ゲスト
(ka0000)
生きる道
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/15 09:00
- 完成日
- 2015/10/18 23:36
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「ミーファ、何をしてるの!?」
双子の姉であるサイアは部屋に入って来るなり、大声を張り上げた。感情が強く露出されたためか甲高くなった声はお世辞にも耳障りが良いとは言えなかった。
そんなサイアの様子にも気にかける様子もなく、ミーファは荷物を詰め込んでいたリュックサックから手を離し、いつもと変わらない明るい表情でサイアに向き直って答えた。
「サイア、荷物の整理よ。あたし、エルフハイムを出るの」
努めて軽く、極々自然なことのように話したつもりだったが、ずっと傍にいたサイアはそんな語り口に惑わされるわけがなかった。
眉がきりりと上がり、アーモンド型の目は丸く開かれた。口も丸く開けたままだけど、長いエルフの耳はしなだれて。お人形みたい。
「どうしてなの? 外の世界はミーファも知ってるでしょ。怖くて危なくて大変なのよ」
「どうしても。外の世界はサイアも見たでしょ? 綺麗で輝きに満ちてて素敵なのよ」
サイアは信じられないような顔をしていた。きっとミーファが真反対から意見を対抗させたことにショックを隠せないのだろう。その変貌に驚きを覚えながらも、サイアは冷静に言葉を紡いだ。
「どうして? またエグゼントさんやシャイネさんに連れて行ってもらえばいいじゃない。エルフハイムを人間は狙っているの。危険な事する必要ないじゃない」
懸命の説得にミーファはとうとう怒りだした。
「どうしても! サイアはおかしいと思わないの? 人間は危険だ。エルフハイムは狙われている。エルフは森を守り、森に守られて生きなければならないんだって。外にそんなこと一つでもあった? この退屈な人生を何十年も続けたいと思うの?」
「そんなにエルフハイムが嫌なの? どうして」
「サイアが私の大切な本捨てたからでしょ!」
「男性同士の異常な恋愛を描いた本なんてダメに決まってるじゃない!」
「あれもダメ、これもダメ。そんなの常識じゃ考えられない。そんなの普通じゃないって。じゃあ、あたしはここでくだらない毎日をただただ過ごせっての? 人を認められないなら、外に出させてよ!!」
我慢がならない様子はサイアも同じだったが、ミーファの怒りはもっともっと根が深かった。
顔も同じ、声もそっくりの姉。その癖、お行儀が良くて勉強ができて。みんなから期待を寄せられて。
姉に合わせて行動することのなんと辛いことか。影になること、比較対象になることのなんと情けないことか。
それがようやくエルフハイムの外に出て見つかったのだ。サイアと比較にならない世界を。自分だけの楽しみを。
ミーファは叫びは懇願にも近い、涙のこぼれそうな訴えだった。
「行かせて。このままじゃ心が死んじゃうの!」
それでもサイアはミーファにすがりつき、涙を零しながら首を横に振った。
「ミーファ。外のことだって何も知らないじゃない。無暗に出て行ったらきっと歪虚に食い殺される。心が死ぬだなんて、ミーファがずっと逃げ回ってるからじゃない」
「サイア! 外のことを何も知らないじゃない。光の無いここに閉じこもっていたら歪虚になっちゃう。心の痛みのこと、サイアは何も知らないじゃない」
決着がつくはずもない。
二人は本質的には同じなのだから。ミーファも、そしてサイアもそれは良く分かっていた。
だが、この場合平行線のままで有利なのはサイアだった。
結局、ミーファは今日も家に閉じ込められたまま。長年の絆という鎖で縛りつけられたまま。
だけどミーファは諦めてなどいなかった。こうなることも薄々わかっていた。
ミーファは窓からリンゴを載せた馬車が外に出ていくのを祈りながら見つめていた。あのリンゴ箱の中に隠しいれた手紙の行き先、あのほんわり優しい商人の女の子は気づいてくれるだろう。そしてきっと力になってくれるはず。
「願いが叶いますように……」
ミーファはそう願わずにはいられなかった。
そして、それは間もなく叶うことになった。ミーファの言葉は確かにハンターへと届いたのだ。
ミーファは月のない夜を抜け、外に向かって走り出した。サイアの足音を振り切るようにして生きる道をひたすらに駆けた。
双子の姉であるサイアは部屋に入って来るなり、大声を張り上げた。感情が強く露出されたためか甲高くなった声はお世辞にも耳障りが良いとは言えなかった。
そんなサイアの様子にも気にかける様子もなく、ミーファは荷物を詰め込んでいたリュックサックから手を離し、いつもと変わらない明るい表情でサイアに向き直って答えた。
「サイア、荷物の整理よ。あたし、エルフハイムを出るの」
努めて軽く、極々自然なことのように話したつもりだったが、ずっと傍にいたサイアはそんな語り口に惑わされるわけがなかった。
眉がきりりと上がり、アーモンド型の目は丸く開かれた。口も丸く開けたままだけど、長いエルフの耳はしなだれて。お人形みたい。
「どうしてなの? 外の世界はミーファも知ってるでしょ。怖くて危なくて大変なのよ」
「どうしても。外の世界はサイアも見たでしょ? 綺麗で輝きに満ちてて素敵なのよ」
サイアは信じられないような顔をしていた。きっとミーファが真反対から意見を対抗させたことにショックを隠せないのだろう。その変貌に驚きを覚えながらも、サイアは冷静に言葉を紡いだ。
「どうして? またエグゼントさんやシャイネさんに連れて行ってもらえばいいじゃない。エルフハイムを人間は狙っているの。危険な事する必要ないじゃない」
懸命の説得にミーファはとうとう怒りだした。
「どうしても! サイアはおかしいと思わないの? 人間は危険だ。エルフハイムは狙われている。エルフは森を守り、森に守られて生きなければならないんだって。外にそんなこと一つでもあった? この退屈な人生を何十年も続けたいと思うの?」
「そんなにエルフハイムが嫌なの? どうして」
「サイアが私の大切な本捨てたからでしょ!」
「男性同士の異常な恋愛を描いた本なんてダメに決まってるじゃない!」
「あれもダメ、これもダメ。そんなの常識じゃ考えられない。そんなの普通じゃないって。じゃあ、あたしはここでくだらない毎日をただただ過ごせっての? 人を認められないなら、外に出させてよ!!」
我慢がならない様子はサイアも同じだったが、ミーファの怒りはもっともっと根が深かった。
顔も同じ、声もそっくりの姉。その癖、お行儀が良くて勉強ができて。みんなから期待を寄せられて。
姉に合わせて行動することのなんと辛いことか。影になること、比較対象になることのなんと情けないことか。
それがようやくエルフハイムの外に出て見つかったのだ。サイアと比較にならない世界を。自分だけの楽しみを。
ミーファは叫びは懇願にも近い、涙のこぼれそうな訴えだった。
「行かせて。このままじゃ心が死んじゃうの!」
それでもサイアはミーファにすがりつき、涙を零しながら首を横に振った。
「ミーファ。外のことだって何も知らないじゃない。無暗に出て行ったらきっと歪虚に食い殺される。心が死ぬだなんて、ミーファがずっと逃げ回ってるからじゃない」
「サイア! 外のことを何も知らないじゃない。光の無いここに閉じこもっていたら歪虚になっちゃう。心の痛みのこと、サイアは何も知らないじゃない」
決着がつくはずもない。
二人は本質的には同じなのだから。ミーファも、そしてサイアもそれは良く分かっていた。
だが、この場合平行線のままで有利なのはサイアだった。
結局、ミーファは今日も家に閉じ込められたまま。長年の絆という鎖で縛りつけられたまま。
だけどミーファは諦めてなどいなかった。こうなることも薄々わかっていた。
ミーファは窓からリンゴを載せた馬車が外に出ていくのを祈りながら見つめていた。あのリンゴ箱の中に隠しいれた手紙の行き先、あのほんわり優しい商人の女の子は気づいてくれるだろう。そしてきっと力になってくれるはず。
「願いが叶いますように……」
ミーファはそう願わずにはいられなかった。
そして、それは間もなく叶うことになった。ミーファの言葉は確かにハンターへと届いたのだ。
ミーファは月のない夜を抜け、外に向かって走り出した。サイアの足音を振り切るようにして生きる道をひたすらに駆けた。
リプレイ本文
「ミーファちゃん、こっちこっち!」
森から飛び出て、街道へつなぐ小道を駆けてくるミーファにミラ・ユスティース(ka5631)がバンダナを旗がわりにして振ってみせた。
それに気づいたミーファは走り続けて苦しそうにしていた顔を一気に輝かせ、走り寄り……転んだ。ばさぁっと彼女の荷物から旅行用品の類と共に、派手に本が散乱する。
「……あー」
慌ててかき集めるその本に描かれた絵を見てハンターは微妙に反応する。男性陣は一瞬目を逸らし、女性陣はああ、なるほどね。と前後関係まで主に推測できてしまったかのように。
「栄華を手にした商人の空虚な心を埋める辺境の男との恋愛、か。もっとキワドイかと思ったけど、意外とフツー」
同人サークル「緑青華」で活動していた遠火 楓(ka4929)は遠目からその内容をズバリ言い当てると、ミーファは顔を真っ赤にしたが、それほど嫌そうではない。むしろ話を立ちどころに理解してくれたその言葉に驚きと嬉しさと信頼が顔に浮かぶ。
「よっぽど、エルフハイムで苦労してたのね」
ケイルカ(ka4121)は微笑んで散らばった本をかき集めてそう言った。この手の本は色々あるが、ミーファの持っているそれは随分と古いし汚れている。きっと手に入れる機会もなくて、たまさかの縁で手に入れた物をそうとう大事に扱ってきたと見える。
「サイアさんももう来るみたいだ」
風の報せを受けて、ユリアン(ka1664) はミーファが来た道に目を凝らした。まだ見える位置でもないが、足音や荒い吐息は確かに近づいている。
「どんなけ耳良いの?!」
アルカ・ブラックウェル(ka0790)はどれだけ耳を澄ましても聞こえなかった分、愕然とした顔で言った。だが、ユリアン以上に切り替えが早いのがアルカの良いところ。時間がないとわかれば、やらなきゃいけない事をさっさとしてしまおうと切り替える。
「ねね、ミーファちゃん。この後の生活のこと、考えてる?」
「この後って……」
「簡単に言えば、生きる覚悟はあるのかい? そういうことさ」
口ごもるミーファに、そっと膝まづくとルピナス(ka0179)は問いかけた。折り目正しく、穏やかな微笑みを浮かべたルピナスにミーファは目を大きくした後、恥じらって目を泳がせたが、答えだけはしっかりと答えてくれた。
「マーフェルス(エルフハイムに一番近い都市)に寄ってそこで商人の知り合いがいるから、その人と一緒にリゼリオに連れて行ってもらうつもり。商売のお手伝いとかしてしばらくは食べ繋いで、ハンターになるの」
ハンターになるの。その言葉が近づくにつれ、ドギマギとしていたミーファの顔が真剣になる。
ルピナスは自分を見つめ返すその瞳を覗いて、少しだけ過去を思い出した。彼女は自分と全く同じ目をしている。家を出るあの日の朝、覗き込んだ鏡に映った自分の目と。
「……そっか。それじゃ良い別れができるようにしてほしいね」
「良い別れ? まったく異なことを言う連中ばかりだ。こんな結果になってあの勘違いした姉が良い別れを、と手を振ってくれるわけないだろう。サイアとかいうのが上に立つ者の本分を忘れるからこうなるんだ」
それに対してオーディ・リデル(ka5358)は不快そうに鼻を鳴らすばかりであった。こんな兄弟姉妹で争うケースを見聞きするだけで、腹立たしくなる。まるで誰かを見ているようだ。
「まぁそう言うなよ。……ところでさ、ミーファ」
拾っていた本をしゃがみこんで読んでいたジャック・J・グリーヴ(ka1305)は押し黙るミーファに照れ隠しに余所を向いたままその本に返した。
「これ、なかなかイけるな! 男同士ってどうよと思ったが、オレ様が扱う二次元にもぺったん娘属性ってのがあってな! 通じるものがあったぜ。へへへ、悪くねぇ」
ずる。
みんながずっこけた。
「ははは、肩の力抜けたろ。ガチガチになってちゃ話もできないぜ? オーディの言うところも一理はあンだぜ。手を振ってくれるようにするにはちゃーんと話してやらねぇとな! その為にはまずガチガチになってちゃいけねぇ」
視界の外でミーファがこくこく頷いている様子を感じながら、良いコト言ってる、とジャックはフフフと笑ってキメた。
「ジャックさん、だいじょぶ?」
意識しすぎて体が震えているジャックを見たミラが思わず問いかけた。
●
「ミーファ! 行っちゃダメ!!」
ユリアンが予告した通りにサイアは駆けてやってきた。走り方もミーファとそっくりで、並べられるともしかしたらわからなかったかもしれない。だが、それはほんの数分前の話。
「みー、ふぁ?」
「サイア……」
鏡に映したような双子の姉妹。それはもういなかった。ミラによってウィッグをつけて装飾品を纏い、バンダナで髪を覆っていれば誰もが間違えることはない。本人たちももの間にできた溝に気付くくらいに。
「なんで? なんでなんで!」
ハンターと共にいる姿の変えたミーファを見て、サイアは半狂乱になったかのように「なんで?」を繰り返した。
「サイアちゃん、感情的にならないで。二人がしっかりと話し合う場を俺達は作りに来たんだ」
掴みかからんばかりのサイアにすいと頭を下げたルピナスはそう言い、それからユリアンができればあちらで話をしないか。と切り株を指さした。
「まずは、本を捨てた事、ちゃんと謝らなきゃ。話はそれからだよ?」
ケイルカは自己紹介もそこそこに顔をずずい、と突き出してサイアにそう言った。そのこと、知っているの?! とサイアは涙に濡れた目を白黒とさせた。
「正直家出女なんてどうでもいいけど情熱の結晶をそう安々捨てられたんじゃ堪らないのよね。嫌うのは構わなけど、人の趣味嗜好を勝手に断じるのはどうなの」
楓は咥えた煙管を軽く上下させながら、眉をしかめてそう言った。同人誌を作る労力はずっと彼女には付き添ってきた。汗と涙の結晶などという比喩もあるが、あながち間違ってもいないくらいの力がこもっているのだから。
「だって、あんなの読んでいるのねって笑われるのはミーファじゃなく、わたしなのよ!! あんな本を読むようになったのは、外に出たからじゃない」
顔もそっくり、声もそっくり。でも対外的なことはどちらかというとサイアの方が引き受けていたらしい。
「だから捨てた? ちょっと目先のことしか考えられていないんじゃない? いい? そもそもあの本には描いた人間の何千時間という熱い想いがこもっているわけ、伝えたい、わかってほしい、そんな気持ちがつまっているの。そう、同人誌は気持ちを代弁しているの。それを捨てるだなんて……」
同人誌を捨てられた事実に憤慨する楓は面倒臭そうな雰囲気は残しつつも、その手で上下させる煙管の動きが若干力強くなっていた。同人誌の書き手が、そしてミーファの感情が楓には手に取るようにわかる。
「じゃあ、エルフハイムの中で浮いてていいの? そんなの違うよ。ミーファも私も、みんなの協力で生きてこれたの。助け合って来たのに」
「そっか。みんな助け合って生きて来たんだね。その中で生まれた犠牲、ミーファさんに押し付けてない? 二人は違う存在、自分と同じじゃないんだよ?」
ミラの言葉は彼女に届いたかどうか。サイアは口をパクパクとさせた。想いが、怒りが強すぎて言葉にしきれない。
「その通りだ。しつけてやるのは優れたるものの役目だ。その点、妹の方がよほど立場というものを理解している。全く対等などあるわけなかろう。ごっこ遊びが過ぎたんだ。もうミーファは止まらない。連れ戻しても同じことをするぞ」
オーディの言葉にサイアはとうとう泣き始めた。まだこちらをしっかと睨みつけてくるあたりは気の強そうな性格をにじみださせていた。
「自分だけが正しいと思ってちゃダメだね。世の中の非常識と思われちゃうよ」
気持ちが折れかけているサイアの顔を見て、少しだけ考えた後、囁くようにしてアルカはそう言った。もう少しキツく言ってやろうと思ったがそこまで言う雰囲気でもなさそうだった。だからアルカはそのまま声のトーンを少し柔らかくして、問いかける。
「基本は互いを尊重してあげて? ミーファを心配している気持ちは確かだものね」
アルカの問いかけにサイアは答えられなかった。何も思いつかないような、嵐のような感情に飲まれて、他に何も出てこないような。
そんなサイアの顔を見て、また辛そうにするミーファの顔を見て、ユリアンはふぅと小さく嘆息した。旅立ちってこんなに辛いケースもあるんだな、と。それが当然であるかのように送り出してくれた自分の家の方が特殊だったのかもしれない。
「ミーファさんは、どうかな。サイアさんの心配する気持ちをくみとってあげることはできそうかな」
ユリアンの語り掛けにミーファはしばらく考えて、じゃあ。と言葉を紡いだ。
「手紙を書くよ……毎月。仕事できたらお金も仕送りする……もうエルフハイムに戻れるかわからないけど、年一回くらいなら帰る」
「そう」
真っ赤に充血した瞳でミーファに向き直ったサイアは短くそう答えるだけだった。
今までの嵐のような勢いはどこへ行ったのやら、物静かであった。それが涙も枯れた、という状況なのはすぐさま誰もが理解した。どうやっても止められないことにサイアはもう道を見いだせないでいたのだ。
「ね、ね。外で二人一緒に生活するって、できないのかな?」
双子の気まずい沈黙が続く中、ケイルカが間を取り持つように声をかけた。
「それで二人でハンターになれば! どこでも自由だよ」
「いいんじゃないか? 二人で旅すれば新たな事もきっと見えてくるぜ。得手不得手もカバーしあってよ。俺様の嗜む遊戯だとよ。同じ役割でも場面によって違う輝きを見せたりするワケよ」
双子ちゃんを別々に口説いてハーレムエンドぉ! という内容の話を思い出しながら、ジャックは語り掛けて、そして目の前でそのストーリーとよく似た状況が起こっているという事実にジャックの心は激しく揺れた。あの物語通りに進めば、女性を幸せにしながら自分も苦手が克服できるのではないかという千載一遇の機会だ。
「……イヤ」
「は?」
世の中はそんなに甘くなかった。
「外は楽しいところかもしれない。新たな見つめ方ができる世界かもしれない。でも私達の住むべき場所は森の中だもの。少なくとも……ミーファのように皆さんのことを私は理解できない」
そんな展開と違うよ。そこは手に取っていいよっ。ってなって感謝の瞳でこちらを見てだな。
ジャックの展開がぶち壊れて思わずうなる。
「そうか。それも悪くない。ごめんねサイアさん。君の領域に土足で踏み込むようなことをして。俺も旅に出ることにあまりいい別れができなかったんだ。後悔はないけれど、とても悲しいことだった。だから、せめて『またね』と言える別れをしてほしかったと。差し出がましいことをしてしまったね」
ルピナスはヴィオレッタを軽く撫でてそう言った。その穏やかな物言いがようやくサイアの心を解きほぐしたようだった。張り詰めていた顔が少し緩むのをルピナスは見逃さなかった。
「旅立ちにはまだ到底納得できないだろうけど、せめて、本のことだけでも解決したらどうかな?」
サイアは少しだけ目を閉じるとミーファに向き直った。
「……本を捨ててごめんなさい」
サイアはほんの少しだけ頭を下げると、小袋から一冊の本を取り出した。これも同人誌だ。海でのアバンチュールを楽しむハンターが陥る恋の罠。そんなタイトルが書いている。
「捨てたんじゃなかったの?」
「だって、この本があったら、ますますミーファ、外にしか目を向けないと思ったんだもの」
恥ずかしそうにするサイアにケイルカは驚きと喜びでぎゅっと抱きしめた。捨てたはずの本は少なくともミーファの乱雑な荷物の詰め方よりよほど丁寧に扱われているのはケイルカはすぐ見て取れた。
それを見て、ミーファはその本を開き、押し花にしていたスズランをサイアに渡した。
「……ありがとう。行ってくるね」
●
「それでそれで、サークルはどこに入るか決めてる!?」
「同人誌即売会で見聞を広めるのも悪くないわね。そこで色々勉強しなさい。あ、これ夏の新刊ね」
「おう、ツンデレってやつか」
「あたいの母さんも誘い受けって言われたことあるよ」
寂しさを感じるミーファを慰めるようにしてハンターが賑やかにおしゃべりする中、ユリアンはふと後ろを振り返った。もう随分離れて見えなくなってはいるが、まだサイアはあのまま見送っている気がする。
「結局、彼女の気持ちを解してあげられなかったな」
心に風の加護がありますように。ユリアンは流れる風を髪に受けながら、小さく念じた。
「話を聞けないあいつが馬鹿なんだ。あんな無計画な妹を放り出すなんて本当に間抜け以外の何物でもない」
「ちょっと、そんな言い方無いんじゃない? 誰だってそんなすぐには変われないよ」
アルカの言葉にオーディは黙りこくった。そうだ、変われる奴の方が少ない。だから問題だったのだ。今回の事も……。
「糸を切っても縁は切れない。時は残酷だけど最高の癒しでもあり。不思議なものだね、ヴィオレッタ」
生きる道はこれからも続く。
森から飛び出て、街道へつなぐ小道を駆けてくるミーファにミラ・ユスティース(ka5631)がバンダナを旗がわりにして振ってみせた。
それに気づいたミーファは走り続けて苦しそうにしていた顔を一気に輝かせ、走り寄り……転んだ。ばさぁっと彼女の荷物から旅行用品の類と共に、派手に本が散乱する。
「……あー」
慌ててかき集めるその本に描かれた絵を見てハンターは微妙に反応する。男性陣は一瞬目を逸らし、女性陣はああ、なるほどね。と前後関係まで主に推測できてしまったかのように。
「栄華を手にした商人の空虚な心を埋める辺境の男との恋愛、か。もっとキワドイかと思ったけど、意外とフツー」
同人サークル「緑青華」で活動していた遠火 楓(ka4929)は遠目からその内容をズバリ言い当てると、ミーファは顔を真っ赤にしたが、それほど嫌そうではない。むしろ話を立ちどころに理解してくれたその言葉に驚きと嬉しさと信頼が顔に浮かぶ。
「よっぽど、エルフハイムで苦労してたのね」
ケイルカ(ka4121)は微笑んで散らばった本をかき集めてそう言った。この手の本は色々あるが、ミーファの持っているそれは随分と古いし汚れている。きっと手に入れる機会もなくて、たまさかの縁で手に入れた物をそうとう大事に扱ってきたと見える。
「サイアさんももう来るみたいだ」
風の報せを受けて、ユリアン(ka1664) はミーファが来た道に目を凝らした。まだ見える位置でもないが、足音や荒い吐息は確かに近づいている。
「どんなけ耳良いの?!」
アルカ・ブラックウェル(ka0790)はどれだけ耳を澄ましても聞こえなかった分、愕然とした顔で言った。だが、ユリアン以上に切り替えが早いのがアルカの良いところ。時間がないとわかれば、やらなきゃいけない事をさっさとしてしまおうと切り替える。
「ねね、ミーファちゃん。この後の生活のこと、考えてる?」
「この後って……」
「簡単に言えば、生きる覚悟はあるのかい? そういうことさ」
口ごもるミーファに、そっと膝まづくとルピナス(ka0179)は問いかけた。折り目正しく、穏やかな微笑みを浮かべたルピナスにミーファは目を大きくした後、恥じらって目を泳がせたが、答えだけはしっかりと答えてくれた。
「マーフェルス(エルフハイムに一番近い都市)に寄ってそこで商人の知り合いがいるから、その人と一緒にリゼリオに連れて行ってもらうつもり。商売のお手伝いとかしてしばらくは食べ繋いで、ハンターになるの」
ハンターになるの。その言葉が近づくにつれ、ドギマギとしていたミーファの顔が真剣になる。
ルピナスは自分を見つめ返すその瞳を覗いて、少しだけ過去を思い出した。彼女は自分と全く同じ目をしている。家を出るあの日の朝、覗き込んだ鏡に映った自分の目と。
「……そっか。それじゃ良い別れができるようにしてほしいね」
「良い別れ? まったく異なことを言う連中ばかりだ。こんな結果になってあの勘違いした姉が良い別れを、と手を振ってくれるわけないだろう。サイアとかいうのが上に立つ者の本分を忘れるからこうなるんだ」
それに対してオーディ・リデル(ka5358)は不快そうに鼻を鳴らすばかりであった。こんな兄弟姉妹で争うケースを見聞きするだけで、腹立たしくなる。まるで誰かを見ているようだ。
「まぁそう言うなよ。……ところでさ、ミーファ」
拾っていた本をしゃがみこんで読んでいたジャック・J・グリーヴ(ka1305)は押し黙るミーファに照れ隠しに余所を向いたままその本に返した。
「これ、なかなかイけるな! 男同士ってどうよと思ったが、オレ様が扱う二次元にもぺったん娘属性ってのがあってな! 通じるものがあったぜ。へへへ、悪くねぇ」
ずる。
みんながずっこけた。
「ははは、肩の力抜けたろ。ガチガチになってちゃ話もできないぜ? オーディの言うところも一理はあンだぜ。手を振ってくれるようにするにはちゃーんと話してやらねぇとな! その為にはまずガチガチになってちゃいけねぇ」
視界の外でミーファがこくこく頷いている様子を感じながら、良いコト言ってる、とジャックはフフフと笑ってキメた。
「ジャックさん、だいじょぶ?」
意識しすぎて体が震えているジャックを見たミラが思わず問いかけた。
●
「ミーファ! 行っちゃダメ!!」
ユリアンが予告した通りにサイアは駆けてやってきた。走り方もミーファとそっくりで、並べられるともしかしたらわからなかったかもしれない。だが、それはほんの数分前の話。
「みー、ふぁ?」
「サイア……」
鏡に映したような双子の姉妹。それはもういなかった。ミラによってウィッグをつけて装飾品を纏い、バンダナで髪を覆っていれば誰もが間違えることはない。本人たちももの間にできた溝に気付くくらいに。
「なんで? なんでなんで!」
ハンターと共にいる姿の変えたミーファを見て、サイアは半狂乱になったかのように「なんで?」を繰り返した。
「サイアちゃん、感情的にならないで。二人がしっかりと話し合う場を俺達は作りに来たんだ」
掴みかからんばかりのサイアにすいと頭を下げたルピナスはそう言い、それからユリアンができればあちらで話をしないか。と切り株を指さした。
「まずは、本を捨てた事、ちゃんと謝らなきゃ。話はそれからだよ?」
ケイルカは自己紹介もそこそこに顔をずずい、と突き出してサイアにそう言った。そのこと、知っているの?! とサイアは涙に濡れた目を白黒とさせた。
「正直家出女なんてどうでもいいけど情熱の結晶をそう安々捨てられたんじゃ堪らないのよね。嫌うのは構わなけど、人の趣味嗜好を勝手に断じるのはどうなの」
楓は咥えた煙管を軽く上下させながら、眉をしかめてそう言った。同人誌を作る労力はずっと彼女には付き添ってきた。汗と涙の結晶などという比喩もあるが、あながち間違ってもいないくらいの力がこもっているのだから。
「だって、あんなの読んでいるのねって笑われるのはミーファじゃなく、わたしなのよ!! あんな本を読むようになったのは、外に出たからじゃない」
顔もそっくり、声もそっくり。でも対外的なことはどちらかというとサイアの方が引き受けていたらしい。
「だから捨てた? ちょっと目先のことしか考えられていないんじゃない? いい? そもそもあの本には描いた人間の何千時間という熱い想いがこもっているわけ、伝えたい、わかってほしい、そんな気持ちがつまっているの。そう、同人誌は気持ちを代弁しているの。それを捨てるだなんて……」
同人誌を捨てられた事実に憤慨する楓は面倒臭そうな雰囲気は残しつつも、その手で上下させる煙管の動きが若干力強くなっていた。同人誌の書き手が、そしてミーファの感情が楓には手に取るようにわかる。
「じゃあ、エルフハイムの中で浮いてていいの? そんなの違うよ。ミーファも私も、みんなの協力で生きてこれたの。助け合って来たのに」
「そっか。みんな助け合って生きて来たんだね。その中で生まれた犠牲、ミーファさんに押し付けてない? 二人は違う存在、自分と同じじゃないんだよ?」
ミラの言葉は彼女に届いたかどうか。サイアは口をパクパクとさせた。想いが、怒りが強すぎて言葉にしきれない。
「その通りだ。しつけてやるのは優れたるものの役目だ。その点、妹の方がよほど立場というものを理解している。全く対等などあるわけなかろう。ごっこ遊びが過ぎたんだ。もうミーファは止まらない。連れ戻しても同じことをするぞ」
オーディの言葉にサイアはとうとう泣き始めた。まだこちらをしっかと睨みつけてくるあたりは気の強そうな性格をにじみださせていた。
「自分だけが正しいと思ってちゃダメだね。世の中の非常識と思われちゃうよ」
気持ちが折れかけているサイアの顔を見て、少しだけ考えた後、囁くようにしてアルカはそう言った。もう少しキツく言ってやろうと思ったがそこまで言う雰囲気でもなさそうだった。だからアルカはそのまま声のトーンを少し柔らかくして、問いかける。
「基本は互いを尊重してあげて? ミーファを心配している気持ちは確かだものね」
アルカの問いかけにサイアは答えられなかった。何も思いつかないような、嵐のような感情に飲まれて、他に何も出てこないような。
そんなサイアの顔を見て、また辛そうにするミーファの顔を見て、ユリアンはふぅと小さく嘆息した。旅立ちってこんなに辛いケースもあるんだな、と。それが当然であるかのように送り出してくれた自分の家の方が特殊だったのかもしれない。
「ミーファさんは、どうかな。サイアさんの心配する気持ちをくみとってあげることはできそうかな」
ユリアンの語り掛けにミーファはしばらく考えて、じゃあ。と言葉を紡いだ。
「手紙を書くよ……毎月。仕事できたらお金も仕送りする……もうエルフハイムに戻れるかわからないけど、年一回くらいなら帰る」
「そう」
真っ赤に充血した瞳でミーファに向き直ったサイアは短くそう答えるだけだった。
今までの嵐のような勢いはどこへ行ったのやら、物静かであった。それが涙も枯れた、という状況なのはすぐさま誰もが理解した。どうやっても止められないことにサイアはもう道を見いだせないでいたのだ。
「ね、ね。外で二人一緒に生活するって、できないのかな?」
双子の気まずい沈黙が続く中、ケイルカが間を取り持つように声をかけた。
「それで二人でハンターになれば! どこでも自由だよ」
「いいんじゃないか? 二人で旅すれば新たな事もきっと見えてくるぜ。得手不得手もカバーしあってよ。俺様の嗜む遊戯だとよ。同じ役割でも場面によって違う輝きを見せたりするワケよ」
双子ちゃんを別々に口説いてハーレムエンドぉ! という内容の話を思い出しながら、ジャックは語り掛けて、そして目の前でそのストーリーとよく似た状況が起こっているという事実にジャックの心は激しく揺れた。あの物語通りに進めば、女性を幸せにしながら自分も苦手が克服できるのではないかという千載一遇の機会だ。
「……イヤ」
「は?」
世の中はそんなに甘くなかった。
「外は楽しいところかもしれない。新たな見つめ方ができる世界かもしれない。でも私達の住むべき場所は森の中だもの。少なくとも……ミーファのように皆さんのことを私は理解できない」
そんな展開と違うよ。そこは手に取っていいよっ。ってなって感謝の瞳でこちらを見てだな。
ジャックの展開がぶち壊れて思わずうなる。
「そうか。それも悪くない。ごめんねサイアさん。君の領域に土足で踏み込むようなことをして。俺も旅に出ることにあまりいい別れができなかったんだ。後悔はないけれど、とても悲しいことだった。だから、せめて『またね』と言える別れをしてほしかったと。差し出がましいことをしてしまったね」
ルピナスはヴィオレッタを軽く撫でてそう言った。その穏やかな物言いがようやくサイアの心を解きほぐしたようだった。張り詰めていた顔が少し緩むのをルピナスは見逃さなかった。
「旅立ちにはまだ到底納得できないだろうけど、せめて、本のことだけでも解決したらどうかな?」
サイアは少しだけ目を閉じるとミーファに向き直った。
「……本を捨ててごめんなさい」
サイアはほんの少しだけ頭を下げると、小袋から一冊の本を取り出した。これも同人誌だ。海でのアバンチュールを楽しむハンターが陥る恋の罠。そんなタイトルが書いている。
「捨てたんじゃなかったの?」
「だって、この本があったら、ますますミーファ、外にしか目を向けないと思ったんだもの」
恥ずかしそうにするサイアにケイルカは驚きと喜びでぎゅっと抱きしめた。捨てたはずの本は少なくともミーファの乱雑な荷物の詰め方よりよほど丁寧に扱われているのはケイルカはすぐ見て取れた。
それを見て、ミーファはその本を開き、押し花にしていたスズランをサイアに渡した。
「……ありがとう。行ってくるね」
●
「それでそれで、サークルはどこに入るか決めてる!?」
「同人誌即売会で見聞を広めるのも悪くないわね。そこで色々勉強しなさい。あ、これ夏の新刊ね」
「おう、ツンデレってやつか」
「あたいの母さんも誘い受けって言われたことあるよ」
寂しさを感じるミーファを慰めるようにしてハンターが賑やかにおしゃべりする中、ユリアンはふと後ろを振り返った。もう随分離れて見えなくなってはいるが、まだサイアはあのまま見送っている気がする。
「結局、彼女の気持ちを解してあげられなかったな」
心に風の加護がありますように。ユリアンは流れる風を髪に受けながら、小さく念じた。
「話を聞けないあいつが馬鹿なんだ。あんな無計画な妹を放り出すなんて本当に間抜け以外の何物でもない」
「ちょっと、そんな言い方無いんじゃない? 誰だってそんなすぐには変われないよ」
アルカの言葉にオーディは黙りこくった。そうだ、変われる奴の方が少ない。だから問題だったのだ。今回の事も……。
「糸を切っても縁は切れない。時は残酷だけど最高の癒しでもあり。不思議なものだね、ヴィオレッタ」
生きる道はこれからも続く。
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双子を説得作戦卓 ケイルカ(ka4121) エルフ|15才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2015/10/14 13:56:41 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/11 20:47:45 |