王都第七街区 復興と、祭りと、担当官と

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
8~12人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/08/23 09:00
完成日
2015/09/03 23:42

みんなの思い出

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オープニング

 これまでに何度か説明してきたことではあるが── 王都第六城壁の外側には、戦火を逃れて王国の内外より集まって来た避難民たちの『街』がある。
 その通称を『第七街区』── 王国による食糧の配給と、第七城壁の建設作業といった公共事業、畑の開拓等を日々の糧に、難民たちがバラック同然の家に暮らす。
 行政上の区分で言えば未だ王都に含まれてはおらず、難民たちの『実力者』たちを中心とした『自治』が行われている。
 先の歪虚ベリアルによる王都襲撃の後にはこの第七街区にも複数の復興担当官がついたが、彼らの多くは復興をこの現地の『実力者』たちに丸投げした。
「利権目当てに復興官に名乗りを上げてみれば、宛がわれた担当は何の旨みもない第七街区── その挙句に俺らに丸投げとかやる気のないことこの上ないが、その無責任さがかえって俺たちにはありがたい」
 そう嘯いたのは『実力者』の一人、ドニ・ドゥブレー。『丸投げ』は結果として、『実力者』たちの個性を色濃く反映させた。
 ドニの場合、その立場と権限をフルに活用し、自分の『シマ』の復興に勤しんだ。現地の情勢を何も知らない貴族の若造に出しゃばられるより、自分たちで采配した方が上手くいく── ドニのケースは担当官の無責任さが上手く嵌ったケースと言える。
 ノエル・ネトルシップの場合は裏目に出た。ノエルは作業員の給金から何割かを『手数料』として天引きしたり、シマに住む住人や商売人たちから『税』と称して金品の供出を強要したりと、その権限を私腹を肥す事に利用した。
 結果として事件が起こった。ノエルの過酷な『治世』に耐えられなくなった住人たちの一部が、『隣国』を仕切るドニの手腕を噂に聞いて、助けを求めて逃げ出したのだ。
 すぐに追っ手がかかり、彼らは住人たちを匿っていたシスター・マリアンヌの教会を訪れた。シスターは5年前の逃避行からずっと難民に寄り添い続けた聖職者で、若輩ながら人々の敬意を一身に集める存在だった。
 ノエルと話し合う為にシスターが彼の居館に向かうと、すぐに「シスターがノエルに浚われた!」との噂が住人たちの間を駆け巡った。そして、ノエルの館に押しかけ始めた。陳情は抗議へ変わり、中には農具や武器を手に取る者まで現れ始めた。
 膠着が激発へと最後の火花が飛ぶ直前── ドニの一派が治安維持を名目にノエルの館を急襲。無事、シスターを『救出』し、人々の喝采を浴びた。
 その時、ノエルは館にいなかった。
 彼はその時、王都の復興担当官の元を訪れていた。表向きは今後の復興作業について話し合う為。実際の所は、ノエルが強権的な手段で徴収した金の一部を担当官に上納する為であった。
 担当官はこうして第七街区にはなかったはずの『旨み』を確保していた。同時に、ノエルにとっては己が得た利権を永続的に担保するものである──はずだった。

「ノエルさん、大変です!」
 王都某所、第七街区復興担当官の館。その応接室── 一連の騒動を知り、慌てて飛び込んで来た部下の一人を、ノエルの側近が無言で殴った。担当官の前で無様を見せたからだが…… その側近もまた報告を聞くや否や、思わず椅子から腰を浮かせた。
「……何があった?」
「……はっ」
 側近は一瞬、担当官の存在を気にしたが、構わんと促されてノエルに耳打ちした。ノエルは驚いて見せなかった。部下二人が驚く間に、繕うだけの心構えが出来ていたのかもしれない。
 ノエルは、今聞いたばかりの報告をありのまま……全て担当官に伝えた。部下たち以上に驚愕する担当官に、ノエルは「慌てることはない」と淡々と告げた。
「その為に担当官殿がいるんだ。……そうですよねェ、担当官どの?」
 ギロリと強い目力でノエルが担当官を見やる。ノエルのシマからの撤収──担当官には、委託先たるドニにそれを命じる権限があった。もし、ドニが従わなければ、騒乱を引き起こしたとして役人や兵を送り込む権限も。
 その為に金を払っているのだ──と、言外に告げるノエルに内心震え上がりつつ、外観上、担当官は鷹揚に頷いて見せた。担当官にとってもノエルは自分に利益をもたらしてくれる存在であり、その利害は一致している。
「勿論だ。ドニには早速、今回の件に関する詳細な報告と、『ノエル領』からの撤収を命じよう」
「結構」
 退室していくノエル。扉が閉まった瞬間、脱力し、椅子の上に崩れた担当官の元に、扉を開けた部下が新たな来客を告げた。
「誰だ? 今日はもう来客の予定はないはずだが……?」
「それが……」
 口ごもる部下を押し退けるように、男が勝手に入室して来る。その顔を見た担当官は、驚愕に目を見開いた。
「ドニ!」
 椅子を蹴倒し、立ち上がる担当官。構わずヅカヅカと歩み寄って、ドニが担当官のデスクに片尻を乗せる。
「ドニ、お前、今回の件はどうしたことだ?!」
「ご存知でしたか、お耳が早い。だが、まずはこいつをご覧いただこう」
 ドニがデスクに昔ながらの皮羊紙の束をぶち撒けた。視線を落とした担当官が慌ててそれを拾い上げる。そこに記されていたのは、ノエルが担当官に献じた違法な金の収支であった。
「これは……!」
「ノエルの館に押し入った際、ハンターたちが見つけたものです。然るべき所へ提出されるものを、事前に私が抑えました」
 担当官は暫し呆然と皮羊紙の束を見つめていたが…… やがて、無言で待つドニに向かって「……何が望みだ」と呟いた。
「現状の追認。およびノエルに与えた権限の剥奪」
 担当官は呻いた。即答はできなかった。ノエルがまた別の証拠を握っている可能性があるし、それに、ノエルからの『あがり』はやはり捨てがたい。
 逡巡していると、ドニは新たな書類の束を担当官へと差し出した。担当官は恐る恐るそれを受け取り、目をやって…… その日、一番の驚愕を示すこととなった。
「こっ、こいつは……!」
「第七街区の上水道整備計画。その大規模工事の企画書だ。こいつをあんたにくれてやる。手柄にするなり、利権漁りに利用するなり、好きにすればいい」
 空恐ろしいものを見る様な目で、担当官はドニを見つめた。これはもう復興作業というレベルでなく、都市計画の範疇だ。この男、いったい何者なのか……!
「……こいつがあれば、違法というリスクを背負って小金を集める必要はなくなる。俺とノエル、どちらについた方が得か、一目瞭然だと思うがね?」

「いったい何が目的だ」
 退室していくドニの背に、担当官が問いかけた。
 振り返り、ドニは人の悪い笑みを浮かべた。
「……第七街区の復興。……いや、そこに住む人々の生活の復興、だよ」

「お帰りなさい。どうでした?」
 街区に帰還後、側近のアンドルーが首尾を訊ねた。
「……もう一押し、必要だろうな」
 指で机を叩きながら、ドニは思案し、やがて告げた。
「担当官殿を、当地の視察にご招待するとしよう」

リプレイ本文

 復興担当官の視察が行われるその日、龍崎・カズマ(ka0178)は地元の有力者であるドニの事務所を訪れていた。
「仕事のモットーでね。世話になる有力者には挨拶をしろ、ってね。特にあんたは腕利きの実力者って話だし、この辺りの復興具合を見るに、確かに『何かある』男のようだしな」
 カズマが自己紹介を終えて言うと、ドニは書類から目を上げた。
「そいつはどうもご丁寧に。だが、ご覧の通りクソ忙しくてな。もてなしている暇がない」
「んな事はいいさ。人手が足りないならボランティアでもなんでも要望があれば請け負うぜ?」
 カズマがそう話を振ると、ドニは書類仕事の手を休めて考え込んだ。そして、書類をデスクにおっぽり投げると、カズマについてくるように言う。
「アリエス・エスクード(ka1961)!」
 辿り着いた先──設営中の祭りの会場で、ドニは一人の女性に声を掛けた。むさ苦しい現場にあって特徴的な、美しい金髪碧眼の女性が振り返った。
「エルフか……」
 カズマは呟いた。最近でこそ比較的よく見かけるようになったが、それでもこの様な場所にいるところを見るのは珍しい。
「街でのお祭りって、私にとっては珍しいものだったので…… 何だかとっても楽しそうだなぁ、と、いてもたってもいられず、お祭り警護の依頼を受けたのよ」
 自己紹介の後、どこかのんびりした風情でアリエスが言う。ん? とカズマは首を傾げた。
「……警護? なら、お祭りには参加できないんじゃ……」
「あ」
 沈黙。暫しの時を経て…… アイリスが解決法を見つけてピンと人差し指を立てる。
「お祭りの出し物を楽しみながら警備をします。ほら、いかにも警備してますってやっちゃうと、祭りの雰囲気も悪くなりそうですし!」
 そんなものか、とカズマは苦笑した。それなら自分も大道芸ってわけじゃないが、カードのジャグリングや龍笛の演奏でもしながら回ろうか……
「今日の祭りには復興担当官が視察に訪れる。祭りの邪魔をする無粋な輩はそれとなく排除してくれ」
 警備担当となった2人にそう指示を出し…… 淡々とした口調で、ドニは続けた。
「ただし、祭りが始まるまででいい。それ以降は手出し無用。怪しい奴を見かけたら監視と報告だけしてくれればいい」

「復興担当官の野郎が来やが……こほん。復興担当官どのがこちらに来られるのですか?」
 同刻。シスターマリアンヌの教会──
 さすらいの聖職者・シレークス(ka0752)がその話を聞いたのは、男たちに交じって教会の増築作業に勤しんでいる時だった。
 石材をどさりと下ろし、額の汗を拭きつつ訊ねる。彼女の担当は力仕事。当初、作業員たちは「シスターに力仕事をさせるなど!」とシレークスの申し出を遠慮していたのだが、本人が「確かに私は修道女でありやがりますが、ドワーフでハンターで筋力には自信があるのです」と半ば強引に押し切ったのだ。実際にその仕事ぶりを目の当たりにして、人々もなるほどこれならと納得した。今では上着はシャツ一枚、首から聖印を提げたのみという魅惑的な格好で、額に汗して働いている。
(こいつは使えるかもしれませんねぇ……)
 穏やかな微笑の下で腹黒いことを考えながらシレークス。確か埴輪男は祭りで屋台の準備でしたね、と。作業を皆に一旦預けて教会の敷地から飛び出して行く。
「全ては教会と人々の為に!」
 叫びすれ違ったその背をなんだなんだと見送りながら。巨漢の老ハンター・バリトン(ka5112)は入れ違いに教会に入ると、そこで同様の話をシスター・マリアンヌから聞いた。
「……その担当官とやらの護衛か何かにわしを組み込んでもらうことは出来んかの? ……いや、この第七街区の事情は聞いておる。もっと復興に力を入れるよう、わしからも説いてみたくての」
 その言葉にマリアンヌは驚いた。バリトンはこの教会と何の縁もゆかりもない、別件で訪れただけの男だったからだ。
「……確かにの。じゃが、この教会を見ていると、まだ10代半ばの頃の孤児院生活を思い出す…… 他人事とは思えんのだ。おぬしらの、子供たちの為に、出来ることはしてやりたい」
 そう言って「頼む」と頭を下げるバリトンに、マリアンヌは立ち上がり、その手を取って顔を上げさせた。
「……感謝する、シスター」
「お礼を言うのはこちらの方です。貴方は信頼に足る方だと判断致しました。あの子達の為に、よろしくお願い致します……」

 一方、祭りの準備会場──
 埴輪男ことアルト・ハーニー(ka0113)は、祭りに出す屋台の設営作業を行っていた。
 トンカチ片手に木板に釘を打ちつけ、腰をトントン叩きながら、完成した屋台の出来栄えに満足そうに笑みを浮かべる。
「お祭りには人も集まる。まさに『布教』にぴったりじゃないか! この機に埴輪の素晴らしさを第七街区の人たちに知ってもらわねば!」
 その看板には『埴輪屋』の文字。屋台には大量の埴輪たち── 子供たちの興味を惹く為に、埴輪を模した人形焼の量産態勢も確保した。多少形は歪になってしまったが、味と匂いに問題はない。
「完成したのか」
「お、柊か。おかげさまでな! おまえんとこはどうだ?」
 同じく屋台を出す予定の柊 真司(ka0705)がやって来て、困ったように笑って見せた。
「もろこし焼きをやろうと思っているんだが、こっちの木炭は煙が酷くてな。自作のコンロにまた手間を掛けなきゃならなくなった」
 そう言って肩を竦める真司。アルトは感心した。──己の屋台も大変なのに、真司はメイン会場の舞台の設営や出店の設置、資材の調達など他人の手伝いまでこなしていたからだ。
 こっちはもう終わったし、手伝おうか──? そう訊ねかけたアルトは、だが、嫌な予感にハッと背後を振り返った。
 何かが近づいて来る……! そして、この感覚を俺は知っている!
「こんな所にいやがりましたか、埴輪男! そんなモノを売る準備をしている暇があったら、ちょっと面ぁ貸しやがれです!」
「やっぱりお前か、破戒修道女! 俺はまだここの片づけが……!」
 問答無用でシレークスに教会へと引き摺られていくアルト。呆気に取られる真司に向かって、アルトが最後の言葉を発した。
「真司……は忙しいか。じゃあもう一方の隣りの屋台の人!(←説明台詞) 俺が戻ってくるまで、屋台を見ていておくれぇぇぇ……!」
 そしてアルトは見えなくなった。真司は頷いた。まぁ、世界は広いから(何せ異世界なんてものすらあるくらいだ)、そんなこともあるよな、と己の屋台の作業に戻る。
「というわけで、お隣のお隣さん。ついででいいんで一応、アルトの屋台も気にかけてやってくれると助かる」
「はぁ……」
 真司の挨拶に気の抜けた返事を返す『アルトの屋台の隣りのあんちゃん』。何か困惑しているようだった。まぁ、無理もない事ではあるが……?
「……ところで、あると思うかい? ノエルの部下たちの『嫌がらせ』?」
 訊くと、屋台の人は苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てた。
「やるでしょうね、あいつらなら。復興担当官が来るって話だし、視察中に祭りを台無しにされたらドニさんの面子も潰れる」
 そこまで言ってハッと何かに気づいて、屋台のあんちゃんは何か慌てた様子で挨拶を交わし去っていった。
 真司は一人残り、腕を組んだ。
(こりゃいざって時の為に色々と準備しといた方がいいかもしれないな──)

 同じ頃。月影 夕姫(ka0102)は己の趣味と実益を兼ね、ボランティアで道具や機械の修理を請け負うべくドニの『シマ』を回っていた。
「修理~、修理~♪ 何か修理が必要な物はありませんか~? 道具~、魔導機~、鍬、鍋、家具に子供のおもちゃ~、よろず修理請け負います~♪」
 独特の節回しで詠う様に呼びかけながら、大通りから人々の住まう裏道へと入る。
 街のあちこちで建て替えを進める建築現場が見て取れた。人々の表情は明るい。復興は着実に進んでいるようだ。
「報告書で見た記憶がありましたが、ここが噂の第七ですか…… 確か『解放』? されたとのことですが、どんなものでしょうかね」
 夕姫の後ろについて歩きながら、マリアン・ベヘーリト(ka3683)が呟いた。マリアンは着ぐるみの『まるごとうさぎ』を着込んでいた。うさぎを模った白いふわふわもこもこの、その口の部分に(生真面目な表情をした)マリアンの顔だけが出ている。
「祭りが始まったら出店を回りながら大まかに会場の様子を見て回ろうかと思っています。人が多いと不意の怪我とか出易いものですし、迷子とかもありがちですし」
「ああ……(それで……)」
 何となく納得した夕姫に、早速「修理屋さ~ん」との声が掛かった。
 そのバラックの前で背の荷を解き、布を敷いて『店』を広げる。依頼品──穴の開いた鍋にパッチを当ててとんてんかんと直していると、気づいたご近所さんたちが次々に集まって来た。
 多くの場合、依頼は簡素な道具の修理が殆どだったが、夕姫の修理を必要とする者は大勢いた。特に旧ノエル領で顕著であった。ある程度復興の進んだドニ領では商売を再開した職人たちも多かったが、抑圧されていた旧ノエルではまだそこまで達していない。
「最近どう? ノエルからドニに変わって」
 作業をしながら、夕姫が世間話を振る。
 奥様方はウサギのマリアンをひそひそと眺めていたが、「マスコットです」と一言告げると、それ以上突っ込まないでくれた。良い人たちだ。

「『新領』の街並も日を追うごとに綺麗になっていきますね。抑圧されていた人々を『解放』し、ここまで持ち直させるとは…… 見事な手腕です、ドニ・ドゥブレー」
 『新領』に新たに開設されたドニの第二事務所へ向かいながら── 周囲の様子を見やりながらユナイテル・キングスコート(ka3458)が呟いた。
「ドニさんって実はすごい人だったんだねっ! ……昔は何をやってた人なんだろう?」
 その横でシアーシャ(ka2507)の妄想が走り出す。……元はどこかの偉い人? なんでこの難民街に? ……はっ!?Σ もしかして叶わぬ恋に身分をすてて駆け落ちしたとかっ!? やだ……なんてロマンチック……!!!
 きらきらとその瞳を輝かせながら、身をくねらせて妄想を更に加速させるシアーシャ。ユナイテルは暫くそっとしておこう、と放置していたが、目的地が近づいてきたので、声を掛けて現実へと引き戻した。
「これからどうします? 私はこのまま第二事務所に向かいますが」
「あ、あたしは教会に行ってみようかと! 青空教室とかそういう学校みたいなの、行った事なくて興味あるんだ!」
 挨拶を交わしてその場で別れ、ユナイテルはそのまま事務所に入った。
 開放されたロビーには大勢の人が集まっていた。その多くは新たにこの事務所の責任者として赴任してきたシスター・メレーヌ・サン=ローラン目当てに、礼拝に訪れた者たちだった。
「今日も賑わっていますね、シスター・サン=ローラン。何かお手伝いできることは? 私もエクラ教徒の端くれ。雑用でも力仕事でも喜んでお手伝いしますよ?」
 きちんと列に並んで精霊像に祈りを捧げてから── ユナイテルはメレーヌに声を掛けた。
「ありがとうございます! 実務的なことはアンドルーさんが取り仕切ってますから、裏に回ってみてください!」
 プチ教会と化したロビーで、あまりの忙しさにグルグル目を回しながらメレーヌがそう案内する。
 無理しないでね、と言い添えて、ユナイテルは事務所の奥へと進んだ。……いやはや、引っ込み思案な少女が変わったものだ。これもシスターマリアンヌの思惑通りという事だろうか。
「あの賑わい。あれならここを教会に改装する手間が少なく済みそうですね、アンドルー殿?」
「となるとうちらが精霊様の敬遠な使徒ですかい? むさ苦しい使徒もあったものだ」
 辿り着いた事務室で、軽口で答えるアンドルー。『新領』の全てを取り仕切っているのが、このドニの側近たるアンドルーだった。メレーヌを代表にしたのはドニの策だろう。教会の影響力を考えればノエルもこの『新領』事務所においそれとは手を出せなくなる。
「この事務所には、ですが」
「……やはり、人々に対するノエルの手下の嫌がらせは続いていますか」
 ユナイテルが訊ねる。アンドルーはその表情を引き締めた。

 夕姫が奥様方に振ったドニとノエルの評価の話は、ドニの圧倒的な優勢で片がついた。
「前の頭はそれほどまでに歓迎されていなかったのでしょうか……?」
「自分たちの生活が豊かになれば上の人間なんて誰でもいい── それが人々の本音ではあるだろうけど、これは格が違いすぎて比べるまでもなかったわね」
 そんな事を話していると、路地の先から破壊的な音が響き…… 小屋の木戸を吹き飛ばしながら男が転がり出されてきた。続けて見るからにガラの悪そうな男が3人。物を投げたり壊したりしながら倒れた男の襟首を掴み上げる。
「小賢しく頭が回るといっても、ノエルは典型的な小悪党だしね。あんな事を続けているようじゃあ、先の結果も当然か」
 一斉に逃げ出す奥様方。これは業務妨害よね、と大義名分を口にしながら夕姫が立ち上がり。マリアンもまた真面目な表情(ウサギだが)で後に続く。
 介入する気満々で歩き始めた2人だったが、辿り着く前に決着はついていた。祭り会場の周囲を見回っていたアリエスとカズマが治安行動に入ったからだ。
「乱暴狼藉は許しませんよ? カズマさんが」
「俺かよ」
 カズマの後ろに隠れながら(接近戦は苦手なのだ)、男たちに告げるアリエス。戦闘はすぐに片がついた。ノエルの部下たちは場慣れしていたし容赦もなかったが、カズマはそれ以上に苛烈だった。前蹴り、頭突き、目潰し、金的…… あっという間に男たちが悲鳴を上げてのたうち回る。
「目が、目がああぁぁぁ……!」
「てめぇら、俺たちが誰だか分かっているのか! こんな真似して、お前たちもここの連中もただでは済まねぇぞ!」
 地に転がったまま凄む男たちの身体が淡い光に包まれた。きょとんとする男たちの横で、回復魔法をかけた(ウサギの)マリアンがザッと足を止める。
「怪我は治しました。これで因縁をつける理由が一つなくなりましたね」
「ふざけんな!」
「……反省が見られません。折檻が足りないようですよ、カズマさん」
「俺かよ……」
 言われ、倒れた相手を靴底でボッコボッコに踏み蹴るカズマ。そしてマリアンが再び癒して問答、を繰り返す。
 いい加減、口も利けなくなったところで、アリエスは側にしゃがみこんで小首を傾げながら言った。
「脅迫や暴力は良くないよ?」
「お前らがそれを言うか?!」
 夕姫は嘆息し、男たちに手を差出した。
「そんなに体力が有り余っているなら、ここらの家の1、2軒でも建てるのを手伝っていきなさい。人手は幾らあっても足りないんだから。祭りを楽しむくらいの小銭だったら稼げるわよ?」
 引っ張り起こしながら、冷静に怖い表情で告げる。
「……今後、どっちについた方が『損』か、よくよく考えておきなさい。それこそ路頭に迷うことになるかもしれないわよ」
 這う這うの体で去る男たち。見送るカズマの横でアリエスがぽつりと呟いた。
「……キャッチ&リリース」
「うん、違うぞ?」

「連中、借金の取立てを口実にこちらで暴れ回っているんです。取立て自体は違法じゃないですからね。乱暴狼藉に及んだ場合は介入していますが、『新領』中に目を配るにはとてもじゃないが人手が足りない」
 再びドニの『新領』事務所── アンドルーの説明にユナイテルは沈思した。ノエルの狙いは分かっていた。このまま『嫌がらせ』が続けば、人々の間にドニの『統治能力』に対する疑問が生じる。
「彼らはいったいどこから?」
「『ノエル領』内の奴等の事務所」
「策源地ですね。……叩けませんか?」
「今は無理です。人手もそうですが色々と時期的に」
 ユナイテルは頷いた。そっと鞘に手を添えて。騎士の誓いを思い出す。
「……わかりました。では、私も『新領』内を巡回してトラブルが起こっていないか目を光らせましょう」
「助かります」
 事務所を出るユナイテルをアンドルーが見送る。途中、人々がざわついているのを見て、ユナイテルは彼に訊ねた。
「ああ、おそらく復興担当官殿がこちらに到着したのでしょう」


 ドニの『新領』事務所に入った復興担当官、ルパート・J・グローヴァーの前に、アンドルーから『護衛』として紹介された3人のハンターが現れた。
 不機嫌な表情で、ルパートが不躾な視線を向ける。
 一人はバリトン。いかにも戦士然とした巨漢の老兵。護衛と言うが、こちらを威圧する思惑もドニにはあるに違いない。
 当のバリトンはルパートを見て豪放な笑みを浮かべると、その巨体に相応しい大声で挨拶した。バンバンと背を叩きかねない勢いだ。
 一人はセイラ・イシュリエル(ka4820)。第七街区出身の案内役とのことだが、こちらも随分と分かり易い。美しい女性。色気はあるが下品さはない。強さと儚さを等しく感じる。こちらは懐柔役といったところか。
「今日はよろしくお願いします。出来ることなら、王国騎士の皆様や他の復興官の方々にもこの第七街区の現状を見ていただきたかったところですが……」
「騎士どもは北部のゴブリン騒動で忙しい。他の担当官たちは旨みでもなければわざわざこんな所までは来ん」
「旨み?」
「酒とか、金とか、女とかだ」
「まあ!」
 コロコロと笑いながら、セイラはさりげなく担当官に身を寄せようとした。ルパートは自然に身を引いた。セイラを警戒してというより、無意識の行動に見えた。パーソナルスペースを広めに取る人間なのかもしれない。
(貴族の三男坊…… 人との接触は苦手なタイプ。いや、関係性が希薄だったタイプだろうか? 周囲の期待も責任も全て跡継ぎに、となると、褒められたり認められたり……そういったことが得難い立場なのかもね)
 内心をおくびにも出さずにセイラが思考を進めていると、ルパートは最後の一人──ケーフィヒ・アイランズ(ka5337)に視線を移した。ハンターだと言うがどこか雰囲気の違う男だった。強いて言うなら同盟商人然とした──つまりは油断ならない類の人間だ。
「まず確認させていただきますが…… ルパート様はただいま非情に難しいお立場に置かれております。その事はお分かりでいらっしゃいますね?」
 挨拶を終えると開口一番、ケーフィヒはそう切り出してきた。
「それは……」
「ええ、ええ! 存じ上げておりますとも! ノエル様からルパート様に流れた裏金の証拠をドニ様に掴まれた。が、ノエル様もまだ同様の証拠を握っている可能性がある! ドニ様の提示した第七街区の上水道計画は確かに魅力的ですが、故に軽々しく乗るわけにはいかない、と!」
 芝居がかった所作で仰々しく語った直後。クッ……と奥歯を噛み締めるルパートにケーフィヒが打って変わって冷静な瞳を向ける。
「……私に一案がございます」
 ケーフィヒはそこで人の悪い笑みを浮かべると…… 一旦、話を切り上げた。
「が、それは今日の視察が終わる頃にお話しすると致しましょう」
「すごいでしょう? 復興だけじゃない。新しい町が起ころうとしている!」
 建築作業の続く街並を歩きながら、セイラはルパートにそう語りかけた。
 実際、復興は順調以上のスピードで成し遂げられつつあるようだった。いずれここも立派な『王都』になる── 確信を込めて言うセイラに、だがルパートの反応は鈍い。
「退屈かね? 復興官殿?」
 やる気のない表情で歩を進めるルパートに、バリトンがニカッと笑いかけた。
「この街の復興に興味がない? なんともったいない! 元がバラックな分、復興の成果は誰の目にも大きく見える。おぬしの手腕も評価され易いであろうに」
 笑い、真面目な表情になって続ける。
「確かに王都と比べたら『今の』第七街区は旨みがないかもしれん。じゃが、裏を返せばそれは既存の利権に縛られておらんということ──つまり、新たな利権を根元から築けるということじゃ。今後の復興事業にも食い込むことも…… いや、住民の信頼が得られておれば、正式に王都に編入された際に新たな区長となる目もあるのじゃぞ?」
 そうだな、とルパートは素直に頷いた。だが、それは別にパートナーがドニでなくても良い話だ。
「それは本気で言っておるのか?」
 見透かしたようなバリトンの視線に、ルパートは沈黙する……

 アルトに力仕事を押し付けたシレークスは、急ぎ教会の寝床に戻って汗まみれのシャツをベッドの上へと脱ぎ捨てた。濡らした布巾で身体を拭い、先程よりちょっと胸元が広めのシャツへと着替えてダッシュで身廊(本堂)へと戻る。
 その時には既に復興官の一行は教会に到着していた。担当官はそれまでのやる気ない態度が嘘の様に真摯な態度で礼拝をしていた。腐ってもこの辺りは王国民といったところか。
「貴方がここの復興担当官でいらっしゃる? 私、こちらでお世話になってる修道女のシレークスと申します」
 祈りを終えた担当官にニコニコ笑いかけながらシレークス。失礼、肉体労働の最中でしたから、とルパートの手を両手で包む様にして挨拶する。半歩退いた担当官は、しかし、分かり易い健康的なお色気に顔を赤くし、ゴクリとその喉を鳴らす。
「この教会では身寄りのない老人や子供たちを受け入れています。ですが何かと物入りで…… 担当官殿のお力添えをいただけましたら、と……」
「あ、シスター・マリアンヌ」
 ビクリ、とその肩が震わせ、ギギギと後ろを振り向くシレークス。そこにはマリアンヌがニコニコと笑って立っていた。そう、ニコニコと。
「シスター・シレークス」
 ビクウッ! と身体を震わせて、右手と右脚を同時に出しつつシレークスがマリアンヌの後ろに回る。
「必要なものがあればなんでも仰ってください。優先的にこちらへ回しますので」
 ルパートの提案を、だが、マリアンヌは謝絶した。
「皆様のお陰でこちらは手が足りております。それよりも貴方は街を復興させると言う貴方の仕事を…… 貴方にしか出来ない仕事をお願いします」

 その頃。力仕事を終えて休憩中のアルトは、物陰からこちらを覗く小さな女の子に気がついた。
 懐から埴輪を取り出し、ひょこひょこと動かしてやると、ぱあぁ、と笑顔を輝かせとてとてと寄ってくる。
「何してるんだ、ユーナ! そんな怪しげな物体で!」
「あ、ユート兄ちゃん。怪しげじゃないよ、埴輪だよ!」
 更に集って来た女の子たちと(埴輪で)ままごとをしていると、男の子たちも集まって来た。平和なままごとはたちまち(埴輪たちの)戦う戦場となり、幾人かの女の子が泣き出したり。
「あ、そこな兄さん。暇ならちょいと子供たちの相手を手伝ってくれ! 俺一人では手に負えん!」
 そこへ現れたルパートに、アルトがそうと知らずに声を掛ける。
「なんで私が……!」
「ミスター・グローヴァー」
 嫌な顔をするルパートの背後でマリアンヌがジッと担当官にニコニコと笑い続け…… 結局、青空教室の見学をすることで、折り合いがつく。
 混沌と化した遊び場から子供たちが招集され、大きな木の根元でマリアンヌが授業を始める。子供たちは笑顔だった。彼等はついこの間まで勉学の機会も余裕もなかった。
「じゃあ、この問題の答えは……?」
「はいはいはい、はーいっ!」
「では、シアーシャさん」
「わかりませんっ!」
 子供たちの間にシアーシャが混じっていた。最初こそ元気に参加していたが、授業についていけなくなると、目をぐるぐる回しながらぷしゅー! と机に突っ伏した。
「うぅ…… あんな小さい子にも分かる内容なのに、私ってば……」
 授業が終わった『教室』の隅で体育座りで『の』の字を書いて。だが、1分もしない内に立ち直る。
「うん、あたしの取り柄は知力じゃなくて腕力だよね! よーし、建て替え工事のお手伝いをするぞー!」
 腕をグルグル回しながら現場に向かい、だが、そこは既にシレークスが音頭を取っていた。
「さぁ、野郎どもぉ、キリキリ働きやがれです! 但し、無理しやがったらお仕置きです。終わったらわたくしが奢ってやるです!」(←やけっぱち)
 暫しその場で沈黙した後、「子供たちと一緒に遊ぶのが私の仕事!」とそちらへ向かったが、そちらにも既にアルトがいた。ちょっぴり涙目になりかけたシアーシャは、だがすぐに「そうだ、私はおじいちゃん、おばあちゃんたちのアイドルだった!」と再び魂を取り戻す。
 まだ見かけていないおばあちゃんを迎えに駆け出したシアーシャは…… 扉を開けた瞬間、その表情を一変させた。
 薄暗い部屋の中で、老婆が一人、机に突っ伏すようにして泣いていた。
(これまでは生きる事に必死で、でも、最近は余裕も出てきて…… そんなふとした瞬間に、亡くした家族のことを思い出しちゃって。きっとどうしようもなく悲しくなっちゃうんだ……)
 シアーシャはグッと息を詰まらせると、おばあちゃんを背中からギュッと抱き締めた。自分の思いの丈を込めて。それがちゃんと伝わるように。

 夕刻を前に、祭りが始まる。
 シレークスはその日の作業を切り上げ、作業に携わった人々を連れて祭りに参加。打ち上げの酒盛りを始めた。シアーシャもまた身寄りのないお年寄りや子供たちと一緒に屋台を回り始める。
 ユナイテルは騎士の正装然とした格好を整え、凛としてメレーヌの側に立った。一方、マリアンヌの側にはアリエスが。──だって、あの話の流れだと、マリアンヌさんが一番、ノエルに恨まれてそうじゃない?
「Why、隣りの屋台のあんちゃん…… 見ていてくれって言ったのに……」
 屋台へ帰って来たアルトは、人形焼の材料やら何やら全てを盗まれてしまった屋台を目の当たりにしてその場にガクリと崩れ落ちた。
「結局、そこのあんちゃんも殆ど屋台にいなかったしなぁ」
 空っぽの屋台を見やりつつ、真司がアルトの肩を叩く。
 そこへ、なぜか野良犬や野良猫、野良鶏たちを引き連れ、ジャグリングしながら歩いて行くカズマ。その反対方向へ迷子の手を引きながら、うさぎのマリアンが子供たちに話しかける。
「この子、どこの子だか知ってる?」
「知ってる。オグデンさんちのチビだ」
 ホッと息を吐くのも束の間。子供目線の為しゃがんだマリアンに子供たちがよじ登り始めた。ドーンと体当たりで飛びつく男の子。もふもふに顔と身体をうずめる女の子。その『中身』を確かめようと着ぐるみの裾を捲ろうとする子供もいれば、太ももにタイキックを連打してくるガキもいる。
 その内、上半身に登っていたもふもふを堪能していた子供が、より柔らかい部分を見つけてぎゅーっと顔を押し付ける。
 流石にそれは、と注意をしようと視線を向けると、男の子でなく女の子だった。
「お母さん……」
「っ!?」
 瞬間、動けなくなるマリアン。ぺたぺたとほっぺを叩く小さな手のひらに溜め息を吐きながら…… ただ、蹴りを入れてくる男の子の頭はガッと鷲掴みにしてみたり。
 一方、真司は自分の屋台に戻ると、自作のロケットストーブにボイル済みのトウモロコシを並べ始めた。味付けはロッソから持って来た塩とバター醤油。片面づつ塗って鉄網の上に乗せ、焼き上がったらもう一度、タレを塗ってできあがり。
「美味そうか? なら食ってけ。金が無い? ならタダでいいさ!」
 美味しそうな匂いにつられてやって来た子供たちに次々ともろこしを配り、焼きながら、真司はあの屋台のあんちゃんが戻って来たのに気がついた。出来合いの商品を並べ、まな板に調理用具を広げるあんちゃん…… 同時に、担当官の一行もやって来て、真司はそちらに声を掛けた。
「お、アンタが担当官か。あんたも食ってけ。旧ノエル領の現状と更なる復興を望む声を聞かせてやる。あ、金は払えよ。金のある奴からはない奴の分まで取るからな!」
 真司が担当官一行を呼び止めると、屋台のあんちゃんが焦れたような顔をした。
 と、足を止めた復興官の背後へ忍び寄る幾つかの影── 彼等は袖の下から短剣を引き抜くと担当官へと襲い掛かり…… 直後、『護衛』のバリトン、セイラ、ケーフィヒによって阻まれた。
「どうしてこんな事をするの!」
 取り押さえた暴漢に向かって、シアーシャは悲痛な叫びを叩きつけた。
 彼等はノエルの部下だった。身分を隠しもしなかった。襲撃自体が担当官に対するノエルの警告なのだろう。
「そんなことばっかりやってて楽しいの!? 復興の邪魔をして、みんなを悲しませて! こんな命令をする親分のこと、あなたたちは信頼できるの!? こんなの、使い捨てじゃない!」
 声を詰まらせるシアーシャ。ポロポロと涙を流す彼女を子供や老人たちがよしよしと慰める。
 一連の騒動になんだなんだと集ってくる人々の中に、屋台から出てきたあんちゃんがいた。ただ、他の人と明確に違ったのは。その進路が迷いなく、腰を抜かした担当官に迷いなく向かっていたことと。そして、その右手に包丁が握られていたことと──!
「そこまでだ」
 それが担当官に達する寸前、その腕を真司が掴んだ。最初から警戒はしていた。その動きが屋台の主としては不自然であった故。
「あんちゃん…… ノエルの手下だったのか……?」
 アルトが訊くと、屋台の男は「あんな奴等と一緒にするな!」と怒声を上げた。
「俺は知ってるぞ! そこの復興担当官がノエルから金を貰っていたことを! 俺たちが必死に生きている間も、俺たちから吸い上げた金でのうのうと暮らしていたことを!」
 その告発は、しかし、背後からやって来たカズマがその首に腕を巻きつけ…… 意識を失わせることでそれ以上の漏洩を防いだ。顔面を蒼白にした担当官を見て、アリエスがふと気づく。
「あ。祭りが始まる前まででいいって、そういう……」
「しーっ!」
 なにがあった、と訊ねてくる野次馬たちに。セイラは浪々とした声で人々に呼びかけた。
「たった今、狼藉を働いたノエルの手下を鎮圧したところです。そして、こちらは復興担当官のルパート様。この街がこれだけの復興が遂げられたのもこの方のお陰です」
 セイラがそう紹介すると、事情を知らない人々から感謝の声援と拍手が起こった。
「おい、やめろ……」
 ルパートはセイラの肩を掴んだ。ここの復興は俺の手柄なんかではない。ドニと、この街の人々が自身で成し遂げたことだ。
「これまではそう。でも、これからはあなたがやるの」
 セイラの言葉にルパートが身を強張らせた瞬間── 遠くから鐘の音が幾重にも響いてきた。酒の呑み比べをしていたシレークスが素面な表情で膝をつき、清楚に、真摯に祈りを捧げ始める。
「な、なんだ……?」
「この祭りの本来の目的──5年前のホロウレイドの戦いで命を落とした故郷の人々を、先のベリアルによる王都襲撃の犠牲者たちを弔う、鎮魂の祈りの時間です」
 それまでの喧騒が嘘の様に、人々が膝を折り、指を組んで祈り始めた。
「私の母も亡くなりました」
「っ!?」
 ルパートは愕然とセイラを見返した。よくよく見れば、見た目よりもずっと幼い年齢に見えた。
「復興──そこには必ず被災者がいる。心か、身体か、その両方か…… 程度の差こそあれ、そこに住む誰もが傷ついている」
 祈りの原の中、立ち尽くすルパートにバリトンが告げる。
「今回の視察で彼らの心を見たか? 声は心に届いたか? はした金の為に更に彼らを傷つけた側として汚名を残すか、それとも、彼等に再び立ち上がる力を、前に進む力を貸したとその名を刻むか…… おぬしの望みは、いったいどっちじゃ?」
「……これだけの場所が将来、王都に組み込まれることになったら、この場所を良く知る人物がそれなりの地位で派遣される事になるでしょうね。担当官は複数いるみたいだけど…… その中でも復興と発展に貢献し、実績を上げた人はやっぱり、中央からの評価も高くなるのでしょうね」
 ルパートの背後、誰にともなく呟く夕姫。
 そのルパートにケーフィヒが深々と頭を下げた。
「ルパート様。ノエル様からの献金は民衆を締め上げて得られたもの。長期的に得られる収入ではございません。そして、今回のご視察でご覧になった通り、ノエル様は民衆から良い感情を抱かれてはおりません。このままノエル様と繋がりを持ち続けるなら、その怒りはいずれ貴方自身に向きかねません」
 無論、鎮圧は容易かろうが、その時点でルパートは管理能力を疑われることになる。
「私が思うに、ルパート様ご自身の手でノエル様を切り離すべきではないでしょうか? ノエル様と心中など、貴族たる貴方に相応しき末路ではない」
「だが、私には弱味がある」
「裏金を裏金でなくしてしまえばいい。これまでに手に入れた裏金を全て復興に投じるのです。便宜を図らなければ賄賂にはなりません。正当な献金を主張すれば、恐らく中央はそれを追認します」
 なるほど、夕姫は声を上げた。地元の有力者と言えども所詮、ノエルは第七街区のチンピラに過ぎない。ルパートはまがりなりにも貴族なのだ。そして、中央の人間たちもその多くは貴族階級の出身である。
「損して得取れ──昔の人は良い事を言った」
 無言で佇むルパートに何らかの確信を抱いて。ケーフィヒは一礼してその前から退いた。


 祭りが終わる。
 朗々たるマリアンヌの祈りが終わり……二次会を求める人々と残り物の投売りを始める屋台以外は三々五々、散会していく。
「この街では簒奪も略奪も容易い。何も考えなくていい。ただそこにある物を奪えばいいだけだから」
 恐らく全てが思惑通りに進んだだろう、ドニに向かって、カズマが歩み寄って訊ねた。
「だが、何かを守り、育て上げる……そいつはずっと難しい。そいつは『今』を生きなければならない人にはできねぇことだ。余程『先』を見据えていなけりゃ出来ねぇことだ。……ドニ・ドゥブレー。あんたが見ている『先』はどういうものだ?」
 カズマの問いに、ドニは苦笑いを浮かべた。どいつもこいつも俺を買い被りすぎだっつーんだ、と。
「……望まぬ境遇に放り込まれて、必死に泳ぎ続けているだけだよ、俺ぁ。……今は必要とされちゃあいるが、いずれは波間に消え行く人間さぁね」

「で、これからノエルはどうするの? 捕まったら捕まったでまた色々と面倒そうだけど」
 夕姫の言葉に、ドニとアンドルーは顔を見合わせた。
「捕まれば、そうだろうな」
「ええ。捕まれば」
 ……聞かなかったことにします、と夕姫はその場を後にした。やっぱり怖い人たちなんだなぁ、と、改めてそう思った。

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参加者一覧

  • エアロダンサー
    月影 夕姫(ka0102
    人間(蒼)|20才|女性|機導師
  • ヌリエのセンセ―
    アルト・ハーニー(ka0113
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人

  • アリエス・エスクード(ka1961
    エルフ|20才|女性|猟撃士
  • 力の限り前向きに!
    シアーシャ(ka2507
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • いつも心に盾を
    ユナイテル・キングスコート(ka3458
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • うさぎ聖導士
    マリアン・ベヘーリト(ka3683
    ドワーフ|20才|女性|聖導士
  • 正しき姿勢で正しき目を
    セイラ・イシュリエル(ka4820
    人間(紅)|20才|女性|疾影士
  • (強い)爺
    バリトン(ka5112
    人間(紅)|81才|男性|舞刀士

  • ケーフィヒ・アイランズ(ka5337
    人間(紅)|20才|男性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
アリエス・エスクード(ka1961
エルフ|20才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2015/08/23 08:11:04
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/08/23 04:27:48