ゲスト
(ka0000)
【燭光】アイアースの教訓
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~15人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/07/12 19:00
- 完成日
- 2015/07/19 21:38
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「先の通報通り、こちらも始まってますよ。
反体制派の連絡網でもってブルーネンホーフ占拠を察知、時機を合わせたということでしょう。
……では、部隊到着は遅れると? いっそFSDにやらせますか?」
帝国、シュレーベンラント州北部の農村・シャーフブルート村。その北外れに建つ邸宅、
紡績協会支部の伝話室で、第一師団の捜査隊員が帝都と連絡を取っていた。
現在、同州の各地にて、反体制組織ヴルツァライヒを名乗る武装勢力が蜂起。
旧帝国皇女ヒルデガルド率いる軍団が帝国軍の基地ひとつを占拠した他、
歪虚出現の報告も相次ぎ、州全域が混乱状態に陥っている。
その上、ヴルツァライヒ構成員の旧貴族・ブランズ卿を追って、
予てより捜査中だったシャーフブルートでも、遂に反乱の火の手が上がってしまったようだ。
隊員は、扉のほうをちらちらとうかがいながら、
「……でしょうね。それで殉教者にでも仕立て上げられたら、後が面倒です。
我々でやりますか……自信はあまり。あちら側にも誰か居るなら、話は」
部屋の扉が開く。隊員は声色を変えて、
「うん、悪いけどさぁ。エリーゼちゃんにまた今度よろしくって言っ……」
「馬鹿野郎、こんなときに何やってんだ!?」
入ってきた『同僚』のFSD社員に怒鳴られると、慌てて伝話機を置いた。
「面目ない。まだ時間がありそうだったから今の内、予約の取り消しをね?」
「大した根性だな。区長に見つかったらぶっ殺されてるぜ」
「で、どうよ。外の様子は」
隊員が尋ねると、社員はかぶりを振って苦々し気に答える。
「殺し合いだな、こりゃ」
●
真夜中の牧場に太鼓の音を響かせながら、200余名の武装した村人たちが行進する。
旧式の魔導銃を抱えた100名が前後2列の横隊を組み、
合間に混じった松明の持ち手が、足下の芝生を照らし出した。
数名の旗持ちが掲げる棒の先には、旗代わりに真っ白な羊の頭蓋骨。
シャーフブルート村レジスタンス。攻撃目標は、民間警備会社・FSD。
総司令官を、革命以前の領主であったヴィンフリート・フォン・ブランズが務める。
彼と、相棒のラファエル村長はそれぞれ50名の密集陣形に囲まれつつ、横隊に追従。
やがて、木造の大きな作業場が夜闇の中に見えてくると、
「ラファエル隊、停止!」
村長のかけ声で、50人がその場に立ち止った。
「これより、我々で一帯を確保する!
本隊の協会支部奪還まで、その後方陣地を維持することが目的だ!」
そうして村長が檄を飛ばしている間、盟友ブランズ卿は振り返りもせず、
黙々と残り150名を北へ向けて歩かせ続けた。
今更何が言えよう? ふたりが率いているのは、前日の労働を終えて一息吐いたばかりの夜半に集合、
出発してから30分、ようやく行進の足並みが揃い始めたような、くたびれた農民たちだ。
皆、何かに憑かれたような顔で、FSDの本拠たる協会支部を目指して懸命に行進を続けるが、
その手に握られた銃は素人が満足に扱えるかどうかも分からず、
また、牧草地に点在するあちこちの洞穴で長期間隠匿されていた為、手入れも充分ではない。
(それでも彼らはやると言った。そして、実行の機会は今を置いて他にない)
皇女ヒルデガルドによる反体制組織糾合が目くらましとなって、
今夜限りは帝国軍の鎮圧部隊も対応を遅らせる筈だった。
村に駐屯するFSD100名だけが相手ならば、士気を頼みに追い出せるかも知れない。
(協会支部を陥して指揮系統を瓦解させれば、
金目当ての傭兵に過ぎない彼らは早々に撤退を決め込むだろう)
協会支部はFSDの詰所を兼ねており、馬も、武器も、伝話室もある。
その上、彼らの悪行の証拠のひとつも手に入れられれば、後日に帝国政府と交渉する材料ともなる。
(いざとなれば、火を放ってでも)
己が生家を焼き払ってでも、この村から新興ブルジョワたちの横暴を排除してみせる――
と、ブランズ卿は決心した。
(13年前に果たせなかった責務、何としても果たさねば。
その為にこそ、私はここに帰ってきた)
●
松明を掲げたレジスタンスの横隊が、覚束ない歩みながらも一刻一刻、協会支部へ押し寄せてくる。
対して、FSD・シュレーベンラント北区の責任者・フェリックスは、
蜂起を察知するなり、即座に防衛作戦を立ち上げてみせた。
「第1、第3、第5~7班で支部を守る。
後者3班で庭に陣を敷け。残りは非戦闘員の避難準備後、邸内にて狙撃配置」
50名の社員たちが言われるがまま命令遂行に走ると、今度は、
「第8~10班。騎馬にて敵横隊を迂回し、牧場と作業場を押さえろ」
倍近い数の敵に対し、敢えて兵を分ける。そうするだけの根拠があった。
(連中は歩兵ばかりで、おまけに牛歩の歩み。
陽動か? ……違うな。州内の反体制派に援軍の当てがあるなら、それを待って一斉攻撃をかけただろう。
何せ、こっちはたった100人の騎馬隊。いくらでも料理のしようはあるだろうに、
斥候も置かず、先回りして放火も仕掛けず、ただ固まってのろのろと。田吾作の集まりだ!)
銃の扱いに不慣れで、機動戦術も不可能となれば、後は数で圧すより仕方ない。
(あれがそうだ)
横隊で射撃の命中率を高め、被弾率を軽減するつもりらしい。
だが、邸内への進入時は陣形を解かざるを得ず、包囲にも手間取るだろう。
なれば、まずは前庭の射撃陣地から牽制射撃を行い、陣形の乱れを誘発。
密集部には集中狙撃で損害を与え、死傷者多数で士気が崩壊したところを一気に押し返せば良い。
(保険もかけておこうか)
残る20名を、支部の裏手から闇に紛れて南、シャーフブルート村へと送り出す。
「あの分では、村にはろくに男手が残っちゃいまい。
万が一火事でも起こったら、消火作業に苦労しそうだな……?」
フェリックスは、部下の内でもとりわけやくざな男たちを、こんなときの為に選り分けておいた。
必要とあらば、女子供も平然と手にかけることのできる男たち。
(敵もその辺りはお見通しだろうが、実際に守れるかどうかと言えば……)
全ての準備が整うと、後は最初の砲声が村に轟くのを待つばかり。
フェリックスは執務室へ戻り、愛用の拳銃を卓上に置いて、安楽椅子に寛いだ。
遅かれ早かれ、こうなることは分かっていた――と、フェリックスは思う。
蜂起を防げなかった以上、彼にも何らかの処分が下ろうが、知ったことではない。
非覚醒者の彼にとって、唯一楽しめる戦場が今、ここにある。
(この為にこそ、俺はここに呼ばれた。違うかね、突撃隊長殿?)
●
レジスタンスとFSD、双方にとって誤算だったのは、
同時刻、村の南東から、飢えたコボルドの大群が殺到しつつあったこと。
先日の駆除でその数を大きく減らしたものの、未だ50匹余りが生き残り、
餌を求めて一路、シャーフブルートを目指していた。
「先の通報通り、こちらも始まってますよ。
反体制派の連絡網でもってブルーネンホーフ占拠を察知、時機を合わせたということでしょう。
……では、部隊到着は遅れると? いっそFSDにやらせますか?」
帝国、シュレーベンラント州北部の農村・シャーフブルート村。その北外れに建つ邸宅、
紡績協会支部の伝話室で、第一師団の捜査隊員が帝都と連絡を取っていた。
現在、同州の各地にて、反体制組織ヴルツァライヒを名乗る武装勢力が蜂起。
旧帝国皇女ヒルデガルド率いる軍団が帝国軍の基地ひとつを占拠した他、
歪虚出現の報告も相次ぎ、州全域が混乱状態に陥っている。
その上、ヴルツァライヒ構成員の旧貴族・ブランズ卿を追って、
予てより捜査中だったシャーフブルートでも、遂に反乱の火の手が上がってしまったようだ。
隊員は、扉のほうをちらちらとうかがいながら、
「……でしょうね。それで殉教者にでも仕立て上げられたら、後が面倒です。
我々でやりますか……自信はあまり。あちら側にも誰か居るなら、話は」
部屋の扉が開く。隊員は声色を変えて、
「うん、悪いけどさぁ。エリーゼちゃんにまた今度よろしくって言っ……」
「馬鹿野郎、こんなときに何やってんだ!?」
入ってきた『同僚』のFSD社員に怒鳴られると、慌てて伝話機を置いた。
「面目ない。まだ時間がありそうだったから今の内、予約の取り消しをね?」
「大した根性だな。区長に見つかったらぶっ殺されてるぜ」
「で、どうよ。外の様子は」
隊員が尋ねると、社員はかぶりを振って苦々し気に答える。
「殺し合いだな、こりゃ」
●
真夜中の牧場に太鼓の音を響かせながら、200余名の武装した村人たちが行進する。
旧式の魔導銃を抱えた100名が前後2列の横隊を組み、
合間に混じった松明の持ち手が、足下の芝生を照らし出した。
数名の旗持ちが掲げる棒の先には、旗代わりに真っ白な羊の頭蓋骨。
シャーフブルート村レジスタンス。攻撃目標は、民間警備会社・FSD。
総司令官を、革命以前の領主であったヴィンフリート・フォン・ブランズが務める。
彼と、相棒のラファエル村長はそれぞれ50名の密集陣形に囲まれつつ、横隊に追従。
やがて、木造の大きな作業場が夜闇の中に見えてくると、
「ラファエル隊、停止!」
村長のかけ声で、50人がその場に立ち止った。
「これより、我々で一帯を確保する!
本隊の協会支部奪還まで、その後方陣地を維持することが目的だ!」
そうして村長が檄を飛ばしている間、盟友ブランズ卿は振り返りもせず、
黙々と残り150名を北へ向けて歩かせ続けた。
今更何が言えよう? ふたりが率いているのは、前日の労働を終えて一息吐いたばかりの夜半に集合、
出発してから30分、ようやく行進の足並みが揃い始めたような、くたびれた農民たちだ。
皆、何かに憑かれたような顔で、FSDの本拠たる協会支部を目指して懸命に行進を続けるが、
その手に握られた銃は素人が満足に扱えるかどうかも分からず、
また、牧草地に点在するあちこちの洞穴で長期間隠匿されていた為、手入れも充分ではない。
(それでも彼らはやると言った。そして、実行の機会は今を置いて他にない)
皇女ヒルデガルドによる反体制組織糾合が目くらましとなって、
今夜限りは帝国軍の鎮圧部隊も対応を遅らせる筈だった。
村に駐屯するFSD100名だけが相手ならば、士気を頼みに追い出せるかも知れない。
(協会支部を陥して指揮系統を瓦解させれば、
金目当ての傭兵に過ぎない彼らは早々に撤退を決め込むだろう)
協会支部はFSDの詰所を兼ねており、馬も、武器も、伝話室もある。
その上、彼らの悪行の証拠のひとつも手に入れられれば、後日に帝国政府と交渉する材料ともなる。
(いざとなれば、火を放ってでも)
己が生家を焼き払ってでも、この村から新興ブルジョワたちの横暴を排除してみせる――
と、ブランズ卿は決心した。
(13年前に果たせなかった責務、何としても果たさねば。
その為にこそ、私はここに帰ってきた)
●
松明を掲げたレジスタンスの横隊が、覚束ない歩みながらも一刻一刻、協会支部へ押し寄せてくる。
対して、FSD・シュレーベンラント北区の責任者・フェリックスは、
蜂起を察知するなり、即座に防衛作戦を立ち上げてみせた。
「第1、第3、第5~7班で支部を守る。
後者3班で庭に陣を敷け。残りは非戦闘員の避難準備後、邸内にて狙撃配置」
50名の社員たちが言われるがまま命令遂行に走ると、今度は、
「第8~10班。騎馬にて敵横隊を迂回し、牧場と作業場を押さえろ」
倍近い数の敵に対し、敢えて兵を分ける。そうするだけの根拠があった。
(連中は歩兵ばかりで、おまけに牛歩の歩み。
陽動か? ……違うな。州内の反体制派に援軍の当てがあるなら、それを待って一斉攻撃をかけただろう。
何せ、こっちはたった100人の騎馬隊。いくらでも料理のしようはあるだろうに、
斥候も置かず、先回りして放火も仕掛けず、ただ固まってのろのろと。田吾作の集まりだ!)
銃の扱いに不慣れで、機動戦術も不可能となれば、後は数で圧すより仕方ない。
(あれがそうだ)
横隊で射撃の命中率を高め、被弾率を軽減するつもりらしい。
だが、邸内への進入時は陣形を解かざるを得ず、包囲にも手間取るだろう。
なれば、まずは前庭の射撃陣地から牽制射撃を行い、陣形の乱れを誘発。
密集部には集中狙撃で損害を与え、死傷者多数で士気が崩壊したところを一気に押し返せば良い。
(保険もかけておこうか)
残る20名を、支部の裏手から闇に紛れて南、シャーフブルート村へと送り出す。
「あの分では、村にはろくに男手が残っちゃいまい。
万が一火事でも起こったら、消火作業に苦労しそうだな……?」
フェリックスは、部下の内でもとりわけやくざな男たちを、こんなときの為に選り分けておいた。
必要とあらば、女子供も平然と手にかけることのできる男たち。
(敵もその辺りはお見通しだろうが、実際に守れるかどうかと言えば……)
全ての準備が整うと、後は最初の砲声が村に轟くのを待つばかり。
フェリックスは執務室へ戻り、愛用の拳銃を卓上に置いて、安楽椅子に寛いだ。
遅かれ早かれ、こうなることは分かっていた――と、フェリックスは思う。
蜂起を防げなかった以上、彼にも何らかの処分が下ろうが、知ったことではない。
非覚醒者の彼にとって、唯一楽しめる戦場が今、ここにある。
(この為にこそ、俺はここに呼ばれた。違うかね、突撃隊長殿?)
●
レジスタンスとFSD、双方にとって誤算だったのは、
同時刻、村の南東から、飢えたコボルドの大群が殺到しつつあったこと。
先日の駆除でその数を大きく減らしたものの、未だ50匹余りが生き残り、
餌を求めて一路、シャーフブルートを目指していた。
リプレイ本文
●
紡績協会支部の裏口から、まずは協会関係者とFSDの事務員が出された。
レジスタンスの進軍は依然ゆっくりとしたもので、
接敵までに、非戦闘員の避難準備を終えることができそうだった。
(彼らの足は残しておかないとね)
『カザリン』の名でFSDへ潜入していたドロテア・フレーベ(ka4126)は、
厩舎にて只野知留子(ka0274)と合流するが、
「申し訳ありません、勘づかれたようで……追っ手はひとまず撒いた筈ですが」
知留子もまた、扮装してFSDへ紛れ込もうとしたものの、
手持ちの道具だけでは、その性別や年齢を誤魔化すことはできなかった。
「手っ取り早く済ませるわよ。騒ぎが起これば、貴方も逃げられる」
ふたりで手分けして馬房を開くと、馬の尻に鞭を入れて次々追い立てる。
仕上げに、ドロテアがデリンジャー銃で自分の腿を撃って負傷を装った。
20頭ばかりの群れが逃亡を始めると、騒ぎに気づいたFSDが駆けつける。
ひとり居残っていたドロテアは、これ見よがしに脚を引きずり、
「入り込んでる奴がいたの! 馬を逃がされたわ、畜生!」
レジスタンスによる工作と判断されたが、逃げ出した工作員――知留子の追跡までは手が回らない。
「車の用意が先だ、片づいた者から馬を集めに行ってこい!」
非戦闘員の乗り込む馬車を、FSDが準備している。内、1台にて、
「大事になっちゃったわね、ヤマダさん?」
女性事務員が、潜入捜査中の真田 天斗(ka0014)へ話しかける。
ふたりきりの車内。天斗は口元に手をやりつつ、向かいに座る女性をじっと見つめた。
閉め切られた窓の隙間から、表を走り回る人々のカンテラの灯がちらちらと入り込んで、互いの顔を照らし出す。
「……あの」
「行かなくて良いの、仕事があるんじゃない?」
天斗は身を乗り出して、事務員の顔を間近に見つめた。
「貴方は、何者ですか」
「生憎、本当にFSDの、一介の会計係に過ぎないわ。
でも勘は良いから。リアルブルー人の会計士なんて目立つと思わない?
反体制じゃないわよね。ハンター? 国に雇われた? 紡績協会の内偵かしら」
「そこまで考えていながら、私を今日まで放っておいたのですか」
苦笑する天斗に、
「言ったでしょ、私は単なる会計係。傷痍軍人の兄の恩給だけじゃ、郷里の家族は食ってけないのよ。
余計なことに首突っ込んでられる身分じゃない……こうなったらもう、先々どうなるか分からないけどね」
「先に謝っておきます、私の仕事はFSDを潰してしまうかも知れない。
でも、貴方ならきっと上手くやれますよ」
「ありがとう。ついでに言っておくと」
馬車を降りようとする天斗の背中に、
「例の帳簿の写しと、肝心のブツはね。区長の執務室の金庫に入ってる」
天斗は事務員に小さく手を振り、車を離れる。リーゼロッテ(ka1864)が待っていた。
「書類の持ち出しは大してなかったみたい。
それだけ慌ててるのか、はなから負けると思ってないのか」
「もう1度、事務室を軽く捜索してみます。終わり次第、区長の居室へ」
避難準備を横目に、屋内へ戻った。
●
遠方を駆ける馬の足音に、150名の協会支部攻撃隊が振り返る。
「止まるな! 敵騎馬は少数、別働隊が後背地を抑えている限り脅威ではない!」
行軍を指揮するブランズ卿から数人挟んで後ろに、
出稼ぎの期間労働者ながら蜂起に飛び入り参加した男――を装うダリオ・パステリ(ka2363)が就いていた。
ダリオはよそ者ながら、即席軍隊に生じる様々の混乱につけ入り、後方50名、ブランズ卿の守護へ紛れた。
(慌てて人手を集めたせいで、間者を警戒する余裕もあらなんだ)
敢えて姿は探さなかったが、今頃はレイ・T・ベッドフォード(ka2398)も、行軍の合間に潜り込んでいる筈。
(だが、即座に200余名が我が身をなげうって蜂起に参加するとは)
ブランズ卿の人望が為せる業か、
(村人たちの忍耐が、全くの限界に達していたか)
レイはゴーグルとハンカチで顔を隠した上、攻撃隊後方へ混じる。
村外れの草原は、僅かな木立が点在しているばかりのだだっ広い平地だ。
松明の数が少なく、月も度々雲に遮られ、今夜は暗い。
周囲の男たちはぼろぼろの麦藁帽や古布を目深に被っているが、時折覗く眼光は鋭かった。
レイはふと、帝都の貧民街で出会った少年ギャングたちの眼差しを思い出す。
(彼らを駆り立てているもの、恐らくは――)
レイが心中、答えに達する寸前で、行軍は唐突に中断された。
前列100名の銃兵の前に、たったひとりの少女が立ちはだかる。マリル&メリル(ka3294)。
「待って!」
飛んできたのが大人の、男の声であれば、レジスタンスたちも然程躊躇わなかっただろう。
だが、予想だにしなかった闖入者の声と姿とに、攻撃隊の前列は構えを遅らせた。
「今さっき、貴方たちを避けて村へ向かった騎馬。
FSDの報復です! 村に残された貴方たちの家族を害しようとしている……、
誰の為に戦うの? 村の為? 家族の為? 未来の為? だったら戻って! 大切なものを、守って下さい!」
歩みを止めたまま、動揺の色を見せ始める全隊にブランズ卿が叫ぶ。
「攪乱だ! 敵がそのような手段を取ることは承知の上。
村の守備を信じて、我々は敵の根を絶つ。引き返すな!」
(当然、そうであろうな。引き返して女子供を守ったとて、帝国軍が間に合ってしまえば村は取り潰される。
元より犠牲は覚悟の上、と言うのならば、ここは攻めの一択だ。しかし貴公は甘かった)
ダリオが人垣を掻き分け、ブランズ卿の背後へ迫る。振り返ってレイを探した。
(説得では止まらん。仕掛ける)
目配せすると、レイは頷いて、親指を立ててみせる。通じたのか、通じていないのか、兎に角、
「そ、そういう貴様は何者だ!」
レイがマリル&メリルへ怒鳴ると、
「話すな、時間稼ぎをさせるな!」
ブランズ卿がレイを咎めた。行軍のリズムを取る鼓が再び、どん、と叩かれたまさにそのとき、
ダリオがやおら剣を抜き、柄でブランズ卿の後頭部を殴打した。
攻撃隊は数歩前進したかと思うと、急停止する。太鼓の音も途切れた。
マリル&メリルは説得を中断し、その場で身構えた。指揮官捕縛がどう転ぶか――
●
「それにしても良かったのか? この戦、勝っても負けても地獄だぜ?」
劉 厳靖(ka4574)がラファエル村長に言う。
ダリオと同じく期間労働者、蜂起に半ば巻き込まれたという体で、
牧場を押さえる50名のレジスタンスに参加していた。
「俺は憂さ晴らしのついでってんで、いざとなりゃ雲隠れしちまうけどな。
あんたらは村ぐるみで逃げ出そうってもそうは行かねぇ。どうなんだい?」
「なら、今のままで村が続いたところでどうなる」
逆に問い返された。厳靖はしばし考えた後、
「命は助かる」
「家畜同然の生活でか? 連中は俺たちが死ぬまで、
死んだらその子や孫までこき使う腹だ。嫌なら戦うよりない」
レジスタンスは屋内作業場とその周囲に陣取って、敵を待ち受けた。
村長と厳靖、他20名ほどが屋内に立て籠もり、他は表で守りを固めている。
作業場には羊毛洗浄に使う薬液の匂いが充満し、胸が悪くなりそうだ。
「今の俺たちは、生きる為に働いているのですらない。
協会のブルジョワどもの為に、道具にされているだけだ」
「昔は貴族が、同じことをやってたんじゃなかったかねぇ」
「ブランズ家は違う」
「どうだか。っと」
表で銃声が上がった。レジスタンスも反撃しているようだが、
「1発撃ってから次が遅いぜ。あれじゃやられちまう」
レジスタンスが使う魔導銃は、13年前、革命軍側の義勇兵向けに大量生産された簡易銃だ。
安価で強力、射程も長いが命中率は低い。取り回しも悪く、あくまで集団戦で弾幕を張る為のもの。
対するFSDの騎兵銃は新式、精度もそれなりで、何より使い手の練度が違う。
騎馬の機動力も相まって、少数同士の戦闘ではレジスタンス側に勝ち目がない。
(協会支部を奪取するまでの時間稼ぎ……それすら間に合うかどうか)
黒ずくめの鎧に身を包んだアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が、何処からともなく現れた。
目前では、村民たちが建物を背に、包囲を開始したFSD30名の容赦ない砲火に晒されている。
13年前から相も変らぬ、人間同士の殺し合い。
(そうだ、この国は何も変わっていない。搾取する者の首が挿げ替わっただけのこと。
……何も変わらぬ? 否、変えるのだ)
堂々と牧場を横切るアウレールに、FSDも一時、射撃を止めて散開した。
代わりに、銃撃戦で興奮状態にあるレジスタンスの斉射が彼を襲った。
しかし頑強な全身鎧の装甲と、盾から展開されるマテリアルの防壁が、弾丸をことごとく跳ね返してしまう。
(農民も、貴族も、旧王族も、あらゆる者が等しく救われ生きられる世界を!
その為の誓いだ、その為の力だ! 皇帝陛下の御名の下、何人もあたら命をなげうつことなど許さぬ!)
作業場へ近づくと、
「退け!」
アウレールの怒号に合わせるように、エイル・メヌエット(ka2807)が負傷者たちの手を引く。
「こちらへ!」
「あんた誰だ!? あいつは――」
「私は往診に来ていた医者で、聖導士です。ご家族の方々に頼まれました、
貴方がたが命を落とさぬようにと……さぁ!」
作業場に併設された、羊毛の干場へ引き込む。
●
リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は魔導バイクを駆り、
いち早くシャーフブルート村を巡回していた。
バイクの立てる轟音に驚き飛び出してきたレジスタンスへは、
「コボルドが来る、女子供を避難させろ!」
と含めておいた。実際には、コボルドの群れはハンター仲間が現在捜索中。
リカルド自身はFSDによる報復を警戒していた。
まずは南端の食糧貯蔵庫が放火対象になり易いと見て、それを目指した。
みすぼらしい村だ。ほとんどの家で茅葺の屋根は朽ち、石壁はひびが入り、戸口は腐りかけていた。
庭先には壊れた農具を始め、がらくたが散乱している。
(どれも、放っておけば土に還るゴミばかりだから、俺の故郷よりまだ良いさ)
視界の片隅、村を見下ろす小さな丘の頂上辺りで、何かが光った。
考えるより早く、リカルドはバイクを家同士の隙間へ捩じ込む。
そのように動いた後で初めて銃声と、弾丸が壁に当たるぴしっ、という音を認識した。
木箱の山に乗り上げてしまうと、バイクを降りた。何発か銃声が続いた。村の外からの銃撃、
(FSDか。ろくに正体も確かめず撃ってくるたぁ……)
リカルドは拳銃を抜いて、近くの手頃な路地へ隠れた。辺りの家々からは物音ひとつしない。
●
村の守備隊を説得、誘導している間に南側で銃声が上がり、キャリコ・ビューイ(ka5044)が言う。
「リカルドが何か見つけたか、見つかったかだろう」
トランシーバーで連絡を取れば、FSDと思しき数名から攻撃を受けている、との旨。
「了解、これより援護に向かう」
夕凪 沙良(ka5139)もライフルを手に、キャリコとは別方向へ走った。
「こちらは引き続き、コボルドを警戒します。
万が一不審者と接触した場合は、無力化と拘束を試みますので」
「それじゃ、僕はこの人たちと。まずは避難経路の確認ですね」
火椎 帝(ka5027)はレジスタンス数人を引き連れ、村内の巡回へ出ていく。
現在、村の南東でリカルドを攻撃中のFSDは10名。
残り10名は北側で待機し、時間差で放火を開始する手筈だった。
銃声が上がると、5人ずつの分隊に分かれ、松明を掲げて走り出す、
その1隊の進路上にマッシュ・アクラシス(ka0771)の巨大な騎馬が割り込んだ。
突然の闖入者に騎兵銃を突きつけるFSD。マッシュは落ち着き払った様子で、
「何処から来たか、何をしに来たかは、お察し下さい。少なくとも敵のつもりはありません」
ゆっくりと馬を歩かせ、マッシュを取り囲むFSDだったが、
相手のまたがるゴースロンは、王国産の巨大な軍馬だ。突進を受ければ、FSDの馬はひとたまりもない。
「火でも放つおつもりですか? しかし……」
マッシュの狙いはFSDの行動を遅延させ、最終的には撤退を促すこと。
リカルドに問答無用で発砲した辺り、説得だけで引き下がってくれる手合いではなかろうが、
(無頼とはいえ、損得勘定くらいは彼らにもできる筈です。
あまり仕事に面倒が多いと見れば、考えを変えるでしょう)
●
一方、協会支部へ進軍中だったレジスタンスの攻撃隊は、
ダリオによるブラン卿捕縛に混乱し、全員が草原のど真ん中で立ち往生になっていた。
(お願い)
マリル&メリルは、150名のレジスタンスを前にひとり祈る。
(今ならまだ逃げられる――生き延びられる)
レジスタンスが大人しく村へ引き返してくれれば、
彼らと家族の為に荷馬車を用意し、逃亡を手伝うつもりだった。
(……元はと言えばみんな、偉い人たちのエゴのせいじゃない。
ブランズ卿も、協会も、たぶん帝国政府も。そうして、ここは死んだ村になってしまうんだ)
心中で、急に闇雲な怒りが湧いた。メリルが怒っている。
随分と久し振りに、マリルは『本物の』メリルが死者であったのを思い出す。
伸び切った長い雲が月の下にかかって、地上が一層暗くなった。
それまで呆気に取られていた後衛の男たちが、一斉にダリオへ襲いかかる。
が、戦いに不慣れな者ばかりで、密集していたせいもあり、
互いの武器が引っかかって、思うようにダリオを捕まえることができない。その内に、
「動くな! 卿を殺されては終わりだぞ!」
レイが叫ぶや否や、ダリオは手にした剣の刃を、片手に抱いて引き寄せたブランズ卿の首筋に当てる。
群衆は動きを止めた。じりじりと後退すれば、人の波が割れ、
(これならば、ひとまず逃げ出せるであろうか)
何度か素早く首を振って、後ろを確かめながら、ブランズ卿を連れてその場を離れ始めた。
レイもそれとなく村人たちの背や袖を引いて下がらせ、彼の退路を確保した。
(しかし、この後はどうなる)
ダリオが訴えかけるようにレイへ目をやるが、
(まだ、村から火が上がっておりません。目に見えるものがなければ、説得し切るのは……)
●
「足を止めたな」
フェリックスは執務室の窓から、遠くに揺れるレジスタンスの松明の灯りを見やった。
脚に包帯を巻き終えたドロテアが、
「考え直したんでしょうか、連中」
「まさか。しかし好都合だ、逃げた馬を呼び戻す時間ができた。
あのまましばらく動かないなら……どうするかな」
歯を剥いてにたつくフェリックスを横目に、ドロテアは考える。
マリル&メリルの説得が効いているのか、ブランズ卿が捕まったのか、行軍停止の理由は定かでない。
だがこうしている間にも、フェリックスは次の手を考え始めているようだった。
(少しタイミングがシビアだったわね。こちらは連携していても、
レジスタンスもFSDも、あちらの思惑で動くから。そう簡単に動きを制御はできないか)
上階では天斗とリーゼロッテが、FSDの違法行為の証拠を求めて捜索中だ。
邸内があまり落ち着くと、ふたりが見つかってしまう。
「カザリン」
「……何でしょうか」
「脚は大事ないか」
「多少痛みますけどね、表を走り回るのでなければ問題ありませんわ。いざとなれば、区長の盾くらいには」
「そうだな。馬を逃がした間者もいた、他に誰か紛れ込んでいるかも分からんしな」
そう言って、フェリックスはドロテアを見下ろした。
勘ぐるような視線――と感じたのは、こちらの不安故か。
兎に角、今は事態が動くのを待つより他ない。
「問題の帳簿は、彼女が他と一緒に持ち出していたようですね」
事務室を漁りながら天斗が言った。リーゼロッテは戸口に立ち、廊下の様子をうかがう。
「あの事務員の子? 潜入捜査をしてる間に、結構仲良くなれたみたいじゃない? 色男さん」
「ばっちり怪しまれてましたよ。私もまだまだ……」
リーゼロッテがさっと手を上げてから、扉の外へ出た。
天斗は耳をそばだてながら、物音を立てぬよう静かに動く。FSDが来た。
「何やってるんだい? あんたは誰だ」
「臨時雇いの警備員よ」
「聞いてないな」
狭い廊下に5人の社員が並んで、戸口を守るリーゼロッテへ詰め寄った。
厩舎の一件があったせいか、見慣れぬ顔というので目をつけられてしまったらしい。
「事務員の方が、忘れ物を取りに来ただけなんだけど」
「中に入れろ」
今、言う通りにしたら、他の部屋を調べるチャンスはなくなりそうだ。
そして天斗の様子を見る限り、目当ての品はやはり執務室。
(仕方ないわね)
社員がひとり寄って来ると、リーゼロッテは腰に提げたレイピアの柄へ左手をやった。
逆手で握り、剣を半ばまで抜く勢いで、柄頭を社員の鳩尾に叩き込み、相手が身体を折るなり膝で蹴り上げた。
左に立っていた、別の男が殴りかかってくるのを肩でいなし、右のアッパーカットで顎を打つ。
廊下の幅からして、1度にかかって来られるのはふたりまで。
(悪党は悪党同士……ゆっくりやりましょ)
改めて剣を抜く。切っ先をちらつかせて牽制し、天斗が事務室を調べ終えるまで時間を稼ぐ。
●
知留子がレジスタンスの攻撃隊を迂回し、牧場へやってきたとき、
作業場ではちょうどアウレールと、彼を盾にした徒歩のFSD社員10人が、作業場へ突入するところだった。
(村からは……まだ火が上がっていない。コボルドも)
思いかけた瞬間に、彼女が隠れた草叢の近くで物音がした。
まだ、牧場と作業場までは多少の距離がある。誘導して、FSDに押しつけてしまいたい。
(その分、村人への攻撃が弱まれば、無用の犠牲も減る筈です)
消音拳銃を抜いて、敵の気配をうかがった。
低い唸り声がしばらく続いたかと思うと、草の中からわっと、20匹ほどのコボルドが立ち上がる。
(多い)
知留子は近場の1匹を撃って、走り出した。
思惑通り敵は食らいついてきて、彼女と共に作業場のほうへと移動を始めた。
「伏せて!」
エイルが言うなり、FSDの射撃が干場の綱に下がった羊毛を穴だらけにする。
負傷者を抱えたレジスタンスたちは伏せ、身動きできない仲間を懸命に引っ張りながら、エイルの後を追った。
エイル自身も、羊毛から滴る水でぬかるんだ地面を這い進んで、安全な場所を探した。
(あそこから作業場へ入れそうね)
屋内へ続く渡り廊下。そこまで這っていくと、手頃な荷車を押しやり、
「盾に使って!」
無事なレジスタンスがひとり、射撃の合間に立ち上がって荷車を取りに来た。
再び銃撃が干場を襲うと、彼は身を屈めて車を押しながら、仲間たちの下へ引き返す。
アウレールの全身を銃弾の礫が叩いた。
天井近くの壁沿いに巡らされたキャットウォークから、レジスタンスの射撃隊が彼を狙っていた。
しかしアウレールは止まらず、背後にFSDを引き連れ、屋内を進んでいく。
今度は、大きな洗い桶の陰から別のレジスタンスが発砲。これもアウレールを止められない。
一緒に侵入してきたFSDから何人か、素早く散って、洗い桶の後ろに回ろうとする。
「危ねぇぞ!」
厳靖はキャットウォークから警告するや、FSDに向かって、足場の木板1枚を剥して投げつけた。
1階からの射撃をやり過ごすと、欄干を乗り越え、アウレールの近くへ飛び降りる。
挑みかかった厳靖の剣は、鋼鉄の籠手で受け止められた。アウレールが、
「村長は」
「上の足場だ。東の隅に梯子」
「先回りしておいてくれ」
小声で伝え終えると、アウレールが厳靖を振り払う。
厳靖は洗い桶のひとつに叩きつけられ、
(あのガキ、本気でやりやがって)
苦笑しつつ、こけつまろびつ村長の下へと向かう。
●
帝は南へ走りながら、後に続くレジスタンスに尋ねた。
「まずは家に灯りを点させて……それと、一時的にでも、大勢を匿えるような場所ってありますか」
「この先の貯蔵庫なら」
「コボルドが寄ってきやしませんか?」
「中身はほとんど空っぽさ」
帝はふと、刺すような視線を背中に感じる――今まさに連れている、レジスタンスたちの視線だ。
先の銃声で、村に何ごとかが起こったとは彼らも承知しているだろうが、
(まだ、ハンターかどうか疑われてるのかな)
リアルブルー出身で、身にまとった雰囲気も、仲間たちに比べて比較的柔和な自分であればこそ、
レジスタンスは従ってくれたのかも知れないと考える。
だが、口実となったコボルドの姿も未だ見えず、少しでもおかしな真似をすれば撃たれてしまいそうだ。
(大体、僕が本当に堅気かどうか、自分でも確信持てないしなぁ)
「堅気じゃないぜ、連中」
リカルドは路地に隠れて呟いた。敵は何処かで馬を降り、こちらを追ってきている。
微かな物音と勘を頼りに動きを推測し、こちらも少しずつ移動する。
とある家の角を曲がった辺りで、目論見通りに敵の背後を取ると、隠れて銃を構えた。
道を歩く、5人。その背中に照準してから、狙いを下げて撃った。
脚を撃たれたひとりが倒れ、他の4人が手近な物陰へ飛び込む。リカルドも逃げた。
しかし、進行方向にももう5人くらい、待ち構えている筈だ。
逃げ足を後ろから蹴られたようか感触がして、足がもつれた。撃たれた。
ひとまず近くの路地へ入って隠れ、もう1度裏をかけるか、試してみよう。
弾を食った脚はじきに痛み出すだろうが、まだ充分動ける。
男たちはリカルドを追いながら、僅かな身振りで互いに作戦を伝え合う。
如何にも、革命戦争を生き延びた無法者たちの所作だ。手慣れている。
(その技術を、人間相手にしか使えんとはな)
キャリコは家々の屋根を伝って現場へ接近、村へ侵入したFSDをライフルの照準上に捉えた。
(家に居残っている村人たち、多くは女性か子供、老人のようだが、
その分、騒ぎが起こっても大人しくしていてくれるのは好都合だ)
標的はちょうど、リカルドが乗り捨てたバイクの灯りの傍にいる。
慎重に狙いを付け、こちらも脚を狙撃した。
敵は散開して射手を探すが、遠くの屋根に伏せたキャリコを中々発見できない。
キャリコはすぐさま移動し、リカルド救出に向かう。急がねば、コボルドの襲撃が間に合ってしまう。
松明を掲げた5人の騎馬が、村の西側から回り込もうとする。
間違いなくFSD。警戒中だった沙良が、村の片隅に生えた木立から狙撃する。
馬を狙った1発が先頭のFSDを落馬させるも、すかさずの応射が彼女を襲う。
1発が沙良の脇腹に命中。夜闇の中で、距離もあり、ほとんどまぐれ当たりだったのだろうが、
(運の悪いことね)
安全な場所に隠れ、傷を確かめた。出血が酷いが弾は抜けている。
覚醒者の自己治癒能力で、いずれは塞がるだろう。しかし、今すぐには動けない。
「1度引き返しては頂けませんか? どの道この人数では工作程度、でしょう?
うっかり火が回り過ぎて、彼らの、引いては我々の飯までなくしては後で面倒ですよ」
マッシュが引き留めた5人は、相変わらず警戒心剥き出しで彼を取り囲んでいる。
と、その場にいた馬が一斉に首を巡らし、いなないた。
動物特有の勘で気配を察したらしい。何の気配?
(コボルドでしょうが)
ゴースロンがマッシュを乗せたまま前脚を高々と上げ、他の騎馬を威圧する。
包囲が緩んだところで、マッシュは村に接近中のコボルド、10匹へと突進した。
●
「ラファエルが後を継ぐ! 行け!」
気絶していた筈のブランズ卿が、ダリオの腕の中から叫んだ。
逡巡する攻撃隊。どん、と鼓の音が響いたかと思うと、
「俺の息子は奴らに殺された!」
鼓を抱く男――老ベンノといった。
「奴らは犬ころ同然に俺たちを扱った! 忘れるな!」
(怒り、でしょう)
レイは思い至った。何が村人たちを無謀な反乱へと駆り立てたのか。
(世の中から切り離されてあること。無視され続けたこと。貧しさはその結果として)
ブランズ卿を奪われた怒り、FSDへの怒り、ないまぜにして、
前列100名のレジスタンスがひとりでに動き出す。
(首謀者を欠いてなお……)
だが、ブランズ卿の近くにいた後衛たちはまだ迷っている。
レイが振り返った先、村のある方向から、僅かながら火の手が上がっているのが見えた。
「村に火がかけられた! 女子供を助けに行くぞ!」
ここぞとばかりに声を張り上げると、30人ほどがこちらを向いた。身振りをして、先導する。
一方のダリオはブランズ卿をもう1度気絶させ、背に担いで一目散に逃げていく。
「止められないの……!?」
マリル&メリルが大きく両手を振って、
激しく打ちつける太鼓の音に追い立てられるように、ばらばらに走り来る100名を止めようとした。
しかし、彼女の存在を目に留める者とて最早なく、
(だったら、せめて)
マリル&メリルは踵を返し、群衆に先んじて協会支部へと向かった。
●
「差し当たり10人で良い、騎馬に攪乱させろ!」
敵の進軍再開を見て、フェリックスが執務室の窓から怒鳴る。すると、
「間者が邸内に残っています! ……手練れのようで」
屋外から窓辺へやってきた社員が、そう報告する。
「狙撃班の配置を維持しろ! 俺が片づける」
フェリックスは卓上の拳銃を掴み取ると、のしのしと歩いて部屋を出ていった。
すかさず追おうとするドロテアだったが、荷物に忍ばせていた短伝話から、
『押さえた』
ダリオより、ブランズ卿確保の一報が届いた。
ドロテアは返事をせずに、フェリックスの後を追う。後は資料だけだ、それさえ手に入れば――
「行ったぜ」
間者の報告をした社員が手招きすると、応じて茂みから出てきたのは天斗。
リーゼロッテに矢面を任せ、2階の事務室を調べていた彼を
社員――第一師団の潜入捜査員が窓ガラスに石を投げ、呼び出したのだった。
「助かりました」
天斗と捜査員は窓から室内へ入ると、フェリックスの机の下に置かれていた金庫を見つける。
「開けられるか? 鍵は……」
「ここに」
天斗はおもむろに、腰元からヴァイブレードナイフを取り出した。
中身は既に見当がついている――違法換金された革命債だ。
●
キャットウォークに並んだ村人10人が、村長と厳靖を後ろに隠し、死守の構えを見せた。
「心意気や良し。なれば覚悟もあろうな」
アウレールはそこで初めて背負っていた槍を取り、大きく振りかぶる。
気圧されながらも、こちらも長物だとばかりに農具を突き出す村人たち。
アウレールは槍を巧みに操ると、1人目の米神を打って簡単に気絶させてしまった。
倒れた村人を乗り越え、次の相手へ。
錆びた熊手の穂先を鎧で跳ね返し、槍の柄で2人目の胴をすくい上げた。
村人は宙を舞ったかと思うと、すぐ下に置かれていた洗い桶の、水の中へ落ちる。
そうして次々護衛が排除され、残るは村長と厳靖のふたりきり。
村長は持っていた小銃を構え、アウレールのマスクの目元へ狙いをつける。
が、村長が引き金を引くより早く、厳靖が銃身を掴んで逸らしてしまった。
「何を――」
「悪ぃんだが」
村長の手から、銃を捩じり上げるようにして奪うと、
厳靖は彼の背中をどん、と叩いて、アウレールのほうへ押し出した。
「ま、そういう訳だ」
アウレールが槍を下ろし、素手で村長を締め上げる。
ブランズ卿に次ぐ蜂起の指導者も、こうして呆気なく取り押さえられた。
知留子は後退しながら銃撃を続け、コボルドの一群を牧場へと引き込んだ。
襲撃に気づいたFSDの騎馬が、一斉にそちらへ向かう。
(良し)
ここまで何匹かを撃ち殺してきたが、拳銃の弾が切れた。
逃走に転じる知留子だったが、その背中を、追いすがってきた1匹が鋭い爪で引き裂いた。
「ぐっ……!」
後ろ足で蹴りつけて1匹を遠ざけ、知留子は干場へ走った。
FSDと入れ違いになると、手頃な荷車に隠れ、拳銃の弾倉を交換する。
騎馬が横歩きしながらの射撃で、コボルドの群れの先端を叩くと、知留子も攻撃に加わった。
馬の足下を走り抜けようとする数匹を、2発ずつ、時計のように正確なリズムで点射し倒していく。
やがて、渡り廊下のほうからエイルの魔法も飛び始め、
当初20匹はいた筈のコボルドたちが、あっさりと駆逐されていく。
●
キャリコの狙撃が、リカルドを狙うFSD分隊を大きく動揺させた。
村の南西で火事が起こると、敵はお役御免とばかりに逃亡を開始する。
何人かを駄賃とばかりに撃って戦闘能力を奪うと、リカルドが脚を引きずりつつ、路上へ姿を見せた。
キャリコも地上へ下り、敵の拘束を手伝う。
「撃たれたか。傷は?」
「大したことねぇ」
キャリコは頷くと、道中に見つけてきた縄で男たちを縛った。
捕虜は5人。最低限の止血を施した上で、道の端へ転がしておく。
「俺が見ておく。村人にリンチでもされないようにな」
「任せた」
キャリコは再び銃を取り、他の仲間たちの応援へと向かった。
「石炭小屋がやられた!」
レジスタンスが近くの家々から人手を集め、消火作業を始めた矢先。
暗がりから飛び出したコボルドが彼らに襲いかかろうとするのを、帝が振動刀で叩き落とす。
驚き戸惑うレジスタンスたちを振り返り、
「……ね? 来てたでしょ、コボルド」
帝は敵へ向き直る。傷を負った1匹目が起き上がるのを待たず、その背後から7、8匹が新たに顔を覗かせた。
いずれも血に飢えた眼に火影をちらつかせながら、低く姿勢を取る。
石炭小屋からぼっと大きな炎が吹き上がると、まとめて飛びかかってきた。
瞬速の剣捌きで切り伏せる――1匹、2匹。他は左右に回った。
帝は踵に体重をかけ、その場でスピンする。円を描くような太刀筋で、更に3匹を撫で斬りにした。
残りのコボルドは距離を空け、なおも攻撃の隙を見計らう。
沙良もまた、コボルドの襲撃に遭っていた。
負傷の回復を待つ間に、こちらも10匹、固まって動く群れを発見した。
沙良の側は万全の体勢とは言い難い。が、村が近過ぎる。撃つしかない。
(FSDを取り逃がしてしまった分、挽回しなくちゃ。何の為に来たか分からない)
ライフルの連射が、群れを横合いから叩く。村へ殺到しつつあった10匹は、沙良へと狙いを変えた。
慌てず弾を込め直し、更に撃つ。闇を蠢く標的の、瞳や牙の微かな煌めきを頼りにした。
今度は先頭から1匹ずつ、確実に仕留めていく。
マッシュの騎馬がコボルドを踏みしだく。
マッシュ自身も長槍で薙ぎ払い、群れを蹴散らす。重装備の彼には容易い仕事だった。
それでも目前の敵に集中している内、気づけば引き留めていた筈のFSDが逃げ出してしまっていた。
(流石、厄介ごとが増えたと見たらすぐ逃げましたね)
今更放火を続けはしないだろう、となれば協会支部へ帰還したのか?
あるいは全然別のところへ、さっさと行方をくらましているのかも知れなかった。
●
押し寄せる100名のレジスタンスを攪乱しようと、
10騎ばかりのFSDが協会支部の前庭から東西に走り出した。
片側、5人の分隊が、地面すれすれに張られた綱にかかって馬ごと倒れてしまう。
マリル&メリルが咄嗟に仕掛けた罠だった。しかし時間も手も足りない、
何より、一心不乱に突撃を始めたレジスタンス100名はどうにも抑えられず、
FSDの先行隊も、また彼らを妨害するマリル&メリルも、あっさりと押し退けられてしまった。
前庭に配置されたFSDが射撃を開始、
太鼓を抱えた老ベンノと他数人が、銃弾を浴びて倒れた。
レジスタンスはばらばらと勝手に応射するばかりで、あちこちに隠れた部隊を排除し切れない。
ただ闇雲な分散突撃。建物へ取りついた順に、邸内からの狙撃に見舞われて死ぬばかりと見えた。
(こんな、何の意味もない……!)
マリル&メリルはレジスタンス先鋒に混じって走り、
せめてFSDの応戦力を弱めようと、敵の射撃陣地を探った。
そんな彼女を巻き込んで、何処からかの一斉射が先鋒を襲う。
事務室へ詰めかけたFSD、3人ばかりをリーゼロッテが峰打ちで昏倒させた。
他の男たちは、思いがけず手強い侵入者を前に後退し、各々拳銃を構える。
(ここじゃ逃げ場がない)
扉から室内へ滑り込もうとするリーゼロッテを、1発の銃弾が襲った。
フェリックスだった。ドロテアを伴って廊下へ現れた彼は、大口径の拳銃でリーゼロッテの肩を撃ち抜いた。
「止めを刺せ」
部屋へ逃げ込んだリーゼロッテを、部下に追わせようとする。そこで、ドロテアの伝話が再び鳴った。
『資料確保、今よりそちらへ向かいます』
「……了解」
ドロテアの手が、部下と共に歩き出そうとするフェリックスの肩へかけられる。
「ハンターが、既に敵首謀者を確保しています。第一師団へ――」
フェリックスは振り向きざま、ドロテアに発砲した。
ドロテアもまた、半ば条件反射で小太刀を抜き、それでフェリックスの腕を切りつけた。
血が廊下の壁に飛沫いて、フェリックスが銃を落とし、うずくまる。
「全員動くな!」
ドロテアが叫んだ。その場にいたFSDたちは皆、振り返ったままの恰好で動きを止めた。
次いで、階下から第一師団の捜査員が顔を出す。
「これより、事態は第一師団預かりとなる。全員、撤収準備だ!」
驚いた顔をするドロテアだったが、捜査員が何ごとか耳打ちすると、再びフェリックスへ向き直る。
デリンジャー銃を突きつけ、立たせると、
「お互い、余計な怪我をしただけだったわね」
フェリックスの銃弾は、ドロテアの右腕に命中していた。血だらけの腕でデリンジャーを握り、
「FSDに帝国が介入し始めていたこと、勘づいてたんでしょう。
でも無理ね。例え私たちを消したところで、貴方たちの秘密は隠し通せなかった。何せ相手はお国だもの」
「13年前」
フェリックスが呻くように答える。
「俺たちは国を倒した」
「で、今はその13年後。時代は変わるわ」
屋外では、容赦ない銃弾の雨に晒されながら、レジスタンスの一部が邸宅へと到達し始めていた。
●
牧場での戦闘は、コボルド掃討を区切りに完全に収束した。
アウレールと知留子が身元を明かした上、FSDに撤退を勧告。
レジスタンスは治療を施した後、レイが連れ戻した攻撃隊の一部と合流させ、村へ帰した。
エイルの働きで、死者は何とかレジスタンス側数名のみに抑えられたが――
FSDが協会支部を放棄した、とドロテアが連絡してきた。
『拘束された区長含め、関係者とハンターは撤退するわ。
これ以上、FSDと私たちとでレジスタンスと戦っても……犠牲が増えるだけ。
ブランズ卿や村長を使って説得させても』
「リーダーを取り返そうと、余計興奮させるだけだな。一旦頭を冷やさせて、後は第一師団の出番て訳だ」
厳靖が言うと、
『そういうこと。明朝、軍が村を包囲する。そこでまた、血が流れなければ良いけど」
「祈るしかないな」
アウレールが言った。そうして伝話が切れると、厳靖は縛り上げられた村長へ、
「もし、ブランズが全て自分のせいだと言うなら、否定するなよ?
村人にはまとめる奴が必要だ……ま、最後はお上の沙汰次第だけどよ」
村長は何も答えず、村のほうを振り返るばかりだった。
村の消火活動が終わった頃、沙良の前には、コボルドの亡骸が列になって点々と並んでいた。
レジスタンスが300人余りの村人を貯蔵庫へ集めはしたが、既に村を襲う者はなく、
「依頼は成功……と言って良いのでしょうか」
駆けつけた知留子が呟くと、沙良は肩をすぼめ、
「私にできたのは……敵を撃つことだけ。撃つべき敵を、間違えてなかったことを祈るけど」
「撤収、急ぐぞ」
キャリコがふたりを呼びに来た。
支部を占拠したレジスタンスが村へ戻って来れば、事態がややこしくなる。
「捕虜を連れ出す手間もある。
尋問は移動中に行い、最終的には放火犯の体で第一師団へ引き渡すことになるだろう」
「それじゃ、僕らはこれで。ご協力感謝します」
村人から分けてもらった水で返り血を洗うと、帝はハンター仲間に合流した。
石炭小屋の火事はすぐに鎮火され、村の人的被害はゼロだった。本来なら成功を誇るべきだろうが、
「明日、この村が残ってるかどうか」
小声で言うと、レイはかぶりを振った。
「分かりません。が、蜂起によって、帝国が明確に介入の大義を得たことは確かです。
帝国全てが善ではないでしょうが……今後、何かが変わる。私たちも、足掻きます」
「貧乏人の味方か? 苦労するぜ、この分じゃよ。
で、マリル……と、ダリオか、回収依頼来てるんだろ。行くよ」
リカルドが応急手当を受けたばかりの脚で、バイクにまたがろうとするのを、
「待って。マッシュさんが行ってくれるそうだから」
エイルが制止した。彼女の服は泥と血に塗れ、彼女自身もひどく疲れた顔を見せた。
「私たちは先に脱出しましょう。支部にはまだ、傷ついた人たちが大勢いるだろうけど……」
依頼通り、首謀者2名を捕らえた時点でハンターとしての仕事は終わった。
事件の結末は最早、帝国権力の手に委ねられていた。
●
「勝算はどれ程あった」
ダリオが静かな声で問うた。
協会支部を離れた草原の中、ブランズ卿とふたりきりで迎えを待つ間のこと。
雲間から差し込む月明かりが辺りを照らすが、月の高さからして、夜明けも近いとダリオは踏んだ。
「確実でない目論見だけで動いた結果が、これだ。
今更貴公を帰す訳にも行かん。残された村人たちだけで、帝国軍と相対させるしかないな」
「彼らが単なる羊の群れではないと、誰かが教えてやる必要があった。家畜ではないと」
「家畜を辞めさせ、飢えた獣の群れに作り替えでもするか?
無意味だ。別のやり方があった筈だ、そうは思わんか」
「そう、別のやり方があった筈だよ。なのにあんたは」
マリル&メリルは負傷しつつも協会支部を脱出、合流に訪れた。
群衆は、彼女の言葉に耳を貸さなかった。怒りだけが彼らを駆り立てていた。
「同胞に対する暴力で築かれた国だ。住人たる我々も、他に覆し方を知らなかった」
「それじゃ、まるで愚行の上塗りじゃない」
マリル&メリルが声を震わせる。そんな彼女を、ブランズ卿は不思議な表情で見つめた。
「君たちハンターこそ、その力で以て生きているのだろう。
何故、私たちは力を行使してはならない。君たちも、陛下も、そうしているというのに」
「あんなに人を巻き込んで、目的の為の犠牲にして……!」
「FSDはする。帝国もする。何故、我々だけがそれを許されない」
「単純に、才能がないからじゃないですか」
マッシュが、厩舎を逃げ出したFSDの馬を拾って、3人の下へ現れる。
「何ごとも才能と訓練ですよ。弱いから負ける、簡単じゃありませんか」
「そう。そういうことなのだろうな。私は弱かった。知恵が足りなかった」
ダリオが強いるまでもなく、ブランズ卿は大人しく彼と同じ馬に乗った。
マッシュがマリル&メリルを乗せると、2騎はシャーフブルートを離れていく。
遠く、協会支部の屋根に掲げられた、色の判別できない大きな旗を、馬上からブランズ卿が見つめる。
「良く残っていたな。とうに捨てられていたかと思った。
先祖の旗だ、この地を初めて治めたブランズ家初代の……」
「今夜限りだな。しかし貴公、歪虚と繋がってさえおらぬのなら、
いずれ再起の目もあるやも知れん。もう少しましなやり方を思いつくようなら」
ダリオは馬を走らせながら、にやりと笑う。
「そのときは、それがしも力になれるぞ?」
紡績協会支部の裏口から、まずは協会関係者とFSDの事務員が出された。
レジスタンスの進軍は依然ゆっくりとしたもので、
接敵までに、非戦闘員の避難準備を終えることができそうだった。
(彼らの足は残しておかないとね)
『カザリン』の名でFSDへ潜入していたドロテア・フレーベ(ka4126)は、
厩舎にて只野知留子(ka0274)と合流するが、
「申し訳ありません、勘づかれたようで……追っ手はひとまず撒いた筈ですが」
知留子もまた、扮装してFSDへ紛れ込もうとしたものの、
手持ちの道具だけでは、その性別や年齢を誤魔化すことはできなかった。
「手っ取り早く済ませるわよ。騒ぎが起これば、貴方も逃げられる」
ふたりで手分けして馬房を開くと、馬の尻に鞭を入れて次々追い立てる。
仕上げに、ドロテアがデリンジャー銃で自分の腿を撃って負傷を装った。
20頭ばかりの群れが逃亡を始めると、騒ぎに気づいたFSDが駆けつける。
ひとり居残っていたドロテアは、これ見よがしに脚を引きずり、
「入り込んでる奴がいたの! 馬を逃がされたわ、畜生!」
レジスタンスによる工作と判断されたが、逃げ出した工作員――知留子の追跡までは手が回らない。
「車の用意が先だ、片づいた者から馬を集めに行ってこい!」
非戦闘員の乗り込む馬車を、FSDが準備している。内、1台にて、
「大事になっちゃったわね、ヤマダさん?」
女性事務員が、潜入捜査中の真田 天斗(ka0014)へ話しかける。
ふたりきりの車内。天斗は口元に手をやりつつ、向かいに座る女性をじっと見つめた。
閉め切られた窓の隙間から、表を走り回る人々のカンテラの灯がちらちらと入り込んで、互いの顔を照らし出す。
「……あの」
「行かなくて良いの、仕事があるんじゃない?」
天斗は身を乗り出して、事務員の顔を間近に見つめた。
「貴方は、何者ですか」
「生憎、本当にFSDの、一介の会計係に過ぎないわ。
でも勘は良いから。リアルブルー人の会計士なんて目立つと思わない?
反体制じゃないわよね。ハンター? 国に雇われた? 紡績協会の内偵かしら」
「そこまで考えていながら、私を今日まで放っておいたのですか」
苦笑する天斗に、
「言ったでしょ、私は単なる会計係。傷痍軍人の兄の恩給だけじゃ、郷里の家族は食ってけないのよ。
余計なことに首突っ込んでられる身分じゃない……こうなったらもう、先々どうなるか分からないけどね」
「先に謝っておきます、私の仕事はFSDを潰してしまうかも知れない。
でも、貴方ならきっと上手くやれますよ」
「ありがとう。ついでに言っておくと」
馬車を降りようとする天斗の背中に、
「例の帳簿の写しと、肝心のブツはね。区長の執務室の金庫に入ってる」
天斗は事務員に小さく手を振り、車を離れる。リーゼロッテ(ka1864)が待っていた。
「書類の持ち出しは大してなかったみたい。
それだけ慌ててるのか、はなから負けると思ってないのか」
「もう1度、事務室を軽く捜索してみます。終わり次第、区長の居室へ」
避難準備を横目に、屋内へ戻った。
●
遠方を駆ける馬の足音に、150名の協会支部攻撃隊が振り返る。
「止まるな! 敵騎馬は少数、別働隊が後背地を抑えている限り脅威ではない!」
行軍を指揮するブランズ卿から数人挟んで後ろに、
出稼ぎの期間労働者ながら蜂起に飛び入り参加した男――を装うダリオ・パステリ(ka2363)が就いていた。
ダリオはよそ者ながら、即席軍隊に生じる様々の混乱につけ入り、後方50名、ブランズ卿の守護へ紛れた。
(慌てて人手を集めたせいで、間者を警戒する余裕もあらなんだ)
敢えて姿は探さなかったが、今頃はレイ・T・ベッドフォード(ka2398)も、行軍の合間に潜り込んでいる筈。
(だが、即座に200余名が我が身をなげうって蜂起に参加するとは)
ブランズ卿の人望が為せる業か、
(村人たちの忍耐が、全くの限界に達していたか)
レイはゴーグルとハンカチで顔を隠した上、攻撃隊後方へ混じる。
村外れの草原は、僅かな木立が点在しているばかりのだだっ広い平地だ。
松明の数が少なく、月も度々雲に遮られ、今夜は暗い。
周囲の男たちはぼろぼろの麦藁帽や古布を目深に被っているが、時折覗く眼光は鋭かった。
レイはふと、帝都の貧民街で出会った少年ギャングたちの眼差しを思い出す。
(彼らを駆り立てているもの、恐らくは――)
レイが心中、答えに達する寸前で、行軍は唐突に中断された。
前列100名の銃兵の前に、たったひとりの少女が立ちはだかる。マリル&メリル(ka3294)。
「待って!」
飛んできたのが大人の、男の声であれば、レジスタンスたちも然程躊躇わなかっただろう。
だが、予想だにしなかった闖入者の声と姿とに、攻撃隊の前列は構えを遅らせた。
「今さっき、貴方たちを避けて村へ向かった騎馬。
FSDの報復です! 村に残された貴方たちの家族を害しようとしている……、
誰の為に戦うの? 村の為? 家族の為? 未来の為? だったら戻って! 大切なものを、守って下さい!」
歩みを止めたまま、動揺の色を見せ始める全隊にブランズ卿が叫ぶ。
「攪乱だ! 敵がそのような手段を取ることは承知の上。
村の守備を信じて、我々は敵の根を絶つ。引き返すな!」
(当然、そうであろうな。引き返して女子供を守ったとて、帝国軍が間に合ってしまえば村は取り潰される。
元より犠牲は覚悟の上、と言うのならば、ここは攻めの一択だ。しかし貴公は甘かった)
ダリオが人垣を掻き分け、ブランズ卿の背後へ迫る。振り返ってレイを探した。
(説得では止まらん。仕掛ける)
目配せすると、レイは頷いて、親指を立ててみせる。通じたのか、通じていないのか、兎に角、
「そ、そういう貴様は何者だ!」
レイがマリル&メリルへ怒鳴ると、
「話すな、時間稼ぎをさせるな!」
ブランズ卿がレイを咎めた。行軍のリズムを取る鼓が再び、どん、と叩かれたまさにそのとき、
ダリオがやおら剣を抜き、柄でブランズ卿の後頭部を殴打した。
攻撃隊は数歩前進したかと思うと、急停止する。太鼓の音も途切れた。
マリル&メリルは説得を中断し、その場で身構えた。指揮官捕縛がどう転ぶか――
●
「それにしても良かったのか? この戦、勝っても負けても地獄だぜ?」
劉 厳靖(ka4574)がラファエル村長に言う。
ダリオと同じく期間労働者、蜂起に半ば巻き込まれたという体で、
牧場を押さえる50名のレジスタンスに参加していた。
「俺は憂さ晴らしのついでってんで、いざとなりゃ雲隠れしちまうけどな。
あんたらは村ぐるみで逃げ出そうってもそうは行かねぇ。どうなんだい?」
「なら、今のままで村が続いたところでどうなる」
逆に問い返された。厳靖はしばし考えた後、
「命は助かる」
「家畜同然の生活でか? 連中は俺たちが死ぬまで、
死んだらその子や孫までこき使う腹だ。嫌なら戦うよりない」
レジスタンスは屋内作業場とその周囲に陣取って、敵を待ち受けた。
村長と厳靖、他20名ほどが屋内に立て籠もり、他は表で守りを固めている。
作業場には羊毛洗浄に使う薬液の匂いが充満し、胸が悪くなりそうだ。
「今の俺たちは、生きる為に働いているのですらない。
協会のブルジョワどもの為に、道具にされているだけだ」
「昔は貴族が、同じことをやってたんじゃなかったかねぇ」
「ブランズ家は違う」
「どうだか。っと」
表で銃声が上がった。レジスタンスも反撃しているようだが、
「1発撃ってから次が遅いぜ。あれじゃやられちまう」
レジスタンスが使う魔導銃は、13年前、革命軍側の義勇兵向けに大量生産された簡易銃だ。
安価で強力、射程も長いが命中率は低い。取り回しも悪く、あくまで集団戦で弾幕を張る為のもの。
対するFSDの騎兵銃は新式、精度もそれなりで、何より使い手の練度が違う。
騎馬の機動力も相まって、少数同士の戦闘ではレジスタンス側に勝ち目がない。
(協会支部を奪取するまでの時間稼ぎ……それすら間に合うかどうか)
黒ずくめの鎧に身を包んだアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が、何処からともなく現れた。
目前では、村民たちが建物を背に、包囲を開始したFSD30名の容赦ない砲火に晒されている。
13年前から相も変らぬ、人間同士の殺し合い。
(そうだ、この国は何も変わっていない。搾取する者の首が挿げ替わっただけのこと。
……何も変わらぬ? 否、変えるのだ)
堂々と牧場を横切るアウレールに、FSDも一時、射撃を止めて散開した。
代わりに、銃撃戦で興奮状態にあるレジスタンスの斉射が彼を襲った。
しかし頑強な全身鎧の装甲と、盾から展開されるマテリアルの防壁が、弾丸をことごとく跳ね返してしまう。
(農民も、貴族も、旧王族も、あらゆる者が等しく救われ生きられる世界を!
その為の誓いだ、その為の力だ! 皇帝陛下の御名の下、何人もあたら命をなげうつことなど許さぬ!)
作業場へ近づくと、
「退け!」
アウレールの怒号に合わせるように、エイル・メヌエット(ka2807)が負傷者たちの手を引く。
「こちらへ!」
「あんた誰だ!? あいつは――」
「私は往診に来ていた医者で、聖導士です。ご家族の方々に頼まれました、
貴方がたが命を落とさぬようにと……さぁ!」
作業場に併設された、羊毛の干場へ引き込む。
●
リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は魔導バイクを駆り、
いち早くシャーフブルート村を巡回していた。
バイクの立てる轟音に驚き飛び出してきたレジスタンスへは、
「コボルドが来る、女子供を避難させろ!」
と含めておいた。実際には、コボルドの群れはハンター仲間が現在捜索中。
リカルド自身はFSDによる報復を警戒していた。
まずは南端の食糧貯蔵庫が放火対象になり易いと見て、それを目指した。
みすぼらしい村だ。ほとんどの家で茅葺の屋根は朽ち、石壁はひびが入り、戸口は腐りかけていた。
庭先には壊れた農具を始め、がらくたが散乱している。
(どれも、放っておけば土に還るゴミばかりだから、俺の故郷よりまだ良いさ)
視界の片隅、村を見下ろす小さな丘の頂上辺りで、何かが光った。
考えるより早く、リカルドはバイクを家同士の隙間へ捩じ込む。
そのように動いた後で初めて銃声と、弾丸が壁に当たるぴしっ、という音を認識した。
木箱の山に乗り上げてしまうと、バイクを降りた。何発か銃声が続いた。村の外からの銃撃、
(FSDか。ろくに正体も確かめず撃ってくるたぁ……)
リカルドは拳銃を抜いて、近くの手頃な路地へ隠れた。辺りの家々からは物音ひとつしない。
●
村の守備隊を説得、誘導している間に南側で銃声が上がり、キャリコ・ビューイ(ka5044)が言う。
「リカルドが何か見つけたか、見つかったかだろう」
トランシーバーで連絡を取れば、FSDと思しき数名から攻撃を受けている、との旨。
「了解、これより援護に向かう」
夕凪 沙良(ka5139)もライフルを手に、キャリコとは別方向へ走った。
「こちらは引き続き、コボルドを警戒します。
万が一不審者と接触した場合は、無力化と拘束を試みますので」
「それじゃ、僕はこの人たちと。まずは避難経路の確認ですね」
火椎 帝(ka5027)はレジスタンス数人を引き連れ、村内の巡回へ出ていく。
現在、村の南東でリカルドを攻撃中のFSDは10名。
残り10名は北側で待機し、時間差で放火を開始する手筈だった。
銃声が上がると、5人ずつの分隊に分かれ、松明を掲げて走り出す、
その1隊の進路上にマッシュ・アクラシス(ka0771)の巨大な騎馬が割り込んだ。
突然の闖入者に騎兵銃を突きつけるFSD。マッシュは落ち着き払った様子で、
「何処から来たか、何をしに来たかは、お察し下さい。少なくとも敵のつもりはありません」
ゆっくりと馬を歩かせ、マッシュを取り囲むFSDだったが、
相手のまたがるゴースロンは、王国産の巨大な軍馬だ。突進を受ければ、FSDの馬はひとたまりもない。
「火でも放つおつもりですか? しかし……」
マッシュの狙いはFSDの行動を遅延させ、最終的には撤退を促すこと。
リカルドに問答無用で発砲した辺り、説得だけで引き下がってくれる手合いではなかろうが、
(無頼とはいえ、損得勘定くらいは彼らにもできる筈です。
あまり仕事に面倒が多いと見れば、考えを変えるでしょう)
●
一方、協会支部へ進軍中だったレジスタンスの攻撃隊は、
ダリオによるブラン卿捕縛に混乱し、全員が草原のど真ん中で立ち往生になっていた。
(お願い)
マリル&メリルは、150名のレジスタンスを前にひとり祈る。
(今ならまだ逃げられる――生き延びられる)
レジスタンスが大人しく村へ引き返してくれれば、
彼らと家族の為に荷馬車を用意し、逃亡を手伝うつもりだった。
(……元はと言えばみんな、偉い人たちのエゴのせいじゃない。
ブランズ卿も、協会も、たぶん帝国政府も。そうして、ここは死んだ村になってしまうんだ)
心中で、急に闇雲な怒りが湧いた。メリルが怒っている。
随分と久し振りに、マリルは『本物の』メリルが死者であったのを思い出す。
伸び切った長い雲が月の下にかかって、地上が一層暗くなった。
それまで呆気に取られていた後衛の男たちが、一斉にダリオへ襲いかかる。
が、戦いに不慣れな者ばかりで、密集していたせいもあり、
互いの武器が引っかかって、思うようにダリオを捕まえることができない。その内に、
「動くな! 卿を殺されては終わりだぞ!」
レイが叫ぶや否や、ダリオは手にした剣の刃を、片手に抱いて引き寄せたブランズ卿の首筋に当てる。
群衆は動きを止めた。じりじりと後退すれば、人の波が割れ、
(これならば、ひとまず逃げ出せるであろうか)
何度か素早く首を振って、後ろを確かめながら、ブランズ卿を連れてその場を離れ始めた。
レイもそれとなく村人たちの背や袖を引いて下がらせ、彼の退路を確保した。
(しかし、この後はどうなる)
ダリオが訴えかけるようにレイへ目をやるが、
(まだ、村から火が上がっておりません。目に見えるものがなければ、説得し切るのは……)
●
「足を止めたな」
フェリックスは執務室の窓から、遠くに揺れるレジスタンスの松明の灯りを見やった。
脚に包帯を巻き終えたドロテアが、
「考え直したんでしょうか、連中」
「まさか。しかし好都合だ、逃げた馬を呼び戻す時間ができた。
あのまましばらく動かないなら……どうするかな」
歯を剥いてにたつくフェリックスを横目に、ドロテアは考える。
マリル&メリルの説得が効いているのか、ブランズ卿が捕まったのか、行軍停止の理由は定かでない。
だがこうしている間にも、フェリックスは次の手を考え始めているようだった。
(少しタイミングがシビアだったわね。こちらは連携していても、
レジスタンスもFSDも、あちらの思惑で動くから。そう簡単に動きを制御はできないか)
上階では天斗とリーゼロッテが、FSDの違法行為の証拠を求めて捜索中だ。
邸内があまり落ち着くと、ふたりが見つかってしまう。
「カザリン」
「……何でしょうか」
「脚は大事ないか」
「多少痛みますけどね、表を走り回るのでなければ問題ありませんわ。いざとなれば、区長の盾くらいには」
「そうだな。馬を逃がした間者もいた、他に誰か紛れ込んでいるかも分からんしな」
そう言って、フェリックスはドロテアを見下ろした。
勘ぐるような視線――と感じたのは、こちらの不安故か。
兎に角、今は事態が動くのを待つより他ない。
「問題の帳簿は、彼女が他と一緒に持ち出していたようですね」
事務室を漁りながら天斗が言った。リーゼロッテは戸口に立ち、廊下の様子をうかがう。
「あの事務員の子? 潜入捜査をしてる間に、結構仲良くなれたみたいじゃない? 色男さん」
「ばっちり怪しまれてましたよ。私もまだまだ……」
リーゼロッテがさっと手を上げてから、扉の外へ出た。
天斗は耳をそばだてながら、物音を立てぬよう静かに動く。FSDが来た。
「何やってるんだい? あんたは誰だ」
「臨時雇いの警備員よ」
「聞いてないな」
狭い廊下に5人の社員が並んで、戸口を守るリーゼロッテへ詰め寄った。
厩舎の一件があったせいか、見慣れぬ顔というので目をつけられてしまったらしい。
「事務員の方が、忘れ物を取りに来ただけなんだけど」
「中に入れろ」
今、言う通りにしたら、他の部屋を調べるチャンスはなくなりそうだ。
そして天斗の様子を見る限り、目当ての品はやはり執務室。
(仕方ないわね)
社員がひとり寄って来ると、リーゼロッテは腰に提げたレイピアの柄へ左手をやった。
逆手で握り、剣を半ばまで抜く勢いで、柄頭を社員の鳩尾に叩き込み、相手が身体を折るなり膝で蹴り上げた。
左に立っていた、別の男が殴りかかってくるのを肩でいなし、右のアッパーカットで顎を打つ。
廊下の幅からして、1度にかかって来られるのはふたりまで。
(悪党は悪党同士……ゆっくりやりましょ)
改めて剣を抜く。切っ先をちらつかせて牽制し、天斗が事務室を調べ終えるまで時間を稼ぐ。
●
知留子がレジスタンスの攻撃隊を迂回し、牧場へやってきたとき、
作業場ではちょうどアウレールと、彼を盾にした徒歩のFSD社員10人が、作業場へ突入するところだった。
(村からは……まだ火が上がっていない。コボルドも)
思いかけた瞬間に、彼女が隠れた草叢の近くで物音がした。
まだ、牧場と作業場までは多少の距離がある。誘導して、FSDに押しつけてしまいたい。
(その分、村人への攻撃が弱まれば、無用の犠牲も減る筈です)
消音拳銃を抜いて、敵の気配をうかがった。
低い唸り声がしばらく続いたかと思うと、草の中からわっと、20匹ほどのコボルドが立ち上がる。
(多い)
知留子は近場の1匹を撃って、走り出した。
思惑通り敵は食らいついてきて、彼女と共に作業場のほうへと移動を始めた。
「伏せて!」
エイルが言うなり、FSDの射撃が干場の綱に下がった羊毛を穴だらけにする。
負傷者を抱えたレジスタンスたちは伏せ、身動きできない仲間を懸命に引っ張りながら、エイルの後を追った。
エイル自身も、羊毛から滴る水でぬかるんだ地面を這い進んで、安全な場所を探した。
(あそこから作業場へ入れそうね)
屋内へ続く渡り廊下。そこまで這っていくと、手頃な荷車を押しやり、
「盾に使って!」
無事なレジスタンスがひとり、射撃の合間に立ち上がって荷車を取りに来た。
再び銃撃が干場を襲うと、彼は身を屈めて車を押しながら、仲間たちの下へ引き返す。
アウレールの全身を銃弾の礫が叩いた。
天井近くの壁沿いに巡らされたキャットウォークから、レジスタンスの射撃隊が彼を狙っていた。
しかしアウレールは止まらず、背後にFSDを引き連れ、屋内を進んでいく。
今度は、大きな洗い桶の陰から別のレジスタンスが発砲。これもアウレールを止められない。
一緒に侵入してきたFSDから何人か、素早く散って、洗い桶の後ろに回ろうとする。
「危ねぇぞ!」
厳靖はキャットウォークから警告するや、FSDに向かって、足場の木板1枚を剥して投げつけた。
1階からの射撃をやり過ごすと、欄干を乗り越え、アウレールの近くへ飛び降りる。
挑みかかった厳靖の剣は、鋼鉄の籠手で受け止められた。アウレールが、
「村長は」
「上の足場だ。東の隅に梯子」
「先回りしておいてくれ」
小声で伝え終えると、アウレールが厳靖を振り払う。
厳靖は洗い桶のひとつに叩きつけられ、
(あのガキ、本気でやりやがって)
苦笑しつつ、こけつまろびつ村長の下へと向かう。
●
帝は南へ走りながら、後に続くレジスタンスに尋ねた。
「まずは家に灯りを点させて……それと、一時的にでも、大勢を匿えるような場所ってありますか」
「この先の貯蔵庫なら」
「コボルドが寄ってきやしませんか?」
「中身はほとんど空っぽさ」
帝はふと、刺すような視線を背中に感じる――今まさに連れている、レジスタンスたちの視線だ。
先の銃声で、村に何ごとかが起こったとは彼らも承知しているだろうが、
(まだ、ハンターかどうか疑われてるのかな)
リアルブルー出身で、身にまとった雰囲気も、仲間たちに比べて比較的柔和な自分であればこそ、
レジスタンスは従ってくれたのかも知れないと考える。
だが、口実となったコボルドの姿も未だ見えず、少しでもおかしな真似をすれば撃たれてしまいそうだ。
(大体、僕が本当に堅気かどうか、自分でも確信持てないしなぁ)
「堅気じゃないぜ、連中」
リカルドは路地に隠れて呟いた。敵は何処かで馬を降り、こちらを追ってきている。
微かな物音と勘を頼りに動きを推測し、こちらも少しずつ移動する。
とある家の角を曲がった辺りで、目論見通りに敵の背後を取ると、隠れて銃を構えた。
道を歩く、5人。その背中に照準してから、狙いを下げて撃った。
脚を撃たれたひとりが倒れ、他の4人が手近な物陰へ飛び込む。リカルドも逃げた。
しかし、進行方向にももう5人くらい、待ち構えている筈だ。
逃げ足を後ろから蹴られたようか感触がして、足がもつれた。撃たれた。
ひとまず近くの路地へ入って隠れ、もう1度裏をかけるか、試してみよう。
弾を食った脚はじきに痛み出すだろうが、まだ充分動ける。
男たちはリカルドを追いながら、僅かな身振りで互いに作戦を伝え合う。
如何にも、革命戦争を生き延びた無法者たちの所作だ。手慣れている。
(その技術を、人間相手にしか使えんとはな)
キャリコは家々の屋根を伝って現場へ接近、村へ侵入したFSDをライフルの照準上に捉えた。
(家に居残っている村人たち、多くは女性か子供、老人のようだが、
その分、騒ぎが起こっても大人しくしていてくれるのは好都合だ)
標的はちょうど、リカルドが乗り捨てたバイクの灯りの傍にいる。
慎重に狙いを付け、こちらも脚を狙撃した。
敵は散開して射手を探すが、遠くの屋根に伏せたキャリコを中々発見できない。
キャリコはすぐさま移動し、リカルド救出に向かう。急がねば、コボルドの襲撃が間に合ってしまう。
松明を掲げた5人の騎馬が、村の西側から回り込もうとする。
間違いなくFSD。警戒中だった沙良が、村の片隅に生えた木立から狙撃する。
馬を狙った1発が先頭のFSDを落馬させるも、すかさずの応射が彼女を襲う。
1発が沙良の脇腹に命中。夜闇の中で、距離もあり、ほとんどまぐれ当たりだったのだろうが、
(運の悪いことね)
安全な場所に隠れ、傷を確かめた。出血が酷いが弾は抜けている。
覚醒者の自己治癒能力で、いずれは塞がるだろう。しかし、今すぐには動けない。
「1度引き返しては頂けませんか? どの道この人数では工作程度、でしょう?
うっかり火が回り過ぎて、彼らの、引いては我々の飯までなくしては後で面倒ですよ」
マッシュが引き留めた5人は、相変わらず警戒心剥き出しで彼を取り囲んでいる。
と、その場にいた馬が一斉に首を巡らし、いなないた。
動物特有の勘で気配を察したらしい。何の気配?
(コボルドでしょうが)
ゴースロンがマッシュを乗せたまま前脚を高々と上げ、他の騎馬を威圧する。
包囲が緩んだところで、マッシュは村に接近中のコボルド、10匹へと突進した。
●
「ラファエルが後を継ぐ! 行け!」
気絶していた筈のブランズ卿が、ダリオの腕の中から叫んだ。
逡巡する攻撃隊。どん、と鼓の音が響いたかと思うと、
「俺の息子は奴らに殺された!」
鼓を抱く男――老ベンノといった。
「奴らは犬ころ同然に俺たちを扱った! 忘れるな!」
(怒り、でしょう)
レイは思い至った。何が村人たちを無謀な反乱へと駆り立てたのか。
(世の中から切り離されてあること。無視され続けたこと。貧しさはその結果として)
ブランズ卿を奪われた怒り、FSDへの怒り、ないまぜにして、
前列100名のレジスタンスがひとりでに動き出す。
(首謀者を欠いてなお……)
だが、ブランズ卿の近くにいた後衛たちはまだ迷っている。
レイが振り返った先、村のある方向から、僅かながら火の手が上がっているのが見えた。
「村に火がかけられた! 女子供を助けに行くぞ!」
ここぞとばかりに声を張り上げると、30人ほどがこちらを向いた。身振りをして、先導する。
一方のダリオはブランズ卿をもう1度気絶させ、背に担いで一目散に逃げていく。
「止められないの……!?」
マリル&メリルが大きく両手を振って、
激しく打ちつける太鼓の音に追い立てられるように、ばらばらに走り来る100名を止めようとした。
しかし、彼女の存在を目に留める者とて最早なく、
(だったら、せめて)
マリル&メリルは踵を返し、群衆に先んじて協会支部へと向かった。
●
「差し当たり10人で良い、騎馬に攪乱させろ!」
敵の進軍再開を見て、フェリックスが執務室の窓から怒鳴る。すると、
「間者が邸内に残っています! ……手練れのようで」
屋外から窓辺へやってきた社員が、そう報告する。
「狙撃班の配置を維持しろ! 俺が片づける」
フェリックスは卓上の拳銃を掴み取ると、のしのしと歩いて部屋を出ていった。
すかさず追おうとするドロテアだったが、荷物に忍ばせていた短伝話から、
『押さえた』
ダリオより、ブランズ卿確保の一報が届いた。
ドロテアは返事をせずに、フェリックスの後を追う。後は資料だけだ、それさえ手に入れば――
「行ったぜ」
間者の報告をした社員が手招きすると、応じて茂みから出てきたのは天斗。
リーゼロッテに矢面を任せ、2階の事務室を調べていた彼を
社員――第一師団の潜入捜査員が窓ガラスに石を投げ、呼び出したのだった。
「助かりました」
天斗と捜査員は窓から室内へ入ると、フェリックスの机の下に置かれていた金庫を見つける。
「開けられるか? 鍵は……」
「ここに」
天斗はおもむろに、腰元からヴァイブレードナイフを取り出した。
中身は既に見当がついている――違法換金された革命債だ。
●
キャットウォークに並んだ村人10人が、村長と厳靖を後ろに隠し、死守の構えを見せた。
「心意気や良し。なれば覚悟もあろうな」
アウレールはそこで初めて背負っていた槍を取り、大きく振りかぶる。
気圧されながらも、こちらも長物だとばかりに農具を突き出す村人たち。
アウレールは槍を巧みに操ると、1人目の米神を打って簡単に気絶させてしまった。
倒れた村人を乗り越え、次の相手へ。
錆びた熊手の穂先を鎧で跳ね返し、槍の柄で2人目の胴をすくい上げた。
村人は宙を舞ったかと思うと、すぐ下に置かれていた洗い桶の、水の中へ落ちる。
そうして次々護衛が排除され、残るは村長と厳靖のふたりきり。
村長は持っていた小銃を構え、アウレールのマスクの目元へ狙いをつける。
が、村長が引き金を引くより早く、厳靖が銃身を掴んで逸らしてしまった。
「何を――」
「悪ぃんだが」
村長の手から、銃を捩じり上げるようにして奪うと、
厳靖は彼の背中をどん、と叩いて、アウレールのほうへ押し出した。
「ま、そういう訳だ」
アウレールが槍を下ろし、素手で村長を締め上げる。
ブランズ卿に次ぐ蜂起の指導者も、こうして呆気なく取り押さえられた。
知留子は後退しながら銃撃を続け、コボルドの一群を牧場へと引き込んだ。
襲撃に気づいたFSDの騎馬が、一斉にそちらへ向かう。
(良し)
ここまで何匹かを撃ち殺してきたが、拳銃の弾が切れた。
逃走に転じる知留子だったが、その背中を、追いすがってきた1匹が鋭い爪で引き裂いた。
「ぐっ……!」
後ろ足で蹴りつけて1匹を遠ざけ、知留子は干場へ走った。
FSDと入れ違いになると、手頃な荷車に隠れ、拳銃の弾倉を交換する。
騎馬が横歩きしながらの射撃で、コボルドの群れの先端を叩くと、知留子も攻撃に加わった。
馬の足下を走り抜けようとする数匹を、2発ずつ、時計のように正確なリズムで点射し倒していく。
やがて、渡り廊下のほうからエイルの魔法も飛び始め、
当初20匹はいた筈のコボルドたちが、あっさりと駆逐されていく。
●
キャリコの狙撃が、リカルドを狙うFSD分隊を大きく動揺させた。
村の南西で火事が起こると、敵はお役御免とばかりに逃亡を開始する。
何人かを駄賃とばかりに撃って戦闘能力を奪うと、リカルドが脚を引きずりつつ、路上へ姿を見せた。
キャリコも地上へ下り、敵の拘束を手伝う。
「撃たれたか。傷は?」
「大したことねぇ」
キャリコは頷くと、道中に見つけてきた縄で男たちを縛った。
捕虜は5人。最低限の止血を施した上で、道の端へ転がしておく。
「俺が見ておく。村人にリンチでもされないようにな」
「任せた」
キャリコは再び銃を取り、他の仲間たちの応援へと向かった。
「石炭小屋がやられた!」
レジスタンスが近くの家々から人手を集め、消火作業を始めた矢先。
暗がりから飛び出したコボルドが彼らに襲いかかろうとするのを、帝が振動刀で叩き落とす。
驚き戸惑うレジスタンスたちを振り返り、
「……ね? 来てたでしょ、コボルド」
帝は敵へ向き直る。傷を負った1匹目が起き上がるのを待たず、その背後から7、8匹が新たに顔を覗かせた。
いずれも血に飢えた眼に火影をちらつかせながら、低く姿勢を取る。
石炭小屋からぼっと大きな炎が吹き上がると、まとめて飛びかかってきた。
瞬速の剣捌きで切り伏せる――1匹、2匹。他は左右に回った。
帝は踵に体重をかけ、その場でスピンする。円を描くような太刀筋で、更に3匹を撫で斬りにした。
残りのコボルドは距離を空け、なおも攻撃の隙を見計らう。
沙良もまた、コボルドの襲撃に遭っていた。
負傷の回復を待つ間に、こちらも10匹、固まって動く群れを発見した。
沙良の側は万全の体勢とは言い難い。が、村が近過ぎる。撃つしかない。
(FSDを取り逃がしてしまった分、挽回しなくちゃ。何の為に来たか分からない)
ライフルの連射が、群れを横合いから叩く。村へ殺到しつつあった10匹は、沙良へと狙いを変えた。
慌てず弾を込め直し、更に撃つ。闇を蠢く標的の、瞳や牙の微かな煌めきを頼りにした。
今度は先頭から1匹ずつ、確実に仕留めていく。
マッシュの騎馬がコボルドを踏みしだく。
マッシュ自身も長槍で薙ぎ払い、群れを蹴散らす。重装備の彼には容易い仕事だった。
それでも目前の敵に集中している内、気づけば引き留めていた筈のFSDが逃げ出してしまっていた。
(流石、厄介ごとが増えたと見たらすぐ逃げましたね)
今更放火を続けはしないだろう、となれば協会支部へ帰還したのか?
あるいは全然別のところへ、さっさと行方をくらましているのかも知れなかった。
●
押し寄せる100名のレジスタンスを攪乱しようと、
10騎ばかりのFSDが協会支部の前庭から東西に走り出した。
片側、5人の分隊が、地面すれすれに張られた綱にかかって馬ごと倒れてしまう。
マリル&メリルが咄嗟に仕掛けた罠だった。しかし時間も手も足りない、
何より、一心不乱に突撃を始めたレジスタンス100名はどうにも抑えられず、
FSDの先行隊も、また彼らを妨害するマリル&メリルも、あっさりと押し退けられてしまった。
前庭に配置されたFSDが射撃を開始、
太鼓を抱えた老ベンノと他数人が、銃弾を浴びて倒れた。
レジスタンスはばらばらと勝手に応射するばかりで、あちこちに隠れた部隊を排除し切れない。
ただ闇雲な分散突撃。建物へ取りついた順に、邸内からの狙撃に見舞われて死ぬばかりと見えた。
(こんな、何の意味もない……!)
マリル&メリルはレジスタンス先鋒に混じって走り、
せめてFSDの応戦力を弱めようと、敵の射撃陣地を探った。
そんな彼女を巻き込んで、何処からかの一斉射が先鋒を襲う。
事務室へ詰めかけたFSD、3人ばかりをリーゼロッテが峰打ちで昏倒させた。
他の男たちは、思いがけず手強い侵入者を前に後退し、各々拳銃を構える。
(ここじゃ逃げ場がない)
扉から室内へ滑り込もうとするリーゼロッテを、1発の銃弾が襲った。
フェリックスだった。ドロテアを伴って廊下へ現れた彼は、大口径の拳銃でリーゼロッテの肩を撃ち抜いた。
「止めを刺せ」
部屋へ逃げ込んだリーゼロッテを、部下に追わせようとする。そこで、ドロテアの伝話が再び鳴った。
『資料確保、今よりそちらへ向かいます』
「……了解」
ドロテアの手が、部下と共に歩き出そうとするフェリックスの肩へかけられる。
「ハンターが、既に敵首謀者を確保しています。第一師団へ――」
フェリックスは振り向きざま、ドロテアに発砲した。
ドロテアもまた、半ば条件反射で小太刀を抜き、それでフェリックスの腕を切りつけた。
血が廊下の壁に飛沫いて、フェリックスが銃を落とし、うずくまる。
「全員動くな!」
ドロテアが叫んだ。その場にいたFSDたちは皆、振り返ったままの恰好で動きを止めた。
次いで、階下から第一師団の捜査員が顔を出す。
「これより、事態は第一師団預かりとなる。全員、撤収準備だ!」
驚いた顔をするドロテアだったが、捜査員が何ごとか耳打ちすると、再びフェリックスへ向き直る。
デリンジャー銃を突きつけ、立たせると、
「お互い、余計な怪我をしただけだったわね」
フェリックスの銃弾は、ドロテアの右腕に命中していた。血だらけの腕でデリンジャーを握り、
「FSDに帝国が介入し始めていたこと、勘づいてたんでしょう。
でも無理ね。例え私たちを消したところで、貴方たちの秘密は隠し通せなかった。何せ相手はお国だもの」
「13年前」
フェリックスが呻くように答える。
「俺たちは国を倒した」
「で、今はその13年後。時代は変わるわ」
屋外では、容赦ない銃弾の雨に晒されながら、レジスタンスの一部が邸宅へと到達し始めていた。
●
牧場での戦闘は、コボルド掃討を区切りに完全に収束した。
アウレールと知留子が身元を明かした上、FSDに撤退を勧告。
レジスタンスは治療を施した後、レイが連れ戻した攻撃隊の一部と合流させ、村へ帰した。
エイルの働きで、死者は何とかレジスタンス側数名のみに抑えられたが――
FSDが協会支部を放棄した、とドロテアが連絡してきた。
『拘束された区長含め、関係者とハンターは撤退するわ。
これ以上、FSDと私たちとでレジスタンスと戦っても……犠牲が増えるだけ。
ブランズ卿や村長を使って説得させても』
「リーダーを取り返そうと、余計興奮させるだけだな。一旦頭を冷やさせて、後は第一師団の出番て訳だ」
厳靖が言うと、
『そういうこと。明朝、軍が村を包囲する。そこでまた、血が流れなければ良いけど」
「祈るしかないな」
アウレールが言った。そうして伝話が切れると、厳靖は縛り上げられた村長へ、
「もし、ブランズが全て自分のせいだと言うなら、否定するなよ?
村人にはまとめる奴が必要だ……ま、最後はお上の沙汰次第だけどよ」
村長は何も答えず、村のほうを振り返るばかりだった。
村の消火活動が終わった頃、沙良の前には、コボルドの亡骸が列になって点々と並んでいた。
レジスタンスが300人余りの村人を貯蔵庫へ集めはしたが、既に村を襲う者はなく、
「依頼は成功……と言って良いのでしょうか」
駆けつけた知留子が呟くと、沙良は肩をすぼめ、
「私にできたのは……敵を撃つことだけ。撃つべき敵を、間違えてなかったことを祈るけど」
「撤収、急ぐぞ」
キャリコがふたりを呼びに来た。
支部を占拠したレジスタンスが村へ戻って来れば、事態がややこしくなる。
「捕虜を連れ出す手間もある。
尋問は移動中に行い、最終的には放火犯の体で第一師団へ引き渡すことになるだろう」
「それじゃ、僕らはこれで。ご協力感謝します」
村人から分けてもらった水で返り血を洗うと、帝はハンター仲間に合流した。
石炭小屋の火事はすぐに鎮火され、村の人的被害はゼロだった。本来なら成功を誇るべきだろうが、
「明日、この村が残ってるかどうか」
小声で言うと、レイはかぶりを振った。
「分かりません。が、蜂起によって、帝国が明確に介入の大義を得たことは確かです。
帝国全てが善ではないでしょうが……今後、何かが変わる。私たちも、足掻きます」
「貧乏人の味方か? 苦労するぜ、この分じゃよ。
で、マリル……と、ダリオか、回収依頼来てるんだろ。行くよ」
リカルドが応急手当を受けたばかりの脚で、バイクにまたがろうとするのを、
「待って。マッシュさんが行ってくれるそうだから」
エイルが制止した。彼女の服は泥と血に塗れ、彼女自身もひどく疲れた顔を見せた。
「私たちは先に脱出しましょう。支部にはまだ、傷ついた人たちが大勢いるだろうけど……」
依頼通り、首謀者2名を捕らえた時点でハンターとしての仕事は終わった。
事件の結末は最早、帝国権力の手に委ねられていた。
●
「勝算はどれ程あった」
ダリオが静かな声で問うた。
協会支部を離れた草原の中、ブランズ卿とふたりきりで迎えを待つ間のこと。
雲間から差し込む月明かりが辺りを照らすが、月の高さからして、夜明けも近いとダリオは踏んだ。
「確実でない目論見だけで動いた結果が、これだ。
今更貴公を帰す訳にも行かん。残された村人たちだけで、帝国軍と相対させるしかないな」
「彼らが単なる羊の群れではないと、誰かが教えてやる必要があった。家畜ではないと」
「家畜を辞めさせ、飢えた獣の群れに作り替えでもするか?
無意味だ。別のやり方があった筈だ、そうは思わんか」
「そう、別のやり方があった筈だよ。なのにあんたは」
マリル&メリルは負傷しつつも協会支部を脱出、合流に訪れた。
群衆は、彼女の言葉に耳を貸さなかった。怒りだけが彼らを駆り立てていた。
「同胞に対する暴力で築かれた国だ。住人たる我々も、他に覆し方を知らなかった」
「それじゃ、まるで愚行の上塗りじゃない」
マリル&メリルが声を震わせる。そんな彼女を、ブランズ卿は不思議な表情で見つめた。
「君たちハンターこそ、その力で以て生きているのだろう。
何故、私たちは力を行使してはならない。君たちも、陛下も、そうしているというのに」
「あんなに人を巻き込んで、目的の為の犠牲にして……!」
「FSDはする。帝国もする。何故、我々だけがそれを許されない」
「単純に、才能がないからじゃないですか」
マッシュが、厩舎を逃げ出したFSDの馬を拾って、3人の下へ現れる。
「何ごとも才能と訓練ですよ。弱いから負ける、簡単じゃありませんか」
「そう。そういうことなのだろうな。私は弱かった。知恵が足りなかった」
ダリオが強いるまでもなく、ブランズ卿は大人しく彼と同じ馬に乗った。
マッシュがマリル&メリルを乗せると、2騎はシャーフブルートを離れていく。
遠く、協会支部の屋根に掲げられた、色の判別できない大きな旗を、馬上からブランズ卿が見つめる。
「良く残っていたな。とうに捨てられていたかと思った。
先祖の旗だ、この地を初めて治めたブランズ家初代の……」
「今夜限りだな。しかし貴公、歪虚と繋がってさえおらぬのなら、
いずれ再起の目もあるやも知れん。もう少しましなやり方を思いつくようなら」
ダリオは馬を走らせながら、にやりと笑う。
「そのときは、それがしも力になれるぞ?」
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/07/09 03:16:34 |
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加護を失った人々へ【相談卓】 マリル(メリル)(ka3294) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/07/11 08:56:21 |
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相談卓2 ドロテア・フレーベ(ka4126) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/07/12 11:52:16 |