• 闇光

【闇光】スノウメヰデン3

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/11/27 09:00
完成日
2015/12/06 08:24

このシナリオは3日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 歪虚王の襲来による北伐作戦中止に伴い、エルフハイムから派遣された浄化部隊もまた撤退を決定する。
 彼らは元々浄化術による支援部隊であり、戦域が汚染領域から大きく南下した今、直接戦闘力の低い術者らを戦域に残すことに益はなく、その大部分が早々に人類軍を見捨て退却を開始していた……のだが。
「どうして直ぐに逃げなかったのかしらぁ?」
 オルクスの疑問はもっともである。
 前線から撤退していく人類軍を支援しようと、未だ混迷極める戦域に留まるエルフ達が居た。
 その指導者たるジエルデ・エルフハイムこそ、「何故」と問いかけたかった。何故、逃げなかったのか、と。
 立ち塞がる帝国兵を薙ぎ払い、その血を吸い上げて微笑むオルクスを前に、浄化の器は真っ直ぐに向かい合う。
「今の自分に出来ることが、まだ残っていると思ったから」
「……へぇ?」
 転がっている戦死の亡骸を前に跪き、少女は血染めの手を取る。
 自分を守ろうとしてくれた帝国兵。ニンゲンの戦士。彼らは森にとっては敵で、本来ならばこうして共に並び立つこともない存在だった。
 けれどこの極限状態の連続の中で、生と死が一瞬で交わるこの瞬間の中で、彼らは確かに“そこ”にいたから。
「ヒトには役割がある。望む望まないは関係なく。私にも役割と、そして力がある。力には“責任”が伴うんでしょ?」
 器の少女が、戦域に残って人類軍を支援したいと申し出た事は、ジエルデにとってはある意味好都合だった。
 結局のところ器が最も危険な戦域にいるべきで、彼女が撤退の最後尾であるべきで、それは森の総意に違いなく。
 けれど、少しでも負傷者の手当を手伝いたいと不器用な手で布を絞り、兵士に食事を運ぶその様子に戸惑いも隠せなかった。
 この戦争の中で、少女は少しずつ変わっていく。たくさんの死をその瞳に宿し、これまでとは違う熱を感じる。
「だから戦うんだ。命がここにある限り、私はあきらめない」
「少し見ない間に随分と変わったみたいね。あなたみたいな器が現れるとは思わなかった」
 そう言いながらオルクスは目深に被ったフードを脱ぐ。
 揺れる長い髪の合間から覗くのは尖った耳。エルフの外見的特徴だ。
「――かつて私達はこう呼ばれていたわ。“代弁者”と」
 ソレは、森の中で最も偉大な者へ与えられる称号であった。
 森の神、大いなる精霊と心を通じ合わせる素質を持つ強力な巫女、それが代弁者である。
「本来最も神に近い場所にいたその存在がひっくり返った時、長老会はその存在を歴史上から抹消した。そして代弁者はただの容れ物に変わった」
 同じ失敗を繰り返さない為に、それまで敬意を集めていた代弁者を“はきだめ”に貶めた。
「それだけの才覚を持ちながら虐げられ、神の封印として壊れるまで使い倒される。そんな人生なのに……何故、そうもひたむきなの?」
 悲しげな微笑みに少女は首を傾げ。
「そんな事訊かれても困る。理由なんかない」
 あっけらかんと答える様子にオルクスは吹き出し、周囲に血の槍を展開する。
「やっぱりあなた、おもしろぉい。うん、資質は十二分だし――やっぱりここでその身体、貰っていこうかしら?」
 放たれる無数の血の槍にジエルデが杖を振るう。
 セイクリッドフラッシュによる迎撃。更にハイデマリーがデルタレイを放つ。
「やはり狙いは器の身体……それだけは渡せない!」
「あいつ見てるとなくなった腕が疼くのよね」
 駆けつけた二人が左右に立ち、ハイデマリーは器の頭をポンと撫でる。
「あんたの思い切ったところ、結構好きよ」
「好き……って何?」
 がくりと肩を落とすハイデマリー。既にこの地の生存者で残されたのは三人だけだ。
「ジルコ、そっちの二人をお願い」
「アイアイだゾ!」
 その時、オルクスの後方から新たな敵が現れた。大地から結晶の剣を隆起させ、三人の分断を狙う。
 加速したオルクスは器に掴みかかる。しかし、上空から飛来した“結晶の槍”に阻害されていた。
 舞い降りた影はオルクスに斬りかかると、そのまま器を庇うように着地する。
 ソレはつまり、吸血鬼であった。オルクスと同じ結晶の翼。結晶の剣。
 髪は半分ほど闇に染まり、瞳は片方朱に染まっている。少女は器の少女を振り返り、優しく微笑んで。
「そっか……あなたが“本物”なんだね。私達みたいななりそこないじゃない、本物の器……」
「どういうつもり……スバル?」
 苛立ちと困惑を隠せないオルクスにスバルと呼ばれた少女は向き合い。
「邪魔をしにきたの。あなたが大好きだから」
「随分歪んだ愛情ねぇ?」
「お母さんには言われたくないかな」
 二人は同時に結晶の槍を作り、激突させる。
「あなた、この剣を使って!」
 それは聖機剣と呼ばれる機械仕掛けの剣。正のマテリアルで動くそれは、スバルにはもう使えない。
「今やっとわかった! 私はあなたにこの剣を渡す為に居たんだって!」
 聖機剣を器が手にした途端、ギミックが展開し光の刃が構築される。
 それを見たハイデマリーは我が目を疑った。それはハイデマリーが基礎理論だけを最近報告した、“ナイチンゲール”の構造を取り入れていたからだ。
「錬魔院の試作兵器……確かに基礎理論は組合で公開したけど、行き成り発展形作るって……あのワカメなんなの?」
 よそ見をしていたハイデマリーに接近し拳を振るうジルコ。そこへ少年が割り込み、攻撃を打ち払う。
「イルリヒト機関所属、ゲルト・デーニッツだ。訳あって助太刀する」
「また錬魔院……?」
 首を傾げるハイデマリーだが、彼の後方からハンターの集団が迫っているのが見えた。
「援軍を呼んで下さったのですか……! 感謝します!」
「礼を言うかどうかは、状況を乗り切ってから決めてくれ」
 オルクスは力を収束し、周囲の空間を塗り替えていく。それに対し器は聖機剣に光を集め、変貌する空間に向かって叩きつけた。
 結界術の破壊、それが聖機剣の能力。担い手が器であればその効力は何倍にも跳ね上がる。
「結界の展開を妨害された……!? 幾ら力が弱っているからって……この私が……?」
 冷や汗を流しつつ、オルクスは全身に血を纏っていく。
 結晶で編みこんだ全身鎧に身を包み、剣の束を翼のように背に装填する。
「近接戦モードなんて何年ぶりかしらね……!」
 光の剣を両手に構え、器は消耗に肩を上下させる。
「その力は命を使うの。あまり無理はしないで」
「大丈夫……やれる。自分の命だもの、使い方は自分で決める」
 ――完成形聖機剣。タイプ、“ローエングリン”。
 渡せてよかった。きっとその為に、これまでの時間があったのだから。
 最後まで見届ける事が不可能でも、未来につなげる事ができたなら、その生命に価値はある。
「守るよ、きみを」
 横に並び立つソレが歪虚でもヒトでもどちらでも気にしない。
 器の瞳はもう、倒すべき敵だけを見つめていた。

リプレイ本文

●依代
「オルクス、あんたもそういう顔がちゃんと出来るんだな。……安心したよ、色んな意味でな」
 放たれた血の槍を振り払うのもこれで何度目か。ヴァイス(ka0364)は静かに笑みを浮かべる。
 結界の発動が無駄打ちに終わったという事は、あの膨大な魔力をロスした事を意味している。
 最初は無尽蔵のように思われたオルクスの力も度重なる交戦で弱り始めている。放出ではなく纏う形に血を使ったのもその証拠だろう。
「正直な所、驚いてるわぁ。まだまだ衰えたつもりはなかったんだけど……」
「フ……手広く暗躍しているからだ。頑張りすぎじゃないのか?」
 ヴァイスの言葉に肩を竦めるオルクス。キヅカ・リク(ka0038)がヴァイスと肩を並べると。
「あら、自爆クン……また死にに来たの?」
「いや、まだ一回も死んだ事はないからね?」
「そう……だったら命は大切にした方がいいわよ。不死者の仲間入りがしたいのならば別だけれどね……」
 そんなオルクスの纏う青い血の鎧は神々しく、エルフハイムの術者達が纏う装具と同じ自然の意匠が見て取れる。
 ハッド(ka5000)はそれがオルクスの語る代弁者なる存在から連なるものなのだと推測を立てた。
(青い血は神の血の色。即ち神の不死性の象徴……)
 肉体を失っても、そこに流れる不死性が消える事はない。
 器という身体を乗り換えながら存続するその怪物は、“吸血鬼”と言えるのだろうか? それとも……。
「ま、ともかく器んを渡してやるわけには参らんの~。相手が神魔どちら側であろうと、やることは変わらんのじゃ!」
「代弁者か……。これは帝国の問題……いや、厳密にはエルフハイムか。全く、難儀だな」
 これまで帝国内の様々な“闇”に介入し事件を解決してきたCharlotte・V・K(ka0468)の耳にも、代弁者の名は覚えがない。
 神の声を聞く器という存在は、おそらくはエルフハイムの闇の中核をなす事象なのだろう。
「暴ければ良いのだがね……」
「よう! 器ちゃん、ジエルデ義姉様、ハイデマリー! 俺が来たぜ!」
 そんな紫月・海斗(ka0788)の登場を歓迎してくれたのは手を降ってくれた器ちゃんだけで、残りは呆れた具合である。
 まあ、彼のこれまでの言動を鑑みれば無理もないのだが、今はツッコんでる余裕もないんです。
「またあなたですか……。これ以上厄介事を持ち込まないで下さい」
「ひでぇなジエルデ義姉様……俺だって器ちゃんは大事なんだ、今日はシリアスがメインだぜ?」
 ウィンクするがジエルデの視線は全く信用していない。
「それに、スバルとゲルトね。オルクスと同じよーな事できるなんて、すごくね?」
「え? あ、ありがとうございます……」
 照れくさそうに笑うスバル。最早人間かどうかすらわからない状態の今、力を認めてもらえるとは思ってもみなかったのだ。
「錬魔院の情報よりも、目の前の光景こそが真実。スバル・ベルフラウ……あなたのお力、頼りにさせていただきます」
 フランシスカ(ka3590)はそう言って身構えたままスバルに視線を向ける。
「私もあなたを信じましょう。その手を握ったあの子と同じように」
 その言葉にスバルは目を開き、優しく微笑む。二人には共通する友人がいる。
 そして今は浄化の器という存在を守る為に共に戦う仲間。信頼の証明はそれだけで十分だった。
「なんだか少し見ない間に見違えたねぇ……いや、それが本来のお前なのかぁ?」
「ベル君も人間性が限界っぽいね? でも、ギリギリまで付き合うよ!」
 ヒース・R・ウォーカー(ka0145)とオキクルミ(ka1947)はこれまでもスバルと共に戦ってきた。
 本人がその事実を忘れそうになった事もあったが、今はきちんと思い出している。
「ありがとうございます……もう少しだけ、力を貸してください!」
「お~? スバル、お前意外とトモダチいたんだな~!?」
 ジルコは手を叩き、ニンマリと笑う。
「だけどな、歪虚とニンゲンはトモダチにはなれないんだゾ!」
 大きく跳躍し、空中を回転しながら蹴りを放つジルコ。結晶を纏った一撃を春日 啓一(ka1621)が盾で受け止める。
「てめぇの相手は俺達だ。御託はいいからかかって来いよ」
 啓一を蹴って背後へ軽く飛ぶと、大地を踏みつけ金色の結晶を津波のように発生させる。
 この一撃が戦端となり、再び戦場が動き出した。

 血の鎧を纏ったオルクスは低空を浮遊しながら剣の翼を広げ、両手にも同型の剣を構築する。
「肉体労働は嫌いなんだけどねぇ……でも、私も元々はその子と同じ、近接戦闘タイプなのよ?」
 音もなく加速した影が迫り、キヅカに剣を振り下ろす。
 オルクスは挙動全てが質量攻撃としての性質を有している。故に単なる近接攻撃でも、巨大な鉄槌で叩かれたような威力を宿す。
 キヅカの身体は大きく背後へ吹き飛んだ。ビリビリと腕に伝わる振動……しかし、耐えられる。
「よし……この装備なら行ける! けど威力がハンパじゃない……後衛は僕達の前に出ないで!」
 レイレリア・リナークシス(ka3872)は言われるまでもなくキヅカ達の後方で魔法を詠唱。
 ヴァイスのパイルバンカーに赤い光が渦巻き、その力を高める。
「全力で支援いたします……全員で、生きて帰りましょう」
 加護を受けたヴァイスは炎の軌跡を残しながらオルクスに接近しパイルバンカーを撃ち込む。
「その鎧……嫌なことを思い出させるな。……趣味じゃないが、無理やりにでもその服を剥ぎ取らせてもらう」
「あら……情熱的ね?」
 剣を構え、これを受けるオルクス。Charlotteやハイデマリーが銃撃を加えるが、鎧は簡単には砕けない。
 むしろ、これまでの血の障壁よりも頑強な印象すらある。これも常時発動型の強みなのだろうか。
「やはり火力を集中しなければ届かないか……!」
 鎧を破壊する為には攻撃を集中するしかない。しかし、鎧以外に剣での防御があり、オルクスの反撃もある。同一箇所を集中攻撃するのは至難を極めた。
 オルクスは背中に装填していた八枚の剣を身体の周囲に回転させるように展開しキヅカとヴァイスを弾くと、その無数の剣を一斉射出する。
「出た、全方位攻撃……!」
 自我を持つかのように……否、実際に自覚的な狙いを持ってして血の剣はハンター達を襲う。
 キヅカは盾で弾き、器は回避。ヴァイスはオートMURAMASAで切り払い、ハッドはレガースで蹴り飛ばす。
 しかし真の狙いは後衛。前衛を回りこんで飛来した剣にCharlotteは防御障壁で逸らした上でナイフで受け、ハイデマリーも防御障壁。更に海斗も障壁を重ねる。
 これでハイデマリーはなんとか凌ぐが、ジエルデとレイレリアがまだ狙われている。
「ジエルデ義姉様!」
 駆けつけようとする海斗だが、ジエルデは杖で剣を物理的に打ち払った。
「うお……すげっ……ってあれに殴られそうになったのか俺……」
「私よりも彼女を!」
 レイレリア目掛けて一直線に飛来する剣には、前衛のガードが間に合った。ハッドとキヅカがそれぞれ聖剣でやり過ごし、かがんだ状態からレイレリアが焔矢を放ち剣を弾き飛ばす。
「むう……最早この剣自体が独立した歪虚みたいなものじゃな~」
 ハイデマリーがデルタレイを、ジエルデがセイクリッドフラッシュを放ち剣を迎撃。
 Charlotteと海斗も銃で剣を撃ち落とそうとするが、その間にオルクス本体が接近してくる。
 二刀流でハッドとキヅカを同時に攻撃。二人がなんとかこらえると、その隙間からレイレリアがウィンドスラッシュを放つ。
 剣で防がれたわけではないが、鎧に大きな損害はない。ダメージの問題ではなく、レイレリアの期待したほどではないという事だ。
(ジルコには風属性が有効と聞きましたが……こちらは別なのでしょうか?)
 キヅカは盾を構えたままオルクスに体当りし、そのまま豪炎を放射。更にハッドは刀身に魔力を纏わせ、オルクスの脇腹に打ち付ける。
「頑張っているみたいだけどぉ、そのくらいじゃねぇ?」
 ヴァイスと器は側面に回り込み、挟みこむように距離を詰める。
 同時に放たれた攻撃をオルクスは左右の剣を盾に形状変化させ受け止めると、更に霧状に変化させ闇を右手に纏わせる。
「むっ、なにやらもぞもぞしておる……一旦下がるのじゃ!」
 その右手を大地に突くと同時、無数の結晶が大地からせり上がりハンター達を斬りつける。
 ハッドは叫びながらレイレリアを抱えて背後へ飛ぶ。キヅカは巻き込まれて空中へぶっ飛んだが、軽傷で済んだようだ。
「キヅカんぶっとびまくりじゃな~。ちょっと楽しそうじゃの!」
「あの、早くも膝にきてるんですがそれは……」
 プルプルしながら立ち上がるキヅカ。そこへ血の剣が飛びかかる。
「くそっ、この剣があまりにもウザすぎっぜ!」
 銃の引き金を引きながら舌打ちする海斗。後衛は飛び交う剣への対処に追われ、オルクスへの攻撃に参加出来ずにいた。
 そんな鬱陶しい剣が主の元に戻り、背中に翼として装填される。
「やれやれ……余裕たっぷりか。どうにも人手が足りんね」
 裂けた頬から流れる血を親指で息を吐くCharlotte。
 事実上、九体の歪虚と戦っているようなものだ。その内一体は四霊剣。
「持ち堪えられると良いが」
 ちらりと視線を後方へ向ける。
 友軍が素早く駆けつけてくれれば御の字。だが、彼らもまたジルコという強敵との戦いの渦中にあった。


●不死者のさだめ
 オルクス側の人手不足は、ジルコ側の問題ではない。
 なぜならば、ジルコ側の人手も満足な状態であるとは決して言い難いからだ。
 ジルコ・ベルフラウは圧倒的な頑強さと身体能力を持つ近接型吸血鬼。同じベルフラウであるスバルとは比べ物にならないほどの力を持っていた。
「オマエら美味しそうだな~。早く殺してオルクス様に食べてもらうゾ!」
 ケタケタと笑いながら、お世辞にも整合性が取れているとは言えない奇妙なステップを踏み、ジルコはハンターへ襲いかかる。
 ヒースはラリアット気味の拳をかわし、代わりにオキクルミが槍を突き入れる。
 ジルコの外見はオルクスのように鎧を纏ってはいないが、槍先は皮膚を貫いただけでまるで鋼を突いたようにガキンと音を立てて弾かれる。
「うわ、かったい!」
「無駄だゾ~! コレ、自分の“城”だからな!」
 槍を掴み、オキクルミごと片手で持ち上げる。危険を察知したオキクルミは槍を手放し背後へ飛ぶが、そこへ槍を思い切り投擲した。
 その槍はスバルが作った青い血の結晶で阻止され、自然とオキクルミの掌へと収まる。
「ありがとベル君、気が効くね!」
「気をつけて下さい。ジルコの城は、肉体強度を増大するものです」
「常時発動型ブラッド・フォート、“ベルセルク”! 能力は血管の超強化とジミだけど、めっちゃ強いゾ♪」
 ペロリと舌を出しながらブイサインを作ると、ジルコは大地をめくり上げるように蹴り上げ、結晶の波を放つ。
 黄金の剣の群れは一瞬で消え去るものだが、直撃すれば串刺しで一撃で倒されかねない威力があった。
「ご高説ありがとよ。要は城をぶっ潰すつもりでやれって事だろ?」
 ダークMURAMASAを両手で構え、大地を強く踏み込む。啓一は一気に距離を詰め、紫電を纏った突きを打ち込んだ。
 刃は確かにジルコの腹にめり込み血を流す。以前の戦闘記録から、この敵が風属性の弱い事は承知していた。
「ウゲッ……またビリビリするゾ! オマエ……キライ!」
 右手の爪を肥大化させ、薙ぎ払うように攻撃を繰り出すジルコ。そこへヒースが雷を纏った苦無を投げつける。
 怯んだ隙にゲルトはトンファーを二丁拳銃に変形させ銃撃。ベルフラウは血の槍を作り、ジルコへ投擲した。
 これで攻撃が逸れると更に啓一は刀で一撃を加える。腕で受け止められるが、攻撃としては有効だ。
「成程……風が弱点ですか。ではやはり、攻撃の要はお二人ですね」
 この中で風属性攻撃を用意できたのはヒースと啓一の二人だけ。フランシスカは自分の武器を見つめ。
「絶地と裂空にも属性がついていれば良かったのですが」
 そこは自前の魔法、ホーリーセイバーで威力を底上げしてかかるしかない。
 フランシスカの放った光がハンター達の傷を癒やす。その光を浴びながらヒースは啓一と肩を並べた。
「そういう事だぁ。ボクらで奴をなんとかするぞ、啓一」
「ああ……頼むぜ、ヒースのにーさん」
 ジルコが近距離格闘型という事もあり、ジルコの範囲攻撃が打たれない限りはインファイトとなる。
 この時真っ向から殴りあうのではなく、ハンター達は少し距離を取ったり、様子を窺いながら立ち回り、それが功を奏していた。
 オキクルミは槍で距離を開いたまま攻撃し、フランシスカも攻撃に固執せず、回復等で支援を行う。
 主に距離を詰めたまま打ち合うのは啓一で、ヒースはそのアシストや追撃に力を入れる。
「オマエらチョコチョコ鬱陶しい……ゾッ!」
 啓一の盾を右の拳で跳ね上げ、左の拳に魔力を収束させる。
 爆発音のような轟音。拳撃が啓一の腹にめり込み、背後へ思い切り吹き飛ばされる。そんな啓一をゲルトが受け止めた。
 口の端から流れる血を拭いながら腹を見ると、ベルフラウが作った血の鎧が消える所だった。
「守ってくれたのか……ありがとな」
「いえ、私にはこれくらいしか……」
 啓一に代わり、ヒースは拳を交わしながら斬撃を加える。その間にフランシスカが啓一の傷を癒やす。
「硬すぎて全然攻撃が通らないよ!」
 げんなりした様子のオキクルミ。ジルコが両腕を突き出し回転しヒースとオキクルミを弾き飛ばすと、次はフランシスカへ襲いかかる。
 飛び上がってからの踵落とし。フランシスカは左右の手斧を交差させ受けるが、ガードを崩し更にフランシスカの顔面を地面に激突させて余りある威力だ。
「頭潰しちゃうゾ!」
「ベル君! なんとか血法!」
「え!?」
「血を糸状にして伸ばす奴!」
 振り上げたジルコの足に四方から血の糸が絡みつき結晶化する。オキクルミは駆け込み、スライディング気味に残った軸足を槍で打った。
 右足を空中に固定されたまま仰向けに倒れると、代わりに起き上がったフランシスカが首に斧を打ち込む……が、刃は皮膚しか引き裂けない。
「じゃーまーだー……ゾッ!」
 簡単に結晶を振り払い、大地に手を突き逆立ちの姿勢から身体を回し、蹴りでフランシスカを狙うが、距離を詰めた啓一が飛び蹴りでジルコを吹き飛ばす。
「無事か?」
「ええ。確かに容易い相手ではありませんが、この程度……」
 鼻血を拭いながら十字架を手に取り、周囲に光の風を巻き起こす。それはハンター達の傷を癒やしていく。
「我々は剣妃を倒します。あなた程度で止められるとお思いか?」
「ぎゃはは! オルクス様を倒すなんて無理だゾ~……! オマエらオルクス様を舐めすぎだゾ!」
 人差し指を振りながらジルコはニンマリと笑う。
「あのお方は正真正銘のバケモノだゾ。なんでか本気を出さない事が多いけど、そうでなければオマエらなんかと~っくに死んでるゾ」
「わかってないね、ジルコ。それがあの人の弱い所なんだよ。結局、あの人はヒトが好きなんだから」
 スバルは目を閉じ、オルクスを想う。酷薄なあの吸血鬼は、ニンゲンを無造作に殺せるあの怪物は、だからこそ温かいと思える時があった。
 彼女は純粋で誠実だ。決して嘘はなく、見栄もない。バケモノだからこそ高潔で、ヒトの薄汚さと決別している。
「殺さないんじゃない、殺せないんだ。あの人はバケモノになりきれない、可哀想なヒトなんだ」
「それはオマエの方だゾ、スバル。急激な歪虚化に耐えられず力も使いこなせない。吸血鬼は血液……生体マテリアルを摂取しなければ自我を維持出来ないからな!」
「え……そうなの、ベル君?」
 オキクルミの問いかけに俯くスバル。
 吸血鬼は血を吸っているから理性を維持できる。そうでないのなら、やがて理性を失い、ゾンビと大差ない存在へと堕ちる。
 スバルは一度もヒトの血液を吸っていない不完全な吸血鬼だ。この状態で暴食の力を使えばやがて歩く死体になってしまうだろう。だからこそ、大きな力を使えずにいた。
「だったらベル君、僕の血を使って! 今更気にしなくていいから!」
 悲しげな表情でオキクルミと目を合わせるスバル。しかし一度目を閉じれば、再び開いた瞳は決意に満ちていた。
 ハンター達は自分の存在を受け入れてくれた。血を吸えば完全に歪虚になってしまうようで、それが恐ろしかった。だが……。
「わかりました。オキクルミさん……いただきます!」
 スバルはオキクルミの両肩を掴むと、首筋に牙を食い込ませる。ジルコはその様子に目を細め。
「……ソレはあんまり良くないゾ」
 小さく呟くと駆け出した。しかしその道中にはフランシスカと啓一、そしてゲルトが立ちはだかる。
 血を吸ったベルフラウは黒い光を纏い、闇の波動を迸らせる。覚醒者ならばそれがオルクスと同質の気配だと感じられるだろう。
「スバル・ベルフラウ。お前の血と力を貸せ。お互いのやるべき事の為に」
 戦闘が長引きすぎている。こうしている間にもオルクス側は消耗戦の最中。手段を選ぶ余裕はなかった。
 ヒースの提案にベルフラウは自らの手首を引き裂き血をまき散らすと、ヒースの両手足にオルクスと同じような血の鎧を、そして刀身を巨大化させるように血の刃を纏わせた。
「操作でサポートします!」
 頷き、ヒースは大地を蹴る。すると身体が前方向に引っ張られるように動き、重力を振り切ったように加速した。
 ジルコへすれ違い様に放った斬撃は初めて肉を切った手応えを残す。だが、身体は闇の力で焼かれ、鈍い痛みが蓄積されていく。
「長くは持たないかぁ」
「ぐっ……スバルの血なんかに!」
 怯んだ所へ啓一は刃を振り下ろす。狙いはジルコの左目だ。
 雷を帯びた斬撃はジルコの目を切り裂く。眼球もまた城の効果で頑強になっているが、目という器官はちょっとした傷でも障害を起こす。浅くとも刀傷ではもう見えない。
「オマエェェエ!」
 左目を抑えながら啓一に腕を伸ばすジルコへ、オキクルミはファミリアタックを、そしてフランシスカが背後から斧を連続で打ち付ける。
「皆さんの流した血をお借りします!」
 戦域に飛び散っている、ハンター達が流した血。それが霧状に性質変化しジルコを取り巻くと、結晶の鎖となって縛り付ける。
「嗤え」
 背後から距離を詰めたヒースの斬撃が赤い軌跡を残し、ジルコの背を深く斬りつける。
「踏み込み、身体を回し、一つの武器とし……その全てを一撃に」
 再び刃を構え、啓一が大地を蹴る。繰り出す突きが狙うのはジルコの口だ。
 狙いは正確だったが、しかしジルコはその刃を歯で噛み付いて受け止める。
「はんへんへひは!」
「そうかい!」
 歯を食いしばり、身体に力を込める。
 刀を手放し、身体を回転させるように捻り繰り出した拳。それは刀の柄を打ち、雷撃を纏ってジルコの後頭部へと突き抜けた。
 雄叫びを上げながら刃を取って振りぬくと、ジルコの頭部から血が吹き出し、眼球がぐるりと上を向く。
「おぉほ……ふひ、ふひ、ふひひ……ひ、は」
 ひゅうひゅうと空気を吐き出しながら仰向けに倒れるジルコ。その身体は金色の結晶に包まれ、やがて砕け散るのだった。


●並行するセイ
「ぐおお……き、きつい……!」
 多角的な剣による攻撃とオルクスの高火力攻撃の連携攻撃は、耐えるだけでも凄まじい消耗を必要とした。
 肩で息をする海斗。攻撃をまともに何度も受け止めている前衛は勿論、後衛も無視できない量の血を流していた。
「まずいな……後衛を守り切れない……」
 冷や汗を流すヴァイス。急降下する剣を弾くが、幾つかが後衛に向かってしまう。
 しかしそれらは空中に出現したスバルの血の盾、そして駆けつけたジルコ班の援護で阻止された。
「なんだかすごいことになってるね~!」
「お待たせしました。まずは傷を癒やしましょう」
 苦笑を浮かべるオキクルミ。フランシスカがヒーリングスフィアの構えを取ると、ジエルデも共に回復を放つ。
 その間、二人に飛びかかる攻撃は残りのハンターが妨害。ようやく一息つく事ができた。
「ホリィも無事みたいだな」
 ふっと笑う啓一に器は無言で親指を立てる。
「ホリィ。ここであなたを失いたくない……たくさんの方がそう思っています。ですから、あなたがここにいる限り、私達があなたを守ります」
「皆で守ってきた器なんだ。エイルのねーさんやユーリ達が帰りを待ってる。……俺もまだまだホリィとは話したいしな」
 啓一はそう言って刀を構える。
「――俺は剣だ。敵を倒し、味方を守る剣として、お前を連れて帰ってやる」
 そんなハンター達の言葉をジエルデは感慨深そうに見つめていた。
 彼らは拒絶の声を振りきって、いつでも少女の下に駆けつけてくれた。そんな姿を見ていると、わからなくなる。
 器を道具として扱うエルフハイムと、器をヒトとして扱おうとするハンターと。彼らのどちらが正しいのか、と。
「そう……ジルコが消えたのね。まあそうだろうとは思っていたけど」
「……簡単に言うんだね。血を分けた家族なのに」
「確かに血は分けたけど、あなた達は家族ではないわぁ。私の実験体……そこの本物の器の代わりを作る為のねぇ。スバル、あなたは所詮、その子の偽物でしかないのよ」
 無表情に振り返る器の姿にスバルは優しく笑みを作り。
「知ってるよ。偽物でもいいんだ。だって、“私”は“私”だから。“この子”はね、お母さん……“あなた”じゃないんだよ」
「その呼び方してくる子は結構いるけど、あなたに限っては不快ね」
「ベル君! こういう時は“あなたの子です、認知して”って言うんだよ!」
 遠巻きに声をかけるオキクルミに苦笑を浮かべるスバル。オルクスは深々と溜息を零し。
「まったく、思い通りにならないものね……」
 しかし、その横顔はどこか満足気であった。
 無駄話はここまでと言わんばかりに血の剣が動き出す。
 四方八方から襲い来る剣、しかし人数が増えた事もあり、これらを捌きつつでもオルクスへ攻撃を仕掛ける余裕はある。
「よ~し、反撃の時じゃ!」
 聖剣を手に飛びかかるハッド。ヴァイスが抜いた振動刀にレイレリアの炎が宿り、二人は同時に斬りかかる。
 オルクスはこれを左右の剣で弾き、更に体ごと回転するように斬撃を放つ。
 剣は液状に変化し、まるで鞭のようにしなり周囲を薙ぎ払った。衝撃に砂煙があがり、鋭く抉れた大地が威力を物語る。
 ハッドはこれで身体を引き裂かれたが、ヴァイスは掻い潜るようにして再度距離を詰めていた。血液武装が形状を変えるのは、既に承知の上だ。
 パイルバンカーから繰り出される杭をオルクスは腕に血を纏い、鎧を増強する事で受け止める。更に反対の鞭も拳に収束させ、繰り出される一撃。
 Charlotteと海斗は防御障壁を作るが、それを破砕して尚、言い知れない強大な衝撃にヴァイスは吹き飛ぶ。
「ヴァイス様……!」
 レイレリアの周囲を舞うように青い炎が渦巻き、杖の導きに添って一直線にオルクスへと矢が迫る。
 その爆発をオルクスが拳で打ち払うと同時、キヅカは身体を横に回転させながら炎を纏った剣を打ち込んだ。
 炎はオルクスの鎧を焼き続けるが、明らかな破損と言える程の効果は見えない。
「くっそ……幾らなんでも硬すぎる!」
 一方、八本の剣は空中でその姿を帰ると、大きな蛇の形を取った。
 霧状に姿を変え、瞬間移動としか言いようのない速度で死角を取り、ハンター達へと襲いかかる。
「その霧そのものがオルクスなんだ! 魔法で薙ぎ払え!」
「血を減らせば能力が減衰する! むしろ好機だよ!」
 ヴァイスとキヅカの声に顔を見合わせるハンター達。
 Charlotteはライフルから火炎を放射し、周囲を薙ぎ払う。すると炙りだされるように霧が収束し、一体の蛇が姿を表した。
「なるほど……我々を取り巻く霧、空間そのものが歪虚か」
「やっと見つけたぜ、触手野郎! 特に意味もなくウネウネすんじゃねえ!」
 海斗が雷撃を放つと蛇の動きが硬直する。どうやらこの“血”には魔法的な攻撃が効果的らしい。
「そういうことなら……祖霊様の力を借りて! 上と下から挟み撃ちだー!」
 オキクルミの腕から飛び立ったフクロウは翼を広げ、眩い光を纏って急降下する。
 ジエルデはセイクリットフラッシュ、ハイデマリーはデルタレイ等、魔法攻撃が一斉に炸裂し、ハンター達を覆っていた空間から無数の剣がはじき出される。
「これで密度が薄くなってるってんなら……!」
 構築されたばかりの血の剣へ駆け寄り、啓一の放った拳が刀身を粉砕する。
 高所に出現した剣へはヒースが大跳躍。空中をくるりと舞い、スバルの血を纏った刃で両断する。
「血と血は交わらないものです。私の血なら、オルクスの血にも効果的な筈です!」
「なるほどねぇ……まあ、これはボクにとっても毒なわけだが」
 手足の感覚は既になく、まるでスバルの操り人形になったかのようだ。だが、まだ身体は動かせる。
 近接職が粉砕した血はまた霧状に戻ってしまう。故にそこをCharlotteが炎で焼き払い、ようやく剣の数を完全に減らす事に成功する。
「オルクスの血への対処法……ある程度見えたね」
「砕いて魔法で焼き尽くす……吸血鬼への対処としては、ある意味セオリー通りか」
 闘いながら視線を交えるキヅカとヴァイス。二人はオルクスと近距離で打ち合い行動を抑えているが、未だ決定的なダメージは与えられずにいる。
「器ちゃん、こっちだ!」
 後方で一度戦域を抜けだした海斗は魔導バイクに跨がり、再び戦域へ突入。器はその道中で海斗の手を取り、引き寄せられるようにバイクに飛び移った。
「スバァァァルッ! オルクスへの道を創れッ! お前の作った道で奴を討つ!」
 スバルはハンター達が流した血を集め、大地に手をつく。するとバイクの進行上に結晶の道が築かれ、海斗はそれを踏み切って空へ舞い上がった。
「リィィィクッ!」
 叫びつつ、空中のバイクから器を抱きかかえたまま空中へ跳躍する海斗。キヅカはオルクスの足に組みかかり動きを止めようとするが、キヅカとオルクスの膂力、質量差は圧倒的だ。
 オルクスはキヅカが組み付いた足を軽く振り上げ、大地へと叩きつける。更に逆手に振り上げた血の剣をキヅカの腹へ突き刺した。
 血を吐き目を見開くキヅカ。それよりも、この状態ではバイクに攻撃が出来ない。つまり――バイクを爆破出来ない。
「あなた達の考えそうな事ねぇ。けど、協力者が足りないんじゃない?」
 海斗は空中からオルクスへ襲いかかる。が、器を抱えている為本格的な迎撃は出来ない。海斗を薙ぎ払うのは造作もないが、人質を取られたようなものだ。
 故に放たれたエレクトリックショックを剣で受けるという選択。それから遅れて跳んでくるバイクを適当に受け止めようとしたその時だ。
 海斗に抱えられた姿勢から器は海斗のガンソードを構え、バイクに向かって発砲したのだ。
 バイクの爆発というのは、燃料への引火が原因ではない。そもそもファイアスローワーにも燃焼性能はない。
 魔導エンジンという動力機関を高威力のマテリアル等が破壊した際に起きる、エネルギー変換の暴走作用が爆発を起こすのだ。
「――という機導術の説明、いる?」
 首を傾げる器。白い光を帯びた弾丸はエンジンを貫通。直後、オルクスの上半身の側で爆発を起こした。
 海斗と器は背後の爆発で大地を転がり、キヅカは爆風に煽られ同じく大地をバウンドする。
 オルクスの血の鎧は頭部から胸部にかけてが破損。本体に大きな負傷は見られないが、やっと作られた攻撃のチャンスだった。
「修復する暇は与えません……!」
 レイレリアが魔法で、Charlotteが銃撃で攻撃を加え、ハッドが距離を詰め剣を打ち込む。
「ヴァイスん、胸を狙うのじゃ!」
 続いてハッドの影から繰り出したヴァイスのパイルバンカーが破損した鎧に突き刺さり、亀裂を肥大化させる。
「全員で胸部を集中攻撃じゃ! ヒースん、スバルん!」
 ハッドの声に従い走りだすヒース。その手に握った血の剣が鋭利に尖り、槍のように変わっていく。
 オルクスという存在が“血”の器に過ぎないのであれば、その流れには一定の法則がある。それがハッドの推測であった。
 そしてジエルデや器等に力の流れについて感知させた所、オルクスの力の中心点は左胸、即ち心臓部にある事がわかった。
「だけでは意味ないんじゃがの~」
 心臓が破壊された所で修復されるだけだ。だが、破壊が目的ではないのなら――。
 跳躍したヒースが自らの血をも巻き上げ、螺旋状の槍を振りかぶる。
「血を力にするのはお前だけじゃない、ということさぁ」
 残された全ての力を込め、放つ破城の一撃。それが破損した胸部装甲を粉砕し胸に突き刺さった。
 スバルは言った。吸血鬼同士の血は交わらないと。その血の中心点に他の吸血鬼の血が毒として混ざれば――。
「く……か、らだが……!?」
 動きが止まった。最早二度はないその好機にハンター達は一斉に距離を詰める。
「御身に力を……その刃に光を! ここが命の張りどころとみました。全霊で以って浄化させていただきます!」
 フランシスカの光を刀に宿した啓一が雄叫びを上げ、オルクスの顔面を貫く。
 明らかに防御性能が落ちている。血の性質変化、結晶化ができないのだ。ハッドはその隙に自らも剣を突き刺した。
 それぞれ啓一は雷撃、ハッドは霊魔撃を流し込み、二人が離れると同時にヴァイスが放った斬撃がオルクスの上下半身を切断する。
 霧になって霧散するその身体にCharlotte、レイレリア、オキクルミが魔法を放つと、上半身は完全に消え去った。
「まだだ……どこに出現するともわからない! 器を守るんだ!」
 ヴァイスの声に警戒を強めるハンター達。しかしオルクスが出現したのは大きく距離を取った中空であった。
「は、あ……っ! 全く、嫌になるわね……」
「あれでまだ生きているのですか」
「冗談じゃないわ。何回死んだと思ってるのよ」
 フランシスカの言葉に冷や汗を流しながら笑みを作るオルクス。その視線は器を捉える。
「まったく、バケモノみたいなマテリアル纏って……流石に今は無理ね。あなた達わかってるの? “それ”はもう呪いの域よ」
 器の身体には幾重にも折り重なる人意の守護がある。それは闇の立場に見れば、悍ましい怨念のようだ。
 ここから無茶をしても痛い目を見るだけで、身体を奪う事はできないだろう。
「彼女は大勢の仲間に想われているからね。同じ境遇だった筈の彼女が何故こうも想われるのか、わかるかね?」
 Charlotteの言葉にオルクスから表情が消える。
「絶望せずに前向きに生きる器くんは、光の様に眩しくてうざったいのだろう? 大層な力を持っていても器は小さく、心は弱い臆病者。君は実に哀れで滑稽な、エルフハイムの闇に呑まれた被害者だ」
 目を瞑り、オルクスは全裸同然の状態から普段の黒衣を纏い、小さく肩を震わせる。
 それは怒りではなく、笑みであった。ぞっとするほど美しく無邪気で、そして悲しい笑顔。
「一周回って私、あなた達の事が好きになってきたわ。そうね……確かに真実よ。“今はまだ”……ね。だけど言ったでしょう? それは呪いよ。あなた達自身が、その子を縛りつけようとしている。覚えておきなさい。ヒトの心を狂わせるのは、いつだって“愛情”なのだと」
 翼を広げ、青い影は舞い上がる。遠ざかっていく影を見つめ、ハンター達は少し遅れて勝利に安堵した。
「オルクス、東方の時も悲しそうな顔してた」
「うおっ! リィィィク、生きてたのか!?」
 海斗に抱き上げられ青ざめるキヅカ。ずっと地面に転がっていたが、実はあの爆発の瞬間スバルの血に守られていたのだ。
「ついでに傷口も塞いでもらったけど、全く身体動かないから触らないでね」
「おう、すまん」
 ぱっと海斗が手を放つと、キヅカはビタンと地面に落ちる。
「悲しいって思うのは、相手の痛みがわかるからだ。オルクスはこれまで、何を見てきたのかな」
「……そうだな」
 刃を交える度、少しずつわかっていく。ヴァイスは握りしめた掌を見つめ、苦笑を浮かべた。

 戦いが終わり、スバルは再び器と別行動を取る事になった。
「ベル君、また行っちゃうんだね」
「はい。私と一緒にいたら、皆さんまで罰せられるかもしれませんし」
「歪虚でありながら人に協力する前例は存在する。オルクスに逆らって、ねぇ。お前も見習ってみたらどうだぁ?」
 オキクルミとヒースの見送りにスバルは苦笑し。
「吸血鬼の定めは決まってます。だけど、もう少し考えてみようと思います。もっと私にできることを」
 器と肩を並べるフランシスカへ視線を向け。
「フランシスカさん。あの人によろしくお伝えください」
「ええ。承りました」
「ふふ……あなたは、私達とどこか似ていますね」
 三人には道具としての名前があり、役割がある。だが、ヒトとしての尊厳を捨てたわけではない。
「器ちゃんの事を、お願いします。……オキクルミさん、ヒースさん、またお会いできるのを楽しみにしています」
 翼を広げ飛び立つスバルをゲルトがバイクで追いかけていく。オキクルミは片手を額に翳し、それを見送った。
 交わらない闇と光の道。それは境界線上に隔たれ、しかし確かに同じ明日へ向かって続いていく。
 数多の願い、祈りが創り出すその未来はきっと来る。例えそれが、誰かにとっての悲劇であったとしても――。

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重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 金色の影
    Charlotte・V・K(ka0468
    人間(蒼)|26才|女性|機導師
  • 自爆王
    紫月・海斗(ka0788
    人間(蒼)|30才|男性|機導師
  • 破れず破り
    春日 啓一(ka1621
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 答の継承者
    オキクルミ(ka1947
    エルフ|16才|女性|霊闘士
  • 幸福な日々を願う
    フローラ・ソーウェル(ka3590
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシス(ka3872
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • 夢への誓い
    ハッド(ka5000
    人間(紅)|12才|男性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
春日 啓一(ka1621
人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/11/27 01:02:26
アイコン 質問卓
春日 啓一(ka1621
人間(リアルブルー)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/11/26 22:20:47
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/11/22 09:37:29