ゲスト
(ka0000)
【深凄】災禍、水底より来る
マスター:坂上テンゼン

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/08/02 19:00
- 完成日
- 2014/08/08 08:39
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
あれが現れてからというもの、この村はまともではなくなってしまった。
はじめは漁に出る男たちだった。
いつもと同じ様に沖に出た漁船が、その日は、手ぶらで帰ってきた。
しかも通常よりはるかに早い帰還だった。
それだけならまだわかる。きわめつけにおかしいのは、男たちが例外なく怯えた顔をしていたことだ。
彼らのうちの一人……40になる儂の孫が言うには、
「海でとてつもなく恐ろしいものを見た」という。
息子はこのの村で生まれ生粋の漁師である儂から手ほどきを受けた生粋の漁師である。
それが驚きのあまり仕事すら放棄するほどの恐ろしいものに遭ったという。
海は確かに恐ろしい。
例えば真夜中に海に放り出され、一人になったときの心細さは筆舌に尽くし難い。
だがそれでも海に二度と出たくなくなるかというと、そこまではならない。
しかし息子はこの件以来漁に出ることはなくなり、絶えず怯え、ちょっとしたことで驚くなど、精神が不安定になって、家にこもって酒ばかりを飲むようになってしまった。
被害にあったのは息子だけではなかった。同じ船にいた漁師は皆そうなったという。同じものを『見た』漁師たちはそれからも増え、皆、おかしくなってしまった。
漁によって成り立っているこの村は、このままでは成り立たなくなってしまう。
儂は息子の恐れているものが何なのか、辛抱強く問いただした。
ほとんど会話が成り立たなかったが、どうにか聞き出したことは、何でも『水面から顔を出した』『幾重にも複雑に枝分かれした触手を持ったおぞましい物体が』『触手を広げ、色を変えながら不気味に蠢く』のを見たという。
その日、10歳になる孫娘がどこからかその噂を聞きつけたらしく、それを調べてまわっていたらしい。
夕方になって帰ってきたのだが、様子がおかしい。孫娘は、いつも言う「ただいま」を言わなかった。
夕食の時も「いただきます」も言わなかった。
孫娘は、喋れなくなってしまっていた。
もはやこうしてはおれぬ。
すでに引退した老体とはいえ、大人しくしているわけにはいかなかった。
街へ行かねば――名前はよく覚えていないが、たしかこう言う事態に対処できる集まりがあったはずだ。
儂が家族にそう言うと、孫娘が無言で儂にすがりつき、指で背中に文字を書いてきた。
――わたしもいく。
この上ない助けだ。儂は弱視で足腰も衰えている……病弱な息子の嫁よりは適任だろう。
「――こちらの依頼人がおっしゃるには、漁村に歪虚が出現したそうです」
リゼリオ・ハンターズソサエティ。少女を伴った老人を指して、職員は語った。
少女は椅子に座った老人の後ろに立って、指で背中をなぞる――弱視の老人にハンターたちのいる方を教えているのだ。
「あなた方が事件を解決してくださるか……」
老人は、知っている範囲で自分の村で起きている事実を語った。
「教えてくだされ……あのようなものが生きていて良いのですか?」
老人は視力の衰えた目で、真っ直ぐにハンター達を見据え、問うた。
はじめは漁に出る男たちだった。
いつもと同じ様に沖に出た漁船が、その日は、手ぶらで帰ってきた。
しかも通常よりはるかに早い帰還だった。
それだけならまだわかる。きわめつけにおかしいのは、男たちが例外なく怯えた顔をしていたことだ。
彼らのうちの一人……40になる儂の孫が言うには、
「海でとてつもなく恐ろしいものを見た」という。
息子はこのの村で生まれ生粋の漁師である儂から手ほどきを受けた生粋の漁師である。
それが驚きのあまり仕事すら放棄するほどの恐ろしいものに遭ったという。
海は確かに恐ろしい。
例えば真夜中に海に放り出され、一人になったときの心細さは筆舌に尽くし難い。
だがそれでも海に二度と出たくなくなるかというと、そこまではならない。
しかし息子はこの件以来漁に出ることはなくなり、絶えず怯え、ちょっとしたことで驚くなど、精神が不安定になって、家にこもって酒ばかりを飲むようになってしまった。
被害にあったのは息子だけではなかった。同じ船にいた漁師は皆そうなったという。同じものを『見た』漁師たちはそれからも増え、皆、おかしくなってしまった。
漁によって成り立っているこの村は、このままでは成り立たなくなってしまう。
儂は息子の恐れているものが何なのか、辛抱強く問いただした。
ほとんど会話が成り立たなかったが、どうにか聞き出したことは、何でも『水面から顔を出した』『幾重にも複雑に枝分かれした触手を持ったおぞましい物体が』『触手を広げ、色を変えながら不気味に蠢く』のを見たという。
その日、10歳になる孫娘がどこからかその噂を聞きつけたらしく、それを調べてまわっていたらしい。
夕方になって帰ってきたのだが、様子がおかしい。孫娘は、いつも言う「ただいま」を言わなかった。
夕食の時も「いただきます」も言わなかった。
孫娘は、喋れなくなってしまっていた。
もはやこうしてはおれぬ。
すでに引退した老体とはいえ、大人しくしているわけにはいかなかった。
街へ行かねば――名前はよく覚えていないが、たしかこう言う事態に対処できる集まりがあったはずだ。
儂が家族にそう言うと、孫娘が無言で儂にすがりつき、指で背中に文字を書いてきた。
――わたしもいく。
この上ない助けだ。儂は弱視で足腰も衰えている……病弱な息子の嫁よりは適任だろう。
「――こちらの依頼人がおっしゃるには、漁村に歪虚が出現したそうです」
リゼリオ・ハンターズソサエティ。少女を伴った老人を指して、職員は語った。
少女は椅子に座った老人の後ろに立って、指で背中をなぞる――弱視の老人にハンターたちのいる方を教えているのだ。
「あなた方が事件を解決してくださるか……」
老人は、知っている範囲で自分の村で起きている事実を語った。
「教えてくだされ……あのようなものが生きていて良いのですか?」
老人は視力の衰えた目で、真っ直ぐにハンター達を見据え、問うた。
リプレイ本文
●海に挑む
ハンター達がリゼリオを発ち、歪虚が現れた漁村へとたどり着いた頃、ちょうど夜が明けたばかりの早朝だった。
天候は曇。濃い影を浮かび上がらせる雲の間から緋色の太陽が眩い光を投げかけていた。
目の前には濁った海が広がっている。
漁港には人の姿はない。依頼人はつい最近までは賑わっていたと言うが――
「被害に遭うのはいつも堅気の衆だ、ひでぇ話じゃねぇか」
静まりきった村を眺めて、飄 凪(ka0592)は仲間に同意を求める。
「そうだ。だからこそ俺達はやらねばならん」
レイス(ka1541)が応えた。あの老人や少女の様に、諦めず立ち向かう人々がいるならば、俺はその意志に代わり貫く槍となろう――レイスの胸には決意が宿っていた。返答からその意を汲み取ったのか、凪は野生的な顔に笑みを浮かべた。
(お二人の勇気を我が勇気の種火に……!)
リアン・カーネイ(ka0267)は依頼人の老人と少女の姿を心に思い描く。「勝って守りぬく」信条が、かれらによって想起され、それがリアンの心に炎を燃え上がらせていた。
石橋 パメラ(ka1296)もまた依頼人達とのやり取りを思い出していた。
「私にはわかりませんが……必ず倒して海をとり戻しますわ。絶対に、です」
あのようなものが生きていて良いのか、と問う老人に、パメラはこう応えたのだ。
「おまえら、一人でも欠けたら承知しねーですよ。私が意地でもくたばらせてやらねーですから」
カペラ・メシエ(ka2334)はぶっきらぼうにそう言ったが、幼い外見には似つかわしくない程の気遣いの心は、誰の目にも明らかだった。
「うん。頼りにしてるよ、カペラちゃん」
篠田・葛葉(ka2714)はうなづく。カペラの家に居候している彼女は、普段から近しい存在と轡を並べて戦えるのが嬉しかった。
「うむ。では怪物相手に海水浴といくか」
霧島(ka2263)は強気にも冗談めかして笑った。そのことで緊迫したかれらの精神は少しほぐされた。
それぞれ見繕った舟に乗り込んでいく。
いずれも櫂で操船する舟であり、大型の舟と中型の舟にそれぞれ別れて乗り込んだ。
大型にはリアン、凪、レイス、葛葉が。中型にはパメラ、霧島、カペラが。
そして、それぞれの舟は小型の舟がロープで括り付けられている。
さらには遮蔽物として、村で調達した、木箱や藁の束なども積まれている。
備えは万全、ハンター達は戦いの海へと漕ぎ出した。
●異形の相貌
(ふん、近くで見れば見るほどおぞましいな……)
霧島は心中で毒づく。彼女はリアンと共に先行して、泳いで敵の偵察に向かっていた。
漁港から離れていないところに、確かにそれはいた。複雑に絡み合った肌色の、おびただしい触手を備えた、円筒状の生物が……遠くからもそれは確認できた。二人は一目見るだけで本能が拒否したので、潜行して水面下の胴体の方を見ることにした。
なるほど確かに巨大な百足かナマコのような身体が海底に伸びている。恐ろしく長い。背中は歪な甲殻に覆われていた。
悪夢の産物としか思えなかった。
充分と見た霧島はリアンにハンドサインを送り、ともに舟へと戻った。
仲間と合流した二人を乗せ報告を聞いてから、一行は最後の準備をした。幻覚への対策として耳栓をつけたのである。
舟は歪虚へと近づく。
腐った魚のような強い匂いが、一行の鼻を刺激し始めた。
一行は乗せた木箱や藁束で視界を覆うことで、そのものをはっきり見ないようにしていた。そのため、なんら異常を感じることなく近づくことが出来た。
機を感じ取った、霧島が立って弓に矢をつがえる。
「一先ず、開戦の狼煙代わりだ……?!」
だが、狙いを定めるためには、ソレを直視せねばならなかった。
見よ。無数の脚を供えた巨大な虫の胴体が水面より伸びており、真っ二つに裂けたような頭部から複雑に絡まりあう肉質の触手が広がっている。それらは一本一本が絶えず蠢いていた。赤、紫、緑と絶えず色を変え、毒々しい光を放ちながら、ぬらり、ぬらりと蠢いている……その異様な姿は言いようもない原初的な恐怖をかきたてる。定義し難い、理解不能な、受け入れ難い形状……。一目で心を鷲掴みにされるような、そんな不気味さだ。
「ふん……最高の気分だな!」
だが霧島は毒づきつつも矢を放った。気魄が打ち勝ったのか、それは見事に触手の中央部分を射抜いた。
歪虚の全身が震えた。中央から、放射状に光が輪を描いて何度か広がっては消える。
矢が、ぽろりと焼け落ちた。
その時には、大型の舟が武器の届く所まで接近していた。
安定を得るために葛葉が錨をその場に下ろし、レイスが遮蔽物から姿を現す。
この時の為に用意していた、布で覆った投網を投げつけた。姿が惑わせるならば、隠してしまえばよい――その考えは正しかったらしく、部分的に隠れたことで一同の心はいくらか動揺を紛らわせた。
しかし、それも束の間だった。眩い光があがったかと思うと、布は網ごと燃え上がり、跡形も無くなってしまった。
いまやその異形の相貌はあらわになり、攻撃に出た全員がそれを目にしなければならなかった。
触手が攻撃的な光を帯びて、その先端から光の矢が飛んでくる。それは遮蔽物を吹き飛ばし、舟を揺るがせた。
「視界が……揺らぐ!」
葛葉は攻撃に移ろうとするも、視界が揺れに揺れて敵の姿を掴めない。船が揺れているだけが理由ではない。視界そのものが歪んでいる。さらには虫の羽音のような音も聞こえ出した。耳栓をしているから影響は和らいでいるだろうが、それでも心を苛立たせる。
「何だ?! いつのまに囲まれていた! こんなに居るだと?!」
凪が周囲を見渡しながら叫んだ。彼の目は、船中を囲むほどの大量の歪虚を、波間に認めていた。
「全身を何かが這い回っている、何だこれは!」
リアンが叫び、全身を震わせる。夥しい蟲が全身を這い回る感覚に襲われていた。
レイスもまた、冷汗が止まらなかった。酷い風邪を引いたように身体がだるい。かろうじて彼は言った。
「……これが『狂気』の力か……」
一方、後方から援護するもう一つの舟でも混乱は起こっていた。
「くっ……そこにも居たか!」
霧島は矢をつがえ放つ。だが、それは全く見当違いの方向だ。
「……これは予想以上にきますね。村の人もさぞかし辛いでしょう……早く倒さなくては」
パメラもまた水面に銃口を向け、発射する。しかしそこには何も居らず、上がるのは水飛沫のみだ。
「おまえら、落ち着くです!」
耳栓をしていて声が聞こえない二人の服をカペラが引っ張る。
カペラは持ち前の強い精神力で正気を保っていた。一人攻撃に参加せず、敵の攻撃に備えていたということもあるが、結果的に霧島とパメラには助けとなった。
「触手野郎は一匹です、気をしっかり持ちやがれですよ」
諭され、パメラは短く深呼吸をしてから、もう一度目を凝らす。
波間には何もいない。
「……すみません、ありがとうございます」
パメラは短く謝り、銃を構えなおす。
「すまない。改めて仕事にかかるとしよう」
霧島は武器を水中銃に持ち帰ると、波間へと身を投じた。
「もっと近づかねーと支援もできねーです。漕げです」
「はい……!」
パメラは一生懸命に櫂を漕ぎ、敵と接しているもう一つの舟へと近づいた。
●絆の力
思うように攻撃できない接近戦組に、歪虚は光の矢を放っていく。
葛葉が直撃を受け、よろめいた。他の面々も攻撃を喰らっており、皆苦痛に顔を歪めている。
「くっ……!」
葛葉は憎憎しげに敵を睨むが、その敵の姿自体が、揺らめいて不確かに見えた。
このままでは為す術も無くやられてしまう。
そう思った時、突如体を柔らかい光が覆った。
「クズハ! 何してやがるです!」
声はよく聞こえないが呼びかけられていたのがわかった。振り向くともう一つの舟から、カペラがヒールを飛ばしたのがわかった。
「おまえらも、一人だって欠けたら承知しねーです!」
カペラが全員に向かって激を飛ばす。耳栓をしているとはいえ、大声で呼びかけたのは全員に伝わった。
その横でパメラが銃を構える。
「援護します……いい一撃をお願いします」
拳銃を向け、引き金を引く。一度カペラによって幻覚を打ち破られているためか、パメラの狙いは正確だった。
弾丸は触手に埋もれた複眼を射抜いた。
歪虚にも痛覚はあるのか、その身を仰け反らせる。
一瞬、葛葉はカペラに力強い笑みを見せた。
「雷姫!」
契約した精霊の名を口にする。白狐の精霊との同調を示すように髪が白くなり、狐の耳と尻尾を供えた姿となった。
走りこみ、メイスを振りかぶる。
――勢いつけてれば大抵のことは叩き潰せるわ。
ギルドメンバーのエリシャの想念が、葛葉の勢いを増した。
胴体を打つ。葛葉は手に確かな手応えを感じる。
大きく身を仰け反らせた歪虚だが、次の瞬間には触手を葛葉に向けていた。
だが、そこにレイスが割って入った。
「目障りで耳障りだ」
華麗に跳び、一陣の光が奔ったかと思うと、彼のグレイブにより触手の多くが切断されていた。
「貴様らのような不快極まる存在が、デカい図体晒して居座るな。――消えてなくなれ、この世界から」
レイスは怒りを覚えていた。戦いの前、村人から操船のコツや付近の海流等を聞こうとしたが、わかったことは、この村でまともなやり取りができる人間は殆どいないということだった。その事実が、元凶である歪虚に対し、怒りの刃を振るわせていた。
そして、レイスの呪いの言葉を実現せんとばかりに、凪が飛び出した。その手に握られるのは魔導ドリルだ。空いているもう一つの手で仲間にサインを送る。
『削る』のサインだ。
「さあ、今から通り道を作ってやるぞ!」
切られた触手を踏みしだきながら、歪虚の頭の下を駆ける。
そして勢い良く海に飛び込む。
偵察したリアンから聞いていた。水面下では触手が目に入らない上に、胴体は無防備だと。
真っ逆さまに潜った凪は海底に降り立った。
そこには水面に向かって首を伸ばしている歪虚の胴体がある。
水底に踏ん張り、猛烈に回転するドリルを腹に押し当てる。
ドリルを押し込む凪の心に、幼馴染の夕影 風音の想念が届いた。
無事を祈り、勝利を願う純粋な心が、凪にさらなる力を与える。
(穴が、開くまで、削るのをやめねぇ!)
体液を飛ばし肉片を散らしながら、回転する金属の円錐が飲み込まれていった。
ドリルが根元まで入ったのを確認すると凪はドリルを抜き取って離れた。
そして水面へと戻ろうと上を向いた時――
歪虚の、巨大な顔が頭上に迫っていた。
熱を孕んだ光が触手を奔り、邪悪な魔法の矢を放とうとしている。
その時――
横からの衝撃が歪虚を撃ち、頭部を仰け反らせた。
霧島が水中銃で狙いをつけていたのだ。
ゴーグルによりクリアな視界を得た猟撃士の彼女が、的確な射撃を行わないわけがない。
その威力は歪虚の気をそらすのに充分だった。そして――
リアンが、矢のように泳ぎ来る。
覚醒状態の証として全身に帯びる赤い光が強まり、一つの形を取った。
光はリアンの背後に、かつて彼が所属した今は亡き傭兵部隊の隊章を描き、仄暗い海底を光で満たした。
(悪鬼羅刹を穿ちましょうや!)
海底を蹴り、必殺の槍の一撃を繰り出す。
マテリアルが込められた一撃は凪の開けた穴に叩き込まれ――その衝撃は歪虚の胴体を真っ二つに叩き折った。
●日はまた昇る
身体を真っ二つにされた歪虚は力を保てなくなったのか、身体が崩壊していき、文字通り海の藻屑となった。
今や全員が船の上に上がっている。
波の音だけが響いていて、信じられないほど静かだった。
「……ふぅ、山賊や獣型を相手にするのとは、また違うな……。ともかく『仕事』は終了だ……」
霧島はシュノーケル付きゴーグルを外してサングラスをかけた。太陽はすでにはるか頭上に上がっており、眩しげに目を細める。
「全く、海産物なら海産物らしく漁師の獲物になってりゃいーんですよ。何で襲う側になってやがりますか」
海を背後に見ながら、カペラは毒づく。ぶっきらぼうだが、正しい自然のあり方を説いていた。
「……頭が痛いですが、村の方を比べればなんてことですね。これで、少しずつでも元に戻るといいですが……」
近づいてくる陸地を見ながら、パメラは願った……。
村人達はすぐに立ち直りはしない。しかし、原因を取り除いたことにより、事態は解決へと向かうだろう。もっとも、完全に立ち直るのは、簡単なことではないかもしれない。
「諦めず、抗う事。それが一番重要で大切な事になる筈だ」
自分を取り戻せるかどうかは当人達の戦いだ。帰りの道中、レイスは被害者達の未来に思いを馳せた。
リゼリオに戻り、依頼人に報告する。
「皆様の心を守り勝って一同帰参致しました!」
堂々と告げたリアンに、依頼人の老人は深々と頭を垂れた。
「お帰りをお待ちしておりました……」
「任せときな爺さん! これから何かあっても、俺たちが何とかするさ」
だからあんたも頑張れよと、凪は老人の肩を叩く。
「私この世界についてもっと知りたいです。だから頑張って守ります!」
興味惹かれる世界のため、葛葉はこれからも戦うことに迷いが無かった。
老人は何度も、何度も頭を下げた。むせび泣いて、心からの感謝の言葉を口にした。
「あ……」
その時、聞き慣れない声に一同の視線が一点に集中した。
依頼人の孫娘だ。
「ありが、とう……!」
声を失った少女は、取り戻したばかりの声で、ハンター達に感謝を告げたのだった。
ハンター達がリゼリオを発ち、歪虚が現れた漁村へとたどり着いた頃、ちょうど夜が明けたばかりの早朝だった。
天候は曇。濃い影を浮かび上がらせる雲の間から緋色の太陽が眩い光を投げかけていた。
目の前には濁った海が広がっている。
漁港には人の姿はない。依頼人はつい最近までは賑わっていたと言うが――
「被害に遭うのはいつも堅気の衆だ、ひでぇ話じゃねぇか」
静まりきった村を眺めて、飄 凪(ka0592)は仲間に同意を求める。
「そうだ。だからこそ俺達はやらねばならん」
レイス(ka1541)が応えた。あの老人や少女の様に、諦めず立ち向かう人々がいるならば、俺はその意志に代わり貫く槍となろう――レイスの胸には決意が宿っていた。返答からその意を汲み取ったのか、凪は野生的な顔に笑みを浮かべた。
(お二人の勇気を我が勇気の種火に……!)
リアン・カーネイ(ka0267)は依頼人の老人と少女の姿を心に思い描く。「勝って守りぬく」信条が、かれらによって想起され、それがリアンの心に炎を燃え上がらせていた。
石橋 パメラ(ka1296)もまた依頼人達とのやり取りを思い出していた。
「私にはわかりませんが……必ず倒して海をとり戻しますわ。絶対に、です」
あのようなものが生きていて良いのか、と問う老人に、パメラはこう応えたのだ。
「おまえら、一人でも欠けたら承知しねーですよ。私が意地でもくたばらせてやらねーですから」
カペラ・メシエ(ka2334)はぶっきらぼうにそう言ったが、幼い外見には似つかわしくない程の気遣いの心は、誰の目にも明らかだった。
「うん。頼りにしてるよ、カペラちゃん」
篠田・葛葉(ka2714)はうなづく。カペラの家に居候している彼女は、普段から近しい存在と轡を並べて戦えるのが嬉しかった。
「うむ。では怪物相手に海水浴といくか」
霧島(ka2263)は強気にも冗談めかして笑った。そのことで緊迫したかれらの精神は少しほぐされた。
それぞれ見繕った舟に乗り込んでいく。
いずれも櫂で操船する舟であり、大型の舟と中型の舟にそれぞれ別れて乗り込んだ。
大型にはリアン、凪、レイス、葛葉が。中型にはパメラ、霧島、カペラが。
そして、それぞれの舟は小型の舟がロープで括り付けられている。
さらには遮蔽物として、村で調達した、木箱や藁の束なども積まれている。
備えは万全、ハンター達は戦いの海へと漕ぎ出した。
●異形の相貌
(ふん、近くで見れば見るほどおぞましいな……)
霧島は心中で毒づく。彼女はリアンと共に先行して、泳いで敵の偵察に向かっていた。
漁港から離れていないところに、確かにそれはいた。複雑に絡み合った肌色の、おびただしい触手を備えた、円筒状の生物が……遠くからもそれは確認できた。二人は一目見るだけで本能が拒否したので、潜行して水面下の胴体の方を見ることにした。
なるほど確かに巨大な百足かナマコのような身体が海底に伸びている。恐ろしく長い。背中は歪な甲殻に覆われていた。
悪夢の産物としか思えなかった。
充分と見た霧島はリアンにハンドサインを送り、ともに舟へと戻った。
仲間と合流した二人を乗せ報告を聞いてから、一行は最後の準備をした。幻覚への対策として耳栓をつけたのである。
舟は歪虚へと近づく。
腐った魚のような強い匂いが、一行の鼻を刺激し始めた。
一行は乗せた木箱や藁束で視界を覆うことで、そのものをはっきり見ないようにしていた。そのため、なんら異常を感じることなく近づくことが出来た。
機を感じ取った、霧島が立って弓に矢をつがえる。
「一先ず、開戦の狼煙代わりだ……?!」
だが、狙いを定めるためには、ソレを直視せねばならなかった。
見よ。無数の脚を供えた巨大な虫の胴体が水面より伸びており、真っ二つに裂けたような頭部から複雑に絡まりあう肉質の触手が広がっている。それらは一本一本が絶えず蠢いていた。赤、紫、緑と絶えず色を変え、毒々しい光を放ちながら、ぬらり、ぬらりと蠢いている……その異様な姿は言いようもない原初的な恐怖をかきたてる。定義し難い、理解不能な、受け入れ難い形状……。一目で心を鷲掴みにされるような、そんな不気味さだ。
「ふん……最高の気分だな!」
だが霧島は毒づきつつも矢を放った。気魄が打ち勝ったのか、それは見事に触手の中央部分を射抜いた。
歪虚の全身が震えた。中央から、放射状に光が輪を描いて何度か広がっては消える。
矢が、ぽろりと焼け落ちた。
その時には、大型の舟が武器の届く所まで接近していた。
安定を得るために葛葉が錨をその場に下ろし、レイスが遮蔽物から姿を現す。
この時の為に用意していた、布で覆った投網を投げつけた。姿が惑わせるならば、隠してしまえばよい――その考えは正しかったらしく、部分的に隠れたことで一同の心はいくらか動揺を紛らわせた。
しかし、それも束の間だった。眩い光があがったかと思うと、布は網ごと燃え上がり、跡形も無くなってしまった。
いまやその異形の相貌はあらわになり、攻撃に出た全員がそれを目にしなければならなかった。
触手が攻撃的な光を帯びて、その先端から光の矢が飛んでくる。それは遮蔽物を吹き飛ばし、舟を揺るがせた。
「視界が……揺らぐ!」
葛葉は攻撃に移ろうとするも、視界が揺れに揺れて敵の姿を掴めない。船が揺れているだけが理由ではない。視界そのものが歪んでいる。さらには虫の羽音のような音も聞こえ出した。耳栓をしているから影響は和らいでいるだろうが、それでも心を苛立たせる。
「何だ?! いつのまに囲まれていた! こんなに居るだと?!」
凪が周囲を見渡しながら叫んだ。彼の目は、船中を囲むほどの大量の歪虚を、波間に認めていた。
「全身を何かが這い回っている、何だこれは!」
リアンが叫び、全身を震わせる。夥しい蟲が全身を這い回る感覚に襲われていた。
レイスもまた、冷汗が止まらなかった。酷い風邪を引いたように身体がだるい。かろうじて彼は言った。
「……これが『狂気』の力か……」
一方、後方から援護するもう一つの舟でも混乱は起こっていた。
「くっ……そこにも居たか!」
霧島は矢をつがえ放つ。だが、それは全く見当違いの方向だ。
「……これは予想以上にきますね。村の人もさぞかし辛いでしょう……早く倒さなくては」
パメラもまた水面に銃口を向け、発射する。しかしそこには何も居らず、上がるのは水飛沫のみだ。
「おまえら、落ち着くです!」
耳栓をしていて声が聞こえない二人の服をカペラが引っ張る。
カペラは持ち前の強い精神力で正気を保っていた。一人攻撃に参加せず、敵の攻撃に備えていたということもあるが、結果的に霧島とパメラには助けとなった。
「触手野郎は一匹です、気をしっかり持ちやがれですよ」
諭され、パメラは短く深呼吸をしてから、もう一度目を凝らす。
波間には何もいない。
「……すみません、ありがとうございます」
パメラは短く謝り、銃を構えなおす。
「すまない。改めて仕事にかかるとしよう」
霧島は武器を水中銃に持ち帰ると、波間へと身を投じた。
「もっと近づかねーと支援もできねーです。漕げです」
「はい……!」
パメラは一生懸命に櫂を漕ぎ、敵と接しているもう一つの舟へと近づいた。
●絆の力
思うように攻撃できない接近戦組に、歪虚は光の矢を放っていく。
葛葉が直撃を受け、よろめいた。他の面々も攻撃を喰らっており、皆苦痛に顔を歪めている。
「くっ……!」
葛葉は憎憎しげに敵を睨むが、その敵の姿自体が、揺らめいて不確かに見えた。
このままでは為す術も無くやられてしまう。
そう思った時、突如体を柔らかい光が覆った。
「クズハ! 何してやがるです!」
声はよく聞こえないが呼びかけられていたのがわかった。振り向くともう一つの舟から、カペラがヒールを飛ばしたのがわかった。
「おまえらも、一人だって欠けたら承知しねーです!」
カペラが全員に向かって激を飛ばす。耳栓をしているとはいえ、大声で呼びかけたのは全員に伝わった。
その横でパメラが銃を構える。
「援護します……いい一撃をお願いします」
拳銃を向け、引き金を引く。一度カペラによって幻覚を打ち破られているためか、パメラの狙いは正確だった。
弾丸は触手に埋もれた複眼を射抜いた。
歪虚にも痛覚はあるのか、その身を仰け反らせる。
一瞬、葛葉はカペラに力強い笑みを見せた。
「雷姫!」
契約した精霊の名を口にする。白狐の精霊との同調を示すように髪が白くなり、狐の耳と尻尾を供えた姿となった。
走りこみ、メイスを振りかぶる。
――勢いつけてれば大抵のことは叩き潰せるわ。
ギルドメンバーのエリシャの想念が、葛葉の勢いを増した。
胴体を打つ。葛葉は手に確かな手応えを感じる。
大きく身を仰け反らせた歪虚だが、次の瞬間には触手を葛葉に向けていた。
だが、そこにレイスが割って入った。
「目障りで耳障りだ」
華麗に跳び、一陣の光が奔ったかと思うと、彼のグレイブにより触手の多くが切断されていた。
「貴様らのような不快極まる存在が、デカい図体晒して居座るな。――消えてなくなれ、この世界から」
レイスは怒りを覚えていた。戦いの前、村人から操船のコツや付近の海流等を聞こうとしたが、わかったことは、この村でまともなやり取りができる人間は殆どいないということだった。その事実が、元凶である歪虚に対し、怒りの刃を振るわせていた。
そして、レイスの呪いの言葉を実現せんとばかりに、凪が飛び出した。その手に握られるのは魔導ドリルだ。空いているもう一つの手で仲間にサインを送る。
『削る』のサインだ。
「さあ、今から通り道を作ってやるぞ!」
切られた触手を踏みしだきながら、歪虚の頭の下を駆ける。
そして勢い良く海に飛び込む。
偵察したリアンから聞いていた。水面下では触手が目に入らない上に、胴体は無防備だと。
真っ逆さまに潜った凪は海底に降り立った。
そこには水面に向かって首を伸ばしている歪虚の胴体がある。
水底に踏ん張り、猛烈に回転するドリルを腹に押し当てる。
ドリルを押し込む凪の心に、幼馴染の夕影 風音の想念が届いた。
無事を祈り、勝利を願う純粋な心が、凪にさらなる力を与える。
(穴が、開くまで、削るのをやめねぇ!)
体液を飛ばし肉片を散らしながら、回転する金属の円錐が飲み込まれていった。
ドリルが根元まで入ったのを確認すると凪はドリルを抜き取って離れた。
そして水面へと戻ろうと上を向いた時――
歪虚の、巨大な顔が頭上に迫っていた。
熱を孕んだ光が触手を奔り、邪悪な魔法の矢を放とうとしている。
その時――
横からの衝撃が歪虚を撃ち、頭部を仰け反らせた。
霧島が水中銃で狙いをつけていたのだ。
ゴーグルによりクリアな視界を得た猟撃士の彼女が、的確な射撃を行わないわけがない。
その威力は歪虚の気をそらすのに充分だった。そして――
リアンが、矢のように泳ぎ来る。
覚醒状態の証として全身に帯びる赤い光が強まり、一つの形を取った。
光はリアンの背後に、かつて彼が所属した今は亡き傭兵部隊の隊章を描き、仄暗い海底を光で満たした。
(悪鬼羅刹を穿ちましょうや!)
海底を蹴り、必殺の槍の一撃を繰り出す。
マテリアルが込められた一撃は凪の開けた穴に叩き込まれ――その衝撃は歪虚の胴体を真っ二つに叩き折った。
●日はまた昇る
身体を真っ二つにされた歪虚は力を保てなくなったのか、身体が崩壊していき、文字通り海の藻屑となった。
今や全員が船の上に上がっている。
波の音だけが響いていて、信じられないほど静かだった。
「……ふぅ、山賊や獣型を相手にするのとは、また違うな……。ともかく『仕事』は終了だ……」
霧島はシュノーケル付きゴーグルを外してサングラスをかけた。太陽はすでにはるか頭上に上がっており、眩しげに目を細める。
「全く、海産物なら海産物らしく漁師の獲物になってりゃいーんですよ。何で襲う側になってやがりますか」
海を背後に見ながら、カペラは毒づく。ぶっきらぼうだが、正しい自然のあり方を説いていた。
「……頭が痛いですが、村の方を比べればなんてことですね。これで、少しずつでも元に戻るといいですが……」
近づいてくる陸地を見ながら、パメラは願った……。
村人達はすぐに立ち直りはしない。しかし、原因を取り除いたことにより、事態は解決へと向かうだろう。もっとも、完全に立ち直るのは、簡単なことではないかもしれない。
「諦めず、抗う事。それが一番重要で大切な事になる筈だ」
自分を取り戻せるかどうかは当人達の戦いだ。帰りの道中、レイスは被害者達の未来に思いを馳せた。
リゼリオに戻り、依頼人に報告する。
「皆様の心を守り勝って一同帰参致しました!」
堂々と告げたリアンに、依頼人の老人は深々と頭を垂れた。
「お帰りをお待ちしておりました……」
「任せときな爺さん! これから何かあっても、俺たちが何とかするさ」
だからあんたも頑張れよと、凪は老人の肩を叩く。
「私この世界についてもっと知りたいです。だから頑張って守ります!」
興味惹かれる世界のため、葛葉はこれからも戦うことに迷いが無かった。
老人は何度も、何度も頭を下げた。むせび泣いて、心からの感謝の言葉を口にした。
「あ……」
その時、聞き慣れない声に一同の視線が一点に集中した。
依頼人の孫娘だ。
「ありが、とう……!」
声を失った少女は、取り戻したばかりの声で、ハンター達に感謝を告げたのだった。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/07/29 06:41:54 |
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作戦相談 レイス(ka1541) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2014/08/02 17:32:28 |