ゲスト
(ka0000)
【東征】泣いた赤鬼
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/09/18 22:00
- 完成日
- 2015/09/26 19:32
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
吹き付ける風は強く、冷気をまとっていた。熱を奪う風は深々と鎮まり返るこの場によく似合っている。
「……」
それ故に、女には戸惑いを抱いていた。長い髪を風に流しながら、短く言う。
「……いいのかよ」
天ノ都からやや外れた場所に、その寺は在った。惑う女の声に、横に立つ僧服の男は薄く笑った。
「今更遠慮も何もないだろう」
武僧シンカイである。彼は、廃寺と言ってもいいほどにぼろ臭かったその寺を独りで在りし日に近しい姿へと修繕し、今ではその寺の主となっていた。孤独な寺の主は静かにを見渡す。
「ぬしらは我々と共に生きると決めたのと同じように、それを受け容れると決めた者達が矢張りおるということだ」
笑みを含んだ口調に、女の表情がゆるやかに転じる。穏やかだが、痛みを堪えるようでもあった。シンカイは口の端を釣り上げると、女の背を叩いた。シンカイは拳法家だ。故に、その掌は強く重く、響いた。
言葉よりも遥かに、雄弁に。
「甘んじて受け容れるのだな。アカシラよ」
果たして、彼女はどう受け止めたものか。微かに笑い、こう言った。
「……っとォに面倒くせェ、な……これだから人間って奴らは」
シンカイは、この寺と周囲の土地を鬼達に開放すると言った。
かつてその寺には多くの僧徒が居たのだという。土地は広く、畑も在った。慎ましくも村とも呼べる規模の集落といってもいい。しかし、戦乱の折に滅びてしまった。永い時を掛けてシンカイはそれを整えてきたのだろう。そして、独りで維持してきた。そこにどのような想念があったかは彼にしかわかるまい。ただ、並大抵のことではないのはアカシラにだってわかる。
彼女だって鬼達を率いて、彼らと里を守ってきたのだから。
シンカイが言うように、アカシラ達を――否、鬼達を受け容れると立場を表明した者は少なくない。戦後の一件以来、機が合えば飲みに誘ってくる朱夏などもその一人だ。他にも鬼に縁があるものなどが、有形無形の援助をしている。この寺もそうだ。そこに集う物資もそうだ。曰く、戦場で鬼の兵に生命を救われたのだと、共に過ごすと決めた者すらいる。
それら全てがアカシラにはむず痒くて、浮ついて仕方がない。
差別や否定は鬼の誰しもが覚悟していたことだ。ただ、それだけじゃなかった。そのことが、どうにも落ち着かない。
「アタシらは……感謝するべき、なンだろうね」
「そんな事、別に望んじゃおらんがなあ。おぬしらは十分勤勉で、誠実だ。たとえそれが、自罰によろうともな。おぬしどうだ、朱夏」
「……そう……だ……そぅ……」
「ソイツなら、寝てるんじゃないかい」
「無論、了解のうえでのことよ」
ヒヒヒ、と下卑た声で笑ったシンカイは、心底愉しげだった。その事に、アカシラは盛大に溜息をつく。
「やれやれ、だよ」
見れば、少し離れた場所では酒宴が繰り広げられていた。
どこから聞きつけたものか、鬼と、人と。それぞれが入り混じり、飲み食い歌い踊っている。
湧き上がる何かを、アカシラはなんとか呑み下した。半眼で赤ら顔のシンカイを見据える。
「……で、どうしてこうなってンだ……?」
「分からぬか」
隣で器いっぱいの酒を仰ぐようにして呑むシンカイは、まるっと飲み干したあとでゲップを一つした。
「ぬしらを送るためよ」
●
隠れていた鬼達は、アカシラ達だけではなかった。彼らもまた、九尾の討伐に沸き立つ東方へ――あるいは西方へとぽつぽつと姿を表すようになっていた。
アカシラ達以外の鬼の存在は、青天の霹靂と言っていい。だが、多くの場合において、彼らもまたこれまで身を隠すしかなかったことが、のちに明らかになった。
何故か。
――アカシラ達だ。
悪路王と彼女達が鬼の地位を地の底まで引き下げたからだ。
彼女たちは、東方における脅威として振る舞った。時に生命を奪い、国を滅ぼし、武門すらも滅ぼした彼女たちは、同胞達にまで影響を与えた。結果としてアカシラ達に与せず、属しておらぬ鬼たちまでも畏れられ、そのほとんど全てが人類と共に歩む事は出来なかった。
その多くを悪路王が成し、アカシラ達は極力とどめはささなかったとしても、だ。人は鬼を畏れ、鬼もまた、人を畏れた。
その彼らに、今、土地が提供された。物資が提供された。
彼らはこれまでと違う大地の恵みを受けながら、正しく生きていく事ができる。
それは、彼らにとっては『奪われた』ものだった。『失くした』ものだった。
その彼らにとって、恨むべきはなんだろうか。
それこそが、アカシラたちが此処には居られない理由だった。その溝を埋める術を、誰も持ち得なかったのだ。
東方に。鬼と人に――更なる禍を呼び込まぬ為に。
この地に残ることを希望した者達を残し、咎人であり、疫病神であるアカシラ達は明日、東方を発つ。
吹き付ける風は強く、冷気をまとっていた。熱を奪う風は深々と鎮まり返るこの場によく似合っている。
「……」
それ故に、女には戸惑いを抱いていた。長い髪を風に流しながら、短く言う。
「……いいのかよ」
天ノ都からやや外れた場所に、その寺は在った。惑う女の声に、横に立つ僧服の男は薄く笑った。
「今更遠慮も何もないだろう」
武僧シンカイである。彼は、廃寺と言ってもいいほどにぼろ臭かったその寺を独りで在りし日に近しい姿へと修繕し、今ではその寺の主となっていた。孤独な寺の主は静かにを見渡す。
「ぬしらは我々と共に生きると決めたのと同じように、それを受け容れると決めた者達が矢張りおるということだ」
笑みを含んだ口調に、女の表情がゆるやかに転じる。穏やかだが、痛みを堪えるようでもあった。シンカイは口の端を釣り上げると、女の背を叩いた。シンカイは拳法家だ。故に、その掌は強く重く、響いた。
言葉よりも遥かに、雄弁に。
「甘んじて受け容れるのだな。アカシラよ」
果たして、彼女はどう受け止めたものか。微かに笑い、こう言った。
「……っとォに面倒くせェ、な……これだから人間って奴らは」
シンカイは、この寺と周囲の土地を鬼達に開放すると言った。
かつてその寺には多くの僧徒が居たのだという。土地は広く、畑も在った。慎ましくも村とも呼べる規模の集落といってもいい。しかし、戦乱の折に滅びてしまった。永い時を掛けてシンカイはそれを整えてきたのだろう。そして、独りで維持してきた。そこにどのような想念があったかは彼にしかわかるまい。ただ、並大抵のことではないのはアカシラにだってわかる。
彼女だって鬼達を率いて、彼らと里を守ってきたのだから。
シンカイが言うように、アカシラ達を――否、鬼達を受け容れると立場を表明した者は少なくない。戦後の一件以来、機が合えば飲みに誘ってくる朱夏などもその一人だ。他にも鬼に縁があるものなどが、有形無形の援助をしている。この寺もそうだ。そこに集う物資もそうだ。曰く、戦場で鬼の兵に生命を救われたのだと、共に過ごすと決めた者すらいる。
それら全てがアカシラにはむず痒くて、浮ついて仕方がない。
差別や否定は鬼の誰しもが覚悟していたことだ。ただ、それだけじゃなかった。そのことが、どうにも落ち着かない。
「アタシらは……感謝するべき、なンだろうね」
「そんな事、別に望んじゃおらんがなあ。おぬしらは十分勤勉で、誠実だ。たとえそれが、自罰によろうともな。おぬしどうだ、朱夏」
「……そう……だ……そぅ……」
「ソイツなら、寝てるんじゃないかい」
「無論、了解のうえでのことよ」
ヒヒヒ、と下卑た声で笑ったシンカイは、心底愉しげだった。その事に、アカシラは盛大に溜息をつく。
「やれやれ、だよ」
見れば、少し離れた場所では酒宴が繰り広げられていた。
どこから聞きつけたものか、鬼と、人と。それぞれが入り混じり、飲み食い歌い踊っている。
湧き上がる何かを、アカシラはなんとか呑み下した。半眼で赤ら顔のシンカイを見据える。
「……で、どうしてこうなってンだ……?」
「分からぬか」
隣で器いっぱいの酒を仰ぐようにして呑むシンカイは、まるっと飲み干したあとでゲップを一つした。
「ぬしらを送るためよ」
●
隠れていた鬼達は、アカシラ達だけではなかった。彼らもまた、九尾の討伐に沸き立つ東方へ――あるいは西方へとぽつぽつと姿を表すようになっていた。
アカシラ達以外の鬼の存在は、青天の霹靂と言っていい。だが、多くの場合において、彼らもまたこれまで身を隠すしかなかったことが、のちに明らかになった。
何故か。
――アカシラ達だ。
悪路王と彼女達が鬼の地位を地の底まで引き下げたからだ。
彼女たちは、東方における脅威として振る舞った。時に生命を奪い、国を滅ぼし、武門すらも滅ぼした彼女たちは、同胞達にまで影響を与えた。結果としてアカシラ達に与せず、属しておらぬ鬼たちまでも畏れられ、そのほとんど全てが人類と共に歩む事は出来なかった。
その多くを悪路王が成し、アカシラ達は極力とどめはささなかったとしても、だ。人は鬼を畏れ、鬼もまた、人を畏れた。
その彼らに、今、土地が提供された。物資が提供された。
彼らはこれまでと違う大地の恵みを受けながら、正しく生きていく事ができる。
それは、彼らにとっては『奪われた』ものだった。『失くした』ものだった。
その彼らにとって、恨むべきはなんだろうか。
それこそが、アカシラたちが此処には居られない理由だった。その溝を埋める術を、誰も持ち得なかったのだ。
東方に。鬼と人に――更なる禍を呼び込まぬ為に。
この地に残ることを希望した者達を残し、咎人であり、疫病神であるアカシラ達は明日、東方を発つ。
リプレイ本文
●
東方の夜は暗い。それが天の都から遠く離れた元廃寺とあっては尚のこと。
だが、この日ばかりは違った。歩を進める藤堂研司(ka0569)は、暗がりの中に音が爆ぜるのを聞いた。
「寒い、ひもじい、もう死にたい……っていうのが不幸の順らしいが」
見渡す。焚き火OK。
手元を見る。飯。OK。
そして、メンツ、OK。場は十二分に温まってる。
「温かい! 満腹だ! 生きよう! ……こういうことだ! おーい、メシを持ってきたぞ! 仲間に入れてくれ!」
「「おお!」」
駆け足の研司を、すでに出来上がっている東方ズは鷹揚に受け容れた。その中心で、役犬原 昶(ka0268)が歓迎するように諸手をぶんぶんと振る。この男がすると、どうにも大型犬の尾のような愛嬌がある。
「はっはー!! くいもんだ!」
昶は早速握り飯を引っ掴んで頬張ると「美味ァァッ!」と吠え、そのままに盃を掲げた。
「呑んでるかー!! じゃんじゃん飲めよ!」
「「「雄雄雄雄々々々々!!」」」
「はっはー! 料理人冥利に尽きるな! よーしお前ら、どんどん食え!」
雄叫びを上げながら殺到する東方武者に鬼達を快活に迎え入れる研司も、すでに愉しげだ。
「おおー! 噂はほんとだったんですね!」
「む! やっておるな!」
騒動の只中。ナナセ・ウルヴァナ(ka5497)とフラメディア・イリジア(ka2604)も宴の気配を察したが故か、駆け足で現れた。最も騒がしい場所――つまり昶達の場へと顔をつっこみ、手近な盃を掲げる。
「ほれ、カンパーイ!」「みなさーん! 今日はよろしくですー!!」
「「かんぱ――い!」」
掲げた盃が触れ合う度に溢れそうになる酒を、酔っぱらい達は慌てて啜るようにして飲む。陽気な音を背にナナセが連れてきた妖精「アリス」も愉しげに空を飛び回った。
沸点を超えている場のノリに、フラメディアもご満悦の様子だった。
「今宵は無礼講じゃ! 心ゆくまで飲むとしようぞ!」
「ミィリアも飲むぞー! でござるー!!」
フラメディアの声にミィリア(ka2689)が応じる。小さな体を目一杯のばしての言葉に、酒を飲み干したばかりの東方武士と鬼達は慌てて盃に酒を注ぎ合い。
「「「……ッカンパァァァイ!!」」」
「あはははっ!」
と続くと、シュールな光景にミィリアの愉しげな声が弾けた。ミィリアはそのまま、きゅっと一杯を飲み干すと。
「くぅー……っ」
しばし、身震いしたのち。
「こういう時のために生きてる! って感じでござる!」
おっさんになっていた。
●
歓声の中、揚々とグラスを掲げるのは米本 剛(ka0320)。
――待ちに待った時が来た!
と、内心は喜びが満ち満ちて弾けそうだった。ぐぐいと呷り飲み干すと隣の鬼が歓迎するように続きを注ぐ。
「良い飲みっぷりだなァ!」
「はは、ああ、どうもどうも」
注ぎ返す途中で、それがかつて切り結んだ事もある相手だという事に気づく。不敵に笑って盃を掲げる姿に――剛は思わず、息を吐いた。
戦友。かつてはともかく、今は。
なんと旨い酒だろう。感嘆のままに続く盃も一口で飲み干した。強い酒気が鼻孔をくすぐり爆ぜるのが、やけに心地よい。
「いやー、いいもんだ」
「ええ」
満悦の剛に、ヴェンデルベルト(ka3717)。壮年のドワーフは、口元を酒で潤し、香りと空気を味わう。目に届くのは紛うことなき宴会の様子。それが意味する所は、ドワーフたる彼にとっては大層心地がよい。
――種族の差。歴史。因縁。
「そいつらを乗り越えた、こいつぁどうだ」
「堪りませんなぁ」
愉快愉快、と、男達は笑う。
「今夜は楽しめそうです~♪」
桐壱(ka1503)は酒瓶を抱えて歩く。どんちゃん騒ぎの中を、桐壱は喧騒から逃れるように離れていく。視線は落ち着ける場所を探して彷徨い――そして。
「あ」
「お?」
見つけたのは、どこかくたびれた風体の自称おっさん――そして紛うことなきおっさんの鵤(ka3319)である。にひ、と笑う鵤に桐壱は笑みを浮かべ。
「イカルガさん~!」
「おー、桐壱君じゃーん」
手をひらひらと振った鵤の手元にはアテと酒。にんまりと頬を緩めた桐壱に、鵤はどーぞ、と示すように傍らを手で叩いた。
共に一人で飲む所存ではあったが――楽しめる友がいるならば、話は別だ。
ち、と。軽い音と共に盃を鳴らし、小宴を始めた。
●
「今日はお邪魔しますね、シンカイさん」
「ユージーン……来ておったのか」
「ええ。縁のある場所ですから……というのと」
ユージーン・L・ローランド(ka1810)の視線がシンカイの傍らに座したアカシラへと移る。育ちの良さが滲む礼を示し、こう言った。
「初めまして。僕はハンターのユージーンと申します。此度は急な事にも関わらず参加を許していただき、本当にありがとうございます」
「や、許すも何もないさね。むしろアタシらの方が礼を言うべきじゃないかい?」
弟分達の愉しげな様子を眺めながらのアカシラの言葉に、ユージーンは頬を緩めた。腹を割った話をしやすい人となりに安堵を抱きながら、問う。
「よろしければ一つ、お伺いしたい事があるのですが――」
「ん、なんだい」
酒で喉を潤すアカシラが笑みの形に目を細めて続きを促す。視線に滲む信頼に引き出されるように、ユージーンはこう言った。
「貴方は――これから行く所がどのような国であって欲しいと思いますか?」
●
「ぱ、パルパル~~!!」
少女の可愛らしい悲鳴が響いた。チョココ(ka2449)だ。キノコをひっぱって今まさに口元へ運ぼうとした黒い肌の鬼の手にぶら下がるようにして、喚き立てる。
「あ? 嬢ちゃんも食べてェのか?」
「これは食べられないキノコですの~!」
「……ん? あ? そうなのか?」
そのまま鬼の手を逃れたパルパル――可哀想に、恐怖に自失してぬいぐるみのように虚脱した――を抱きとめると、チョココは笑顔に返る。
「パルパルがご飯に見えるなんて、鬼さん、よほどの粗食とお見受けしましたの」
「そうでもねえよ!?」
微妙に無礼だった。
「それなら帝国にも一度はおいでませ。お芋が美味しい国ですの!」
「……芋、なぁ……」
なんだか愉しげなチョココと鬼の様子を見つめながら、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)はふふり、と愉しげな吐息をこぼした。
「賑やかでよいことじゃ」
湿った席よりも、このほうが好ましい。酒の味を存分に味わいながら、視線を送る先。月下に茫と照らされる墓地の方を見やる。
「東方の地は、守られたのじゃよ」
ぽつりと、呟いた。記憶に色鮮やかに刻まれている、ヨモツヘグリで散った幾人もの兵士たちに乾杯を示すように、器を掲げた。
その身体はすでに亡いけれど、魂は此処に在る。
「旨い、が……ぬしらと、飲みたかったのぅ」
少しばかり、侘しさの積もる酒であった。
●
「よぉ、アカシラ。久しぶりだな?」
「おっ」
いつの間にやら宴会場へと飛び込んでいたアカシラはついとその全身を眺め見た後、隣に座った少年――鶲(ka0273)を迎え入れる。
「元気そうだねェ。重畳重畳」
「あー……と、名前、言いそびれていたな。俺は鶲。改めてよろしく」
少年らしい不敵な笑みと共につ、と空いた手が伸ばされた。直ぐに、大きな手に包まれる。
「厄介者のアカシラ、だよ」
「笑えねえ冗談だなぁ、オイ」
「疫病神の方が箔が付いてるかねェ?」
呵々、と笑うアカシラ。節々は細いのに、力強く、熱い手をしていた。
「あっ! 鬼さんのリーダーさん、ですねっ!」
そこに。くわぁ、っと目を見開いたアルマ・アニムス(ka4901)がささっと駆け寄ってくる。満面の笑みだ。尻尾でもあったらブンブンと振っていそうな様子である。
差し出したアルマの手はしなやかで、やわらかで。その手が、くるりと翻る。
「ぅ、な……っ!?」
魂消たアカシラが目を白黒とさせるのを、アルマはくすくすと可愛らしく笑い、そっとアカシラの髪に『それ』を留めた。青い薔薇――造花、だろうか。
「んー……よしっ! とってもお似合いですよ? かわいいです!」
しばし位置を整え、得心したアルマは朗らかにそう言った。
「な、なんだいこれは……?」
「鬼さんのリーダーさん、女の子だって聞いてましたので!」
「あァ?」
『女の子』呼ばわりに驚嘆したのはむしろ周囲の鬼達だったが、そんなことアルマは微塵も気にしない。そのまま。
「角さわっていいですか? こっちは? うわあ……とっても硬い」
「お、おう……」
やり放題だった。
●
「うー……失敗しちゃったなぁ……はぁ……」
「あぁ……またそんなにのんで……っ」
くい、と呷るようにして酒を飲むのは和泉 澪(ka4070)。その身体は至る所が包帯で保護され、痛む身体を無理やり酒で誤魔化している有様である。紛うことなき重傷に、葛根 水月(ka1895)ははらはらした様子で見守っている。
澪がその痛みに落ち込んでいるわけではない事くらい、水月には解る。けれど、だからこそ、どんな言葉をかけたらよいのか解らなかった。気休めの言葉を彼女が望んでいないことは痛いほどに解るから。
水月は胸元を抑えた。痛い。そう、痛かった。そこから、絞りだすようにして――。
「……守りたかった、です」
「え……?」
「澪さんが、傷つかないように……」
「……水月」
「あ、わ……っ」
自らの名を呼ぶ澪の声にわれに返った水月は暫く慌てふためいていたが、
「ありがと、ね」
澪のそんな声に――そこに籠もった色に、動揺は嘘のように溶けていった。残ったのは、ありのままの心、で。
「一緒に、つよくなりましょー」
「ん、そうね」
そうして、二人は頷き合い、微笑みを交わしたのだった。
●
「悪路王のことじゃが」
アカシラと向かい合う形で座り込んだフラメディア。童女のような見た目だが、大層な飲み騒ぎっぷりであった。そんな彼女から唐突に出た名に、アカシラは少し面食らったようだった。しかしそれは、続く言葉ですぐに晴れる。
「強かった、のぅ」
「ああ……」
ニ、と歯を剥いて笑った。
「アクロはもっと強かったぜ。アイツは諦めるってことを知らなかったからねぇ」
「……共に戦えんのが、残念じゃの」
身勝手な事かもしれんが、とフラメディアは前置きして。「そう、伝えたくての」と続ける。
その時だ。フラメディアの頭を、アカシラの大きな手がぐし、と覆った。
「わ、ぶ!」
「アンタ、良い奴じゃないか」
ぐしぐしと頭を撫でるアカシラに、フラメディアは足掻いた。
「ええい、やめい!」
「わっはっは!!」
ぱ、と手を離すと、フラメディアは乱れた髪を直すことに腐心していた。どことなく覚束ない手つきをアカシラがにんまりと眺めていると、エルバッハ・リオン(ka2434)が言葉を投げた。
「こんばんは……こうして話するのは初めてですね。エルバッハ・リオンです」
「おぅ、アカシラだ」
軽い握手を交わしながら、エルバッハは柔和な笑みを浮かべた。
「よろしければ、エルと呼んでください。よろしくおねがいします」
「エル、ね……アタシのことは好きに呼びな」
と示された場所に頷きと共に座すと、エルバッハはおもむろにこう言った。
「西方に来られると聞きました」
「あァ、そうさね……とはいえ、その前に行く場所があるんだけどねぇ……ま、アタシらが行く場所は大体鉄火場だろうねェ」
「なら……もしも共に戦う事がありましたら、その時はよろしくおねがいしますね」
「魔術師、だな。アタシらはその辺りはどうにも苦手だからね……頼りにしてるぜ、エル」
「それはもう。背中はお任せ下さい」
礼儀正しく生真面目な様子ではあったが、ふふ、と、エルは嬉しげに笑みを浮かべたのだった。
●
「これは西方のお酒だよ。さ、飲んでみて!」
「うぉ、くせェ……! なんだこりゃ!」
新鮮な反応にけらけらと笑いながら、ルスティロ・イストワール(ka0252)は酒にからめて土地土地の話をしていく。
「王国には巨大な図書館を持つ古都があってね――」
洋酒を片手に語り始めるルスティロ。彼らにとっては未だ見ぬ光景だ。そして、これから縁を結ぶ土地。ぐいぐいと引き込まれる様子の鬼――と東方人がそこに交じる。何れも酒盃を離さず互いに注ぎ合いながらの光景に、ルスティロは苦笑を零した。「それでそれで?」と促す声に更に笑みを深め、続きを紡ぐ。
その様子はいっそ晴れ晴れとしていて、軽妙で――愉快で。
「……決意を胸に去るのなら、絶望もなし、というところですわね」
リーリア・バックフィード(ka0873)は喜色と共にそう呟いた。
彼らがその罪を禊ぎ、正しく評価される時代は遠いかもしれない。
けれど、そこには確かな矜持がある。ちら、と横目で見た先。アカシラを見て、かすかにその瞳を曇らせた。
罪を罪と認める姿は、痛ましくも、それゆえに気高い。
「……貴方の気高さ、確かに刻みましたわ」
余韻を味わうようにそう告げると、礼儀正しく食事を取り始めた。
●
『東方で好きだった場所はあるかしら?』
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)がつ、とスケッチブックを示すと、
「山上から見下ろすと霧で覆われた山間とか、震えたな……」「あー、あれはな」「もののあはれって奴だったなありゃぁ」
喋り立てる鬼達に続いて、アカシラは。
「アタシは前の里がなんだかんだで一番だったかねェ……クソ妖怪に見張られちゃァいたけどさ」
『どの辺り?』
「此処からだと真逆の方角だねえ……だいぶ北だったから」
『ひょっとして、かなり遠い?』
「ああ、かなり、ね」
たはー、と。息を吐いたエヴァの背を、アカシラは力強く叩いた。
「もし行く機会があったら、どうなってるか教えてくれるかい」
そんな言葉に、少し残念そうな色を滲ませながらも、エヴァは頷きを返したのだった。
●
宴会場に、嬉しげな声が弾けた。
「ヒラツ! 元気にしてたか!」
ケンジ・ヴィルター(ka4938)だ。視線の先にいた一人の鬼――『ヒラツ』は驚きに目を見開くと、「うおおお!? アンタは……!」と驚嘆した。
「はっは……すごいな、すっげえ嬉しい! どうなったか気になってたんだ。これからはこうやって呑んだり、歪虚を倒せるんだな……?」
万感の籠もったケンジの言葉に、
「……ぅ」
ヒラツは感極まったように、一つ呻くと。
「うぉ、ぅぇえ、ぉぉぉぉぉ、ぉぉぉぉぉん!」
「お、おい、何泣いてんだよ!」
「だ、だってよぉ、うぉ、ぉぉ、ひぐっ……!」
号泣し始めた。
――こいつ、泣き上戸だったのか……。
ケンジは暫くの間困り顔であったが、その背をとん、と軽く叩くと、努めて明るい声でこう言った。
「今夜は飲み明かすぞ!」「お、おっ、ぅう……っ!」
イリア=シルフィード(ka4134)は遠くからその様子を眺めていた。
「……それなりにそれなりの結果にころんだみたいだ」
つ、と。酒を味わう。舌先に、甘い香りが弾けて消えていく。
余韻を味わいながら、イリアは月を仰ぐ。
弾圧と支配、そして裏切り。このご時世なら当然といったところでも、この鬼達は住む場所を追われることになる。
それでも。
それでも、彼らは生きるのだ。生き方を選んで。
「……堂々といきていけばいいさ」
ヒラツの背に告げるように、柔らかく言う。
「どんな生き方でも。生きているだけで死ぬよりゃマシさ」
なぁ。と、掲げた先。月が、鬼と、人の交歓を照らしていた。
く、と呷るように飲み干して。イリスはその場を後にした。
●
「鋼鉄の巨人なあ」「謀られてるんじゃねェか?」
「いやいや、ホントだよ……ふふ」
――本当に、親しみやすい人たちだ。
存分に話し終えても。些か懐疑的ですらあるのは彼らにとっては了解できない内容だったから、というのもあるのだろう。
彼らのことは、改めて西方で語ろう。こんなにも親しみやすい彼らのことを。ルスティロは手元の酒盃を見た。冗談じみた小ささの盃だが、度の強い此処の酒にはよく馴染む。
これを肴に、ひとくさり。味わい深い時間になるだろう。
「……いつかまた、こうして共に食事したいですね」
「そうだね」
湯で淹れたお茶に舌を馴染ませながらの櫻井 悠貴(ka0872)の声に、ルスティロは心底同意した。
せっせと周囲の酔いどれ達の世話を焼く悠貴の目は、はっとするほどに優しい。種族の別も無く接する少女を酔いどれ達はどうやら気に入ったようで、彼方此方から勧められる酒を悠貴が必死に拒んでいたのは、余談である。
●
「どう、おいしい?」
ナナセは妖精「アリス」に酒を舐めさせる。顔を赤らめながらピースサインを示す妖精に、鬼や東方武士がどっと湧いた。
「アンタといい、随分な飲みっぷりじゃねぇか!」
「ふっふ……! 楽しいです! これから合う機会もあるんですね! よろしくおねがいしますね!」
「おゥ、とは言え、俺らはすぐ飲み干しちまうからな。ちゃんと酒を持ってくるんだぜ?」
「ええ……と?」
ふと気づけば、花咲くように笑った小麦色の肌をした彼女の髪を、妖精「アリス」が引っ張っていた。
「もっと酒をくれってか?」
我が意を得たり、と言った様子の言葉に、一同はどっと笑いを深めたのだった。
「はっはー! 楽しくなってきた……脱ぐぜ!」
浴びるほどに酒を味わいつくしたバカ(昶。褒め言葉である)がそう言うと。
「なにィ!」「俺のはすげェぞ!」「拙者もだ!」
東方のバカ共もそう続いた。ええい、と年かさの武人が手を振り髪を振り乱して立ち上がる。
「やめろ貴様ら! 朱夏殿の御前だぞ!」
「彼女なら奥に運びましたよ?」
エルバッハが握り飯を食べながらそう言うと、男は先程まで朱夏が寝ていた場所を再確認する。
居ない。
「……ならば是非もなし! 拙者もだ!」
「よぉーし!」
ズボォォォォオン!
と昶は脱いだ。遅れて上も脱いだ。
「ああ……」
夜風が奇妙に気持ちがいい。見れば、着物を脱ぎ去ったバカ達の期待する眼差しが昶へと降り注いでいる。
――いいぜ。応えようじゃねえか。
昶は頷きを返した。
心が、叫びたがっていた。
深く息を吸い。
「ししょーー!! わぉぉーーん!!」」
叫んだ。意味はわからなかったが、残るバカ共も好き勝手叫び始める中。
「これ、美味しいですね……」
エルバッハが全く動じていなかったことは付記しておきたい。
●
「おー! 鬼のねーちゃん! 楽しんでるかぁ!?」
「そういうアンタは随分と愉快そうじゃないか」
がっはっは! と高らかに笑うヴェンデルベルトはアカシラの背をがっしと掴んだ。そのまま、ジョッキと盃をがちりと打ち鳴らす。
「良いもん見せてもらったからな!」
ぐし、と仰ぐようにして飲み干した。
「この光景を覚えとけよ、ねーちゃん。こいつは宝だ」
「……」
言葉に引き出されるように、アカシラの視線が泳ぐ。BURA★BURAしているナニかはともかく――この、酷く平和な光景を。
「困った時、足が止まった時。こいつを元に、てめーがやりたいことを、ここで考えるのさ。そいつを見失わなけりゃ、これから先もやっていけるさ」
「そうさねえ……肝に銘じておくよ」
ぐい、と応じるようにアカシラは酒を飲み干して、笑いこう結んだ。
「アリガトよ」
●
酸鼻極まる光景が繰り広げられていた。死屍累々――だけならば良いのだが、とにもかくも酒臭い。
「結構お酒残ってるんですねぇ♪」
その只中で、『生き残り』の鬼達と酒を酌み交わす桐壱は酷く、愉しげだった。
「あー、オッサン、だいぶ集めちゃったからねぇ」
ふふり、と笑う鵤も、また。
振り返れば。
『良かったらボクと飲み比べしませんかぁ? ボク、お酒には自信があるんですよぉ♪』
桐壱の、そんな言葉がいけなかった。そこにミィリアが。
『あ! ミィリアも! リアルブルーでは鬼は酒豪って聞いたことあるから!』
かっと目を見開き、
『サムライさんになるには鬼も超えるべき難関! でござる!』
と言ったものだから、
『あの娘御、ナツラルに拙者らを無視しおった!」「負けらんでござる!』
東方武士に火が着いた。鬼達は当然のように乗った。
『さーて、鬼とエルフどっちが勝つか張った張ったぁ。あ。元金はおっさんにちょーだいねーん? なんならお酒でもいいのよぉ? 当てた奴らが一気飲みってなぁ?』
と煽りたてる者が居なければこんなことには成らなかっただろうが……。
出来上がった結果を見やって、鵤はウンウンと頷く。
「やりすぎたねえ」
欠片の反省も滲んでいない声だった。
「……無念……ぅぅ……頭痛い……」
可愛らしく酔いつぶれたミィリアの声に、桐壱と鵤は目を合わせて笑いあったのだった。
●
「そーいや、墓参りはもう済ませたのか? 西方に行くこととか、報告しとかねぇとだろ」
「や、いいんだよ」
鶲の言葉に、アカシラは自らの胸を叩くように指差した。
「連れて行かねえと文句いうような奴らばかりでな。一々報告するほうが化けて出てきそうでねェ」
「それもそうか」
けらけら、と笑いながら、鶲は己の額を示した。
「俺の中の『鬼』の血は……この通りもう薄れてるけどよ。鬼である事は俺の誇りだ。だから、今のこの状況はスゲェ嬉しいよ」
そして。
真剣そのものの目で、アカシラを見据える。
「なぁアカシラ。何時か俺と、本気で手合わせしてくれよな」
「なんなら今でもいいんだよ?」
「……酔っぱらいに勝っても嬉しくねぇからなあ」
「へえ」
へらり、という鶲に、アカシラは不敵な笑みを浮かべた。
「いい度胸だ。月までぶっ飛ばしてやるよ」
●
奮戦したようだが、放物線を描きながら投げ飛ばされた鶲はなんだかとっても楽しそうだ。
絶好調だなあ、と悠貴は思う。
「飲めや歌えやの大騒ぎとはこの事ですか……」
それでも、ほうと零れた吐息には笑みが交じる。そのまま、傍らの鬼にこう尋ねた。
「そういえばこの先、どうされるんですか?」
「俺らの殆どは暫くは戦場暮らし、だなあ」
「……戦場」
きっと、ろくな場所じゃないのだろうな、と想像がついて悲しみが募る。
見渡せば、愉しげな光景が続いている。これから先、この光景のような幸せが彼ら『鬼』に訪れる事を願わずには居られなかった。
「なーに、今は溝が深いだろうけどさ、100年、1000年……生命を繋いでる間に埋まるもんもあるさ」
そこに。研司が一際大きな声で言った。彼の声は不思議と聞くものを強く惹きつける。
「そんでさ、いつか人間がピンチの時にさ、子孫がさ! カッコよく駆け付ける! そんで溝埋まる……そういう未来だ! 頼むぜ、未来の英雄の祖先よ!」
「おう! ならしこたま拵えねぇとな!」
違いねえ! と鬼の男女から次々と声が上がる。
「……その意気だ!」
研司は微妙にいたたまれなくなって、とりあえずそう濁しておくことにした。
●
離れの墓地に、一人の少女がいた。チョココである。
墓に白菊を添えた彼女は、シンカイから墓地の存在を聞いて飛んできたのだった。
小さな掌を合わせて、ぽつり。
「……安らかな眠りを、ですの」
深々と静まり返るそこを、葉擦れの音がさわさわと包み込む。
ふと。
遠くから、音が聞こえてきた。
始めに響いたのは、澪の龍笛。ひょるる、と風を貫くように、清廉な音。リアルブルーの、鬼の歌だ。隣の水月が感嘆するのが、妙にくすぐったい。
そこに、琵琶の音が重なった。大きな身体に、琵琶を抱えた剛の演奏だ。伴奏が添えられる事で、曲の感情が一層深まる。
鎮魂の念を込めた剛の旋律に乗るように、澪の笛の音が踊る。抑揚に情感を込めて。
音を背に、エヴァは筆を大きく振るう。向かう先は、白塗りの壁だ。好きに使えとシンカイは言った。壁はそんなに磨いてないがな、と快活に。
大きく捉え、細部を刻む。輪郭が生まれ、存在を成していくこの瞬間がエヴァは好きだ。
感情を、塗りこんでいく。あるべき所に『色』を置いていく。
表情の一つ一つを思い返しながら、エヴァは描き続ける。
演奏が終わり、盛大な拍手が鳴ってからも、ずっと。
●
空も白もうという頃になると、流石に寝入る者も増えてきた。
だから、というべきだろうか。廃寺から離れた林の中に、その二人は居た。
アカシラと、蘇芳 和馬(ka0462)。
方や魔刀。方や二刀小太刀。それらが風斬り、白閃となって輝く。
彼らは今、仕合をしていた。
――やはりだ。
その最中。和馬は確信を抱く。
刀は、その在り方を雄弁に語ってくれる、と。
彼自身が願ったこれは、間違いではなかった。
刃を交わす前。何処へ行くのかと和馬が問うた所、王国だと答えが返った。
『あの胡散臭い皇帝の方がアタシらを上手く使ってくれそうだけどねぇ。でも』
――これまで、無理をさせたからね、と。アカシラは苦笑した。
一団の長らしい言葉だった。道が歪でも、昏くても、護るべきを護ってきた長の言葉。
それに違わぬ、『大きな』刃だった。来いよ、とアカシラが誘う所に敢えて踏み込み、二閃。さらに回って一閃。体術も交え、充実感と共に己をぶつける。全てを。何もかもを。そうしてそれに、答えが帰ってくる。
練武の刻。
――夜が完全に明けるまで、二人はそうしていた。
●
酔いが回ったヒラツを連れて寺の中に足を踏み入れたケンジは、真新しい木像へと手を合わせる。
「お?」
「故郷を思い出してさ。験担ぎしたくなっちゃうわけよ」
怪訝そうなヒラツに、ケンジはニ、と口の端を釣り上げた。
「武運長久を、ってな」
「お前……」
ずび、と鼻を啜るヒラツはしかし、雫が溢れるのは堪える事ができた。
へへ、と笑みを返すと、同じく手を合わせてしばし祈りを捧げる。
「お前は……ホンットに、善人だな」
暫くして顔を上げてそう言ったヒラツは――武運長久を、と。ケンジの背を叩きながら、そう結んだのだった。
●
一人の時を、味わっていた。すると、どうにも寂しくなった。
「む?」
「……ぁ、」
気配に気づいたヴィルマは、怯えた声が上がるのを止められなかった。シンカイは眉をひそめる。無理もない。虚飾が剥がれ落ちたヴィルマは、酷く儚げだったから。
「シンカイさんも、お酒、飲む……?」
「む。ならばいただこうか……おぬし、こんな所で一人でなにをしておるのだ」
「……お酒、一緒に、って……」
「成程、な」
白菊と共に墓前に並べられた盃から、事情は察せられた。
よし、とばかりに座り込むシンカイに、ヴィルマはやはり怯えを見せる、が。
「乾杯、だ」
「……ん、乾杯……」
墓前の盃一つ一つに盃を重ねながらの、静やかな乾杯を交わす。
●
夜明け前。仕合を終えたアカシラは、壁に一枚の絵を見た。
鬼と人とが快活に笑いあっている壁画。エヴァの手のものだと、アカシラは知っていた。
寝入っているエヴァに毛布を掛ける。壁画に指を這わせながら、アカシラは。
「……アクロ」
と、呟いた。誰がエヴァに言ったのだろうか。そこには、『青鬼』の姿もあった。変容する前の『彼』の姿が。
添えられた指が離れていく。それでも、目に焼き付けようと、しんと見つめていると――。
「ほれ、弁当」
「長き旅には、糧も必要でしょう」
「ん? あァ、アリガトよ……って」
眠たげな目を擦る研司と、自信ありげなリーリアが差し出したのは、折り目正しく惣菜が詰められた弁当と、猟奇的な程の量の握り飯だった。どちらがどちらを作ったかは――此処では割愛しよう。気持ちの程に差は無い。
「軌跡、神の祝福」
降った言葉は、アルマのものだった。アカシラの髪に添えられた青い花を指差しながら、小首を傾げて微笑みを浮かべる。
「――その花の、花言葉です。貴方に祝福がありますようにっ」
「お、おう」
アルマのインファイトっぷりは、アカシラには新鮮に過ぎた。だが、その気持は有り難く受け取っておく。
そして。
「さあ、アンタ達、起きな! 出発の時間だよ!」
夜明け直ぐ。天の都の殆どが寝静まっている内に転移を行う運びとなっていた。二日酔いに苦しむ鬼達は呻きながら立ち上がると、続々と寺から出て行く。
振り返る者は、ただの一人も居なかった。
アカシラはそれらを満足気に見送ると、最後に
「おかげで、悔いなく此処を発てる」
アリガトよ、と。そう言って、彼女もまた、寺を後にした。
「新天地でも、お元気で!」
と手を振る研司の声に、ひらひらと手を振り返すアカシラの姿がどんどん小さくなっていく。その背を見つめ、胸の奥に刻みこみながら――リーリアは最後に、こう呟いた。
「私達が、新たになすべきこと――」
いつか、彼らの悪評を取り除きますわ、と。
●
こそりと目をさましていたユージーンは回想していた。
アカシラの、答えを。
『アンタらのためにできる事がある。そんな場所ならどこでもいいのさ』
『アタシらは、奪い過ぎたから、ね』
望郷とは違う。過去を見据えて、それでも前を向くと、彼女は言う。
自罰的に過ぎるそれは、彼の『兄』とは違う在り方だった。
だから。なおのこと、彼らにとって新しい場所が優しい場所であることを望まずには居られなかった。
「……できることから、ひとつずつ」
呟いた彼の、視線の先。山の尾根から、陽光がその姿を表そうとしていた。
こうして、アカシラ一派の多くは、東方を後にした。
この上なく楽しい思い出と、これからへの期待を胸に抱き――一切の憂いもなく。
東方の夜は暗い。それが天の都から遠く離れた元廃寺とあっては尚のこと。
だが、この日ばかりは違った。歩を進める藤堂研司(ka0569)は、暗がりの中に音が爆ぜるのを聞いた。
「寒い、ひもじい、もう死にたい……っていうのが不幸の順らしいが」
見渡す。焚き火OK。
手元を見る。飯。OK。
そして、メンツ、OK。場は十二分に温まってる。
「温かい! 満腹だ! 生きよう! ……こういうことだ! おーい、メシを持ってきたぞ! 仲間に入れてくれ!」
「「おお!」」
駆け足の研司を、すでに出来上がっている東方ズは鷹揚に受け容れた。その中心で、役犬原 昶(ka0268)が歓迎するように諸手をぶんぶんと振る。この男がすると、どうにも大型犬の尾のような愛嬌がある。
「はっはー!! くいもんだ!」
昶は早速握り飯を引っ掴んで頬張ると「美味ァァッ!」と吠え、そのままに盃を掲げた。
「呑んでるかー!! じゃんじゃん飲めよ!」
「「「雄雄雄雄々々々々!!」」」
「はっはー! 料理人冥利に尽きるな! よーしお前ら、どんどん食え!」
雄叫びを上げながら殺到する東方武者に鬼達を快活に迎え入れる研司も、すでに愉しげだ。
「おおー! 噂はほんとだったんですね!」
「む! やっておるな!」
騒動の只中。ナナセ・ウルヴァナ(ka5497)とフラメディア・イリジア(ka2604)も宴の気配を察したが故か、駆け足で現れた。最も騒がしい場所――つまり昶達の場へと顔をつっこみ、手近な盃を掲げる。
「ほれ、カンパーイ!」「みなさーん! 今日はよろしくですー!!」
「「かんぱ――い!」」
掲げた盃が触れ合う度に溢れそうになる酒を、酔っぱらい達は慌てて啜るようにして飲む。陽気な音を背にナナセが連れてきた妖精「アリス」も愉しげに空を飛び回った。
沸点を超えている場のノリに、フラメディアもご満悦の様子だった。
「今宵は無礼講じゃ! 心ゆくまで飲むとしようぞ!」
「ミィリアも飲むぞー! でござるー!!」
フラメディアの声にミィリア(ka2689)が応じる。小さな体を目一杯のばしての言葉に、酒を飲み干したばかりの東方武士と鬼達は慌てて盃に酒を注ぎ合い。
「「「……ッカンパァァァイ!!」」」
「あはははっ!」
と続くと、シュールな光景にミィリアの愉しげな声が弾けた。ミィリアはそのまま、きゅっと一杯を飲み干すと。
「くぅー……っ」
しばし、身震いしたのち。
「こういう時のために生きてる! って感じでござる!」
おっさんになっていた。
●
歓声の中、揚々とグラスを掲げるのは米本 剛(ka0320)。
――待ちに待った時が来た!
と、内心は喜びが満ち満ちて弾けそうだった。ぐぐいと呷り飲み干すと隣の鬼が歓迎するように続きを注ぐ。
「良い飲みっぷりだなァ!」
「はは、ああ、どうもどうも」
注ぎ返す途中で、それがかつて切り結んだ事もある相手だという事に気づく。不敵に笑って盃を掲げる姿に――剛は思わず、息を吐いた。
戦友。かつてはともかく、今は。
なんと旨い酒だろう。感嘆のままに続く盃も一口で飲み干した。強い酒気が鼻孔をくすぐり爆ぜるのが、やけに心地よい。
「いやー、いいもんだ」
「ええ」
満悦の剛に、ヴェンデルベルト(ka3717)。壮年のドワーフは、口元を酒で潤し、香りと空気を味わう。目に届くのは紛うことなき宴会の様子。それが意味する所は、ドワーフたる彼にとっては大層心地がよい。
――種族の差。歴史。因縁。
「そいつらを乗り越えた、こいつぁどうだ」
「堪りませんなぁ」
愉快愉快、と、男達は笑う。
「今夜は楽しめそうです~♪」
桐壱(ka1503)は酒瓶を抱えて歩く。どんちゃん騒ぎの中を、桐壱は喧騒から逃れるように離れていく。視線は落ち着ける場所を探して彷徨い――そして。
「あ」
「お?」
見つけたのは、どこかくたびれた風体の自称おっさん――そして紛うことなきおっさんの鵤(ka3319)である。にひ、と笑う鵤に桐壱は笑みを浮かべ。
「イカルガさん~!」
「おー、桐壱君じゃーん」
手をひらひらと振った鵤の手元にはアテと酒。にんまりと頬を緩めた桐壱に、鵤はどーぞ、と示すように傍らを手で叩いた。
共に一人で飲む所存ではあったが――楽しめる友がいるならば、話は別だ。
ち、と。軽い音と共に盃を鳴らし、小宴を始めた。
●
「今日はお邪魔しますね、シンカイさん」
「ユージーン……来ておったのか」
「ええ。縁のある場所ですから……というのと」
ユージーン・L・ローランド(ka1810)の視線がシンカイの傍らに座したアカシラへと移る。育ちの良さが滲む礼を示し、こう言った。
「初めまして。僕はハンターのユージーンと申します。此度は急な事にも関わらず参加を許していただき、本当にありがとうございます」
「や、許すも何もないさね。むしろアタシらの方が礼を言うべきじゃないかい?」
弟分達の愉しげな様子を眺めながらのアカシラの言葉に、ユージーンは頬を緩めた。腹を割った話をしやすい人となりに安堵を抱きながら、問う。
「よろしければ一つ、お伺いしたい事があるのですが――」
「ん、なんだい」
酒で喉を潤すアカシラが笑みの形に目を細めて続きを促す。視線に滲む信頼に引き出されるように、ユージーンはこう言った。
「貴方は――これから行く所がどのような国であって欲しいと思いますか?」
●
「ぱ、パルパル~~!!」
少女の可愛らしい悲鳴が響いた。チョココ(ka2449)だ。キノコをひっぱって今まさに口元へ運ぼうとした黒い肌の鬼の手にぶら下がるようにして、喚き立てる。
「あ? 嬢ちゃんも食べてェのか?」
「これは食べられないキノコですの~!」
「……ん? あ? そうなのか?」
そのまま鬼の手を逃れたパルパル――可哀想に、恐怖に自失してぬいぐるみのように虚脱した――を抱きとめると、チョココは笑顔に返る。
「パルパルがご飯に見えるなんて、鬼さん、よほどの粗食とお見受けしましたの」
「そうでもねえよ!?」
微妙に無礼だった。
「それなら帝国にも一度はおいでませ。お芋が美味しい国ですの!」
「……芋、なぁ……」
なんだか愉しげなチョココと鬼の様子を見つめながら、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)はふふり、と愉しげな吐息をこぼした。
「賑やかでよいことじゃ」
湿った席よりも、このほうが好ましい。酒の味を存分に味わいながら、視線を送る先。月下に茫と照らされる墓地の方を見やる。
「東方の地は、守られたのじゃよ」
ぽつりと、呟いた。記憶に色鮮やかに刻まれている、ヨモツヘグリで散った幾人もの兵士たちに乾杯を示すように、器を掲げた。
その身体はすでに亡いけれど、魂は此処に在る。
「旨い、が……ぬしらと、飲みたかったのぅ」
少しばかり、侘しさの積もる酒であった。
●
「よぉ、アカシラ。久しぶりだな?」
「おっ」
いつの間にやら宴会場へと飛び込んでいたアカシラはついとその全身を眺め見た後、隣に座った少年――鶲(ka0273)を迎え入れる。
「元気そうだねェ。重畳重畳」
「あー……と、名前、言いそびれていたな。俺は鶲。改めてよろしく」
少年らしい不敵な笑みと共につ、と空いた手が伸ばされた。直ぐに、大きな手に包まれる。
「厄介者のアカシラ、だよ」
「笑えねえ冗談だなぁ、オイ」
「疫病神の方が箔が付いてるかねェ?」
呵々、と笑うアカシラ。節々は細いのに、力強く、熱い手をしていた。
「あっ! 鬼さんのリーダーさん、ですねっ!」
そこに。くわぁ、っと目を見開いたアルマ・アニムス(ka4901)がささっと駆け寄ってくる。満面の笑みだ。尻尾でもあったらブンブンと振っていそうな様子である。
差し出したアルマの手はしなやかで、やわらかで。その手が、くるりと翻る。
「ぅ、な……っ!?」
魂消たアカシラが目を白黒とさせるのを、アルマはくすくすと可愛らしく笑い、そっとアカシラの髪に『それ』を留めた。青い薔薇――造花、だろうか。
「んー……よしっ! とってもお似合いですよ? かわいいです!」
しばし位置を整え、得心したアルマは朗らかにそう言った。
「な、なんだいこれは……?」
「鬼さんのリーダーさん、女の子だって聞いてましたので!」
「あァ?」
『女の子』呼ばわりに驚嘆したのはむしろ周囲の鬼達だったが、そんなことアルマは微塵も気にしない。そのまま。
「角さわっていいですか? こっちは? うわあ……とっても硬い」
「お、おう……」
やり放題だった。
●
「うー……失敗しちゃったなぁ……はぁ……」
「あぁ……またそんなにのんで……っ」
くい、と呷るようにして酒を飲むのは和泉 澪(ka4070)。その身体は至る所が包帯で保護され、痛む身体を無理やり酒で誤魔化している有様である。紛うことなき重傷に、葛根 水月(ka1895)ははらはらした様子で見守っている。
澪がその痛みに落ち込んでいるわけではない事くらい、水月には解る。けれど、だからこそ、どんな言葉をかけたらよいのか解らなかった。気休めの言葉を彼女が望んでいないことは痛いほどに解るから。
水月は胸元を抑えた。痛い。そう、痛かった。そこから、絞りだすようにして――。
「……守りたかった、です」
「え……?」
「澪さんが、傷つかないように……」
「……水月」
「あ、わ……っ」
自らの名を呼ぶ澪の声にわれに返った水月は暫く慌てふためいていたが、
「ありがと、ね」
澪のそんな声に――そこに籠もった色に、動揺は嘘のように溶けていった。残ったのは、ありのままの心、で。
「一緒に、つよくなりましょー」
「ん、そうね」
そうして、二人は頷き合い、微笑みを交わしたのだった。
●
「悪路王のことじゃが」
アカシラと向かい合う形で座り込んだフラメディア。童女のような見た目だが、大層な飲み騒ぎっぷりであった。そんな彼女から唐突に出た名に、アカシラは少し面食らったようだった。しかしそれは、続く言葉ですぐに晴れる。
「強かった、のぅ」
「ああ……」
ニ、と歯を剥いて笑った。
「アクロはもっと強かったぜ。アイツは諦めるってことを知らなかったからねぇ」
「……共に戦えんのが、残念じゃの」
身勝手な事かもしれんが、とフラメディアは前置きして。「そう、伝えたくての」と続ける。
その時だ。フラメディアの頭を、アカシラの大きな手がぐし、と覆った。
「わ、ぶ!」
「アンタ、良い奴じゃないか」
ぐしぐしと頭を撫でるアカシラに、フラメディアは足掻いた。
「ええい、やめい!」
「わっはっは!!」
ぱ、と手を離すと、フラメディアは乱れた髪を直すことに腐心していた。どことなく覚束ない手つきをアカシラがにんまりと眺めていると、エルバッハ・リオン(ka2434)が言葉を投げた。
「こんばんは……こうして話するのは初めてですね。エルバッハ・リオンです」
「おぅ、アカシラだ」
軽い握手を交わしながら、エルバッハは柔和な笑みを浮かべた。
「よろしければ、エルと呼んでください。よろしくおねがいします」
「エル、ね……アタシのことは好きに呼びな」
と示された場所に頷きと共に座すと、エルバッハはおもむろにこう言った。
「西方に来られると聞きました」
「あァ、そうさね……とはいえ、その前に行く場所があるんだけどねぇ……ま、アタシらが行く場所は大体鉄火場だろうねェ」
「なら……もしも共に戦う事がありましたら、その時はよろしくおねがいしますね」
「魔術師、だな。アタシらはその辺りはどうにも苦手だからね……頼りにしてるぜ、エル」
「それはもう。背中はお任せ下さい」
礼儀正しく生真面目な様子ではあったが、ふふ、と、エルは嬉しげに笑みを浮かべたのだった。
●
「これは西方のお酒だよ。さ、飲んでみて!」
「うぉ、くせェ……! なんだこりゃ!」
新鮮な反応にけらけらと笑いながら、ルスティロ・イストワール(ka0252)は酒にからめて土地土地の話をしていく。
「王国には巨大な図書館を持つ古都があってね――」
洋酒を片手に語り始めるルスティロ。彼らにとっては未だ見ぬ光景だ。そして、これから縁を結ぶ土地。ぐいぐいと引き込まれる様子の鬼――と東方人がそこに交じる。何れも酒盃を離さず互いに注ぎ合いながらの光景に、ルスティロは苦笑を零した。「それでそれで?」と促す声に更に笑みを深め、続きを紡ぐ。
その様子はいっそ晴れ晴れとしていて、軽妙で――愉快で。
「……決意を胸に去るのなら、絶望もなし、というところですわね」
リーリア・バックフィード(ka0873)は喜色と共にそう呟いた。
彼らがその罪を禊ぎ、正しく評価される時代は遠いかもしれない。
けれど、そこには確かな矜持がある。ちら、と横目で見た先。アカシラを見て、かすかにその瞳を曇らせた。
罪を罪と認める姿は、痛ましくも、それゆえに気高い。
「……貴方の気高さ、確かに刻みましたわ」
余韻を味わうようにそう告げると、礼儀正しく食事を取り始めた。
●
『東方で好きだった場所はあるかしら?』
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)がつ、とスケッチブックを示すと、
「山上から見下ろすと霧で覆われた山間とか、震えたな……」「あー、あれはな」「もののあはれって奴だったなありゃぁ」
喋り立てる鬼達に続いて、アカシラは。
「アタシは前の里がなんだかんだで一番だったかねェ……クソ妖怪に見張られちゃァいたけどさ」
『どの辺り?』
「此処からだと真逆の方角だねえ……だいぶ北だったから」
『ひょっとして、かなり遠い?』
「ああ、かなり、ね」
たはー、と。息を吐いたエヴァの背を、アカシラは力強く叩いた。
「もし行く機会があったら、どうなってるか教えてくれるかい」
そんな言葉に、少し残念そうな色を滲ませながらも、エヴァは頷きを返したのだった。
●
宴会場に、嬉しげな声が弾けた。
「ヒラツ! 元気にしてたか!」
ケンジ・ヴィルター(ka4938)だ。視線の先にいた一人の鬼――『ヒラツ』は驚きに目を見開くと、「うおおお!? アンタは……!」と驚嘆した。
「はっは……すごいな、すっげえ嬉しい! どうなったか気になってたんだ。これからはこうやって呑んだり、歪虚を倒せるんだな……?」
万感の籠もったケンジの言葉に、
「……ぅ」
ヒラツは感極まったように、一つ呻くと。
「うぉ、ぅぇえ、ぉぉぉぉぉ、ぉぉぉぉぉん!」
「お、おい、何泣いてんだよ!」
「だ、だってよぉ、うぉ、ぉぉ、ひぐっ……!」
号泣し始めた。
――こいつ、泣き上戸だったのか……。
ケンジは暫くの間困り顔であったが、その背をとん、と軽く叩くと、努めて明るい声でこう言った。
「今夜は飲み明かすぞ!」「お、おっ、ぅう……っ!」
イリア=シルフィード(ka4134)は遠くからその様子を眺めていた。
「……それなりにそれなりの結果にころんだみたいだ」
つ、と。酒を味わう。舌先に、甘い香りが弾けて消えていく。
余韻を味わいながら、イリアは月を仰ぐ。
弾圧と支配、そして裏切り。このご時世なら当然といったところでも、この鬼達は住む場所を追われることになる。
それでも。
それでも、彼らは生きるのだ。生き方を選んで。
「……堂々といきていけばいいさ」
ヒラツの背に告げるように、柔らかく言う。
「どんな生き方でも。生きているだけで死ぬよりゃマシさ」
なぁ。と、掲げた先。月が、鬼と、人の交歓を照らしていた。
く、と呷るように飲み干して。イリスはその場を後にした。
●
「鋼鉄の巨人なあ」「謀られてるんじゃねェか?」
「いやいや、ホントだよ……ふふ」
――本当に、親しみやすい人たちだ。
存分に話し終えても。些か懐疑的ですらあるのは彼らにとっては了解できない内容だったから、というのもあるのだろう。
彼らのことは、改めて西方で語ろう。こんなにも親しみやすい彼らのことを。ルスティロは手元の酒盃を見た。冗談じみた小ささの盃だが、度の強い此処の酒にはよく馴染む。
これを肴に、ひとくさり。味わい深い時間になるだろう。
「……いつかまた、こうして共に食事したいですね」
「そうだね」
湯で淹れたお茶に舌を馴染ませながらの櫻井 悠貴(ka0872)の声に、ルスティロは心底同意した。
せっせと周囲の酔いどれ達の世話を焼く悠貴の目は、はっとするほどに優しい。種族の別も無く接する少女を酔いどれ達はどうやら気に入ったようで、彼方此方から勧められる酒を悠貴が必死に拒んでいたのは、余談である。
●
「どう、おいしい?」
ナナセは妖精「アリス」に酒を舐めさせる。顔を赤らめながらピースサインを示す妖精に、鬼や東方武士がどっと湧いた。
「アンタといい、随分な飲みっぷりじゃねぇか!」
「ふっふ……! 楽しいです! これから合う機会もあるんですね! よろしくおねがいしますね!」
「おゥ、とは言え、俺らはすぐ飲み干しちまうからな。ちゃんと酒を持ってくるんだぜ?」
「ええ……と?」
ふと気づけば、花咲くように笑った小麦色の肌をした彼女の髪を、妖精「アリス」が引っ張っていた。
「もっと酒をくれってか?」
我が意を得たり、と言った様子の言葉に、一同はどっと笑いを深めたのだった。
「はっはー! 楽しくなってきた……脱ぐぜ!」
浴びるほどに酒を味わいつくしたバカ(昶。褒め言葉である)がそう言うと。
「なにィ!」「俺のはすげェぞ!」「拙者もだ!」
東方のバカ共もそう続いた。ええい、と年かさの武人が手を振り髪を振り乱して立ち上がる。
「やめろ貴様ら! 朱夏殿の御前だぞ!」
「彼女なら奥に運びましたよ?」
エルバッハが握り飯を食べながらそう言うと、男は先程まで朱夏が寝ていた場所を再確認する。
居ない。
「……ならば是非もなし! 拙者もだ!」
「よぉーし!」
ズボォォォォオン!
と昶は脱いだ。遅れて上も脱いだ。
「ああ……」
夜風が奇妙に気持ちがいい。見れば、着物を脱ぎ去ったバカ達の期待する眼差しが昶へと降り注いでいる。
――いいぜ。応えようじゃねえか。
昶は頷きを返した。
心が、叫びたがっていた。
深く息を吸い。
「ししょーー!! わぉぉーーん!!」」
叫んだ。意味はわからなかったが、残るバカ共も好き勝手叫び始める中。
「これ、美味しいですね……」
エルバッハが全く動じていなかったことは付記しておきたい。
●
「おー! 鬼のねーちゃん! 楽しんでるかぁ!?」
「そういうアンタは随分と愉快そうじゃないか」
がっはっは! と高らかに笑うヴェンデルベルトはアカシラの背をがっしと掴んだ。そのまま、ジョッキと盃をがちりと打ち鳴らす。
「良いもん見せてもらったからな!」
ぐし、と仰ぐようにして飲み干した。
「この光景を覚えとけよ、ねーちゃん。こいつは宝だ」
「……」
言葉に引き出されるように、アカシラの視線が泳ぐ。BURA★BURAしているナニかはともかく――この、酷く平和な光景を。
「困った時、足が止まった時。こいつを元に、てめーがやりたいことを、ここで考えるのさ。そいつを見失わなけりゃ、これから先もやっていけるさ」
「そうさねえ……肝に銘じておくよ」
ぐい、と応じるようにアカシラは酒を飲み干して、笑いこう結んだ。
「アリガトよ」
●
酸鼻極まる光景が繰り広げられていた。死屍累々――だけならば良いのだが、とにもかくも酒臭い。
「結構お酒残ってるんですねぇ♪」
その只中で、『生き残り』の鬼達と酒を酌み交わす桐壱は酷く、愉しげだった。
「あー、オッサン、だいぶ集めちゃったからねぇ」
ふふり、と笑う鵤も、また。
振り返れば。
『良かったらボクと飲み比べしませんかぁ? ボク、お酒には自信があるんですよぉ♪』
桐壱の、そんな言葉がいけなかった。そこにミィリアが。
『あ! ミィリアも! リアルブルーでは鬼は酒豪って聞いたことあるから!』
かっと目を見開き、
『サムライさんになるには鬼も超えるべき難関! でござる!』
と言ったものだから、
『あの娘御、ナツラルに拙者らを無視しおった!」「負けらんでござる!』
東方武士に火が着いた。鬼達は当然のように乗った。
『さーて、鬼とエルフどっちが勝つか張った張ったぁ。あ。元金はおっさんにちょーだいねーん? なんならお酒でもいいのよぉ? 当てた奴らが一気飲みってなぁ?』
と煽りたてる者が居なければこんなことには成らなかっただろうが……。
出来上がった結果を見やって、鵤はウンウンと頷く。
「やりすぎたねえ」
欠片の反省も滲んでいない声だった。
「……無念……ぅぅ……頭痛い……」
可愛らしく酔いつぶれたミィリアの声に、桐壱と鵤は目を合わせて笑いあったのだった。
●
「そーいや、墓参りはもう済ませたのか? 西方に行くこととか、報告しとかねぇとだろ」
「や、いいんだよ」
鶲の言葉に、アカシラは自らの胸を叩くように指差した。
「連れて行かねえと文句いうような奴らばかりでな。一々報告するほうが化けて出てきそうでねェ」
「それもそうか」
けらけら、と笑いながら、鶲は己の額を示した。
「俺の中の『鬼』の血は……この通りもう薄れてるけどよ。鬼である事は俺の誇りだ。だから、今のこの状況はスゲェ嬉しいよ」
そして。
真剣そのものの目で、アカシラを見据える。
「なぁアカシラ。何時か俺と、本気で手合わせしてくれよな」
「なんなら今でもいいんだよ?」
「……酔っぱらいに勝っても嬉しくねぇからなあ」
「へえ」
へらり、という鶲に、アカシラは不敵な笑みを浮かべた。
「いい度胸だ。月までぶっ飛ばしてやるよ」
●
奮戦したようだが、放物線を描きながら投げ飛ばされた鶲はなんだかとっても楽しそうだ。
絶好調だなあ、と悠貴は思う。
「飲めや歌えやの大騒ぎとはこの事ですか……」
それでも、ほうと零れた吐息には笑みが交じる。そのまま、傍らの鬼にこう尋ねた。
「そういえばこの先、どうされるんですか?」
「俺らの殆どは暫くは戦場暮らし、だなあ」
「……戦場」
きっと、ろくな場所じゃないのだろうな、と想像がついて悲しみが募る。
見渡せば、愉しげな光景が続いている。これから先、この光景のような幸せが彼ら『鬼』に訪れる事を願わずには居られなかった。
「なーに、今は溝が深いだろうけどさ、100年、1000年……生命を繋いでる間に埋まるもんもあるさ」
そこに。研司が一際大きな声で言った。彼の声は不思議と聞くものを強く惹きつける。
「そんでさ、いつか人間がピンチの時にさ、子孫がさ! カッコよく駆け付ける! そんで溝埋まる……そういう未来だ! 頼むぜ、未来の英雄の祖先よ!」
「おう! ならしこたま拵えねぇとな!」
違いねえ! と鬼の男女から次々と声が上がる。
「……その意気だ!」
研司は微妙にいたたまれなくなって、とりあえずそう濁しておくことにした。
●
離れの墓地に、一人の少女がいた。チョココである。
墓に白菊を添えた彼女は、シンカイから墓地の存在を聞いて飛んできたのだった。
小さな掌を合わせて、ぽつり。
「……安らかな眠りを、ですの」
深々と静まり返るそこを、葉擦れの音がさわさわと包み込む。
ふと。
遠くから、音が聞こえてきた。
始めに響いたのは、澪の龍笛。ひょるる、と風を貫くように、清廉な音。リアルブルーの、鬼の歌だ。隣の水月が感嘆するのが、妙にくすぐったい。
そこに、琵琶の音が重なった。大きな身体に、琵琶を抱えた剛の演奏だ。伴奏が添えられる事で、曲の感情が一層深まる。
鎮魂の念を込めた剛の旋律に乗るように、澪の笛の音が踊る。抑揚に情感を込めて。
音を背に、エヴァは筆を大きく振るう。向かう先は、白塗りの壁だ。好きに使えとシンカイは言った。壁はそんなに磨いてないがな、と快活に。
大きく捉え、細部を刻む。輪郭が生まれ、存在を成していくこの瞬間がエヴァは好きだ。
感情を、塗りこんでいく。あるべき所に『色』を置いていく。
表情の一つ一つを思い返しながら、エヴァは描き続ける。
演奏が終わり、盛大な拍手が鳴ってからも、ずっと。
●
空も白もうという頃になると、流石に寝入る者も増えてきた。
だから、というべきだろうか。廃寺から離れた林の中に、その二人は居た。
アカシラと、蘇芳 和馬(ka0462)。
方や魔刀。方や二刀小太刀。それらが風斬り、白閃となって輝く。
彼らは今、仕合をしていた。
――やはりだ。
その最中。和馬は確信を抱く。
刀は、その在り方を雄弁に語ってくれる、と。
彼自身が願ったこれは、間違いではなかった。
刃を交わす前。何処へ行くのかと和馬が問うた所、王国だと答えが返った。
『あの胡散臭い皇帝の方がアタシらを上手く使ってくれそうだけどねぇ。でも』
――これまで、無理をさせたからね、と。アカシラは苦笑した。
一団の長らしい言葉だった。道が歪でも、昏くても、護るべきを護ってきた長の言葉。
それに違わぬ、『大きな』刃だった。来いよ、とアカシラが誘う所に敢えて踏み込み、二閃。さらに回って一閃。体術も交え、充実感と共に己をぶつける。全てを。何もかもを。そうしてそれに、答えが帰ってくる。
練武の刻。
――夜が完全に明けるまで、二人はそうしていた。
●
酔いが回ったヒラツを連れて寺の中に足を踏み入れたケンジは、真新しい木像へと手を合わせる。
「お?」
「故郷を思い出してさ。験担ぎしたくなっちゃうわけよ」
怪訝そうなヒラツに、ケンジはニ、と口の端を釣り上げた。
「武運長久を、ってな」
「お前……」
ずび、と鼻を啜るヒラツはしかし、雫が溢れるのは堪える事ができた。
へへ、と笑みを返すと、同じく手を合わせてしばし祈りを捧げる。
「お前は……ホンットに、善人だな」
暫くして顔を上げてそう言ったヒラツは――武運長久を、と。ケンジの背を叩きながら、そう結んだのだった。
●
一人の時を、味わっていた。すると、どうにも寂しくなった。
「む?」
「……ぁ、」
気配に気づいたヴィルマは、怯えた声が上がるのを止められなかった。シンカイは眉をひそめる。無理もない。虚飾が剥がれ落ちたヴィルマは、酷く儚げだったから。
「シンカイさんも、お酒、飲む……?」
「む。ならばいただこうか……おぬし、こんな所で一人でなにをしておるのだ」
「……お酒、一緒に、って……」
「成程、な」
白菊と共に墓前に並べられた盃から、事情は察せられた。
よし、とばかりに座り込むシンカイに、ヴィルマはやはり怯えを見せる、が。
「乾杯、だ」
「……ん、乾杯……」
墓前の盃一つ一つに盃を重ねながらの、静やかな乾杯を交わす。
●
夜明け前。仕合を終えたアカシラは、壁に一枚の絵を見た。
鬼と人とが快活に笑いあっている壁画。エヴァの手のものだと、アカシラは知っていた。
寝入っているエヴァに毛布を掛ける。壁画に指を這わせながら、アカシラは。
「……アクロ」
と、呟いた。誰がエヴァに言ったのだろうか。そこには、『青鬼』の姿もあった。変容する前の『彼』の姿が。
添えられた指が離れていく。それでも、目に焼き付けようと、しんと見つめていると――。
「ほれ、弁当」
「長き旅には、糧も必要でしょう」
「ん? あァ、アリガトよ……って」
眠たげな目を擦る研司と、自信ありげなリーリアが差し出したのは、折り目正しく惣菜が詰められた弁当と、猟奇的な程の量の握り飯だった。どちらがどちらを作ったかは――此処では割愛しよう。気持ちの程に差は無い。
「軌跡、神の祝福」
降った言葉は、アルマのものだった。アカシラの髪に添えられた青い花を指差しながら、小首を傾げて微笑みを浮かべる。
「――その花の、花言葉です。貴方に祝福がありますようにっ」
「お、おう」
アルマのインファイトっぷりは、アカシラには新鮮に過ぎた。だが、その気持は有り難く受け取っておく。
そして。
「さあ、アンタ達、起きな! 出発の時間だよ!」
夜明け直ぐ。天の都の殆どが寝静まっている内に転移を行う運びとなっていた。二日酔いに苦しむ鬼達は呻きながら立ち上がると、続々と寺から出て行く。
振り返る者は、ただの一人も居なかった。
アカシラはそれらを満足気に見送ると、最後に
「おかげで、悔いなく此処を発てる」
アリガトよ、と。そう言って、彼女もまた、寺を後にした。
「新天地でも、お元気で!」
と手を振る研司の声に、ひらひらと手を振り返すアカシラの姿がどんどん小さくなっていく。その背を見つめ、胸の奥に刻みこみながら――リーリアは最後に、こう呟いた。
「私達が、新たになすべきこと――」
いつか、彼らの悪評を取り除きますわ、と。
●
こそりと目をさましていたユージーンは回想していた。
アカシラの、答えを。
『アンタらのためにできる事がある。そんな場所ならどこでもいいのさ』
『アタシらは、奪い過ぎたから、ね』
望郷とは違う。過去を見据えて、それでも前を向くと、彼女は言う。
自罰的に過ぎるそれは、彼の『兄』とは違う在り方だった。
だから。なおのこと、彼らにとって新しい場所が優しい場所であることを望まずには居られなかった。
「……できることから、ひとつずつ」
呟いた彼の、視線の先。山の尾根から、陽光がその姿を表そうとしていた。
こうして、アカシラ一派の多くは、東方を後にした。
この上なく楽しい思い出と、これからへの期待を胸に抱き――一切の憂いもなく。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/18 19:36:53 |