ゲスト
(ka0000)
【聖呪】茨の王
マスター:京乃ゆらさ
このシナリオは3日間納期が延長されています。
オープニング
●戦模様
グラズヘイム王国と茨小鬼軍との争いが小規模な戦闘から大規模な紛争へ様変わりするのに、さして時はかからなかった。
八月上旬、敵軍がルサスール領より北、グルノアと呼ばれる村を占領、これを拠点とする。
八月中旬、ウェルズ・クリストフ・マーロウ大公を盟主とする王国・貴族軍、北方三州へ展開。敵軍、活動を激化。
八月十三日、王国北西部アルテリア地方にて千人規模の敵軍と接敵、膠着。
八月十七日、王国北東部フェルダー地方にて敵山岳部隊が幾つかの集落を強襲。北方各地で接敵。
八月二十一日、ルサスール領より東、マイラ盆地にて敵軍を発見。
八月二十三日、マーロウを中心とした貴族私兵軍及びハンター、敵軍との小競り合いを繰り返しながら西へ移動。
八月二十五日、敵軍に強力な個体を確認。南西へ後退。
八月二十六日、貴族軍左翼、ナーファ伯爵軍が独断専行して敵左翼を強襲、撃退さる。ナーファ伯爵戦死。
八月二十七日、貴族軍中央、ネッサラン子爵及びシャロワ侯爵軍が敵軍を圧倒するも、敵両翼の挟撃により一時分断さる。マーロウ本隊の突撃により両氏脱出。
八月二十八日、マーロウ本隊及びラスリド伯爵軍の奮闘により戦線膠着、戦場は西へ移動。
八月二十九日、ハンターによる強襲で敵軍を崩し、数km単位で北へ押すも、敵の数は然程変わらず。
八月三十日、貴族軍右翼、敵を包み込む動きをするも敵軍は速やかに渡河、後退。マーロウは訝しんで制止するがシャロワ侯爵を中心に進軍。両軍がヨーク丘陵の南北に布陣。
そして八月三十一日。――それは、始まった。
――――とある古ぼけた紙片より
(執筆:???)
●八月三十一日・ヨーク丘陵の戦い
「報告は正確にしろ!」
ウェルズ・クリストフ・マーロウが声を荒げて戦場を見晴かすと、薄く戦塵の広がる先に、惑う騎兵の姿が見えた。中央、左翼にある丘の麓辺りか。戦場を穿つように伸びていた土煙が、とある一点で途切れている。
「奸計により騎兵突撃は防がれたのだな?」
「は! なだらかな丘陵の影に濠のように横長い穴があるようです!」
「濠? ここには戦場の推移によって偶然布陣したのだぞ、そのような……」
不意に湧き上がる不安。その勘に従って指示を出そうとしたマーロウだが――突如、眼前が爆発した。
幕僚の悲鳴。馬の高い嘶き。大量の土砂が落ちる鈍い音。
慌てるな。マーロウは叫んだ。が、声に出ていない。いつの間にか落馬し、その身が地面に横たわっている。
土の爆発。投石器による砲撃か? 今までこの敵軍に投石器はなかった。つまり。
――読んでおったか。
敵は端からこのヨーク丘陵を戦場と設定し、準備していたのだ。
やはり昨日、強権を以て進軍を留めるべきだった。マーロウは忸怩たる思いで土に腕をつく。そして気勢を吐くように命令した。
「全軍、死力を尽くせ! ハンターを中心として確固たる戦闘単位を作り、敵に当たるのだ!」
立ち上がりかけたマーロウはしかし、力尽くように倒れ伏した。自らの意識が遠のいていく感覚。マーロウは皺だらけの拳を握り、思った。
戦闘は止まらない。時代も止まらない。故に私もまた止まる事などできぬ、と。
●茨の王
「順調だな……」
戦場中央、濠の手前の小さな丘に留まっていた巨躯の茨小鬼は、周囲を見晴かしてゆっくりと頷いた。合わせて首を縦に振るのは側近達だけではない。巨躯の跨るラプターもまた器用に首肯してクエェと誇らしげに鳴いている。
巨躯が騎乗するに相応しい立派なたてがみが風に靡き、馬上の主がそっとラプターの頭から首にかけてを撫でつけた。
側近が恨めしげに言う。
「あのデルギンめも此度は戦っておるようです。この程度ではオーレフェルトで合流できなかった件の穴埋めにすらならんですが」
「言ってやるな。あれはこの俺がまだニンゲンどもを過小評価していたのだ……」
「それに比べてドンナァのやつは猪武者ですが、使い方を誤らねばよく働きますな」
巨躯が馬上で腕を組み、胸を張って顔を顰める。
競争心は軍を、いや国を強力にするが、足の引っ張り合いになっては逆効果だ。さて、どうすべきか。
そんな事を考えた巨躯はしかし、次にどうでもいいかと思い直した。
――この俺が圧倒的な力を見せつければよいのだ。そしてニンゲンどもを駆逐する。全てはそこからよ……ゲゲェ……。
「我が王、どうされた?」
「うむ? いいや、何もない。何も問題はない……」
口元を歪めて微笑を浮かべ、前方を見る。ニンゲンどもの軍。卑劣な奴らが濠に突っ込んだのは痛快だった。その光景を思い出し、巨躯は哄笑した。別の側近が機嫌よさげに手を叩く。
「ゲッゲ、親方、問題ねえ! あんたがいれば問題ねえ!」
「ふん、ならば遊んでないでお前も戦え」
「ゲッゲ、何を言ってんだ! 俺っちのいくさ場は親方の近くでい!」
「……ゲゲ、ゲゲェ……そうか。ならば出よう。この俺が、自らの手で奴らを叩き潰してくれる!」
言うや、巨躯は腿を締めてラプターを駆けさせた。一気に丘を駆け下り、濠と濠の隙間を抜けて見る間に先頭に躍り出る。
肩越しに後ろを見る。ついてきている側近はさっきの二人。他の奴らは遅れている。今度鍛え直してやらねば。前方、敵軍が刻一刻と近付いてくる。巨躯が懐から茨を抜いて構えると、瞬きのうちにそれが大刀へと変貌した。
そして巨躯は胸を膨らませて大量の息を吸い込むや、戦場全体に轟かんばかりの咆哮を上げた。
「俺は簒奪者……茨の王! ニンゲンどもを討ち滅ぼす者よ!! 我らの絶望を……我らの苦難を思い知るがいい!!!!」
●戦場の綱渡り
ハンター達は中央、先頭で咆哮を上げ吶喊してくる巨躯を見た。
最前衛、間隔を空けて進軍していたネッサラン子爵軍が一瞬で蹴散らされ、みるみる抜けてくる。二陣、敵がそこに突っ込んだのを見た瞬間、彼らには止められない事を悟った。このままでは本陣まで届きかねない。付近にいたハンター達が巨躯の方へ駆け出す。敵が二陣を抜ける。そこに果敢にも横撃をかける騎兵小集団。敵の脚がやや止まり、しかし騎兵は次々薙ぎ倒されていく。
ハンター達は一瞬たりとも目を逸らす事なく、接近する。最後に残された騎兵が槍を天高く掲げ、巨躯へ向かって交錯。パッと朱の花が咲き、どうと騎兵が倒れ伏した。
巨躯――茨の王と自称した敵が雄叫びを上げ、再び駆け出さんとする。
だが。
「この先は通行止めだ」
そこに、ハンター達が立ち塞がった。
敵の後方、二体の茨小鬼の間には、意地を貫いた男の亡骸がある。
「「戦争を、始めよう」」
それはハンターが言ったのか、茨の王が言ったのか。
戦場中央に、決闘場が生まれた。
グラズヘイム王国と茨小鬼軍との争いが小規模な戦闘から大規模な紛争へ様変わりするのに、さして時はかからなかった。
八月上旬、敵軍がルサスール領より北、グルノアと呼ばれる村を占領、これを拠点とする。
八月中旬、ウェルズ・クリストフ・マーロウ大公を盟主とする王国・貴族軍、北方三州へ展開。敵軍、活動を激化。
八月十三日、王国北西部アルテリア地方にて千人規模の敵軍と接敵、膠着。
八月十七日、王国北東部フェルダー地方にて敵山岳部隊が幾つかの集落を強襲。北方各地で接敵。
八月二十一日、ルサスール領より東、マイラ盆地にて敵軍を発見。
八月二十三日、マーロウを中心とした貴族私兵軍及びハンター、敵軍との小競り合いを繰り返しながら西へ移動。
八月二十五日、敵軍に強力な個体を確認。南西へ後退。
八月二十六日、貴族軍左翼、ナーファ伯爵軍が独断専行して敵左翼を強襲、撃退さる。ナーファ伯爵戦死。
八月二十七日、貴族軍中央、ネッサラン子爵及びシャロワ侯爵軍が敵軍を圧倒するも、敵両翼の挟撃により一時分断さる。マーロウ本隊の突撃により両氏脱出。
八月二十八日、マーロウ本隊及びラスリド伯爵軍の奮闘により戦線膠着、戦場は西へ移動。
八月二十九日、ハンターによる強襲で敵軍を崩し、数km単位で北へ押すも、敵の数は然程変わらず。
八月三十日、貴族軍右翼、敵を包み込む動きをするも敵軍は速やかに渡河、後退。マーロウは訝しんで制止するがシャロワ侯爵を中心に進軍。両軍がヨーク丘陵の南北に布陣。
そして八月三十一日。――それは、始まった。
――――とある古ぼけた紙片より
(執筆:???)
●八月三十一日・ヨーク丘陵の戦い
「報告は正確にしろ!」
ウェルズ・クリストフ・マーロウが声を荒げて戦場を見晴かすと、薄く戦塵の広がる先に、惑う騎兵の姿が見えた。中央、左翼にある丘の麓辺りか。戦場を穿つように伸びていた土煙が、とある一点で途切れている。
「奸計により騎兵突撃は防がれたのだな?」
「は! なだらかな丘陵の影に濠のように横長い穴があるようです!」
「濠? ここには戦場の推移によって偶然布陣したのだぞ、そのような……」
不意に湧き上がる不安。その勘に従って指示を出そうとしたマーロウだが――突如、眼前が爆発した。
幕僚の悲鳴。馬の高い嘶き。大量の土砂が落ちる鈍い音。
慌てるな。マーロウは叫んだ。が、声に出ていない。いつの間にか落馬し、その身が地面に横たわっている。
土の爆発。投石器による砲撃か? 今までこの敵軍に投石器はなかった。つまり。
――読んでおったか。
敵は端からこのヨーク丘陵を戦場と設定し、準備していたのだ。
やはり昨日、強権を以て進軍を留めるべきだった。マーロウは忸怩たる思いで土に腕をつく。そして気勢を吐くように命令した。
「全軍、死力を尽くせ! ハンターを中心として確固たる戦闘単位を作り、敵に当たるのだ!」
立ち上がりかけたマーロウはしかし、力尽くように倒れ伏した。自らの意識が遠のいていく感覚。マーロウは皺だらけの拳を握り、思った。
戦闘は止まらない。時代も止まらない。故に私もまた止まる事などできぬ、と。
●茨の王
「順調だな……」
戦場中央、濠の手前の小さな丘に留まっていた巨躯の茨小鬼は、周囲を見晴かしてゆっくりと頷いた。合わせて首を縦に振るのは側近達だけではない。巨躯の跨るラプターもまた器用に首肯してクエェと誇らしげに鳴いている。
巨躯が騎乗するに相応しい立派なたてがみが風に靡き、馬上の主がそっとラプターの頭から首にかけてを撫でつけた。
側近が恨めしげに言う。
「あのデルギンめも此度は戦っておるようです。この程度ではオーレフェルトで合流できなかった件の穴埋めにすらならんですが」
「言ってやるな。あれはこの俺がまだニンゲンどもを過小評価していたのだ……」
「それに比べてドンナァのやつは猪武者ですが、使い方を誤らねばよく働きますな」
巨躯が馬上で腕を組み、胸を張って顔を顰める。
競争心は軍を、いや国を強力にするが、足の引っ張り合いになっては逆効果だ。さて、どうすべきか。
そんな事を考えた巨躯はしかし、次にどうでもいいかと思い直した。
――この俺が圧倒的な力を見せつければよいのだ。そしてニンゲンどもを駆逐する。全てはそこからよ……ゲゲェ……。
「我が王、どうされた?」
「うむ? いいや、何もない。何も問題はない……」
口元を歪めて微笑を浮かべ、前方を見る。ニンゲンどもの軍。卑劣な奴らが濠に突っ込んだのは痛快だった。その光景を思い出し、巨躯は哄笑した。別の側近が機嫌よさげに手を叩く。
「ゲッゲ、親方、問題ねえ! あんたがいれば問題ねえ!」
「ふん、ならば遊んでないでお前も戦え」
「ゲッゲ、何を言ってんだ! 俺っちのいくさ場は親方の近くでい!」
「……ゲゲ、ゲゲェ……そうか。ならば出よう。この俺が、自らの手で奴らを叩き潰してくれる!」
言うや、巨躯は腿を締めてラプターを駆けさせた。一気に丘を駆け下り、濠と濠の隙間を抜けて見る間に先頭に躍り出る。
肩越しに後ろを見る。ついてきている側近はさっきの二人。他の奴らは遅れている。今度鍛え直してやらねば。前方、敵軍が刻一刻と近付いてくる。巨躯が懐から茨を抜いて構えると、瞬きのうちにそれが大刀へと変貌した。
そして巨躯は胸を膨らませて大量の息を吸い込むや、戦場全体に轟かんばかりの咆哮を上げた。
「俺は簒奪者……茨の王! ニンゲンどもを討ち滅ぼす者よ!! 我らの絶望を……我らの苦難を思い知るがいい!!!!」
●戦場の綱渡り
ハンター達は中央、先頭で咆哮を上げ吶喊してくる巨躯を見た。
最前衛、間隔を空けて進軍していたネッサラン子爵軍が一瞬で蹴散らされ、みるみる抜けてくる。二陣、敵がそこに突っ込んだのを見た瞬間、彼らには止められない事を悟った。このままでは本陣まで届きかねない。付近にいたハンター達が巨躯の方へ駆け出す。敵が二陣を抜ける。そこに果敢にも横撃をかける騎兵小集団。敵の脚がやや止まり、しかし騎兵は次々薙ぎ倒されていく。
ハンター達は一瞬たりとも目を逸らす事なく、接近する。最後に残された騎兵が槍を天高く掲げ、巨躯へ向かって交錯。パッと朱の花が咲き、どうと騎兵が倒れ伏した。
巨躯――茨の王と自称した敵が雄叫びを上げ、再び駆け出さんとする。
だが。
「この先は通行止めだ」
そこに、ハンター達が立ち塞がった。
敵の後方、二体の茨小鬼の間には、意地を貫いた男の亡骸がある。
「「戦争を、始めよう」」
それはハンターが言ったのか、茨の王が言ったのか。
戦場中央に、決闘場が生まれた。
リプレイ本文
戦場の決闘場。そこに開幕を告げる鐘の音はなかった。
いや。敢えて合図と呼べるものがあったとしたなら、それは二条の光だった。
左の敵から放たれる紅の球と、メトロノーム・ソングライト(ka1267)の詠う雷光の一矢。二つが交錯し、炸裂した瞬間、双方は弾かれたように動き出していた。
「敵に調子付かせるのは気に入らねぇぜ……」
「行け! デカブツは俺様が相手してやるよ!」
三点バーストで茨王のラプターを狙うラスティ(ka1400)と、前進するジャック・J・グリーヴ(ka1305)。銃撃は敵大刀に阻まれるが、ラスティは構わず側近の一人へ馬首を向けた。
続くメトロノームは距離を取って右へ半円を描く。巨躯の王がそれに目をやり、大刀を構えた――直後。
「てめぇの相手はこの俺様だと言った!」
「残念ながら貴様はここを動く事はできない。我らと相対した事が運の尽きだ」
ジャックとクローディオ・シャール(ka0030)、二人が真正面から茨王へ突っ込んだ。
王は舌打ちして向き直るや、有り余る力を解放した。強烈な風。ジャックが目を細めた瞬間、敵が腕を振り下す。
咄嗟に盾を翳すジャック。圧倒的な衝撃。馬ごと押し返されたジャックはしかし、次に胸甲を叩いて吼えた。
「効かねぇな。全然届かねぇ!」
ジャックの陰からクローディオが飛び出すや、突き出した腕から光が放たれる。目を灼く聖光。ここぞとばかり野良聖導士が合流し、三人は王を囲む。
最後まで様子を窺っていた文月 弥勒(ka0300)が敵側近の方へ動き出した。直後、雷光が再び迸る。敵の悲鳴。
――先に周りを片付けるか。
弥勒が頭の悪そうな茨小鬼へ向かった――その時だった。
「ゆけい!」
号令と共に、高い嘶きが聞こえたのは。
●ヌギとテギ
ジョージ・ユニクス(ka0442)は独り左の茨小鬼と正対していた。
それは自ら引き受けた役だ。茨王をジャックとクローディオ、左を自分が抑える間に右を倒す。まず数を減らすその策は確かに効果的だ。
抑え役が耐える事さえできれば。
近接するジョージ。過たず炎矢を当ててくる敵。ジョージが体勢を崩しつつ、見本の如き振り下しでラプターを斬り裂いた。が、浅い。ラプターの突撃。腰を落して受ける。至近距離に炎矢が生まれ、胸を貫かれた。反動を利用し、ジョージは回転してラプターの首を刎ねる。
「どうした? まさかこんな子供相手に手間取るとかないよな、茨の王の配下が」
「ヌウゥッ、ニンゲンめぇ!」
同時、頭上から紅光が差した。火球。すぐさま前へ跳ぶと、横から爆風が吹きつける。地を転がって膝をつき、ジョージが敵に振り返った――そこで、それを見た。
眼前には敵魔術師。その奥には茨王がいて、左には集中撃破する予定の敵がいる。
そして撃破する筈の敵の傍には――巨大ラプターの姿。
それは、メトロノームとラスティが中距離から攻撃した時だった。
『――■■■■!』
「避けろ!」
弥勒の警告。背後から迫る重圧。各々が愛機、愛馬から飛び降りた直後、二人の間を黒い影が駆け抜けた。
ラスティが膝立ちとなって応射、黒い影――巨大ラプターが横に躱す。追ってタタンタタンと断続的に引鉄を絞るラスティだが、半分が外れる。
舌打ちして再装填する少年兵。その隙に、茨小鬼と蜥蜴が殺到した。
「先に蜥蜴を!」
「俺が止める、カバー頼むぜ」
後退するラスティに代り前に出る弥勒。正面から騎兵へ突っ込むや、裂帛の気合と共に交錯した。
「こいつをくれてやる!」
嚆矢となった弥勒は、閃光の如く右の剣を突き出した。
戦場の怒号が辺りから響く。弥勒が剣を振って体を起すと、ラプターがくずおれた。パッと弥勒の肩口から血が噴出る。
「ぁ……あ……あぁ、ああぁっ!?」
地に投げ出された茨小鬼は蜥蜴の死体を見、途切れがちな嗚咽を大げさに漏らす。
――いや……解らなくはねえが。
思わず面の下で顔を顰める弥勒。が、止まってはいられない。
「人を射んとせば先ず馬を射よ。さっさと茨小鬼を潰してぇところだが、もう一匹に気を付けろ!」
ラスティは言いながら小刻みに撃ち、巨大蜥蜴の突進を横に躱す。退いては撃ち、進んでは躱す。紙一重の攻防で蜥蜴畜生を翻弄するが、長く続かない事は自覚できていた。
遮蔽物のない戦場。愛馬に乗っていれば引き回せたかもしれないが、生憎と騎乗する暇はなさそうだった。
――誤算だったぜ……。
茨王が先に下馬して蜥蜴だけ寄越すとは。それ程味方が大事か?
敵突進。横っ飛び。躱しきれない。脚を持っていかれたような衝撃に体勢が崩れる。肩から地に落ちた少年兵は即座に横転して敵を視認、牽制射して起立した。
直後。
雷光が、蜥蜴を貫いた。
歌を中断していたメトロノームは先に茨小鬼を打倒すべく、炎矢を選択した。
紡がれる言の葉。溢れ出る力。歌姫の旋律は戦場に凛と響き、貴族私兵の耳目を引き付ける一方で敵を打擲する。
紅矢が茨小鬼を打ち、そこを弥勒の斬撃が襲う。鮮血が地を濡らす光景はメトロノームの中に眠る何かを刺激したが、歌は止まらない。
敵の矛と弥勒の煌剣が二度三度と噛み合い、剣戟の音楽を奏でる。両者が離れ、炎矢が敵の脚を捉えた。弥勒の袈裟斬り。敵が辛うじて受けたが、それは弥勒の思惑通りだった。
「狙え!」
こく。
首肯すると同時にメトロノームは雷光を生み出した。
身動きできぬ茨小鬼と、その先にいる大蜥蜴。二体を巻き込んだ光が収束すると、そこには呆然と立ち尽す茨小鬼と、甲高い鳴き声を上げ退避する蜥蜴の姿があった。
弥勒が茨小鬼に止めをさし、辺りを見回す。騎士らしき三人が駆けてくるのが見えた。メトロノームは今が好機と歌を紡ぐ。
――命ある者 霊を見よ 命ある者 声を上げよ 天の理は我にあり されば生ある者達よ 共に侵略者を討滅せん
この世のものと思えぬ歌声で綴られる、勇壮な調べ。それは確かに私兵の魂を震わせ、鬨の声が生まれた。多くの兵がこちらの支援に傾く。
代りに最前線で敵本隊と戦う者達への支援が薄くなったが、それは今、大した問題でなかった。問題があったとすれば――、
「テギよ……おおぉ……よくも……よくもやってくれた……やってくれたものよなあああああああああああああああ!!!!」
味方を殺された茨王が、激情を露わにした事だった。
●怨嗟の王
クローディオ、ジャック、聖導士の三人は入れ代り立ち代り茨王に近接しながら、巧みに移動と回復を繰り返し敵の注意を完全に引き付けていた。
風を纏った薙ぎ払いが時に二人を強打するが、残る一人が懐に潜り込んで敵を止める事で時を稼ぐ。そのうち復帰した二人が側背から敵を狙い、敵中の一人を逃がす。そうして状況は再び膠着する。
綱渡りのような攻防。三人は元よりジャックの愛馬もまた、限界に近かった。
故に、反応が遅れた。
咆哮、いや慟哭か。巨躯が怨嗟を吐き出し弥勒らの方へ向くや、土を蹴り上げる。そして中空に浮かぶ土塊を左の拳で殴りつけると、それらは弾丸となって弥勒、メトロノーム、ラスティを襲った。
「ッ避け……!?」
土弾が体を抉る。くぐもった音は骨の折れる音か、苦悶の声か。
王は拳を振り抜いた姿勢からそのまま駆け出す。左拳にはマテリアルの残滓光。ジャックが馬腹を蹴って追い、敵の背に飛び掛かった。
「俺様は誓ってんだよ。アランを救ってやるって……エリカの傍にいるっつったアランを救ってやるって……」
ジャックと王がもつれるように地を転がる。クローディオが追いつくが、膂力に任せて主導権を争う彼らに介入できなかった。弥勒達が喀血して地を赤く染める。
優位な位置を取らんと転げ回る両者。が、幾度も柄で殴打されたジャックの腕から遂に力が抜け、先に敵が立ち上がった。
怒りをぶつける敵を探すかの如く視線を巡らせる茨王。
目に入ったのは残る側近と戦うジョージだ。爆ぜるように駆け出さんとした巨躯は――、
「貴様はここで止める、それが私の使命!」
「あの二人を引き裂こうなんて無粋者はよ……ぶっ飛ばさねぇと格好つかねぇんだよ!!」
三度、クローディオとジャックに止められる。
直後、紫電が茨王を貫いた。
――どうか。
メトロノームは、祈るような気分で雷撃を放っていた。
巨躯。報告書によれば茨だけでない何らかの力を持っている。故に炎矢でなく雷撃を選んだ。が、それもどうなるか判らない。しかし手を拱いていてはジョージが危ない。
なればこそ賭けに出たメトロノームだったが、次に彼女が見たのはまともに雷撃を喰らい、痛苦に顔を歪める敵の姿だった。
――良かっ……。
安堵しかけた彼女の眼前で――クローディオの体が、斬り裂かれた。
「しまっ……!?」
茨の大刀が振り下され、遅れて血潮が飛散する。
よろよろと後退して膝をつくクローディオ。ジャックが尚も立ち塞がる。
「ジョ――――ジ!!」
斬り上げが胸から首、頬を削っていくが、ジャックは微動だにせず味方に警告を発する。
ジョージがこちらに気付き、目を向けた。敵が仁王立ちするジャックを避け、側近の許へ向かう。銃声。ラスティの伏射。だが敵の勢いは止まらない。巨躯へ構え直すジョージだが、側近の魔矢に足元を崩される。
凶刃が振り下された。
●ヨーク丘陵の戦い
――あんな思いは……。
ジョージはラプターから引き摺り下した敵と戦いながら、ある光景を思い出していた。いや『思い出す』ではない。『今なお見続けている』光景だ。
絶望が、大切なものを傷つけていく。
剣を振るい、敵魔術に耐えながらも、周囲から聴こえる兵達の声。それはかつて聴いた声と似ていた。
大切なものが漏らした嗚咽。
戦場には嗚咽が満ちている。
――あんな思いは……!
だからジョージは、敵を斬る。
「僕だけで沢山だ!!」
鋭い呼気と共に放たれた斬撃が敵を裂く。浅くはない。が、決定的な感触ではない。ジョージが剣を返した――その時。
背後から、警告が聞こえた。
振り返る。金ぴかの鎧。巨躯の異形。敵だ。茨王がこちらに来ている。すぐさまジョージが向き直る。正眼に構え、腹の底に力を込めた。王が振りかぶる。ここだ。剣を振り上げ――膝から、崩れた。
「ッ!?」「ゲゲッゲェ!!」
何が起った。それを疑問に思う間もなく、視界いっぱいに大刀が映った。
血の海に沈むジョージを見下し、巨躯は側近と合流する。一方で増援の騎士もまた駆けつけていたが、敵を挟むだけで攻撃時期が掴めない。
誰かが命を賭してでも機を作らねばならなかった。
「ヌギよ、無事か」
「は、我が王。面目次第もございませぬ……」
「構わん」
強者の傲慢か、茨王は悠然と仲間を心配する。ラスティの口端が、不敵に吊り上がった。
「いいぜ……その戦争、買ってやるよ」
「元よりニンゲンどもが仕掛けた事よ。遥か古より、な」
言うや、なんと巨躯は大刀を放り投げ懐に手を入れた。
意味は解らない。が、その隙を逃す者はここにいなかった。
「タフなようだが不死身ってワケじゃねぇだろ!?」
「我が使命、果たさせてもらう!」
銃声銃声銃声。
ラスティが狙うのはヌギと呼ばれた側近。が、茨王が射線に割って入る。それを見て取った少年兵は口角を上げた。
「ハ、それが命取りだぜ!」
雷撃と射撃が交錯するように敵へ伸び、茨王の体を着実に削る。敵が懐から手を出した。新たな茨。見る間に大刀が顕現する。
肉薄するクローディオとジャック。二人、いや全員の体は血に塗れ、次に茨王の一撃を喰らえば命に関わると自覚できる。
それでも二人は前に出る。体が淡く輝いた。野良聖導士。息も絶え絶えにこちらを見ている。ジャックが地の盾を翳し突貫。その陰からクローディオが飛――!?
「それは既に見た!」
「そうか」
聖なる光を放つ前にクローディオを倒せば終りだと、敵は思ったのだろう。それは正しく、『故にクローディオは、大刀に自ら突っ込んだ』。
甲高い金属音。兜が弾け、血飛沫が舞う。直後、光が戦場を包んだ。
――――。
――。
光が収まり、辺りを見回した時、弥勒は漸く投石器の砲撃がなくなっている事に気付いた。中央前線は押されているが、左翼では戦塵の向こうで丘上に旗らしきものが翻っているのがぼんやり判る。
つまり左翼が締め上げてくれれば、右翼の川を利用し敵本隊を包囲できる。それが無理でも掃討しつつ北へ押せる。各戦場の詳細や損害は知らないが、全体で見れば勝てるという事だ。
僅かな間にそれらを把握した弥勒は、しかしそこで止まらなかった。
茨王。その足元で倒れ伏すクローディオ。弧を描くように愛馬を走らせる。
瞬間、世界から色が消え、音が消えた。あるのは自身と敵と、白の世界。敵は左腕で顔を覆っている。馬上、腰を捻って煌剣を構えた。敵がこちらに気付く。マテリアル充填。馴染んだグリップの感触。敵が大刀を振りかぶる。遅い。体を不自然に折り曲げる。そしていっそ剣を奉納するかの如く――突き出した。
瞬後、世界は動き出す。
敵の右胸を貫き、駆け抜ける弥勒。口からどす黒い血が零れ、弥勒は馬上に突っ伏した。
――仕留め損なった……!
弥勒が忸怩たる思いで振り向いた。吹っ飛ばされた茨王は、だが立ち上がっている。もう一度突っ込むか。考えた弥勒に魔矢が飛ぶ。耐える余力もない。落馬し、弥勒は笑った。
「……面白そうな武器、持ってるじゃねえか」
「武器ではない。俺の≪私の≫絶望の形よ……ゲゲェ! いわばニンゲンどもが我らに与えし力!!」
倒れた弥勒に答えた茨王は未だ意気軒高。対してこちらは既に死に体が三人。私兵の顔にも暗雲が垂れ込め始める。
決闘はもはや、どちらかが死ぬまで戦うか否かの段階になっている。あるいはどうやって敵を退かせるかだ。
ラスティが舌打ちする。メトロノームの歌が途切れた。撃破に拘るべきではない。増援の騎士すらそう考え、包囲でなく北へ追いやる陣形へ移行する。
唐突に気勢を吐いたのは、一人の男だった。
「これからだろうがよ、てめぇら! いいか、俺様が奴を抑える。その間に『全員』で矢でも何でもぶち込め!」
男は武器を持っていなかった。
その身で敵を抑え込み、味方を活かす。
その姿は、まさしく貴族であった。
私兵達がジャックの立ち姿に奮い立つ。メトロノームが雷撃の歌を紡ぎ始めた。ラスティが再装填を完了する。
茨王が、顔を歪めた。
「……仕切り直しだ」
「俺様から逃げんのか」
ジャックの挑発に、敵は嘲りの色を浮かべて踵を返す。その背に放たれる紫電と銃弾。咆哮が轟き、敵が振り向きざまに茨大刀を振り抜いた。
相殺したかの如く、双方が砕け散った。
紫電の残滓が散る中、茨王とヌギは悠然と歩いていく。その背に攻撃を仕掛ける者は、もはやいなかった。
これが、ヨーク丘陵における最後の攻防となった。
<了>
いや。敢えて合図と呼べるものがあったとしたなら、それは二条の光だった。
左の敵から放たれる紅の球と、メトロノーム・ソングライト(ka1267)の詠う雷光の一矢。二つが交錯し、炸裂した瞬間、双方は弾かれたように動き出していた。
「敵に調子付かせるのは気に入らねぇぜ……」
「行け! デカブツは俺様が相手してやるよ!」
三点バーストで茨王のラプターを狙うラスティ(ka1400)と、前進するジャック・J・グリーヴ(ka1305)。銃撃は敵大刀に阻まれるが、ラスティは構わず側近の一人へ馬首を向けた。
続くメトロノームは距離を取って右へ半円を描く。巨躯の王がそれに目をやり、大刀を構えた――直後。
「てめぇの相手はこの俺様だと言った!」
「残念ながら貴様はここを動く事はできない。我らと相対した事が運の尽きだ」
ジャックとクローディオ・シャール(ka0030)、二人が真正面から茨王へ突っ込んだ。
王は舌打ちして向き直るや、有り余る力を解放した。強烈な風。ジャックが目を細めた瞬間、敵が腕を振り下す。
咄嗟に盾を翳すジャック。圧倒的な衝撃。馬ごと押し返されたジャックはしかし、次に胸甲を叩いて吼えた。
「効かねぇな。全然届かねぇ!」
ジャックの陰からクローディオが飛び出すや、突き出した腕から光が放たれる。目を灼く聖光。ここぞとばかり野良聖導士が合流し、三人は王を囲む。
最後まで様子を窺っていた文月 弥勒(ka0300)が敵側近の方へ動き出した。直後、雷光が再び迸る。敵の悲鳴。
――先に周りを片付けるか。
弥勒が頭の悪そうな茨小鬼へ向かった――その時だった。
「ゆけい!」
号令と共に、高い嘶きが聞こえたのは。
●ヌギとテギ
ジョージ・ユニクス(ka0442)は独り左の茨小鬼と正対していた。
それは自ら引き受けた役だ。茨王をジャックとクローディオ、左を自分が抑える間に右を倒す。まず数を減らすその策は確かに効果的だ。
抑え役が耐える事さえできれば。
近接するジョージ。過たず炎矢を当ててくる敵。ジョージが体勢を崩しつつ、見本の如き振り下しでラプターを斬り裂いた。が、浅い。ラプターの突撃。腰を落して受ける。至近距離に炎矢が生まれ、胸を貫かれた。反動を利用し、ジョージは回転してラプターの首を刎ねる。
「どうした? まさかこんな子供相手に手間取るとかないよな、茨の王の配下が」
「ヌウゥッ、ニンゲンめぇ!」
同時、頭上から紅光が差した。火球。すぐさま前へ跳ぶと、横から爆風が吹きつける。地を転がって膝をつき、ジョージが敵に振り返った――そこで、それを見た。
眼前には敵魔術師。その奥には茨王がいて、左には集中撃破する予定の敵がいる。
そして撃破する筈の敵の傍には――巨大ラプターの姿。
それは、メトロノームとラスティが中距離から攻撃した時だった。
『――■■■■!』
「避けろ!」
弥勒の警告。背後から迫る重圧。各々が愛機、愛馬から飛び降りた直後、二人の間を黒い影が駆け抜けた。
ラスティが膝立ちとなって応射、黒い影――巨大ラプターが横に躱す。追ってタタンタタンと断続的に引鉄を絞るラスティだが、半分が外れる。
舌打ちして再装填する少年兵。その隙に、茨小鬼と蜥蜴が殺到した。
「先に蜥蜴を!」
「俺が止める、カバー頼むぜ」
後退するラスティに代り前に出る弥勒。正面から騎兵へ突っ込むや、裂帛の気合と共に交錯した。
「こいつをくれてやる!」
嚆矢となった弥勒は、閃光の如く右の剣を突き出した。
戦場の怒号が辺りから響く。弥勒が剣を振って体を起すと、ラプターがくずおれた。パッと弥勒の肩口から血が噴出る。
「ぁ……あ……あぁ、ああぁっ!?」
地に投げ出された茨小鬼は蜥蜴の死体を見、途切れがちな嗚咽を大げさに漏らす。
――いや……解らなくはねえが。
思わず面の下で顔を顰める弥勒。が、止まってはいられない。
「人を射んとせば先ず馬を射よ。さっさと茨小鬼を潰してぇところだが、もう一匹に気を付けろ!」
ラスティは言いながら小刻みに撃ち、巨大蜥蜴の突進を横に躱す。退いては撃ち、進んでは躱す。紙一重の攻防で蜥蜴畜生を翻弄するが、長く続かない事は自覚できていた。
遮蔽物のない戦場。愛馬に乗っていれば引き回せたかもしれないが、生憎と騎乗する暇はなさそうだった。
――誤算だったぜ……。
茨王が先に下馬して蜥蜴だけ寄越すとは。それ程味方が大事か?
敵突進。横っ飛び。躱しきれない。脚を持っていかれたような衝撃に体勢が崩れる。肩から地に落ちた少年兵は即座に横転して敵を視認、牽制射して起立した。
直後。
雷光が、蜥蜴を貫いた。
歌を中断していたメトロノームは先に茨小鬼を打倒すべく、炎矢を選択した。
紡がれる言の葉。溢れ出る力。歌姫の旋律は戦場に凛と響き、貴族私兵の耳目を引き付ける一方で敵を打擲する。
紅矢が茨小鬼を打ち、そこを弥勒の斬撃が襲う。鮮血が地を濡らす光景はメトロノームの中に眠る何かを刺激したが、歌は止まらない。
敵の矛と弥勒の煌剣が二度三度と噛み合い、剣戟の音楽を奏でる。両者が離れ、炎矢が敵の脚を捉えた。弥勒の袈裟斬り。敵が辛うじて受けたが、それは弥勒の思惑通りだった。
「狙え!」
こく。
首肯すると同時にメトロノームは雷光を生み出した。
身動きできぬ茨小鬼と、その先にいる大蜥蜴。二体を巻き込んだ光が収束すると、そこには呆然と立ち尽す茨小鬼と、甲高い鳴き声を上げ退避する蜥蜴の姿があった。
弥勒が茨小鬼に止めをさし、辺りを見回す。騎士らしき三人が駆けてくるのが見えた。メトロノームは今が好機と歌を紡ぐ。
――命ある者 霊を見よ 命ある者 声を上げよ 天の理は我にあり されば生ある者達よ 共に侵略者を討滅せん
この世のものと思えぬ歌声で綴られる、勇壮な調べ。それは確かに私兵の魂を震わせ、鬨の声が生まれた。多くの兵がこちらの支援に傾く。
代りに最前線で敵本隊と戦う者達への支援が薄くなったが、それは今、大した問題でなかった。問題があったとすれば――、
「テギよ……おおぉ……よくも……よくもやってくれた……やってくれたものよなあああああああああああああああ!!!!」
味方を殺された茨王が、激情を露わにした事だった。
●怨嗟の王
クローディオ、ジャック、聖導士の三人は入れ代り立ち代り茨王に近接しながら、巧みに移動と回復を繰り返し敵の注意を完全に引き付けていた。
風を纏った薙ぎ払いが時に二人を強打するが、残る一人が懐に潜り込んで敵を止める事で時を稼ぐ。そのうち復帰した二人が側背から敵を狙い、敵中の一人を逃がす。そうして状況は再び膠着する。
綱渡りのような攻防。三人は元よりジャックの愛馬もまた、限界に近かった。
故に、反応が遅れた。
咆哮、いや慟哭か。巨躯が怨嗟を吐き出し弥勒らの方へ向くや、土を蹴り上げる。そして中空に浮かぶ土塊を左の拳で殴りつけると、それらは弾丸となって弥勒、メトロノーム、ラスティを襲った。
「ッ避け……!?」
土弾が体を抉る。くぐもった音は骨の折れる音か、苦悶の声か。
王は拳を振り抜いた姿勢からそのまま駆け出す。左拳にはマテリアルの残滓光。ジャックが馬腹を蹴って追い、敵の背に飛び掛かった。
「俺様は誓ってんだよ。アランを救ってやるって……エリカの傍にいるっつったアランを救ってやるって……」
ジャックと王がもつれるように地を転がる。クローディオが追いつくが、膂力に任せて主導権を争う彼らに介入できなかった。弥勒達が喀血して地を赤く染める。
優位な位置を取らんと転げ回る両者。が、幾度も柄で殴打されたジャックの腕から遂に力が抜け、先に敵が立ち上がった。
怒りをぶつける敵を探すかの如く視線を巡らせる茨王。
目に入ったのは残る側近と戦うジョージだ。爆ぜるように駆け出さんとした巨躯は――、
「貴様はここで止める、それが私の使命!」
「あの二人を引き裂こうなんて無粋者はよ……ぶっ飛ばさねぇと格好つかねぇんだよ!!」
三度、クローディオとジャックに止められる。
直後、紫電が茨王を貫いた。
――どうか。
メトロノームは、祈るような気分で雷撃を放っていた。
巨躯。報告書によれば茨だけでない何らかの力を持っている。故に炎矢でなく雷撃を選んだ。が、それもどうなるか判らない。しかし手を拱いていてはジョージが危ない。
なればこそ賭けに出たメトロノームだったが、次に彼女が見たのはまともに雷撃を喰らい、痛苦に顔を歪める敵の姿だった。
――良かっ……。
安堵しかけた彼女の眼前で――クローディオの体が、斬り裂かれた。
「しまっ……!?」
茨の大刀が振り下され、遅れて血潮が飛散する。
よろよろと後退して膝をつくクローディオ。ジャックが尚も立ち塞がる。
「ジョ――――ジ!!」
斬り上げが胸から首、頬を削っていくが、ジャックは微動だにせず味方に警告を発する。
ジョージがこちらに気付き、目を向けた。敵が仁王立ちするジャックを避け、側近の許へ向かう。銃声。ラスティの伏射。だが敵の勢いは止まらない。巨躯へ構え直すジョージだが、側近の魔矢に足元を崩される。
凶刃が振り下された。
●ヨーク丘陵の戦い
――あんな思いは……。
ジョージはラプターから引き摺り下した敵と戦いながら、ある光景を思い出していた。いや『思い出す』ではない。『今なお見続けている』光景だ。
絶望が、大切なものを傷つけていく。
剣を振るい、敵魔術に耐えながらも、周囲から聴こえる兵達の声。それはかつて聴いた声と似ていた。
大切なものが漏らした嗚咽。
戦場には嗚咽が満ちている。
――あんな思いは……!
だからジョージは、敵を斬る。
「僕だけで沢山だ!!」
鋭い呼気と共に放たれた斬撃が敵を裂く。浅くはない。が、決定的な感触ではない。ジョージが剣を返した――その時。
背後から、警告が聞こえた。
振り返る。金ぴかの鎧。巨躯の異形。敵だ。茨王がこちらに来ている。すぐさまジョージが向き直る。正眼に構え、腹の底に力を込めた。王が振りかぶる。ここだ。剣を振り上げ――膝から、崩れた。
「ッ!?」「ゲゲッゲェ!!」
何が起った。それを疑問に思う間もなく、視界いっぱいに大刀が映った。
血の海に沈むジョージを見下し、巨躯は側近と合流する。一方で増援の騎士もまた駆けつけていたが、敵を挟むだけで攻撃時期が掴めない。
誰かが命を賭してでも機を作らねばならなかった。
「ヌギよ、無事か」
「は、我が王。面目次第もございませぬ……」
「構わん」
強者の傲慢か、茨王は悠然と仲間を心配する。ラスティの口端が、不敵に吊り上がった。
「いいぜ……その戦争、買ってやるよ」
「元よりニンゲンどもが仕掛けた事よ。遥か古より、な」
言うや、なんと巨躯は大刀を放り投げ懐に手を入れた。
意味は解らない。が、その隙を逃す者はここにいなかった。
「タフなようだが不死身ってワケじゃねぇだろ!?」
「我が使命、果たさせてもらう!」
銃声銃声銃声。
ラスティが狙うのはヌギと呼ばれた側近。が、茨王が射線に割って入る。それを見て取った少年兵は口角を上げた。
「ハ、それが命取りだぜ!」
雷撃と射撃が交錯するように敵へ伸び、茨王の体を着実に削る。敵が懐から手を出した。新たな茨。見る間に大刀が顕現する。
肉薄するクローディオとジャック。二人、いや全員の体は血に塗れ、次に茨王の一撃を喰らえば命に関わると自覚できる。
それでも二人は前に出る。体が淡く輝いた。野良聖導士。息も絶え絶えにこちらを見ている。ジャックが地の盾を翳し突貫。その陰からクローディオが飛――!?
「それは既に見た!」
「そうか」
聖なる光を放つ前にクローディオを倒せば終りだと、敵は思ったのだろう。それは正しく、『故にクローディオは、大刀に自ら突っ込んだ』。
甲高い金属音。兜が弾け、血飛沫が舞う。直後、光が戦場を包んだ。
――――。
――。
光が収まり、辺りを見回した時、弥勒は漸く投石器の砲撃がなくなっている事に気付いた。中央前線は押されているが、左翼では戦塵の向こうで丘上に旗らしきものが翻っているのがぼんやり判る。
つまり左翼が締め上げてくれれば、右翼の川を利用し敵本隊を包囲できる。それが無理でも掃討しつつ北へ押せる。各戦場の詳細や損害は知らないが、全体で見れば勝てるという事だ。
僅かな間にそれらを把握した弥勒は、しかしそこで止まらなかった。
茨王。その足元で倒れ伏すクローディオ。弧を描くように愛馬を走らせる。
瞬間、世界から色が消え、音が消えた。あるのは自身と敵と、白の世界。敵は左腕で顔を覆っている。馬上、腰を捻って煌剣を構えた。敵がこちらに気付く。マテリアル充填。馴染んだグリップの感触。敵が大刀を振りかぶる。遅い。体を不自然に折り曲げる。そしていっそ剣を奉納するかの如く――突き出した。
瞬後、世界は動き出す。
敵の右胸を貫き、駆け抜ける弥勒。口からどす黒い血が零れ、弥勒は馬上に突っ伏した。
――仕留め損なった……!
弥勒が忸怩たる思いで振り向いた。吹っ飛ばされた茨王は、だが立ち上がっている。もう一度突っ込むか。考えた弥勒に魔矢が飛ぶ。耐える余力もない。落馬し、弥勒は笑った。
「……面白そうな武器、持ってるじゃねえか」
「武器ではない。俺の≪私の≫絶望の形よ……ゲゲェ! いわばニンゲンどもが我らに与えし力!!」
倒れた弥勒に答えた茨王は未だ意気軒高。対してこちらは既に死に体が三人。私兵の顔にも暗雲が垂れ込め始める。
決闘はもはや、どちらかが死ぬまで戦うか否かの段階になっている。あるいはどうやって敵を退かせるかだ。
ラスティが舌打ちする。メトロノームの歌が途切れた。撃破に拘るべきではない。増援の騎士すらそう考え、包囲でなく北へ追いやる陣形へ移行する。
唐突に気勢を吐いたのは、一人の男だった。
「これからだろうがよ、てめぇら! いいか、俺様が奴を抑える。その間に『全員』で矢でも何でもぶち込め!」
男は武器を持っていなかった。
その身で敵を抑え込み、味方を活かす。
その姿は、まさしく貴族であった。
私兵達がジャックの立ち姿に奮い立つ。メトロノームが雷撃の歌を紡ぎ始めた。ラスティが再装填を完了する。
茨王が、顔を歪めた。
「……仕切り直しだ」
「俺様から逃げんのか」
ジャックの挑発に、敵は嘲りの色を浮かべて踵を返す。その背に放たれる紫電と銃弾。咆哮が轟き、敵が振り向きざまに茨大刀を振り抜いた。
相殺したかの如く、双方が砕け散った。
紫電の残滓が散る中、茨王とヌギは悠然と歩いていく。その背に攻撃を仕掛ける者は、もはやいなかった。
これが、ヨーク丘陵における最後の攻防となった。
<了>
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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相談卓です メトロノーム・ソングライト(ka1267) エルフ|14才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/09/15 01:44:38 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/13 12:38:29 |