• 聖呪

【聖呪】巨体、ヨーク丘陵に咆哮す

マスター:御影堂

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/09/15 19:00
完成日
2015/09/20 21:06

みんなの思い出

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オープニング

●八月三十一日・ヨーク丘陵の戦い
「報告は正確にしろ!」
 ウェルズ・クリストフ・マーロウが声を荒げて戦場を見晴かすと、薄く戦塵の広がる先に、惑う騎兵の姿が見えた。中央、左翼にある丘の麓辺りか。戦場を穿つように伸びていた土煙が、とある一点で途切れている。
「奸計により騎兵突撃は防がれたのだな?」
「は! なだらかな丘陵の影に濠のように横長い穴があるようです!」
「濠? ここには戦場の推移によって偶然布陣したのだぞ、そのような……」
 不意に湧き上がる不安。その勘に従って指示を出そうとしたマーロウだが――突如、眼前が爆発した。
 幕僚の悲鳴。馬の高い嘶き。大量の土砂が落ちる鈍い音。
 慌てるな。マーロウは叫んだ。が、声に出ていない。いつの間にか落馬し、その身が地面に横たわっている。
 土の爆発。投石器による砲撃か? 今までこの敵軍に投石器はなかった。つまり。
 ――読んでおったか。
 敵は端からこのヨーク丘陵を戦場と設定し、準備していたのだ。
 やはり昨日、強権を以て進軍を留めるべきだった。マーロウは忸怩たる思いで土に腕をつく。そして気勢を吐くように命令した。
「全軍、死力を尽くせ! ハンターを中心として確固たる戦闘単位を作り、敵に当たるのだ!」
 立ち上がりかけたマーロウはしかし、力尽くように倒れ伏した。自らの意識が遠のいていく感覚。マーロウは皺だらけの拳を握り、思った。
 戦闘は止まらない。時代も止まらない。故に私もまた止まる事などできぬ、と。
 

 ヨーク丘陵、左舷。
 複数の貴族連合体およびハンターに寄って構成された陣営である。
 主として、次男以下の子息が参加していた。
「本当に、戦いが始まるのですわね」
 その中で、サチコ・W・ルサスールはひときわ目立つ存在であった。
 彼女は、戦場に近い場所に領をルサスール家の息女である。
 茨小鬼を始めとするゴブリンによって、直接的被害を受けた領の者。
 それだけに、表情は他の者に比べて引き締まっていた。
「……いきますわよ!」
 気合を入れるサチコと異なり、多くの貴族たちの足並みは悪い。
 とりわけ、やや遠方から来た貴族たちはあからさまにやる気が無い。
 烏合の衆、という言い方が適当かはわからない。だが、サチコは眉間にしわを寄せるのだった。

 嫌な予感は、得てして当たるためにあるものだ。
 そよぐ風がサチコの長い銀髪を撫で付ける。
 本来ならば好ましい風量なのだが、風に乗って何かが迫るような、気がしたのだ。
 最初に聞こえたのは、小鳥が一斉に羽ばたく音だった。
 その音をかき消すように、

「ドンナァアアアアアア!!」

 という慟哭が耳を衝いた。
 サチコはこの咆哮に聞き覚えがあった。名は不明、人語を喋ることができないため叫び声から「ドンナァ」と呼び習わした茨小鬼だ。
 完全なパワータイプ。戦馬をも真っ二つに伏す、巨斧の使い手である。
 そして、ドンナァを表すもう一つの特性、それが……。
「うわぁああああ!?」
「勝てるわけがねぇ、帰るべ!!」
「俺は、俺は……」
 圧倒的な恐怖を植え付ける、この慟哭と立ち振舞である。
 部下すらも、狂気染みた恐怖で押さえつける。
 一度体感したことのあるサチコは、耐えてこそいた。
 しかし、他の貴族はかき乱された感情を制御するすべなく敗走するものも多い。
「あなたたちっ! いえ、今はそれよりも」
 逃げゆくものを押しとどめるよりも、するべきことがある。
 サチコは目の前にある大きな丘を睨めつける。その顔立ちは、精悍であった。

「はーはっはっは! ドンナァがなんですの。私は……私こそ……」
 高笑いは虚勢だ。自分が一番、わかっている。
「恐怖を与えるワルワル団の、ワルサー総帥なのだぜ!」
 道化を演じよ、虚勢を張れ、ついでに胸も張って突き進め。
「臆せぬ者は、私に着いてきなさい! ここは、私達が死守するのですわ」

 軍馬を駆り走りだしたサチコは、斥候から情報を聞く。
「タロ、向こうはどんな状況でしたの?」
「ドンナァを中心に無数のゴブリンがいます。計測は不能」
「そうですの……」
「ですが、ほとんどがドンナァの恐怖による支配で突き動かされているようです。逆にそれを除外すれば、数でも質でもこちらが勝ることが出来るかと」
 ドンナァをいかにして落すか、それが問題だ。
「……私達がやるしか、ありませんわね」
 他のゴブリンへの対処であれば、腰抜けにもできるだろうが。
 恐怖を与える対象へ立ち向かえる者は、少ない。
「それと、もう一つ。大型の狼……おそらく雑魔がドンナァを取り巻いています」
「どういうことですの?」
 タロの見立てでは、動物的本能から恐怖で支配するドンナァに与したのだろうということだ。
 それを含め、ドンナァを最優先に対処しなければならないのはいうまでもない。
「……サチコ様。恐れながら」
「タロ、あなたは下がって状況の把握に努めなさい。大丈夫、私も力量はわかっていますわ」
 無茶はしない、そういうサチコを信じてタロは下がる。
 追随するハンターたちに、サチコを任せるより他にないのであった。

リプレイ本文


 ヨーク丘陵、左舷。
 一つの大きな丘を前に、複数のハンターが集っていた。
「同じ貴族の身としては、恥ずかしく思いますね」
 ハンターたちの後方、逃げ惑う貴族の群れをちらりと見て、エリス・カルディコット(ka2572)はぽつりと漏らした。
 一方でハンターたちと立ち向かうサチコには、親近感を覚える。
「サチコさんも頼もしくなってきましたね。まだ力不足のところはあるのでしょうが、そこは皆で補えばいいですし」
 エルバッハ・リオン(ka2434)も、サチコの姿に頬を緩ませていた。
「ドンナァはあたし達で何とかするから、サチコは丘の確保をお願い」
 だが旧交を温める時間は多くない。
 天竜寺 舞(ka0377)は、すかさずサチコに告げる。丘を旋回し、ドンナァの後方から襲撃をかける。同時に丘を確保し、優位に立つ作戦だ。
「サチコさん、お互い正念場みたいですねー。まぁ生きてたらまた会いましょうー」
「じゃあ行くぜ。丘の天辺に立つサチコさまの姿、楽しみにしてるぜ」
 続いて最上 風(ka0891)とヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)がそれぞれサチコに声をかけ、舞に続く。
「あ、待ってください。それじゃあ、行ってきますね」
 サチコに目配せし、葛音 水月(ka1895)も戦馬を駆る。
 覚醒時以来だが、サチコは慣れただろうか。だが、今の表情を見る限り杞憂かもしれない。
「この場、戦わずして、なにが狂戦士か! いざぁ!」
「ふん。血沸き肉踊るとはこのことじゃな」
 遅れは取れぬとばかりに、バルバロス(ka2119)とバリトン(ka5112)が闘志を漲らせていた。
 闘志が滾りすぎて、感づかれないことを願うばかりだ。


「おーちょっとした合戦だな。切り込んで暴れときゃなんとかなるだろ」
 ここだけではない、ヨーク丘陵の現状をライガ・ミナト(ka2153)が端的に示す。
 滅多にない乱戦という状況を、ライガは申し訳ないながら楽しげに思っていた。
「戦好きを除けば、やっぱり不安そうですが。大丈夫ですよ」
 ライガは表情柔らかにサチコにいう。
「誰も死にません、敵はきっちり皆殺しにしますから」
「護りなら私の出番だな」
 ゲルト・フォン・B(ka3222)が半身を隠す、女神の描かれた盾を構えて言う。
 自身が人にとって救いの神になる、その思いが込められた盾だ。
「無茶は、しないでくださいね」
 サチコの言葉に、ゲルトは頷く。
「さて、勝利を掴み取るために、目障りな敵将を叩きのめしましょうか」
「そのためには、丘を確保しないとね」
 エルバッハの言葉に、エルネスタ・バックハウス(ka0899)がいう。
 目の前の丘は、まだ静寂を保っていた。
「まずは丘の全力・奪・取! です!」
 ナナセ・ウルヴァナ(ka5497)が弓を突き上げて、気合を入れる。
「そのあとは、ばっちり敵を間引いて、しっかり陽動しましょうか」


 丘を巡る戦いは、壮絶なしのぎから始まった。
 バイクと馬。駆動音と足音が戦場に、強く響く。
「エリス・カルディコット。行かせて頂きますっ!」
 音に気づいたゴブリンの群れが、一斉に弓を射かけ、魔法を放つ。
 猛攻さえ上がる中、エリスをはじめ、ハンターたちが駆ける。
「反撃は丘を確保してから、今は……全力で」
「ダッシュ!」
 サチコの言葉に、ナナセが答える。
「サチコ殿は私の後ろについてきてください」
 ゲルトはサチコの前を行き、庇うようにして動く。
 盾で矢を捌きつつ、多少の負傷は気にせず進む。手数が多く、攻撃は後衛にまで及ぶ。それぞれ負傷しつつも、前進を止めることはない。

 戦端を開いたのは、ライガだった。先陣を切るゴブリンの中へ、転がるように馬から飛び降りたのだ。
 勢いを殺さず、敵の足元を斬りつける。
「虎徹に骨喰。敵をぶった切るならやっぱりコレだろ。贋作だが業物だ」
 二本の刃を煌めかせ、ライガは戦場へ立つ。
 後を追うようにゲルトが盾を携え、押し入るゴブリンを弾く。すかさずライガの傷を癒やし、状況を見る。目配せで密集している地点を伝えていた。
「今日は弾丸の出血サービスだ」
 すかさずエルネスタがアサルトライフルで弾幕を張る。
「血を流すのは君たちだけどね」
 弾丸の嵐で動きの鈍ったところへ、エルバッハが重ねて炎弾を放った。

 前線が生成され、丘の確保に向けて両軍がぶつかり合う。
 混戦気味の中、ナナセはマテリアルを集中させ感覚を研ぎ澄ます。
「こういうときは、シンプルなのが一番ですかね!」
 狙いすました一撃で、確実に一体でも多くのゴブリンを屠る。
 第一射は最も遠く、射程ギリギリの位置を狙って放たれた。そこまで、遠くでも狙えるのだという示しだ。ゴブリンの中には、怖気づくものもいたかもしれない。
 だが、
「ドンナァアア」
 あの叫び声が、ゴブリンを奮起させた。

「あれもうゴブリンじゃないよね。規格外の何かだよね。とんだゴブリン詐欺だよ」
 丘の下に見える巨体に、エルネスタは頬を引きつらせた。
 弾丸で周囲にはびこる狼を穿つ。ヘッドショットが決まり、狼たちの注意が向いた。
「この丘は私達が頂きます!」
 重ねてドンナァの脚元へ、エリスが威嚇射撃を放つ。その動きが一瞬止まり、視線が合う。
 咆哮に怯えこそしなかったものの、気が削がれそうだ。
「取り巻きの注意は引いたよ、突撃するなら今っしょ」
 排除するまで待てば、丘にたどり着かれるだろう。
 機先を制するには、今しかない。


 サチコから教えられた最短ルート。
 全力で駆け抜けた先に、その巨体があった。感づかれぬよう音を潜め、タイミングを待つ。
 聞こえてきた咆哮に、水月は目をむいた。
「ぅ、わっ。おおきい声出すんですねー。びっくりしちゃいますよ、もぅ」
 自身は闘志を維持し、耐えぬく。しかし、馬はそうもいかない。
 一匹、いななくものがあった。
 気づいたゴブリンの視線が向く。
「仕方あるまいな」
 気を高ぶらせていたバルバロスが押されるように、駈け出した。
 タイミングよく、エルネスタからの伝令が飛び、我先にと前線が押し出される。
「皆さーん、戦闘が終了するまで『やったか!?』とか言うの禁止ですからねー?」
 風が声をかけ、バルバロスたちに続く。
 すかさず、舞へとプロテクションをかけておいた。

 馬の鳴き声は狼にも届いていた。
 踵を返し、向かってきた狼を下馬したバリトンが迎え撃つ。
「邪魔じゃ。わしの相手はおぬしらではない!」
 一閃。
 大剣を振るい、狼をなぎ払う。
 一撃の重みが違うと告げるように、刃が狼の背骨を叩き折った。
「どけぃ!」
 続けざまにバルバロスも疾駆する。
 体内に漲らせたマテリアルが、爆発的な破壊力を生み出す。
 巨斧が阻もうと立ちふさがったゴブリンを一刀両断に臥す。
「あれに続くわけですかー」
 ドンナァと同等の体つきをした二人に、水月が楽しげにいう。
 見る限りは、魔獣大戦か何かのようだった。
「あっちには、行かせないぜ?」
 寄ろうとする狼をヴォーイが弾く。
 狼を戻らせず、血路を開く。舞と水月がその間を抜けていった。

 まだ近くにいた狼の攻撃を、舞は軽くかわす。
 刃を閃かせ、狼を切り払うと続けざまに影が落ちてきた。
「おぉ、危ないね!」
 影の正体は、ドンナァの斧である。最低限度の動きで避け、さらには斧の柄を踏み台にして高く飛び上がった。
「これでも、喰らえ!」
 舞は手に持っていた缶ビールの蓋を思いっきり開く。
 噴出された液体が、ドンナァの顔めがけて弾けた。
「……グルゥ」
 液体は半顔に浴びせかかり、ドンナァを唸らせた。
 しかし、目潰しほどの効果があったかは微妙だ。
 片目を瞑りながら、ドンナァは斧を引き上げ、一気に振るう。
「こーいうのは、どうでしょうか?」
 続けて接近を果たした水月は、大振りのそれを屈んで避けると、跳ね飛んだ。
 頭上めがけて、刀を振り下ろす……が、半身を動かしてかわされた。
「野生の勘ってやつですか」
 一筋縄ではいかないらしい。周囲をなぎ払うような一撃を避け、水月は苦笑する。
 もはや、ゴブリンというより猛獣に近いのであった。


「戦場で厄介なのは負傷兵、彼らに仲間意識があるならきっと足手まといになる……はずだけど」
 エルネスタは自身の言葉を反駁する。
 このゴブリンたちをまとめているのは、ドンナァに対する恐怖心なのかもしれない。
 彼らは負傷者を気にせず、ひたすらに丘を目指し、逃げようとする貴族を追い立てようとしていた。
「そっちには、行かせませんよ……っと!」
 だが、貴族に凶刃が及ぶことはない。ナナセが睨みをきかせ、放たれる矢が行く手を阻むからだ。
「頂上付近は、片付いたか?」
 周囲を見渡し、ライガが呟く。
 頂上からさらに相手側へ強く踏む。囲まれないよう、突出するゴブリンから武器を巻き上げ、刃を突き入れる。
 エルバッハが風刃でとどめを刺す。炎弾で巻き込めるだけの密集地が、減ってきていた。
 それは、ある一つのことを意味する。
「サチコ様」
 エリスがサチコへ声をかける。
「丘の頂上へ。私はドンナァとの戦いに、援護に入ります」
「わかりましたわ」
 丘の反対側へ降りる、数人を見送りサチコは頂上へ登る。
 見下ろすと同時に、ドンナァに切っ先を向けた。
「聞きなさい。この戦場は、ルサスール家息女サチコ・W・ルサスールが確保しましたわ!」
 おとなしく投降するなら、追いはしないと付け加える。
 その言葉がわかるゴブリンもいただろう。
 だが、傾いたゴブリンの心をドンナァの慟哭が覆した。
「……っ!」
「無理はいけません。一度、下がりましょう」
 咆哮に足がすくんだサチコをエルバッハが後方へ下げる。
 入れ替わり、ゲルトとライガが寄ってこようとしたゴブリンを退かせた。
「とりあえずは、こんなもんだろ?」
「そうだな。後は、あれを排除するだけだ」
 ゲルトの視線の先で、激昂し巨斧を振り回すドンナァの姿があった。


「サチコさまだぁあああ……ってうぐっ」
 サチコの姿に、声を上げたヴォーイをけたたましい怒号が襲った。
 ドンナァの咆哮は地を揺るがし、撤退を認めない意志を伝えるものだった。
「往生際が悪いな。でやぁ!」
 身を翻し、ドンナァの首元へ槍を大きく突き出す。穂先が微かに肌を掠る。
 それすらも気に障ったのか、周囲を固めるハンターを蹴散らすように、斧を振り回した。
「負けるか!」
「ほら、こっちの方がいやですか?」
 舞と水月はそれぞれ腕を蹴り上げ、高く舞いながら頭部を狙う。
 兜に守られている頭部、あるいは腕部や脚部の関節部分。鎧の可動部から刃を差し込むように、一撃を見舞う。
 急所こそ当たらないが、じわじわと体力を削っていた。
 一方で刃を受けきり、反撃に出る猛者もいる。
「ぐぅ、ぶるあぁああ!」
 バルバロスは負けじと斧をかち合わせ、
「衰えたとはいえ、この程度のことは出来るぞ?」
 バリトンは防御を捨て去り、苛烈な一撃をドンナァの腕部へと叩きこむ。
 二つの巨刃が、ドンナァを少しばかり押し込んでいた。

 その背後から襲いかかる狼に、二つの巨躯は振り返りすらしない。
「損耗率を計算して欲しいですけどねー」
 戦の中心から、少し距離をおきつつ、風が無数の注射器を放出していた。
 注射器が飛来するさまは、本来、恐怖すら覚えるが二人は気にしていない。
「まもりも固めておきましょう」
 狼に追われぬよう気をつけ、移動しながら風はプロテクションを重ねていく。
 その光をも消し飛ばすような、強靭な一撃がこないことを願う。

「さぁ、ドンナァさん。ドンナ事をしようとしても、させませんよ?」
 冗談の一つでも言える余裕が、芽生え始めていた。
 エリスは銃口を戦いの中心へ向けると、冷気を纏った弾丸を放つ。
「まだ、あれだけ動けますか」
 囲みを退け、ドンナァは弾丸から身をそらす。
「周りを先に排除したほうが、いいかもね」
 背中を気にしていない、あの二人とは違い、舞たちまで狼が向かえば凶刃に捉えかねられない。エルネスタの弾丸が、狼の頭部を破壊する。
 エリスもエルネスタにならい、弾幕を張って狼たちを封じ込める。
 一掃された狼の骸を見下ろし、エルネスタは告げる。
「さて、これで奴も丸裸だ。煮るなり焼くなりお好きにどうぞっと」


 空飛ぶ巨大な注射器があった。
「冗談きついぜ、おたく」
 ショック療法じみたそれは、風によるものだった。
 直前まで、ヴォーイは高まっていた闘志の切れ目にねじ込まれた咆哮に、脚がすくんでいた。それを消し飛ばしたのが、風の巨大注射器であった。
「それにしても、悪あがくね」
 連続して咆哮を重ね、斧を振りかざす。
 既に金属鎧の継ぎ目は、度重なる水月と舞の攻撃によって破壊されていた。生身を晒し、ところどころ深い傷を負っている。
 それでもなお、バルバロスとバリトンに正面から対峙していた。
「貴様のような奴と闘うのは血が滾る。まだ楽しませてもらうぞ!」
 大上段から構えた大剣を素早い踏み出しとともに、振り下ろす。
 ドンナァはそれを左腕で受け止め、深く食い込ませた。骨が折れるような鈍い音がなる。
 だが、壊れる腕を気にせず、右腕の巨斧をバリトンの頭部へとドンナァは叩き込んだ。
「ぐっ……」
 必死の一撃に、バリトンの体が揺らぐ。
 冷静に見きったはずの刃を、ドンナァの鬼迫が押し通した。最も、これで倒れるバリトンではない。後退こそすれ、二本の脚がある限り、立ち続ける。
「ぬぉおおおお!」
 荒い息を叫びに変えて、ドンナァと睨み合う。
「ぶるわぁあああ!」
 もう一つ、轟く声があった。バルバロスだ。
 無視するなとばかりに、刃を叩き入れる。ドンナァが受け、数合の打ち合いになる。地面が踏み込みにえぐれ、気合の一撃にめくれ上がる。
「ふっ……っつ!?」
 ドンナァの動きを制限するように、丘の中腹からも援護が入る。
 エリスの威嚇射撃である。
「これだけ邪魔をされてはやる気も失せるでしょう?」
 ほくそ笑むエリスに加え、
「モノは試しだ、喰らっとけ」
 背後からは、新手が迫る。ライガだ。
 撤退から戻ってきた貴族や騎士の姿が、丘の上にちらりと見える。
「私とも、戦ってもらおうか!」
 その余裕からか。
 ゲルトまで、こちらの戦線へ加わっていた。

「私まで行くと、まずいですよね」
「ゴブリンはまだ、多くいますよ」
 ナナセとエルバッハが、戦場を駆るゴブリンを一体ずつ排除していく。
 貴族の助けが増えたとはいえ、戦闘経験者が頑張らなくてはならない。
 視線をくべれば、ドンナァ戦も佳境を迎えていた。

 多勢に無勢とあっては、ドンナァといえども対処が遅れる。この状況から脱するために取ったのは、旋風を巻き起こすことであった。無論、斧によるなぎ払いだ。
「いっ……!」
「あんた、本当にあきらめが……悪いね!」
 一度、ゲルトや舞たちは距離を取る。
 バルバロスはすかさず自身の傷をマテリアルによって、癒やす。風が多忙になり、注射器が乱舞する。その中で活路を見出し、ドンナァは駆け出す。
 ただし、それは逃げの一手ではない。
 丘の上、サチコのところへ向かわんとする、意地だ。
「ドン……ナァアアアアアア!」
 エリスの威嚇射撃をあえて体で受け止め、エルバッハの風刃に片腕を切り落とされても止まることはない。死期を感じたものの、覚悟がにじみ出ていた。
「逃しはせんし、通しもせんよ」
 ドンナァの中心へ刃を突き入れ、バリトンが静かに告げる。
 自身の身体を引きずり、放った一撃であった。刃を引き抜くと、ドンナァの身体が揺らいだ。
 後ろから駆けて来たバルバロスが振り上げられたドンナァの右腕を切り落とす。
「どこが、嫌な部分だったんでしょね」
 追いついた水月が脚を二撃必殺で、切りつけた。巨体が倒れ、丸太のように丘を転がっていく。目から生気は消え、丘の下で力なく横たわる。
 勝利にバリトンが片膝をつき、バルバロスは雄叫びを上げた。

「ぶるわぁあああ!」

 勝鬨のような叫びに続き、エリスが声を響かせる。
「脅威は我々が排除した! 残るは雑兵! 勇敢なる者よ! 今こそ我らに続き、その名をあげよ!」
 戦場が沸き立ち、ゴブリンの敗走が始まった。
 最大の要を欠いた舞台は、崩壊の一途をたどる。
「貴殿は無茶のしすぎだ……」
「まったく、注射器ちくっとしますよー」
 ドンナァが落ちたのを見届け、バリトンは倒れていた。
 慌てて駆け寄ったゲルトと風が、応急手当に入る。
「ふふ、年食った爺が、まだまだ子どもが示した強さに……負けるワケにはいかん」
 状態を起こし、部隊の指揮に入ったサチコを見やる。
 鎧はボロボロに崩れていたが、気にはならなかった。


 やがて、ヨーク丘陵にひときわ大きな歓声があがった。
「やったね!」
 舞は思わずサチコに飛びつき、サチコは頬を染め上げた。
「戦馬は……あ、ちゃんといてくれましたぁ!」
 水月を始め、馬を乗り捨てた面々は自分の相方を探すのに走り回っていた。
 ごったがえす戦場は喧騒に飲み込まれ、勝利への思いが募っていく。
「戦いが終わっても、やることはまだまだあるぞ」
 気を引き締めるように、ヴォーイが告げる。
 負傷兵の手当、他の戦場への伝達……等々。
 舞から解放されたサチコは頷き、再び指示を出す。
「勝利に酔いしれる前に、やることをやりますわよ」
 ビシリとしめる表情は、一段と成長したようであった。

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MVP一覧

  • ピロクテテスの弓
    ニコラス・ディズレーリka2572
  • (強い)爺
    バリトンka5112
  • Sagittarius
    ナナセ・ウルヴァナka5497

重体一覧

  • (強い)爺
    バリトンka5112

参加者一覧

  • 行政営業官
    天竜寺 舞(ka0377
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士

  • 最上 風(ka0891
    人間(蒼)|10才|女性|聖導士
  • 被覆鋼弾の魔女
    エルネスタ・バックハウス(ka0899
    人間(蒼)|19才|女性|猟撃士

  • ヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613
    人間(紅)|27才|男性|霊闘士
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • 狂戦士
    バルバロス(ka2119
    ドワーフ|75才|男性|霊闘士
  • 激しき闘争心
    ライガ・ミナト(ka2153
    人間(蒼)|17才|男性|闘狩人
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ピロクテテスの弓
    ニコラス・ディズレーリ(ka2572
    人間(紅)|21才|男性|猟撃士
  • ビキニアーマーマイスター
    ゲルト・フォン・B(ka3222
    人間(紅)|19才|女性|聖導士
  • (強い)爺
    バリトン(ka5112
    人間(紅)|81才|男性|舞刀士
  • Sagittarius
    ナナセ・ウルヴァナ(ka5497
    人間(紅)|22才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/09/12 19:53:13
アイコン 相談卓
最上 風(ka0891
人間(リアルブルー)|10才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/09/15 18:40:01