ゲスト
(ka0000)
小さな森の幻獣学者
マスター:sagitta

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~8人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/07/10 22:00
- 完成日
- 2015/07/18 23:01
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●森の中の小屋
冒険都市リゼリオにほど近い小さな森。さほど深い森ではないが、多くの動物と植物がくらす、豊かな森だ。森の中には小規模なエルフの集落もあり、素朴な暮らしを営んでいる。ときどきは、ジェオルジの村にすむ人間達との交流もあるらしい。
その森の外れ。エルフの集落からも少し離れた、背の高い木々が重なりあうやや薄暗いところに、周囲の木と一体化してしまったような、古びた小屋があった。
「ふーむ、やっぱり興味深い……」
小屋から聞こえるのは、若い女性のものとおぼしき独り言。
小屋にすんでいるのは、ひとりの人間だった。まだ少女と言ってもいいような、幼さを残した外見。分厚いめがねをかけ、彼女には少しばかり丈の長すぎるぼろぼろの白衣を羽織って、なにやら熱心に虫眼鏡をのぞき込んでいる。デスクの上に広げられているのは、良識ある大人なら眉をひそめてしまうようなものだ。
糞、である。それも、少女の顔と同じくらい、という超ビッグサイズの。
もちろん、人間のものではない。不思議なことに不快な臭いもしない。
彼女は、その幼い外見に似合わず、学者だった。動物行動学者のリン・カーソン博士と言えば、リアルブルーではそこそこ名の知られた存在だ。
そう、リンは「来訪者」だ。
二年ほど前にこちらがわに転生したリンは、異世界に来てしまったという事実に一切動揺することなく、迷わずに近くの森へ向かった。こちらの世界の動物を見るためだ。そして、あちらでは見られない不思議な生物――幻獣を目撃し、狂喜した。
以来、リンは森の中にうち捨てられた古い猟師小屋に勝手に住み着き、たったひとりで幻獣の研究を続けているのだ。
●ハンターオフィス
「研究を手伝ってくれるハンターを募集したいのだが」
ふらりと都市のハンターオフィスを訪れたリンは、出し抜けにそう口にした。ふだんは動物とばかりふれあっていてめったに人間と話すことはないので、どうしても話し方がぶっきらぼうになってしまうのが玉に瑕だ。
「森で一度だけ見かけた『翼をもつ猫』の巣を探したい。それで、森の奥に入っていく必要があるのだが、森には危険な生き物もいる。そこで、護衛をお願いしたい」
淡々と説明するリンに若干気圧されつつ、オフィスの受付担当者が熱心にメモをとっていく。
「何よりもたいせつなことがひとつある」
真剣な表情でそう言ったリンに、受付担当の若い女性は思わず息をのんだ。
「たいせつなこと、とは?」
「絶対に……絶対に、動物や植物を傷つけないことだ。傷つけた者は、万死に値する」
「は……はい……」
にこりともしないで言い放ったリンの迫力に、受付担当者は、ただうなずくことしかできなかった。
冒険都市リゼリオにほど近い小さな森。さほど深い森ではないが、多くの動物と植物がくらす、豊かな森だ。森の中には小規模なエルフの集落もあり、素朴な暮らしを営んでいる。ときどきは、ジェオルジの村にすむ人間達との交流もあるらしい。
その森の外れ。エルフの集落からも少し離れた、背の高い木々が重なりあうやや薄暗いところに、周囲の木と一体化してしまったような、古びた小屋があった。
「ふーむ、やっぱり興味深い……」
小屋から聞こえるのは、若い女性のものとおぼしき独り言。
小屋にすんでいるのは、ひとりの人間だった。まだ少女と言ってもいいような、幼さを残した外見。分厚いめがねをかけ、彼女には少しばかり丈の長すぎるぼろぼろの白衣を羽織って、なにやら熱心に虫眼鏡をのぞき込んでいる。デスクの上に広げられているのは、良識ある大人なら眉をひそめてしまうようなものだ。
糞、である。それも、少女の顔と同じくらい、という超ビッグサイズの。
もちろん、人間のものではない。不思議なことに不快な臭いもしない。
彼女は、その幼い外見に似合わず、学者だった。動物行動学者のリン・カーソン博士と言えば、リアルブルーではそこそこ名の知られた存在だ。
そう、リンは「来訪者」だ。
二年ほど前にこちらがわに転生したリンは、異世界に来てしまったという事実に一切動揺することなく、迷わずに近くの森へ向かった。こちらの世界の動物を見るためだ。そして、あちらでは見られない不思議な生物――幻獣を目撃し、狂喜した。
以来、リンは森の中にうち捨てられた古い猟師小屋に勝手に住み着き、たったひとりで幻獣の研究を続けているのだ。
●ハンターオフィス
「研究を手伝ってくれるハンターを募集したいのだが」
ふらりと都市のハンターオフィスを訪れたリンは、出し抜けにそう口にした。ふだんは動物とばかりふれあっていてめったに人間と話すことはないので、どうしても話し方がぶっきらぼうになってしまうのが玉に瑕だ。
「森で一度だけ見かけた『翼をもつ猫』の巣を探したい。それで、森の奥に入っていく必要があるのだが、森には危険な生き物もいる。そこで、護衛をお願いしたい」
淡々と説明するリンに若干気圧されつつ、オフィスの受付担当者が熱心にメモをとっていく。
「何よりもたいせつなことがひとつある」
真剣な表情でそう言ったリンに、受付担当の若い女性は思わず息をのんだ。
「たいせつなこと、とは?」
「絶対に……絶対に、動物や植物を傷つけないことだ。傷つけた者は、万死に値する」
「は……はい……」
にこりともしないで言い放ったリンの迫力に、受付担当者は、ただうなずくことしかできなかった。
リプレイ本文
●リン博士の小屋で
「ほう……こんなにたくさんのハンターが集まってくれるとは思わなかった。感謝する」
小屋を訪れたハンター達に、リン博士がぺこり、と頭を下げた。相変わらずぶっきらぼうな物言いだが、その言葉と態度には心の底からの感謝が感じられる。
「とんでもないです! 幻獣学者だなんて、なんて素敵なご職業! 素晴らしいです!」
興奮気味にリンに駆け寄ったのはソフィ・アナセン(ka0556)。リンと同じくリアルブルーで研究職に就いていた彼女には、リンの存在は半ば憧れのようだ。
「この世界の生態系、とても魅力的ですよね分かります! 私もこちらに来て、幻獣や妖精がいると分かったときにはもううれしくてうれしくて……!」
目をきらきらさせながら、おもむろにリンの両手を取ってがっちりと握りしめた。
「……そうか、わかってくれるか」
リンはソフィの勢いに一瞬おどろいて目を見開き――すぐにその目を細めた。こちらに来て、はじめての理解者の存在に、固かったリンの表情が、ふっとゆるむ。
「こちらの生態系は、謎だらけだ。そう簡単に解明できるとは思わないが……力を貸してもらいたい」
「もちろんです!」
ソフィが目を輝かせてうなずく。
「幻獣と呼ばれるものには、私も大いに興味がある」
そう言ったのは、エルフのヴィジェア=ダンディルディエン(ka3316)。彼女はクリムゾンウェストの世界で、「変人」と呼ばれながらもさまざまな知識を探求している者だ。
「学術的調査、研究。人が己を高めようとすることは素晴らしい事ではないかね」
余裕たっぷりにそう言って、リンに妖艶にほほえみかけてみせる。
「こちら側でさまざまな知識を得ているあなたの見解も、色々と聞いてみたいものだ」
「光栄だな。私もユーの見識や経験をぜひ聞いてみたいが……まずは、探索に身を入れるのがいいのではないかな?」
「ヴィジェア殿の言うとおりだな。……時間が惜しい、詳しい事は道中話すとして、早速出かけよう」
●森の中で
「幻獣探し! わくわくするね!」
森の中を歩きながら、ルスティロ・イストワール(ka0252)がはしゃいだ声を上げた。
「幻獣なんて……御伽噺の題材にぴったりだと思うんだ」
「御伽噺……? ルスティロ殿は、吟遊詩人なのか?」
リンが尋ねると、ルスティロは少し照れくさそうにほほえみながらうなずいた。
「そんな感じかな。僕は、未来の子どもたちに受け継がれる御伽噺を書くことが夢なんだ」
「なるほど……素敵な夢だな」
リンがふわりと笑った。無造作に笑う姿は、その容貌も相俟って、無垢な子どものようにかわいらしい。
「そうだ、僕と契約した精霊も元は幻獣なんだよっ。生きてた頃の彼とは逢えなかったんだけどね。僕が出会った頃には精霊だったから、姿も曖昧でよく分からなかったんだ。いつか彼の仲間に会えたらいいんだけど……」
「長く幻獣を研究していたら、会うこともあるかもしれないな。私もまだまだ、出会ったことのない幻獣だらけだ」
リンが遠くを見るような視線でつぶやく。
「……それにしても、翼を持つ猫かぁ。面白い幻獣だね。どんな名前なんだろう?」
ルスティロの問いに、リンが学者の顔に戻って首を横に振った。
「正式な名前は知らないんだ。文献での記述もほとんどないみたいで……」
「翼の生えた猫さん、だからとりあえず翼ネコさん、って呼んだらええかな」
ふわふわした表情でそう言ったのは、ミィナ・アレグトーリア(ka0317)だ。熊よけの土鈴を鳴らしながら歩いている彼女は、これから会えるかもしれない翼ネコの外見を想像してしあわせな気持ちになっているようだ。
「あえたらええなぁ。どんな子かなぁ」
「きっと今日は会える……そんな気がするんだ」
リンが、ミィナの瞳をまっすぐに見すえて言った。
「ほんまなのん? だったらいいなぁ」
「……あの、博士、事前におうかがいしておきたい事があるのですが」
リンに向かって礼儀正しく尋ねたのはティアナ(ka2639)だ。
「もちろん、何でも聞いてくれ」
「決して森や生き物を傷つけない、という博士の思いに強く共感し、そのように努めたいと思っております。それで、万一危険な動物に遭遇したときの事ですが、私は光の魔法を使って威嚇しようと思っています」
「光の魔法……なるほど、それは有効な手段だな」
リンがあごに手を当てて、感心したようにうなずいた。
「音も有効な手段ですよね。私は拳銃を持っていますので、空に向けて威嚇で発射したりするのはどうでしょう」
ティアナの隣を歩いていたソフィも、会話に参加する。
「そうだな。驚かせて追い払う事ができればいちばんだな。問題は、それで余計興奮してしまったときだが……」
「緊急のときは、私が魔法で何とかしよう。念のため、森の中で開けた場所を確認しておいて、そこに獣を誘導できるとよいな」
ヴィジェアの申し出に応じて、リンが手書きの地図を彼女に手渡しておくことにする。
「私が果物をもってますので、それで注意をそらす事もできるかもしれません。注意をそらしたら、私の逃げ足の速さを活かして、博士から獣を引き離しますね~」
霊闘士の葵・ミコシバ(ka4010)が言った。
「もしものときは……俺が、この身に代えて貴女をお守りしますよ、リンさん」
リンの隣にぴったりと身を寄せて、丑(ka4498)が、その甘いマスクに笑みを浮かべてみせた。
「あ……ありがとう」
必要以上に近い距離で丑に顔をのぞき込まれたリンが、頬をわずかに赤らめて目をそらす。頭はよくても、こういったことにはからっきしのようだった。
「途中で、猫のことをお聞きしますね……それからもちろん、貴女のことも、詳しく教えていただきたいですねぇ。変に飾らない貴女の、その素敵なところを、きっと動物は見てくれているのでしょうね」
「と、と、とにかく、調査を開始しよう!」
ごまかすように大きな声で宣言したリンの様子を、丑がにやにやした顔でみつめていた。
リィィンッ、リィィンッ。
熊よけの土鈴の音を響かせながら、一行は森の中を行く。すでに森は深く、暗くなってきている。リンは、見た目に似合わぬ健脚でずんずん進んでいき、ルスティロとティアナ、丑の三人が彼女にぴったりとくっついて周囲を警戒している。葵は、しんがりで全体を見回しつつ、ついて行く。
「これまでに先生は、どのような幻獣をご覧になられたことがあるのですか?」
ティアナが興味深そうに、リンに尋ねる。
「そうだな、頭に角を生やした癒やしの力を持つ馬とか、翼をもつ巨大なトカゲ、それに、ライオンのような体に鷲のような翼をもった生き物……」
「すばらしいです! ぜひ私も見てみたいです」
感激した様子でそう言ったのはソフィだ。
「私も、ほとんどの幻獣に関して、ただ偶然に見かけた、という程度だからな。本当は、幻獣とともに寝起きしてみて、その生活を隅から隅まで観察してみたいのだが……」
「おっと、あまり大きな声で話をしていると、猫に逃げられてしまうかもしれませんよ」
話しているうちに興奮してきたリンに、丑が口元に手を当ててしーっとジェスチャーしつつ、お茶目に片目をつぶってみせる。
「そ、そうだったな。調査を続けよう」
妙に色気のある丑の仕草に、わずかに動揺しながら、リンが小さく咳払いをしてみせる。
リン博士のほかに、助手役を買って出たヴィジェア、ソフィのふたりがおもに翼ネコの調査を進めていた。
「翼ネコちゃんですが、羽をもっているという事はやはり高所に住んでるんじゃないでしょうか。木のうろとか、崖とか……」
ソフィがそう言うと、ヴィジェアもそれに同意する。
「翼の特性は、高低差を問題としないだろうからな。水場の近くの高所を探すのが得策かもしれない」
彼女たちの推測に、リンが感心しながらうなずいた。
「さすが、鋭いな。私が前に見たのも、木の上だった。おそらく翼ネコは、天敵から幼獣を護るために、高いところに巣をつくっているのだろう」
「じゃあ、僕は木の上を注意して見てみるよ!」
ルスティロが楽しそうに言う。
「む……?」
ヴィジェアが不意に顔を上げた。彼女が偵察用に放ったペットの梟が、慌てた様子で彼女の元に戻ってきたのだ。
「何か来たようだな……リンさん、俺のそばから離れないで」
さすがに真剣みを帯びた丑の言葉に、リンが黙ってうなずいた。
「かなりの数がいる……みたいだね」
精霊の力を借りて聴覚を強化したルスティロが、周囲の足音を聞きながら言う。
「腹を空かせた狼の群れには、熊よけの鈴も効かない、か」
リン博士が小さくつぶやいた。足音が近づいている。狼の群れは、少しずつ距離を詰めてきているようだ。おそらく、10頭くらいはいる。
「果物を投げて引きつける……というわけにもいかなそうですね」
葵が残念そうにつぶやいた。
「ぎりぎり近づくのを待って、一斉に威嚇しましょう」
ミィナが周囲に目配せをしつつ、小声で言った。威嚇の手段をもつソフィとティアナが静かにうなずいた。ヴィジェアとルスティロも、いざというときに備えて魔法の準備を始める。
「……いまです!」
ミィナの合図とともに、音と光がはじけた。
ソフィが空に向かって拳銃を放ち、ティアナがシャインの魔法を使ったのだ。そして、ミィナはマテリアルを開放して「覚醒」する。
「ほぅ、これは興味深い」
リンが、状況も忘れて思わずつぶやいた。
ミィナの身体を包み込むように、その背に白梟のような翼が開いたのだ。その翼は、仄かに発光さえしている。
威嚇の効果はてきめんだった。狼たちは見慣れない音と光に戸惑い、ほうほうの体で逃げだしていく。
だが、運悪く、一匹の狼の逃走経路の先に、リン博士がいた。恐慌状態に陥った狼は、目の前の障害物を排除しようと、リン博士に飛びかかる。
「させるかっ!」
一瞬だった。丑が、リンと狼の間に自分の体を滑り込ませ、手にした鉄扇で狼の牙をがっしりと受け止める。すぐに、ヴィジェアが放ったスリープクラウドの魔法が狼をとらえ、狼はばたり、と眠り込んだ。
「危ないところだったね、リンさん」
「あ、あの、怪我は……?」
リンの言葉に、丑がにっこりと笑う。
「見ての通り、無傷ですよ。むしろ、役得と言うところかな」
いつの間にか、丑に抱きしめられるような格好になっていたことに気づき、リンが顔を真っ赤にして離れた。
「リンさんにも怪我がなくてよかった。それに……見つけちゃったみたいだよ」
ルスティロが頭上を見上げながら興奮気味に言った。精霊の力で強化した彼の耳には、しっかりと聞こえていたのだ。鳥のものとは違う、奇妙な翼の音が。
●幻獣との出会い
「か、かわえぇのん……!」
ミィナがこらえきれない様子でつぶやいた。あわててもってきた猫じゃらしをとりだして、翼ネコと遊ぶ気満々だ。
「猫好きにはたまらないです~。できることなら私も博士と一緒に研究したい! もふもふしたい!」
葵も、すっかり破顔して、欲望を垂れ流している。
樹上に、『翼をもつ猫』がいた。目の前にいるのは2頭だ。1頭はキジ虎模様で、もう1頭は真っ黒な黒猫。翼はどちらも黒く、その形は鳥というより、コウモリのそれに似ていた。体長はフツウの猫と同じくらい、翼を広げた長さは人間の子どもの身長ほどだろうか。
木の枝から少しだけ浮かび上がったり、降りたりを繰り返している。
(つ、翼ネコさん連れて帰りたいのんー! うぅ、でも、連れて帰っちゃダメなんも解ってるのん……!)
猫じゃらしを握りしめたまま、ミィナがもどかしそうに心の中で煩悶する。さすがに、はじめて見た人間たちのそばまで来ることはないらしく、ミィナの猫じゃらしにも少し反応するだけで、木から下りては来ない。
「これは、興味深いですね……」
ティアナが、思わず翼ネコに見とれながらつぶやいた。ソフィも、周囲を気にしつつも翼ネコにちらちらと目をやっている。ヴィジェアも、研究者の瞳で翼ネコを観察していた。
ルスティロはなにやら、紙に書きつけている。御伽噺の題材にしようと、簡単なスケッチとともにその特徴を書き込んでいるようだった。
「まだまだ不思議な生き物もいるもんですねぇ」
丑がぽつりとつぶやく。
「で、リンさん。この子たちを捕まえるんですか?」
丑の言葉に、今まで瞬きもせずに翼ネコを見つめていたリンが、静かに首を振った。
「私の役目は、幻獣を捕まえることではない。彼らが自然の中で、いかに生きているか。それをただ、見つめるだけだ」
その宣言通り、その行動すべてを記憶しようとでもするように、リンは熱心に翼ネコを見つめ続けていた。
はじめは警戒心むき出しだった翼ネコたちも、やがて危害を加えられることはないと判断したらしい。くつろいだ様子で、樹上をぴょんぴょんと飛び回りはじめた。
「見ろ……! あそこに!」
リンが興奮で言葉を詰まらせる。彼女が指さした先を、ハンターたちが一斉見つめた。
2頭の翼ネコが、慣れた様子で大木のさらに上まで上っていった先に、それはあった。まるで鳥の巣のように、細かい木の枝で組まれたゆりかご。そしてその中から顔をのぞかせた――――4匹の、子猫。掌に隠れてしまいそうな大きさながら、その背中にはちゃんと翼がある。まるで木の葉のような、ちっちゃなものだったが。
「か、かわいい……」
リンが思わず漏らした言葉に、そこにいた全員が、心から同意したのだった。
「ほう……こんなにたくさんのハンターが集まってくれるとは思わなかった。感謝する」
小屋を訪れたハンター達に、リン博士がぺこり、と頭を下げた。相変わらずぶっきらぼうな物言いだが、その言葉と態度には心の底からの感謝が感じられる。
「とんでもないです! 幻獣学者だなんて、なんて素敵なご職業! 素晴らしいです!」
興奮気味にリンに駆け寄ったのはソフィ・アナセン(ka0556)。リンと同じくリアルブルーで研究職に就いていた彼女には、リンの存在は半ば憧れのようだ。
「この世界の生態系、とても魅力的ですよね分かります! 私もこちらに来て、幻獣や妖精がいると分かったときにはもううれしくてうれしくて……!」
目をきらきらさせながら、おもむろにリンの両手を取ってがっちりと握りしめた。
「……そうか、わかってくれるか」
リンはソフィの勢いに一瞬おどろいて目を見開き――すぐにその目を細めた。こちらに来て、はじめての理解者の存在に、固かったリンの表情が、ふっとゆるむ。
「こちらの生態系は、謎だらけだ。そう簡単に解明できるとは思わないが……力を貸してもらいたい」
「もちろんです!」
ソフィが目を輝かせてうなずく。
「幻獣と呼ばれるものには、私も大いに興味がある」
そう言ったのは、エルフのヴィジェア=ダンディルディエン(ka3316)。彼女はクリムゾンウェストの世界で、「変人」と呼ばれながらもさまざまな知識を探求している者だ。
「学術的調査、研究。人が己を高めようとすることは素晴らしい事ではないかね」
余裕たっぷりにそう言って、リンに妖艶にほほえみかけてみせる。
「こちら側でさまざまな知識を得ているあなたの見解も、色々と聞いてみたいものだ」
「光栄だな。私もユーの見識や経験をぜひ聞いてみたいが……まずは、探索に身を入れるのがいいのではないかな?」
「ヴィジェア殿の言うとおりだな。……時間が惜しい、詳しい事は道中話すとして、早速出かけよう」
●森の中で
「幻獣探し! わくわくするね!」
森の中を歩きながら、ルスティロ・イストワール(ka0252)がはしゃいだ声を上げた。
「幻獣なんて……御伽噺の題材にぴったりだと思うんだ」
「御伽噺……? ルスティロ殿は、吟遊詩人なのか?」
リンが尋ねると、ルスティロは少し照れくさそうにほほえみながらうなずいた。
「そんな感じかな。僕は、未来の子どもたちに受け継がれる御伽噺を書くことが夢なんだ」
「なるほど……素敵な夢だな」
リンがふわりと笑った。無造作に笑う姿は、その容貌も相俟って、無垢な子どものようにかわいらしい。
「そうだ、僕と契約した精霊も元は幻獣なんだよっ。生きてた頃の彼とは逢えなかったんだけどね。僕が出会った頃には精霊だったから、姿も曖昧でよく分からなかったんだ。いつか彼の仲間に会えたらいいんだけど……」
「長く幻獣を研究していたら、会うこともあるかもしれないな。私もまだまだ、出会ったことのない幻獣だらけだ」
リンが遠くを見るような視線でつぶやく。
「……それにしても、翼を持つ猫かぁ。面白い幻獣だね。どんな名前なんだろう?」
ルスティロの問いに、リンが学者の顔に戻って首を横に振った。
「正式な名前は知らないんだ。文献での記述もほとんどないみたいで……」
「翼の生えた猫さん、だからとりあえず翼ネコさん、って呼んだらええかな」
ふわふわした表情でそう言ったのは、ミィナ・アレグトーリア(ka0317)だ。熊よけの土鈴を鳴らしながら歩いている彼女は、これから会えるかもしれない翼ネコの外見を想像してしあわせな気持ちになっているようだ。
「あえたらええなぁ。どんな子かなぁ」
「きっと今日は会える……そんな気がするんだ」
リンが、ミィナの瞳をまっすぐに見すえて言った。
「ほんまなのん? だったらいいなぁ」
「……あの、博士、事前におうかがいしておきたい事があるのですが」
リンに向かって礼儀正しく尋ねたのはティアナ(ka2639)だ。
「もちろん、何でも聞いてくれ」
「決して森や生き物を傷つけない、という博士の思いに強く共感し、そのように努めたいと思っております。それで、万一危険な動物に遭遇したときの事ですが、私は光の魔法を使って威嚇しようと思っています」
「光の魔法……なるほど、それは有効な手段だな」
リンがあごに手を当てて、感心したようにうなずいた。
「音も有効な手段ですよね。私は拳銃を持っていますので、空に向けて威嚇で発射したりするのはどうでしょう」
ティアナの隣を歩いていたソフィも、会話に参加する。
「そうだな。驚かせて追い払う事ができればいちばんだな。問題は、それで余計興奮してしまったときだが……」
「緊急のときは、私が魔法で何とかしよう。念のため、森の中で開けた場所を確認しておいて、そこに獣を誘導できるとよいな」
ヴィジェアの申し出に応じて、リンが手書きの地図を彼女に手渡しておくことにする。
「私が果物をもってますので、それで注意をそらす事もできるかもしれません。注意をそらしたら、私の逃げ足の速さを活かして、博士から獣を引き離しますね~」
霊闘士の葵・ミコシバ(ka4010)が言った。
「もしものときは……俺が、この身に代えて貴女をお守りしますよ、リンさん」
リンの隣にぴったりと身を寄せて、丑(ka4498)が、その甘いマスクに笑みを浮かべてみせた。
「あ……ありがとう」
必要以上に近い距離で丑に顔をのぞき込まれたリンが、頬をわずかに赤らめて目をそらす。頭はよくても、こういったことにはからっきしのようだった。
「途中で、猫のことをお聞きしますね……それからもちろん、貴女のことも、詳しく教えていただきたいですねぇ。変に飾らない貴女の、その素敵なところを、きっと動物は見てくれているのでしょうね」
「と、と、とにかく、調査を開始しよう!」
ごまかすように大きな声で宣言したリンの様子を、丑がにやにやした顔でみつめていた。
リィィンッ、リィィンッ。
熊よけの土鈴の音を響かせながら、一行は森の中を行く。すでに森は深く、暗くなってきている。リンは、見た目に似合わぬ健脚でずんずん進んでいき、ルスティロとティアナ、丑の三人が彼女にぴったりとくっついて周囲を警戒している。葵は、しんがりで全体を見回しつつ、ついて行く。
「これまでに先生は、どのような幻獣をご覧になられたことがあるのですか?」
ティアナが興味深そうに、リンに尋ねる。
「そうだな、頭に角を生やした癒やしの力を持つ馬とか、翼をもつ巨大なトカゲ、それに、ライオンのような体に鷲のような翼をもった生き物……」
「すばらしいです! ぜひ私も見てみたいです」
感激した様子でそう言ったのはソフィだ。
「私も、ほとんどの幻獣に関して、ただ偶然に見かけた、という程度だからな。本当は、幻獣とともに寝起きしてみて、その生活を隅から隅まで観察してみたいのだが……」
「おっと、あまり大きな声で話をしていると、猫に逃げられてしまうかもしれませんよ」
話しているうちに興奮してきたリンに、丑が口元に手を当ててしーっとジェスチャーしつつ、お茶目に片目をつぶってみせる。
「そ、そうだったな。調査を続けよう」
妙に色気のある丑の仕草に、わずかに動揺しながら、リンが小さく咳払いをしてみせる。
リン博士のほかに、助手役を買って出たヴィジェア、ソフィのふたりがおもに翼ネコの調査を進めていた。
「翼ネコちゃんですが、羽をもっているという事はやはり高所に住んでるんじゃないでしょうか。木のうろとか、崖とか……」
ソフィがそう言うと、ヴィジェアもそれに同意する。
「翼の特性は、高低差を問題としないだろうからな。水場の近くの高所を探すのが得策かもしれない」
彼女たちの推測に、リンが感心しながらうなずいた。
「さすが、鋭いな。私が前に見たのも、木の上だった。おそらく翼ネコは、天敵から幼獣を護るために、高いところに巣をつくっているのだろう」
「じゃあ、僕は木の上を注意して見てみるよ!」
ルスティロが楽しそうに言う。
「む……?」
ヴィジェアが不意に顔を上げた。彼女が偵察用に放ったペットの梟が、慌てた様子で彼女の元に戻ってきたのだ。
「何か来たようだな……リンさん、俺のそばから離れないで」
さすがに真剣みを帯びた丑の言葉に、リンが黙ってうなずいた。
「かなりの数がいる……みたいだね」
精霊の力を借りて聴覚を強化したルスティロが、周囲の足音を聞きながら言う。
「腹を空かせた狼の群れには、熊よけの鈴も効かない、か」
リン博士が小さくつぶやいた。足音が近づいている。狼の群れは、少しずつ距離を詰めてきているようだ。おそらく、10頭くらいはいる。
「果物を投げて引きつける……というわけにもいかなそうですね」
葵が残念そうにつぶやいた。
「ぎりぎり近づくのを待って、一斉に威嚇しましょう」
ミィナが周囲に目配せをしつつ、小声で言った。威嚇の手段をもつソフィとティアナが静かにうなずいた。ヴィジェアとルスティロも、いざというときに備えて魔法の準備を始める。
「……いまです!」
ミィナの合図とともに、音と光がはじけた。
ソフィが空に向かって拳銃を放ち、ティアナがシャインの魔法を使ったのだ。そして、ミィナはマテリアルを開放して「覚醒」する。
「ほぅ、これは興味深い」
リンが、状況も忘れて思わずつぶやいた。
ミィナの身体を包み込むように、その背に白梟のような翼が開いたのだ。その翼は、仄かに発光さえしている。
威嚇の効果はてきめんだった。狼たちは見慣れない音と光に戸惑い、ほうほうの体で逃げだしていく。
だが、運悪く、一匹の狼の逃走経路の先に、リン博士がいた。恐慌状態に陥った狼は、目の前の障害物を排除しようと、リン博士に飛びかかる。
「させるかっ!」
一瞬だった。丑が、リンと狼の間に自分の体を滑り込ませ、手にした鉄扇で狼の牙をがっしりと受け止める。すぐに、ヴィジェアが放ったスリープクラウドの魔法が狼をとらえ、狼はばたり、と眠り込んだ。
「危ないところだったね、リンさん」
「あ、あの、怪我は……?」
リンの言葉に、丑がにっこりと笑う。
「見ての通り、無傷ですよ。むしろ、役得と言うところかな」
いつの間にか、丑に抱きしめられるような格好になっていたことに気づき、リンが顔を真っ赤にして離れた。
「リンさんにも怪我がなくてよかった。それに……見つけちゃったみたいだよ」
ルスティロが頭上を見上げながら興奮気味に言った。精霊の力で強化した彼の耳には、しっかりと聞こえていたのだ。鳥のものとは違う、奇妙な翼の音が。
●幻獣との出会い
「か、かわえぇのん……!」
ミィナがこらえきれない様子でつぶやいた。あわててもってきた猫じゃらしをとりだして、翼ネコと遊ぶ気満々だ。
「猫好きにはたまらないです~。できることなら私も博士と一緒に研究したい! もふもふしたい!」
葵も、すっかり破顔して、欲望を垂れ流している。
樹上に、『翼をもつ猫』がいた。目の前にいるのは2頭だ。1頭はキジ虎模様で、もう1頭は真っ黒な黒猫。翼はどちらも黒く、その形は鳥というより、コウモリのそれに似ていた。体長はフツウの猫と同じくらい、翼を広げた長さは人間の子どもの身長ほどだろうか。
木の枝から少しだけ浮かび上がったり、降りたりを繰り返している。
(つ、翼ネコさん連れて帰りたいのんー! うぅ、でも、連れて帰っちゃダメなんも解ってるのん……!)
猫じゃらしを握りしめたまま、ミィナがもどかしそうに心の中で煩悶する。さすがに、はじめて見た人間たちのそばまで来ることはないらしく、ミィナの猫じゃらしにも少し反応するだけで、木から下りては来ない。
「これは、興味深いですね……」
ティアナが、思わず翼ネコに見とれながらつぶやいた。ソフィも、周囲を気にしつつも翼ネコにちらちらと目をやっている。ヴィジェアも、研究者の瞳で翼ネコを観察していた。
ルスティロはなにやら、紙に書きつけている。御伽噺の題材にしようと、簡単なスケッチとともにその特徴を書き込んでいるようだった。
「まだまだ不思議な生き物もいるもんですねぇ」
丑がぽつりとつぶやく。
「で、リンさん。この子たちを捕まえるんですか?」
丑の言葉に、今まで瞬きもせずに翼ネコを見つめていたリンが、静かに首を振った。
「私の役目は、幻獣を捕まえることではない。彼らが自然の中で、いかに生きているか。それをただ、見つめるだけだ」
その宣言通り、その行動すべてを記憶しようとでもするように、リンは熱心に翼ネコを見つめ続けていた。
はじめは警戒心むき出しだった翼ネコたちも、やがて危害を加えられることはないと判断したらしい。くつろいだ様子で、樹上をぴょんぴょんと飛び回りはじめた。
「見ろ……! あそこに!」
リンが興奮で言葉を詰まらせる。彼女が指さした先を、ハンターたちが一斉見つめた。
2頭の翼ネコが、慣れた様子で大木のさらに上まで上っていった先に、それはあった。まるで鳥の巣のように、細かい木の枝で組まれたゆりかご。そしてその中から顔をのぞかせた――――4匹の、子猫。掌に隠れてしまいそうな大きさながら、その背中にはちゃんと翼がある。まるで木の葉のような、ちっちゃなものだったが。
「か、かわいい……」
リンが思わず漏らした言葉に、そこにいた全員が、心から同意したのだった。
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いざ幻獣探しへ! ルスティロ・イストワール(ka0252) エルフ|20才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/07/09 22:00:16 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/07/07 01:11:07 |