ゲスト
(ka0000)
この日に向けてっ!
マスター:石田まきば
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●外見と実年齢の間にある深い崖を直視する日……の、準備
ぎゅっ、と手の中にあるパンフレットを握りしめ、壁かけカレンダーに書きこんであるカウントダウンの数字を見つめるのはフクカンだ。
「今年もこの日が近づいてきました……っ!」
このために、準備を整えるために。どれだけ過密なスケジュールをこなしたことか。
いくらオフィスは日陰になっているとはいっても、やっぱり夏は暑い、窓を開ければ温い空気が流れ込み、涼しいと言うのは難しい。
汗が書類に垂れると文字がにじむし、デバイスに落ちれば動作不良の原因になりかねないし……ああ、思い出すだけでちょっとユウウツだ。
勿論、顔役であり上司であり憧れのタングラムさまの部屋も暑い。
時々なぜか涼しくなっている気もするけれど、そういう時は大抵自分が気絶した後のことなのであまり覚えていない。そういう日は片付けた筈の仕事が更に増やされていて、更に自分の部屋に帰るのが遅くなって……
「いいえ、でもっ」
そんなつらく苦しい日々ももうすぐ――いや、終わらなくてもいいけど、だってタングラムさまの為だしそれならどんなことだって――一区切りつけられる。
8月16日は、タングラムの誕生日だ。
今年もこの日がやってくる。
「そう、今年こそ、二人そろってお休みを頂くんです!」
「おや? もうそんな時期になったんだね」
「! シャイネさん!」
ひょこりとAPVに顔を出したのは馴染みの吟遊詩人である。
「用事の方はもう大丈夫なんですか?」
「うん、野暮用だったから……心配するようなことは何もないよ?」
冷えたアイスティーを出しながら聞けばさらりとした答えが返ってくる。
「今お手すきですか? ……相談に乗ってもらいたくて」
自分のグラスも手にとって正面に座り、これ幸いにと切り出した。
「その……タングラムさまの誕生日プレゼント、決めかねてまして……」
頬を染めながら目を伏せがちにしているフクカンを、シャイネの赤い瞳がきらりと見つめる。面白い獲物を見つけた、というような目だがフクカンは自分の事に必死すぎて気付いていない。
「いつも、買ってきたものをこっそり届けていたんじゃなかったかい?」
可愛らしいと思っていたんだよねとくすくす笑う。
「そうなんですけど、今回は、最初っから温泉に行きましょうって、お誘いしてるんですっ!」
「ふふ、2人でデートなんだね、それはおめでたいじゃないか」
その様子だと快諾してくれたんだろう? 微笑みが深くなる。
「で、で、ででででデートなんて、そ、そそそそそそんなっ」
「でも、そうか、なるほどね……」
顎に手を置いて考え込む仕草のシャイネ。
「直接渡したいって思ってるんだね?」
「はい、でも何がいいかわからなくて」
いつもならこっそり私物に混ぜたり、こっそり棚に入れたりして紛れ込ませるだけなので、迷う事はなかったのだけれど。
「プレゼントって改めて考えたら、わからなくなってしまって……! でも、いつもと同じではいけないとも思うんですっ!」
思っていたことを全て出せた、そう思ったら少しだけすっきりする。
「2人きりの温泉旅行で手渡しできるもの、って言うと……」
ぼふんっ!?
「タングラムさまのうなじ……匂いたつうなじ……ふにゃぁぁぁぁぁ」
「……フクカン君」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「君、本当に二人で大丈夫かい?」
「ど、どどどどどどういうことでしょう、うなじ、じりじり、りょこう、うなじ、じんとにっく、くらくら、……ら、らめえぇぇぇ!」
ぷしゅー……
「行くって、前にも行ったって言うAPV温泉なんだよね?」
「ふぁ、ふぁい」
「僕にいい考えがあるんだけど、任せてもらえるかな? 決して悪いようにはしないから」
緊張してしまう君のその対策になるだろうし、うまくすればプレゼントの事も良い結果が期待できるんじゃないかな――
そしてフクカンは、シャイネの案に素直に従ったのである。
●APV温泉概要~パンフレットより抜粋~
当施設のご案内をさせていただきます。
『APV温泉』の名の通り、主に温泉を特色としたサービスの提供をしております。
【男湯】、【女湯】、【混浴】と別れておりますので、施設内の案内を元にご利用くださいませ。
設立当時にご協力いただいたハンターの方々が作成した設計図を元に作られておりますので、仕切りや脱衣所の壁には、リアルブルーの頑丈な設計技術が取り入れられております。
温泉マナーとして、「着衣入浴の禁止」「タオルを湯船に付けるのは禁止」とさせていただいておりますが、【混浴】でのみ、水着の着用やタオルを巻いての入浴を許可しております。公的良俗のため、ぜひともご協力をよろしくお願いいたします。
着衣のままでも楽しめる設備といたしまして、別途【足湯】のご用意もございます。
足湯の形状は様々で、お一人様でも、大人数様でも共に楽しめるよう工夫を凝らしてございます。
気に入りの、居心地の良い一席を探してみるのは如何でしょうか。
通年、温泉と同じ湯を流しておりますが、夏季限定で、温泉ではなく水を張っている場所もございます。
季節柄非常に冷たいと言うほどの物ではありませんが、少しでも涼を感じていただけたらと思います。
また【食事】の提供もさせていただいております。
【足湯】の近く、ベンチに囲まれている建物が該当しております。
温泉の熱い湯気を利用した蒸し料理を中心に提供させていただいております。
特に「温泉芋」は甘みが強く感じられると好評をいただき、今では一番の名物となっております。
他にも野菜やヴルスト、羊肉などお食事向きのもの、甘い餡を入れた饅頭もご用意しております。
お飲物は冷えたお酒やジュースを取り揃えてございます。帝国の技術を駆使した魔導冷蔵庫がございますので、いつでも冷えた状態で提供することが可能となっております。
冷えた羊乳や果実のジュース、濃い目の紅茶を湯上りに一杯、が通とされているようです。
ビールもございますが、未成年の方はお間違えのないようご注意くださいませ。
当施設は宿泊施設を併設しておりません。
ご宿泊の際は近隣都市への移動も考慮し、飲み過ぎには十分にご注意いただければと思います。
以上で御座います。
それでは当施設にて、どうぞ和やかなひとときをお楽しみくださいませ。
ぎゅっ、と手の中にあるパンフレットを握りしめ、壁かけカレンダーに書きこんであるカウントダウンの数字を見つめるのはフクカンだ。
「今年もこの日が近づいてきました……っ!」
このために、準備を整えるために。どれだけ過密なスケジュールをこなしたことか。
いくらオフィスは日陰になっているとはいっても、やっぱり夏は暑い、窓を開ければ温い空気が流れ込み、涼しいと言うのは難しい。
汗が書類に垂れると文字がにじむし、デバイスに落ちれば動作不良の原因になりかねないし……ああ、思い出すだけでちょっとユウウツだ。
勿論、顔役であり上司であり憧れのタングラムさまの部屋も暑い。
時々なぜか涼しくなっている気もするけれど、そういう時は大抵自分が気絶した後のことなのであまり覚えていない。そういう日は片付けた筈の仕事が更に増やされていて、更に自分の部屋に帰るのが遅くなって……
「いいえ、でもっ」
そんなつらく苦しい日々ももうすぐ――いや、終わらなくてもいいけど、だってタングラムさまの為だしそれならどんなことだって――一区切りつけられる。
8月16日は、タングラムの誕生日だ。
今年もこの日がやってくる。
「そう、今年こそ、二人そろってお休みを頂くんです!」
「おや? もうそんな時期になったんだね」
「! シャイネさん!」
ひょこりとAPVに顔を出したのは馴染みの吟遊詩人である。
「用事の方はもう大丈夫なんですか?」
「うん、野暮用だったから……心配するようなことは何もないよ?」
冷えたアイスティーを出しながら聞けばさらりとした答えが返ってくる。
「今お手すきですか? ……相談に乗ってもらいたくて」
自分のグラスも手にとって正面に座り、これ幸いにと切り出した。
「その……タングラムさまの誕生日プレゼント、決めかねてまして……」
頬を染めながら目を伏せがちにしているフクカンを、シャイネの赤い瞳がきらりと見つめる。面白い獲物を見つけた、というような目だがフクカンは自分の事に必死すぎて気付いていない。
「いつも、買ってきたものをこっそり届けていたんじゃなかったかい?」
可愛らしいと思っていたんだよねとくすくす笑う。
「そうなんですけど、今回は、最初っから温泉に行きましょうって、お誘いしてるんですっ!」
「ふふ、2人でデートなんだね、それはおめでたいじゃないか」
その様子だと快諾してくれたんだろう? 微笑みが深くなる。
「で、で、ででででデートなんて、そ、そそそそそそんなっ」
「でも、そうか、なるほどね……」
顎に手を置いて考え込む仕草のシャイネ。
「直接渡したいって思ってるんだね?」
「はい、でも何がいいかわからなくて」
いつもならこっそり私物に混ぜたり、こっそり棚に入れたりして紛れ込ませるだけなので、迷う事はなかったのだけれど。
「プレゼントって改めて考えたら、わからなくなってしまって……! でも、いつもと同じではいけないとも思うんですっ!」
思っていたことを全て出せた、そう思ったら少しだけすっきりする。
「2人きりの温泉旅行で手渡しできるもの、って言うと……」
ぼふんっ!?
「タングラムさまのうなじ……匂いたつうなじ……ふにゃぁぁぁぁぁ」
「……フクカン君」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「君、本当に二人で大丈夫かい?」
「ど、どどどどどどういうことでしょう、うなじ、じりじり、りょこう、うなじ、じんとにっく、くらくら、……ら、らめえぇぇぇ!」
ぷしゅー……
「行くって、前にも行ったって言うAPV温泉なんだよね?」
「ふぁ、ふぁい」
「僕にいい考えがあるんだけど、任せてもらえるかな? 決して悪いようにはしないから」
緊張してしまう君のその対策になるだろうし、うまくすればプレゼントの事も良い結果が期待できるんじゃないかな――
そしてフクカンは、シャイネの案に素直に従ったのである。
●APV温泉概要~パンフレットより抜粋~
当施設のご案内をさせていただきます。
『APV温泉』の名の通り、主に温泉を特色としたサービスの提供をしております。
【男湯】、【女湯】、【混浴】と別れておりますので、施設内の案内を元にご利用くださいませ。
設立当時にご協力いただいたハンターの方々が作成した設計図を元に作られておりますので、仕切りや脱衣所の壁には、リアルブルーの頑丈な設計技術が取り入れられております。
温泉マナーとして、「着衣入浴の禁止」「タオルを湯船に付けるのは禁止」とさせていただいておりますが、【混浴】でのみ、水着の着用やタオルを巻いての入浴を許可しております。公的良俗のため、ぜひともご協力をよろしくお願いいたします。
着衣のままでも楽しめる設備といたしまして、別途【足湯】のご用意もございます。
足湯の形状は様々で、お一人様でも、大人数様でも共に楽しめるよう工夫を凝らしてございます。
気に入りの、居心地の良い一席を探してみるのは如何でしょうか。
通年、温泉と同じ湯を流しておりますが、夏季限定で、温泉ではなく水を張っている場所もございます。
季節柄非常に冷たいと言うほどの物ではありませんが、少しでも涼を感じていただけたらと思います。
また【食事】の提供もさせていただいております。
【足湯】の近く、ベンチに囲まれている建物が該当しております。
温泉の熱い湯気を利用した蒸し料理を中心に提供させていただいております。
特に「温泉芋」は甘みが強く感じられると好評をいただき、今では一番の名物となっております。
他にも野菜やヴルスト、羊肉などお食事向きのもの、甘い餡を入れた饅頭もご用意しております。
お飲物は冷えたお酒やジュースを取り揃えてございます。帝国の技術を駆使した魔導冷蔵庫がございますので、いつでも冷えた状態で提供することが可能となっております。
冷えた羊乳や果実のジュース、濃い目の紅茶を湯上りに一杯、が通とされているようです。
ビールもございますが、未成年の方はお間違えのないようご注意くださいませ。
当施設は宿泊施設を併設しておりません。
ご宿泊の際は近隣都市への移動も考慮し、飲み過ぎには十分にご注意いただければと思います。
以上で御座います。
それでは当施設にて、どうぞ和やかなひとときをお楽しみくださいませ。
リプレイ本文
●
ザレム・アズール(ka0878)は、日頃世話になっている二人のために尽力するはずだったのだが。何故か施設運営のボランティアで温泉客を捌いている。
(今日は確かパーティがあるんだっけ)
バイト中の火椎 帝(ka5027)が今日の予定を反芻していたところでザレムの合図が聞こえる。
「来たぜ」
2人で主賓を出迎える。
「お誕生日が今日なんですね、おめでとうござ……」
ぁ。小さく声が漏れそうになるのをギリギリで抑える帝。
(ていうか僕も誕生日じゃね……?)
「誕生日に相応しい仕上がりにしないとね」
メインはガレット・デ・ロワ。味の決め手は中のクリーム、そして表面の模様と飾り付けるプレートが場を盛り上げてくれるはず。
仕上がった窯には十分な広さがある。満足そうに頷いて、シャーリーン・クリオール(ka0184)は袖をまくった。
「なんで俺様が……」
――明友ジャックへ、俺のかわりにタングラムに渡してくれ 海斗――
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)が運んでいるのは大きな袋。
「こうなったら実力行使で止めるしか」
不届き者が居ないか自主的に監視体制を敷くザレム。
今正に運び込まれている袋を追って、慎重に様子を探っていた。
「よぉババア! 元気かババア! 年の割りに可愛らしいなババア!」
「既に酔っぱらいですかジャック」
素面では言えない台詞を言うためひっかけたエールのせいか、それとも異性相手だからか、女性相手なのを誤魔化す意味では作戦成功している。
「ほら、カイトからだとよ」
ドサッ!
「……嫌な予感しかしませんですよ」
俺の嫁(自称)の声に、紫月・海斗(ka0788)は袋から飛び出した!
「はぴばタングラーム! 混浴行こーぜ! おめぇの水着は用意してある!」
水着とシードルを押しだす。
「勿論それだけじゃねぇ、プレゼントは、俺ぇー!」
めきょっ
海斗撃沈(嫁の足蹴)。
「タングラムさまっ、せっかくですから!」
混浴推しに便乗するフクカン、早くも鼻血たらーり。
「徹底的に綺麗にしちゃいましょうね」
エスコートする舞桜守 巴(ka0036)に、新城 楽羅(ka3389)が首を傾げる。
「……そんなに、かな、私」
気にしていないからよくわからない。素直な義妹に巴は優しく微笑んだ。
(幼い分それが可愛いとも言いますわ)
慈しむ意味もあるが、愛しむのも理由に含まれる。
「今日はのんびりしましょうね」
●
「いや中々立派になったじゃないか、随分と大きくなったものだね」
男湯にのんびりと浸かりフワ ハヤテ(ka0004)は建設当時を思い出す。随分昔のような気もしたが、去年のことだ。一年という時の流れを意外にも長く感じる。
「この間は……」
ごめん、迷惑かけた、役に立てなかった。
ユリアン(ka1664)が伝えようとした言葉は、声にする前に止められた。
「あの時も少し言ったけどね」
赤の瞳がユリアンを射る。人を見る時も微笑みを絶やさないようなシャイネの、初めて見るような顔。
「覚悟が無かったら、ハンターをやってないよ」
これからの立場への心配や、起こりうる可能性、自分の意思を伝えるつもりだった。だから先回りの言葉だ、これは。
「同時に吟遊詩人だからね。どんな結末に……いいや、物語になるなら、それでいいんだよ」
今、近づいた? どこか雲をつかむようだった、この友人に。
「じゃあ、さ。謝るの、やめておく」
「ふふ、そうしてくれるのが一番だよ♪」
できたらこれからも、お互いにね。囁く程の詩になって聞こえたあと、空気が変わる。
「……そう言えば、シャイネさんも先月誕生日だったっけ。湯上りに何か一杯奢るよ」
ユリアンの言葉に、いつも通りの微笑みが浮かぶ。揃って男湯へと歩き出す。
「それは楽しみだね?」
クィーロ・ヴェリル(ka4122)は脱衣所の影から様子を伺っている鬼百合(ka3667)が気になった。
「どうしたの? 入らないの?」
「うーん……風呂、みんなで入るとこと思わなかったんでさ、一人じゃ隠れるもんもねぇですし」
(事情があるのかな)
ひとまず誘う事にする。のんびりするなら一人も二人も変わらない。
「僕はクィーロ。んー、それじゃあ僕と一緒に入らないかい?」
「助かるんでさ! オレ鬼百合ってぇんでさ。兄さんの後ろ、隠れてていいですかぃ?」
「うん、構わないけど」
「よろしくお願いしますぜ、兄貴!」
「はは、兄貴って柄でも無いけど……うん、宜しくね」
「背中流してあげるよ」
「えっ兄さん悪いでさぁ」
「遠慮しないで、裸の付き合いっていうのかな?」
強引でもない穏やかな口調に頷いてクィーロに背中を預ける鬼百合。紋様を晒すのはまだ慣れないし恥ずかしさはあるけれど。
(でもこういうの、嬉しかったりするんですねぇ)
人目よりも自分の感情に向き合える余裕ができたのは、ハンター生活の積み重ね、いい変化かもしれない。
「それじゃあオレも兄貴の背中流しますぜ!」
「骨身に染みるとは、このことだ」
戦いの中で傷ついた体の療養に、自らの巨体を温泉に沈めるバルバロス(ka2119)。
ゆっくりした様子で居ても警戒は忘れていない。近づいてくる足音を感知する。
(だが、ここは温泉。この時間を害するものであるはずがない)
どうせ他の客が来ただけで、自分の傍は通り過ぎるだろう。
「あっバルバロスさーん!」
「……」
訂正。顔を合わせれば機会があるたびに必ず自分に接触を図る者はこの世に存在している。
「奇遇ですね。しかもバルバロスさんとご一緒できるなんて幸せです」
記念にもふもふしてもいいですか。言いながら手を伸ばしてくるアルマ・アニムス(ka4901)は既に真後ろに陣取っていた。
長い髪を女性のように上にあげて湯に浸かるアルマ、女顔と、濁りのある湯のおかげで女性に見える。
「ふー、あったかくて幸せでぴぃっ!?」
バッシャーン!
後ろ姿で女性かと勘違いしが客が覗き込み、まっ平らな胸板を見て温泉に撃沈するという現象が先ほどから何度も起きているのだが、その度に女子力の高い悲鳴を上げるという悪循環トラップが発動していた。
(どこであろうと、賑やかだな)
時折もふられながらも観察していたバルバロスは、場所は無関係なのだと実感していた。
右側に居てくれるエアルドフリス(ka1856)の存在が、ジュード・エアハート(ka0410)の心の羽を伸ばしてくれる。
(湯治目的もあるけど、それは建前)
二人でのんびりしたかったから。
「ああ、こりゃあ……いいねえ」
腹を覗き込んでくる恋人の顔に心配の色が浮かぶ。
「大丈夫? 痛くない? 染みない?」
槍で貫かれた消えない傷。経緯も知るジュードは今後もこの顔をするようになるのだろうか。確かに立場が逆なら自分も胸が痛む。安心させるためにも笑いかけた。
「もう痛まんよ。少し攣れるが……戦場に出れば仕方ない事さ」
「でも無理はしないでね。頭洗うとか、背中流すとか。俺にできることならなんだってするからさ」
「食事して、お土産見て……あ、あとね、近くの街に宿もとってるから温泉の後もゆっくりしようね」
脱衣所に戻りながら念を押すジュードの視界に小柄な影。
「あ。フクカンさん。今日、応援してるねっ」
「熱があるようだが大丈夫かね」
真っ赤な顔を指摘するエアルドフリス。
「大事な日なんだろう。そういえば、タングラムはジュードと誕生日が近いんだな」
贈り物に悩む気持ちはわかると、服を脱ぎ着する間に会話が続く。
「だが相手の事を考えて選ぶ時間は楽しいだろう」
ちらと視線を横に。身支度を整えたジュードの髪に、硝子玉が煌めく青い椿が咲いている。
「ふむ、動悸も激しいようだが?」
「だ、大丈夫ですっ」
逃げるように混浴に向かうフクカン。自分達のやり取りにあてられた事実に気付かない二人は首を傾げた。
●
「少しでも変な動きしようもんなら……どこで覚えて来るんですか」
海斗の女子力(手先)がタングラムの髪を洗い流そうと近づく。
「はっはっは、背中も流してやろうかー」
「それはダメでっぶぅっ!?」
足を滑らせ倒れ込んでくるフクカン。避けた海斗が見たのは、同じく避けた後混浴から出ていくタングラムの背。
「逃げたって無駄だぜタングラム! 紳士な俺は迎えに行くぜ?」
改まったキメ顔でジェットブーツ起動、越えるは女湯との垣根だいぇーぃ! シュバッ!
「って言ってる傍から!」
すぐにザレムも跳び上がる。警戒の甲斐あってグーパン☆成敗完了!
「このまましばらく湯船に沈んでろ?」
それまでもやもやしていた分もしっかり込めた一撃である、爽やかな笑顔にもなると言うものだ。
海斗撃沈(再)。
「まったく……ろくに動かせない身体で湯に浸かって、溺れでもしたらどうするんだ」
イレーヌ(ka1372)の声を聞きながら、オウカ・レンヴォルト(ka0301)は戸惑っていた。
なぜ混浴に来てまで。
「そもそも、ひとりで出掛ける奴があるか」
説教はまだ続いている。
「……なんで、俺なんかをそこまで気にかけてくれるん、だ?」
「大事な友人を心配するのは当然だろ?」
聞かなければわからないのかと少しだけ呆れたような声音を滲ませる。わずかな眉の動きに気付くものの指摘はしない。イレーヌの視線から逃れるようにオウカが湯から上がった。
(なら)
イレーヌも追う。
「……どうした?」
「なに、背中を流してやろうと思ってな」
遠慮するな。遠慮の言葉を聞く前に行動に移した。
「……どうしてこうなった」
「随分と大人しいじゃないか」
イレーヌはこっそりと微笑む。
「……け、健全な男の一般的反応、だ」
オウカの動揺はさらに激しくなっている。
「だがもう、十分……だ」
遮ろうと体ごと振り返ったオウカ。その手はイレーヌの巻いていたタオルを掴んで……
「!?」
動きが止まる。
「どうした?」
余裕の声にギギギと目を開ければ、イレーヌは水着を着ていた。さも楽しそうな笑顔を浮かべて。
「みっ、水着だから恥ずかしくないもん」
頬を染めた時音 ざくろ(ka1250)がアルラウネ(ka4841)の手を引き混浴に向かう。
(デート、って)
誘われた時のことを思い出し改めて意識する。そのせいかアルラの勢いはいつもより控えめだ。それは少しだけ緊張している証。
ちゃぷん……
湯に浸かり、互いに身を寄せ合う。内緒話をするようにざくろが打ち明けた。
「実はざくろ、ここの設立お手伝いしたんだよ、だから一度一緒に来たくて」
照れたその顔が近い。
「暑い時の温泉も、気持ちいいよね……アルラと一緒だから余計かな」
微笑みはいつも通りで、アルラの緊張がほぐれはじめる、そのかわりに腕を絡めた。
「あ、アルラっ?」
いつも身に着けているバンドゥビキニはアルラの体の線を隠さない。何より腕に当たっている。
「騒がなければバレないわよ」
一見女の子同士にしか見えないんだし。そういうアルラの頬が少し赤みを帯びていたが、ざくろはそれどころではなかった。
「うなー♪」
腿の上に腰かける黒の夢(ka0187)の柔らかさ、酒につまみ、楽しそうな声、充満する硫黄の香り、そして目の前で揺れる剥がれそうで剥がれない布切れと隠し切れないもち肌……レイ=フォルゲノフ(ka0183)の五感は満たされていた。
「気持ちぃねー、レイちゃん」
黒の夢はあっさりと酔いに身を任せている。
「そういえばアンノ最近大怪我多いんとちゃうか~?」
隠さない男レイ、杯の縁でつんつん。
「怪我とか残してへんやろな?」
「くすぐったいのなー」
確かめちゃろかーと抱え込めば、楽しそうに黒の夢もレイに抱き付いた。
「いや~、APVにこんな施設が在るなんて知らなかったわね」
「俺も最近知ったばかりだけどな」
前に来てるから案内できるぜとリーラ・ウルズアイ(ka4343)に柊 真司(ka0705)が請け負う。
(そこまでは普通だっただろ?)
今目の前に居るリーラを見てどこで間違えたのか記憶を探る。
「なんでタオルなんだよ」
「え~だって水着かタオルって言ったじゃない?」
「言ったけど、そこは普通水着だろ」
「でも持ってきてないし、いいじゃないこれで。細かいとお酒あげないわよ?
「……わかった」
「じゃ、早速飲み比べしましょ♪」
今では品薄になっているワインに、ウィスキーに清酒。流石リーラのコレクションと言ったところか。
「偶にはこんな休息も大切だよな……」
ちびちびと杯を傾ける真司。
「そうよねえ~♪」
むに
「……リーラ」
一瞬で真司の心の休息は終わりを告げた。
「あ、次ワインにする?」
「そうじゃない。くっつき過ぎだ、もっと離れろよ」
「離れたら注げないじゃない」
「逆に近すぎだろ」
「美味しい想いさせてあげようかなっていう気配りじゃない」
わざとらしい笑みを浮かべ、今度は真司の首に腕を回すリーラ。タオルが外れやしないかと気が気じゃない真司は下手に動けなくなる。
「まったく人をからかうのも大概にしろよ……」
「だって反応が面白いんだもの~」
真司相手だけでは飲み足りなくなったリーラが周囲へお酒を薦めはじめるまでの辛抱である。
「温泉の時はタオルが常識だって、ヒヨ聞いてきたの!」
みんなで混浴! と軽い足取りで先頭を行くヒヨス・アマミヤ(ka1403)が振り返る。
「他人と風呂に入る、それも女性と入るのは慣れてないんだけどねぇ」
そうこぼすヒース・R・ウォーカー(ka0145)はトランクス型水着姿、タオル使用の4人に対し浮いているようにも見える。
「両手に花でうらやましいねウォーカーさん」
花に自分は計上しない。南條 真水(ka2377)は一見いつも通りだが水着の上からタオルを巻く完全防御態勢だ。
「……花?」
「ヒヨ知ってます、女性を例える言葉だって!」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)の疑問に目を輝かせる。
「両手に女性、つまりヒースさんは南条さんをお姫様抱っこするんですね! 楽しみですよね!」
強引な解釈をねじ込んで同意を求めれば、頷くシェリル。
「自由に入れば宜しい」
一番落ち着いている様子のロイド・ブラック(ka0408)は観察態勢一択。お子様二人がかりに勝てる気は最初からない。だからヒースは戦場で培った経験と意志、理性を総動員して平静を保つ覚悟を決めるのだった。
「温泉は……タオル一枚……らしい、から……」
くいくい。真水のタオルの端を引くシェリル。
「それに水着着てるならタオル邪魔じゃないですか!」
「両方使っちゃいけないなんてルールはないだろう、南條さんはこれでいいんだよ」
「えーっ!? せっかくの水着見せないと勿体ないじゃないですか!」
「そんな需要聞いたこともないよ」
「じゃあお姫様だっこだけでも! 初めてじゃないですしいいですよね!」
「いやいや怪我してるわけでもないんだから。いくら病弱な南條さんでもそこまでか弱くないよ」
「……怪我をすれば……」
無表情で呟くシェリル。なぜか冗談に聞こえない。
「強行手段には断固反た」
ぐいっ
「お前も諦めて行こうか、真水。これも思い出、あるいは物語になるんだろうさぁ」
湯から出ようとする真水の腕を確保するヒース。一人安全圏に逃げられるくらいなら道連れだ。
「……全く、お前さんも大変な物だ」
つるっ
ヒースの後を追い湯に浸かろうとしたロイド。その後ろでシェリルが足を滑らせる。
「……あ」
まずは右手、それでも足りずに左手も。咄嗟に掴んだのはロイドの腰に巻かれているタオル。重ねてあった二枚共がシェリルによって解除される。
「ん?」
バッシャーン!
ロイドが湯に入ったのとほぼ同時。シェリルは湯船に勢いよく落下していた。
すかさずお姫様抱っこでシェリルを抱き上げるロイド。驚いたのか、無我夢中だったシェリルが頭に抱き付いている。勢いのある着水でタオルもはだけていた。
「水死は非常に厄介であるのでな」
「……ゴメン。メガネ……大丈夫……?」
壊れてないかと心配で身じろぐシェリルもそのままに湯から上がり、用意していた乾いたタオルを被せてやる。
「……気をつけるべきであるぞ?」
(どうしてこうなったんだ……)
気付けばヒースの前に居た。タオルもシェリルに外されている。
水着を着ていても、湯があっても肌が近い、いつかのお姫様抱っこどころではない。
ブクブクブク……
少しでも小さくなろうと体育座りで体を丸め、鼻まで湯に浸かる真水。ここまで来ると流れに逆らう事も出来なかった。
(ああもう、どうにでもなれ!)
5人は奇数だ。二人ずつ組み合わせたら、一人余る。
空虚な穴が開いたような感覚に気付いて、ヒヨスはざぶんと湯に顔を埋めた。ぶくぶくと吐き出す泡に込めたのは、徐々思い出す、寂しいという感情。
吐き出しきったら、切り替えも終わりっ!
(せっかく皆で来たんだから楽しまなきゃね!)
●
「てっきり、頭つるりなおじ様だとばかり」
フクカンが倒れたとの声に振り向いたチョココ(ka2449)の目に映るのは……少年?
「お髭もないですの……」
驚きの事実ばかり。でもお兄様と呼ぶのはなんだか癪。だって見た目も近いから。
「あとで、お髭着けてくださいって言いますの」
それでおじ様って呼ぶのですわ、と頓珍漢な結論を導いて握りこぶし、ぐっ。
(相変わらずみたいね)
仕切りの向こうの騒動を聞きながらエイル・メヌエット(ka2807)はため息ひとつ。フクカンに譲る気持ちと恋人非同伴を理由に混浴に行くのをやめたが、抑止力としていくべきだっただろうか。
心配を他所に当のタングラムが女湯にやってきていた。視線を合わせて近くに寄っていく。
「タングラムさん、お誕生日おめでとうございます。私からだけじゃなくて……」
貴方をお祝いしたくてもできない人の分も。お節介と思われたとしても、それは自分の性分。
「それから……私の大事な人もいつもお世話になってます。改めて挨拶をと思っていたの」
「律儀な事ですね」
受け取っておきます、照れているかもしれない声音。
「ところでエイル、フクカン看てやってもらえますか」
「えっ、もう脱衣所に運ばれているかしら?」
あとでシードルを持っていくと言い置いて、エイルは慌てて女湯を出て行った。
「お背中、お流ししますね」
ミオレスカ(ka3496)がタングラムのは後ろに周る。無防備なようでいて、歴戦の何かを感じさせる背中を前にため息が零れそうになる。
(見た目は同じくらいなのに)
立場と責任がある人はこうも違うのか、と。
「わあ、これが温泉!」
駆け寄りかけた響ヶ谷 玲奈(ka0028)だが、マナーを思い出し振り返る。
「エヴァと一緒に温泉に来れるなんて、疲れも吹っ飛ぶってものだよ!」
おどけた笑顔にエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)も声なく笑う。カードは無くても玲奈にぎゅうと抱き付けば、同じ気持ちが伝わる。
「エヴァ、背中を流そうか?」
「!」
その言葉でエヴァの瞳が輝く。
(女子同士なら洗いっこだって問題ないわよね!)
『私も、洗う』
興味津々の瞳を向ければ頷く玲奈。親友だけあって察するのも早い。ならばこそ。
じゃーんぷ!
目指すは玲奈の腕の中。
「オンセンだよ~」
Uisca Amhran(ka0754)の歌うような声に誘われて寄ってくるのは主に羊。野生化したのか近隣で飼育されている脱走犯かはわからないが人懐っこく、前例もあるのか咎められることもなかった。
「みんなで入ったほうが楽しいよね?」
自然体のイスカに動物達は大人しく洗われている。
「オンセンって、泉でや川での御祓に似てるよね?」
そう思うからこそ浸かる前に洗うべきと理解したイスカ、温泉マナーにもあっていて非常に礼儀正しかった。
(流石に混浴は恥ずかしいですね)
そう思い女湯へ足を進めるのはセリス・アルマーズ(ka1079)。
知り合いの気配は感じ取っていたがその背は混浴に向かっていたのだ。
のんびりできるのが一番だと思いなおす。無理に知人を探す必要はない、新たな出会いがあれば信徒候補を見つけられるかもしれないし……そんな楽しみ方があってもいいと思う。
「セリスさんも来てたんだ?」
覚えのある声に振り向く。視界に鮮やかな緑髪が閃いた。
「ここの温泉施設、噂に聞いてたからすごく楽しみだったのよね」
くぅ~と両腕を天に向けて伸ばしながらアイビス・グラス(ka2477)に笑顔が浮かぶ。
「温泉があるって聞く機会も少ないから余計かしら」
馴染みがなかった人にとっては大したことはないのかもしれないけれど。隣のセリスに聞いてみる。
「例えばさ、やっぱり慣れないと緊張しちゃうもの?」
「そうね……肌を晒すのがシスターとしてどうなのか、って方が強い気がするわ」
「慣れ以前の話だったね。疲れが取れる感じとか、私だと至福なんだけど」
「すぐには無理そうね」
「それじゃ楽しみやすいのは湯上の食事かな、それと冷えた飲み物!」
定番は羊乳なんだけど、セリスさんなら紅茶かな。
「しっかり温まったら出るとしようか?」
温泉芋が美味しいらしいよとアイビスが笑いかければ、セリスからも返ってくる。
「アイビス君のオススメなら期待できそうね、私も楽しみだわ」
「あとでいただく羊乳は貴方達のかもしれませんね♪」
果汁入りはあるだろうか、楽しみですねと微笑みながら羊を撫でて、イスカも温泉を堪能している。
優しい手つきで、神楽の長い髪を泡で包み込む。
「かゆいところはありませんの?」
「んー……?」
ぼんやりとした声。汚れやすいくぼみやくびれも念入りに、巴が全身を洗っていく。
(おねーちゃんに、されるの、すきだから)
だからおとなしくしてるんだ……そういえば。
(あっちのほう、気にしなくて、いいのかなー……?)
誕生日の話を思い出して首を傾げる。
「義理は果たしていますから」
今は楽羅が大事ですわと、その言葉にこくりと頷く。
「ふふふ、お姉ちゃんじゃなくて悪かったですけど……」
ほんの少し声のトーンを落とした巴に向き直り抱き付く。
「巴おねーちゃんも……大好き、だよ?」
共に姉と慕う相手だけじゃなくて、ちゃんとお互い大切だよ、なんて。
「……ん、それは何より、ですわ」
『大きい』
視線と唇の動きを読んで、下から軽く持ち上げるように触れるエヴァにくすりと笑う。
「難儀なものだよ、肩も凝るし」
『重いから』
それよりお返しだ。頷き納得しているエヴァのうなじに玲奈の指がつうとつたう。髪が濡れないようあげて纏めてあるから無防備だ。
「っ」
「エヴァはとても綺麗な肌をしているね」
すべすべだとの玲奈の感想に、嬉しそうに胸を張るエヴァ。自慢げな表情も浮かんでいる。
「でも少し焼けたかい」
『海だって行ったもの』
転じて頬を膨らませた。小さな不満の同居がすぐに通じて。
『仕方ないじゃない』
焼けない方が無理……視線が拗ねたものに変わった。
「ごめんごめん。お詫びに上がったら飲み物を奢るよ」
『それならいいわ』
今日は姉に言われたわけじゃなくて、自分で決意して出てきたのだ。
初めて一人で来た場所。なにより温泉だから頭の上にあるタオルだけで心もとない。アパルトマンの自室とは段違いの、頼りない状況。
「早く少なくならないかな……」
人の多さに、落葉松 日雀(ka0521)は改めて外の世界の怖さを実感していた。
●
(……似てる)
艮(ka4667)が一人で出かけたくなるようなところは、故郷に似た何かがあるところばかりだ。
(……知らない人ばかりで、弱いところを見せるのは、よくない)
温泉に入るなら人が居ない時。それまではぶらりと時間を潰す。
選んだ足湯も端の方。それも本当に必要なだけ素足を出す程度だ。
「……わふ」
川沿いの景色を眺める。水面に照り返した陽の光が眩しくて、目を細めた。
「湯上りはこれだって聞いたんだよね」
言いながらクィーロが渡すのは羊乳、よく冷えたコップが手の熱を気持ちよく冷ましてくれる。鬼百合に見ててと一言告げてから、腰に手を当て一気に飲み干した。
「こうして飲むのが温泉スタイルなんだって」
パシャパシャと、足をつけた湯を揺らす。
「エア。行儀が悪いぞ」
シルヴェイラ(ka0726)の嗜める声を聞き流し、エルティア・ホープナー(ka0727)は本の頁をめくる。
「私が濡れるだろう」
「だったら離れて座ればいいんだわ」
目線をあげずに答えれば、いつも通りの苦笑が聞こえた。すぐ隣に腰を下ろした幼馴染の手元には、冷やした酒の杯と簡単な摘まむもの。
続きから目が離せない。片手だけ皿に伸ばす。
「まったく……」
溜息の後、手にフォークが握らされた。
「また変わった文化だな」
シーラは人間の感覚を不思議だと考えていた。
「誕生日のお祝いに温泉だなんて素敵ね……」
エアの言葉に耳を欹てる。喜ぶなら考えておこう、11月なら頃合いだ。
「でも私なら、その費用分の本をもらった方が嬉しいわね」
やはりいつも通りだ。しかし珍しく続きがあった。
「……大きいお風呂、作ろうかしら」
「どこにつくるんだよ」
本に夢中で他の何もかもを忘れる君が、お風呂?
鮮やかな花火模様はアルラの髪色とも合っている。持ってきてよかったと頷くざくろは藍の浴衣。
「アルラよく似合ってる」
着付けも勿論ざくろだ。
「今日はありがとうね」
軽く肩に触れるようにして寄りかかる。食べ物もおいしいし、火照った体に冷たい飲み物が気持ちいい。
「こちらこそ。今日は一緒に来れて、ほんとに良かったよ」
「はぁ……やはり風呂上がりの一杯は格別だな」
「……そうだ、な」
乾杯はビールで。イレーヌのさっぱりした声を聞きながら、悶々とした時間を過ごすオウカだった。
●
湯上りの冷えたお酒も楽しんだ後、レイは厨房の一角を借りて下拵え。
「超弁当係の腕見したるで~♪」
冷蔵庫と天然蒸し器で出来るものと言えば、もしくは流用してできるものと言えば?
「リクエストがあったらなんでも作ったるからな~♪」
酒が入っているにも拘らず、食堂で慣らした腕を振るっていった。
「お祝いですわ~♪」
持参したパルム型パンとクッキーを、パートナーのパルパルと一緒に配るチョココ。見ればいつもよりデコレーションやトッピングが豪華になっている。
「たくさん持ってきましたの、パーティー仕様ですわ、皆様一緒に食べましょう~♪」
シャーリーンがまるごと蒸していた鍋は、羊肉と野菜のワイン煮込み。別に冷やしておいたパテを温泉芋に添えて、茶碗蒸しを並べて。フクカンもケーキを並べ、シャンパンを注いで回る。
皆が料理を口にしたのを確認して、シャーリーンは席を外した。
(ここまでが自分の考えるプレゼント)
皆の楽しい時間を後押しできていればいい。あとはのんびり温泉を楽しませてもらおう。
「湯上りの女性ってどうしてこんなに色っぽいんだろうな」
浴衣姿、うなじの色気に目うつりしながらヴァイス(ka0364)は会場予定の足湯へと向かう。
揃いの着物は黒地に龍。三味線の音色に乗せた天竜寺 詩(ka0396)の長唄が響き、天竜寺 舞(ka0377)の手にある扇子が滑らかに閃く。
姉妹が余興、贈り物として選んだのは日舞。縁起の良い言葉を織り込んだ歌詞と踊りに乗せて、双子のタングラムを祝う気持ちが届けられた。
「伝統芸能って言うんでしたっけ、詳しくない私でも目を見張るものがあったと思います!」
凄いです、と拍手するフクカンに顔を見合わせた双子がありがとうと笑う。
「所でフクカン君は何をプレゼントするのかな?」
化粧道具とかがいいのかな、と提案するのは舞。
「ふぁっ!?」
赤面した隙にこっそり耳打ちするのが詩。
「頑張ってね♪」
集まった人数の多さに、夕鶴(ka3204)は流石タングラム殿は人望があるなと頷いている。
(そういえば……)
聖輝節の折に買ってもらった大きなウサギのぬいぐるみを思い出す。年末の思い出に少し財布の紐が緩んだ。
プレゼント用の募金と一緒に、フクカンに向けて差し出すのは肉球グローブ。
「これをタングラムさまに着けて貰えばいいんですね!」
「違うぞ、これはフクカン殿の分だ」
息が荒くなりそうな相手を抑えつつ続ける。
「リーダーだけでなく、あなたも常日頃助けられている。いつもありがとう」
せっかくの機会だから。柔らかい微笑みを浮かべながら肉球の触り心地と出来を語る夕鶴。しばらくぽかんとしていたフクカンだが、はっと息をのんだ。
「……職員冥利に尽きます!」
大事にしますね!
「風呂上がりの宴会って悪くないものね」
まずは温泉の名物から。温泉芋とヴルストを肴にビールを傾けるフィルメリア・クリスティア(ka3380)はその喉ごしに軽く唸る。
パイロット時代にあった、シャワーの後のお酒とも違う感覚が新鮮に感じる。
「随分と賑わいでおるのう」
隣にはまだ水分を含んでいる髪をあげた浴衣姿、団扇を仰ぎながら紅薔薇(ka4766)が集まるハンター達を眺めている。
こちらはジュースだが料理程にすすんでいない。食事にはお茶が基本の紅薔薇に取って甘い飲み物はしっくりこないのだ。
「紅茶にしてみたらどうかしら」
ジュースよりあうんじゃない? フィルメリアの言葉に頷いてかえることにした。
「ふむん」
改めて温泉芋を一口。
「温泉の蒸気で自然の味がついて、普通とは違った風味が出ておるのう」
素材の甘みが引き出される調理法は好きだと頬張る紅薔薇。
(一人でのんびりもいいけど、誰かと過ごすのも悪くないわね……)
見知った誰かが隣に居るだけでも違うものだ。今度は誰かを誘っての外出を検討してもいいかもとフィルメリアは思う。……思うだけだ。実行するまではきっと長く迷ってしまうだろうし、本当に実現するのかは、自分でも読めなかった。
(何歳の誕生日なのじゃろうか)
紅薔薇はタングラムを眺めていた。エルフやドワーフの年齢不詳さは今に始まった事ではないのだが。
「……まぁ、女性の歳を聞くのは無粋なのじゃ」
一度フクカンを呼び止めて、耳打ちするジャック。
「なあ、実際いくつになったのか知ってっか?」
「そ、そそそそれは私からはっ。」
プライバシーを守ろうとする実質40歳のドジっ子(♂)。そこから推測されるタングラムの年齢は……
賑やかしを頼まれて来たという建前なのだ。天央 観智(ka0896)はフクカンの応援をしようと、一度考えてみた。
(でも、当人同士の気持ちの問題……ですし)
部外者が口を出してどうにかなるものだろうか?
自分がまだるっこしいと思うほどになってから考えるのでも遅くはないだろう。仮の結論を導き出した観智は改めて、タングラムの世話を続けようとするフクカンを視線で追った。
「おめでとうなのなー♪」
タングラムに真正面から腕を回した黒の夢、ふにふにむぎゅう。
「ヴァイスちゃんも来てたのなー♪」
「うわっ!?」
(こういうハプニングを避けてゆっくりするために混浴を避けたのに!?)
「シャイネちゃんもー♪」
見知った顔を見つけるたびにハグアタッカーと化していく。
余興はもちろんアイドルとして、ゴシックドレスのひらひらスカート靡かせて、ジャンプや回転、大きな動きを取り入れた歌とダンス。女装アイドルではある、しかし貫き通した意思と姿勢から繰り出される曲は、確かにヴァイスを一人のアイドルとして完成させて……
今、パニエの下から下着がチラリ。
大きすぎる動きがもたらす悲劇。それまで集まっていた感動に近い驚きの視線は、その一瞬だけでヴァイスへをコメディアンへと変えた!
友人作りを兼ねてやってきていたキャリコ・ビューイ(ka5044)も誕生日パーティの一角で足湯を楽しんでいた。
ヴァイスのステージにリズムを取り、饗される料理に舌包みをうつ。その顔には確かに笑顔が浮かんでいる。
「久し振りだからかな、思ったよりお腹すいちゃった♪」
やっぱり温泉芋だよねと早速口に運ぶ舞。
「本当だ、甘い♪ うん、これは止められない止まらないだね♪」
「うぅ~」
おかわりも辞さないよとさらに食べ進めるその横で、詩の皿には蒸し野菜のみ。
(お腹気になってきちゃったし……)
野菜達だって十分甘くて美味しいけど、お芋、私だって好きなのに!
ついつい姉の食べる様子を羨ましそうに見てしまう。
「っ!?」
ドンドンドン! グーで胸のあたりを叩きはじめる舞。
「どうしたの?」
「っ! の、喉……っ!」
「も~、食べすぎるからだよ! これ飲んで!」
詩が差し出すコップの中には冷たいジュース。一気に飲み干して事なきを得た舞は照れて、詩は呆れて。揃って同じ笑顔を浮かべるのだった。
シンプルな美味しさの温泉芋は、例えば戦場でも応用が出来そうだ。
(折角のお祝いの席、血なまぐさいことは考えたくないですが……でも温泉あっての味ですっけ?)
首を傾げていたミオレスカだが。考えを切り替えて立ち上がった。
「お祝いの歌を皆さんで歌いませんか?」
楽器をお持ちの方がいれば是非。その声に有志が集まって、即席の合唱隊が結成されるのだった。
「抑揚をつけるのは得意ではないのだが」
「大丈夫です、気持ちがあれば。それに皆さんも居ますから」
ミオレスカの誘いに一度は戸惑ったものの、歌にも挑戦してみることになったキャリコ。
周りに合わせながら、確認しながらの合唱で、彼は新たに一体感を得ることはできただろうか……?
「あっ美味しそうなのだ」
一通り巡った後はパーティーメニュー、特にレイお手製ごはんを堪能する黒の夢。酔って満足食べて満足。眠りに落ちた彼女をおんぶで連れ帰るのはレイのお仕事だ。
「同じ日に生まれた誰かの為に、この日を祝えるの、嬉しいよ」
気付かせてくれたこの出会いにも感謝しながら祝辞を告げる帝。
「偶然もあるもんですね、おめでとうございますですよ」
「奇跡みたいで素敵だと思わないのかい? タングラム君は相変わらずつれないね」
くすくすとシャイネが笑う。この奇跡を記念して、君に花の祝福を。
(ああ忘れてた)
温泉も十分満喫した後の小休止。本来の目的を思い出し視線を巡らせたハヤテは人に囲まれているタングラムを見つける。
かき分けるのも並ぶのも面倒だ。人混みも苦手だし。
「キミ、一緒に渡しておいてくれるかな。よろしく」
前を通りがかったバイトに祝い金を押し付ける。
「堪能したし、用も済んだし帰るかね」
今なら帰路も混まないはずだ。
●
「……わん」
パーティのおかげで人がいなくなった。確認した艮は静かに温泉を楽しむことにする。
今度は懐かしさに全身がつつまれる。このまま温かさに身を任せるなんてできないと知っている理性と温泉の誘惑、しばらく揺らぎと戦うのだった。
いわゆる二次会の空気になったところで役目も終わりだろうと、足湯から男湯へと向かう観智。
「中々良い所、ですよね~、此処」
蒸し料理の風味から予想していた泉質を、改めて実際の湯で確かめて。人もまばらな中、心行くまで知的欲求を満たすのだった。
大半が引き上げた後の温泉の片隅、杯を差し出すソフィア =リリィホルム(ka2383)がの前にはタングラム。
「何か目ェつけられてよぉ、なかみとか言われてんだが。どういう教育してんだよ、あんたの」
言葉を切るソフィアにタングラムは口元だけで笑う。
「……やっと、両親を還してやれたよ」
続けたのは違う言葉。あんたは帰らないのかと言外に聞いてみる。
「どうでしょう」
ソフィアこそ、と仮面の下の目が問うている気がした。
「……結末がどうなろうが、最後まで見届けるさ」
関わったことは消えないから。
「ほらよ」
ソフィアが渡すのは手製のブローチ。表はエンブレム、そして裏には名と同じ花の刻印。
「友からの贈り物ってやつさ」
それで用は終わりだと、ソフィアも帰り支度を始めた。
湯に浸かったまま人が少なくなるのをひたすら待ち続けるという日雀の作戦は、のぼせてしまうという結果に終わる。
「私にはまだ外の世界は早かったの……か……な……」
数時間の成果は特にない。
(一応頑張ったから、好きな物作ってもらえないかな……)
後悔と一緒に、ほんの少しの打算。帰ったら試しに言ってみよう。
飲み物片手に足湯の一角でひと休み。
「……おねむ、かも」
巴の膝枕でむにゃりと呟く楽羅、ふわふわに乾かした髪を梳くように撫でる巴がくすりと笑う。
「後でちゃんと起こしてあげますわ」
「おやすみ……なさい」
ふいにかかる重みを支えれば、無防備なエアの寝顔。
「普通、寝るかよ全く……」
軽く頬をつまんでみるも目は開かず、諦めたシーラは天を仰いだ。可愛らしく微笑ましいけれど複雑だ。いくら自分相手でも気を抜き過ぎではないのか。
(信用されているという事にしておこう)
簡単に置きやしないだろう、近くの宿を取っておいてよかった。荷を纏め、エアをそっと抱き上げる。
「……おやすみ」
●募金総額120万Gの使い方
魔導製氷機
アクセサリー多数
香水数種
仮面の補修道具一式
大量の酒と肴
「タングラムさま、寒い時期の暖房と、暑い時期の氷、どっちがいいですか?」
「氷に決まってます。いつでも酒がロックでのめるじゃねーですか」
ザレム・アズール(ka0878)は、日頃世話になっている二人のために尽力するはずだったのだが。何故か施設運営のボランティアで温泉客を捌いている。
(今日は確かパーティがあるんだっけ)
バイト中の火椎 帝(ka5027)が今日の予定を反芻していたところでザレムの合図が聞こえる。
「来たぜ」
2人で主賓を出迎える。
「お誕生日が今日なんですね、おめでとうござ……」
ぁ。小さく声が漏れそうになるのをギリギリで抑える帝。
(ていうか僕も誕生日じゃね……?)
「誕生日に相応しい仕上がりにしないとね」
メインはガレット・デ・ロワ。味の決め手は中のクリーム、そして表面の模様と飾り付けるプレートが場を盛り上げてくれるはず。
仕上がった窯には十分な広さがある。満足そうに頷いて、シャーリーン・クリオール(ka0184)は袖をまくった。
「なんで俺様が……」
――明友ジャックへ、俺のかわりにタングラムに渡してくれ 海斗――
ジャック・J・グリーヴ(ka1305)が運んでいるのは大きな袋。
「こうなったら実力行使で止めるしか」
不届き者が居ないか自主的に監視体制を敷くザレム。
今正に運び込まれている袋を追って、慎重に様子を探っていた。
「よぉババア! 元気かババア! 年の割りに可愛らしいなババア!」
「既に酔っぱらいですかジャック」
素面では言えない台詞を言うためひっかけたエールのせいか、それとも異性相手だからか、女性相手なのを誤魔化す意味では作戦成功している。
「ほら、カイトからだとよ」
ドサッ!
「……嫌な予感しかしませんですよ」
俺の嫁(自称)の声に、紫月・海斗(ka0788)は袋から飛び出した!
「はぴばタングラーム! 混浴行こーぜ! おめぇの水着は用意してある!」
水着とシードルを押しだす。
「勿論それだけじゃねぇ、プレゼントは、俺ぇー!」
めきょっ
海斗撃沈(嫁の足蹴)。
「タングラムさまっ、せっかくですから!」
混浴推しに便乗するフクカン、早くも鼻血たらーり。
「徹底的に綺麗にしちゃいましょうね」
エスコートする舞桜守 巴(ka0036)に、新城 楽羅(ka3389)が首を傾げる。
「……そんなに、かな、私」
気にしていないからよくわからない。素直な義妹に巴は優しく微笑んだ。
(幼い分それが可愛いとも言いますわ)
慈しむ意味もあるが、愛しむのも理由に含まれる。
「今日はのんびりしましょうね」
●
「いや中々立派になったじゃないか、随分と大きくなったものだね」
男湯にのんびりと浸かりフワ ハヤテ(ka0004)は建設当時を思い出す。随分昔のような気もしたが、去年のことだ。一年という時の流れを意外にも長く感じる。
「この間は……」
ごめん、迷惑かけた、役に立てなかった。
ユリアン(ka1664)が伝えようとした言葉は、声にする前に止められた。
「あの時も少し言ったけどね」
赤の瞳がユリアンを射る。人を見る時も微笑みを絶やさないようなシャイネの、初めて見るような顔。
「覚悟が無かったら、ハンターをやってないよ」
これからの立場への心配や、起こりうる可能性、自分の意思を伝えるつもりだった。だから先回りの言葉だ、これは。
「同時に吟遊詩人だからね。どんな結末に……いいや、物語になるなら、それでいいんだよ」
今、近づいた? どこか雲をつかむようだった、この友人に。
「じゃあ、さ。謝るの、やめておく」
「ふふ、そうしてくれるのが一番だよ♪」
できたらこれからも、お互いにね。囁く程の詩になって聞こえたあと、空気が変わる。
「……そう言えば、シャイネさんも先月誕生日だったっけ。湯上りに何か一杯奢るよ」
ユリアンの言葉に、いつも通りの微笑みが浮かぶ。揃って男湯へと歩き出す。
「それは楽しみだね?」
クィーロ・ヴェリル(ka4122)は脱衣所の影から様子を伺っている鬼百合(ka3667)が気になった。
「どうしたの? 入らないの?」
「うーん……風呂、みんなで入るとこと思わなかったんでさ、一人じゃ隠れるもんもねぇですし」
(事情があるのかな)
ひとまず誘う事にする。のんびりするなら一人も二人も変わらない。
「僕はクィーロ。んー、それじゃあ僕と一緒に入らないかい?」
「助かるんでさ! オレ鬼百合ってぇんでさ。兄さんの後ろ、隠れてていいですかぃ?」
「うん、構わないけど」
「よろしくお願いしますぜ、兄貴!」
「はは、兄貴って柄でも無いけど……うん、宜しくね」
「背中流してあげるよ」
「えっ兄さん悪いでさぁ」
「遠慮しないで、裸の付き合いっていうのかな?」
強引でもない穏やかな口調に頷いてクィーロに背中を預ける鬼百合。紋様を晒すのはまだ慣れないし恥ずかしさはあるけれど。
(でもこういうの、嬉しかったりするんですねぇ)
人目よりも自分の感情に向き合える余裕ができたのは、ハンター生活の積み重ね、いい変化かもしれない。
「それじゃあオレも兄貴の背中流しますぜ!」
「骨身に染みるとは、このことだ」
戦いの中で傷ついた体の療養に、自らの巨体を温泉に沈めるバルバロス(ka2119)。
ゆっくりした様子で居ても警戒は忘れていない。近づいてくる足音を感知する。
(だが、ここは温泉。この時間を害するものであるはずがない)
どうせ他の客が来ただけで、自分の傍は通り過ぎるだろう。
「あっバルバロスさーん!」
「……」
訂正。顔を合わせれば機会があるたびに必ず自分に接触を図る者はこの世に存在している。
「奇遇ですね。しかもバルバロスさんとご一緒できるなんて幸せです」
記念にもふもふしてもいいですか。言いながら手を伸ばしてくるアルマ・アニムス(ka4901)は既に真後ろに陣取っていた。
長い髪を女性のように上にあげて湯に浸かるアルマ、女顔と、濁りのある湯のおかげで女性に見える。
「ふー、あったかくて幸せでぴぃっ!?」
バッシャーン!
後ろ姿で女性かと勘違いしが客が覗き込み、まっ平らな胸板を見て温泉に撃沈するという現象が先ほどから何度も起きているのだが、その度に女子力の高い悲鳴を上げるという悪循環トラップが発動していた。
(どこであろうと、賑やかだな)
時折もふられながらも観察していたバルバロスは、場所は無関係なのだと実感していた。
右側に居てくれるエアルドフリス(ka1856)の存在が、ジュード・エアハート(ka0410)の心の羽を伸ばしてくれる。
(湯治目的もあるけど、それは建前)
二人でのんびりしたかったから。
「ああ、こりゃあ……いいねえ」
腹を覗き込んでくる恋人の顔に心配の色が浮かぶ。
「大丈夫? 痛くない? 染みない?」
槍で貫かれた消えない傷。経緯も知るジュードは今後もこの顔をするようになるのだろうか。確かに立場が逆なら自分も胸が痛む。安心させるためにも笑いかけた。
「もう痛まんよ。少し攣れるが……戦場に出れば仕方ない事さ」
「でも無理はしないでね。頭洗うとか、背中流すとか。俺にできることならなんだってするからさ」
「食事して、お土産見て……あ、あとね、近くの街に宿もとってるから温泉の後もゆっくりしようね」
脱衣所に戻りながら念を押すジュードの視界に小柄な影。
「あ。フクカンさん。今日、応援してるねっ」
「熱があるようだが大丈夫かね」
真っ赤な顔を指摘するエアルドフリス。
「大事な日なんだろう。そういえば、タングラムはジュードと誕生日が近いんだな」
贈り物に悩む気持ちはわかると、服を脱ぎ着する間に会話が続く。
「だが相手の事を考えて選ぶ時間は楽しいだろう」
ちらと視線を横に。身支度を整えたジュードの髪に、硝子玉が煌めく青い椿が咲いている。
「ふむ、動悸も激しいようだが?」
「だ、大丈夫ですっ」
逃げるように混浴に向かうフクカン。自分達のやり取りにあてられた事実に気付かない二人は首を傾げた。
●
「少しでも変な動きしようもんなら……どこで覚えて来るんですか」
海斗の女子力(手先)がタングラムの髪を洗い流そうと近づく。
「はっはっは、背中も流してやろうかー」
「それはダメでっぶぅっ!?」
足を滑らせ倒れ込んでくるフクカン。避けた海斗が見たのは、同じく避けた後混浴から出ていくタングラムの背。
「逃げたって無駄だぜタングラム! 紳士な俺は迎えに行くぜ?」
改まったキメ顔でジェットブーツ起動、越えるは女湯との垣根だいぇーぃ! シュバッ!
「って言ってる傍から!」
すぐにザレムも跳び上がる。警戒の甲斐あってグーパン☆成敗完了!
「このまましばらく湯船に沈んでろ?」
それまでもやもやしていた分もしっかり込めた一撃である、爽やかな笑顔にもなると言うものだ。
海斗撃沈(再)。
「まったく……ろくに動かせない身体で湯に浸かって、溺れでもしたらどうするんだ」
イレーヌ(ka1372)の声を聞きながら、オウカ・レンヴォルト(ka0301)は戸惑っていた。
なぜ混浴に来てまで。
「そもそも、ひとりで出掛ける奴があるか」
説教はまだ続いている。
「……なんで、俺なんかをそこまで気にかけてくれるん、だ?」
「大事な友人を心配するのは当然だろ?」
聞かなければわからないのかと少しだけ呆れたような声音を滲ませる。わずかな眉の動きに気付くものの指摘はしない。イレーヌの視線から逃れるようにオウカが湯から上がった。
(なら)
イレーヌも追う。
「……どうした?」
「なに、背中を流してやろうと思ってな」
遠慮するな。遠慮の言葉を聞く前に行動に移した。
「……どうしてこうなった」
「随分と大人しいじゃないか」
イレーヌはこっそりと微笑む。
「……け、健全な男の一般的反応、だ」
オウカの動揺はさらに激しくなっている。
「だがもう、十分……だ」
遮ろうと体ごと振り返ったオウカ。その手はイレーヌの巻いていたタオルを掴んで……
「!?」
動きが止まる。
「どうした?」
余裕の声にギギギと目を開ければ、イレーヌは水着を着ていた。さも楽しそうな笑顔を浮かべて。
「みっ、水着だから恥ずかしくないもん」
頬を染めた時音 ざくろ(ka1250)がアルラウネ(ka4841)の手を引き混浴に向かう。
(デート、って)
誘われた時のことを思い出し改めて意識する。そのせいかアルラの勢いはいつもより控えめだ。それは少しだけ緊張している証。
ちゃぷん……
湯に浸かり、互いに身を寄せ合う。内緒話をするようにざくろが打ち明けた。
「実はざくろ、ここの設立お手伝いしたんだよ、だから一度一緒に来たくて」
照れたその顔が近い。
「暑い時の温泉も、気持ちいいよね……アルラと一緒だから余計かな」
微笑みはいつも通りで、アルラの緊張がほぐれはじめる、そのかわりに腕を絡めた。
「あ、アルラっ?」
いつも身に着けているバンドゥビキニはアルラの体の線を隠さない。何より腕に当たっている。
「騒がなければバレないわよ」
一見女の子同士にしか見えないんだし。そういうアルラの頬が少し赤みを帯びていたが、ざくろはそれどころではなかった。
「うなー♪」
腿の上に腰かける黒の夢(ka0187)の柔らかさ、酒につまみ、楽しそうな声、充満する硫黄の香り、そして目の前で揺れる剥がれそうで剥がれない布切れと隠し切れないもち肌……レイ=フォルゲノフ(ka0183)の五感は満たされていた。
「気持ちぃねー、レイちゃん」
黒の夢はあっさりと酔いに身を任せている。
「そういえばアンノ最近大怪我多いんとちゃうか~?」
隠さない男レイ、杯の縁でつんつん。
「怪我とか残してへんやろな?」
「くすぐったいのなー」
確かめちゃろかーと抱え込めば、楽しそうに黒の夢もレイに抱き付いた。
「いや~、APVにこんな施設が在るなんて知らなかったわね」
「俺も最近知ったばかりだけどな」
前に来てるから案内できるぜとリーラ・ウルズアイ(ka4343)に柊 真司(ka0705)が請け負う。
(そこまでは普通だっただろ?)
今目の前に居るリーラを見てどこで間違えたのか記憶を探る。
「なんでタオルなんだよ」
「え~だって水着かタオルって言ったじゃない?」
「言ったけど、そこは普通水着だろ」
「でも持ってきてないし、いいじゃないこれで。細かいとお酒あげないわよ?
「……わかった」
「じゃ、早速飲み比べしましょ♪」
今では品薄になっているワインに、ウィスキーに清酒。流石リーラのコレクションと言ったところか。
「偶にはこんな休息も大切だよな……」
ちびちびと杯を傾ける真司。
「そうよねえ~♪」
むに
「……リーラ」
一瞬で真司の心の休息は終わりを告げた。
「あ、次ワインにする?」
「そうじゃない。くっつき過ぎだ、もっと離れろよ」
「離れたら注げないじゃない」
「逆に近すぎだろ」
「美味しい想いさせてあげようかなっていう気配りじゃない」
わざとらしい笑みを浮かべ、今度は真司の首に腕を回すリーラ。タオルが外れやしないかと気が気じゃない真司は下手に動けなくなる。
「まったく人をからかうのも大概にしろよ……」
「だって反応が面白いんだもの~」
真司相手だけでは飲み足りなくなったリーラが周囲へお酒を薦めはじめるまでの辛抱である。
「温泉の時はタオルが常識だって、ヒヨ聞いてきたの!」
みんなで混浴! と軽い足取りで先頭を行くヒヨス・アマミヤ(ka1403)が振り返る。
「他人と風呂に入る、それも女性と入るのは慣れてないんだけどねぇ」
そうこぼすヒース・R・ウォーカー(ka0145)はトランクス型水着姿、タオル使用の4人に対し浮いているようにも見える。
「両手に花でうらやましいねウォーカーさん」
花に自分は計上しない。南條 真水(ka2377)は一見いつも通りだが水着の上からタオルを巻く完全防御態勢だ。
「……花?」
「ヒヨ知ってます、女性を例える言葉だって!」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)の疑問に目を輝かせる。
「両手に女性、つまりヒースさんは南条さんをお姫様抱っこするんですね! 楽しみですよね!」
強引な解釈をねじ込んで同意を求めれば、頷くシェリル。
「自由に入れば宜しい」
一番落ち着いている様子のロイド・ブラック(ka0408)は観察態勢一択。お子様二人がかりに勝てる気は最初からない。だからヒースは戦場で培った経験と意志、理性を総動員して平静を保つ覚悟を決めるのだった。
「温泉は……タオル一枚……らしい、から……」
くいくい。真水のタオルの端を引くシェリル。
「それに水着着てるならタオル邪魔じゃないですか!」
「両方使っちゃいけないなんてルールはないだろう、南條さんはこれでいいんだよ」
「えーっ!? せっかくの水着見せないと勿体ないじゃないですか!」
「そんな需要聞いたこともないよ」
「じゃあお姫様だっこだけでも! 初めてじゃないですしいいですよね!」
「いやいや怪我してるわけでもないんだから。いくら病弱な南條さんでもそこまでか弱くないよ」
「……怪我をすれば……」
無表情で呟くシェリル。なぜか冗談に聞こえない。
「強行手段には断固反た」
ぐいっ
「お前も諦めて行こうか、真水。これも思い出、あるいは物語になるんだろうさぁ」
湯から出ようとする真水の腕を確保するヒース。一人安全圏に逃げられるくらいなら道連れだ。
「……全く、お前さんも大変な物だ」
つるっ
ヒースの後を追い湯に浸かろうとしたロイド。その後ろでシェリルが足を滑らせる。
「……あ」
まずは右手、それでも足りずに左手も。咄嗟に掴んだのはロイドの腰に巻かれているタオル。重ねてあった二枚共がシェリルによって解除される。
「ん?」
バッシャーン!
ロイドが湯に入ったのとほぼ同時。シェリルは湯船に勢いよく落下していた。
すかさずお姫様抱っこでシェリルを抱き上げるロイド。驚いたのか、無我夢中だったシェリルが頭に抱き付いている。勢いのある着水でタオルもはだけていた。
「水死は非常に厄介であるのでな」
「……ゴメン。メガネ……大丈夫……?」
壊れてないかと心配で身じろぐシェリルもそのままに湯から上がり、用意していた乾いたタオルを被せてやる。
「……気をつけるべきであるぞ?」
(どうしてこうなったんだ……)
気付けばヒースの前に居た。タオルもシェリルに外されている。
水着を着ていても、湯があっても肌が近い、いつかのお姫様抱っこどころではない。
ブクブクブク……
少しでも小さくなろうと体育座りで体を丸め、鼻まで湯に浸かる真水。ここまで来ると流れに逆らう事も出来なかった。
(ああもう、どうにでもなれ!)
5人は奇数だ。二人ずつ組み合わせたら、一人余る。
空虚な穴が開いたような感覚に気付いて、ヒヨスはざぶんと湯に顔を埋めた。ぶくぶくと吐き出す泡に込めたのは、徐々思い出す、寂しいという感情。
吐き出しきったら、切り替えも終わりっ!
(せっかく皆で来たんだから楽しまなきゃね!)
●
「てっきり、頭つるりなおじ様だとばかり」
フクカンが倒れたとの声に振り向いたチョココ(ka2449)の目に映るのは……少年?
「お髭もないですの……」
驚きの事実ばかり。でもお兄様と呼ぶのはなんだか癪。だって見た目も近いから。
「あとで、お髭着けてくださいって言いますの」
それでおじ様って呼ぶのですわ、と頓珍漢な結論を導いて握りこぶし、ぐっ。
(相変わらずみたいね)
仕切りの向こうの騒動を聞きながらエイル・メヌエット(ka2807)はため息ひとつ。フクカンに譲る気持ちと恋人非同伴を理由に混浴に行くのをやめたが、抑止力としていくべきだっただろうか。
心配を他所に当のタングラムが女湯にやってきていた。視線を合わせて近くに寄っていく。
「タングラムさん、お誕生日おめでとうございます。私からだけじゃなくて……」
貴方をお祝いしたくてもできない人の分も。お節介と思われたとしても、それは自分の性分。
「それから……私の大事な人もいつもお世話になってます。改めて挨拶をと思っていたの」
「律儀な事ですね」
受け取っておきます、照れているかもしれない声音。
「ところでエイル、フクカン看てやってもらえますか」
「えっ、もう脱衣所に運ばれているかしら?」
あとでシードルを持っていくと言い置いて、エイルは慌てて女湯を出て行った。
「お背中、お流ししますね」
ミオレスカ(ka3496)がタングラムのは後ろに周る。無防備なようでいて、歴戦の何かを感じさせる背中を前にため息が零れそうになる。
(見た目は同じくらいなのに)
立場と責任がある人はこうも違うのか、と。
「わあ、これが温泉!」
駆け寄りかけた響ヶ谷 玲奈(ka0028)だが、マナーを思い出し振り返る。
「エヴァと一緒に温泉に来れるなんて、疲れも吹っ飛ぶってものだよ!」
おどけた笑顔にエヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)も声なく笑う。カードは無くても玲奈にぎゅうと抱き付けば、同じ気持ちが伝わる。
「エヴァ、背中を流そうか?」
「!」
その言葉でエヴァの瞳が輝く。
(女子同士なら洗いっこだって問題ないわよね!)
『私も、洗う』
興味津々の瞳を向ければ頷く玲奈。親友だけあって察するのも早い。ならばこそ。
じゃーんぷ!
目指すは玲奈の腕の中。
「オンセンだよ~」
Uisca Amhran(ka0754)の歌うような声に誘われて寄ってくるのは主に羊。野生化したのか近隣で飼育されている脱走犯かはわからないが人懐っこく、前例もあるのか咎められることもなかった。
「みんなで入ったほうが楽しいよね?」
自然体のイスカに動物達は大人しく洗われている。
「オンセンって、泉でや川での御祓に似てるよね?」
そう思うからこそ浸かる前に洗うべきと理解したイスカ、温泉マナーにもあっていて非常に礼儀正しかった。
(流石に混浴は恥ずかしいですね)
そう思い女湯へ足を進めるのはセリス・アルマーズ(ka1079)。
知り合いの気配は感じ取っていたがその背は混浴に向かっていたのだ。
のんびりできるのが一番だと思いなおす。無理に知人を探す必要はない、新たな出会いがあれば信徒候補を見つけられるかもしれないし……そんな楽しみ方があってもいいと思う。
「セリスさんも来てたんだ?」
覚えのある声に振り向く。視界に鮮やかな緑髪が閃いた。
「ここの温泉施設、噂に聞いてたからすごく楽しみだったのよね」
くぅ~と両腕を天に向けて伸ばしながらアイビス・グラス(ka2477)に笑顔が浮かぶ。
「温泉があるって聞く機会も少ないから余計かしら」
馴染みがなかった人にとっては大したことはないのかもしれないけれど。隣のセリスに聞いてみる。
「例えばさ、やっぱり慣れないと緊張しちゃうもの?」
「そうね……肌を晒すのがシスターとしてどうなのか、って方が強い気がするわ」
「慣れ以前の話だったね。疲れが取れる感じとか、私だと至福なんだけど」
「すぐには無理そうね」
「それじゃ楽しみやすいのは湯上の食事かな、それと冷えた飲み物!」
定番は羊乳なんだけど、セリスさんなら紅茶かな。
「しっかり温まったら出るとしようか?」
温泉芋が美味しいらしいよとアイビスが笑いかければ、セリスからも返ってくる。
「アイビス君のオススメなら期待できそうね、私も楽しみだわ」
「あとでいただく羊乳は貴方達のかもしれませんね♪」
果汁入りはあるだろうか、楽しみですねと微笑みながら羊を撫でて、イスカも温泉を堪能している。
優しい手つきで、神楽の長い髪を泡で包み込む。
「かゆいところはありませんの?」
「んー……?」
ぼんやりとした声。汚れやすいくぼみやくびれも念入りに、巴が全身を洗っていく。
(おねーちゃんに、されるの、すきだから)
だからおとなしくしてるんだ……そういえば。
(あっちのほう、気にしなくて、いいのかなー……?)
誕生日の話を思い出して首を傾げる。
「義理は果たしていますから」
今は楽羅が大事ですわと、その言葉にこくりと頷く。
「ふふふ、お姉ちゃんじゃなくて悪かったですけど……」
ほんの少し声のトーンを落とした巴に向き直り抱き付く。
「巴おねーちゃんも……大好き、だよ?」
共に姉と慕う相手だけじゃなくて、ちゃんとお互い大切だよ、なんて。
「……ん、それは何より、ですわ」
『大きい』
視線と唇の動きを読んで、下から軽く持ち上げるように触れるエヴァにくすりと笑う。
「難儀なものだよ、肩も凝るし」
『重いから』
それよりお返しだ。頷き納得しているエヴァのうなじに玲奈の指がつうとつたう。髪が濡れないようあげて纏めてあるから無防備だ。
「っ」
「エヴァはとても綺麗な肌をしているね」
すべすべだとの玲奈の感想に、嬉しそうに胸を張るエヴァ。自慢げな表情も浮かんでいる。
「でも少し焼けたかい」
『海だって行ったもの』
転じて頬を膨らませた。小さな不満の同居がすぐに通じて。
『仕方ないじゃない』
焼けない方が無理……視線が拗ねたものに変わった。
「ごめんごめん。お詫びに上がったら飲み物を奢るよ」
『それならいいわ』
今日は姉に言われたわけじゃなくて、自分で決意して出てきたのだ。
初めて一人で来た場所。なにより温泉だから頭の上にあるタオルだけで心もとない。アパルトマンの自室とは段違いの、頼りない状況。
「早く少なくならないかな……」
人の多さに、落葉松 日雀(ka0521)は改めて外の世界の怖さを実感していた。
●
(……似てる)
艮(ka4667)が一人で出かけたくなるようなところは、故郷に似た何かがあるところばかりだ。
(……知らない人ばかりで、弱いところを見せるのは、よくない)
温泉に入るなら人が居ない時。それまではぶらりと時間を潰す。
選んだ足湯も端の方。それも本当に必要なだけ素足を出す程度だ。
「……わふ」
川沿いの景色を眺める。水面に照り返した陽の光が眩しくて、目を細めた。
「湯上りはこれだって聞いたんだよね」
言いながらクィーロが渡すのは羊乳、よく冷えたコップが手の熱を気持ちよく冷ましてくれる。鬼百合に見ててと一言告げてから、腰に手を当て一気に飲み干した。
「こうして飲むのが温泉スタイルなんだって」
パシャパシャと、足をつけた湯を揺らす。
「エア。行儀が悪いぞ」
シルヴェイラ(ka0726)の嗜める声を聞き流し、エルティア・ホープナー(ka0727)は本の頁をめくる。
「私が濡れるだろう」
「だったら離れて座ればいいんだわ」
目線をあげずに答えれば、いつも通りの苦笑が聞こえた。すぐ隣に腰を下ろした幼馴染の手元には、冷やした酒の杯と簡単な摘まむもの。
続きから目が離せない。片手だけ皿に伸ばす。
「まったく……」
溜息の後、手にフォークが握らされた。
「また変わった文化だな」
シーラは人間の感覚を不思議だと考えていた。
「誕生日のお祝いに温泉だなんて素敵ね……」
エアの言葉に耳を欹てる。喜ぶなら考えておこう、11月なら頃合いだ。
「でも私なら、その費用分の本をもらった方が嬉しいわね」
やはりいつも通りだ。しかし珍しく続きがあった。
「……大きいお風呂、作ろうかしら」
「どこにつくるんだよ」
本に夢中で他の何もかもを忘れる君が、お風呂?
鮮やかな花火模様はアルラの髪色とも合っている。持ってきてよかったと頷くざくろは藍の浴衣。
「アルラよく似合ってる」
着付けも勿論ざくろだ。
「今日はありがとうね」
軽く肩に触れるようにして寄りかかる。食べ物もおいしいし、火照った体に冷たい飲み物が気持ちいい。
「こちらこそ。今日は一緒に来れて、ほんとに良かったよ」
「はぁ……やはり風呂上がりの一杯は格別だな」
「……そうだ、な」
乾杯はビールで。イレーヌのさっぱりした声を聞きながら、悶々とした時間を過ごすオウカだった。
●
湯上りの冷えたお酒も楽しんだ後、レイは厨房の一角を借りて下拵え。
「超弁当係の腕見したるで~♪」
冷蔵庫と天然蒸し器で出来るものと言えば、もしくは流用してできるものと言えば?
「リクエストがあったらなんでも作ったるからな~♪」
酒が入っているにも拘らず、食堂で慣らした腕を振るっていった。
「お祝いですわ~♪」
持参したパルム型パンとクッキーを、パートナーのパルパルと一緒に配るチョココ。見ればいつもよりデコレーションやトッピングが豪華になっている。
「たくさん持ってきましたの、パーティー仕様ですわ、皆様一緒に食べましょう~♪」
シャーリーンがまるごと蒸していた鍋は、羊肉と野菜のワイン煮込み。別に冷やしておいたパテを温泉芋に添えて、茶碗蒸しを並べて。フクカンもケーキを並べ、シャンパンを注いで回る。
皆が料理を口にしたのを確認して、シャーリーンは席を外した。
(ここまでが自分の考えるプレゼント)
皆の楽しい時間を後押しできていればいい。あとはのんびり温泉を楽しませてもらおう。
「湯上りの女性ってどうしてこんなに色っぽいんだろうな」
浴衣姿、うなじの色気に目うつりしながらヴァイス(ka0364)は会場予定の足湯へと向かう。
揃いの着物は黒地に龍。三味線の音色に乗せた天竜寺 詩(ka0396)の長唄が響き、天竜寺 舞(ka0377)の手にある扇子が滑らかに閃く。
姉妹が余興、贈り物として選んだのは日舞。縁起の良い言葉を織り込んだ歌詞と踊りに乗せて、双子のタングラムを祝う気持ちが届けられた。
「伝統芸能って言うんでしたっけ、詳しくない私でも目を見張るものがあったと思います!」
凄いです、と拍手するフクカンに顔を見合わせた双子がありがとうと笑う。
「所でフクカン君は何をプレゼントするのかな?」
化粧道具とかがいいのかな、と提案するのは舞。
「ふぁっ!?」
赤面した隙にこっそり耳打ちするのが詩。
「頑張ってね♪」
集まった人数の多さに、夕鶴(ka3204)は流石タングラム殿は人望があるなと頷いている。
(そういえば……)
聖輝節の折に買ってもらった大きなウサギのぬいぐるみを思い出す。年末の思い出に少し財布の紐が緩んだ。
プレゼント用の募金と一緒に、フクカンに向けて差し出すのは肉球グローブ。
「これをタングラムさまに着けて貰えばいいんですね!」
「違うぞ、これはフクカン殿の分だ」
息が荒くなりそうな相手を抑えつつ続ける。
「リーダーだけでなく、あなたも常日頃助けられている。いつもありがとう」
せっかくの機会だから。柔らかい微笑みを浮かべながら肉球の触り心地と出来を語る夕鶴。しばらくぽかんとしていたフクカンだが、はっと息をのんだ。
「……職員冥利に尽きます!」
大事にしますね!
「風呂上がりの宴会って悪くないものね」
まずは温泉の名物から。温泉芋とヴルストを肴にビールを傾けるフィルメリア・クリスティア(ka3380)はその喉ごしに軽く唸る。
パイロット時代にあった、シャワーの後のお酒とも違う感覚が新鮮に感じる。
「随分と賑わいでおるのう」
隣にはまだ水分を含んでいる髪をあげた浴衣姿、団扇を仰ぎながら紅薔薇(ka4766)が集まるハンター達を眺めている。
こちらはジュースだが料理程にすすんでいない。食事にはお茶が基本の紅薔薇に取って甘い飲み物はしっくりこないのだ。
「紅茶にしてみたらどうかしら」
ジュースよりあうんじゃない? フィルメリアの言葉に頷いてかえることにした。
「ふむん」
改めて温泉芋を一口。
「温泉の蒸気で自然の味がついて、普通とは違った風味が出ておるのう」
素材の甘みが引き出される調理法は好きだと頬張る紅薔薇。
(一人でのんびりもいいけど、誰かと過ごすのも悪くないわね……)
見知った誰かが隣に居るだけでも違うものだ。今度は誰かを誘っての外出を検討してもいいかもとフィルメリアは思う。……思うだけだ。実行するまではきっと長く迷ってしまうだろうし、本当に実現するのかは、自分でも読めなかった。
(何歳の誕生日なのじゃろうか)
紅薔薇はタングラムを眺めていた。エルフやドワーフの年齢不詳さは今に始まった事ではないのだが。
「……まぁ、女性の歳を聞くのは無粋なのじゃ」
一度フクカンを呼び止めて、耳打ちするジャック。
「なあ、実際いくつになったのか知ってっか?」
「そ、そそそそれは私からはっ。」
プライバシーを守ろうとする実質40歳のドジっ子(♂)。そこから推測されるタングラムの年齢は……
賑やかしを頼まれて来たという建前なのだ。天央 観智(ka0896)はフクカンの応援をしようと、一度考えてみた。
(でも、当人同士の気持ちの問題……ですし)
部外者が口を出してどうにかなるものだろうか?
自分がまだるっこしいと思うほどになってから考えるのでも遅くはないだろう。仮の結論を導き出した観智は改めて、タングラムの世話を続けようとするフクカンを視線で追った。
「おめでとうなのなー♪」
タングラムに真正面から腕を回した黒の夢、ふにふにむぎゅう。
「ヴァイスちゃんも来てたのなー♪」
「うわっ!?」
(こういうハプニングを避けてゆっくりするために混浴を避けたのに!?)
「シャイネちゃんもー♪」
見知った顔を見つけるたびにハグアタッカーと化していく。
余興はもちろんアイドルとして、ゴシックドレスのひらひらスカート靡かせて、ジャンプや回転、大きな動きを取り入れた歌とダンス。女装アイドルではある、しかし貫き通した意思と姿勢から繰り出される曲は、確かにヴァイスを一人のアイドルとして完成させて……
今、パニエの下から下着がチラリ。
大きすぎる動きがもたらす悲劇。それまで集まっていた感動に近い驚きの視線は、その一瞬だけでヴァイスへをコメディアンへと変えた!
友人作りを兼ねてやってきていたキャリコ・ビューイ(ka5044)も誕生日パーティの一角で足湯を楽しんでいた。
ヴァイスのステージにリズムを取り、饗される料理に舌包みをうつ。その顔には確かに笑顔が浮かんでいる。
「久し振りだからかな、思ったよりお腹すいちゃった♪」
やっぱり温泉芋だよねと早速口に運ぶ舞。
「本当だ、甘い♪ うん、これは止められない止まらないだね♪」
「うぅ~」
おかわりも辞さないよとさらに食べ進めるその横で、詩の皿には蒸し野菜のみ。
(お腹気になってきちゃったし……)
野菜達だって十分甘くて美味しいけど、お芋、私だって好きなのに!
ついつい姉の食べる様子を羨ましそうに見てしまう。
「っ!?」
ドンドンドン! グーで胸のあたりを叩きはじめる舞。
「どうしたの?」
「っ! の、喉……っ!」
「も~、食べすぎるからだよ! これ飲んで!」
詩が差し出すコップの中には冷たいジュース。一気に飲み干して事なきを得た舞は照れて、詩は呆れて。揃って同じ笑顔を浮かべるのだった。
シンプルな美味しさの温泉芋は、例えば戦場でも応用が出来そうだ。
(折角のお祝いの席、血なまぐさいことは考えたくないですが……でも温泉あっての味ですっけ?)
首を傾げていたミオレスカだが。考えを切り替えて立ち上がった。
「お祝いの歌を皆さんで歌いませんか?」
楽器をお持ちの方がいれば是非。その声に有志が集まって、即席の合唱隊が結成されるのだった。
「抑揚をつけるのは得意ではないのだが」
「大丈夫です、気持ちがあれば。それに皆さんも居ますから」
ミオレスカの誘いに一度は戸惑ったものの、歌にも挑戦してみることになったキャリコ。
周りに合わせながら、確認しながらの合唱で、彼は新たに一体感を得ることはできただろうか……?
「あっ美味しそうなのだ」
一通り巡った後はパーティーメニュー、特にレイお手製ごはんを堪能する黒の夢。酔って満足食べて満足。眠りに落ちた彼女をおんぶで連れ帰るのはレイのお仕事だ。
「同じ日に生まれた誰かの為に、この日を祝えるの、嬉しいよ」
気付かせてくれたこの出会いにも感謝しながら祝辞を告げる帝。
「偶然もあるもんですね、おめでとうございますですよ」
「奇跡みたいで素敵だと思わないのかい? タングラム君は相変わらずつれないね」
くすくすとシャイネが笑う。この奇跡を記念して、君に花の祝福を。
(ああ忘れてた)
温泉も十分満喫した後の小休止。本来の目的を思い出し視線を巡らせたハヤテは人に囲まれているタングラムを見つける。
かき分けるのも並ぶのも面倒だ。人混みも苦手だし。
「キミ、一緒に渡しておいてくれるかな。よろしく」
前を通りがかったバイトに祝い金を押し付ける。
「堪能したし、用も済んだし帰るかね」
今なら帰路も混まないはずだ。
●
「……わん」
パーティのおかげで人がいなくなった。確認した艮は静かに温泉を楽しむことにする。
今度は懐かしさに全身がつつまれる。このまま温かさに身を任せるなんてできないと知っている理性と温泉の誘惑、しばらく揺らぎと戦うのだった。
いわゆる二次会の空気になったところで役目も終わりだろうと、足湯から男湯へと向かう観智。
「中々良い所、ですよね~、此処」
蒸し料理の風味から予想していた泉質を、改めて実際の湯で確かめて。人もまばらな中、心行くまで知的欲求を満たすのだった。
大半が引き上げた後の温泉の片隅、杯を差し出すソフィア =リリィホルム(ka2383)がの前にはタングラム。
「何か目ェつけられてよぉ、なかみとか言われてんだが。どういう教育してんだよ、あんたの」
言葉を切るソフィアにタングラムは口元だけで笑う。
「……やっと、両親を還してやれたよ」
続けたのは違う言葉。あんたは帰らないのかと言外に聞いてみる。
「どうでしょう」
ソフィアこそ、と仮面の下の目が問うている気がした。
「……結末がどうなろうが、最後まで見届けるさ」
関わったことは消えないから。
「ほらよ」
ソフィアが渡すのは手製のブローチ。表はエンブレム、そして裏には名と同じ花の刻印。
「友からの贈り物ってやつさ」
それで用は終わりだと、ソフィアも帰り支度を始めた。
湯に浸かったまま人が少なくなるのをひたすら待ち続けるという日雀の作戦は、のぼせてしまうという結果に終わる。
「私にはまだ外の世界は早かったの……か……な……」
数時間の成果は特にない。
(一応頑張ったから、好きな物作ってもらえないかな……)
後悔と一緒に、ほんの少しの打算。帰ったら試しに言ってみよう。
飲み物片手に足湯の一角でひと休み。
「……おねむ、かも」
巴の膝枕でむにゃりと呟く楽羅、ふわふわに乾かした髪を梳くように撫でる巴がくすりと笑う。
「後でちゃんと起こしてあげますわ」
「おやすみ……なさい」
ふいにかかる重みを支えれば、無防備なエアの寝顔。
「普通、寝るかよ全く……」
軽く頬をつまんでみるも目は開かず、諦めたシーラは天を仰いだ。可愛らしく微笑ましいけれど複雑だ。いくら自分相手でも気を抜き過ぎではないのか。
(信用されているという事にしておこう)
簡単に置きやしないだろう、近くの宿を取っておいてよかった。荷を纏め、エアをそっと抱き上げる。
「……おやすみ」
●募金総額120万Gの使い方
魔導製氷機
アクセサリー多数
香水数種
仮面の補修道具一式
大量の酒と肴
「タングラムさま、寒い時期の暖房と、暑い時期の氷、どっちがいいですか?」
「氷に決まってます。いつでも酒がロックでのめるじゃねーですか」
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 24人 |
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最終発言 2015/08/16 16:32:53 |