ゲスト
(ka0000)
【闇光】操骸道化、赤き鬼と狂宴す
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/11/19 19:00
- 完成日
- 2015/11/27 00:01
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
轟々と、風が唸る。赤髪を靡かせるアカシラは、小高い丘に仁王立ちしていた。
吹き付ける白雪の寒さも、風も弾く防寒具が今となっては身体に馴染む。堅く分厚い生地を気にもとめず腕を組んだアカシラは、眼下を見下ろす。
「いいねぇ、誰もコケちゃいない、か」
鬼の中でも、実力者はマテリアル汚染に強い。それ故に、今回の北伐では未浄化地域の開拓や偵察に専心していたが、現時点では不調を覚える者はいなかった。えっちらほっちらと荷や怪我人を背負った鬼達が雪の傾斜を踏みしめて登り、手が空いている鬼はあちらこちらで作業に従事している。
「……しかし、藪蛇ってやつさね。獄炎よりでけェ熊に、骸骨どもの王、か」
魔刀を持つ手に、力が篭もる。振るう先が《王》ではないことは十二分にわかってはいるのだが――その脅威を知っているだけに、心が猛る。どういう協議が為されたかアカシラには降りてはこないが、ダンテ共々撤退支援の為に退路を切り開く側に回された現状、王へと刀を振るう機会もないことは解っているのだが、それでも。
――随分とマシな戦場に回されたね。
自らの罪業を思えば、その思いが強い。アカシラ達は王国付きの傭兵だ。遠慮があったのか、それとも、『先』を見据えてこの場で死兵とすることを厭うたのか。
「……まァ、関係ない、さね」
死者の無い鬼達だったが、今や、その脚が止まっていた。
道中で回収した負傷兵の治療を優先しなければならなくなったのだ。見晴らしの良い高所を抑え、四方に飛ばしている偵察が戻り、治療を終えるまで暫しの休憩をとる事とした。
退却の速度が鈍ることこの上ないのだが、今更、捨てるわけにもいかない。
そこに。
短髪の鬼が、報せを持ってきた。
――どうやら、人類の簡易拠点があるらしい、とのことだった。
●
「アカシラか。どこにも見ねえから野垂れ死んだかと思ったぞ」
「そっちこそ。歪虚王にびびって逃げたと思ってたよ」
ダンテとアカシラ。口の端を釣り上げて笑う二人がそうやって言葉を交わしたのは鬼達が簡易拠点に手を入れている時のことだった。
土嚢や柵には荷を軽くする目的もあるが、精力的に働く鬼達が精神的な支柱になる事を意図してのアカシラの指示であった。疲労の色が濃い騎士や負傷者達が基地へと入っていく姿と鬼達の働きぶりを眺めながら、ダンテは満足げに頷く。それ一つで応報しようとでもいう素振りは何とも横柄で、だからこそアカシラ達鬼にとっては心地良い。
似たような頷きを返しながら、アカシラは指先で後方――拠点を示した。
そこで働く鬼達の手には、スコップが握られている。
「アンタも手伝えよ。まだ残ってるんだ」
「バカ言うな。先に飯だ、飯。食える時に食わせてもらうぞ」
本音混じりで答えたダンテが歩を進め、陣地中央の天幕に向かおうとした。
――転瞬。
ぞ、と。アカシラの背筋が凍った。相対していたダンテも同様だったか。振り返りざま、二人同時に魔刀と魔剣を抜く。
殷々と音。薄暗い夜闇を赤黒い光条が突き進んでくる。アカシラにとってはどこか懐かしみすら感じる、禍々しい光だった。そこに籠められたマテリアルのおぞましさを二人は了解したのだろう。
「ちっ!」「やっべェなこりゃ……!」
すぐに、射線上へと身を躍らせた。いや、一人はすぐさま弾きだされる。ダンテだ。アカシラの遠慮のない蹴撃に甲冑姿で宙を舞う。
「うおぉぉぉっ!?」
「アンタはすっこんでろ! アタシがやる!」
避ける事は叶わない。そうすれば後方が犠牲になる。だから、全身と魔刀にマテリアルを漲らせたアカシラは、
「――――っ!」
声にならぬ気勢と共に、その光条へと斬撃を放つ。そして――。濛々たる熱がアカシラの肌を灼き、雪を蒸発させる。気を張るアカシラの口元から、苦鳴が零れた。
「……っ、何てこった、洒落にならないね」
余りの衝撃。余りの熱に、たまらず膝を衝く。刀を構えた両手は動かず、身体にも力が入りそうもない。正真正銘、余力を根こそぎ持っていかれた。
それでも、後方で鬼やハンター達、騎士たちが対応するべく動き出す気配を感じ、口元には毅い笑みが浮かぶ。
ひゅい、と口笛が鳴った。ダンテだ。魔剣を鞘に入れ直し、愛馬を呼んだダンテは駆けながら声を張る。
「アカシラ!」
「アタシはいい! さっさと行きな!」
「解ってらァ! そっちこそ解ってるだろうな!」
応答に、アカシラはかろうじて頷きだけを返す。
――さて。どうなるかね……。
苦い息と共に、そう零した。
じきに、簡易拠点から迎撃のための馬が駆け、ダンテを追っていくのを座り込んだまま見送る。まだだ、と。息と身体を整える事に専心し――。
「アカシラ姐! 無事か!」
「……あぁ」
鬼やハンター達が駆けてくる頃には、荒くなる息も落ち付いてきた。痛む身体に鞭を撃ち、無理やりに立ちあがる、と。
「…………いやはや、まさかこのような所で貴女に合いまみえようとは!!」
ぼつり、と。声が落ちた。
道化師の装いに身を包んだ骸骨が、そこにいた。眼球の代わりに煌々と灯る赤い光に、どこか愉悦をにじませた骸骨は、高らかに謳い上げる。
「……来たね」
『敵』が来る、ということは解っていた。本営を狙った一射は、それだけでは不十分だ。制圧し、蹂躙し、圧滅する本命の存在が不可欠だから。
そして。
「申し遅れました。私はレチタティーヴォ様の元で”道化”を務めております、クロフェド・C・クラウンと申しまして」
クロフェドは慇懃に礼を示すと、彼方此方で声が返る。
ケタケタケタ。
ゲタゲタゲタ。
気がつけば、クロフェドの足元から紫光を纏った黒煙が広く、彼方まで広がり、そこから音が湧き上がってくる。
「ご覧の通り、骸の扱いを得手としております。舞台に立っていられずに落ちぶれたこれらを、皆様を初めとした演者の引き立てる為の小道具としておりますれば。今宵は、栄えある王に敗れた日蔭者、そして、捨て置かれた哀れなる骸達が……皆様にお会いしたいと言うものですから」
名乗る言葉を悠長に聞いている余裕はなかった。クロフェドが喚んだと思われる歪虚の数――詐称でなければ、この地での死者らしい――は、今拠点に残っている面々では裁き切れない。
周りを見る。この馬には、アカシラが率いる鬼達と、撤退戦に従事するハンター達だけ。ダンテ達がなりふり構わず往った理由は単純だ。あの火力を放置する事はできなかった。
現状は何とも明快。つまり、此処は彼女たちだけで凌がねばならない。故に、判断は一瞬だった。
「鬼共は拠点を守りな!!」
「解った!」
短髪の鬼を筆頭に、すぐに転進し駆けていく。その中でも、クロフェドは悠々たる名乗りを崩さなかった。
「――皆様は、このクロフェドめと遊戯に耽る、という事でよろしいでしょうか」
轟々と、風が唸る。赤髪を靡かせるアカシラは、小高い丘に仁王立ちしていた。
吹き付ける白雪の寒さも、風も弾く防寒具が今となっては身体に馴染む。堅く分厚い生地を気にもとめず腕を組んだアカシラは、眼下を見下ろす。
「いいねぇ、誰もコケちゃいない、か」
鬼の中でも、実力者はマテリアル汚染に強い。それ故に、今回の北伐では未浄化地域の開拓や偵察に専心していたが、現時点では不調を覚える者はいなかった。えっちらほっちらと荷や怪我人を背負った鬼達が雪の傾斜を踏みしめて登り、手が空いている鬼はあちらこちらで作業に従事している。
「……しかし、藪蛇ってやつさね。獄炎よりでけェ熊に、骸骨どもの王、か」
魔刀を持つ手に、力が篭もる。振るう先が《王》ではないことは十二分にわかってはいるのだが――その脅威を知っているだけに、心が猛る。どういう協議が為されたかアカシラには降りてはこないが、ダンテ共々撤退支援の為に退路を切り開く側に回された現状、王へと刀を振るう機会もないことは解っているのだが、それでも。
――随分とマシな戦場に回されたね。
自らの罪業を思えば、その思いが強い。アカシラ達は王国付きの傭兵だ。遠慮があったのか、それとも、『先』を見据えてこの場で死兵とすることを厭うたのか。
「……まァ、関係ない、さね」
死者の無い鬼達だったが、今や、その脚が止まっていた。
道中で回収した負傷兵の治療を優先しなければならなくなったのだ。見晴らしの良い高所を抑え、四方に飛ばしている偵察が戻り、治療を終えるまで暫しの休憩をとる事とした。
退却の速度が鈍ることこの上ないのだが、今更、捨てるわけにもいかない。
そこに。
短髪の鬼が、報せを持ってきた。
――どうやら、人類の簡易拠点があるらしい、とのことだった。
●
「アカシラか。どこにも見ねえから野垂れ死んだかと思ったぞ」
「そっちこそ。歪虚王にびびって逃げたと思ってたよ」
ダンテとアカシラ。口の端を釣り上げて笑う二人がそうやって言葉を交わしたのは鬼達が簡易拠点に手を入れている時のことだった。
土嚢や柵には荷を軽くする目的もあるが、精力的に働く鬼達が精神的な支柱になる事を意図してのアカシラの指示であった。疲労の色が濃い騎士や負傷者達が基地へと入っていく姿と鬼達の働きぶりを眺めながら、ダンテは満足げに頷く。それ一つで応報しようとでもいう素振りは何とも横柄で、だからこそアカシラ達鬼にとっては心地良い。
似たような頷きを返しながら、アカシラは指先で後方――拠点を示した。
そこで働く鬼達の手には、スコップが握られている。
「アンタも手伝えよ。まだ残ってるんだ」
「バカ言うな。先に飯だ、飯。食える時に食わせてもらうぞ」
本音混じりで答えたダンテが歩を進め、陣地中央の天幕に向かおうとした。
――転瞬。
ぞ、と。アカシラの背筋が凍った。相対していたダンテも同様だったか。振り返りざま、二人同時に魔刀と魔剣を抜く。
殷々と音。薄暗い夜闇を赤黒い光条が突き進んでくる。アカシラにとってはどこか懐かしみすら感じる、禍々しい光だった。そこに籠められたマテリアルのおぞましさを二人は了解したのだろう。
「ちっ!」「やっべェなこりゃ……!」
すぐに、射線上へと身を躍らせた。いや、一人はすぐさま弾きだされる。ダンテだ。アカシラの遠慮のない蹴撃に甲冑姿で宙を舞う。
「うおぉぉぉっ!?」
「アンタはすっこんでろ! アタシがやる!」
避ける事は叶わない。そうすれば後方が犠牲になる。だから、全身と魔刀にマテリアルを漲らせたアカシラは、
「――――っ!」
声にならぬ気勢と共に、その光条へと斬撃を放つ。そして――。濛々たる熱がアカシラの肌を灼き、雪を蒸発させる。気を張るアカシラの口元から、苦鳴が零れた。
「……っ、何てこった、洒落にならないね」
余りの衝撃。余りの熱に、たまらず膝を衝く。刀を構えた両手は動かず、身体にも力が入りそうもない。正真正銘、余力を根こそぎ持っていかれた。
それでも、後方で鬼やハンター達、騎士たちが対応するべく動き出す気配を感じ、口元には毅い笑みが浮かぶ。
ひゅい、と口笛が鳴った。ダンテだ。魔剣を鞘に入れ直し、愛馬を呼んだダンテは駆けながら声を張る。
「アカシラ!」
「アタシはいい! さっさと行きな!」
「解ってらァ! そっちこそ解ってるだろうな!」
応答に、アカシラはかろうじて頷きだけを返す。
――さて。どうなるかね……。
苦い息と共に、そう零した。
じきに、簡易拠点から迎撃のための馬が駆け、ダンテを追っていくのを座り込んだまま見送る。まだだ、と。息と身体を整える事に専心し――。
「アカシラ姐! 無事か!」
「……あぁ」
鬼やハンター達が駆けてくる頃には、荒くなる息も落ち付いてきた。痛む身体に鞭を撃ち、無理やりに立ちあがる、と。
「…………いやはや、まさかこのような所で貴女に合いまみえようとは!!」
ぼつり、と。声が落ちた。
道化師の装いに身を包んだ骸骨が、そこにいた。眼球の代わりに煌々と灯る赤い光に、どこか愉悦をにじませた骸骨は、高らかに謳い上げる。
「……来たね」
『敵』が来る、ということは解っていた。本営を狙った一射は、それだけでは不十分だ。制圧し、蹂躙し、圧滅する本命の存在が不可欠だから。
そして。
「申し遅れました。私はレチタティーヴォ様の元で”道化”を務めております、クロフェド・C・クラウンと申しまして」
クロフェドは慇懃に礼を示すと、彼方此方で声が返る。
ケタケタケタ。
ゲタゲタゲタ。
気がつけば、クロフェドの足元から紫光を纏った黒煙が広く、彼方まで広がり、そこから音が湧き上がってくる。
「ご覧の通り、骸の扱いを得手としております。舞台に立っていられずに落ちぶれたこれらを、皆様を初めとした演者の引き立てる為の小道具としておりますれば。今宵は、栄えある王に敗れた日蔭者、そして、捨て置かれた哀れなる骸達が……皆様にお会いしたいと言うものですから」
名乗る言葉を悠長に聞いている余裕はなかった。クロフェドが喚んだと思われる歪虚の数――詐称でなければ、この地での死者らしい――は、今拠点に残っている面々では裁き切れない。
周りを見る。この馬には、アカシラが率いる鬼達と、撤退戦に従事するハンター達だけ。ダンテ達がなりふり構わず往った理由は単純だ。あの火力を放置する事はできなかった。
現状は何とも明快。つまり、此処は彼女たちだけで凌がねばならない。故に、判断は一瞬だった。
「鬼共は拠点を守りな!!」
「解った!」
短髪の鬼を筆頭に、すぐに転進し駆けていく。その中でも、クロフェドは悠々たる名乗りを崩さなかった。
「――皆様は、このクロフェドめと遊戯に耽る、という事でよろしいでしょうか」
リプレイ本文
●
白銀世界の中で、鈍色じみた死者どもが蠢いている。ケタケタと異音を立てたそれらを見回して、少女は呟いた。
「戦場跡に髑髏は沢山あるのは自明の理だから……うん、効率的」
「この凍土では腐肉を喰らうものも居なかったのかな?」
息を吐く花厳 刹那(ka3984)に、麗人、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)。イルムは黄金の道化、クロフェドを見据え嘯く。
「いやはやこの状況では最悪の歪虚のご登場だねぇ」
「全く……どうも厄介な『遊び』に付き合わされるね、こっちでは」
ルスティロ・イストワール(ka0252)の表情には笑み。しかし、声色には不快が滲んでいる。物語の紡ぎ手たる彼にとって、目の前の仕込みは認容できるものではなかったのだろう。その呟きに、愛梨(ka5827)が頷いた。
「……ほんと、撤退戦は嫌なものね。こんなのまで出てくるなんて……」
「拠点には負傷者が多数……相変わらず、悪趣味ですね」
槍を手に《獲物》を見据え、道化の動向を伺うリーリア・バックフィード(ka0873)。回顧するのはかつての邂逅か。機会が巡った事に喜悦の表情を浮かべ、告げる。
「強敵です。ご注意を」
「はい!」
言葉少なに頷いた少女の名は、リラ(ka5679)。斧を握る手に、力が篭もる。
「……私たち人間には土は土に、灰は灰に、塵は塵に、って言葉があるんですよ。それを、教えて差し上げなくては」
言葉と同時、刹那の艶黒の髪が雪原の中でなお映える銀色へと変じていく。浮かび、散る花弁の幻影が、その戦意を顕わにする。歩み出す姿を受けて、イルムは口の端に笑みを浮かべた。刹那のその姿が、美しかったから。それだけでイルムの胸中は軽くなる。
「――そうだね。彼が死の舞踏会を開演するというのであれば、ボク達は戦場の華騎士として舞い踊ろうじゃないか!」
芝居がかった声でいうと同時、イルムの周囲にも様々な花弁の幻影が舞い始めた。
「それはそれは、光栄でございます。歓待させていただきましょう」
応じたクロフェドは慇懃に礼。その手元で、数多のナイフが瞬いた。
暫し、沈黙。
双方の戦意が緊密し――幾つかの動きが、同時に刻まれた。
●
騒音が一際高く鳴った。左右に展開する屍体が一斉に動き出した轟音だ。その音に抗うようにハンター達も往く。
「愛梨! 行こう!」
「たのむわ、リラ!」
声を張るリラが愛梨とクロフェドの間を支え、駆けていく。友人を頼りに愛梨はアカシラの元へと進んだ。近しい位置だ。すぐにたどり着く。
――どう考えても性格悪いわね。
懸念するのはクロフェドの横槍だった。性格の悪さは、現状や過去の言動を思えば窺い知れる。だから、芝居を打つ事にした。
「大丈夫?」
「いやァ、全ッ然大丈夫じゃないねぇ」
「笑ってる場合? ……まあ、いいわ」
目を見て、アカシラは冷静だと知れた。足腰も立たない程の負傷だが、意気は挫けていない。
――合わせて。
視線を交わすと、微かに笑みが返った。よし、と愛梨は息を吸い。
「わっかんないかなあ! 足手まといだって言ってんの!」
叫んだ。瞬後だ。
「あァ?」
轟、と吹きつけた、確かな殺気。
「……え?」
「アンタ、誰に向かってンな口聞いてんだい」
「あれっ?」
――合わせてくれるんじゃないの!?
視線で射殺されそうになりながら愛梨は目だけは逸らさずにいる、と。
「…………」
暫しの後、アカシラはに、と笑った。
「なンだ、根性あるじゃないか。……仕方ないねぇ、あぁ、仕方ないったらありゃしないねぇ!」
ぐ、とアカシラは膝に力を入れて立ち上がろうとし――。
「ッちィ!」
「っ!?」
弛緩しかけた愛梨の身体を引き倒した。
「愛梨、ごめん!」
リラの声を受けた愛梨は倒れ込みながらも姿勢を変えて視線を巡らせる。すぐ隣の白雪にナイフが突き立ち消えていくのと、ハンター達がその姿勢を乱しているのを目にした。
「投げナイフ……っ!」
広域に、そして長距離に渡って連続投擲したと愛梨は遅れて理解する。すると、
「話は纏まったかい! 君は負傷兵を取りまとめるんだ! ボクの馬を貸そう。拠点は頼んだよ!」
疾走を再会したイルムの声が届く。愛梨を抱えたままアカシラは、
「助かる! ……アンタは無事かい?」
「おかげさまで!」
「そりゃよかった」
愛梨には、その声は悪気のない、爽やかなものに感じられた、が。
「悪ィが、馬まで連れてってくれないかい」
傷は余程重いらしいと知れたのだった。
●
先手は間合いを食い潰したクロフェドの一手で成された。超長距離の、広角投射。
「あぶな……っ」
ぎりぎり回避できたリラに、振り返る暇は与えられなかった。突っ込んでくる。出鱈目な速さで向かう先は、ナイフを避けられなかった刹那のもとだった。リラは斧を手に俯瞰する。
ルスティロはリラ達から離れ、迂回している。アカシラへと声を張ったイルムは僅かに後方。そして。
「……っ!」
盾を持つ刹那の手は痺れ、震えている。翳した盾は――運悪くも、と付記すべきか――尋常ならざる速度で迫ったナイフに届かず、その毒に抗う事は出来なかったか。
故に、なのだろう。クロフェドは急所と見て抉りに来た。
「させません!」
リーリアが踏み込み、往く。真っ直ぐ向かっていっただけだが、それ故に、間に合った。
「お久しぶりです。受けた屈辱の返戻に越させて頂きました!」
「これは異なことを仰る! 出向いたのは我々の方だというのに!」
リーリアの鋭い刺突を、クロフェドは紙一重の見切りで回避し、なおも加速。
「さぁさぁ、お楽しみください!」
昏い眼下に怪しく灯る眼光は未だ刹那を見据え、両の手には、計八本のナイフ。
――させない!
「エゴロフが長女、リラ。参ります!」
「ホホッ!」
その回避の軌道を叩き潰すように、リラの大振りの横薙ぎが割り込んだ。万力を籠めた斬撃だった。にもかかわらず、クロフェドはそれを片手ひとつで受けて見せた。
「……っ」
属性が噛み合わなかったが故の事だ。故にその一打は痛撃足りえない。ただ、目と鼻の先まで首を伸ばしたクロフェドは。
「貴方がたは、少しばかりお強くなられたご様子!」
「こ、の……ッ!」
至近で浴びせられた喝采に硬直するリラの傍らから、二連の剣撃が奔った。痺れの毒から開放された刹那の剣撃。片方の剣閃を回避し、残る一閃をナイフで弾きながらクロフェドは距離を取るように宙返りを一つする、と。
「それでは、私共も精々踊らせていただくと致しましょう!」
声に応じて耳障りな笑い声と共にクロフェドの足元から骨の壁が顕現
「ああ、廉潔なる戦友たち」
その根本へと切り込むように、一閃が届く。
「デートの約束がこんな形で果たされるなんてね。……ボクが君たちのために鎮魂曲を奏でよう」
イルムの剣撃だ。常にないマテリアルの高まりに、骨の壁が爆崩。
「やぁ、空虚な道化師さん」
破壊音を貫いて、声が届いた。
「僕はルスティロ・イストワール……御伽噺の作家さ」
――力を借りるよ、カーバンクル。
すぐに、目を紅く光らせた彼は飛び込んだ。手にしたナイフに煌々たるマテリアルを籠め。
「おや、これはこれは、ご丁寧に」
クロフェドへと、ぶち込んだ。
●
「素晴らしい! ブラヴォー! さあお前たち、万雷の拍手を!!」
■■■■■■■――!
ルスティロの渾身の霊魔撃を受けたクロフェドが吹き飛びながらそう言うと、彼方此方から骨や鎧が打ち付けられる音が弾けた。ルスティロは短く舌打ちを溢す。つくづく、気に食わない。
「たまになら他人の御話を語るのも良いんだけどね……これは、最悪の筋書きだよ。だから、書き換えさせてもらう」
「ならばそれもまた良し、かと。変化こそが物語の神髄でありますから!」
心底愉快げに笑うクロフェドに、更に深い嫌悪を抱く。
「――悲劇を楽しむ歪虚なら、好きじゃないけどまだ理解出来る。でも君は違うね。僕らのでもない、君自身の為でもない……『誰の為の物語』なんだ、それは……」
「誰の為? ははァ! 貴方は、物語は特別な誰かの為のものだと思っていらっしゃる? そう言えば御伽噺の作家でしたか、あァあァなァるほど!」
声高に笑い、謳いあげながらクロフェドは軽やかにステップを踏む。
「それもこれもどォれも! 舞台に立つ者達の為の物語でございます、ルスティロ様。聞こえませんか? かつての仲間達に抗う兵士たちの声が。聞こえませんか? 苦痛を堪え指揮を飛ばすアカシラ様の声が! 何よりも聞こえませんか? 貴方自身の、不快に満ちた声が! 実に立ィィィッ派な、貴方達の物語じゃぁございませんか!」
「……ッ!」
哄笑しつつも、骨壁から距離を取る形になったクロフェドに、ハンター達は追いすがる。
「こちらは任せたまえ!」
一人、足を止めたイルムは骨壁から次々と湧いてくる骨達に剣閃を浴びせた。分断し、足止めをするために残る形だ。切りつけながら彼女は声を張る。
「ご口上ありがとう! 王国巡業が生業の君が北方まで足を伸ばすなんて、本公演に向けての予行演習かい? よかったら、次の公演の予定を聞かせてもらえないかな!」
「はて、さて。我が主は此度の『王』達の進軍に興味は抱いておりますが……」
飛び跳ねながらクロフェドは距離を外すと。
「此度の狂宴は我ら『主筆』の余興に過ぎませぬ。いや、これすらも我が主の舞台の上やも知れませぬが。そう、鮮やかに王喰いを果たして見せた、かの悪竜のように……」
謳い上げるクロフェドに、イルムは苦笑する。
――予定は未定、というところか。
「そうかい、どうもありがとう!」
「気をつけて下さい! また来ます!」
イルムが謝礼を返し、三度骨壁と屍体達に剣撃を浴びせようとしたそこに、刹那の声が弾け。
二度目の掃射が、放たれた。
刹那は既にそれを知っていた。余裕を持って盾で弾き落とす。
――本当に、運が無かっただけだったのね。
偶然の悪戯に苦いものを抱きつつ、傍らのリラを見た。リラの歩みは慎重だ。だが、臆病という程ではない。彼女の戦い方には意図を感じる。だから。
「先ほどはありがとうございました」
「あっ、いいえ! ……頑張りましょう!」
丁寧に言う刹那に、リラは少し嬉しげだった。そこに。
「啄み、喰らって、死出の鳥!」
「愛梨!」
後背から、愛梨の声と共に炎が届いた。符術による豪炎の顕現、親しい友人の術に背を押されたか、リラは更に一歩を進む。だが、クロフェドはリラの挙動を、気にも留めなかった。
――クロフェドは、リラを、その斧を脅威と見ていないから。
刹那はそう判断した。クロフェドの警戒は刹那とリーリア、そしてルスティロに向いている、と。
けれど。
それは、リラも解っていた。だから。リラは全身に気を漲らせながら、『斧を、手放す』。
「たおれて!」
そのまま加速し、身体ごとぶつかる様にしてクロフェドの左腕へと組み付き、腕を絡める。左足を掬いあげるようにし『谷落とし』の形を作る。
「おほっ!?」
突然流転した視界に驚愕するクロフェド。反撃の為に振るったナイフが空転。クロフェドはすぐに姿勢を整えようとするが。
「待ってました……っ!」
――至らない。リラの動きにリーリアが、刹那が、ルスティロが三者三様に、踏み込んでいく。リーリアは槍を。ルスティロはナイフを。刹那は先ほどと同じ二連の刃を振るうために、先んじて一歩分間合いを詰める。
「花厳刹那……参ります!」
「ホホッ!」
刹那は大太刀を軽やかに操り二閃の斬撃を放つ。寒風ごと断ち切る太刀筋は違わず黄金色の道化服を斬り裂いた。しかし、彼女の狙いはそこにはない。
クロフェドの体が泳ぐ。受け身を取らせない事。その為に彼女は太刀を振るい。
事実、成った。
「醜い笑顔を、男前に男前にしてあげます……! 彼らの無念、その身に刻みなさい!」
「……不愉快なんだ。そろそろ、終いにしよう」
リーリアの刺突と、ルスティロの霊魔撃が同時に弾ける。
●
「ぶっほ!」
勢いのまま、クロフェドは雪中に埋もれた。
「おや、おかえり」
吹き飛ばされた先にイルムがいたのだが、クロフェドはピクリとも動かない。骨の壁からは敵は湧き続けているし、彼方此方で骸共と兵士たちは剣戟を交わしているままだ。死んでいないことは一目で解るのだが。
「……ラトス?」
ぽつり、と。呟きを聞いた気がした。クロフェドのものとは思えない、芝居気なく乾燥した声色で。瞬後には滑稽な音と共に跳ね起きたクロフェドは骨壁――既にイルムの手でボロボロなのだが――の上に飛び乗ると、丁寧に、深々と礼を示す。
「皆様、この道化めを思う様いたぶり、お楽しみ頂けたようで何より」
その身を、足場となっている骨壁が包み込むようにしてクロフェドを包み込んだ。同時に、ありとあらゆる戦場で糸が切れたように崩れ落ちる屍兵たちの音が騒音と鳴って響く。
「……まるで拍手みたいだね。自作自演だけど」
イルムの言葉に、クロフェドは眼光を瞬かせながら雪下に沈んでいく。髑髏は最後に、こう結んだ。
「私自身、“良きものも見れましたので”此度の狂宴、少しばかり楽しゅうございました。それでは――また」
●
荒涼とした雪原では、歪虚に打ち棄てられた屍体とこの戦場で死んだ兵士たちの区別すらも付かない。ただただ、周囲に横たわる静寂が痛みを呼ぶ。
「よゥ」
拠点へと戻ったハンター達を最初に迎え入れたのはアカシラだった。拠点内部は些か慌ただしい。負傷者の手当があるのだろう。くたびれた様子のアカシラに、刹那は嘆息した。
「皇帝陛下といいあなたといい、無茶しすぎですよ」
「あの女はどうかしらねェが……アタシは、しないわけにはいかなくてね」
「それでも、人の上に立つ人が無茶ばかりしちゃいけません」
「へいへい」
ふ、と。熱の籠る息を吐きながら、アカシラは。
「……確かに、少し、疲れた、な」
「アカシラさん……?」
リーリアが怪訝げに問いかけた、瞬後だ。
「……っ!」
膝折れ崩れ落ちたアカシラを、リーリアは抱きとめた。
「凄い汗……!?」
驚愕するリーリアに、アカシラは応えない。ただ、苦しげに息を荒く吐くばかり。ルスティロがすぐに腕を回し、リーリアに視線を合わせる。
「毒、かな。すぐに運ぼう」
「ええ!」
「衛生兵!」
拠点内部に明るくないイルムが声を上げると、直ぐに「こっちだ!」と声が返った。ハンター達は急ぎ足でアカシラを運び込んでいく。
――アンタ『は』無事かい?
その光景に――言葉が、愛梨の脳裏を過った。戦慄に似た何かが、少女の背筋を貫く。
「アカシラ、あなた……」
「愛梨」
リラはその背をそっと支えた。けれど、それ以上言葉を告げはしない。彼女の友人は強い。だからこそ、それを疑うような言葉を掛ける気には、なれなかったから。
災禍は去った。
確かな爪痕を、その戦場に残して。
白銀世界の中で、鈍色じみた死者どもが蠢いている。ケタケタと異音を立てたそれらを見回して、少女は呟いた。
「戦場跡に髑髏は沢山あるのは自明の理だから……うん、効率的」
「この凍土では腐肉を喰らうものも居なかったのかな?」
息を吐く花厳 刹那(ka3984)に、麗人、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)。イルムは黄金の道化、クロフェドを見据え嘯く。
「いやはやこの状況では最悪の歪虚のご登場だねぇ」
「全く……どうも厄介な『遊び』に付き合わされるね、こっちでは」
ルスティロ・イストワール(ka0252)の表情には笑み。しかし、声色には不快が滲んでいる。物語の紡ぎ手たる彼にとって、目の前の仕込みは認容できるものではなかったのだろう。その呟きに、愛梨(ka5827)が頷いた。
「……ほんと、撤退戦は嫌なものね。こんなのまで出てくるなんて……」
「拠点には負傷者が多数……相変わらず、悪趣味ですね」
槍を手に《獲物》を見据え、道化の動向を伺うリーリア・バックフィード(ka0873)。回顧するのはかつての邂逅か。機会が巡った事に喜悦の表情を浮かべ、告げる。
「強敵です。ご注意を」
「はい!」
言葉少なに頷いた少女の名は、リラ(ka5679)。斧を握る手に、力が篭もる。
「……私たち人間には土は土に、灰は灰に、塵は塵に、って言葉があるんですよ。それを、教えて差し上げなくては」
言葉と同時、刹那の艶黒の髪が雪原の中でなお映える銀色へと変じていく。浮かび、散る花弁の幻影が、その戦意を顕わにする。歩み出す姿を受けて、イルムは口の端に笑みを浮かべた。刹那のその姿が、美しかったから。それだけでイルムの胸中は軽くなる。
「――そうだね。彼が死の舞踏会を開演するというのであれば、ボク達は戦場の華騎士として舞い踊ろうじゃないか!」
芝居がかった声でいうと同時、イルムの周囲にも様々な花弁の幻影が舞い始めた。
「それはそれは、光栄でございます。歓待させていただきましょう」
応じたクロフェドは慇懃に礼。その手元で、数多のナイフが瞬いた。
暫し、沈黙。
双方の戦意が緊密し――幾つかの動きが、同時に刻まれた。
●
騒音が一際高く鳴った。左右に展開する屍体が一斉に動き出した轟音だ。その音に抗うようにハンター達も往く。
「愛梨! 行こう!」
「たのむわ、リラ!」
声を張るリラが愛梨とクロフェドの間を支え、駆けていく。友人を頼りに愛梨はアカシラの元へと進んだ。近しい位置だ。すぐにたどり着く。
――どう考えても性格悪いわね。
懸念するのはクロフェドの横槍だった。性格の悪さは、現状や過去の言動を思えば窺い知れる。だから、芝居を打つ事にした。
「大丈夫?」
「いやァ、全ッ然大丈夫じゃないねぇ」
「笑ってる場合? ……まあ、いいわ」
目を見て、アカシラは冷静だと知れた。足腰も立たない程の負傷だが、意気は挫けていない。
――合わせて。
視線を交わすと、微かに笑みが返った。よし、と愛梨は息を吸い。
「わっかんないかなあ! 足手まといだって言ってんの!」
叫んだ。瞬後だ。
「あァ?」
轟、と吹きつけた、確かな殺気。
「……え?」
「アンタ、誰に向かってンな口聞いてんだい」
「あれっ?」
――合わせてくれるんじゃないの!?
視線で射殺されそうになりながら愛梨は目だけは逸らさずにいる、と。
「…………」
暫しの後、アカシラはに、と笑った。
「なンだ、根性あるじゃないか。……仕方ないねぇ、あぁ、仕方ないったらありゃしないねぇ!」
ぐ、とアカシラは膝に力を入れて立ち上がろうとし――。
「ッちィ!」
「っ!?」
弛緩しかけた愛梨の身体を引き倒した。
「愛梨、ごめん!」
リラの声を受けた愛梨は倒れ込みながらも姿勢を変えて視線を巡らせる。すぐ隣の白雪にナイフが突き立ち消えていくのと、ハンター達がその姿勢を乱しているのを目にした。
「投げナイフ……っ!」
広域に、そして長距離に渡って連続投擲したと愛梨は遅れて理解する。すると、
「話は纏まったかい! 君は負傷兵を取りまとめるんだ! ボクの馬を貸そう。拠点は頼んだよ!」
疾走を再会したイルムの声が届く。愛梨を抱えたままアカシラは、
「助かる! ……アンタは無事かい?」
「おかげさまで!」
「そりゃよかった」
愛梨には、その声は悪気のない、爽やかなものに感じられた、が。
「悪ィが、馬まで連れてってくれないかい」
傷は余程重いらしいと知れたのだった。
●
先手は間合いを食い潰したクロフェドの一手で成された。超長距離の、広角投射。
「あぶな……っ」
ぎりぎり回避できたリラに、振り返る暇は与えられなかった。突っ込んでくる。出鱈目な速さで向かう先は、ナイフを避けられなかった刹那のもとだった。リラは斧を手に俯瞰する。
ルスティロはリラ達から離れ、迂回している。アカシラへと声を張ったイルムは僅かに後方。そして。
「……っ!」
盾を持つ刹那の手は痺れ、震えている。翳した盾は――運悪くも、と付記すべきか――尋常ならざる速度で迫ったナイフに届かず、その毒に抗う事は出来なかったか。
故に、なのだろう。クロフェドは急所と見て抉りに来た。
「させません!」
リーリアが踏み込み、往く。真っ直ぐ向かっていっただけだが、それ故に、間に合った。
「お久しぶりです。受けた屈辱の返戻に越させて頂きました!」
「これは異なことを仰る! 出向いたのは我々の方だというのに!」
リーリアの鋭い刺突を、クロフェドは紙一重の見切りで回避し、なおも加速。
「さぁさぁ、お楽しみください!」
昏い眼下に怪しく灯る眼光は未だ刹那を見据え、両の手には、計八本のナイフ。
――させない!
「エゴロフが長女、リラ。参ります!」
「ホホッ!」
その回避の軌道を叩き潰すように、リラの大振りの横薙ぎが割り込んだ。万力を籠めた斬撃だった。にもかかわらず、クロフェドはそれを片手ひとつで受けて見せた。
「……っ」
属性が噛み合わなかったが故の事だ。故にその一打は痛撃足りえない。ただ、目と鼻の先まで首を伸ばしたクロフェドは。
「貴方がたは、少しばかりお強くなられたご様子!」
「こ、の……ッ!」
至近で浴びせられた喝采に硬直するリラの傍らから、二連の剣撃が奔った。痺れの毒から開放された刹那の剣撃。片方の剣閃を回避し、残る一閃をナイフで弾きながらクロフェドは距離を取るように宙返りを一つする、と。
「それでは、私共も精々踊らせていただくと致しましょう!」
声に応じて耳障りな笑い声と共にクロフェドの足元から骨の壁が顕現
「ああ、廉潔なる戦友たち」
その根本へと切り込むように、一閃が届く。
「デートの約束がこんな形で果たされるなんてね。……ボクが君たちのために鎮魂曲を奏でよう」
イルムの剣撃だ。常にないマテリアルの高まりに、骨の壁が爆崩。
「やぁ、空虚な道化師さん」
破壊音を貫いて、声が届いた。
「僕はルスティロ・イストワール……御伽噺の作家さ」
――力を借りるよ、カーバンクル。
すぐに、目を紅く光らせた彼は飛び込んだ。手にしたナイフに煌々たるマテリアルを籠め。
「おや、これはこれは、ご丁寧に」
クロフェドへと、ぶち込んだ。
●
「素晴らしい! ブラヴォー! さあお前たち、万雷の拍手を!!」
■■■■■■■――!
ルスティロの渾身の霊魔撃を受けたクロフェドが吹き飛びながらそう言うと、彼方此方から骨や鎧が打ち付けられる音が弾けた。ルスティロは短く舌打ちを溢す。つくづく、気に食わない。
「たまになら他人の御話を語るのも良いんだけどね……これは、最悪の筋書きだよ。だから、書き換えさせてもらう」
「ならばそれもまた良し、かと。変化こそが物語の神髄でありますから!」
心底愉快げに笑うクロフェドに、更に深い嫌悪を抱く。
「――悲劇を楽しむ歪虚なら、好きじゃないけどまだ理解出来る。でも君は違うね。僕らのでもない、君自身の為でもない……『誰の為の物語』なんだ、それは……」
「誰の為? ははァ! 貴方は、物語は特別な誰かの為のものだと思っていらっしゃる? そう言えば御伽噺の作家でしたか、あァあァなァるほど!」
声高に笑い、謳いあげながらクロフェドは軽やかにステップを踏む。
「それもこれもどォれも! 舞台に立つ者達の為の物語でございます、ルスティロ様。聞こえませんか? かつての仲間達に抗う兵士たちの声が。聞こえませんか? 苦痛を堪え指揮を飛ばすアカシラ様の声が! 何よりも聞こえませんか? 貴方自身の、不快に満ちた声が! 実に立ィィィッ派な、貴方達の物語じゃぁございませんか!」
「……ッ!」
哄笑しつつも、骨壁から距離を取る形になったクロフェドに、ハンター達は追いすがる。
「こちらは任せたまえ!」
一人、足を止めたイルムは骨壁から次々と湧いてくる骨達に剣閃を浴びせた。分断し、足止めをするために残る形だ。切りつけながら彼女は声を張る。
「ご口上ありがとう! 王国巡業が生業の君が北方まで足を伸ばすなんて、本公演に向けての予行演習かい? よかったら、次の公演の予定を聞かせてもらえないかな!」
「はて、さて。我が主は此度の『王』達の進軍に興味は抱いておりますが……」
飛び跳ねながらクロフェドは距離を外すと。
「此度の狂宴は我ら『主筆』の余興に過ぎませぬ。いや、これすらも我が主の舞台の上やも知れませぬが。そう、鮮やかに王喰いを果たして見せた、かの悪竜のように……」
謳い上げるクロフェドに、イルムは苦笑する。
――予定は未定、というところか。
「そうかい、どうもありがとう!」
「気をつけて下さい! また来ます!」
イルムが謝礼を返し、三度骨壁と屍体達に剣撃を浴びせようとしたそこに、刹那の声が弾け。
二度目の掃射が、放たれた。
刹那は既にそれを知っていた。余裕を持って盾で弾き落とす。
――本当に、運が無かっただけだったのね。
偶然の悪戯に苦いものを抱きつつ、傍らのリラを見た。リラの歩みは慎重だ。だが、臆病という程ではない。彼女の戦い方には意図を感じる。だから。
「先ほどはありがとうございました」
「あっ、いいえ! ……頑張りましょう!」
丁寧に言う刹那に、リラは少し嬉しげだった。そこに。
「啄み、喰らって、死出の鳥!」
「愛梨!」
後背から、愛梨の声と共に炎が届いた。符術による豪炎の顕現、親しい友人の術に背を押されたか、リラは更に一歩を進む。だが、クロフェドはリラの挙動を、気にも留めなかった。
――クロフェドは、リラを、その斧を脅威と見ていないから。
刹那はそう判断した。クロフェドの警戒は刹那とリーリア、そしてルスティロに向いている、と。
けれど。
それは、リラも解っていた。だから。リラは全身に気を漲らせながら、『斧を、手放す』。
「たおれて!」
そのまま加速し、身体ごとぶつかる様にしてクロフェドの左腕へと組み付き、腕を絡める。左足を掬いあげるようにし『谷落とし』の形を作る。
「おほっ!?」
突然流転した視界に驚愕するクロフェド。反撃の為に振るったナイフが空転。クロフェドはすぐに姿勢を整えようとするが。
「待ってました……っ!」
――至らない。リラの動きにリーリアが、刹那が、ルスティロが三者三様に、踏み込んでいく。リーリアは槍を。ルスティロはナイフを。刹那は先ほどと同じ二連の刃を振るうために、先んじて一歩分間合いを詰める。
「花厳刹那……参ります!」
「ホホッ!」
刹那は大太刀を軽やかに操り二閃の斬撃を放つ。寒風ごと断ち切る太刀筋は違わず黄金色の道化服を斬り裂いた。しかし、彼女の狙いはそこにはない。
クロフェドの体が泳ぐ。受け身を取らせない事。その為に彼女は太刀を振るい。
事実、成った。
「醜い笑顔を、男前に男前にしてあげます……! 彼らの無念、その身に刻みなさい!」
「……不愉快なんだ。そろそろ、終いにしよう」
リーリアの刺突と、ルスティロの霊魔撃が同時に弾ける。
●
「ぶっほ!」
勢いのまま、クロフェドは雪中に埋もれた。
「おや、おかえり」
吹き飛ばされた先にイルムがいたのだが、クロフェドはピクリとも動かない。骨の壁からは敵は湧き続けているし、彼方此方で骸共と兵士たちは剣戟を交わしているままだ。死んでいないことは一目で解るのだが。
「……ラトス?」
ぽつり、と。呟きを聞いた気がした。クロフェドのものとは思えない、芝居気なく乾燥した声色で。瞬後には滑稽な音と共に跳ね起きたクロフェドは骨壁――既にイルムの手でボロボロなのだが――の上に飛び乗ると、丁寧に、深々と礼を示す。
「皆様、この道化めを思う様いたぶり、お楽しみ頂けたようで何より」
その身を、足場となっている骨壁が包み込むようにしてクロフェドを包み込んだ。同時に、ありとあらゆる戦場で糸が切れたように崩れ落ちる屍兵たちの音が騒音と鳴って響く。
「……まるで拍手みたいだね。自作自演だけど」
イルムの言葉に、クロフェドは眼光を瞬かせながら雪下に沈んでいく。髑髏は最後に、こう結んだ。
「私自身、“良きものも見れましたので”此度の狂宴、少しばかり楽しゅうございました。それでは――また」
●
荒涼とした雪原では、歪虚に打ち棄てられた屍体とこの戦場で死んだ兵士たちの区別すらも付かない。ただただ、周囲に横たわる静寂が痛みを呼ぶ。
「よゥ」
拠点へと戻ったハンター達を最初に迎え入れたのはアカシラだった。拠点内部は些か慌ただしい。負傷者の手当があるのだろう。くたびれた様子のアカシラに、刹那は嘆息した。
「皇帝陛下といいあなたといい、無茶しすぎですよ」
「あの女はどうかしらねェが……アタシは、しないわけにはいかなくてね」
「それでも、人の上に立つ人が無茶ばかりしちゃいけません」
「へいへい」
ふ、と。熱の籠る息を吐きながら、アカシラは。
「……確かに、少し、疲れた、な」
「アカシラさん……?」
リーリアが怪訝げに問いかけた、瞬後だ。
「……っ!」
膝折れ崩れ落ちたアカシラを、リーリアは抱きとめた。
「凄い汗……!?」
驚愕するリーリアに、アカシラは応えない。ただ、苦しげに息を荒く吐くばかり。ルスティロがすぐに腕を回し、リーリアに視線を合わせる。
「毒、かな。すぐに運ぼう」
「ええ!」
「衛生兵!」
拠点内部に明るくないイルムが声を上げると、直ぐに「こっちだ!」と声が返った。ハンター達は急ぎ足でアカシラを運び込んでいく。
――アンタ『は』無事かい?
その光景に――言葉が、愛梨の脳裏を過った。戦慄に似た何かが、少女の背筋を貫く。
「アカシラ、あなた……」
「愛梨」
リラはその背をそっと支えた。けれど、それ以上言葉を告げはしない。彼女の友人は強い。だからこそ、それを疑うような言葉を掛ける気には、なれなかったから。
災禍は去った。
確かな爪痕を、その戦場に残して。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/11/15 21:39:45 |
|
![]() |
相談卓 リーリア・バックフィード(ka0873) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/11/19 10:23:56 |