ゲスト
(ka0000)
【蒼祭】ユニオンカフェへようこそ!
マスター:石田まきば
- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/09/22 19:00
- 完成日
- 2015/10/05 06:03
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●サルヴァトーレ・ロッソ祭
「むぅ」
これでいて、フクカンはAPVにおいてそれなりに優秀な事務職員である。
タングラムの補佐として運営業務を行っているのだから、その少女めいた外見からは判断できない職業スキルがあるはずなのである。
掘れた弱みでタングラムの前にいるとドジをしてしまうのだけれども。彼女が居ない所では、しっかりと人を纏めたりできる優秀さは持ち合わせているのである。
たまに主張しておかなければいけない程度に、ほとんど知られていない事ではあるのだが。
ふにゅん
「……オトリお姉さん?」
大きなお胸の同僚お姉さま。その大きなお胸がフクカンの頭の上に、ぽよん。
「どーしたのーぉ? フクカンくん、お姉さんに相談していいよー?」
ぎゅっと抱きしめられそうになって逃げだせば、ざんねーん、と楽しげな声がした。
(やっぱり少し苦手なんだよなあ……)
ちょっとだけ火照った頬の熱を冷ますようにして、フクカンは本題を切り出そうと口を開いた。早い方がいい。
「今度、リアルブルーの人達……ハンターの皆さんだけじゃなくて、ロッソ内で暮らしている人達も含めて……その人たちとの交流を目的にしたお祭りがあるんですけど」
「うん、知ってるよーぅ。総司令官選挙もあるんだよねーぇ」
応援の準備の事? そう尋ねられてフクカンは首を振る。
「APVは確かに帝国との縁は深いですけど、総長さんも立候補していますから。特別誰かの応援をするようなことはしないって決まってるんです」
どっちもそれを望んでいない、というのもあるけれど。
「じゃーなんでかなー?」
「代わりに、というわけじゃないんですが……」
企画されている催しの情報をデバイスで確認していく二人。フクカンが気にしているのは、その中でも開催場所についての部分。
ロッソの中と、そしてリゼリオがその会場として指定されている。
「今までほとんど公開されていなかったロッソの中には興味を持つ人が多いと思うんです。でもきっとそこはたくさん注目が集まるはずだから、逆にリゼリオで催しをしてくれないかって」
「へーぇ、でもそれって、どんなものでもいいのー?」
「交流が目的ってところが抑えてあればいい、って事みたいです。勿論盛り上がることも大事みたいなんですけど」
漠然としているから、どうしていいのかわからない。つまりそう言う理由で唸っていたのだ。
「……あっ、そーだ」
ぴこーん♪
オトリの柔らかな笑みがフクカンに向けられる。
「フクカンくん、お姉さんたちにまかせなさーい♪」
「えっ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ー、ただ、ちょっと皆でお仕事巻かないといけないけどー」
ちらっと意味ありげな視線から目をそらしながら、それでもフクカンはほっと安堵の息を零した。
「皆の協力が貰えれば、乗り切れるってことでいいんですよね?」
「そうそう、どーんと任せなさーい♪」
●ユニオンカフェ始動!
「これはこれは、フクカン君も随分と割り切って……いや、元からだったかな?」
数日で大きく様変わりしたAPVの一室を眺めながら、祭の始まる時間を待っているのはシャイネ。
「あっシャイネさん、今日は出演協力ありがとうございます!」
「君もスタッフなんだね。フクカンくんと同じ色なのはどうしてなのか、聞いてもいいかい?」
挨拶に寄ってきたのは職員のレオ、その服装は燕尾服のようなタキシードのような……俗に言う、執事服。ポケットチーフの青色が、確かにフクカンの髪に飾られているリボンと同じだった。
「あーはい、うちのおねーさま方が俺はこれだって譲らなくて……」
「君も大変だねえ♪」
言葉とは裏腹に楽し気に答えて、改めてフクカンを見る。
お揃いのポケットチーフではなく、リボン。
そう、リボンだ。
そして彼の身を包むのは可憐なレースのエプロンが眩しい、メイド服である。
「違和感、ないね」
「ないっすね……」
準備も佳境、チェックに追われる彼は時々つるりとすっ転ぶ。なぜならこの部屋にはタングラムも居るからだ。
「違和感あるね」
「……ノーコメントでお願いするっす」
いつもの緑の仮面はそのままに、客席の一つを陣取って堂々と休憩している顔役も、メイド服だ。リボンはやはり緑。
似合っているはずなのに、態度がメイドのそれではない。
「彼女も給仕を?」
「……多分?」
レオの不安そうな声。フクカンにメイド服を着せるための策としてタングラムも着ることになったのだろう。部下にあたるとはいえ、こういう時の女性陣は強いから。
「君もお疲れ様。ところで衣装はどこから提供されたのかな、急に準備するのは大変だったと思うんだけど」
「ありがとうございますっす。なんでも、ジョン・スミスさんが協力してくれたと聞いてるっす」
「……へえ♪」
ロッソ艦長付きの秘書の名前だと思うけれど。シャイネはこっそり、彼とは友達になれそうだと思った。
ロッソで暮らす人たちをリゼリオに招くためには、彼らが外に出たいと思えるようなものが無くてはならない。
でなければ交流も何もないからだ。
クリムゾンウエストらしさの協調? それだけではきっと駄目なのだ。今まで外に出なかった彼らの気持ちを考えなければならない。
ならば逆に、リアルブルーらしさはどうだろう?
ロッソを出ても、リアルブルーに近いことは可能である。そう思ってもらえれば、外で暮らすことに対して前向きに思ってもらえるのではないだろうか?
勿論そこにクリムゾンウエストらしさも揃えて、共存が可能であることを更に演出すればいいのではないだろうか?
……それがすべてではないけれど、確かに一つの考えとして、正解の一つであるように思われた。
そんな意味の文言を添えながら、オトリは企画書の最初、にこう書いていた。
「リアルブルーで人気だと聞くメイド・執事喫茶をAPVで実施、そこでロッソの方達を持て成せば交流の切欠になる。ハンター達にも知識や実際の人手として仕事を依頼して、リゼリオからこの祭をより盛り上げてていく」
そこに彼女の趣味が混じっているのは皆が分かっていたけれど、正当性と強引さでオトリは勝利を手にしたのだ。
●オンステージ♪
しゃららどーん♪
どどんしゃらー♪
新たな夜明けがやってくるー♪
全ての人々手を取り合って―♪
ロッソ・フェスティバール♪
リゼリオもー会場ー♪
皆の声―待つよー♪
見慣れた船のーお隣さーん♪
共に歩もう声高にーさあっ♪
ロッソ・フェスティバール♪
しゃららどーん♪
どどんしゃらー♪
胸に隠した君の声ー♪
見上げてみれば道はそこにある♪
ル・ル・ルフェスティバール♪
「むぅ」
これでいて、フクカンはAPVにおいてそれなりに優秀な事務職員である。
タングラムの補佐として運営業務を行っているのだから、その少女めいた外見からは判断できない職業スキルがあるはずなのである。
掘れた弱みでタングラムの前にいるとドジをしてしまうのだけれども。彼女が居ない所では、しっかりと人を纏めたりできる優秀さは持ち合わせているのである。
たまに主張しておかなければいけない程度に、ほとんど知られていない事ではあるのだが。
ふにゅん
「……オトリお姉さん?」
大きなお胸の同僚お姉さま。その大きなお胸がフクカンの頭の上に、ぽよん。
「どーしたのーぉ? フクカンくん、お姉さんに相談していいよー?」
ぎゅっと抱きしめられそうになって逃げだせば、ざんねーん、と楽しげな声がした。
(やっぱり少し苦手なんだよなあ……)
ちょっとだけ火照った頬の熱を冷ますようにして、フクカンは本題を切り出そうと口を開いた。早い方がいい。
「今度、リアルブルーの人達……ハンターの皆さんだけじゃなくて、ロッソ内で暮らしている人達も含めて……その人たちとの交流を目的にしたお祭りがあるんですけど」
「うん、知ってるよーぅ。総司令官選挙もあるんだよねーぇ」
応援の準備の事? そう尋ねられてフクカンは首を振る。
「APVは確かに帝国との縁は深いですけど、総長さんも立候補していますから。特別誰かの応援をするようなことはしないって決まってるんです」
どっちもそれを望んでいない、というのもあるけれど。
「じゃーなんでかなー?」
「代わりに、というわけじゃないんですが……」
企画されている催しの情報をデバイスで確認していく二人。フクカンが気にしているのは、その中でも開催場所についての部分。
ロッソの中と、そしてリゼリオがその会場として指定されている。
「今までほとんど公開されていなかったロッソの中には興味を持つ人が多いと思うんです。でもきっとそこはたくさん注目が集まるはずだから、逆にリゼリオで催しをしてくれないかって」
「へーぇ、でもそれって、どんなものでもいいのー?」
「交流が目的ってところが抑えてあればいい、って事みたいです。勿論盛り上がることも大事みたいなんですけど」
漠然としているから、どうしていいのかわからない。つまりそう言う理由で唸っていたのだ。
「……あっ、そーだ」
ぴこーん♪
オトリの柔らかな笑みがフクカンに向けられる。
「フクカンくん、お姉さんたちにまかせなさーい♪」
「えっ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ー、ただ、ちょっと皆でお仕事巻かないといけないけどー」
ちらっと意味ありげな視線から目をそらしながら、それでもフクカンはほっと安堵の息を零した。
「皆の協力が貰えれば、乗り切れるってことでいいんですよね?」
「そうそう、どーんと任せなさーい♪」
●ユニオンカフェ始動!
「これはこれは、フクカン君も随分と割り切って……いや、元からだったかな?」
数日で大きく様変わりしたAPVの一室を眺めながら、祭の始まる時間を待っているのはシャイネ。
「あっシャイネさん、今日は出演協力ありがとうございます!」
「君もスタッフなんだね。フクカンくんと同じ色なのはどうしてなのか、聞いてもいいかい?」
挨拶に寄ってきたのは職員のレオ、その服装は燕尾服のようなタキシードのような……俗に言う、執事服。ポケットチーフの青色が、確かにフクカンの髪に飾られているリボンと同じだった。
「あーはい、うちのおねーさま方が俺はこれだって譲らなくて……」
「君も大変だねえ♪」
言葉とは裏腹に楽し気に答えて、改めてフクカンを見る。
お揃いのポケットチーフではなく、リボン。
そう、リボンだ。
そして彼の身を包むのは可憐なレースのエプロンが眩しい、メイド服である。
「違和感、ないね」
「ないっすね……」
準備も佳境、チェックに追われる彼は時々つるりとすっ転ぶ。なぜならこの部屋にはタングラムも居るからだ。
「違和感あるね」
「……ノーコメントでお願いするっす」
いつもの緑の仮面はそのままに、客席の一つを陣取って堂々と休憩している顔役も、メイド服だ。リボンはやはり緑。
似合っているはずなのに、態度がメイドのそれではない。
「彼女も給仕を?」
「……多分?」
レオの不安そうな声。フクカンにメイド服を着せるための策としてタングラムも着ることになったのだろう。部下にあたるとはいえ、こういう時の女性陣は強いから。
「君もお疲れ様。ところで衣装はどこから提供されたのかな、急に準備するのは大変だったと思うんだけど」
「ありがとうございますっす。なんでも、ジョン・スミスさんが協力してくれたと聞いてるっす」
「……へえ♪」
ロッソ艦長付きの秘書の名前だと思うけれど。シャイネはこっそり、彼とは友達になれそうだと思った。
ロッソで暮らす人たちをリゼリオに招くためには、彼らが外に出たいと思えるようなものが無くてはならない。
でなければ交流も何もないからだ。
クリムゾンウエストらしさの協調? それだけではきっと駄目なのだ。今まで外に出なかった彼らの気持ちを考えなければならない。
ならば逆に、リアルブルーらしさはどうだろう?
ロッソを出ても、リアルブルーに近いことは可能である。そう思ってもらえれば、外で暮らすことに対して前向きに思ってもらえるのではないだろうか?
勿論そこにクリムゾンウエストらしさも揃えて、共存が可能であることを更に演出すればいいのではないだろうか?
……それがすべてではないけれど、確かに一つの考えとして、正解の一つであるように思われた。
そんな意味の文言を添えながら、オトリは企画書の最初、にこう書いていた。
「リアルブルーで人気だと聞くメイド・執事喫茶をAPVで実施、そこでロッソの方達を持て成せば交流の切欠になる。ハンター達にも知識や実際の人手として仕事を依頼して、リゼリオからこの祭をより盛り上げてていく」
そこに彼女の趣味が混じっているのは皆が分かっていたけれど、正当性と強引さでオトリは勝利を手にしたのだ。
●オンステージ♪
しゃららどーん♪
どどんしゃらー♪
新たな夜明けがやってくるー♪
全ての人々手を取り合って―♪
ロッソ・フェスティバール♪
リゼリオもー会場ー♪
皆の声―待つよー♪
見慣れた船のーお隣さーん♪
共に歩もう声高にーさあっ♪
ロッソ・フェスティバール♪
しゃららどーん♪
どどんしゃらー♪
胸に隠した君の声ー♪
見上げてみれば道はそこにある♪
ル・ル・ルフェスティバール♪
リプレイ本文
●
言葉は音の一部で、音楽は言葉を必ずしも要しない。
だからルピナス(ka0179)はステージに立って、蒼界へ歩み寄る切欠を見出す。
「えーっと、曲は……」
準備段階で、蒼界出身のハンター達にも聞いて回った。APVのガラクタを漁りもした。そうして見つけたのはジャズのディスク。これも偶然見つけたプレーヤーで、耳で聞いて覚えていく。
こちらでも手に入るというのは、それだけ数があった物、つまり必然的に皆が知っている曲だ。
「こちらの世界に中々ないと言うと……」
シャーリーン・クリオール(ka0184)が目をつけたのは生クリーム。頼んでおいた牛乳からできる限りの量を作る。
蜂蜜とあわせてホイップクリームにすれば、スコーンだけでなくシフォンなどにも合わせられる。蒼界でよく見るスイーツの演出だ。
ホイップだけでは終わらない。残った牛乳はチーズに。スコーンに使うのでも良いけれど、軽食にも使える。
「サラダに組み合わせると、さっぱりして……」
カフェにサラダだけあっても合わないかと思いなおす。周りは皆スイーツを重視していた。
「ふむ、チーズケーキが無難かな」
切り分ければ数を出せる、しかも保存しておけるという点で強みになるだろう。
この日時に顔を出して。アリオーシュ・アルセイデス(ka3164)のその一言で、他に先約があろうがどれだけの危機が待ち構えて居ようが、その場に参じる気概がある。
(なのにこれ、か……)
執事服に身を包んだアーテル・テネブラエ(ka3693)は、全く同じ服を纏ったアリオーシュへ視線を向けた。
「蒼の世界の人達に、もっと此方の文化や生活に慣れ親しんで欲しいな」
にこやかな笑顔のアリオーシュ。
「利害関係や歪虚との戦いの為とかじゃなくて……お互いの良い所を尊重して不足を補完していけるなら、素敵なことさ」
だろ? アーテルの思考を照らすように、その笑顔がきらきらと向けられる。現金だと自分でも思うが、今その笑顔は俺のものだ。
「お前は本当に人助けが好きだな。お前のそういうところは尊敬に値する」
肩をすくめる。親友らしく、手が焼けると装って。
「が、若干心配になる部分もあってな……まあいい」
本当は傍に居たいからだが、巧妙に隠す。
「客はどうでもいいが、お前の助けになるならやるさ」
最後に本心だけの言葉を添えて。
「そうか!」
また笑顔。
「しっかり働いてくれたまえよ、アーテル君♪」
親しげに背中をべしべしと叩かれる。結局はこの距離感が嫌いじゃないのだ。
(オモシロ系職業ってことよね、興味深いわ)
かつてタングラムが集めたらしいメイドと執事喫茶の資料、それをパラパラとめくってケイ(ka4032)が頷く。
(わざわざ給仕してもらうためのカフェって……つまり、一時的に金持ち気分を味わうって事かしら?)
その発想自体面白いと言うものだ。
「お帰りなさいませご主人様……ねえ」
こうかしら。微笑みを唇に乗せる。普段からあまり感情を表にしないケイだからだろう、様になっていた。
手間はかければかけるほど答えてくれる。せっかくの機会、思いつくことはやっておきたい。
「アイスクリームが作れるぞ」
氷そのものではなく、氷の冷却機能を重視する。氷に塩、そして金属製のボウル。古典的だがアイスを作る道具は揃った。
果物を足してソルベ状に仕上げていく。撹拌に体力を使うがそこは覚醒者といったところか。
けれどやはり量は作れない。
「これを機に広まればいいんだが……」
まずは氷が先か。けれどそれもこうして需要が高まれば機会も増えて、次第に変わっていくのだろうか。
何よりもっと自由に菓子を、料理を作れるようになればいいのにな。それは自分の興味もあるからだけれど。
(そうやってつながる機会が増えればいいさね)
少しでもその手助けになればいい。
(僕が居た世界だって言うけど、ね……?)
窓の外のロッソを見るが、クィーロ・ヴェリル(ka4122)は首を傾げるばかりだ。
仕入れを頼んだシロップが揃うまでは、スコーンの生地を練る作業に集中してしまおう。砕いたチョコレート、木の実、お茶をすりつぶした粉末に、ココアの粉末……少しでも種類を増やせば、目にも楽しくなるはずだ。
(懐かしいのぅ)
水色のリボンで髪が広がりすぎないようおさえて、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は自分が纏うメイド服を見下ろす。メイド達もこんな服を着ていた。当時を思い出せば自分にもできるだろうか。
「清潔感じゃったか……ならば出すまで」
前髪もピンで上げるのは仕事に対して、それだけ本気だからだ。
「来た来た来たぁー! たまんねぇー!」
レオの案内を振り切ってタングラムの席へと突撃する紫月・海斗(ka0788)。
(あまりの可愛さ! うおおおお!)
恋敵からの事前情報通り、メイド服がものすごく似合っている……メイド服? タングラムの近く?
「フクカン!」
肩がしぃ!
「はっはいぃ!?」
「俺達はタングラムに寄ってくる悪い虫を排除せねばならん……解るな?」
こくり
ロリコン親父がメイドに告白してOK貰ったようにも見えるが、会話内容は男らしかった。
ロッソ祭そのものは、単純にお祭り騒ぎ……と、言いたいところだが。天央 観智(ka0896)としては、やはりどこも忙しなく感じられる。だからこそ、ユニオンカフェという言葉は少し新鮮に感じられた。
「のんびりできそうな所は……嫌いじゃありません」
折角ですからと、足を向けた。
ほんの少し足を向けるだけで立ち寄れるなら悪くないな、そう思ってボルディア・コンフラムス(ka0796)もカフェへとやってきた。
(まあどーせタングラムはぐーたらして、フクカンがチョコマカ働いてんだろうな)
給仕という部分に惹かれたユリアン(ka1664)がシャツの上に着るのは、ジャケットではなくベスト、淡い緑色のタイ。
「おかえりなさいませお嬢様?」
少し照れの混じる声で、笑顔を向けた。
●
さあさあみんなお耳を拝借
今日はなんて楽しい日
そうそうだから歌うのさ
忘れられない色をこの音に
乗せるために!
口上も歌うように張り上げる。そこはいつもの通り、紅界らしさを存分に滲ませて。
人の意識を視線を集めたのを確認してから、ルピナスはひとつ微笑み、リュートをかき鳴らす。
この世界の楽器で、異世界の調べを。
(去年エルフハイムの皆さんと話した会場と、同じ部屋ですね)
そう気づくものの、趣が違えばやはり何もかもが新鮮に映る。
軽く目を閉じれば、ココアの甘さがじんわりと染みわたる。日頃何かを考えてばかりの観智である。甘いものは脳にエネルギーをくれるものだから、だから余計に美味しく感じる。
(癒されるというのはこんな感じでしょうか)
ぼんやり、考えるというわけではなく、ぽかりと言葉が浮かぶ。
自前の葡萄酒色のリボンをなびかせて、エルティア・ホープナー(ka0727)が客席を歩く。彼女は働くために、給仕を手伝う為にこの場所に来たのだ。
「メイドさん、注文」
すい
「紅茶のおかわり……」
ふい
「ツンデレメイドさんキター!」
すっ
……全て素通りしていった。
(早く読みたいわ)
物語が私を待っている。エアの手には部屋の片づけの間に見つけた古い本。大方タングラムが収集したまま忘れた物だろうけれど、エアにとってはこれ以上ない宝物だ。
「エルティアさん、仕事溜まってきてるんで手伝い」
レオの声は、頁を捲るエアに届くわけがない。
「何のために来たんっすか、それ貸してくださ」
「あっ彼女は」
気付いたシャイネの声は遅く。
シャッ、ずべし!
「いって! っ……ぇぇぇ……」
プロ根性で悲鳴を途中で抑えたレオ。それにも気づかず本を読み続ける犯人エア。
「……今日はいつも一緒の彼、居ないのかい?」
「……」
出て行きにくいタイミングだと思う。今正に幼馴染が従業員相手に足払いをかける瞬間を目撃したシルヴェイラ(ka0726)は、身を隠すべきかどうか、ほんの数秒迷った。
引きこもりの彼女が接客業をする気になった、その進歩を素直に喜ばせてはもらえないらしい。
(私は今のを見なかった)
そう決めて、物陰から出る。
「エア。どうだ、ちゃんとやってるか?」
近づく程に彼女の身を包むメイド服がよく見える。それは悪くないのだが。
(何もしてないんじゃないだろうか、そうは思っていたが)
予想の上を行く裏切り方をしてくれた。
レオに肩を貸していたシャイネと目が合い、互いに会釈を交わす。
お疲れ様だね。そう言われている気がした。
「あら、シーラ」
どうかした? 耳を揺らし、素直に本から顔をあげるエア。
「なるほどね」
面白そうなシャイネの声は聞こえていないふりをする。彼女が反応するのはシーラだけの筈だ。
「シーラの淹れた美味しい珈琲が飲みたいわ? それと、スコーンもね?」
客にねだるメイドというおかしな構図。
「……エア、君は自分の服を」
本を持っているのだから、何を言っても無駄だと思い出す。
「わかった」
申し訳ないが服を貸してもらえるだろうか。シャイネに支えられるレオに頭を下げた。
ワイルド系執事となった海斗は緑のハンカチーフをゲットしていた。熱意に負けた(と見せかけて面白がった)オトリによる策略だが、ペアカラーであることには変わりない。当然、誇らしげにそれを自身の胸ポケットで閃かせる。
そしてホールへと繰り出す。向かうのはタングラムのテーブルである。
「よぅタングラム、愛しの旦那様のお迎えだぜ?」
するりとテーブルに手をついて、今正に彼女へ声を掛けた男へと意味ありげな視線を向けた。勿論目的は牽制である。
「人の嫁にちょっかいかけるのはいけませんな、旦那様?」
過剰に言っておくくらいがちょうどいいのである。が、動く様子はない。
(去らねぇなー)
これならどうだ?
「なあタングラム、これから一緒に」
肩に手を回すふりをして胸に向かう海斗の右手。
どっかぁん!
「なに考えてやがりますか」
一撃瞬殺。
(これでビビるだろ)
愛の鞭を受けながらゆっくりと倒れる海斗。慣れているから何処かその表情も穏やか……目覚めてる?
「お帰りなさいませ、真水お嬢様」
常とは違う営業向けの微笑みと所作で出迎えるヒース・R・ウォーカー(ka0145)。紺のポケットチーフがどこか髪のリボンと近い。
からかいに来たのだろうけど、こちらからも引き落としてあげるとしよう。
執事らしく持て成すことで。
(これはまた……)
特別な状況、お嬢様扱い、その特殊性にくすぐったい感覚を覚える南條 真水(ka2377)。
「それじゃ、お茶にしてくれるかな、喉が渇いちゃったんだ」
手慣れた返しを終えた後も、少しばかり自分の中に違和感が残る。立ち去ると思ったヒースのにこやかな笑顔がその理由と気付いた。
「貴方が求めるのならば、どんな事でも叶えて見せましょう。それが執事である私の役割ですから」
仰々しい台詞。
ぞくり、もしくはごくり。
(やー、うん。執事服のウォーカーさんもなかなか)
グレイのハンカチーフ、ケイのほっそりとした体躯を包むのは執事服だ。
「メイドじゃないのかって?」
もの問いたげなフェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)の視線にさらりと返す。
「そんなのありきたりでつまらないじゃない。私は執事がしたいのよ」
「そういうものかねえ」
「フェイル君だってやる気じゃない」
モノクルなんて格好つけちゃって。
(言えるわけないよね)
仕事として。切り替えるためのスイッチのようなものだなんて。昔みたいに……その思考はケイが差し出す手によって遮られた。
「だから、はい」
景気づけに頂戴。
「それとも持ってないの?」
「いいや。はい」
ジャム入りのとっておきだよ。そう言って懐から差しだすのはマシュマロだ。執事服のどこに隠し持っていたのか。
「ありがと。……それじゃあ、あらゆるお嬢様と坊っちゃんに金を落とさせてやろうじゃない」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「あ、いえ……」
お嬢様ではありません。答えようとしたミオレスカ(ka3496)をアーテルが笑顔で制す。その立ち振る舞いに二の句が継げず、素直に席へと案内されるミオレスカ。
(これがサルヴァトーレ・ロッソの文化ですか)
そんな事を思いながら内装を眺める。
アーテルが鬼気迫る勢いで接客に専念している様子は、聞こえてくる客の反応からもよくわかった。
(本当にがんばってくれてるなあ)
親友として誇らしい。実際に見ていなくとも、表情も所作も想像できる。それだけ長い付き合いの親友なのだから。
「あとで労ってあげないとね」
くすくすと笑いながら注文されたメニューを確かめる。
メモの中に提案したパンケーキの名が並んでいる。生クリームと果物のソースも可愛らしいけれど、何よりふわふわの舌触りが格別だという声が広まっているらしい。
「俺もアーテルに負けないように、やれることをしなくちゃね」
おたまに生地を掬い取り、フライパンへと向き直った。
「おーい、来てやったぜー」
ドアを開けると、そこに広がるのはひらひらふりふりきらきらの、執事&メイド喫茶。
(どこだここ)
「お帰りなさいませ、お嬢様?」
あれだけ散らかっていたはずの場所が、ここまで様変わりしている、それもボルディアには信じられなかったけれど。
一番衝撃だったのは。
「お前……」
絶句していたボルディアだが、困ったような表情のフクカンにいつもと同じ空気を見つける。そうだコイツはフクカンだ。
「……ある意味最高に輝いてるぜ」
「ボルディアさん……ありがとうございます、頑張ります!」
肩にぽんと手を置いて、穏やかな笑顔を向ける。優しい対応にフクカンは感激していたけれど。
(どうせだから写真に撮って永久保存な)
脳内では色々な計画が練られていた。
(ロッソの“ドウジン”とかいうところで売れそうじゃね)
あっちの世界では需要があるって聞いたことがある、この見た目なら間違いないだろう、どこから見ても女の子だ。
(いやぁ、俺にゃ全くワカンネェせかいだけどなー)
にっこりとした笑顔をフクカンに向ける。
「おぅフクカン、あとで記念写真撮ってやるから!」
タングラムとのお揃い記念だからな!
「わあ、ありがとうございますー!」
フクカンのメイド服ポートレイト、その値段や如何に?
「スコーンと紅茶とな、種類はどれにするのじゃ?」
ヴィルマの接客は独特だ。遜るでも相手を尊ぶわけでもなく、ただどこまでもありのままで話す。その明るさと馴れ馴れしさは良い意味で働いた。初めて出た外の世界、聞いたことのある趣旨のカフェ。そこに必要なのは、ありのままの、目線と声かもしれない。
(案外楽しいものじゃのぅ)
(なんとも皮肉なものだ)
注文を伝えようと控えに戻ろうとしたヴィルマは少し浮かれていて、フェイルは自分の今の行動を自嘲することに忙しくて、互いに気が緩んでいた。
ぼすっ
偶然が重なり、二人は軽い衝撃と共に接触を果たす。
「たた……」
「すまない」
声を出すのも同時。
「ああ、気にしなくていいのじゃ。我が前を向いておらんかったのが悪い」
「いやこちらこそ気をつけなければね……俺はフェイル。きみは」
互いに仕事中だ、身だしなみを戻さなければと視線も手も忙しい。
だから少し早くヴィルマを見たフェイルが小さく息をのんだことに、ヴィルマは気付かなかった。
「そなたもこのカフェを手伝いに来たのかえ? 我は自称霧の魔女の」
チリンチリン♪
呼び出しのベルが鳴る。
「いかねばなるまい。代わりに頼めるかのぅ」
先ほど書き付けた注文のメモをフェイルに渡し客席へと戻っていくヴィルマ。
(緊張しておったようじゃが、腰は痛めておらんかったかのぅ)
フェイルの僅かに強張った顔を見て思ったのだ。それにしても。
(アルフレッドに似た面差しじゃったが……他人のそら似じゃろうて)
名前も違った。自分の十年前の記憶も曖昧だ。見習いとはいえ本職の執事だったアルにきっと、失礼だ。
のんびりと働く面々を眺める。幾度か顔を合わせた者も居る事が見て取れる。
「おや?」
ふわふわとした存在が歩いている。手にしていたカップを置いて、観智は改めてその影を追った。
(……フクカンさん、でしょうか?)
似合っていて可愛らしいですね。でも、同じ服を客席でも見たような?
遠目にタングラムも見えた。いつも通りどっしり構えているのだろうと思う。
「……少しお話したい気もしますね」
相席は許されるだろうか、フクカンは忙しそうだけれど、タングラムなら。
折角の祭、のんびりしに来たのだから……そうだ、今日は本当に他愛もない話にしよう。
(それも案外難しいものですね?)
くすりと笑う。新しい休日の楽しみ方を見つけたような気がした。
迷うような、小さな声を捉える。先ほど案内したばかりの女性の卓に、ユリアンが歩み寄る。
「お勧めを揃えさせていただいても?」
相手のほっとしたような顔に安堵する。
(裏メニュー……と言うほどではないけれど)
少しだけ、メニューとは違うブレンド。さっぱりとしたレモングラスに、ローズを合わせる。
「洗い流す風と、落ち着かせてくれる空気を」
爽やかさのレモンと、柔らかな薔薇の花の香り。共に並べたお皿には、数種類のスコーンと、これまた種類を揃えたジャムやクリーム。
(好きなように出来るのが一番だよね)
気の向くまま、風のように。
「この世界には古からの異邦人が残し根付いた足跡があります」
一口飲んで、落ち着いた顔を見せたお嬢様に一つ、おせっかいですと笑って。
「風の匂いは全く違いますか? 空の青さは? ……もし、お嬢様が恐れるなら。その一歩のお供は是非に」
ハンターでもいい、隣に居る同じロッソの誰かでもいい。ロッソのすぐ傍、リゼリオにだって人はいる。
誰かに声を掛けて、手を伸ばすことが大事だと思う。
微笑んで手を差し出したユリアンに見とれる、女性客。それに気づいてから、慌てて足早に卓を離れた。
「……お疲れ様♪」
くすくすと笑う吟遊詩人に呼び止められる。
「気障だったかな?」
「君らしかったと思うよ? 彼女はきっと、誰かを誘って外に出るよ」
メニューを眺めるミオレスカにかかる、聞き覚えのある声。
「なにをご用意いたしましょうかっ」
「あ、フクカンさ」
メイドがそこにいた。
(男性、でしたよね?)
そのはずだ。
「どうしましたか、ミオレスカお嬢様?」
にこっ。やはりフクカンだ。
「それは、女性向けの衣装では?」
思い切って聞けば、慣れてますからとの返事。
「そうですか。ええと……」
まさか他の皆も? 改めて従業員を見回す。
そして見つける、客席のメイド服。
「タングラムさまですから!」
視線を追ったフクカンが断言する。ならば。
「おすすめはありますか?」
そうしてタングラムが示すのは、フラッペとハーブティー。
(所属者ゆえの助力、そのつもりでいたのだけどねぇ)
別に執事の真似事まで要らなかったのではないかと今更ながらに思う。無理に働かなくても、顔を出すだけで報酬が出るはずだった。それでも従業員として働くことにしたのは、多分馴染みとなってきているフクカン達に純粋に手伝ってやろうと思ったからだ。
(まぁ、メイド服を着させられるよりはマシだねぇ)
先に手を打っておけば防御にもなるからね。フクカンの姿をちらりと見る。
(……経験上、ああなったら碌なことにならないしね)
今回は飛び火しないことを祈っておこう。
セレスティア(ka2691)が母親から聞いたことのある蒼界の知識と同じところを見つけてみたり、ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)も自分の知る話と違うと感じたところを挙げてみたり。他愛もない会話をしながら、お茶の時間を楽しんでいく。
甘いものを二人、時折交換もしてみたりして……それこそ典型的な幸せな恋人たちの姿を周囲へと撒き散らす。
「……こういう場所は初めてでしたけど、いいものですね」
口直しにおかわりのお茶が注がれて、従業員が離れて。セレスティアの声が改まった。
「楽しんでもらえたなら何よりです」
ラシュディアもその気配を感じ取る。お互い自然と姿勢が改まり、視線が真っ直ぐに互いを捉える。
「その……ごめんなさい」
深くは語らなくても通じる。
「怪我だけはするなと……なのに」
言われたその日に大怪我をしてしまった。今はもう治ったし、だからこそこうして二人仲良く外出ができているけれど。
「後悔はありません、でも、反省はしています」
そうすべきだと感じたから。癒しの力を届けるよりも早かったから。
けれど、心配させるつもりはなかった。大丈夫だと微笑むつもりがうまくいかなかったのかもしれない。それは自分の落ち度だ。
(だから、怒られるのは仕方ありません、しっかり受け止めなければ)
ぎゅっと目をつぶり、開く。その時、そしてその後の事を思いだす。
気にしているのは自分だけではないから……だから。互いに伝え合わなければならない。
(そんなこと、俺が謝るべきところじゃないか)
勢いのまま伝えようとして、けれどセラの肩が震えていることに気付く。彼女だってわかっているのだと気付かされる。
お互いに想いあって起きた事だ。
(でも……俺は)
それでも自分のしようとしたことは、そこに含まれないような気がして。
「……俺こそ、ごめんな。奴の術にやられて、もう少しで」
口調が親しい者へのそれと変わる。共に歩むと誓った仲であることを、頭より口が先に理解している。
敵の術のせいだけにはしたくない、そこを耐えきれなかった自分が恥ずかしい。あと一歩仲間の助けが無かったら、俺は、セラを。
セラの手を取って、両手で包み込むように握る。
「もっと俺が君への愛を示せたなら、こんなことには……でも、君を想うこの気持ちは真実で」
「ラシュディア」
自分の手を大事に支えるあまり周りが見えていない恋人、その隙をつく。顔をあげたラシュディアの唇にセラは自身の唇を重ねた。
「!?」
驚きで動きを止めた婚約者にくすりと笑って。
「これでおあいこにしましょう」
改めてセラからも、手を重ねる。
(もっと強くありたい、この幸せな関係を護れるように、この人に心配をかけてしまわないように)
祈るようにもう一度目を閉じて、開いて。
「……誓いましょう、お互いに」
「セラ……」
「「「……」」」
ここはユニオンカフェ、ハンター行きかう中、APVが営む臨時の出し物。
公衆の面前で愛を誓った二人は、動揺しながら、けれど何処か嬉しそうに、周囲のハンター達の祝福を受けることになるのだった。
楽しそうに客と話すヴィルマの様子をそっと伺う。
(霧の魔女、そう言っていた……それにあの面立ち)
当時懐かれていた記憶もある。だからだろうか、記憶にある少女を助けられなかった事がずっと心に引っかかっていた。
(ヴィルマお嬢様に違いない)
右目の上にある三本の傷跡。爪痕にも見えるそれは確かにあの時の歪虚のものだ……若い女性の顔にあるべきものじゃない。
けれどなによりも。
(……生きておられたのか)
ハンターになった理由が生きていたことは自分の根底を覆すけれど、けれどハンターになったからこそ彼女に出会えた。
「いけないね」
仕事中だと思い出す。かつて身に着けた知識と動きを総動員させ紅茶を淹れる。
自分でも少し、浮かれているような気がした。
「フラッペふたつだね。すぐに用意するから、もう少し待っていてくれる?」
バンダナを外し、赤のハンカチーフを身に着けて。クィーロは接客に駆り出されていた。
涼しくなったとはいえ、冷菓は本来貴重な食べ物。だからこそ注文が止まることはなかった。シロップの種類をトッピングの果物でカバーしたクィーロ提案のメニューだ。
(どこにでもあるメニューと思っていたんだけど)
それが蒼界出身者としての認識であるという自覚はなかった。
(こういう恰好もあり……なのかもしれないけど……)
首元が少し窮屈だなと思いながら、これは仕事だと思いなおして集中する。
ガリガリシャリシャリシャリ……
削り終えた後、ふと呼ばれた気がして、窓の外へと視線を向けた。
ロッソは変わらずそこに在る。
(違和感がある……ね)
確かにロッソを見た時は懐かしいようにも思ったけれど、嬉しいのとは違った。好きではない、嫌い。あれは拒否したい、そんな漠然とした思い。
(期待外れだったかな)
急いでるわけでもないのだから、今はそれでいいよね。完成したフラッペをトレイに乗せる。
「フラッペふたつ、お待たせ?」
それにしても様になってるわねフェイル君。いいわ、この私が参考にしてあげようじゃない。
資料だけでは限界があることにはすぐ気付いていた。だからケイは同じく執事として働く者達、そして蒼界出身者らしき客の様子から最良の観察対象を見極めていく。結果、見慣れた友人を見定めた。
(もちろん売り上げナンバーワンは私のものだけど)
それと知らず経験者の立ち振る舞いを盗み会得する。
完璧に男装の麗人となったケイは今日、お客様キラーへの階段を昇っていくのだ。
●
蒼界に済むものなら聞いたことがあるような、どこか懐かしい調べ。
けれどリュートの弦が音の世界線を越えさせる。
曲調とコードは一定に、繰り返し耳に慣らすように。
途中のアレンジは二界を示す。蒼の主旋律に紅のリズムを揃えて重ねて。
音の流れが一週すれば、そこは既に見知った場所で。
頭からもう一度、繰り返そうとする頃には、客席からの手拍子や掛け声がルピナスへと降り注いでいた。
さあさあみんな幕が下りるよ
今日はなんて嬉しい日
生まれも世界も違えども
こうして同じ曲を共に
奏でることはできる!
(手伝いというよりは、選手交代と言えるな、これは)
自前のリボンはエアと揃いだ。シーラの執事服はエア以上に違和感がない。
いつも幼馴染の世話をしているからだという現実からは目を背ける。
スコーンなら手慣れている。既にあるレシピと自身のレシピを照らし合わせながら、慣れた手つきで作り上げていく。
こっちは任せてよさそうだなと、クィーロが接客に出ていく。レオが欠けた分だろう。
「本当に……世話をかけてしまったな」
そうしてスコーンを焼き、新しくコーヒーを淹れ、落ち着くまではと厨房に籠もるシーラ。
そして。
「エア、お待たせ」
未だ本に没頭する幼馴染の卓に給仕する役だけは譲らなかった。
「ずっと根詰めてるだろ。少し休め」
注文が特別多かったわけではないが、手が空けば接客にも回っていた。それを親友が気付かないいはずもなく。
責めるような視線を向けてくる親友にくすりと笑う。
「これくらいなんてことないよ。アーテルもお疲れ様」
丁度客足が引いたタイミングだから様子を見に来たのだろう。なら揃って休憩にもできるはずだ。
(パンケーキの種、まだ残っていたよね)
振る舞おうと踵を返そうとしたところで、手を取られる。
「お望みなら、俺がエスコートさせて戴きますが?」
「って、また!」
親友が時折見せる、自分の様子を伺うような視線を見つける。俺をからかって何が楽しいのだか。
「俺に淑女の扱いは要らないよ」
いつも言ってるだろ? 頬を膨らませて返すのはいつもの事。
「そんな事言ってると、パンケーキあげないからなー」
放せよと振り切って、改めてフライパンに向かう。
だからアリオーシュは知らないのだ、アーテルが自分の顔を見て、とても幸せそうに微笑んでいることなんて。
ヒースを見ているだけではつまらないなと、真水が視線を巡らせる。
「おやおや? グラたんじゃないかい」
「グラたんってまた一昔前の呼び方」
「ダメだよグラたん」
返事も気にせず畳みかけるつもりの真水、その手には大きく文字が書かれた名札が握られている。
「メイドさんはちゃんと名札付けないと」
勿論冗談である、けれどそれらしくいうものだから。通りすがりのスタッフがそうなのかと頷いている。
『メイド長 グラたん』
これならいつでも権威の主張ができるよ? からかう顔でタングラムのエプロン、腰のあたりにくっつけた。
「……子供じゃねーんですから」
反論を最後まで言わせずに、くるりと身を翻す。
「それじゃメイド長、さあ働いた働いた」
偉い人は一番働かなきゃ駄目だろう?
氷の冷たさとシロップの甘さ。果物の爽やかさ。
香るお茶の温かさが、少しだけ冷えた身体をすぐに元に戻してくれる。温まったらまた、氷。
暑すぎず寒すぎずのこの気候に、二極の贅沢。
(皆さんの珍しい姿を楽しませてもらいました)
カフェの目玉商品に、ミオレスカはそれぞれの良いところを探しながら舌鼓をうつ。
「ロッソの皆さんを歓迎するため、楽しませるためと聞きましたけど……」
私もこうして楽しめているから。だからきっとカフェの狙いは成功したんじゃないでしょうか?
帰り支度を終えたヒースが見たのは、くるりくるりと身を翻す真水の姿。ナナクロもたまにこんな動きをするような。
「おや、ウォーカーさんはもう上がりかな」
「ああ、一緒に帰ろうかぁ?」
視線に気づいた時に少し驚いた様子。思っても口には出さない。
ああ、でもそう言えば。
「興味本位で聞きたいことがひとつ」
「南條さんに答えられないことなんてないよ?」
なんだい? 胸を張るような真水の素振りはすぐ後に崩されることになる。
「今のボクと仕事中のボク、どっちの方が良かったかなぁ?」
「……」
なんて言ってあげようか。
「慇懃な感じがぴったりだと思うよ」
褒めているのか、いないのか……この曖昧さが丁度いい。さっきの仕返しなのだからね。
言葉は音の一部で、音楽は言葉を必ずしも要しない。
だからルピナス(ka0179)はステージに立って、蒼界へ歩み寄る切欠を見出す。
「えーっと、曲は……」
準備段階で、蒼界出身のハンター達にも聞いて回った。APVのガラクタを漁りもした。そうして見つけたのはジャズのディスク。これも偶然見つけたプレーヤーで、耳で聞いて覚えていく。
こちらでも手に入るというのは、それだけ数があった物、つまり必然的に皆が知っている曲だ。
「こちらの世界に中々ないと言うと……」
シャーリーン・クリオール(ka0184)が目をつけたのは生クリーム。頼んでおいた牛乳からできる限りの量を作る。
蜂蜜とあわせてホイップクリームにすれば、スコーンだけでなくシフォンなどにも合わせられる。蒼界でよく見るスイーツの演出だ。
ホイップだけでは終わらない。残った牛乳はチーズに。スコーンに使うのでも良いけれど、軽食にも使える。
「サラダに組み合わせると、さっぱりして……」
カフェにサラダだけあっても合わないかと思いなおす。周りは皆スイーツを重視していた。
「ふむ、チーズケーキが無難かな」
切り分ければ数を出せる、しかも保存しておけるという点で強みになるだろう。
この日時に顔を出して。アリオーシュ・アルセイデス(ka3164)のその一言で、他に先約があろうがどれだけの危機が待ち構えて居ようが、その場に参じる気概がある。
(なのにこれ、か……)
執事服に身を包んだアーテル・テネブラエ(ka3693)は、全く同じ服を纏ったアリオーシュへ視線を向けた。
「蒼の世界の人達に、もっと此方の文化や生活に慣れ親しんで欲しいな」
にこやかな笑顔のアリオーシュ。
「利害関係や歪虚との戦いの為とかじゃなくて……お互いの良い所を尊重して不足を補完していけるなら、素敵なことさ」
だろ? アーテルの思考を照らすように、その笑顔がきらきらと向けられる。現金だと自分でも思うが、今その笑顔は俺のものだ。
「お前は本当に人助けが好きだな。お前のそういうところは尊敬に値する」
肩をすくめる。親友らしく、手が焼けると装って。
「が、若干心配になる部分もあってな……まあいい」
本当は傍に居たいからだが、巧妙に隠す。
「客はどうでもいいが、お前の助けになるならやるさ」
最後に本心だけの言葉を添えて。
「そうか!」
また笑顔。
「しっかり働いてくれたまえよ、アーテル君♪」
親しげに背中をべしべしと叩かれる。結局はこの距離感が嫌いじゃないのだ。
(オモシロ系職業ってことよね、興味深いわ)
かつてタングラムが集めたらしいメイドと執事喫茶の資料、それをパラパラとめくってケイ(ka4032)が頷く。
(わざわざ給仕してもらうためのカフェって……つまり、一時的に金持ち気分を味わうって事かしら?)
その発想自体面白いと言うものだ。
「お帰りなさいませご主人様……ねえ」
こうかしら。微笑みを唇に乗せる。普段からあまり感情を表にしないケイだからだろう、様になっていた。
手間はかければかけるほど答えてくれる。せっかくの機会、思いつくことはやっておきたい。
「アイスクリームが作れるぞ」
氷そのものではなく、氷の冷却機能を重視する。氷に塩、そして金属製のボウル。古典的だがアイスを作る道具は揃った。
果物を足してソルベ状に仕上げていく。撹拌に体力を使うがそこは覚醒者といったところか。
けれどやはり量は作れない。
「これを機に広まればいいんだが……」
まずは氷が先か。けれどそれもこうして需要が高まれば機会も増えて、次第に変わっていくのだろうか。
何よりもっと自由に菓子を、料理を作れるようになればいいのにな。それは自分の興味もあるからだけれど。
(そうやってつながる機会が増えればいいさね)
少しでもその手助けになればいい。
(僕が居た世界だって言うけど、ね……?)
窓の外のロッソを見るが、クィーロ・ヴェリル(ka4122)は首を傾げるばかりだ。
仕入れを頼んだシロップが揃うまでは、スコーンの生地を練る作業に集中してしまおう。砕いたチョコレート、木の実、お茶をすりつぶした粉末に、ココアの粉末……少しでも種類を増やせば、目にも楽しくなるはずだ。
(懐かしいのぅ)
水色のリボンで髪が広がりすぎないようおさえて、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は自分が纏うメイド服を見下ろす。メイド達もこんな服を着ていた。当時を思い出せば自分にもできるだろうか。
「清潔感じゃったか……ならば出すまで」
前髪もピンで上げるのは仕事に対して、それだけ本気だからだ。
「来た来た来たぁー! たまんねぇー!」
レオの案内を振り切ってタングラムの席へと突撃する紫月・海斗(ka0788)。
(あまりの可愛さ! うおおおお!)
恋敵からの事前情報通り、メイド服がものすごく似合っている……メイド服? タングラムの近く?
「フクカン!」
肩がしぃ!
「はっはいぃ!?」
「俺達はタングラムに寄ってくる悪い虫を排除せねばならん……解るな?」
こくり
ロリコン親父がメイドに告白してOK貰ったようにも見えるが、会話内容は男らしかった。
ロッソ祭そのものは、単純にお祭り騒ぎ……と、言いたいところだが。天央 観智(ka0896)としては、やはりどこも忙しなく感じられる。だからこそ、ユニオンカフェという言葉は少し新鮮に感じられた。
「のんびりできそうな所は……嫌いじゃありません」
折角ですからと、足を向けた。
ほんの少し足を向けるだけで立ち寄れるなら悪くないな、そう思ってボルディア・コンフラムス(ka0796)もカフェへとやってきた。
(まあどーせタングラムはぐーたらして、フクカンがチョコマカ働いてんだろうな)
給仕という部分に惹かれたユリアン(ka1664)がシャツの上に着るのは、ジャケットではなくベスト、淡い緑色のタイ。
「おかえりなさいませお嬢様?」
少し照れの混じる声で、笑顔を向けた。
●
さあさあみんなお耳を拝借
今日はなんて楽しい日
そうそうだから歌うのさ
忘れられない色をこの音に
乗せるために!
口上も歌うように張り上げる。そこはいつもの通り、紅界らしさを存分に滲ませて。
人の意識を視線を集めたのを確認してから、ルピナスはひとつ微笑み、リュートをかき鳴らす。
この世界の楽器で、異世界の調べを。
(去年エルフハイムの皆さんと話した会場と、同じ部屋ですね)
そう気づくものの、趣が違えばやはり何もかもが新鮮に映る。
軽く目を閉じれば、ココアの甘さがじんわりと染みわたる。日頃何かを考えてばかりの観智である。甘いものは脳にエネルギーをくれるものだから、だから余計に美味しく感じる。
(癒されるというのはこんな感じでしょうか)
ぼんやり、考えるというわけではなく、ぽかりと言葉が浮かぶ。
自前の葡萄酒色のリボンをなびかせて、エルティア・ホープナー(ka0727)が客席を歩く。彼女は働くために、給仕を手伝う為にこの場所に来たのだ。
「メイドさん、注文」
すい
「紅茶のおかわり……」
ふい
「ツンデレメイドさんキター!」
すっ
……全て素通りしていった。
(早く読みたいわ)
物語が私を待っている。エアの手には部屋の片づけの間に見つけた古い本。大方タングラムが収集したまま忘れた物だろうけれど、エアにとってはこれ以上ない宝物だ。
「エルティアさん、仕事溜まってきてるんで手伝い」
レオの声は、頁を捲るエアに届くわけがない。
「何のために来たんっすか、それ貸してくださ」
「あっ彼女は」
気付いたシャイネの声は遅く。
シャッ、ずべし!
「いって! っ……ぇぇぇ……」
プロ根性で悲鳴を途中で抑えたレオ。それにも気づかず本を読み続ける犯人エア。
「……今日はいつも一緒の彼、居ないのかい?」
「……」
出て行きにくいタイミングだと思う。今正に幼馴染が従業員相手に足払いをかける瞬間を目撃したシルヴェイラ(ka0726)は、身を隠すべきかどうか、ほんの数秒迷った。
引きこもりの彼女が接客業をする気になった、その進歩を素直に喜ばせてはもらえないらしい。
(私は今のを見なかった)
そう決めて、物陰から出る。
「エア。どうだ、ちゃんとやってるか?」
近づく程に彼女の身を包むメイド服がよく見える。それは悪くないのだが。
(何もしてないんじゃないだろうか、そうは思っていたが)
予想の上を行く裏切り方をしてくれた。
レオに肩を貸していたシャイネと目が合い、互いに会釈を交わす。
お疲れ様だね。そう言われている気がした。
「あら、シーラ」
どうかした? 耳を揺らし、素直に本から顔をあげるエア。
「なるほどね」
面白そうなシャイネの声は聞こえていないふりをする。彼女が反応するのはシーラだけの筈だ。
「シーラの淹れた美味しい珈琲が飲みたいわ? それと、スコーンもね?」
客にねだるメイドというおかしな構図。
「……エア、君は自分の服を」
本を持っているのだから、何を言っても無駄だと思い出す。
「わかった」
申し訳ないが服を貸してもらえるだろうか。シャイネに支えられるレオに頭を下げた。
ワイルド系執事となった海斗は緑のハンカチーフをゲットしていた。熱意に負けた(と見せかけて面白がった)オトリによる策略だが、ペアカラーであることには変わりない。当然、誇らしげにそれを自身の胸ポケットで閃かせる。
そしてホールへと繰り出す。向かうのはタングラムのテーブルである。
「よぅタングラム、愛しの旦那様のお迎えだぜ?」
するりとテーブルに手をついて、今正に彼女へ声を掛けた男へと意味ありげな視線を向けた。勿論目的は牽制である。
「人の嫁にちょっかいかけるのはいけませんな、旦那様?」
過剰に言っておくくらいがちょうどいいのである。が、動く様子はない。
(去らねぇなー)
これならどうだ?
「なあタングラム、これから一緒に」
肩に手を回すふりをして胸に向かう海斗の右手。
どっかぁん!
「なに考えてやがりますか」
一撃瞬殺。
(これでビビるだろ)
愛の鞭を受けながらゆっくりと倒れる海斗。慣れているから何処かその表情も穏やか……目覚めてる?
「お帰りなさいませ、真水お嬢様」
常とは違う営業向けの微笑みと所作で出迎えるヒース・R・ウォーカー(ka0145)。紺のポケットチーフがどこか髪のリボンと近い。
からかいに来たのだろうけど、こちらからも引き落としてあげるとしよう。
執事らしく持て成すことで。
(これはまた……)
特別な状況、お嬢様扱い、その特殊性にくすぐったい感覚を覚える南條 真水(ka2377)。
「それじゃ、お茶にしてくれるかな、喉が渇いちゃったんだ」
手慣れた返しを終えた後も、少しばかり自分の中に違和感が残る。立ち去ると思ったヒースのにこやかな笑顔がその理由と気付いた。
「貴方が求めるのならば、どんな事でも叶えて見せましょう。それが執事である私の役割ですから」
仰々しい台詞。
ぞくり、もしくはごくり。
(やー、うん。執事服のウォーカーさんもなかなか)
グレイのハンカチーフ、ケイのほっそりとした体躯を包むのは執事服だ。
「メイドじゃないのかって?」
もの問いたげなフェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)の視線にさらりと返す。
「そんなのありきたりでつまらないじゃない。私は執事がしたいのよ」
「そういうものかねえ」
「フェイル君だってやる気じゃない」
モノクルなんて格好つけちゃって。
(言えるわけないよね)
仕事として。切り替えるためのスイッチのようなものだなんて。昔みたいに……その思考はケイが差し出す手によって遮られた。
「だから、はい」
景気づけに頂戴。
「それとも持ってないの?」
「いいや。はい」
ジャム入りのとっておきだよ。そう言って懐から差しだすのはマシュマロだ。執事服のどこに隠し持っていたのか。
「ありがと。……それじゃあ、あらゆるお嬢様と坊っちゃんに金を落とさせてやろうじゃない」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「あ、いえ……」
お嬢様ではありません。答えようとしたミオレスカ(ka3496)をアーテルが笑顔で制す。その立ち振る舞いに二の句が継げず、素直に席へと案内されるミオレスカ。
(これがサルヴァトーレ・ロッソの文化ですか)
そんな事を思いながら内装を眺める。
アーテルが鬼気迫る勢いで接客に専念している様子は、聞こえてくる客の反応からもよくわかった。
(本当にがんばってくれてるなあ)
親友として誇らしい。実際に見ていなくとも、表情も所作も想像できる。それだけ長い付き合いの親友なのだから。
「あとで労ってあげないとね」
くすくすと笑いながら注文されたメニューを確かめる。
メモの中に提案したパンケーキの名が並んでいる。生クリームと果物のソースも可愛らしいけれど、何よりふわふわの舌触りが格別だという声が広まっているらしい。
「俺もアーテルに負けないように、やれることをしなくちゃね」
おたまに生地を掬い取り、フライパンへと向き直った。
「おーい、来てやったぜー」
ドアを開けると、そこに広がるのはひらひらふりふりきらきらの、執事&メイド喫茶。
(どこだここ)
「お帰りなさいませ、お嬢様?」
あれだけ散らかっていたはずの場所が、ここまで様変わりしている、それもボルディアには信じられなかったけれど。
一番衝撃だったのは。
「お前……」
絶句していたボルディアだが、困ったような表情のフクカンにいつもと同じ空気を見つける。そうだコイツはフクカンだ。
「……ある意味最高に輝いてるぜ」
「ボルディアさん……ありがとうございます、頑張ります!」
肩にぽんと手を置いて、穏やかな笑顔を向ける。優しい対応にフクカンは感激していたけれど。
(どうせだから写真に撮って永久保存な)
脳内では色々な計画が練られていた。
(ロッソの“ドウジン”とかいうところで売れそうじゃね)
あっちの世界では需要があるって聞いたことがある、この見た目なら間違いないだろう、どこから見ても女の子だ。
(いやぁ、俺にゃ全くワカンネェせかいだけどなー)
にっこりとした笑顔をフクカンに向ける。
「おぅフクカン、あとで記念写真撮ってやるから!」
タングラムとのお揃い記念だからな!
「わあ、ありがとうございますー!」
フクカンのメイド服ポートレイト、その値段や如何に?
「スコーンと紅茶とな、種類はどれにするのじゃ?」
ヴィルマの接客は独特だ。遜るでも相手を尊ぶわけでもなく、ただどこまでもありのままで話す。その明るさと馴れ馴れしさは良い意味で働いた。初めて出た外の世界、聞いたことのある趣旨のカフェ。そこに必要なのは、ありのままの、目線と声かもしれない。
(案外楽しいものじゃのぅ)
(なんとも皮肉なものだ)
注文を伝えようと控えに戻ろうとしたヴィルマは少し浮かれていて、フェイルは自分の今の行動を自嘲することに忙しくて、互いに気が緩んでいた。
ぼすっ
偶然が重なり、二人は軽い衝撃と共に接触を果たす。
「たた……」
「すまない」
声を出すのも同時。
「ああ、気にしなくていいのじゃ。我が前を向いておらんかったのが悪い」
「いやこちらこそ気をつけなければね……俺はフェイル。きみは」
互いに仕事中だ、身だしなみを戻さなければと視線も手も忙しい。
だから少し早くヴィルマを見たフェイルが小さく息をのんだことに、ヴィルマは気付かなかった。
「そなたもこのカフェを手伝いに来たのかえ? 我は自称霧の魔女の」
チリンチリン♪
呼び出しのベルが鳴る。
「いかねばなるまい。代わりに頼めるかのぅ」
先ほど書き付けた注文のメモをフェイルに渡し客席へと戻っていくヴィルマ。
(緊張しておったようじゃが、腰は痛めておらんかったかのぅ)
フェイルの僅かに強張った顔を見て思ったのだ。それにしても。
(アルフレッドに似た面差しじゃったが……他人のそら似じゃろうて)
名前も違った。自分の十年前の記憶も曖昧だ。見習いとはいえ本職の執事だったアルにきっと、失礼だ。
のんびりと働く面々を眺める。幾度か顔を合わせた者も居る事が見て取れる。
「おや?」
ふわふわとした存在が歩いている。手にしていたカップを置いて、観智は改めてその影を追った。
(……フクカンさん、でしょうか?)
似合っていて可愛らしいですね。でも、同じ服を客席でも見たような?
遠目にタングラムも見えた。いつも通りどっしり構えているのだろうと思う。
「……少しお話したい気もしますね」
相席は許されるだろうか、フクカンは忙しそうだけれど、タングラムなら。
折角の祭、のんびりしに来たのだから……そうだ、今日は本当に他愛もない話にしよう。
(それも案外難しいものですね?)
くすりと笑う。新しい休日の楽しみ方を見つけたような気がした。
迷うような、小さな声を捉える。先ほど案内したばかりの女性の卓に、ユリアンが歩み寄る。
「お勧めを揃えさせていただいても?」
相手のほっとしたような顔に安堵する。
(裏メニュー……と言うほどではないけれど)
少しだけ、メニューとは違うブレンド。さっぱりとしたレモングラスに、ローズを合わせる。
「洗い流す風と、落ち着かせてくれる空気を」
爽やかさのレモンと、柔らかな薔薇の花の香り。共に並べたお皿には、数種類のスコーンと、これまた種類を揃えたジャムやクリーム。
(好きなように出来るのが一番だよね)
気の向くまま、風のように。
「この世界には古からの異邦人が残し根付いた足跡があります」
一口飲んで、落ち着いた顔を見せたお嬢様に一つ、おせっかいですと笑って。
「風の匂いは全く違いますか? 空の青さは? ……もし、お嬢様が恐れるなら。その一歩のお供は是非に」
ハンターでもいい、隣に居る同じロッソの誰かでもいい。ロッソのすぐ傍、リゼリオにだって人はいる。
誰かに声を掛けて、手を伸ばすことが大事だと思う。
微笑んで手を差し出したユリアンに見とれる、女性客。それに気づいてから、慌てて足早に卓を離れた。
「……お疲れ様♪」
くすくすと笑う吟遊詩人に呼び止められる。
「気障だったかな?」
「君らしかったと思うよ? 彼女はきっと、誰かを誘って外に出るよ」
メニューを眺めるミオレスカにかかる、聞き覚えのある声。
「なにをご用意いたしましょうかっ」
「あ、フクカンさ」
メイドがそこにいた。
(男性、でしたよね?)
そのはずだ。
「どうしましたか、ミオレスカお嬢様?」
にこっ。やはりフクカンだ。
「それは、女性向けの衣装では?」
思い切って聞けば、慣れてますからとの返事。
「そうですか。ええと……」
まさか他の皆も? 改めて従業員を見回す。
そして見つける、客席のメイド服。
「タングラムさまですから!」
視線を追ったフクカンが断言する。ならば。
「おすすめはありますか?」
そうしてタングラムが示すのは、フラッペとハーブティー。
(所属者ゆえの助力、そのつもりでいたのだけどねぇ)
別に執事の真似事まで要らなかったのではないかと今更ながらに思う。無理に働かなくても、顔を出すだけで報酬が出るはずだった。それでも従業員として働くことにしたのは、多分馴染みとなってきているフクカン達に純粋に手伝ってやろうと思ったからだ。
(まぁ、メイド服を着させられるよりはマシだねぇ)
先に手を打っておけば防御にもなるからね。フクカンの姿をちらりと見る。
(……経験上、ああなったら碌なことにならないしね)
今回は飛び火しないことを祈っておこう。
セレスティア(ka2691)が母親から聞いたことのある蒼界の知識と同じところを見つけてみたり、ラシュディア・シュタインバーグ(ka1779)も自分の知る話と違うと感じたところを挙げてみたり。他愛もない会話をしながら、お茶の時間を楽しんでいく。
甘いものを二人、時折交換もしてみたりして……それこそ典型的な幸せな恋人たちの姿を周囲へと撒き散らす。
「……こういう場所は初めてでしたけど、いいものですね」
口直しにおかわりのお茶が注がれて、従業員が離れて。セレスティアの声が改まった。
「楽しんでもらえたなら何よりです」
ラシュディアもその気配を感じ取る。お互い自然と姿勢が改まり、視線が真っ直ぐに互いを捉える。
「その……ごめんなさい」
深くは語らなくても通じる。
「怪我だけはするなと……なのに」
言われたその日に大怪我をしてしまった。今はもう治ったし、だからこそこうして二人仲良く外出ができているけれど。
「後悔はありません、でも、反省はしています」
そうすべきだと感じたから。癒しの力を届けるよりも早かったから。
けれど、心配させるつもりはなかった。大丈夫だと微笑むつもりがうまくいかなかったのかもしれない。それは自分の落ち度だ。
(だから、怒られるのは仕方ありません、しっかり受け止めなければ)
ぎゅっと目をつぶり、開く。その時、そしてその後の事を思いだす。
気にしているのは自分だけではないから……だから。互いに伝え合わなければならない。
(そんなこと、俺が謝るべきところじゃないか)
勢いのまま伝えようとして、けれどセラの肩が震えていることに気付く。彼女だってわかっているのだと気付かされる。
お互いに想いあって起きた事だ。
(でも……俺は)
それでも自分のしようとしたことは、そこに含まれないような気がして。
「……俺こそ、ごめんな。奴の術にやられて、もう少しで」
口調が親しい者へのそれと変わる。共に歩むと誓った仲であることを、頭より口が先に理解している。
敵の術のせいだけにはしたくない、そこを耐えきれなかった自分が恥ずかしい。あと一歩仲間の助けが無かったら、俺は、セラを。
セラの手を取って、両手で包み込むように握る。
「もっと俺が君への愛を示せたなら、こんなことには……でも、君を想うこの気持ちは真実で」
「ラシュディア」
自分の手を大事に支えるあまり周りが見えていない恋人、その隙をつく。顔をあげたラシュディアの唇にセラは自身の唇を重ねた。
「!?」
驚きで動きを止めた婚約者にくすりと笑って。
「これでおあいこにしましょう」
改めてセラからも、手を重ねる。
(もっと強くありたい、この幸せな関係を護れるように、この人に心配をかけてしまわないように)
祈るようにもう一度目を閉じて、開いて。
「……誓いましょう、お互いに」
「セラ……」
「「「……」」」
ここはユニオンカフェ、ハンター行きかう中、APVが営む臨時の出し物。
公衆の面前で愛を誓った二人は、動揺しながら、けれど何処か嬉しそうに、周囲のハンター達の祝福を受けることになるのだった。
楽しそうに客と話すヴィルマの様子をそっと伺う。
(霧の魔女、そう言っていた……それにあの面立ち)
当時懐かれていた記憶もある。だからだろうか、記憶にある少女を助けられなかった事がずっと心に引っかかっていた。
(ヴィルマお嬢様に違いない)
右目の上にある三本の傷跡。爪痕にも見えるそれは確かにあの時の歪虚のものだ……若い女性の顔にあるべきものじゃない。
けれどなによりも。
(……生きておられたのか)
ハンターになった理由が生きていたことは自分の根底を覆すけれど、けれどハンターになったからこそ彼女に出会えた。
「いけないね」
仕事中だと思い出す。かつて身に着けた知識と動きを総動員させ紅茶を淹れる。
自分でも少し、浮かれているような気がした。
「フラッペふたつだね。すぐに用意するから、もう少し待っていてくれる?」
バンダナを外し、赤のハンカチーフを身に着けて。クィーロは接客に駆り出されていた。
涼しくなったとはいえ、冷菓は本来貴重な食べ物。だからこそ注文が止まることはなかった。シロップの種類をトッピングの果物でカバーしたクィーロ提案のメニューだ。
(どこにでもあるメニューと思っていたんだけど)
それが蒼界出身者としての認識であるという自覚はなかった。
(こういう恰好もあり……なのかもしれないけど……)
首元が少し窮屈だなと思いながら、これは仕事だと思いなおして集中する。
ガリガリシャリシャリシャリ……
削り終えた後、ふと呼ばれた気がして、窓の外へと視線を向けた。
ロッソは変わらずそこに在る。
(違和感がある……ね)
確かにロッソを見た時は懐かしいようにも思ったけれど、嬉しいのとは違った。好きではない、嫌い。あれは拒否したい、そんな漠然とした思い。
(期待外れだったかな)
急いでるわけでもないのだから、今はそれでいいよね。完成したフラッペをトレイに乗せる。
「フラッペふたつ、お待たせ?」
それにしても様になってるわねフェイル君。いいわ、この私が参考にしてあげようじゃない。
資料だけでは限界があることにはすぐ気付いていた。だからケイは同じく執事として働く者達、そして蒼界出身者らしき客の様子から最良の観察対象を見極めていく。結果、見慣れた友人を見定めた。
(もちろん売り上げナンバーワンは私のものだけど)
それと知らず経験者の立ち振る舞いを盗み会得する。
完璧に男装の麗人となったケイは今日、お客様キラーへの階段を昇っていくのだ。
●
蒼界に済むものなら聞いたことがあるような、どこか懐かしい調べ。
けれどリュートの弦が音の世界線を越えさせる。
曲調とコードは一定に、繰り返し耳に慣らすように。
途中のアレンジは二界を示す。蒼の主旋律に紅のリズムを揃えて重ねて。
音の流れが一週すれば、そこは既に見知った場所で。
頭からもう一度、繰り返そうとする頃には、客席からの手拍子や掛け声がルピナスへと降り注いでいた。
さあさあみんな幕が下りるよ
今日はなんて嬉しい日
生まれも世界も違えども
こうして同じ曲を共に
奏でることはできる!
(手伝いというよりは、選手交代と言えるな、これは)
自前のリボンはエアと揃いだ。シーラの執事服はエア以上に違和感がない。
いつも幼馴染の世話をしているからだという現実からは目を背ける。
スコーンなら手慣れている。既にあるレシピと自身のレシピを照らし合わせながら、慣れた手つきで作り上げていく。
こっちは任せてよさそうだなと、クィーロが接客に出ていく。レオが欠けた分だろう。
「本当に……世話をかけてしまったな」
そうしてスコーンを焼き、新しくコーヒーを淹れ、落ち着くまではと厨房に籠もるシーラ。
そして。
「エア、お待たせ」
未だ本に没頭する幼馴染の卓に給仕する役だけは譲らなかった。
「ずっと根詰めてるだろ。少し休め」
注文が特別多かったわけではないが、手が空けば接客にも回っていた。それを親友が気付かないいはずもなく。
責めるような視線を向けてくる親友にくすりと笑う。
「これくらいなんてことないよ。アーテルもお疲れ様」
丁度客足が引いたタイミングだから様子を見に来たのだろう。なら揃って休憩にもできるはずだ。
(パンケーキの種、まだ残っていたよね)
振る舞おうと踵を返そうとしたところで、手を取られる。
「お望みなら、俺がエスコートさせて戴きますが?」
「って、また!」
親友が時折見せる、自分の様子を伺うような視線を見つける。俺をからかって何が楽しいのだか。
「俺に淑女の扱いは要らないよ」
いつも言ってるだろ? 頬を膨らませて返すのはいつもの事。
「そんな事言ってると、パンケーキあげないからなー」
放せよと振り切って、改めてフライパンに向かう。
だからアリオーシュは知らないのだ、アーテルが自分の顔を見て、とても幸せそうに微笑んでいることなんて。
ヒースを見ているだけではつまらないなと、真水が視線を巡らせる。
「おやおや? グラたんじゃないかい」
「グラたんってまた一昔前の呼び方」
「ダメだよグラたん」
返事も気にせず畳みかけるつもりの真水、その手には大きく文字が書かれた名札が握られている。
「メイドさんはちゃんと名札付けないと」
勿論冗談である、けれどそれらしくいうものだから。通りすがりのスタッフがそうなのかと頷いている。
『メイド長 グラたん』
これならいつでも権威の主張ができるよ? からかう顔でタングラムのエプロン、腰のあたりにくっつけた。
「……子供じゃねーんですから」
反論を最後まで言わせずに、くるりと身を翻す。
「それじゃメイド長、さあ働いた働いた」
偉い人は一番働かなきゃ駄目だろう?
氷の冷たさとシロップの甘さ。果物の爽やかさ。
香るお茶の温かさが、少しだけ冷えた身体をすぐに元に戻してくれる。温まったらまた、氷。
暑すぎず寒すぎずのこの気候に、二極の贅沢。
(皆さんの珍しい姿を楽しませてもらいました)
カフェの目玉商品に、ミオレスカはそれぞれの良いところを探しながら舌鼓をうつ。
「ロッソの皆さんを歓迎するため、楽しませるためと聞きましたけど……」
私もこうして楽しめているから。だからきっとカフェの狙いは成功したんじゃないでしょうか?
帰り支度を終えたヒースが見たのは、くるりくるりと身を翻す真水の姿。ナナクロもたまにこんな動きをするような。
「おや、ウォーカーさんはもう上がりかな」
「ああ、一緒に帰ろうかぁ?」
視線に気づいた時に少し驚いた様子。思っても口には出さない。
ああ、でもそう言えば。
「興味本位で聞きたいことがひとつ」
「南條さんに答えられないことなんてないよ?」
なんだい? 胸を張るような真水の素振りはすぐ後に崩されることになる。
「今のボクと仕事中のボク、どっちの方が良かったかなぁ?」
「……」
なんて言ってあげようか。
「慇懃な感じがぴったりだと思うよ」
褒めているのか、いないのか……この曖昧さが丁度いい。さっきの仕返しなのだからね。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 25人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/09/21 22:54:46 |