ゲスト
(ka0000)
【燭光】How Many Tears
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/07/14 19:00
- 完成日
- 2015/07/22 05:17
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●アウグスト邸にて
荒い息を吐きながら大きな黒い翼で空を駆ける。
目尻に涙を溜めて、腕には大切な友を抱えて。
自分の居場所を奪われた屈辱と、大切な友を殺された悲しみを胸に。
黒い翼は自分が最も幸せだった時に過ごした地を目指して空を駆けた。
「……何?」
わらわらとシロアリのように洋館に群がる影が見えた。
かつて美しく色とりどりの花が咲き誇っていた庭は害虫により朽ち果て、紅く潰れた果実にはシロアリが集っている様が見えた。
「貴様如き害虫が、その方に触るなぁっ!!」
直滑降で庭へと降り立つと、怒りのままに虫を蹴散らした。逃げ惑う虫を1匹1匹捕まえて潰し、入口に置いてあった車を破壊し、館内に入り込んでいた害虫も全て駆逐して歩いた。
時折、反撃とばかりに噛みついてくるモノや引っ掻いてくるモノがいたが、彼にとってはそんな反撃は何のダメージもならなかった。
「あはは、あははは。弱いくせに煩くて! 群れなきゃ何も出来ないくせに、僕の大事な物に触れたんだ! その罰は死を持って贖え!」
飛んで来る羽虫を払うように、床を這う芋虫を潰すように、館中を血に染め、1匹たりとも逃さずに駆逐する。
――暫くして動くモノが自分だけになり、暫く呆けたように天井を仰いでいた。
徐々に暗雲が立ちこめると、激しい雷が轟き、全てを洗い流すかのように雨が降り注いできた。
友をベッドへ休ませると、カールは庭先へと足を向ける。
「……あぁ、アウグスト様。こんなところでお昼寝しては風邪を引いてしまいますよ?」
爆発により館の壁まで吹き飛び、叩き付けられた衝撃によりひしゃげた頭蓋骨を拾って、カールは笑った。
未だ腐りかけた肉塊と脳みそ、髪の毛も一部ついたままのそれを愛おしそうに撫でて、ついた泥を払うとカールは再び翼を広げて屋根の上へと飛んだ。
「アウグスト様、ご覧になれますか? ブルーネンフーフで悲願の革命が始まりましたよ。僕はどうでもよかったけど、アウグスト様は心待ちにしていらっしゃいましたものね。本当は連れて行ってあげたいけど、ちょっと僕、疲れちゃったから、また後日でも良いですか? その時には新しい身体をまた作っていただきましょうね? 今度はどんなボディにしましょうか……楽しみですね」
くすくすと笑って、屋根裏部屋の窓の外にアウグストの頭蓋骨を置く。
「ここからなら、雨も風も凌げて革命の様子もご覧になれますでしょう? ……え? そう言って貰えるのは嬉しいですけど、僕、まだやらなきゃいけないことがあるので、片付けてくるまでちょっと待っていて下さい。お腹は大丈夫ですか? ……それはよかった。じゃぁ今晩はアウグスト様が大好きなビーフシチューにしましょうね」
ふわりと微笑んでカールは再び屋敷の中へと戻った。
全身が濡れ鼠となっており、歩けばぐずぐずとブーツの中で水音がした。
それを気にすることもなくカールは館中を歩き回り材料を揃えると、最後に向かったのは、昔、アウグストの付き人をしていた頃に使わせて貰っていた部屋だった。
ベッドと机。殆ど空に等しい本棚に空っぽのクローゼット。
それでも誰か――クリームヒルトか、最後まで残っていた使用人か――が時折掃除をしてくれていたのだろう。
室内は直ぐに使えるほどに手入れされていた。
そのベッドの枕には、新しい身体を作って貰ったパウルが寝かされていた。
「遅くなっちゃってごめんね」
カールは己の歪虚としての力を振り絞って負のマテリアルを注ぎ込みはじめた。
「……さぁ、早く起きて? また僕の話を聞いてよ、パウル」
●ハンターオフィスにて
「えぇと? それでどうして貴方が依頼人となる必要があるのでしょうか?」
話しを聞いた説明係の女性は、酷く困惑した様子で問いかけた。
「今、シュレーベンラント州一帯は大変不穏で、正規軍が反乱軍の抑えに出払っているという話しを小耳に挟んでしまったものでのう。わしはちっぽけな農村の領主でしかないが、同じシュレーベンラント州に居を構える者として、できるフォローには入ろうかと、こうして出向いてきたわけじゃ」
出された紅茶をふぅふぅと冷まして飲むと、好々爺といった風貌の老紳士は目尻にしわを寄せた。
「ふぅ、美味い。……別に受理して貰えんと言うのならそれでもわしは構わんよ。何せ、アウグスト領とは離れておるから、わしの周囲には直接被害は出ないしの。暫く待てば、お上からこちらへ正式な依頼も来るであろうし、わしは一向に構わん」
少し戯けたように両肩をひょいっとすくめて彼は言うと、姿勢を低くし、上目使いで女性を見た。
「……ただ、強いて言うなら寝覚めが悪い。州内で歪虚が自由に暴れておる事を知ってしまった。これが次に何処を狙うかは知らんが、何処かでまた誰かが死んだり泣いたりするんじゃ。そう思うと、わしの心の臓がきゅぅっとなるんじゃ」
大げさに胸元を押さえながら彼は「痛い痛い」と呻く。女性は溜息を吐きたくなるのをぐっと堪えて「大丈夫ですか?」と一応問う。
すると彼は、ちらりと片眼で女性を見た後、ニヤリと笑った。
「ほれ、お前さんだって目の前でジジイが胸を押さえれば声をかけるくらいじゃ。道の向こうで同じように胸を押さえる者がおったのを見たのに放って置いて、後でその者が死んだと知ったら良心が咎めるであろう?」
彼の言い分に、女性は片眉をぴくりと動かした後、今度は堪えずに溜息を吐いた。
「……わかりました。ハンターに募集をかけます。依頼人はフランツ・フォルスター辺境伯で宜しいですね?」
「あぁ、有り難う。よろしくお願いするよ」
にこにこと満足そうに微笑みながら、フランツは女性の手を取って硬く握手を交わした。
●3時間後 ハンターオフィスにて
「……というわけで、先日の『ヴルツァライヒ 二カ所同時制圧作戦』において、砦にいた歪虚のうちの1体、カール・ヴァイトマンがアウグスト邸上空にて発見されました。作戦終了後より館内には帝国軍の調査隊が入っていましたが、カールにて殲滅されたとの目撃証言があり、APVから帝国軍に確認を入れたところ事実と判明しました」
ハンター達が静かにどよめいた。
「帝国軍は現在、シュレーベンラント州各地で勃発している旧帝国の過激派であるヴルツァライヒの制圧に奔走中であり、また歪虚としての実力からもハンターに任せたいという意向があり、今回の依頼となります」
つまり、帝国も把握の上での依頼であるらしい。
「引き続き大変危険な任務となるかと思いますが、どうぞ決着を付けてきて下さい、よろしくお願いします」
そう説明係の女性は深々と頭を下げたのだった。
荒い息を吐きながら大きな黒い翼で空を駆ける。
目尻に涙を溜めて、腕には大切な友を抱えて。
自分の居場所を奪われた屈辱と、大切な友を殺された悲しみを胸に。
黒い翼は自分が最も幸せだった時に過ごした地を目指して空を駆けた。
「……何?」
わらわらとシロアリのように洋館に群がる影が見えた。
かつて美しく色とりどりの花が咲き誇っていた庭は害虫により朽ち果て、紅く潰れた果実にはシロアリが集っている様が見えた。
「貴様如き害虫が、その方に触るなぁっ!!」
直滑降で庭へと降り立つと、怒りのままに虫を蹴散らした。逃げ惑う虫を1匹1匹捕まえて潰し、入口に置いてあった車を破壊し、館内に入り込んでいた害虫も全て駆逐して歩いた。
時折、反撃とばかりに噛みついてくるモノや引っ掻いてくるモノがいたが、彼にとってはそんな反撃は何のダメージもならなかった。
「あはは、あははは。弱いくせに煩くて! 群れなきゃ何も出来ないくせに、僕の大事な物に触れたんだ! その罰は死を持って贖え!」
飛んで来る羽虫を払うように、床を這う芋虫を潰すように、館中を血に染め、1匹たりとも逃さずに駆逐する。
――暫くして動くモノが自分だけになり、暫く呆けたように天井を仰いでいた。
徐々に暗雲が立ちこめると、激しい雷が轟き、全てを洗い流すかのように雨が降り注いできた。
友をベッドへ休ませると、カールは庭先へと足を向ける。
「……あぁ、アウグスト様。こんなところでお昼寝しては風邪を引いてしまいますよ?」
爆発により館の壁まで吹き飛び、叩き付けられた衝撃によりひしゃげた頭蓋骨を拾って、カールは笑った。
未だ腐りかけた肉塊と脳みそ、髪の毛も一部ついたままのそれを愛おしそうに撫でて、ついた泥を払うとカールは再び翼を広げて屋根の上へと飛んだ。
「アウグスト様、ご覧になれますか? ブルーネンフーフで悲願の革命が始まりましたよ。僕はどうでもよかったけど、アウグスト様は心待ちにしていらっしゃいましたものね。本当は連れて行ってあげたいけど、ちょっと僕、疲れちゃったから、また後日でも良いですか? その時には新しい身体をまた作っていただきましょうね? 今度はどんなボディにしましょうか……楽しみですね」
くすくすと笑って、屋根裏部屋の窓の外にアウグストの頭蓋骨を置く。
「ここからなら、雨も風も凌げて革命の様子もご覧になれますでしょう? ……え? そう言って貰えるのは嬉しいですけど、僕、まだやらなきゃいけないことがあるので、片付けてくるまでちょっと待っていて下さい。お腹は大丈夫ですか? ……それはよかった。じゃぁ今晩はアウグスト様が大好きなビーフシチューにしましょうね」
ふわりと微笑んでカールは再び屋敷の中へと戻った。
全身が濡れ鼠となっており、歩けばぐずぐずとブーツの中で水音がした。
それを気にすることもなくカールは館中を歩き回り材料を揃えると、最後に向かったのは、昔、アウグストの付き人をしていた頃に使わせて貰っていた部屋だった。
ベッドと机。殆ど空に等しい本棚に空っぽのクローゼット。
それでも誰か――クリームヒルトか、最後まで残っていた使用人か――が時折掃除をしてくれていたのだろう。
室内は直ぐに使えるほどに手入れされていた。
そのベッドの枕には、新しい身体を作って貰ったパウルが寝かされていた。
「遅くなっちゃってごめんね」
カールは己の歪虚としての力を振り絞って負のマテリアルを注ぎ込みはじめた。
「……さぁ、早く起きて? また僕の話を聞いてよ、パウル」
●ハンターオフィスにて
「えぇと? それでどうして貴方が依頼人となる必要があるのでしょうか?」
話しを聞いた説明係の女性は、酷く困惑した様子で問いかけた。
「今、シュレーベンラント州一帯は大変不穏で、正規軍が反乱軍の抑えに出払っているという話しを小耳に挟んでしまったものでのう。わしはちっぽけな農村の領主でしかないが、同じシュレーベンラント州に居を構える者として、できるフォローには入ろうかと、こうして出向いてきたわけじゃ」
出された紅茶をふぅふぅと冷まして飲むと、好々爺といった風貌の老紳士は目尻にしわを寄せた。
「ふぅ、美味い。……別に受理して貰えんと言うのならそれでもわしは構わんよ。何せ、アウグスト領とは離れておるから、わしの周囲には直接被害は出ないしの。暫く待てば、お上からこちらへ正式な依頼も来るであろうし、わしは一向に構わん」
少し戯けたように両肩をひょいっとすくめて彼は言うと、姿勢を低くし、上目使いで女性を見た。
「……ただ、強いて言うなら寝覚めが悪い。州内で歪虚が自由に暴れておる事を知ってしまった。これが次に何処を狙うかは知らんが、何処かでまた誰かが死んだり泣いたりするんじゃ。そう思うと、わしの心の臓がきゅぅっとなるんじゃ」
大げさに胸元を押さえながら彼は「痛い痛い」と呻く。女性は溜息を吐きたくなるのをぐっと堪えて「大丈夫ですか?」と一応問う。
すると彼は、ちらりと片眼で女性を見た後、ニヤリと笑った。
「ほれ、お前さんだって目の前でジジイが胸を押さえれば声をかけるくらいじゃ。道の向こうで同じように胸を押さえる者がおったのを見たのに放って置いて、後でその者が死んだと知ったら良心が咎めるであろう?」
彼の言い分に、女性は片眉をぴくりと動かした後、今度は堪えずに溜息を吐いた。
「……わかりました。ハンターに募集をかけます。依頼人はフランツ・フォルスター辺境伯で宜しいですね?」
「あぁ、有り難う。よろしくお願いするよ」
にこにこと満足そうに微笑みながら、フランツは女性の手を取って硬く握手を交わした。
●3時間後 ハンターオフィスにて
「……というわけで、先日の『ヴルツァライヒ 二カ所同時制圧作戦』において、砦にいた歪虚のうちの1体、カール・ヴァイトマンがアウグスト邸上空にて発見されました。作戦終了後より館内には帝国軍の調査隊が入っていましたが、カールにて殲滅されたとの目撃証言があり、APVから帝国軍に確認を入れたところ事実と判明しました」
ハンター達が静かにどよめいた。
「帝国軍は現在、シュレーベンラント州各地で勃発している旧帝国の過激派であるヴルツァライヒの制圧に奔走中であり、また歪虚としての実力からもハンターに任せたいという意向があり、今回の依頼となります」
つまり、帝国も把握の上での依頼であるらしい。
「引き続き大変危険な任務となるかと思いますが、どうぞ決着を付けてきて下さい、よろしくお願いします」
そう説明係の女性は深々と頭を下げたのだった。
リプレイ本文
●
鬼非鬼 ゆー(ka4952)がアウグスト邸の前に着いて感じたことは、流石は元公爵邸という広大な庭と大きな屋敷。そして何よりここはまだこんなにも負のマテリアルに満ちているのか、という事だった。
さぞかし調査に入る面々も中に入ることを躊躇しただろう。覚醒者では無い者ならば、強い意志がなければ留まり続ける事にすら強い意志が必要とされる。それほどに『不快な空気』が淀んでいるのだ。
「歪虚、討つべし。俺の頭にあるのはそれだけです。歪虚は悲劇しか生み出しません、奴らはここで確実に仕留めなければ」
破壊された魔導自動車を見て、ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)は一瞬表情を曇らせたが、直ぐに前を見据えた。
「まあ、大王たるボクがいるのだ。安心して戦うとよいぞ」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)も中に入った調査隊を気にしてはいたが、いつも通りに自分達の役目を果たすだけと、堂々と門を潜った。
「帝国を揺るがす……これ以上の狼藉、許してなるものか。行きましょう」
メリエ・フリョーシカ(ka1991)の言葉にライガ・ミナト(ka2153)も同意しながら共に門を潜った。
「『傭兵』として雇われたからには全力じゃな」
バリトン(ka5112)は試作雷撃刀を抜刀し、その峰で己の肩をトントンと叩いて不敵に笑んだ。
それを見て瀬崎・統夜(ka5046)も静かに頷きながら一歩を踏み出した。
「ま、やるだけやるさ」
統夜の呟きに、『自我を持った屍』について思いを馳せていたCharlotte・V・K(ka0468)は「そうだな」と淡々と返す。
ティーア・ズィルバーン(ka0122)はこのメンバーの中で唯一直接パウルと戦い、カールを目にしている為、それらしき人影が無いか周囲を警戒しながら進む。
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は屋根に飾られているというアウグストの首が無いか、視線を上に向けた。
しかし、門前から見える屋根にはそれらしき物が見当たらない。反対側の屋根にあるのだろうか? 屋外に2人を引き出す為にいざという時にはそれを破壊しようと思っていたが、アテが外れる形となりエヴァは1人静かに唇を噛んだ。
もう少しこの屋敷の構造について詳しい者や事前に調べる者がいれば、見つける事が叶ったかも知れなかったが、ぱっと見る限りでは見つけられなかったのだ。
門を越え、かつては花の咲き乱れる美しい庭園であっただろう広く荒れた庭に10人は入る。
ここでアウグストと戦ったと聞き及んでいたが、最も目を引くのは右手前の大きなクレーター状の爆発跡だろう。それ以外にも朽ちた薔薇の木、折れた樹木、左手奥に見えるのは小さな噴水と池だろうか。右手には破壊された東屋と、庭は庭でも学校の校庭ぐらいあるな、と統夜は周囲を見渡しながら、身を隠せる場所の多い造りに緊張を緩めず、一歩一歩慎重に進んだ。
しかし、てっきりゾンビ達の急襲があると身構えていた10人はあっさりと正面の扉の前についてしまった。
「誘っておるのか……?」
ディアドラが眉間にしわを寄せたまま、慎重にドアノブに手を掛ける。
反対の扉に背を付けて、ゆーが魔導拳銃を構えながら、ディアドラを見て静かに頷いた。
ディアドラはそれに頷き返すと、一気に扉を引き開いた。
扉を盾にして銃を持ったメンバーが一斉に銃口を室内へ向けるが、玄関ホールは静寂を保っている。
「……まぁ、自分の有利になるよう場所を選ぶのは当然か」
Charlotteがライフルの銃口を視線と共に動かしながら周囲を見回す。
「うわ、ずいぶんと家自体ボロボロだな、さてどんなのが居るんだろうな、狭いところだと長物使えないからな、一気に仕留めないと」
あちらこちらに乾いた血溜まりと血痕があり、調度品も半分以上が破壊され汚れている有様に、ライガは顔をしかめながらも虎徹を構えたまますり足で慎重に玄関ホールを進む。
屋敷内へ入らなければ成らない場合、どのように探すかを相談出来ていなかった一同は、予想外のこの状況に戸惑っていた。
「庭でちょっと暴れてみますか?」
メリエが鬼神大王の柄と鞘に手を掛けたまま年長者であるバリトンに声を掛けた。
「前回の報告書を見る限り、今回も我らが侵入した事には気付いておるはずなんじゃろ? ならばいたずらに体力を消耗する必要もなかろう。出てこないと言う事はどこかで待ち伏せておると考えるべきかと」
顎髭を撫で付けながらバリトンは答えつつ、ティーアを見る。
「……そうだな。理想は調査隊とカタを付けてから、パウルを倒し、カールを誘き出したかったんだけどな」
そう簡単には事を運ばせては貰えないらしい、とティーアは肩をすくめて見せた。
●
玄関ホールから廊下を進んだ先に、一際大きく豪奢な両開きの扉があった。
恐らくこの先がダンスホールだろうと見当を付けた一同は、慎重にその扉を開いた。
ここは戦いの舞台にならなかったのか、ホールの床は美しく磨かれ輝き、壁には煌びやかな燭台が飾られ、天井からは豪華絢爛といったシャンデリアが5つ、周囲を明るく照らしていた。
エヴァは20×20m程の広さがあるだろうとざっと目測し、奥を見て身構えた。
「……ここが、貴方の用意した舞台ってことですか?」
ラシュディアが正面奥に立つ二つの影を睨む。
「そう、ダンスを踊るならここしかないだろう?」
カールが栗色の前髪を掻き上げながら嗤う。
「……もっとも、僕は君達を招いた覚えもない。君達ハンターというのは、余程不法侵入がお好きらしい」
カールがカツン、と一歩踏み出すと同時に、左右4つの扉から帝国軍服に身を包んだゾンビ達が雪崩れ込み、そしてカールの横には全身鎧に身を包んだ人影が立った。
「さぁ、踊ろう!」
カールの高らかな声を合図にゾンビ達が一斉にハンター達へと襲いかかっていった。
「ゾンビ狩りは任せて貰おう」
Charlotte、ライガ、ラシュディア、統夜が迫るゾンビ達へと各々の得物を構え、飛び出した。
「防弾衣なんざ着てんじゃねえ! 刃が傷むじゃねえかクソが!」
胴を一閃しようとして、ギヂッという刃こぼれのする感覚を感じたライガが、完全に八つ当たりな言葉を吐きながら、姿勢を低くし脛を切る付ける。
そこにCharlotteが扇状に炎の力を放ち、ライガは危うく巻き込まれそうになった。
「あぁ、すまない。危ないから避けてくれ」
「遅いよっ!?」
そんな2人のやり取りを横目に、ラシュディアが仲間を巻き込まないようファイアーボールを放った後、統夜がその前に立つとデリンジャーで狙撃していく。
「はっ! 人の形の的がたくさんか。嬉しくもねえな」
統夜は心底つまらさそうに鼻を鳴らした。
「2人だけで僕の相手をするの? 舐められたモノだね」
己に向かってくるティーアとエヴァの指先から放たれた火球を見て、カールが嗤う。
「たしか……カールだったか? この間はよくもあれへの最後の仕上げを邪魔してくれたな」
爆煙を超えて接近してきたティーアの姿を見て、カールは嘲笑した。
「なるほど、おかしな兜のせいで分からなかったが、お前か!」
エヴァの放つファイアボールを受けてもなお、カールは口元の弧を崩さない。
「先手必勝じゃ!」
バリトンが吠え、気合いを入れるとメリエ、ゆー、ディアドラが全身鎧の人影へと向かって行く。
「討たれ尚その姿を晒すは無念の極みでありましょう……今、楽にして差し上げます故!」
メリエとディアドラが動線を塞ぐゾンビを薙ぎ払い、ゆーが魔導拳銃で狙いを付けるが装甲がそれを弾く。
「パウル」
静かにカールが名を告げると、全身鎧が驚くほどの速さで動き、虚空から無数の刃を具現するとそれをカールと己に近付いて来ていた5人へと降らせた。
「……っ!」
思わず顔面を庇ったティーアにカールは音も無く近付くと、長剣で斬り付ける。それを、同じく剣形態にした斧剣で受け止め、お互いに距離を取り対峙した。
●
催涙効果のあるガスが室内に充満する。
対策をして来なかった統夜とライガ、Charlotteは目を開けていられなくなり、驚きガスを吸い込んだ為に咳き込むという二重苦に遭う。
ゴーグルをしていたディアドラとラシュディア、エヴァは、ガスを吸い込んでしまって喉の焼ける痛みに咳が止まらない。
呼吸を止めていたティーアも、直後にカールから左肘窩を斬り付けられ腹部を蹴り飛ばされた衝撃に息を吐き切ってしまい、たまらず吸い込んだ為に盛大にむせ返る。
一方でスカーフで対応したバリトンと、加えて範囲外へ移動したゆーは何とか行動に支障が出ない程度に被害を抑えることに成功していた。
「叩ける内に叩く、時間を与えるとこちらが不利になるわ」
パウルが新しい体に馴染んでいない可能性がないかとゆーは考えていたが、残念ながらそのような不調があるようには見えない。むしろ聞き及んでいたより能力が全体的に強化されているのを感じた。
咳き込むディアドラへと容赦無くパウルは長剣を振り下ろす。それをディアドラは盾で防ぐが、反撃に振るった剣は躱されてしまう。
ゾンビ達はそもそも動く死体である為ガスを気にした様子は無く、ゾンビ担当の4人に変わらず襲いかかっており、歪虚である二体も同様にガスを気にする様子は無いのを見て、メリエは太刀を構えてパウルへと猛攻を仕掛ける。
「お前一度死んだって聞いたなぁ!? ダメじゃないか死体が動いたりしちゃあ!」
自身へ注意を向けようとメリエはガラス越しに挑発の言葉を放つが、フルフェイスヘルム越しでは変化があるかどうかは分からない。
メリエに続きバリトンも電光石火を用いて苛烈な一撃を叩き込む。
一方で主にゾンビに対応していた4人は、ゾンビ達からの猛攻に防戦一方となっていた。
ライガはゾンビの攻撃を受け負傷した足を引きずりながら、聴覚と気配だけで何とか攻撃を躱して刀を横に薙いだが、そこに手応えは無かった。
最もガスの発生地点から遠いところにいたCharlotteは、防御障壁を展開した後、一度ガスの外へ出ようと後退したその右足を捕られた。
「っ!」
近接攻撃の術を持たない彼女にとって足を捕られるのは想定外であり、また、それほどに敵の接近を許した事に思わず下唇を噛む。ライフルの銃床でゾンビの頭を殴り付け、拘束が緩んだ隙に足を引き抜き、咳き込みながらも一気にガスの外へと転がり出た。
――その瞬間、右大腿に灼熱が灯った。撃たれたのだと分かった時には、バランスを崩し倒れ込んだ。
何処から? 射線を遡ろうにも視界を奪われた今、確認する事は難しい。起き上がろうとしたその背を踏まれ、再び地面に俯せられた直後、今度はサーベルが左の大腿に突き立てられた痛みに、遂にCharlotteは悲鳴を上げた。
ラシュディアは催涙が投射されるあの瞬間にファイアボールを撃つ予定だった。しかし混戦状態となっている現状では味方を巻き込まずに発動させることは不可能であり、結局試せなかったのだ。襲いかかってくるサーベルの刃を左上腕に受けながらも、保っている視界を頼りにライトニングボルトを放つ。
統夜は聞こえた悲鳴に助けに行こうと気は焦るが、目が開けられず、思わず悪態を吐きかけて咳き込んだその時、こめかみを強く殴られ、たまらず蹲った。
覚醒者ではないとはいえ、腐っても日々厳しい訓練を乗り越えてきた元帝国兵であり、その一撃一撃は重い。むしろ人としてのタガがない分、容赦も無い中、剣や銃弾では無く銃床で殴られたのは幸運だったと言えるだろう。
統夜のすぐ傍で稲光に似た閃光が炸裂し、爆ぜた。
ガスが徐々に薄くなって来た最中、エヴァは右前腕を撃ち抜かれ、思わずソフィアを取り落とした。
射線を遡ると、人差し指を銃口に見立てたカールが嗤いながら自分を見ているのを見て、エヴァはギリリと奥歯を噛みしめる。
そんなカールにティーアが剣を振るうが、まだ咳が治まらない状態であるのもあり、難なく躱されてしまった。
パウルが再び虚空から無数の刃を具現し放つ。
降り注ぐ刃を太刀で払い除け、足に刃が刺さったのもそのままにメリエはパウルへと肉薄し、ついにその胴の硬い装甲を貫いた。
そこへディアドラも駆け寄り、背後からローレル・ラインを同じように突き刺すと、バリトンが渾身の一撃を真一文字に振り抜いた。
頭部が宙を舞い、ゆーはそれを真っ先に駆けつけ確保すると、弾みで壊れたのかバイザーの部分が落ち、その穏やかな死に顔が見える。
「貴様らぁっ!!」
カールの怒号に、ゆーは我に返ると直ぐさま首を隠した。
一方で首を無くした鎧は動くと、油断していたバリトンの頭部を薙ぎ払った。タイラントのお陰で致命傷は避けられたが、脳が激しく揺られ、足下が蹌踉けた。
「さて、お友達の首はどこへ行ったでしょう?」
カールと視線を合わせないようにしながら、ゆーはパウルの鎧から距離を取る。
「何処へ隠したぁっ!!」
怒声と共に広げた翼で一気にゆーの前へ距離を詰めるとその腹部に剣先を鎮めようと突き出した。
受け流しは間に合わないと咄嗟に判断したゆーはパウルの首をカールの眼前に突き出し、その首元から額へと向かって引き金を引いた。
「いないいな~い……脳漿をぶちまけろ」
満足そうに笑うゆーの腹部に長剣が深々と突き刺さるのと、カールの顔面にパウルの血が飛び散ったのは同時だった。
想定外だったのは、フルフェイスの為思ったほど脳漿が飛び散らなかった事と、死後数日が経っているので凝血していた事だが、ゆーはその事実を確認する前に意識が落ちた。
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!」
獣のような嗚咽がダンスホール中に響き渡る。黒い翼を広げたまま、カールは胸にパウルの首を抱いて膝を着いた。
それを見て、ティーアは死角より一気に距離を縮めると、斧形態に切り替えた。
「この前の借りだ。貴様のその首俺においてけや!!」
背後から振り下ろされた一撃を、カールは何の回避行動も取ること無くその身に受けた。
右の肩口から右肺の半分まで割り裂いたところで刃を引き抜くと、真っ赤な血液が噴水のように周囲に飛び散った。
「お前達も、変わらない」
ごぼごぼと口からも血を吐きながら、カールはゆらりと立ち上がると、左手を拳銃のような形に見立てて「ばん」と引き金を引いた。
小さな爆発音と共に、その射線上にあった燭台が割れ、蝋燭が落ちてカーテンに引火した。
「僕は、あの方が、望む世界になればいいと、思っただけ。漸く出逢えた友人と、語らいたかっただけ。他はどうでもいい」
誰もが止めを刺さなければと思うのに、指先一つ動かせないまま、ただカールの独白を聞いた。
「お前達も、そうだろう? 僕たちの、都合なんて、関係無い。お前達の世界が守れれば、それで、いいんだろ? 死んだ者が動けばそれはもう、ただの敵で、倒すだけの、モノ、だ」
大量の血を吐きながら、カールは指弾で燭台を撃ち落とす。
パウルの鎧はパウルの頭部が撃ち抜かれた後からぴくりとも動かなくなっていた。
未だ動くゾンビ2体も、ただその場に立ち尽くしていた。
ただ、カールだけが静かに指先を動かしていく。
全ての燭台を撃ち落として、全身を己の血で染め上げたカールは晴れ晴れとした綺麗な顔で笑った。
「全部、僕のものだ」
轟、と炎が一際大きく上がったと同時に、全員再び動けるようになった。
カールの身体は炎に包まれ、ゾンビ達は糸の切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。
「いかん、ここにいては火に呑まれるぞ!」
ディアドラの言葉に一同は頷いて、出口を目指す。
メリエが意識の無いゆーを抱きかかえ、ティーアがCharlotteを背負った。
足を負傷したライガはラシュディアの肩を借り、一同が助け合いながらホールを後にする。
最後に振り返ったエヴァは、黒焦げたその影にあの笑顔がまだある気がして、振り切るように前を向いて走った。
結局、ダンスホールから広がった火災はアウグスト邸の80%を焼き尽くした。
『全部、僕のものだ』
カールの最期の言葉通り、アウグストの首も元帝国兵の死体も、ヴルツァライヒに関する資料や歪虚に関わる証拠品も一つ残らず灰へと帰したのだった。
●某書斎にて
「……クリームヒルト様はやはり立たれましたか」
別件の報告書を読み終えた老紳士――フランツは、ぱさりとそれを机の上に置くと、眼鏡を外し、眉間を左の親指と人差し指で揉んだ。
「如何なさいますか?」
壮年の貴族然とした男の問いに、フランツは静かに微笑んだ。
「かつての『約束』を果たさなければ。今日まで生き恥を晒してきた甲斐がないじゃろう?」
両手を机についてゆっくりと立ち上がると、窓を押し開けた。
爽やかな夏風が室内を走り、報告書がカサカサと鳴る。
「クリームヒルト姫殿下に至急面会の手配を。姫様がわしの名前を覚えていらっしゃるとは思わんが、なるべくであれば内密に進めたいところではあるの」
男は頭を下げて承諾の意を示すと、直ぐに扉の外へと出て行った。
「貴女が、悲願を成し遂げて下さるというのなら、この老いぼれの全てを賭けましょう」
窓際に立ったフランツの目には、決意の灯火が宿っていた。
鬼非鬼 ゆー(ka4952)がアウグスト邸の前に着いて感じたことは、流石は元公爵邸という広大な庭と大きな屋敷。そして何よりここはまだこんなにも負のマテリアルに満ちているのか、という事だった。
さぞかし調査に入る面々も中に入ることを躊躇しただろう。覚醒者では無い者ならば、強い意志がなければ留まり続ける事にすら強い意志が必要とされる。それほどに『不快な空気』が淀んでいるのだ。
「歪虚、討つべし。俺の頭にあるのはそれだけです。歪虚は悲劇しか生み出しません、奴らはここで確実に仕留めなければ」
破壊された魔導自動車を見て、ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)は一瞬表情を曇らせたが、直ぐに前を見据えた。
「まあ、大王たるボクがいるのだ。安心して戦うとよいぞ」
ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)も中に入った調査隊を気にしてはいたが、いつも通りに自分達の役目を果たすだけと、堂々と門を潜った。
「帝国を揺るがす……これ以上の狼藉、許してなるものか。行きましょう」
メリエ・フリョーシカ(ka1991)の言葉にライガ・ミナト(ka2153)も同意しながら共に門を潜った。
「『傭兵』として雇われたからには全力じゃな」
バリトン(ka5112)は試作雷撃刀を抜刀し、その峰で己の肩をトントンと叩いて不敵に笑んだ。
それを見て瀬崎・統夜(ka5046)も静かに頷きながら一歩を踏み出した。
「ま、やるだけやるさ」
統夜の呟きに、『自我を持った屍』について思いを馳せていたCharlotte・V・K(ka0468)は「そうだな」と淡々と返す。
ティーア・ズィルバーン(ka0122)はこのメンバーの中で唯一直接パウルと戦い、カールを目にしている為、それらしき人影が無いか周囲を警戒しながら進む。
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)は屋根に飾られているというアウグストの首が無いか、視線を上に向けた。
しかし、門前から見える屋根にはそれらしき物が見当たらない。反対側の屋根にあるのだろうか? 屋外に2人を引き出す為にいざという時にはそれを破壊しようと思っていたが、アテが外れる形となりエヴァは1人静かに唇を噛んだ。
もう少しこの屋敷の構造について詳しい者や事前に調べる者がいれば、見つける事が叶ったかも知れなかったが、ぱっと見る限りでは見つけられなかったのだ。
門を越え、かつては花の咲き乱れる美しい庭園であっただろう広く荒れた庭に10人は入る。
ここでアウグストと戦ったと聞き及んでいたが、最も目を引くのは右手前の大きなクレーター状の爆発跡だろう。それ以外にも朽ちた薔薇の木、折れた樹木、左手奥に見えるのは小さな噴水と池だろうか。右手には破壊された東屋と、庭は庭でも学校の校庭ぐらいあるな、と統夜は周囲を見渡しながら、身を隠せる場所の多い造りに緊張を緩めず、一歩一歩慎重に進んだ。
しかし、てっきりゾンビ達の急襲があると身構えていた10人はあっさりと正面の扉の前についてしまった。
「誘っておるのか……?」
ディアドラが眉間にしわを寄せたまま、慎重にドアノブに手を掛ける。
反対の扉に背を付けて、ゆーが魔導拳銃を構えながら、ディアドラを見て静かに頷いた。
ディアドラはそれに頷き返すと、一気に扉を引き開いた。
扉を盾にして銃を持ったメンバーが一斉に銃口を室内へ向けるが、玄関ホールは静寂を保っている。
「……まぁ、自分の有利になるよう場所を選ぶのは当然か」
Charlotteがライフルの銃口を視線と共に動かしながら周囲を見回す。
「うわ、ずいぶんと家自体ボロボロだな、さてどんなのが居るんだろうな、狭いところだと長物使えないからな、一気に仕留めないと」
あちらこちらに乾いた血溜まりと血痕があり、調度品も半分以上が破壊され汚れている有様に、ライガは顔をしかめながらも虎徹を構えたまますり足で慎重に玄関ホールを進む。
屋敷内へ入らなければ成らない場合、どのように探すかを相談出来ていなかった一同は、予想外のこの状況に戸惑っていた。
「庭でちょっと暴れてみますか?」
メリエが鬼神大王の柄と鞘に手を掛けたまま年長者であるバリトンに声を掛けた。
「前回の報告書を見る限り、今回も我らが侵入した事には気付いておるはずなんじゃろ? ならばいたずらに体力を消耗する必要もなかろう。出てこないと言う事はどこかで待ち伏せておると考えるべきかと」
顎髭を撫で付けながらバリトンは答えつつ、ティーアを見る。
「……そうだな。理想は調査隊とカタを付けてから、パウルを倒し、カールを誘き出したかったんだけどな」
そう簡単には事を運ばせては貰えないらしい、とティーアは肩をすくめて見せた。
●
玄関ホールから廊下を進んだ先に、一際大きく豪奢な両開きの扉があった。
恐らくこの先がダンスホールだろうと見当を付けた一同は、慎重にその扉を開いた。
ここは戦いの舞台にならなかったのか、ホールの床は美しく磨かれ輝き、壁には煌びやかな燭台が飾られ、天井からは豪華絢爛といったシャンデリアが5つ、周囲を明るく照らしていた。
エヴァは20×20m程の広さがあるだろうとざっと目測し、奥を見て身構えた。
「……ここが、貴方の用意した舞台ってことですか?」
ラシュディアが正面奥に立つ二つの影を睨む。
「そう、ダンスを踊るならここしかないだろう?」
カールが栗色の前髪を掻き上げながら嗤う。
「……もっとも、僕は君達を招いた覚えもない。君達ハンターというのは、余程不法侵入がお好きらしい」
カールがカツン、と一歩踏み出すと同時に、左右4つの扉から帝国軍服に身を包んだゾンビ達が雪崩れ込み、そしてカールの横には全身鎧に身を包んだ人影が立った。
「さぁ、踊ろう!」
カールの高らかな声を合図にゾンビ達が一斉にハンター達へと襲いかかっていった。
「ゾンビ狩りは任せて貰おう」
Charlotte、ライガ、ラシュディア、統夜が迫るゾンビ達へと各々の得物を構え、飛び出した。
「防弾衣なんざ着てんじゃねえ! 刃が傷むじゃねえかクソが!」
胴を一閃しようとして、ギヂッという刃こぼれのする感覚を感じたライガが、完全に八つ当たりな言葉を吐きながら、姿勢を低くし脛を切る付ける。
そこにCharlotteが扇状に炎の力を放ち、ライガは危うく巻き込まれそうになった。
「あぁ、すまない。危ないから避けてくれ」
「遅いよっ!?」
そんな2人のやり取りを横目に、ラシュディアが仲間を巻き込まないようファイアーボールを放った後、統夜がその前に立つとデリンジャーで狙撃していく。
「はっ! 人の形の的がたくさんか。嬉しくもねえな」
統夜は心底つまらさそうに鼻を鳴らした。
「2人だけで僕の相手をするの? 舐められたモノだね」
己に向かってくるティーアとエヴァの指先から放たれた火球を見て、カールが嗤う。
「たしか……カールだったか? この間はよくもあれへの最後の仕上げを邪魔してくれたな」
爆煙を超えて接近してきたティーアの姿を見て、カールは嘲笑した。
「なるほど、おかしな兜のせいで分からなかったが、お前か!」
エヴァの放つファイアボールを受けてもなお、カールは口元の弧を崩さない。
「先手必勝じゃ!」
バリトンが吠え、気合いを入れるとメリエ、ゆー、ディアドラが全身鎧の人影へと向かって行く。
「討たれ尚その姿を晒すは無念の極みでありましょう……今、楽にして差し上げます故!」
メリエとディアドラが動線を塞ぐゾンビを薙ぎ払い、ゆーが魔導拳銃で狙いを付けるが装甲がそれを弾く。
「パウル」
静かにカールが名を告げると、全身鎧が驚くほどの速さで動き、虚空から無数の刃を具現するとそれをカールと己に近付いて来ていた5人へと降らせた。
「……っ!」
思わず顔面を庇ったティーアにカールは音も無く近付くと、長剣で斬り付ける。それを、同じく剣形態にした斧剣で受け止め、お互いに距離を取り対峙した。
●
催涙効果のあるガスが室内に充満する。
対策をして来なかった統夜とライガ、Charlotteは目を開けていられなくなり、驚きガスを吸い込んだ為に咳き込むという二重苦に遭う。
ゴーグルをしていたディアドラとラシュディア、エヴァは、ガスを吸い込んでしまって喉の焼ける痛みに咳が止まらない。
呼吸を止めていたティーアも、直後にカールから左肘窩を斬り付けられ腹部を蹴り飛ばされた衝撃に息を吐き切ってしまい、たまらず吸い込んだ為に盛大にむせ返る。
一方でスカーフで対応したバリトンと、加えて範囲外へ移動したゆーは何とか行動に支障が出ない程度に被害を抑えることに成功していた。
「叩ける内に叩く、時間を与えるとこちらが不利になるわ」
パウルが新しい体に馴染んでいない可能性がないかとゆーは考えていたが、残念ながらそのような不調があるようには見えない。むしろ聞き及んでいたより能力が全体的に強化されているのを感じた。
咳き込むディアドラへと容赦無くパウルは長剣を振り下ろす。それをディアドラは盾で防ぐが、反撃に振るった剣は躱されてしまう。
ゾンビ達はそもそも動く死体である為ガスを気にした様子は無く、ゾンビ担当の4人に変わらず襲いかかっており、歪虚である二体も同様にガスを気にする様子は無いのを見て、メリエは太刀を構えてパウルへと猛攻を仕掛ける。
「お前一度死んだって聞いたなぁ!? ダメじゃないか死体が動いたりしちゃあ!」
自身へ注意を向けようとメリエはガラス越しに挑発の言葉を放つが、フルフェイスヘルム越しでは変化があるかどうかは分からない。
メリエに続きバリトンも電光石火を用いて苛烈な一撃を叩き込む。
一方で主にゾンビに対応していた4人は、ゾンビ達からの猛攻に防戦一方となっていた。
ライガはゾンビの攻撃を受け負傷した足を引きずりながら、聴覚と気配だけで何とか攻撃を躱して刀を横に薙いだが、そこに手応えは無かった。
最もガスの発生地点から遠いところにいたCharlotteは、防御障壁を展開した後、一度ガスの外へ出ようと後退したその右足を捕られた。
「っ!」
近接攻撃の術を持たない彼女にとって足を捕られるのは想定外であり、また、それほどに敵の接近を許した事に思わず下唇を噛む。ライフルの銃床でゾンビの頭を殴り付け、拘束が緩んだ隙に足を引き抜き、咳き込みながらも一気にガスの外へと転がり出た。
――その瞬間、右大腿に灼熱が灯った。撃たれたのだと分かった時には、バランスを崩し倒れ込んだ。
何処から? 射線を遡ろうにも視界を奪われた今、確認する事は難しい。起き上がろうとしたその背を踏まれ、再び地面に俯せられた直後、今度はサーベルが左の大腿に突き立てられた痛みに、遂にCharlotteは悲鳴を上げた。
ラシュディアは催涙が投射されるあの瞬間にファイアボールを撃つ予定だった。しかし混戦状態となっている現状では味方を巻き込まずに発動させることは不可能であり、結局試せなかったのだ。襲いかかってくるサーベルの刃を左上腕に受けながらも、保っている視界を頼りにライトニングボルトを放つ。
統夜は聞こえた悲鳴に助けに行こうと気は焦るが、目が開けられず、思わず悪態を吐きかけて咳き込んだその時、こめかみを強く殴られ、たまらず蹲った。
覚醒者ではないとはいえ、腐っても日々厳しい訓練を乗り越えてきた元帝国兵であり、その一撃一撃は重い。むしろ人としてのタガがない分、容赦も無い中、剣や銃弾では無く銃床で殴られたのは幸運だったと言えるだろう。
統夜のすぐ傍で稲光に似た閃光が炸裂し、爆ぜた。
ガスが徐々に薄くなって来た最中、エヴァは右前腕を撃ち抜かれ、思わずソフィアを取り落とした。
射線を遡ると、人差し指を銃口に見立てたカールが嗤いながら自分を見ているのを見て、エヴァはギリリと奥歯を噛みしめる。
そんなカールにティーアが剣を振るうが、まだ咳が治まらない状態であるのもあり、難なく躱されてしまった。
パウルが再び虚空から無数の刃を具現し放つ。
降り注ぐ刃を太刀で払い除け、足に刃が刺さったのもそのままにメリエはパウルへと肉薄し、ついにその胴の硬い装甲を貫いた。
そこへディアドラも駆け寄り、背後からローレル・ラインを同じように突き刺すと、バリトンが渾身の一撃を真一文字に振り抜いた。
頭部が宙を舞い、ゆーはそれを真っ先に駆けつけ確保すると、弾みで壊れたのかバイザーの部分が落ち、その穏やかな死に顔が見える。
「貴様らぁっ!!」
カールの怒号に、ゆーは我に返ると直ぐさま首を隠した。
一方で首を無くした鎧は動くと、油断していたバリトンの頭部を薙ぎ払った。タイラントのお陰で致命傷は避けられたが、脳が激しく揺られ、足下が蹌踉けた。
「さて、お友達の首はどこへ行ったでしょう?」
カールと視線を合わせないようにしながら、ゆーはパウルの鎧から距離を取る。
「何処へ隠したぁっ!!」
怒声と共に広げた翼で一気にゆーの前へ距離を詰めるとその腹部に剣先を鎮めようと突き出した。
受け流しは間に合わないと咄嗟に判断したゆーはパウルの首をカールの眼前に突き出し、その首元から額へと向かって引き金を引いた。
「いないいな~い……脳漿をぶちまけろ」
満足そうに笑うゆーの腹部に長剣が深々と突き刺さるのと、カールの顔面にパウルの血が飛び散ったのは同時だった。
想定外だったのは、フルフェイスの為思ったほど脳漿が飛び散らなかった事と、死後数日が経っているので凝血していた事だが、ゆーはその事実を確認する前に意識が落ちた。
「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!」
獣のような嗚咽がダンスホール中に響き渡る。黒い翼を広げたまま、カールは胸にパウルの首を抱いて膝を着いた。
それを見て、ティーアは死角より一気に距離を縮めると、斧形態に切り替えた。
「この前の借りだ。貴様のその首俺においてけや!!」
背後から振り下ろされた一撃を、カールは何の回避行動も取ること無くその身に受けた。
右の肩口から右肺の半分まで割り裂いたところで刃を引き抜くと、真っ赤な血液が噴水のように周囲に飛び散った。
「お前達も、変わらない」
ごぼごぼと口からも血を吐きながら、カールはゆらりと立ち上がると、左手を拳銃のような形に見立てて「ばん」と引き金を引いた。
小さな爆発音と共に、その射線上にあった燭台が割れ、蝋燭が落ちてカーテンに引火した。
「僕は、あの方が、望む世界になればいいと、思っただけ。漸く出逢えた友人と、語らいたかっただけ。他はどうでもいい」
誰もが止めを刺さなければと思うのに、指先一つ動かせないまま、ただカールの独白を聞いた。
「お前達も、そうだろう? 僕たちの、都合なんて、関係無い。お前達の世界が守れれば、それで、いいんだろ? 死んだ者が動けばそれはもう、ただの敵で、倒すだけの、モノ、だ」
大量の血を吐きながら、カールは指弾で燭台を撃ち落とす。
パウルの鎧はパウルの頭部が撃ち抜かれた後からぴくりとも動かなくなっていた。
未だ動くゾンビ2体も、ただその場に立ち尽くしていた。
ただ、カールだけが静かに指先を動かしていく。
全ての燭台を撃ち落として、全身を己の血で染め上げたカールは晴れ晴れとした綺麗な顔で笑った。
「全部、僕のものだ」
轟、と炎が一際大きく上がったと同時に、全員再び動けるようになった。
カールの身体は炎に包まれ、ゾンビ達は糸の切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。
「いかん、ここにいては火に呑まれるぞ!」
ディアドラの言葉に一同は頷いて、出口を目指す。
メリエが意識の無いゆーを抱きかかえ、ティーアがCharlotteを背負った。
足を負傷したライガはラシュディアの肩を借り、一同が助け合いながらホールを後にする。
最後に振り返ったエヴァは、黒焦げたその影にあの笑顔がまだある気がして、振り切るように前を向いて走った。
結局、ダンスホールから広がった火災はアウグスト邸の80%を焼き尽くした。
『全部、僕のものだ』
カールの最期の言葉通り、アウグストの首も元帝国兵の死体も、ヴルツァライヒに関する資料や歪虚に関わる証拠品も一つ残らず灰へと帰したのだった。
●某書斎にて
「……クリームヒルト様はやはり立たれましたか」
別件の報告書を読み終えた老紳士――フランツは、ぱさりとそれを机の上に置くと、眼鏡を外し、眉間を左の親指と人差し指で揉んだ。
「如何なさいますか?」
壮年の貴族然とした男の問いに、フランツは静かに微笑んだ。
「かつての『約束』を果たさなければ。今日まで生き恥を晒してきた甲斐がないじゃろう?」
両手を机についてゆっくりと立ち上がると、窓を押し開けた。
爽やかな夏風が室内を走り、報告書がカサカサと鳴る。
「クリームヒルト姫殿下に至急面会の手配を。姫様がわしの名前を覚えていらっしゃるとは思わんが、なるべくであれば内密に進めたいところではあるの」
男は頭を下げて承諾の意を示すと、直ぐに扉の外へと出て行った。
「貴女が、悲願を成し遂げて下さるというのなら、この老いぼれの全てを賭けましょう」
窓際に立ったフランツの目には、決意の灯火が宿っていた。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 ライガ・ミナト(ka2153) 人間(リアルブルー)|17才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/07/14 17:23:11 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/07/12 21:48:51 |