ゲスト
(ka0000)
悪魔か、天使か。
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/06/22 09:00
- 完成日
- 2015/06/29 23:10
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
むしゃ。
ガツガツ。
ぎりりり、ブチィ、くっちゃ、くっちゃ。
ズルルル。
汚らしい咀嚼する音が、だだっ広い空間に響き渡る。
アウグストはブリュンヒルデが用意した料理を半日以上に渡り食べ続けていた。会話もなく、愉しむ相手もおらず、ただ一人で。ひもじい思いをする帝国の民ならば憤怒を隠せないであろうその暴食っぷりを隠すこともせず、何枚もの皿を空けつくす。
ミチミチという奇怪な音と共に服のボタンが千切れて飛んだ。
「痛い、痛い、痛い……」
アウグストは涙を浮かべながら食べていた。
クリームヒルトを助けたハンターに蹴られた腹がまだ痛む。
この痛みを消すには、食べるしかないのだ。その苛立ちを収めるには何よりの快楽である食事に傾倒しなければならぬ。
「うぐ、ぐふ……ぐへぇぇぇ」
とうとうアウグストは吐き出したが、己が吐き出した吐瀉物をかき集めてアウグストは口に再び放り込んだ。
苛立ちがアウグストの全てを真っ白にしていた。
カールがよこす剣機は潰され、クリームヒルトは奪われ、このアジトの所在もばれてしまった。
クソ生意気なヒルデガルドに共闘を依頼したが鼻で笑われ、見捨てられた。
彼に残された安楽の場所は、もうここしかなかった。
「うご、ご……ごふぅぁ。り、料理は……まだか」
おくびに最高級ワインの汁がまじり口から吹き出る。真っ白なのは頭だけではない。その目もすでに裏返っていた。
「はい、お待たせしました。アウグスト様」
そんなアウグストに優しく声をかけたのは、大きな料理皿を運んできたプラチナブロンドの娘。ブリュンヒルデであった。可愛らしいピンクのエプロンをつけた彼女は汚れたアウグストの汚らしい食卓を見ても嫌な顔一つせず、料理をテーブルに広げる
「心行くまで堪能くださいね。私も頑張ってお料理いたします」
「そうだ。この世は、ワシの、テーブル、だ。民を肥え太らせて、食う、くうぅぅ。クリームヒルトも、王座も、帝国もみんな、ワシが……食う」
アウグストは呻くようにそう言った後、腹の底からベシャっと肉が引き裂かれる音がして異臭の放つスープ皿の中に突っ伏した。
椅子の下から血まみれのドロドロとした液体が広がっていく。限界を超えて詰め込まれた食べ物によってアウグストの胃と腹は張り裂け、臓物が全部ぶちまけられていた。
「アウグスト様? まだ満足されてないのに……」
その時、ダムっ、と食堂の扉が勢いよく開かれた。
ブリュンヒルデが振り返ると、そこにはアウグストを心酔してやまない青年、カール・ヴァイトマンが肩で息する姿が見られた。
「アウグスト様……! ごめんなさいっ、僕がミスしたばっかりに!!」
カールは汚れるのも気にせずアウグストに駆け寄り、ひれ伏した。
「アウグスト様ぁ、僕は、僕は……貴方様に助けられたんですよ? 恩返しはまだ終わってないんです。なのに、なんで先に逝かれるんですか! 少ないですけどゾンビも用意してきてます。聞いて下さいよナナミ川で行方不明になっていた魔導アーマーも手に入れたんです!」
割れた腹から飛び出た臓物を懸命にその腹にしまい込みながら語るカールを見て、ブリュンヒルデは尋ねた。
「アウグスト様をお助けしたいのですか?」
「決まってるじゃないか! アウグスト様の産業開発で一族郎党が救われたんだ。アウグスト様がいなければ今の自分はない。どんなことをしてでも、僕はアウグスト様を助けるっと決めたんだよ!」
カールはきっぱりと言った。その瞳の強さは誰よりも強く、ブリュンヒルデも思わず見惚れてしまうほどであった。
「わかりました。どうぞアウグスト様を魔導アーマーのところに」
ブリュンヒルデはそう言うと部屋の暖炉の上に置いていた宝石箱を手に取り、そっと開けた。
「レイオニール様、貴方様の夢……不死への探求、真理への回帰を。お借りいたします。願わくはこの結論でレイオニール様の夢が実現せんことを」
片手で持つには余るほどの巨大なルビーを取り出した彼女は、そっとそれを掲げた。
どくん。
どくん。
魔導アーマーの操縦席に横たわるアウグスト。
「魂よ。不死鳥の如く。我が神の息吹、我が母の鼓動を、曽の胸に宿し。あらはれたまへ、あらはれたまへ」
ルビーが暗い閃光と共に弾けた。
途端にアウグストのぶよぶよとした体は膨れ上がると、操縦席を肉で埋めていく。
鼻が、口が、肉で埋もれていく。
目が飛び出て操縦席のガラスに押しつぶされても肉は増殖し続け、ついには溢れだしてくる。
魔導アーマーの動力部も、ワイヤーも、稼働機関も。肉が蠢き取り込んでいく。
「あああ、アウグスト様……」
不安で胸いっぱいの気持ちを声にしてカールはその様子を見守る。
「オ、オオ。タベタイ……胃ニ穴ガアイタヨウダ」
くぐもった機械的な声が魔導アーマーから響いた。
「あ、あああ!」
「オオ、オオ、かーる。ソコニイタノカ」
「アウグスト様……!!」
カールは『アウグスト』の脚にすがりついて泣いた。
お役に立てなかったと口惜しさが氷解していく。彼は幸せでいっぱいだった。
「アウグスト様。憎きハンターがこっちに向かっているそうです。ぶち殺しましょう! そしてゾンビにしてユニオンに送り付けてやるんだ!!」
「イイ案だ。サスガワシの懐刀ヨ。全部、食ライツクソウ。かーる、かーる。わしニ新鮮ナ肉ヲ届ケヨ」
その言葉を聞いてカールはぱぁっと顔を輝かせると、背中にカラスのような漆黒の翼を広げた。
「ハンバーグでもステーキでもケバブでも! アウグスト様が、僕を、僕を必要としてくれる……やったぁ!」
天にも昇るような。いや、実際にカールは大きく飛翔してそう叫ぶと、一気に来た道へと飛び去って行った。
「ソシテ、ぶりゅんひるで、兵士ヲ、オコセ」
『アウグスト』の命令にブリュンヒルデは静かに頷くと、祈るようにして手を組み祈りをささげた。
ブリュンヒルデの体から黒い瘴気が渦のようにして広がっていく。
普通の人間ならその瘴気に当てられただけで気分が悪くなり、目眩と吐き気で壊れてしまうだろうが、生憎とこの現場に人間と呼べるものは一人もいなかった。
大地が次々と盛り上がり、土気色した腕が、足が、砕けた頭が20、30と目覚め始める。
通常、負のマテリアルにさらされた死体が何年もかけて、やっと生まれてくるといわれているのに。ブリュンヒルデの祈りは無数の無念を呼び起こす。革命に倒れた旧帝国の兵士、命を張って大切な人を守ろうとした男、重要任務を負ったもののその過程で命を落とした者。この世に捨てきれぬ未練を残したものが立ち上がった。
ブリュンヒルデは祈った。
出会ったハンターの夢も含めて、全ての夢が等しく成就しますように。と。
「その夢に応えましょう。偉大なる戦士達(エインフェリア)よ」
ガツガツ。
ぎりりり、ブチィ、くっちゃ、くっちゃ。
ズルルル。
汚らしい咀嚼する音が、だだっ広い空間に響き渡る。
アウグストはブリュンヒルデが用意した料理を半日以上に渡り食べ続けていた。会話もなく、愉しむ相手もおらず、ただ一人で。ひもじい思いをする帝国の民ならば憤怒を隠せないであろうその暴食っぷりを隠すこともせず、何枚もの皿を空けつくす。
ミチミチという奇怪な音と共に服のボタンが千切れて飛んだ。
「痛い、痛い、痛い……」
アウグストは涙を浮かべながら食べていた。
クリームヒルトを助けたハンターに蹴られた腹がまだ痛む。
この痛みを消すには、食べるしかないのだ。その苛立ちを収めるには何よりの快楽である食事に傾倒しなければならぬ。
「うぐ、ぐふ……ぐへぇぇぇ」
とうとうアウグストは吐き出したが、己が吐き出した吐瀉物をかき集めてアウグストは口に再び放り込んだ。
苛立ちがアウグストの全てを真っ白にしていた。
カールがよこす剣機は潰され、クリームヒルトは奪われ、このアジトの所在もばれてしまった。
クソ生意気なヒルデガルドに共闘を依頼したが鼻で笑われ、見捨てられた。
彼に残された安楽の場所は、もうここしかなかった。
「うご、ご……ごふぅぁ。り、料理は……まだか」
おくびに最高級ワインの汁がまじり口から吹き出る。真っ白なのは頭だけではない。その目もすでに裏返っていた。
「はい、お待たせしました。アウグスト様」
そんなアウグストに優しく声をかけたのは、大きな料理皿を運んできたプラチナブロンドの娘。ブリュンヒルデであった。可愛らしいピンクのエプロンをつけた彼女は汚れたアウグストの汚らしい食卓を見ても嫌な顔一つせず、料理をテーブルに広げる
「心行くまで堪能くださいね。私も頑張ってお料理いたします」
「そうだ。この世は、ワシの、テーブル、だ。民を肥え太らせて、食う、くうぅぅ。クリームヒルトも、王座も、帝国もみんな、ワシが……食う」
アウグストは呻くようにそう言った後、腹の底からベシャっと肉が引き裂かれる音がして異臭の放つスープ皿の中に突っ伏した。
椅子の下から血まみれのドロドロとした液体が広がっていく。限界を超えて詰め込まれた食べ物によってアウグストの胃と腹は張り裂け、臓物が全部ぶちまけられていた。
「アウグスト様? まだ満足されてないのに……」
その時、ダムっ、と食堂の扉が勢いよく開かれた。
ブリュンヒルデが振り返ると、そこにはアウグストを心酔してやまない青年、カール・ヴァイトマンが肩で息する姿が見られた。
「アウグスト様……! ごめんなさいっ、僕がミスしたばっかりに!!」
カールは汚れるのも気にせずアウグストに駆け寄り、ひれ伏した。
「アウグスト様ぁ、僕は、僕は……貴方様に助けられたんですよ? 恩返しはまだ終わってないんです。なのに、なんで先に逝かれるんですか! 少ないですけどゾンビも用意してきてます。聞いて下さいよナナミ川で行方不明になっていた魔導アーマーも手に入れたんです!」
割れた腹から飛び出た臓物を懸命にその腹にしまい込みながら語るカールを見て、ブリュンヒルデは尋ねた。
「アウグスト様をお助けしたいのですか?」
「決まってるじゃないか! アウグスト様の産業開発で一族郎党が救われたんだ。アウグスト様がいなければ今の自分はない。どんなことをしてでも、僕はアウグスト様を助けるっと決めたんだよ!」
カールはきっぱりと言った。その瞳の強さは誰よりも強く、ブリュンヒルデも思わず見惚れてしまうほどであった。
「わかりました。どうぞアウグスト様を魔導アーマーのところに」
ブリュンヒルデはそう言うと部屋の暖炉の上に置いていた宝石箱を手に取り、そっと開けた。
「レイオニール様、貴方様の夢……不死への探求、真理への回帰を。お借りいたします。願わくはこの結論でレイオニール様の夢が実現せんことを」
片手で持つには余るほどの巨大なルビーを取り出した彼女は、そっとそれを掲げた。
どくん。
どくん。
魔導アーマーの操縦席に横たわるアウグスト。
「魂よ。不死鳥の如く。我が神の息吹、我が母の鼓動を、曽の胸に宿し。あらはれたまへ、あらはれたまへ」
ルビーが暗い閃光と共に弾けた。
途端にアウグストのぶよぶよとした体は膨れ上がると、操縦席を肉で埋めていく。
鼻が、口が、肉で埋もれていく。
目が飛び出て操縦席のガラスに押しつぶされても肉は増殖し続け、ついには溢れだしてくる。
魔導アーマーの動力部も、ワイヤーも、稼働機関も。肉が蠢き取り込んでいく。
「あああ、アウグスト様……」
不安で胸いっぱいの気持ちを声にしてカールはその様子を見守る。
「オ、オオ。タベタイ……胃ニ穴ガアイタヨウダ」
くぐもった機械的な声が魔導アーマーから響いた。
「あ、あああ!」
「オオ、オオ、かーる。ソコニイタノカ」
「アウグスト様……!!」
カールは『アウグスト』の脚にすがりついて泣いた。
お役に立てなかったと口惜しさが氷解していく。彼は幸せでいっぱいだった。
「アウグスト様。憎きハンターがこっちに向かっているそうです。ぶち殺しましょう! そしてゾンビにしてユニオンに送り付けてやるんだ!!」
「イイ案だ。サスガワシの懐刀ヨ。全部、食ライツクソウ。かーる、かーる。わしニ新鮮ナ肉ヲ届ケヨ」
その言葉を聞いてカールはぱぁっと顔を輝かせると、背中にカラスのような漆黒の翼を広げた。
「ハンバーグでもステーキでもケバブでも! アウグスト様が、僕を、僕を必要としてくれる……やったぁ!」
天にも昇るような。いや、実際にカールは大きく飛翔してそう叫ぶと、一気に来た道へと飛び去って行った。
「ソシテ、ぶりゅんひるで、兵士ヲ、オコセ」
『アウグスト』の命令にブリュンヒルデは静かに頷くと、祈るようにして手を組み祈りをささげた。
ブリュンヒルデの体から黒い瘴気が渦のようにして広がっていく。
普通の人間ならその瘴気に当てられただけで気分が悪くなり、目眩と吐き気で壊れてしまうだろうが、生憎とこの現場に人間と呼べるものは一人もいなかった。
大地が次々と盛り上がり、土気色した腕が、足が、砕けた頭が20、30と目覚め始める。
通常、負のマテリアルにさらされた死体が何年もかけて、やっと生まれてくるといわれているのに。ブリュンヒルデの祈りは無数の無念を呼び起こす。革命に倒れた旧帝国の兵士、命を張って大切な人を守ろうとした男、重要任務を負ったもののその過程で命を落とした者。この世に捨てきれぬ未練を残したものが立ち上がった。
ブリュンヒルデは祈った。
出会ったハンターの夢も含めて、全ての夢が等しく成就しますように。と。
「その夢に応えましょう。偉大なる戦士達(エインフェリア)よ」
リプレイ本文
ハンター達がアウグストの待ち受ける庭へと突入を開始する中、その足をぴたりと止めてユリアン(ka1664)は魔導車で待機するシグルドに振り返った。
「なあ、風の勇者と呼ぶのはやめてくれないか? からかわれたと思ったんだよ。そのくらいにこの称号は……俺には重すぎる」
その顔を見てシグルドはニコリと笑った。
「勇者ってのは悩み苦しみ大きくなっていくものだけれど、それを否定して生きるのはトランクの中のお嬢とそれほど変わらないと思うんだがね?」
「やれやれ、本当に副師団長は人を発奮させるのがお得意の様だ。弟子をあまりからかわないでいただきたいのですがね」
バディを組むエアルドフリス(ka1856)がシグルドの言葉に濡れそぼった前髪で隠れた眉を少しひそめてそう言った。
「師匠……」
「ユリアンの風はどこまでも自由だ。言葉に期待に縛られるようなもんじゃあない」
エアルドフリスはそう言うと、ユリアンの手を強引に引いた。
「これ以上は作戦に影響がでますんでね。失礼しますよ。ああ、それと。クリームヒルトはやはり保護し続けてくれませんかね」
エアルドフリスは背を向けながら、横目にシグルドを見た。
本当なら、彼女は死んだ方が平和になるんじゃないか。そう何度も頭によぎった。
だが、目の前にいるユリアンがずっと献身努力してきた相手でもある。それを失望させるわけにはいかない。
「今答えてあげても良いけれど、それは作戦に影響が出ると思うよ。それとも優しい言葉が聞きたいのかな?」
本当にこいつは……。
「師匠、俺は……」
「そうですか。しかし諦めませんよ。そのことについては後できっちり話したいものです、な!」
何とか場を収めようと口を開いたユリアンの腕をきっちりと掴み直し、エアルドフリスはそのままユリアンを走らせた。
「今は目の前の敵に集中するんだ」
パイプを加えた口でぼそりとユリアンに語り掛けた。
その眼光と、乾いた頬と、齧り痕のついたパイプの先を見て、ユリアンの顔色も変わる。
「……わかった」
やるしかない。迷うことは後でもできる。
エアルドフリスはそのまま自分を軸にユリアンをぐるりと回転させた。その勢いに合わせてユリアンの覚醒による風が加わり、小型の竜巻のような風が生み出される。
「行け!」
エアルドフリスが手を放した。自分の暴食の為に人をゾンビに変え、多くの命を食らってきた災禍の中心に向けて。
光を遮る暗雲を晴らすべく、風巻がまきおこり、そのままアウグストの元に襲い掛かった。
●
「るるいら、るるいえ、炎よ、燃ーえ盛れ♪」
夢路 まよい(ka1328)はフェアリーワンドをくるりと回すと、ファイアボールを生み出した。愛らしい動きとは裏腹にマテリアルを丹念にコントロールして紡ぎ出した火球は小さな太陽と思えるほどに巨大だった。
「本日のお料理はヴェルダン(こんがり)限定♪」
まよいの腕の動きに合わせて、ファイアボールがゾンビの前衛陣を襲い、大爆発を起こした。
乾いた肉体はよく燃える。白炎の光輝に包まれて、黒い影は少しずつ歩みを進めていたが、直撃を受けた何体かはそのまま光の中で崩れ落ちた。
「危ないっ」
うまく丸ごと範囲内に収めて攻撃することができたまよいは飛び跳ねて喜んだが、それをバディを組む摩耶(ka0362)が押し伏せた。同時にアサルトライフルの激しい発砲音と小さな風切り音がそばを駆け抜ける。
「っ……」
摩耶はまよいを庇いながら、小脇に抱えたアサルトライフルで応戦する。
「後衛が集中的に狙われています! 皆様、補佐を」
腕に受けた傷がじくりと痛む。
どれかを仕留めようとする度に別のゾンビがそれを阻害する。適確な射撃でそれを牽制しても数の不利が直接ダメージに変換される。
「えれェ、面倒くさいことしてくれるじゃねぇか!」
赤黒いオーラがごう、と立ち上る。
犬のような耳と鋭い犬歯が生まれたボルディア・コンフラムス(ka0796)の顔はまさに獰猛な猟犬そのものだった。
颯爽と弾幕の中を駆け抜けるボルディアは一気に前衛を任されるもう一つの部隊に突撃した。
「くらい、やがれ!!」
咆哮と共に戦斧を大きく振りかぶって大きく薙ぎ払った。動きのトロクサいゾンビはそのまま両断されて地に落ちていく。
「クハハ、威勢ノイイ、イヌダナ。焼肉モウマカロウ」
耳障りな機械的な音がした。アウグストだ。ボルディアが視線を移すと、そこには醜悪にうねる肉の合間から深淵の黒い穴がこちらを向いていた。
「みんちニ、シテヤロウ」
アサルトライフルの音とはけた違いの轟音が響いたかと思うと、まだ生きていたゾンビもろともボルディアを爆破する。
「ボルディアさん!」
摩耶の傷を癒していたセレスティア(ka2691)が悲鳴を上げた。土ごとえぐれ撒き上げる一撃。吹き飛ぶのは石畳のなれの果てか、ゾンビの肉塊。
「くは……こりゃ強烈だ」
「ナンダト!?」
土煙の向こうから、鋭い黒の眼光が光る。ボルディアは立ったままそれを防いでいた。
ズタズタになったゾンビの首根っこを掴み盾にして大砲の直撃を逸れていた。といっても爆発の影響でかなりの裂傷で全身血まみれだ。
「思ったより、痛ぇじゃねえか」
マリテアルヒーリングで癒しながらボルディアは言った。強烈な衝撃を耐えたものの、おかげで膝のバネが若干バカになっているのがわかる。
このまま攻め込めるかどうか。分はあまりよくなさそうだ。
「大丈夫です。構わず攻撃に徹してください」
ボルディアの背中から温かい光と共に、セレスティアの毅然とした声が届いた。
爆風で傷んだ身体が軽くなっていくのがわかる。
「さすがだな、安心して背を任せられるぜ!」
『盾』を投げ捨て、ボルディアは再び戦斧を構えて走り出した。
「今度は俺の番だ!」
ボルディアは大きく一歩を踏み出すと、次の瞬間にはアウグストの懐に踏み込んでいた。そしてそのまま重い一撃を叩きこむ。
ベギィ!!
金属がこすれてぶつかり合う嫌な音が鳴り響いた。魔導アーマーに据え付けられた鋸状のブレードと激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。
「おおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
ボルディアの雄叫びと共に、魔導アーマーのブレードの細かいギザギザが一つ、また一つ砕け散って跳ね飛ぶ。
「でけぇ図体しながら押されてんじゃねぇか! この豚野郎」
アウグストはその言葉に僅かに身体を震わせた。
怒り? いや、そうではない。
胴体に付けられた小銃4門が一斉にボルディアに向いていた。力比べに終始している最中では流石に避けきれそうもない。
「肉ハ ヨーク 叩イテオカナイトナ?」
ちくしょうが。
ボルディアは臍(ほぞ)を噛んで、身体に力を入れた。受けも取れないなら意識を飛ばさないように根を詰めるだけだ。
風が吹き荒れる中、小銃が火を吹いた。
「!」
がその瞬間に暴風を身に纏ったユリアンがアウグストの目の前に現れると、ハンディLEDライトを肉塊の操縦席に向けて照射した。
「ウグァ……目ガァ、目ガァァァァ!!」
アウグストはブレードを持っていない手ですぐさまユリアンを払いのけるが、素早さでは比にならずかすり傷を負わせるのが精いっぱいだった。
ユリアンは軽く飛んで頂点にある魔導アーマーの操縦席を覆うガラスに足を乗せると、冷ややかに見下ろした。
「罪のない人間を弄んだ報いは受けてもらう」
「ソノ言葉。貴様……思イ出シタゾ。剣機ノ時ニとろい型ヲ倒シタ、風ノ……」
めしゃ。
アウグストが皆まで言う前に、ユリアンが足に力を込めて、ガラスに盛大にヒビを入れる。
「御大層な呼び名は止めてもらえないかな。俺は、一陣の風だ……」
奥歯をきしませたような声でそう言うとユリアンは喋っている間に僅かに動いた肉塊を見逃さなかった。脳があるのか目があるのか。そこに向けてユリアンはライトを突き入れて点灯する。
「!?」
「あの巨人もあんたとブリュンヒルデが作ってたんだな。あの時も材料はなんだったんだろうって気にしてたけれど。地方の人の死体を使って……一体どれだけの人を使った?」
光にやられたのか、アウグストの動きが若干ふらつく。しかし、お返しとばかりに割れたガラスを吹き返すようにして肉塊が一気にユリアンを襲った。
「そんなに武器色々持っている割には、目は行き届かねぇか」
蠢く肉塊の一撃をさっと飛び退いてアウグストの後方へ着地したユリアンと入れ替わるように、リュー・グランフェスト(ka2419)が飛びかかった。
「刺突一閃!」
勢いのついたリューは振動剣を腰に溜めると、湧き出た肉塊を一気に貫いた。
「いい加減に目を覚ましやがれ! こんなことしたって……」
「ハハハ、山羊カナ? コイツモウマソウダ。骨ゴト切リ刻ンデ……」
リューの鋭い一撃にも、喝にもアウグストは聞こえていないようだった。そのまま反対側のブレードでリューを薙ぎ払う。ユリアンのライトによって目潰しされたために、まともに当たることはないが、腕と胴体に挟まれるわけにもいかず、リューは一度地面に足をつけた。
「本当に食べルことしか頭にありませんネ」
リューとボルディアをまとめて相手しようと大砲を向けるアウグストに対し、E(ka5111)は次々と出しなに買っておいた卵を投げつけた。
「ハンバーグの基本ハ、肉と卵ですヨ」
にんまりと口元を引き上げて笑うE。
「お前、気持ち悪いこというなよ。あれに張り付くのはオレ達の仕事なんだぞ」
「いえいえ、食いしん坊さんは我慢できなくなるかなーと思いましてネ、ほラ、あの通リ」
げんなりとした顔のリューにEは指さしてアウグストを指し示した。
ぐちゅり。 ぐちゃ、ぐちゃ。
気持ち悪い音と共に、アウグストは卵のついた自らの肉を自分で噛み千切っていた。そして新たに肉が盛り上がっていく。
「自分の肉食って、自己再生……おぇ、本当に夢に出そうだな」
ボルディアはその様子に吐き気を覚えた。ボルディアだけでなく、間近でその様子をみるリューも一瞬凍り付いていた。
「肉と卵をよく混ぜましテ、あとはこんがり……」
Eは歌いながら、アルケミストデバイスを正面に構えた。
「焼きまス」
Eのアルケミストデバイスが火を吹いた。卵のついた腕を焼き焦がし、ユリアンが叩き割ったガラスを貫いて差し込まれたライトを照射して中で爆発させた。
「が、ガガ……」
それでもアウグストは動く。がちゃり、と大砲を目の前のハンター達に差し向けた。
そして強大な爆裂が巻き起こる。
「マヨイの注文(オーダー)を聞きそびれたんだが」
爆炎と衝撃と閃光がアウグストを焼き焦がした。
「ヴェリー・ヴェルダン(中まで黒焦げ)で良かったかね?」
ワンドを振りかざしたエアルドフリスが誰にともなく問いかけた。大砲に向けて放ったファイアボールを、続いてゾンビに向けて放っていく。
「ほほー、さっすが~。大砲にファイアボール突っ込むなんてやるのねっ」
まよいが素直に感心する素振りに、エアルドフリスはパイプをくいと上に向けて応えた。相談の際に葛藤した分だけ、齧った跡がよく見える。
「弟子が考えてくれた方法でね。使わせてもらった」
「大砲が使用不能になりました。ですがまだ活動中。今の間にゾンビを一掃して次の作戦に向かいましょう」
摩耶はそう言うと、庭に植わった低木を陰にして、手を休めることなく射ち込んでくるゾンビ達にアサルトライフルで掃射した。
「でも、こうまで警戒されるとなかなか手出しできませんネ」
身体の細いEは細い木に合わせてくねくねと姿勢を変えて、銃弾を避けていた。
「狙いは相変わらず後衛のようです」
摩耶も遮蔽に隠れながら、ゾンビの様子を窺った。
全員が全員、後衛陣を狙っているわけでもないが、半数以上は後衛をマークし、とにかく範囲魔法や遠隔攻撃に警戒をしているのがよくわかる。
壁を背にして、敵の背後から襲え。
そんな教示をふと摩耶は思い出した。彼らは非常に身に着けた訓練に従順だ。
「セレスティアさん、少し辛いお仕事をお願いできますか?」
相談を受けて、セレスティアは頷いた。
「わかりました。……任せてください」
「お願いします。すぐカタをつけます」
そういうとセレスティアはまよいのいる場所へと走りだした。
同時にここぞとばかりにゾンビ達がアサルトライフルで仕留めようと銃撃し、セレスティアの腕に足にと傷を作っていく。
「どっち向いているのかな? あなたの敵はこっちでしょ?」
即座にヒーリングスフィアを展開し銃創を癒すセレスティアに守られるようにして、まよいがファイアボールを近づく最奥の一部隊に投射した。
「後衛を囮にするとは……いやはや。やぶさかではないがね」
エアルドフリスもすかさずヒーリングスフィアの範囲に入り、ファイアボールを放ち、まだ動くゾンビを灰燼に帰した。
狙っていた魔法使い達が集中しているのだ。これより他に期はないと感じたのだろうか、ほぼすべてのゾンビの攻撃がそこに集中するが、どれだけ撃たれようともセレスティアがすべからく回復していく。
「きなさい。100の銃弾に晒されても、……101回立て直して見せます」
セレスティアは耳元を貫く銃弾の衝撃波も頬を切り裂く痛みを全て耐えて、ひたすらにヒーリングスフィアに集中する。
「行きます」
ゾンビの攻撃が集中し始めたの見届けて摩耶は大きく回り込んで側面からゾンビに切り込む。
「攻撃しているのは誰なのか、何故自分たちを攻撃しているのかも、もうわかってないっすよね……」
無限 馨(ka0544)は摩耶とスピードを同じくして、反対方向から走りこむ。
無限の接近に気付いたゾンビの銃撃が始まる頃には無限はとっくに部隊の真ん中に飛び込んでいた。
即座にゾンビ達は無限を撃ち殺すために銃を構え直すとそのまま引き金を引いた。無限の向こうに同じようにして構える仲間がいることも気にせずに。
しかし無限はゾンビの一撃を受け程遅くはない。よくよくタイミングを見計らうと、引き金を引いた瞬間に大きく跳躍してそれを躱した。
「後衛を狙うも、近づかれただけで対象を変更するのは……うーん、愚策としかいいようがありませんね。頭が腐ってるとしか思えません」
互いの銃弾で穴だらけになったゾンビにダメ押しするような形でフィーナ・ウィンスレット(ka3974)は機導砲で撃ちぬき、死の淵へと追いやる。
「腐っているんだから仕方ないだろう。溜まり水は腐り水。濯ぎにはならん」
明らかに手の止まった部隊にエアルドフリスはファイアボールを放ち焼き尽くした。不死の軛も、忘れられぬ想いも。全て。
「お辛いでしょう……心の箍を外され、それを枷にさせられるのは」
摩耶もロングソードを持って駆け抜ると一番手近なゾンビの腕を切り落とした。
射撃対象が摩耶に移り変わった瞬間にはもう摩耶は次の部隊に向けて走っていた。
代わりに襲い掛かってくるのは、ファイアボール。
「めっいちゅーう♪」
「ゾンビの集団はほぼ壊滅しました。ブリュンヒルデの制圧の進行、お願いします」
一瞬たりとも、動きを止めずに、摩耶は軽く腕を振って無限とフィーナに合図を出した。
「了解っす!」
「ええと、頼まれていた内容はと……『キノコが下からコンニチハ』、あら、これは別のでしたね」
颯爽と駆けだす無限とは対照的にフィーナはメモを取り出しつつ移動を開始する。
「さぁて、覚悟してもらおうか」
ゾンビの支援もほぼなくなった今、ボルディアとリュー、そしてユリアンがじわり、じわりと包囲網を縮める。
先刻までは強大な武器を構えた魔導アーマーの姿をしていたそれも、もはや目の前にいるのは機械に巣食う肉塊にしかみえない。
「オオオ、オオオ! オトナシク食ワレロ!! 弱イモノハ食ワレルタメニアルノダ!!」
「冗談ぬかせ。誰もてめえを食いたいなんて思うやつはいねぇよ!!」
アウグストの言葉に、リューが吼えた。
●
「こんなところにいたっすか」
無限が目標であるブリュンヒルデを見つけたのは厨房であった。
捜索途中に見た食堂の様子はおびただしい料理と皿で埋まっていた。だが、厨房はと言えば確かに大量の食材は散見されたがどれも綺麗に整頓されていた。そんなところにブリュンヒルデの性格が窺える。
「あんたは何の為にここに……」
油断なくブリュンヒルデの動きを確認しながら無限は問いかけ……ようとしたが、後ろからゆっくり歩いてきたフィーナによって押しのけられた。
「鰤よ、あなたは人の願いを叶えるのがお好きなのでしょう。でしたら私の飽くなき知識欲と探究心を満たすのに協力なさい」
「はい、私に答えられるものなら何でも」
素直に頷くブリュンヒルデに対し、フィーナはキラリと眼光鋭い目でブリュンヒルデを見、そしてメモを取り出した。
「まずはプロフィールと略歴、好きな物と嫌いな物を」
「どっかのスカウトっすか、それ……?」
戸惑う無限にも関わりなく、ブリュンヒルデは真面目に答え始めた。
「ブリュンヒルデ。歪虚として8年が経ちます。好きな物は人の夢を叶えること。嫌いな物は……あまりありませんが、夢のない人。夢を諦める人、でしょうか」
「8歳? そのスタイルを8年で形成して維持するとは、錬金術を学ぶものとしていささかの興味がありますね。次、今後の目標は」
「もっとたくさんの人の夢を叶えるお手伝いをしたいですね。喜んでくれる人がいるなら私も幸せになります」
なるほど、なるほど。と言いながら、フィーナはしっかりメモを取っていく。
「それから……今まで願いを聞き届けた人は?」
「強い強い夢を持っている人なら誰でも。その人の人生がとある目標にだけ絞られている方はなんとなくわかります。錬金術師のレイオニール様、帝国の大臣でいらっゃったアウグスト様、それからクリームヒルト様。ですね。最近まで外に出られなかったんです」
「そうでしたか。では次……私の知的欲求を叶えたいとする場合、どんな……お手伝いをしてくれるのですか?」
!?
無限はフィーナの言葉に思わず振り返った。
相談である程度の話はしていた。だが、そんな内容はなかったはずだ。それに……。
フィーナの目がいつもと違った輝き方をしているのを見て、無限はしまった、と歯ぎしりをした。
「悪いけど、ここで質問タイムは終了っす!」
「あら、馨さん。勝手に〆ないでください。絞めますよ……?」
フィーナはにっこり笑うと機杖を無限に向けた。
「魅了したっすね……」
「ごめんなさい。でもそうでもしないと、聞き終わった後に私を害するおつもりはよく窺えました。害さない限りは私も誠実に応対させていただきます」
そうか。
以前の報告書でもどことなくおかしい動きはあった。敵対行動をしているのに、会話をしているだけで引き下がってしまうハンター。
動揺したり警戒したり。そういう心の動きがあったのは間違いないだろうが、それも魅了のうちなのだ。
相談を密にして、おかしな動きがないか警戒し続けていた無限だからこそ気づけたようなものだ。そして遠くで見守ってくれるギルドの仲間の祈りがあればこそ。
「話はここまでっす!」
無限はすぐさま得物を抜き放ってブリュンヒルデに切りかかった。
ブリュンヒルデの身のこなしは戦闘の慣れを全く感じさせない。実戦は素人と変わりないレベルだろう。あれは間違いなく能力特化型歪虚だ。
一撃で終わらせる。
「悪いけど、やっぱりクリームヒルトちゃんを近づけるわけにはいかないっすね」
光が貫いた。
無限の、腹を。
「DBLに載せる間もないですね。まったく……私の知的探求心が大きく満たされるかもしれないのに」
フィーナの機杖が光っていた。
●
「オオオオオオオ!!!!」
アウグストのブレードをかいくぐって、リューが懐に潜り込んだ。
「魔導コアってのは……あれか!」
大きく膝を折って、一気に飛びかかろうとした瞬間、機械的な動作音を耳にして、リューは前に進まず横っ飛びになってその場を離れた。
小銃の掃射がリューを追跡するように追いかけた。足にいくつか機関銃の一撃を受けたものの、直撃だけは免れる。
そんな姿勢の悪いところに壊れかけの魔導アーマーのブレードが真上から降りかかって来た。
「鉄を切り裂け、ウィンドブレード!」
まよいの放ったウィンドブレードが魔導アーマーの腕を切り裂き、肉塊を切り裂いた。靭帯替わりになっていたそれが失われたことで、ブレードの動きは大きくそれた地面を大きく切り裂くだけにとどまった。
「オオオ、ぶりゅんひるでガ呼ンデ……イル。助ケルゾ。オ前ノ夢ハ、わしノ夢……ダ」
「いきなりなんだ……?」
対峙するハンターがいても急に洋館に振り返るアウグストに皆焦りを隠せなかった。
大砲は爆破したとはいえ、合流されては余計にやりにくくなる。
「自分で作ったゾンビとは何らかの呼びかけができるのかもしれません。向こうで交戦しているんだと思います」
摩耶はブレードの持つ腕に向けてアサルトライフルを放った。さすがに細かすぎる狙いは当てられなかったが、十分動きの牽制にはなっているはずだ。
「ちっ、余計な事……お前の相手はこっちだ!」
リューはすかさずアウグストの前面に周り、回し蹴りをその腹に叩き込んだ。といっても今やアウグストの腹は金属の塊。痺れるのはリューの足だった。
「……オオ、おおおおお! 虫けらが、よくもよくもよくもぉぉぉ。万死だ、万死に値する!」
機械的な音が吹き飛び、やや人間らしい声に戻る。
アウグストはすぐさまリューに向き直り、ブレードで横薙ぎにする。
「そうそう、そうこなくっちゃな!」
ボルディアはそう言うと、戦斧を構えてリューとの間に滑り込んだ。
「さっきは身動きできなかったが……きっちりカリは返すぜ!!」
下から切り上げる剛腕の一撃が薙ぎ払うブレードとぶつかりあった。衝突のエネルギーの負荷がアウグストの手首に集中して、ベキリ、とフレームが折れる音がした。
「今だっ」
リューは姿勢を直すと再びコアに向かって走り出した。
そこに小銃が一斉に向き直る。
「!」
破裂音がした。
「おお、オオオオオ!!!」
「その小銃ももう使えないな」
ユリアンが握っていた小石を捨ててサーベルを抜きなおした。ユリアンが小石を銃口奥に小石を詰め込み、弾丸の初速で破壊できなかったために、目詰まりを起こした。だが、連射できるそれは次々と弾を送りつづけた結果、暴発を誘発してしまった。
自らの弾で穴を空けられたアウグストは虚空に向かって叫び続けていた。
「……さっさと終わらせよう」
ユリアンはそう言うと、リューと同じように懐に潜り込み、コアの周りで蠢く肉塊を一閃した。
「それはわしの肉だ。わしのものだ。ワシの……」
「ではサイコロステーキにしましょうネ」
Eはすかさず切り刻まれた肉塊に機導砲をぶつけ、炭塊へと変えていく。食っても補充できないように。
「終わりだ……てめえの夢も野望も全部。クリームヒルトがこれから自分の足で歩くために!」
がら空きになったコアに向けてリューは走りこむ。師匠の顔がちらりと浮かぶ。託したというその言葉がリューの胸から腕へ、そして剣へとつながる。
「ファースト流、剛剣術! チャージングスマッシュ!」
「おお、オオオオオ…… オ。たべ もの ハ……?」
アウグストはそう言うと、きしむような音を立てて、そのまま崩れ落ちた。
「!」
刺しこんだところから光が溢れる。魔導アーマーを動かすマテリアルの光だ。
「爆発しますヨ!」
Eが叫ぶと同時に、ユリアン、リュー、ボルディアは走り出した。
閃光が走った。
「!」
親愛なる者の祈る姿がユリアンやリューの脳裏に映った。
大丈夫。貴方には守ってくれる力が、ある。
●
厨房の窓が割れたかと思うと、リューのワイヤーウィップが配管を掴んだ。
そして一気にハンターがなだれ込んできた。
目の前では無限とフィーナが対峙しており、ブリュンヒルデはその様子を心配そうに見つめるばかりであった。
「何かしやがったな? てめぇ、いったい何が望みで……」
あまりの展開に頭がついてこないリューは警戒しつつブリュンヒルデを睨みつける。
「戦闘は苦手ですけども応戦くらいはいたします」
「そうですカ。いや、ワタクシとしては地に伏した姿と死に顔が見たいのですガ。この願いは駄目でしょうカ」
救急箱を抱えて戻って来たらしいブリュンヒルデはリューの言葉に困ったような顔をしてそう言ったのに対して、Eが尋ね返した。
「様々なものを食べたいという感情はとても伝わってきます。ですが……私を倒したいという感情はあまり伝わってきません」
その言葉にEはほう、と小さく返した。
ブリュンヒルデの瞳は深い色。どこまで本気かはよく分からないが、近からず遠からず何かを見通しているのは間違いないようだった。
さてどこで判断しているのやら。
「夢のある方といえば……貴女のような」
ブリュンヒルデはしばらく入って来たハンターの顔を見まわして、まよいをすっと指さした。
「え、私? まあ、そ~ねぇ。私は”こっち”に来て魔法使いになるだなんて、夢でも見てる心地だわ。とても満足よ♪」
まよいは楽しそうにそう言うと、ブリュンヒルデもとても嬉しそうに頷いた。
「とても楽しい気持ちが伝わってきます。夢の充実、いつまでも続きますように」
「いけないっすよ……そいつ、どさくさに紛れて魅了を使うっす」
無限は腹を押さえて絞るように出したその言葉に、皆揃って警戒の色を強める。
「繰り返しますが、害意がなければ私も手を出しません……無限さん、あの、救急箱お持ちしました。どうか刃を収めてもらえませんか?」
「なんだか、やる気無くすな……こいつを殴るべきかどうかは俺は判断つかねえ」
警戒する無限を気遣ってかキッチンテーブルに救急箱を置くと、ハンターが取れるようにと歩を下げるブリュンヒルデの姿にボルディアはすっかり毒気を抜かれてしまった。
そんなブリュンヒルデに警戒しつつ、セレスティアは救急箱を取ると無限に近寄った。
「何故そこまで願いを叶えたいと思うんですか?」
救急箱の中身も至って普通だ。充実具合や、使い込みを見る限りブリュンヒルデの心遣いが良くうかがえるとセレスティアは余計にわからなくなった。彼女の存在が。
「夢を持つこと、叶えたいと願うこと、それは生まれてきた人なら誰でも持つのは当然です。ですが、果たされず消えゆく願いも数多くある。想い遺した人々はどこにも行けず、輪廻の旅をすることも許されません」
ブリュンヒルデの言葉にエアルドフリスはぴくりと眉を動かした。
「まさか歪虚に円環の理を思想にする存在がいるとは思ってもみなかった。そうか、人助けをしたいと……」
歪虚そのものが円環の理から外れているということに。
全く、言葉の毒の如何に恐ろしいことか。
「非常に不快極まる話だ。耳の穴から腐りそうになる」
迷うことなくエアルドフリスはワンドで目の前に大きく円を描いた。二本、三本、四本。と炎の矢が顕れる。
「理を語るのなら外野からではなく、裡に入ってから言ってくれ」
エアルドフリスの脳裏に屍の山の故郷が浮かぶ中、ありったけの魔力で作り出す火矢を揃えて投げかけた。
「!」
「果たされぬ願いとは、そもそも輪に入れなかったものです。エアルドフリス様。貴方の言葉は真理です。ですが……全てが流転できぬ者がいるのもまた、真理なのです」
火矢が消えた。
いや、違う。何かにぶつかった。
「おお、おお。お守リ しまス」
「おおおおおお、悲願ヲ 果たす 我らが 女神ニ」
「苦しい……かなしイ 想いを させるナ」
「みんな落ち着いて。大丈夫よ」
いつからそこにいたのか。ブリュンヒルデが放つ闇の瘴気で感覚が馬鹿になっていたのは否めない。
無数の亡霊がブリュンヒルデの傍に漂っていた。
いや、それだけではない。エアルドフリスの背後にも。横にも前にも、視界に埋め尽くすように。息さえできなくなるような密度で。
厨房に佇んでいたのはここに亡霊の核となるアイテムをそこかしこに待機させられるからだと今更ながらに気が付いた。
「ぐっ……」
喉が締め付けられる。腕が拘束される。
何一つ思うようにいかない間に空気を失い、暴風のようにハンター達を切り刻む。
「呪ってやる、呪ってやル ルルルルル。呪呪呪呪呪呪呪呪呪!!!」
「お前は夢の救い手なんかじゃない……」
ユリアンも同様に締め付けられながら、呻くようにそう言った。
「そんな人間もいるだろうさ。だけど……だけど、なんでここにあの親子がいるんだ!」
無数の亡霊の中で、ユリアンは確かに見つけていた。毛糸玉を依代にする亡霊、救急箱に入っていた包帯を核にする亡霊が時折ぼんやりと浮かぶその姿に間違いなくユリアンは見たことがあった。
「父ちゃん……父ちゃん……イタイヨ、クルシイヨ。どこだよゥ」
「息子ヨ。もっといい生活させてやるからナ へるとしーぷヲ オ、モットモットモット」
「なんてことを……」
摩耶もその顔は知っていた。羊の品評会の時に出会ったあの顔が……。
「全部が未練を残したまま死んだのか? 果たせなくしたのは、お前じゃないのか!! 全ては新たな生のために廻る。遺体を弄ぶお前が元凶だ! ブリュンヒルデ!!」
ユリアンは激昂した。
こいつだけは絶対に許しちゃいけない。
「夢を見ることは全ての人に等しく与えられた力です。ですが……その力を放棄するなら、誰かの夢を手伝ってもらわなければなりません。人の夢と渾然一体となり果たされるように」
「なるほど。よくわかりました」
光が走った。
ブリュンヒルデの胸を貫いて。
「これでゾンビ作成能力以外のことも判明し、実戦能力も、その行動指針も推察できました。もう十分です」
そう言ったのはフィーナだった。
「魅了されてたんじゃ!?」
「私がいつどこでどのようにして魅了されたのか納得のいく説明をしてほしいものです。言ったじゃありませんか、知的欲求を満足させるかもしれないのに邪魔立てするのは許せなかっただけです。あとつまらないダジャレを言う女の顔がちらっと見えたことによりちょっとイラっとしたのも事実です」
魅了していたと思っていたブリュンヒルデも亡霊によるカバーを行っておらずフィーナは完全にフリーであった。
そしてもう一人。
「まったく、だからって本気で撃つこたないっすよ……心配したんすからね!」
無限は即座に起き上がると、ブリュンヒルデに走り寄った。スピードスターと呼ばれるだけあり、その速さにブリュンヒルデはついていけない。呆然とするなか、その刃を受け入れた。闇色の血がぽたぽたと滴る。
続いてとどめを刺そうとしたが、亡霊によって手足を拘束されて無限も動けなくなる。
「良かった、元気でいてくださって……。この世界にはたくさんの夢があります。皆様。どうかこの力を果たされぬ夢の為に……お願いします」
ブリュンヒルデが指示して一斉攻撃をしていたら形勢はどうだったかわからない。
しかし無限の一撃が効いたのか、元々争うつもりはなかったのか、ブリュンヒルデは力なく微笑むと、そう言い去って、ゆっくりとその場を歩み去って行った。
ブリュンヒルデの気配がなくなると同時に、無数の亡霊も嘘のように消え去って行った。
●
「結局、強力な悪意があるようには見えませんでしたね。あの人は悪魔なのか、天使なのか……」
魔力が枯渇したので精いっぱいの努めとして応急処置をほどこすセレスティアはぼんやりとブリュンヒルデのことを考えていた。
「あれは間違いなく暴食の歪虚です」
シグルドの元に戻ったハンターの前で、摩耶はそう言った。
「元々歪虚を区分分けする言葉はリアルブルーの七つの大罪が元になっています。この大罪というのは不和の種、人々が悪に手を染めるきっかけを示したものだと言われています」
「ふーん、暴食って食べ過ぎのことだよね? 別に悪いこととは思わないけどなぁ。あの豚さんはちょっといただけないけど!」
摩耶の言葉にまよいはちらりと先ほどまで戦っていた庭を見つめた。まだ爆炎は続き、アウグストの残骸は燃え盛ったままだ。
「暴食の指し示すところは不平等と不節制。一人の夢ある人間を満足させるために無数の人間を犠牲にする。その事に彼女は何の抵抗ももっていませんでした」
摩耶はそう言って、アサルトライフルを土に突き立てると、そっと手を放した。
「そして犠牲の上に立った欲望は高く積み上げられていきますが……高すぎる塔はいずれ崩壊します」
不自然な態勢で自立する銃。
しかしそれは風が吹くだけで、ガシャリと音を立てて倒れてしまった。
「その間に生まれる熱狂も、増長する野心も、天上から崩れ落ちる絶望も。それが彼女の源でしょう」
「行き過ぎた感情が負のマテリアルを生み出す、ですカ。とんでもない仕組みですネ。その静かなる慧眼にワタクシ、感服いたしましタ。フフフ、いや、彼女の死に顔、本当に見たくなってきましタ」
摩耶とは対照的にEは何とも嬉しそうな顔をしていた。
「さて、ジングルベルさん。大変なご苦労のようですガ、次はどうなさるおつもりデ? アレは取り逃がしてしまいましたガ」
「まあアウグストとゾンビを壊滅させただけで成功なんだから。その上でブリュンヒルデの手の内が解っただけでも十分さ」
シグルドはゴソゴソ音のするトランクの上で胡坐をかいて、大きく伸びをした。
「ああ、エアルドフリスくん。保護を訴えていた件だけどね。ここまで大成功してくれたんだ。そのボーナスとしてその条件を飲むよ」
「寛大な判断に痛み入ります。ええ、心底ね」
エアルドフリスがすっと頭を下げたのを見て、ユリアンは不安そうにその横顔を見て、そして決然とした顔でシグルドを見た。
「ヴルツァライヒ陣営も少しずつ集結しているようでね。まともに相手したら弾圧だのなんだのウルサイから、一度説得してみようと思う。クリームヒルトとヒルデガルド。両方が軍門に下れば、ヴルツァライヒも旗頭を失い、しばらくは大人しくなるだろう。そうしたら姉妹まとめてアネプリーベでも処刑台でも君の望むところで保護してあげるよ」
シグルドはいつも通りの笑みを浮かべて見せた。
「なあ、風の勇者と呼ぶのはやめてくれないか? からかわれたと思ったんだよ。そのくらいにこの称号は……俺には重すぎる」
その顔を見てシグルドはニコリと笑った。
「勇者ってのは悩み苦しみ大きくなっていくものだけれど、それを否定して生きるのはトランクの中のお嬢とそれほど変わらないと思うんだがね?」
「やれやれ、本当に副師団長は人を発奮させるのがお得意の様だ。弟子をあまりからかわないでいただきたいのですがね」
バディを組むエアルドフリス(ka1856)がシグルドの言葉に濡れそぼった前髪で隠れた眉を少しひそめてそう言った。
「師匠……」
「ユリアンの風はどこまでも自由だ。言葉に期待に縛られるようなもんじゃあない」
エアルドフリスはそう言うと、ユリアンの手を強引に引いた。
「これ以上は作戦に影響がでますんでね。失礼しますよ。ああ、それと。クリームヒルトはやはり保護し続けてくれませんかね」
エアルドフリスは背を向けながら、横目にシグルドを見た。
本当なら、彼女は死んだ方が平和になるんじゃないか。そう何度も頭によぎった。
だが、目の前にいるユリアンがずっと献身努力してきた相手でもある。それを失望させるわけにはいかない。
「今答えてあげても良いけれど、それは作戦に影響が出ると思うよ。それとも優しい言葉が聞きたいのかな?」
本当にこいつは……。
「師匠、俺は……」
「そうですか。しかし諦めませんよ。そのことについては後できっちり話したいものです、な!」
何とか場を収めようと口を開いたユリアンの腕をきっちりと掴み直し、エアルドフリスはそのままユリアンを走らせた。
「今は目の前の敵に集中するんだ」
パイプを加えた口でぼそりとユリアンに語り掛けた。
その眼光と、乾いた頬と、齧り痕のついたパイプの先を見て、ユリアンの顔色も変わる。
「……わかった」
やるしかない。迷うことは後でもできる。
エアルドフリスはそのまま自分を軸にユリアンをぐるりと回転させた。その勢いに合わせてユリアンの覚醒による風が加わり、小型の竜巻のような風が生み出される。
「行け!」
エアルドフリスが手を放した。自分の暴食の為に人をゾンビに変え、多くの命を食らってきた災禍の中心に向けて。
光を遮る暗雲を晴らすべく、風巻がまきおこり、そのままアウグストの元に襲い掛かった。
●
「るるいら、るるいえ、炎よ、燃ーえ盛れ♪」
夢路 まよい(ka1328)はフェアリーワンドをくるりと回すと、ファイアボールを生み出した。愛らしい動きとは裏腹にマテリアルを丹念にコントロールして紡ぎ出した火球は小さな太陽と思えるほどに巨大だった。
「本日のお料理はヴェルダン(こんがり)限定♪」
まよいの腕の動きに合わせて、ファイアボールがゾンビの前衛陣を襲い、大爆発を起こした。
乾いた肉体はよく燃える。白炎の光輝に包まれて、黒い影は少しずつ歩みを進めていたが、直撃を受けた何体かはそのまま光の中で崩れ落ちた。
「危ないっ」
うまく丸ごと範囲内に収めて攻撃することができたまよいは飛び跳ねて喜んだが、それをバディを組む摩耶(ka0362)が押し伏せた。同時にアサルトライフルの激しい発砲音と小さな風切り音がそばを駆け抜ける。
「っ……」
摩耶はまよいを庇いながら、小脇に抱えたアサルトライフルで応戦する。
「後衛が集中的に狙われています! 皆様、補佐を」
腕に受けた傷がじくりと痛む。
どれかを仕留めようとする度に別のゾンビがそれを阻害する。適確な射撃でそれを牽制しても数の不利が直接ダメージに変換される。
「えれェ、面倒くさいことしてくれるじゃねぇか!」
赤黒いオーラがごう、と立ち上る。
犬のような耳と鋭い犬歯が生まれたボルディア・コンフラムス(ka0796)の顔はまさに獰猛な猟犬そのものだった。
颯爽と弾幕の中を駆け抜けるボルディアは一気に前衛を任されるもう一つの部隊に突撃した。
「くらい、やがれ!!」
咆哮と共に戦斧を大きく振りかぶって大きく薙ぎ払った。動きのトロクサいゾンビはそのまま両断されて地に落ちていく。
「クハハ、威勢ノイイ、イヌダナ。焼肉モウマカロウ」
耳障りな機械的な音がした。アウグストだ。ボルディアが視線を移すと、そこには醜悪にうねる肉の合間から深淵の黒い穴がこちらを向いていた。
「みんちニ、シテヤロウ」
アサルトライフルの音とはけた違いの轟音が響いたかと思うと、まだ生きていたゾンビもろともボルディアを爆破する。
「ボルディアさん!」
摩耶の傷を癒していたセレスティア(ka2691)が悲鳴を上げた。土ごとえぐれ撒き上げる一撃。吹き飛ぶのは石畳のなれの果てか、ゾンビの肉塊。
「くは……こりゃ強烈だ」
「ナンダト!?」
土煙の向こうから、鋭い黒の眼光が光る。ボルディアは立ったままそれを防いでいた。
ズタズタになったゾンビの首根っこを掴み盾にして大砲の直撃を逸れていた。といっても爆発の影響でかなりの裂傷で全身血まみれだ。
「思ったより、痛ぇじゃねえか」
マリテアルヒーリングで癒しながらボルディアは言った。強烈な衝撃を耐えたものの、おかげで膝のバネが若干バカになっているのがわかる。
このまま攻め込めるかどうか。分はあまりよくなさそうだ。
「大丈夫です。構わず攻撃に徹してください」
ボルディアの背中から温かい光と共に、セレスティアの毅然とした声が届いた。
爆風で傷んだ身体が軽くなっていくのがわかる。
「さすがだな、安心して背を任せられるぜ!」
『盾』を投げ捨て、ボルディアは再び戦斧を構えて走り出した。
「今度は俺の番だ!」
ボルディアは大きく一歩を踏み出すと、次の瞬間にはアウグストの懐に踏み込んでいた。そしてそのまま重い一撃を叩きこむ。
ベギィ!!
金属がこすれてぶつかり合う嫌な音が鳴り響いた。魔導アーマーに据え付けられた鋸状のブレードと激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。
「おおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
ボルディアの雄叫びと共に、魔導アーマーのブレードの細かいギザギザが一つ、また一つ砕け散って跳ね飛ぶ。
「でけぇ図体しながら押されてんじゃねぇか! この豚野郎」
アウグストはその言葉に僅かに身体を震わせた。
怒り? いや、そうではない。
胴体に付けられた小銃4門が一斉にボルディアに向いていた。力比べに終始している最中では流石に避けきれそうもない。
「肉ハ ヨーク 叩イテオカナイトナ?」
ちくしょうが。
ボルディアは臍(ほぞ)を噛んで、身体に力を入れた。受けも取れないなら意識を飛ばさないように根を詰めるだけだ。
風が吹き荒れる中、小銃が火を吹いた。
「!」
がその瞬間に暴風を身に纏ったユリアンがアウグストの目の前に現れると、ハンディLEDライトを肉塊の操縦席に向けて照射した。
「ウグァ……目ガァ、目ガァァァァ!!」
アウグストはブレードを持っていない手ですぐさまユリアンを払いのけるが、素早さでは比にならずかすり傷を負わせるのが精いっぱいだった。
ユリアンは軽く飛んで頂点にある魔導アーマーの操縦席を覆うガラスに足を乗せると、冷ややかに見下ろした。
「罪のない人間を弄んだ報いは受けてもらう」
「ソノ言葉。貴様……思イ出シタゾ。剣機ノ時ニとろい型ヲ倒シタ、風ノ……」
めしゃ。
アウグストが皆まで言う前に、ユリアンが足に力を込めて、ガラスに盛大にヒビを入れる。
「御大層な呼び名は止めてもらえないかな。俺は、一陣の風だ……」
奥歯をきしませたような声でそう言うとユリアンは喋っている間に僅かに動いた肉塊を見逃さなかった。脳があるのか目があるのか。そこに向けてユリアンはライトを突き入れて点灯する。
「!?」
「あの巨人もあんたとブリュンヒルデが作ってたんだな。あの時も材料はなんだったんだろうって気にしてたけれど。地方の人の死体を使って……一体どれだけの人を使った?」
光にやられたのか、アウグストの動きが若干ふらつく。しかし、お返しとばかりに割れたガラスを吹き返すようにして肉塊が一気にユリアンを襲った。
「そんなに武器色々持っている割には、目は行き届かねぇか」
蠢く肉塊の一撃をさっと飛び退いてアウグストの後方へ着地したユリアンと入れ替わるように、リュー・グランフェスト(ka2419)が飛びかかった。
「刺突一閃!」
勢いのついたリューは振動剣を腰に溜めると、湧き出た肉塊を一気に貫いた。
「いい加減に目を覚ましやがれ! こんなことしたって……」
「ハハハ、山羊カナ? コイツモウマソウダ。骨ゴト切リ刻ンデ……」
リューの鋭い一撃にも、喝にもアウグストは聞こえていないようだった。そのまま反対側のブレードでリューを薙ぎ払う。ユリアンのライトによって目潰しされたために、まともに当たることはないが、腕と胴体に挟まれるわけにもいかず、リューは一度地面に足をつけた。
「本当に食べルことしか頭にありませんネ」
リューとボルディアをまとめて相手しようと大砲を向けるアウグストに対し、E(ka5111)は次々と出しなに買っておいた卵を投げつけた。
「ハンバーグの基本ハ、肉と卵ですヨ」
にんまりと口元を引き上げて笑うE。
「お前、気持ち悪いこというなよ。あれに張り付くのはオレ達の仕事なんだぞ」
「いえいえ、食いしん坊さんは我慢できなくなるかなーと思いましてネ、ほラ、あの通リ」
げんなりとした顔のリューにEは指さしてアウグストを指し示した。
ぐちゅり。 ぐちゃ、ぐちゃ。
気持ち悪い音と共に、アウグストは卵のついた自らの肉を自分で噛み千切っていた。そして新たに肉が盛り上がっていく。
「自分の肉食って、自己再生……おぇ、本当に夢に出そうだな」
ボルディアはその様子に吐き気を覚えた。ボルディアだけでなく、間近でその様子をみるリューも一瞬凍り付いていた。
「肉と卵をよく混ぜましテ、あとはこんがり……」
Eは歌いながら、アルケミストデバイスを正面に構えた。
「焼きまス」
Eのアルケミストデバイスが火を吹いた。卵のついた腕を焼き焦がし、ユリアンが叩き割ったガラスを貫いて差し込まれたライトを照射して中で爆発させた。
「が、ガガ……」
それでもアウグストは動く。がちゃり、と大砲を目の前のハンター達に差し向けた。
そして強大な爆裂が巻き起こる。
「マヨイの注文(オーダー)を聞きそびれたんだが」
爆炎と衝撃と閃光がアウグストを焼き焦がした。
「ヴェリー・ヴェルダン(中まで黒焦げ)で良かったかね?」
ワンドを振りかざしたエアルドフリスが誰にともなく問いかけた。大砲に向けて放ったファイアボールを、続いてゾンビに向けて放っていく。
「ほほー、さっすが~。大砲にファイアボール突っ込むなんてやるのねっ」
まよいが素直に感心する素振りに、エアルドフリスはパイプをくいと上に向けて応えた。相談の際に葛藤した分だけ、齧った跡がよく見える。
「弟子が考えてくれた方法でね。使わせてもらった」
「大砲が使用不能になりました。ですがまだ活動中。今の間にゾンビを一掃して次の作戦に向かいましょう」
摩耶はそう言うと、庭に植わった低木を陰にして、手を休めることなく射ち込んでくるゾンビ達にアサルトライフルで掃射した。
「でも、こうまで警戒されるとなかなか手出しできませんネ」
身体の細いEは細い木に合わせてくねくねと姿勢を変えて、銃弾を避けていた。
「狙いは相変わらず後衛のようです」
摩耶も遮蔽に隠れながら、ゾンビの様子を窺った。
全員が全員、後衛陣を狙っているわけでもないが、半数以上は後衛をマークし、とにかく範囲魔法や遠隔攻撃に警戒をしているのがよくわかる。
壁を背にして、敵の背後から襲え。
そんな教示をふと摩耶は思い出した。彼らは非常に身に着けた訓練に従順だ。
「セレスティアさん、少し辛いお仕事をお願いできますか?」
相談を受けて、セレスティアは頷いた。
「わかりました。……任せてください」
「お願いします。すぐカタをつけます」
そういうとセレスティアはまよいのいる場所へと走りだした。
同時にここぞとばかりにゾンビ達がアサルトライフルで仕留めようと銃撃し、セレスティアの腕に足にと傷を作っていく。
「どっち向いているのかな? あなたの敵はこっちでしょ?」
即座にヒーリングスフィアを展開し銃創を癒すセレスティアに守られるようにして、まよいがファイアボールを近づく最奥の一部隊に投射した。
「後衛を囮にするとは……いやはや。やぶさかではないがね」
エアルドフリスもすかさずヒーリングスフィアの範囲に入り、ファイアボールを放ち、まだ動くゾンビを灰燼に帰した。
狙っていた魔法使い達が集中しているのだ。これより他に期はないと感じたのだろうか、ほぼすべてのゾンビの攻撃がそこに集中するが、どれだけ撃たれようともセレスティアがすべからく回復していく。
「きなさい。100の銃弾に晒されても、……101回立て直して見せます」
セレスティアは耳元を貫く銃弾の衝撃波も頬を切り裂く痛みを全て耐えて、ひたすらにヒーリングスフィアに集中する。
「行きます」
ゾンビの攻撃が集中し始めたの見届けて摩耶は大きく回り込んで側面からゾンビに切り込む。
「攻撃しているのは誰なのか、何故自分たちを攻撃しているのかも、もうわかってないっすよね……」
無限 馨(ka0544)は摩耶とスピードを同じくして、反対方向から走りこむ。
無限の接近に気付いたゾンビの銃撃が始まる頃には無限はとっくに部隊の真ん中に飛び込んでいた。
即座にゾンビ達は無限を撃ち殺すために銃を構え直すとそのまま引き金を引いた。無限の向こうに同じようにして構える仲間がいることも気にせずに。
しかし無限はゾンビの一撃を受け程遅くはない。よくよくタイミングを見計らうと、引き金を引いた瞬間に大きく跳躍してそれを躱した。
「後衛を狙うも、近づかれただけで対象を変更するのは……うーん、愚策としかいいようがありませんね。頭が腐ってるとしか思えません」
互いの銃弾で穴だらけになったゾンビにダメ押しするような形でフィーナ・ウィンスレット(ka3974)は機導砲で撃ちぬき、死の淵へと追いやる。
「腐っているんだから仕方ないだろう。溜まり水は腐り水。濯ぎにはならん」
明らかに手の止まった部隊にエアルドフリスはファイアボールを放ち焼き尽くした。不死の軛も、忘れられぬ想いも。全て。
「お辛いでしょう……心の箍を外され、それを枷にさせられるのは」
摩耶もロングソードを持って駆け抜ると一番手近なゾンビの腕を切り落とした。
射撃対象が摩耶に移り変わった瞬間にはもう摩耶は次の部隊に向けて走っていた。
代わりに襲い掛かってくるのは、ファイアボール。
「めっいちゅーう♪」
「ゾンビの集団はほぼ壊滅しました。ブリュンヒルデの制圧の進行、お願いします」
一瞬たりとも、動きを止めずに、摩耶は軽く腕を振って無限とフィーナに合図を出した。
「了解っす!」
「ええと、頼まれていた内容はと……『キノコが下からコンニチハ』、あら、これは別のでしたね」
颯爽と駆けだす無限とは対照的にフィーナはメモを取り出しつつ移動を開始する。
「さぁて、覚悟してもらおうか」
ゾンビの支援もほぼなくなった今、ボルディアとリュー、そしてユリアンがじわり、じわりと包囲網を縮める。
先刻までは強大な武器を構えた魔導アーマーの姿をしていたそれも、もはや目の前にいるのは機械に巣食う肉塊にしかみえない。
「オオオ、オオオ! オトナシク食ワレロ!! 弱イモノハ食ワレルタメニアルノダ!!」
「冗談ぬかせ。誰もてめえを食いたいなんて思うやつはいねぇよ!!」
アウグストの言葉に、リューが吼えた。
●
「こんなところにいたっすか」
無限が目標であるブリュンヒルデを見つけたのは厨房であった。
捜索途中に見た食堂の様子はおびただしい料理と皿で埋まっていた。だが、厨房はと言えば確かに大量の食材は散見されたがどれも綺麗に整頓されていた。そんなところにブリュンヒルデの性格が窺える。
「あんたは何の為にここに……」
油断なくブリュンヒルデの動きを確認しながら無限は問いかけ……ようとしたが、後ろからゆっくり歩いてきたフィーナによって押しのけられた。
「鰤よ、あなたは人の願いを叶えるのがお好きなのでしょう。でしたら私の飽くなき知識欲と探究心を満たすのに協力なさい」
「はい、私に答えられるものなら何でも」
素直に頷くブリュンヒルデに対し、フィーナはキラリと眼光鋭い目でブリュンヒルデを見、そしてメモを取り出した。
「まずはプロフィールと略歴、好きな物と嫌いな物を」
「どっかのスカウトっすか、それ……?」
戸惑う無限にも関わりなく、ブリュンヒルデは真面目に答え始めた。
「ブリュンヒルデ。歪虚として8年が経ちます。好きな物は人の夢を叶えること。嫌いな物は……あまりありませんが、夢のない人。夢を諦める人、でしょうか」
「8歳? そのスタイルを8年で形成して維持するとは、錬金術を学ぶものとしていささかの興味がありますね。次、今後の目標は」
「もっとたくさんの人の夢を叶えるお手伝いをしたいですね。喜んでくれる人がいるなら私も幸せになります」
なるほど、なるほど。と言いながら、フィーナはしっかりメモを取っていく。
「それから……今まで願いを聞き届けた人は?」
「強い強い夢を持っている人なら誰でも。その人の人生がとある目標にだけ絞られている方はなんとなくわかります。錬金術師のレイオニール様、帝国の大臣でいらっゃったアウグスト様、それからクリームヒルト様。ですね。最近まで外に出られなかったんです」
「そうでしたか。では次……私の知的欲求を叶えたいとする場合、どんな……お手伝いをしてくれるのですか?」
!?
無限はフィーナの言葉に思わず振り返った。
相談である程度の話はしていた。だが、そんな内容はなかったはずだ。それに……。
フィーナの目がいつもと違った輝き方をしているのを見て、無限はしまった、と歯ぎしりをした。
「悪いけど、ここで質問タイムは終了っす!」
「あら、馨さん。勝手に〆ないでください。絞めますよ……?」
フィーナはにっこり笑うと機杖を無限に向けた。
「魅了したっすね……」
「ごめんなさい。でもそうでもしないと、聞き終わった後に私を害するおつもりはよく窺えました。害さない限りは私も誠実に応対させていただきます」
そうか。
以前の報告書でもどことなくおかしい動きはあった。敵対行動をしているのに、会話をしているだけで引き下がってしまうハンター。
動揺したり警戒したり。そういう心の動きがあったのは間違いないだろうが、それも魅了のうちなのだ。
相談を密にして、おかしな動きがないか警戒し続けていた無限だからこそ気づけたようなものだ。そして遠くで見守ってくれるギルドの仲間の祈りがあればこそ。
「話はここまでっす!」
無限はすぐさま得物を抜き放ってブリュンヒルデに切りかかった。
ブリュンヒルデの身のこなしは戦闘の慣れを全く感じさせない。実戦は素人と変わりないレベルだろう。あれは間違いなく能力特化型歪虚だ。
一撃で終わらせる。
「悪いけど、やっぱりクリームヒルトちゃんを近づけるわけにはいかないっすね」
光が貫いた。
無限の、腹を。
「DBLに載せる間もないですね。まったく……私の知的探求心が大きく満たされるかもしれないのに」
フィーナの機杖が光っていた。
●
「オオオオオオオ!!!!」
アウグストのブレードをかいくぐって、リューが懐に潜り込んだ。
「魔導コアってのは……あれか!」
大きく膝を折って、一気に飛びかかろうとした瞬間、機械的な動作音を耳にして、リューは前に進まず横っ飛びになってその場を離れた。
小銃の掃射がリューを追跡するように追いかけた。足にいくつか機関銃の一撃を受けたものの、直撃だけは免れる。
そんな姿勢の悪いところに壊れかけの魔導アーマーのブレードが真上から降りかかって来た。
「鉄を切り裂け、ウィンドブレード!」
まよいの放ったウィンドブレードが魔導アーマーの腕を切り裂き、肉塊を切り裂いた。靭帯替わりになっていたそれが失われたことで、ブレードの動きは大きくそれた地面を大きく切り裂くだけにとどまった。
「オオオ、ぶりゅんひるでガ呼ンデ……イル。助ケルゾ。オ前ノ夢ハ、わしノ夢……ダ」
「いきなりなんだ……?」
対峙するハンターがいても急に洋館に振り返るアウグストに皆焦りを隠せなかった。
大砲は爆破したとはいえ、合流されては余計にやりにくくなる。
「自分で作ったゾンビとは何らかの呼びかけができるのかもしれません。向こうで交戦しているんだと思います」
摩耶はブレードの持つ腕に向けてアサルトライフルを放った。さすがに細かすぎる狙いは当てられなかったが、十分動きの牽制にはなっているはずだ。
「ちっ、余計な事……お前の相手はこっちだ!」
リューはすかさずアウグストの前面に周り、回し蹴りをその腹に叩き込んだ。といっても今やアウグストの腹は金属の塊。痺れるのはリューの足だった。
「……オオ、おおおおお! 虫けらが、よくもよくもよくもぉぉぉ。万死だ、万死に値する!」
機械的な音が吹き飛び、やや人間らしい声に戻る。
アウグストはすぐさまリューに向き直り、ブレードで横薙ぎにする。
「そうそう、そうこなくっちゃな!」
ボルディアはそう言うと、戦斧を構えてリューとの間に滑り込んだ。
「さっきは身動きできなかったが……きっちりカリは返すぜ!!」
下から切り上げる剛腕の一撃が薙ぎ払うブレードとぶつかりあった。衝突のエネルギーの負荷がアウグストの手首に集中して、ベキリ、とフレームが折れる音がした。
「今だっ」
リューは姿勢を直すと再びコアに向かって走り出した。
そこに小銃が一斉に向き直る。
「!」
破裂音がした。
「おお、オオオオオ!!!」
「その小銃ももう使えないな」
ユリアンが握っていた小石を捨ててサーベルを抜きなおした。ユリアンが小石を銃口奥に小石を詰め込み、弾丸の初速で破壊できなかったために、目詰まりを起こした。だが、連射できるそれは次々と弾を送りつづけた結果、暴発を誘発してしまった。
自らの弾で穴を空けられたアウグストは虚空に向かって叫び続けていた。
「……さっさと終わらせよう」
ユリアンはそう言うと、リューと同じように懐に潜り込み、コアの周りで蠢く肉塊を一閃した。
「それはわしの肉だ。わしのものだ。ワシの……」
「ではサイコロステーキにしましょうネ」
Eはすかさず切り刻まれた肉塊に機導砲をぶつけ、炭塊へと変えていく。食っても補充できないように。
「終わりだ……てめえの夢も野望も全部。クリームヒルトがこれから自分の足で歩くために!」
がら空きになったコアに向けてリューは走りこむ。師匠の顔がちらりと浮かぶ。託したというその言葉がリューの胸から腕へ、そして剣へとつながる。
「ファースト流、剛剣術! チャージングスマッシュ!」
「おお、オオオオオ…… オ。たべ もの ハ……?」
アウグストはそう言うと、きしむような音を立てて、そのまま崩れ落ちた。
「!」
刺しこんだところから光が溢れる。魔導アーマーを動かすマテリアルの光だ。
「爆発しますヨ!」
Eが叫ぶと同時に、ユリアン、リュー、ボルディアは走り出した。
閃光が走った。
「!」
親愛なる者の祈る姿がユリアンやリューの脳裏に映った。
大丈夫。貴方には守ってくれる力が、ある。
●
厨房の窓が割れたかと思うと、リューのワイヤーウィップが配管を掴んだ。
そして一気にハンターがなだれ込んできた。
目の前では無限とフィーナが対峙しており、ブリュンヒルデはその様子を心配そうに見つめるばかりであった。
「何かしやがったな? てめぇ、いったい何が望みで……」
あまりの展開に頭がついてこないリューは警戒しつつブリュンヒルデを睨みつける。
「戦闘は苦手ですけども応戦くらいはいたします」
「そうですカ。いや、ワタクシとしては地に伏した姿と死に顔が見たいのですガ。この願いは駄目でしょうカ」
救急箱を抱えて戻って来たらしいブリュンヒルデはリューの言葉に困ったような顔をしてそう言ったのに対して、Eが尋ね返した。
「様々なものを食べたいという感情はとても伝わってきます。ですが……私を倒したいという感情はあまり伝わってきません」
その言葉にEはほう、と小さく返した。
ブリュンヒルデの瞳は深い色。どこまで本気かはよく分からないが、近からず遠からず何かを見通しているのは間違いないようだった。
さてどこで判断しているのやら。
「夢のある方といえば……貴女のような」
ブリュンヒルデはしばらく入って来たハンターの顔を見まわして、まよいをすっと指さした。
「え、私? まあ、そ~ねぇ。私は”こっち”に来て魔法使いになるだなんて、夢でも見てる心地だわ。とても満足よ♪」
まよいは楽しそうにそう言うと、ブリュンヒルデもとても嬉しそうに頷いた。
「とても楽しい気持ちが伝わってきます。夢の充実、いつまでも続きますように」
「いけないっすよ……そいつ、どさくさに紛れて魅了を使うっす」
無限は腹を押さえて絞るように出したその言葉に、皆揃って警戒の色を強める。
「繰り返しますが、害意がなければ私も手を出しません……無限さん、あの、救急箱お持ちしました。どうか刃を収めてもらえませんか?」
「なんだか、やる気無くすな……こいつを殴るべきかどうかは俺は判断つかねえ」
警戒する無限を気遣ってかキッチンテーブルに救急箱を置くと、ハンターが取れるようにと歩を下げるブリュンヒルデの姿にボルディアはすっかり毒気を抜かれてしまった。
そんなブリュンヒルデに警戒しつつ、セレスティアは救急箱を取ると無限に近寄った。
「何故そこまで願いを叶えたいと思うんですか?」
救急箱の中身も至って普通だ。充実具合や、使い込みを見る限りブリュンヒルデの心遣いが良くうかがえるとセレスティアは余計にわからなくなった。彼女の存在が。
「夢を持つこと、叶えたいと願うこと、それは生まれてきた人なら誰でも持つのは当然です。ですが、果たされず消えゆく願いも数多くある。想い遺した人々はどこにも行けず、輪廻の旅をすることも許されません」
ブリュンヒルデの言葉にエアルドフリスはぴくりと眉を動かした。
「まさか歪虚に円環の理を思想にする存在がいるとは思ってもみなかった。そうか、人助けをしたいと……」
歪虚そのものが円環の理から外れているということに。
全く、言葉の毒の如何に恐ろしいことか。
「非常に不快極まる話だ。耳の穴から腐りそうになる」
迷うことなくエアルドフリスはワンドで目の前に大きく円を描いた。二本、三本、四本。と炎の矢が顕れる。
「理を語るのなら外野からではなく、裡に入ってから言ってくれ」
エアルドフリスの脳裏に屍の山の故郷が浮かぶ中、ありったけの魔力で作り出す火矢を揃えて投げかけた。
「!」
「果たされぬ願いとは、そもそも輪に入れなかったものです。エアルドフリス様。貴方の言葉は真理です。ですが……全てが流転できぬ者がいるのもまた、真理なのです」
火矢が消えた。
いや、違う。何かにぶつかった。
「おお、おお。お守リ しまス」
「おおおおおお、悲願ヲ 果たす 我らが 女神ニ」
「苦しい……かなしイ 想いを させるナ」
「みんな落ち着いて。大丈夫よ」
いつからそこにいたのか。ブリュンヒルデが放つ闇の瘴気で感覚が馬鹿になっていたのは否めない。
無数の亡霊がブリュンヒルデの傍に漂っていた。
いや、それだけではない。エアルドフリスの背後にも。横にも前にも、視界に埋め尽くすように。息さえできなくなるような密度で。
厨房に佇んでいたのはここに亡霊の核となるアイテムをそこかしこに待機させられるからだと今更ながらに気が付いた。
「ぐっ……」
喉が締め付けられる。腕が拘束される。
何一つ思うようにいかない間に空気を失い、暴風のようにハンター達を切り刻む。
「呪ってやる、呪ってやル ルルルルル。呪呪呪呪呪呪呪呪呪!!!」
「お前は夢の救い手なんかじゃない……」
ユリアンも同様に締め付けられながら、呻くようにそう言った。
「そんな人間もいるだろうさ。だけど……だけど、なんでここにあの親子がいるんだ!」
無数の亡霊の中で、ユリアンは確かに見つけていた。毛糸玉を依代にする亡霊、救急箱に入っていた包帯を核にする亡霊が時折ぼんやりと浮かぶその姿に間違いなくユリアンは見たことがあった。
「父ちゃん……父ちゃん……イタイヨ、クルシイヨ。どこだよゥ」
「息子ヨ。もっといい生活させてやるからナ へるとしーぷヲ オ、モットモットモット」
「なんてことを……」
摩耶もその顔は知っていた。羊の品評会の時に出会ったあの顔が……。
「全部が未練を残したまま死んだのか? 果たせなくしたのは、お前じゃないのか!! 全ては新たな生のために廻る。遺体を弄ぶお前が元凶だ! ブリュンヒルデ!!」
ユリアンは激昂した。
こいつだけは絶対に許しちゃいけない。
「夢を見ることは全ての人に等しく与えられた力です。ですが……その力を放棄するなら、誰かの夢を手伝ってもらわなければなりません。人の夢と渾然一体となり果たされるように」
「なるほど。よくわかりました」
光が走った。
ブリュンヒルデの胸を貫いて。
「これでゾンビ作成能力以外のことも判明し、実戦能力も、その行動指針も推察できました。もう十分です」
そう言ったのはフィーナだった。
「魅了されてたんじゃ!?」
「私がいつどこでどのようにして魅了されたのか納得のいく説明をしてほしいものです。言ったじゃありませんか、知的欲求を満足させるかもしれないのに邪魔立てするのは許せなかっただけです。あとつまらないダジャレを言う女の顔がちらっと見えたことによりちょっとイラっとしたのも事実です」
魅了していたと思っていたブリュンヒルデも亡霊によるカバーを行っておらずフィーナは完全にフリーであった。
そしてもう一人。
「まったく、だからって本気で撃つこたないっすよ……心配したんすからね!」
無限は即座に起き上がると、ブリュンヒルデに走り寄った。スピードスターと呼ばれるだけあり、その速さにブリュンヒルデはついていけない。呆然とするなか、その刃を受け入れた。闇色の血がぽたぽたと滴る。
続いてとどめを刺そうとしたが、亡霊によって手足を拘束されて無限も動けなくなる。
「良かった、元気でいてくださって……。この世界にはたくさんの夢があります。皆様。どうかこの力を果たされぬ夢の為に……お願いします」
ブリュンヒルデが指示して一斉攻撃をしていたら形勢はどうだったかわからない。
しかし無限の一撃が効いたのか、元々争うつもりはなかったのか、ブリュンヒルデは力なく微笑むと、そう言い去って、ゆっくりとその場を歩み去って行った。
ブリュンヒルデの気配がなくなると同時に、無数の亡霊も嘘のように消え去って行った。
●
「結局、強力な悪意があるようには見えませんでしたね。あの人は悪魔なのか、天使なのか……」
魔力が枯渇したので精いっぱいの努めとして応急処置をほどこすセレスティアはぼんやりとブリュンヒルデのことを考えていた。
「あれは間違いなく暴食の歪虚です」
シグルドの元に戻ったハンターの前で、摩耶はそう言った。
「元々歪虚を区分分けする言葉はリアルブルーの七つの大罪が元になっています。この大罪というのは不和の種、人々が悪に手を染めるきっかけを示したものだと言われています」
「ふーん、暴食って食べ過ぎのことだよね? 別に悪いこととは思わないけどなぁ。あの豚さんはちょっといただけないけど!」
摩耶の言葉にまよいはちらりと先ほどまで戦っていた庭を見つめた。まだ爆炎は続き、アウグストの残骸は燃え盛ったままだ。
「暴食の指し示すところは不平等と不節制。一人の夢ある人間を満足させるために無数の人間を犠牲にする。その事に彼女は何の抵抗ももっていませんでした」
摩耶はそう言って、アサルトライフルを土に突き立てると、そっと手を放した。
「そして犠牲の上に立った欲望は高く積み上げられていきますが……高すぎる塔はいずれ崩壊します」
不自然な態勢で自立する銃。
しかしそれは風が吹くだけで、ガシャリと音を立てて倒れてしまった。
「その間に生まれる熱狂も、増長する野心も、天上から崩れ落ちる絶望も。それが彼女の源でしょう」
「行き過ぎた感情が負のマテリアルを生み出す、ですカ。とんでもない仕組みですネ。その静かなる慧眼にワタクシ、感服いたしましタ。フフフ、いや、彼女の死に顔、本当に見たくなってきましタ」
摩耶とは対照的にEは何とも嬉しそうな顔をしていた。
「さて、ジングルベルさん。大変なご苦労のようですガ、次はどうなさるおつもりデ? アレは取り逃がしてしまいましたガ」
「まあアウグストとゾンビを壊滅させただけで成功なんだから。その上でブリュンヒルデの手の内が解っただけでも十分さ」
シグルドはゴソゴソ音のするトランクの上で胡坐をかいて、大きく伸びをした。
「ああ、エアルドフリスくん。保護を訴えていた件だけどね。ここまで大成功してくれたんだ。そのボーナスとしてその条件を飲むよ」
「寛大な判断に痛み入ります。ええ、心底ね」
エアルドフリスがすっと頭を下げたのを見て、ユリアンは不安そうにその横顔を見て、そして決然とした顔でシグルドを見た。
「ヴルツァライヒ陣営も少しずつ集結しているようでね。まともに相手したら弾圧だのなんだのウルサイから、一度説得してみようと思う。クリームヒルトとヒルデガルド。両方が軍門に下れば、ヴルツァライヒも旗頭を失い、しばらくは大人しくなるだろう。そうしたら姉妹まとめてアネプリーベでも処刑台でも君の望むところで保護してあげるよ」
シグルドはいつも通りの笑みを浮かべて見せた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
- メープル・マラカイト(ka0347) → フィーナ・ウィンスレット(ka3974)
- ジュード・エアハート(ka0410) → エアルドフリス(ka1856)
- ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779) → セレスティア(ka2691)
- イザヤ・K・フィルデント(ka1841) → セレスティア(ka2691)
- アルヴィン = オールドリッチ(ka2378) → エアルドフリス(ka1856)
- エイル・メヌエット(ka2807) → 無限 馨(ka0544)
- エステル・クレティエ(ka3783) → ユリアン・クレティエ(ka1664)
- アイラ(ka3941) → リュー・グランフェスト(ka2419)
- 久我・御言(ka4137) → リュー・グランフェスト(ka2419)
依頼相談掲示板 | |||
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アウグス豚討伐指令 フィーナ・ウィンスレット(ka3974) エルフ|20才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/06/21 22:36:51 |
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![]() |
アウグス豚討伐指令 その2 フィーナ・ウィンスレット(ka3974) エルフ|20才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2015/06/22 05:57:06 |
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![]() |
トランク(クリームヒルト在中) シグルド(kz0074) 人間(クリムゾンウェスト)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/06/22 21:28:27 |
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![]() |
質問卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/06/20 22:50:31 |
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![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/06/16 23:37:41 |