ゲスト
(ka0000)
【審判】闖入者、名を、半藏と云う
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/12/07 22:00
- 完成日
- 2015/12/18 06:24
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
深い深い森の中で、二つの声が響いていた。
「遠かったね、イエ」
「そうだね、ユエ」
少女とも、少年ともつかぬ幼い声が零れた。その姿も、声もよく似ている二人。
かつて、彼らは東方に居た。その時から変わらず微笑みに縁取られた瞳とその色は金と銀。
ただ、その声色には不快の色があった。
「……どっちが言い出したんだっけ、イエ」
「僕じゃないとおもうよ、ユエ」
ぶす、と不満気に頬を膨らませた銀目の『少女』ユエと、同じく不満気な顔の『少年』イエは――リンダールの森、王国東部の樹上を泳ぐように進みながら、幾度目とも知れぬ戯れ言を交わしていた。
「仕方がないんだよね」
「うん、仕方がないんだよ」
「あそこ、もう居づらくなっちゃったし」
「もう、遠くまで来ちゃったし」
軽やかに枝を蹴り、音もなく着地した二人は下弦の月のように薄く口の端を釣り上げ。
「「……ついたね、王国」」
そう、嗤った。
一方、その頃。
●
「うお……おおおおおッ」
静謐な闇の玉座より響く、悲嘆の叫び。
「私の……クラベルよおおおぉぉぉッ」
途方もない怒りを遮るように、現れた“異形”が言う。
「ふむ、存外に脆かったな」
尾を一度動かすだけの“それ”に、黒大公ベリアルは悲憤を隠さない。
「メフィスト、貴様ぁッ!!」
玉座を立ち、獣の瞳をぎらつかせる巨体を制し、メフィストと呼ばれた異形は笑い声をあげた。その声が、恐ろしいまでの冷たさをもって場を支配する。あのベリアルが、笑い声一つで黙らされたのだ。
あとじさる哀れな羊に尚も笑いかけるメフィストは、殺気立っていた羊の腹を軽く叩く。
「こんなにも心惹かれるのは久方ぶりだな。なに、ベリアル。6年前の傷も癒えたのだろう? 今度はもっとマシなものを作れ。“あの御方”の怒りに触れぬように、な」
青ざめるベリアルを残し、身を翻す異形。冷たい廊下に響く足音。メフィストの姿が徐々に闇に溶け行く中、
「探究は退屈を紛らわす。それが主への手柄足りうるものならば、猶の事な」
最後に残った声はどこか愉悦を含む色をしていたのだった。
●
王国東部。寒さも深くなってきたが、陽の光は幾ばくかの温かみを世界に届けている。
その光に支えられるように、街道を往く者が、二人。
幼子である。襤褸に似た巡礼衣を身にまとい、肩を並べる姿は信心深い者にとっては試練の象徴であると同時に、光差す道程を感じさせる光景かもしれない。
王国の中でも比較的安全な南部、東部の巡礼には、彼らのような子供たちが出されることは少なくない。彼らの多くは何らかの事情で食い詰めたものが教会の戸を叩いた結果、巡礼の旅に出る。
――そのことを『彼』は知っていた。
(……俺の担当は楽でイイ)
他所へ回されている同胞と比べると破格の楽さであると『彼』は思う。
男の心中に、昏い願望が淡く咲く。
生きることの希望の為に、教会の戸を叩いたであろう二人。
二人して寒さをしのぎ、巡礼の果てに篤く夢を――エクラの加護を見る二人。
全ては幻だ。エクラが見せる幻影、まやかしに踊らされている二人が、哀れで仕方がない。
『彼』は歩む足を速めた。
「――目を、覚ませ」
近づいて、近づいて、その頭衣に頭を寄せた『彼』は二人に向かいそう言って。
「ねえ、やっときたよ、イエ」
「そうだねぇ、ユエ」
彼の人生――とうに捨てたものであったとはいえ――で最大の不幸の蓋を、開く事になったのだった。
「くすくす」
「くすくす」
湧き上がった可愛らしい笑い声に、『彼』の理解が追いつかない。何だ? 何だ? 何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だこれは!?
「バカなヤツだねえ、イエ」
「バカなヤツだよお、ユエ」
「バレてるのことに気づかないなんて」
「”成り立て”かなぁ、きみィ……?」
「なっ……!?」
何が起こったのか、解らない。ただ、『彼』は幼子のうちの一人に取り込まれつつあった。黒い。黒黒とした泥が、ぬらりぬらりと『彼』を覆おうとする。
「まあいいや。あの子たちは譲ってあげたんだから。コレはぼくが食べちゃうね、イエ」
「うん、いいよ、ユエ。いっぱいお食べ」
『彼』の頭部はまだ覆われていなかった。身体全体を包まれ、身動きが取れなくなった『彼』は死の恐怖に怯えながら、息を深く、吸った。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。嫌だ。震えだしそうになる身体は、強く固定されている。
だから。
だから彼は、その御名を、叫んだのだ。
●
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッッッ!!!!」
遠くから響いた声に、ハンター達は駆けた。了解不能の絶叫に只ならぬ事態だと悟ったからだ。ただ、巡礼路の警戒を依頼されていただけの、不可思議な依頼だった。そこに、これだ。遠くから届いた絶叫に、当たりか、と。誰かが呟いた。不吉な予感を払って、辿り着いた先。
「気が変わったや……この子は連れていくね、イエ」
「うん、わかった。この子たちと遊んでくね」
黒々とした『泥』に崩れた――半藏ユエと、巡礼衣を着たままの、半藏イエ。
そして、同じく巡礼衣を着込んだ『男』。こちらはすでに、ユエの下腹部が変じた泥に取り込まれ、身動きも取れない様子である。背負った二本の刀を指差して、ユエは、イエとハンター達をちらと見て。
「九弦の刀は?」
「いらなぁい」
「そ。じゃあね、イエ」
「じゃ、ね。ユエ」
そのまま、泥に変じた身体で滑るように、東へ――リンダールの森と呼ばれる大森林へと向かっていった。追走しようとするハンター達を前に、残ったのはただ一人、金眼の『半藏』イエ。
イエは静止したまま、口元だけをゆるりと釣り上げて、笑った。
「……来てくれて、良かったよ。『あの子』達だけじゃ、足りなかったんだぁ……」
そうして、手や足、胴――『衣服以外』を泥に変じさせながら、ハンター達の方へと飛び込んできた。
深い深い森の中で、二つの声が響いていた。
「遠かったね、イエ」
「そうだね、ユエ」
少女とも、少年ともつかぬ幼い声が零れた。その姿も、声もよく似ている二人。
かつて、彼らは東方に居た。その時から変わらず微笑みに縁取られた瞳とその色は金と銀。
ただ、その声色には不快の色があった。
「……どっちが言い出したんだっけ、イエ」
「僕じゃないとおもうよ、ユエ」
ぶす、と不満気に頬を膨らませた銀目の『少女』ユエと、同じく不満気な顔の『少年』イエは――リンダールの森、王国東部の樹上を泳ぐように進みながら、幾度目とも知れぬ戯れ言を交わしていた。
「仕方がないんだよね」
「うん、仕方がないんだよ」
「あそこ、もう居づらくなっちゃったし」
「もう、遠くまで来ちゃったし」
軽やかに枝を蹴り、音もなく着地した二人は下弦の月のように薄く口の端を釣り上げ。
「「……ついたね、王国」」
そう、嗤った。
一方、その頃。
●
「うお……おおおおおッ」
静謐な闇の玉座より響く、悲嘆の叫び。
「私の……クラベルよおおおぉぉぉッ」
途方もない怒りを遮るように、現れた“異形”が言う。
「ふむ、存外に脆かったな」
尾を一度動かすだけの“それ”に、黒大公ベリアルは悲憤を隠さない。
「メフィスト、貴様ぁッ!!」
玉座を立ち、獣の瞳をぎらつかせる巨体を制し、メフィストと呼ばれた異形は笑い声をあげた。その声が、恐ろしいまでの冷たさをもって場を支配する。あのベリアルが、笑い声一つで黙らされたのだ。
あとじさる哀れな羊に尚も笑いかけるメフィストは、殺気立っていた羊の腹を軽く叩く。
「こんなにも心惹かれるのは久方ぶりだな。なに、ベリアル。6年前の傷も癒えたのだろう? 今度はもっとマシなものを作れ。“あの御方”の怒りに触れぬように、な」
青ざめるベリアルを残し、身を翻す異形。冷たい廊下に響く足音。メフィストの姿が徐々に闇に溶け行く中、
「探究は退屈を紛らわす。それが主への手柄足りうるものならば、猶の事な」
最後に残った声はどこか愉悦を含む色をしていたのだった。
●
王国東部。寒さも深くなってきたが、陽の光は幾ばくかの温かみを世界に届けている。
その光に支えられるように、街道を往く者が、二人。
幼子である。襤褸に似た巡礼衣を身にまとい、肩を並べる姿は信心深い者にとっては試練の象徴であると同時に、光差す道程を感じさせる光景かもしれない。
王国の中でも比較的安全な南部、東部の巡礼には、彼らのような子供たちが出されることは少なくない。彼らの多くは何らかの事情で食い詰めたものが教会の戸を叩いた結果、巡礼の旅に出る。
――そのことを『彼』は知っていた。
(……俺の担当は楽でイイ)
他所へ回されている同胞と比べると破格の楽さであると『彼』は思う。
男の心中に、昏い願望が淡く咲く。
生きることの希望の為に、教会の戸を叩いたであろう二人。
二人して寒さをしのぎ、巡礼の果てに篤く夢を――エクラの加護を見る二人。
全ては幻だ。エクラが見せる幻影、まやかしに踊らされている二人が、哀れで仕方がない。
『彼』は歩む足を速めた。
「――目を、覚ませ」
近づいて、近づいて、その頭衣に頭を寄せた『彼』は二人に向かいそう言って。
「ねえ、やっときたよ、イエ」
「そうだねぇ、ユエ」
彼の人生――とうに捨てたものであったとはいえ――で最大の不幸の蓋を、開く事になったのだった。
「くすくす」
「くすくす」
湧き上がった可愛らしい笑い声に、『彼』の理解が追いつかない。何だ? 何だ? 何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だ何だこれは!?
「バカなヤツだねえ、イエ」
「バカなヤツだよお、ユエ」
「バレてるのことに気づかないなんて」
「”成り立て”かなぁ、きみィ……?」
「なっ……!?」
何が起こったのか、解らない。ただ、『彼』は幼子のうちの一人に取り込まれつつあった。黒い。黒黒とした泥が、ぬらりぬらりと『彼』を覆おうとする。
「まあいいや。あの子たちは譲ってあげたんだから。コレはぼくが食べちゃうね、イエ」
「うん、いいよ、ユエ。いっぱいお食べ」
『彼』の頭部はまだ覆われていなかった。身体全体を包まれ、身動きが取れなくなった『彼』は死の恐怖に怯えながら、息を深く、吸った。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。嫌だ。震えだしそうになる身体は、強く固定されている。
だから。
だから彼は、その御名を、叫んだのだ。
●
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――ッッッ!!!!」
遠くから響いた声に、ハンター達は駆けた。了解不能の絶叫に只ならぬ事態だと悟ったからだ。ただ、巡礼路の警戒を依頼されていただけの、不可思議な依頼だった。そこに、これだ。遠くから届いた絶叫に、当たりか、と。誰かが呟いた。不吉な予感を払って、辿り着いた先。
「気が変わったや……この子は連れていくね、イエ」
「うん、わかった。この子たちと遊んでくね」
黒々とした『泥』に崩れた――半藏ユエと、巡礼衣を着たままの、半藏イエ。
そして、同じく巡礼衣を着込んだ『男』。こちらはすでに、ユエの下腹部が変じた泥に取り込まれ、身動きも取れない様子である。背負った二本の刀を指差して、ユエは、イエとハンター達をちらと見て。
「九弦の刀は?」
「いらなぁい」
「そ。じゃあね、イエ」
「じゃ、ね。ユエ」
そのまま、泥に変じた身体で滑るように、東へ――リンダールの森と呼ばれる大森林へと向かっていった。追走しようとするハンター達を前に、残ったのはただ一人、金眼の『半藏』イエ。
イエは静止したまま、口元だけをゆるりと釣り上げて、笑った。
「……来てくれて、良かったよ。『あの子』達だけじゃ、足りなかったんだぁ……」
そうして、手や足、胴――『衣服以外』を泥に変じさせながら、ハンター達の方へと飛び込んできた。
リプレイ本文
●
「半藏、か……やれやれ、獄炎を潰したと言っても残党はしつこく残っておるのう」
嘆息するバリトン(ka5112)は大層面倒くさげに息を吐いた。こういう手合は根絶するのは骨が折れる。
半藏ユエ。東方の忍びの背中を見据えたジャック・J・グリーヴ(ka1305)の表情は、苦い。
「東方の半藏が何で王国に来てやがんだよ……!」
そのユエが腹に入れた男を喰いもせず、連れ去ろうとしている。すぐにゴースロンの腹を蹴る。駿馬はすぐに繰り手の意図を汲み、走り始めた。
「えっ!?」
――お、追いますか!
半藏を知らぬが故に、その実力を測って間合いを置こうとしていたナナセ・ウルヴァナ(ka5497)の動揺たるや凄まじい。驚きが先に立つが、けれど、と同時に思う。ユエが『腹』に抱えた男と弾かれるように『仲間』が追い始めた、というその意味を。
「大丈夫です」
リーリア・バックフィード(ka0873)がその背を押した。女の目は半藏イエへと固定されたまま、強く頷く。
「追走は任せます。此方はお任せを」
「……はいっ!」
言葉を受けて、ナナセはジャックに続いた。またたく間に流れていく風景を他所に先を見据える。
長く広がる大森林。
――あの森は、確か厄介なんですよね。
ユエがたどり着くより先に届かせなくては、と。自らにそう任じて、往く。
●
「おー」
ユエを追った二人を前に、飛び込もうとしていたイエは足を止め、二人には手を出さずに容易く見送る。その所作に遠火 楓(ka4929)は煙草の火を消しながら、ぽつと問う。
「いいの?」
「んー、いいよ。あのくらい、ユエなら大丈夫だし」
「そ」
「……君、見たことあるね。そう、あの時だ」
子供用の巡礼服の裾から黒々とした泥が蛇のように鎌首をもたげて現れた。幼児が粘土細工で作ったような不格好な指が伸び、広がる。
「ね、名前、教えてよ」
「は?」
呆気にとられる楓の目が細められた。
「……貴様たちは何だ」
会話を阻んだのは、別の少年の声だった。ジョージ・ユニクス(ka0442)。鎧に身を包んだ少年の戦慄く言葉が続く。
「その『服』は何だ、『他の人』はどうした?」
「この服? なんだったかな。子供のやつだよ。二人連れでちょうどよくてさぁ」
大きな泥の手で服を摘みながら、にししと嗤い。
「便利そうでしょ?」
「何だ、お前たちは……ッ!」
激昂する少年の兜に、ぼす、と掌が落ちた。
「落ち着け坊主。ただの歪虚に過ぎん……打ち倒すまでよ。のぅ?」
古強者、バリトンのそれは傭兵の流儀だ。騎士のそれとは大きく違う。けれど、今のジョージにとっては頷くに足る道理で。
「はいっ、許すわけには、いきません……っ!」
気勢とともに二振りの剣を構える少年にバリトンは呵々と笑った。その視線が、傍らの少女――リーリアへと移る。
「人間の捕食が足りないの、ですか……」
瞳に、紛うことなき憤怒を宿らせた少女へと。
――全く。この戦場は大層愉快じゃのう。どいつもこいつも血の気が多い。
バリトンの笑みが一層深まる中、リーリアの獲物を握る手に、力が篭もる。
「その泥、滅却させましょう」
「そんなこと無理に決まってるじゃないか……それよりねえ、君。名前を、さ!」
イエは執拗にそう求める、が。
「……ウッザ。どうせ斬るから一緒でしょ。遊んでやるわ」
当然のように切り捨てた楓の声に、四人のハンターが一斉に動いた。
●
足を止めていたイエに、ハンター達は四方から囲むように機動する。
轟音を響かせ、魔導バイクで機動するジョージはイエの後背へ往く。リーリアは真正面から。楓は左。馬を退かせたバリトンは右を取った。
初手を取ったのはバックフィードのはみ出し者、リーリアだ。貴族の出にふさわしい豪奢な斧槍を振るい、
「喰らいなさいッ!」
「あはっ、速いね!」
気勢と共に、大きく薙ぎ払ったそれを、身を伏せてイエはやり過ごした。
(イエが、躱した?)
動きがかつてと違う。リーリアが疑念の答えを得る間も無く、
「――ッ!」
「ッ……」
豪剣一閃。バリトンの気勢が大地を叩く。古兵の神速の踏み込みは飛び跳ねて距離を取ろうとしたイエの速度を呑み込んだ。巡礼者の衣と共にその腕を断ち切――。
「なァんてね!」
瞬後だ。バリトンの豪剣で断ち切られたイエの腕が『爆散』した。人喰い泥があたり一面に散らされる。
「ヌッ……!」
「あは、あははっ!」
バリトンは大剣で弾き、リーリアは距離を取るべく加速するが全てを躱すには至らない。染み込んだ『泥』が肌を食い千切る激痛が二人を襲った。
「解ってはおるが、面倒じゃの」
「でも、関係、ありません……!」
バリトンの声色は泰然と。それを受けてリーリアはなおも熱く声を張り踏み込んでいく。痛みよりも怒りのほうが今は勝っていた。
「君も見たこと在るなぁ……ねえ、名前」「教えるはずがないでしょう!」
言いつつ爆散の過程で地に落ちた泥の方へと歩を進めようとするイエを、
「させるかっての」
イエの後背を取った楓。狐火を曳いた女は二連の剣閃を身に纏うようにイエへと至る。その剣風はまるで暴風のようであったが、一つは外れ――否、イエが躱した。残る一閃を、イエは懐から抜いた苦無で受ける。やはり、以前とは明らかに立ち回りが違う。
「……前回はアンタのフィールドだけど今回は違う、ってわけ?」
「あの時だいぶ殺されちゃったから、ね!」
至近距離で告げたイエの苦無が音もなく奔った。楓の首を狩ろうとする刃。
「させるかッ!」
そこに、後背をとっていたジョージが上段から斬りかかった。バリトン達を襲った泥を見ても少年には一切の恐れはない。
「……あっは! 君たちが相手でホントに良かったよ!!」
だが。イエはそれを待っていた。それぞれの得物から、全てが近接の間合いを取ると判断していたイエの身体そのもの瞬く間に膨張。その姿はかつて見せた大蛇のそれとは、少しばかり異なり――波濤のように押し寄せる泥が、ハンター達を飲み込んだ。
●
対して。ユエは疾走を続けていた。
「うえ、面倒くさいなあ」
馬蹄の音に振り返り、二人の姿を見て慨嘆した。
瞬後だ。鈍い音が、地に落ちた。
――視線の先から空間を切り裂いて至った矢が、その身を貫き、大地に縫い付けた音だった。
少し、遡る。
「くっそ、速ェな。こっちは馬だぜ?」
「……そうですね」
相対距離を目測で図る。百五十。百三十。百二十。
す、と。ナナセは背筋を正すと、矢弓を構えた。ジャックも片手に弓を構えて、何時でも射撃が可能なように備えている。
――百十。
『手』は、ナナセの方が長い。
「ちょっとでも効果があればいいんですけど、ね!」
矢が奔った。ジャックの背を抜き、矢がユエと――腹の男を、貫いた。衝撃にユエの脚が鈍る。
「行けるか!」
馬脚が鈍ったナナセを置いて距離を詰めたジャックは、ナナセに続いて矢を構える。息を整えるジャック。上下に弾む揺れの中、一息に射った。
「ち、ィ……っ!」
命中を確認したジャックは、それでも舌打ちを零す。二人の矢は確かにユエの足を止めていた。だが、姿勢を整えたユエは僅かな『泥』を残して疾走を再開する。故に、ジャックが射撃に一手を費やした結果、馬脚が鈍った分、思っていたほど距離を詰める事が出来ない。
――トカゲの尻尾切りみたいですね。
動けなくなった部位を切り捨てて進むユエの様子に、ナナセはそう判じる。自問しつつ、ジャックに続いた。
ナナセがいなければジャックは追いつけない。突貫する背中に、諦めるつもりは一切無いと知れたから。
「私に任せてくださいっ!」
「すまねえ!」
そのことは、ジャックにも理解出来た。だから。ナナセの矢を背に、全力疾駆を愛馬に命じて――往く。
●
泥の波そのものは一瞬にして過ぎ、いくつかの『傀儡』と成った。問題なのは身体にこびり付いた『泥』だ。鎧の隙間から、まるで意志あるモノのように這い寄りハンター達の身を抉り続けている。
しかし、だ。
それは決して、イエを有利足らしめるものではなかった。
「どうした半藏、武門とやらはこんなものか?」
傀儡とイエを見間違う事なく、傀儡のみを次々と切り捨てていくバリトンは言う。包囲していたハンター達を更に包囲するように顕現した傀儡を看過する愚を彼は冒さなかった。
「お前を赦すわけには、行かない……だから、こんな痛みくらいで……ッ!」
「っ、メンドくさい、なあッ!」
泥の苦無の迎撃を受けながらもジョージは退かない。一歩。さらに一歩。どれだけその身が冒されようとも気にする事なく気勢と共に、剣を振るった。
「その身に、刻めぇ!」
血を吐きながら、苦無を放った腕を断ち切る。地に落ちた腕は直ぐに泥に変じる。びしゃり。リーリアはその腕のなれの果てを踏み躙るようにして、槍斧を大きく薙ぎ払った。
「相変わらず異様な身体をしていますが」
ジョージの捨て身の一撃に姿勢が崩れていた。振るわれた斧槍はイエの腹を弾き飛ばす。その動き、そして何より、攻撃の重さが明らかに軽くなっている。手応えと共に、声を張る。
「だからといって、貴方達の外道な捕食を許容は出来ません! このまま貴方を消耗させていけば……!」
「……っ」
もはや、イエの表情に笑みはなくなっていた。ハンター達が仕掛けているのは泥沼の消耗戦。そして『今の』イエにとって、それは実に有効で。
「ねえ。さっき女が腹に突き刺してた男は誰よ。お持ち帰りするほどお気に入りな訳?」
「それは、教えられないな、っ」
風の音に似た剣筋を残して、楓は言う。二連の刀は容易くその足と胴を切り裂いた。加速する楓の太刀筋を、イエはもはや躱す事が出来ないでいた。幾度も剣を交わした相手だ。手応えで解ることもある。趨勢は、もはや決まっていた。
「残るは小僧、貴様だけじゃ」
「半蔵とやら、いざここで滅べ!」
悠然と大剣を掲げて言うバリトンに、更に一歩を踏み込み、両の剣を構えるジョージ。
「……しかた、ないかぁ」
呟いたイエの身体が、幾度目かの再生を見せる。五体満足になった身体を深く沈めた。
「貴方……」
リーリアは、静かに目を見張った。死兵となることを受け容れた気配。それは、護るべく武器を取った彼女にとって、理解し得る色で。
「こういう手合いが、一番面倒でな」
イエが攻勢を捨てたと知ってのバリトンの嘆息が、いやに大きく響いた。
●
イエの苦境を知らぬユエは、苛立たしげに叫んだ。
「しっつこい、なぁ、もう……!」
ナナセの射撃は執拗の一言に尽きた。早急に追手を撒きたいのだが、遠方からの矢が、着実に足を鈍らせる。その都度身体を切り捨て進んではいる、が。しかし。
「追いついた、ぜ……!」
馬蹄の音が喧しく、それを貫いての声にユエの胸中に苛立ちが募る。森は近い。だが、間に合わない。
「逃がすかよッ!」
馬上のジャックは気勢と共に盾を叩きつけた。躱し損ねたユエの腹を強く打ち付ける。
転瞬。ぶはっ、と。音が響いた。
ユエの腹だ。大きく膨らんでいた腹の一部が、巡礼者の衣服ごと裂け――そこから、男が顔を覗かせていた。
「ッ、おっ、おたっ、お助け下さい! ベ、ベリトさま……ッ!」
「煩いなあ!」
「う、ぶ……っ」
男は直ぐに泥に覆われ、声も聞こえなくなった。
――ベリト……?
聞き慣れぬ名だ。予感を感じ、ジャックはその名を胸中に刻み込む。だが、思索する余裕はない。眼前。ユエが『刀を、抜いていた』。
――散解か、虚月か。破壊してぇところだが。
九弦。東方の剣士が振るっていた異質な刀達。その残った刀となれば、警戒しないわけにもいかない。
「《散解》」
ジャックの眼前でその名を読んだユエはそのまま、泥と化した腕でその刀を、呑み込んだ。
「……オイオイ」
振れよ。せめて。
九弦も大概出鱈目な使い方をしていたが、ユエのそれも中々冒涜的だ。少なからず同情を抱きかけた、その時だ。
「じゃあね、お兄さん」
「……ッ!」
九弦の遺刀を警戒し、出方を警戒していたからこそ反応する事が出来た。ユエの身体から泥が浮かび上がったと同時、瞬く間に刃に転じたそれがナナセの矢を弾きながら銀光を引いて無数の弾丸となって弾けた。
うち一つが躱し損ねたゴースロンの臀部に命中。それにしても尋常ならざる苦鳴に振り返ったジャックの目に飛び込んだのは、突き立った刃が伸張、縮退しながらゴースロンの身体を齧り、刳り、血を吹き出させていた。
「てめェ……!」
愛馬を喰らう魔弾に激昂し篭手で弾き飛ばさなければ、愛馬はもはや奔ることは叶わなくなっていただろう。
罵声の先。見れば、ユエはゆらり、と振られた手だけを残して森の中へと姿を消そうとしているところだった。
男の胸中を、憎悪とも憤怒ともとれる感情が犇めく。だが。
「ジャックさん、無事ですかっ!」
駆けつけたナナセの声で、急速に萎んでいった。同時に、ジャックの顔が急速に赤く染まっていく。
「すみません、急に矢が弾かれるようになって……ジャックさん? ど、どうしたんですか!?」
言葉が出てこずに、暫しぱくぱくと口を開けては閉じていた、が。
「い、いや、なんでも? ない……ねえよ?」
漸く、それだけを絞り出した。
●
「……せめて、安らかに」
流れる血を拭うでもなく、ジョージは遺品である巡礼者の装束を手に祈りを捧げる。非業の死を遂げた若き宗教者の無念を悼む少年と共に跪いたリーリアは、同じく祈り手を切りながら、呟いた。
「鎮魂たりえれば、よいのですが」
「そんなものは、只の自己満足に過ぎん」
バリトンは豊かな顎髭を触りながら嘯く。
「思う様やればいい。それで救われる者もいよう。しかし……」
彼にとって気にかかるのは、歪虚のこと。
「傷は負うたが、手強くは無かったの」
「前の時よりだいぶ弱かったわね。だいぶ殺された、って言ってたけど」
「ふむ」
「すみません、私の力が及ばず……っ」
素振りを見せたバリトンに、ナナセが申し訳なさそうに言った。ユエを逃した事を指しているのだろうと知れ、バリトンは大笑した。
「なに、あれだけの妙技をこなしたのじゃ。気にするのは筋違いというものよ」
「そう、でしょうか」
褒められた事に戸惑い半分、嬉しさ半分といった様子で頬をかくナナセ。次第に、和やかな空気に転じようとしていた。ふと、思い出したようにリーリアが呟いた。
「そういえば、どうしてイエは私達の名前を聞きたがったんでしょう」
「さぁ。あの女に飽きたんじゃないの?」
「……そうでしょうか」
煙草に火を付けながら言う楓の拘りのない返答に小首を傾げるリーリアであったが。
「なんでもいいわ。別に、興味ないし」
楓はそれ以上何を告げるでもなく、静かに紫煙を吐き出した。
結局のところ、半藏イエは消滅した。
楓にとって、それだけの事に過ぎなかったのだから。
「半藏、か……やれやれ、獄炎を潰したと言っても残党はしつこく残っておるのう」
嘆息するバリトン(ka5112)は大層面倒くさげに息を吐いた。こういう手合は根絶するのは骨が折れる。
半藏ユエ。東方の忍びの背中を見据えたジャック・J・グリーヴ(ka1305)の表情は、苦い。
「東方の半藏が何で王国に来てやがんだよ……!」
そのユエが腹に入れた男を喰いもせず、連れ去ろうとしている。すぐにゴースロンの腹を蹴る。駿馬はすぐに繰り手の意図を汲み、走り始めた。
「えっ!?」
――お、追いますか!
半藏を知らぬが故に、その実力を測って間合いを置こうとしていたナナセ・ウルヴァナ(ka5497)の動揺たるや凄まじい。驚きが先に立つが、けれど、と同時に思う。ユエが『腹』に抱えた男と弾かれるように『仲間』が追い始めた、というその意味を。
「大丈夫です」
リーリア・バックフィード(ka0873)がその背を押した。女の目は半藏イエへと固定されたまま、強く頷く。
「追走は任せます。此方はお任せを」
「……はいっ!」
言葉を受けて、ナナセはジャックに続いた。またたく間に流れていく風景を他所に先を見据える。
長く広がる大森林。
――あの森は、確か厄介なんですよね。
ユエがたどり着くより先に届かせなくては、と。自らにそう任じて、往く。
●
「おー」
ユエを追った二人を前に、飛び込もうとしていたイエは足を止め、二人には手を出さずに容易く見送る。その所作に遠火 楓(ka4929)は煙草の火を消しながら、ぽつと問う。
「いいの?」
「んー、いいよ。あのくらい、ユエなら大丈夫だし」
「そ」
「……君、見たことあるね。そう、あの時だ」
子供用の巡礼服の裾から黒々とした泥が蛇のように鎌首をもたげて現れた。幼児が粘土細工で作ったような不格好な指が伸び、広がる。
「ね、名前、教えてよ」
「は?」
呆気にとられる楓の目が細められた。
「……貴様たちは何だ」
会話を阻んだのは、別の少年の声だった。ジョージ・ユニクス(ka0442)。鎧に身を包んだ少年の戦慄く言葉が続く。
「その『服』は何だ、『他の人』はどうした?」
「この服? なんだったかな。子供のやつだよ。二人連れでちょうどよくてさぁ」
大きな泥の手で服を摘みながら、にししと嗤い。
「便利そうでしょ?」
「何だ、お前たちは……ッ!」
激昂する少年の兜に、ぼす、と掌が落ちた。
「落ち着け坊主。ただの歪虚に過ぎん……打ち倒すまでよ。のぅ?」
古強者、バリトンのそれは傭兵の流儀だ。騎士のそれとは大きく違う。けれど、今のジョージにとっては頷くに足る道理で。
「はいっ、許すわけには、いきません……っ!」
気勢とともに二振りの剣を構える少年にバリトンは呵々と笑った。その視線が、傍らの少女――リーリアへと移る。
「人間の捕食が足りないの、ですか……」
瞳に、紛うことなき憤怒を宿らせた少女へと。
――全く。この戦場は大層愉快じゃのう。どいつもこいつも血の気が多い。
バリトンの笑みが一層深まる中、リーリアの獲物を握る手に、力が篭もる。
「その泥、滅却させましょう」
「そんなこと無理に決まってるじゃないか……それよりねえ、君。名前を、さ!」
イエは執拗にそう求める、が。
「……ウッザ。どうせ斬るから一緒でしょ。遊んでやるわ」
当然のように切り捨てた楓の声に、四人のハンターが一斉に動いた。
●
足を止めていたイエに、ハンター達は四方から囲むように機動する。
轟音を響かせ、魔導バイクで機動するジョージはイエの後背へ往く。リーリアは真正面から。楓は左。馬を退かせたバリトンは右を取った。
初手を取ったのはバックフィードのはみ出し者、リーリアだ。貴族の出にふさわしい豪奢な斧槍を振るい、
「喰らいなさいッ!」
「あはっ、速いね!」
気勢と共に、大きく薙ぎ払ったそれを、身を伏せてイエはやり過ごした。
(イエが、躱した?)
動きがかつてと違う。リーリアが疑念の答えを得る間も無く、
「――ッ!」
「ッ……」
豪剣一閃。バリトンの気勢が大地を叩く。古兵の神速の踏み込みは飛び跳ねて距離を取ろうとしたイエの速度を呑み込んだ。巡礼者の衣と共にその腕を断ち切――。
「なァんてね!」
瞬後だ。バリトンの豪剣で断ち切られたイエの腕が『爆散』した。人喰い泥があたり一面に散らされる。
「ヌッ……!」
「あは、あははっ!」
バリトンは大剣で弾き、リーリアは距離を取るべく加速するが全てを躱すには至らない。染み込んだ『泥』が肌を食い千切る激痛が二人を襲った。
「解ってはおるが、面倒じゃの」
「でも、関係、ありません……!」
バリトンの声色は泰然と。それを受けてリーリアはなおも熱く声を張り踏み込んでいく。痛みよりも怒りのほうが今は勝っていた。
「君も見たこと在るなぁ……ねえ、名前」「教えるはずがないでしょう!」
言いつつ爆散の過程で地に落ちた泥の方へと歩を進めようとするイエを、
「させるかっての」
イエの後背を取った楓。狐火を曳いた女は二連の剣閃を身に纏うようにイエへと至る。その剣風はまるで暴風のようであったが、一つは外れ――否、イエが躱した。残る一閃を、イエは懐から抜いた苦無で受ける。やはり、以前とは明らかに立ち回りが違う。
「……前回はアンタのフィールドだけど今回は違う、ってわけ?」
「あの時だいぶ殺されちゃったから、ね!」
至近距離で告げたイエの苦無が音もなく奔った。楓の首を狩ろうとする刃。
「させるかッ!」
そこに、後背をとっていたジョージが上段から斬りかかった。バリトン達を襲った泥を見ても少年には一切の恐れはない。
「……あっは! 君たちが相手でホントに良かったよ!!」
だが。イエはそれを待っていた。それぞれの得物から、全てが近接の間合いを取ると判断していたイエの身体そのもの瞬く間に膨張。その姿はかつて見せた大蛇のそれとは、少しばかり異なり――波濤のように押し寄せる泥が、ハンター達を飲み込んだ。
●
対して。ユエは疾走を続けていた。
「うえ、面倒くさいなあ」
馬蹄の音に振り返り、二人の姿を見て慨嘆した。
瞬後だ。鈍い音が、地に落ちた。
――視線の先から空間を切り裂いて至った矢が、その身を貫き、大地に縫い付けた音だった。
少し、遡る。
「くっそ、速ェな。こっちは馬だぜ?」
「……そうですね」
相対距離を目測で図る。百五十。百三十。百二十。
す、と。ナナセは背筋を正すと、矢弓を構えた。ジャックも片手に弓を構えて、何時でも射撃が可能なように備えている。
――百十。
『手』は、ナナセの方が長い。
「ちょっとでも効果があればいいんですけど、ね!」
矢が奔った。ジャックの背を抜き、矢がユエと――腹の男を、貫いた。衝撃にユエの脚が鈍る。
「行けるか!」
馬脚が鈍ったナナセを置いて距離を詰めたジャックは、ナナセに続いて矢を構える。息を整えるジャック。上下に弾む揺れの中、一息に射った。
「ち、ィ……っ!」
命中を確認したジャックは、それでも舌打ちを零す。二人の矢は確かにユエの足を止めていた。だが、姿勢を整えたユエは僅かな『泥』を残して疾走を再開する。故に、ジャックが射撃に一手を費やした結果、馬脚が鈍った分、思っていたほど距離を詰める事が出来ない。
――トカゲの尻尾切りみたいですね。
動けなくなった部位を切り捨てて進むユエの様子に、ナナセはそう判じる。自問しつつ、ジャックに続いた。
ナナセがいなければジャックは追いつけない。突貫する背中に、諦めるつもりは一切無いと知れたから。
「私に任せてくださいっ!」
「すまねえ!」
そのことは、ジャックにも理解出来た。だから。ナナセの矢を背に、全力疾駆を愛馬に命じて――往く。
●
泥の波そのものは一瞬にして過ぎ、いくつかの『傀儡』と成った。問題なのは身体にこびり付いた『泥』だ。鎧の隙間から、まるで意志あるモノのように這い寄りハンター達の身を抉り続けている。
しかし、だ。
それは決して、イエを有利足らしめるものではなかった。
「どうした半藏、武門とやらはこんなものか?」
傀儡とイエを見間違う事なく、傀儡のみを次々と切り捨てていくバリトンは言う。包囲していたハンター達を更に包囲するように顕現した傀儡を看過する愚を彼は冒さなかった。
「お前を赦すわけには、行かない……だから、こんな痛みくらいで……ッ!」
「っ、メンドくさい、なあッ!」
泥の苦無の迎撃を受けながらもジョージは退かない。一歩。さらに一歩。どれだけその身が冒されようとも気にする事なく気勢と共に、剣を振るった。
「その身に、刻めぇ!」
血を吐きながら、苦無を放った腕を断ち切る。地に落ちた腕は直ぐに泥に変じる。びしゃり。リーリアはその腕のなれの果てを踏み躙るようにして、槍斧を大きく薙ぎ払った。
「相変わらず異様な身体をしていますが」
ジョージの捨て身の一撃に姿勢が崩れていた。振るわれた斧槍はイエの腹を弾き飛ばす。その動き、そして何より、攻撃の重さが明らかに軽くなっている。手応えと共に、声を張る。
「だからといって、貴方達の外道な捕食を許容は出来ません! このまま貴方を消耗させていけば……!」
「……っ」
もはや、イエの表情に笑みはなくなっていた。ハンター達が仕掛けているのは泥沼の消耗戦。そして『今の』イエにとって、それは実に有効で。
「ねえ。さっき女が腹に突き刺してた男は誰よ。お持ち帰りするほどお気に入りな訳?」
「それは、教えられないな、っ」
風の音に似た剣筋を残して、楓は言う。二連の刀は容易くその足と胴を切り裂いた。加速する楓の太刀筋を、イエはもはや躱す事が出来ないでいた。幾度も剣を交わした相手だ。手応えで解ることもある。趨勢は、もはや決まっていた。
「残るは小僧、貴様だけじゃ」
「半蔵とやら、いざここで滅べ!」
悠然と大剣を掲げて言うバリトンに、更に一歩を踏み込み、両の剣を構えるジョージ。
「……しかた、ないかぁ」
呟いたイエの身体が、幾度目かの再生を見せる。五体満足になった身体を深く沈めた。
「貴方……」
リーリアは、静かに目を見張った。死兵となることを受け容れた気配。それは、護るべく武器を取った彼女にとって、理解し得る色で。
「こういう手合いが、一番面倒でな」
イエが攻勢を捨てたと知ってのバリトンの嘆息が、いやに大きく響いた。
●
イエの苦境を知らぬユエは、苛立たしげに叫んだ。
「しっつこい、なぁ、もう……!」
ナナセの射撃は執拗の一言に尽きた。早急に追手を撒きたいのだが、遠方からの矢が、着実に足を鈍らせる。その都度身体を切り捨て進んではいる、が。しかし。
「追いついた、ぜ……!」
馬蹄の音が喧しく、それを貫いての声にユエの胸中に苛立ちが募る。森は近い。だが、間に合わない。
「逃がすかよッ!」
馬上のジャックは気勢と共に盾を叩きつけた。躱し損ねたユエの腹を強く打ち付ける。
転瞬。ぶはっ、と。音が響いた。
ユエの腹だ。大きく膨らんでいた腹の一部が、巡礼者の衣服ごと裂け――そこから、男が顔を覗かせていた。
「ッ、おっ、おたっ、お助け下さい! ベ、ベリトさま……ッ!」
「煩いなあ!」
「う、ぶ……っ」
男は直ぐに泥に覆われ、声も聞こえなくなった。
――ベリト……?
聞き慣れぬ名だ。予感を感じ、ジャックはその名を胸中に刻み込む。だが、思索する余裕はない。眼前。ユエが『刀を、抜いていた』。
――散解か、虚月か。破壊してぇところだが。
九弦。東方の剣士が振るっていた異質な刀達。その残った刀となれば、警戒しないわけにもいかない。
「《散解》」
ジャックの眼前でその名を読んだユエはそのまま、泥と化した腕でその刀を、呑み込んだ。
「……オイオイ」
振れよ。せめて。
九弦も大概出鱈目な使い方をしていたが、ユエのそれも中々冒涜的だ。少なからず同情を抱きかけた、その時だ。
「じゃあね、お兄さん」
「……ッ!」
九弦の遺刀を警戒し、出方を警戒していたからこそ反応する事が出来た。ユエの身体から泥が浮かび上がったと同時、瞬く間に刃に転じたそれがナナセの矢を弾きながら銀光を引いて無数の弾丸となって弾けた。
うち一つが躱し損ねたゴースロンの臀部に命中。それにしても尋常ならざる苦鳴に振り返ったジャックの目に飛び込んだのは、突き立った刃が伸張、縮退しながらゴースロンの身体を齧り、刳り、血を吹き出させていた。
「てめェ……!」
愛馬を喰らう魔弾に激昂し篭手で弾き飛ばさなければ、愛馬はもはや奔ることは叶わなくなっていただろう。
罵声の先。見れば、ユエはゆらり、と振られた手だけを残して森の中へと姿を消そうとしているところだった。
男の胸中を、憎悪とも憤怒ともとれる感情が犇めく。だが。
「ジャックさん、無事ですかっ!」
駆けつけたナナセの声で、急速に萎んでいった。同時に、ジャックの顔が急速に赤く染まっていく。
「すみません、急に矢が弾かれるようになって……ジャックさん? ど、どうしたんですか!?」
言葉が出てこずに、暫しぱくぱくと口を開けては閉じていた、が。
「い、いや、なんでも? ない……ねえよ?」
漸く、それだけを絞り出した。
●
「……せめて、安らかに」
流れる血を拭うでもなく、ジョージは遺品である巡礼者の装束を手に祈りを捧げる。非業の死を遂げた若き宗教者の無念を悼む少年と共に跪いたリーリアは、同じく祈り手を切りながら、呟いた。
「鎮魂たりえれば、よいのですが」
「そんなものは、只の自己満足に過ぎん」
バリトンは豊かな顎髭を触りながら嘯く。
「思う様やればいい。それで救われる者もいよう。しかし……」
彼にとって気にかかるのは、歪虚のこと。
「傷は負うたが、手強くは無かったの」
「前の時よりだいぶ弱かったわね。だいぶ殺された、って言ってたけど」
「ふむ」
「すみません、私の力が及ばず……っ」
素振りを見せたバリトンに、ナナセが申し訳なさそうに言った。ユエを逃した事を指しているのだろうと知れ、バリトンは大笑した。
「なに、あれだけの妙技をこなしたのじゃ。気にするのは筋違いというものよ」
「そう、でしょうか」
褒められた事に戸惑い半分、嬉しさ半分といった様子で頬をかくナナセ。次第に、和やかな空気に転じようとしていた。ふと、思い出したようにリーリアが呟いた。
「そういえば、どうしてイエは私達の名前を聞きたがったんでしょう」
「さぁ。あの女に飽きたんじゃないの?」
「……そうでしょうか」
煙草に火を付けながら言う楓の拘りのない返答に小首を傾げるリーリアであったが。
「なんでもいいわ。別に、興味ないし」
楓はそれ以上何を告げるでもなく、静かに紫煙を吐き出した。
結局のところ、半藏イエは消滅した。
楓にとって、それだけの事に過ぎなかったのだから。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/12/02 11:24:46 |
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相談卓 リーリア・バックフィード(ka0873) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2015/12/07 00:01:32 |