半熟王女の謁見 2

マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~6人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
4日
締切
2015/06/24 19:00
完成日
2015/07/03 11:13

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 怠惰でなければならない。
 努力すれば殺されるから。

●資料より
 システィーナ・グラハム(kz0020)は自室である資料を眺めながら、膝に乗せたユグディラの顎を指先で弄んでいた。
 ごろごろという鳴き声を聞く傍ら捲るのは、王国北西部に位置する三村一帯に関する報告書。
 ヨルド村、ジャン・リュエ村、アルナバ村の三村は、共に数十km圏内に存在している。うち前者二村の傍を流れるのは名も無い川。その川が、今回の問題の焦点になりつつあった。
 ジャン・リュエ村による川の塞き止め。
 下流に位置するヨルド村の村長が陳情に来たことで、その問題は露見した……のだけれど。
 ――怠惰に、なった。
 ジャン・リュエ村の領主、ベル侯爵はヨルド村をそう評した。そして何年もの間、援助してきたと。それでもヨルド村とその領主バーナル子爵の態度は変わらない。故に川を塞き止めて制裁すると同時に、侯爵領の耕作地を拡げる。その為に川を塞き止めた。
 侯爵はそう言った。
 ――真実か、否か。バーナル子爵にも話を聞かないと……。
『な~ん』
「え、と。ごはんでしょうか?」
『にゃ!』
 ユグディラに白いパンをちぎって与えつつ、王国として看過できない問題について考える。

 一方でアルナバ村にはユグディラによる食糧盗難が相次いでいた。それ自体はハンターのおかげで一時的には解決したと言える、のだけれど。
 ――傷ついた、ゴブリン。
 ハンターが付近の森の探索中、亜人の野営地を見つけた。非力な猫達が短期間のうちに何度も村を狙い続けたのは、それが原因だった。
 討伐しなければならない。でも。
 何故移住してきたのかが掴めなければ、また別の集団が居着くかもしれない。原因があるのならできればそれを排除したい。
 ――王国北方全域で見られるゴブリンの動き……。
 その一部かもしれない。違うかもしれない。
 確実に言えることは、北方全域の動きとは始まりの時期が若干――数日か一週間か――後ろにズレていること。そして川の塞き止めとはピタリ一致していること。
『なぁ~ん』
「え、と。おやすみでしょうか?」
『にゃ!』
 ユグディラ氏は膝の上で寝転がり、おなかを見せた。思わず笑みがこぼれる。が、
「猫畜生が……」
 侍従長の渋面が晴れることは、なかった。

●バーナル子爵
 グラズヘイム王国王城、謁見の間。
 そこにバーナル子爵が出頭したのは、数週間後のことだった。
「参上遅れまして申し訳ございません……歪虚めを街道で見かけたもので……」
 痩躯を折り曲げ、男は低頭する。20代後半であるはずの子爵は、疲れきったように無表情のまま顔を上げた。
 システィーナはセドリック・マクファーソン(kz0026)や侍従長マルグリッド・オクレール、そしてハンター達が見守る中、話しかける。
「構いません。とはいえ時が惜しいのも事実ですので、単刀直入に伺います。――ヨルド村とあなたの所領に何が起こっているのですか?」
「……特には。雑魔や亜人の騒ぎはありますが、まぁうちでは珍しいことじゃないです」
 子爵はおどおどした態度でそうのたまう。システィーナは瞑目し、眉根を寄せた。
 こちらから指摘しなければならないという事実が、悲しくて。
「特には、ですか? 本当に? 生活の基盤たる川を塞き止められるというのは、大事件ではありませんか?」
「……」
「何が起こっているかと問われてそれを言わない理由は何ですか? 先読みしてしまったからではありませんか?」
「……、いえ、まぁ。それはベル侯爵と私の問題ですんで、ここで言うことでもな……」

「あなたの家に、何が起きているのですか。教えて、くださいませんか……っ」

 それは、焦燥と慈愛を無理に抑えた声だった。
 大司教ならもっと上手く話を進めただろう。が、今のシスティーナには冴えたやり方などできない。
 子爵は顔を伏せ、じっと絨毯を見つめる。
 耳が痛くなるような沈黙。ハンターが子爵に話を促そうとしたその時、ぽつりと、男は呟いた。
「あんたが……あんたらが悪いんだろ……何もしねえで……」
「え?」
「だから……そんなだから俺はこうするしかねえんだよぉ!!」
 叫ぶや、子爵はまろぶように踵を返して駆けていく。同時に大司教の鋭い命令が飛び、衛兵が子爵を取り押さえた。
 床に組み敷かれ、呻き声を上げる子爵。大司教がひとまず別室に連れていかせようとするが、咄嗟にシスティーナがそれを止めた。
「か、彼もっ……子爵も調査に同行させますっ……。今すぐ出発しますので、放してください」
「それは致しかねますな、殿下。同行は許可しましょう。だが拘束は解けません。無論、周囲に刺激を与えぬよう子爵には馬車に滞在していただく」
「…………、分かり、ました」
 騒然としかけた謁見の間に、再び静寂が訪れる。
「え、と。み、皆さま」気まずい空気を払うようにシスティーナがハンター達へ話を振る。「この問題は現地にこそ答えがある……はずです。どうかわたくしと共に現地へ赴いていただけませんか?」
 ハンターが各々の反応を示しつつ退出していく。システィーナは、意識して作り出した淡い微笑でそれを見送った。

●そして事件は起こる
 夕刻のヨルド村には、どこか停滞した空気が漂っていた。
 水のない川。元気のない作物。生暖かい風。歪虚の闇に覆われているわけではない。が、どこかそれに似た雰囲気を感じる。
「おお、こりゃ王国の皆さん、今日はいったい……いや、もしや川の問題を解決してくだすったと!?」
「村長さま。お話を訊きにきました」
 馬車から降り、システィーナが答える。
 村長はある意味で村の光景に似合わない快活な笑みを浮かべ「でしたらうちにおいでくだせえ」と案内を買って出た。
 村長に先導される傍ら、一行は村の様子を探る。
 村人は緩慢な仕草でぼんやりしている。小麦の収穫期のはずなのに。それに痩せてもいない。これでは怠惰と言われても当然だと思える。
 そうして村長宅に案内され――秘かにバーナル子爵も家の中へ連行され――ベル侯爵に援助されているという話を問い質そうとした時、
「まずはごゆるりとお休みくだせえ! 大したモンはねえですがね、うちのやつは料理が上手いんでね、ええ。ほれハンナ、料理をお出ししろ!」
「はいはい、お夕飯追加しないとね」
 奥から恰幅のいい中年女性が出てきて有耶無耶のうちに晩餐となってしまった。
 ――う。調査は明日でいいかな……?
 システィーナは温かい食事――しかも皆で卓を囲んで食べるという最高の贅沢に耐えきれず、それを受け入れる。
 そのうち夜が更け、一行は就寝することになった。

 ――――――。
 ――――。
 物音。
 微かな異音に目を覚ましたハンター達は、村長宅を巡回し、バーナル子爵の一階客室でその異常を発見した。
 開け放たれた鎧戸。風に舞うカーテン。テーブルに縫い付けられた羊皮紙。
 そして――消えた、バーナル子爵。

リプレイ本文

 沈黙。
 ランタンの灯りが揺らめき、客室に飛び込んだハンター達の影が生物の如く蠢いている。
「子爵は……?」
 痛い程の静寂を破ったのはヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207)だった。
 そして弾かれたように開かれた窓へ向かったのは月影 夕姫(ka0102)とセリア・シャルリエ(ka4666)。二人は目を凝らして暗闇を見晴かし、足跡を発見する。
「追うわ!」「お任せします」
 枠に手をつき素早く跳び越える夕姫。暗闇に消える緑髪を見送り、従騎士含め残った七人は改めて客室を見回した。
 目に付くのは卓の羊皮紙。また寝台に乱れは一切なく、室内に争いの形跡もない。という事は少しも眠らずに逃亡したのか。
 ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)が鋭い眼光を従騎士に向けるが、彼らは狼狽するばかり。敢えて表情を緩め、
「君ら何や言われた? お貴族サマに」
「あ、は、はい! 逃げないから開けないでほしいと」
「それで納得したんか」
「子爵様なので……」
 これはオクレールさんのオシオキ確定やろなぁ、と従騎士の運命を予想する。が、彼らの失態だけに同情はできない。
 シン(ka4968)が嘆息し、扉に向かう。
「ボクは他の人を呼んでくるよ。……長い、一日になりそうだね」
「ま、王女様の手助け頑張るとしますかね、と。こう見えても真面目なんだな、これが」
 アルト・ハーニー(ka0113)は言いながら羊皮紙の上に埴輪を置く。それをセリアは流れ作業の如く脇に退かし、羊皮紙を摘み上げた。
「まずはこれを読んでみない事には始まらないですね」
 仏頂面で豊かな胸の前に広げてみせるセリア。と、そこに慌ただしい足音が近付いてくる。
 ヴィンフリーデは王女殿下だろうと見当を付け、同時に苦笑した。
 ――こういう時、国家元首として焦りを見せない方がいいんじゃないのかしら? 可愛いけど。

●捜索
 客室を飛び出した夕姫は深夜未明の闇の中、足跡を辿る。
 懐に収めた通信機の感触を確かめ、しかし視線は絶え間なく周囲に。暗闇に響くのは自分の息遣いだけ。天上の月も翳り、闇に浮かぶ村の家々は妙な圧迫感を醸し出している。が、
 ――今ならまだ遠くに行ってない筈!
 夕姫は止まらない。
 途中迷走するように右往左往した跡はやがて村長宅を回り込み、最終的に裏手の厩へ向かっていた。さらに土には真新しい蹄の跡。
 夕姫は新たに加わったそれを見つめ――屈んで指で触れてみた。
 ――この馬蹄跡……。
 深さで人が乗っていたかは判断できなかった。何しろ元の馬体重を知らない。だがこの歩幅。明らかにギャロップではない。急いで逃げたい筈の子爵が、馬を全力で走らせない。それは則ち、子爵が馬術に通じており馬を長時間保たせたいか、あるいは、
「馬だけを逃がした……?」
 夕姫は一つの疑念を通信機で報告し、馬の跡を追う。

「つまりその痕跡は怪しい、いう事やな」
『一応ある程度追ってみるけどね』
「了解」夕姫の通信を受けたラィルは客室に集った人を見回し、「聞いとったかな」
 そういう事や、と肩を竦めた。
「え?」
 システィーナと村長夫妻を除く皆が頷き、各々動き出す。アルト、ヴィンフリーデ、セリアは客室の隅々へ。シンはラィルと共に扉へ向かい、ふと振り返った。
「王女様、悪いけど暫くここにいてもらえるかな。村長達も」
「え? あ、はい……?」
「危険かもしれんしな。固まった方がええ」
 ラィルが彼女らを納得させ、二人は廊下に出る。
 目的は――子爵の捜索。馬の件が工作だった場合、子爵は十中八九この村にいる。いや村長宅にいると言ってもいいかもしれない。それも『誰か』の手引きによって。
「よく思いつくね、嘘八百」
「何の事か解らんなぁ。僕は事実をちょーっと強調しただけや」
 人の悪い笑みでラィル。ともあれ二人は家中の灯りをつけながら捜索していく。

 客室に残ったセリアは寝台のマットレスを捲る傍ら、謁見の間でのバーナル子爵の言葉を思い出していた。
 何もしねえで。彼はそう怒りを露わにした。それは今まで何かをされてきた事を示している。そして羊皮紙にある、復讐。国にもベル侯爵にも復讐してやるという決意だろう。そんな人間が領地返納に関する手間だけを復讐とするのか?
 ――嫌な予感がします。
 セリアは眉を顰め、寝台の下を覗く。
「何かあったかね、と」
「いえ。そちらは」
 絵画の裏を見ていたアルトが首を横に振る。
 セリアが立ち上がり客室を見回すと、ヴィンフリーデがシスティーナに椅子を勧めていた。
「お休みのところ申し訳ありません、殿下。とはいえ昨日はあまり話せませんでしたし、丁度良い機会なのかもしれません」
 畏まった態度に侍従長もご満悦の様子。が、次の瞬間、
「という訳で、よろしくねっ!」
「にゃっ!?」
 ぐっと身を寄せ握手するヴィンフリーデ。侍従長が介入する間もなく握手という名の既成事実を作られた王女は唖然としてこくこくしている。
「じゃあまずはコレのさらなる読み込みかしら?」
「が、頑張りますっ」
 王女は妙に気合を入れ羊皮紙に目を落す。セリアは村長夫妻を横目に見つつ、その前にと声をかけた。
「夜が明けたら急ぎベル侯爵を召喚してもらえますか。重要ですから、色々と」
「うむ。その方が安全かもしれんな、と」
 直截的な補足はアルト。王女が「子爵が侯爵を……!?」と言いさした、その時。
 遠く、少年の声が聞こえた。
 それは他ならぬ――逃亡者発見の報だった。

●バーナル子爵の事情
 コツ、コツと木床を歩く音が鳴る。
 大窓からは早朝の陽光が浅く差し込み、広間を照らしている。
「納屋の藁に隠れるなんて……どんな居心地だったんですか」
 心なしか目を輝かせて訊くセリアである。シンが嘆息し、
「真っ先にそれ訊く?」
「重要な事です、が、今は置いておきます」
「ええっと。とにかく話を聞きたいんだけど……子爵、命の危険を感じてたのかしら?」
 ヴィンフリーデは苦笑して話を戻す。対する子爵は椅子に座らせられたまま微動だにしない。動くのはシスティーナと目が合った時だけ。それも露骨に目を逸らすという拒絶だ。
 ――もし子爵が何かを狙ってるなら。
 夕姫は口元に手を当て、迷った挙句に一足飛ばしで言ってみた。
「ベル侯爵が午後、ここに来るわ。このままダンマリだとご対面する事になるけど?」
 ――子爵が侯爵に何かをしたいなら、それは困る筈。
 その思惑は果たして、子爵を狼狽させるに充分だった。
「ま、待ってくれ! それは、嫌だ……」
「じゃあ、話してくれる?」
 夕姫、ヴィンフリーデ、セリア。三人寄れば姦しい、もとい留まる所を知らない。
 表情を歪めるシン。子爵も引き攣った顔で頷き、自白し始めた。
 曰く、侯爵から脅迫されたのは本当だと。だがそれは表向き自分の資質を疑う内容で、当主として未熟なのは否定できなかった。だから援助を受けるしかなかった。そして、
「た、助かる為に縮こまっていた。でもある時、気付いた。俺はもう体を伸ばせなくなってる……」
「それで怠惰にしかなれなかった?」
「く、国になんか言っても無駄だ。証拠もねえし」
「だからと言って」セリアがじっと見つめ、「軽率な行動に出るのはどうかと。例えば――侯爵を弑逆する、とか」
 敢えて口にしたその言葉は、実際耳にすると現実感に乏しく、よく解らない気持ち悪さがあった。
 打倒する。成敗する。復讐する。そんな修飾された言葉ではないが故の忌避感。遅れてぞわ、と肌が粟立つ感覚が駆け上り、子爵は身を震わせた。
「お、俺は……そんな……!」
「例えばの話です」
 事もなげにセリアがのたまった。

「おっちゃん、カゴ一杯ちょーだい」
「あいよ」
 ラィルは気怠げな村内を『散歩』し、間食代りの果物を買っていた。
 無論、散歩と言っても自分流の散歩だが。
「お、おばちゃんもおはようさん。やー、僕、村長に用があって来たんやけどな、長閑でええ所やなぁ」
「そう? ありがとう。これもみぃんな村長様のおかげなんよ。あの人が頑張ってくれとるけん、私らは楽になったとよ」
「村長ヤリ手やな!」
「そうねぇ、後は村長様の息子が帰ってくるのが一番やねぇ」
「街に出とるん?」
「らしいけどねぇ、まぁ若いうちは仕方ないんかねぇ」
「でもまぁ、いつか戻るやろ」
 人好きのする笑顔を絶やさず、ラィルは方々に声をかけて回る。立ち話をする主婦。村唯一の酒場の主。農夫。
 そうして得たのは幾つかの真実だった。
 村人は援助の件を知らない。村長はどうか判らないが、この援助構造の全てを把握していたとは考え難い。これは子爵にとって弱みを作らされたも同然だとラィルは思う。何故なら、
 ――情報操作した上で侯爵が介入したら、この村は簡単に侯爵に靡くやろな……。

●侯爵召喚
 高鳴るエンジン、巻き上がる土煙!
 アルトはスロットルを全力で捻りつつ大自然を感じていた。大気の合唱。いや待て。アルトは感じる。風の中に響く声を。
 ――HA……NI……。
 埴輪!? 埴輪の声!
「俺の埴輪号! 地平線の彼方に俺を、俺を――!」
 埴輪号は風になった。土色の風に。

「はぁっ、はぁっ……さ、て。話を……ッ」
 軽く酸欠になりながらジャン・リュエ村に辿りついたアルトは、埴輪色の顔で村人に聞き込みした。
 工事の件。食糧値上げの件。――が。
「ヨルド村が悪い聞いとるがね。まぁ水がなくなるんは可哀想じゃけど」
「値上げ? しとらんよ、うちは」
 収穫はほぼない。しかし肩を落したアルトの背に、声がかけられた。
「あぁ、値上げやないんじゃけどな、貢納が増えたなあ。ま、貢納いうか余りモンを買ってくれるんじゃけど」
 ――税が増えた? いや、物を買い集めている?
 そして輸出品は値上げされている。つまり金と物を集めている?
 ――ふむ。これは伝えるべき情報か。
 話を切り上げようとした時、視界に侯爵を召喚に来た従騎士の姿が映った。バイクで追い越していたらしい。
「ついでに侯爵を護衛するかね、と」

●侯爵と子爵
「――で、川が干上がってるって事は天然の防壁がなくなってるって事でしょ。だから東の防備を厚くした方がいいと思うのよね」
 夕姫が村長と子爵に極めて建設的な話をするのを、適当に耳に入れる。
 時計の短針は1を指しており、大窓から覗く村の景色は長閑そのもの。曇天である事を除けばひたすら平和な昼下がりで、シンはシスティーナ周辺の様子を軽く捉えつつ欠伸を噛み殺した。王女はセリアと何事か打ち合せている。
 ――世はなべて事もなし、か。
 とはいえ子爵の言を信じるなら、彼に何らかの監視があったのは確実。万一にも危害を加えられる訳にはいかない。特に王女。女の子だし。
「援助、あったのよね、侯爵の。じゃあ資材もあるでしょ、倉庫に」
「ええ、はあ……侯爵様のとは露知らずでして」
「あのね、防備が薄いって意味解る? 侯爵が北部のゴブリンを嗾ける可能性もあるのよ!? ……手段は知らないけど」
 いまいち反応の薄い村長に夕姫が言い立てると、村長は汗を流して狼狽する。
 あれはダメだな、とシンは思う。完全に状況に呑まれている。全ては侯爵と子爵の話で、結局領民は振り回されるだけ。そう考えると――どこかモヤモヤした。
 が、その憤りを吐き出すより早く、馬とバイクの音がした。
 お待ちかねの時間だ。

 扉が軋み、重々しく開かれる。コツコツと杖をついて来るのは初老のベル侯爵。
 広間にいた十数人の目が一斉に侯爵に集まる。その中で侯爵は、
「王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく恐悦至極に存じます。はて、子爵はおらんのですかな。挨拶をと思うておったのですが」
 慇懃に、だが機先を制するようにのたまった。システィーナが起立して長衣を摘み、腰を折る。
「侯爵様とお話をする為、控えて頂いています」
「しかし、話に花を咲かせるには少々枝が多すぎるのでは?」
「彼らは私の優秀な庭師です。『貴方の庭』を手入れするに相応しい……」
「ほう、剪定して下さると。よろしい。では園芸計画を拝聴致しましょう」
 鷹揚に頷いて着席する侯爵。
 それは証拠を掴まれぬ自信があるというより、
 ――どうせ何もできないだろうって、ナメてかかってる訳……!?
「その前に」ヴィンフリーデが小さな体を反らすように、「無礼じゃなくって? システィーナ様に」
「おや、そう聞こえてしまったのであれば謝ろう、小さなレディ」
「ッ……、えぇ、ドウモ。じゃあついでにお聞かせ願えるかしら? 一領主が他の領主に勝手に制裁を加えるのは何故なのか。これも国家元首に失礼では?」
「なんと。君は殿下に過労を強いると? 辺境くんだりまで行啓なさる殿下にかような些事まで押し付けろと! 私の如き愛国者にそれはできぬ!」
「は、はぁ!? なんッ……」「ま、ま。確かに働き者やからなぁ、王女さんは」
 激昴しかけたヴィンフリーデの袖を掴み、ラィルが笑う。
「年頃の娘が、な」などと追従する侯爵。ラィルは微笑のまま何度も頷き、金糸の娘を下がらせつつセリアに目配せした。
 セリアは懐から羊皮紙を取り、
「侯爵も劣らず働き者のようですね」
 書面を見せる事なくシスティーナに手渡した。裁判官に全てを委ねるように。
「成程、一方で子爵は確かに怠け者のようです。『理由が何にしろ』それは事実」
「うむ。故に私は懲らしめたいのだ」
「そして私は彼らに幾つかの事を聞きました」
 セリアの視線の先にはアルトとラィル。二人の調査した成果が、セリアの中で実っている。
「一つ、幼少期の子爵は勤勉だった事。一つ、バーナル家の前当主が急死だった事。最後に、侯爵がお金と物を集めている事。これらから導き出せるのは一つの推論です」
 制裁? いいえ違います、と述べるセリアはしかし、言葉を区切りシスティーナを見つめた。
 ここで突きつけていいのか。それは、口に出せば明確に罰しなければならなくなる。何らかの意図があるなら言ってはいけない。
 唐突にぶちまけたくなる衝動に耐え、セリアはじっと待つ。アルト、ヴィンフリーデが瞑目し、頷いた。システィーナは硬い微笑で引き取ると、気丈に胸を張る。
「『真実がどうあれ』侯爵には川を塞き止めた責を負って頂きます。話は『それから』です。――シャルリエ様」
 促されたセリアが提案したのは、川の塞き止め中止とゴブリン討伐要請。
 それは、三村一帯を巡る問題における重大な一手だった……。

<了>

 二週間後。
 謁見の間でゴブリン達の北上を確認したとの連絡を受けたシスティーナは、その次の報せで言葉を失う事になる。
「そんな……っ」
「大丈夫、まだ何も手遅れやない。諦めん限り、王女さんには幾らでもこれからがある」
 侍従長を窺い、片膝をついてラィルは王女の手に触れる。
 もたらされた報、それは――、

 北上した集団が他のゴブリン集団に襲撃され、ヨルド村側へ敗走したとの凶報――。

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MVP一覧

  • ミルクプリンちゃん
    セリア・シャルリエka4666

重体一覧

参加者一覧

  • エアロダンサー
    月影 夕姫(ka0102
    人間(蒼)|20才|女性|機導師
  • ヌリエのセンセ―
    アルト・ハーニー(ka0113
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • システィーナのお兄さま
    ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
    人間(紅)|24才|男性|疾影士
  • 金の旗
    ヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207
    人間(紅)|14才|女性|闘狩人
  • ミルクプリンちゃん
    セリア・シャルリエ(ka4666
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 王女の私室に入った
    シン(ka4968
    人間(蒼)|16才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談用
アルト・ハーニー(ka0113
人間(リアルブルー)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/06/24 08:05:40
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/24 01:30:15