半熟王女の謁見 3

マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~5人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
4日
締切
2015/07/24 19:00
完成日
2015/08/08 18:52

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「北上したゴブリン集団が他の集団に襲撃され、ヨルド村方面へ敗走しております!」
 伝令が告げた報せ。それはゴブリン集団の状況を表すと同時に、ヨルド村の危機をも示していた。
 システィーナ・グラハム(kz0020)は努めて平静を装うと、矢継ぎ早に命令を下す。
「騎士団を、グラズヘイム王国騎士団を出動させてください……! そ、それに近隣の人々の避難と……あぁ、騎士団の方々は覚醒者からすぐに転移……」
「恐れながら王女殿下、逐次投入は避けるべきかと。が、敢えて行うならば数人ずつです」
 と、謁見の間に響くのは、全てを呑み込むかのような落ち着いた声。その主――セドリック・マクファーソン(kz0026)は咳払いして場の雰囲気を断ち切ると、肩を竦めてみせた。
「軍事に疎い私が言うのも何ですがね」
 軍事に疎い人に諫められるわたくしはつまりもっとだめじゃないですか、などと情けなく思うが、おかげで少し落ち着けたような気はする。
 システィーナは深呼吸し、今度こそ焦燥感を抑え込んで伝令に告げた。
「で、では……覚醒者は四人集まった順に最寄りの町に転移してください。そしてもう一つ。ハンターの皆さまにも依頼を出します。文面は――」
 グラズヘイム王国北西部、三村一帯の問題を全て解決する。

●これまでの三村一帯
 大体の指示を出したシスティーナは、侍従長であり覚醒者であるマルグリッド・オクレールと共に転移門へ向かう道すがら、三村一帯――アルナバ村、ジャン・リュエ村、ヨルド村のことを改めて思い返していた。
 始まりは二つの陳情だった。アルナバ村からの「ユグディラが近くに住み着いたから何とかしてほしい」という陳情と、ヨルド村からの「ジャン・リュエ村が川を塞き止めたせいで困っている」という陳情。
 交流の一環として王城に招いていたハンター達と協力し、ユグディラ問題を一旦保留にまでもっていったものの、今度は別の問題が浮かび上がってきた。
 アルナバ村の近くには、ゴブリン集団の野営地があったのだ。
 偵察して大まかな規模を一旦確認すると、次にシスティーナはハンター達と共に川の塞き止め問題の解決に向かった。紆余曲折の末に判明したのは、一つの陰謀。
 ジャン・リュエ村側の領主ベル侯爵が、ヨルド村をはじめとしたバーナル子爵領を併合しようとしている。それも大義名分を得た上で。
 大義名分と言っても、調査すれば非合法的手段が用いられていることが分かる程度の薄っぺらいものだ。が、今現在、強力な王のいない王国においては、そんな「大義名分」でも押し通されてしまいかねない。つまりは――、
 ――わたくし……システィーナ・グラハムという存在が侮られている、のでしょうね……。
 仕方のないことだと思う。内政も外交も軍事も何もかも色々な人に任せきりなのだから。
 上手くやりたいのに、全然上手くできない自分が嫌になる。そんなだから侮られるのだ。
 ともあれ、そんなベル侯爵による川の塞き止め工事を中止させ、川を元の流れに戻したのが二週間前。
 そうしてゴブリン野営地の動向を探っていたところ、遂に彼らが北上を開始した。
 単なる偶然かもしれないが、タイミングを考えれば「彼らは水を求めて南下していた」と見る方が自然だろう。
 かくして安堵した直後にもたらされたのが、先の報告だった。
『北上したゴブリン集団が他の集団に襲撃され、ヨルド村方面へ敗走している』
 ――必ず、解決します……!
 それが王族としての義務であり、自分自身の希望なのだから。

●ヨルド村東の攻防戦
 バーナル子爵領ヨルド村は、騒然とした空気に包まれていた。
 東の空に見える黒煙。雷鳴のように響く轟音。川向こうにはゴブリンか何かの姿が見え始めており、怠け癖のついたヨルド村民ですら重い腰を上げざるを得ない状況だった。
「歪虚?」「わがらね……」「何かが起こっとるがね」
 詳しいことは分からない。が、とにかく村の広場に行こう。何かあったら広場に集まって皆で行動する。村で定めたことだ。
 村民達はそうして大急ぎで村広場へ向かう。広場はみるみる人の波で埋め尽くされ、普段の長閑な景色とは正反対の喧騒が生まれる。
 そこに大声で呼びかけたのは、村長だった。
「みな、よくぞ落ち着いて集まってくれた! 何がどうなっておるか、誰もが聞きたいと思う。が――儂もよう分からん!」
「ええ!? 村長ぉ……」
「だがの、儂らがせねばならんことはたった一つじゃ。とにかく逃げい! 幸い、ハンターの人に言われて東の柵は補強したばかりでの、ここに何かが攻めてきても少しばかりは時を稼ぐこともできるはず。みな、西の道沿いに領主様の町まで向かうのじゃ!」
「で、でもよぉ、道にも歪虚とかおるかもしれねが……」
「そうなったら南じゃ。ジャン・リュエ村さいげばいい!」
「だ、だどもあいづら川を止めやがっだど! 今さら俺らを受け入れるわげねえ!」
 が、村民達はなかなか村を離れようとしない。
 苛立ち紛れに村長が一喝しようとした――その時。
『――――■■■■ェエエェ!!』
『――■■ッ!? ■■、■■――!』
 荒々しい咆哮と、惑うような悲鳴が聞こえた。

『逃ゲロ、逃ゲロ、逃ゲロ! アイツラ、強イ! オレラ、弱イ!』
 彼らはひたすら西に駆け続けていた。
 女子供を男衆で囲み、ただただ足を動かして。生きる。その為だけに彼らは必死に逃げ惑う。
 前へ、前へ、前へ。
 脇目もふらず進み続けた彼らはしかし、次の瞬間、難しい選択を迫られることになった。
『父チャン! 村ダ! 村ガアル!』
『何ダト!? 人ノ村、カ!?』
『ウン! ドウスレバイイ!?』
『グヌゥ……分カラン!』
『エェッ!?』
『後デ決メル! 今ハ橋ヲ駆ケ抜ケロ!!』
『分カッタ!』
 彼ら――傷ついたゴブリン達は駆け続ける。
 このクリムゾンウェストの世を、生き抜く為に……。

▼ヨルド村周辺
  北

     小 麦 畑      ∥
  ■■■■■ ■■■■■■  ∥
  ■         ■■  ∥      ◆◆◆
  ■         ■■  ∥   ▲ ◆◆◆◆
至町    広 場    ■ 木 橋 ▲▲▲◆◆◆
  ■         ■■  ∥   ▲▲◆
  ■         ■■  ∥
  ■■■■■ ■■■■■■  ∥
     小 麦 畑      ∥
                ∥
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
                ∥
     PC・騎士       ∥
      私兵団       ∥

  南

■:柵
∥:川(幅4m)
▲:ゴブリン敗走集団
◆:ゴブリン追撃集団

※特に移動力の高いPCならば、ゴブリン集団が柵に辿り着く前に村に入ることができるかもしれないが、騎士や私兵団は間に合わない。

リプレイ本文

「ゴブリン発見ですの! 逃げてるのと追いかけてるの、両方見えますわ」
 ヨルド村南まで辿り着いた一行。双眼鏡で北を遠望していたチョココ(ka2449)がぴこんと跳ねて報告した。紅薔薇(ka4766)が「貸してみるのじゃ」と言いつつ双眼鏡を覗き込む。
 拡大された視界に映るのは追い立てられる集団と――、
「茨の……あやつらこんな所にも来ておったか」
 茨小鬼。そう呼ばれる亜種が交じった集団。
 そしてヨルド村は、丁度追い立てられた集団が向かう先にある。彼らが村と接触するまで一刻の猶予もない。
「これは急がねばのう」
「先に行く」
「俺も行こう! あんたは……」
「奴らに当たるのは、俺だ」
 不敵に口角を歪めるウィンス・デイランダール(ka0039)。ヴァイス(ka0364)は一瞬思案し、しかし次に首肯してバイクに跨った。流線型の車体と駿馬が平原を並び駆ける光景は何故か倒錯的な昂りを呼び起す。
「なら俺はまず村に入ろう」
 二人の男が競って北上し、砂塵が後を追って伸びていく。それに紅薔薇が続くと、残る一行は弾かれたように行動を開始した。
 意地を見せるが如く馬腹を蹴る騎士や騎兵。喚声を上げる歩兵。月影 夕姫(ka0102)がバイクで追い越しつつ。
「徒歩の人は村に入らず直接ゴブリンに向かって! 騎兵は村を抜けて北回り! 奴らを挟撃するわ!」
「おお!」
「挟撃からの突撃、集団戦闘の見せ場やな!」
「「「おおぉ!!」」」
 煽りながら先行者と後続の中間に位置するのはラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)。彼は歩兵に交じって並足で馬を操る侍従長とシスティーナを見やり、手を挙げた。
『そっち大丈……』
『当然、大丈夫ですが?』
『あ、うん、オクレールさんなら当然やな』
 視線で通じ合う会話。ラィルは色んな意味で内腿を締めた。一方でヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207)は王女達に、
「荒事はあたし達の出番! 王女様、貴女は貴女なりの『戦い』を!」
 言って馬腹を蹴った。
 二人の馬が素早く反応し、一気に歩兵を抜いていく。続いて緑髪を靡かせ夕姫。三人はアルト・ハーニー(ka0113)とナナート=アドラー(ka1668)に合流するや、五人一塊となって速度を上げた。
「二つのゴブリン、ねぇ。王女は『何とか』したいようだけど……」
「まずは目の前の事を何とかしないと、か」
 片手で手綱を操りつつ指に髪を巻くナナートと、対抗してチビ埴輪を指にはめるアルト。
 ビシィ。何やってるのと言わんばかりヴィンフリーデが手綱で空を叩いた。
「急ぐわよ!」
「こ、これでも全力なんだぞ、と!?」
 騎士集団の後ろについた五人が、風を切って駆け抜ける。

 セリア・シャルリエ(ka4666)はチョココを後ろに乗せ、王女達と轡を並べて自分の荷を手渡した。
「双眼鏡と短伝話です。お二人で観測と連絡をお願いします」
「私が見る係でオクレールさんが連絡係ですね?」
 こく。セリアが頷くと頭の猫耳が揺れた。
「物を視る時は高い所、高い視点から全体を俯瞰するのが一番です。故にもどかしいですが。けれどそれは、生首が自ら歩かないのと一緒です」
 やや速度を上げる。チョココが腰にしがみついた。
「もどかしいのは上に立つ者の宿命かと。カフェのマスターも多分そんな感じ」
「けれど私は……手足の動かし方も知らないのです」
 だから頭が必死に転がるしかない、とシスティーナは正面を見据え、呟く。
 セリアは王女をじっと見つめ、小さく頷いた。
「……それはそれで、なかなか」
 饅頭頭だけが歩く姿を想像し、秘かに胸を躍らせるセリアである。チョココがくぅんと鳴いた。
「よく解らないお話ですのー」
「ふふっ。私も同じ、解らない事だらけの迷子です。けれど観測係は必ず果たします」
 ぽふとセリアの背に頭を預けるチョココに、システィーナが微笑する。
 迷子とは即ち目的地はあるという事。それならいい。セリアはそれを脳裏に刻むと、馬腹を蹴って加速した。
 遥か前方には大量の砂塵を曳き村へ近付く集団。降り出しそうな曇天と相まって、その光景は嫌な予感を駆り立てる。

●橋へ至る戦い
「ハンターズソサエティから来た! 皆、落ち着いて聞いてくれ!」
 一陣の風となって小麦畑を突き抜けたヴァイスは、速度を緩めぬまま村の南入口を駆け抜けた。
 聞き慣れぬエンジン音。立ち上る砂塵。広場の村人は身を震わせて南を見やる。
「ハンターのヴァイスという! 安心してくれ、現在王国がここに兵を寄越している。まずは落ち着いて行動しよう」
 車体をスピンさせるように急停止、ヴァイスは兜を脱いで素顔を晒す。
 ざわめきが広場を包む。間近にいた男がこちらに歩み寄った。
「は、ハンター?」
「ああ。既に東の集団にも味方が向かっている。だからゆっくりと確実に行動するんだ」
「そ、村長!」
 おお……。
 ざわめきは次第に安堵の声や歓声に代り、伝播していく。ヴァイスは硬い表情を崩し、微笑を浮かべた。
 ――戦闘が始まる前で助かったな。
 もし剣戟の音等が先に響いていれば村人は恐慌を来たしただろう。そうなれば避難もままならず――最悪の可能性すらあった。
 ヴァイスは自らの選択の正しさを感じながら、手際よく避難の具体的手順を指示していく。そこに聞こえてくる、野蛮な喚声と甲高い金属音。ウィンスが接敵したらしい。
 互いの最速が最善の結果を生んでいる。ヴァイスは村人を安心させるように笑う。同時に南から、
「手筈通りに! 村には指一本触れさせないわよ!」
 けたたましい機械と人の叫びが、轟いた。

 先頭を駆けるウィンスは前方、橋を渡り終えた敗走集団を見据えていた。
 遠く見えたそれは数秒にして表情すら判別できる位置に迫り、瞬く間に先頭とすれ違う。
「味方だ……! 左――俺の来た方へ行け」
『■■■■!?』
 言語が通じるかは解らない。が、ひとまず彼らにウィンスを邪魔する者はいないようだ。というよりその余裕すらないのか。
 ――できれば先に橋を封鎖したかったが……。
 ウィンスは敗走集団の脇を抜け、その最後尾を捉える。追撃集団――既に渡河を終えた敵は二十体を超えている。懸命に抵抗するゴブリンと、狩りを楽しむゴブリン。馬上、ウィンスはグレイブを大上段に構えるや、
「おい、こっちだ」
 勢いままに、突っ込んだ。

「お主ら、死にたくなければこっちに移動して大人しくしているのじゃ!」
 紅薔薇は敗走集団へ呼びかけつつ、ウィンスの姿を確実に目で追う。
 馬で突撃して集団内へ割り込むや、長物をぶん回して大暴れする銀髪。驚くゴブリンと奇声を上げる敵。敵二体が挟み込んで斬りかかると、ウィンスは馬首を前の一体に向け後ろの敵を斬り捨てた。前の敵の槍が馬に吸い込まれる。
 倒れない馬。見れば敵懐に潜り込み額で柄を受けている。転じてウィンスの刃が敵を両断した。
 追撃集団の脚が緩む。が、敵は散って敗走集団を追ってきた。紅薔薇が逃げ惑う彼らの脇を抜けるや、腰の刀に触れたままバイクから飛び降りる。
「楽しそうにしおって、ウィンス殿! 妾も交ぜるのじゃ!」
「知るか。勝手にやってくれ」
「無論」砂塵を曳いて着地、至近の敵へ踏み込み。一閃、二閃三閃。居合からの剣閃が敵を斬り裂く。「そのつもりじゃ」
「……、橋まで押し返す、ベニバラ」
 二人の射抜くような双眸が、敵後続に向いた。

「村へ入らずこっちへ! 私達は敵じゃないわ!」
「私が誘導するわん」
 夕姫とナナートが敗走集団に声をかけ、アルトが散った敵を追い回す。チョココはやおらセリアの馬から降り、逃げる彼らの流れを確かめた。
 ――これなら眠らせなくても大丈夫そうですの……?
 彼らの多くはナナートに注目しており、残る少数はバイクに乗る夕姫を警戒したところ――それを無視して夕姫が追撃者へ光条を放った事で首を傾げている。
 彼らの殿軍にいた者の傷は激しく、一人また一人と倒れている。夕姫はその一人を助け起す。
「後から来る人間も味方よ。だから大人しくしてて」
 言葉は聞いているようだが、理解しているのか。とはいえ試してみなければ始まらない。ナナートは腕を振って南西へ彼らを誘導していく。
 残る四人はそれを見送る――暇など、なかった。
「橋は……任せるとして」セリアがウィンスと紅薔薇を呆れ気味に見やり、「まずはこちら側の敵退治ですか」
「散らばってて狙いにくいですのー」
 と杖を翳しチョココ。
 セリアが柵へ向かったゴブリンを追う。横合いから襲いくる敵一体。セリアは振り返りざま小太刀を振り上げ――衝撃波が敵を吹っ飛ばした。
「ゴブリン同士でまあ……どの世界にも弱い者苛めってのはあるのかね。とりあえず強い方から倒させてもらうぞ、と」
 錨槌を振り抜いたまま、アルトが言った。

 斬る。突く。払う。次々に橋を渡ってくる敵の流れに逆らうように、ウィンスと紅薔薇は前進を続ける。
 弾ける血潮。耳を聾する断末魔。
 紅薔薇が鋭い呼気と共に踏み込んで薙ぐや、空いた空間に馬首を捩じ込んだウィンスが長大な得物を活かし矮躯を撫で斬る。馬に殺到しかけた敵を牽制するのは紅薔薇の剣舞で、次にウィンスが動く――と思いきやその機先を制して紅薔薇が敵集団へ飛び込んでいく。
 こやつらは妾のものよ。
 そう主張してやまない紅薔薇に眉を歪めるウィンスだが、視界の先に奇妙な巨躯が映った。敵は橋の上に仁王立ちしている。チリ、と胸の奥に火が灯るのが、解った。
「あれが茨か」
「ふむ、あれも妾がもらおうかのう」
「――ハ、上等だ」
 血煙が舞い、銀と紅が咲き乱れる。
 二人、もとい二つの獣は同時に眼前の敵を斬り捨てるや、橋の袂へ突っ込んだ。

●もう一つの闘争
「すぐ王女様も来るわ。こんな時に、よ。でもだからこそ村の名を賭けて国主を歓待する……それが最高に美しいって思わない?」
 村広場。ヴィンフリーデが敢えて発破をかけるように笑ってみせると、村人は呆気に取られ、しかし僅かに笑い声が漏れた。
「確かになぁ、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんじゃない!」
「ははは……」
「よーしその意気や。どっかり構えて胸張って西の町に行こか! あ、でも王女さんの前で胸張ったらいかん。その……アレやからな?」
 細かく村内を見回り、ラィル。笑いが大きくなり、村長の困惑は増していく。
 だがこれでいい、とラィルは思う。自然体こそが最後のところで人を救ってくれる。
「おーい、おらん人ぉ、手ぇ挙げー」
「いないわね……って、ん?」
「なら、王女さん迎えよか」
 首を傾げたヴィンフリーデをスルーして一行は南を仰ぎ見る。
 百に近い数の人々が一斉に顔を向けた先で――侍従長の馬に横座りで乗ったシスティーナは、微笑を浮かべて告げた。
「行きましょう。逃げるのではなく、生きる為に行くのです」

 一瞬の静寂と、ははぁという承諾の声。そして動き出す、ヨルドの人々。
 システィーナはそれらを見届け、集団の先頭に立った。ヴィンフリーデと騎士が前後を固め、ラィルは殿軍という陣容だ。
 システィーナは正面に続く街道を双眼鏡で見晴かし、次に横、後ろを見る。異常なし。いやラィルが近くの女性と喋っている。……いや、それは異常ではないけれど。
 システィーナは嘆息して視線を戻す――間際、粛々と歩く村人の姿を見つめた。
 ――私の、戦い。
 その為にこそ、この光景を覚えていなければならないと思った。戦によって生活を脅かされ、それでも自分に従ってくれる――あるいは従わざるを得ない彼らの姿を。
 単なる戸籍や数字ではない、彼らの姿。それが、自分の守るべき国の姿だから。

 ナナートは傷だらけのゴブリン達を先導しつつ、慎重に集団を観察していた。
 ――指導者は……。
 剣を背負った個体がいる。手斧も、槍もいる。それら10名程が集団の外を固め、内で怯えるのは子どもらしき個体や武器を持たぬ者。そのうち、髭を蓄えた個体が内側にいるのが判った。
 ――長老、みたいな人?
 よく解らないがナナートは下馬して立ち止まり、両手を挙げて長老(仮)に視線を送ってみた。
 突然の事に狼狽えるゴブリン。周囲の武器持ちが素早く反応するや、二体が挟み込んで斬りつけてきた。ナナートが腕で頭と体を庇う。斬撃。錆びているのか、切れ味が悪いのが逆に怖い。二体はさらに振りかぶり――長老の短い一声が、場を凍らせた。
 二体が下がる。長老は喉の調子を整えるように咳払いと発声を繰り返し、嗄れ声で言った。
「……■■……■ンダ……話ガ■ル■カ?」
「あら。こっちに合せてくれて感謝するわん」
「構■ン。■ラモ■謝シ■■■。奴ラ■攻■テクレ■」
「お互い様ね。ならここで一つ提案があるんだけど」
 ナナートは一息つき、空を仰いで深呼吸する。パラパラと降り始めた雨が不快で、すぐ向き直った。
 ――これからの時代、亜人達とどう共存するかも問われる筈。
 腕から流れる血を見て、自らのうちに流れるものを意識する。
 対話できる存在を問答無用で迫害する事はできない。それは自分を殺す事に他ならないから。
「この戦闘が終った後、話してみない?」
「誰■■?」
 伝話越しに『彼女』にも提案する覚悟で、ナナートは告げた。
「国の、王女サマと」

●茨小鬼
 矛と棍。斬撃と殴打。両者の得物が火花を散らし、鈍い衝撃が臓腑を震わす。
 馬上、橋へ突進しながら振り上げたウィンスのグレイブは偉丈夫の振り下した棍と衝突し、
『ヌウゥゥアア!!』
「ッ!?」
 馬ごと、ウィンスが押し切られた。
 砂煙を上げ後退るウィンス。同時に紅薔薇の刺突が伸びる。体をズラして躱す敵。交差気味に紅薔薇の胴へ棍が叩き込まれた。ぐっと肺腑から息の漏れる感覚。紅薔薇が踏ん張らず自ら吹っ飛ぶ。川面に足から着地、すぐさま跳躍して欄干へ舞い戻る。
「こやつ……!」
「全部で――七体か」
 咄嗟に周りを見回す。村側に二体、向こう岸に四体、そして橋上に一体。奴らさえ殺せば後は烏合の衆だろうと思うが、
「コレは俺が抑える。あんたは向こう岸で存分に暴れてくれ」
「さて。どうしようか――のう!?」
 欄干から滑るように敵へ肉薄する紅薔薇。袈裟斬り、左の手甲で受ける敵。脚を引き反転して胴を薙ぐと、敵は構わず大上段から棍を叩きつけてきた。肩で受ける紅薔薇だが、その分斬撃が浅くなる。パッと朱の花が咲き、直後、敵の回し蹴りが紅薔薇をまともに捉えた。
 横から胸を強打され、転げていく紅薔薇。代って矛が下段から伸び上がる。下腹から斜めに裂かれ、茨小鬼が後退しつつ棍を構えた。
「狭い! そっちをやれ、ベニバラ!!」
「ぬう……譲るのはここだけじゃ!」
 下馬して近接戦を仕掛けるウィンス。紅薔薇が仕方なく向こう岸へ進む。
 瞬間、敵の突進からの頭突きがウィンスを襲う。躱――せない。強打され明滅する視界。棍の気配。棍ごと払うように一閃。受ける衝撃が尋常ではない。その隙に、敵の前蹴りがウィンスの腹を突き上げた。
 込み上がる嘔吐感。後ろへ跳びながら払うと、敵胸部が紅に染まった。
「この橋はいただく」
『ゲッゲ……殺す! 一人残らずじゃあ!』
 真正面から肉薄するウィンス。棍。下段。敵が嗤った。ウィンスが口角を歪める。棍がウィンスの軌道上へ振り上げられ――、それより疾く、気付けばウィンスの矛先が敵の胸を貫いていた。
 呆然と、信じられないように目を見開く敵。敵はもはや何も見ていなかった。
 巨体がどうと橋上に倒れる。ウィンスが矛を翳し、淡々と宣告した。
「残り六体……」

「っ……!」
 向こう岸に渡った紅薔薇は、圧倒的な敵の数に翻弄されつつあった。
 斬り、払い、突いては舞って敵をいなす。無論、通常のゴブリンにやられる気配はない。が、それに交じって不意に襲い来る茨小鬼が、紅薔薇を少しずつ疲弊させていく。
 いつの間にか接近した茨小鬼の斬撃。それを弾き、返す刀で敵を裂き、追撃しかけた紅薔薇に降り注ぐのは雷撃。術士もいるらしい。
 手数が足りなかった。後ろの押し上げを待つか。だが待てば待つだけ敵は村へ近付き、そうなれば事故のような悲劇が生まれる可能性が増す。
 それは――守り手を担う一族の者としての矜持が、許さなかった。剣の守護者。それが、乙女の道だから。
 ――時を稼ぐ、その為にこそ攻勢じゃ……!
 腕、腿、肩。三ヶ所が同時に裂かれ、しかし紅薔薇を前方へ身を投げ出した。
 群衆に紛れんとする茨小鬼。そこへ無理矢理突っ込む。敵の刃は致命的なもの以外無視、一気に群の中へ。
 正面の敵が驚愕する。こやつが術士か。紅薔薇は直感し、マテリアルを集中した。
「小賢しい真似をするでないわ!」
『雷槍よ、我が敵を屠れ――!』
 二つの光が瞬き、弾けた。
 白い視界で、敵が安堵するのが判る。紅薔薇はそれを見返し、返事代りに斬撃を見舞った。
 敵は悲鳴を上げ逃げ惑う。その背を紅薔薇が斬り捨てた。
「最後まで足掻けばよかろうに……」
 つまらなそうに呟くが、周囲の状況は変らない。殺到してくる敵群に眉を顰めた――瞬間だった。

「突撃ィ――――!!」

 芯を震わす馬蹄音。小雨を切り裂く嚆矢陣。一瞬の空白と圧倒的な衝撃が、紅薔薇とゴブリン双方に生まれる。
 そちらを見ればそこには、一塊となって敵群を引き裂く騎士と騎兵の姿があった。

●村を巡る戦い
 十四騎と一人は、村を北へ抜け東へ回っていた。
 駆けながら隊列が整う光景は爽快だ。が、男は前方にあるそれを見やり、口を開く。
「渡河できるのか?」
「その程度、造作もない。あまり深くなさそうだしな。これぞ『我ら騎兵の戦術』よ」
 進攻時、ラィルらに掛けられた発破が余程効いているらしい。
「……問題は俺、か」
 いくら水深がなかろうと、バイクで水に入りたくはない。
 男が騎兵集団に帯同し、そう考えている時だった。その提案を受けたのは。
「ならば俺の後ろに乗れ」
「いいのか?」
 先頭を行く騎士が、豪快に笑った。
「お前は我が国の民を助けてくれたからな……」

 男――ヴァイスは煌剣を振りかぶるや、
「助かった。後は戦果で――」
 馬上から飛び降り袈裟斬り、敵の体にぶつかりながら叩き斬る!
「応えよう!」
「「「おおおおぉおぉぉぉおおおおおおおおおおおぉぉ!!」」」
 速さを鋭さに、重さを強さに変えて、馬群はゴブリン集団を引き裂いていく。
 波濤。それは戦いの趨勢を変えるに充分だった。
「紅薔薇!」
「派手な登場じゃのう……だがそれがよい!」
 息を吹き返したように剣舞を披露する紅薔薇と、敵中に留まり一身に敵の攻めを受けるヴァイス。その時、群に動揺が走った。背後を見る。ウィンス。橋の茨小鬼を破ったか。
 なれば背後は心配無用。紅薔薇がさらに打って出た。その背を守り、時に矢面に立ってヴァイスが煌剣を振るう。
 腹の出た巨躯。右手の大剣をヴァイスが兜で受ける。転じて薙ぎ払い。敵の鉄鎧が火花を散らす。次々斬撃を繰り出してくる敵。全身でヴァイスが受け、各所を刻むが敵は倒れない。と、突如敵背後に現れた紅薔薇の刺突が敵の首――いや肩口を貫いた。
 咄嗟に体を捻ったか。敵の驚異的反応に感嘆し、しかしヴァイスは間髪入れず裂帛の気合と共に煌剣を振り下した。
 倒れ伏す巨躯。死体は消えない。それは敵が歪虚でない事を示す証拠だ。
「歪虚と対すればお前とも共闘できたのかもしれないな」
 ヴァイスが独りごちた。

「こっちに来なさい!」
「百tはんまー、フルスイングを喰らえ!!」
 ヨルド村東。盛大に挑発する夕姫と、錨槌をぶん回すアルト。二人の豪快すぎる行動は村側へ渡ってきたゴブリンを大いに引き付け、十三体が二人に殺到する事になった。
 ――故に、
「えーいっ、ですの!」
 チョココの火球が、猛威を振るった。
 連続する紅の旋風。使役された通常ゴブリンが汚い悲鳴を上げ、倒れ伏していく。夕姫は顔を顰め、眼前に光の図形を描き出した。
「村も彼らも好きにはさせない!」
 放たれる三条の奔流。九時方向に一本、一時に二本突き進んだそれが同時に敵へ命中し、すかさずアルトが追撃する。誘引されていた事に気付いた敵は即座に散って村の柵へ方向転換。その背にチョココの火球が再び炸裂する。
 十三体が集中攻撃に倒れる。が、残る七体の中に巨体――茨小鬼は、いた。その数は二。さらに新たに渡河してくる敵も数体。大半はウィンスらが防いでいるが、流石に川全域を守る事はできないか。
「次は茨よ……集中っ!」
「イジメっ子はオシオキだぞ、と」
 アルトを先頭に敵へ向かう。光条と火球が放たれる――!

 騎士の一人と共に馬を走らせていたセリアは、茨小鬼に手を出せずにいた。
 遊撃的に敵とすれ違い、一撃加えては距離を取る。一撃離脱で柵を狙う普通のゴブリンを攻める事はできるものの、巨体にはどうしても馬が近付いてくれない。やはり乗用馬では限界があるのか。
 二人一組となったセリア達は、夕姫らに誘引されなかった敵を削り、柵の破壊を少しでも引き伸ばす。が、それも終りの時が近付いていた。
「柵の一角が崩れます」
「私が先に! 後を頼みます!」
 意気軒昂な騎士が村へ侵入しかけた敵を横撃、一瞬で数mを吹っ飛ばす。気持ちの良い攻撃に騎士が快哉を叫び――直後、騎士の体が馬ごと叩き潰された。
 茨小鬼の大剣が、地面すら断つ勢いで振り下されていた。
 セリアが下馬して巨体へ駆ける。背後から、しかも下段から伸びるように繰り出した斬撃はしかし、鋼の如き筋肉に阻まれた。敵が振り返る。内腿狙いで沈み込む刺突。命中。だが敵は痛みすら快感のように笑い、大剣を払った。
『もっとだ、もっと俺を熱くさせろ!』
「勝手に燃え――」
 ててください。
 台詞の半ばでまともに胴に喰らい、玩具のように吹っ飛ぶセリア。それを追撃しかけた敵が、騎士の一撃に縫い止められた。敵の前後にセリアと騎士。挟み込む形だが、悠長にしていればもう一体の茨も来る。セリアが喀血して立ち――ソレを視界端に捉えた。
 ――ゴブリン……北回りに……。
 北から村を抜けていく三体の敵。巨漢ではない。セリアは自身がそれに追いつく事を諦め、伝話で警告した。
 後は向こうで対処できる筈。セリアが絶え絶えに息を吐き、眼前の敵を見据える。
 ――瞬間、光条と火球が炸裂した。

 朦々と立ち上る土煙。その中にアルトが突っ込む。
「埴輪が俺に道を示してくれる!」
 謎の叫びと共に錨槌を振りかぶり、影へそれを叩き込む。影――茨小鬼は胸を貫いた錨槌を見下し、次に大剣を振るった。半身になって躱すや、半回転する要領で錨槌をぶん回す。
 遠心力たっぷりの一撃。敵が避けようともせず受ける。直後アルトが転がるように横を抜けると、頭上を大剣が過った。
 煙が晴れてくる。後退するアルト。代って敵へ連続着弾する光。敵はアルトを追いかけ――膝をついた。そこに、
「まず一体!」
 夕姫、アルト、チョココ、セリア。さらには騎士を加えた五人の得物が、突き立った。
 敵は断末魔もなくくずおれる。が、安堵してはいられない。茨小鬼はまだいるのだから。

●一族を巡る戦い
 ラィル、ヴィンフリーデ、オクレール、そしてシスティーナ。各々が敵襲を知らされていたが故に、対応は迅速だった。
 村人の隊列を小さくまとめ、道より南に出るシスティーナ。侍従長は騎士一人をヴィンフリーデに同行させる。ラィルが後方確認、敵三体の姿を発見したところ、先手を打って銃撃した。
 銃声が響く。普段ならば音には多少気を遣う。が、今なら問題ないと判断した。何しろ東の対応班は猛者揃いだ。むしろ音で一瞬でも敵の隙を作れば間接的支援となりそうに思える。
 ――とはいえ、まずはあの三体や。
 間違っても集団に近付ける訳にいかない。前線の戦闘とは別種の緊張。ラィルは拳銃から短剣に持ち替え周囲確認、他に敵影のない事を確認し、駆けた。

 ヴィンフリーデと騎士がラィルに追いついた時、敵は二体となっていた。
 敵に敢えて囲まれるようにして引き付けるラィルを支援すべく、一気に肉薄する。こちらを向く敵。その横腹を、勢いままに煌槍で貫いた。敵は絶叫を上げつつ腕を斬りつけてくる。ヴィンフリーデがやや驚き、しかし止めとばかり槍を手放し短剣で一閃した。
 ――茨小鬼じゃないようだけど……普通より強い……?
 使役され、死地を経験する事で、生きる為に強くならざるを得なかったのか。ある意味憐れだが、慈悲はない。そも無抵抗に近い集団を襲ったのは彼らなのだから。
 槍を振って敵の体を落し、残る敵に向き直る。が、その時には既に騎士とラィルが最後の敵を片付けていた。
「物足りないわね……」
 ヴィンフリーデが僅かに口を尖らせた時、ラィルの伝話が鳴った。受けると、それは、
『会談の準備を、お願いするわん』
 ナナートからの要請だった。

 暗い雲が空を覆い、まとわりつくような風が吹いている。小雨はいつの間にかやみ、辺りには遠く剣戟の音だけが響く。
 システィーナ達はナナートと打ち合せ、村の南西、道から離れたあばら家に来ていた。村人達は道の傍の小屋周辺で休んでおり、騎士三人が護衛している。
「こちら長老のラダさん」
 ゴブリンの側に立ち、ナナートが紹介する。システィーナは早鐘を打つ胸を抑え、一礼した。
「システィーナ・グラハムと申します。よろしくお願いしますね」
「■……ラダ……話ハ■■?」
「ま、まずは事情をお訊きしたいのですけれど……」
 嗄れ声で語られるのは、一つの集団の逃避行だった。
 元はヨルド村より北東の森で暮らしていたところ、何故か川が枯れた。水を求めて南下したが住みやすい所が見つからず、やっと森に入ったと思えばすぐ人間に見つかった。どうしようか話し合っていたら川に水が戻っている事に気付き、元の住処へ戻ろうとしたら襲われた、と。
「何故襲われたのか、理由はあるのかしらん?」
 首を横に振るラダ氏。ナナートが重ねて訊く。
「あの凶暴なのは、この辺を縄張りにしたのかしら」
「解ラ■……我■■荒野ヨリ出テ数年■■……」
 つまり、今は元の住処に戻りづらい。周囲に目を光らせつつ、ラィル。
「他に行く所あるんかな?」
 やはり横に振る彼。ラィルが目配せすると、システィーナが首肯した。
「危険が去るまでの貴方がたの仮宿を用意する事は、できます」
「■■?」
「ただしその為には、二つ条件があります」
「■■ン……何ダ」
「その近くにはヒトの村があります。村の生存圏を侵さない事。それが一点です。もう一つはユグディラ――ご存知ですか?」
「知■ン」
「こういう……猫のような」
「アア……見■■■ガアル。食オ■■■タラ逃ゲ■レタ」
「……」
 あんな子を食べようとするなんて。システィーナが挫けかけた。
 気合を入れて目を合せる。
「か、彼らとも共存して下さい。森の恵みは充分に足りる筈」
「■■ッタ」
 予想以上に物分りがいい。ナナートは油断なくゴブリン側を睥睨し、声色を意識して高くする。
「後はアルナバ村との交渉ね。まぁ、きっと王女サマがご褒美あげたら大丈夫よん」
 身も蓋もない言い方にシスティーナが苦笑。不可侵条約の締結ね、とナナートは言いつつ王女の耳元に顔を寄せた。
「こうして私達や亜人達と色々な関係を結んでいけば、王国も変る。その時――」
 最後まで言わず、ナナートは離れていく。
 だがシスティーナには、ナナートが何を言わんとしているかが充分に理解できた。
 このまま進めば、もしかしたら新たな友人を得られるかもしれない。一方で、きっと、大きな壁にもぶつかるのだ。
 ――その時、私は……。
 ヴィンフリーデが促し、村人の許へ向かう。頭上には、灰色の雲がかかっている。

 ヨルド村東の攻防は、最後の時を迎えていた。
 数ヶ所の柵を破壊されたが、村は無傷で守り通した一行。歩兵も合流し、磐石の態勢で橋を越えた彼らは順調にゴブリン達を討伐し――、
「あんたで最後よ」
 夕姫に言われ、巨体は怒りに震える顔で辺りを見回す。周囲に生存するゴブリンは一体もいない。事切れた死体と、武器が落ちているだけ。
 巨体は両手の小剣を構え、裂帛の気合と共に双剣を地に突き刺す。衝撃波が全周に拡がり、夕姫が退いた。
 が、逆にヴァイスは飛び出す。さらには土壁が盛り上がった。ヴァイスが肩越しに振り返る。チョココ。助かる。小さく呟くや、ヴァイスはその身を挺して衝撃を相殺した。直後駆け出すのはウィンス、紅薔薇、アルト、セリア。巨体が雄叫びを上げて双剣を振――光条が、右の剣を弾いた。巨体が光の先、夕姫を見る。
 そして、四人の前衛が長い戦闘を終らせた。

 ――――――。
 ――――。
 ――。

●一つの終りと一つの始まり
「――以上がヨルド村の状況となります。アルナバ村の方は厳重な警護と今後の支援を条件に話がついており……」
 執務室。侍従長の報告を聞き、システィーナは静かに頷いた。
 この場に同席しているのはハンター達の他、ベル侯爵やバーナル子爵、城に保護したユグディラ等。両貴族は神妙な面持ちで椅子に座っている。
 システィーナは改めて両者に話を聞き、ハンターにも意見を募っていた。
 議題は、三村一帯の問題に関するあらゆる事。
 ラィルが嘆息して確かめる。
「子爵さん。今さらやけど、何や手立てはなかったんか」
「……全ては器のなかった自分が悪い……」
 それが付け入られる隙になったのは確かだろうが、行動を起したのは侯爵である。法的に言えば負けるのは侯爵の方だ。
 それを子爵に言ったところで現状では何も変りそうにないが。
「侯爵さんはバーナル前当主とかヨルド村の長とかにも手ぇ回しとったん?」
「さて、知らんよ。長年付き合いのあった子爵領が衰退するのが目に見えていた。私はただその現実を憂えただけだ」
 ここまで来ても侯爵はぬけぬけとはぐらかす。
 ユグディラを膝に乗せてご満悦そうなチョココの声だけが部屋に響く。猫耳装着済のセリアが横で真面目な顔をして尻尾を摘んだ。
『にゃ!?』
「静かにする、ニャ。国政に関わる場ニャ」
「まぁ、調べればいずれ判る事もあるにゃろう、もといあるじゃろう。国内……身内で争う人種など所詮その程度のものじゃ」
 吐き捨てるように、紅薔薇。黒瑪瑙の如く美しい髪と愛らしい顔立ちを持つ娘が辛辣に言うと、妙に迫力が出る。
 恐らく侯爵は前当主の死や村長の息子の都会志向にも何らかの関係がある。それは誰の目にも明らかだった。
 ラィルは「せやな」と詳しい調査の必要性を訴え、同時に侯爵への警告とする。
「侯爵領だけに限らず、抜き打ちで定期的に王国内を視察した方がええやろな。六年前の国難を乗り越え、少しずつ安定してきたであろう今やからこそ、不正は蔓延る」
「うむ、不正は私とて許し難い。国にそうしていただけると私も助かりますな、王女殿下。無能な貴族がのさばっているのを看過できる程、私は売国奴ではない」
「……えぇ、私は信じていますけれど、だからこそ本格的に行うべきかもしれません……」
「後は投書箱とかやな。匿名で陳情を出せる環境を整備した方がええと思うわ」
「そうすればもっと早く事態を把握できたかもしれない、と?」
 首肯し、ラィルは話を戻す。
「ともあれ今の問題は侯爵と子爵をどうするかや。あの一帯の絡まった糸を解く為の、最後の問題やな」
 長い沈黙が、執務室に下りた。

『な~』
 飽きたとばかりに眠そうなイメージを叩き込んできたユグディラを切欠に、ウィンスやラィル、ヴィンフリーデ、紅薔薇等が意見を出す。
 それらに共通するのは、子爵領を一時的に王国直轄領とする事だった。そして子爵は中央の役人となって経験を積むべきだと。既に子爵は領地返還を申し出ているだけにそれは自然だと言えるし、実際すんなり子爵もそれに応じた。
「元凶は川の塞き止めにある。少なくともそこから波及した全ての損害を侯爵に負担させるべきだろうな」
「うむ。信賞必罰は施政において必要不可欠というのは世の常なのじゃ」
「その意味では」セリアがチョココのパルムと目を合せ、「陰謀に対する罰と、私兵供出に対する功。その両面を考えるべきでしょう」
 罰を減免する口実は、ある。その上で侯爵をどれだけ罰するか、という事。
 要は王女の為政者としての資質が試されているのだ。
 システィーナは瞑目し、眉根を寄せて思案する。夕姫がなるようになるとばかり片目を瞑り、
「どんな事も経験よ。何でも毅然と対処していけばいいの。例え下策でも誰かが教えてくれるんだから。それを、適材適所って言うの」
 気持ち良い割り切りである。が、大切な事でもあった。
「ま、自分の選択が正しいか悩むのはよく解るけどな。何より重要なのは自信を持つ事だ。埴輪製作に何が必要か解るか? 思いきりだ」
「ちょっとよく解りません……」
「!?」
「けれど、ありがとうございます」
 システィーナはアルトを見、頭を下げる。ヴァイスが手を伸ばし――侍従長の視線に気付いて降参の意を示すべく宙に両手を挙げた。
「結果を恐れ選択できないなら侮られても仕方がない。結果如何に関わらずその責任を取り恩恵を与えるのが、上に立つ者だ。――例え人の命を奪う結果でも、な」
「……、はい」
 少女は胸を張り、口を固く引き結ぶ。
 ヴィンフリーデがそっと脇に立った。寄り添うという訳ではない。ただ、誰にだって支える者はいるのだと、そう伝えたくて。
「私達……いえ、貴族は人を殺しもするし、守りもする。そこで問われるのはきっと、権力を正しく使ったかどうかなのよ」
 そして正しければ、前線で戦うより何倍もの人を助けられる。
「貴女はあの男のようにならないで」
 未だ卑屈に俯いている子爵を見下し、ヴィンフリーデは言う。この娘が敬愛なる皇帝陛下と並び立つ事があれば、少しは住みやすい世になっているかもしれない。女性だから無理とか権力闘争とか、そういった事を超越した世に。
 システィーナはこっそり周りを見回すと、胸のうちで感謝の言葉を繰り返す。
 そして侯爵に向き直り――三村一帯の問題を解決する、最後の宣告を行った。
「システィーナ・グラハムの名を以てベル侯爵、貴方に処罰を下します。それは……」

 王国北西部に、三村が寄り添う一帯があった。
 アルナバ村には一つの噂がある。ユグディラとゴブリンが出入りし、互いに交流しているという噂だ。
 ジャン・リュエ村には一つの逸話がある。その領主ベル侯爵は私財をなげうって一帯開発に励み、新たに開墾した地を国に納めたという逸話だ。
 ヨルド村には一つの未来がある。バーナル子爵が領地を国に返還し、年若い王女自らその運営に乗り出したという未来だ。
 三村一帯は王国との結びつきを強め、中央から来た騎士と役人の手で日々平穏な生活を営んでいる。
 そこに小さな問題は数あれど、大きな問題は――何一つ、ない。

<了>

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  • 魂の反逆
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  • ミルクプリンちゃん
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参加者一覧

  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダール(ka0039
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • エアロダンサー
    月影 夕姫(ka0102
    人間(蒼)|20才|女性|機導師
  • ヌリエのセンセ―
    アルト・ハーニー(ka0113
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • ミワクノクチビル
    ナナート=アドラー(ka1668
    エルフ|23才|男性|霊闘士
  • システィーナのお兄さま
    ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
    人間(紅)|24才|男性|疾影士
  • 金の旗
    ヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207
    人間(紅)|14才|女性|闘狩人
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • ミルクプリンちゃん
    セリア・シャルリエ(ka4666
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
ヴァイス・エリダヌス(ka0364
人間(クリムゾンウェスト)|31才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/07/24 08:10:18
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/22 08:23:07
アイコン 相談卓
紅薔薇(ka4766
人間(クリムゾンウェスト)|14才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2015/07/24 08:08:17