ゲスト
(ka0000)
【闇光】愉快痛快輜重隊!
マスター:坂上テンゼン

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/10/21 19:00
- 完成日
- 2015/10/26 23:46
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●世はまさに戦乱の最中――。
東方での歪虚王との戦いが、人類の勝利で終えたのも束の間。
諸国により連合軍が結成され、ゾンネンシュトラール帝国により『北伐』が提唱された。
その折である。
「それでヘザーさん。私たちを呼んでのお話とは何なのです?」
ジェレミア・スタードリンカーは穏やかに問うた。
ここは王都イルダーナにあるヘザー・スクロヴェーニの家のリビングである。ヘザー以外の家族は皆席を外し、円卓にはある意味異様とも言える顔ぶれが並んでいた。
――ハンター、細川閃姫。
――イルダーナ第三教会主任司祭、ルベン・カヴァイアス。
――グラズヘイム・シュバリエ営業担当、ジェレミア・スタードリンカー。
「ああ。結論から言おう。
今度北へと向かう輜重隊に、アイドルを同道させたい!」
「ほう!」
「アイドル……ですか?」
ルベン司祭が破顔し、ジェレミアが疑問を浮かべ、
「あいわかったヘザー! 皆まで言うな。
この世界に誇る大和撫子・細川閃姫をアイドルデビューさせたいのだな!
良かろう。この閃姫、華やかに舞っ」「いや」
閃姫は舞を踊りかけてヘザーに阻止された。
「閃姫……彼氏がいてはアイドルにはなれないんだ」
ヘザーは声を絞り出した。
「なっ何と……?!
そうか……ならば仕方が無いな……いかにわらわでも、彼氏がいてはダメでは……」
すごすごと座りなおす閃姫。
「閃姫にはリアルブルー人かつ十代女子の感性を活かして、審査員をして欲しいんだ」
「待ってください。なぜアイドルなんです」
ジェレミアは唐突な知人のハンターの提案に、いまだ事態を飲み込めないといった顔をしている。
「ジェレミアさん。帝国では『歌舞音曲部隊』といって、軍属のアイドルが軍の士気を向上させるのに一役買っていることはご存知でしょうか」
「それは存じ上げていますが……?」
「これまで私たちは『人類』として歪虚と戦ってきました。
しかし今は連合軍が結成され、旗印となる司令官を決めようという話になっています。
そこで思ったのです。各国の関わりが増える今こそ、
『我々らしさを魅せるべきだ!』――と!」
ジェレミアの頭の上に疑問符が三つばかり浮かんだ。
「思いつきじゃろ?」
閃姫が的確に解説した。
「いや私は真に王国のため、そして一人の国民として有効な手段が――」
「はいはい王国は保守的じゃからのー。欲しかったのじゃなそういうのが」
「わっはっはっはっはっはァ!!!」
世界が明るい声で満ちた。
「良ィィーですねェ! 面白いじゃありませんか!!」
正のマテリアルが噴水のごとく溢れる笑顔でルベン司祭が言った。
「ルベン司祭! 貴方ならそう言ってくれると思っていた」
「はい! 聞けば正のマテリアルが溢れそうな話ではありませんか!
最前線でこそ『娯楽』は必要です。
単に騒ぎたくてドタバタするだけの愚考と馬鹿にはできませんよ!」
「愚考と言うておりますぞ司祭殿」
目を輝かせて聖職者を仰ぎ見るヘザー、そして横から茶々を入れる閃姫。
「しかしですね……肝心のアイドル本人はどうするのですか」
ジェレミアはあくまでも冷静に聞いた。
「オーディションで公募します」
ヘザーの答えにジェレミアは悩んだ挙句、言った。
「わかりました。それで……ヘザーさんは私に何を望むのですか」
「輜重隊にアイドルを同道させ、現地でライブを開く許可を。また、我々の出資者となっていただきたい」
戦争は金がかかる。
ということは、金を受け取る側もいるということだ。
グラズヘイム・シュバリエのブランド名で王国騎士団にも武具を供給しているスタードリンカー武具工房は、商人・職人が主体となって結成され、戦場へと物資を運ぶ輜重隊では大きな位置を占める。
ジェレミアは一呼吸置き、あえて小声でこう言った。
「その事によって此方が得られる利益は何ですか?」
間が空いた。
「今までのを聞いて心が動きませんか? 人類の役に立てることだと思うのですが……」
「ヘザーさん。我々はビジネスでやっているのです。私の心が動いたからと資金を動かすわけにはいきません」
「…………」
正論だった。
「利益は出ますよ。ジェレミアさん」
誰かが言った。ヘザーではない。
視線を巡らすと、リビングの入り口に男が立っていた。
ヘザーとは腐れ縁の王女大好き人間、モーリス・アバックだった。
「アイドルがいれば目立ちますよ。今回の戦場では世界各国からハンターや各国の軍事関係者が集まるんです! そこで王国から来た輜重隊が目を惹けば、グラズヘイム・シュバリエの名前が各国に広まる機会にもなるんですよ!」
「呼んでないぞ」
不法侵入である。しかし、
「なるほど、良いお仲間をお持ちのようだ。納得しました」
ジェレミアが笑顔で頷いたので、ヘザーはアッ、ハイとしか言えなかった。
「何でいるんだ……」
ヘザーはすぐにモーリスに詰め寄った。
「勘違いするな、君を助けたわけじゃない。王国の、王女殿下のためになることなら協力するさ。たとえ君ごときにもね!」
「見直したぞ……モーリス!」
ヘザーはディスられていることに気づいていない。
「しかしヘザー。一番肝心なことを忘れておる」
戻ってきたヘザーを閃姫の質問が迎えた。
「そなた本当にアイドルをプロデュースできる自信があるのか?」
「大丈夫だ」
ヘザーは断言した。
「アイドルをプロデュースするゲームを毎日やっている」
「支給品の携帯ゲームっ?!」
●野望の少女
はじめまして! ラシェル・シェルミエル、15歳です!
実家はヒカヤ高原でお茶を作っています。
私、お茶が大好きなんです!
もっとたくさんの人にヒカヤ紅茶を味わってほしい。
その方法を学ぶために、王都の私塾で勉強しています!
ある日、王都で広告を見たんです。
『アイドル募集中! 明日のカッテ・ウランゲルは君だ』なんて。
おかしいですよね。だってその人は隣国の皇帝陛下の弟さん。
でもアイドルって所にはティンと来ました!
私がアイドルになって有名になれば、ヒカヤ紅茶を広める足がかりになるかもしれない。
私の野望の第一歩です!
そう思って、応募しました。
でもオーディションで大失敗!
気づいたらお茶のことばかり話してたんです。
30分あったんですけど名前と出身地以外は全部お茶のことで……
ほんのさわりしか話してないのに……
だから合格の通知を聞いたときはびっくりしました!
もうライブまで決まってて……レッスンの予定も入ってて……大忙しです。
ちゃんとできるか不安ですけど、がんばります!
すべては紅茶色の未来のため……!
●そして現在
王国発の輜重隊が北狄に設けられた浄化キャンプに至った。
プロデューサー、ヘザー・スクロヴェーニと、新人アイドル、ラシェル・シェルミエルは、
迷子になっていた。
「うわあ……珍しいものがいっぱい!」
「ラシェルがいない! 新手の歪虚の仕業かッ?!」
東方での歪虚王との戦いが、人類の勝利で終えたのも束の間。
諸国により連合軍が結成され、ゾンネンシュトラール帝国により『北伐』が提唱された。
その折である。
「それでヘザーさん。私たちを呼んでのお話とは何なのです?」
ジェレミア・スタードリンカーは穏やかに問うた。
ここは王都イルダーナにあるヘザー・スクロヴェーニの家のリビングである。ヘザー以外の家族は皆席を外し、円卓にはある意味異様とも言える顔ぶれが並んでいた。
――ハンター、細川閃姫。
――イルダーナ第三教会主任司祭、ルベン・カヴァイアス。
――グラズヘイム・シュバリエ営業担当、ジェレミア・スタードリンカー。
「ああ。結論から言おう。
今度北へと向かう輜重隊に、アイドルを同道させたい!」
「ほう!」
「アイドル……ですか?」
ルベン司祭が破顔し、ジェレミアが疑問を浮かべ、
「あいわかったヘザー! 皆まで言うな。
この世界に誇る大和撫子・細川閃姫をアイドルデビューさせたいのだな!
良かろう。この閃姫、華やかに舞っ」「いや」
閃姫は舞を踊りかけてヘザーに阻止された。
「閃姫……彼氏がいてはアイドルにはなれないんだ」
ヘザーは声を絞り出した。
「なっ何と……?!
そうか……ならば仕方が無いな……いかにわらわでも、彼氏がいてはダメでは……」
すごすごと座りなおす閃姫。
「閃姫にはリアルブルー人かつ十代女子の感性を活かして、審査員をして欲しいんだ」
「待ってください。なぜアイドルなんです」
ジェレミアは唐突な知人のハンターの提案に、いまだ事態を飲み込めないといった顔をしている。
「ジェレミアさん。帝国では『歌舞音曲部隊』といって、軍属のアイドルが軍の士気を向上させるのに一役買っていることはご存知でしょうか」
「それは存じ上げていますが……?」
「これまで私たちは『人類』として歪虚と戦ってきました。
しかし今は連合軍が結成され、旗印となる司令官を決めようという話になっています。
そこで思ったのです。各国の関わりが増える今こそ、
『我々らしさを魅せるべきだ!』――と!」
ジェレミアの頭の上に疑問符が三つばかり浮かんだ。
「思いつきじゃろ?」
閃姫が的確に解説した。
「いや私は真に王国のため、そして一人の国民として有効な手段が――」
「はいはい王国は保守的じゃからのー。欲しかったのじゃなそういうのが」
「わっはっはっはっはっはァ!!!」
世界が明るい声で満ちた。
「良ィィーですねェ! 面白いじゃありませんか!!」
正のマテリアルが噴水のごとく溢れる笑顔でルベン司祭が言った。
「ルベン司祭! 貴方ならそう言ってくれると思っていた」
「はい! 聞けば正のマテリアルが溢れそうな話ではありませんか!
最前線でこそ『娯楽』は必要です。
単に騒ぎたくてドタバタするだけの愚考と馬鹿にはできませんよ!」
「愚考と言うておりますぞ司祭殿」
目を輝かせて聖職者を仰ぎ見るヘザー、そして横から茶々を入れる閃姫。
「しかしですね……肝心のアイドル本人はどうするのですか」
ジェレミアはあくまでも冷静に聞いた。
「オーディションで公募します」
ヘザーの答えにジェレミアは悩んだ挙句、言った。
「わかりました。それで……ヘザーさんは私に何を望むのですか」
「輜重隊にアイドルを同道させ、現地でライブを開く許可を。また、我々の出資者となっていただきたい」
戦争は金がかかる。
ということは、金を受け取る側もいるということだ。
グラズヘイム・シュバリエのブランド名で王国騎士団にも武具を供給しているスタードリンカー武具工房は、商人・職人が主体となって結成され、戦場へと物資を運ぶ輜重隊では大きな位置を占める。
ジェレミアは一呼吸置き、あえて小声でこう言った。
「その事によって此方が得られる利益は何ですか?」
間が空いた。
「今までのを聞いて心が動きませんか? 人類の役に立てることだと思うのですが……」
「ヘザーさん。我々はビジネスでやっているのです。私の心が動いたからと資金を動かすわけにはいきません」
「…………」
正論だった。
「利益は出ますよ。ジェレミアさん」
誰かが言った。ヘザーではない。
視線を巡らすと、リビングの入り口に男が立っていた。
ヘザーとは腐れ縁の王女大好き人間、モーリス・アバックだった。
「アイドルがいれば目立ちますよ。今回の戦場では世界各国からハンターや各国の軍事関係者が集まるんです! そこで王国から来た輜重隊が目を惹けば、グラズヘイム・シュバリエの名前が各国に広まる機会にもなるんですよ!」
「呼んでないぞ」
不法侵入である。しかし、
「なるほど、良いお仲間をお持ちのようだ。納得しました」
ジェレミアが笑顔で頷いたので、ヘザーはアッ、ハイとしか言えなかった。
「何でいるんだ……」
ヘザーはすぐにモーリスに詰め寄った。
「勘違いするな、君を助けたわけじゃない。王国の、王女殿下のためになることなら協力するさ。たとえ君ごときにもね!」
「見直したぞ……モーリス!」
ヘザーはディスられていることに気づいていない。
「しかしヘザー。一番肝心なことを忘れておる」
戻ってきたヘザーを閃姫の質問が迎えた。
「そなた本当にアイドルをプロデュースできる自信があるのか?」
「大丈夫だ」
ヘザーは断言した。
「アイドルをプロデュースするゲームを毎日やっている」
「支給品の携帯ゲームっ?!」
●野望の少女
はじめまして! ラシェル・シェルミエル、15歳です!
実家はヒカヤ高原でお茶を作っています。
私、お茶が大好きなんです!
もっとたくさんの人にヒカヤ紅茶を味わってほしい。
その方法を学ぶために、王都の私塾で勉強しています!
ある日、王都で広告を見たんです。
『アイドル募集中! 明日のカッテ・ウランゲルは君だ』なんて。
おかしいですよね。だってその人は隣国の皇帝陛下の弟さん。
でもアイドルって所にはティンと来ました!
私がアイドルになって有名になれば、ヒカヤ紅茶を広める足がかりになるかもしれない。
私の野望の第一歩です!
そう思って、応募しました。
でもオーディションで大失敗!
気づいたらお茶のことばかり話してたんです。
30分あったんですけど名前と出身地以外は全部お茶のことで……
ほんのさわりしか話してないのに……
だから合格の通知を聞いたときはびっくりしました!
もうライブまで決まってて……レッスンの予定も入ってて……大忙しです。
ちゃんとできるか不安ですけど、がんばります!
すべては紅茶色の未来のため……!
●そして現在
王国発の輜重隊が北狄に設けられた浄化キャンプに至った。
プロデューサー、ヘザー・スクロヴェーニと、新人アイドル、ラシェル・シェルミエルは、
迷子になっていた。
「うわあ……珍しいものがいっぱい!」
「ラシェルがいない! 新手の歪虚の仕業かッ?!」
リプレイ本文
●あの時の男
「ライブやりまーす! よろしくお願いしまーす!」
「あ、ども……夕方からライブあります。よろしくです」
ここは北狄に設けられた浄化キャンプのひとつ。
肌寒い空気の中、数人の男達がビラを配っていた。
「表情が硬いぞ。もっと愛想よく出来ぬのか?」
「へ……へい! 姫!」
男達に指示を下すように、若い女が言った。
男達は硬くなりつつも、どこか満足げな様子で彼女に従っているようだった。
(何なのかな……)
ザレム・アズール (ka0878)がそんな光景を傍目に通り過ぎようとした、その時。
「ライブやりまーす。あれっ、あんた!」
「あっ! あの時の」
ザレムとビラ配りの男の目が合った。お互いに見知った顔だったのだ。
かつて男は徒党を組んで田舎の町で好き放題に暴れていたのだが、ザレムは彼等を捕縛したハンターの一人だったのだ。
「あれ以来か。今はどうしてる?」
「あれきり悪い事からは足を洗ってな……真っ当にハンター活動してるぜ」
「いいことじゃないか!」
「そうそう、今日王国から来た子がライブやるんだがどうだい」
などと話し込んでいると、男達に指示を下していた女がザレムたちに近づいてきた。
「知り合いか?」
「あっ姫! こいつは……例の、俺達が退治された依頼の」
「おぬしらを捕縛したハンターの一人か。始めましてじゃな、わらわは細川 閃姫。
ヘザーからこやつらの教育を任されておる。よしなに」
(自分でしてないんだ……)
ザレムはそう思いつつも挨拶を返す。
確か、自分達はヘザーに更生を託したはずだったのだが。
「もう聞いたとは思うが今夜はささやかな宴を設けるのでな。ゆるりとしていかれよ」
閃姫は優雅に笑って言うと、また離れていった。
「……俺達に必要なのは、心の支えとなってくれる人だったんだ。姫はそんな存在になってくれた」
男は閃姫の背中を横目で見ながら、ザレムに語った。
(ヘザーじゃないんだ……)
ザレムは事実を心の中で噛み締める。
「もっと声をあげよ! また上半身を剥かれて鎖で縛られたいのか?」
「へ、へい! 姫!」
ザレムは、その心の支えとなる女性と男の仲間とのやり取りを遠目に眺めた。
●ヘザーP
「ハンターと見込んで頼みがある!」
その頃ヘザー・スクロヴェーニは切羽詰っていた。切羽詰ったあまりに、居合わせたハンターに哀願せずにはいられなかったのだ。
「人を探すのを手伝って欲しいんだ!」
「それは報酬の発生する案件ですか? 風、割といい仕事しますよ? 有料ですけど」
ヘザーの必死な顔に対して最上 風 (ka0891) が商談を始めた。
「まあ、受けるかはともかく話してみてください」
エルバッハ・リオン (ka2434) は落ち着いた声で問うた。
「ああ。私は実はアイドルプロデューサーなのだが……」
ヘザーはアイドルをプロデュースしてここ北狄でライブをやることまでは決まったは良いが、ここにきてアイドルとはぐれてしまったことを説明した。
「ふぇ……あい・どる?」
ティリル(ka5672)は目を丸くして人差し指を頬に立てつつ首をかしげた。
「って何だろー」
「偶像のことですよ」
「いやそこはステージで歌ったり踊ったりする人のことでしょ」
などというやり取りがあり、偶像と断言して風につっこまれたエルバッハが、言った。
「話はわかりました。
私達三人をユニットとしてプロデュースしたいのですね」
「話聞いてたか?!」
ヘザーは、東方から出てきたばかりの巫女ティリル、プロデューサーという響きに金の臭いを嗅ぎ取った風、そして突拍子もない言動で場を浚っていったエルバッハを加え、はぐれてしまったアイドル、ラシェル・シェルミエルの捜索を開始した。
「それにしても色々なものがあって楽しげですねー
ここでは何を売っているのかな?」
「夜、女性が男性を誘惑する時に服の下につけるものですよ、ティリルさん」
「そんなもの売ってませんし。どう見ても生活必需品とか道具とか武器防具の類です」
「……楽しそうだな君達……ん? 向こうが騒がしいが……」
一行はキャンプを歩くうちに、怒鳴り声の聞こえる露店の前を通りかかった。物々しい防寒具を纏った男が品物を広げているが、客と思しき人物が声を荒げて何かを言っていた。
「話にならないね! お前どこの田舎から来たんだ。こんな魔術具で金取ろうっての?」
魔術師風の若い男が一方的に店主を糾弾していた。聞けば品質と値段について文句をつけているらしく、それはやがて店主の対応にも及んだ。
「ふざけるなよ! こっちは命張って歪虚と戦ってるんだぜ……それなのにこんな対応をされて、黙ってるわけにはいかないな! まったく、連合軍っていったって、実が伴ってない奴が仲間になったって迷惑なんだよ! ……ん?」
そこまで言って、男の主張が止んだ。
ヘザーが肩を引っ張ったからだ。
「やめろ」
「何だよお前! こいつは自分の扱ってる商品の説明もろくにできないんだぜ?! 文句を言われても仕方がないね!」
「それで……君はこの人を殴るのか」
「殴るだけの価値はあるね!」
男がそう言うや否や、ヘザーの鉄拳が飛んだ。拳は確かな威力を持って男の頬を打ち据え、派手な音をたてて転ばせる。
「なっ……何するんだよ!」
「覚醒者は戦えない人々の想いをも背負って戦っているということを忘れるな。それが何であれ、覚醒者の力を間違った相手に向けることは見過ごせない!」
「はァ?…………ナメてんのお前?」
ヘザーと魔術師風の男が取っ組み合いの喧嘩を始めた。辺りはにわかに騒がしくなり、喧嘩の見物を始める荒々しい男達でごった返した。
止めるものはいない。多くはこれまでの戦いでろくな戦果をあげられず、不完全燃焼に終わった者達だった。
「加勢した方がいいのでしょうか」
「止めた方がよくないですか?!」
「あ~あ、とりあえず他人のふりしときましょ」
エルバッハ、ティリル、風がそれぞれの反応を示す。
「なんだなんだ騒がしいねえ落ち着いて煙草も吸えやしねえ。
どしたの、なんかあった?」
その辺で煙草を吹かしていた鵤 (ka3319)が、突如として自然な流れで一行に聞いた。
「痴女が乱交してるんです」
「ええっ?!」
「猛女が乱暴してるの間違いですから。そんなピンク色の話じゃありませんから」
顔色一つ変えずに告げたエルバッハに風が補足する。
「あの人も私達と人を探してたはずだったんですけどねー」
「はぁ、人を探してる? それがなんでケンカしてるん?」
首を傾げて悩ましい表情のティリルに鵤は質問を重ねた。
「なりゆきでしょうかー」
「……はあ、何だか知んないけどお嬢ちゃん達も大変だねえ。
ぃよし、おっさんも見かけたら教えてやるよ。どんな人だい」
一行はあらかじめ渡されていたラシェルのポートレイトを鵤に見せる。
「……あらま、本日の主役じゃね?」
●安らぎの食卓
赤々と燃える炎の上で、鍋が、もうもうと湯気をあげていた。
「よーっし……こんなもんかな。さ、食おう食おう!」
レイオス・アクアウォーカー (ka1990) ら数人が、キャンプの影で鍋を囲んでいた。
「カレーか?」
「アイントプフだよ」
鍋を覗き込む鳳凰院ひりょ (ka3744) にレイオスが応えた。
「こっちでは珍しいかな。
オレ、アメリカ人で日本暮らしが長いから」
「これはドイツ料理じゃなかったか?」
「ニンニクが効いてるからあったまるよ。けどご婦人方は要注意!」
「うふふ、平気ですわ。こうして皆で食卓を囲むのはとっても楽しいもの」
ミルベルト・アーヴィング (ka3401) はそう言って柔らかに微笑む。
「そうそう! それに臭いには慣れっこだよ医者だからね! ニンニクも並み居る薬品に比べたらね!」
アリア ウィンスレッド (ka4531) が明るく言った。
そこではハンター達が集まって、思い思いの休息の時をすごしていた。かれらの話題に上るのは、帝国の皇帝陛下が出陣したとか、災厄の十三魔が何人も来ているだとか、突拍子もないことに敵の本拠地は空を飛んでいるとか、さらに突拍子もないことにそれが真実だ、などだった。
「ん? あの子、なんだろ? おろおろしてるみたいだけど」
鍋を囲む一行は和やかに談笑しながら食事をしていたが、アリアがふと遠くに目を留めた。
「あら……?」
話を振られたミルベルトが見ると、防寒着で着膨れている少女の姿があった。一人で視線を彷徨わせたり、一行を見たりしている。
ミルベルトは迷わず立ち上がると、親しげに近づき、優しく声をかけた。
「もしよかったら、ご一緒にどうですか?」
「えっ? ……いいんですかっ?」
「どうぞどうぞ! 遠慮はいらないよ」
レイオスが腰かけたまま声をかけた。
「どうぞ、座ってくれ」
ひりょは洗練された動作で立ち上がり椅子を勧め、自分のために椅子を取りに行った。椅子は輜重隊が用意したものだ。
少女は恐縮しながらもちょこんと椅子に座る。レイオスがスープの入った器を渡すと、頭を下げて受け取った。
「こちらへはどういったご用でいらしたの?」
ミルベルトが丁寧な口調で問いかける。火の明かりを浴びて、やや赤みを帯びていた。
「えっと……私、アイドルをしてて、ここにはライブをしに来たんです」
少女はミルベルトの物腰に安心したのか、自分のことを語り出した。
「へぇ、アイドルさんなんだぁ。良いね良いね、気晴らしにぴったり♪」
アリアが顔を綻ばせる。
「ここのところ戦いばっかりだったからさ、それでみんな元気になれるといいね!」
「わたくし達も怪我した人は見てあげられるけれど、気持ちを元気づけることはなかなか難しいものね」
アリアに続いてミルベルトが言った。
「お医者さんなんですか?」
少女が聞いた。
「そういうこともするけれど、今の本業はハンターですよ」
「オレたちはハンターなんだぜ!」
応えたミルベルトに続いて、レイオスが人懐こい笑顔を見せる。
「ハンターといっても、怖がることはない。色々いるが、俺達はただの人間さ」
椅子を手に戻ってきたひりょが、気遣って言う。覚醒者と非覚醒者は、やはり違うのだ。
温められていたティーポットに手をかける。
「茶はどうかな? ティーバッグだが」
少女がうなづいたので、ティーバッグをカップに入れて渡した。
「……ん~~~~~~~~~~~~っ! こういう所で飲むお茶はまた格別ですねぇ!」
その時、スイッチが入った。
「これ、私が知らない味わいです! どこの葉ですか?」
「これはハンターの支給品の紅茶だよ」
「こんな美味しいものをハンターの皆さんは普段から飲んでいるのですか! ティーバッグも侮れませんね……」
この場合、場の雰囲気が修正を与えている可能性は多分にあったが。
「私の実家でもお茶を作ってるんですよ! ヒカヤ紅茶っていって、ご存知ありませんか? 王女様も愛飲されてるんですよ!」
「ヒカヤ紅茶? あの王女様がお好きならそれは美味しいお茶なのでしょうね」
優雅に聞いたミルベルトに、少女は向き直った。
そして力説した。
「はいっ! なんといっても特徴は香りですね! まるで春の日の高原のような、仄かに甘い香りに満たされる感覚は、本当に至高のひと時なんですよ!」
「素敵ね。興味あるわ」
「うーーーん、なんだかあたしも飲みたくなってきたよ!」
少女の熱意にあてられるように、アリアは興味をそそられていた。
「ふっ……こんなこともあろうかと!」
レイオスは鞄に手を突っ込むと目的のものを探り当て、それをうやうやしく掲げた。
水筒だ。カップに中身を注ぐ。
「そっそれは……! ああ、こんな所で出会えるなんて…………!」
少女が目をキラキラさせてそれを見る。
その格調高い水色は、紛れもなくヒカヤ紅茶だった。
「この水筒の保温効果は実証済みだ。食後はティータイムにしよう! お茶請けにクッキーもあるぞ!」
「良いな。……俺も紅茶には興味がある。もっと話してくれないか」
ひりょも、快く少女を受け入れる。
「喜んで! ではヒカヤ紅茶の歴史から語ってさしあげますね。起源は……」
「その、あんまり力みすぎないようにな?」
予防線を張るひりょだったが、効果のほどは謎だった。
「…………こうしてハンター達は雑魔を倒し、葉を摘んでから素敵なティータイムを楽しんだのでした」
どれ程の時間が過ぎたのだろう。少女はヒカヤ紅茶とハンターにまつわる逸話を語り終えた。これで8つ目の逸話である。
かれらはヒカヤ紅茶の香りと味わいを堪能し、この北狄の地にありながらティータイムを満喫していた。
「…………」
だが注意深く見ると、少女には話の合間に、どこか落ち着かない雰囲気があるのを見て取れた。
「どうかしたのか?」
「えっ?」
表情を曇らせた所を、ひりょに聞かれ、少女は見抜かれたと悟った。
「その……
考えてみたら皆さん命がけで歪虚と戦ってるんですよね。
そんな人達の気持ちなんて、私、わからないのに、勇気づけるために歌うとか……頑張ってって言うのは、無責任かも、とか……」
「不安なのか」
「はい……」
「心配なさらなくていいわ」
そんな少女に、ミルベルトは柔らかに微笑みかけた。
「先程ひりょ様が仰いましたけれど……わたくし達もただの人間なのです。辛い時もある。そんな時誰かに励ましてもらえたら、嬉しいのですよ」
「あたし達のために歌ってくれるんでしょ? それだけで心があったかくなるよ!」
「こんな所まで来て歌うって言うんだ! 本気なんだろ? だったら胸を張って良いと思うぜ!」
アリアとレイオスも同意する。
「なあ。アイドルなら、歌うのって楽しいだろう?」
ひりょが、少女の目を真っ直ぐに見て言った。
「緊張も不安もあるだろうけど、楽しむ事を第一にしたら良いと思う。さっき喋ってて楽しかっただろ? ああいう感じで、さ」
「みなさん……」
少女は、安心したような恥ずかしいような表情で、縮こまった。
「もしかして、ラシェル・シェルミエルちゃんかい?」
その時、その場にいる誰とも違う声がした。
現れたのは鵤だった。少女は、明らかに名前を呼ばれた反応をした。
「歌うとかどうとか言ってるからそうかと思ったらやっぱりそうか! ヘザーって人が探してたぜ」
「そうだ、プロデューサー!」
ラシェルは立ち上がった。
「皆さん、ありがとうございます。ごちそうさまでした! 私、もう行かないと」
「そっか! ライブ頑張れよ!」
「きっと聞きに行くわ!」
「今から楽しみ!」
「次は会場で、だな」
「……はいっ!」
そしてラシェルは、一時の別れを告げた。
●再会
「誰かが暴れていると聞いて来てみたらそなたか!」
閃姫は呆れていた。視線の先にはヘザーがいた。
輜重隊の警護も兼ねている閃姫達は、周辺の治安を維持するのも仕事に含まれていた。もっとも、それは今取り押さえられているヘザーも同様なのだが。
「よ、ヘザー。……何してたんだ?」
「ザレム? 信じてくれ。私は注意しただけだ!」
もしかしたら自分の力が必要になるかもしれないと思って来たザレムは、暴れていたのが知り合いだったという事実に直面させられた。
「いや、喧嘩してただろ……」
「非覚醒状態で男と取っ組み合いをするとは……この痴れ者めが」
「覚醒してたらもっとダメだろ?」
弁解するヘザーだったが、閃姫の表情は厳しい。
「そういう問題ではない! お転婆がすぎると言うとるのじゃ!」
「私はお転婆じゃないぞ! むしろお茶目だ!」
「あーもう何が何だか……」
そして喧嘩をしていたもう一人の男も取り押さえられていた。ヴァリオス出身の魔術師で、かなりのエリートであることが本人によって自慢気に語られた。
「なるほど魔術師協会の本部があるヴァリオスとでは比べ物になりませんね」
エルバッハは後手を縛られている男に対して言った。そもそもの原因、露店での魔術具の品揃えのことである。
「同盟の輜重隊なら遥かに良いものがあったんだ! それが品切れになったばっかりに」
男は言う。補給物資には限りがあり、望んだ物が手に入らないこともある。それが戦場だ。
「確かに魔術に関しては王国は同盟に比べ発展していませんからね。普及してない分質も悪く値段も高い。そこはどうしようもない技術の差です」
魔術師であるエルバッハは語る。
「開き直り? 冗談じゃないね! こっちは戦場で命を預けなきゃいけないんだ」
魔術師は自らの主張を崩そうとはしない。
「うーん、高段位な魔術師の必要を満たすだけのものはここにはないかもしれませんねー」
指を頬に当てて思案するティリル。
「でも折角来てくれたんですし、歌を聴いていってはいかが?」
「歌?」
「そう。マテリアルの覚醒ができないただの女の子が、貴方や私達一人一人のために精一杯歌うんです」
ティリルはそう言って、目を細め、笑いかける。
「ふん、損をして帰るのも癪だ。聴いてやろうじゃないか。だが1Gも払わないからな!」
「正直1Gも払われないのは悲しいですが仕方がありません。これも試用期間と思えば!」
「あんたは何を言ってるんだよ!」
「聞いてくださいよー。風、ここまで無償の奉仕!」
「知るかよ!」
風の主張は冷たくあしらわれた。
「プロデューサー!」
ヘザーは突然の声に振り向く。
その声の主は、顔が赤くして息を弾ませ、ヘザーを見ていた。
「ラシェル……!」
「はぁ……はぁ……
やっと見つけた……困った迷子のプロデューサーさんですね」
「……私迷子?」
「ヘザー…………」
「ザレムそんな目で私を見るなあ!」
「会えてよかったねえ。
それじゃおっさんはここいらでドロンしよっかなぁ」
ヘザーとラシェルの再会を無事見届けた鵤は、彼女らに背を向け、クールに去ろうとするのだった。
「……あ、あのっ!」
その背中に声を受けて、足を止める。
「あ、ありがとうございました!
私、今夜ライブするので……よかったら聴いていってくれませんか?」
咥え煙草で誠意のかけらもない表情で、振り向いた。
「いやあ、辞めとくぜ。柄じゃねえしなあ」
「そんなこと言わないで! 私、こんな事しかできませんから……」
「おいおい、そんな真っ直ぐな視線を向けないでくれ。まぶしくてかなわねえや」
「私からも頼む」
ヘザーが一歩前に出た。
「今回のことに対価は求めていない。広く与えたいのさ」
「んじゃ頼むのはおかしくないですか、と。
ま、おっさん暇ですからねぃ……気が向いたら行くわ……」
あいまいな態度のまま、鵤はその場を後にした。
●ライブ開催!
ラシェルが楽屋入りして、ライブ開催の時刻は段々と迫りつつあった。
開演は夜から。ステージはすでに組み上げられ、幾つもの篝火に照らされて神秘的な雰囲気を醸し出している。
「そこのお兄さん方、アイドルがライヴするので、息抜きにどうですかー?」
プラカードを掲げた風が周辺を回って、ライブ開催の告知を広めている。ちなみにプラカードは『有料』と書いてから有を無に修正されていた。
開場時間になると、受付ではザレムが人員整理を手伝っていた。これも縁という事で協力を申し出たのだった。
並ぶ列の中にはレイオス、ひりょ、ミルベルト、アリアの姿もある。
観客席の隅の方では、エルバッハがハンター仲間を集めて何かしていた。
「いいですか、ラシェルさんが出てきたら立ち上がって拍手、タイミングを見て名前を呼ぶんです」
何かを仕込んでいた。
「皆様、本日はラシェル・シェルミエルのライブにお越しくださり、ありがとうございます。……」
ステージに立ち、MCの役をしているのはモーリスだった。
「開演までのしばらくの間、お相手させていただきますのは私モーリスと」
「私ティリルがリュートでおもてなし致しまーす!」
前座としてティリルがステージに立った。
リュートが軽やかな音色を奏でると、観客席は静寂に包まれる。
「それではまずは、少し陽気で楽しい楽曲をば……」
ヘザーとラシェルは、舞台脇でティリルのリュートを聴いていた。本番まで、あとわずかだ。
すでに音楽隊は舞台上に待機している。
「目に迷いがないな」
ヘザーが言った。ラシェルは黙ってうなづく。
「初ステージとは思えないな。私と離れている間に何かあったのか?」
「はい。とても素敵な時間でした!」
「どうやら私の役目を誰かが果たしてくれたらしい。だが、せめてステージに立つ瞬間は、私が見届けよう」
リュートの音色がやんだ。
舞台脇の二人は、ティリルがお辞儀をした気配を察する。
「さあ、次は本番……ラシェル・シェルミエルさんです!」
ティリルとモーリスが揃って口にすると、舞台が暗くなった。舞台照明の篝火が蓋で覆われたのだ。
祖対的に舞台袖が明るくなる。
「しっかりな」
ヘザーの声。ラシェルは頷き、ステージへと向かった。
一瞬にして舞台が光に包まれると、中央にはふわりと広がるスカート、華やかな衣装を身に纏ったラシェルがいた。音楽が鳴り響き、ラシェルは満面の笑顔で大きく観客席に手を振る。
「素敵……!」
観客席のミルベルトが思わず口にする。数時間前に見た、防寒着に包まれていた彼女とはまるで別人のように華やかで愛らしかった。
可愛く高貴に 野望に燃える
それが私の黄金律!
一曲目『ゴールデンルール!』は明るく飛び跳ねながら観客席に愛嬌を振りまく、キュートな振り付けの曲だった。時折首を傾けてウインクしたり、片足を上げて見せたりする。
(今です!)
「ラシェルちゃーん!」
観客席の一角(エルバッハがいる辺り)から屈強な掛け声が飛ぶ。
それに応えて手を振る笑顔のラシェル。
やがて一曲目を歌い終わり、間髪を入れずに二曲目へと入る。
フルートが優しいあたたかなメロディーを奏で、ラシェルの歌声がそれに乗って伸びていく。
この香りが好き と君が言ったら
私もと言って 一緒に笑ったね……
二曲目『あなたとティータイム』は、親しい人と過ごす穏やかなお茶の時間を歌った曲。
ステージを中心に、和やかな空間が形成されていく。
「なんだか、ヒカヤ紅茶の味と香りがよみがえってくるみたい」
観客席でアリアは、自然とあの味と香りを思い出されていた。
「みなさーーーん! ラシェル・シェルミエルでーーーす!」
二曲目を終え、拍手が鳴り響く中、彼女は集まってくれた皆に呼びかけた。
「けど、私なんかよりヒカヤ紅茶をよろしくお願いしまーーーす!」
こんな事を言って観客を困惑させもした。
「何を言っているんだラシェル……!」
「落ち着けってヘザー」
舞台袖からステージを睨むヘザーを、ザレムが制する。
「何でザレムがここに……?」
「ヘザーを見張っとけって、閃姫が」
「私は何だと思われてるんだ?! ちゃんと裏方に徹する!」
「私、何も知らないただの娘ですけど……
歪虚と戦う皆さんのために精一杯歌います!」
戦場で戦う者達の気持ちも、戦場の空気も知らないただの少女が、彼女なりの緊張を持って呼びかけた。
観客席で、ひりょが確かに聴いていた。
「……それでいいんだ」
そして、頷いた。
「これから歌う歌は……今はもうない国の栄華を歌ったものです」
ラシェルは舞台上で語る。今は落ち着いた空気が場を支配していた。
「コヴ・リンダール皇国……
調和と音楽の国と呼ばれた国です。
私達の生きる今も、いつかは過去になります。
けれど時が流れ、国が失われても、記憶は引き継がれていきます。
そうして永い時を生きるのです……。
聴いてください、『リンダールの森』」
風にそよぐ 木々の囁きが
時を越えて 呼びかけてくる
私達はここにいる 私達はここにいると……
弦楽器が幾重もの旋律を重ねる。
郷愁を感じさせる曲調。ラシェルの凛とした声が、そこに音階を刻んでいく。
その音色は聴く者の魂を肉体から乖離させ、遥かなる過去へと誘った。
曲が終わり、静寂が支配した。
「ちょっとしんみりした曲でしたね。
けど、こういうのも伝統を重んじる王国らしさということで……。
帝国の人も同盟の人も辺境の人も東方の人も、そしてリアルブルーから来た皆さんも。
私達の国の皆をよろしくお願いしますね!」
ラシェルが語り終わらないうちに、音楽隊が曲を奏で始めた。
一定の律動を刻んだ、凛とした力強い曲だ。
「さて残す所あと2曲となりました。ここからはテンションをあげていきたいと思います!
『颯爽たれ紳士淑女』!」
右手には剣を 左手には花束を
背中に翼を 心には火を灯し
この世が果てしなき闇でも 颯爽たれ紳士淑女
それは歪虚の恐怖に晒されようとも人として強く生きる決意を歌った曲だった。
舞台上で引き締まった表情を見せ、要所要所で颯爽とポーズを決めるラシェルの力強い視線は、ハンター風に言うならば、正のマテリアルが迸るようだった。
「見違えたぜ! アイドルって凄えんだな!」
観客席のレイオスは、一緒に鍋を囲んだときの彼女との格差に驚きつつも喝采を送った。
曲の盛り上がりは最高潮に達し、そして突如として止んだ。
間髪を入れず次の曲が始まる。
同時にラシェルは衣装に手をかけると、それを思い切り引っ張った。
どよめきをあげる観客。ラシェルの衣装は、黒を基調とした活発な印象を与えるものに変わっていた。
同時に曲調もギターやドラム、金管楽器を用いた激しいものへと変貌していく。
運命を果たす時は来た
星よ 焔の尾を引いて飛べ
限界を飛び越えて!
五曲目「Ignited Exceed」。
起爆するマテリアルのように熱く切ない楽曲だった。
戦いの運命を予感させるとともに、覚醒者達の心に熱き火を灯す。
「まぶしいねぇ……」
遠くから舞台を眺める鵤が、目を細めた。
ラシェルが軽やかにターンを決め、堂々たる立ち姿を見せる。音楽が最後の音を鳴らし、舞台後方では火花が上がった。
観客席、音楽隊を含めた全員が立ち上がる。
「「「連合軍に栄光あれ!」」」
あらかじめ唱和することは決められていた。皆、北の空に浮かぶ夢幻城まで届けとばかりに声をあげる。我々はここにいる。連合軍は、戦う準備ができている。
舞台照明が覆われ、ラシェルは舞台から退場した。
ラシェルは満面の笑みを浮かべて舞台袖で見ていたヘザーとハイタッチを交わし、勢いでザレムとも交わした。
「よくやった! 最高だよラシェル! 君は素晴らしい」
陳腐な言葉しか出てこないヘザー。考えるのも惜しいのだ。
「何これ! すごく気持ちいい!」
ラシェルは興奮のままに飛び跳ねる。
拍手は鳴り止まず、やがて一定のリズムをとりはじめる。アンコールの要請だ。
「さ、皆に顔を見せてやってくれ!」
「はい、いってきます!」
そして熱狂のままにアンコールが行われ、『ゴールデンルール!』が歌われた。最初よりも晴れやかな表情で、ラシェルは歌う。
やがてアンコールが終わり、万雷の拍手に送られてラシェルは舞台を後にした。
観客席……
「アンケートにご協力くださーい! 今日のライブはいかがでしたか?」
風が観客の反応を集めていた。今相手にしているのは、ヘザーと喧嘩した例の魔術師である。
「大したことなかったよ。歌も上手くないし音楽も安っぽい。舞台演出だって素人臭さ満載で」「ラシェルさんがウィンクする度に照れてました」「Fwoooooooooo?!」
エルバッハが横から割り込んだ。
「基本ガン見してましたけど目が合いそうになったらそらして……」
「バッ、何訳のわかんないこと言ってるわけ?!」
「たいへん参考になりましたー」
「おい、ちょ、待てよ! どこを参考にする気?!」
●静まり返った夜
やがて最後の観客が去り、辺りは夜の静寂が支配した。
「終わっちゃいましたね……」
「ああ……」
ヘザーとラシェルは、二人佇んでいた。
二人とも口数が少ない。ライブの余韻に浸っているのだ。言葉を交わすまでもなく、観客、音楽隊、スタッフ一同が一つになれたことを、魂で実感していた。
「プロデューサー」
「ん?」
「私、戦うことはわかりません。けどこうして時々はライブを通じて……皆さんの心に寄り添ってあげたいって思いました」
「音楽は人の心を一つにすることができる。例え、一時であれ。
ラシェルが戦士達の孤独を癒してやれるのなら、プロデューサーとして本望だよ」
「今度は皆で、勝利を祝えたらいいですね」
平和な今日は終わりを告げた。
そして戦いの日々が、また訪れる。
「ライブやりまーす! よろしくお願いしまーす!」
「あ、ども……夕方からライブあります。よろしくです」
ここは北狄に設けられた浄化キャンプのひとつ。
肌寒い空気の中、数人の男達がビラを配っていた。
「表情が硬いぞ。もっと愛想よく出来ぬのか?」
「へ……へい! 姫!」
男達に指示を下すように、若い女が言った。
男達は硬くなりつつも、どこか満足げな様子で彼女に従っているようだった。
(何なのかな……)
ザレム・アズール (ka0878)がそんな光景を傍目に通り過ぎようとした、その時。
「ライブやりまーす。あれっ、あんた!」
「あっ! あの時の」
ザレムとビラ配りの男の目が合った。お互いに見知った顔だったのだ。
かつて男は徒党を組んで田舎の町で好き放題に暴れていたのだが、ザレムは彼等を捕縛したハンターの一人だったのだ。
「あれ以来か。今はどうしてる?」
「あれきり悪い事からは足を洗ってな……真っ当にハンター活動してるぜ」
「いいことじゃないか!」
「そうそう、今日王国から来た子がライブやるんだがどうだい」
などと話し込んでいると、男達に指示を下していた女がザレムたちに近づいてきた。
「知り合いか?」
「あっ姫! こいつは……例の、俺達が退治された依頼の」
「おぬしらを捕縛したハンターの一人か。始めましてじゃな、わらわは細川 閃姫。
ヘザーからこやつらの教育を任されておる。よしなに」
(自分でしてないんだ……)
ザレムはそう思いつつも挨拶を返す。
確か、自分達はヘザーに更生を託したはずだったのだが。
「もう聞いたとは思うが今夜はささやかな宴を設けるのでな。ゆるりとしていかれよ」
閃姫は優雅に笑って言うと、また離れていった。
「……俺達に必要なのは、心の支えとなってくれる人だったんだ。姫はそんな存在になってくれた」
男は閃姫の背中を横目で見ながら、ザレムに語った。
(ヘザーじゃないんだ……)
ザレムは事実を心の中で噛み締める。
「もっと声をあげよ! また上半身を剥かれて鎖で縛られたいのか?」
「へ、へい! 姫!」
ザレムは、その心の支えとなる女性と男の仲間とのやり取りを遠目に眺めた。
●ヘザーP
「ハンターと見込んで頼みがある!」
その頃ヘザー・スクロヴェーニは切羽詰っていた。切羽詰ったあまりに、居合わせたハンターに哀願せずにはいられなかったのだ。
「人を探すのを手伝って欲しいんだ!」
「それは報酬の発生する案件ですか? 風、割といい仕事しますよ? 有料ですけど」
ヘザーの必死な顔に対して最上 風 (ka0891) が商談を始めた。
「まあ、受けるかはともかく話してみてください」
エルバッハ・リオン (ka2434) は落ち着いた声で問うた。
「ああ。私は実はアイドルプロデューサーなのだが……」
ヘザーはアイドルをプロデュースしてここ北狄でライブをやることまでは決まったは良いが、ここにきてアイドルとはぐれてしまったことを説明した。
「ふぇ……あい・どる?」
ティリル(ka5672)は目を丸くして人差し指を頬に立てつつ首をかしげた。
「って何だろー」
「偶像のことですよ」
「いやそこはステージで歌ったり踊ったりする人のことでしょ」
などというやり取りがあり、偶像と断言して風につっこまれたエルバッハが、言った。
「話はわかりました。
私達三人をユニットとしてプロデュースしたいのですね」
「話聞いてたか?!」
ヘザーは、東方から出てきたばかりの巫女ティリル、プロデューサーという響きに金の臭いを嗅ぎ取った風、そして突拍子もない言動で場を浚っていったエルバッハを加え、はぐれてしまったアイドル、ラシェル・シェルミエルの捜索を開始した。
「それにしても色々なものがあって楽しげですねー
ここでは何を売っているのかな?」
「夜、女性が男性を誘惑する時に服の下につけるものですよ、ティリルさん」
「そんなもの売ってませんし。どう見ても生活必需品とか道具とか武器防具の類です」
「……楽しそうだな君達……ん? 向こうが騒がしいが……」
一行はキャンプを歩くうちに、怒鳴り声の聞こえる露店の前を通りかかった。物々しい防寒具を纏った男が品物を広げているが、客と思しき人物が声を荒げて何かを言っていた。
「話にならないね! お前どこの田舎から来たんだ。こんな魔術具で金取ろうっての?」
魔術師風の若い男が一方的に店主を糾弾していた。聞けば品質と値段について文句をつけているらしく、それはやがて店主の対応にも及んだ。
「ふざけるなよ! こっちは命張って歪虚と戦ってるんだぜ……それなのにこんな対応をされて、黙ってるわけにはいかないな! まったく、連合軍っていったって、実が伴ってない奴が仲間になったって迷惑なんだよ! ……ん?」
そこまで言って、男の主張が止んだ。
ヘザーが肩を引っ張ったからだ。
「やめろ」
「何だよお前! こいつは自分の扱ってる商品の説明もろくにできないんだぜ?! 文句を言われても仕方がないね!」
「それで……君はこの人を殴るのか」
「殴るだけの価値はあるね!」
男がそう言うや否や、ヘザーの鉄拳が飛んだ。拳は確かな威力を持って男の頬を打ち据え、派手な音をたてて転ばせる。
「なっ……何するんだよ!」
「覚醒者は戦えない人々の想いをも背負って戦っているということを忘れるな。それが何であれ、覚醒者の力を間違った相手に向けることは見過ごせない!」
「はァ?…………ナメてんのお前?」
ヘザーと魔術師風の男が取っ組み合いの喧嘩を始めた。辺りはにわかに騒がしくなり、喧嘩の見物を始める荒々しい男達でごった返した。
止めるものはいない。多くはこれまでの戦いでろくな戦果をあげられず、不完全燃焼に終わった者達だった。
「加勢した方がいいのでしょうか」
「止めた方がよくないですか?!」
「あ~あ、とりあえず他人のふりしときましょ」
エルバッハ、ティリル、風がそれぞれの反応を示す。
「なんだなんだ騒がしいねえ落ち着いて煙草も吸えやしねえ。
どしたの、なんかあった?」
その辺で煙草を吹かしていた鵤 (ka3319)が、突如として自然な流れで一行に聞いた。
「痴女が乱交してるんです」
「ええっ?!」
「猛女が乱暴してるの間違いですから。そんなピンク色の話じゃありませんから」
顔色一つ変えずに告げたエルバッハに風が補足する。
「あの人も私達と人を探してたはずだったんですけどねー」
「はぁ、人を探してる? それがなんでケンカしてるん?」
首を傾げて悩ましい表情のティリルに鵤は質問を重ねた。
「なりゆきでしょうかー」
「……はあ、何だか知んないけどお嬢ちゃん達も大変だねえ。
ぃよし、おっさんも見かけたら教えてやるよ。どんな人だい」
一行はあらかじめ渡されていたラシェルのポートレイトを鵤に見せる。
「……あらま、本日の主役じゃね?」
●安らぎの食卓
赤々と燃える炎の上で、鍋が、もうもうと湯気をあげていた。
「よーっし……こんなもんかな。さ、食おう食おう!」
レイオス・アクアウォーカー (ka1990) ら数人が、キャンプの影で鍋を囲んでいた。
「カレーか?」
「アイントプフだよ」
鍋を覗き込む鳳凰院ひりょ (ka3744) にレイオスが応えた。
「こっちでは珍しいかな。
オレ、アメリカ人で日本暮らしが長いから」
「これはドイツ料理じゃなかったか?」
「ニンニクが効いてるからあったまるよ。けどご婦人方は要注意!」
「うふふ、平気ですわ。こうして皆で食卓を囲むのはとっても楽しいもの」
ミルベルト・アーヴィング (ka3401) はそう言って柔らかに微笑む。
「そうそう! それに臭いには慣れっこだよ医者だからね! ニンニクも並み居る薬品に比べたらね!」
アリア ウィンスレッド (ka4531) が明るく言った。
そこではハンター達が集まって、思い思いの休息の時をすごしていた。かれらの話題に上るのは、帝国の皇帝陛下が出陣したとか、災厄の十三魔が何人も来ているだとか、突拍子もないことに敵の本拠地は空を飛んでいるとか、さらに突拍子もないことにそれが真実だ、などだった。
「ん? あの子、なんだろ? おろおろしてるみたいだけど」
鍋を囲む一行は和やかに談笑しながら食事をしていたが、アリアがふと遠くに目を留めた。
「あら……?」
話を振られたミルベルトが見ると、防寒着で着膨れている少女の姿があった。一人で視線を彷徨わせたり、一行を見たりしている。
ミルベルトは迷わず立ち上がると、親しげに近づき、優しく声をかけた。
「もしよかったら、ご一緒にどうですか?」
「えっ? ……いいんですかっ?」
「どうぞどうぞ! 遠慮はいらないよ」
レイオスが腰かけたまま声をかけた。
「どうぞ、座ってくれ」
ひりょは洗練された動作で立ち上がり椅子を勧め、自分のために椅子を取りに行った。椅子は輜重隊が用意したものだ。
少女は恐縮しながらもちょこんと椅子に座る。レイオスがスープの入った器を渡すと、頭を下げて受け取った。
「こちらへはどういったご用でいらしたの?」
ミルベルトが丁寧な口調で問いかける。火の明かりを浴びて、やや赤みを帯びていた。
「えっと……私、アイドルをしてて、ここにはライブをしに来たんです」
少女はミルベルトの物腰に安心したのか、自分のことを語り出した。
「へぇ、アイドルさんなんだぁ。良いね良いね、気晴らしにぴったり♪」
アリアが顔を綻ばせる。
「ここのところ戦いばっかりだったからさ、それでみんな元気になれるといいね!」
「わたくし達も怪我した人は見てあげられるけれど、気持ちを元気づけることはなかなか難しいものね」
アリアに続いてミルベルトが言った。
「お医者さんなんですか?」
少女が聞いた。
「そういうこともするけれど、今の本業はハンターですよ」
「オレたちはハンターなんだぜ!」
応えたミルベルトに続いて、レイオスが人懐こい笑顔を見せる。
「ハンターといっても、怖がることはない。色々いるが、俺達はただの人間さ」
椅子を手に戻ってきたひりょが、気遣って言う。覚醒者と非覚醒者は、やはり違うのだ。
温められていたティーポットに手をかける。
「茶はどうかな? ティーバッグだが」
少女がうなづいたので、ティーバッグをカップに入れて渡した。
「……ん~~~~~~~~~~~~っ! こういう所で飲むお茶はまた格別ですねぇ!」
その時、スイッチが入った。
「これ、私が知らない味わいです! どこの葉ですか?」
「これはハンターの支給品の紅茶だよ」
「こんな美味しいものをハンターの皆さんは普段から飲んでいるのですか! ティーバッグも侮れませんね……」
この場合、場の雰囲気が修正を与えている可能性は多分にあったが。
「私の実家でもお茶を作ってるんですよ! ヒカヤ紅茶っていって、ご存知ありませんか? 王女様も愛飲されてるんですよ!」
「ヒカヤ紅茶? あの王女様がお好きならそれは美味しいお茶なのでしょうね」
優雅に聞いたミルベルトに、少女は向き直った。
そして力説した。
「はいっ! なんといっても特徴は香りですね! まるで春の日の高原のような、仄かに甘い香りに満たされる感覚は、本当に至高のひと時なんですよ!」
「素敵ね。興味あるわ」
「うーーーん、なんだかあたしも飲みたくなってきたよ!」
少女の熱意にあてられるように、アリアは興味をそそられていた。
「ふっ……こんなこともあろうかと!」
レイオスは鞄に手を突っ込むと目的のものを探り当て、それをうやうやしく掲げた。
水筒だ。カップに中身を注ぐ。
「そっそれは……! ああ、こんな所で出会えるなんて…………!」
少女が目をキラキラさせてそれを見る。
その格調高い水色は、紛れもなくヒカヤ紅茶だった。
「この水筒の保温効果は実証済みだ。食後はティータイムにしよう! お茶請けにクッキーもあるぞ!」
「良いな。……俺も紅茶には興味がある。もっと話してくれないか」
ひりょも、快く少女を受け入れる。
「喜んで! ではヒカヤ紅茶の歴史から語ってさしあげますね。起源は……」
「その、あんまり力みすぎないようにな?」
予防線を張るひりょだったが、効果のほどは謎だった。
「…………こうしてハンター達は雑魔を倒し、葉を摘んでから素敵なティータイムを楽しんだのでした」
どれ程の時間が過ぎたのだろう。少女はヒカヤ紅茶とハンターにまつわる逸話を語り終えた。これで8つ目の逸話である。
かれらはヒカヤ紅茶の香りと味わいを堪能し、この北狄の地にありながらティータイムを満喫していた。
「…………」
だが注意深く見ると、少女には話の合間に、どこか落ち着かない雰囲気があるのを見て取れた。
「どうかしたのか?」
「えっ?」
表情を曇らせた所を、ひりょに聞かれ、少女は見抜かれたと悟った。
「その……
考えてみたら皆さん命がけで歪虚と戦ってるんですよね。
そんな人達の気持ちなんて、私、わからないのに、勇気づけるために歌うとか……頑張ってって言うのは、無責任かも、とか……」
「不安なのか」
「はい……」
「心配なさらなくていいわ」
そんな少女に、ミルベルトは柔らかに微笑みかけた。
「先程ひりょ様が仰いましたけれど……わたくし達もただの人間なのです。辛い時もある。そんな時誰かに励ましてもらえたら、嬉しいのですよ」
「あたし達のために歌ってくれるんでしょ? それだけで心があったかくなるよ!」
「こんな所まで来て歌うって言うんだ! 本気なんだろ? だったら胸を張って良いと思うぜ!」
アリアとレイオスも同意する。
「なあ。アイドルなら、歌うのって楽しいだろう?」
ひりょが、少女の目を真っ直ぐに見て言った。
「緊張も不安もあるだろうけど、楽しむ事を第一にしたら良いと思う。さっき喋ってて楽しかっただろ? ああいう感じで、さ」
「みなさん……」
少女は、安心したような恥ずかしいような表情で、縮こまった。
「もしかして、ラシェル・シェルミエルちゃんかい?」
その時、その場にいる誰とも違う声がした。
現れたのは鵤だった。少女は、明らかに名前を呼ばれた反応をした。
「歌うとかどうとか言ってるからそうかと思ったらやっぱりそうか! ヘザーって人が探してたぜ」
「そうだ、プロデューサー!」
ラシェルは立ち上がった。
「皆さん、ありがとうございます。ごちそうさまでした! 私、もう行かないと」
「そっか! ライブ頑張れよ!」
「きっと聞きに行くわ!」
「今から楽しみ!」
「次は会場で、だな」
「……はいっ!」
そしてラシェルは、一時の別れを告げた。
●再会
「誰かが暴れていると聞いて来てみたらそなたか!」
閃姫は呆れていた。視線の先にはヘザーがいた。
輜重隊の警護も兼ねている閃姫達は、周辺の治安を維持するのも仕事に含まれていた。もっとも、それは今取り押さえられているヘザーも同様なのだが。
「よ、ヘザー。……何してたんだ?」
「ザレム? 信じてくれ。私は注意しただけだ!」
もしかしたら自分の力が必要になるかもしれないと思って来たザレムは、暴れていたのが知り合いだったという事実に直面させられた。
「いや、喧嘩してただろ……」
「非覚醒状態で男と取っ組み合いをするとは……この痴れ者めが」
「覚醒してたらもっとダメだろ?」
弁解するヘザーだったが、閃姫の表情は厳しい。
「そういう問題ではない! お転婆がすぎると言うとるのじゃ!」
「私はお転婆じゃないぞ! むしろお茶目だ!」
「あーもう何が何だか……」
そして喧嘩をしていたもう一人の男も取り押さえられていた。ヴァリオス出身の魔術師で、かなりのエリートであることが本人によって自慢気に語られた。
「なるほど魔術師協会の本部があるヴァリオスとでは比べ物になりませんね」
エルバッハは後手を縛られている男に対して言った。そもそもの原因、露店での魔術具の品揃えのことである。
「同盟の輜重隊なら遥かに良いものがあったんだ! それが品切れになったばっかりに」
男は言う。補給物資には限りがあり、望んだ物が手に入らないこともある。それが戦場だ。
「確かに魔術に関しては王国は同盟に比べ発展していませんからね。普及してない分質も悪く値段も高い。そこはどうしようもない技術の差です」
魔術師であるエルバッハは語る。
「開き直り? 冗談じゃないね! こっちは戦場で命を預けなきゃいけないんだ」
魔術師は自らの主張を崩そうとはしない。
「うーん、高段位な魔術師の必要を満たすだけのものはここにはないかもしれませんねー」
指を頬に当てて思案するティリル。
「でも折角来てくれたんですし、歌を聴いていってはいかが?」
「歌?」
「そう。マテリアルの覚醒ができないただの女の子が、貴方や私達一人一人のために精一杯歌うんです」
ティリルはそう言って、目を細め、笑いかける。
「ふん、損をして帰るのも癪だ。聴いてやろうじゃないか。だが1Gも払わないからな!」
「正直1Gも払われないのは悲しいですが仕方がありません。これも試用期間と思えば!」
「あんたは何を言ってるんだよ!」
「聞いてくださいよー。風、ここまで無償の奉仕!」
「知るかよ!」
風の主張は冷たくあしらわれた。
「プロデューサー!」
ヘザーは突然の声に振り向く。
その声の主は、顔が赤くして息を弾ませ、ヘザーを見ていた。
「ラシェル……!」
「はぁ……はぁ……
やっと見つけた……困った迷子のプロデューサーさんですね」
「……私迷子?」
「ヘザー…………」
「ザレムそんな目で私を見るなあ!」
「会えてよかったねえ。
それじゃおっさんはここいらでドロンしよっかなぁ」
ヘザーとラシェルの再会を無事見届けた鵤は、彼女らに背を向け、クールに去ろうとするのだった。
「……あ、あのっ!」
その背中に声を受けて、足を止める。
「あ、ありがとうございました!
私、今夜ライブするので……よかったら聴いていってくれませんか?」
咥え煙草で誠意のかけらもない表情で、振り向いた。
「いやあ、辞めとくぜ。柄じゃねえしなあ」
「そんなこと言わないで! 私、こんな事しかできませんから……」
「おいおい、そんな真っ直ぐな視線を向けないでくれ。まぶしくてかなわねえや」
「私からも頼む」
ヘザーが一歩前に出た。
「今回のことに対価は求めていない。広く与えたいのさ」
「んじゃ頼むのはおかしくないですか、と。
ま、おっさん暇ですからねぃ……気が向いたら行くわ……」
あいまいな態度のまま、鵤はその場を後にした。
●ライブ開催!
ラシェルが楽屋入りして、ライブ開催の時刻は段々と迫りつつあった。
開演は夜から。ステージはすでに組み上げられ、幾つもの篝火に照らされて神秘的な雰囲気を醸し出している。
「そこのお兄さん方、アイドルがライヴするので、息抜きにどうですかー?」
プラカードを掲げた風が周辺を回って、ライブ開催の告知を広めている。ちなみにプラカードは『有料』と書いてから有を無に修正されていた。
開場時間になると、受付ではザレムが人員整理を手伝っていた。これも縁という事で協力を申し出たのだった。
並ぶ列の中にはレイオス、ひりょ、ミルベルト、アリアの姿もある。
観客席の隅の方では、エルバッハがハンター仲間を集めて何かしていた。
「いいですか、ラシェルさんが出てきたら立ち上がって拍手、タイミングを見て名前を呼ぶんです」
何かを仕込んでいた。
「皆様、本日はラシェル・シェルミエルのライブにお越しくださり、ありがとうございます。……」
ステージに立ち、MCの役をしているのはモーリスだった。
「開演までのしばらくの間、お相手させていただきますのは私モーリスと」
「私ティリルがリュートでおもてなし致しまーす!」
前座としてティリルがステージに立った。
リュートが軽やかな音色を奏でると、観客席は静寂に包まれる。
「それではまずは、少し陽気で楽しい楽曲をば……」
ヘザーとラシェルは、舞台脇でティリルのリュートを聴いていた。本番まで、あとわずかだ。
すでに音楽隊は舞台上に待機している。
「目に迷いがないな」
ヘザーが言った。ラシェルは黙ってうなづく。
「初ステージとは思えないな。私と離れている間に何かあったのか?」
「はい。とても素敵な時間でした!」
「どうやら私の役目を誰かが果たしてくれたらしい。だが、せめてステージに立つ瞬間は、私が見届けよう」
リュートの音色がやんだ。
舞台脇の二人は、ティリルがお辞儀をした気配を察する。
「さあ、次は本番……ラシェル・シェルミエルさんです!」
ティリルとモーリスが揃って口にすると、舞台が暗くなった。舞台照明の篝火が蓋で覆われたのだ。
祖対的に舞台袖が明るくなる。
「しっかりな」
ヘザーの声。ラシェルは頷き、ステージへと向かった。
一瞬にして舞台が光に包まれると、中央にはふわりと広がるスカート、華やかな衣装を身に纏ったラシェルがいた。音楽が鳴り響き、ラシェルは満面の笑顔で大きく観客席に手を振る。
「素敵……!」
観客席のミルベルトが思わず口にする。数時間前に見た、防寒着に包まれていた彼女とはまるで別人のように華やかで愛らしかった。
可愛く高貴に 野望に燃える
それが私の黄金律!
一曲目『ゴールデンルール!』は明るく飛び跳ねながら観客席に愛嬌を振りまく、キュートな振り付けの曲だった。時折首を傾けてウインクしたり、片足を上げて見せたりする。
(今です!)
「ラシェルちゃーん!」
観客席の一角(エルバッハがいる辺り)から屈強な掛け声が飛ぶ。
それに応えて手を振る笑顔のラシェル。
やがて一曲目を歌い終わり、間髪を入れずに二曲目へと入る。
フルートが優しいあたたかなメロディーを奏で、ラシェルの歌声がそれに乗って伸びていく。
この香りが好き と君が言ったら
私もと言って 一緒に笑ったね……
二曲目『あなたとティータイム』は、親しい人と過ごす穏やかなお茶の時間を歌った曲。
ステージを中心に、和やかな空間が形成されていく。
「なんだか、ヒカヤ紅茶の味と香りがよみがえってくるみたい」
観客席でアリアは、自然とあの味と香りを思い出されていた。
「みなさーーーん! ラシェル・シェルミエルでーーーす!」
二曲目を終え、拍手が鳴り響く中、彼女は集まってくれた皆に呼びかけた。
「けど、私なんかよりヒカヤ紅茶をよろしくお願いしまーーーす!」
こんな事を言って観客を困惑させもした。
「何を言っているんだラシェル……!」
「落ち着けってヘザー」
舞台袖からステージを睨むヘザーを、ザレムが制する。
「何でザレムがここに……?」
「ヘザーを見張っとけって、閃姫が」
「私は何だと思われてるんだ?! ちゃんと裏方に徹する!」
「私、何も知らないただの娘ですけど……
歪虚と戦う皆さんのために精一杯歌います!」
戦場で戦う者達の気持ちも、戦場の空気も知らないただの少女が、彼女なりの緊張を持って呼びかけた。
観客席で、ひりょが確かに聴いていた。
「……それでいいんだ」
そして、頷いた。
「これから歌う歌は……今はもうない国の栄華を歌ったものです」
ラシェルは舞台上で語る。今は落ち着いた空気が場を支配していた。
「コヴ・リンダール皇国……
調和と音楽の国と呼ばれた国です。
私達の生きる今も、いつかは過去になります。
けれど時が流れ、国が失われても、記憶は引き継がれていきます。
そうして永い時を生きるのです……。
聴いてください、『リンダールの森』」
風にそよぐ 木々の囁きが
時を越えて 呼びかけてくる
私達はここにいる 私達はここにいると……
弦楽器が幾重もの旋律を重ねる。
郷愁を感じさせる曲調。ラシェルの凛とした声が、そこに音階を刻んでいく。
その音色は聴く者の魂を肉体から乖離させ、遥かなる過去へと誘った。
曲が終わり、静寂が支配した。
「ちょっとしんみりした曲でしたね。
けど、こういうのも伝統を重んじる王国らしさということで……。
帝国の人も同盟の人も辺境の人も東方の人も、そしてリアルブルーから来た皆さんも。
私達の国の皆をよろしくお願いしますね!」
ラシェルが語り終わらないうちに、音楽隊が曲を奏で始めた。
一定の律動を刻んだ、凛とした力強い曲だ。
「さて残す所あと2曲となりました。ここからはテンションをあげていきたいと思います!
『颯爽たれ紳士淑女』!」
右手には剣を 左手には花束を
背中に翼を 心には火を灯し
この世が果てしなき闇でも 颯爽たれ紳士淑女
それは歪虚の恐怖に晒されようとも人として強く生きる決意を歌った曲だった。
舞台上で引き締まった表情を見せ、要所要所で颯爽とポーズを決めるラシェルの力強い視線は、ハンター風に言うならば、正のマテリアルが迸るようだった。
「見違えたぜ! アイドルって凄えんだな!」
観客席のレイオスは、一緒に鍋を囲んだときの彼女との格差に驚きつつも喝采を送った。
曲の盛り上がりは最高潮に達し、そして突如として止んだ。
間髪を入れず次の曲が始まる。
同時にラシェルは衣装に手をかけると、それを思い切り引っ張った。
どよめきをあげる観客。ラシェルの衣装は、黒を基調とした活発な印象を与えるものに変わっていた。
同時に曲調もギターやドラム、金管楽器を用いた激しいものへと変貌していく。
運命を果たす時は来た
星よ 焔の尾を引いて飛べ
限界を飛び越えて!
五曲目「Ignited Exceed」。
起爆するマテリアルのように熱く切ない楽曲だった。
戦いの運命を予感させるとともに、覚醒者達の心に熱き火を灯す。
「まぶしいねぇ……」
遠くから舞台を眺める鵤が、目を細めた。
ラシェルが軽やかにターンを決め、堂々たる立ち姿を見せる。音楽が最後の音を鳴らし、舞台後方では火花が上がった。
観客席、音楽隊を含めた全員が立ち上がる。
「「「連合軍に栄光あれ!」」」
あらかじめ唱和することは決められていた。皆、北の空に浮かぶ夢幻城まで届けとばかりに声をあげる。我々はここにいる。連合軍は、戦う準備ができている。
舞台照明が覆われ、ラシェルは舞台から退場した。
ラシェルは満面の笑みを浮かべて舞台袖で見ていたヘザーとハイタッチを交わし、勢いでザレムとも交わした。
「よくやった! 最高だよラシェル! 君は素晴らしい」
陳腐な言葉しか出てこないヘザー。考えるのも惜しいのだ。
「何これ! すごく気持ちいい!」
ラシェルは興奮のままに飛び跳ねる。
拍手は鳴り止まず、やがて一定のリズムをとりはじめる。アンコールの要請だ。
「さ、皆に顔を見せてやってくれ!」
「はい、いってきます!」
そして熱狂のままにアンコールが行われ、『ゴールデンルール!』が歌われた。最初よりも晴れやかな表情で、ラシェルは歌う。
やがてアンコールが終わり、万雷の拍手に送られてラシェルは舞台を後にした。
観客席……
「アンケートにご協力くださーい! 今日のライブはいかがでしたか?」
風が観客の反応を集めていた。今相手にしているのは、ヘザーと喧嘩した例の魔術師である。
「大したことなかったよ。歌も上手くないし音楽も安っぽい。舞台演出だって素人臭さ満載で」「ラシェルさんがウィンクする度に照れてました」「Fwoooooooooo?!」
エルバッハが横から割り込んだ。
「基本ガン見してましたけど目が合いそうになったらそらして……」
「バッ、何訳のわかんないこと言ってるわけ?!」
「たいへん参考になりましたー」
「おい、ちょ、待てよ! どこを参考にする気?!」
●静まり返った夜
やがて最後の観客が去り、辺りは夜の静寂が支配した。
「終わっちゃいましたね……」
「ああ……」
ヘザーとラシェルは、二人佇んでいた。
二人とも口数が少ない。ライブの余韻に浸っているのだ。言葉を交わすまでもなく、観客、音楽隊、スタッフ一同が一つになれたことを、魂で実感していた。
「プロデューサー」
「ん?」
「私、戦うことはわかりません。けどこうして時々はライブを通じて……皆さんの心に寄り添ってあげたいって思いました」
「音楽は人の心を一つにすることができる。例え、一時であれ。
ラシェルが戦士達の孤独を癒してやれるのなら、プロデューサーとして本望だよ」
「今度は皆で、勝利を祝えたらいいですね」
平和な今日は終わりを告げた。
そして戦いの日々が、また訪れる。
依頼結果
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キャンプ地での過ごし方 ひりょ・ムーンリーフ(ka3744) 人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/10/21 11:25:37 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/10/21 11:24:44 |