力と魂

マスター:有坂参八

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~6人
マテリアルリンク
報酬
寸志
相談期間
5日
締切
2015/11/22 09:00
完成日
2015/12/03 22:36

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング


 エンドレスと名乗った機械型の歪虚群は撃退されたものの、山岳猟団が受けた被害は小さくはなかった。
 砦の半壊、十数名の団員の戦死、そして……シバの重傷。
 戦闘中に錯乱し、一人飛び出したシバは、ハンターにその命を繋がれ、今またパシュパティ砦に臥していた。
 ……来る死神の手を、待ち構えながら。
 
「……敵は我らを、暴こうとしていた。我らの力を、戦い方を、理念を、全てを見ていた。恐らくは、はるか以前から」
 老人は、絞りだす様な声で語った。
 一つ一つ、伝えなければならない事、その全てを。
「その内に奴は、赤き大地において、情報の流れを握る者が誰かを悟り、まずその者を潰そうとした。それが儂じゃ」
 シバが率いるは、辺境の諜報組織『部族無き部族』。
 シバは彼らに、影として辺境に根を張り、あらゆる情報を集め共有する力を与えた。
 人類を……ひいては愛する故郷、赤き大地を守る為に。
「いつからか儂の行動が、何者かに監視される様になった。影の如く、儂の行く所に姿をちらつかせ、その威を示した。『お前を見ている』と」
 次第にその監視は、シバの精神を蝕んでいく。
 それに重なる様に、先の戦でハイルタイから受けた傷は、癒えること無く悪化する。
 齢一〇〇に迫ろうかという老いた体は、それでも迫り来る死の影に抗い、そして、敗れた。
 やがてシバは幻覚にうなされ、敵の正体を探る前に正気を失ってしまった。
 
 ……

 シバは、虚ろな瞳と掠れる様な声で、淡々とその経緯を語った。
 八重樫は、黙ってその話を聞いていたが、やがて口を開く。
「唯の痴呆ではないだろうな」
 と、一言。
 シバは、く、く、くと自嘲した。
「かも、しれん。今の儂には、目の前に居るお主が、現か幻かも、区別がつかぬ」
「……」
「儂は死ぬ。もう一刻の猶予もない。やり残した事は、多いが……死神を、誤魔化す浅知恵も、尽きた。ならば、最も重要な事だけは、済まさねば」
「何を考えている」
「いかな戦士も老いさらばえ、いずれは、先の戦での儂の様に、足手纏となる。シバ族の戦士は、これをどうしてきたか、判るか」
「知らん。だが」
「だが……お主は、判っている筈だ。いつかお主は、儂に、伝えてきた」
「……『お前が俺の障害になれば、俺はお前を即座に切り捨てる』」
「止めるか」
「いや。考えは今も同じだ。好きにしろ」
「今やお主とも、他人とはいえぬ間柄。未練かも、しれんが」
「慣れている」
「そうかな。儂は、一度はお主と、本気で、戦ってみたかったぞ」
「……同感だな、それだけは」
 シバは、八重樫に首飾りのようなものを放った。
 それは、連合宙軍の軍人が身に付けるドッグタグで……階級氏名の欄には『Captain,Atsushi=Yaegashi』と刻まれていた。
「赤き大地を長く歩いておるとな、色々なモノを拾える。青の世界からの漂着物も、そうさな」
「知っていて俺を、団長に担いだのか」
 老人は問に答える事無く、ただ笑って立ち上がり、八重樫の前から姿を消した。永遠に。

 シバがハンターに決闘を申し込んだのは、そのすぐ後のことだった。


 ハンターが砦の前にやってくると、そこにはシバがいた。
 血と膿の染みた包帯に身を覆われ、微かにふらつきながら、しかし自分の足でしかと立ち、シバはハンター達へ高らかに告げた。
「この体に残った、最後の命を、儂は、真実を教える為に、使うと決めた。他ならぬハンター、お主達に。
 シバ族に伝わる、これが『別離の儀』。即ちこの儂に打ち克ち、我らの戦いを継ぐに相応しき強さを、証明せよ」
 そう言ってシバは、腰に下げた金色の剣を抜いた。
 過酷な赤き大地にあっては、弱き者は死し、強き者が生きる。
 ただ強くあれ。強き戦士たれ。生きるに相応しき強者であれ、と。
 それがこの戦士の流儀、『シバ』族の流儀なのだ。
 何百年も歪虚と戦い、死に、そして生きてきた、赤き大地に歩む血脈の。
「これから先、お主達に振りかかる、試練の過酷なるは、こんなものでは、済まされぬ。
 友が討たれる戦がある。
 友の屍を踏み越えねばならぬ戦がある。
 友をその手で討たねばならぬ戦さえ、あるだろう。
 ただ言葉で、守る守ると口にするだけでは、何一つも救えぬ戦が、いつかきっとやってくる。
 お主達に、覚悟があるか?
 未来を勝ち取る為に、戦うとはどういう事か、その意味を知って、なお戦場に歩む、その覚悟が」
 シバは、決して付け入る隙など無い強い語調で、ハンター達に語った。
 紡ぐ声は震えながら掠れており、また瞳は既に濁って焦点を失っている。
 脂汗を垂らしながら剣を構えるその姿に、かつての戦士の面影など無いようにさえ思われた。
 しかし。
 しかしそれでいてシバの剣の切っ先は、刹那の隙も見せぬままハンターに向けられていた。
 獲物に相対する、蛇の如く。
「然らばこの儂に克って、示してみせろ。お主達の資格を。力と魂を。
 お主達の戦姿が僅かたりとも覚悟を欠いたならば。
 あるいは、恥知らずにも試練に背を向けるならば。
 儂が、今、この場で、お主達を殺す。
 いずれ来るその日、その弱き故に苦しみ、絶望し死ぬならば、今この場で楽に殺してやるは戦士の慈悲と知れ。
 旧き時代の戦士を殺した時、新しき血は、相応しき時代を拓くにふさわしい資格を手に入れるだろう。
 心せよ。
 赤き大地最強の霊闘士との、これが最初で最期の死合いぞ」
 ハンター達は … ……… ……した。それぞれの、想いを込めて。
 そしてシバは……
「我はシバ。パシュパティ=シバ。
 我は戦士。蛇の戦士。月と、蛇の戦士。
 我が敵を討ち、血と刃に死す者也」

リプレイ本文


 シバが八重樫と別れる、その少し前の事だった。
「シバ……貴方は……」
「どうじゃ。お主らには、理解し難いやも知れぬが」
 肩を震わせたルシオ・セレステ(ka0673)に、シバは穏やかに言った。
 胸騒ぎに駆られて砦を訪ねたルシオを、老人はまるで古い友人の様に迎えた。
 彼女が最期の治療を施している時間、二人の間には、静かで、長い言葉のやり取りがあった。
 そして、シバへと投げた問い。
 ルシオは、その答えを聞いて……
「……いや。約束するよ。貴方が、そう、望むのなら」
「ああ。有難う、友よ」
 ハンター達が砦に辿り着いた時、ルシオは既にシバの傍らに居た。
 シバの望みの為に。
 そして何よりも、見届ける為に。


「やべえ……こいつはっ、やべぇ、強ぇぜ……っ」
 朦朧とする頭を抑えて立ち上がり、オウガ(ka2124)はシバを見据えた。
 初手のクラッシュブロウを放った瞬間、少年の視界は逆転し、訳も解らぬ侭に体は地に伏していた。
 友より得たる加護無くば、この一手でオウガの命は絶たれた筈だ。
(「惜しいよな……」)
 早々にしてオウガは、彼我の決定的な力量差を認識する。
 だが、それは絶望を意味しない。
 腰を落とし、斧を握り直して眼を見開き、立ち向かう。

  ……オウガにとってシバは、最強の戦士だった。
  視線を交わした時、勝負の直前にあって、シバはオウガに何も語らず、ただ満足気に、笑った。
  それだけでオウガは、悟り、確信したのだ。
  目の前の男の『戦士の格』を、その覚悟を、その希望を。
  そして自らの、為すべきを。
  戦士として、霊闘士として……

「男として! 応えない訳にいくかよっ!」
 真正面から、正拳。
 見切られている。だが、それでいい。
 オウガの拳をシバが捌く。
 シバの片手が塞がる。視線が逸れる。
 そこを、突く者。
「アイラッ!」「任せてっ!」
 オウガの脇を抜け、地を駆けるものの加護を身に宿してシバの懐へと潜り込んだのは、三つ編みを揺らす赤毛の少女。
 アイラ(ka3941)が突き出す細剣は、オウガの攻撃から繋がる、完璧な追撃となる。
 攻撃の直前、振り向いたシバと目が合う。
 アイラと同じ色の青い瞳。
 しかしそれは、蛇の瞳。
 あの時と、同じ瞳。
 
  「おじいちゃん……それが、貴方の希みなんだね」
  「然り」
  試練を告げられたアイラが、迷いを宿して紡ぐとシバは、対象的に短く答えた。
  「……」
  アイラは、一度だけ目を閉じ、自分の鼓動と呼吸を意識した。
  再び目を開けた時、自らの瞳が逸れる事のないように。
  その戦いを見届け、生き抜く覚悟を定める為に。
  (「目に焼き付けるよ。お爺ちゃんの戦いを。特等席の前線で」)
  アイラは手荷物をその場にそっと置き……
  
 赤黒い刃が、シバを捉えんと突き進む。
 シバは、身を反らし躱す。故に、足が止まる。
 それこそ、アイラの狙い。
「私達は強くないから……何だって利用するよ、勝つ為に」
 流れる様に。
 アイラの背後から現れたのは、黒髪をなびかせた小柄な少女……白神 霧華(ka0915)。
 一息で側面に踏込むと、龍の如く踊る鞭が、シバの顔面を強かに打った。
「やってくれるな……!」
「貴方は……」
 左目を潰されたシバは、しかし平然。
 霧華もまた、繭一つ動かさずに彼に告げる。
「私の、生きて欲しいという思いを裏切りました。裏切り者にはいかなる理由が有れ、死をもって償って頂きます」
「く、くふふ、いいぞ、やってみろ!」
 
  霧華とて……シバに何ら共感を抱かぬのではない。
  寧ろ、考え続けてきた。
  かつて山岳猟団を追い詰めた帝国内の裏切り者の存在。
  シバ自身が受けた監視、それが今、恐らくは一時的に途絶えていること。
  彼が真実を突き止めていたとして、誰がそれを継ぐのか?
  それを、試すのが……『試練』の……
 
 雑念を、振り払う。
 シバの剣は、霧華の喉元を狙う。
 霧華は堅守するが、かざした盾がひしゃげる程の衝撃に見舞われた。
 必殺の一撃を凌ぎ、蹌踉めいた霧華の肩越しからは、輝く鏃が飛来してシバの肩を貫く。
 弓を引いたのは天竜寺 詩(ka0396)だ。
 シバは、矢を無造作に引抜き、何事も無かったかの様に再び構えた。
「シバさん、私の信念は変わらないよ」
 詩は、涙を溜めた瞳をシバに向け、語りかける。
 戦士の背を追いながら、ずっと考え続けてきたこと。
 その、最後の答えを。
「誰かを守る為にその手を罪で汚さなくちゃいけないとしても、それを仕方なかったなんて思いたくない」
「清いな。だが、甘い」
 シバの言葉に、詩は動じさえしない。

  ずっと問い掛け、また語り尽くしたのだ。
  目の前の戦士と。この事を。
  そして、互いの答えが、今、互いの胸の内にある。
  本当は言葉さえいらない、けれど、敢えて告げなければならなかった。
  今、この時だけは。
  詩の答えは……

「結果は手段を正当化しない。罪は、償わなければならない。
 償って貰うんだから……この戦いが終わったらっ! ぜったいにっ!」
 震える声で叫んだ詩の言葉に、シバは僅かに一瞬、雛を見守る親鳥の目を見せた。
 だが、今は、試練の時。
「できるものならば……」
 ゆらりと、シバが、霞む。
 瞬間、詩も、アイラも、オウガも……誰もが、シバの居た空間に『大いなる蛇』を幻視する。
「まずい……っ!?」
 叫んだのは、後方からシバの動きに注視していたエアルドフリス(ka1856)だった。
 その彼でさえ、シバの見せた蛇の幻視に、一瞬にして心を侵された。
 黒い大蛇が、あぎとを開いてエアルドフリスを、ハンター達を襲う……
 
  試練の直前……
  「雨祀る部族最後の一人にして巫女、エアルドフリス。謹んで試練をお受け致します」
  滅び行く血脈を継ぐ者であるエアルドフリスにとって、シバの名も、部族なき部族も、決して遠い存在ではなかった。
  心は惹かれながらも交わらなかった運命は、しかし、望まぬ形で繋がってしまった。
  かのドローンを持ち帰った者が誰か……シバが知らぬ筈はあるまい。
  だが、責める言葉は無く、代わりにシバは問うた。
  「雨祀りか。かの千変万化にして迷わず不偏の魂は、汝に宿るや否や」
  水は、迷わず、不偏の――
   
 ――これは。
「幻だっ、詩!」
 大蛇の先にシバの姿を見出したエアルドフリスは、詩へ叫ぶ。
 詩は……いや、シバを囲んだ者達は皆、体中にびっしょりと冷や汗を掻き、平静を失っている。
「おおッ……我が魂が、今、やっと! 器を創り出したか!」
 シバは、肩を震わせ、虚ろな瞳で笑う。
 何かに、取り憑かれたかの様で……それでいて、気配は、正のマテリアルに満ち満ちて。
「シバ師……一体、何を……ッ」
「いいぞ……燃え果てろ、我が生命、我が魂!」
 エアルドフリスの目に映るシバは……何かに、狂喜していた。
 そのシバが、剣を振りかぶる。
 危険を感じたエアルドフリスは、咄嗟に駆け、大地の精霊へ呼び掛けた。

『…………!』

 荒い息の合間に紡がれた詠唱は、間一髪、シバの眼前にアースウォールを創る。
 しかし。
「かァッ!」
「何ッ……」
 シバは地中から出ずる土壁に向かい跳躍、踏み台として更に高く飛び上がった。
 その姿は、幻視に侵されたアイラやオウガ、霧華の目には、龍の如き大蛇が空から迫る様にさえ、見えた。
 だが、その時……飛来する一条の光が、降り立つシバの胸を焼き、大地に叩きつける。
 友より受けたるマテリアルを載せた機導砲でシバを阻んだのは、エリス・ブーリャ(ka3419)だった。
 間合いから外れ、機導術による支援に徹した彼女だけが、ただ一人ブロウビート……らしき術を避けたのだ。
 その隙に、平静を取り戻した詩が、前衛にキュアを施し、復帰させる。
「じいちゃん……もう……!」
 そこから続きそうになった言葉を、エリスはぐっと、飲み込んだ。
 
  叶うのならば、シバの血を絶やしたくはないと……エリスは願い、行動してきた。
  自分自身が、傷だらけの体を引きずり、命さえも賭しながら。
  掬い上げようとした魂が零れ落ちて行く現実が、少女を蝕む。
  だが……それが避けられない、避けない事が試練なら。
  そして、他ならぬシバ自身がそれを望むのなら。
  それは、この赤き大地にあっては、『囁かな幸運』なのだと……彼女は、気づいていた。
  
 エリスは、小さくかぶりを振る。自分自身に対して。
「全力で討ち取るよ、じいちゃん」
 連ねて放つ機導砲。
 シバを牽制し、前衛への追撃を許さない。
「上等じゃァ、エリス!」
 シバは輝き、文字通り、目に留まらぬ程に疾駆する。
 光弾と剣閃が、交錯した。
「……ッ!」
 駆けるシバの肉が爆ぜ、エリスは鞠の様に地を転がった。
 
 ……死合と呼ぶに相応しい戦いだった。
 何度打ちのめされようと、六人は鯨に群がる鯱の如く、シバに立ち向かった。
 シバは、倒れなかった。
 膨大なマテリアルを光輝として放ちながら、不死身の如く。
 自己治癒を施したアイラに、エリスが攻勢強化の加護を与える。
 アイラはまるで自分を肉壁とするかの様に、シバの進路を阻んだ。
「退けェッ!」
「退けないよ……この目に焼き付けるって、決めたから……!」
 シバがアイラに気を取られた次の瞬間、現れ出でた白猫がシバの脛を引き裂いた。
 ファミリアアタック……アイラが置いた荷物に紛れ、この期を待っていたのだ。
 老戦士の足取りが、確かに鈍る。
 そこに肉薄するは、蛇を食らうが如き竜の幻影……オウガだ。
「繋ぐんだ、俺が、俺達が……あんたの生き様と技を全てを……!」
 密着から何十と打ち込む拳。
 その一つが、ついにシバの顎を捉え、砕く。
 闘心昂揚、全霊を載せた、クラッシュブロウ。
「超えてみせるぜ……あんたを!」
「ッ……まだだ、まだ、来い、『戦士』よッ!」
「シバさん……これで、もう、終わらせよう……!」
 血達磨となったシバを見つめながら、詩は祈りとともに……最後のプロテクションを、エアルドフリスに託す。
 そのエアルドフリスもまた、持てる魔術も、友の加護も、全てが尽きた状態。
 最後の一手は、覚悟と共に。
「貴方を、殺す…っ!」
 抜き放った短剣は、背後からシバを貫く。
 シバは血を吐き、咳き込んで……
「ま、だ、だッ!」
「ぐっ……!」
 エアルドフリスの頭を掴み、人形の如く放り投げた。
 動く骸の如き凄惨な姿を晒しながら……シバは決して動きを止めず、戦い続ける。
(「これが貴方の……戦士の、力と魂ですか……」)
 だが、倒錯したシバは、気づかない。
 自分自身が放つマテリアルと殺気に潜り込み、潰された左目、その死角に忍び込む少女に。
「……」
 かちゃ、と言う金属音。狙うは頭蓋。
 激情をたった一発の弾丸に伏せた、それは『彼女』が隠し通した『切り札』。
「私の克ちです。私達の」
 氷の表情で……霧華は、トリガーを引く。

 ――!

 銃声……
 シバは、面食らった表情でよろめいた。
 二、三度踏み留まって……ついに、倒れる。
「……シバ、さん!」
 静寂が訪れる前に、詩が堪らずシバに駆け寄った。
 シバは、仰向けに声を絞り出そうとして……淀んだ血を吐く。
 ハンター達は彼を囲み、その蒼白の顔を覗いた。
「見事。お前達の……しか、と……見届、け……」
「じいちゃん……」
 エリスは溢れ出るものを堪え、シバの手を握った。
 最期だと、直感した。これが、本当の。
「戦って、死ねた。その意味を、これで、託せた……とんだ、爺の、我儘じゃろ?」
 エリスはぶんぶんと首を振り……精一杯、シバとともに、笑った。
「シバ師……」
「聞け、最期の教えに、なる」
 エアルドフリスに対して、シバは、先に投げられた問への答えを、返した。
 “影”の知識を。
「エンドレス。影は、青より来たる、器持たぬ魂。討つのは、お主達だ。我が仲間が、力と、なる」
「それは、一体……」
「忘れる、な。尾を噛む、蛇であれ……永久に、繋がる……」
 囁きは、掠れ消え……そして戦士は、目を閉じた。
 

「シバは……『空への葬送』を望んでいた」
 死者の遺言を伝えたのは、試練の始終を見届けた、ルシオだった。
 鳥葬……戦士の骸は鳥達に啄まれ、魂と共に空へ昇り、赤き大地を見守るのだという。
 ハンター達が、シバの願いに応える事を選んだ時……ルシオは何か大役を果たした様な気がして、安堵の感情さえ覚えた。
(「シバが見せた、あの力……」)
 ルシオは、試練の時に自身も観た、大いなる蛇を思い返す。
 穢れ無き魂同士が、持てる全てをぶつけ合っていた。
 その結果が、あの蛇だとすれば……
(「あれは、君の『遺産』になるのだろうか……なぁ、パシュパティ=シバ」)
 答えは自ずと出されるだろう、きっと、これから。
 それは、自分達の役目となる。
「ありがとう、友よ。私達は、明日を紡ぐよ」

 パシュパティ……山岳猟団の本拠にして、シバ族最後の戦士と同じ名を冠するその砦で、彼は送られた。
 夥しい数の禿鷲が、旅立つ戦士に群がる様を……アイラはただ、じっと、見守った。
 目を背けず、あるがままを。それが、自分の義務であると、思ったから。
 ルシオの和弓が葬送の旋律を奏でる。
 そこにいつしか、強かで悲しげな鎮魂歌が加わった。
 頬を濡らす涙を堪えること無く――詩は、歌い続けた。
 いつまでも、いつまでも。
 別れの言葉も、誓いの言葉さえ、清らかな歌声に乗せて。
(「世界は円環、万物はその裡を巡る……貴方は、余す処無く戦士だった」)
 決して途切れぬレクイエムの中、エアルドフリスは想う。
 例え、血脈なき身であろうとも。
 一度は故郷に背を向け、心を護った身であろうとも。
 ……この赤き大地に生きて死ぬ、と。
 その意味を、願いを、今日、受け継いだのだから。
 あの、戦士から。
「シバじいちゃんだけで無理な夢があったとしても、さ。受け継ぐものがいればきっとできるよね?」
 ふと、エリスが呟く。
 シバが守ろうとした誇り、叶えようとした夢。
 今のエリスにはそれが何だったのか、はっきりと判る気がした。
「ああ。俺達が繋いで……そして何時か、次の奴に繰り返し伝えて、バトンタッチ出来る様に……」
 オウガは、シバを捉えた一撃の感触を、反芻する。
 あれだけで、越えたとは言えまい。
 だが、証明は出来た筈なのだ。
 意思を束ね、繋ぎ、歩み続ける、最も大切な……
「うん」
 エリスが、頷く。
「それが、きっと、じいちゃんが最後に言った……」
「尾を噛む蛇……です、か」
 霧華は、そっと手の中の、血で染まった白髪を指で撫でた。
 これが、繋がりとなるのだろう。
 歪虚との戦い、その過酷なる運命を、『繋ぐ者』として。
 ……鎮魂の歌は、響き続ける。
 やがて日が沈み、そして朝が来る。 
 かくて旧き戦士は死し、力と魂は、継がれゆく。

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重体一覧

参加者一覧

  • 征夷大将軍の正室
    天竜寺 詩(ka0396
    人間(蒼)|18才|女性|聖導士
  • 不屈の鬼神
    白神 霧華(ka0915
    人間(蒼)|17才|女性|闘狩人
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 援励の竜
    オウガ(ka2124
    人間(紅)|14才|男性|霊闘士
  • 混沌系アイドル
    エリス・ブーリャ(ka3419
    エルフ|17才|女性|機導師
  • 太陽猫の矛
    アイラ(ka3941
    エルフ|20才|女性|霊闘士

サポート一覧

  • ルシオ・セレステ(ka0673)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 試練に際し
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/11/22 00:12:17
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/11/18 22:08:03