手は血に汚れている。優しく皆に慕われる姉上こそが御印になるべきだ。姉妹であれば分かり合える、助け合えれば、この地の闇も……きっとあまねく浄化できるだろう」
 背中越しにそういうヒルデガルドはどことなく寂しそうだった。
 あの歳であそこまで過激な言動をして。
 摩耶は手に取るようにわかった。闇の世界で育てられ、多感な時期を作られた孤独なプライドに阻まれて心のどこかで悲鳴を上げる彼女の叫びが。
 彼女は、傀儡だ。
 クリームヒルト以上に自分の意志を持てない。
「姉上、ヴルツァライヒは姉上をお待ちしております」
 視線の集まる中でもヒルデガルドはそう言うと、指輪を抜き取るとポケットに入れていた紙を結わい付けて足元に置き、離れた。
「ヒルダ、待ってヒルダ!」
 ヒルデガルドは決して振り向くことはなく、瓦礫の向こうに消えていく。クリームヒルトはそれをなんとか追おうとして暴れる。
「ああもう、面倒くさいな。行くなら『寝ぼけ眼』のままは止めといた方が良いよ」
 南條はそう言うと、クリームヒルトの鳩尾に軽く拳を叩きこみ、崩れおちさせた。
「こっちも早く脱出するとするかぁ」
 窓も破壊されている。
 ヒースは目を瓦礫の中に走らせた。瓦礫、潰れた人間、瓦礫……脱出手段が見つからない。身軽な自分を始めとして疾影士なら瓦礫の向こうの窓から飛び出れそうだが、そうではない人間もいる。
「どっかに隠し通路があるはずだよ。いくらなんでも抱えられた人を不意打ちで奪うには、窓からじゃ無理があるからね」
 南條がそう言った瞬間、床の小石がカラリと動く音をコリーヌは聞き逃さなかった。
 即座にトンファーを構え、音のした床に飛び込む。
「!」
「オイ、随分な出迎えだなァ?」
 書斎の床に隠されていた通路を押し開けたカズマはコリーヌのトンファーを片手で受け止め、ぎりぎりと押し返した。
「龍崎!」
「外の片づけが終わったから、こそこそ動き回ってたところを調べて来てみたら……」
 カズマはそう言うと、張り巡らされたワイヤーを断ち切り、隠し通路へと案内した。
「見た目に寄らずお優しいのですね。先ほどは見た目どおりの非常識な子供を相手して不愉快な思いをしたところです。ああ、見た目って怖い」
 フィーナはワイヤーをほどかれるとカズマにそう微笑んで礼を言ったが、カズマにはそれは礼ではなくすさまじい怨嗟の声にしか聞こえなかった。
「……なんか大変みてぇだな」
「この状態をみて、君は何もないと思えるかね?」
 すっかり汚れてしまったスーツをはたきながら久我はそうカズマに笑いかけた。
「さて、新情報もあることだし、依頼人の本意も聞かないといけないねぇ」
 女性陣を先に避難させつつ、久我は頭の中で情報を整理していた。


「いやぁ、お疲れ様。なかなか派手にやってくれたじゃないか。ま、あの状態なら敵は活動もできないだろうし、アジトを手放すようにできたんだから、十分さ」
 シグルドは積み上げたテロリストの山の上で、まだ粉塵収まらぬ館の残骸に目を向けていった。もはや証拠らしいものを見つけようとするだけで相当な時間がかかることになるだろうし、それが果たして役に立つかどうかも疑わしい状態だったが、特段気にした様子もなかった。
 テロリストの山からはいくつもの呻きが聞こえてくる。カズマが倒したのも含めて彼は一人で全部を管理していた。誰一人として彼の足の下から逃げることはできない。
「相変わらずのバケモノぶりだよな……」
「100人の上に乗っても大丈夫、なーんてね。でも実際はほとんど龍崎くんの功績だよ。僕は邪魔にならないように積み上げただけさ」
 憮然とするユリアンの言葉にシグルドはカラカラと冗談めかして笑った。
「副師団長殿はご存知だったのかな、クリームヒルト女史の妹が存命で、ヴルツァライヒの一角をしていることは」
「ははは、野暮な事聴くなぁ」
 久我の言葉をシグルドは一笑に伏した。
「しかし、クリームヒルト女史やアウグスト、ブリュンヒルデといった存在の生死を差し置いて制圧を優先せよというのは、どうも彼女の来襲を知っていて、その存在を確認したかったのではないかなと考えるわけだが」
 王家の指輪を抱いたまままだ意識を取り戻さないクリームヒルトを見てシグルドの笑いは苦笑に変わった。
「……久我くんの明晰な頭脳には頭が下がるね。ヒルデガルドがヴルツァライヒにいるのは知ってたさ。しかし、彼女がここまでわざわざ足を運ぶことまでは予想してなかったかな。予想していたのは、君たちがクリームヒルトを助けようとすることぐらいだね。ま、わざわざ足取りを残していってくれたんだ。制圧した後に他の拠点に関わることも調べようと思ったけれど、手間も省けて良かった」
 シグルドの目も、ハンター達も、闇にずっと隠され続けていたヴルツァライヒのアジトへと向いていた。

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 光の水晶
    摩耶(ka0362
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • 蝶のように舞う
    コリーヌ・エヴァンズ(ka0828
    エルフ|17才|女性|霊闘士
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ヒースの黒猫
    南條 真水(ka2377
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • 良き羅針盤
    神城・錬(ka3822
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ちかよるなきけん
    フィーナ・ウィンスレット(ka3974
    エルフ|20才|女性|機導師
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • 無情なる拳
    シュメルツ(ka4367
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 悪き夢を打ち砕く為に
久我・御言(ka4137
人間(リアルブルー)|21才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/05/31 22:48:46
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/05/27 14:41:42