【燭光】立つか、止まるか、くたばるか。

マスター:DoLLer

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/07/12 09:00
完成日
2015/07/13 13:37

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「駐屯地ブルーネンフーフ、制圧完了しました!」
 ヴルツァライヒ兵の言葉に、軍服を着こんだ少女は鉄靴の足音高く進みながら倒れ伏した兵士を軽く蹴って地面に押しやった。
「遅い! そしてゴミは片付けておけ!! ここはヴルツァライヒの新たな一歩を踏み出す場だぞ」
「ジークシャッテン!!」
 自分の子よりも歳が離れたような少女に兵士は最敬礼をした。
 彼女はヒルデガルド・モンドシャッテ。ヴルツァライヒの頭目の一人にして、旧帝国皇帝ブンドルフ・モンドシャッテの死んだと思われた末娘。
「遠隔地に声明を発表するスピーカーゾンビはどうした。アミィはまた遊び歩いているんじゃないのか」
「はっ、ヒルデガルド様のご意志をゾンネンシュトラール帝国各地に伝える準備は整っております! アミィ様はあの……」
「もういい。あの極楽トンボめ、帰ってきたらキツい灸をすえてやる」
 そう言い捨てると、ヒルデガルドは基地の窓を開いた。
 大きな窓の外には、この基地を制圧するために動いたヴルツァライヒの兵士達が整列して待機していた。
 旧帝国の兵士として今日まで雌伏の期間を過ごしてきたもの。
 テロリストとして現帝国と戦い続けてきたもの。
 商人としてその資金援助をしてきたもの。
 農夫として働いてきたもの。
 服装も年齢も性別もバラバラだ。
 だが彼らは一つである。現帝国の政治を撥ね退け、力をもって対抗しようとする志士たちだ。
 呼びかけに応じて集った志士たちを眼下に収めつつ、ヒルデガルドは大きく声を発した。

「ウランゲルの非道な政治によって苦渋を受けた我が愛する民よ!
 13年前、かの暴虐なる徒ヒルデブラント・ウランゲル一党に我が父ブンドルフは討たれた。
 以来、帝国民には皇帝の庇護を失い、苦しい思いをさせてきた。
 妾は乳飲み子であったが、今に至るまでその苦しみは共に味わってきた。本当にモンドシャッテを慕う真なる国民には申し訳ない限りだ。
 今、このシュレーベンラントを見よ!
 心優しき領主と謳われたブランズ卿がシャーフブルートから追い出されてからというもの、民は蹂躙され苦しみに喘ぎ、明日をも知れぬ闇に怯える日々が続いていた。
 その恐怖、その辛さ。妾も共に味わってきた。
 しかし、諸君。
 涙を飲み、打ちひしがれる日々は終わったのだ。
 この帝国の大穀倉地帯シュレーベンラント州の駐屯地ブルーネンフーフは
 ヴルツァライヒの熱き想いにより、奪還したのだ!!
 今日からウランゲルの悪政にトドメを刺すために、
 力を合わせ心を合わせ、この勝利を勝ち得ることができたのだ。
 我らは決して虐げられるだけではない。今日それを示すことができた。
 さあ親民よ、集え!
 我らと共に勝利を掴むのだ!!」

 ヒルデガルドの宣言に呼応するように、地鳴りのような叫びが響く。


『シグルド様! ですから、ブルーネンフーフの演説に呼応して暴徒が集まり始めてですね、第一師団シルヴァリーヴァントにも暴動鎮圧のために出撃準備命令が……』
「適当に準備しててよ。鎮圧なんてエイゼンの憲兵大隊の仕事なんだから、『この間に首都に何かあったらどうするんですか』とでもオズワルドに言えば大人しくなるさ。それに無茶したらそれこそ飛び火してしまうよ。大挙して押し寄せるような仕事でもなかろうに」
『ちょっと! 司法課ではゼナイド様に応援を要請して第十師団マスケンヴァルまで動き始めてるんですよ!』
「ゼナイドも外見に似合わず真面目だねぇ。カミラも森から出てくる準備をしているって聞いた」
『それだけじゃないです。エリザベートの出現が確認され第二師団ストラッシェンフェンドが出動、第五師団ヒンメルリッターもブルーネンフーフ包囲陣に加わる通達が発令しました』
「シャーフブルートに第一が向かうだろうから、1、2、3、5、10? ははは、ヴルツァライヒがまさか6師団もひっぱり出すなんて思わなかったな」
『同時に歪虚の活動が一斉に活発化。剣機系ゾンビが襲来の報が入っています!』
「知ってるよ。剣豪ナイトハルトも呼応して動き出したってのもね。ああ、あとカールとかいうのがアウグストの館を再制圧したのも。でもねー、そんなの帝都守備隊にはどうでもいい話だよ。まあ、のんびりやっててくれたまえ。ああ、もうすぐ帰るからご飯の用意忘れずにね」
『シグルド様!?』
 兵長が短電話の向こうで何度も叫び返すが、それ以上応答はせず、シグルドは電話の電源を切った。
 呆然とそれを見るのは旧帝国のもう一人の王女、クリームヒルトだった。
「い、良いの?」
「ははは、まあ、こうなるのは分かってたさ。だから先んじて乗り込んだんじゃないか」
 シグルドとクリームヒルトが乗る魔導車の向こうに見えるのは過激派組織ヴルツァライヒによって陥落した基地ブルーネンフーフ。各師団部隊が包囲網を形成しようとする中心地だ。
 耳をすませばヒルデガルドが演説している声が聞こえる。
「さて、君はこれからあの基地に集うヴルツァライヒの説得に出向いてもらう。ヴルツァライヒの頭目が旧帝国の姫様なら、君も同じ旧帝国の姫様だ。しかも君の方が姉なんだし、今まで地方の人間の救済策に前面に打ち出して活動していたのは君だ」
「わたしがもし……ヴルツァライヒに行くといえば? あそこには妹がいるのよ」
 クリームヒルトの真剣な目をしてそう言ったが、シグルドはカラカラといつも通りの笑みを浮かべるだけだった。
「連れて帰ってくれば、妹を救ったりヴルツァライヒを弱体化しようとする君のおおよその目的は果たせるはずだ。しかし説得しなかったらどうなるかな? 君も妹も即あの世行きだし、君がずっと救いたがっていた地方の人たちは混乱し、より立場を悪くするだろうね。それが君の望んだ結末なら、そうするといい」
 冷ややかな笑いだった。
 クリームヒルトは初めて気が付いた。特段興味もなかった自分に対して、シグルドがどうしてここまで保護し続けてきたのか。
 彼はヴルツァライヒの動きをずっと前から読んでいたフシはあった。全てこの瞬間の為。自分の存在を利用せんがため。
 功名心から来るものか、それとも別の理由があるのかわからない。
 どちらにしろ、シグルドはクリームヒルトを巻き込んで、まだ演説の続く間にブルーネンフーフに颯爽とたどり着き、他の帝国軍が動き出すよりも早く行動に及ぼうとしていた。
「君がいなくてもまあ似たようなことはできたけどね。折角のチャンスだ。頑張っておいで。君が血祭りに上げられないようハンターは呼んであるから。安心してくれたまえ」
 どうにもならないのか。
 クリームヒルトは拘束を外され、魔導車から降り立った。
 こんな時に、兄がいてくれたら。
 ヴィルヘルミナが即位する日に叛旗を翻し死んだ兄。
「ジークフリード兄様……」
 兄妹が揃っていれば、きっと奇跡も起こるかもしれないのに。

リプレイ本文

「クリームヒルトちゃん、これ、持っていくっすよ。お守り代わりっす」
 ブルーネンフーフの中庭に潜入してすぐ。
 辺りをきょろきょろと見回し、やけに警戒しながら無限 馨(ka0544)は、クリームヒルトにそっとクローバーイヤリングを渡した。
 警戒するのはここにいるヴルツァライヒの人間よりも更に怖いあの御方。
「ありがとう……幸運の四つ葉なのね」
「そっすよ。きっといいことあるっす」
 無限は笑ってみせた。
 こんな熱狂した人ごみの中ではサルヴァトーレ・ロッソの混乱がふと思い出される。交じりこんだヴォイドとそして坩堝のように渦巻く感情と。
 自分は憧れた人のようになれるだろうか。
「がんばってきます」
 早速クローバーイヤリングを耳に付けた。彼女の緑の服にはぴったりである。
「さて後は……」
 無限は神楽(ka2032)が盛んに手を振って呼び寄せる相手を見やった。シグルドだ。
「早く助けに来れるようばれない範囲で近くにいてくれっす! 見物するなら近いほうが楽しいっすよ!!」
 神楽は平民の衣装を身に纏い、すっかり周囲に馴染んでいたが、シグルドはといえば背負った長巻が2mを超えるその得物は頭一つ浮き出ているため、軍服を脱いでも目立っていた。雰囲気も一般人かハンターとは言いにくい何かを感じさせる。
「その為にはちょっと隠すっすよ! そのオーラと武器!!」
「ははは、困り物だね。潜入捜査は向いてないんだ」
「なんか腹立つっすね?」
 アイドルなどが一般の仕事なんてできなーい。とかほざかれているようで、神楽はイラっときたので無理やり長巻を外して、頭から突き出ないように彼の腰に結わえ直した。
「ところで、副師団長はなんでここまで一人で出張って来たんですか? 他にもやりようはいくらでもあるっすよね」
 無限の問いかけにシグルドはいつも通りの笑みで返した。
「面白いことは自分の手でやらなくちゃあ。見ているだけなんてつまらないじゃないか。それに……まあだいたいご想像の通りだよ」
 期待した答えを聞けずに無限ははぁ、と生返事をした。
「そうそう、ゼナお姉さまもきっと残念がってますわ。外にいらっしゃるという姉さまの分もせひぜひ! 活躍しなければなりませんのっ」
 お菓子の甘い香りを漂わせるチョココ(ka2449)はむんっ、拳をぎゅっと握って力説した。
 ゼナ姉さまとはちなみに第十師団長のゼナイドのことである。忠誠心とその能力と荒唐無稽さは全師団でも比肩する者はそういない。
 しかし、無限と神楽はじーっとチョココを見て首を傾げた。
「ええっと、誰っすか?」
「チョココですわーーっ。一緒にヒルト姉様を守るために参加したハンターなのですわっ」
 地団駄を踏むチョココ。頭に載せたパルムも非常にご立腹のようにきゅーきゅー喋っていた。
「ありがとう、チョココさん。お力をお借りします。それじゃ行ってまいりますね」
「気を付けなよぉ。下手なこと喋って第二のヴルツァライヒとなるようなら……その時は、斬る」
 いよいよ一歩踏み出そうとするクリームヒルトにヒース・R・ウォーカー(ka0145)が声をかけた。血のような紅い色の髪が風の動きとは全く異なり、ざわりと蠢く。
「ええ、もちろん。そういうお約束でしたね。期待しています」
「……殺されるのを期待するなんて、変わった奴」
 自分が現帝国に寄っていることを彼女は知らないのだろうか。それとも知っててそう言っているのか。なんとも判別のしにくいことだった。
 どちらにしろ、彼女はヴルツァライヒと相対する。
 この先が現帝国に槍を向けるのか、それとも手を取り合うのか。ヒースは見ていかなくてはならない。そう思う。
「クリームヒルトさん、どうぞ気を付けて。私達が全力で守ります」
 摩耶(ka0362)は最後にぎゅっとクリームヒルトを抱きしめた。
「貴女は独りじゃない。昏い心に支配されそうになったらいつでも思い出して」
「この温かさを帝国の人達すべてに感じてもらえるよう、やってみせるわ」
 摩耶の言葉にクリームヒルトは小さく返した。
 先日の殻にこもったようなトゲトゲしさはもう感じられない。
 人は変わるんだと。摩耶は思った。
「それじゃ露払いといくか」
「少々荒れるかもしれません、一気に壇上まで参ります」
 リュー・グランフェスト(ka2419)とセレスティア(ka2691)がクリームヒルトの前に立ち、それぞれの武器を抜き放った。
「お願いします」
 二人の騎士の顔を見てクリームヒルトの目つきが変わった。
 エアルドフリス(ka1856)はその様子を見逃さなかった。ちょうど去年にあった選挙の時と同じだ。彼女は一瞬で切り替えができる。
 そうしてあの目の時は……普段では考えられない威風を身に纏う。
「希望無き地に、新たなる希望を……」
 願わくば、そのままこの帝国を封じてもらいたい物だ、と小さく心の中で呟きながら。

「クリームヒルト・モンドシャッテ様の おなり! 者ども道を空けよ!」
 摩耶が大きく叫んだ。
 いつもと違った戦いの。だが、万の血をかけた戦いの始まりだ。


「この世界の痛みを……」
 ヒルデガルドの演説が不意に途切れた。
 セレスティアの覚醒による桜花の花弁が目に見えたからである。そして燃えるような炎の幻影。二つが合わさり炎の燐光が蝶と舞って、花びらへと変じていく様子は遠くからでも目を奪った。
「何者だ!?」
「乱入者だ、不届き者だ!」
 ヒルデガルドの周りの人間が叫びはじめる中、フィーナ・ウィンスレット(ka3974)は人ごみの中を縫うように歩いていた。
「密集しているわけでもなく、離れている訳でもなく、規則性があるわけでもなく……いえ、整列した人数を横30、縦20としてグラフを作成。ゾンビの位置を分散分析にかけて……」
 どよめく民衆の中、微動だにせず壇上を見つめ続けるゾンビの区別は容易だった。さらに言えば首から下げたクーラーボックスのような箱が、すぐそれと判らせる。
「隠すつもりないのでしょうか」
 こんな見やすいところにおいて。
 フィーナはデバイスからまた民衆に目を向けて首を傾げた。ゾンビの位置は無作為に見えても計算結果はランダムという答えではない。意図的な配置なのだ。
 ただそれが読めない。
「おい、あいつら抑え込むぞ。きっとヒルデガルド様に害成す奴らだ」
 フィーナの横で男が隣の男に手を引っ張った。
 がすっ。
「出演者に手を出さないのはマナーです。まったく非常識な方ですね」
 まだ本格的な攻撃の時ではない。フィーナは軽ーく機杖で処断した後、そのまま何もないようにその場を歩きすぎるとトランシーバーを取り出した。
「この配置、ちょっとおかしいですね。意図的です」
「ふぅん? 意図的っていうと何が考えられる?」
 トランシーバーでの連絡を受けたヒースはフードの奥から整然と並ぶ人ごみをもう一度見た。クリームヒルトの説得と合わせるようにして、ゾンビは切り払うだけで良い。
 その為の配置を覚えていた程度だが、フィーナの言葉は少し気がかりになった。
 そういえば、ゾンビはスピーカーの役割もある為か、バルコニーに向いていないのもいる。しかし、これではマイクの役割を果たさないと思うのだが……。
「スピーカーの配置でしょうか。それにトランシーバーのサイズから考えると、あの通信機はやや大きいですね。アンプが入っているようですが」
「そりゃ外部にまで音を届ける……って。ウィンスレット。もしかして機材を奪ったのかぁ?」
「お断りしたところ無言で了解くださいました。無言は承諾の意とみなすのは一般的です」
 はぁ。ヒースはため息をついた。
 しかし、何かしら企んでいるのは間違いないらしい。これはちょっと注意しないとな。ヒースは改めて壇上に近づく炎と花びらを見つめた。

「よそ者がっ、出ていけ!」
 男の一撃を軽くいなすと、音羽 美沙樹(ka4757)はメテオブレードの峰で男を強打した。
「悪意に対するのに、内も外もありませんわね……。そして部外者でもございませんわ」
 美沙樹はそう言いながら、道を塞ごうとする相手に当て身を入れ、投げ飛ばし果敢に道を開ける。それでも微動だにしないその隣の男、いやゾンビをちらりと見た。
 壇上の上にも何体か。
 何かあったら一斉に来るつもりか、それとも手近な人間を人質に取るつもりかしら。
「何者だ!」
「道をあけろ。お前達の主は姉の対話にも応じられないか!」
 リューもクリームヒルトを捕らえようとする男を次々と蹴り倒し、鞘に納めたままの剣で押し返した。
「姉……姉って」
「クリームヒルト様の御前です。控えなさい」
 セレスティアの一言で大半の邪魔者達はたたらを踏んだ。
「おお、そうだよ。指輪もしているし本物じゃないか? クリームヒルト様っていえば俺達の貧乏人の為に力を尽くしてくれた人だよ」
 遠くから神楽が叫ぶと、敵意を剥き出しにしていた人々もだんだんとクリームヒルトに距離を置く。
 効果覿面だ。
「姉上!」
「ヒルデガルド、迎えに来たわ!」
 バルコニーから身を乗り出すようにして、クリームヒルトに呼びかけるヒルデガルド。驚きと喜びがないまぜになったような顔だった。
「どうぞ、お気を付けあそばしますよう」
 エアルドフリスは双蛇の杖を大地に突き刺すとしばし念じた。
「円環の裡に万物は巡る。雨降りて砂運び、恒河砂集いて丘となす。大地よ目覚めよ。汝は今、盛者なり」
 雨の雫で床が濡れたかと思うと、地面がゆっくり隆起し始めた。それにクリームヒルトは飛び乗り見上げるばかりのバルコニーを目の前にした。
 摩耶、リュー、セレスティア、美沙樹、そしてチョココがそれに続く。
「姉上。どうして……」
「ヒルデガルド。クリームヒルトが今、ここに赴いたのはあんたの為だ。それは踏まえてくれ」
 腰のガンベルトから拳銃を取り出そうとするヒルデガルドの手を抑え、リューがそう言った。
「ずっと辛かったでしょう。ね、ヒルデガルド。これ以上悲しみを増やさないで」
 先ほどまで自信に満ち溢れていたヒルデガルドがその一言でまるで憑き物が落ちたかのようにクリームヒルトを見た。
「姉上……姉上。では一緒にヴルツァライヒとして活動くださるのですね!」
「何故そう言うことになるのかしら。ヴルツァライヒの行状はムカムカすることばかりということ、自覚しておりませんの?」
 美沙樹の呆れた声にヒルデガルドはむっとした。
 ここからが正念場だ。
「ふっ、革命によって絶望を食らわされた人間の想いを貴様は知らんのだ。今の帝国はヴルツァライヒでなくば変えられぬ。もっとも改革の力を有するのが我々だ!」
「歪虚の力を使って何が力なの。目を覚まして。ヒルダ。帝国は歪虚に対抗する為の盾なのよ!」
「姉上。世の中には二虎競食という策があります。フェレライ(暴食の歪虚の総称、もしくはその類の王)とヴィルヘルミナが共倒れすれば世は平和になります」
 自信たっぷりだった。
 馬鹿げた策に、なぜこれほどの自信を持つのか。
「……現実を何一つ教えられていないんですね」
 セレスティアは心底ヒルデガルドが不憫だった。
 目を見れば、それが真実か口先だけかはすぐわかる。あれは本気の目だ。本気でヴルツァライヒは帝国とも歪虚とも戦って勝てるという。
「ヒルダ。血を流すことだけが平和に至る道じゃないのよ。立場が逆転したところで結局恨みの連鎖は変わらないじゃない。それに蓋して皇族としてやるつもり?」
 クリームヒルトの言葉にヒルデガルドは少しばかり口をつぐんだ。
 ガガ。
 傍に控えるゾンビが一瞬変な音を上げたが、美沙樹が武器を持って睨みつけるとすぐ大人しくなった。
「地方も中央も、皆が富むことによって、他国とも力を合わせて歪虚と戦い失ったものを取り戻すのが戦を無くし、悲しみを乗り越えていく道よ。私はこれまでその道を模索してきた。そしてこれからも。私も一人では寂しかった。でもヒルデガルド。貴女がいてくれるなら私は折れない」
「そんなことが本当にできると思っておられるのか。姉上……」
「できる! 前人未到の業なれば、私が切り開いて見せる。奇跡でも起きなければというなら私が奇跡を呼びます。私は生きている。ゾンビに食われかかっても帝国の将に命を脅かされても私はこうして生きてきた!」
 強い口調だった。
 こんな声、出るんだな。リューは少し驚きながら、クリームヒルトを眺めた。
「はい、奇跡は私達で起こしましょう」
 セレスティアがクリームヒルトの言葉にしっかと頷いた。
「姉上……」
「ふふふ、みんな仲良くできますわ。今日はヒルダ様のためにお料理作ってまいりましたの。クッキーにカップケーキに、芋蒸しパン! 食べたらみんな幸せになるでしょう? 輪になって、皆様で美味しくいただければ幸せになると思いますのー☆」
 チョココはどうにも口の開けぬヒルデガルドの前に自信作のお菓子を差し出し、一番の笑顔を送った。
「こんな妾でも、できることがあるというのか……」
「もちろんよ。生きる限り、人は変わる。変われる。私達は自由なんです!」


「呆気なかったな。まぁこれで……」
 バルコニーの下で、やり取りを聞いていたエアルドフリスは小さく微笑んだ。
 下は相変わらずざわざわとしていたが、上の出来事は全部見えているはずだ。すぐにゾンビを打ち払って……
「エアルドフリス。そこをどけ」
「ヒース? えらい剣幕じゃあないか。何をしに行くっていうんだね。決着はもう……」
 エアルドフリスの言葉を打ち切るようにヒースは走るとそのまま刀を抜き放った。足元の影から血の色をした蝙蝠の翼が浮かび出る。
「とんだ茶番だった。まさかハンターぐるみで裏切るとはねぇ。お前も邪魔するなら、斬る」
「!」
 ヒースの殺気にエアルドフリスもカドゥケウスを構えなおす。
「魅了、か……? ブリュンヒルデがいるのか」
 ゾンビの瘴気で判らない。しかし、ヒースが覚醒して迫ってくるのだ。絶対にどこかに。
「ブリュンヒルデの魅了にかかったのはそっちじゃないのかぁ?」
「なんだって?」
 狼狽するエアルドフリスの元に箱が投げつけられた。
 ヒースの後ろにいたフィーナが投げたものだ。彼女のマテリアルでゾンビから引きちぎった放送設備も若干ながら動いており、声が漏れてくる。
「ふふふ、みんな揃って服従いたしますわー。今日はヒルダ様のためにお料理作ってまいりましたの。クッキーにカップケーキに、芋蒸しパン! 心ばかりの品ですわー。こんなものしかございませんが、クリームヒルト様を是非ヴルツァライヒの末席にお加えくださいましー☆」
 スピーカーから聞こえてきたのはチョココの声だった。
「何かあれば私兵であるハンターの力をもって、ヒルデガルドと共に戦いましょうっ。今までごめんなさい。どうか共にヴルツァライヒを盛り立てましょう……」
 続いて、クリームヒルト。
 自分の毛が逆立つのが分かった。
 スピーカーを踏み潰し、バルコニーを仰ぎ見る。
 いや、そこでは先ほどからの感動に包まれた空気に包まれている。
「なんだ、これは……?」

「ほほぅ。由々しき事態だね」
 神楽と共に放送を聞いていたシグルドは神楽を見た。
 先ほどから、神楽が相談で聞いていた内容とは全く違う展開が進んでいた。
 クリームヒルトはすぐさま今までの自分の無力を訴え、ヒルデガルドの所業を称賛し始めた。一緒に壇上に上ったセレスティアもそれに頷いている。
「な、な、なんすか、これ……」
 そんな、そんなはずはない。
 これは何か仲を裂く作戦にはまって……。
 仲を裂く、ハンターと帝国を……。
「……アミィ!」
 スピーカーの質は悪く金属質だが、リューの声色だけがやや高く、女が低い声を出しているようだった。それでもリューと言われればそうかもしれないと思うほどの酷似。
「アミィ?」
「そうっすよ。ちょっと前にエトファリカと帝国とハンターの仲を悪くさせようとした奴がいるっす。それがアミィって名前だったっす!!」
 くそ、こんな小手技に騙されるとは。
 神楽は叫んだ。
「言葉と動きがあってないぞ。騙されるな。ゾンビだ。ゾンビを率いてる歪虚がいるぞ!」
 ガガ。
 神楽の近くのゾンビが急に雑音を発した。
「俺、女の子とお金が大好きっす!! クリームヒルトちゃん手籠めにして今からヒルデガルドも仲間にいれてやるっす! みんなー、ちゃんと貢ぐっすよぉ」
 拡声器と地声では勝負にならない。近くの人間は顔を見合わせていたが、遠くからは敵意しか飛んでこない。
 まずい、まずい、まずい。
「ああ、敵の策に嵌まっちゃったみたいだね。仕方ないな、査定一個引いてお手伝いしてあげよう」

「機械が大掛かりだというのはこれが理由か……」
 壇上で聞こえる会話などほんの少しの距離しか届かない。動きさえ把握にうまく合わせることができれば、内容がデタラメでも大した問題ではなくなる。
 エアルドフリスは渋い顔をして目の前に立つゾンビを睨んだ。
 ゾンビが口を開けた。
「今度は俺の猿まねか?」
 エアルドフリスの声が響く。
「ファー……ブルス。ファー……ブルはコンチュウダイスキ。辺境ナデナデシテー。ヴルツァ……」
 次の瞬間、ゾンビの頭はカドゥケウスの一撃で吹き飛んだ。
「ムォル、すァ……」
「ちょっとは似せてくれ……!」
「ぷっ、くくく。……違和感ナッシングです」
 吹き出し笑いしそうなのを精一杯こらえるフィーナの一言にエアルドフリスは激怒した。
「どこがだ!」
「ちっ、にしてもやられたねぇ。人間500人とゾンビ200かぁ。……手加減できそうもないねぇ」
 どこにいても少しゾンビが待機している。自分たちはもはや袋の鼠に相違なかった。
 ヒースは歯噛みして、刀を抜き放った。

「どこだ……どこから」
 無限は走り回った。バルコニーの上、ブルーネンフーフを囲む四方の見張り塔の上。基地の窓。
 仲間達の声真似もされているということは自分たちの動きを見ているということだ。絶対に上から見下ろしているはずだ。
「整列していたのは、こういう仕掛けもコミだったってことっすね……」
 整列する人ごみの中をうろうろしている自分たちの姿はさぞわかりやすかったことだろう。スピーカーゾンビ達はマイクも兼ねている。自分たちの声を遥か遠く、腹話術師に届けているのだ。
 ガガ。
「クリームヒルトちゃんにイヤリングのワイロ贈ったのに、死ぬなんてゴメンっすよぉ」
 通りかかった近くのゾンビが喋り始めた。
「!」
 この位置で確認できる場所は……。
 無限は真上を見た。
 自分たちの通って来た門の上。
 肩にパルムを乗せた妙齢の女がアンプのような機械につながれた魔導短伝話のようなものを握っているのが、逆光ながら一瞬だけ見えた。口元に楽しそうな笑みを浮かべて。
「……ちょっと黙っててほしいっす」
 無限は足元にマテリアルの力を込めるとそのまま、門を支える壁に向かって大きく跳躍すると同時に胸元からスローイングカードを引き抜いた。
 壁に足をつけると同時にもう一度マテリアルの力で大きく上空へと跳ねる。
 普通なら門の上など射程外もいいところだ。
 だが、疾影士に射程外という言葉は存在しない。どこまでだって踏み込める。
 スローイングカードが機械に突き刺さった。
「ありゃ。ばれちった」
 無限はそのまま女、アミィに向かって壁を走って登る。
「えー、女の子下から見上げちゃダメよん。栗きんとんちゃんか、ヒヨコちゃんに言いつけちゃうぞ♪」
 アミィはすっくと立ち上がりシナを作った。大道芸でもするような派手な衣装のスカートからすらりと伸びる生足の根本が見える。意図的に。
「ぶはっ。あんた一体……」
 その一瞬の粋をついて、壊れされた伝話が上から降ってきて、上り詰めようとしていた無限を叩き落とした。
「あたし? 『人形使い』のアミィ♪ 修羅場がんばってねー」
 アミィはそう言うとふいっと門の外。帝国軍が包囲網陣を引く戦場へと消えていった。
「……なんかよくわかんなかったっすけど、騙しはなくなったはずっす。これなら」
 押しつぶされた機材をどけながら、無限はバルコニーを見た。
 だが、そこは既に惨劇の最中であった。

 軽い音だった。爆竹のような。
 好き勝手喋りたくるゾンビを取り押さえる美沙樹。壇上にいた罵声と誤解が飛ばす男、恐らく旧帝国の貴族であろう人物を捕縛する摩耶。
 投げつけられた物を防ぐリュー。クリームヒルトを体を張って守るセレスティア。お菓子をもって右往左往するチョココ。
 外との違いに気付けども、しっかり気持ちを伝えあうことができたクリームヒルト。
 そして。
 クリームヒルトの腕の中でこめかみから血を噴き出す、ヒルデガルド。
「あね……う、え……? なんで?」
 もう一度軽い破裂音が響いた。
 クリームヒルトが瞬間的に妹を庇うと同時に、リューと摩耶が走りクリームヒルトを庇った。
「誰だ、馬鹿野郎!」
 リューと摩耶の二人の壁にできたほんの僅かな脇の隙間に風が吹いたかと思うと、クリームヒルトが身に着けていたクローバーイヤリングが吹き飛んだ。
 針の穴を通すような射撃とはこのことだ。
「マジかよ。てめぇ……!」
 二度の銃撃で明確な位置を割り出したリューは硝煙の煙が噴き上がる先を見つけて絶句した。
「暗殺だ……姫様が撃たれたぞ!!」
「殺せ、殺せ……あの金髪男を殺せ!」
 撃ったのは、シグルドだった。

「軍人なんだからそりゃ銃くらい使えるさ。と……さて過激派の諸君に告ぐ。そこの皇帝の遺児を僭称する小娘を始末したのが、そんなに不満かね」
 シグルドは神楽の声真似をしたゾンビから放送機材を奪い取ると、のうのうと語り始めた。
「貴様は殺したんだ。我らの希望を、真なる帝国の主を。不敬罪だ。帝国への弾圧は我らは忘れぬ……」
 誰かが叫び出した時、シグルドはすいと腕を上げた。
 その手につけられた黄金の指輪は遠くからでも誰でも見えた。
「真なる皇帝はここにいるよ。我が名はジークフリード・モンドシャッテ。君たちが願って願ってやまぬ正当なる後継者だ」
 そう言うと、シグルドはにこりと笑って神楽を合図を送った。
「あ、あ。そ、そうだ。見ろ、ここにゾンビがいるぞ。それをジークフリート皇子が倒したんだ。俺たちの望んだ王が来たんだ。皆もジークフリード様と共に歪虚を倒し、手下のヴルツァライヒを倒せ! 帝国万歳!!」
 いらっ、としていた。
 シグルドは愛すべき馬鹿じゃない。むしろもっともイケすかないちょっと頭が切れるのを鼻にかける奴でしかない。
 だが、これ以外に道はないのなら、乗るしかない。ヤケに近いような感覚だった。 
「ジーク、フリードだと……? 馬鹿な、ジークフリード様はバルトアンデルスで!」
「あー、ぼっこぼこにされたねぇ。エイゼンシュテインの奴に。そんなわけで大人しくしてたけど、こうも口やかましく皇族皇族言われるとね。正直煩くて仕方ない。特にヒルデガルドなんて赤子を利用してまでやられるとね」
 そういうことか。
 ヒースは油断なく刀を構えるとシグルドことジークフリードに問いかけた。
「モンドシャッテの皇子。それが一連の依頼の目的か?」
「そうだよ。モンドシャッテという名前を利用する輩がいるから、ちょっと懲らしめに来た。あと、名前に相応しくない馬鹿妹がこれ以上利用されないようにね」
 実妹であるはずのヒルデガルドの頭を撃ちぬき、クリームヒルトも同じ道を辿らせようとしたシグルドはいつもの通りの笑顔だった。
「皇帝というのはね、絶大な力と孤高の精神がなきゃならない。生まれてこの方、洗脳まがいの教育しか受けていない非覚醒者が僭称? 笑いものだよ。そりゃ。騎士皇の名前を失墜させたくないだろう。僕も……君も」
 シンボルであるヒルデガルドの死は衝撃だった。
 しかし、目の前にそれを超える人間が現れた時、騒乱を狙う人々は口実を失ってしまっていた。
 ジークフリードの演説でヴルツァライヒの正当なる意義は全て失った。
「歴史の正当性を問う対決になるはずが、皇子の登場で壮大なる兄妹げんかに格下げ、ね……本当にやってくれる」
 エアルドフリスはシグルドを睨みつけた。
 あいつは絶対放っておいてロクなことがない。あるべき地位に収まったら、辺境も容赦なく併呑しにくるのではないか。
 自分に幾度も「大人しいのが好き」と漏らしたのは、自分ではない。辺境の人間に向けて「大人しく食われろ」と被せていたに違いない。
「大丈夫ですか、今治します!」
 視線がシグルドに集まる中、バルコニーではセレスティアがヒールの力をクリームヒルト姉妹に使っていた。
「う……」
 クリームヒルトが唸って起き上がった。その目は悲憤に染まっていた。
「クリームヒルトさん……」
 また堕ちてしまわないか。
 だが、摩耶の手の温かさに触れると、クリームヒルトはすぐさまその瞳に光を取り戻した。
「ありがとう、セレスティアさん、摩耶さん。大丈夫よ。とりあえず、この場を収めなきゃ」
 そう言うとクリームヒルトは立ち上がり、だらんと垂れたヒルデガルド。
「皆、聴いて。ヒルデガルドは……死にました。何故か。ヴルツァライヒは歪虚と通じていたからです。ヒルデガルドは半分歪虚に魂を売られかけていました!」
 泣きそうな声だった。
「ヴルツァライヒによって、実際にいくつもの村が、多くの人々が不幸な目に合っています。
 ヘルトシープというブランドを立ち上げた村も非人道的な労働をさせていたアドランケン鉱山でも。
 生きながらに地獄を味わい、そしてたくさんの血と涙と絶望を吸われてきました。
 ヒルデガルドもそうだったんです! 犠牲者だったんです!!
 ヒルデガルドを慕うなら、その命を無駄にしたくないというなら、私と共に来てください!!」
 静まり返った。
 ここに足を踏み入れてからずっと続いてきた喧騒が嘘のように収まっていた。
「歪虚はここにいるよぉ。見ろ。これか何よりの証拠だ」
 ヒースは手近なゾンビの腕を切り裂いた。
 だが、ゾンビは痛みを感じることもないし、悲鳴を上げることもしない。血も吹き出さない。
 その異様さは何も知らない一般人を恐怖に陥れるには十分だった。
「全くですね。これは人間にみせかけた単なる置物といっても過言ではありません」
 まったく反応すらしないゾンビを次々と舞うように杖で薙ぎ払いながらフィーナは言った。
 しかし、反抗すらしないこの置物を殴り続けるのは確かにインパクトはあるが、少々物足りない。
「口に杖を押し込んで、機導砲を撃つのも効果的かもしれません。汚れるのでしませんけど」
 だが、そうした活動で民衆は正気に戻り始めた。
 自分たちが今とんでもない目に遭っていることに。
 そして救世主はクリームヒルトしかいないということに。

「ヒルデガルドさん、ヒルデガルドさん!」
 セレスティアが懸命にヒールを詠唱する。だが、即死したヒルデガルドから流れ出る血は止めても、下がっていく体温は止められない。
「聴衆は混乱に陥っています。遠方への通信でも、この状況は理解できないでしょう。蜂起は失敗したとみて良いと思います。クリームヒルトさん、脱出しましょう」
 摩耶は大混乱する中庭を見下ろしてそう言った。整列していた群衆は今となっては乱れに乱れ、シグルドのいる位置を中心に集まっていた。ジークフリードを目にしようというもの、迎え入れようとするもの、敵意を示すもの。色々。だが、残る人々はどうすればいいのかもわからない様子だった。
「シグルド様、少しずつ左に移動していますわ。右門がきっと空くはず。そこから脱出しましょう!」
 美沙樹が壇上にいたゾンビを切り伏せるとクリームヒルトに手を差し伸べた。
 シグルドから事前に配置を教えてもらっていた美沙樹には駐屯地の構造は十分理解していたし、右門がシグルドが脱出用にと規定していたことも知っていた。外にいる帝国軍の包囲網へ突っ込むときに唯一味方として扱ってもらえる出口。
「……でも、ヒルデガルドが」
「俺が背負ってやる! クリームヒルト、お前のやるべき事は残った人間の命を守ることだ!」
 リューはそう言うと、バルコニーの手すりから乗り出すようにして、どうすればいいのか救いを求める視線をよこす人々に向かって叫んだ。
「ヴルツァライヒよ! 道は今ここに示された! 分かたれた二つの魂はここに道を一つになる。
 主たるクリームヒルトはその意思で争いでなく、協調の道を歩むと宣言した!
 クリームヒルトに庇護を求めよ。共に行くぞ! 剣を収め、新たな主の意思に従え!」
 そう言うと、クリームヒルトの体を摩耶と美沙樹に押し付けた。
「生きてることが大事なんだ。絶対に生き残れ! 摩耶、音羽、頼むぜ」
 リューの言葉に二人は頷き、下にいるエアルドフリスに合図した。
 そして、リュー自身はセレスティアと共にヒルデガルドを担いだ。
「あぁら? 勝手に持っていかないでくれる?」
 ぞくり。
 背筋が凍るような負の渦と共に、女の声が響いた。
「玉体のご登場か……いつか来ると思ったよ」
 アースウォールを使って3人を移動させるためにバルコニーを見上げていたエアルドフリスは風に呼ばれた気がして見上げたところ、女の姿を確認することができた。自然と咥えるパイプに歯形がつく。
 あれは亡霊の女神ブリュンヒルデを生み出した。
 帝国に巣食う最大の女郎蜘蛛。剣妃オルクス!
「我均衡を以て、均衡を破らんとす。理を以て理を破らん。我が血に流るる命の炎。今まさに破壊の衝動とせん!」
 エアルドフリスは即座にファイアボールを詠唱すると、バルコニーのさらに上、基地の屋上に座するオルクスにうち放った。
「もう好きねェ。そんなアツーい魂に触れたら、ヤけちゃうわぁ♪」
 爆裂し、基地の石壁が降り注ぐ。
 だが、嬉しそうなオルクスの発言はエアルドフリスの後ろか聞こえてきた。
 同時に強烈な血風がエアルドフリスを襲い、作り上げたアースウォールの壁に叩きつけ、壁を砕いてしまった。
 僥倖だったのはクリームヒルトと摩耶と美沙樹がもう中庭に降りていたことだろうか。
「……!」
「もう、これだけ丁寧に準備してあげて、外には親族のよしみもあるだろうと思ってハルトちゃんまで呼んであげたのよぉ? それがあんなヘンチクリンな優男の一言で台無し? もうハラワタが煮えくり返っちゃいそう」
 ひょいっと軽く跳ぶと、オルクスはバルコニーの細い桟の上にピンヒールを乗り、構えるリューとセレスティアを見て笑顔になった。
「せめて尻拭いくらいはしてもらわないと、ね。そこのガキンチョにはまだ利用価値があるんだから。返してちょうだい」
「断ります! これ以上、誰も穢させない、貶めさせたりしませんっ」
 セレスティアはセイクリッドフラッシュの光を放った。それをかいくぐるようにして、リューが振動刀を構えて突貫する。
「うぉぉぉぉ!」
「どいてくれたのね。そうそう素直な子は可愛くて助かるわぁ。食べちゃいたいくらい」
 目の前にいたはずのオルクスが、消えた。
 からかうような声が聞こえたのは、セレスティアのすぐ後ろ。ヒルデガルドの首根っこを掴んで。
「てめぇっ」
 バチンっ。
 オルクスの髪がはじけた。
 中庭からフィーナが機杖を構えていた。
「その女、ヒレカツ丼には私が用があるんです。勝手に持っていかれたら困ります」
「わ、わ、私のキューティクルがぁぁぁぁ!」
 冗談か本気か分からないようなことをわめいて、オルクスの闇のオーラが炎のように立ち上った。
 同時に、大地が細かく震えはじめる。
「ふっふふふ。ここは元強制収容所ブレッシェンホーフ(希望無き地)。負のマテリアルもいーっぱいあんのよ。ちょうどいいわ。みんなで仲良く味わいなさい、な!」
 基地に派手に亀裂が入り崩れていく。オルクスとヒルデガルドの骸はその亀裂の下に埋もれていった。
「ヒルデガルドーーーっ!」
 バルコニーが崩落する。
 リューとセレスティアは呑みこまれるしかなかった。


「どうすりゃどうすりゃ」
「助けてくれぇ」
「外には歪虚と帝国軍……、もう、もうダメだ」
 阿鼻叫喚があちこちで聞こえる。
「活路はあります。絶望しないで!」
 クリームヒルトが叫んだ。
「クリームヒルト様……」
 狼狽していた民衆の視線が集まる。その中でクリームヒルトは毅然と立っていた。
「助け合って。私は誰の命も無駄にはしない。今からその約束を果たします」
 人々が顔を見合わせると、ゆっくりゆっくりとクリームヒルトの元に集まってくる。傷ついた友人を助け、狂乱した仲間を説得し。
 崩れ落ちた外壁に埋もれたエアルドフリスや、リュー、セレスティアを助け出してくれた。
「私が先に言って包囲陣に合流します。クリームヒルトさん、忘れないで。今の気持ちを。私達がいることを」
「はい、摩耶さんもご武運を」

「こっちもさっさと脱出するっす。もうこんなところとはさっさとオサラバしたいっす」
 シグルドと共に誘導を買って出ていた神楽は引き際を見ていち早く左門を抜け出た。
「あ、そっちは……」
「う、うわ……」
 目の前に強大な邪気の風が吹き込んでくる。
 神楽は出口を誤ったことを自覚した。あそこに見えるのは剣豪ナイトハルトだ。
「ああ、やっちまったねぇ」
 ヒースも邪気を目のあたりにして、ふん、と鼻を鳴らした。
「でもやるっきゃねぇんだよ。中にいた奴らを助けるためにはさ」
 リューも傷をなめとりながら、進み始めた。

「ヒルダ……」
 まだ崩壊の止まらぬ建物を見上げるクリームヒルト。
 大勢の人に囲まれながら、それをしっかりと受け止めながらも不安の色は隠せなかった。
「お菓子いっぱいもってきましたの。みんなで食べたらきっと元気でますの」
 チョココはそう言いながら、不安がる人々に菓子を配って回っていた。
「大丈夫っすよ。なんとかするっす」
 無限がクリームヒルトに微笑みかけた。
「なんとかするということはオルクス同様私の邪魔をするという事でよろしいですか?」
「ひ、ひっ! フィーナさ、様! おゆるしをぉっ」
 五体投地で詫びを入れる無限にフィーナは土下ざえ門、という言葉を頭によぎらせていた。
「大丈夫?」
「臓器に傷は追っていないので重体は免れていると思いますが……」
 美沙樹が覗き込むのはエアルドフリスだった。自分も一歩間違えればこうなっていたかもしれない。色んな人の祈りがなければ、自分もグランフェストくんも……
 エアルドフリスだって回避できたかもしれない。だが、彼は自分の命より、オルクスへの対応に使っただけの話だった。
「待ってて、ヒルデガルド。すぐに助けてあげるからね……」
 クリームヒルトは人々を導きながら、もう一度崩れるブルーネンフーフを見ていた。

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参加者一覧

  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 光の水晶
    摩耶(ka0362
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • スピードスター
    無限 馨(ka0544
    人間(蒼)|22才|男性|疾影士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • 淡光の戦乙女
    セレスティア(ka2691
    人間(紅)|19才|女性|聖導士
  • ちかよるなきけん
    フィーナ・ウィンスレット(ka3974
    エルフ|20才|女性|機導師
  • 清冽の剣士
    音羽 美沙樹(ka4757
    人間(紅)|18才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 栗きんとんとヒレカツ丼
フィーナ・ウィンスレット(ka3974
エルフ|20才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/07/12 00:18:07
アイコン 質問および雑談卓
シグルド(kz0074
人間(クリムゾンウェスト)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/07/12 06:44:54
アイコン 栗きんとんとヒレカツ丼おかわり
神楽(ka2032
人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/07/16 23:07:50
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/07 23:59:15