ゲスト
(ka0000)
【東征】五つ尾決戦
マスター:龍河流

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 2日
- 締切
- 2015/08/07 22:00
- 完成日
- 2015/08/12 19:50
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●妖狐
人から五つ尾と呼び名を付けられた、五本の尾を持つ妖狐は憤っていた。
九尾の配下にあって、同じく狐の外見を持ち、尾の数が多い妖狐は、だが軍勢の中ではけっして高い位を得てはいなかった。
今までは、それでも同族の中では上位にいたことに満足していた。
しかし、御庭番衆の席が幾つか空いたという。山本五郎座衛門もいなくなった今、九尾の側仕えに昇る機会が来たと考えても、おかしなことではないだろう。
同じことを狙う同族に比べると、さほどの知恵は持たない妖狐は、その願望が無謀だとは思わなかった。
つい先ほど、人に手酷い目に遭わされて逃げて来たばかりだが、早くも攻撃の意欲を回復させている。
くええぇぇぇ
付き従う四本尾の妖狐に、適当な戦力を見繕うように命じて、五つ尾は逃がした連中がどこに向かったかと考え始めた。
●小高砦の生き残り
仲間の半数以上を失った鳴月家の家臣達は、ハンター達に救出されると、取り乱すことなく撤退を始めていた。
当初は少数ずつでも砦跡から逃がすつもりでいた怪我人達は、砦跡から掘り返された戸板に乗せられたり、他の者に背負われている。何人かは馬に乗っているが、意識が明朗で、揺れが傷に響かないとなると人が限られて、案外少ない人数だ。
それでも、多数いた軽傷者はハンターの聖導士のおかげで、かなり動きが良くなっていた。九人の重傷者も、命に別条はないと安堵出来る状態だ。
けれども、失血や三日に渡る戦闘での疲労感は重く、徐々に歩みが遅れる者が増えたことに気付いた牡丹は、休息を命じた。
いつ歪虚の軍勢に見付かるか分からないが、このまま移動しているところを襲われれば大変だ。ハンター達も、この休息を歓迎した。
「もう一度、ヒーリングスフィアを使ってみよう」
獣道のような細い道が通る山間の森の合間、やや拓けた草地で野宿することにした一行の中、聖導士が重体の二人の様子を確かめている。砦の聖導士は三人いたが、一人は戦死、もう一人はもうスキルを使い切って、残る一人が治療される立場。頼りはハンターの彼だけだ。
「お水、汲んできましたよ。湧水だから、このまま飲んでも大丈夫って」
近くに水場があると聞いて、砦の人々に混じって水を汲んで来た年若い魔術師が、重体の二人に水が飲めないと、慌てて自分の荷物をがさがさしはじめた。やがて取り出したのは、ハンカチだ。
これで水を含ませれば、少しは元気が出るのではないかと、自分が飲まないうちに怪我人の世話を焼いている。
「当直を決めとこうぜ。五つ尾か、あいつがどう出るか分からんから、人は多めにしないとな」
「目的地までは、あとどのくらいなの? 近いんなら、明日は出発を遅くして、休息を十分にした方が得策だとボクは思うよ」
「んだな、オレ達は全員交代出来るとして、お嬢達はろくに寝てないだろ。良く休んでもらわなきゃな」
怪我人と、少しばかり掘り出せた食料を上手く分配しようとしている年少者達を中心に置いた人の円の端で、闘狩人達が鳴月 牡丹と夜営中の見張りについて話し合っていた。牡丹をお嬢と呼ぶのは、生き残りにも結構な数がいて、ハンターも数人がそれに倣っている。
勿論、鳴月家の代々の家臣と思しき年配の面々には顔をしかめられていたが、命の恩人相手に文句を言う者は今のところいない。牡丹当人が平気なので、言う訳にもいかないのだろう。
「ね、何人か、手が空いてるなら薪になる枝を拾って来よう。山の中は案外冷えるだろ」
「俺が行く」
疾影士の女性が、ハンター仲間に声を掛け、リアルブルー生まれの機導師の青年がすぐに応じた。近くには、生まれた世界もクラスも同じ青年がもう一人いたが、こちらは草の上にハンカチを敷いて、ぺたりと座り込んでいる。
「いってらっしゃい」
「おや、根っこが生えたでござるな。……拙者は馬の世話を任されたいでござるよ」
うっかりはぐれてしまいそうだと、邪気のない笑顔の疾影士の青年に、先の二人が小さく息をついた。それなら二人で馬を頼むと、森の中に分け入っていった。
やがて。
「鬼が、我らの心配をするわけはないっ。貴方達は騙されたんだ!」
二人は薪の山と一緒に、小高砦が攻められたと耳にして、状況を確認に来たという人と鬼とを数人連れ戻ってきた。その鬼に対して敵意を見せる鳴月勢の大半を制したのは、牡丹ではなくハンターの一人だった。
「待ってくれ。まだ内密なのかもしれないが、彼らは朝廷に下ったんだ。オレはここに来る前に、その騒動に関わったんで、少し知っている」
詳細を説明されたとて、納得には程遠い空気が漂っていたが、鬼と共に来た武人の名前を牡丹が言い当てて、変化が訪れた。
「朱夏様の家臣の一人だな」
「はい。ですが……姫将軍に見覚えていただく機会があったでしょうか」
「去年、あの方と一緒に歩いていたのを見た。それだけだもので、思い出すのに時間が掛かってしまったな」
ハンター達が何かと思っている間に、鳴月勢はそれなら一応信用してもよさそうだとやや態度を和らげた。彼らは牡丹の記憶力に、全幅の信頼を置いているらしい。
なんとか話を聞いてもらえると、朱夏の使者が安堵した様子で伝えてくれた状況は、けっして良いものばかりではない。それでも、朱夏達が砦の一行と合流を目指そうしていたとの知らせは、牡丹達を力付けたようだ。
他の、この周辺にはいまだ歪虚の軍勢が多数存在し、各所で戦闘が起きていることを聞かされた時の不安も、鬼の一族が本当に味方になるのかという懸念も、それで随分と和らいでいる。
「朱夏様には申し訳ないが、この半死半生を連れて馳せ参じるとはいかぬ。今夜はここに宿りて、明日にはこちらも動き出そう」
半死半生がたとえではない者も多数抱えた鳴月勢の状態に、使者もそれが良いと同意した。怪我人連れで日が暮れてからの移動など、今の状態ではハンターの助力があっても無茶に過ぎる。
それでその場に陣が敷かれたが、人はともかく鬼と一緒に夜営はしたくないと言うものが鳴月勢に多く、朱夏から使わされた一行は鳴月勢との間にハンター達が収まる形で、端に宿ることになった。
「俺自身は西方の生まれなんで、こっちの事情に詳しくないんだけどさ、きみら、今はどういう立場なの?」
先祖は東方にいた役人だという猟撃士が、夜明けの一服をしに起き出して、たまたま行き合った鬼と世間話をしようとした。
その時に、ふと見付けたのだ。
まだほとんどが眠っている夜営地を囲む森の木々の向こう側。
尻尾が二本の狐が、こちらの様子を窺っている姿を。
相手はまだ、こちらが気付いたことを知らずにいる。
しかし、こちらも五つ尾達がどこにいるのか、分からない状態だ。
打って出るか、それともこの場で迎え撃つか。
検討する時間は、幾らか残されている。
人から五つ尾と呼び名を付けられた、五本の尾を持つ妖狐は憤っていた。
九尾の配下にあって、同じく狐の外見を持ち、尾の数が多い妖狐は、だが軍勢の中ではけっして高い位を得てはいなかった。
今までは、それでも同族の中では上位にいたことに満足していた。
しかし、御庭番衆の席が幾つか空いたという。山本五郎座衛門もいなくなった今、九尾の側仕えに昇る機会が来たと考えても、おかしなことではないだろう。
同じことを狙う同族に比べると、さほどの知恵は持たない妖狐は、その願望が無謀だとは思わなかった。
つい先ほど、人に手酷い目に遭わされて逃げて来たばかりだが、早くも攻撃の意欲を回復させている。
くええぇぇぇ
付き従う四本尾の妖狐に、適当な戦力を見繕うように命じて、五つ尾は逃がした連中がどこに向かったかと考え始めた。
●小高砦の生き残り
仲間の半数以上を失った鳴月家の家臣達は、ハンター達に救出されると、取り乱すことなく撤退を始めていた。
当初は少数ずつでも砦跡から逃がすつもりでいた怪我人達は、砦跡から掘り返された戸板に乗せられたり、他の者に背負われている。何人かは馬に乗っているが、意識が明朗で、揺れが傷に響かないとなると人が限られて、案外少ない人数だ。
それでも、多数いた軽傷者はハンターの聖導士のおかげで、かなり動きが良くなっていた。九人の重傷者も、命に別条はないと安堵出来る状態だ。
けれども、失血や三日に渡る戦闘での疲労感は重く、徐々に歩みが遅れる者が増えたことに気付いた牡丹は、休息を命じた。
いつ歪虚の軍勢に見付かるか分からないが、このまま移動しているところを襲われれば大変だ。ハンター達も、この休息を歓迎した。
「もう一度、ヒーリングスフィアを使ってみよう」
獣道のような細い道が通る山間の森の合間、やや拓けた草地で野宿することにした一行の中、聖導士が重体の二人の様子を確かめている。砦の聖導士は三人いたが、一人は戦死、もう一人はもうスキルを使い切って、残る一人が治療される立場。頼りはハンターの彼だけだ。
「お水、汲んできましたよ。湧水だから、このまま飲んでも大丈夫って」
近くに水場があると聞いて、砦の人々に混じって水を汲んで来た年若い魔術師が、重体の二人に水が飲めないと、慌てて自分の荷物をがさがさしはじめた。やがて取り出したのは、ハンカチだ。
これで水を含ませれば、少しは元気が出るのではないかと、自分が飲まないうちに怪我人の世話を焼いている。
「当直を決めとこうぜ。五つ尾か、あいつがどう出るか分からんから、人は多めにしないとな」
「目的地までは、あとどのくらいなの? 近いんなら、明日は出発を遅くして、休息を十分にした方が得策だとボクは思うよ」
「んだな、オレ達は全員交代出来るとして、お嬢達はろくに寝てないだろ。良く休んでもらわなきゃな」
怪我人と、少しばかり掘り出せた食料を上手く分配しようとしている年少者達を中心に置いた人の円の端で、闘狩人達が鳴月 牡丹と夜営中の見張りについて話し合っていた。牡丹をお嬢と呼ぶのは、生き残りにも結構な数がいて、ハンターも数人がそれに倣っている。
勿論、鳴月家の代々の家臣と思しき年配の面々には顔をしかめられていたが、命の恩人相手に文句を言う者は今のところいない。牡丹当人が平気なので、言う訳にもいかないのだろう。
「ね、何人か、手が空いてるなら薪になる枝を拾って来よう。山の中は案外冷えるだろ」
「俺が行く」
疾影士の女性が、ハンター仲間に声を掛け、リアルブルー生まれの機導師の青年がすぐに応じた。近くには、生まれた世界もクラスも同じ青年がもう一人いたが、こちらは草の上にハンカチを敷いて、ぺたりと座り込んでいる。
「いってらっしゃい」
「おや、根っこが生えたでござるな。……拙者は馬の世話を任されたいでござるよ」
うっかりはぐれてしまいそうだと、邪気のない笑顔の疾影士の青年に、先の二人が小さく息をついた。それなら二人で馬を頼むと、森の中に分け入っていった。
やがて。
「鬼が、我らの心配をするわけはないっ。貴方達は騙されたんだ!」
二人は薪の山と一緒に、小高砦が攻められたと耳にして、状況を確認に来たという人と鬼とを数人連れ戻ってきた。その鬼に対して敵意を見せる鳴月勢の大半を制したのは、牡丹ではなくハンターの一人だった。
「待ってくれ。まだ内密なのかもしれないが、彼らは朝廷に下ったんだ。オレはここに来る前に、その騒動に関わったんで、少し知っている」
詳細を説明されたとて、納得には程遠い空気が漂っていたが、鬼と共に来た武人の名前を牡丹が言い当てて、変化が訪れた。
「朱夏様の家臣の一人だな」
「はい。ですが……姫将軍に見覚えていただく機会があったでしょうか」
「去年、あの方と一緒に歩いていたのを見た。それだけだもので、思い出すのに時間が掛かってしまったな」
ハンター達が何かと思っている間に、鳴月勢はそれなら一応信用してもよさそうだとやや態度を和らげた。彼らは牡丹の記憶力に、全幅の信頼を置いているらしい。
なんとか話を聞いてもらえると、朱夏の使者が安堵した様子で伝えてくれた状況は、けっして良いものばかりではない。それでも、朱夏達が砦の一行と合流を目指そうしていたとの知らせは、牡丹達を力付けたようだ。
他の、この周辺にはいまだ歪虚の軍勢が多数存在し、各所で戦闘が起きていることを聞かされた時の不安も、鬼の一族が本当に味方になるのかという懸念も、それで随分と和らいでいる。
「朱夏様には申し訳ないが、この半死半生を連れて馳せ参じるとはいかぬ。今夜はここに宿りて、明日にはこちらも動き出そう」
半死半生がたとえではない者も多数抱えた鳴月勢の状態に、使者もそれが良いと同意した。怪我人連れで日が暮れてからの移動など、今の状態ではハンターの助力があっても無茶に過ぎる。
それでその場に陣が敷かれたが、人はともかく鬼と一緒に夜営はしたくないと言うものが鳴月勢に多く、朱夏から使わされた一行は鳴月勢との間にハンター達が収まる形で、端に宿ることになった。
「俺自身は西方の生まれなんで、こっちの事情に詳しくないんだけどさ、きみら、今はどういう立場なの?」
先祖は東方にいた役人だという猟撃士が、夜明けの一服をしに起き出して、たまたま行き合った鬼と世間話をしようとした。
その時に、ふと見付けたのだ。
まだほとんどが眠っている夜営地を囲む森の木々の向こう側。
尻尾が二本の狐が、こちらの様子を窺っている姿を。
相手はまだ、こちらが気付いたことを知らずにいる。
しかし、こちらも五つ尾達がどこにいるのか、分からない状態だ。
打って出るか、それともこの場で迎え撃つか。
検討する時間は、幾らか残されている。
リプレイ本文
●午前七時半 ~接触
『……の布陣で、そっちに向かった』
偵察に出た柊 真司(ka0705)からの報告を聴き、ロニ・カルディス(ka0551)はトランシーバーから意識を周囲に戻した。視線を巡らせ、配置された仲間達の位置をずらすように指示を出す。
『真夕、何発で出ればいい?』
指示に従い位置を変えていた七夜・真夕(ka3977)は、やはりトランシーバー越しのアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)からの問いかけに。
「三発は喰らわせたいわ」
近くで灌木の陰に伏せる伊勢 渚(ka2038)に、指を三本立てて示した。その後に方向を指すのは、自分が火球を放つ向きを知らせるためだ。
この二人を真ん中に置くようにして、右にロニとリュー・グランフェスト(ka2419)、鬼の五人を連れたレイオス・アクアウォーカー(ka1990)が、左にエヴァンス・カルヴィ(ka0639)と烏丸 薫(ka1964)と、牡丹を二人との間に挟んでミリア・コーネリウス(ka1287)が陣取っている。
「これは本当に便利だな」
「まあね。でもさ、前線に出ると手が塞がって、使いにくいんだ」
借り受けたトランシーバーで感心する牡丹に、ミリアは愛剣「テンペスト」の鞘を払って構えて見せた。牡丹が納得して頷いた時、
「狐とでかいのは、足から潰せ!」
ずんと腹に響く音と振動に続いて、エヴァンスが叫ぶ声と、
くえええぇぇぇぇ
未だ遠い位置の五つ尾の咆哮が、響いた。
●午前五時
東方の人々と鬼の確執は、昨夜のうちに鳴月勢に散々聞かされていた。
しかし、実際の被害に遭っていない伊勢は、鬼に極端な悪感情はない。鳴月の人々には言わなかったが、実は親近感の方が強かった。
なぜなら。
「オレは先祖の土地を取り戻しに戻ってきた、まあ歪虚と戦う東方人なら、姿に関わらず同胞だと思う訳さ」
本気で、こんなことを考えていたからだ。聞いた鬼の方も、
「お前は……相当馬鹿だな」
あっさりと、こう返してきた。確かに東方の人々には、鬼であっても受け入れ難いのだろう。
「そこまで言うかね。この土地で新しく居場所を作ろうとする仲間だろ」
しかし、話はそこまでだった。
伊勢が何気なく巡らせた視界の端に、自然のモノではない狐の姿が移ったからだ。
起き抜けの一服を楽しむつもりが、二つ尾の妖狐を見付けた伊勢は、何事もなかった顔付きで、鬼をまずは使者達の元に走らせた。牡丹達のところに行かせると、騒ぎになって敵の斥候にこちらの変化を悟られてしまうくらいは、
「馬鹿なりに、オレだって考えるわな」
知らせを受けて、静かに、しかし素早く人々が動き出すのに十分と掛かりはしなかっただろう。
相談は、朝餉の場でもあるかのように装って、密かに行われた。車座になっているのは、ハンター達と牡丹。周りに鳴月の主だった人々と使者の一人がいる。
「こんなところで籠城戦は出来ない。打って出るべきだよ」
「怪我人がいる以上、攻められる前に押し返すべきよね」
敵斥候発見と聞いて、すぐに反応したのはミリアと真夕だった。確かに怪我人がいるところに攻め寄せられれば不利どころか、被害が大きくなるばかり。彼女達の言い分も一理ある。
しかし、戦場暮らしの長いエヴァンスとアルトの考えは、少し違った。
「友軍が近い。まあ、合流に半日は掛かるが、そこまで持ちこたえるのが、現状では敵殲滅より優先すべき事柄じゃないか?」
「敵を殺し尽せば守れるが……敵戦力を知らずに、その算段は無理だよ。偵察が、最低二組は要る」
敵の戦力と位置を見定めて、こちらに適した場所で迎撃した方が良い。怪我人連れの移動速度では妖狐達を振り切れないから、そちらに被害が行かない陣形を組む必要もある。
二つ尾はすぐ逃げ帰るように追い立てる案もあったが、それだとこちらに有利な場所での迎撃が難しい。
加えて。
「向こうも知恵がない訳ではないでござる。ついでに恐怖も知っておったでござるよ。ちと、厄介な」
烏丸の、強い相手から逃れて弱いところを襲う知恵のある相手だとの指摘には、誰もが納得した。
「やれやれ、負傷者は休ませてやりたいというのに。仕方がない、少し移動してもらわねばな」
ロニが皆に見えるように、地面に図を描いた。妖狐の指揮は五つ尾と見てよかろう。奴らがどの方向から来るか分からないので、怪我人の退避場所は一種の賭けだが、護衛も付けて近くの森の中に潜ませる。
その移動と同時に、こちらも斥候を出す。目的は妖狐達の主戦力の数と位置の確認だ。
「狐が頭なら、それを潰すと瓦解しそうだな。その時は、深追いせずに向かって来たのだけ倒して、後方に抜けさせないようにするのか」
「よっしゃ、マユが雑魚をやってくれたら、狐は俺が斬りに行くぜ」
レイオスが作戦内容を簡単に確かめ、リューがやや重くなった空気を払うようにあっけらかんと宣言した。真夕が彼に白い目を向ける頃には、斥候に立候補したアルトと柊が三人ずつ人を借りて、動き出していた。
●六時半
怪我人達の待機場所は、ほとんど伏せているしかない灌木の茂みが連なる場所だった。戦闘も全力での逃亡も出来ない人々だから、姿を隠すことが優先されている。
もとより、ハンターや鳴月勢と鬼とで作る前線が突破されたら、後は全滅する可能性がとても高いのだ。
「ここからだと、八十メートルくらいかな。その位置まで敵が来たら、ファイヤーボールを使うから、しばらく静かにお願いね。もしこの辺りに敵が来たら、ここのボタンを」
これまでの柊とアルトからの連絡で、怪我人と敵の居場所の間に前線を張れているはずだ。後方から攻められることはなかろうが、別働隊の可能性は捨てきれないと、真夕が護衛の一人にトランシーバーの使い方を叩きこんでいた。
さっきまでは、ミリアが牡丹や鬼達に同じことをしていて、どちらもかろうじて使えるようにはなっている。敵が眼前に迫れば、連携は相談より相互の呼吸だとミリアと牡丹は意見の一致を見たようで、『かろうじて』で講義は終わっていた。
宿営場所から移動したのは人と僅かの荷物だけで、ハンターの馬やバイク、張られた天幕はそのままだ。
「お前に無理矢理パーマをかけた奴には、たっぷり代金を支払ってやらないとな」
自身も火傷を負ったが、それ以上に愛馬に対する攻撃に怒っているレイオスなど、どの範囲なら馬が使えるかの確認に余念がない。ハンターの中では彼に幾らか親近感があるのか、鬼達が周辺の森の枝を間引いて、森の中にも入れるように細工している。
その枝は、後方に運ばれて、負傷者達を隠すのに使われた。ロニがそう指示して、烏丸が運んでやったのだが、鳴月勢は最初は見るからに嫌そうだった。鬼と協力するのが、どうにも納得いかないのだろう。
「朱夏殿のご使者の前で、その連れと諍いは許されんぞ。ほれ、次の戦で前線に立ちければ、今日は休んでいろ」
これを静めたのは、当人も仲良くしたい素振りなど欠片もないものの、牡丹の一声だった。
「次も何も、拙者らが突破されたら、皆殺しでござろう?」
「我らが奴らを囲い込んだら、やっぱり皆殺しにするものな」
烏丸の軽い口調に正反対に重い指摘に、牡丹も笑いながら返してきた。
エヴァンスはこの戦場の実情を正確に把握して、逃げる敵は追わず、友軍との合流優先と説く。それが最良の策ではあろう。
けれども、ハンターの多数は敵に『次』を与えるつもりなどなかった。エヴァンスとて、状況が許すなら、殲滅を狙うだろう。
ただし。
「敵数、五つ尾と四つ尾の他に、妖狐が四体。雑魔がおおよそ四十から四十五。その中に二メートルを超える大型が五体混じっているそうだ」
ロニとエヴァンスが、斥候に出たアルトと柊の寄越した情報をすり合わせて、全員に伝えてきた。大型雑魔の動きが遅いので、到達予想時刻は、
『『三十分後だろう』』
斥候二班が共に断言した時間まで、まだしばらくあるのに、後方にあった人の気配が綺麗に失せたのを感じて、リューが口笛を吹く真似をした。負傷者達があれだけきっちり隠れたのなら、自分達は妖狐どもをきりきり舞いさせてやらねばなるまい。
待ち伏せる宿営地の中には、わざと残した人の気配が漂っていた。
●午前七時半過ぎ
大型の雑魔というのの一体は、巨大なナメクジに獣の頭が幾つもぶら下がったような外見をしていた。
「八百万の神も宿る森を焼くのは、心苦しいけれどね」
歪虚だけは、どれほど綺麗でも全然躊躇わない。もちろん相手の姿が醜いなら、率先してやってしまおう。
とまで真夕が考えたかどうか分からないが、彼女の作り出した火球は巨大ナメクジにまっすぐに飛んだ。
大型が砕けて、その背後までが見通せるようになったところで、伊勢のアサルトライフルP5が火を吹く。
「狐とでかいのは、足から潰せ!」
地から噴き上げるような歪虚らの鬨の声に、エヴァンスが負けじと声を張り上げる。
「雑魚に構うな!」
二撃目の火球の音に混じって、今度はロニが叫ぶ。途端に妖狐らの視線が二人の間を行き来したことで、含み笑ったのはミリアだ。
「行くよ、狐野郎!!」
飛び出す位置は様々で、先の二人は明らかに他の者を指揮している。それに従うように動いて見せるハンターがいて、妖狐らが狙いを付けるのが僅かに遅れた。特に戸惑いが大きい二つ尾には、姿も露わにしたレイオスの一射が突き立つ。
わざと姿を見せ、声を上げた四人は、装備が他より厚い。多少の攻撃なら、避けずとも良い。ただし、妖狐も見るからに重装甲の相手に直接向かうような真似はしなかった。
犬が威嚇に咆えるような姿勢は、炎を吐く前兆だ。ガッと開いた口が、真正面で大剣を構えるミリアに向けられた途端に、その横面を切り裂いた者がいる。妖狐の一体に飛び掛かった影は、すぐさま森の木々に紛れたが、ミリアはそこに居たのは烏丸だと知っていた。
「連携って大事でござるな~」
近付いてきた雑魔は牡丹に蹴散らしてもらい、烏丸が呟いた一言は誰の耳にも届かない。しかし彼が引くと同時に牡丹が飛び出し、妖狐の脇を固める雑魔に蹴りを見舞った。
ミリアの薙ぎ払いはまだ妖狐を消すに至らないが、止めには固執しない。音はせずとも、背後を縫ってきた一弾が始末を付けてくれるのを知っていたようにだ。
けれども、全ての妖狐の吐く炎を止められたわけではない。
「前回で、お前らの炎は効かないっって分かってんだよ!」
僅かの間に打てる限りの矢は撃ち尽くし、もう直接斬り合う方が良いと弓を後方に投げたレイオスは、その前に盾で自分を守らねばならなかった。どうやら狙われたのは自分と、ロニとエヴァンスの三人。ある意味、狙い通りだった。
実際は、なんとか僅かの範囲の軽度の火傷で収められるだけだ。数が重なれば、いずれは動けなくなるが……それまで妖狐どもを自由にさせてはおかない。
一瞬、人の側の攻撃が止まった。
これに勢い付いて、妖狐の両脇からどっと草地目掛けて押し寄せた雑魔の群れに、伊勢の制圧射撃による銃弾がばらまかれた。逃れようと統率を失くし掛けた雑魔に、妖狐が何か指示を出す。
ここに、真夕の三発目のファイヤーボールが向かった。
その破裂音に紛れて、ロニのレクイエムの調べが流れている。
火球の弾けた後、もっとも負傷が少ないと見える四つ尾の妖狐に、鬼達と牡丹が同時に向かった。動きが鈍ったところに両側から躍り掛かり、胴にそれぞれに攻撃を入れる形になる。
そして。
「次の相手は俺だぁっ!」
いいとこどりだと、後で牡丹にも鬼達にも言われたが、リューがどうやってか木々の枝を飛び越えて、オートMURAMASAを突き出すように双方の間に飛び込んで来た。
ど真ん中、四つ尾の背中にMURAMASAが突き立つ。
「よしっ、次だ、行けぇっ!!」
くえええぇ!!
エヴァンスの命令の形を取った合図と、五つ尾の明確な命令とが、同時に辺りを駆け巡った。
●午前八時前後
歪虚の群れに遅れた雑魔が、オートMURAMASAに撫で斬られて、ずるりと崩れていく。それを振るったアルトのやや前方、彼女を五つ尾から守れる位置に着いた東方の三人に、彼女はそれまでの引き締まった表情を不意に和らげて見せた。
「いい構えだねぇ。東方剣士の冴えた技、そろそろ拝めるんだろう?」
それが楽しみで西から来たのだと、戦場の緊迫を無視したような物言いに、やはり場馴れしている三人はなかなかにいい笑みを返してきた。
エヴァンスの合図が聞こえたのは、この時だ。
時を移さず、歪虚らが通って作られた道の向こう側で、ライフルから弾が撃ち出される音が立て続く。
「露払いは任せておけ。五つ尾は、あんたらと姫さんでやるといい」
仲間の仇討ちをしたかろうと、柊が共にいる格闘師達に促すと、彼らは喜んだ。手放しといかないのは、味方を助けるためには五つ尾だけを狙う訳にいかないからだ。
それならば、背後を取った地の利を活かして、相手の戦力をひたすらに削っていけばいい。攻撃の間合いが射撃に及ばない格闘師を控えさせて、柊は五つ尾周りの雑魔に銃撃を浴びせていく。
前方からは、やはり射撃と魔法攻撃が、横合いからは歪虚の群れを左右から挟撃する形で、入れ代わり立ち代わりの攻撃が続いていた。
その有様に何か指示していた五つ尾が、背後を振り返ろうとしたこの時。
「今度は、逃がさない……!」
誰かの口から、誰もが思っていることが零れ落ちた。
本当は戦場では前線に立つのが、闇狩人らしいやり方だろう。
しかしエヴァンスは傭兵稼業の中で、勝って生き残ることを優先してきた。故に今回は大型雑魔を中心に、その進行を止める役割を自らに課している。ついでに、妖狐の炎の的も。
何度目かの炎は、流石に雑魔を盾にやり過ごす。すると、炎を吐き終えた瞬間を狙って、烏丸が妖狐の顔に斬りつけた。両手それぞれに武器を持って、片方は見せ太刀で、本命は反対側。
「見込み違いでござったな」
「何がだ? いい切れ味じゃないか」
炎を吐くなら水属性の武器が効くのではと抜き打ちに斬りつけたが、思ったほど効果がなかったようだと残念そうに、のんびりと言い置いて、烏丸はエヴァンスが三つ尾の妖狐の前足を切り落とした時には背後に下がっている。
そこに駆け付けたのは、斥候に出ていた格闘師の一人。後方からの奇襲は、かなりうまく行ったようだ。
雷に貫かれて仆れた三つ尾を横目に、五つ尾を見れば、四つ尾と共に他の仲間達に囲まれていた。
四つ尾の背から振り落とされたリューや、火傷だらけのミリアやレイオスが、ロニのヒーリングスフィアでまた身軽に動き出すのを見て、五つ尾がロニに目をやる。その口から炎を吐くより先に、背後からアルトと柊が両後ろ足を狙って斬りつける。それぞれのスキルを乗せた重い一撃と連撃とに、炎は吐かれずじまいで、五つ尾はたたらを踏んだ。
すると今度は前足にリューとレイオスが、四つ尾にはロニやミリアが斬りかかる。
「後、ちょっとっ。全員で帰って、一杯やろうぜ。オレが奢る!」
突然のレイオスの叫びに、この状況で何をとは誰も言わなかった。言えなかったわけではなく、
「ヤッホー、俺、飲むぜぇ?」
「おまえ、後で取り消しはなしだぞ! いいな!!」
「マジ?! それって、肴もお任せだよね?」
「きみ、男前じゃないか」
「酒盛りもよいが、鬼の皆と手合せもしたいでござるな」
「……酒が回ってくるなら」
五つ尾と四つ尾に爪で裂かれ、炎を吐きかけられしつつ、大半のハンターが酒の一語に反応したのだ。
全員、喉も乾いていた。当然疲れているし、火傷は痛い。五つ尾と四つ尾に集中している今、残った雑魔の大半はハンター達に捨て身の攻撃を行っていた。背中から痛めつけられつつ、目の前の妖狐を叩きのめしている。
そんな最中に、酒盛りで盛り上がるのは普通の神経ではなかったのだろうが、
「わかった、肴の、分は、私が……払う」
「おっ、姫さん、豪儀だな」
四つ尾が暴れる体力もなくなり、ずるずると地に伏していくのを目にして、牡丹がぜいぜいと呼吸を荒げつつ、話題に加わってきた。五つ尾も後ろ足を切り落とされ、逃げられないと見て取り、辺りの雑魔が逃げ出すのに目をやる。
「雑魚に構うな、怪我人は下がれ! 五つ尾から気を反らすな!」
もう一度炎が来るぞと、ロニが牡丹の前に割り込んだ。
首を打ち振りつつの炎は、今までで一番大きかった。
烏丸は瞬脚で、ミリアは地に這うことで、なんとか自力で避け切っている。
柊やアルトの盾には、当人以外に鬼や格闘師が庇われた。
エヴァンスとレイオスは盾で炎を避け切ってから、リューは炎をかなり受けながら、三人ともに突っ込んでいった。
五つ尾の胴と首に、助走は短いながらもチャージングで、三種の武器が突き込まれる。
●午前十時前
新たな怪我人の手当てが一通り終わった草地で、真夕が友人を叱っている。
「あの時、お酒の話なんてしてたの? だから、火傷するのよ!」
「俺、煙草が切れそうなんだけど、誰か持ってない?」
嗜好品は止められないし、話も熱が入るものだと、手持ちの最後の一本に火を点けずに加えつつ、伊勢は皆の弁護をどうしたらいいものかと、一応は悩んでいた。
怒られている人々は、水をがぶ飲みしている最中だ。
『……の布陣で、そっちに向かった』
偵察に出た柊 真司(ka0705)からの報告を聴き、ロニ・カルディス(ka0551)はトランシーバーから意識を周囲に戻した。視線を巡らせ、配置された仲間達の位置をずらすように指示を出す。
『真夕、何発で出ればいい?』
指示に従い位置を変えていた七夜・真夕(ka3977)は、やはりトランシーバー越しのアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)からの問いかけに。
「三発は喰らわせたいわ」
近くで灌木の陰に伏せる伊勢 渚(ka2038)に、指を三本立てて示した。その後に方向を指すのは、自分が火球を放つ向きを知らせるためだ。
この二人を真ん中に置くようにして、右にロニとリュー・グランフェスト(ka2419)、鬼の五人を連れたレイオス・アクアウォーカー(ka1990)が、左にエヴァンス・カルヴィ(ka0639)と烏丸 薫(ka1964)と、牡丹を二人との間に挟んでミリア・コーネリウス(ka1287)が陣取っている。
「これは本当に便利だな」
「まあね。でもさ、前線に出ると手が塞がって、使いにくいんだ」
借り受けたトランシーバーで感心する牡丹に、ミリアは愛剣「テンペスト」の鞘を払って構えて見せた。牡丹が納得して頷いた時、
「狐とでかいのは、足から潰せ!」
ずんと腹に響く音と振動に続いて、エヴァンスが叫ぶ声と、
くえええぇぇぇぇ
未だ遠い位置の五つ尾の咆哮が、響いた。
●午前五時
東方の人々と鬼の確執は、昨夜のうちに鳴月勢に散々聞かされていた。
しかし、実際の被害に遭っていない伊勢は、鬼に極端な悪感情はない。鳴月の人々には言わなかったが、実は親近感の方が強かった。
なぜなら。
「オレは先祖の土地を取り戻しに戻ってきた、まあ歪虚と戦う東方人なら、姿に関わらず同胞だと思う訳さ」
本気で、こんなことを考えていたからだ。聞いた鬼の方も、
「お前は……相当馬鹿だな」
あっさりと、こう返してきた。確かに東方の人々には、鬼であっても受け入れ難いのだろう。
「そこまで言うかね。この土地で新しく居場所を作ろうとする仲間だろ」
しかし、話はそこまでだった。
伊勢が何気なく巡らせた視界の端に、自然のモノではない狐の姿が移ったからだ。
起き抜けの一服を楽しむつもりが、二つ尾の妖狐を見付けた伊勢は、何事もなかった顔付きで、鬼をまずは使者達の元に走らせた。牡丹達のところに行かせると、騒ぎになって敵の斥候にこちらの変化を悟られてしまうくらいは、
「馬鹿なりに、オレだって考えるわな」
知らせを受けて、静かに、しかし素早く人々が動き出すのに十分と掛かりはしなかっただろう。
相談は、朝餉の場でもあるかのように装って、密かに行われた。車座になっているのは、ハンター達と牡丹。周りに鳴月の主だった人々と使者の一人がいる。
「こんなところで籠城戦は出来ない。打って出るべきだよ」
「怪我人がいる以上、攻められる前に押し返すべきよね」
敵斥候発見と聞いて、すぐに反応したのはミリアと真夕だった。確かに怪我人がいるところに攻め寄せられれば不利どころか、被害が大きくなるばかり。彼女達の言い分も一理ある。
しかし、戦場暮らしの長いエヴァンスとアルトの考えは、少し違った。
「友軍が近い。まあ、合流に半日は掛かるが、そこまで持ちこたえるのが、現状では敵殲滅より優先すべき事柄じゃないか?」
「敵を殺し尽せば守れるが……敵戦力を知らずに、その算段は無理だよ。偵察が、最低二組は要る」
敵の戦力と位置を見定めて、こちらに適した場所で迎撃した方が良い。怪我人連れの移動速度では妖狐達を振り切れないから、そちらに被害が行かない陣形を組む必要もある。
二つ尾はすぐ逃げ帰るように追い立てる案もあったが、それだとこちらに有利な場所での迎撃が難しい。
加えて。
「向こうも知恵がない訳ではないでござる。ついでに恐怖も知っておったでござるよ。ちと、厄介な」
烏丸の、強い相手から逃れて弱いところを襲う知恵のある相手だとの指摘には、誰もが納得した。
「やれやれ、負傷者は休ませてやりたいというのに。仕方がない、少し移動してもらわねばな」
ロニが皆に見えるように、地面に図を描いた。妖狐の指揮は五つ尾と見てよかろう。奴らがどの方向から来るか分からないので、怪我人の退避場所は一種の賭けだが、護衛も付けて近くの森の中に潜ませる。
その移動と同時に、こちらも斥候を出す。目的は妖狐達の主戦力の数と位置の確認だ。
「狐が頭なら、それを潰すと瓦解しそうだな。その時は、深追いせずに向かって来たのだけ倒して、後方に抜けさせないようにするのか」
「よっしゃ、マユが雑魚をやってくれたら、狐は俺が斬りに行くぜ」
レイオスが作戦内容を簡単に確かめ、リューがやや重くなった空気を払うようにあっけらかんと宣言した。真夕が彼に白い目を向ける頃には、斥候に立候補したアルトと柊が三人ずつ人を借りて、動き出していた。
●六時半
怪我人達の待機場所は、ほとんど伏せているしかない灌木の茂みが連なる場所だった。戦闘も全力での逃亡も出来ない人々だから、姿を隠すことが優先されている。
もとより、ハンターや鳴月勢と鬼とで作る前線が突破されたら、後は全滅する可能性がとても高いのだ。
「ここからだと、八十メートルくらいかな。その位置まで敵が来たら、ファイヤーボールを使うから、しばらく静かにお願いね。もしこの辺りに敵が来たら、ここのボタンを」
これまでの柊とアルトからの連絡で、怪我人と敵の居場所の間に前線を張れているはずだ。後方から攻められることはなかろうが、別働隊の可能性は捨てきれないと、真夕が護衛の一人にトランシーバーの使い方を叩きこんでいた。
さっきまでは、ミリアが牡丹や鬼達に同じことをしていて、どちらもかろうじて使えるようにはなっている。敵が眼前に迫れば、連携は相談より相互の呼吸だとミリアと牡丹は意見の一致を見たようで、『かろうじて』で講義は終わっていた。
宿営場所から移動したのは人と僅かの荷物だけで、ハンターの馬やバイク、張られた天幕はそのままだ。
「お前に無理矢理パーマをかけた奴には、たっぷり代金を支払ってやらないとな」
自身も火傷を負ったが、それ以上に愛馬に対する攻撃に怒っているレイオスなど、どの範囲なら馬が使えるかの確認に余念がない。ハンターの中では彼に幾らか親近感があるのか、鬼達が周辺の森の枝を間引いて、森の中にも入れるように細工している。
その枝は、後方に運ばれて、負傷者達を隠すのに使われた。ロニがそう指示して、烏丸が運んでやったのだが、鳴月勢は最初は見るからに嫌そうだった。鬼と協力するのが、どうにも納得いかないのだろう。
「朱夏殿のご使者の前で、その連れと諍いは許されんぞ。ほれ、次の戦で前線に立ちければ、今日は休んでいろ」
これを静めたのは、当人も仲良くしたい素振りなど欠片もないものの、牡丹の一声だった。
「次も何も、拙者らが突破されたら、皆殺しでござろう?」
「我らが奴らを囲い込んだら、やっぱり皆殺しにするものな」
烏丸の軽い口調に正反対に重い指摘に、牡丹も笑いながら返してきた。
エヴァンスはこの戦場の実情を正確に把握して、逃げる敵は追わず、友軍との合流優先と説く。それが最良の策ではあろう。
けれども、ハンターの多数は敵に『次』を与えるつもりなどなかった。エヴァンスとて、状況が許すなら、殲滅を狙うだろう。
ただし。
「敵数、五つ尾と四つ尾の他に、妖狐が四体。雑魔がおおよそ四十から四十五。その中に二メートルを超える大型が五体混じっているそうだ」
ロニとエヴァンスが、斥候に出たアルトと柊の寄越した情報をすり合わせて、全員に伝えてきた。大型雑魔の動きが遅いので、到達予想時刻は、
『『三十分後だろう』』
斥候二班が共に断言した時間まで、まだしばらくあるのに、後方にあった人の気配が綺麗に失せたのを感じて、リューが口笛を吹く真似をした。負傷者達があれだけきっちり隠れたのなら、自分達は妖狐どもをきりきり舞いさせてやらねばなるまい。
待ち伏せる宿営地の中には、わざと残した人の気配が漂っていた。
●午前七時半過ぎ
大型の雑魔というのの一体は、巨大なナメクジに獣の頭が幾つもぶら下がったような外見をしていた。
「八百万の神も宿る森を焼くのは、心苦しいけれどね」
歪虚だけは、どれほど綺麗でも全然躊躇わない。もちろん相手の姿が醜いなら、率先してやってしまおう。
とまで真夕が考えたかどうか分からないが、彼女の作り出した火球は巨大ナメクジにまっすぐに飛んだ。
大型が砕けて、その背後までが見通せるようになったところで、伊勢のアサルトライフルP5が火を吹く。
「狐とでかいのは、足から潰せ!」
地から噴き上げるような歪虚らの鬨の声に、エヴァンスが負けじと声を張り上げる。
「雑魚に構うな!」
二撃目の火球の音に混じって、今度はロニが叫ぶ。途端に妖狐らの視線が二人の間を行き来したことで、含み笑ったのはミリアだ。
「行くよ、狐野郎!!」
飛び出す位置は様々で、先の二人は明らかに他の者を指揮している。それに従うように動いて見せるハンターがいて、妖狐らが狙いを付けるのが僅かに遅れた。特に戸惑いが大きい二つ尾には、姿も露わにしたレイオスの一射が突き立つ。
わざと姿を見せ、声を上げた四人は、装備が他より厚い。多少の攻撃なら、避けずとも良い。ただし、妖狐も見るからに重装甲の相手に直接向かうような真似はしなかった。
犬が威嚇に咆えるような姿勢は、炎を吐く前兆だ。ガッと開いた口が、真正面で大剣を構えるミリアに向けられた途端に、その横面を切り裂いた者がいる。妖狐の一体に飛び掛かった影は、すぐさま森の木々に紛れたが、ミリアはそこに居たのは烏丸だと知っていた。
「連携って大事でござるな~」
近付いてきた雑魔は牡丹に蹴散らしてもらい、烏丸が呟いた一言は誰の耳にも届かない。しかし彼が引くと同時に牡丹が飛び出し、妖狐の脇を固める雑魔に蹴りを見舞った。
ミリアの薙ぎ払いはまだ妖狐を消すに至らないが、止めには固執しない。音はせずとも、背後を縫ってきた一弾が始末を付けてくれるのを知っていたようにだ。
けれども、全ての妖狐の吐く炎を止められたわけではない。
「前回で、お前らの炎は効かないっって分かってんだよ!」
僅かの間に打てる限りの矢は撃ち尽くし、もう直接斬り合う方が良いと弓を後方に投げたレイオスは、その前に盾で自分を守らねばならなかった。どうやら狙われたのは自分と、ロニとエヴァンスの三人。ある意味、狙い通りだった。
実際は、なんとか僅かの範囲の軽度の火傷で収められるだけだ。数が重なれば、いずれは動けなくなるが……それまで妖狐どもを自由にさせてはおかない。
一瞬、人の側の攻撃が止まった。
これに勢い付いて、妖狐の両脇からどっと草地目掛けて押し寄せた雑魔の群れに、伊勢の制圧射撃による銃弾がばらまかれた。逃れようと統率を失くし掛けた雑魔に、妖狐が何か指示を出す。
ここに、真夕の三発目のファイヤーボールが向かった。
その破裂音に紛れて、ロニのレクイエムの調べが流れている。
火球の弾けた後、もっとも負傷が少ないと見える四つ尾の妖狐に、鬼達と牡丹が同時に向かった。動きが鈍ったところに両側から躍り掛かり、胴にそれぞれに攻撃を入れる形になる。
そして。
「次の相手は俺だぁっ!」
いいとこどりだと、後で牡丹にも鬼達にも言われたが、リューがどうやってか木々の枝を飛び越えて、オートMURAMASAを突き出すように双方の間に飛び込んで来た。
ど真ん中、四つ尾の背中にMURAMASAが突き立つ。
「よしっ、次だ、行けぇっ!!」
くえええぇ!!
エヴァンスの命令の形を取った合図と、五つ尾の明確な命令とが、同時に辺りを駆け巡った。
●午前八時前後
歪虚の群れに遅れた雑魔が、オートMURAMASAに撫で斬られて、ずるりと崩れていく。それを振るったアルトのやや前方、彼女を五つ尾から守れる位置に着いた東方の三人に、彼女はそれまでの引き締まった表情を不意に和らげて見せた。
「いい構えだねぇ。東方剣士の冴えた技、そろそろ拝めるんだろう?」
それが楽しみで西から来たのだと、戦場の緊迫を無視したような物言いに、やはり場馴れしている三人はなかなかにいい笑みを返してきた。
エヴァンスの合図が聞こえたのは、この時だ。
時を移さず、歪虚らが通って作られた道の向こう側で、ライフルから弾が撃ち出される音が立て続く。
「露払いは任せておけ。五つ尾は、あんたらと姫さんでやるといい」
仲間の仇討ちをしたかろうと、柊が共にいる格闘師達に促すと、彼らは喜んだ。手放しといかないのは、味方を助けるためには五つ尾だけを狙う訳にいかないからだ。
それならば、背後を取った地の利を活かして、相手の戦力をひたすらに削っていけばいい。攻撃の間合いが射撃に及ばない格闘師を控えさせて、柊は五つ尾周りの雑魔に銃撃を浴びせていく。
前方からは、やはり射撃と魔法攻撃が、横合いからは歪虚の群れを左右から挟撃する形で、入れ代わり立ち代わりの攻撃が続いていた。
その有様に何か指示していた五つ尾が、背後を振り返ろうとしたこの時。
「今度は、逃がさない……!」
誰かの口から、誰もが思っていることが零れ落ちた。
本当は戦場では前線に立つのが、闇狩人らしいやり方だろう。
しかしエヴァンスは傭兵稼業の中で、勝って生き残ることを優先してきた。故に今回は大型雑魔を中心に、その進行を止める役割を自らに課している。ついでに、妖狐の炎の的も。
何度目かの炎は、流石に雑魔を盾にやり過ごす。すると、炎を吐き終えた瞬間を狙って、烏丸が妖狐の顔に斬りつけた。両手それぞれに武器を持って、片方は見せ太刀で、本命は反対側。
「見込み違いでござったな」
「何がだ? いい切れ味じゃないか」
炎を吐くなら水属性の武器が効くのではと抜き打ちに斬りつけたが、思ったほど効果がなかったようだと残念そうに、のんびりと言い置いて、烏丸はエヴァンスが三つ尾の妖狐の前足を切り落とした時には背後に下がっている。
そこに駆け付けたのは、斥候に出ていた格闘師の一人。後方からの奇襲は、かなりうまく行ったようだ。
雷に貫かれて仆れた三つ尾を横目に、五つ尾を見れば、四つ尾と共に他の仲間達に囲まれていた。
四つ尾の背から振り落とされたリューや、火傷だらけのミリアやレイオスが、ロニのヒーリングスフィアでまた身軽に動き出すのを見て、五つ尾がロニに目をやる。その口から炎を吐くより先に、背後からアルトと柊が両後ろ足を狙って斬りつける。それぞれのスキルを乗せた重い一撃と連撃とに、炎は吐かれずじまいで、五つ尾はたたらを踏んだ。
すると今度は前足にリューとレイオスが、四つ尾にはロニやミリアが斬りかかる。
「後、ちょっとっ。全員で帰って、一杯やろうぜ。オレが奢る!」
突然のレイオスの叫びに、この状況で何をとは誰も言わなかった。言えなかったわけではなく、
「ヤッホー、俺、飲むぜぇ?」
「おまえ、後で取り消しはなしだぞ! いいな!!」
「マジ?! それって、肴もお任せだよね?」
「きみ、男前じゃないか」
「酒盛りもよいが、鬼の皆と手合せもしたいでござるな」
「……酒が回ってくるなら」
五つ尾と四つ尾に爪で裂かれ、炎を吐きかけられしつつ、大半のハンターが酒の一語に反応したのだ。
全員、喉も乾いていた。当然疲れているし、火傷は痛い。五つ尾と四つ尾に集中している今、残った雑魔の大半はハンター達に捨て身の攻撃を行っていた。背中から痛めつけられつつ、目の前の妖狐を叩きのめしている。
そんな最中に、酒盛りで盛り上がるのは普通の神経ではなかったのだろうが、
「わかった、肴の、分は、私が……払う」
「おっ、姫さん、豪儀だな」
四つ尾が暴れる体力もなくなり、ずるずると地に伏していくのを目にして、牡丹がぜいぜいと呼吸を荒げつつ、話題に加わってきた。五つ尾も後ろ足を切り落とされ、逃げられないと見て取り、辺りの雑魔が逃げ出すのに目をやる。
「雑魚に構うな、怪我人は下がれ! 五つ尾から気を反らすな!」
もう一度炎が来るぞと、ロニが牡丹の前に割り込んだ。
首を打ち振りつつの炎は、今までで一番大きかった。
烏丸は瞬脚で、ミリアは地に這うことで、なんとか自力で避け切っている。
柊やアルトの盾には、当人以外に鬼や格闘師が庇われた。
エヴァンスとレイオスは盾で炎を避け切ってから、リューは炎をかなり受けながら、三人ともに突っ込んでいった。
五つ尾の胴と首に、助走は短いながらもチャージングで、三種の武器が突き込まれる。
●午前十時前
新たな怪我人の手当てが一通り終わった草地で、真夕が友人を叱っている。
「あの時、お酒の話なんてしてたの? だから、火傷するのよ!」
「俺、煙草が切れそうなんだけど、誰か持ってない?」
嗜好品は止められないし、話も熱が入るものだと、手持ちの最後の一本に火を点けずに加えつつ、伊勢は皆の弁護をどうしたらいいものかと、一応は悩んでいた。
怒られている人々は、水をがぶ飲みしている最中だ。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
作戦会議室 ミリア・ラスティソード(ka1287) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/08/07 21:12:21 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/08/06 08:27:30 |