• 聖呪

【聖呪】戦場に形創るのは、加護か呪詛か

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
12~14人
サポート
0~5人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/11/07 19:00
完成日
2015/11/16 09:41

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

――夢を見ていた

 王都の大通りを走る二人の姉妹。小さい女の子が、ある店のショーケース前で姉を呼んでいた。
 ケースの中には、数々の宝石が眩い光を放っている髪飾りが二つ。
「二つあるから、エリカお姉ちゃんと一緒に付けたいな~」
「ふふ。そうだね」
 姉は妹の頭を優しく撫でる。
「大きくなって、お金を稼げる様になったら、これ、絶対に買う! エリカお姉ちゃんとお揃いで!」
「ありがとう。でも、いつになるのかな」
「いつかわからないけど、ぜぇったいにぃ!」
 妹は満面の笑みをみせた。

 夢はここで終わる。それが、10年近く繰り返されてきた事であった――

●北の戦乙女
「すまなかった」
 一人の女性に向けて深く頭を下げて謝ったのは、オーラン・クロスだった。
 聖女エリカの妹にして、『北の戦乙女』と呼ばれる凄腕のハンターであるリルエナは、厳しい表情のままだったが、その瞳に宿る力は怒りではない。
「貴方が謝る事ではないし、私は、もう、貴方を責める事はしない」
 それがリルエナの返事だった。
 聖導士として教会にも出入りしていた彼女は、姉の儀式と法術陣の事を密かに調べていた。その過程の中、オーランという人物に辿り着いたのは数年前。当初は怒りの矛先の対象であったが、今は違う。アランやハンター達から色々な話しを聞いた。
「今回の作戦、貴方が要でもある。なんとしてでも成功してもらえれば」
「……ありがとう」
 そう言い残して立ち去ろうしたオーランをリルエナは呼び止めた。
「聞きたい事がある」
 オーランはゆっくりと振り返る。
 法術陣の事だろうか、それとも、秘密裏に行われるもう一つの作戦についてだろうか……。
 リルエナは自身の豊かな胸に手を当てた。
「私の力の事だ。私には覚醒者としての素養がないと父から聞かされた。もっとも、聞かされたのは、つい、先日の事だがな」
 それなのに、だ。彼女の覚醒者としての戦闘能力は高い。
 王国騎士団の中でも、倒せるのは数えるぐらいだろうと言われていたアランと同等である。と、リルエナは評価されている。亜人限定だが、戦闘技術も素人ではない。10年近い歳月戦い抜いた経験もある。
「エリカが聖女の資格があると分かった時、確かに、君も『検査』した。その結果、君には聖女の資格も、覚醒者としての素養もないと分かったのは事実だ」
「それでも、私は覚醒者となった」
 素養が無い者も厳しい修行や鍛錬の結果、精霊を感じ、覚醒者となる者もいるらしい事は、リルエナも知っている。
 だが、彼女が覚醒したのは、修行や鍛錬があったわけではない。
「推測で、いい。貴方の考えが聴きたい」
「……可能性があるとすれば……」
 そんな前置きをしてからオーランは答えた。
 聖女の持つ、膨大なマテリアルは、密接な接触があった者にも、なんらかの影響を及ぼした可能性がある事を。
「そうか……その話しが本当なら、この力は、エリカ姉さんのものなんだな」
 穏やかな表情で瞳を閉じて、握った拳を口元に付ける。
 いつも、姉は傍に居たのだ。それならば、『夢』の事にも納得がいく。
「オーラン。ありがとう」
「まさか、茨の王と戦う事を選んだのは……」
 ハッとしたオーランの問い掛けに、リルエナは答えず踵を返す。
 オーランは引き止める言葉が浮かばず、立ち去って行くリルエナの背中を見守るだけだった。

●作戦室にて
 集められた青の隊の騎士達とハンター達。
 モニターから写しだされるのは、茨に包まれた特殊な空間。
「この様に、茨小鬼が創りだした空間内部では、茨の力を持たない者にとって悪影響のある空間になります」
 亜人の言語によって発動する術式のようなものだ。ハンター達の調査の結果、具体的な効果を確認できている。
 メイジタイプの茨小鬼が使用している例ではあるのだが……。
 手渡された資料を確認する面々。空間内部では人の能力の低下だけではなく、茨小鬼の能力の上昇等があるという。
 溜め息がいくつか響く。
「これは、簒奪者と名乗る茨小鬼の王が、創りだしていると考えられています。そこで……」
 作戦を説明している司令官と思しき騎士が、正面に張り出されていた戦場の地図を指示棒で叩く。
「第一段階では、青の隊の精鋭部隊によって、茨の王までの突破口を作り、ハンター達で茨の王を襲撃」
 茨の王にダメージを与えて、茨風景を消失させるのだ。
 これにより、茨小鬼への有利な状況を無くす事ができる。
「第二段階では、茨の王との戦闘を継続しながら、戦線を、この位置まで押し上げます」
 地図には赤色で二重丸が描かれている場所があった。
 その場所こそ今回の作戦で最重要項目なのだ。
「第三段階では、この位置にて茨の王を討伐します。なお、法術陣の起動タイミングがありますので、そちらについては資料を確認して下さい」
 法術陣――それは、王国でも秘匿とされている術、もしくは、技術であった。
 大規模な結界のようなイメージだという説明があったが詳しい説明は省かれたままだ。ともかく、陣が起動するには、膨大なマテリアルが必要であり、今回、起動に必要なマテリアルを茨の王から頂こうというのだ。
「一度、起動が開始すれば、一帯の茨の力も回収できる可能性がある。その結果、敵の大幅な戦力低下が見込める」
 唸るような声が作戦室に響く。
 確かに、理に適っている作戦ではある。だが、いかんせん、戦力に不安が残った。
 本来ならば、王国の全兵力を用いて、なおかつ、大勢のハンター達によって行うべきだろう。しかし、北伐の最中であり、王国騎士団の赤の隊は遠征に行ったまま。広範囲に広がった戦線を守る為、国内に残った騎士団も貴族の私兵達も手が一杯だ。
「知っての通り、アークエルスを抜かれると、後がない。この一戦に王国の命運がかかっている……各自の奮闘を期待する」
 決戦の刻が迫っていた。

●茨の王
 『獲物』が迫っている事を、茨の王は感じ取っていた。
「人間ドモガ、迫ッテマス」
「……わざと引き込めろ。あの、女を我が元に」
 茨小鬼の側近に王は命令した。
 直掩の親衛隊は命令を忠実に実行する。しかも、それが、罠だと人間側に見破られないよう、巧妙に。
「茨の力を使うと、新たな食事を欲するものだ」
 戦況を把握しながら、王は誰に言うとでもなく口を開いた。
「いいぞ。そのまま、こっちに来い!」
 王国騎士団の一団と茨小鬼の親衛隊が激突する。
 正面からの激しい衝突は、茨小鬼らが押されて左右に分かれ、戦場に一つの道筋ができた。それは茨の王まで一本道だ。
 その道をハンター達が一気に駆け抜ける。その中に、『獲物』がいる事を、目で確かめ、王は笑う。
「我が城によく来た、ニンゲン共!」
 周囲の空間を形創る茨が、スーと伸びたかと思うと、王を包み込む。
 瞬く間に、王を包んだ茨は金属質な光を放つ鎧となった。
「ヌおぉぉぉぉ!!!」
 茨の王の雄叫びが戦場の空気を振るわせた。

リプレイ本文

●開戦
 茨小鬼の軍団が騎士団の突撃を受け、左右に割れた中を疾走するハンター達。
 その右側を掩護する形で魔導バイクに乗った3人のハンター達が駆ける。
 見渡す限り茨小鬼の軍団。おまけに組織化されているのだろう。小隊ごとに連携を取りながら王の援護に向かおうとしてくる。
「……さて、はじめるとしよう、か」
 オウカ・レンヴォルト(ka0301)が静かに、しかし、決意を込めた言葉を発した。
 今にも朽ち果ててしまいそうな長剣を茨小鬼らに向けてマテリアルを込める。鍔から剣先に向かって黄金色の輝くと共に、刀身の両側に互い違いの鉤状突起が現れる。
「始めが要だ……頼むぞ」
 横目で茨の王に向かう仲間達に呼び掛けた。
 戦場の喧騒で届きはしないだろう。だが、その気持ちは通じているはずだ。
「斬魔剛剣術が剣士クリスティン、推して参る!」
 オウカを抜き去りながら、クリスティン・ガフ(ka1090)は愛用の刀の柄に手を掛ける。
 鞘に入った状態の刀を、風を斬るを音を立てながら振りまわし、抜刀すると、その勢いのまま、前方に刀を突き出した。
 成人男性の背丈を倍にしたような長さがある巨大な刀だ。その重量は普通の人間では扱うことができない。
「斬られたいのから来い」
 充分なスピードが乗った状態での突き出しに、1体の茨小鬼の胸板を貫通させ、さらに後ろに並んでいた茨小鬼もろとも串刺しにした。
 ぐっと柄を握る手に力を入れると同時に、もう片方の手でバイクを操作し、突き状態から横にスライドさせる。
「私達は、此処で失敗する訳にはいきません」
 クリスティンが駆け抜けた直後、茨小鬼の集団の真ん中に炎球が大爆発を起こした。
 メトロノーム・ソングライト(ka1267)の放ったファイアーボールだ。マテリアルの爆発に巻き込まれ、吹き飛ぶ茨小鬼ら。先程、クリスティンが串刺しした2体は地面に倒れると動かなくなった。
「茨の王の所には行かせません」
 次の魔法を唱える為に、短杖の先端で魔法陣を描きながら彼女は宣言する。
 茨の王が率いる茨小鬼の軍団との戦場はアークエルスの目と鼻の先だ。
 この決戦でハンター達や騎士団らが敗北するような事があれば、アークエルスが茨小鬼に蹂躙されてしまう――故郷の村の事を思い出し、彼女は集中力を高めた。

●一撃粉砕
 中央に向かうハンター達の左側を、右側がそうであった様に、魔導バイクが3台連なって土煙りをあげていた。
「恨みはありませんが、あの竜に届くためにも……ここで、踏み台になってもらいましょう」
 リリティア・オルベール(ka3054)が、身長を越える斬馬刀風の刀を鞘から抜き放つ。暗雲垂れている空の中でも、キラリと反射しているように見えた。
 茨小鬼らは王国北部各地で暴れていた。茨の王は、まさに王たる強さを持っているはずである。
「ただ強者と戦えると信じていましたが、今回は、今回サポートに徹してもいいです」
 茨の王やその配下と因縁のある仲間もいるだろう。
 そう言った者達の為にやれる事をやろうと思いを秘めながら、刀を振るい始める。
 リンカ・エルネージュ(ka1840)は油断なく戦場の様子を観察しながら短杖を振りかざした。
「ただ倒すだけじゃだめとはねぇ。ただでさえ強い相手なのにたいへーん」
 マテリアルを集中させる。魔法を放つ準備の為だ。
 彼女の言う通り、今回の戦いは、ただ茨の王を倒せば良いと言う話しではない。
 法術陣を起動させ、マテリアルを回収させるには、所定位置まで茨の王を押し込まなければならないのだ。
「んまぁ、やってみないとはじまらない、か!」
 作戦の困難さは充分理解している。ハンターらは作戦と役割を決めた。
 後は、全員が、其々の持ち場で全力を出し切れるかどうかだ。
 炎の魔法を行使する為に詠唱を続ける彼女の真横をシガレット=ウナギパイ(ka2884)が追い抜いて、一気に先頭に躍り出る。
 茨が舞う風景の中、中央を突き進む仲間達の姿を確認し、彼は純白の魔導拳銃をマテリアルを流す。
「お前たちの相手は守護翼が相手になってやらァ! 矢でも鉄砲でも持って来いやァ!!」
 威勢良く啖呵を切ったシガレットの行く手を塞ぐように無数の茨小鬼らが壁を作る。
 魔導銃で武装している茨小鬼は居なかったが、弓を持っている者、杖を持っている者と、明らかに遠距離攻撃してきそうな茨小鬼が確認できた。
「これから、受け取れやぁ!」
 意識を集中させて放った光の波動は、眩い光が巨大な十字架を形創り、茨小鬼らに襲いかかった。
 跡形もなく吹き飛んでいく茨小鬼。その威力の程に、茨小鬼らの歩みが一瞬止まる。
 開いた空間にすかさず、リリティアが刀を振りまわしながら入り、リンカの炎球の魔法が爆発した。

●イバラノチカラ
 茨の王までの直線を駆けるハンター達。
 その中で時音 ざくろ(ka1250)が、周囲の光景を見ながらふと思った事を口にした。
「ざくろが生まれた国の特撮の悪者みたい……ゴブリン空間だか時空使って」
 彼がそう言うように、戦場は異様な状態になっていた。
 無数の茨に空間そのものが包まれたような、そんな光景だからだ。
「なんか……あれらは下品だから嫌」
 ざくろの『恋人』であるアルラウネ(ka4841)が刀を構えながら茨小鬼らを油断なく観察していた。
 そして、気がついた。
「あれ……なにかしら、真っ赤な布を左腕に巻き付けているのが、チラホラ見えるわ」
「ほんとだね……まるで、喪章みたいだ」
 疑問に対して恋人が答えた言葉にアルラウネはピンときた。
「もしかして、ダバデリ配下の茨小鬼かしら」
 先月戦った業火の禍ダバデリと炎の軍団。その戦いでは多数の茨小鬼を取り逃がしてしまった。
 遠く迂回して本隊と合流したのだろう。
「それなりにいるみたいだね」
 ざくろが注意深く茨小鬼らを観察して喪章をつけているのを数えようとして――数の多さに諦める。
 茨小鬼らの軍団の数が多いのは、そういう事なのだろう。もし、この場にダバデリが居たらと思うと……。
「ざくろん!」
「行くよ! アルラ!」
 二人が交差しながら、茨の王へ斬りかかろうとしたが、その行方を無数の茨が立ち塞がった。

 魔導バイクを駆り、正面よりやや外れて側面から斬りかかろうとしたリュー・グランフェスト(ka2419)の前にも無数の茨が現れた。
「うお! あっぶねぇ!」
 危険を察知したのか、槍衾状態で構えている茨を刀で薙ぎ払う。
 いくつかは突き刺さる勢いだったが、幸運か偶然か、どれも当たりはしなかった。
「他の能力も見せてみろ!」
 茨の中を強引に突き抜け、リューが勢いそのままに茨の王に刀を突き出す。
 その一撃は、金属光沢の鎧を確かに傷つけた。
「再生か!? いや、これは……」
 突き出した後、止まらず魔導バイクで駆け抜けるリューは、自身が傷つけた部位がどうなったのか確かに見た。
 傷ついた部位が一瞬で剥がれ落ちると別の茨が瞬時に塞いだのであった。

「茨風景、確かに『少々』動きにくいか」
 まるで茨に絡め取られているような気がすると感じながらアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が愛刀を振るって茨の王の周囲に出現した茨を切り捨てた。
 アルトの後ろから龍崎・カズマ(ka0178)が魔導バイクで駆け抜ける。
 チラリとお互いが目を合わせた。頷き合う事はない。
 各々がするべき事を感じ取り、動く。それができるからこそ、戦友なのだ。
「聖女に操られた哀れな茨の王。彼女の悪夢はもう終わるべきだ、その残骸のお前も含めて!」
 茨の王の気を引き付ける為、叫ぶアルト。
 王はなにかを叫び返していたが、戦場に響き渡る雑音で聞こえない。咄嗟に馬の頭向きを変えた瞬間、茨が槍の様に突き出された。
 だが、その茨槍はバイクごと突っ込んだカズマによって吹き飛ばされる。
「気づいてるか茨の王様よぉ! テメェがやってるのは亡霊に操られての、同種を巻き込んだ盛大な自滅劇に過ぎないってなぁ!」
 この場で王を討つつもりかという勢いで向かっていくカズマ。
 それ位の意思でなければ、茨風景の中、茨の王には届かないだろうと感じていたからだ。
 巧みにバイクを操作し茨を避ける。
 茨が王を守ろうと無数に出現してくる所をアルトが割って入ってきた。
「させないよ!」
 素早く斬りつけ茨を排除させた空間をカズマが見逃すはずがない。
 バイクの前輪を茨に捻じ込んだ反動で後輪をぐるんと回しつつ、アクロバティックな動きで身体を捻じる。
(ここで、アルトに負担をかけるわけにはいかねーから、な!)
 勢いそのままに突き出した一撃は、茨の鎧を貫通し、確かな手応えを感じた。
 戦闘は長期化する想定だ。誰かが、どこかで全力で持って挑まなければならない――茨の王からマテリアルを回収する為に。

 中央を往くハンター達の中で、やや後方にリルエナは控えていた。
 本来は剣と盾を持って戦う聖導士であるが、今回はハンター達の呼び掛けに応じ、回復魔法のスキルをセットしてきている。
 豊満という言葉では足りない胸を張り、注意深く茨風景全体を見渡していた。その横に並ぶように立つセレスティア(ka2691)。
「私もある方だと思ってたんですが……」
 と言いながら溜め息をついて、自身の胸を見下ろした。 
 いつもの違う光景。胸に詰め物をして、頭には桃色のかつらを被っている。リルエナが茨小鬼に狙われる可能性があるとしての措置であった。セレスティアは影武者としてリルエナの傍で控えていたのだ。
「リルエナさん、次は、私がヒールを使います」
 最前線で戦う仲間に向かって回復魔法を唱える。
 その様子を確認しながら、檜ケ谷 樹(ka5040)が真っ黒に塗り替えたアサルトライフルを構えて狙いをつける。
「……まだライダータイプはいないか……」
 ラプターを駆る茨小鬼の姿は、今の場所からは確認できない。
 まだ接敵したばかりであるが戦況は有利に動いているように樹は思えた。
(作戦を成功させるため……リルエナを護るためには、死も厭わない……つもりだったけど……)
 茨の王の後ろ左右で待ち構える親衛隊が、中央のハンター達を襲撃すると予想していた。その結果、もし、仲間達が危うくなれば、バイクごと突撃するつもりだったのだ。
 だが、その必要性はなかった。
(これで……茨の王に集中できる!)
 両翼に展開したハンター達の行軍スピードが親衛隊の動きよりも僅かに早かったのだ。
 左翼では初撃で親衛隊を壊滅させて、茨の王に救援として向かってくる新手を迎撃している。ここまでは理想的な動きになっていた。

 仲間のハンター達の動き、そして、茨の力……それらの反応をしっかりと確認してから紅薔薇(ka4766)が刀を上段に構える。
「その力が簒奪した物であろうとも、お主が強者である事は変わらん」
 視線は茨の王に向きつつも、意識は、茨に向けていた。
 王と接触したハンター達の退路を断つ為に茨が集まって来ているからだ。
「罠があると見切っておったのじゃ」
 構えた刀身が炎のマテリアルに包まれる。
 周囲を火の粉が舞う中、紅薔薇がその茨に斬りかかった。
「茨持ちたる鬼達の王よ、さぁ、殺し合いを始めようかのう」
 吹き飛ぶように描き消えていく茨の中、鋭い視線を茨の王に向ける。
 茨から感じられた痛みに耐えながら茨の王は不敵な笑みを浮かべた。

 そして、両者がぶつかる――

 斬り抜き様、そのまま走り抜ける紅薔薇の背中を掩護する形で、カズマが槍を振りまわして茨を吹き飛ばす。
「大事なのは『個人の被害を減らす事』じゃない。『集団としての戦闘力を削がせない事』だ」
 だからこそ、序盤から全力で向かう。
 茨風景の中から無数にしなって出現する茨を見て、カズマは咄嗟にバイクの上で伏せる。
 次の瞬間、無数の茨が宙を突き刺していった。その勢いはまるで鋭い刃物を想像させた。
「触れるものを傷つけるってのが、茨のイメージからな」
 想定通りだと思った。反撃とばかりに茨に向かって槍を降り続けた。

「茨を切りつけても意味があるという事だな」
 リューが自身に向かってくる茨の槍を避けながら、そんな言葉を発した。
 茨風景の中ではハンター達の動きが著しく落ちていたが、ある意味好都合だ。茨と王にはなんらかの繋がりがあるのだろう。
 空間ごと切り裂くイメージでリューが突きを繰り出していく。
「セティに感謝、だな」
 無数の茨によりリューだけではなく、茨の王に向かったハンター達の身体は無傷ではなかった。
 セレスティアと、リルエナが適時、回復魔法を飛ばしているおかげで、茨風景の中でも脱落者無しに戦えているのだ。


 ハンター達の速攻により、茨風景が、硝子が割れるような音と共に崩れ去って行く。
「おのれ、ニンゲンどもぉ!」
 茨の王が後退した。
 数で茨小鬼の軍団は王国側よりも上回っているのだ。茨の王は『数』で対処しようと、自身は後退しつつ、配下の茨小鬼らをハンター達に差し向けた。


●最前線
 龍の唸りのような魔導エンジン音を響かせ、リリティアが最前線を駆ける。
 視界の中で茨の王が目に入っていた。だが、追いつくには数隊の茨小鬼らを突破しなくてはならない。
「このまま押し込めれば、こちらの狙った通りになりそうです」
 ビンっと張ったワイヤーの柄を手放さないようにと、しっかりと握る。
 数匹の茨小鬼らをまとめて転倒させた。いずれも、弓で中央の仲間を狙っていた小鬼らだ。
「中央には手を出させないですから」
 疾走しながら、手裏剣、ワイヤー、刀と状況に応じて巧みに使い分ける。
 そんなリリティアを掩護するようにやや斜め後方を走るシガレットが、マテリアルの光を放って茨小鬼を吹き飛ばす。
 茨風景がなくなったおかげでハンター達の動きもスムーズになった。逆に茨小鬼らの勢いに陰りが見える。
「てめぇらも、下がらねぇとくたばっちまうぜェ!」
 シガレットも中央の仲間達を狙う茨小鬼を徹底的に狙っていた。
 必要があれば、身を持って割り込む程だ。それほどまでに、茨小鬼も、王を守るのに必死なのだ。
 リリティアとシガレットの勢いにたじろぐ茨小鬼。そこに巨大な爆発音が響く。
「後ろに下がらないと危ないよ!」
 炎球の魔法を放ったのはリンカだ。
 その強大な力は一度放たれば複数の茨小鬼らが彼方にぶっ飛んでいく。
 茨小鬼もやられているだけではない。中央を狙う茨小鬼がいるように、更に外周の茨小鬼は左翼のハンター達を狙っているからだ。
「あまり無茶するんじゃねぇぜェ」
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらシガレットが回復の魔法を使う。
「ありがとう! シガさん」
 リンカは仲間へ向けて笑顔で答えると、次の魔法を放つ。
 一条の電撃が迸る。リリティアに槍衾を準備していた茨小鬼らを向かって放たれたものだった。
 戦線の最前線というのに3人が一つの嵐のように敵陣に喰い込んでいた。

●中央戦線
 左翼の奮戦は、中央で茨の王を追いかけるハンター達の目にも映っていた。
 少なくとも、左側から飛来する遠距離攻撃は、無視できるレベルだろう。
「すげぇ、数だな」
 リューがそういうのももっともだ。
 王を守る為に全域から茨小鬼らが集中してきているのだ。見渡す限りというのは、こういう事なのだろう。
 刀を持つ手に自然と力が入る。
「誰一人、死なせない……それが、騎士としての矜持だ!」
 敢えて最前線には出ずに、リルエナやセレスティアの側面で茨小鬼と対峙する。
 回復役を守れば、その分長く戦えるというものだ。
「いけるか? セティ!」
「怪我して仕事を増やさないでね、リュー君!」
 いつもと違う風貌のセレスティアが呼び掛けに応えた。
 明らかに茨小鬼はリルエナを狙っていた。だが、それは雑なものだ。それを証明するかのように、リルエナの影武者であるセレスティアへも攻撃が集中する。
「マテリアルを感じているものと、そうでないのがいそうだ、ね」
 樹はリルエナの隣で銃を放ち、時には機導術を使いながら分析していた。
 一斉に投げられた短槍の雨をハンター達は避けるが、いつもよりも胸を盛っているセレスティアは避け損ねた。
 身体へ槍が当たったわけではない。盛っている所に当たったのだ。
「あ……」
 そんな呟きが本人から発せられた。
 胸に詰めていたアレコレがドバっと地面に落ちる。
「アレ、チガウ、ムネ、チガウ」
 どこからか茨小鬼の声が聞こえた――気がした。
 セレスティアが小刻みに震えている。
「ど、どこで、判別しているのですかぁ!?」
 顔を真っ赤にして赤い刀身のレイピアを振りまわす。
 刺突に向いた剣ではあるが、今の彼女には関係無かった。
「……まぁ、相手が規格外だしな」
「僕もそう思うかな。茨小鬼にとっては分かり易い特徴だろうし」
 リューと樹の言葉に、涙目でキッと睨むセレスティアだった。

「邪魔をするな……くらえ! 必殺デルタエンド!」
 マテリアルの光の筋が、後方に逃げていく茨の王に向かって放たれる。
 ざくろが放った機導術だった。直後、身体を捻じって大剣を振りかぶる。
「届かせないわよ」
 恋人の隙を埋めるように、アルラウネがその周囲で円を描く軌道で大太刀を振りまし、茨小鬼を払う。
 茨の王を守るように次から次へと現れる茨小鬼を二人は連携して倒していく。
「まだ、茨を使う力はあるようね」
 突如として現れた茨を斬り伏せながらアルラウネはざくろに声をかけた。
 大剣を振りまわし、茨ごと、茨小鬼の1体を退けた彼は頷く。
「さっきの茨風景よりも……茨が堅い?」
 ざくろが感じた手応えは確かだった。
 茨風景の中よりも茨自体は強く感じる。
「どうやら、茨の王自身の強化というよりかは、配下の為の茨風景だったかもね」
 そんな推測をしながらざくろが機導術を放つ。
「だとしたら、ここからが正念場ね」
 アルラウネが両肩を竦める。
 茨の王は体勢を立て直して全力を出してくるだろうからだ。
「未来を切り開く翼をこの手に……輝け光の剣!」
 ざくろが大剣を振り降ろすと見せかけて、左手から機導術を繰り出し、茨小鬼を撃ち倒した。

 カズマが茨小鬼の息の根を止めるべき、槍を真下に突き出す。
「ありゃ、すげぇな……」
 思わず笑ってしまいそうになる光景だったからだ。
「なにかの冗談みたいだね」
 真横のアルトも同じような感想だ。
 傷ついた茨小鬼に『トドメ』を差しながら茨の王を追いかけている二人の視線の先に、伝説の光景とも言える状況が広がっていた。
「次……じゃ……」
 茨小鬼の血で染まった刀を振って払うと、次の集団に向けて紅薔薇が腰だめを作る。
 ふわっとマテリアルが紅い薔薇の花びらとなった瞬間、茨小鬼の集団の中に飛び込むと目にも止まらぬ速さで斬りつけた。
 一振り毎に花びらの幻想が舞い踊る。その度に茨小鬼が血飛沫をあげて倒れていく。
 右下から斜めに斬り上げると同時に左足で大地を蹴りつつ身体を捻った。
「遠慮はせんぞ」
 右足で着地しつつ踏み込むと刀を突き刺す。続けて刃を水平に向け、軸足を入れ替え踏ん張りながら別の茨小鬼を引き斬った。
 素早い動きで身体を翻し、次の集団に向かって突撃する。
 戦場において、一人の働きで戦況が変わるなど、よほどの事がない限り、有り得ない事だ。それこそ、強大な歪虚なら可能だろうというレベルなのだから。それを実際に人の身で紅薔薇はやってのけていた。彼女が技を振るった後には、茨小鬼の死体か瀕死体が転がっている。
 多少の運もあったかもしれない。もしくは、好調だった可能性もあるが。
「いけない! 回復が追いついてない」
 アルトが心配して前に駆けだそうとした。紅薔薇とて無傷というわけにはいかなかった。茨の王を守るべく茨小鬼も必死なのだ。傷の量が仲間からの回復掩護を上回るのは当然とも言える。
 駆けだそうとしたアルトの動きをカズマが制する。
「この戦いはな、『最後に誰か残ればいいか』っていうババ抜きみてーなもんさ」
「龍崎さん……」
「これからだぜ。最後の最後はな。だから、ここは、俺に任せろ」
 槍を振りまわしてカズマは紅薔薇の掩護へと向かった。

 茨の王を含め、茨小鬼の軍団を押し上げるのに成功しつつあった。
 法術陣の有効範囲に入るのは時間の問題だ。

●不気味な予感
 ハンター達の作戦に綻びがあるとすれば、突出スピードの速さだったかもしれない。
 序盤では機動力、衝撃力が功を期して茨風景を解除させたハンター達の勢いは戦線を押し上げる段階でも衰える事はなかった。
「不味いな……」
 クリスティンが呟いた言葉にオウカも頷く。
「包囲されそう、だな……」
 それまで、包囲されないように戦っていた3人だったが、個々の戦いにおいて囲まれるという意味ではなく、ハンター達全員が囲まれつつあった。
 騎士団が茨小鬼の後方に見える。
「全体的に突出し過ぎたかもしれませんね」
 メトロノームも同様に感じていた。
 右翼のハンター達が気がついたのは偶然だったかもしれない。初撃で一歩前に進んだ左翼よりも、中央と足並みを揃えていた右翼側はやや遅れている。
 その右翼のハンター達と騎士団の間に、迂回する機動でラプターを駆る茨小鬼らが割って入ったのだ。
 機動力のあるラプター部隊をハンター達は警戒していた。だが、戦術的な動きまでは予測できなかった。このままではハンター達と騎士団は完全に分断されてしまう。かといって、今更、騎士団の掩護に向かう術もない。
「騎士団と、連携しながら、戦うべき、だったか……」
 オウカが茨小鬼を斬り伏せながら呟いた。
「一連の騒動も、原因のマテリアルの話も長ったらしくて、この作戦もかなり荒っぽい……」
 長大な刀を振りまわしながらクリスティンが言葉を続ける。
「が、ひとつだけ確かな事はこの無茶を通して道理を引っ込めさせれば一先ずこの騒動は片が付く……私にできる事は、この斬魔刀で突いて斬って斬りまくる事だ」
 振り払った後、天高く突きあげる斬魔刀が彼女の強い決意を感じさせる。
 包囲されつつあるが、やる事は変わらない。茨小鬼らを斬り倒していけばいいだけだ。
「そう……でした。わたしも全力を出します」
 メトロノームがクリスティンの言葉に覚悟を決める。
 強大な破壊の魔法で敵を倒し続けるという覚悟だ。直後、メトロノームは後方ではなく、前方に向かって魔法を放った。
 要は、完全に包囲されるよりも先に、方を付けてしまえばいいのだ。

●茨との対決
 囲まれつつある状況をアルトは仲間達からの聞いて、思わず腕時計を確認する。
 法術陣が起動するまでの時間は――
「早すぎる……だけど……」
 視線を茨の王へと向けた。茨の王は法術陣の効果範囲内へと入っている。あとは、倒すだけだが、早すぎては意味がない。
 かと言って、包囲されつつある今の状況で、その時が来るのを待つのは危険だった。
「となると……」
 アルトは決意をした。難しいが、出来ない筈がない。
「いよいよ、やるか?」
 カズマの問い掛けに声を出さずに頷く。
 槍をクルクルっと回し、カズマはアルトよりも前に進んだ。
「障害があるなら我が身をもって切り拓く! 俺が信じる友の為に。身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれってな!」
 スキルを使いきってマテリアルは枯渇している。それでも、カズマは茨の王を守ろうとする茨小鬼らに向かって突撃した。
「疾影士第三位、第一位の為に道を作る!」
 茨小鬼らが突撃してくるカズマに頑として立ち塞がる。

「同情が必要かの? 茨の王よ」
 鬼神の如く戦場を駆けていた紅薔薇が、追い詰めた茨の王に向かって言う。
 だが、茨の王からの返事はなかった。怒りに満ちた瞳を見れば、言葉の必要性は無い。
 静かに刀を上段に構える。
「神剣解放……炎刃『火之迦具土神』」
 尽きかけているマテリアルを絞り出し、刀身がマテリアルの炎に包まれる。
 火の粉が周囲に舞う中、渾身の一撃を紅薔薇は繰り出した。
 それを茨の王は避けようともしなかった。
「グヌオォォォ!」
 茨の鎧に深く食い込む刀。斬り落とすまでにはいかなかった。
 かなりの深手だが……茨の王の狙いは、正に肉を切らせて骨を断つだった。大技で隙を見せた紅薔薇に向かって斧を振りかぶる。
 紅薔薇は咄嗟に盾で受けようと思ったが、適わず、強烈な一撃を受けて吹き飛んだ。

 入れ替わる様に樹が盾を構えて茨の王の前に立つ。
「此処から先はいつも通りで。いける?」
「当たり前だ」
 リルエナが樹の台詞に応じて剣先を茨の王に向けた。
 ここが正念場だ。それに彼女と共闘できるのもこれで最後かもしれないと樹は思う。だからこそ、今まで通り、盾を構えて強敵の正面に立ち塞がったのだ。
「無理は禁物です。気をつけて下さい」
 やや後ろからセレスティアの声が響く。
 リルエナが前に出た事で、回復役のポジションは彼女が続ける事になる。
「わかっているぜ」
 リューが油断なく周囲を警戒しながら返事をする。
 この状況である。茨の王がリルエナに向かって突撃してくる可能性もあるからだ。
 茨の王が吠えた。直後、無数の茨が大地を突き破ってハンター達に襲いかかる。
 同時に強大な斧を樹に向かって振り下ろした。樹は茨を無視して斧を受け止めるのに専念する。
「ぐっ……」
 重すぎる一撃に手が痺れる。
 折れなかっただけ、幸いだ。
「茨が邪魔だ」
 リルエナが剣で周囲を払いながら茨の王に斬りかかる。
 だが、言葉通り、思う様にダメージを与えられていない。
「紋章剣『天槍』!」
 唐突に、リューが技を放つ。
 無数に出現した茨を突き破って茨の王に迫った。狙いは、先程、紅薔薇が傷つけた箇所。
 斧を振り下ろした後、かつ、茨で見えていないという状況から繰り出された一撃であったが、茨の王の反応がわずかに早かった。
「自分の腕で!?」
 リューの一撃を茨の王は自身の腕で受け止めていた。
 しかも、その腕は茨が絡めてあった。
「ニンゲン共!」
 受け止めた腕を振り上げ、力を込めて振り下ろす。
 その動きに合わせて、大地から再び無数の茨がハンター達に襲いかかる。
 避けられるというレベルではない。刺す場所がないのではないかという勢いで突き出される無数の茨。
「か、回復が……」
 間に合わないとセレスティアは感じた。
 一度下がって体勢を立て直すべきだと思った矢先、茨の王が強大な斧を振りまわす。
 その一撃は、リルエナやリューを吹き飛ばす。
 だが、樹が歯を食いしばりながら、強引に受け止めていた。右手に持っていた拳銃をも盾に押し当てて。
「意地があるんだよ……男の子にはなぁ!」
 咆哮のように叫ぶと電撃の機導術を放つ。
 相手の行動を阻害させる技だ。

「今だよ、ざくろん!」
 マテリアルを放出しながら、アルラウネが茨を薙ぎ払って、茨の王までの道を作る。
 それまで、機導術と大剣を駆使しながら戦っていたざくろが力強く頷いて茨の王に迫る。
 ざくろの戦い振りを茨の王も目視していたはずである。迎え撃とうとするが、樹が放ったエレクトリックショックの影響で反応が遅れた。
 苦し紛れに茨を盾代わりにさせてくる。
「ざくろん。合わせて!」
 アルラウネがざくろの身体に密着させながら、無理矢理、前に突出する。
 彼女の女性特有のなになにが感じられたが今はそれ所ではない。ざくろはアルラウネが切り開いたスペースに強引に進み出ながら、機導術を行使すべくマテリアルを集中させる。
「マテリアルと大地の女神の名においてざくろが命じる、剣よ今一度元の姿に……超・重・斬! お前の野望、これで終わりだぁぁぁ!」
 巨大化したざくろの大剣が茨の王を頭上から叩き潰した。
 轟音と共に土煙りが辺りを覆う。
「やったか……」
 誰かがそんな言ってはならない呟きを漏らす。
 直後、大地を揺るがすような叫びが響き、土煙りが四散した。

●両翼のハンター達
 全周囲から槍や剣が。全方位から魔法や矢が降り注ぐ戦場で、クリスティンが冷静に刀を振りまわしていた。
「この戦場で求められることは作戦に則った上で突いて斬って斬りまくる事。敵を全て殲滅するまでが、戦!!」
 ハンター達の中で、もっとも外側で奮戦する彼女の活躍を見て、茨の王と対峙できなかったオウカは気持ちを入れ替えた。
 両翼のハンター達は、茨の王を追い詰めた仲間達の背後を突こうとする茨小鬼らと対峙しなければならず、とても茨の王との戦いに行けなかったからだ。茨の王を仲間達が戦えたのは、両翼のハンター達が、各々の役割を果たし、最善を尽くした結果である。
「終幕だ……ここで終わらせるぞ!」
 温存していたスキルを全開で使用する為、マテリアルを集中させる。
 最大の目的であるマテリアルの回収の為に今こそ、踏ん張り時だ。
「まだ、撃てます」
 メトロノームが炎球の魔法を放って、統制を失くして向かってくる集団を吹き飛ばした。だが、後から後から次々に茨小鬼らが向かってくる。
 その勢いは次の魔法を唱えている余裕がないほどだ。思わず杖を構えるメトロノーム。
 しかし、迫りくるはずだった茨小鬼は胴体が真っ二つと割れ、多数飛来する矢をマテリアルの盾が防ぐ。
「まだ戦いの途中だ。気にせず、魔法を撃っていい」
「前は、任せろ」
 クリスティンがバイクで疾走しながら斬りつけ、オウカが機導術で創った盾で矢を防いだのだ。
 頼もしい仲間がいる。再認識してメトロノームはマテリアルを集中させた。
「破壊の魔術師となります」
 炎が一際、煌めいた。

 茨の王と中央のハンター達を挟んで反対側でも左翼のハンター達が善戦していた。
 短杖から、刀身にルーン文字が刻まれた剣に持ち替えたリンカがギリギリまで茨小鬼を引き付けてから、電撃の魔法を放つ。
「ラ、ラストです」
 肩で荒く呼吸をする。マテリアルを使い切る勢いで魔法を放ち続けたのだ。
 疲労激しいのは明らかだった。立ち眩みのような感覚に襲われ、ヨロヨロと後ろに下がった所で、リリティアの背中に寄りかかるようにして止まる。
「いつか……みたいです」
 リリティアが正面を見据えて刀を構えたまま、そんな言葉を口にした。
 小さく気合いの声と共に姿勢を正して剣を正眼に構えるリンカ。
「思いっきりやるといいぜェ。まだ、回復はできるからなァ」
 そんな二人の様子を見てシガレットが盾を構えつつ声をかけた。
 目の前に迫る茨小鬼らを足蹴りをして動きを止めると、叫ぶ。
「今から神の御許に送ってやるから遠慮することないんだぜェ!」
 威勢の良い彼よりも、魔法を撃ち尽くした人間の女の方が倒しやすいと判断したのだろうか、茨小鬼らがリンカに飛びかかる。
 が、それは、無謀だと茨小鬼らは身を持って知った。
「残念でした! まだ、炎球の魔法があるんだよ!」
 リンカの持つ剣に刻まれているルーン文字が輝いたと思った瞬間、炎球が射出され、茨小鬼らの中で爆発する。密集していたので効果は抜群だっただろう。
「追撃なの」
 リリティアが、刀を大地に突き立てつつ、マテリアルを込めた手裏剣を放って、瀕死の茨小鬼らにトドメを差していく。


●次の茨の王
 土煙りの中、茨の王が立っている。
 睨みつけただけで相手を潰してしまうのではないかと思う程の視線を向けながら。
「ニンゲン共め、許さんぞ」
 呪詛のような言葉を発する。
 その茨の王の前に、アルトが馬から降りて対峙した。
 傭兵ではなく、一人の剣士として、戦わなければいけないと、なぜか、そう感じたからだ。
「ニンゲン、何故、馬から降りる」
 それまで会話らしい言葉をハンター達に向けて来なかった茨の王が問いかけてきた。
 アルトは言葉は無粋とばかりに首を振って、刀を構える。
「フ……フハハハハ! 貴様!」
 怒り――ではない、もっと対局にあるような叫び声をあげる茨の王。
 震える両腕で斧をしっかりと握りしめ、構えた。両者は対峙したまま睨み合う。

 ――間が流れる。

 その間は一瞬だったかもしれない。
 四散した土煙りが風に乗って二人を遮った瞬間、両者とも、同時に踏み出す。

 戦場全体に響き渡っているのではないかという叫び声をあげて、茨の王が大地に伏せた。茨の鎧がボロボロと崩れていく。
 チラリとアルトは腕時計を確認する。法術陣発動までは、まだ時間があった。だが、茨の王も死んではいない。立ち上がろうとするが――立てず、崩れる。
「最後の恨み言ぐらいは覚えておいてやる」
「……貴様に言う言葉なぞ、無い」
 ニンゲン共に対する恨みを抱きながら茨の王はアルトの呼び掛けに返事をした。
 亜人だからと不毛の荒野に追い立てられ続けた。亜人だからと貶され続けた。
 その中で、最後の最後、出逢った人間が、『亜人』ではなく一人の戦士として対峙した事に、茨の王はある種、満足感のようなものを感じていたからだ。
「ニンゲン。名を聞かせろ」
「……アルト・ヴァレンティーニだ」
「そうか。アルトか……貴様に茨の力、くれてやろう……俺を、喰らえば、この強大な力、貴様の、もの……だ……茨の王と、なるがいい……」
 息絶え絶えの茨の王の言葉。
「生憎だが、間に合ってるよ」
「……ニンゲン、め……」
 ガクリと意識を失った茨の王。
 ハンター達は静かに見守っていたが、突如、周囲の茨小鬼らが色めき立つ。
 亜人が使う言葉なので、なにを言っているか分からないが、それぞれが武器を激しく上下させていた。

「なにを、茨小鬼達は興奮しているのか、分かる?」
 傷口を抑えながら樹がリルエナに話しかけた。長年、亜人を追いかけていた彼女なら、なにか分かるかと思ったからだ。
「急いで、茨の王を中心に円陣を! 茨小鬼達は……自らが次の茨の王になろうとしている!」
 亜人の言葉を理解していたのか、それとも、そう感じ取ったのか、リルエナの返事は切迫感があった。
「ちくしょ! 今度は茨の王を守る役目かよ!」
「ま、まったくじゃ……」
 カズマの言葉に追随するように紅薔薇が呟く。
 両翼に展開していた仲間達も全員集まり、茨の王を中心に円陣を組む。
「怪我している方、遠慮なく申し出て下さい」
「ここまで来たんだ、もう一踏ん張りだ」
 セレスティアとリューが仲間達に呼び掛ける。
「終わりにするには早かったみたいね、ざくろん」
「まだ、戦えるさ」
 アルラウネとざくろも武器を構え直した。

●法術陣起動
 完全に周囲を茨小鬼の軍団によって、幾重にも包囲されていた。
 法術陣を起動させるまでは移動する事もできず、ハンター達は防戦一方だ。
「ハンター達を掩護します!」
 凛々しい女性の声と共に、青の隊の重装騎兵がランスを構えて包囲の一角を崩していく。
 ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)が騎士団と共にハンター達を掩護する為に駆けつけたのだ。
 その勢いは茨の王を喰らわんと殺到する茨小鬼らの士気を崩すには充分だった。
 外からの救援に、攻勢に転じようとしたその時、いよいよ、法術陣の時が満ちた。
「これは……」
 カズマが周囲を見渡す。
 マテリアルの光なのか、精霊の光なのか、ともかく、一帯が淡く光っているのだ。
「いよいよ、か」
 機導剣を放ちながらオウカも辺りを見渡した。
 突然の異変に茨小鬼らも何事かと混乱している。

 大音響と共に茨の王から光が天に向かって伸びた。

 光は低く垂れこめていた暗雲に直撃すると、雲を押しのけ、空に魔法陣を描いて広がる。
「これが、法術陣……」
 刀を振りまわす勢いを弱めることはしなかったが、クリスティンは思わず言葉を詰まらせた。
 想像以上の光景が広がっているからだ。
「すごい……この光、全部、マテリアルなんだ……」
「きれい」
 ざくろとアルラウネが大空に広がる魔法陣の光を感動していた。
 茨の王を討ち取る大冒険がこのような結末を迎えようとしているとは、誰が想像できただろう。
「法術陣の起動ですね」
「これで、マテリアルが回収されるのかな?」
 お互いで背中を預けたままリリティアとリンカが上空を見上げながら呟いた。
 茨の王から眩いばかりの光柱が伸びたままだった。
「これが、マテリアルだとしたら、いったい、どの位の量が……」
 魔術師らしい言葉を発してメトロノームも見守る。
「依頼達成だな」
「リュー君、帰るまでが依頼ですよ」
 一安心の表情を浮かべたリューにセレスティアが一言告げるが、彼女自身も注意した人物と同じ表情をしていた。
「どういうことじゃ?」
 一方、紅薔薇が首を傾げていた。
 というのも、目の前で斬り付けた茨小鬼が、傷口からマテリアルの光を発すると消えてしまったからだ。
「こっちは、身体が残った、けど!」
 アルトが突き刺した茨小鬼も傷口が光ったと思ったが、地面に倒れたまま動かなくなる。
「体内のマテリアルが関係しているかもなァ」
 戦闘中だというのに、シガレットが煙草を咥える。
 茨――正確には、聖女が保有していたマテリアルが回収されるという事は、それを内在していた茨小鬼も同様なのだろう。
 瀕死の茨小鬼は身体さえ残らず、怪我も含め多くの茨小鬼は生気を失くしている。

 樹の隣に立っていたリルエナからも光が立ち上った。
「リルエナちゃん!」
 驚きの声をあげて、名前を呼ぶが反応がない。
 ただ光柱の中で揺らめいているようだった。
「まさか……リルエナさんの力は!?」
 アルトは、ある夢の事を思い出した。
 茨の王の力は聖女の遺体にあったマテリアルを喰らった事にあった。
 どういう経緯か分からないが、聖女の妹であるリルエナにも同質のマテリアルが内在していたのだろう。
 近くにいたハンター達が必死に呼び掛けたり、身体を揺するが目が覚めない。
「ここまで来て、これか!」
 向ける先がない怒りの叫び声を樹はあげた。
 体内のマテリアルが全て無くなると、それは死を意味する場合がある。
 樹は光柱の中のリルエナの身体を抱きしめた。他の者が介在する事で回収を防げるかもしれないと思ったからだ。
「これだけの術じゃ……」
 それ位では防げないじゃろと紅薔薇は言葉を続けたりはしなかった。
 誰の目にも、そんな事は、明らかだったからだ。
「ただ……ただ、見守る事しかできないのでしょうか」
「そんな……」
 メトロノームとリンカが項垂れる。
 戦勝ムードが一転して、ハンター達は静かに光柱を見つめる。
 茨小鬼らも茫然としており、戦場は静寂に包まれた。
「……最初は日銭欲しさだったんだ」
 リルエナを強く抱き締めながら樹が静かに口を開いた。
「でも、なんでだろうな。気付けば、放っておけなくなってた……伝えたい事は沢山あるんだ……」
 まだ終われないはずだ。
 彼女の人生は、10年以上、ひたすら戦い続けていた人生が、このまま終わっていいはずがない。
「生きなきゃ。お姉さんの分まで、笑顔でいられる世界で! 約束を全てを終わらせるために!」
 天空に広がっていくマテリアルの輝きよりも響けと樹が叫ぶ。


 エクラの奇跡か、それとも、人が成せる事なのか――


 樹の身体が細い腕で強く抱き締められた。
「ありがとう、樹。もう、大丈夫……」
 リルエナが光柱の中で優しげな表情を浮かべていた。


●戦場に形創る加護
 リルエナは光り輝く空を見つめる。
「エリカ姉さん、ソリス・イラは成ったよ」
 茨の王、そして、茨小鬼らからマテリアルが天に昇って行く。
 淡い光に包まれた一帯は、幻想的と言う言葉では足りない光景だ。
「これで、王国に、大勢の人々に、エクラの加護がきっと……」
 祈りにも似た聖女の妹の言葉が、天へと昇って行った。


 法術陣が起動した事により、茨の王と軍団の大半はマテリアルを回収され、消滅するか、ただの亜人に戻った。
 士気が崩壊した亜人達は騎士団の追撃を受け壊滅。これにより、茨の王が引き起こしたとされる一連の争いは、一部の残党を残し終結する事となったのであった。


 おしまい。

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MVP一覧

  • アルテミスの調べ
    メトロノーム・ソングライトka1267
  • 青炎と銀氷の魔術師
    リンカ・エルネージュka1840
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109
  • 不破の剣聖
    紅薔薇ka4766
  • 幸せを手にした男
    檜ケ谷 樹ka5040

重体一覧

参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 天に届く刃
    クリスティン・ガフ(ka1090
    人間(紅)|19才|女性|闘狩人
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • アルテミスの調べ
    メトロノーム・ソングライト(ka1267
    エルフ|14才|女性|魔術師
  • 青炎と銀氷の魔術師
    リンカ・エルネージュ(ka1840
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 淡光の戦乙女
    セレスティア(ka2691
    人間(紅)|19才|女性|聖導士
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • The Fragarach
    リリティア・オルベール(ka3054
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • 甘えん坊な奥さん
    アルラウネ(ka4841
    エルフ|24才|女性|舞刀士
  • 幸せを手にした男
    檜ケ谷 樹(ka5040
    人間(蒼)|25才|男性|機導師

サポート一覧

  • ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
檜ケ谷 樹(ka5040
人間(リアルブルー)|25才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/11/05 22:37:08
アイコン 相談卓
檜ケ谷 樹(ka5040
人間(リアルブルー)|25才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/11/07 19:36:06
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/11/03 15:55:19
アイコン 担当表明卓
シガレット=ウナギパイ(ka2884
人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/11/06 20:32:14
アイコン 資料卓
シガレット=ウナギパイ(ka2884
人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2015/11/05 21:51:38