• 深棲

【深棲】日常に潜む闘争

マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
4日
締切
2014/07/23 22:00
完成日
2014/07/31 14:03

みんなの思い出

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オープニング

 自由都市同盟の海路近辺での、歪虚の増加。
 その報は同盟の評議会から報告されると同時に、リゼリオにいる王国関係者や第六商会――諜報組織からももたらされた。
「早急に国としての対応を固め、動かねばならんでしょうな」
 謁見の間より奥にひっそりと、しかし厳重な警備のもとにある小部屋で、セドリック・マクファーソンはシスティーナ・グラハムに言った。
 聖職者然とした静かな言動は、何故かシスティーナを焦らせた。急かされているような焦燥感。それは自分には何も――為政者としての経験も人間としての自信もないからかもしれない、と思った。
「会議を……円卓会議を開く旨を、聖堂教会と大公家……などにお知らせしてください」
「かしこまりました」それより、とセドリック大司教は顎に手をやり、「如何なさるおつもりですか、王女殿下」
「対応、ですか?」
 無言で首肯する大司教。システィーナは全面支援を、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 そんなことを言っても、受け入れられるわけがない。全面支援の為には費用やその間の国内のこと、他にも様々な問題を解決しなければならない。それも分かっている、けれど。
「……支援を」
「程度の、話をしております」
 システィーナは大司教の視線を感じ、見上げようとして、俯いた。大司教がゆっくりと息を吐く。静かな、いたたまれない空気が部屋を満たす。
 もしかしたら何の他意もないかもしれない、いやきっとそうなのだろう。だがその呼吸音は、システィーナには百万言の叱責に等しく聞こえた。
「ともあれ、ある程度の輜重隊と騎士団の一部は派兵する必要があるでしょうな。物資については既に多少送り始めておりますが。まぁ『詳細は続報を待ちましょう』」
 苦笑したような気配と共に、大司教が提案した。システィーナが頷くと、大司教は部屋を出ていこうとする。
 ……続報。瞬間、脳裏にあることが浮かんだ。
 バッと顔を上げるや、か細い声を懸命に張り上げる。
「あ、アム・シェリタに直接訊いてみましょうっ、詳しい話を……!」
 大司教が立ち止まり、淡々と返した。
「『なるほど、それは良いお考えですな』」

 ◆◆

『――れで、状況はいかがなのでしょうか?』
 リゼリオ、アム・シェリタ――揺籃館内。分樹を介した魔導伝話の通信モニタの向こうで、王女たるシスティーナ・グラハム当人が訊いてくる。傍らには現在の王国の頭脳とも言うべき大司教も立っているように見えた。
 職員が緊張した声色を隠しきれないまま最近の歪虚事件等を報告する。モニタの王女は口元に手を当て、何かを堪えるようにぎゅっと瞳を閉じた。
『奇妙な――いえ歪虚は全て奇妙かもしれませんけれど、その奇妙な形をした歪虚の目撃情報が増えた、そう思った時には海岸沿いで相次いで歪虚による襲撃事件が起き始めていたんですね?』
「はい」
『被害も……数人単位ではなく……?』
「残念ながら」
「漁村が襲われてたりな。敵は海からとなると広範に散らばっちまうってんで、海軍がどんだけ頑張ってもどうしても討ち漏らしが出ちまう」
 同席していたハンターが言う。職員がハラハラしながらモニタとハンターの顔を見比べるが、王女は何事もなく『そうですか』と消え入りそうな声で返し、目を開けた。
『ありがとうございます。でしたら支援物資は……』
 王女が言いさした時、ドタドタと慌ただしい気配が近付いてきた。
 バァン、と扉が盛大に開かれる。モニタの中の王女がびくんと反応した。
「い、い、一大事だぁ!!」
「控えなさい! 王女殿下と通信中ですよ」
『構いません。何があったのですか?』
 王女が促すと、入ってきた男は何度か深呼吸した後でそれを告げたのだった。
「……ここの、倉庫回りに歪虚が屯してやがった。中の食糧が、取れない」
 そう――本日の昼食を左右する、極めて重大な問題を……。

 リゼリオ、港に程近い郊外。
 そこには揺籃館に保管しきれない日用品や衣類、食糧などが置かれた倉庫があった。そこに食糧を取りに来た男――料理人は、倉庫の周囲で所在なさげにフラフラしている異形の姿を確認し、即座に目を逸らした。
 アレはヤバい。いや強さみたいなことはよく分からないが、少なくとも見た目はヤバい。
 が、アレがいなくなるまで待つわけにもいかない。何故なら揺籃館には今、食糧の在庫が少ないのだから。
 というのも前日、館内の食糧が少なくなり、それならばとちょっとした晩餐のようにしてそれらをほぼ使い切った。そして今日、倉庫に取りに来たのだ。つまりこのまま昼時を迎えれば、自分たちはともかくとしてゲストたるハンターたちにまで貧相な食事を提供せねばならなくなる。
 いや、もちろん街なかで買えば済む話ではあるのだが、しかしやはり提供する品質にはこだわりたい。高品質であることは当然として、いつも変わらぬ安定した味というのも重要だ。
 あぁこの味だ、アム・シェリタの味。そう思われたい。
 その為には、普段の食材を切らさないことが必要になる。つまり、あの異形が屯している先の倉庫の中にある、食材だ。ついでに言うと、あの中にある調味料だ。
 料理人はもう一度、陰からチラと様子を盗み見る。
 全身にワカメを巻きつけたような人型……的な何かがいる。ふわふわと中空を漂う50cm大のウミウシみたいなのもいた。そして、体長1m程だろうか、艶かしくタオル的なものを羽織ったヒトデっぽい奴なんかもいる。それらは何をするわけでもなくフラフラとあっちへ行ってはこっちに戻り、座り(?)込んではワカメを伸ばして地面を撫でていたりする。
 意味が分からない。というか意味を考えようとしたら強烈な吐き気に襲われた。咄嗟に隠れて空を仰ぐ。
 ――誰か……早く誰か来てくれ……!
 料理人は壁に身体を預け、ズルズルと座り込んだ。

リプレイ本文

 シルフェ・アルタイル(ka0143)は路地から左右を見回し、向かいの道に駆けた。
 現場には料理人が荷車と共にいるとの事。ご飯の為には何はなくとも料理人だ。付近を徘徊する敵もいるらしく、迅速かつ慎重に進まねば。
 ――ごっはん、ごっはん! 何がいいかな、野菜スープかな!
 倉庫周辺を半周するように探すシルフェ。気付けば垂れていた涎を拭い、また左右確認、と右手の家屋の陰からワカメ的なモノが這い出てくる。シルフェが顔を引っ込めてひと呼吸。後方、戦闘音が反響してきた。既に戦闘は始まっている。早く行かないと。
 シルフェが上を見、壁の出っ張りを掴むや一気に跳び上がった。屋根から屋根へ跳ぶ。
 ――皆で美味しいご飯を食べるんだ!
 全てはご飯の為に。そんなシルフェの一途な思いは、
「見つけた……料理人さん! お願い、シルの、皆の美味しいご飯の為に……また立ち上がって!!」
 倉庫の東、蹲って震える料理人の心に、届く――。

●突入セヨ
「今どうなっている?」
 アル・シェ(ka0135)が戻ってきた時、6人は物陰で倉庫入口を観察していた。ロニ・カルディス(ka0551)が首を振る。
「徘徊中と思しき個体が代る代る通りかかる」
「彼ら……にとって居心地が良いのでしょうか」
 ミイシェ・カルミア(ka2125)が恐る恐る見やる。日向ぼっこしているように見えなくもないが、それが逆におぞましさを掻き立てる。浮遊するウミウシがこちらを向いた瞬間、咄嗟に上げそうになる悲鳴を堪えて顔を背けた。
「っ……!?」
「ケッタイな奴らやなぁ。流石の僕も今日の昼食は海鮮モノはパスや」
「今、食事の話をしないで下さい……」
 涙目でラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)に懇願するミイシェである。ラィルがすまんすまんと笑い、アルに向き直る。
「で、どやった」
「問題ない。近隣住民への避難勧告は完了した」
「ほなら後は僕らの昼食問題だけやな」
「全力で解決致しましょう! 食事問題だけではありません、見事解決してみせる事が我らがシスティーナ様の心労を軽減する事にも繋がる筈! 可憐にして! 努力家たる! 私もとい我らが王女様の為に!」
 ラグナ・エレッソス(ka2484)が何故か勢い込んで拳を握る。
 きれーやのに残念な子やなぁ。ラィルが楽しげに観察するのにも気付かず、ラグナは頬を上気させ長広舌を振るっている。ユージーン・L・ローランド(ka1810)が深刻に頷いた。
「食の確保は重要ですからね。その為にも急いでアレを排除したい……です、が」
「本当に訳が分からん敵だねぃ」
 アルト・ハーニー(ka0113)が肩を竦める。入口ではまだ座り込んだ敵の周りを2体の敵が徘徊していた。
「アレに比べたら埴輪の方がよっぽど美しい、いや! 比ぶべくもないな!」
 背後にのっぺりというかぬぼーっというか、ソレを漂わせるアルト。
 残念の子ばっかやなぁ。ラィルが母親のような視線を向けた。
「こうなれば仕方あるまい」ロニが咳払いし、「敵を8体と定めよう」
「時間の浪費は避けないといけませんからね」
「僕が囮でもしよか。歩いとる2体なら釣れるやろ」
 嘆息するユージーンと、けろっと笑うラィル。
 7人は各々の得物を構えるや、一塊となって飛び出した……!

 ラィルを先頭に突っ込む7人。後尾、ミイシェがワンドを構え光矢を紡ぎ――気付けば、吸い込まれそうな闇が眼前に拡がっていた。
 咄嗟に屈まんとするミイシェだが遅い。闇弾と言おうか、胸にそれを喰らい、鈍痛が体内を侵食する。ミイシェが顔を歪めて前を見据えた。自分のやるべき事を、やる。
「ぅ、あぁ――!」
 必死に練り上げた魔矢をワカメに放つ。6人の間を抜けて直撃する光。
 それを見届けたように、アルが小弓を引き絞り一矢。仰け反るワカメ。隙を衝きラィルが敵群へ躍り込む。
「後はお任せや!」「すぐに終らせる」
 敵の間を駆けつつ徘徊していたワカメとウミウシ1体ずつを斬りつけ、素早く抜けていくラィル。2体がそれを追う。座り込んでいた敵が立ち上がる。そこに、ロニの戦斧が振るわれた。
 至近のワカメが一瞬で吹っ飛ぶ。ユージーン、ラグナが敵群に突っ込んだ。
「急所を突くのが僕の常道なんですが」
「急所がなければ屠ればいいのです」「えっ」
 ワカメ1体に集中する2人。鎖鞭とワカメの触手が交錯する。互いに掠めた攻撃だが、触手がラグナの腕に巻き付いた。引っ張る。抜けない。が、それで体勢を崩したワカメにユージーンの細剣が煌く。
『――■■!?』
「何を言ってんのかねぃ」
 嫌悪感丸出しでアルトが肉薄、軽くワカメを弾き奥のヒトデへ。ウミウシ3体が一斉にアルトに群がった。中空からの体当り。それ自体痛い事は確かだが、痛み以上に気持ち悪い。顔を顰めたアルトだが、直後、ウミウシ1体が絶叫して上昇した。
 魔矢。震える体に鞭打ち、ミイシェが目を瞑ってやや仰角に放った魔術だった。
「あ、当たりましたか……?」
「よく当たったな、と」
「あ、ありが……ひぃああぁっ!?」
 思わず目を開けてウミウシを直視してしまうミイシェである。ぬるぬるテカった細長いフォルム。無表情で迫ってきそうで怖い。
 ぺたんと座り込むミイシェ。片手で器用に矢を番えたアルがその肩をぽんと叩き、言った。
「アレは俺が排除しよう。お前はできればヒトデを注視してくれ。先程の闇弾を連射されると面倒だ」

「鬼さんこちら~いうて」
 のらりくらりと2体を引きつけては小型銃で速射して逃げるラィル。敵触手だけは回避し、時にウミウシの体当りを喰らいつつ距離を取る。
 それを何度繰り返したか、それでもラィルは微笑を崩さない。
 ――ま、楽なもんや。
 本能のまま行動するしか能のない相手など、警戒する必要もない。世の中本当に怖いのは――。
 足運びが乱れ、触手に腿を捉えられる。短剣で切断せんとした瞬間、一気に引き寄せられた。2体の渾身の一撃が腹にめり込む。
 が、ラィルは間髪入れず短剣で触手を斬るや、再び距離を取った。
「おーいた。さて、あとどんだけ……」
 倉庫入口ではワカメとウミウシ2体ずつが消えている。そろそろか。ラィルが頭で戦場を俯瞰し、反転した。

 残りウミウシとヒトデ1体ずつ。アルトの100トン(自称)ハンマーが唸りを上げて大上段からヒトデに落されるが、敵周囲の闇が本体を隠す。轟音。石畳の欠片が飛散する。闇の礫を放つヒトデ。アルトが片腕を前に受ける。
「屈め」「!?」
 アルトが咄嗟に伏せた直後、強烈な風圧と共に大質量が振るわれた。
 小細工など無用とばかり戦斧がヒトデを吹っ飛ばす。その主――ロニが叫ぶ。
「囲んで叩け!」
 ラグナ、ユージーンがヒトデの側背へ回り、アルトも加えた3人が裂帛の気合と共に得物を振るう。
『――■■……』
 闇が溶けるように霧散する敵。残るウミウシに目を向けると――
「終りだ」
 小弓を納め短剣を構えたアルが、下から伸び上がる斬撃を敵に繰り出したところだった。
 細長い胴を両断され、敵が断末魔を上げ消滅していく。アルがミイシェに振り返り、
「奴はもういない」
「本当……?」
 恐る恐る見回すミイシェ。ほっと息をついた――瞬間。
「お疲れさん、こっちも頼むわ~」
「ひぁああぁぁあ!?」
 満面の笑みで、ワカメとウミウシを連れてラィルが戻ってきたのだった。

●2つの戦い
 陰から倉庫入口制圧を確認したシルフェは、料理人と共に荷車を曳き入口へ走った。
 むわっとした戦闘直後特有の空気感。敵の死骸は既に消滅しているおかげでマシだが、食欲は減退しそうだ。
「大丈夫、シルも、皆も守ってくれるよ! それよりね、シルはオムライスが食べたいです。あと野菜スープとサラダと……えっと」
「あ。オムライスはふわとろのではなく薄焼き卵で包んだ定番タイプでお願いします」
 しれっと荷車に付きのたまうユージーンである。ごく日常的な会話。それが、料理人の心を溶かす。
「よ、よし。存分に腕を振るおう」
「でしたら果実酢も欲しいですね。できればバルサミコ酢など」
「ここにあったかどうか……何しろあれは高い」
 などと正気に戻ったミイシェの要望を聞きつつ扉を開き、シルフェ、ユージーン、料理人が倉庫に入る。
「わ、ぁ……」
 中は、どこかひんやりしていた。広い空間に様々な棚が置かれ、日用品や食糧等が至る所にある。初めて来て10分で物を探せと言われても遠慮願いたい程度に、雑多だった。
 様々な物に目を奪われていたシルフェが慌てて扉を閉める。ユージーンが料理人に向き直る。
「料理人さん、先程のメニューに必要な物がどこにあるか、指示をお願いします」
「お、おう。まずは卵……」
「シルはお野菜持ってくるよ! 美味しそうなの選んでくるね」
 2人が急いで運び、料理人がチェックする。時間はあとどれだけあるのか。戦闘自体は5分もなかっただろうが、待機時間が長かった。
 逸る心を抑え、3人は1つずつ荷車に積んでいく。

「左手を塞ごう。脱出時も奴らを相手にする暇はないからな」
 外ではロニの指揮下、倉庫周辺にあった樽や台、荷車等でバリケードを積み上げていく。左右を塞いでしまっては正面に敵が集まりかねない為、右はなしだ。
「後で謝罪して元に戻さないといけませんね」
 ラグナはやや離れて倉庫の壁や空を監視する。
 一方で周辺を歩いて警戒するアルは、嫌な光景を目にした。先程の戦闘音か何かに釣られたのかもしれない。
 ――そう簡単にはいかない、か。
 アルが嘆息し、警告を発する。
「ワカメ3、ヒトデ2接近中。事前に確認した数より多い。迎撃準備」

 倉庫内の3人が何とか荷車一杯に食材を積み込み、達成感に包まれていた時、それは響いてきた。
 銃声。剣戟。悲鳴。
 徘徊していた敵が寄ってきたに違いない。今出ていいのか?
 シルフェとユージーンが顔を見合せ――頷いた。出るしかない。揺籃館で待つ人々の為にも!
「大丈夫ですか?」
『今はまだいいが、敵の数が増えるかもしれん……そうなればどうなるか判らんね』
「では今すぐ出ます!」
『よし、食材確保できたなら撤退するぞ、と』
 重々しい音を立て左右に開かれる扉。陽光に目が眩み、しかし3人は荷車を曳き一気に駆け出す!
「殿には俺がつく。後ろを気にせず突き進め」
「はい!」
「これはあまり余裕もなさそうだな」
 アル、ロニが右手から来る敵に斬り込んで敵を止め、その間に荷車は加速していく。前方、敵影。闇弾。ラグナの脇を抜け荷車――シルフェが身を挺して食材を守った。
「皆の昼食の為に!」
 ラィル、アルト、ラグナ、ミイシェが前を切り拓き、荷車が間をすり抜ける。
 一丸となって荷車を守る一行。それはさながら王女の馬車を守る騎士だった。

●世はなべて事もなし
 1025時、儀装馬車もとい荷車が揺籃館に辿り着き、ハンターや執事等総出で厨房に食材を運び込む。1030時、仕込み開始。
 ――そして、正午。
 食堂に座るハンター達の前には、田舎オムライスと山菜サラダ、琥珀の野菜スープが並んでいた。食事前の祈りもそこそこに、一行は昼食にありついた。
 オムライス。ユージーンがスプーンで卵の膜を割ると、中から圧倒的な香りの奔流が噴出してくる。アツアツの湯気を思いきり吸い込むと、金の山の一角を削り、口に含む。酸味とコクの入り混じったソースの風味が鼻腔を抜け、懐かしさを感じさせる何かが胸を過ぎった。
 美味しい。他に、言葉はいらない。
「……気を許せる人と温かい食事を摂る。それだけでも得難い幸せだというのに」
 ユージーンがふと漏らした本音。出来立てのご飯を食べる事の少ない貴族だからこそ、温かい料理が心に沁みる。モニタ越しのシスティーナ・グラハムが少しだけ眩しげに目を細めた。
「美味いなぁ、頑張った甲斐があるいうもんや」
「えぇ……本当に」
 ラィルが笑うと、眉を歪めて頷くミイシェ。ラィルが「ウミウ……」と言いかけると咳払いで断固阻止の構えである。
「王女様もご一緒できればよかったのですけど」
『また次の機会に期待します』
「システィーナ様もそろそろ食事の時間では? 場所は離れていますが、共に食べませんか。一人で食べるよりきっと美味しい」
『残念ながらこちらはまだ……』
 ユージーンに苦笑する王女。シルフェがサラダを頬張り、元気よく笑う。
「大丈夫! お城のご飯がくるまでシル達も食べてるから! そしたらね、一緒に食べてる事になるのです」
『あ、ありがとうございます……』
「ではそれまでこのラグナがこちらの料理を報告しますよ! システィーナ様もご一緒に召し上がっているように!」
『えっ』
「まずはこのオムライスですが卵の風味とソースの……」
 昼食にありつけていない人に詳細に語るラグナ。きちくの所業である。王女がみるみる涙目になり、しょぼーんなんて音が聞こえてきそうだ。
「……スープ、この琥珀色を見ていただけますか! 種々の野菜の甘みが溶け出し……」
『あっ、あぁっ』
「やめてやれ……」
 ロニが思わず助け舟を出すと、息も絶え絶えに王女が卓に突っ伏した。可愛い。ラグナが別の意味でハァハァしていた。
「……何はともあれ、糧食の確保に成功したのは好ましい事だ」
 呆れ気味にアルが言うと、アルトがうむうむと首肯した。
「美しくない敵に邪魔されるところだったが。いや全く酷い敵だった。それに比べてこれを見てくれ、こいつをどう思う?」
 でん、と卓に御出座なさったのは小さな埴輪だった。無表情なようで、偉そうなような顔をしている。
「すごく……ぬぼーってしてます……」
「そう、この埴輪の表情が……」
 ラグナの報告が終ったと思えばアルトの埴輪談義である。今日はよく食が進むなぁ。シルフェがほわほわと思った。

 そうして一行が食べ終る頃、デザートと紅茶がきた。ミルクジェラートのバルサミコソース添え。ミイシェが一口含み、目を瞑って堪能する。
「美味しい……」
「この紅茶はどこのなん?」
「そちらは王国南部の……」
 執事の話を聞きつつカップに口をつけるラィル。甘い香りの中の仄かな酸味が舌をくすぐる。
「はぁ~、ええなぁ、こーいうの。お茶を楽しむ時間いうんかな。ヒカヤ茶葉はないん?」
「申し訳ございません、ただいま切」『ヒカヤ紅茶をご存知なのですかっ!?』
 モニタの向こうでパンをむぐむぐしていた王女ががばっと反応する。ドアップで映された瞳は爛々と輝いていて、ラィルが勢いに圧され目を逸らすと、執事が苦い顔をしているのが見えた。
 スイッチ押してもうた。ラィルが諦念を滲ませ曖昧に笑った。
「あれは独特の自然の風味がええよな」
『ですよねっ、私はあの……』

 王女の高くか細い声が昼時の食堂に延々と響き渡り、一行はそれをBGMに優雅なひと時を過ごす。
 かくして本日の昼食は守られ、王女の情報収集――という名の歓談は暫く続いたのだった。

<了>

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  • 探求者
    アル・シェka0135
  • 支援巧者
    ロニ・カルディスka0551

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  • ヌリエのセンセ―
    アルト・ハーニー(ka0113
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • 探求者
    アル・シェ(ka0135
    エルフ|28才|男性|疾影士
  • 黒猫エイプリルの親友
    シルフェ・アルタイル(ka0143
    人間(紅)|10才|女性|疾影士
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • はるかな理想を抱いて
    ユージーン・L・ローランド(ka1810
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • システィーナのお兄さま
    ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
    人間(紅)|24才|男性|疾影士

  • ミイシェ・カルミア(ka2125
    人間(紅)|18才|女性|魔術師
  • システィーナのごはん
    ラグナ・エレッソス(ka2484
    ドワーフ|20才|女性|聖導士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/20 19:22:47
アイコン 相談所
アル・シェ(ka0135
エルフ|28才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2014/07/23 21:06:29